[カテゴリー別保管庫] 雑記

脳科学関連以外はここに入れてます。おもに生活雑記、ネットでの話題、さいきん聴いたCDについてとか。

2017年02月02日

「サード・プレイス/リョコウバト/アウトロ」(さうして、このごろ2016年7月版)

ガソリンスタンドに行って給油しながら、「イレギュラー、満タン、現金」ってフレーズが頭に浮かんだ。ちょっとハードボイルド感出てる。

気持ちは高ぶったままで、これでは眠ることができない。カーステレオのボリューム上げて、アジカンとかサニーデイ・サービスとかかけて、大声で歌いながら深夜の岡崎の街を警備していたら、やっとこさ心の平安を取り戻すことが出来た。

とある事項についていろいろツイートしてみようとしたが、「誤解を恐れずに言うと」と書かないと無理そうな展開になった。ということは、どんな言い訳を付けてもけっきょくは誤解を産むということだ。そういうわけで書きかけたそのツイートは消すことにした。(<-よくある)

ひさしぶりに楽しい飲み会だった。アルコール一滴も飲んでないけど、楽しい飲み会だった。

さっきまで実家の近くのミスドで作業してたが、周りの座席は中国語、韓国語、ポルトガル語が混ざっていて、マヂ異国だった。「コレニホンゴデナントヨミマスカ?」と問われて、どこかの住所の漢字の読み方を説明することに。うーむ、これが「サード・プレイス」か。(<-覚えたばかりの言葉を使いたいだけ)


そもそも今自分が大学生だったらなにをしていただろうか?いまからPythonを勉強して機械学習をやってとかだったろうか?でもそれって20年前にバイオでポスドクに行く選択と同じレッドオーシャン一直線という気もする。

給料安くても勤務時間が限られたホワイトな環境で、独身で、ストレスの少ない地方都市で、時間外はDTMやってsoundcloudとかで作品発表してハートが付いたらそれで満足、みたいな人生がいいな。

鰻が食べられなくなる日って、ある日これでおしまいではなくて、割高で質が悪い鰻ばかりになって庶民は食べなくなって、数年経って忘れたころに物好きが食べる鰻がこれで最後というニュースを他人事として聞くのだ、というふうにイメージが湧いた。リョコウバトのときはどうだったのだろう?


仕事に没頭してたらいつの間にか周りが真っ暗になっていて(<-部屋の電気を付けないタイプ)、夕立がやってきていることに気がついた。なんとかやり過ごすはずが雨は止まず、しかたなく帰ってきた。これからこういう夕立を何回か体験して、いつの間にか梅雨明け宣言が出されて、夏がくるのだろう。

帰ってきたらすっかり雨は止んでいて、西の方には青空まで見える。けっきょくもう15分待ってから帰ってくればよかったことが判明した。でもそれまでに既に45分待った後だったのだから、これは合理的な意思決定だったのだ、と自分に言い聞かせる。でも基本的に俺の意思決定めちゃくちゃだなと思う。


工夫してあるアウトロは好き。「すばらしい日々」のアウトロでギターのリフはイントロと同じなのにコード進行だけ違ってて好き。"Sir Psycho Sexy"でいきなりプログレみたいなコード進行になるところ好き。C†Cの"Crossing"もこの系統だけどやっぱ好き。

「思い出してる 夢みるように 夢みるように」ってのはあらためて聴いて泣ける。(過去を)思い起こしているのに、(未来を)夢見るようにっていう(<-説明ダサい)。「たとえこの世界が本当だって」っての好き。「たとえこの世界が嘘だって」じゃないの。本当だってことを否応なく知らされるの。


KORG Gadgetが半額になってた。この日を待ってた。さっそくiTunesから購入してダウンロードしているのだが、やたらと時間がかかってまだ完了しない。そうして、いま日本中がポケモンGoをダウンロードしていることに気がついた(7/22)。

さっそくKORG Gadgetで短い破片を作ってsoundcloudに上げてみた。メロトロンっぽいフルートと「チルウェイブ」ってタイトルのパッドがあったのでそれを使って。


耳かきが大好きで、毎日2,3回くらいやってる。つまり耳かきをする動機はもはや耳孔をきれいにする喜びではない。それで今気づいたのだけれど、もしかして私は外耳道の軟骨よりも奥にある頭蓋骨(側頭骨)を引っ掻きたかっただけなのではないかと。ってなにそれ怖い。

でもひとつ思い当たるフシがある(<-あるのかよ)。小中学生くらいのときに、眉間を鉛筆の後ろ側とかの棒でコツコツとやると、なんというかそのあたりが「ニ〜ン」とした感覚になるので、よく繰り返していた。もしかしたらあれも頭蓋骨に直接刺激を与えたかったのかも。ってなにそれ怖い。


2016年09月27日

「公正なる世界戦線」(さうして、このごろ2015年6月版)

さっき新横浜駅で「いま有楽町なんで、いまから東京駅に向かいます」って携帯で電話しているおっさんを見かけた。いったいどんな大冒険がこれから君を待っているんだい?


「ライク・ア・ローリング・ストーン」の歌詞で「彼(ナポレオン)のところに行けよ、呼んでるぞ、拒めないだろ」って畳み掛けるところが好き。”Go to him now, he calls you, you can’t refuse”

しかもよく見ると、heとyouの順序がライティング的によくできていることに気がつく。「ディランに学ぶ英語ライティング」って企画を思いついた。


「人は33歳までに音楽的嗜好が固まり、新しい音楽への出会いを止める傾向がある」 知ってた。ビートルズとソフト・マシーンが好きです。あとの音楽は全部クソです。こうですか?

でも実際問題として、いまDeerhunterとかTychoとかYndi HaldaとかWashed Outとかを聴いていても、それは私にとっては、カンタベリーとシューゲイザーとクラウトロックからの発展形として聞いているだけで、私がなにを美しいと思うかの感受性はちっとも拡張していないんではないかと思う。


「今いくよ」というけれども、已にいったものはいっていないし、未だいってないものはいってないし、今いきつつあるものもいかない。いきつつある者はいかないし、いきつつある者ではない者もいかない。「今くるよ」というけれども、(略) (ナーガルジュナ「中論 今いくよくるよの考察」より)


「ミルウォーキー・カード・ソーティング・タスク」ってフレーズが降りてきた。だったら「タラハシー・カード・ソーティング・タスク」とかどうよ、とか考えてみた。「ツーソン・カード・ソーティング・タスク」とかは普通にありそうで怖い。結論としては、「どうでもよい」


西友で3割引きになっていたお弁当を買ってガチャガチャが並ぶベンチで遅い夕食をしていたら、おじいさんが所在なさそうにじっと座っていて、徘徊老人だろうかと思ってこっそり見てみたら、案外若い人だった。マクドナルドはすでに閉店し、消灯し、アイカツの筐体からむなしく音声が流れた。


世界は俺を追い立て、追い越し、追い抜き、トンネルの先の方にぶつかって詰まってしまった。俺はトンネルの壁を手で伝いながら、夜露に濡れた壁を伝いながら、その部分に探るように前へ進むのだけれども、いつのまにかトンネルは闇に溶けてしまって、世界もそのうちどっかへ行ってしまった。


俺は自分で自分に賞状を書く。夜道の畑のスイカの甘い匂いとか、山道で不格好に大きくなっているタケノコとか、稲刈りで大量に見つかった小さなカエルとか、降りだした雨で立ち昇るジオスミンの香りとか、そういったものをかき集めて、承認欲求を満たしていこうと思う。


Grateful Deadの"Morning Dew"で一番好きなバージョンは Europe '72 に入っているやつだけど、もっといいのがあるかもしれない。俺は無限の図書館を、オイルで磨かれた板張りの廊下を、欧州の城を模した廊下の壁画を眺めながら歩いてゆく。


「公正世界仮説(just-world hypothesis)」という言葉を知った。つか「公正世界」って言葉の響きがカッコええ。「公正なる世界戦線」(just-world front)とか作って戦いぬきたい。いや、べつに戦いたくない。


「もぐ♥ワイ!」ってのを考えついたんだけど、誰にこの気持ちを伝えたらよいのかわからない。


海外からの客人を迎えてひさびさにビール3パイントも飲んで酔っ払った。夜の奈良井公園の気持ちいい空気の街灯の下で本を読みながら酔い覚ましをして、それだけでもう幸せだった。この瞬間の気持ちをwebに書き留めて、永遠の記録とする。


2016年08月06日

ゲッチンゲン・チュービンゲン滞在記

(2015年3月、ゲッチンゲン、チュービンゲンに滞在したときのメモ)


今日は共同研究がいろいろ進んだ。19時過ぎたところで夕食行く?って聞くからスーパーでなんか買ってくよって答えて別れて、Kunsthalleにあるスーパー(Penny Markt)で鱒のスライスとかハムとか棒アイスとか買い込んで最終バス待ってたら、10分たってもバスが来ない。

ついに案内板から17番バスの案内が消えてしまって、同じくバス停で待ってた人たちもみんな諦めて歩き出した。だれも文句言わないのでよくあることなのだろう。しかたなく昨日車で案内してもらった道を記憶をたどりながら、誰一人歩いていない静かな道をバス停を一つ一つたどりながら下っていった。

誰も歩いていないのをいいことに吉田式ディナー(歩きながら鱒のスライスを手を汚さずに食べる技法)を実践しながら道を下ってゆくと、Max Planckからの道と合流するSpemannstraßeまで来て、やっと歩いている人も出てきてホッとしたが、今度はゲストハウスの場所がわからない。

バス停で待っていた学生さんがウロウロしている私を見かねてスマホで地図を調べてくれて(偶然日本語を理解できる人でスマホの画面が日本人イケメン俳優だった)、お陰でなんとかゲストハウスまでたどり着いた。けっきょく戻るまで30分かかった。まったくえらい目にあったが暖かい夜で助かった。

食い物があったので悲壮感が出なくてよかった。空腹で寒くて異国の地をさまよい歩いたりとかそういうことにならないで、ほんとうによかった。生きてるって、素晴らしい!(<-おおげさ)


(ソース不明のブログの記事より:)「もうわかっているかと思いますが(もしくはすぐに気づくことになりますが)、チュービンゲンで真夜中に食欲を満たすのは至難の業です。」 知ってた。20時過ぎたら店は閉まってる。水が無いことに気づいて、しかたなく駅構内まで買いに行ってきた。

解析が終わらん。ネッカー川の向こう側では酒飲んで騒いでいる若者たちがウェイウェイ言ってる。(<-言ってない)

REWEというスーパーマーケットが土曜でも夜10時までやっていることを発見した。これでなんとかサヴァイヴしていけそう。

仮眠してた。18時の鐘が鳴り響きだした。いろんな鐘の音が重ね合わされて、いい感じに不協和音がドローンのように響くのに重ねて、まだ足りないかと鐘が打ち鳴らされて、なんだかサイケデリックだった。寝起きの頭で音の行方を追い続けたら、街のアンビエンスノイズにかき消される瞬間を見とどけた。


2016年05月03日

吉田サンクチュアリ

(原題:さうして、このごろ 20150430)

「ニューヨーク・シティ・ボーイ」をカラオケで歌いたい。サビのところでみんなにマイク回して「オカザキ・シティ・ボーイ」とか「トットリ・シティ・ボーイ」とか歌ってもらう小ネタまで準備してあるというのに(<-切ない)。

“100,000,000 miles high”ってタイトルを考えた。highすぎて、太陽まで届いちゃうの。Higher than the Sun。(地球から太陽までの距離 = 149,600,000 km = 92,950,000 マイル)

今日はなんだか疲れた。感情が動かずに、事実だけ事務的に処理できるようにいられたらいいのに。上がったり、下がったり。ヘルター、スケルター、ローリー、ポーリー。車を飛ばして、幡豆の漁港まで行って、堤防から雨振る海を眺めたら、少しは気が晴れるだろうか?


二年前の豆まき: 昨日豆まきできなかったから今日豆まき。次男が鬼になりたいって言うからみんなで次男に豆を投げる。なんだかいたたまれなかったので鬼を守った。我が家から鬼は出て行かなかった。— Masatoshi Yoshida (@pooneil) 2012年2月4日

去年の豆まき: 今日は俺が鬼の役だったので「不動の心、不動会」とか言いながら居間の片隅でポーズを取ってみたら、子どもたちが「無言で」落花生を「勢いつけて」俺に投げつけるというわけのわからないことに。途中で奥さんが指摘して「鬼は外、福は内」がコールされるようになったので節分らしくなった。そんな日。— Masatoshi Yoshida (@pooneil) 2014年2月3日

今年の豆まき: 次男が風邪で豆まきは延期。次の日も長女も風邪、長男は帰ってこないので、ママから二人でやっておいて、と落花生をもらって次男と二人で豆まき。新聞チラシで即席のツノを作ったパパ鬼を家から追い出すところまででヨロシク、とあらかじめ段取りと個数を決めて、無事実行。そういう顛末にて。


ラボでの今日の任務終了。家帰ってたまっている仕事を片付ける。「貯まっている」ではなくて「溜まっている」だな、とか文字変換しながら考えた。空には太陽が出ているのに、雪が降ってきて、しかもそれがさっさと融けて、工事中の砂利道に水溜りができている、そんなイメージ。

「マシン・ラーニング」ってあらためて字面がカッケーな。「ハンマービート!」「デウス・エクス・マキナ!」「キカイノカラダ!」そんなかんじ。(<-徹夜ハイ)


豊橋駅の名鉄ホームに降り立ったら、屋根の下なのに水しぶきの当たるのを感じて、俺もここまでポエジーが高まっちゃったかと(<-?)思ったのだが、空を見るとかすかに雪が舞っていて、なんだなにも不思議なことはなかったのだと安堵したのだが、上着持ってこないで背広だけだったのでクソ寒かった。

岡崎に戻り、くらやみの道を更に強くなった雪の中、自転車で戻ろうとすると、車のヘッドライトに照らされた雪が渦を巻くように不思議な流れを作っていて、それに少し見とれ、遠くを見やり、近くの交番に目を向け、でもって家に向かって急いだ。


車で「雨ざらしなら濡れるがいいさ」を絶唱しながら、いつもは「時が来たなら 終わるもいいさ それが俺の最後の運命だったら」のところで感涙してるのだけれど、その続きの歌詞の意味がはじめて頭に入ってきた。「その時、瞼に吹く風も見えるだろう 静かに揺れるだろう」と言っているのだ。

つまり「時が来たなら 終わるもいいさ」という言葉が激情にかられて歌われているように聴いていたけど、そうではなくて、その時の心は平安であり、瞼に吹く風を見るような、なんならマインドフルネスといってもいいような心持ちで終わりを受け止めると言っていることに、今になって気がついた!


太陽が二つあって、それぞれが昼と夜を照らすので夜が無くなり、そしてそれに誰も気がつかない。よくよく見ていれば、夕焼けと朝焼けとが重なるのだからわかるはずなのに、肝心のその時間だけ、だれも竹林に居なくて、謎は暴かれず、川の水が鏡となり、葉の影がすべて三日月となる。

二歩では飽きたらず、三歩を実現するために、指を使わず掌だけで歩を隠し持つ技を磨き続ける日々。その修業は決して無駄にならずに、エレベーターをボタン操作だけで加速する方法を編み出すことで開花した。

「ぼくらは太陽まで歩いてゆくんだ」っていいな。飛ぶのでもなければ、走るのでもないの。歩いてんの。辿りつくのかっていう。表現がぼんやりしすぎていて、正しく像を結ばないのだけれども、それはそれでいいんじゃないかと思う。ぼくも歩いて行こうと思う。等高線と螺旋とを辿りながら。

帰りに遅い昼食をとスーパーに入ったら「魚の塩ダレ焼き」というのがあったので買った。200円でたっぷり食べれてお得。見たかんじカジキっぽいのだが、「魚」。たぶん輸入魚なのだろうけど、「カジキ」でもなく「カレイ」でもなく「魚」という概念を食べることで私の心は宇宙に飛んだ。

吉田が余生を平穏に過ごすことができるように、桑谷山荘の跡地に「吉田サンクチュアリ」を作ってほしい。でもって、バーベキューに来てハメ外す若者を叱責したり、咲き誇るあじさいの世話をしたりするの。

「すしざんまい」とか三昧はぜんぶ「サマーディ」に置き換える。「すしサマーディ」。うーん、満足。(<-頭働かない)


2016年04月20日

ホワイト、ジャック!

(原題:さうして、このごろ 20150131)

「子供の頃、何が欲しかった?」高校生のときは宅録関係だったな。カセットMTRが欲しかったけど買えなかったので、シャープのダブルカセットでピンポン録音してた。ヒスノイズが重なりまくって、出来上がりの曲はシューシューいってたっけ。けっきょく大学4年くらいにfostexのX12買った。

「子供の頃、何が欲しかった?」あと、ドラムマシンが欲しかったがなかったので、近所のゴミ捨て場でスネアドラムとシンバルを拾ってきて、バスドラ代わりに枕をスティックで叩いて、マイクで音拾ってた。カセットでリミッタがかかる(リンゴ・スターのドラム的な意味で)ので案外音は気に入ってた。

ゴローがBOSSのドラムマシン (Dr. Rhythm DR-110ってやつ)を持ってて、それを借してもらったことがあって、延々ひとりでジャムってた。Grateful DeadのDark Starのモチーフを延々展開して。


「Z会(ぜっとかい)」のことを「ツェット会」と発音すると、秘密結社っぽくてよい。

JR岡崎駅から戸崎町を経由してゆるやかに登る坂道を自転車を漕ぎながら、この国道をエポケーして(<-フッサリアンジョーク)、これが開発される前の50年前の、林の中の誰もいない砂利道を自分は自転車を漕いで登っているのだと、目に見えるものを消して、ただ坂の傾きに意識を集中させる。

ライカ犬、ライカ犬。「今そこにある危機」と傘を回して見え隠れする魔女。電話で届けられる、予想通りの悪いニュース。思いつく限りの嘘と、廃墟で行われるある種の犯罪。カミキリの幼虫が白日のもとに透視され、白日のもとに凍死される。そうしてついに、海を見つけた。ライカ犬、ライカ犬。

n=1で「やっぱ俺の言ってたこと正しかった」とか言われると本当に統計わかってんのかって思うけど、そういうときに人々が言いたいのは「n=1の新しいevidenceによって、以前持っていたpriorから仮説が補強される方向にposteriorが変化した」ということだと脳内変換してる。


小学校3年生くらいのときには自転車でもうどこへでも行けるつもりであちこち行って、でも新大橋がまだ歩道がなくって車道だけで、ここ(隅田川)が自分の行ける範囲の限界なのだと思った覚えがあって、新大橋を走る車と排気ガスのイメージがあるのだけど、なぜかそれは色あせたカラーのイメージで、たぶんテレビの映像の記憶と混ざっている。

帰郷したときに送り迎えで明治通りを往復して、日曹橋の交差点を通りかかった。日曹橋は橋と名が付いているが橋はない。以前日本曹達の工場があった場所で、運河の埋め立てで橋もなくなり、橋にだけ名前が残る。日曹橋への愛が深い人の記事を見つけた:「いつか日曹橋で」が出来るまで あとこれも詳しい:東京都江東区に「日曹橋」という地名があります

岡崎の電車通りに「芦池橋 バス停」というのがあるが、ここにも芦池橋はすでにない。しかしこの近辺を歩いてみれば道路に運河の名残らしき段差があるのに気づく。

岡崎市内(2012.12.28) 「新田橋親柱 電車通りの歩道の脇にあります。図書館の前から電車通り西側にあった江川まで流れていた小川の橋らしいです。ちなみに江川は久後崎から占部川まで続く川で現在は暗渠になっています。」 あとこちらにも記載あり。


「島村卯月がブレイクしなかった世界で!」を読んだら泣けた。

「パパも返品ね」っていいなあw いっそのことパパを返品して、返金して、倒壊して、融解して、全てをやり直して、進化からやり直して、進化のランドスケープから違った山を選んで、僕らみんな全く違った形の生き物として生まれ直し、全てをやり直してみればいいんだと思う。

子どもたちがまだ小さかったころはよく受話器を耳にあてて「もしもしこちらネコちゃん警察署捜査本部、何?事件?」ってダミ声で言うっていうネタ(?)を繰り返していたのだけれども、だれも相手してくれなくなったのでもうしなくなった。それは記憶の片隅に追いやられ、しかし消えずに浮上してきた!

ツタヤで借りた「それでも町は廻っている」を読んでいる私を見た次男が「(手塚治虫の)ブラック・ジャックを読んでいるのかと思った」と言ったので、まったく頭を使わずに「ホワイト、ジャック!」とウイスキーのCMみたいに渋みたっぷりに返答したら、我ながら気に入った。「ホワイト、ジャック!」


「世が世なら・・・ADHDは狩猟採集社会では優位性を持っていた。」 元ネタはこれ:BMC Evol Biol. 2008 介入してるわけではないのでこれ自体はそんなに強い議論ではない印象。

統合失調症が創造性と関わるとか、糖尿病が寒冷期に糖を蓄える際には有利だったとか、そういう説とともに、進化的には意味のある表現系はここ数千年だか数百年だかの環境の違いには順応できないってのはもっともらしい話だ。

構造で規定されるんだな、みたいな相対化の洗礼を受けたのは大学生の頃だったか。今にして思えばずっとそんなこと考えていた気がするし、ずっとそれをうまく取り込むことが出来ずに、あるときは構造主義だったり、あるときはアフォーダンスだったり、オートポイエーシスだったり、力学系だったりと、近寄ってはぐるぐる回りつづけていただけなような気もする。

それは中観派の空の思想だったり、現象学の反表象主義だったり、実在の絶対性みたいなものを避けていく選択肢を常に選んできたけど、大元は浪人のときに読んだ岸田秀と「弁証法とはどういう科学か」で太宰治から戻ってこれたという、身も蓋もなく実存的な理由があったことは覚えている。


2016年04月13日

疾患と疾患モデル

.@KWS456123 「表面的な理解/解釈のみで…危険がある」という批判は患者を実際に見ている方でさえ自問自答すべき問題なのだと理解しました。しかし、この批判を転じて、患者を見ている方が動物モデルをやっている人に向けてしまうと、誰にでも言えてしまう、不毛な批判になってしまう。

じゃあどうすればいいかといったら、ひとつの方法は患者を見ている人と一緒に動物モデルを研究するということになるのだけれども、この批判は際限なく、恣意的に運用することも可能だから(なにしろ患者を見ている人でさえ問題にしなければならないのだから)、動物モデルへの批判自体はそのモデルが実際に役に立てば消えるだろうけど(遺伝的疾患モデルなど)、精神疾患モデルの場合にはそれがうまくいってないことが元凶なのだろう。

…以上、河島さんのツイートにインスパイアされて、最近考えていたことにつなげて書いてみました。

.@NaotakaFujii なるほど、いまの話はかなり一般化が可能な論点であるようですね:「主観的観察の観察対象ソースを共有することである程度避けられるかもしれない」

そうしてみると、神経生理学者が自分でデータを取っていて、データ科学者と一緒に仕事するときにもおんなじ構造が出ていることに気づく。神経生理学データはそのままだといろんな目に見えない情報が欠けている(記録者が未熟だからこのデータの信頼性は低いとか)。それらをどうやってメタデータとしてデータに足してゆくかというのがひとつの課題なのだけれども、そこで神経生理学者としての私は「じっさいにデータを取るところを見ていないと正しいデータ解析はできない」という気持ちは強いし、自分の経験として、「両方をつないでハブとなる人間が居ないとうまくいかない」という信念もある。

私の視点はどちらかというとハブの人が一人で両方見渡すことが大事という方向性なのだけれども、いま藤井さんが書いていることは、互いに両方見渡すことができる技術を作れないか、ということなんだろうと思う。

「同じイベントを全員が同じ視点から見て共有し議論する」これが視点交換とかにつながり、ジェンダーバイアス、福島、いろんなところにつながることはわかる。それこそが「なめらかな社会の実現」なんではないだろうか。

さっきの話をまとめると、[精神科医 - 精神疾患の動物モデルの研究者] という関係と [神経生理学者 - データ科学者] という関係の相似に無自覚だったし、自分はそのどちら側にも立ちうるのだな、というのこと。だから、データ科学者に向けてデータわかってないじゃん、って批判は誰にでも言えてしまう不毛な批判であって、しかも立場に依拠しているため際限なく言うことが可能。

だからその批判を使う際には「どこまでわかっていればデータを理解したことになるか」を正しく限定する必要があるし、それはデータ科学者に欠けていることではなくて、データを提供する側が行動しないと解決しない。

.@KWS456123 そうですね、自分ならどうするかな?って感じで捉えていくのが生産的ですよね。


2016年04月01日

さうして、このごろ 20141031

ふなっしーは「ヤケクソ感」が出てるところが好き。「ヤケクソ感」という美を世界に広めてゆきたい(<-ヤケクソ)。

.@ichipoohmt オカザえもんはエキセントリックだけどヤケクソではない。紳士(ゼントルマン)ですね。


「あいにく修行中の身だ」っつうのは日常生活のどっかで使ってみたい。松山はよく「春雨じゃ、濡れてまいろう」って言ってたけど、あんなかんじで。ちなみに「この世を忍ぶ仮の姿」ってのはよく使う。

「吉田が輝く社会」を作りたい。


綿棒で第2中手骨と第3中手骨の間を穿つ。これが極意。ピアノと月とドブ川に浮かんだゴムボート。道路工事用のライトの周りで、3つの楕円が形を変えながらも中心をピッタリと合わせて回るさまが、まるで枯れ葉のようだった。

「枯れ枝を踏み進む」って書いて、”re-e”の繰り返しと”f”の音と”su-su”の繰り返しにうっとりとしてみる。


雨が降ってなかったタイミングを見計らってコンビニまで昼ごはん用の鮭缶とちくわを買いに行ったら、帰りに雨に降られた。風が強いので傘は持って行かなかった。ずぶ濡れになった。ところで雨に「降られた」って表現って面白いなあ。「雨に憑れた ひとが行き交う」を思い起こした。

雨で練習が無くなって暇になってしまった次男の相手をして、竹で作った刀のおもちゃを改造してやる。先っぽの割れている部分をのこぎりで切って、断面をコンクリートに擦って角を取って、さらにビニールテープを巻いて安全確保。夕食前は二人ポケモンポンジャン。父大負け。1勝4敗。


「人生ゲーム極辛」を次男とやってるところ。私はスポーツ選手で、次男はフリーター。そしてストレス(カード)の多い私は「ハードコース」へ突入、ストレス(カード)のない次男は「ノーマルコース」へ突入したところ。ああ、人生。

「人生ゲーム極辛」終了。次男の勝ち。せっかく給料は父のほうが高かったのに、途中の「ハードコース」が尾を引いて、出遅れた。ああ、人生。


「マイム・マイム」って改めていい曲だなあと、とくにhey hey hey heyで四つ打ちで念押しているところ。あそこの響きってなんか特別だなと思ってコード調べたらふつうにV7だったんで自分の勘違いに笑ったが、なんか特別感あった。

以前「線路は続くよどこまでも」の「[G7]はるかな まち[C]まで [F]ぼくたち[E7]の」の「の」の部分だけがCメジャー・スケールからAハーモニック・マイナー・スケールになっていることを知って(しかもコード的にはAmに解決しない。この曲にはマイナーコードがない)この曲の良さを再発見したことがあった。

「缶コーヒーにヘブライ文字」ってフレーズが頭に浮かんだが、端的にさっき「マイム・マイム」の動画を見たからだと気づいたので、心がほっこりしてきた。(<-犯行の動機は「ほっこり」という語を使いたかっただけ)


自転車で例のバイパスを国道23号線超えて、吉良のホワイトウェーブのところまで行って、西尾市役所まで行って、また戻ってきた。23号線より先は道が狭くなって、マヂで「暗闇を切り裂」いてきた。矢作古川が暗くて怖い。

吉良のホワイトウェーブへと左折する交差点で一休みしたら、畑につるが生えてて、それを追ってみるとスイカだか瓜だかの細長いのがあって、よく見たらたくさん並んでる。暗闇で見るスイカというのはけっこうびっくりするものだったはずだが、そのときは気にならなかった。かすかに甘い香りがしてた。


今日は次男の学芸会。出し物は学年全体で「泣いた赤鬼」。赤鬼も青鬼も何人も居て、場面ごとに別々の人が担当するという今どきのパターン。

うちの子は三人いる青鬼の一人で、三人いるということは3つの場面(悪役になるよと赤鬼に相談、村で暴れて赤鬼に退治される、村を去り手紙を残して朗読)のどれかを担当なわけだけど、次男は最後のパートをやってた。おいおいオイシイな、それ。ともあれ、泣いた赤鬼大好き。何度見ても、ぼくの心のやらかい場所を 今でもまだしめつける。

10年前に書いた「泣いた赤鬼」と映画「Bruce Almighty」の共通点。でも10年後のいま見返してみれば、人間とはホルモンに左右され泣いたり怒ったりする動物なんだなという醒めた感慨が。人間ってちっぽけだなあ。(<-主語デカすぎ)


昨日は次男と一緒に公園でキャッチボール。次男がキャッチャーの練習をしたいというので、私は2週間後のソフトボール大会に向けてピッチャーの練習(投げたことないけど)。そして今日は筋肉痛。右の肘がなるのはわかるとして、左の腿の裏がなるのははじめて。左足のステップを活かす方法を習得中。

その後で竹で作った剣をノコギリで切る仕事の二本目。今回は取っ掛かりだけ作ってやって、あとはぜんぶ次男が切って、コンクリートの床で角をなまらせて、テープ貼って終了。「二刀流!」とか言って遊んでいる。なんだか典型的にチビッコなのが面白い。

「プレイボール」ちばおきおのワンシーンで、なんか部に問題があって揺れている状況で、合宿場で谷口くんがひたすら夜に打撃練習してて、「コーン」「コーン」って音鳴らし続けるのに部員のみんなが気づくシーン、あそこを読みたいのだけど何巻なのか記憶が無い。

走ってる方の筋肉痛はもう出なくなってる。いい調子。昨日のピッチャー練習の筋肉痛は出てる。左腿の裏がキテいるのは、ソフトボールの教本に書いてあることから判断するにフォームが悪いということのようだ。基本動作を練習することにする。夜の奈良井公園で、谷口くんみたいに。(<-なりきり中)


2016年03月23日

さうして、このごろ 20140930

今日食べた太刀魚の塩焼きは旨かった。ここに記して永遠の記録とする。

「トンカツ慕情」を模して言うならば「棒アイスをな、ガリガリ君リッチをいつでも食えるくらいになりなよ。それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ。」ってところだろうか。ハーゲンダッツではなくて。あぁ僕らの人生って空飛ぶブタくんサーカスみたいだね?


小学校高学年ぐらいのときに、近くの団地のゴミ捨て場というか古本回収しているところで化学の参考書を見つけて、それに元素の周期表が乗っていて、すべての物質がこれのどれかに対応しているという事実を知って夢中になり、軌道モデルで表を書くのにふけった時期があったことを思い出した。

時間が飛んで、こんな季節、もう少し10月に近いくらい、清里駅から合宿所に向かって夜遅い時間に真っ暗なゆるい登り坂を歩きながら、草の匂いとか遠くを走る車のライトとかそういうのを感知していたことを思い出した。

さらに時間が飛んで、M1の秋、戸田のボートの合宿場に行く手前の公衆電話から電話をかけるために小沢健二の「天気読み」を聴いて気分を盛り上げて勇気を振り絞ったことを思い出した。あれもたしか涼しくなってきた時期だったはずだ。


イヌのSNP解析の図 こういうのにものすごく惹かれるんだけど、子供のときに元素の周期表に超絶惹かれたのと同じことだと気づいた。見渡せる範囲内で、網羅的に、十分な粒度で書かれたものがどうやら私は好きということらしい。

だから、「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え = 42」というのには惹かれない。粒度が低すぎるから。もっと網羅的にいかなくっちゃ。


隆介と大学生くらいのころにゴールデン街とか行って、店の人が恭しく出してくれたボジョレーヌーボーとか恐縮しながらご相伴に預かって退散して、いつかオレは社会人になったらこういうところに来て楽しめる日が来るのだろうかと自分の将来を想像したものだけど、けっきょく再び行く機会は来ていない。


東岡崎駅から岡崎高校へ向かう登り坂を車を走らせていたら、高校前の信号のところで左にグッと曲がったところで下弦の月がヌッと飛び出てきたのでギョッとしたが、そんなことは予想がついていたはずだった。でもなんだか赤黒い月で、ほんとうに、ギョッとした。


アパートの駐車場で次男と花火。風が強くてロウソクに火が付かないので、チャッカマンを買いにコンビニまでダッシュしてきた。次男と二人でどっちが保つか競争した。途中から長女も参加。線香花火をやりながらiPodで動画撮ってる。我が家の花火ストックを全部消費した。これで夏は終了。

奥さんが捕まえてきたコオロギが消灯した部屋で鳴いている。なんかすごくいい音だ。そこから鳴っているとは信じられないようなかんじ。秋なんで、コンビニまでアイス買いに行ってこよう。

空気が秋すぎて胸がキュンキュンしてくらぁ(<-江戸っ子)

「レエン・コオト」を着て、大雨の中、アスファルトの道を歩いてみたい。羽根町の交差点みたいな難所を目指して。

say -v Otoya のOtoyaさんの喋りを聞いてたら、Capsuleの「 壁についているスイッチ」を思い出した。

熊野古道行ってみたい。名古屋から新宮までは特急でもバスでも3時間以上かかるので遠いなと思っていたけど、近鉄で大和八木駅まで行けば2時間弱で、そこからバスで90分。それだったら、けいはんなに行くときに寄り道する感覚だ。

つかその前に橿原神宮とかあのへん行くべきだが、前回の機会には心の余裕がなさすぎて不可能だった。心の余裕、大切。


スコットランドの話題でハイランド、ローランドってのが出てきたので、アズテック・カメラの「ハイ・ランド、ハード・レイン」を思い起こした。ウィキペで「スコットランドのロック・バンド」なんて項目を見つけた。

グラスゴー出身多いなあ。TFC, JMC, プライマル・スクリーム、ベルセバ、モグワイ。クリエーションレーベル。グラスゴーってめんたいロックの博多みたいな存在か(<-逆)。



2016年03月22日

さうして、このごろ 20140831

わたしが「salt waterって詩語として好きだなあ」と書くときには「そもそも詩語なんてない」「すべての言葉が配置によって詩語となりうる」「だがあえて書く」「詩を描いたことなんてないけど」といった万感の思いを込めて書いていて、そしてそれがだれか一人にでも伝わればいいと思ってる。

でも「電気刺激によってこむら返りの頻度を下げる」とか書くときにはぜんぜん万感の思いを込めて書いてない。勝手なもんだ。


google日本語入力で「サッカード」って入力すると「サッケード」が選択肢に出てくるので素晴らしいと思う。でも「サッケード」じゃなくって「サッカード」って発音してるよって思うから「サッカード」って書くようにしている。(<-ゲシュタルト崩壊)

一方で、「サリエンシー」は発音としては「セイリエンシー」というのが正しいと思うけど、「サリエンシー・マップ」って言葉に馴染みすぎたからいまさら変えようという気がおこらない。(<-恣意的)


「線路は続くよどこまでも」ってCメジャースケールの明るい曲なんだけど「ぼくたちの」の「の」のところだけE7になっていて、Am-Dm-E7の短調になってる。あそこが好き。歌詞としては「春、金町まで」っていきなり東京ローカルな歌詞になるところも意外性があってよい(<-すっとぼけ)。

「ポーリュシカ・ポーレ」をサーフ・ロックアレンジで聴いてみたいなあと思って調べたら寺内タケシとブルージーンズを見つけたが、そういうのではなくって、Pixiesみたいに轟音でサーフ・ロックでしかもロシア民謡をカバーというニッチなものを欲していることに気づいた。


いまじんに向かう上り坂の暗い道を車で走っていたらなんかが横切ったので慌ててブレーキを掛けた。あの胴のひょろ長さはネコではなくてタヌキだと思う。タヌキさん、タヌキさん、銃を抱えてどこ行くの?タヌキさん、タヌキさん、銃を抱えてどこ行くの?(<-Hey Joeのメロディーで)

駐車場のいつもの場所に停めようと思ったら、なんか隣の車がはみ出している。むりやり車を入れることはできるけど、こんな車の停め方している奴はきっと擦りながら出てゆく可能性も高いだろう。面倒だが遠い別のところに車を停めた。結果的にそれは私の人生最善の選択だった。(<-S.ジョブズ風)

今日は「オフトゥン」という言葉を知った。「トゥ」のところが好き。こうしたまた前人未到の高みに到達してしまった。


「"what’s the deal with ~"のフレーズは、ちょっぴり不思議なものや予期せぬものを前にして「知りたいんだけれどもどう質問をすればよいのかハッキリとはわからない」ときに使います。」 これ合点がいった。

ザッパの200motelsの出だしは司会が「リンゴ・スターがザッパみたいなカッコをしているんだけど、聞いてみましょう。"what's the deal?"」となる。訳すとしたら「いったいなにごと?」もしくは「どうなっちゃったの?」みたいなかんじか。



2016年03月21日

さうして、このごろ 20140731

夜に豊田図書館へ本を返しに行った帰りに、三河上郷のあたりを走っていたら豊田東ジャンクションの夜景が見えて、ちょうど「青い車」を歌いながら走っていたところだったから、なんだかちょっと感動してしまった。平常心を失っているらしい。

田舎道をひとりでドライブしてそれで幸せなんて、これっていわゆるマイルドヤンキー? でもそれだけで幸せだった。

竜美小のところからローソンに行くのに、真っ直ぐな下り道へととつい折れ曲がってしまったが、いや俺はここよりもその先のくねくね道が好きなんだと思いだして、なんか人生の選択を仮託するかのようにわざわざストップして、Uターンして、そのくねくね道をエレカシ歌いながら降りて、満足だった。

この日のことは忘れることはないだろう、あの高速の風景と固く連合させたんだ。

でもじつは忘れちゃうんだ。だからわざわざ世界に向けて書き記す。

「なんか雨が激しくなってきた。きっと、梅雨を終わらせるためには、長く、強い雨を降らせないといけないんだね。(<-なんかかっこいいこと言ったふうな顔つきで) 」これ好き。(<-自画自賛)


Googleの天気予報を見たら「ちぎれ雲」って書いてあったので「おいおい、無駄にリリカルだな」と志鷹さんの口調を真似て呟いてみた。

「ポンチ絵の世界」ってタイトルを考えた。中身はまだない。

「スベスベマンジュウガニ!」とシュプレヒコールしている横で、両手の平をこすり合わせながら「すべすべすべすべ」と茶坊主的にステージ上であっち行ったりこっち行ったりする役割、あれをやりたい。「すべすべすべすべ。」

積み木を重ねてバナナを取る係、あれでもいい。

「マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! 汝等祝福されてあるべきなり、其の他はすべて分解しければ。」いま思うとなんだかすごくスチームパンクだな!


夜運転してたら、後ろから追ってくる軽自動車がヘッドランプ真っ暗なんで、信号で停まったときに自分のライトをハイビームにしたりしてアピールしたんだが、気づいてもらえなかった。更に帰りにも別の車がステルスモードで走ってた。おいおい最近こういうの流行ってんの?

んで、今日は夜に信号待ちしてたら、ジーンズ屋の壁で光がチラチラ動いているのを見つけて、いまどきお店の宣伝でもプロジェクションマッピングかと感心してたら、手前にある街灯に蛾が集まって飛び回っているのが壁に投影されているだけだった。ぎゃふん。


「白色レグホンじゃあなくって、褐色レグホン。なんか燃えるような夕陽のイメージ。」とここまで書いて、ねんのため「褐色レグホン」でぐぐってみたら実在することを知った。ショックを受けている。指先が震え、皮膚のいちばん面の部分が痺れている感じ。川原の礫石がきれいに積み上げられている。

ピアノを演奏する手にモーションブラーがかかり、あらゆる色はかき混ぜられ、つまらない灰色になった。クレヨンの落書きは全部捨ててしまおう。登り坂が終わったらそこは里山で、草履とか行李とか蝉とかが並べて売られている。

「キレッキレ」と「シュッとしてる」を日常生活の中で使ってみたいのだけど、なかなか使える場面がない。

シカゴの"25 or 6 to 4"って時間のことで、午前4時まであと25分または6分=午前3時35分または3時54分だと思っていたが、そうではなくって"25 or (2)6 to 4"、つまり午前3時34分か35分か、ってそりゃそうだよなと思いつつ、わかるかんなもんとも思った。

「愁嘆場」という言葉を知った。なんか気に入った。

"let it go"の訳をメロに合わせるために「ありの ままの」にしたってのはわかってるとして、意味に忠実に、簡潔に表現するとしたらどうなるかって考えたけど「ほっとけ、ほっとけ」ってのを考えた。ダセえw

帰り道でヘビを見かけた。マカロンが散歩していた空き地の草むらに逃げてしまって見失った。ところでヘビを見たのは良い兆しだろうか、悪い兆しだろうか? どっちでもいいか。そもそもどちらに転がるかも長い目で見ないとわからない。今はただ笑う。


ストレッチをしながら"The time is out of joint: O cursed spite, That ever I was born to set it right"とか読んでいると、なんだかそれは、カルモチンと間違えてヘノモチンみたいなおかしみがあって気に入った。

今日は次男と将棋。2戦2勝で完膚なきまでにボコっといてやった。まだ当分負けそうにはないが、そうはいってもあと数年で追い越されることだろう。それでよし。all shall be well and all manner of thing shall be well.

上機嫌で替え歌歌ってた。Deep Purpleの"Child in Time"のメロディーで「よっしっだー(おっとうちゃんー)、よっしっだー(おっとうちゃんー)」って。

あと、風の谷のナウシカのメロディーで「かぜのたにの とうちゃん よしだ よしだ まさとし」ってのもよく使う。「よしだ」を二回繰り返すところが気に入っている。

コンビニの駐車場に車を停めて、車から降りてみたら、なんだかざわざわとした風が吹いていて、遠くではパトカーが走っている音が聞こえた。もしかしていま台風がやってきて、ちょうど台風の目に入ったところなのかもしれないと、そんなわけはないのだけど、そうだったらどうだろうと、幻視してみた。

「蒲焼き」のことを「カヴァヤキ」と発音してツッコミを待つ。夢の中で。


八丁味噌の八丁(八帖)ってのは地名で、岡崎城から八丁(~800m)離れたところに味噌工場がある。外国からお客さんが来ると、岡崎城かこの味噌工場に行く。豊田の自動車博物館(長久手にある)に連れてったこともあったっけか。

日本橋八丁堀とか、広島の八丁堀とかの場合は堀の長さが八丁だから八丁堀なのであって、城との距離の問題では無いようだ。


2016年03月20日

さうして、このごろ 20140630

よし、どうあれ魂を曇らさないように、正しい選択を行うことに注力していけば、それは未来に生きるのではなく、今に生きることになるだろう。(<-なんか読んで気分が盛り上がっていらっしゃる様子)

安息香酸、ビルの谷間を飛ぶカラス。保育園のオルガン、ヘビとスズメバチ。雨雲とヘリコプター、様々な色文字のマグネット。全てを透徹し、浸透する法則性。段差とダンプカー、チョークの粉。森とモノレールと焚き火と海水。ブレーキを踏んだら、ハンドルにロックが掛かった。

「つかお茶碗と箸をドラムに見立てて遊ぶのやめてもらえますか?」


岡崎市民としては、長久手古戦場公園には行っておこうと思う。小牧・長久手の戦いというのは、犬山城にいた秀吉と小牧城にいた家康が対峙しているところで、家康の岡崎城に奇襲にかけに行った秀吉陣営を家康側が追いかけて長久手のあたりで衝突して、家康側が勝ったという話(ということを今知った)。

三河の人は尾張とは別だという意識が強いので、岡崎の人に「名古屋の人」とか言うといっしょくたにしないでほしいと思われる。それにはこういう歴史的経緯があるからなのだな。

じゃあ三河と尾張の境目ってどこかって知多市と豊明市の間くらいのイメージあったのだけど、桶狭間の戦いで今川義元がいた沓掛城ってのは豊明にある。まあ、ニワカなんでせいぜいこんなところで。


英語らしく発音するためには促音を入れないようにってことで、Zakは「ザック」じゃなくって「ザク」だよって話になる。こないだ誰かと話してたときにRoger Lemonのことを「ロッジャ・レモ」って発音している人がいて、なんどか聞き返してやっと聞き取れた。あれはなんでがなあったらうか。

「アンドロメダの異星人」ネタで思い出したけど、「と学会」的なやり方よりは「幻の名盤解放同盟」的なやり方のほうが好きだったな。


「ジョニー・マーの最も素晴らしいリフ 10選」ってのを見て、Electronicの2枚目の最後の曲が好きだったっけなと思って調べてみたら、見つかった。"Time Can Tell"だった。哀愁ただようネオアコポップチューン。iTunes探してみたら売ってたのでこの曲だけ買った。

石川博品作品で「俺はモリッシーふうに花束を抱えて、『あっちはジョニー・マー? こっちは僕?』ってギャグを思いつき、ひとりでニヤニヤしていた」ってくだりを見つけて、ロキノン世代かよ!と「フハッ」と鼻を鳴らしてみた。これを思い浮かべてた。

ケリューケイオン ってなんかで見たなあと記憶を辿ってみたら、「よくわかる現代魔法」だった。なんだかもう、人生で大切なことはすべてラノベから学んだ。


2016年02月24日

サマー オブ ラブとコムニタス

サマー オブ ラブ(1967)、セカンド サマー オブ ラブ(1988-1989)に加えて、ニコ動、初音ミクの2007年をサード サマー オブ ラブと捉える史観があるというのを知った(『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』柴那典)。

でも、サードが来るのはむしろこれからだと思う。「インターサブジェクティビティー!」という幻想の同時発生がSummer of Loveの本質であり、次に来るサード サマー オブ ラブでもそのような幻想と幻滅とがなにかのテクノロジーとともに再来するだろう。

「インターサブジェクティビティー!」というのはサマー オブ ラブの元となったケン・キージーらのアシッドテストのムーブメントで使われたキーワードで、このムーブメントの興没はトム・ウルフの"Electric Kool-aid acid test"にて描写されている。詳細については以前のエントリを参照してほしい。

(ところでニコ動と初音ミクのムーブメントは、サマー オブ ラブに連なるものというよりは、イギリスのパンクムーブメントや日本のイカ天バンドブームとかの系譜ではないだろうか?)

サマーオブラブにおける「インターサブジェクティビテイー!」という感覚について調べていたら(<-そんなもん調べるな)、文化人類学者のヴィクター・ターナーによるコムニタスという概念を知った。まさにこれだ!元論文はこれ:"Liminal to Liminoid, in Play, Flow, and Ritual: An Essay in Comparative Symbology"

Spontaneous communitas is "a direct, immediate and total confrontation of human identities … It has something 'magical' about it.”

"this moment when compatible people - friends, congeners - obtain a flash of lucid mutual understanding on the existential level"

"… if only the group which is felt (in the first person) as "essentially us" could sustain its intersubjective illumination."

これだわ。自発的にほんのいっとき繋がるかんじ。昔書いたこれとかまさにそんなかんじ:「部室でジャムった日のこと。」

じっさいに、カトリックの巡礼、ヒッピーのムーブメントやレイヴカルチャーとかの場面でこのコムニタスという概念は援用されているようだ。ケン・キージーが「東方への旅」に言及したのも当然のことで、自分のやっていることを分かっていたのだ。

さらに調べてみたら、「インターネットとコムニタス」という記事も見つけて、面白いなあと思ったら風野春樹氏の記事だった。


2015年04月29日

MathJaxテスト

ネットを見ていたら、数式がTeX記法でしかも画像でなくてコピペできるようになっているのを見つけた。 http://blog.gepuro.net/archives/123

調べてみたら、MathJaxというそうな。さっそく試してみた。

$y'' + x^2 y' + 4y = e^x$

\begin{align*} \hat{\beta_n} = \left[\sum_{t=1}^n x_t x_t ' \right]^{-1} \left[ \sum_{t=1}^n x_t ' y_t \right] \end{align*}

ちゃんとコピペできる。上の式だとこうなる:

βn^=[∑t=1nxtx′t]−1[∑t=1nx′tyt]

htmlのヘッダはいじらないで、本文中にscriptを書いてやれば動く。だからレンタルサーバーでの運用でなくて、ふつうの無料ブログとかでも使える。こりゃあいい。


2015年01月17日

さうして、このごろ 20140531

金平糖がポルトガル語のコンフェイト (confeito)から来てる、って記載のあまりのそれっぽさに、ウィキペなのに民明書房刊かと思った。

しゃっくりをしたら、しまい忘れた電気ストーブの熱反射をする部分が音を反響した。なんだか新しいワビサビを発見してしまった。

「ノーベル棒」ってのを考えついた。ノーベル賞じゃないの。代わりに棒が付いてる。棒が付いているからいろいろ便利なの。背中掻いたりとか。それだけ。それより先のことは考えてない。


奥さんの友人の一歳児を預かった。私の本棚から本を取り出して「読んで?」と主張した。でもそれは「くらやみの速さはどのくらい」だったので「それは絵がないからこっちにしよ?」と言って「マンガはじめましてファインマン先生」を見せた。でもどのぺーじも「おじさん」「くるま」だった。

見かねた奥さんがどうぶつ絵本を出してきてくれたんで、それを読んであげた。「これは?」「きりん!」「これは?」「がおー!(ライオン)」「これは?」「ちーた!(トラ)」とかなりイケてた。


「奥が深い症候群」というのはプログラムなどがさまざまな歴史的要因でバッドノウハウを抱え込んでしまうものに対して、そのバッドな部分をありがたがることへの批判なのだが、脳と心がまさにそういう意味でバッドノウハウだらけで、messyなのであった。

Larry Wallの言葉で"Perl is messy because the world is messy."というのがあるらしい。(ググると元ネタは見つからないのだが。)

世界がmessyでそれに対処するためにバッドノウハウで対処するというのはまさに「脳はあり合わせの材料から生まれた」というかんじでおもしろい。そしてハッドノウハウであることと「ハックする」ことってのはやってることは同じで、あとからどう評価するかだけの違いなのだ。つまり間に合わせでうまく行ったハックをその適応範囲を超えて使い続けようとすると、それは「バッドノウハウ」になるだろう。


VSSの飛行機で読みかけだった「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」を読了した。よかった。プロットとしては、えっ、そこで終わるの?ってかんじで、「猫のゆりかご」や「スローターハウス5」みたいなドラマチックな展開はないのだけれども、エリオットもストーリー自身も、ハムレットのように反転して意味を固定させないところが好み。というか、意味を固定して説教くさくなっちゃうようなものを受け付けることが出来なくなってしまっているくらいの域(?)に達しているもんで。

さっそく感想漁ってみようとぐぐってみたら関連キーワードに「富士山の恵みミネラルウォーター」が出てきたので、機械学習ならではの発想(?)に感心した。


The Musicのヒット曲"The People"のサビの部分はスキャット的に歌詞にならないなにかを叫んでいるのかと思っていたが、"out all alone and out on her own"と歌っていることが判明。いつもながら、まったく聴き取れていないことにショック。

ウィリアム・ブレイクの「無心のまえぶれ」(Auguries of Innocence)を読んでいたら、slip inside the houseのメロディーでこれを歌えることに気づいた。(詩の基本的形式だからみんなそうなのだろうけど)


「なぜ一流の男の腹は出ていないのか?」とか「なぜ東大生のノートは美しいのか」とか、正しくない言明があたかも成立しているかのように「なぜ」を付けて煽る技法についてなんか名前をつけたい。「早まった一般化」「合成の誤謬」論法、よりもspecificな感じで。

長女が英語の発音の聞き取り問題を出してほしいというので、Macのterminalのsayコマンドで発音だしたった。

雨の中を家まで帰ってきたが、傘が小さくて左肩がびしょ濡れ。我々の生活の質向上に寄与するのは傘をもっといいものにすることじゃあねえのか? "We re-invented umbrella"とか言ってkick starterで資金集めるの。具体的なアイデアは無し。

帰りの名鉄は人身事故のせいで混雑してた。近くにいた男子学生が同じクラブと思しき女子に「お前そんな格好してオレのこと男だと思ってないでしょ」みたいな、付き合い始める手前っぽい甘酸っぱい会話をしていたので、読んでる論文が頭に入らなくて困った。


家に帰って、長女と一言二言話をして、寝っ転がりながら「^ぶ\た-く_ーん」と太陽にほえろ!の黄昏れたインストバージョン(オルガンかなんかが主旋律のやつ)のメロディーで歌ったりする。べつに子どもに向かって歌っているわけでもないが、かといって一人でいたら歌ったりはしないだろう。

つまりこの15年くらい私は「^ぶ\た-く_ーん」とか歌いつづけてきたんだ。子どもたちが大きくなって、家を出て行ってしまったなら、いったい私はどうするというのだろう?


2015年01月10日

VSS2014訪問記

20140514: 明日は飛行機で12時間なので、QC15のイヤーパッドがほつれているのを治すために針仕事。

ギリギリのタイミングでVSSのiOSアプリが更新された。前のバージョンは要旨が途中でぶつ切りされていたけど、これが解決した。機上で読む。


いま空港でこれから出発。眠いが、離陸時に寝ると2時間ぐらいで目が覚める。航空機で爆睡できたらいいのだけれど。

共同研究ミーティング用の資料はできあがった。空港バスでラップトップいじるとか余裕なさ過ぎ。

ぼっち、車無し、観光地、ということで生きていけるかどうか心配になってgoogle mapでストリートビューを見てみた。セブンイレブンとハワードジョンソンがあるのを見つけたので、とりあえずサバイブできそう。


デトロイト着いた!いつもながら入管とか、安全検査とかがひどい。手荷物をベルトコンベアで送る部分と身体検査をするところとが離れていて、ベルトコンベアの荷物が溜まったまま放置されてるところに自分のラップトップがあるのを遠目に見たりとか。

いつも通り、離陸後の1時間くらい寝て、あとは完徹。でもドラフトコメント書きとVSSプログラムのチェックが出来た。Tampa行きの中で爆睡する予定。

Tampa行きの航空機で爆睡していたら、着陸態勢で気圧が上がるときにうまく耳抜きが出来なくて左耳、歯、頭まで全部痛くなった。もともと意識してあくびとかして直さないとこうなるのだけど、こんなにきついのははじめて。つまり、着陸時に赤ちゃんが泣くのと同じ理由なのだが、これがあるために、ダイビングでも耳抜きが出来なくてしんどかった。どっかに針で穴でもあけてやりたい。


ホテル到着した!メインのではなくてGuy Harveyの方。なんか部屋の空きの都合で、スイートルームにアップグレードしてもらった。なんかこれ新婚用なのですけど。レンジ、コンロ、鍋、冷蔵庫が揃っているので、なんか作るか。

いつものパターンからすると、このまま寝ると午前3時に目覚めるだろう。エアポートシャトルで来る途中でWalgreensとか店がいろいろあるところを見つけたので、そこに行ってこようと思う。

Walgreensまで行かずにもっと手前にCVS pharmacyとPublixっていうスーパーがあった。Publixでほかの日本からの方に出くわした。どうやらここは定番だったらしい。せっかくアメリカでスーパー行くなら肉だな!ということでrib back買ってきた。明日焼く。

あと、おなじみのカナダの先生にも会った。明日のシンポジウムでまた話そう!と快活に分かれていった。


CRSのサテライト8:00-12:00に参加中。色の話とディスプレーの話のどちらかを選ぶように書いてあったからこのトピックで4時間ってすごいな!と思って参加してみたのだが、行ってみたら一つの部屋でそれぞれ質問込みで2時間だったのでぜんぜん浅かった。

「ここでは技術的詳細には立ち入りませんが」を連発された。DKLについても俺のブログ記事のほうがよっぽど詳しい。ただ良かったのは、DKLはbackgroundの値によって決まる相対的な値であることを強調していたこと。

でも、質問で個人差に合わせてどうcalibrationしてゆくかの問題が出たらまた「ここでは技術的詳細には立ち入りませんが」だった。L,M,S Coneの比率は個人差がものすごくあるのだから、そこをやらないと意味が無いじゃん。以前この論文のfig.4を見て、あまりの個人差に驚いた覚えがある。

いまはディスプレーの話をしてる。いまはどのくらいCRTの輝度が安定するか、スイッチオンしてから3時間までの輝度変化の図を出してる。理屈的には知ってたが(「り りろんはしってる」)、データを見たのは初めてだった。

つぎはspatial uniformityの問題。これはたしかCRTよりもLCDのほうが問題なはず。将来的には、広い画面での視覚刺激を考えているのだけど、その意味ではプロジェクターとかのほうがよいのかもしれない。PROPixxとか。

「将来のために買ってキープしてあるモニターがphospherのdecayが遅くなっているようなんだけど、使わなくても劣化するものなの?」って質問には劣化しますって答えてた。CRSは三菱の新品CRT未使用品をキープしてて売ってるんだけど、やっぱ完全に新品とおなじではないようだ。

LCDでの時間応答特性を上げるために使われる"overdrive technology"について。これがあるのでスペック値はものすごく速く見えるが、微妙な輝度が表現できているわけではない。だから0->255とかの時間ではなくて、gray-to-grayの時間が重要なのだが、そのへんまで話をするかどうか見ているところ。

そこには行かずにOLED displayの話に移行した。このへんはキャッチアップしてないので知りたかった。いまになってOLEDとOELDとを混同していることに気がついた。ググりながら調べているところ。OLEDのほうがCRTとかと比べてCRT空間の緑側の部分をより広いところまで表示することができる。

JOVに出た、OLEDを視覚研究に使うことについての論文ふたつ

.@kohske OLEDはOLEDでいまのところ60Hzまでしかだせないし、なんか長持ちしない(short life expectancy)みたいなことを話してました。

活発に質問している奴の顔がなんか見たことあるなあと思ったら、PsychoPyのJonathan Peirceだった。PsychoPyのデモでグルグル回る顔はこの人だ。


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ブライアンのトーク終了。質問者が私とアリ(Ali Borji)って関係者ばかりだった(もうひとりは不明。シニアな人だったけど)。

竹村さんのトークの前に、ホテルに戻って遅い昼食。 これで昼は5ドル以下をキープしていけそう。

長い一日だった。アリ(Ali Borji)と会って話が出来たのが収穫だった。私がUSCに滞在していたときにちょうどポスドクとしてIttiラボに入ってきたのがアリで、トップダウン注意をどうモデル化するかみたいな話を延々したものだった。

ジアドにも会えたし、今日最小限しておくべきことはぜんぶ済んだ。スーパー行ってみたらまた日本の先生に会って、帰ってきたら22時過ぎてて、今から走ると遅くなってしまうので今日の朝に走ろうと思う。(<-今日は走らない作文完了)。


朝ジョギング 6.16km in 45min@St. Pete。平均ペース7'19"/km。浜辺をジョギング。波打ち際のちょい手前を走ると足場がしっかりしているので気持ちよく走れる。ROVO聴きながら水平線見ながらで宇宙感覚で走った。老夫婦がウォーキングしているのと何度かすれ違った。なるほどフロリダだなと思った。

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昼はRib back焼いて食った。 二つで4ドルで大満足。ステーキ屋行く必要ないや。ただ、ホテルに備え付けのにくき利用のぎざぎざの付いたナイフが壊滅的に切れなくて、しかたなく骨にかぶりついた。

ジョギングして、トーク聞いて、肉食って、もはや一日が終わりそうな勢いだが、今日の本番はこれから。午後にふたつサッカード関連のセッションがある。

コーヒー飲んだら元気が出てきた。そうか、コーヒーが足りなかったんだ!

共同研究者とのディカッション終了!かなり進展あった。これで安心して海に入れる。海パンは持ってきた。


朝ジョギング 8.51km in 60min。平均ペース7'04"/km。だんだん調子出てきた。もうすこしでまた7分/kmを切れそう。はじめはゆっくり、ほとんどウォーキングで、15分くらい経過したらだんだん上げてゆくということで正解だったらしい。もうすこし(あと1kmちょっと)でビーチの南端まで辿り着けそうなので、帰国する前に10km走に挑んでみようと思う。

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肉焼いて食った。これで6ドル。大変満足。VSS来てからまだ一回も外食してない(初日のレセプションを除けば)。ここまできたら自炊で全部済ますのを目指すか。

焼き加減としては肉汁が出だしたくらいがちょうどいいのだろうけど、そうすると中のほうが真っ赤だ。お店で食べるならミディアムレアくらいで頼むけど、自分で焼いたもんで赤いの食うのは怖いので火が通るまで焼いたら硬くなってしまった。難しい。

VSSのデモナイトが大混雑だったので早々に退出して、浜辺で陽が落ちるところをビデオに撮ってた。

帰りのシャトルを予約した。帰るんだなあって実感が湧いてきた。あと42時間で出発だ。

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「ステーキの焼き方」をぐぐってみたところ「あらかじめ冷蔵庫から出して室温に戻しておかないと中まで火が通らなくて赤いままになってしまう」というミスを犯していたことが判明。つか初歩中の初歩だった。今日は冷蔵庫から出して再チャレンジ。

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強火で30秒、弱火で2分、裏返して強火で30秒、弱火で2分のトータル5分でいいかんじにできた。

6ドルで大満足。ただ、コンロの真上にある火災報知器が鳴って困った。じき止まったが。そしてホテルの人はだれも来なかった。


朝ジョギング10.03km in 70min。平均ペース7'00"/km。予定通り10km走してきた。南端まではもうちょっとだったが、5kmに到達したところで折り返してきた。70min切りたいところだったが、それには届かなかった。でもだんだん調子が戻ってきてる。

VSS終了。どんどんホテルから客が出てゆくのを見ていると、いつもながら不思議と悲しい気持ちになる。おみやげは全部買った。シャトルの確保もした。帰国する前にメール色々書いて、帰ったらいろいろやらなければならないことに手を付けて、さっさと頭を切り替えていくことにしよう。

VSSの発表についてもまとめておきたかったが、どれもhighly relevantすぎてちょっと書きにくい。ともあれいろいろ収穫があってよかった。NCMとVSSどちらに行くべきか逡巡していたのだが、VSSに来ておいてよかった。

サランラップと塩コショウとオリーブオイルが余った。置いてゆく。サランラップはすごく重宝した。作り置きして半分ラップして冷蔵庫というオペレーションが可能になった。本当は牛脂とかが欲しかったのだがなかったのでオリーブオイルで。でもベーコンで間に合うということを学んだ。


起きた。もうすぐ出発。

タンパ空港には2時間前に到着したけどガラ空きですぐにチェックインできた。チェックインでハマるのを恐れていつも早めに行くようにしているけど、考えてみればここ最近困ったことはないな。1996年のLAXで螺旋階段みたいなところで2時間並んだ記憶がある。たぶんあれを引きずっている。

長男へのお土産のチョイスに気の利いたものが見つからなくて毎度難儀するのだが、今回はESPN(スポーツ専門チャンネル)の雑誌の表紙が田中将大だったので、これにした。


中部国際空港到着した!たぶん眠れないだろうと思って、飛行機の中では2週間後のJCのスライド作ってた。ほぼ完成。でもまだ駒場講義もあるし、前倒しでやっておかないと時間が取れない。機内では4時間くらいは眠れただろうか。いまのところけっこう元気。


2014年12月17日

eye tribeで試行錯誤中(2014年4月版)

なかなかeye tribeのMac用APIがリリースされないので、パラレルズ上のWindows 8.1から動かしてみた。仮想OSからUSB3を認識して動作した。ハードウェアはけっこう熱くなるので、ラップトップの上に置くには気になる。画面キャプチャー動画も上げておいた。

マウス・カーサー・コントロールもちゃんと効いた。Tobii X2-60も使っているけど、そちらと比べると頭の動きの許容範囲は半分くらいだろうか。

あとはアイトラッキングのデータをprocessingから読めるかどうかなのだが、残念ながらまだだれもそういうライブラリーは作ってないみたい。Leap Motionとかだとすでにあるのだけれど。

SDKのドキュメントを読んでみたら「TCP Socketsを開けることができて、JSONをパースすることができるプログラム言語だったら、理論的には接続可能」と書いてある。つまりprocessing.netとJSONObjectを使えばよいのだな。

The Eye TribeでのアイトラッキングデータをJSONで出力したものをProcessingで描画してみた。

850319772.png

あとはこれをリアルタイムでdataIn = myClient.read(); とかやればよい。


2014年12月11日

さうして、このごろ 20140430

いぬのおまわりさんが「困ってしまってわんわんわわーん、わんわんわわーん」ってもう少しなんとかしろよ、使えないにも程があるだろこいつ、とか思った。

走りながらセバドーの「磁石のコイル」を聴いていたら、"soon our little brain is gonna boil"って歌詞が出てきたので、これって「頭がフットーしそうだよおっっ」じゃんとか思ってフイた。

ジョギングからの帰り道、ローソンの向こうにギリギリの三日月が見えて、月の暗い部分が薄暗く見えて、光っている部分が本当に端っこだけで、まるで月食が始まる直前で時が止まったかのようだった。

ことわざを日本式に直しておいた;「米のとぎ汁を捨てるときに米粒まで流すな」…つか本当にある気がしてきた。

「チャーリー・ブラウン・イズ・デッド」っていう痺れるタイトルを思いついたが、どう見ても「ジェイムス・ブラウン・イズ・デッド」のパクリだった。


今日は新年会兼送別会。なんというか、自分の身に引き寄せて考えてみた。どの道だって、「幸せ」になれるかどうかはわからないけれども、その道を「正しく」歩くことはできるんではないだろうか、事実かどうかというより祈りのような気持ちだった。

シロツメクサで花冠を作るんだ。たくさん作って、無造作に並べて、雲も風もなくて、空は平坦に絵の具で塗られていて、遠近感は失われて、それでも生命の感覚は残り、灰色は世界から追放されてゆくんだ。熱と鼓動が中から外から、いくらでも押し寄せてくるんだ。


ポプラ通りを統合バイオセンターに向かって車を走らせていると、T字路の手前で「この先通り抜け出来ません」の看板があるのだが、後半が生け垣に隠れているために「この先通り抜け出来」という東スポ技法がなされているのがすごく気になる。

「溯源」とかそんな言葉しらネーヨ!とか思って調べてたら知恵袋の記事を見つけて興味を惹いた。「逆上る/遡る」「爪突く/躓く」「紐解く/繙く」「色取る/彩る」「散り嵌める/鏤める」「片寄る/偏る」「型取る/象る」なんか、カッケー! 後者は中二病感あるぞ。

研究所のエレベーターホールにポスター掲示用のパネルが設置されて、マグネット類が貼り付けられているのだけれども、誰かは知らないがそのマグネットを使ってさまざまな絵が描かれている。しかも日替わり。各フロアで違った作品が掲示されていて、私は密かに「せいりけんギャラリー」と命名した。

「ドグマ」って言葉の語感の力強さはなかなかに素晴らしいと思う。今気づいたけど、もしかしてsulpirideの商品名の「ドグマチール」って「ドグマ」+「散る」ってことか?

Precuneus (プレクネウス)には、ヘラクレス的な、ロゴセティス的な、ギリシア感を強く感じる。(<-ドヤ顔)


2014年11月28日

さうして、このごろ 20140316

なるほど、「勝利の方程式」という言葉をよくよくみると、方程式解いてないじゃんって思う。逐語的に考えるならば、複数の拘束条件から(ナッシュ均衡的な)最適解を得るみたいなイメージが湧く。

しかし(たとえば)名監督の名采配ということであれば、毎回違う状況から流れに合わせて最適な手を打つことが必要になる。それならば「勝利の微分方程式」でどうだろう? もしくは、いつもの必勝パターンに持ち込むということだから、アトラクターに落とし込むということであって(<-かぶれすぎ)


無謬性なんかどうでもいいだろ。敗北主義で良いじゃんか。ぼやぼやと歩いて信号赤で警笛鳴らされたりしながら、泥と雪と魚の臭いと、騒音の向こうから聞こえる鐘の音と、そういうものでできたトンネルの中を、ポケットに手を突っ込んでかすかな熱を探りながら、正しくない選択をとり続けるんだ。

暗い寝室に戻って、黄色い防寒着を探してみたら、暗い部屋の中でその黄色は暗い灰色のようになっていて、なるほど黄色は白に近いから暗ければ灰色だななどと理屈に合わないことを考えた。そんな考えが、切れ味の悪い刃物のように、滑った鋼の棒のように、私の腹の中へと差し込まれるのを想像した。


オカザえもんが生理研に来訪。一挙に非日常モードへ。私は見逃したが。もしオカザえもんに質問できる日が来たら、Stereolabのジャケとかこの辺りのデザインからの影響の有無について聞いてみたい。


.@okazakiemon 「トマトケチャップ皇帝」いいですよね!


「虐殺器官」の4章を読んでたら、CEEP(Child Enemy Encount Possibility)という造語が出てきた。戦場で武器を持つ子どもたちというモチーフが、最近読んでた「虐殺器官」「スローターハウス5」「カタルーニャ賛歌」ついでに「カラマーゾフ」も入れてもいいかもしれないけど、なんだか連続して出てきたので、なんだか驚いた。

平行してkindleで再読していた「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」でも、語り手のなぎさは「実弾」を手に入れるために中卒で自衛隊に入ろうとする。いろいろあって結果としてそれは断念されることになるのだけれども、もしかしたらそこにも「子ども十字軍」のイメージはあったのかもしれない。


空へと続く階段? 「ブーツストラップ」? カモメとビスケット? なにもかもが明白すぎて、でもなにもかもおろそかにすることはできなかった。それでも疑問が浮かんでしまう。ぶら下がっている紐? 紙飛行機? 懐中電灯とスコップとセメントの袋? ぜんぶ引き寄せてフレームの中に押し込んだ。

世界が回る、地球が回る。血が巡り、水が回る。なんという偶然だろう? ほんとうに、水が回り、血が巡った。歌は終わり、火は止められた。ほんとうに、水が回り、血が巡った。


2014年10月08日

tonnetz(三和音のトーラス構造)についていろいろやってみた(2)

前回の続き。以前考えたように、tonnetzをちょっといじるとダイアトニックコードは図のように並べることが出来る。

つまり、赤の部分を繋ぐとメビウスの輪になる。じゃあっていうんで、ほんとうにメビウスの輪の上に乗っけてみた。

2周(4pi)を7等分してやるとたしかにそれぞれの音が置くことができるのだけれども、点の間の距離がばらばらになってしまう。

正三角形の形は崩さずにメビウスの輪のように繋げないのだろうか。折り紙で自作していたのだけれども、どうにもうまくいかない。ふと家にジオマグがあることに気がついた。やってみた。

するとどうやっても繋がらないことが判明。右端のD音と左上のD音が繋がれば完成なのだが、どうやってもうまくいかない。そもそもうまくいく保証はなかったのだけれど。

ここまできたら無理矢理繋げばいいんではないかと思い立った。B-Fだけ音幅が違うので、そこだけ長い。

なんか対称性が出てきて良くなったんではないだろうか。でもそこまで考えるんだったら、そもそもC-E-Gを半音の数で3-4-5の直角三角形と捉えた方がいいかもと思った。

隣接している三角形で出来ている菱形はmaj7コードを構成する(e.g., C-E-G-B)のだけど、閉じられていない菱形が気になる。E-A-B-DとかC-D-F-Gとか。でもいいかげん飽きた。

でもってそのまま次男とジオマグで遊んだり、ジェンガで遊んだりというそういう一日となった。長女とiPod Touch買いに行って設定してやったりとか。


2014年10月02日

tonnetz(三和音のトーラス構造)についていろいろやってみた(1)

以前tonnetz(三和音のトーラス構造)についていろいろ考えてブログに書いたことがあるんだけど、ふと思い立って、三和音を三次元の一点で表現するようにして24個の和音を並べたらなんか構造でも見えてくるのだろうかと思って図を作ってみた。

24和音を低い方から並べて、たとえばCmajorだったらc,e,g音をc=0を基準に半音の数を数えるとc=0,e=4,g=7となるので、3次元空間の(0,4,7)にplotする。この調子でぜんぶplotするとx軸は0-4, y軸は3-8, z軸は7-11に全てのコードが並ぶ。

んで眺めてみたけれども、たとえば高さ9のところにはa音を含むコードが集まるので、xy平面上でD-Dm-A-Am-F-F#mという六角形が見える。縦方向に見てやると、Dmの縦線(黄色)の流れが上に進むとマゼンダの縦線の流れに繋がる。こっこにはなんか構造が見える。色で言うとmajのg-c-rとminのm-b-yの二つの系列。

とはいえ、c音から積み上げていくというところが無意味なので、もっと幅広くplotしてみたらなんか違ったものが見えただろうか?

けっきょくcircularであることを無視するとよくないので、Cmajorだったら輪っかでc-e-gに印をつけて、あとはおなじように24個作って、二音共有しているコード、一音共有しているコードって感じで近接度からグラフ構造を作る。そうすると…ってそれがtonnetsじゃん。ギャフン。


今度の10月の一般公開の出しものについて考えていたのだけれど、せっかくアイトラッカーがあるのだからそれを活用したい。とりあえずはサッカードの反応時間を測ってランキングをつければ小中学生はめちゃ頑張るはず。これまでも伊佐研では「マッスルセンサー」(簡易筋電計測装置)を活用してたし。

それはそれとして、もうすこしなんかインタラクティブなことしたい。今考えているのは、アイトラッカーから視点計測して、視線の位置を使ってsupercolliderでなんか音を出させる。tonnetz上での視線の位置によって出る音を決める。

位置によって出る和音がカテゴリカルに変わるだけだとつまんないので、Chordataで見た図みたいに、使う音に重みをかけてやる。たとえばc-g-eの三角形のど真ん中だとCメジャーコードだけど、c-g-eとc-a-eの三角形の間だとAm7になる。

画面描画はprocessingにやらせる。そうするとeye tribeからマウス代わりの入力を取って、それをprocessingで描画して、oscで通信してスパコラで音鳴らす。手間はかかるがプログラミングを覚えれば可能だろう。

じゃあc-e-gとc-ds-gの間だとどうなるのだろう?CメジャーとCマイナーがなると不協和音なのでそれを避けるとしたら、tonnetzを斜めに切り取ってCメジャーダイアトニックコードだけにしたバージョン、つまりこれのfig2cか。

C-Amの中間系だけでは面白くなくって、C-Fの中間系(=Cmaj7)とかAm-Dmの中間系(=Dm9)とかも作れると面白い。ではそのときはどのようにこの三角形を貼りあわせたらよいのだろう?3次元にすればいいのか。

だからそっち方面から詰めてゆくと、アイトラッカーよりはKinectかLeapMotion使ったほうがよいということになってしまう。じゃあアイトラッキングだったらなにが効果的な出力かという方向から考えたほうがよさそうだ。使える情報は位置だけではなくてサッカードの向き、速度もある。

課題の最初の画面の中心では7音全部が鳴ってるんだけれど、音のフィードバックだけを頼りにして探索していくといい和音のところが出てくる。これをウォーリーを探せ課題をやっているときに重ねてやって、音で強化して視覚探索をコントロールしてやる。(<-もはや一般公開と関係ないし)

サッカードの特徴から考える。じっと留まるのではなくて、アチラコチラに動くのがサッカード。そしていつ目が動いているかはほとんど意識しない。動いている瞬間はサッカード抑制で視覚が使われない。だからサッカードのタイミングで画像を変えるとchange blindnessが誘導できる。

そういうわけで、Processing + SuperColliderでTonnetz上の平面をクリックしたら音が鳴る、というのをじっさいに作ってみた。

ここまでならSCなくてもできるが、もうちょっと音を工夫してみようと思う。

あとはEye TribeがMacに対応するのを待って、アイトラッカーからの入力で音を出せるようにする。今日はここまで。


2014年09月26日

さうして、このごろ 20140216

今日は次男と一緒に将棋して、それから次男と一緒に凧あげした。すごく寒い、風の強い日で、凧はよく上がったが、風に持ってかれて凧はぶっ壊れた。長男が小さい頃からずっと使ってきたポケモン凧。来年になっても次男は凧揚げなんてしたがるだろうか?新しい凧を買うべきだろうか?そういう一日。


アパマンショップの歌を舞の海が歌うCMで、「アッパマン ショップでえ?」みたいにイントネーションが上がる部分、あそこが好き。とここまで書いてからぐぐってみたら自分のブログが出てきたので、どんだけアパマンショップの歌が好きよ俺と思った。

「思ってた? 恐れてた? だけど あれ? なんか 違うかも」ってくだりを聴くと「ガッデームって俺って何も言ってねーっ」をなぜか思い出す。


ひとつも 含みを持たないように 腕時計はずすように 道端に紙を敷いた / それから 腕まくりの洗面器 氷水とキュウリ 振り向くとなにか消えた / だれもが 角のとれた電池 花粉症の薬 ハサミムシ逃げ出した

無責任な野次飛ばしてみたり、ポリカーボネートの棒磨いてみたり、途切れそうな会話をむりやり繋いでみたり、毛布の毛玉を全部もぎ取ってみたり、私は宇宙の法則を探るために、あらゆる方法で世界に働きかけた。鶏をかたどった錆びた風車が軋み、コーヒーカップが電子レンジの中で泡を溢れさせた。

「行くも地獄、引くも地獄、だったら俺は引くぜ」…って引くな。

crossingって語は、鉄道用語だと交差する部分であってけっして乗り換えができない。だからこの語は、いっとき交差するのだけれども、それはけっして互いに影響を与えないような偶然の邂逅である、みたいな醒めた視点を含意している。もちろんこれは深読みです。深読み大好き。

「いいからそこの学食の端っこの方で石鹸でもかじってろよ」#今日の罵詈雑言

恐竜なんて、滅びればいいのに。#すでに起きている事象をまるで自分の願望が成し遂げたことのように言うためのレトリック


寒すぎて足首攣った。ベンチに座って伸ばして凌ぐ。(<-ライム?)

ひと仕事終了した! 札幌駅のホームに降り立って「のんのんびより」のOPを爆音で聴きながらホームの時計を見上げたら、「どうあれ俺は俺であり、変わりようがない」という当たり前なのにずいぶん大げさな啓示がやってきて、なんだかそれはカラマーゾフのミーチャの改心の瞬間のようだった。

「どうあれ俺は俺であり、変わりようがない」と昨日は思ったが「時が来たなら終わるもいいさ / それが俺の最後の運命だったら」とも思った。


節分。今日は俺が鬼の役だったので「不動の心、不動会」とか言いながら居間の片隅でポーズを取ってみたら、子どもたちが「無言で」落花生を「勢いつけて」俺に投げつけるというわけのわからないことに。途中で奥さんが指摘して「鬼は外、福は内」がコールされるようになったので節分らしくなった。そんな日。


「夜は短し歩けよ乙女」をkindleで再読してた。前回読んでたのは2008年4月。思えば遠くへ来たもんだ、と言いたいところだがそうでもない。あのときは「太陽の塔」を読む前だったのでうまく出来たエンターテイメントとして読んだのだけど、「太陽の塔」を読んだあとでこれを再読すると、なんだかすべてが悲しい願望から再構築されたもののように読めて、それはそれですごく良かった。


人間ならだれだって、夜中に「ハンター!!!」と叫んで家族を全員起こしてみたいものだろうと思うのだが、わざわざそのようなことをけっしてすることはない。この、「わざわざそのようなことをけっしてすることはない」という感覚って催眠的だよなあと思う。

術者の言うことに反抗することもできるけどでもわざわざ抗しようという気も起こらずに従ってしまう。われわれはつねに、社会やらなんやらに条件づけられて行動していることに後付けで理由をつけて、催眠的に生きてるんだな。(<-凡庸の極み)


2014年08月06日

さうして、このごろ 20131231

「さむわんすぺっしょ(すぺっしょ)」(<-長女が隣でクリスマス用CD聴きだした)

「テコ入れ」ってファニーで、なんか好きな詩語の一つだけど、「シワ寄せ」ってのもかなりイケてるんではないかと思ってる。

次男が食パンを自分で切ると言うので、「出来るの?」って聞いたら出来るって言う。「じゃあ、やったことあるの?」って聞いたらあるって言う。じゃあって見てるところでやってもらったら上手に出来てた。我ながら「悪しき前例主義」に陥っているな、とか思った。


大学院生の方が来て、インタビューというかアンケートというかそういうのに答えて、生まれ変わったら高等遊民になりたいとか、一番行きたいところは心のなかでもなければ宇宙でもなく、士林市場でマンゴーかき氷食べたいとか、バカ丸出しの発言してきた。

お薦めの本は?という質問事項があって、とくにひねりもなく「スローターハウス5」と答えておいたが、「くものすおやぶん とりものちょう」と答えた方が正しかったのではないかという気がしてきた。なにをもって「正しい」とするかはまったくわからないが。

(2014/5) インタビュー企画公開されました:生理研には総合研究大学院大学というのが併設されていて、私もそちらの教員を兼任しているのだけど、その総合研究大学院大学の企画として「研究者時計」(元ネタは「美人時計」)というのをやってる。(主に)オッサンがにっこり笑って時間をお知らせする。「研究者時計」の私のページ


MêléeのBuilt to Last、古風な曲だが大好きで今でもよく歌うのだけれども、歌詞がド直球のラブソングで、なんかイッケメ〜ンが女子口説いているシーンがイメージされて、俄然萎えた。だって「あの花火とろうそくの灯火の夜」っすよ。それでも大好き。(<-どっちだYO!)

家の中からドリアン臭、家の中からドリアン臭、きっとだれかがふざけて、ドリアンチップスを水に浸したまま放置しているだけなんだろ (<-「氷の世界」のメロディーで)

ずっと昔にテレビで見た映画で、防波堤の先?途中?にある公衆電話から誰かが電話をかけるシーンがあって、なんかそのありえなさ、異様さがトラウマ的に記憶に残っていたのだけれども、調べてみたら寺山修司監督、清水健太郎主演の「ボクサー」だったらしい。


この記事の最後のあたりに"politically correct"の語源というか元の意味が書いてあって、恥ずかしながら全く知らなかった。「もともとは左翼の人々が…自分たちのドグマ的態度を自嘲するために使っていた言葉」つかwikipediaにも書いてあるな。"Political correctness"


我が家の大掃除で行き場所がなくなった地球儀が、なぜか私の衣装ケース兼本棚兼DTM関連の棚のうえに鎮座することになった。地球儀って、いいよね。(<-FMラジオのDJっぽく)

ラボからの帰りの車で上機嫌で、「オナラ ブッブッブー ブッブッブブー ブッブッブー ブッブー」とスモーク・オン・ザ・ウォーターのリフで歌っていた。そのバックでは、ロバート・ワイアットっぽい手数の多いドラムを叩きながら。

図書館で「おかざえもん展」のチラシを見つけたが、開催は今日までだった。じゃあ行きたかったのかと言われれば、とくに行きたかったわけでもないと答えざるをえないのが多いに不本意だ。(<-ガストロンジャー)


今年のクリスマスイブは、家族でケーキを回し食べして、クリスマスソング歌おうということになって、なぜか「赤鼻のトナカイ」をみんなで歌うことに。そこは「きよしこの夜」ではないだろうか。ともあれ、冬空の明治通りを自転車こいだ年やヒピ男君と語った年と比べれば総じて良かったと言える。

人生の何処かのタイミングで「止まった時計でも一日に二回は正しい時刻を刻むんだぜ」というフレーズを使ってみたいと考えているのだが、どこで使えばいいかはよくわからない。

「クレヨンのロザリオをきつく握った手に」ってところは好き。


2014年05月05日

さうして、このごろ 20131131

起きたが眠い。昨晩は近くで酔っぱらいの若者がなんかによじ登ったかなんかで警察に「危ないから降りなさい」とかマイクで注意されてた。サンセットブルヴァードかっていう。

長女が「薔薇がいっぱい入った風呂に入りたい」とか言ってたので「セレブか!」と突っ込んでおいた。

「よし!ロペス!」野球見てる次男の反応と@ichipoohmtさんのツイートがシンクロしてる。


子供の頃は私は父親のことを「とーちゃん」と呼んでいた。大人になったどっかのタイミングで「おやじ」と呼ぶようにクラスチェンジするというのが正しいあり方だったと思うのだけれども、大学院生活、ポスドク生活が続いてタイミングを逸してしまった。一方で弟は大学に入ったあたりで「おやじ」と呼ぶようになった。

ともあれ自分の方はタイミングを逸していたのだけれども、私の子どもが生まれ、彼らが父親のことを「じーちゃん」と呼ぶようになってからは自然と私も父親のことを「じーちゃん」と呼ぶようになった。たとえ孫がいなくても。

私にとっての父親は、子どもたちにとってのじーちゃんなんだなとなんか合点がいった感じがした。そんなわけでなんだか変な方法で、この問題は解決した。


朝から機構のソフトボール大会だった。結果は準優勝。とはいっても全部で6チームだが。以前は16チームくらいあったものだが。

ともあれ、私は2試合分くらい出場して、4打数3安打。レフト越え三塁打、レフト越え二塁打、三塁強襲ヒット。スイートスポットはひとつしかないが当たればよく飛ぶ。

そんなわけで個人成績としてはこれまで最高ではなかろうか。満足した。

打ち上げには不参加。そのあと長女をミュージカル教室に迎えに行って、長女を新体操に送って、渋滞に超ハマって、長女を迎えに行って、長男を図書館に迎えに行って、車のガソリン入れて、次男を野外教室からのバスの迎えに行って、それでやっと帰ってきた。長い一日だった。まだ終わってないけど。


次男を空手に迎えに行って、上機嫌で「家に帰ったら何が起こっているかな? カニが千匹生まれてるかな? カニが百匹生まれてるかな? カニが千匹? カニが百匹? カニが千匹? カニが百匹?」と歌っていたらいつの間にかメロディーがユニコーンの「大迷惑」になっていたという驚きを伝えたくて。

僕らは砂であり、山であるけれども、砂山ではない。僕らはロバであり、藁であるけれども、その境界に背骨はない。僕らの上空には今にも零れ落ちそうな蜜があり、森であるけれども、木箱には仕掛けもなく、運転手もいない。地層が割れて現れた眼が、全てを一つの光景にまとめ、丸呑みする。


今日はラボからの帰りの車の中で歌い出してみたら、それは「およげたいやきくん」だった。これあらためていい曲だな。こう、横ノリでシンプルなリズム隊をイメージしつつ、ちょっと裏に食い気味な感じでソウルフルに歌うの。あと、子門真人の声が太いから気づかなかったけど、けっこう音が高い。

しばらくカラオケ行ってないので行こうと思う。ひとりカラオケ、以前はよく行ってた。上地(うえぢ)のシダックス。ラボでのひとりすき焼きも済ませたし、三八でひとり焼き肉は当たり前だし、サンディエゴではひとり動物園も済ませた。残るはひとりディズニーランドくらいではないだろうか。

ウインドブレーカーのポケットに豆腐入れたままロッカーに放置してしまった! (<-ブルースマンの歌う素朴な歌詞風)


ふと気づいたが、明日(2013年11月29日)でブログ書き出してから10年目だ。niftyでやってたホームページから、はてなダイアリーへと移ったのが2003年11月29日だった。10周年だからと特になにかするつもりもないが、とにかく思い出せてよかった。

はじめて書いたエントリがこれ:「Eight miles highのイントロではベースの音でドラムがビリついているのが聞こえる。それだけ。」なんか今書いてるツイートと変わってネーわ!


2014年04月06日

Python関連で試行錯誤 (2013年11月バージョン)

Mac上で動かしているPsychoPyがスタンダローンバージョンだといろいろプラグインを使うときに不便。(TobiiやらEyeLinkやらNIのUSBやら。)そこでこの機会にEnthought canopy入れてpython環境整えてみる。

もともとはMacPortかHomebrewで環境を構築しようと思っていたけど、プラグインとかで、もともと入っているPythonとの関係がなんだか不安だ。Enthought canopy入れればscipyとか各種全部入るようだし、もう少し調べてみる。

ちなみにすでにScipy Superpackを入れてあるので、Macに入っているPythonでscipyとかを使うことはできる。PsychoPyではEnthoughtを使うのを推奨してる。

そういえばScipy Superpackを入れてあったのだ、と思い出したのでiPython動くかどうか調べてみたら、動かなくなっている。そういえばMavericksにしてからいじってなかった。Superpackのアップデートをしておく。

Scipy Superpackのコード見たところ、easy installコマンドを使っているわけで、まずはライブラリと本体のpythonとの関係とかそのへんを理解しておこうと思う。いままでこのへんずっと回避してきた。

PsychoPyはいまだに64bit対応していない。これはかつてはpygletが32bitだったのが理由だが、pygletは1.2で64bit化された。しかしPsychoPyがpyglet1.2に対応していないため、今年4月段階ではまだ64bit対応がなされていない。つまりMacでは使えないということ。

Python(x,y)とSpyderを知った。なるほどこりゃほとんど見た目Matlabだ。Enthought canopyとかと競合するようだが。

Scipy Superpackよくよく読んでみたら、64-bit buildsをインストールする、って書いてあった。ということはここでpsychopyをインストールしても動かない。やっぱenthought canopyか。

Scipy Superpack入れるとStatsmodels, Scikit-Learn, PyMCが入るので、Rの代わりにもなるし、機械学習もできるし、MCMCもできる。素人なりにtutorialとかいじっていると楽しいのだが時間がどんどん飛ぶので、我慢している。

Pythonにはggplot2みたいなものもあるのか:Bokeh しかもネーミングは日本語語源だった。"Photographers use the Japanese word “bokeh” to describe the blurring ..."とのこと。


追記:PsychoPyの設定の件、けっきょくこれまでの実験系をぶっ壊さないように、外付けSSDにMarvericksインストールして、そこにcanopy 32bit入れて、easy_install psychopyにて動作確認した。参考: psychopy-users

あとはここから、standaloneバージョンには入っていないようなplug-inを入れてってちゃんと動作するかどうかとか検証してゆく。


追記2:PsychoPyで刺激を出して、フォトダイオードで提示時間測って、ばらつきがどのくらいあるかを評価。最終的には、刺激の提示と、Labjack U3での計測とTTL出力と、EyeLinkのデータを同期させるのをMacで正しく行う。

LabJackPythonを使うためには、USBのドライバ(Exodriver)をインストールする必要があるが、Marvericks上でインストールしたら "import u3”でモジュールを読み込めない。エラーをよく見たらこれはパーミッションの問題で、chmodしたら解決した。

とさらっと書いたが、じつは土曜日に解決できなくて週末越えて月曜になって解決。遅々として進まず。ちなみにMountain Lionのときにはパーミッションの問題には遭遇しなかった。なんか変わったんだろう。

LabJackはStream Modeにしないとイカンかと思っていたが、ふつうにports.readRegister(FIO4)を繰り返すだけで0.8msecごとに読めることが判明したので、これで充分だった。


2014年03月23日

さうして、このごろ 20131031

今日も長女の新体操のお迎え。今日は車内で長女が「冬の寒い時期におしゃれを取るか暖かさを取るか」という話題を持ち出しつつ、小学校の校舎がいかに寒いかという話へ展開した。

"grit your teeth"(歯ぎしりする)の「グリット」ってホント歯ぎしり感高くて、擬音語としてかなりいい線いっていると思う。

「百万遍」とか地名にしては中二病すぎるだろ、常識的に考えて、とか思ってウィキペ調べてみたら、知恩寺の通称が百万遍で、その名の謂れは念仏を百万遍唱えて疫病を収めたからというこれまたまさに中二病的エピソードがあることを知った。

「借金」の話かと思ったら「しゃきっとしてない」ってだけの話だった。すっかり手持ち無沙汰になった私は、「爪楊枝」のポーズをとった。

目隠しをし、片手に剣、片手に天秤。


激しい雨の降る中を傘を差して家まで帰った。竜美ヶ丘の三菱社宅の緩やかな坂を下りながら、日没後の暗い空と雲を眺めながら帰った。心のなかで長時間露光をして、空の光を蓄積してみた。すると、暗い空のように見えたのはじつは真っ黒な雨雲であり、それが欠けた部分に白い雲があることに気づいた。そのとき図と地が逆転し、灰色の雨雲が雨を降らせるために一面を覆っていることは、はじめからそうであったように、当然のことだったように見えてきた。私の表象は変わり、私の知覚経験は変わった。


家で布団に寝っ転がってだらだらとしている。Dark room problemってあるじゃん? 自由エネルギー最小が脳の原理だったらみんな暗い部屋でじっとしてるだろよwwwってやつ。でもオレ今暗い部屋でずっとじっとしていたいわ。なんでみんなこんな大雨の中、わざわざ外で出てゆくんだ?

だが腹が減ってきたので雨の中豆腐とモヤシを書いにコンビニまで行く。暗い部屋問題、完全解決!


ザッカーバーグの“Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity”ってのはある種の革命を目指している。たとえば教育者が公では理解と和解を口にしながら家族に対しては暴君である、みたいな"lack of integrity"をぶっ壊すことを目指している。

それじたいは良いことのように聞こえる。しかしこの理屈ですべてを塗り込めてしまってよいのだろうか? すべてについて裏表無くできる人間なんているだろうか? できたとしてもそれは強者の論理じゃあないだろうか? なんて風にこの言葉を聞いたときは思った。

この理念(Only one identitiy)をどう扱うかという問題はこれまでは技術的に不可能だったので考えることが不要だった。しかし、FBが遅かれ速かれ衰退するとしても、今後は繰り返し出てくる論点なのではないだろうか。


SF的発想で間主観性の問題を私的な内面を完全に共有することで一つの主観にしちゃうようなのってあるけど、そもそも自分に私的な内面がなければ、行動がすべてであり、行動ですべてが伝わっているのであって、行動から意図を忖度する必要はないのであって、問題は解決しているようにも思える。

つまりそもそも、行動から相手の意図を忖度しなければいけないという事実自体が、内面を持っていることの証拠になるんではないだろうかってこと。じゃあ、忖度しない場合は内面を持っていないのか? こっちはよくわからん。


当事者研究関係の本を借りるために豊田市中央図書館まで行ってきた。豊田市中央図書館に行くのは久しぶりだ。いまは岡崎市中央図書館が改装して大きくなったので当分行ってなかった。5年ぶりくらいだろうか。かつては専門書は豊田に行かないとなかったので月2ペースで行ってた。

以前と比べるとすごく静かになっていた。以前は試験勉強とかしている高校生がずっとおしゃべりしていて、図書館側が放置しているのでひどいありさまだった。館長が変わったか方針が変わったか。以前これは環境のせいではないかということを考察したことがある。

岡崎の方では図書館のすぐ外にオープンスペースがあって、そこでおしゃべりできるようになっているので、館内はとても静かになっている。これがいわゆる環境的管理(マクドナルドの椅子が硬い理由、とか)かあとかわかったような口をきいたものだが、豊田でも静かに出来ていたということは普通に対策取ればできることだったのだな。

以前豊田図書館に来ていた頃は、長男がまだ小学校低学年くらいのころで、このエスカレーターを降りるときに長男は階段を先に降りてたっけとか、この階段でお昼代わりにミスド食ってたっけとか(ミスド閉店してた)、なんかものすごく場所ごとに記憶が埋め込まれていることに気がついてなんか泣けた。

いや、泣いてないけど。


次男が、クリスマスツリー買って家にたくさん友達を呼んでパーティーしたい、とリア充な発言をするのでなんかスゲー笑った。ぜひこのまま大きく育ってほしいと思った。


2014年03月02日

さうして、このごろ 20130831

「ハンドルネームはひらがなにしろ!」 気持ち分かるわー。だれも「プーニールさん」って呼んでくれないからブログのfaviconにわざわざ「ぷーにーる」って入れた。といいつついざ初対面でプーニールさんって呼ばれたら引くな。(<-自分勝手)

なるほど、生理研には社会脳研究用に2つ並んだMR装置があるけど、じつはあれは転送装置だったんだな。(おれがあいつであいつがおれで、的なあれ。)

朝っぱらからこんだけたくさん蝉が鳴いているわけだが、まさか30年後には食料としての利用というイノベーションによってこれ全部が絶滅するなんてことにはお釈迦様でも気がつくめえ、なのであった。(<-50億羽のリョコウバト絶滅ネタ)

次男の足し算問題100問が一分を切るようになってきて、滑舌がよくなったことを自慢していたので、「人間発電所」のライム(「寺のボーズのようスネアードラムス木魚 お経のBUDDHA STYLE ライムフロー」)を一発決めて、真似できるか?と聞いたら、「無理」とさっくり流された。

"Slow in, fast out"は好き。"first in, first out"はとくにどうという気持ちもない。"garbage in, garbage out"はなんか嫌い。

A:「ちょっと待て!」 B:「ちょっと待った!」 A:「ありがとう」っていう吉本新喜劇っぽいシーケンスが頭をよぎったが、実生活で使うことはありそうもない。


研究所の耐震改修工事が済んで、エレベーターも新しくなったのだけど、そうしたらエレベーターが閉まるまでの時間が長いし、ドアの近くにいると赤外線かなんかで感知して閉まらないようになっている。研究所なんて急いでいる人しかいないのだからもっとさっさと閉まってほしいと思っていた。

でもあるとき気づいたのだけれども、これって「バリアフリー」の一環なのだろうか? 車椅子の人でも、パーキンソン病などで歩行が機敏でない人でも、この研究所では受け入れることができますよというメッセージなのだろうか? 考え過ぎかもしれないがバリアフリーという意図なら文句は言うまい。


20130815

「アンドレアス・グルスキー展」 行ってきた。すごい良かった。緻密化で圧倒的で不思議な遠近感に圧倒された。自分で持ってきた音楽聴きながら2時間以上かけてじっくり見た。MBVとかSeaside Voice Guitarとかかけて見てた。

不思議とザッパが合う。アンクル・ミート辺り。まあまさに、緻密で圧倒的で不思議なかんじだから納得がいく。ドブ川に写った光と影を写した「バンコク」とか衛星写真を貼りあわせて作った「オーシャン」とかすごく良かったけど、写真の面がテカっていて、観客とかライトとかが反射してしまう。

だから、でのせっかくの川面の深い色(「バンコク」)とか、衛星写真の海の深い色(「オーシャン」)とかがちゃんと見えない。これはけっして今回の会場だけの問題ではないのだけれども、なんとかならないものだろうか。暗い部屋に作品だけ光を当てて影を作らないようにするとかそんなかんじで。

学会でも顕微鏡写真のスライドの時とか会場の照明を暗くしたりするけど、あれみたいな感じで。


新宿までブックオフ巡りをしてきた。新宿駅西口と東口の両方に大型店がある。そこで真説ザ・ワールド・イズ・マイン(新井 英樹)をコンプリートしようという算段。西口から東口に移動する際にAflacのデカい壁宣伝ポスターがあるのを見かけた。

それは、将来に対して投げやりで雑な黒いアヒルが「病気なんて起きてから考えればいいだろ」みたいに言うやつで、ブラックスワンじゃなくてブラックダックか、ツイッターのネタになるかもとか考えながら通り過ぎた。

そして東口店には真説ザ・ワールド・イズ・マインの3,4巻がないのを見届けると、西口店にまた戻ることにした。タレブの「ブラック・スワン」の上巻が200円だったので買った。でもそのとき、Aflacの看板のことは完全に失念していた。

そしてまたさっきのaflacの看板を通るところで看板のことを思い出して、「ブラック・スワン」の上巻を買ったことがこの看板に影響されたっぽいことに気づいた。さらに看板をよく見ると、この黒い奴はアヒルではなくて本当にブラック・スワンだった!

西口店で真説ザ・ワールド・イズ・マインの3,4巻を買って、なんかの縁を感じて「ブラック・スワン」の下巻も1000円だったが買った。そして家に帰り、ネットを探し、aflacのは最近始まった宣伝であることを知った。テレビはほとんど見てないのでTV CMもあることは知らなかった。そんな一日。


2014年02月21日

さうして、このごろ 20130930

水曜に理研BSIに行ったときになんかデカイ塔みたいなのを見つけて写真撮ってたら、鳥の群れがやってきた。

そのあとで「群れは意識をもつ 個の自由と集団の秩序」 郡司ぺギオ幸夫 を買ったのはプライミング効果だったのかもしれない。

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予定どおり刈谷市の児童館「はばたき」に行ってきた。「貴様も羽ばたきたいか!」(仮面ライダーの解説の声で)

卓球の勝負の方は30分3回のあいだに11点先取で勝利として7勝4敗。けっこう負けが込んできた。余裕こいてスマッシュとかしてたらあっという間に点差が縮まった。

次男はかなり勝負にこだわっていて、練習のときは無謀なこともやりつつ、試合では確実かつコーナーを突いたプレーを選択。普段なら4試合ほどすれば満足していたところを、どうしても勝ち越したいらしくラストは練習なしでずっと試合。こっちは汗だく。いい運動になった。

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飲み屋で隣の席の人が、「俺なんかね、こう、鉄球で、やっちゃうわけですよ、バーーンっと」と言いながら手のひらに反対の手で拳作ってバーーンとかやりながら、古い店構えで、田舎の親戚のうちに行ったときのような匂いで、煙草臭くて、そんな風景をでっち上げて妄想してみた。

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研究所のトイレに向かう廊下から夕日が差し込んでいるのに気づいた。廊下は東西に走っているので春分、秋分の日には真っ直ぐ夕日が差し込んでくる。こうしていつものあの季節が来たなと思うのだった。

耐震工事後に残念なことのひとつなのだが、いたるところにドアが付いて廊下が分断されているので、長い廊下の先にある夕日を見ることはできなくなった。

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「夏休みは終わらない」って、歌本でギター弾き語りで把握していたので、ひさびさに原曲聴いてみたらけっこう予想を裏切られた。私のイメージでは「海を抱きしめた西向きの部屋」から始まるところがワウワウを効かせたギターで浮遊感出す感じなのだけど、もちろん原曲は80年代アレンジなのであった。

80年代シリーズつづき。ユニコーン「大迷惑」聴いてた。もう歌詞が他人事に思えなかった。ラストの「お金なんかはちょっとでいいのさ」ってところで感涙した。この歌詞を、こんなふうに感じる日が来るなんて予想だにしなかった。

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セントレアまでやってきた。今日もいろいろあったがなぜか悲しい気持ちに。空港に向かって西へ走るバスの中で、沈む夕日を見ながらMBV聴いてた。もう全てのことは成就しているのであり悔いはないなとか、森も向こうから見えては隠れる夕日を見ながらぼんやり思った。

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「自分の背骨をしっかり持ってないからいけない」なぜか武道家に腕組みで説教されるイメージで。


2014年02月05日

「シューゲ感」

"vapour trail"というタイトルにはシューゲ感があるが、「ひこうき雲」というタイトルにはシューゲ感がない。"seagull"というタイトルにはシューゲ感があるが、「かもめ」というタイトルにはシューゲ感がない。つかカタカナでないとシューゲ感って出てこない。「スロウ」とかシューゲだけど、「ゆっくり」だとダメ。

シューゲってのはたんに音の鳴らし方の形態の一つでしかないのだけど、歌詞にもどこか共通したものを感じていたのだが、よくよく"Vapour Trail"の歌詞とか読んでみるとシンプルなラブソングだったりする。マイブラもそうだ。

どちらかというと、シンプルな言葉づかいで、なんか届かないかんじとかを伝えるというのが特色なのかも。ブローティガンの詩とかにはシューゲを感じたことがある。

ヘルダーリン詩集のアマゾンレビューを見てたら「天上的なハーモニーと至福の美、そしてその中に潜む歪み、それはまさにmy bloody valentineの音楽に通じるものがある。」なんて記述を見つけた。チュービンゲンがらみだし、読んでおこうかと思う。

あと、音と同じように、歌詞ももごもごしている。あんま明確かつエモーショナルな歌詞はシューゲ的でない。これをシューゲの定義とするならば、音がシューゲでも歌詞がJ-Pop的だったらそれはシューゲではない。含羞がなければシューゲではない。80年代的スタジアム・ロックみたいなもののアンチ。

とここまで書いたうえで言わずもがなの断り書きを入れるならば、シューゲとはこうあるべきだとかそういう考え自体がクソ。(<-ちゃぶ台返し)


2014年01月27日

ヴォネガット関連雑記


ヴォネガットのCat's cradleのkindle版を買って、日本語訳と原文の対応とか見てる。いくつかの点でわかりにくいところがあったので、たぶんそれは翻訳のためだろうと推測して。

102章の「自由の敵」のところで、ハリボテの標的にスターリンやヒトラーと並べて「それからなんとかいう日本人」とあるが、これは東条英機か昭和天皇あたりを訳で回避したのかと思ったが、原文も"some old Jap"だった。

116章の最後「空では、何匹もの虫がのたうっていた。虫は竜巻だった。」後ろのほうまで読むと竜巻のことを「虫」と読んでいることはわかるのだが、「虫」と言われてハチの大群みたいなものを想像していた。でも原文はworm。つまり、一本一本の竜巻をイモムシ(やミミズ)に喩えているのだった。

あと116章の印象的なシーン、「つかのま、わたしは夢を見た…ツバメ式飛び込み」ここは"swan dive"、つまりこんなん: SwanDiveActive.jpeg 一瞬時が止まって、スローモーションでの光景が浮かぶ。

正直なところ、ギャツビーのあれを思い出した。たったひとり、owl-eyed眼鏡の男だけが遅れて現れてこう言う、"the poor son-of-a-bitch"と。


「人生なんて、そんなものさ―カート・ヴォネガットの生涯」を図書館で見つけたので借りてきた。真ん中へん、つまり売れない作家時代からスローターハウス5でブレークするあたりを読んでて、すごく面白い。

無名時代にアイオワ大学でライティングの講師をしているときに再評価がなされ、旧作が再販され、スローターハウス5と続く2作分の前払金を受け取ったとき、ヴォネガットは45歳になっていた。すっげー沁みる。

村上春樹の「35歳問題」ってのがあるけど、そしてその意義とかすごく考えたことがあるのだけれど、でほんとのところ身に沁みたことがなかった。私のヒーローは夭折した早熟の才能者(ランボウとか中原中也)だったし、太宰や芥川が死んだ歳に自分は一体何をしたというのだろうという感覚だった。

つまりわたしは35歳問題に真摯に向き合おうとせず、いまだに人生に奇跡と一発逆転はあるんじゃあないかというさもしい妄想を捨てきれず、フワフワとフラフラとしている。馬鹿馬鹿しい表現をしてしまえば、私は今からでもロックンロールスターになれると内心思っているのだ。ほんとだよ。


2014年01月07日

さうして、このごろ 20130731

「あなたの脳を3Dプリントする方法」 段ボールを切り抜いて貼り合わせれば小学校の夏休みの課題にぴったりだ。次男の課題に「お父さんの脳みそ」という題での提出を勧めてみることにしよう。


「醤油差しと馬刺しどちらを選ぶ? 俺なら両方だ!」そう言ってわたしは自分の胸に西洋風の剣を刺し当てた。

「コーンフレークでいい?」コーンフレークにオレンジジュースかけたやつ出してきやがった!

「馬好き?」聞かれて思った。はたして私は馬と牛どちらが好きなのだろうか? そもそも質問は競馬好きかという意味だったのだろうか? じつのところ、そのような自問自答に至る前に私には「う・ま・す・き」という四文字が怪しく脳髄に響き、その意味に届く前にサイケデリックな気持ちになっていた。

「ヌー!」(<-両手で天に向けてサムズアップ)

双六でサイコロを振ったら、幻の番号9999が出たので、9999歩進めるのに時間がかかって他のことが何もできない。

戦いの幕は切って落とされた! …のはずなのだが遅刻したので戦場がどこだかわからない。誰もいない一階の教室をくまなく探して回ったあと、私は階段を登ったり降りたりしながら、無駄な時間を過ごしていた。


井上陽水の「ロンドン急行」をギターを弾きながら歌っていて、そういえばロンドン発ブライトン行きってまさに「ロンドン急行」だなということに気がついたが、一年遅かった。

研究所の一階の廊下にでっかい蜘蛛がいた。タランチュラか! よくよく見たら、足が長いだけでそんなに大物でもない。どうしても水を買いたかったので、失礼ながら脇を走りぬけさせてもらった。

AICS出張から帰ってきた。AICSは近隣の芸大とコラボして廊下がギャラリーみたいになっていてとても素敵だった。絵柄がオタク系というかpixiv系なのがけっこうあった。私は違和感ないけど、普通の人が見たら面食らうのではないだろうか? オタクとサブカル(芸大系含む)の垣根が消失していることを実感した。


鰻、絶滅しちゃうね… わたしがはじめて食べた鰻は、中学受験の後のお祝いで父が連れて行ってくれた亀戸の駅ビルでの鰻重だった。(中略) そんなこんなで、もし来年鰻重が消滅していたとしても構わないし、もし来年世界が消滅していたとしても構わない。

子どもたちにはぜひ、昔は鰻というとてもうまい食べ物があったんだということを語り継いでほしい。そういえば絶滅したリョコウバトは旨かったらしい。食えなかったのが残念。

Last dinosaurの替え歌でthe last eelって曲を作ってほしい。

"The last pigeon / swan song" とかスラッシュ入れて雰囲気出してみたり。最後の一匹となったハトが、死の間際になっていきなり人間語を使って喋り出す。「もうあんな空を飛びたくない」と。(<-井上陽水と混ざってる)

朝っぱらからこんだけたくさん蝉が鳴いているわけだが、まさか30年後には食料としての利用というイノベーションによってこれ全部が絶滅するなんてことにはお釈迦様でも気がつくめえ、なのであった。(<-50億羽のリョコウバト絶滅ネタ)


もしいつか遠い将来の万が一に私の送別会が開かれるような日が来たとしたら、大岡越前のテーマ (山下 毅雄)をアレンジして家族で演奏してみたい。きっとお別れのテーマにうってつけだと思うのだ。


「ステークホルダー」って腰のところでカラビナかなんかで財布とかナイフとか連結する道具っぽい音感。

「カムチャッカ」ってどう考えても、ギターでカッティングしながらワウペダルを操作して、しかも深めにリヴァーブかけてるかんじだよなあ。


今日は次男とプール(吉良のホワイトウェーブ21)へ。半屋外式でそんなに日焼けもせずにすんで気持ちよく泳いできた。滞在時間4時間で正味3時間で、次男は滑り台が怖いのでほとんど流れるプールにいた。拳銃で打たれるごっことか背中に乗せて潜水で運んであげるとか水の噴出口の勢いに対抗とか。

次男がなんでホワイトウェーブ21て名前なのか?、なんで21なのか、って聞いてきたので、今が21世紀であること、「世紀」という概念の説明、二十世紀梨についてまでこってりと講釈しておいた。

そしたら、22世紀になったらホワイトウェーブ22になるね、とか、22世紀になったら96歳だね、みたいな話になったので、そのころになったらまたホワイトウェーブ行くかな?みたいな話をした。俺はホワイトウェーブは無理であるにしても、次の関東の皆既日食は見届けたい。

もちろん、見届けられなくても構わない。


送り迎えの合間に「Boy's Surface 円城塔」を買う。つか図書館にあるのを知っていたのだけど、立ち読みしてて急激に今読みたくなった。最初の短編を読み終えたところ。盲視についての言及があるのはなんかで聞いてたので読もう読もうとは思っていたのだけど、それとはべつに面白かった。

こことか好き「ここにつけこむ余地があり、実際につけこまれており、つけこむことが可能である。」あと、なんかするするっとしてる。ドルトンの話から二人の会話へ移行するところとか。なんか自在なかんじ。

思ったより波長が合う気がした。独特な読書経験だった。「屍者の帝国」読むかどうか思案してたけど、これなら行けそうだなと思った。


2013年12月25日

さうして、このごろ 20130430

今日は奥さん医者に連れてって、子守して、ラボの花見に参加して、夕食作って、みたいな日。花見会場の伊賀川で水切りに耽る次男の後ろ姿。

乙川沿いは花見の客がいっぱいで、雨もなんとか持ちこたえてよい日だったのだろう。午後から強い雨が降り、花びらが落ちだした。夜は強烈に味噌の香りがした。この臭いを懐かしく思い出す日が来るのだろうか?

奥さんが帰郷した際に、実家にあった「生徒諸君!」庄司陽子を持ち帰って、我が家では「生徒諸君!」ブームに。読んだの大昔だからストーリーは覚えてないけど、けっこうショッキングな展開があったように思うんだが、小学二年生がそんなの読んで平気か。

「もしキミが鳥で、空高いところにいるとしたら、キミはやってくる風に身を任せることだろう、キミを連れ去る風に向かってキミはこう言うんだ、『今日はそっちに行きたかったんだなあ』(<-前田馬之介っぽい口調で)」

「ウィー アー ザ トーチャンズ マイ フレンズ」と歌っていると、胸の奥に熱いものが迸ってきて、涙が流れそうになる。

「スナップえんどうとスナックえんどうってなにが違うんだろう?」って思ってググってみたら、そのまんまの疑問と答えがあったので、なぜかがっかりした。


"I Am The Resurrection"はなんらかウザい奴をディスる曲なんだろうと思っていたのだが、songmeaningsのとあるコメントを見て、もっとまっすぐアンチクライストな意味に読めるということを知って、愕然とした。

つまり「喋りすぎるお前」「死んだ方がよいお前」と悪し様にイエスのことを罵るヴァースがあって、コーラスの「わたしは復活であり、命である」(ヨハネによる福音書からの引用)の部分だけがイエスの言葉だというのだ。すべて比喩だと理解していた私は、虚を突かれたような気持ちになった。


英語の論文での表現で、"One could argue that …"って言い方があるけど、これって「著者自身が主張するわけじゃないけど、こういう言い方も出来るよね」って使い方であって、いわゆる「東大話法」だよね。あちらにも東大あったんだね。知らんかったわー

"accidental XX"って表現があるけど("Accidental Technologist", "Accidental CIO", …)、「なんかの間違いでXXに」みたいなかんじでどうでしょう。

次男がお菓子の入ってた箱に輪ゴムを張って、ギターみたいにして弾いている。けっこういい音がする。眠くてしかたない。シーツを洗濯して干した。隣の部屋からホルンを練習している音が聞こえる。ラップトップがうなりを上げている。そして、ここに書いたことの時系列順はすべて完全に間違っている。

復讐は断念させられ、犯行計画は暴露され、なにもかもが中途半端で、雨の日に埋葬され、石が目印として置かれ、世界の因果を逆行させるための秘術を探り、化学薬品を買いあさり、自動車にはさまざまな荷物が積み込まれた。

「ひょっとこ」を「ひょっとっこ」と読んでみれば、「トッポッギ」みたいでエキゾチック。

今度の土曜日はアパートの草刈りの日。だがその日は南山大学に行くことにしたので草刈りには参加できない。くさかりまさお!


2013年12月16日

さうして、このごろ 20130630

時にはアリスのセイウチのように、自己嫌悪と自己憐憫に浸りながら、牡蠣を一つ残らず食べ尽くしてしまいたい。

カンタベリー派な研究者になりたい。でも研究にとってのカンタベリー派ってのがどういうものかは見当が付かない。

トニー谷、いいな。ウィキペのこの辺りとかとてもいい:「無礼な芸風の芸人については「しかし舞台裏では礼儀正しかった」というようなエピソードが語られることが多いが、トニーは舞台裏でも一貫して無礼だった。」

「伝えなきゃ……みんなデネットに騙されてる!」っていうネタスライドのアイデアが浮かんだが、オタクネタは強く自分に戒めているので、ボツにした。


今年初のGとの遭遇。いわゆるencountering。なんかバタバタした奴が来たので蛾でもキタかと思ったらあれだった。いったんなにか分からない状態から戦闘モードに入る時間があったので、ビビる暇もなく適切かつ冷静に処理することが出来た。またもや成功体験を積み重ねてしまったwww

だがそうやって押さえ込んだ恐怖はじわりと私の行動に影響を与え、たとえばこれから私は機構図書館に仕事しに行こうと思うけど、もう窓を開けることは出来ないだろう。

そして風呂場を開けると排水口の黒い楕円を見てぎょっとする。意識はしていなかったけれども、Gフィーチャーに対するサリエンシーディテクターがenhanceしていたのだということに気付かされる。


朝ゴミを捨てに行くと、ゴミ捨て場には地域のご老人が持ちまわりで見張りをしているんだけど、ひとり気難しいかんじのおじいさんがいて、こちらが挨拶をしても返事もしてくれないので感じが悪いなあと思っていた。

あるときこのご老人に対してどこかの奥さんが挨拶したら快活に返事をしているのを見て、なんて露骨な人なんだ、歳取るとこうなっちゃうもんかねとか思ってた。

でもふと気づいて、ある朝このご老人の「耳元で」挨拶してみたら、快活に返事をしてくれた。そうだった、まったくもって私が間違っていた。なにもないところに悪意を見出すなっていうあれだった。(<-新聞の投書風)


吉田ヘンドリックス、帰宅!(<-夜更かしhigh)

プリザベーション、ナンバー5千万!

「つか、でっかいオデキ!」と発声した時の志向的態度。

ホテルのパソコンデスクの前が大きな鏡なので全然集中できない。しかたないのでキメ顔してみたりする。

bluetoothヘッドホンの方は、東京行った時にイヤーパッド買ってみたのだけど、けっきょくどれも現状のものよりはよくない。しかたないのでテニス用品売り場でヘアバンド買ってそれで耳を押さえることにした。フーwwwカックイーwwww


2013年11月28日

さうして、このごろ 20130531

「ハンターー!」 レコード屋さんがテレビCM出してたってあらためてすごいことだったような気がする。

自転車での帰り道、「キャンプだホイ」を白ふんどし姿の屈強な男たちが歌うという設定でねばっこく歌いながら坂を下った。

「矩形波!矩形波!矩形波!」(<-鳥の物真似をしながら)

「才気走る」ってフレーズいいなあ。なにがいいって、音的に"psyche"が読み込まれているあたり。「再帰」が入っているところもいい。

今日のグループミーティングではしゃっくりネタを披露してみたが、トンチャイにイグノーベル賞目指してがんばれ、と励まされた。

ライジング・サンとセッティング・サン、どっちが好き? おれはどうでもいいや。


血中温度、血中速度、血中騒動、血中疑獄。

水中結露、水中高度、水中騒音、水中硬度。

間違った占い、迷信に基づいた治療法、「祟り」という因果律。

証拠のない裁判、観客のいない決勝戦、反証された思考実験。


「レッチリ「アンダー・ザ・ブリッジ」はどこの橋か?」 以前LAに滞在してた頃にそういうこと書いた:

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今は恨詰めてるところなので遠出したりとかしないのだけど、自転車であちこち行ってる。で、気付いたのが、川がないのな。いや、井上陽水じゃないんだけど。Culver cityの方に行ったときにBallona Creekというのがあった。川じゃなくて運河なのだろうけど。

護岸工事がされていて、完全にコンクリートで固められていて、厳重に立ち入り禁止になっている。たぶん、ジュリアーニ流の市内浄化政策みたいなもんなんだろう。

そうしてみたら思い出したのが、レッチリのアンダーザブリッジな。あれはLAについての歌("the city of angel")なんだけど、"under the bridge downtown is where I drew some bood"って歌詞がある。

でも、僕ら日本人がイメージするような「橋の下」つまりドブ川にかかる橋の堤防の内側みたいなところはここにはないんだな。

ってここまで書いたところでLos Angeles Riverがあることを思い出した。……えー……すべての論理が破綻しましたので、以上の発表についてはwithdrawさせていただきたいと思います……

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ただ、今にして思えば、「橋の下」とはけっして川ということではないな。ハイウェイの下とか、道路の立体橋の下とか、ホームレスがたむろしてそうな場所、それこそが「橋の下」だったんじゃないだろうかって思う。


(茨木への出張にて)

朝早めに起きて太陽の塔を見に行けばよかったんじゃ?ということに気づいたが後の祭りなのである。(<-である、じゃねえ)

このささやかな人生において、太陽の塔を見に行くチャンスはこれが最後だったのかもしれないのだが後の祭りなのである。(<-である、じゃねえ)

じゃあ、そんなに太陽の塔を見に行きたかったのか?と問われると、べつにそんなことないということも事実なのである(<-である、じゃねえ)

けっきょく太陽の塔行ってきた!(<-そんなに行きたかったんだ…)


まさか入場料取るとは思わなかったぜ…



2013年11月16日

さうして、このごろ 20130331

「太陽風って、厨二病っぽいよね」僕はキメ顔でそう言った。

3月3日じゃん。ひなまつりじゃん。ボン・ボリーニ!

「花粉症とか甘えだよね〜wwww」ってフレーズを見て、さすがにネタだろと思ったが、ちょっと冷や汗出てしまったことは認めざるを得ない。

アンカーリング? 鎖(くさり)? 錨(いかり)? 坑(あな)を塞(ふさ)ぎ? 腕を預け、地中海風に。刻んだ、3万2千種類の色彩が、強制的に集められ、そしてそのまま流され、それでも


リンゴ・スターほんとは叩いてない伝説ってのが昔あった。ストロベリー・フィールズは複雑すぎて叩けないってのを読んだことがあって、んなもんドコドコいってるフロアタムはオーバーダブしてるにきまってんだろと思ったもんだけど、I feel fineだけはどうしたら叩けるか分からなかった。

そしたら、回転下げてドラムだけ別に録音しているという記載を見つけて、試しにスピード下げて再生してみたらまったくその通りで、自分の愚かさを笑った。元の音聴くとドラムのピッチが高いもんな。この頃にはすでに4トラック使っているのだった。


「ハンマー・ビート」って概念が正直よく分からない。クラウトロックはAmon duul IIとかCanとかは好きだけどNeu!とかクラフトワークとかはあんま聴いてない。後者をハンマー・ビートと呼ぶなら分かるが、Canが該当するというのが分からない。独特なのだが、けっこうハネてるし


日本の郊外新興住宅街について「サヴァービア」という言葉を使うのは違和感がある。「ファスト風土」ならまあわかる。たとえば岡崎市はイオンモールが街の中心になるようなファスト風土化した街だが、サヴァービア的風景は以前の上地だったり北斗台だったりと限定的で規模も小さいように思う。


ダイナソー・ジュニアのJ-マスシスはグランジでルーザーでドラッグやり過ぎで不健康みたいなイメージだが、ふつうに金持ちでゴルフ好きで生活をエンジョイしているのをインタビュー記事で知ってずっこけたが、ニール・ヤングと同じで金持ちであることを隠さないという意味で自然体なんだなと思った。


自分のブログをあらためて見てみると、告知とツイッターの編集というかんじで、なんだかぜんぜん「銀河通信」じゃないな。特別なにか変えるつもりもないけど、もうちょっと遠くまで届くように投げよう。

less social and more reflectiveに。エレベーターホール前の乾きたてのコンクリートを踏んでしまったときの触感とか、今日の大粒の雨の生暖かさとか、今日重ねた敗北の記憶とか、そういうのを綴ることにしよう。


ピッグデータ! (<-Twitterクライアントでは文字が小さくて見逃すであろうことを見越した犯行)


ニール・ヤングの「サザーン・マン」を聴きながら車で竜美ヶ丘公園に向かう坂道を登っていたら、カーブを回りきったところで桜並木の間から三日月が正面に現れたので、「運命の刻は満ちた」というような鮮烈かつ厨二病な啓示を受けたのだが、自分で言ってていったいなんの運命だかさっぱり分からない。


XTCの"Skylarking"の"Summer's Cauldron"、蒸し暑い夏の美しい時間の曲だが、もしかしたら日本の夏の感覚を安易に投影しすぎた理解かもと思って、Cauldron(釜)について画像検索してみたら、魔女が毒薬作るような大釜ばかり出てきてなんか吹いた。


「おのれ何奴?」(<-懐の刀を抜きながら障子の向こうの影に)

「そうだ、メッセージなど何一つ残さずに」

「リリシズムと凛々しいってなんか似てるよね」そのまんまだと思ったが、野暮なことは言わずにテーブルの上にある煎餅に手を伸ばした

「モ、」 「モ?」 「モンドリアーン!」 「感服しました!」


さいきんのコンビニのスパゲッティーカルボナーラとかおにぎりとかで見かける業務用温泉タマゴ(外も中もペースト状のもの)を見るとなんだか怒りが、悲しみが、苦しみが、憤りが沸いてきて、その日丸一日が、もう役立たずになる。(<-なこたぁない)

つかあれの商品名いったいなんなんだろう? "卵 黄身 ペースト 業務用 コンビニ"くらいでググってみたが不明。ある時期からどっと出てきたから、なんか製法が確立したか、もしくは法律が変わって使いやすくなったか、なんらかのことが起こったらしい。

判明した。これか: 「ロングエッグ」 いやいやいやいや、ロングエッグはゆで卵なので、あの半熟タマゴとは違う。


昔私は旅行に行ってもカメラで写真を撮ることはなかった。きっと俺はこの光景を忘れるまいと、そういう光景だけを心に刻めばいいのだと思っていた。だが時は経ち、歳を取り、すべては忘れ去られ、記憶は歪み、過去の自分との連続性さえおぼつかない。そしていまはバカみたいに写真を撮るようになった。


「夢見すぎ」このフレーズイイネ! 神経科学に夢見すぎ。意識研究に夢見すぎ。現象学に夢見すぎ。大学教員に夢見すぎ。研究計画に夢見すぎ。あらゆるものに冷や水をかけ、すべての情熱を静めて、フラットな心で冷静に正しく物事を取り扱うことにしよう。実のところブッダの悟りとはそういうものなのだ「来世に夢見すぎ」

弱くありつづけるタフさ、みたいなことをずっと考えてる。追求しているとまでは言えないが。太宰を読んだ中学生のときから、私の芯のようなものになっていて、自分を見つめ直すとき常にそこに、立ち戻る。


キンクスのアルバム「アーサー」に入っている"Mr. Churchill Says"では、WWII中のイベントをいろいろ織り込んでいるんだけど、そのなかで"Vera LynnがWe'll meet again somedayと歌う"という歌詞が出てくる。

この曲がキューブリックの「博士の異常な愛情」で流れるのを見て、何となくその再会するところとは天国だか死後の世界を指しているのだろうと思っていたのだけれども、それは日本での「靖国で会おう」に影響を受けた理解であることに気づいた。ウィキペで知ったけど、元はミュージカルの曲だったんだ。


「シューゲイザー名盤 TOP100」このリストのうち12/30は聴いてた。でもいちばん好きなのはライド。その時代を共に生きたという感覚がある。SlowdiveとかSwervedriverはじつはちゃんと聴いてない。なんか違うんだわ。

Magnetic Putty Time Lapse これはヤヴァかった。サイケデリック。


2013年08月12日

さうして、このごろ 20130228

中の橋珠算教室の先生をやっていた老夫婦の二人のことを急に思い出した。怒ると「バカスケ!」って言うの。あと、昔の人だから、トイレのことを「ご不浄」て呼ぶ。生徒の子どもたちはみんな意味が分からないから「牧場? へんなの」とか言ってた。そういう記憶が走馬燈のように俺の脳髄を駆け巡った。

走馬燈のように、フラッシュバックのように、電撃的に、俺の脳髄を駆け巡り、嵐を引き起こし、そしてまた遠くへと去ってゆくのを、私は失禁し、座り込んで、または這いつくばって、ただただやりすごそうと眺めながら、でも時間は全然経過しないままで、太い縄がほどけるように、ゆっくり弛緩していた。

「雲母を剥がすか 生爪剥がすか」「ローリーポーリー ローリーポーリー」「薬局坂道 いつもの流れ」「ローリーポーリー ローリーポーリー」「ハトを生き埋め ボクは深爪」「ローリーポーリー ローリーポーリー」「赤血球の流れに逆らい 遅配誤配要求撤回」「ローリーポーリー ローリーポーリー


延滞していた岡崎図書館の本を返しに行って、空を見てみたらまだ8時なのにオリオン座が西の空にあって、冬ももう後半なんだということに気づかされた。

"closer" (クローザー)だとシューゲっぽいが、"closer" (クローサー)だとR&Bっぽい。異論は受け付ける。


原発ってお湯沸かしてるだけなわけで、ぜんぜん原子力うまく使えてないよね(現状いちばん効率がよいことは知ってる)。なんかもっと、直接電力として利用するとかそういうんでないと「原子の力」を制御してる気がしない。工学的解決は別にして、科学にはもうちょっとがんばってほしいって雑談をした。


たまに東京の実家で車運転すると感覚が全然違うのでびびる。狭い路地で車の近くギリギリを自転車が通り抜けてきたりとか。いっぽうで岡崎では制限時速30km/hのところでみんな50キロギリギリで走ってる。

それが日本的建前の世界であることをチュービンゲンに行って知った。あそこでは市内の30キロの道はガチで制限が30キロで、25キロぐらいで走ってた。でもって、アウトバーンで、制限のないところでは160キロとか出してる。あいつらメリハリありすぎ。

私は安全運転してるけど。車は人間の制御能力を超えた凶器であり、運転者はだれもが不慮の事故で人を殺す可能性というキモいクジを毎日引いている。自転車で車の接触事故の被害者になったことがある。あのときどうして道に飛び出したのか分からない。だからいま意識の研究をしている。(<-後付け)


今日は次男と刈谷の児童館まで行ってきて、卓球をしてきた。前回は11/25で、その前は8/4。twilog見るといつ行ったかが分かって便利。次男はなかなか鋭角で鋭い球を返してくるので勝負が成り立って楽しい。私はテーブルに貼りついて足を動かさないという隠れたハンデ付きで、4勝2敗。

あとで聞いてみたら、パパのフォアサイドに玉を集めておいて、決め球ではバックハンド側の深いところを狙っていたという。なかなか戦術的で素晴らしい。

自分は守備的でスマッシュとかは打たないが、ライジングで鋭角に返すのが基本戦術。自分はペンホルダー型で、次男はシェークハンド型。

前回は次男はバックハンドの練習とかしていたがかえってそれで攻める形を崩してしまったようなので、今回はバックにはもう玉は回さないで、得意なところでラリーを続かせることを目指した。やっぱ小さいうちは弱点を直すのではなくて、得意なところをどんどん伸ばしてゆく方がよい(<-コーチ気取り)


店でものを買うときに、たとえば値段が576円とかだったときにちょうど小銭が無くて1131円出したときに、店員に違ってますけどとか言われるのがものすごく嫌。

「俺はいま目を閉じたいのであり、目を閉じたことによって眠ってしまったとしてもそれはそれでかまわないという覚悟で目を閉じるのであって、俺の行動は常にそういった覚悟によって一歩ずつ進められるのであって、無意識を制御し、あらゆる意味での責任と自由意志とに殉ずるつもりでこのように行動し」


今日の空手の帰り道に、ストーン・ローゼスの"I am the resurrection"をかけてたら、それを聴いた次男がこの太鼓だったらたたけると豪語したので(次男は「太鼓の達人」が大好きなのだ)、いやよく聴くとバスドラがこう鳴ってんだよとか説明していたのだが、後半のギターソロ部分が始まってリズムが変わると、神妙そうに聴いておったことよ。

というわけで、今後の人生の夢は、家族でバンドを組むことです。


「雨だれと塩だれ、どっちが好き?」わたしは答えを急がずに、そっと空を見やった。

帰り道に月を見たら、月の右上の方に明るい星があって、月の右下にもいっそう明るい星があって、なんだか妖しい気持ちになった。

男は「ずっと、ハノイの塔を作ってたんですねえ」 とさげすむように言った後、「世界の倒し方、知らないでしょ?オレらはもう知ってますよ」と言った。私は尊敬のまなざしで相手を見やった。

コストコ、コストコ (<-口でドラム演奏中)

ジョギングしているときに道に変なデコボコがあって、すっころんだ。無様にカエルのように、しかしiPhoneをかばうように、哀れな老人のように。

「俺のことはレジー・シャックマンって呼んでもらってかまわない」「それにいったいなんの意味が」ってところまで書いて、「さくらの唄」のパクリじゃんってことに気付いた。

俺もポストロックがどうのとか言いつつ、けっきょくはサイケデリックロックとシューゲイザーで時が止まってしまっているわけだが、せいぜい「これが大人の音楽」とか「良質な音楽が消えてしまった」とか自分を正当化するような無様なことは言うまいと堅く心に誓った。相対性の檻に居続ける覚悟が云々。

Milky Wayをドイツ語にしたらMelkweg (アムスの有名なライブハウス)になるんだろうと思って答え合わせのつもりでwikipedia見たら、Milchstrasseって書いてあった。なんか嫌。


2013年08月01日

チュービンゲン大学訪問記

1月27日

プレゼンで使う同名半盲の視野の図には、岡崎なら岡崎城、犬山なら犬山城、名古屋なら名古屋城、ソウルなら昌徳宮、とご当地の建造物の写真を使ってきたのだが、チュービンゲンだったらなんだろうか? ホーエンツォレルン城?

ヘルマン・ヘッセとチュービンゲンの関わりというのもいま知った。ヘッセは神学校からドロップアウトしなければチュービンゲン大学に進むはずだったが、けっきょくチュービンゲンで本屋のバイトをしながら詩を書いていた。「チュービンゲン時代のヘルマン・ヘッセ」

ケプラー、シェリング、ヘーゲルが居たということは知ってる。

よしよし、こんな感じで気分を出してゆくことにしよう。とりあえずiPhoneアプリで英独辞書入れといた。


1月28日

いま中部国際空港で、これからフランクフルトへ出発。ラップトップ持ってたら税関申告する必要あるかどうか聞いてみたが、先方にも、ルフトハンザの人にも、そんな必要ないが心配なら税関で聞けば?で言われた。たしかに、2009年にASSCでベルリン行ったが、とくになんも言われなかった。

ルフトハンザ LH737 名古屋->フランクフルトはネットが繋がる(20euro/24hr)。こりゃいいわ。これからはラップトップ用のバッテリーが必須だ。

無事フランクフルトに到着。いま16時54分。ラップトップは申告要らんかった。S-bahnは改札ないわ切符券売機わかりにくいわでちと難儀した(調べたとおりだったけど)。S-bahnはふつうに満員電車だったが自転車持ち込み可。ここで寝たら夜中に起きるので無理してなんか食いに行く。

中心街まで歩いてきた。ユーロの形のモニュメント経由で。ゲーテ広場とその奥あたりまで行ってきたが、けっきょく食事自体はその手前あたりのトルコ、パキスタン人街(床屋が多い)のところでチキン半分食って満腹にした。ユーロは金銭感覚ずれる。


1月29日

これからチュービンゲンへ出発。雨。Webから調べると列車は10分遅れとか出てる。まあこういうことは予想されるわな。


1月30日

だいぶ慣れてきた。今朝は自力でバス乗って大学まで来ることができたし。昨日の夜はMax Plank Instituteのゲストハウスまで誰もいない暗い道を帰ろうとして、曲がり角を見逃してかなり無駄足歩いた。遭難するかと思ったが、バスマップを印刷していたのでなんとかなった。

ホストが用事があるので今日は自力でダウンタウンで夕食食べてくれって話で了解した -> 建物出たら強風と雨 -> 予定変更してゲストハウスへ直帰することに -> 誰もいない道を傘を差してMax-Plank Instituteへ -> ゲストハウスに自販機があったはずと見てみたら専用カードが必要 -> 隣の部屋に専用カードが売ってた! -> 5ユーロで買う -> 自販機にかざしてみたら'Keine Kredit' なぜか金が足りないという -> 諦めて部屋に戻って冷蔵庫にあったミネラルウォーターを飲む(<-イマココ)

つくづく500mおきにコンビニがある日本は素晴らしいと思った。つか今度来るときはレンタカーでも借りればよいのだろうか。学生ばかりでみんなバス通学だし、ダウンタウンは狭くて車停めにくそう。とりあえず毎年来ることになりそうだし、なんかましな方法を考えないとダメだ。夏なら自転車でもいいかも。坂だらけなのが難点だが。

いまのところ予想外に暖かいし、雪がほとんど無いので助かってる。調べてみたら+7~+13度だった。先週は-10~-4度だったのだから大違い。もしこれでバス停(Horemer)から雪道を1km歩いてゲストハウスとかだったら軽く死ねた。

つか天気予報見たら今週は日曜以外毎日雨だ。まあ暖かいから良い。(<-ヤケクソ)

歩けば3kmだってことが判明した。 つまり、我が家から南公園くらいまで。つまり、ウォーキングしてた頃のコースとおなじだ。


1月31日

今日は台湾出身の院生を含めて3人で夕食。ドイツまで来て「中二病」について話題に出るとは思わなかったが。たのしくノンアルコールで。アップルジュースばかり飲んでる。ホストも飲まない人なので、ちょうどよい。

昼は旧市街を案内してもらった。「ゲーテがここでゲロした」の写真を撮った。

あと、この建物で有名な詩人が死んだんだよって説明してもらったんで、だれだろ、ヘルダーリン? とか返答してみたんだけど、いま戻って調べてみたら正解だった。天才じゃね?とか一瞬思ったが、実のところチュービンゲンについて調べているときに、無意識に目に入っていたのだろう。


2月1日

サリエンシーマップのいじり方講義も終了!以前のASCONE2010のときの準備が役に立った。あのときはvirtualboxだったのでセッティングがけっこう難しくて難儀したけど、今回はVMware fusionにして、前回作った資料を英語化して、それで準備終了。

今日は論文のレフェリー談義やら津波談義やら英語教育談義やらデータ駆動型研究やらあらゆる話題を駆使しまくって喋り通した。こうやって価値観とかいろいろすりあわせてゆくことが今後にも役に立つであろうことを期待しつつだが、けっこう波長が合うので親しくなれそう。

歩いてチュービンゲンの市内まで向かう。Max Plank InstituteとかTuebingen Univとかは丘の上にあって、そこから見下ろすとダウンタウンが見えてくる。

だいたい40-50分で到着。iPhoneのGPSは役に立たず。


2月2日

午後はシュツットガルトまで連れて行ってもらった。駅前は大都会だった。規模としては、栄くらいの感じ。

行く途中でチュービンゲンの外れの村にあるKloster und Schloss Bebenhausenに連れて行ってもらったんだけど、ここがすごく良かった。Wikipedia独

1200年とかそういう時代からのもので、中の装飾とかも中世感があってすごくいい。

かつてはmonastery (修道院) だったんだけど、いまは博物館になってる。二階は寝室になっていて、いや、これはいまでも使えるんじゃない? Wifiさえあれば、ガッハッハ、みたいなバカ話してた。

チュービンゲンの中心からここまでが3kmというから、岡崎城から大樹寺までってかんじ。(すべてを岡崎座標系で評価する)


2月3日

起きた。土日はMax-Plank-Hausは食事が出ない。食堂も受付も週末は全部閉鎖している。訪問者にとってはいまいちな環境だが、労働者にとっては非常によい環境。日本のブラックな労働事情とは真逆なのだが、結局良いことと悪いこととは表裏一体なのだなと思ってしまう。

ホストは工学畑出身なので、ホビー関係で話が盛り上がった。「タミヤ」知ってるか?とか聞かれた。これはもう、今度は秋葉原に案内するしかない。このあたりで:ラジコン専門店 ~ RCアドバイザー チャンプ 秋葉原店 あと、フタバ産業ツクモロボット王国十字屋 ホビーショップは閉店してた!

ホーエンツォレルン城行ってきた。雪にけぶっていてすごくいいかんじだった。 ホストに拠れば、ノイシュヴァンシュタイン城よりも観光地化してないとのことで、じっさい静かで良かった。

よし、書類書きが終わった。もうすこしで、すべてが、すべてが終わる。(<-中二病っぽく)

そしていまから寝る。あしたはチュービンゲンの最終日。


2月4日

Peter Theirと会って話をしてきた。これからオペに入るということで、たいへん忙しそうなところを時間取ってもらって恐縮した。

あと、Nature Neuroscience 7, 56 - 64 (2003) (上丘でpre-cueの応答)のファーストのAlla Ignashchenkovaがいまはジアドのところでポスドクをしていて、こちらともこってり議論してきた。背景の知識が豊富なので話が楽しい。

「俺、無事帰国できたら矢場とんのわらじとんかつを食べに行くんだ」(<-死亡フラグ)


2月6日

自宅へ帰ってきた! 毎度ながら飛行機ではぜんぜん眠れてない! そういうわけでいまから寝る!


2013年07月27日

さうして、このごろ 20130131

めざましが遠くから呼びかけるせかいのせかいのせかい。

「吉田サンクチュアリ」を見つけに行くことにしよう。

「フィロポディア」ってなんか、いいよね。(<-フシギちゃんを気取って)

「顕(あらわ)せ 壁画の中」「張り巡らせ 檜の火」「かき乱せ 星の土」「トルコキキョウの水のように」


イントレピッド・トラベラー!

マジカルな感じでありたい、と願うことは地に足が付いていない証拠だろうか? それでも、マジカルな感じでありたいと思うんだ。


「かがみよ かがみよ かがみさん ブーツストラップで そらまでのぼるには どうすればよいのでしょうか」

おれヨシダ。だから友達はあいうえお順的にワタナベとかヤマダとかが多い。これホント。フシギ!

浮遊感を出していきたい。送別会でもらったメッセージで、後輩から、吉田さんはいつまでも浮世離れしていてください(意訳)と書かれていて超苦笑いした覚えがある。俺もそうしたいわ。

"OOO in the sky with diamond"でOOOに何入れればしっくりくるか考えていたんだけど、「ハリガネムシ」かな。

Flipping outを出したばかりのGigolo Auntsがテレビ番組でニールヤングの"Cinnamon Girl"を弾き語りで歌ってるんだけど、後ろで座っているチアリーダーが全員つまんなっさそーな顔して聴いていて誰も一緒に歌わないという、ひどい映像を堪能した。


大学院講義まであと一日になったヤヴァい。だがここからが面白い。かもしれない。なんか思ってもみなかったもの(だがたしかに自分の中になったもの)がうまいこと言葉になって出てきてくれて、その興奮の元で情熱的に語ることが出来たならうまくいくだろう。情熱大事。俺、獅子座だから。(<-牡牛座です)


丸ノ内線の階段を歩いているときに、サラリーマンで俺よか若いようなのが同僚に向かって「あんな、女の腐ったようなやつが…」とか言いながら歩いているのを聞いて、なんだか昭和にタイムスリップしたような気がした。そりゃ、体罰なんか無くなるわけがないよね。(<-こじつけ)


「ばねぢから☆さいばねてぃくす」

「づぼらや」の「づ」はあざとすぎる。


「じつはこの世界は、幻なんかじゃなくって、本当なのかもしれない」って表現は形を変えいろんなところに出てくるのだけれども、大好き。たとえば「私も生きているんだってことに気付いた」みたいな。子どもにとっては幼年期の終わりを意味する言葉が、大人にとっては一周回って逆説的な言葉となる。

「悩む」って言葉を「どちらを選択するか決めかねている」くらいの意味で使われるとなんか面食らう。言葉が軽すぎるわ。「悩む」って言葉は苦しみを伴うときだけにとっておいてほしい。

世界のすべてのカレーにもれなく納豆が入る日が来ますように。(祈願)


水色の厚紙に 前島密の切手を10枚貼って 六階の窓から 紙飛行機にしてしまおう

運が良ければそれは リッチ徳川園グリーンホテルを越えて

電車通りの市電まで 所内便を届けてくれることだろう

錆び付いた市電のシートからは ルミノール反応が出ることだろう


このエマルジョンが、俺をすっかり真白にしてくれる…(<-コックピットに座って、空と海の境を見据えて)

家に帰って、「明日は人間ドック。わんわんわん」と宣言してみたが、家族に完全にスルーされた。だれひとり「犬はドッグだろ」と突っ込んでくれません。


2013年05月09日

さうして、このごろ 20121212

あるアイデアが原理的に実現可能であることを示すためにトイモデルでfeasibilityを実証する、って概念になんか言葉があったよなと浅い眠りの中でずっと唸っていたのだが、proof-of-conceptだ!と今回は思い出せたのですっきり。

今日は東公園までリース作り教室へ参加しに長女と次男と一緒に行ってきた。帰りに象のふじこちゃんを見てきたが、ふと見ると生まれた日は1968年4月と書いてある。俺より一ヶ月年長だった。これからは「ふじこさん」とさん付けで呼ぶことにしたい。

それは色を変え、形を変え、動いたり傾いたり点滅したりしながら己の存在証明を更新し続けていた。

「浮遊感」を出してゆきたい。

キャプテンビーフハートのタロットプレーン (「ミラーマン」に収録)を聴いてて、ドン・ヴァン・ヴリートがブルージーにシャウト混じりで歌うんだけど、ふとこの歌唱法はアイドル歌謡で語尾を「しゃくって」歌うのと同じだなと気づいたらなんだか可笑しくなってきた。

今日は研究所の官舎(正確には独法化したので宿舎)の植木刈りの日。夏は草刈りで冬は伐採。ハシゴに乗って、植木ばさみで伸びてきた枝を刈る。没頭しているといつの間にか一時間が経過する。なぜか頭の中には遊佐未森の「ふたりの記憶」が流れていた。似つかわしいような、そうでもないような。


今日は大掃除の日。長男の部屋にある私の蔵書が埃をかぶっているのでそれを全部取り出して、埃をぬぐってまた戻す。

現象学入門本がたくさん出てきた。新田義弘、木田元、竹田青嗣、リオタール、それから清水書院「人と思想」のフッサール、メロポン。がんばって線とか引いて読んだ様子。オリジナル読まないからいつまで経ってもワナビにしか成れん。といいつつこのへんから読み直してみることにしよう。

メロポンの「行動の構造」も出てきた。ぜんぜん読んでなかったつもりだったが、本を開いてみたら第二章のあたりは線引いたり書き込みをしてたりする。これも読むことにしよう。ぜんぶ自分の手の届くところに移動した。

図書館に車で行ってきた。国道の温度計は摂氏3度を示していた。ドイツのガイドブックとユリイカ増刊号 魔法少女まどかマギカ を借りた。帰りに地下駐車場から地上に出てきたら、雪が舞っていた。雪はじきに止んだけど、家に帰って、ベランダに干していた敷き布団カバーを生乾きのままに取り込んだ。



本棚の片付けをしていたらいろいろ懐かしいものが出てきた。1995年のエレカシの野音のチケット。 ただよく分からないのは、半券がもぎられてない。このライブの記憶もない。そのあとの渋谷クアトロはよく覚えているのだが。


オーム社の「マンガでわかる」シリーズには注目していたけど、「マンガでわかるコンクリート」 にはひさびさに頭にコンクリートをぶつけたような衝撃を受けた。

帰りに自転車漕ぎながら、ニールヤングのI am a childを歌っていたら、サビの"the sky is blue"まで来たところで、'bl'の子音が重なっているところって気持ちいいなあって思った。Out of the blue, into the black.

"meridian"ってなんかいいな。"zenith"もかなりいい。前者はラテン語起源で、後者はアラビア語起源だそうな。zenithの逆向きがnadir。日本語訳の「天頂」「天底」もいい。


2013年04月25日

さうして、このごろ 20121129

長女は夜更かしして手芸かなんかやってる。わたしは布団に入ってスライド作ってる。次男は寝相が悪いのでそっと押しやる。こうやって夜が更けてゆく。

ラップトップのACアダプタを家に忘れてきてしまった。なんど同じ過ちを繰り返すというのだろう。そう、これは習慣を変えるためにはどうすればよいかという、太古の昔よりわれわれ人間につきまとう構造的問題なのだ。(<-さっさと家とラボ両方にACアダプタを買って設置しておけ)

「止(と)める」「止(や)める」問題シリーズ、「床(ゆか)」か「床(とこ)」かってのもあったか。「川床料理」とか。こういうのが気になる。(<-人生もっと大事なことがあるからそういうことを気にするべき)

「涙は心の汗というがの、あれは逆での、体を動かすと体が悲しみ、涙をたくさん流すというわけでの」 (<-いんちき聞き取り調査風)

総武線の車内広告で「gabaだけは許す つかかなり認めてる」みたいな文面があって、みんないろいろたいへんなんだな、と世界に向けてなんだか優しい気持ちになった。


次男と城西高校まで「ふれ愛ときめきフェスティバル」に行ってきた。グレート家康公「葵」武将隊が来ていて、チャンバラが好きな次男は見入っていた。曲調が仮面ライダー/スーパー戦隊だったんで、なんか通底するものがあるんだなと面白かった。じっさい次男は「侍戦隊シンケンジャー」が好きだった。

木工ミニカー競争で惨敗したのが悔しかったらしく、帰りの車でずっと敗因を探していた。タイヤとシャフトの大きさが合わなくて直進性が悪かったんだよと教えてやった。案外細かく理知的であった。


図書館に本を返しに行く車で、iTunesの選曲からエレカシの「歴史」が流れてきた。これまでに幾度となく聴きながら歌ってきた曲だが、今日初めて歌詞の意味を実感して、涙が止まらなくなった。

「栄達がのぞめなくなる」「肩の荷が降りたのだろうか」「死に様こそが生き様だ」こういった歌詞をまあ、意味は分かったつもりいたし、「死に場所を見つけるんだ」という言葉には共感していた。それでも、ちょっと他人事みたいに聴いていて、森鴎外を出してくるところにはファニーささえ感じていた。

でも、まあそういうんじゃないんだなってことは分かったし、なんというか浄化された思いだった。


「世界を火の海にする」なんて言われても、心に響かない。ならば「世界を火の海にする」とはどんなことか、時間をかけて想像してみることにしよう。そこは「悲しみで涙が涸れた」り「三十年来の復讐を果た」したりということのない世界だ。

「どこ吹く風」ってあらためていいフレーズだな。自然に日常会話の中に忍び込ませてみたい。

「この窓から見える矢作川へと沈む夕日を見ることが出来さえすれば、僕は楽園にいるのとおなじなんだ。」

「ちくしょー、おれはまだやれるぞー」(<-不可視境界線のむこうに引きずり込まれる様子)


次男とだらだら遊んでる。「うらにわにはにわ、にわにはにわ、にわとりがいる」を理解させることに成功した。つぎは「わたしたわしわたしたわ」をどのくらい速い喋られるか特訓。

次男がごっこ遊びで「これがにくであるとします」と仮定を持ちだしたのでなんだか面白くなった。

次男がずっと「わたしたわしわたしたわ」で替え歌作ってる。プーさんみたいで楽しいので静観している。


次男を連れて、刈谷市中央児童館「はばたき」まで車で40分かけて行ってきた。卓球とバスケットボール。

次男はフォアはなかなか鋭いのを返すのでけっこう試合が成り立つ(10対5とか)のだが、バックハンドを攻略したいらしく、今日はなるたけバックに玉を集めるようにと要求。向上心のあるやつだ。


いつの日か、いろいろ回り道はしたがやってきたことは間違ってはいなかったと言えるような日が来たらよいと思うのだが、どちらにしろそれを認めるのも認めさせるのも俺自身だ。いまはまだ人生を語らず、ただ生き延びていることを根拠に、まだすべてが終わったわけではないと言いきかせるしかない。


2013年04月15日

ひとりツール・ド・三河湖・チャレンジコース行ってきた

そんなこんなでまた自転車再開してるんだけど、1時間から1時間半くらいかけて20-30kmくらい走ってる。次の日が期限の論文も無事提出できたので 今日はまるまる一日空いた。そんなわけでひさびさに遠出することにした。

一つの可能性は、浜名湖一周コースで80kmくらい。これは以前にやったことがある。あともうひとつは、くらがり渓谷経由でつくで手作り村までの往復のコース。これはツールド三河湖のチャレンジコースと同じ。けっきょく後者にした。

行ってきた。トータルの走行距離 68.25km、経過時間202分。平均速度 20.23km/h。(runkeeperへのリンク)

行きは緩やかな上り坂で、26kmで250mの高さを進み、くらがり渓谷まで辿りつく。

IMG_2493s.jpg

くらがり渓谷から、これから登る道を写したところ。峠を攻め終わったオートバイが通りかかっている。

くらがり渓谷からつくで手作り村までは6kmで300m登るきっついコース。こういうのは三河湖スカイライン以来。ギアをいちばん軽いのにして、なんとか一度も足を付かずに登り切った。いちばん遅いときは時速7キロ切ってた。ロードバイク及びオートバイの人がたくさんいて、さんざん追い抜かされた。


IMG_2519s.jpg

目的地である、つくで手作り村に到着。 五平餅食った。鹿カレーは食ってない。クリーム大福も買ったが、凍っていたので背中に入れて溶かして食べた。 いまにして思えば、開封せずにポケットに入れておいて、帰りに補給用に食べればよかった。


帰り道は下り。これが最高だった。そんなにスピード好きではないのだけれども、クネクネ道を時速30キロオーバーで飛ばすのは最高だった。位置エネルギーってすごい!これのためにまたこのルート行こうと心に誓った。ブレーキワイヤがゆるみぎみだったので出発前に調整しておいたのだが、大正解。

帰りは楽に漕いでくるつもりだったのだけど、くらがり渓谷まで降りてきた時点で全行程での平均時速が18km/hであることに気づいた。これはつまり、帰りを24km/hくらいでキープできれば平均時速が20km/hを越えることを意味している。新しい目標が出来たのでちゃんと漕ぐことにした。

根詰めていたら、いつの間にか心拍数が165bpmくらいになっていた。これはまずい。行きの登り道でさえも155bpmくらいだったのに。信号で停まった2カ所で10分ずつくらい休んで、心拍が<120bpmになるのを待ってから再スタート。

ゆったりとした下りが続くのでスピードが出るはずだが、逆風で思ったほどスピードが出ない。思えば行きのゆっくりとした登りのときは追い風だったのだろう。まったく気づかなかった。追い風のときは気づかないけど向かい風のときは気づくものだ。まるで人生のように。(<-なんかうまいこと言った風)

けっきょく田舎道を降りきって、国1まで出たあたりで平均時速20キロ越えを達成。だいたい満足した。朝10時に出発して、午後4時前にはすべてが終了。妥当な線。もっと先の三河湖あたりまで遠出するとしたら、二時間早く出発することが必要そうだ。


2013年03月30日

さうして、このごろ 20121030

2012/10/3

今日見たアマゾンのレビュー。「ドライブ感というかグルーヴ感というか、著者自身が自分の語りにワクワクしている雰囲気」ここいいな。ドライブ感大事。

ついったに書いたものを再構成してブログの記事にすると、労力が減っていいのだけれども、まさにこのドライブ感を失ってしまうなあと思ってた。思い入れを断ち切って、冷めた目で扱うことが出来ていると言えなくもないが。

2012/10/5

"tranquility"って単語は語感がゴージャスすぎて、「静謐さ」といった語義とミスマッチが起こっているように思う。もちろん私は英語の語感など分かっちゃあいないが。"Selene"は清廉な感じが出ててとても良い。(<-日本語そのままじゃん)

2012/10/6

今日は研究所のソフトボール大会。7チームあって、うちは3位。かつてはもっとチーム数があって、うちも準優勝とかあったのだが、時は流れ、いろいろあったが、ともあれ久々の賞状! わたしも第一試合ではランニングホームラン出た。レフトライナー性のあたりにドライブがかかって野手越えた。

あとの打席はいまいち。ひとつ気持ちよくセンター返しが出せたので、あれが確実に出せるとよいのだけれども。みんなで祝った。酒は飲まなかったが、楽しい会だった。

次男はあいかわらず「コロッケぱらだいす ごきげん歌謡笑劇団」が大好き。コロッケの物まねネタとかわからんだろうと思うんだけど、次男によると「劇」が好きなんだそうな。気付いたけど、こういう「チャンバラ」の出てくるものって今時ほかにないからかも。次男は新聞紙で剣作ったりするの大好き。

さかなクンのコーナーも好きだってw

2012/10/10

食堂の前のアスファルトの道を目の醒めるように明るく綺麗な黄緑色のカマキリが歩いていた、というか立ち往生していた。その色の美しさに感激したが、茂みに返してやることはしなかった。

2012/10/14

「グングニル」がなんだかは知らないが、語感から北欧神話だということは分かるようになってしまった。機械学習で北欧神話っぽい言葉を生成させるとかできそうだ。(<-ドイツ語っぽいものジェネレータみたいなのだったら普通にあるか。)

ChromeのGoogleで「一晩で」まで入力したところで「一晩で法隆寺建てられちゃうよ」を補完したので感心した。

2012/10/17

竹田製菓のお菓子の城には家族で何度か行ったことがある。ほんとにお菓子で城作ってたりして楽しいのだが、あそこで有名なのはたまごボーロ工場で子どもの声で「ありがとう」を聞かせるということ。これはいかん。録音テープではなくてほんとうに子どもに言わせなくては効き目がない。(<-目がマジ)

うちの奥さんが捕まえてきた毛虫が順調にサナギになって、そして無事羽化した。ほかのサナギはすでに羽化して空っぽになっている。(写真へのリンク) 下に付いている染みは奥さんによると、羽化するときになんか汁が出るらしい。生まれ出ずる悩み? 人生と重ね合わせてみた。

オクラが英語Okraであるということに静かな感動を覚える。(<-遠回しなニューオリーンズネタ) でもロック好き的には、オクラと言えばCANのEge Bamyasiですよね!

次男の冷えた、やらかい二の腕をなでながら眠る。

2012/10/18

研究所のエレベーターが新しくなってから、合成音声で「2階でございます」とかいちいちアナウンスしてくるので、「そうでございますか!」とおばちゃん声で慇懃に返答してみたい欲望が高まっている。

次男と「おさるのジョージ」を見ているときに、電撃的に”furious George“というフレーズが浮かんだ。映画化決定。当然復讐もの。

2012/10/22

次男がテレビにかじりついて「よーし、ナイスナイス、ブランコ」とか言ってる。

あちこちに爆竹を投げ散らし 煙は強い風に流され 石畳は磨かれ 鈍く日の光を跳ね返し 街と街の境界の門のあちらとこちらで 問いかけが無駄になったり たまにうまくいったりする

2012/10/23

デッキブラシでこすったところで、取れてくるのは2億年前の苔だけだ。小さい竜巻があらゆるところで発生しているのだけれど、無色透明なのでさっぱり分からない。

雨の中歩いてラボへ行くのは嫌なものだ。中1の雨の日に、放課後のクラスで雨って嫌だよねーとか話している中でわたしは、そうかな、この雰囲気が好きだけど、なんて反論して、それを当時新任だった担任が擁護してくれたのを憶えている。たぶんその頃は服が濡れるのなんて気にならなかったのだろう。

なんかスッゲー味わい深い:「大量発生した蛾の幼虫にウキクサの葉が食べ尽くされたためで、幼虫もその後、自らの足場のウキクサをなくして水中に沈み、魚の餌食になった」 (リンク消失: http://www.yomiuri.co.jp/eco/news/20121023-OYT1T00662.htm) イイ話なのかどうかは分からん。

今日は「にゃんチュウ線」という言葉を知った。また新たなる高みに上り詰めてしまった。

2012/10/24

ゴミを捨てに行ったら、もう冬であるかのように寒かった。さすがにもう今年は短パンは終了か。もう少し粘れるかと思ったんだけど、みたいな話をしたら同僚に「いったい何と戦ってるんですか」とたしなめられた。

2012/10/25

車での帰り道に、「俺はごまかしだと言われても、地球を四角く切り取るぜ」っていうのと「俺は理にかなってないと言われても、地球を丸く切り取るぜ」っていう対比を考えた。「俺はXXX」の部分は改良が必要。

意を決して私は言った「ミートボールください」と。店員を顔色も変えずに厨房から出て行った。帰ってきた店員がタッパーに詰めてきたのは、たしかに、あの幻のミートボールだった。

今日の防災訓練では放送システムがダメダメで、連絡事項を伝えるたびにハウリングが起こってやむことがなかったのだが、よくよく聴いてみるとそのノイズは多彩な音色を持っており、なかなかサイケデリックでいい音だったので、このサウンドシステムで俺にギター弾かせろ、とか思ってしまったのでした。

教習所に行って実技でえらく苦労した憶えがあるんだけど、地元の同級生たちは河原とか駐車場とかで練習してから教習場に行くのが常識なんだと聞いたときには、やっぱ俺ってガリ勉ヒョロメガネ君の世間知らずなんだなって思った。

2012/10/26

「私のことは、エル・ニーニョと呼んでくれてかまわない」そう言われてもどう返したらよいのか分からなかったので、愛想笑いした。自分が愚鈍に見えたとしても、それ以外の方法はなかった。

ウルトラQのオープニングみたいにサイケデリックなマーブル模様が逆回転して、すべてのものが、あるべきところに収まり、因果律とか、漏電している水中モーターとか、水底に沈んだ無数の小豆の粒とか、そういったものが救済され、仲裁され、仲介される。

2012/10/27

ひさびさにたくさん喋ったからか、声が嗄れているということに気づいた。延滞している図書館の本を返すために車を運転しながら音速ラインとか歌っていたら、声が出ない。こんな弱い喉じゃあ、いつかスタジアムで歌うときに保たないな。(<-現実と空想の区別が付かなくなっている)

2012/10/28

犬山から帰ってきた。家に入ったらママが次男のことをなんか叱っている途中だったので、次男の耳元で「ユッフォー」と囁いたら、いま叱っているところなんだからやめてよね、とママに叱られた。そんな一日。

“fluffy”を日本語訳するなら「もっふもふ」だろうか。以前だったら「ふわふわ」だったんだろうけど。

2012/10/29

ザ・フーの”I Can See For Miles”の日本語タイトルは「恋のマジック・アイ」と絶妙にダサいが、それだったらいっそのこと「恋の千里眼」とかにしたほうがむしろダサかっこよくなったのではなかろうか。(<-キメ顔で)

2012/10/30

まいにち まいにち ぼくらは てっぱんの うえでやかれて それでもそこそこ おれたちは せいかつしてんだから わけわかんねえよなあ おい

「まriがとさーん」って粘っこく言うへんなガイジンさんってキャラを創造/想像したことがあるのだけど、ぶっちゃけペリーさんじゃん、と気づいたら俄然萎えた。


2013年03月06日

さうして、このごろ 20120930


0908

「クリンビュー」の「クリン」の部分はかなりいい、もちろん「バスクリン」もいいかんじ、「ミミクリン」もニューウェーブだが悪くない、でも「アイスクリン」では狙いすぎ。

「アサヒクリン」は知らなかったが、「アサヒペン」の「ペン」のところは間違いなくいいかんじ。

Wikipediaのアサヒペンの項目より:「銀座中央通りの ... ビルの屋上には ... ペール缶と刷毛をかたどった巨大な回転立体看板が存在したが ... 2009年に撤去された。かつては千代田区岩本町の昭和通り沿いのビル屋上にも同様の立体看板が存在したが、こちらも撤去されて現存しない。」大ショック。


今日の午前中は次男とポケット人生ゲーム極辛をして遊んだ。なんか悪いイベントごとにストレスカードとかあって、それ持ってると生命保険に入れない。あと、職業選択でフリーターを選択すると退職金がもらえない。なんかいろいろ過酷で、人生ゲームも世相を反映しているのだった。

けっきょく次男は教師でスタートして途中でプロスポーツ選手として成功し、退職後も悠々自適の生活を営み一位でゴールした。わたしはと言えば、ストレス多めなコースを続けて、退職直前で借金をしたため、退職時に利子分を払って、老後もカツカツな状態でゴールすることになった。なんか身に沁みる。


2012/9/20

このあいだひさびさに名鉄に乗ったら、後ろで二人の女性が「大学のレポート出さないといけないけど、最近夜の仕事を始めたから時間がない」みたいな話をしていた。やっぱ研究所に籠もっていると世間に疎くなるなあとか思った。


2012/9/21

今日は17:50に長女をダンス教室に送って、帰ってきたら次男に空手の胴衣を着せて18:40に道場まで送って、その脚でダンス教室が終了した長女を迎えに行ったら待たされてけっきょく19:30で、帰ってきて夕食食べて、これから次男の空手のお迎え。まごう事なきリア充と言うほかない。


2012/9/22

次男が「おばあさんのシワは何本あるでしょう?」という昨日と同じ謎々を出すので、4*8=32で32本!と答えたら、そういえば昨日出したか、と笑っている。「エズミに捧ぐ-愛と汚辱のうちに」のCharleyのように拗ねたりはしない。いいやつだ。

wikipediaのサルトルの項目より: 「想像力についての実験のため、…メスカリン注射を受ける。この際に全身をカニやタコが這いまわる幻覚に襲われ、以降も幻覚を伴う鬱症状に半年以上悩まされることになる。甲殻類に対する恐怖は生涯続いた。」 味わい深い。

「窯変」って概念は格好いいなあ。「ケミストリー」と同じっちゃあ同じだが、前者を選んでおきたい。陶芸に興味を示しだしたにわかのオッサン、みたいな雰囲気さえ払拭されれば。こっちもよかった: http://www.shift-inc.co.jp/weblog/2008/03/post_29.html

奥ゆかしさを極めるのは、たいへん難しいことだなあ。

車の中で歌いながら「イー」と音を引き延ばしていると、なんだかホーミーみたいな高音が出ていることに気づく。いつかホーミーをマスターして、飲み会とかで芸として披露してみたい。


2012/9/26

"Quicksand"(流砂)ってかなりイケてる単語だ。シューゲイザーっぽい。

デイリーポータルZ「雨が降ると現れるまぼろしの大河」 これよかった。視覚の倍率を変えてみると、世界が違って見える。地面に寝っ転がってみるとか、脳内でモーションブラーかけてみるとか、自分もいくつか技法を持っているのだけれども、こんなやり方もあるんだな。


2012/9/29

数年前の話だけど、岐阜の叔父さんが畑で取れた野菜をゆうパックで送ってくれたんだけど、不在だったらしくて郵便局に放置されて、再び届いたときには萎びていたということがあった。叔父さんには電話で謝った。唐突に思い出した。

今日も今日とて長女のお迎え。道が混んでたので無駄話してたんだけど、ちょうどザッパのアブソリュートリー・フリーの"Invocation & Ritual Dance of the Young Pumpkin"(ザッパのギターとバンクガードナーの木管のインプロビゼーション)がかかってたんで、クラリネットやっている長女にここで聞こえる木管はなに?って聴いたら、わからないけどたぶんオーボエかなって答えだった。ちなみに"The Duke of Prunes"のほうはビブラートがかかっているのでクラリネットはあり得なくて、たぶんフルートとのこと。感服した。


2012/9/30

「エステー化学」はかなりいけてる、「テー」はもちろんのこと、「化学」もいいスパイスになっている。たとえて言うなら「大名古屋ビルヂング」くらい。

はじめから間違っていたんだと、そしてなにも始まっていなかったんだと、予言の自己成就を望み、(略)

「デッカ・レコード」の「デッカ」もいいかんじ。目移りしちゃう。

ビートルズの「ヘルプ!」に入っている、"Tell Me What You See"、どうってことない曲だけど、間奏のエレピとドラムだけのあそこがかわいくて好き。(ベースも入ってるか)

流しで洗い物の音がしているから奥さんかと思ったら長女だった。この時間は当然ママは寝ているので一発で分かるはずなのだが、なんというか、不思議な感覚だった。

月が見えてきたので、ちょとコンビニまで散歩がてら月見。ちょうど満月で、雲がすごい勢いで動いていくのだけれども、私には月がものすごい勢いで動いているようにしか見えなかった。道の真ん中でしばし立ち止まり、雲に隠れてはまた出てくる月を眼で追って、なんだか妖しい気持ちになった。

なんでそのように見えるのかといえば、それは今晩が満月で、月が高いところにあって、フレームオブリファレンスとなるような地上のものが視野に入らないからなのだけれども、それをしたところで妖しい気持ちは消えなかった。奈良井公園ではなにやら若者がはしゃぐ声、台風で興奮した様子。

わたしはといえば、禁を破ってカルピスチューハイを買って、コンビニの駐車場で月見。それ、ふつーにDQNです。気温とか、湿度とかを感じながら、こころのゲインを上げてゆく。遠くで聞こえるであろう列車の音に耳を澄ませようとしたのだけれども、虫の声と近くを走るバイクの音でかき消された。

今日の昼ごはんには、サークルKでモヤシが一パック20円で売っていたので、それをサッポロ一番味噌ラーメンに突っ込んで食べる。炒めるのと違って煮るのだとそんなに体積が減らないので、一パック投入は無茶だった。だがそれがよい。


2013年01月31日

「ハーモニー」読了した

2012/10/28

「ハーモニー」読了した。よかった。いろいろ突っ込みたいところはあったし、いろいろ説明もしくは書き込みが足りないんじゃあないかとも思ったのだけれども、よかった。

あの理屈では「意識」は生まれないし、あの理屈では「ヒトだけに意識が出来た」というふうにできないだろうとかは思った。でも、「意識なんかなくなってしまえばいいのに」っていう強いメッセージを受け取れて、それがすごくよかった。本当はもっと外堀を埋めてこそ伝わる気はするのだけれども。

正直、これまで聞いていたヒントと、冒頭でetmlってのが出てくるところで予想できてしまったところはあるのだが、わたしの問題意識として重なるからすごく惹きつけられた。はたしてほかの人にとってはどうなんだろう、って気になった。これからネットで感想漁ることにする。

たとえばとあるアマゾンのレビュー「この話の最も重要なSF的モチーフの一つである「意識のない人間」というものがどうも腑に落ちない。人々から「意識」が失われる、といって何事か問題のあるように思えない。」

この人は逆転クオリアを意味のある問題だとは捉えなさそうだ。

あと、ここで指している「意識」とは「自意識」のことなんだろうなあと思わせるところがあったが、性急すぎてかつ舌っ足らずだとか思った。

ただし、意識がなくなると、(エピソード)記憶もなくなっていた。ここは評価できる。そしてそこにおぼろげな幸福感もあったと言っていて、これもいい。

ちょうど松沢先生の話を聞きに行って(本読んだのと合わせてこれで三回目だが)、「チンパンジーは今ここを生きているから絶望しない、人は絶望するから自殺もするが、希望を持つことも出来る」っていうのがメッセージで、驚くくらい同じことを言っていたような気がする。


2013年01月24日

さうして、このごろ 20120831


0802

自転車で見知らぬ道へと進めていくと(マーカー1)、田んぼの中の新しく整備されたきれいな道に出て、国道1号線のようにトラックに脅かされることもなく、かといって珍走団に囲まれたりすることもなく、肥料の強烈な臭いをかぎながら、半月が雲に隠されるのを見ながら、ずっと進んでゆく。

安城市に入り折れ曲がると(マーカー2)、古い街道(県道44号線)に出て大失敗。車道は狭く、その横にある歩道はデコボコでガードレールもない。歩くのなら素敵なんだろうが、自転車で走るには最悪の選択だ。中島町-福岡町あたりの県道43号線も同じ。

こういう道は自転車のものでないどころか、そもそも自動車のものですらない。江戸時代とかに人や馬が通った場所なのだろう。歴史との繋がりを感じる。

古地図見つけた。大正13年の岡崎市中心部。「三島尋常」とあるあたりが今の生理研で、たぶんこの「三島尋常」が今の三島小学校の前身。 (参照:岡崎って日本のどこにあるんすか?)


0811

A.A. ミルンの"Spring Morning"の一節だけど、「もしキミは雲で、空を漂っているとしたら、キミは空と同じくらい青い水の上を漂いながら、野原にいるボクを見下ろしてこう言うんだ、『今日の空は緑色じゃあないかい?』」ここの、"the sky looks green"がよく分からない。なんか意味、というか慣用句でもあるんだろうか?

探してみると、竜巻の現れる前兆なんてのがあるが、なんかそれってアメリカであって、イギリスっぽくないし、これじゃあないと思う。

しかし、床屋談義であることとDIYであることの距離はけっこう近いし、DIYするためには床屋談義であることを恐れてはいけないという側面もある。Consistentな倫理を作るというのはなかなか難しい。


0812

町内会の夏祭りの二日目。長女は友達と一緒に盆踊りの輪に加わってた。長女によれば盆踊りは踊りのパターンが簡単とのこと。そりゃ新体操よりは簡単だろう。わたしもホームラン音頭と炭坑節だけは分かったので踊った。次男は恥ずかしくて踊らなかった。そして終了。なにかすべきことがあったような。

「その透明な嵐に混じらず、見つけ出すんだ。」もう、このフレーズだけで失禁できる。ちなみに本体の方はまだ見てない。TSUTAYAで100円になるまで待つ。


0813

「それとも、これは、転調の」「colorized / polarized / victimized / vectorized / 」「送風機とあさがおと避雷針」「(未定)」「それともこう言うべきか、はじめからずっと居たのだと、」

駐車場に出てみると、雨上がりの蒸し暑い夜で、草の臭いだか樹液の臭いだかが立ちこめて、カブトムシだらけになったような気がした。 / 廃墟の吹き抜け、病院の階段 / 避難経路の案内図、公園の溜め池 / ホームレス、ヘルプレス / 誘蛾灯に集まる甲虫の脚の棘の産毛まではっきりと見える。


0815

高校野球の途中で12時に黙祷。次男に今日は日本が戦争に負けた日なんだよと教えたら、あ、わかる、徳川家康は日本で勝ったんでしょ、といわれて、まだまだ説明が難しそうだが、ともあれ岡崎の子どもになっておった。

昨日は実家の居間に隣接する仕事場(木の床にミシンが並んでる)でごろごろしていたらそのまま寝てしまった。12時間くらいそのままですっきり目覚めた。背中も痛くならない。なんだかよく分からないが、晴れがましいかんじ。

思えば小学生の頃は、仕事場にしかクーラーがないもんだから、夏休みにはこうやってごろごろしては親に邪魔がられていたのだ。


0816

「ピラルクとラマルクどっちが好き?」ボクは答えに窮した。

磁石を貼りつけ/昼寝をする/便りは来ない/腕を上へ伸ばす/洗濯ばさみが/立ち並び唸る/マイナスイオンの粒が/光り飛び散る/古いタンスが/それを跳ね返す/蛍光灯の紐の/かすかな振動/天井のしみは/古代の意匠/遠くの街灯は/錆びたまま上昇し/すべての行動を/無かったものにしてしまう。


0817

「バッファロー牛乳、ピッチャーでお願いします」隣の客が俺のことを不審そうな顔で見た。


0826

昼寝から目覚めてみると、ママが次男にピアノを教えているほほえましい風景なのだけれども、わたしはと言えば、宮崎吐夢のピアノレッスンネタを思い出して吹いてた。「Oh、違うでしょ。違うでしょ。何も違うでしょ」


0828 チクシュルーブ・クレーターとか読んで、マグニチュード11という記述を見て、もう笑うしかない。こんなの来ちゃったらいつでも人類絶滅するわけで、自然の斉一性なんていつでも終わらせられるよね。(<-まさに中二病)


0831

いま次男にどのくらい古いエピソード記憶を持っているか聞いてみたら、ひよこ2組(3歳)のときにみどりいろのところ(保育園の昇降口)からそら組(の教室の方向)を見てたことだけ憶えているとのこと。しかし、なぜか聞いてみると、後で自分がそら組になったので憶えてたと、これがたぶんポイント。


2013年01月14日

さうして、このごろ 20120731


0706

?「ねこパンチを受ける覚悟は出来ましたか?」 私「はい」 そしてわたしは拳を堅くして、そのときが来るのを待っていた。

「俺六角形だけど」って自慢したら、「俺八角形だけど」って自慢し返されてピンチ! もう12角形を使うことも出来ない。どうするか、どうするか、剣の刃の上に乗っかって真っ二つになる前に、今言え、今言え(<-禅の公案ぽく入道感出しながら)


0713

空の星を見るのも、海水浴場で遠くの深い冷たい水に触れるのも、なんだか世界の端っこに触れるようで、なんだかあらためて恐ろしく、宙に放り出されたような感覚を抱く。常にそれに触れ続けているんだってことも分かっているはずなのだけれども。

「日の当たる坂道」空虚だ。「世界が揺らいだ」それめまいです。……身も蓋もない言葉で世界を塗りつぶして、すべてが合理的で、実務的で、最適化されている。そんな世界には一瞬だっていたくない。でもその反対がうわさ話と迷信で作り上げられた非合理で、感情的で、無駄ばかりの世界であるとしたら。


0715

僕らは太陽を直視しない。僕らが外に出て歩くときの目の動きを計測したら、視線は太陽から逃げるように動いているだろうか? それとも端的に空を見上げていないだけだろうか?

ふと空を見上げたときに偶然太陽は目に入るだろうか? なんとなく避けていないだろうか? 僕らは無意識に太陽の位置を把握て行動していないだろうか?

同じことだろうけど、ふと人混みを見渡したときに目と目が合う確率は偶然以上に高いだろうか? 偶然以上に低いだろうか?

ニール・ヤングのLotta Loveでこういう歌詞がある。"So if you look in my direction And we don't see eye to eye, My heart needs protection And so do I."

目と目が合う実験。5人くらいで全員グラス型のアイトラッカー付けてもらって、お互いに必ず誰かを見なくてはいけないいっぽうで、目があったら逸らすように指示しておく。(これをしないとずっと見つめ合ってしまう平衡状態が生まれるw) これで創発してくる状態をモデル化。すでにあるか。

じゃあ、さらに操作を入れて、まずセッション1で順番になにかを読み上げてもらってその間の視線を記録する。セッション2(ここがさっき書いたやつ)でなんかルールを入れてお互いを見続ける。そのあとのセッション3で1と同じことをして、なにが変わったか調べる。なにを言ってるんだろう俺は。


「数学は最善世界の夢を見るか?――最小作用の原理から最適化理論へ」 図書館行って借りてきた。前にも借りたけどけっきょく挫折した。今から変分法学ぶためにはサバティカルが必要(<-このネタはもうよい)なので、せめて文系的に理解しておきたい。

ネットの資料的には「最小作用の原理はどこからくるか?」がいちばん分かりよかった。だがこういうことは教科書写経してごりごり練習問題解かないと身につかない。

数物系で、教科書写経して、練習問題ごりごり解いてやっと身につくのと同じような意味で、神経科学で「練習問題」を解くことは出来るだろうか。それは計算をするとかいうことではなくて、「実際に実験をやってみる」ということになるのだろうか? (たぶん前にも同じこと書いた)

プログラミング言語を覚えるためのいちばん手っ取り早い方法は、実際にそれを使って自分の問題を解いてみる、というところらしい。それと同じような話だろうか? なんかズレたような気はしているのだけれども。


0727

ついった落ちてたね。スペイン戦の影響か。そしてわたしも落ちてた。飯食って目覚めたら1時過ぎ。どうやって今から寝ればいいんだ?

しょうがないのでコンビニまで散歩。夏の真夜中は気持ちがいい。1号館からの帰り道の蔵前橋通り、午前2時くらい、自転車を飛ばしながら、今日この日と同じような空気を感じていたような気がする。過去は未来の私を規定し、未来は過去の私の意味を確定する。

ホテルで心置きなく冷房をつけっぱなしに出来る幸せ。29度では熱いので、28度にて。

次男はラップトップが充電できてインジケーターが緑になると外してくれる。しかも私がいないときには勝手に外したりしないのでのでえらい。

空が白みかけているヤヴァイ。

帰りは歩きながら仙台駅まで向かう。文化横町は前に通ったことあるからパスして、もう一段南に行ったら、すっげー戦後のバラックみたいなところを発見して(こういうの大好き)、一定の間隔でトイレとかあったり、かなり異次元だった。帰ってから調べてみたら「日本DEEP案内」で採りあげられてた。

壱弐参横丁 http://japandeep.info/2010/05/08/214051.html

ちなみに東岡崎駅の安城方面北側線路沿いにあった古い飲み屋街は完全に撤去されてしまっている。歴史的成り立ち的にはたぶん同様のものだったのだろう。


0728

象ラーメン、象ビール、象サラダ、象寿司、象雨、象石、象亀、象像、象潰瘍、象浮腫、象解像、象汁、象雨、象地獄、象天国、象蟻。表象できるものは、認識することが可能となり、存在することが可能となった。雨が砂山の小さな谷を流れてさらに谷を削るように、表象は偶像となり、磔とされた。

"Sleep inertia"ってフレーズ、いいな! なんかシューゲイザーっぽい。 http://en.wikipedia.org/wiki/Sleep_inertia


0730

自然史博物館のお土産に次男に買ってきた「化石掘りセット」(粘土で固められたブロックの中からプラスチックのトリケラトプスを掘り出す。3ポンド) を次男がやるのにつきあう。どうやればうまく粘土を削れるか、彫刻刀の要領で教えてやる。2時間かけてやっと1/3で今日は終了。先は長い。


0731

小学生の頃、夏休みの自由研究で段ボールを切って重ねて作る立体地図を作ったことがあった(こんなやつ )。 でもってふと今思うに、MRのデータがあるんだから自分の脳で同じもの作れるじゃん、って気付いた。実物大で。作ってみたい。


2012年12月30日

さうして、このごろ 20120629

20120601

「また逢う日まで」を歌いたい。こればっかりはギター弾いて歌うより、マイクを通して絶唱したい。変態っぽく、粘っこく。

よく替え歌にして、「そのとき心は何かを放つだろう」(エクトプラズムかなんかが口からスポーンと飛び出してくるイメージ)、とか車の中で独りで歌っては噴いてたのですが、それもこれからは出来ないかと思うと、寂しいものです。

20120603

車ってのは、殺人兵器であり、人間の能力を超えていて、それでも乗るのをやめることが出来ない、悪魔の文明の利器だと思うのだけれど、それでも、ハチクロでデザイン事務所のイケメンが、山田にそば食いに行こうってまるで近所のそば屋にでも行くような言い方で誘いつつ、東京から蓼科まで中央道を飛ばして行った、という逸話を読んだときは、なんかその爽快感にやられちまった。

スピードに惹かれないのだな。MTB寄りの安物クロスバイクに乗っているけど、ロードとか乗りかえたいとは思わない。岡崎で時速30キロ出したら死ぬ。それよか、なんらかの方法で負荷かけて、時速15キロでいいから心拍140bpmで2hrキープできるほうが望ましい。山道登れってか。


20120604

なんか名残惜しかったので、ちと外へ歩きに行ったら、空気が気持ちよかった。コンビニでカルピスサワーとおにぎり買って、奈良井公園のあずまやで暗闇の中BB2Cでも見ながらゆっくりとするつもりだったのだけれども、2,3人のインド系の方々があずまやには先客としていた。

ブラジル系の人はけっこういるのだけれども、インド系の人は珍しい。研究所の人がここまで来るだろうか? ともあれ、異国の地で、でもものすごく安全で(車運転して珍走団にでも巻き込まれない限り)、誰もいない真っ暗な公園で楽しそうに話をしているのをわたしはちょっと離れたベンチで聞きながら、カルピスサワー飲み干して、ちと気分を高揚させて、空気が気持ちよくて、見上げたら月がほとんど満月で、そういえば明日は部分月食だったのを思い出して、そうしてうちに帰ってきた。俺のことをダメ人間だと思うやつがどれだけいたとしても、俺は生き延びてやるんだ。


先日子どもたちの運動会を見にきたお婆ちゃんズが回転寿司屋に連れて行ってくれたんだけど、そこで店員が注文を受けるたび「ガッテン承知」と返事するのを次男が気に入ったらしく、日常生活で活用している。ママが風呂に来なさい、と言えば「ガッテン承知」。ネタに走る精神がたいへん素晴らしい。

「ネコまっしぐら」の代わりに「ベコまっしぐら」っていう、東北弁に基づいた切れ味の鋭いフレーズを考えたんだけど、前にも同じこと書いた気がする。そしてそれを検索して確認する元気がない。元気重要。眠りたい。


20120607

ブラッドベリは「たんぽぽのお酒」と短編いくつかしか読んだことがなかった。西尾図書館で廃棄処分になっていた洋書をゲットして「華氏451度」「火星年代記」といくつかの短編集を積んでいたのだが、ちょうど先週捨ててしまったところだ。なんというタイミングだろう!

いまは、オーウェルの「カタロニア賛歌」を読んでいる。いまはバルセロナでバリケード作っているところ。飢えと退屈と寒さとがきつい、みたいにでさらっと書いてあるが、なにげに周りで人は死にまくっていて、死線を乗り越えてきているというのがじんわりと読み取れる。


20120615

Magic Trip (DVD) これのレビューで、"what really surprised me is how crew-cut all the Merry Pranksters were!" ここ笑った。1964年だもんな。


20120618

次男に「お父さんスイッチ」で操られた。なるたけキモめな反応を出すことに心を砕く。「あ」「開いた口がふさがらない。え?え”----------?」「い」「イカれてる、イっちゃってる、異ノーマル」「う」「歌いつづける、24時間。もぐってもぐってもぐってランランラン…」「え」「えずく。う、う、うぼぇーーーーー」「お」「おがくずだらけの海に飛び込む。どっぽぉーーーーーん」たいへん体力が必要。しかも6周する必要があるとか言われる。わけがわからないよ。


20120622

「高等遊民」になりたい。親から膨大な遺産を受け取って(<-そんなものはありません)、都会から1時間くらい離れた静かだがそれなりに便利な街で(昔の鎌倉のイメージ)、早朝に起きて書き物をして、昼から外に出て人間観察して、5時にはそば屋で日本酒を飲んで、そんなかんじで朽ち果てたい。


昨日はけっきょく3D and VR展に行くには時間がもう少なかったので、渋谷の街をちょっと歩いて、まっすぐ帰ってきた。ひさびさに歩く渋谷の街は何も変わっちゃあいないといえば変わっていない。いや、レコード屋が無くなった。べつに俺の体は渋谷を欲していないなと確認できたので収穫だった。

豊橋ではいつも通り精文館書店をぶらついて新刊チェック。いつも通りその手前に通りにはアフリカ系っぽい人が待機している。いつもいる。ファミマでは「まどかマギカ Half Age Characters」というのが新発売されていて、出来はよさそうだがラボの机以外置き場がない。あきらめた。

知らない街まで車で行ってみたい。昼はジャスコの駐車場で車中で寝て、夜になったらツタヤとかで涼んで、だらだらとサブカル本とか無駄に読んで時間を浪費して、夜はひたすら次の県へと車を飛ばして、10時にジャスコが開店したらまた駐車場で仮眠するんだ。ヴィレヴァンとか人工的なものに囲まれて。

美しい田んぼの風景とか美しい山並みとか河川敷とかには目もくれず、ファスト風土のまっただ中だけを縫いながら、日本を縦断してみたい。風景とか歴史名勝とかそういうものをまったく目的に入れずに、機械的に日本を縦断することだけを目的として行動してみたいんだ。


20120624

今日のフットベースの練習はキック練習担当だったので、投げまくって疲れた。お子さんらは5回に一回だが、こっちは全部投げる。腰に来た。

奥さんがソフトボールの練習の後にコクワガタを見つけて家に持ってきて、メープルシロップをしみこませたのに乗せておいたのだが元気がなかった。しょうがないのでどっかに掴まらせておいたようなのだが、消灯すると俄然元気になって天井をブーンブーンと飛び回っている。それを私は横になって見てる。

100円ショップでレエン・コオト(芥川風)を見つけたので買ってきた。イギリス人傘差さないっていうし、イギリスの雨は土砂降りじゃなくて小雨らしいし、ASSC16はこれで対処してみようと思う。折りたたみ傘は持って行くが持ち歩かない方針で。


0629

今日も次男を連れて空手教室へ。7時だけどまだ日が落ちていなくて、ちょうどいいかんじの夕焼けがビルの谷間に落ちていくところで、車を降りると次男がそっと手を繋ぎに来た。

長男や長女のときを思い出して、こんなことももうすぐになくなるのかと思うと感慨深い。この気持ちを忘れまいと思うのだけれども、じつのところいろんな記憶で上書きされてしまって誰のエピソードだったかごちゃごちゃになっているのだ。「納豆ご飯」のことを「なっとぐわん」と言ったのは誰だったか?

アノラックからパステルズバッヂを外して、引き出しにしまって、そして僕らは誓うんだ、この気持ちを忘れないと、だからさよなら」というわけだけど、この気持ちは忘れてしまう。いや、気持ちは覚えているけど、それと結びついていたエピソードが抜け落ちてしまう。

これってオートノエティックかつコンテントのないエピソード記憶?

次男が「2000年前の0年のときって太陽にものすごく近かったんでしょ?」って聞くんで違うって言ったら、「じゃあ無量大数くらい?」(無量大数は最近の次男のマイブーム)と聞くので、46億年前だよ、と答えたのだけれども、無量大数と比べたら46億年前なんてすぐ近くだな、と思った。

ネットで探して、原始的生命の始まりが39億年前、魚がいるのが5億年前、と説明しだしたら異様に興味を持った。年表にはさらに続きがあって、10億年後には太陽が膨大して地球が滅びるとある。パパたちはせいぜい100年しか生きられないから関係ないよと教えたのだけれども、また100年後になったらなにか変わっているかもしれないので教えてほしいと言われた。逆にこっちが教えてほしい。


2012年12月17日

クール・ビッズ!

クール・ビッズ!


うちの高校では柔道の授業があった。体育の先生が柔道の人だったのでみっちり指導してもらえてよかった。それでも怪我をした奴はいたし、私も水泳部の大事な試合の前だったから、乱取りで小林の体落としに無理な体勢になるまで粘らずに倒れたら、サメさんに「本気でやってないだろ」とスゲー怒られた。


浪人時代や大学生時代、なんかいいことあるんじゃないかみたいな根拠のない冒険心で、夜になると自転車でどっか遠くに向かうのだけれども、当然なにもあるわけがない。でもそんな気持ちだけで水戸街道を松戸の方まで延々漕いで、夜中の2時で周りは暗闇で、畑の肥料の香りがして、いったいなんだったんだろう、と思いつつまた家まで帰ったことがあった。そのときのひんやりした空気のことを憶えているような気がする。


井上陽水のセカンドアルバムのA面の最後の曲「夜のバス」、深町純のシンセとストリングスの編曲が印象的な曲だけど、よく聴いてた中学生の頃はこの「バス」をローカルバスだと思ってた。でもこれは長距離夜行バスだ。「どこにも停まらないで」「矢のように走る」わけだし。博多ー東京とかだろうか。


「ブラックボックスの内部では、政党や政治家、省庁、自治体、マスコミなど、あらゆる利害関係が複雑に絡み合い、限られた予算を巡って要求がせめぎ合っていた。しかも、それぞれがそれぞれの立場で正当性を持ち、必死に働きかけている。」(毎日JPリンク切れ) この感じはよく分かるし、これこそがcomplexityだよなあ。それをsimplifyせずにsimplicityを見抜くことなんて本当に可能なのかと途方に暮れる。


クール・ビッズ! (<-作務衣を着て硯に向かい墨をすりながら心を静めていくようなイメージで)


小林がかけた技は正確には、体落としで崩しておいて、そこでいったん私が持ちこたえようとしたのだけど、そこを膝車みたいなかんじで膝に来たので、これは危ないと思って飛んだのだった。なんでこんな26年前のことを覚えているかは分からないが、とにかく思い出したので、お詫びして訂正いたします。


ラノベを図書館から借りてきたので読みたいと思ったが、わざわざスタバに行くのもばからしいし、車でエンジン駆けっぱなしというのもよくないので、けっきょくちょっとは寒くなさそうな、ジャスコの4階駐車場で羅針盤とか聴きながら読んでた。

そうしたらいつのまにか閉店時間が過ぎていて、周りに車が一台もいなくなっていて、それでも読み続けたら、駐車場が完全消灯して、閉じ込められそうな恐怖感を感じて、あわてて逃げ出した。逃げ場所などどこにもなかった。


こんな強風と雨の中をカサぶっ壊しながら自転車でラボに行く意味なんてあるのかね(<-自虐的修辞疑問文)

説明するまでもないが「自虐的修辞疑問文」というのは、「XXXであろうか。いやそうではない。だがやるのだ。やれやれ」という意味の造語。


クール・ビッズ! (<-意味がないフレーズを繰り返していると、なんとなくアートっぽい雰囲気が出るものだという信念を胸に)


2012年11月17日

今日のエミスタ川柳

エミスタとは: Ina Researchホームページの説明


(7/13)今日のエミスタ川柳:休日の動物実験施設に行って、誰もいない施設でエミスタの中に閉じ込められて消毒液を噴霧されるときの今大地震が起こったらどうなるんだろう感は格別。


(7/15)今日のエミスタ川柳:暑い夏の日に動物実験施設に行って、誰もいない施設でエミスタの中に閉じ込められて、エアシャワーを浴びたときの汗の飛び具合と快適感は格別。

今日のエミスタ川柳2:動物実験施設に行って、誰もいない施設でエミスタの中に閉じ込められて、エアシャワーを浴びながらこんなときに地震が起こったらどうするんだろう、と考えていたら目の前に「非常ボタン」があることを発見したときの安堵感は格別。

今日のエミスタ川柳3:動物実験施設に行って、誰もいない施設でエミスタの中に閉じ込められて、エアミストを浴びるときにちょっと背伸びしてミストを頭に直撃させて楽しんでいるときの、人に見られたくない感は格別。

世界でひとりの「エミスタ川柳家」を目指します。それによってグリーン・イノベーションに貢献します。(<-なぜかグラント公募申請書風)


(8/10)帰ってきた今日のエミスタ川柳。夏の暑い日にエミスタに入ってミストを浴びている時に、ふとここで歌ったらよく響いていいんじゃね?とか思って歌っている最中に、面識はあるが話したことのない微妙な距離の研究者と鉢合わせた時の気まずさはプライスレス。


(8/12)帰ってきた本日のエミスタ川柳:夏の暑い日の日曜日に誰もいない動物施設で処置をしていたらビクタス持ってくるのを忘れたことに気づいて、それだけのためにもう一度エミスタ往復しなければならないはめになったときのやるせなさは無限大。

帰ってきた本日のエミスタ川柳:夏の暑い日の日曜日に誰もいない動物施設で処置をしたら忘れ物に気づいて、エミスタ通って出てから忘れ物取ってきて戻ってみたら、まだエミスタが人が出た後の洗浄作業をしていたのを発見したときの達成感はプライスレス。

ちなみにエミスタとビクタスで韻を踏んでいる。(<-踏んでない)


(8/19)帰ってきた今日のエミスタ川柳:と言いたいところだが、とくになにもない。夏休みの宿題の絵日記で「今日は何もなかった」と書きたくなるようなそんなかんじ。白紙のページ、先の丸まった鉛筆。


(8/24)帰ってきた今日のエミスタ川柳:夏の暑い日に今日も今日とてエミスタ通過とか考えながらファルセットで歌ってみたら、それがザッパの「セクシュアリティ・ガスマスク序曲」であることに気付いて、まさにこの消毒用エアミストを浴びながら歌うにはこれしかないであろうことに気付いて我ながら感激した。


飽きたので終了。


2012年11月07日

2012年のカブトくん脱出の観察日記

今年の夏のツイッターからカブトくんについて書いたものを集めてみた。


(7/24)今日は蒸し暑い夜なので、カブトムシが虫かご(フタ無し)から脱出して、ごそごそとやっているのが聞こえる。どうか俺に踏まれないようにしてほしい。

カブトくんは端的に道に迷っていたようだ。虫かごから脱出して、買い物袋を登ろうと難儀してごそごそしていたのだった。虫かごに返してあったら。なんだか静かにしている。とりあえず私が寝るまではしばらく静かにしていてほしい。


(7/30)カブトムシが脱出して、寝室を縦横無尽に飛び回っております……(<-三点リーダは偶数個で使わないといけないんだって)


(7/31)カブトくん今日も元気に脱走中。まだ21時前なのに。でもしょうがない。フタが新聞紙なのだからw 奴が羽ばたくと、部屋にカブト臭(樹液っぽい)が立ちこめる。

カブトくん、絶好調。うるさくてかなわないのでとっつかまえてお家に返した。

カブトくんたちが元気すぎて、ケンカしている。マジでツノで突き合いしてらっしゃる。


(8/3)カブトくんが脱走する気満々では音をばたばた言わせているのだが、今日はフタの新聞紙が二枚重ねで、しかもそれがずれていたのを直してあるのだ。(<-ドヤ顔)


(8/11)近いうちに(<-今年の流行語大賞)、カブトくんを知らずに踏んづけてしまう事故が起こってしまうのではないかと危惧している。そっと歩くしか対策はない。


(8/29)なんとか23時前にやるべきこと終了した(自慢げ) -> 駐車場に戻ってくると昨日とは打って変わって蒸し暑い夜 -> カブトくん活発化 -> 布団で寝モバ -> 耳元で羽音 ->超びびる -> 家族は全員爆睡 -> ふんづかまえて巣に戻す -> 手を洗って横になる -> イマココ


(9/6)9月になったというのに我が家のカブトくんはまだ羽音を鳴らして元気だ。さいきんはコクワガタがどんどん脱走するのだけれども、羽音をさせないのでみんな気付かない。いつの間にか脱走して、寝る前になって誰かに見つけられてお家へ強制送還させられる。

いやいや、脳天気すぎたか。羽音も元気がない。もう秋なのだから、カブトくんとはお別れの時期なのだ。


(9/7)今日は暑い夜なので、カブトくんの元気が回復してまた荒々しい羽音を立てている。「キミは、明日まで飛びたいのか?」と問いかけた。(<-「紙飛行機」と「ゼンマイじかけのカブト虫」が混ざったようす)


(9/12)カブトくんが脱出するたびについったに記録しているので、あとでみるといつ脱出したのが分かるというナイスな記録。


(9/18)「伝道者ILL!」とか「フリー・サトパル・ラム!」とか叫んでみたいが、横では次男が爆睡しているし、カブトくんはまだまだ元気でフタをかぶしてやんないといけない。「そして天まで飛ばそう」


ここまででツイッタへの言及はなくなっている。しばらくして今年はカブトくん全員亡くなっていることを奥さんから聞いた。

それでもコクワはもうしばらく元気でいた。ある日のこと、私が前日脱いだ靴下を再利用(<-ヤメれ)しようと履いたら、中に異物があってびっくりして確認してみたら、それは靴下に紛れ込んだコクワだった。びっくりしたなあモウ。


2012年09月22日

エズミに捧ぐ-愛と汚辱のうちに

サリンジャーのナイン・ストーリーズに入っている「エズミに捧ぐ -愛と汚辱のうちに」("For Esmé - with Love and Squalor")の原文を読んでた。

このSqualor(汚辱)をどう訳すか、なんだけど、英語のニュアンスなんてわかりゃしないんだけど、試しにsqualorで画像検索(セーフサーチオフで)してみたらゴミ屋敷系の画像がたくさん出てきたので、なんか分かった気がしてきた。

それにしても、まだ分からないのだけど、Esmeはなんで"I prefer stories about squalor"と言ったのだろうか?

"I'd be extremely flattered if you'd write a story exclusively for me sometime. I'm an avid reader."

I told her I certainly would, if I could. I said that I wasn't terribly prolific.

"It doesn't have to be terribly prolific! Just so that it isn't childish and silly." She reflected. "I prefer stories about squalor."

"About what?" I said, leaning forward. "Squalor. I'm extremely interested in squalor."

I was about to press her for more details, but I felt Charles pinching me, hard, on my arm.

私はずっと、Esmeは背伸びをして間違った言葉を使ったのではないかと思っていた。"Make it extremely squalid and moving”とあるように、movingに近い、なんかの言葉と取り違えているのではないかということだ。

でも、解説とか探したんだけど、そういうことではないようだ。 ネット上で一つ見つけたのがこれ:

どうやら、Esmeはsqualor / squalidという言葉の意味を知ってはいるけれど、実のところ世の中のsqualorとはどんなものなのかを知らずにそう言ったという理解のようだ。その直前では、”childish and silly”ではないものを書いてほしい、と言ってるし。(とはいえ、彼女は以前戦争で父親を失っているのだが。)

"About what?" I said, leaning forward. ここを見ると、やっぱそうとうあり得ない単語が出てきたと考えるべきだ。英語のニュアンスはわからないが、主人公はギョッとしてように見える。

英会話すらおぼつかないくせに英語文学読もうなんてのがそもそも的外れなのである。でもやる。

"I told her I certainly would, if I could" ここの"if I could"は泣ける。なぜなら主人公はこのときノルマンディー上陸作戦へ出発する前日で、死を覚悟しているわけなのだから。


いちばんはじめのこの部分も味わい深い。

I thought it might just be possible for me to make the trip abroad, by plane, expenses be hanged. However, I've since discussed the matter rather extensively with my wife, a breathtakingly levelheaded girl, and we've decided against it--for one thing, I'd completely forgotten that my mother-in-law is looking forward to spending the last two weeks in April with us. I really don't get to see Mother Grencher terribly often ...

この文章の”rather extensively”という表現で、奥さんに「ちょっとぉ、うちのお母さんが来るの忘れたの? お母さんもう歳なんだからそうそう一緒にすごす機会無いんだからね?」とかこんこんと説教されて、泣く泣くEsmeの結婚式へ出席するのを断念したところまで想像できた。

それは、"breathtakingly levelheaded girl"のbreathtakinglyという大げさな表現で書くことでもそういう皮肉のニュアンスが出ているはず。少なくとも私はそういう毒電波を受信wできた。

All the same, though, wherever I happen to be I don't think I'm the type that doesn't even lift a finger to prevent a wedding from flatting.

持って回った表現すぎてどっちなんだか混乱する。よくなくなくなくなくなくない、みたいな。

そのまま読めば「俺盛り上げられずにはいられないよん?」みたいなかんじだけど、キャラ的にあり得ないからこれも皮肉的表現としかいいようがない。

つか著者病んでるから、書いてあることの意味は全部いつでも、いくらでも反転するよな。主人公がEsmeに好感を持ったかどうかすら確定してない。

というか著者は確定させないようにバランス考えて書いているんだと思うので(つか自分が著者だったらそうする<-投影しすぎ)、「Esmeはsqualorでcharleyはlove」みたいな図式的な説を見ると、ホントどうかしてると思う。

国語の問題とかで、「主人公がEsmeに好意を抱いていることを示唆している部分を書き出しなさい」なんてのが出題されるんだろうか? そんなのわたしが許さない。


次男が「おばあさんのシワは何本あるでしょう?」という昨日と同じ謎々を出すので、4*8=32で32本!と答えたら、そういえば昨日出したか、と笑っている。Charleyのように拗ねたりはしない。いいやつだ。


知らず知らずのうちに、サリンジャーとかヴォネガットとか自分の観測範囲内での「戦争」文学に目が向くところに、時代とのcoincidenceを感じる。(<-非科学的な物言い) 今夜はEve of Destructionなんだろうか?


2012年07月24日

「野暮」でない方法なんてあんのかな?

フェンスを外す人 これ、いろんな広がりがあって面白い文章だ。「なんにでも理由があると思うと動けなくなる」という文句も付けられる。でもそれよりは「どうやってその理由を伝えつづけてゆくか」ということを考えるために使う方がよいと思う。

この話で出てくるチェスタトンのフェンスの話のソースを探してみた。"Don't ever take a fence down until you know the reason it was put up" というのが流通しているフレーズだ。

これはHeretics (1905)というのににあるらしい。 ということでグーテンベルグで原本見てみるとこのフレーズはない。

さらに探してやると、The Thing (1929)というのにもっと小話ふうに書かれていることがわかる。「フェンスを壊すな」はパラフレーズされて一人歩きしたフレーズであるらしい。リンクしたところではJFKだと書いてる。

内容を読むと、"In the matter of reforming things ..."というかんじで、 明確にreformersとtraditionalistとの間の話だってことが分かる。グーテンベルグだとThe Thingsの4章"THE DRIFT FROM DOMESTICITY"でアクセスできる。


JFKによるパラフレーズだということについてはWikiquoteにもあった。というかここを最初に見つけるべきだった。回り道をした。ソースははてブ

もひとつこの文のポイントは「粋」ってところで、つまり無粋な奴には分からないって言ってる。マニュアルでがちがちに固める「野暮」な方法はだれででもできると言う。

心情的には前者を応援するけど、実務的には後者じゃないと回らないってのも分かってる。でも、前者が成り立つ楽園を作りたいんだ。これが心の奥底に隠した、コミューンの夢、革命の夢。気の合うものと夜を徹して語ったりしながら思いついた、名前の付いていないことを、ガレージから始めるんだ。

いっぽうで、教育とは「誰にでも出来るようにする」ことを前提とした、本質的に野暮なものだ。 (教育は無粋なもの参照。)

じゃあ、逆に言えばさ、「誰にでも出来るようにする」ことを考えなければ、それは可能だろうか? 研究は「粋」であり続けられるだろうか? それとも科学そのものが本質的に野暮なものなのだろうか?


2012年07月11日

人生の伏線を回収しに行こうぜ

家に帰るなり次男に向かって「ごんぶと!」とCMっぽくダミ声で呼びかけてみたが、完全にスルーされた。そんな春の夕暮れ。

ポジティブフィードバックが効き過ぎて、焼き切れてしまったり、すり切れてしまったりしないようにするための、自然が僕の心と体に埋め込んだ安全装置としての物理的界面。

「健康な成年男子ならだれしも口まねでシンセサイザーの音作ったりするよね、ビニョーーーン、みたいなかんじで」ってツイートしようとして見返したら、「健康な」も「成年」も「男子」も迂闊な名詞だと思ったので消そうと思ったが、どっちにしろすべてどうでもよいことなのだ。(<-語尾が気になる)

機嫌がよいときは、夜中に県道を車で運転しながら、舞の海がアパマンショップCMで歌うときを真似て、低く太い声で「ぼんっちあっらっれ」って歌ったりする。

「断捨離」ってどういう意味だかまったく知らないのだが、なぜだか、団塊の世代が作務衣とか着て蕎麦打ってドヤ顔みたいなイメージが湧いてくる。これは共感覚だな。

次男が、中古車屋でもらったお菓子セットの中で、クッピーラムネはいらないのでくれるという。俺もいらねえ。


amPlug Cabinetが1900円で売ってたので買ってきた。amPlug専用かと思っていたら、マルチエフェクターとかでも使えるという情報があったので、pocket PODとつなげてみたら、ちゃんと動くことを確認した。これで花見にエレキを持って行けるぞ! ってかさばるので、エレクトリックウクレレ用に使う。(<-これ貼り付けただけ)

これで格段に自由度が上がったので、家にあるセミアコに繋いでやって、長男のアコギと一緒にスピッツを弾き語りして楽しむ。とりあえず長男が今ギター教室で教わっているチェリーと空も飛べるはずあたりから。


サリンジャーの"For Esmé – with Love and Squalor"のSqualor(汚辱)をどう訳すかという問題で、英語のニュアンスなんてわかりゃしないんだけど、試しにsqualorで画像検索してみたらゴミ屋敷系の画像がたくさん出てきたので、なんか分かった気がしてきた。

小説内でEsméは13歳、弟は5歳、ちょうど我が家の長男と次男の年齢に相当することに気づく。


長女がポテトスナックがあまりおいしくないのでくれるという。俺もいらねえと思ったが、ラボに持って行ったらけっきょく一日で食いきってしまった。

The Ballad of peter Pumpkinheadを聴いていたら、サビのところでColin Mouldingが優しいかんじで下にコーラス重ねているのに気づいて、なんだか泣きたくなった。

次男の耳元で「ごんぶと!」とか「カール・フランゾーニ!」とかダミ声で囁いてやったが、完全にスルーされた。しかたないので「だめよ!デイビッド!」と裏声で女装したオッサンっぽく唱えたら、その本あるよ、と教えてくれた。知ってる。なぜなら目の前の本棚にあったのを読んだだけだから。


人生の伏線を回収しに行こうぜ(<-なんかかっこいいこと言ったつもり)


2012年06月27日

「科学手品セット」などもうないし、なくてよかったんだ。

流水の中に白熱電球をそっと沈めて、ただ祈る。亀裂が入ったところで、時が止まり、空気が留まり、心臓が停まる。

水浸しのコンクリートの床にピアノが置いてあって、長靴とツナギで入り込んで、デッキブラシで床を掃除しなければならない。最悪なことに、床は傾いていて、ピアノのストッパーが壊れていて、ピアノがぐらぐら動くのを止めることが出来ない。塩素の臭い、水の臭い。ホワイトノイズが流されている。なんのために?

無謬性の誤謬が云々かんぬん。

押し寄せるのは、竜巻? 嵐? 雪崩? それともXXX? 言葉は失われたが、またあらためて分節し直されて別なところに生まれ落ちるだけなんだ。


思い立って、レイモンド・カーヴァーの「大聖堂」を借りてきた。表題作だけ読んだ。なんてことはない話だけど、そして主人公はまったく普通に、嫌なところもある人だけど、それゆえになんかいいかんじで終わるのが気に入った。原文でまた読んでみることにしよう。

ついでにカポーティの「クリスマスの思い出」も読む。これはなんども読んだが、今回は村上春樹訳のやつだ。「そして僕らは思い出すのだ、すべての鳥たちが南に渡ってしまったわけではないのだということを」 キタワー

原文では、"Here, there, a flash, a flutter, an ecstasy of shrillings remind us that not all the birds have flown south."というくだり。

Here, there, a flash, a flutter, an ecstasy of shrillings" ここの圧縮の具合ったらないわな。感涙する。「そこかしこで、何かがさっと前をよぎり、ぱたぱたっという音が聞こえ、感極まったような鋭い啼き声が響く。」

"As for me, I could leave the world with today in my eyes."


そういえばこのあいだの出張のとき、かわいそ犬3号と名付けたくなるようにのを見つけた。年老いて毛並みがぼさぼさになってしまうだけではない何かがあるんだろうと思うのだけど、何かは分からない。とにかくそれは私の自己憐憫回路を揺さぶるんだ。

そのような「何か」の正体など私の中にしかないのだろう。「世界を再魔術化する」ってのが俺の中での「脳内革命」でしかないのなら、そんなものは要らない、いや要るか。要ります、要ります。「科学手品セット」などもうないし、なくてよかったんだ。


ここまでエントリ書いてしばらく放置していた。そしたらあとで気付いたのだけど、まだ我が家には「科学手品セット」は捨てられずにとってあった。なんだろう? 砂浜から潮が引いてゆく感じだ。自分が9年前の自分と繋がっているのを感じる。こんど次男に「科学手品セット」を使って見せてやることにしよう。


2012年06月14日

Why Am I So Short?

「行列の出来ない大学生」か。でも自分のこと考えてみると、固有値とか未だに意味が分かってないな。Cはポインタから先はわからない。Rはいつまでたってもワナビ。変分法を学んでいないから、変分ベイズも分からない。Marrの本読んでない。プリゴジンの本読んでない。ハーケンの本読んでない。医学教育受けてないから解剖実習も出来ない。でもそんなことぜんぶ吹き飛ばすくらいだめなんだ。

逆上がりができたことがいちどもない。木登りできたことがいちどもない。徒競走はいつもビリ。英語聞き取れない。英語で世間話できない。論文は未だに印刷して書き込まないと読むことが出来ない。経済のこと分からない。株のこと分からない。土地のこと、相続のこと、法律のこと、税金のこと、なにも分からない。でもそんなことぜんぶ吹き飛ばすくらいだめなんだ。

世の中のことを世間話するほどには何も知らない。震災のこと、原発のこと、捕鯨のこと、基地のこと、領土問題のこと、欧州経済のこと、北アフリカのこと、ハイチのこと、なにも語れない。ブログではそういうことは語るまいと誓ったことが徒になって、そもそもなにも語れない。でもそんなことぜんぶ吹き飛ばすくらいだめなんだ。

下級生をうまい店に連れて行っておごってやったこととかない。親身になって相談に乗って感謝された記憶がない。そういえば俺告白されたことがないな。(今書き出して愕然とした。) 恫喝が怖くて仕方がない。暴力が怖くて仕方がない。自分で吐いた暴言を夜な夜な思い出しては苦しむ。でもそんなことぜんぶ吹き飛ばすくらいだめなんだ。

本当に重要なことは全部迂回して、なんだか深刻そうに、あれもない、これもないとあげつらってみる。でも本当に重要なことを全部迂回しているかぎり、こんなことぜんぶ吹き飛ばすくらいだめなんだ。


“You may laugh at me / say I don’t deserve all the things I’ve had”

"Whenever you feel like criticizing any one," he told me, "just remember that all the people in this world haven't had the advantages that you've had."


こういう書き方でしか伝わらないことをただしく伝えたいのだけれども、伏線とかコンテキストとかそういうものが足りない。だから今は、見つけるべき公式を求めて、なんどでも書き直しを自分に命じる。


2012年06月07日

タフグリップ

「タフグリップ」ってフレーズなかなかいいな。チャールズブロンソン的かつがっちりグリップ。タフでマッチョ。わずかにに開いたドアから入ってくるドブネズミなど気にもしないんだ。空は快晴、壁掛け式の黒電話。ヘリコプターの着陸する音。なにかの始まる兆し。タフグリップ。


「疾走感と喪失感。」大事なのは、音だけ聞いてもその意味が取れるかどうかなんだけど、そういう意味では悪くないか。でも手垢にまみれたフレーズか。ロキオン的な。やーめた。

「焦燥」も好きな言葉だがロキノンすぎて使えねえ。


もっと突拍子ないかんじで、ちょっとプレコックス感出てるかんじで、話聞いてる方が焦燥感煽られちゃうようなかんじで、「そこに置いてあるのは塩ですか?」「本末転倒ですね」「なんでこんなところにエスカレータがあるのですか?」「ハトに糞をかけられました」「奥歯がずきずきと痛みます」「白魚の踊り食いははじめてです」「布団が足りないんでこたつで寝てもらえる?」「急転直下の展開だったね」「鉛筆削るの上手ですね」「これから私がやることをよーく見ておいてください」「よく聴かないと倍音が聞き取れないな」「お湯が沸かしっぱなしだ、火をとめないと」「辞書に載ってないよ」

ターヘルアナトミアの翻訳の挿話で出てくる「フルヘッヘンド」とはオランダ語のverheffenだそうだが、「なんであそこに鉄球がぶら下がってるの?」「掃除が全部終わるまで帰れないよ」「オブラートって口の中で残るよねえ」「雨乞いについて世界大百科事典で調べてみよう」「急ブレーキかけると危ないよ、鼻が前のシートにぶつかる」「フルヘッヘンド」


「オッティ」が南風に乗って、川をさかのぼってやってくる。浅瀬なのに大挙してやってきて、乙川は大変なことになる。

「オッティ」はたいへん貪欲で、川底の石を全部ひっくり返して、それでも足ることを知らない。雨が降り続けていて、このままだと水かさが増して、また予想できないことが起こる。


オグデン、オグデン。”Ogdens' Nut Gone Flake”のオグデンって地名だったのだな。

Bの音をVに置き換えてしゃべってみる。イヴォイノシシ、とか。


以前、「プライベート・ジェット」って言葉がすごくいけてると書いたことがある。なんツーか、ゴージャスかつ70年代っぽいっていうか。

それで、今日思ったけど、「トップ・ブリーダー」ってのもかなりいいんではないかと思っている。犬がたくさんいるデカい家に住んでて、トロフィーに囲まれてて、しかもすっげー金歯たくさん入ってんの。


終電で寝過ごしたら高尾駅で駅員に「お客さん、耳からハミルトンシリンジが出てますよ」と言われて、はっと目覚めた。


2012年05月11日

寂しい場所を通り抜けて

立食パーティーでそれぞれの皿から順番に料理を取るために長蛇の列を作るってのが納得できないっていうか、端的に嫌なんだ。しかもこれ世界共通だ。それぞれの皿に並べばいいんじゃんか。ぜんぶ盛る必要なんか無いから、なんか一品食わせてくれ。

でもそういうことが気にならないときがあって、それは誰かと一緒におしゃべりしながら並んでいるときだということに気づいた。つまり、そういうことが気になるというのは、立食パーティーでボッチになってとりあえず食うだけ食ったらさっさと辞去したいという気持ちになっているからなんだな。


「よける」と「さける」が同じ漢字なのってどうやって処理したらいいんだ? これは困った。日本語バグってるぞ。

「ゆがむ」と「ひずむ」ってどっちも「歪む」って同じ漢字使うのか。「とめる」と「やめる」と同じ現象だな。日本語バグってんじゃん。


ASSC17のほうの議論は収拾つかないし、査読した論文の著者はrevisionで俺を目の敵にしてるし、次男は味噌汁をこぼすし、ダイエットする気は起きないし、前髪が伸びてきて気になるし、雨は降り止まない。俺の世界は混迷を極めている。(<-ってほどのことか?)


248号線を走りながら、「風の辿り着く場所」とかひさびさに聴いてたら、なんだか岡崎に来たばっかりのころのことを思い出した。夕食後にまたラボに行くのがなんだか億劫で、地図も見ずに248号線を北上したら、寂しい場所を通り抜けて豊田市街に入って、本屋で立ち読みをして帰った。


新幹線で東京に向かうと神奈川県あたりのどっか左側の車窓から、坂というか小山の切り立ったところに家がびっしり立ち並んでいるところがあって、なんだか記憶に残っているのだけれども、いざあそこがどこかと言われると答えられない。もう数え切れないほど通ったのに。


私のために飲みニュケーションしてくれた先輩方には感謝している。説教食らうのに反発したこともあったけど、それでも時間とお金と労力をかけてくれたことに感謝している。その恩を何らかの形で返したいとは思いつづけてきたけれど、それを果たせずにいることにずっと焦っている。

わたしのなかには体育会系マッチョ思考の私と、貧弱モヤシメガネ君の私とがあって、政治的正しさを守るためにマッチョ君の方を隠蔽するのでかえっていろいろこじれたりする。


2012年05月02日

ボン・ボリーニ!

昨日の長女との会話:父「(iPhoneに)アングリー・バード入れておいたから」娘「あれおもしろいよねー」父「面白すぎないところがいいよね」娘「あー、わかるー」そうかわかるのか。


昨日豆まきできなかったから今日豆まき。次男が鬼になりたいって言うからみんなで次男に豆を投げる。なんだかいたたまれなかったので鬼を守った。我が家から鬼は出て行かなかった。


夜9時過ぎだというのに次男が寝もせずに「ひな祭り」の歌(灯りをつけましょぼんぼりに)を歌っているので、横からイタリア人っぽく「ボン・ボリーニ!」と合いの手を入れて邪魔をしてやった。

車の中でフランス映画のナレーションみたいに、むちゃくちゃセクシーに「イヴォーンヌ」とか囁いてみたりする。(<-けっこうある)

「うどん」をフランス人っぽく「ウドォーンヌ」と発音できるように練習を繰り返す。(<-ネタの使い回し)


そこには「つるにはまるまるむし」が集まってくるので夜は離れた方がいいよ。(<-無駄な忠告)

窓の外ではキュウリ売り、窓の外ではキュウリ売り、きっと誰かがふざけて、語感だけでキュウリ売りに歌詞変えてご満悦しているだけなんだろ?(<-字余り)

幸せはスペードの43。200枚トランプで、各スートは50枚。Jack-Queen-Kingのあとには見たことのないキャラが並び、43は読むことの出来ないカタカナ四文字で呼ばれる。

暖かいところに集まる習性を持っている「つるにはまるまるむし」をゴザごと全部焼き払いました。これでやっと新年を迎えることが出来そうです。


神田明神から秋葉原へと下る坂で、車にはねられたとおぼしき猫の死体が置きっぱなしになっていた。私がついったに書いていることのほとんどはシュールレアリスティックかつマジックリアリズム的な嘘ばかりだが、これだけは本当のことなんだ。


2012年04月16日

あの、なんだか宙に放り出された感じ。

高校3年になっていきなり受験モードになった教室になじめなかった野郎ども(運動部引退直後)はすることがなくて、でも意地でもその空気になじみたくなくて、毎日夕方ギリギリまで中庭でサッカーというか今でいうフットサルみたいなのやってた。

けっきょくわたしは眼底出血で入院とかもあって、高3の共通一次は補欠試験を受けて、千葉大の足切りで落ちて、2月頭には受験は終了してしまった。そんな顛末からほぼ自動的に卒業旅行の幹事に。あれはひどい仕切りだった。春の軽井沢とか行っても何もねえ。スケートできてやっと何とかなったかんじ。

急にそんなことを思い出した。あの、なんだか宙に放り出された感じ。自分が原点に戻るというなら、どこまでさかのぼるかというと、あの場所かなとか思う。あそこからもう一度やり直すとしたら、自分はいったい何をやっただろう。というか、そこからもがき続け、なんにも変わってないなとも思う。

けっきょく功利的に合理的にやってくことなんてぜんぜんできなかった。想像力に欠けたロマンティシズム(<-最悪の組み合わせ)で重要な選択をなんども無駄にした。あのとき寝飛ばさずに電話を取れたらなんか変わったんだろうか? いや、なにも変わらないだろう。

あのときあの失言をしなかったらなんか変わったんだろうか? いや、なにも変わらなかったろう。なんども吐き、なんども倒れ、救急車を呼ばれたり、なんかぶっ壊したり、いろいろと自滅しながら、なんであんなにも自分が許せなかったのだろうか。なんであんなにしぶとかったんだろうか。

自分では屈託があり、含羞もある小物だと思っていたけど、自分から見たものなんて当てにはならない。あとから答え合わせで、じつはこんな風に考えていたんだと明かされて、世界が崩壊するような恐怖を覚えて、そして自分の脳天気さに呆れて、でもピンピンしている。

あのときあの失言をしなかったらなんか変わったんだろうか? よかれと思っていったことが全部お節介で、何もしなかったことがぜんぶ事なかれ主義で、俺はもう何をしたらいいかも分からなくなっていた。だからそんなところからさっさとおさらばできるということにちょっとほっとしていた。

罪は消えない。恥も消えない。苦しみの記憶とともに、心の底の方になんだかいやあなかんじで沈殿してきて、見て見ぬふりをしないと日常生活さえこなせない。それでもたまにはそれに復讐されたりする。

「だがこれは過ぎたことだ、いまではわたしは美に敬礼するすべを知っている」とか言って終わったことにするのってかっこつけすぎだよなあ。だが人生は続く。


2012年03月03日

そういうみっともなさを愛する。

空を飛びたいなんて思ったことないな。海水浴をしていて、ずいぶん離れたところまできて、深いところの冷たい水を感じたりすると、ぞっとする。深夜に丸の内のオフィス街あたり自転車で通って、誰もいないってことに気が付いてぞっとしたり、深夜のLAの街を自転車で徘徊しながら、自分を知っている人間はどこにもいないんだということに気づいてぞっとしたり。


いやいや、それはある、ふつうにある。大雨が降って、買った水が全部無駄になって、花火工場が爆発して、いつまでもあれが消えないままに、いやそれはどうでもよい、頭がはっきりしているあいだにたいせつなことに取りかかることにしよう。バカバカしいくらいに積み上げられた蛍光灯の束。

農道を走る自転車と遠くのたき火の臭い。顕微鏡の下でそっとネジを回しながら、船底で海水が流入してくるのをそっと待つ。腕がしびれて、前を向いた瞬間に、どっちが上だかわからなくなった。外巻きの渦と内巻きの渦がぶつかり合い、無限大を表象する。

いやいや、それはそうではない、と持ち替えた手がそもそも左右が間違っている。牛乳パックが日本刀で手品のように切られ、中の液体がスローモーションで落ちてゆく。眼球の毛細血管がゆっくりと膨張してゆく。バスケットボールが後ろ回転をしながら放物線を描いて、ガラス窓を直撃する。

蜘蛛の巣には誰もいなくて、近くで落ちた実がひからびている。その周りは住宅街で、蛇やら狸やらが追い出されては車に轢かれる。手のひらの皺から三十通りの単語を拾い出す。緊急用の赤いランプが点灯しっぱなしで、もはや意味を失っている。


オーバーロード、オーバードーズ、ウーバーメンシュ。鉄球と魂とペンドラムの歌。練乳をかけた植木鉢に集められた30個の錆びた缶バッチ。独学で至った境地。血に染まった川。顔に修正の加えられた白黒写真とステッキと山高帽。皮ははち切れそうになっているし、枝からは千切れそうになっている。

一斉に押されるスイッチ達。夕日の中を飛ぶ航空機。道ばたに置かれたままになっている白いペンキ。すべては止まっていて、ここから遠く離れていて、私が別れを告げるためだけに存在している。

「黒の二枚刃」「すぐのお出かけ」「ハッシュタグ、ハッシュタグ」


寒い道を康生町から東岡崎の駅まで歩いて行った。東岡崎の駅前は忘年会終了後の客でごった返していて、岡崎の夜とは思えないくらいの様子だった。ちょっと離れると静かさが際だって、なんだかスキー合宿で雪道を買い出しに出かけたような気分がしてきた。

iPhoneの光を頼りにして、足下のあやしい暗い道をたどって向かう。街を縦横に駆け巡るコミュニケーションの束。落ち葉とともに掃き集められた昆虫の死骸。鋭角に割れた窓ガラスが下腹部に突き刺さっているイメージ。路上に敷かれた鉄板から立ち上る冷気。


プルーフロックの"I do not think that they will sing to me" …なんて、なんという自己憐憫の固まりだろうか。ぜんぜんかっこよくないぞ。ダサダサだ。「キリッ」とか付けちゃうぞ。「私のために歌ってくれるとは思わないけど(キリッ)」そういうみっともなさを愛する。


2012年02月14日

人生の簡素性(simplicity)と単純化(simplification)

俺の泣きの琴線的には、ベム達は人間を助けようという崇高な目標を持ち続けていることで既に人間であるってことがわかるって展開。人間であるということは汚い心を持つということであり、それゆえに彼らは裏切られつづける、とかなんとか。

あとあれ、なにかを得るためにはなにかを捨てないといけないというジレンマにおける「捨てる喜び」。ベタなのでいけば、子どもの命を救うためには自分の命を投げ出さなくてはいけない、みたいな。そういうのに心を振るわされる。

そういう意味では、人生とはシンプルであって、俺の心を振るわせることはほんの一握りしかないのだろう。これが人生の簡素性(シンプリシティ)。

行動をシンプリファイしようとするタイプのライフハックは俺の敵だと思うけど、欲望と動機のシンプリシティについては深く確信している。

ちょっと分かった気がする。このふたつを混同していたような気がするんだ。複雑なものを簡単なものと見なすsimplifyではなくて、複雑なものの中にある簡素なものを見つけるsimplicity。この二つを混同せずにありつづける知恵をどうかお恵みください。

なにかうまいこと本質を抽出したときはsimplicityであっても、それがレッテル付けとして一人歩きしたときはsimplificationとなりうる。そんなふうに両者は繋がりあっている。


2012年02月02日

"Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity"

それでも、ザッカーバーグの"Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity"ってのはなんか違うと思う。でも頭に来るくらいには切れ味のあるフレーズだ。

自分は"facebook/mixi"と"blog/twitter"の二分法だったら後者の人間なのだということは身に沁みてよく分かった。

いじめを受けていてマリリン・マンソンとか聴きながら世界への呪詛を書き連ねるようなやつがわざわざ身元を明かしてfacebookに名前を載せて、web上ですらジョックスどもの笑いものになったりするなんてあり得ないだろ?

だから俺には、前述のザッカーバーグの発言が、リア充がリア充の価値観で世界を塗り込めてしまおうとするものにしか思えないんだ。ザッカーバーグってIT業界の人間だけどナードじゃない。

Facebook上の俺は社会性を意識した外ヅラ用の俺。Twitter上の俺はもうちょっと内面に近いけど、それでもいろんな検閲を通して作ったある種の芸風の俺。もし本当の俺ってのがあるとしたら、飲み会が三次会ぐらいまでいって人も減って夜中にしんみりと語っているときぐらいだ。

でもだれだってそんなの同じだろう?

いや、その書き方は言いたいことを正しく言い当ててない。同意を求めているのではなくて、「これが自分だけのことである」なんて勘違いしているわけではないよ、って言いたかっただけ。

"All the jocks stand up!" "Anybody with a white hat or a shirt with a sports emblem on it is dead."

Wikipediaより: "teachers commonly looked the other way when confronted with bullying" 「見て見ぬふり」って英語だとこう言うのか。

Marilyn Manson is asked ... what he would say if he could talk to the shooters of Columbine. He responded, "I wouldn't say a single word to them. I would listen to what they had to say, and that's what nobody did."

…ちとDVD借りてくるわ。(F-15のAA略)


2012年01月13日

そうして、このごろ1209

人生へのアティテュードというかなんというか、屈託がない方がよいとは思う。でも含羞はあった方がよいと思うんだ。マトリックス作ってみた:屈託-/含羞+=>サイコー、屈託-/含羞-=>恥知らず、屈託+/含羞+=>小物、屈託+/含羞-=>ダメ人間

夕食のときに国体のハンマー投げの部を見ていたら、次男が「いもむしとはちがうね」と言うのでワケわからなかったが、長男がすぐに「室伏のことね」と即理解したので、笑うとともに感心した。

長女といちばん好きな季節は秋、ということで意気投合した。ワビサビがわかっとる。(<-ドヤ顔)

「俺には俺の唄がある」には野島という謎の男が出てきて、質素な暮らしをしながら、高等遊民をやっている。高等遊民いいな! 俺も「先生」のように、野島のように、高等遊民をやりながら(ry ... ry)したい

ものすごく近くで秋の虫が鳴いている音がする。まるで部屋の中にいるかのようだ。しかも音源の位置が複数あることまでわかる。子どもたちはよく寝ている。寝息が聞こえる。歯ぎしりが聞こえる。よく耳を澄ませると、金魚のためにバブリングをしている音が聞こえる。

ほのめかしメソッドをやると、違う人が釣られちゃうので絶対やってはダメ。これ先生との約束な。

いちばん好きなギターコードはFmaj7 add9thだろうか。でもただひたすらにEmだけを弾きつづけたいときもあるものだ。EよりはEm、これだけはまちがいない。

なるたけ実生活で感情の上げ下げをしないようにしておいて、そのぶん小説とか読む。ふだん運動しないでおいてそのぶんジムで運動するのと似ているような似ていないような。

「みどりのそうげん はだしになろう」ここ泣くポイント。

「あー僕らの人生って、せんみつのセイ!ヤングみたいだね(みたいだね)」ってフレーズを考えたが、あんまり泣けない。オールナイトニッポンの方がよかったか。

夜に自転車で走っていると、道路工事用の移動型光源(あのなんか丸いやつ)が煌々と光っているのを見つけて、まるでビルの谷間に半月を見つけたときのようにギョッとする。やっぱり夜はいろんなものを空目するのでギョッとする機会が多い。

長女の新体操のお迎えに、車に乗ってセバドー聴きながら到着したら、音が漏れて恥ずかしいからやめて、と怒られた。長女にとって私はDQNなおっさんなのであった。がーん。

長男から「ピロカルピン」とか「andymori」とかを教わる。そんな俺の存在証明。


2011年12月31日

トラルファマドール星人と永劫回帰

「スローターハウス5」は2/3くらいまで来たが、意図せずカラマーゾフの兄弟と繋がってきたので、この偶然の一致に感激したが必然だとは思わない。(スローターハウス5のテーマとからむネタ。) トラルファマドール星人が「あなたの人生の物語」と繋がるのはあらかじめ知ってた。

"He said that everything there was to know about life was in the Brother Karamazov ... "But that isn't ENOUGH any more", said Rosewater."

さらにまどマギやエンドレスエイトと絡めているのを見つけた。なるほど、ループものと自由意志とトラルファマドール星人的視点(すべてを永遠の相の元に眺める)で三題噺ぐらい作れそうだ。

わかったような顔をして「永遠の相の元」とか書いたがスピノザとか読んでいるわけがない。


「来世に託す」という考え方を完璧に打ち砕くために、「来世はあるけれども、今生とまったく同じものが繰り返されるだけである」というふうに認識したらどうだろう? この人生を生きるしかないなって気がしてこないだろうか? ていうかそれ永井均経由で俺が受容した永劫回帰をさらに転倒させたものか。

もしくは、記憶の持続とかそういうメカニズムがまったくないループもの。ゆえに、やり直ししてもうまくはならない。カタルシス無し、神の視点無し。

たとえ輪廻転生があったとしても、ふたたび1968年の公害と騒音と地盤沈下の町まで引き戻されるのだ。校内暴力とツッパリハイスクールロックンロールの時代を生き延びて、バブルを横目で見て、ふたたび入院したり、交通事故にあったり、耳を七針縫ったりするのだ。


トラルファマドール星人にはすべての時間の事象が一挙に見渡せるので、つらい事象に対してはただ無視するだけだ。つまり、空間的注意と同じような意味で「時間的注意」とでも言ったものを備えているということになる。

こういう眼で見直すと、arousalレベルの上げ下げというのは不完全ながら時間的注意の一種であるといえる。focal attention (空間/featureへの注意)とsustained attention (arousal)という注意の分類は空間と時間の違いであると言える。

"I was still alive somewhere and always would be."

あるとき俺は1000分の1、あるとき俺は1分の1、統計的な俺と実存的な俺。


スローターハウス5読了した。よかった。トラルファマドール星人的描写に慣らされて、静かな心でイベントが描写されるのを眺めてゆくところで、ついにドレスデン空襲が描写される。ちょっと他にはない感覚だ。そして、そのような状況になったら、そのように世界を眺めるような気もしてくる。

ヴォネガットの「乾いたユーモア」みたいなものは正直好みではなかった。ブローティガンの「アメリカの鱒釣り」も同じくだめだった。でも「西瓜糖の日々」が大好きだったように、「スローターハウス5」の静謐な世界は好きだ。たぶん「乾いたユーモア」ってのはそれを引き立てる効果があるのだろう。

つーか、スローターハウスとかギャツビーとかライ麦畑とか、向こうの高校生の課題図書みたいなのばっか読んでる俺ってのはバカみたいに見えるのだろうか? まあいいや。


2011年12月10日

そうして、このごろ1001

ついったから転載。

自分はどのタイミングで全脳感を失ったんだろうか? ひとつ覚えているのは、小学校六年のときに生徒会長だったんだけど(正確には代表委員会委員長)、それが教師の傀儡として操られる存在であるという醒めた認識を持ったときだろうか? (小6で中2病ってかんじ。)

そういう状況事態をひっくり返すようなメタな発想と行動力を小学6年生に求めなくてもいいと思うけど、ともあれあそこが私の原点だったことを思い出す。徒競走が遅くたって、泣き虫だったって、投手として使い物にならなくてコンバートしたって、そういうことで自分の自尊心は揺るがなかったけど、「優等生」をやらなくちゃいけなくなった屈辱は忘れない。

そんなことを考える今日は次男の運動会の日で、両親がはるばる応援にやってきて、ビデオを撮影して、ステーキをごちそうになって、その店は今月で閉店となっていて、すっかり寒くなっていて、けっきょく私は帰るなり2時間ほど昼寝していた。そんな日のこと。

俺はこれだな:(15)の改変 何者かになりたいという欲望はあり、何者かになる強烈な快感をまだ味わってない自分をみじめだと思っていたが、仕事が忙しいのでどたばたしてたら年を取ってしまって、もはや何者かになれる人間ではなくなっていた。

だがここからが人生だ。俺の情熱はけっして消えないし、消えそうに思ったこともない。その時々の状況の中で、自分の疑問を磨き続けて、先鋭化させていく俺の旅はまだ終わっていないし、終わらせる必要もない。どんな状況にいようとも、だれも私のことを何者と認めなくても、それを続けていく力がある。

こういう抽象的な議論は好きではないのだが(<-おまえが言うな)、「何者かである」ということは「何者かであることによる強烈な快感」によってのみ定義される純粋に内的な価値であって、直接的には外的に決まらない。もちろん内的なものは外的なものによって影響を受け、規定されさえするが。

あーあ、でもさあ、率直に言って、世界が俺の思うとおりにならないなんて理不尽すぎる。ぷんすかぷーん。(<-キモッ)


2011年12月01日

Amazonのカスタマーレビューの「有用性の高い順」ってどうやって決めてる?

Amazonで本を探したりするときにはレビューの文章をけっこう読んだりするのだけれども、あれは「このレビューが参考になった」の数に基づいた「有用性の高い順」でソートすることができる。そうするとしょうもないレビューを読まなくてすむ。まさにwisdom of clouds。

ところであの「有用性の高い順」ってどうやって決めてるんだろう? たとえばUSアマゾンのSlaughterhouse 5のレビューで、Most Helpful Firstでソートしてみると、一位が257/286 (全投票数286のうち、helpfulが257)で、次が212/236、67/75, 16/16, 28/31, という順番になっている。

一番のものから順番に、「helpfulに投票された比率」をプロットしてゆくと図のいちばん上のようになる。もしこの比率だけで並べられているならこんなにはデコボコにならない。

sh5plot3.png

どうやら、「helpfulに投票された比率」だけではなくて、投票数も加味して順位を決めているっぽい。そりゃそうだよね。16/16と1/1ではデータの信頼度がぜんぜん違う。

そこで以前のエントリ(20090319)で作ったように、最尤法で95% credible intervalを計算してやって、エラーバーを付けてやったのが真ん中の図。それっぽくなってきた。ちなみにエラーバーが0-1になっているデータは0/0のもの。

「helpfulに投票された比率」は二項分布での最尤推定値だけど、そのかわりに尤度の分布で重み付き平均を計算して表示したのが下の図。(これをnon-informative priorでのベイズと捉えれば、前者がMAP推定に相当して、後者がベイズ推定に相当する。)

完全には同じでないのでなんかまだ違うことやっているようだけど、だいたい近づいたので満足した。

データ入りのmatlabスクリプトあり:sh5plot3.m ご自由にどうぞ。

…とここまで書いて、Amazonランキングの謎を解くという本があることを思い出した。関係あるんだろうか。まあいいや。(あとで図書館で見つけたが、売り上げランキングの話で、今回の話題とは関係なかった。)

余談だけど、順位が下のレビュー(helpfulの比率が10%以下)ってのはたいがいは読んでなくても書けるような文章、たとえば「退屈で難解、読む価値無し」みたいなやつだったりして、0/10とか付いても当然ってかんじでつまらん。でもたまにトラルファマドール星人に拉致られたとしか思えないようなものが見つかる。しかもレビューへのコメント欄が煽り合戦。まさに「いったい何と戦っているんだ」状態。


2011年11月25日

この厳然たる事実を祝福しよう

このあいだ農協の企画で次男と稲刈りに行ってきた。三十家族ぐらいが田んぼに入って横並びで鎌を使って稲穂の根元をじょりっと切ってやる。次男は30分で飽きて田んぼのカエルを探してる。ちょうど稲の花が咲いていた。終了して新米と豚汁を食べる。うまい。隣の大家族はお父さんがひとり大声でしゃべっている。「これうめえなあ、おまえももっと食べろ」「稲の花見たか?」いろんな家族があるなと思った。

稲の花はすっごくかすかな白い花で、二時間ぐらいしか咲かない貴重なものだそうだ。これから俺の中では「白い花」とは稲の花を指すことにした。

(ある者は医者になり、ある者は役人になり、ある者は裁判官になり、ある者は大学教員になった。ある者はサラリーマンになり、ある者は会社役員になり、ある者はニートになった。でも驚くべきことに、ほとんどみんな生きている。ほとんど統計的に当たり前なくらいに。)

(これは当たり前なんだろうか? では小学生のときの同級生はどうだろう? 大学生のときの同級生はどうだろう? これは当たり前なんだろうか? 驚いたことに驚いてもいいけど、けっこう驚くべきことなんではないかと思っている。)

(吉田、オメー変わんねーなー、と言われるとなんだか誉められたような気恥ずかしいかんじがしたりする。けっして誉められたわけでもないのに。女性に同じようなこと言われてうまく返せなかったことがある。正しい答えは「XXさんはきれいになりましたね」だ。でもこれがとっさに出てこないんだな。)

(ほとんどみんな、生きている。この厳然たる事実を祝福しよう。)

ぼくらの時間にはほとんど決定的な瞬間など含まれていない。それでも決定的な瞬間はあるし、それはあまりにもさらっと過ぎていってしまう。気にするまいと、目をふさいでしまえばなんどでも過ぎていってしまう。やり直しはきかない。やり直しのつもりでもそれは言い訳してるだけだから。

気心しれた人とあんまりお金かけないで、酒飲みながら語って、あんま人生の厳しい面とか思い起こしたりとかせずに、なんか楽しいことだけ話したり、頭空っぽにしてUNOとか大貧民とかやったりしたい。蚊のいない涼しい森でキャンプファイヤーしたい。

みんなが語っているうちに、知らぬ間に居眠りをしていて、また普通に話に参加したりして、それでもぜんぜん話に着いていくことができて、山盛りのハッピーターンとカントリーマアムつまみながら、あんま人生の厳しい面とか思い起こしたりとかせずに、たのしく酒盛りをしたい。

いつも通り単独行動していたら、みんなもう撤収してしまっていた。次に行くところが置き手紙してあって、俺はそれを頼りにして蒸し暑い夜の街を歩く。(イメージは池袋ロサ会館前)


2011年11月06日

ショービズ臭と自尊心問題。

高一の夏に買ったIn-A-Gadda-Da-Vida、思い起こすに、はじめて聴いたときにはちょっと失笑した。ボーカルがなんつーか、今持っている語彙で言うなら、すごいショーヴィズ臭かったから。どうやら自分はそういったショーヴィズ臭になじめないのだな。

だから[80年代スタジアムロック] vs. [グランジ/シューゲイザー/ローファイ]でわたしは後者に入り込んだのだろう。シューゲイザーの自尊心問題というのもそういう点から考えると「ショーヴィズを否定しつつ自己表出を肯定する」と捉えることが出来る。これこそが「ベッドから革命を始める」という意味。

もちろんこれは自己矛盾から逃れられない。

Jefferson Airplaneでいうならば、Marty Balinだけあきらかにショーヴィズな人なので、バンド内の立ち位置として後期はどんどん浮いてくる。コマーシャルに成功したバンドであるにもかかわらず。

なんてことは高校生のときにはけっして言語化できなかったが、言語化できたところでどうにも陳腐だった。でもそのころのまだうっすらと消えずに残っていた万能感を思い出して(さよならボクのパステルズバッヂ)、恥じ入りながら、こんなはずじゃなかったと思いながら、焦燥感持って表出し続ける。

全部この二分法でいける。カンタベリー系はショーヴィズ臭くないが、メジャーなプログレはスタジアムロック的なショーヴィズ臭がする。アシッドなサイケデリック音楽と流行に併合したファッションサイケの違いはショービズ臭の有無でわかる。

そういえば「ミスター・ソウル」「クレイム・トゥー・フェイム」「ブロークン・アロー」で一貫して歌われているテーマでもあった。


あとで見直してみたら、これはまったくもって、中森明夫が「オミズ、オェッ」(正確な表現は忘れた)って書いたのと同じではないか。


じゃあここからオフレコね。

王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳! 王様の耳はロバの耳!

オフレコ終了しました。


どうか、オレのことを単純化しないでくれ、オレもあんたのことを単純化しないから、とかカマをかけたりするような会話を全くしなくなるぐらいにはオレはオレ自身を単純化してしまっていて、自分の欲望をそれっぽい物語に落とし込んで語るようになったのだが、そんなのは嫌なんだ。それが出来るためには、それが伝わると思えるくらいの自信と目の輝きと無知とが必要だったんだ。


2011年10月27日

Electric Kool-aid acid testを読みながら年表を作成しているんだけど

いつもどおり、ついったからまとめ。


"Magic Trip" ついにケンキージーによるあのバス(The Electric Kool-Aid Acid Test)で撮影されたビデオが編集されて映画に。酷評されてる。メリープランクスターズが作った音楽と同様クソなんだろう。それでもいいから、俺は見ておくべきだと思った。

Gus Van SantがThe Electric Kool-Aid Acid Testの映画化を進めているという話があったけど、完成したという話を聞かない。どうなってんだ。


「あなたが選ぶWIRED大学 新・教養学部必読書50」をテーマごとに見ていったらそんなに読んでる本がなかったのだけれど、カウンターカルチャーHだけ10冊中6冊を読んでたんで、俺ってそういう人なのねとかスゲー笑った。

残りの本も全部読みたいやつばかり。Whole earth catalogを探すつもりはないが。いまKool-aid acid testを原書で読み直しているけど、Stewart Brandがプランクスターズの一員として出てくる。Stay hungry, stay foolish!


Neal Cassadyはオン・ザ・ロードの主人公として、そしてクールエイドアシッドテストの準主人公として生きて、ビートの時代とヒッピーの時代とを生きて、42歳の誕生日の直前に死んだ。

マジックバスを運転して山からの下りの道をブレーキを使わずに降りきった。ハンマーでジャグリングしながらずっとしゃべりつづけた。アシッドテストで瞑想してる参加者にアクションを起こせよと悪態をついた。


Electric Kool-aid acid testを読みながら年表を作成しているんだけど、何もかもが早くて驚く。いわゆるサマーオブラブは1967年夏のサンフランシスコのこと。1966年10月にLSDは非合法になっている。キージーがバストリップをしたのは1964年。グレートフルデッドを大フィーチャーしてアシッドテストを行っていたのは1965年の末。有名なトリップフェスティバルが1966年の1月。そのあとケン・キージーは9月までメキシコに逃亡していて、1967年には服役しているから、ほとんどすべてのことは1965年までに終わってる。

つまるところ、サンフランシスコのサイケデリックシーンなんてものが有名になってたときには、すべてはもう終わってた。むりやり一般化しなくてもいいんだけど、シーンなんてものができたときにはすべてはもう終わってる。だから、未だ名前のついていないなにかをやるしかないんだと思うんだよ。

年表についてさらに言うと、1,2章はメキシコから帰ってきて拘置所に勾留中のキージーにトム・ウルフが面会するところから始まる。3章ではそこからいったん1962年までさかのぼり、そこからは時系列順に描写が進む。ラホンダでプランクスターズ結成、バストリップ、アシッドテスト、メキシコ逃亡帰国して拘留、ここまできて第1章の記述まで戻る。そして保釈、アシッドテスト卒業式となり、エピローグでキージーの服役とカサディの死去とが触れられる。きわめてオーソドックスな描写であって、訳者が書いているような、時系列を気にせずにコラージュのように書き連ねたようなものではない。

また、ハンター・トンプソンのゴンゾジャーナリズムみたいなことをしているわけでもない。つまり、トム・ウルフはプランクスターズの一員として混ざり込んで活動していたわけではない。アシッドテスト卒業式の直前の<ウェアハウス>にしばらく滞在はしていたようだが、バストリップとかアシッドテストとかそういうものはトム・ウルフが取材を始めたときにはすべて終わっていた。なにしろトム・ウルフははじめは「あの「カッコーの巣の上で」を出した作家が没落してメキシコに逃亡中」みたいなストーリーで取材を始めたのだから。

たぶんそこから、宗教活動の一種の始まりと終わりとを捉える(「インターサブジェクティビティー!」からマジックを失ったプランクスターズのライブまで)を描くという方向で、関係者にインタビューをして、様々な資料を合わせて完成させたもの、というのが本質らしい。その名残ゆえか、メキシコ逃亡時の記載に4章分も費やしているのだが、正直つまんない。一章分にまとめてほしい。

それはさておき、この本のgradesaverとか出ているので笑った。それってつまり、大学だか高校だかわからないけど、この本が読本となって意味とか解釈してるってことでしょ? 「バストリップしているときのキージーの気持ちを答えなさい」とかw まあある種の古典となってるのでしょうね。

トム・ウルフのインタビュー:「私が...書くだけの意義があると思ったのは、それが宗教だったからなんだ。キージーのグループは、原始的な宗教集団だった。... 初期のキリスト教が形成されていった時期に、レポーターになったような感じだったよ。」

amazon調べてみたら、訳書って絶版になってないのな。


東海岸ではティモシー・リアリーが瞑想を助けるものとして使った。白い服を着て、30年後のあれを思い起こさせる格好で。まあ元ハーバード大教授だしな。一方で西海岸ではケン・キージーがもっと雑に使った。つまりパーティー会場でジュース(Kool-aidな)に混ぜて振る舞ったw バカすぎる。


クールエイドの最終章、誰もいなくなったギグでキージーとバッブは掛け合いをしながら、いつしか"We blew it!"に収斂してゆく。イージーライダーでもこれががキーワードだ。どんな訳がよいだろう。「俺ら、台無しにしちゃったな」とか? ドリフっぽく「だめだコリャ」っての考えた。


2011年10月16日

テキストジェネレーターで遊んでみた

テキストジェネレーターというのを知ったので、さっそく自分のついったの文章を入れて自動生成させてみる。なんとなく意味がつながったものをピックアップしてみることにする。

CORDUROYSMOODってユーザー名を使って背伸びしすぎの科研費の話題がつながって、そしてそれなりの地位を築いた人はみんなハカセくんもしくは火曜サスペンス劇場的なものが内部モデルのような理念のもとで研究の議論するのだろう。

空を飛びたいなことができるかとビビるが、そりゃわかる。ありがとうございます。転載させてしまった。まあ、他人の人生気にする前に、自分のことを考えて買い物に行かせてもらえませんか? 日時とか情報教えてください。

短期間の制御と予測というイメージで、後者が現象には必要とする。ん?これはニューロン集団での確率的表現という概念自体が重要なのではなくて、量が質に転換しただけではないでしょうか。

ここまで書いてある貼り紙全部はがしてみた。はがない。なんにしろすごい。これの論点は、コンテキストがない。Ubuntuをスリープさせてしまった。友達を探す: 自分やお友達の結婚式の二次会の司会をしたこれみたいなんてまとめ方はどうでもいい。

そっかあ、明日はサンマにしようと思う一方で、退場せずにワナビくんでもよかったでござるの巻(<-ぶっちゃけすぎ) リア充よか相当高いレベルで別なのだという意味ならば納得がいきます。

これがいちばん好き。バランス的に言えば、維持されるかぎりは新たに生み出された。人生が二度あればまた、耳を7針縫ったり、油滴実験したことはちと長い。もっと考えてます。なんと「やすらぎ」だ。これから自己はないです。

…意外と平常運転って感じもある。「これから自己はないです」とか気に入った。「転載させてしまった」とか、させんなよw こんな勢いで自然とジェネレータと役割交代してみるなんて人生も面白いかもしれない。それではひきつづき、メタレベルとかぶっ壊していこう…

単回のイベントが発生すんの? やっぱり表象だ。表象以前に現象はある。だから酒(発泡酒)買って帰った。二層までは可能。

でも、そのぶんが内臓脂肪かなんか対策出るまでこのまま放置。スナップショットは取ってあるのだろうか。ぜんぜんかっこよくなかったのと同じように思う。ちとインテリ臭が強すぎてぱっとはわかりませんか? それとも生きていかなければならなさそうに思う。

しかし未公開設定。そういう意味で観察者ではない。ある意味相補的なのだという概念自体が重要なので聞いたのとつながっていったいどうなってやっと生活に余裕が出来る程度の複雑さが現象的側面が実装可能かどうかはpriorがあるかもしれないし、物事の捉え方が反転していたりするのや止(や)めた。

あんまShadlenの後追いみたいな話と意識の問題をSDT側からいろいろ発表を聞いてきたw 深夜のLAの街を自転車で通って、誰もいない動的な情報処理 のように考えることです。

…「ちとインテリ臭が強すぎてぱっとはわかりませんか?」とかなんだよw 嫌みかよw 俺からはどれが生成させた文章かは自明だけれども、それは自分で書いた文章だからという理由でしかない。これこそがinternal monitoring。俺はこうやって雲散霧消してゆく、それにある種の喜びを感じる。それはこんなに単純で簡単なことだったんだ。…

とりあえずプシュケの涙と小早川さんとのやりとりだけが重要。重みをデータから学習させることは言えない者として使われているのと同じようにその中でのいろんなもんだったので何が起こっていいじゃん、とか会話のネタになってしまうこと。

「信じられるのw じゃあ飲もうぜ!」みたいなそういう展開にはならないことができないかと。「唯識入門」って刺さるフレーズだ。これって日本的な概念なのだとしたらそれは「情報」の概念とかかわりますか?マニラの美しい夕日を見てる。それで、なんらか相互作用を同時に現象が出来る。ちなみにジェファソーンエアプレイン好きですか? そういうところの話。そうだ、そういうところの話。


2011年09月27日

好きなラノベ並べてみた

なんだかふと思い立って。

  • 砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない これすばらしい。死と虐待と虚言と田舎町の陰惨な話なんだけど、ラノベとして書かれる意義(大人でないってのはどういうことか)があって、すごく沁みる。コミック版もよい。
  • 田中ロミオはAURAが最高。中二病ネタで、スクールカーストとかけっこう痛いネタも盛り込みつつ、基本ラインはエンターテイメントで、ラストはドラマチックに盛り上がる。このラインでもっと読みたい、って思ってたら新作出た! 人類は衰退しましたは何冊か読んだけど、この作風、さっぱり分からねえ。
  • 紫色のクオリアはタイムリープしたりとかいろいろめまぐるしくて楽しめるが、最後に出てくるのはなんかすごくシンプルなことで、なんか四畳半神話大系的な読後感だった。
  • 旅に出よう、滅びゆく世界の果てまで。それから作者は別だけど、テルミー これらはそんなに出来はよくないのかもしれないけど、どちらもすごく好き。「喪失感」みたいなのが満ちあふれているのが好物なもんで。
  • 竹宮ゆゆこ作品は全部好き。基調はコメディーなんで、ラノベ的テンプレキャラかと思って読み進めてゆくと、あるところで相手はこちらの思い入れを投影する存在ではなくて、生きている人間なのだと思わせる場面が出てきて、はっとさせられる。リアルな人物像が書き割り的に動くのとは真逆のラノベ的リアリティーがある。とらドラ! わたしたちの田村くん ゴールデンタイム
  • 桜坂洋はゲーム的リアリズムの誕生で紹介されているのを見てAll You Need is Killから読み始めた。これはこれでループものとして楽しめたのだけれど、よくわかる現代魔法が好き。あんま本読みながら笑うことってないんだけれど、こよみの受け答えでけっこう吹いてしまう。なんか波長が合う感じ。
  • 神様のメモ帳は「ニート探偵」という出オチネタにこだわらずに読むと、いいエンターテイメント。ラノベ的な虚構の世界とはちょっと違った肌触り。とある飛空士への追憶もボーイミーツガールできれいに話が閉じたので、満足した。続編は読まないでそっとしておく。
  • 半分の月がのぼる空は難病ものなんだけど、湿っぽくならずに、しかしじんわりとリアルなところに入っていく。肝心なところはかなりさりげなく書いてあるので、読者を信用している感じがして、好き。
  • メジャーどころとして涼宮ハルヒシリーズは「消失」最高。俺の妹がこんなに可愛いわけがないもリアルタイムで最高。いろんなバランスの調整を感じて感心するが、いよいよそれが崩れそう。どうなるか。僕の妹は漢字が読めるは今年最大の驚愕作。タイトルでノックアウト、はじめの10ページでクソ笑った。次巻でちゃんとまとまることを期待。
  • 佐藤友哉をラノベと呼んでいいかどうか分からんけど、鏡家サーガはぜんぶ大好き。無駄にしかも大量に人が死んだり、出てくる人間みんなおかしかったり、やたらと陰惨だけど、なんかここにしかない真実みたいなものが垣間見えるように思う。水没ピアノがいちばん好き。

タイトル通り、好きなラノベを並べてみた。読み返したら、好き、としか書いてない。だがそれがよい。


2011年09月12日

[告知] 9/15にシンポジウムでトークします

今度の神経科学大会で9/15に応用脳科学ネットワークによって開催される「脳科学研究者と企業のマッチングシンポジウム」というのでトークをします。

企業の方に向けてのトークとなりますので、普段とはちょっと違った切り口になるのではないかと思います。ぜひご参加ください。

といいつつスライドは出来ていない。いまのところ、以前南山大学で行った、哲学者の方へのセミナーの内容を元にしてなんとかする予定。


2011年06月02日

机に堆積した荷物を片付ける時間

夜に見る花は色を失っていて、なんか現世っぽくないところがよい。ちなみになんの花なのかは知らない。

世界の秘密。河原で見つけた石を礫岩かと思って喜んだら、たんなるコンクリートに混じった石だった。知識は俺の目を曇らせ、直感がすっかり働かなくなっている。明るいところから室内に入ると、まぶたの裏に残光が残り、それは数分かけて広がり、そして消えてゆく。

小さい荷物とともに、牧場を一人歩き、糞を踏まないように気をつけたり、空気を胸いっぱい吸ったり、/ 点滴とバイタルモニタの部屋、室温は正しく保たれて、空調の音が低く聞こえていて、/ 激しい雨が古い家の木製の雨戸を叩き、壊れた蛍光灯を片付ける

さび付いた看板を爪でひっかき (こうして一心に話をそらそうとしているのだ)、電柱に括りつけられた看板の針金をほどき (ずっと目をそらし続けるわけにもいかないのに)、あらゆるものに形を変え、本質を失い続けて (答えはここにはないのだから)、繰り言を続ける

オセロなんだけど、表が緑で、裏が赤で、黄色い碁盤の上で遠くに打った手によって端から端までひっくり返されてゆく。夜景に写る様々なネオンサインやら不必要な灯りたち。置きっぱなしになっていたコーヒーカップがずっと真っ黒で、ずっと底が知れなくて、いろんな角度から見直しては存在を確認する。

いつか俺も、あれだというなら、そのときは浄化されてあれしたい。すべての罪を浄化してあれするか、逆にすべての罪を抱いてあれしたい。「贖罪」のとき、「断罪」のとき。

海辺のあずまやは砂に埋もれていて、誰かが捨てたとおぼしき菓子だかのビニール袋が吹きだまっていて、わたしはそれが餓死した草食動物の肋骨のように思えたのだが、ともあれ長居をするのはやめて、逆風の中また自転車を漕ぎはじめた。尻の痺れはもうとれていて、太陽は傾きだしていた。

その日が来ないことをずっと願っていた。だがすべては回帰し、再びわたしは修羅場に飛び込み、統一のとれた世界から「荒野のおおかみ」の世界へと不本意ながら進む。

150年、ってのが人生2回分なんだと考えると、そして白黒の写真が彩色し直されて、屋根の低い町並みや、護岸工事の跡や、クリアランスされたスラム街や、不自然なくらいにきれいに整備された公園や、宅地造成に囲まれた墓地や、廃業した書店や、トタン屋根や錆びた看板が、人々の苦悩を残したまま、すべては重なり合い、すべては片付けられ、すべては雨ざらしのまま、主人を失い、故郷を失う。すべてはコンクリートで固められ、すべては箒で掃き清められ、すべてはペンキで塗り直されて、神聖だったものは隠されている。そうだ、隠されたまま、証人も失われ、その由来を失い、埃をかぶって新生する。

「人間失格」で「焼酎特有のピリピリとした酔い」だったかそんな一節があったのを思い出す。そういうのはいやだ、もう二度とそんなものに遭遇したくない。ポロリとこぼれた本音なんか聞きたくないし、こぼしたくはない。俺は思い出す、まさに血の気が引いて、ぶっ倒れたのだ、どうやって起き上がったのかも憶えていないのだけれど、それだけ恐ろしい経験だったんだ。

夕暮れの空き地を利用した駐車場で、草むらをちびいぬが駆け回っていて、飼い主が「マカローン、そっち行っちゃダメ!」と言っているのを聞いた私は自転車を停めて、その声にモーションブラーをかけたり、リバースゲートをかけたりしながら頭の中で反芻してみる。

いつか、また、会う日まで。手を振り、夕焼けを背に、しょぼくれた格好で。空から俯瞰すれば、それは餌を探す蟻の群れのように、無目的と目的とが混ざり合って。地面に耳を当ててみれば、「すべて」が足し算されて、聞こえてくる。

さあさあ行こう、次の季節へ。 / 机に堆積した荷物を片付ける時間とともに。


(ついったに書いたことを元にして編集して作成した)


2011年05月25日

僕らの人生って空飛ぶブタくんサーカスみたいだね?

昨晩次男に読んでやった絵本が心に沁みた。

アザラシが司会の動物サーカスで観客もみんな動物。最後の最後でさるくんが怪我をしたため空中ブランコができないのでこれでサーカスを終わります、と司会が言ったら観客が大ブーイング。

司会が「それでは観客のどなたかにやっていただきましょう」シーン。それではそちらのぶたくんお願いします。「ブ・タ・くん!」「ブ・タ・くん!」大成功しました!みたいなのなんだけど、なんかぶたくんに感情移入した。

たぶん、ブタくんは仕込みだったんだと思うんだけど、そのあたりのフォローもなく終わったので絵本って怖い。

ともあれ、そうやってわけもわからずひっぱり出されて、命がけの飛躍をして、しかもそれにもかかわらずに予定調和的に収束して、なんてむりやり意味を見いだそうとなんてする必要はないんだけれど、「あー、ぼくらのじんせーいーってえー、ねー、そらとぶブタくんサーカスみたーいーだーね?」「みたーいーだーね」とか思った(<-それパクリ)


昨日の絵本で、「ブ・タ・くん!」ネタが我が家で大流行。トイレから出てくるなり次男が「ブ・タ・くん!」、寝っ転がってる子どもたちをどかすために俺が「ブ・タ・くん!」、そのむかし水泳部の頃、ネタに走っていたのとやっていることはまったく変わっていない。

@a_kbysh タイトル失念してたんで補足していただけてどうもありがとうございます。ブタくん仕込み説に関してはこのページで謎が判明しました。 えほんおじさんのぶろぐ:どうぶつサーカス はじまるよ 裏表紙見逃してた。

よろこびいさんで次男に「ブタくんってサーカスの仲間だったんだけど知ってた?」って聞いたら、「いっしょにバスに乗ってたってことでしょ」と言われて、知らないのは俺だけだったということが判明。


次男の空手教室の帰りを車で迎えに行ったら生暖かい夜で、オケラがジージー鳴いていて、窓を開けてどちらから聞こえるかきょろきょろしていた。あとで次男に「何をしていたの?」と聞かれたから「オケラを探していたんだよ」と答えたら「探してどうするの?」と聞かれて、問いの深遠さに笑いこけた。


今日はフットベースのコーチ今年の第一回目。朝6時起きで6時半から8時半まで。お子さんたちに心を開いてもらうのが最初の仕事なんだけど、ぜんぜんこっちの言うこと聞かねえ。とくにうちの娘(<-だめじゃん)

Google Calenderで「6:30 フットベース」って入力したら勝手に6:30pmに設定されたので、温厚な俺様でも「屋上へ行こうぜ…久しぶりに…キレちまったぜ」とか思った。


(ついったに書いたことを元にして編集して作成した)


2011年04月21日

ブログどうやって活用するかいつも通りちょっと考えた

ブログの方はちびちび更新してはいるものの、骨格とかはぜんぜん以前のまんまなのでなんとか更新したいなあと思ってた。でもいまさらmovable type 5にアップデートするのも先がないよなあとも思うし(おわコンとか知ったかぶりして言ってみたり)、wordpressにも惹かれない(テンプレ中にphpコードがばらまかれてるとかなんかヤダ)。そもそもブログという形式がよいのかなとも思う。

自分のブログをさかのぼって読んでいても、自分的には内的な流れをいろいろ思い出して面白いんだけど、これだけ巨大になるとこれを一つ一つ読もうという人もいないだろう。(かつてはアクセスログを見ると、なんか記事を見つけてそこからどんどんさかのぼって読んでくれた様子が見えたものだ。)

カテゴリー分けしてアーカイブしたりはするけれども、それが活用されているかんじもしない。かえってgoogleとかで無駄に検索に引っかかって申し訳ない気もする。

以前はwikiとかにした方がよいかとか考えていたけど、なんかピンと来ない。なんかCMS使うのかなあ。最近ちょっとJoomla!をいじってた。インストールが激カンタンで驚嘆した。こいつからCMS臭さを消去して(「ログインしてください」とか削って)、flowとしてのブログとそれを再構成してまとめたstockとしてのサイトとを作るとかかなあ。twitterとfacebookとに分散したものをまとめたいというのもある。ただいっぽうで、そもそもこういった「俺ポータルサイト」みたいなのってweb2.0じゃないよなあとも思う。

とにかく断片としてソーシャルに使えるようにしておいて、でもそれらの断片がpooneil.sakura.ne.jpにつながるようになってればいいのかなあ。でも"like"ボタンや"tweet"ボタンくっつけたりするだけじゃあしょうがない。どうやらそういう人たちと客層が違うようだし。

わたしのところのお客さんというのはつまり、googleでなんか調べ物してて("Goodale and Milner"とか"遠心性コピー"とか)それで何度かわたしのサイトが引っかかって、これ前にも見たなあって思った結果としてidentifyされるってあたりだろうと思う。

だんだんそういう意味では役に立たなくなっている。ちょっとややこしく書きすぎてる。これは複数の人に指摘された。だからといって、なんか対策しなきゃとおもっているわけでもない。これでアフィリエイト入れて稼ごうとかそういうつもりがあるわけじゃなし。

わたしがどういうことを面白いと思ってるかとかが分かってもらえたら、どういう関係であれそれはメリットなんじゃないかとか思ったりはするけど。その意味では単著を書くよりはアクセシブルだ。(<-「単著もないのに」症候群)

だから…なんなんだろ。まあどうでもよい気がしてきた。どうあれ俺は書き続けるのだろうし、書けば書くほどに書きたいことは増えるし、でもそれがどうにも突き抜けてないというもどかしさは増える一方だ。そういう自分とつきあい続けてゆくのだろう。それ以外に動機なんてはじめっからなかったんだ。

といいつつふと思い立って、ひさびさにpagerank調べてみたら4から3に落ちてたので軽くショックを受けつつ(こんなもん、長く続けてれば上がることはあれど下がることはないと思ってたYO!)、だからどうしたというわけでもない。(<-あんがい気にしてらっしゃる様子)


ひさびさに更新頻度を高めてみた。ついったに書いたことの再編集なのだけれども、こっちはこっちで見てくれる人がいるらしく、アクセスは増えてる。あと、facebook経由でコメントもらえるようになってきたので、facebookのコメントプラグイン使ってみようかと考えてる。


2011年03月14日

Tohoku Area Vision/Neuroscience Researcher Safety Information

Prof. Ohzawa at Osaka university constructed a site for Tohoku Area Vision/Neuroscience Researcher Safety Information.


2011年02月06日

岡崎って日本のどこにあるんすか?

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駐車場の片隅にある謎の門

生理学研究所、通称せいりけんは名鉄東岡崎駅前の丘の上にあって、地名としては明大寺町西郷中となる。研究所が出来たのは1977年、敷地としてはここはもともと愛知教育大学があったところで、敷地の駐車場の脇にはいまでも昔の門とおぼしきコンクリートの残骸がある。

Wikipediaによれば、愛知教育大学はかつては愛知学芸大学の岡崎本部と名古屋分校とに分かれていて、それぞれ元は愛知第二師範学校と愛知第一師範学校だったのだが、両者を合併する際に間を取って(取るなよw)、刈谷に移転することになったのだ。

生理研から西向きに坂を下ると愛知教育大学附属岡崎中があって、ここはかつて岡崎高等師範学校といってまたべつの学校の敷地だったのだが、後述する岡崎空襲で焼けてしまい、またすぐに豊川に移転してしまった。

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「存在の裂け目」2008

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2011

愛知教育大学附属岡崎中に隣接して市立竜海中があって、さらに狭い坂を上りきった敷地は私が岡崎に来た頃からずっと、住宅街の中ここだけ草ぼうぼうの空き地であって、私はそこから夕日を見下ろし、「存在の裂け目」というラカンぽいあだ名を付けて悦に入っていたのだが、ついに最近工事が始まり「存在の裂け目」はあっという間に消え去ってしまった。

そこからまた研究所に戻る道を歩くと今度は岡崎高校の前を通ることになる。そんなわけで、このへんは文教地帯なのだった。もうすこし進むと右手に岡崎コンファレンスセンターがあって、ここで生理研研究会を開催してきた。そこからさらに右に折れると市立三島小学校が見える。

岡崎図書館の資料を見るかぎり、三島小学校はもともと明大寺西郷中、つまりいまの生理研の敷地にあったのだが、戦災で移転して空いたところに愛知学芸大学の岡崎本部が入ったということらしい。

現在の三島小学校を通りすぎると統合バイオサイエンスセンターに到着する。10年ほど前くらいまでは統合バイオの敷地は愛教大のグラウンドという名義で空き地になっていて、そこでわたしはまだ小さかった長男と凧揚げしたものだ。わたしが結婚してすぐに入居したアパートはこのグラウンドに面していて、子どもたちがこのグラウンドで遊んでいるのを部屋から見下ろして確認することができた。ってことで岡崎文教地帯の歴史散歩を終了します。そして寝る。


より大きな地図で 表示

…寝ない。そして回想が始まる。生理研に来たばかりにはヘビが道ばたにいるのを見たこともあるし、夜ともなると守衛所のところにタヌキが現れたりしたものだ。どちらもここしばらく見ていないな。守衛所の前ではたまに天気のいい日など、仮眠用だろうか、布団を干していることなどあって微笑ましく通り過ぎたりする。

ただいっさいが通り過ぎ、同じ頃赴任した人がすっかり白髪まじりになったり、我が家でも長男は来年はいよいよ竜海中に入学で、もう岡崎に15年も居るということに気づいて愕然としたりする。

回想は続く。東京から離れてはじめて一人暮らしをするために、近くに墓地とダイエーのある宮下ハイツに入居して、まだ自転車もなくて、ジャスコで買い物してたくさんの荷物を抱えて、流しのタクシーを捕まえようとしたがぜんぜん捕まらず、えらく心細い気持ちになった。東京と違ってタクシーを捕まえるためにはタクシー会社に電話をかけて呼ぶ必要があることをわかっていなかったのだ。

結婚するまで結局車は買わず、つまり、車というものは人間が制御できる能力を超えたものであり、家族のため以外は乗るべきではないというのが当時のわたしの持論だったのだが、そんなわけでいつもママチャリのカゴを満タンにしてふらふらと漕いでいた。

まだおおらかな時代で研究所は館内禁煙とはなっていなくて、ニコチンが切れた俺は実験室から出ると廊下でたばこを吸っていたのだった。非常階段に出て、鳩の糞が降り積もっている場所を避けて階段に座って喫煙していると、上の階から森先生が現れて(というか捕まって)、一緒に連れタバコしながらお話をしたりとか、実験室の前の廊下にはソファーがあってそこで仮眠していて、通りがかった松山先生を驚かせたりとか、なんだかそんなことを思い出しては書き連ねる。

Wikipediaを漁る。東南海地震 1944年12月7日にひきつづき、三河地震 1945年1月13日、こちらは直下型で西尾市あたりを中心にしてたくさんの方が亡くなっているのだけれど、戦時中だから記録が充分残されていない。いまでも三ヶ根駅から形原温泉のアジサイ寺に行く道の途中で断層の場所の標識があって見に行くことが可能だ。

さらにそのあと1945年7月19日未明から20日が岡崎空襲。これによって先述の岡崎高等師範学校は開校前に焼失した。このあとの復興からこのあいだの伊賀川の水害の話まではつながっている。詳細は言うまい。

ともあれあの水害のあとの数年ですっかり移転がすんで、堤防は整備され、ウソみたいにきれいになった伊賀川は親水公園となって、岡崎総合図書館(例の事件の「りぶら」)から見下ろすことができる。親水公園の川はもう水がちょろちょろとしか流れていなくて、飛び石で川を渡れるようになっている。俺はそこを自転車を担いで渡り、凍えながら「あなたの人生の物語」を読み、日が暮れるまでそこにいた。このへんで終了とします。

ということをtwitterに書き連ねたんだけど、そのときはtwitterという今を記録するメディアでなぜか唐突に走馬燈のように昔のことを回想し出すという着想が気に入ってた。そこでなぜか醸し出される哀れなかんじというのを定着させたくてブログにまとめ直してみたのだけれど、調べ物していろいろ書き足していたらなんだかそんなニュアンスが薄れてしまった。なんだか退職した人が半生記書いたみたいだ。そういうつもりじゃあなかったんだけど。いまはまだ、人生を語らず、ですよ(<-なにをいまさら)


2011年01月10日

OpenFrameworksいじってみた

Beyond Interaction ―メディアアートのためのopenFrameworksプログラミング入門 のコード打ち込んでOpenFrameworks動かしてみた。アドオンでBox2d(物理エンジン)とOpenCV(のうち輪郭検出の機能)を組み合わせることで、webカメラから取り込んだ画面上に玉を飛ばしてインタラクションすることができる。

著者の田所氏によるデモ (on Vimeo)。これをわたしも自分の環境でも動かしてみたというわけです。玉の半径を大きめに設定してやると、風船で遊んでいるみたいなことができる。家でやってたらさっそく子どもたちに奪われた。せっかくなので画面をキャプチャーした映像を作ってみた(手の出演:次男)。YouTube貼り付けのテストを兼ねてます。

fpsは12とかしか出てないけど、初めのうちは60くらい行ってた(DebugではなくてReleaseでビルドしてappを作ってある)。これは画面キャプチャーしているうちにどんどん遅くなってきたため。

この本は「メディアアートのための」と銘打っているけれども、私のようにC++の入り口のところでずっとウロウロしてきた人間にとってはちょうどよい難易度のC++入門なのだった。たとえば、多数の円を描画させるということになると、ちゃんと円のクラスを作って、そのインスタンスを作って、あとはbox2d.updateで勝手に落下させたりバウンドさせたりすることができるようになる。クラスを作ったり、vectorでそれを保存しておいたりすることの便利さがわたしにもよく分かった。

「クラスにするとコードの保守性が良くなる」とか言われてもさっぱりありがたみがわからなかったんだけど、「クラスの定義を読んでヘッダだけ取り込んでおけば人の書いたコードを中身に立ち入らずに使えるようになる」と言われると納得する。わたしの場合。

コードはopenframeworks.jpからダウンロードすることができる。解凍してできる"3-4_H"のフォルダの中にある。

ここでやってることはほぼ本の丸写しなのでとくに言うことはないのだけど、Xcode上でコンパイルしてみて引っかかった点としては、UTF-8で書かれたコードをXcodeで開くと文字化けする(<-Xcodeの設定分かってないオレ)。あとBox2dのアドオンがコンパイルエラーを起こす。問題究明のためにincludeすらしない状態でビルドして確認してみた。(<-デバッガ使いこなせてないw <-というかincludeされてないのにどうしてコンパイルされるのか分かってない <- Xcode使いこなせてない)

そうしたら、どうやらofxBox2dBaseShape.hで定義されているaddImpulseForce(ofPoint pt, ofPoint amt=1.0)というのに文句が付いているらしい。"default argument for parameter of type 'ofPoint' has type 'double'"ってエラーが出る。この関数はどこでも呼ばれてないのでamt=1.0をamtとだけしたらコンパイル通った。

ofPointは座標[x,y,z]を格納するためのものなのに1.0が代入されたから文句が出たのかと思ったんだけど、g++だとコンストラクタがオーバーロードされてamt.xに1.0が代入されるからエラーは起こらないとのこと。(Thanks to kohskeさん) というわけでXcodeの動作によるのか、私がなんかアホな設定してるからなのかはよく分からないけど、とりあえず問題解決したのでこれで良しとする。

ところでそもそもなんでこのへんを調べはじめたのかというと、C++で書かれたオープンソースのアイトラッカーのコードを探していて、ALSになったグラフィティライターのためにopenFrameworksで開発されたEyeWriterというのを見つけたのがきっかけだった。

いぜんそっちについても試行錯誤したことがあるのだけれど、未解決なのはカメラからの入力に関して。iSightからの映像をキャプチャするのはデフォのままでできる。Point GreyのFirefly MWを買っておいたのでそいつからの映像を取りたいのだけれど、Point GreyのSDKはMacに対応していない。libdc1394とか汎用のドライバだと不完全な映像(カラーがモノになったり)しか取れない。

今回はとりあえず本の丸写しで動作させてみただけだけど、かなりこれで心理的障壁が下がったので、次にいじるときにはEyeWriterのコードを読んでみることにしよう。アイトラッカーの部分はtrackingManager.hから読み始めればよいってことがわかった。以前コード読んだときはさっぱり手掛かりさえつかめなかったのだからまあ進歩したと言える。

本当にいちばんやりたいのは、saliency mapの計算をアドオン化して利用すること。いまのiNVTはそういう発想はなくて、ぜんぶ自前で用意する(入力系から出力系まで)。このため、コンパイルするためにはぜんぜんどうでもいいライブラリまでインストールする必要があって、現状ではLinuxでないと事実上コンパイルできなくなっている。

かといって自前でsaliency mapをインプリメントするのもいい方法とは思えない。(比較対象としてインプリするのではなくて、実際に活用するつもりならば。) 自己流の解釈ではなくて、いま動いているコードを使った方がよい。というのも、なんか細かいパラメータ部分でチューンされているということが経験上わかったので。

だから、いま動いているコードからどのクラスを使えばいいのか見つけて、そいつをヘッダでincludeして、必要な部分のコードだけaddonで参照できるようにしておけばよい。問題はiNVT部分が巨大すぎてどこが必要なコードなのか分からんこと。なんかツールを使えばよいのだろうけど。(emacsでetags使うのが推奨されているけどよく分からん。IDE使わせてほしい。) ともあれ、もうちょっとやりたいことが絞れてきたらLaurentに聞いてみることにしよう。

たぶん本当はopenCVから呼んでやるというのが正しいのだろうと思う。OpenCVはどんどんバージョンが上がってコンパイルのしかたとかもゴンゴン変わるので追いつけてない。いまはとりあえずofxOpenCVいじってもうすこし慣れてゆくことにする。

そんなこんなでこっちの方向はじりじりと進めているところなんだけど、たぶんどっかで風穴が空いて、もっと生産的にいけるはず。


2010年12月11日

ぼくを取り囲む、心配事のスレッド

「世界はデタラメである」とは最適化されていないものを見たときに感じることだけど、キツキツにチューンされていないものを見ることは救いであったりもする。だが、その最適化されていないというのが、進化と来歴の元でlocalには最適化されているが、globalには最適化されていない、ということを指しているのなら、当たり前すぎてつまらない。

なんかそういうのではなくて、考慮すべきパラメータが多いうえに統計的に取り扱うこともできない、みたいな制御不可能なもののイメージを探してみよう。King Crimsonのredのジャケットの、メータが赤に振りきれているあれ? いやあれはポジティブフィードバックのイメージだ。じゃあさ、仕分け現場とか?

整然としているものを見たら、取り澄ましてないでもっとぐちゃぐちゃに行けよと思う。いっぽうで、雑然としていて手をこまねいているのを見たら、もっと頭使ってクリアーに行こうぜって思う。恐れず混沌に浸って、しかもそこから毎日帰ってくるんだ。

進化と来歴の元で形成された局所最適化をぶっ壊すためには、べつの進化と来歴を持ってきて繋げることが必須だ。だからこそ繋げることに意味があるのだし、正論と原理的物言いで全体的最適化を目指しても状況を動かすのには足りない。

いや、正確でないな。「正論と原理的物言いで全体的最適化を目指す」ってのもひとつの個人的局所的方策なんだよな。そうなるとこれはコンテキストのpoliticsとして捉えることができる。それは戦って勝ち取るものかもしれないし、話し合ってお互いのコンテキストを共有することかもしれない。コンテキストの共有、これが理念の共有が指しているものなんだろう。

なんてことはどうでもいいのであって、今日もぼくは局所的な事業に従事したいと思う。「だけども、問題は、今日の雨、傘がない」ってのは当時、そこをひっくりかえすような挑戦的な物言いだったんだ。

ぼくを取り囲む、心配事のスレッド。切れ目のない、ガントチャート。片付かないメールの束、チェックマークの付かないToDoリスト。ベランダに毛布を干す。サッシを拭いて、レールのゴミを取り除く。窓ガラスに付いた水拭きの跡をから拭きして透明なガラスにする。


2010年10月14日

「クォンタム・ファミリーズ」読んだ!

ネタバレになるかどうか知らんけどそういうのが嫌な人はスルーで。

面白かったですよ。人間原理とか量子脳情報理論とかそういうキーワード見るとそれだけでもう期待が胸にあふれてきちゃうんで、買ってきて、だが即積んでましたけど、やっと読み終わりました。

「万物理論」とか「あなたの人生の物語」と「紫色のクオリア」(さらに元ネタは「虎よ!虎よ!虎よ!」なの?)と「クラナド」とか今まで読んでたものをいろいろ思い起こした。あとやっぱ「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」読みたいなって思った。「One」の元ネタでもあるしね。

なんてことはどうでもよいのであって、言いたいことは、最後の方であれを思い出したんです。どこで読んだんだっけか、「もし911を事前に察知してそれを阻止した人がいたとする。その世界ではそもそも911が起こらなかったのだから、その人は決してヒーローとして祭り上げられることもなく、市井の人として一生を終える。」この話自体がどういう文脈だったかはおぼえがないのだけれど。

私にとって世界というものは、そういう人たちによって崩壊から支えられていて、私自身もいろんな場面でそれに少しずつ寄与していて、自由意志とはなんぞやとか運命に翻弄されるちっぽけな私とかそういうものを越えて、選択肢の中から結果としてこれしかあり得ないような道を通ってきたと思わせるものがある。人間原理みたいに。

なるほど、いま書いててわかったけど、人間原理ってそういうカタルシスがあるんだな。

そういうわけで、読んでよかったってことです。


2010年10月08日

次男に自転車の乗り方を教える

以前のエントリで娘に自転車の乗り方を教える というのがありました。あれから3年たって、今度は次男が補助輪を取って自転車に乗れるように練習をする番となりました。


ポイントは、自転車に乗ってバランスを保ってまっすぐ進むところと、ペダルを漕ぐところとを分離することにあったわけです。だから、まずはペダルを漕がずに自転車にまたがってまっすぐ進めるようにするトレーニングをする。じつはこれさえできてしまえばそこからペダルを漕ぐようにするには難しくない。

「伊東家の食卓」に出てた例ではペダルを自転車から外してしまって、それにまたがって両足を同時にで蹴って進むことを憶える。これは理にかなっていて、ペダルを外さないと、自転車にまたがって進むときにスネにペダルがぶつかって痛い。痛いと庇うから変な癖がついてしまう。

ただ、ペダルを外すための工具が必要なので、思い立ったときにすぐできないと具合が悪い。でもって思い立ったときにすぐ練習することが大事。というわけで、長男と長女の時は、ペダルを付けたままでとりあえず蹴って進む練習をした。右足をペダルに乗せて、左足で何回か地面を蹴って直進する練習をする。(あらかじめシートの高さとかをよく調整しておくことが大事。) 長女の時は脚力があまりないので、左足を蹴るタイミングで右足のペダルも漕ぐようにして推進力を作った。

でも、次男は力が結構あるので、右足はペダルに乗せるだけにしておいて、左足で蹴るのを繰り返してその推進力でまっすぐ進めるようにする。1,2,3と左足で地面を蹴って左足をペダルに乗せてみよう、と教える。そうしたら、左足をペダルに乗せるだけでいいのに、いきなり自転車が漕げるようになってしまった。つまり、次男に必要だったのは充分な助走だけであって、左右のバランスを取る部分はたいした問題ではないということがわかったのだ。

だから、しっかり助走を付けるために、一回、二回、三回と左足で地面を蹴って、充分スピードが乗ったところで自転車をこぎ始めるように教えた。これでその日の家に近所の公園の周回コースを足を付けずに一周できるようになった。するともう止まらない。けっきょく公園を10周して、付き合ってるこっちはヘトヘトになって、でもだいたいマスターしたといってよいところまできた。これが数ヶ月前の話。


でもって最近になってひさびさに次男の自転車の練習に付き合う。1,2,3と左足で地面を蹴って助走を付けてスタートすることを律儀に守っている。じゃあこんどは1,2でスタートしてみよう、と言ったらすぐできた。次男みずから「じゃあこんどは1でスタートしてみる」と言い出したので感心した。

最後に助走なしでスタートできるように、スタート時にはペダルを高い位置にしておくことを教える。実際これは以前にも教えていたのだけれどそのときはまだ身についていなかった。いまはほかのことが習得できているので、よく理解した上でペダルの位置をコントロールしている。教える順番の大切さがわかる。

さらにブレーキのかけ方について教える。もちろん以前にも教えているが、スピードが出せるようになったので、狙った位置でぴたり停めるにはどうすればいいかを教える。自転車の機構に興味を持ちだした。右のブレーキが前輪を挟んで停めること、左のブレーキが後輪を包むように停めることを見せてやる。

チェーンに油を差すと漕ぐときに抵抗が減って音が小さくなることを知ると、油を差してくれとせがむようになる。雨降ったあととかだけでよいことを教えておいた。


三人目ともなるとそれなりに教える側のノウハウが蓄積しているかんじがする。三人とも性格とかいろいろ違うのでそれにどう合わせて教えてゆくかということも。世の中のほとんどのことはこういった単純なノウハウから構成されていて、うまくいかないときはいかなくべくしていかない。(へんな日本語w でも言葉操るのも同じ話だよな。)

一方で、お祭りに行く前にママが揚げたテンプラにラップをかけて家を出ようとしたら、そんなことしたらじっとりしてしまうからダメ、と言われた。そっちのほうのノウハウはぜんぜんないんですー

ってそういうオチ。


2010年09月22日

おちゅーしゃのじかんデスよ!!!

薬学の学生実習のとき、分析化学の回でHPLCを使った実験があった。何分おきかで分析したい薬物をシリンジで注入すると、ペンレコーダーでいくつかに分かれたピークが描画される。
でもって、注入の時間が来ると私は「おちゅーしゃのじかんデスよ!!!」と野太い裏声で、オッサンがコントでナースの扮装をしてるようなシチュエーションを想定しつつ、注入をしていた。
私がなにをやっているのかみんなに伝わっていたのかはよくわからないけれども、あー、また吉田がなんかヘンなことやってるとか思われつつ、なんかそういうキャラとして受容されていたのだった。
でもそのとき違ったのは、同じ実習グループの、おとなしめな女の子が恥ずかしそうに小さな声で「おちゅーしゃっ」と真似して注入してくれたんだ。なんかスゲーガッツポーズを取った。惚れなかったけど。
俺の人生にピークなどなかったが、強いて言うならばあそこがピークだったんじゃないかと思う。(<-大ウソ)
こう書いたことのなにもかもがウソであったように思える。あんなに無邪気に、自分のネタが理解されてウケると信じることができたということがいまでは信じられない。
べつにそういう細い設定が理解されていたわけではなかったのだけれど、俺のそういうキャラ立ちが受容されていた、それで充分だったのだし、幸せだったんだろうと思う。
ところでみんなも、役職に押し込められたりしながら、なんか非人間的な応対をしたりされたりして、そういうものを失っていったりして、あるとき自分が他人の人生の脇役になっていることに気づいたりするんだろうか?
俺自身はいまでも「おちゅーしゃのじかんデスよ」とかやってみたいんだけどね。


2010年05月30日

ある闘いの記録

数週間前の日記:
ああ寝なくては。だがまだ書く。今日はGlendale まで自転車で一時間かけて行ってきた。BOSEショップでquietcomfort15を買うのが目的。ロックンローラーでローファイ系の私としてはオーディオに凝ったりとかって人生的にないのだけれど、これは買いたかった。
こっちで買うと1万円分安いんで、こりゃチャンス、ナイスお買い物とか思って意気込んで店に入ったんだけど、iPhone用に使うって話をしたら、店員にiPhone用のアクセサリも売りつけられた。断ろうと思ってI won't buy it.って言ったら、You want to buy it?とか言われて買わされた。じぶんの英語のへたくそさに苦笑いしつつも、そのときはまあいいかって思った。
あとででもこのアクセサリぜったい使わないなって思った。iPhoneで音楽の途中でも通話できるようにするやつなんだけど、わたしは電話なんてほとんど使わない。なんかこういうバカでナイーブな買い物客になっちゃったことが悲しくなってきた。ちなみに私は基本的に断れない。無理めなこと頼んだりできない。やらなきゃいけないときはものすごく憔悴する。それで一日分の労力を使う。
たとえば小学校の高学年くらいのとき、学習塾の月謝を払う日に、たまたま家に現金が無くて、塾の人に交渉して次回持ってくるからと宣言するようにと親から言われた。そんなことぜったいできない、って泣いた。(よく泣く子どもだったのだ。)
とにかくそんなわけで、せっかくの買い物ウキウキ気分が台無しに。せいぜい40ドルくらいだしまあいいやとか、それでも日本で買うよりは安いんだからとか、自分を納得させる理由を探しながらモールの中をさまよった。釈然としない気持ちのままにフードコートで脂っこいメシを食っているときにふと思いついた。「いまからアクセサリだけ返品すればいいんじゃん?」(この時点までそういう発想にすら至ってないという点に注目)
それで、たいへんな決心をして、すごく緊張しながら、店に行って返品してもらった。店員に「いや、便利だよ?」って言われたから、「いやこれこれこういう理由で使わないんで」ってわざわざあらかじめ文章練っておいてしゃべった。もちろん問題なく返金してもらった。
そんなこんなでなんとか台無しな気分を取り返すことに成功したというわけ。それからまた自転車で一時間かけて夜の道を帰ってきて、クタクタになって、横になって、これを書いている。まったくもって、毎日は戦争だ。こんどこそ寝る。

コメントする (2)
# おつかれさまです。

I don't like it.で返品するのが簡単でいいと思います。鍋使ってから返す人もいるらしいですから。

# pooneil

ですよねー、それだけでいいんだと思います。
あいつらサービス悪いくせに売りつけるときだけはしつこいんで、もうなるたけネットで済ませたいと思ってます。


2010年05月13日

「好きな音楽」はコミュニケーションツール。

「好きな音楽」はコミュニケーションツール。だから、相手がアメリカ人のときは「ニールヤングとかのクラシックロック」って言うし、年長者に対しては「井上陽水とか70年代フォーク」って言うし、ロック好きのヒトには「カンタベリー系」って言うし、ブログでは「シューゲイザー系」って書くし、別アカでギャルゲソングについて語ったりする。
でも本当に好きなのは、というとそういうものはないんであって、結果としてこれを聞いたという統計的事実だけが残る。そこからこの人はこういうのが好きなんだなという形でだけ捉えられるのだ。だから、iTunesの「聴いた回数」みたいな記録が私がこれまで聴いたものすべてについて残っていたら面白かったろうなって思う。
さてさて、これって「自分」って者のあり方一般にあてはまる。「キャラ」「個性」これらはコミュニケーションツールであって、他者にとりあえず使ってもらえるように、自由度を下げてある。「多様で複雑な自分」というものは親しくなってから、お互いにそれをやりとりすればよいのだ。
このとき生まれるのがI-You relationship。生きている人間として他者に対峙して、魂をやりとりするんだ。
では、その他大勢としてでなく、人間として出会うということにはいったい何が不可欠なのか。いや、脳科学の話だけではなくて、実生活での話なのだけれど。たとえば、ぼくのことを心配してくれている人を邪険にするとき。
さっきわたしは、複雑さが質を変えるような書き方をした。「量が質を変えることもある。」自由度を上げることじたいにはたしかに意味はある。複雑なものを単純化せずに扱うってのは人間関係で言うならば、たとえば「君ってこういう人だよね」みたいな決めつけをせずに付き合うってことだ。ここには量から質への転換がある。
I-Youは指し示すことが難しい。I-Itのcounterとしてしか存在しないのかもしれない。
ところでI-Itの代わりにUs-Themを持ってくれば、党派性の構造のできあがりだ。もちろん、社会科学はI-Itの科学なのであって、人文科学の中にしかI-Youは存在しえない。
「聴いてる音楽」の話にまでぐっと引き戻してみれば、たとえば、じゃあそういう音楽聴いている俺が音楽を作ったらどういうもの作るか、っていう切り口で考えてみる。
そこはごまかしのきかない世界だ。そしてはじめのうちはなんか真似っこしたものばかりが出てくる。この時点での俺は「ニセモン」でしかない。「自分」なんて存在しない。そこから他者に届くように魂を込める。論文だって、曲だって、小説だって、ありとあらゆる創作物で。
このブログだって、言葉が少数の誰かに伝わるようにと魂を込めて書いている。わかりやすいストーリーにして自由度を下げないように、錯綜したものを錯綜したままに書いている。この言葉が伝わったとき、私はあなたに向けて書いている。Web的なザッピングによる情報収集から私とのコミュニケーションに移行している。
なんかありきたりのところに着地した気がする。「ありきたりのところ」はわたしにとってまだ、逃れたい故郷のような、親密性を失った観念的な存在(I-It)でしかないのだろう。たぶんね。


2010年05月04日

川のある土地へ行きたいと思っていたのさ

いろいろ煮詰まってきたので久しぶりにジョギングした。
そしたらなんだかくしゃみが止まらない。逆効果。
しかたないので帰る。自転車で30分くらいかかる。
ビルの合間から月が出てきてぎょっとする。
そういえば月を見ていなかった。そのくらい余裕がなかった。
深呼吸をして周りを見渡す。ずっと緊張していたことを思い出す。
緊張と弛緩を繰り返しながら、ベストなパフォーマンスを目指す。
高校時代にクロールがいちばん速かったやつは、
水を掻いてない時の腕がよく脱力できていた。
私はいつも力が入っていて、なんつーか動きが堅かった。
そういう自分となんとか折り合い付けてやってきた。

ぼくはやり遂げられるだろうか。なんだか水平線を遠くに感じる。
自転車をこいで、この町を精査する。
やかましい音楽が流れる。ヘリコプターが飛んでいる。
バスがものすごいスピードで走っている。ガラスの破片が散らばっている。
誰もが違う言葉をしゃべる。ぼくは腹が減り、水を飲む。
小銭で財布をふくらます。段差を気をつけて飛び越す。
突風で帽子が飛ばされる。ぼくはそれを拾うことができない。
信号があっという間に変わる。坂道を上ると行き止まりになっている。
自転車をくくりつける。写真を頼りに食事を注文をする。
誰かの携帯電話が鳴る。おとなが道ばたでトランプをしている。
この目で見たものをモザイク状に切り刻んで並べる。
スーパーのカート。車いす。満員の路面電車。
コインランドリーの蒸気の匂い。路上で設営中の観覧車。
思いを向けるべき面影はどこにもなくて、ただ逃避を繰り返す。
ぼくは暖房をつけっぱなしにした暗い部屋でこれを書き留め、
明日こそは気持ちよく目覚めることができるようにと祈る。


2010年04月29日

Conference management system: update 2010

Last year I made a survey about free conference management system. At that time, I thought that OCS was the best choice.

I set up OCS for NIPS-SSC last year and tested it for a while. But I decided that I did not use it because nobody other than myself cannot handle it. Another, but related, reason is that it is too complicated - it is aimed for multiple conferences. My system should be simpler.

Now I searched the web again and found that most of the systems are now web-service based. It is reasonable. You do not have to take care of it.

But I still like a system that can be maintained on my web server - I can modify it just like my blog.

Aside from OCS, a new version of OpenConf (ver.3.5) can be one of the candidates. I found that OpenConf became more 'open' -- Previously, you have to send email to the author to get the code. But now it is downloadable from the web. You can find here some complains about the older version of OpenConf. Seems like it was an old-fashioned system. But maybe better than before. And it is simpler than OCS. I will test it.

Below is the summary of my survey this time. Largely overlapped with my previous entry.

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OpenConf
* Developed using the PHP scripting language and MySQL database,
* available for installation on your server
* or as a managed hosting service from a state-of-the-art data center.
------------------------------
ConfMaster
* provided as a service
* ask for conditions by email
* Used in ASSC13 and ASSC14
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Continue 2.0
* a free Web application
* a new, AJAX-based architecture
* completely free of cost, including hosting and support
------------------------------
EasyChair
* a free conference management system
* All installations are hosted at the server www.easychair.org
------------------------------
ConfTool
* a Web-based event management system
* For smaller, non-commercial events we offer a free license on request.
------------------------------
Conference Online-Management System (COMS)
* No installation, you only need Internet access and a web browser
* Event with up to 100 participants	200 EUR
* Event with up to 400 participants	340 EUR
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Confious
* as a web service
* NonFree?
------------------------------

2010年03月12日

あるカレー屋の思い出

岡崎に住むようになって10年以上経つんですけど、ものすごく好きなわけではないのだけれど、たまに行きたくなるインド料理屋があります。東岡崎の駅前にあって、正直言って流行ってない。グルメ特集で取り上げられたりすることもない。ただ、特色は、経営者の方針でしょうか、お店をやってる人(インド/パキスタン系)が定期的にどんどん入れ替わってくんです。
初めて行った頃はまだわたしが独身のときで、外食ばかりしていたんで、そのローテーションのひとつだったのですけど、明らかに店員にやる気がない。それでもインド料理屋がほかになかったので、我慢して通ってました。あるときなんか、レジ打ちの女の人がなんかレジ場で私的な電話をしてて、そっちがなんかこじれたらしくて電話相手と激高して話をしてて、こっちがいつまで待ってても会計ができない。こりゃひどいと思って、さすがに通うのを止めました。
なんかそのあとくらいでしばらく店じまいしてた気がする。
でもってもうすっかり店の存在を忘れていたのですが、久しぶりにその前を通ったら店が営業してる。期待せずに店に入ってみたら、あいかわらずおいしくない。でも、こんどは店の人がやたらとフレンドリーで、どんどん話しかけてくる。いつのまにか店の人と身の上話とかしたりしてて、土曜日の午後とかはなんかサロンみたいになって、外国人客が集まってなんか2時間とかだらだら話をするような場所になった。ちょっと日本ぽくないところが気に入ってた。インド料理屋と書いてあるけど、お店の人はネパールの人だって言ってたような。
でもってそのときはけっこう通っていたのだけれど、またなんとなく忘れていて、ひさしぶりに店に入ってみたら、また違う人になってる。こんどの人はまじめでおとなしいかんじの人で、バイトを雇わずにひとりで切り盛りしてる。今度の人は確かバングラディシュの人だったかで、前の人は国に帰ったって言ってた。
でもって前の人のときの緩い空気が店からなくなってたんで、まあ、これはもう行かないかなと最初は思ったんだけど、じつは料理がうまくなってることに気づいた。昼は基本ランチバイキングだけで、3種類のカレーが並べてあって、セルフサービスで好きに取ってよくて750円ってかんじなのだけれど、ローテーションの一つでたまに出てくるバターチキンマサラがすばらしい。クリーミーかつスパイシー。
うまくなったと思ったのは私だけではなかったようで、明らかに客層が変わった。OLとか、レストラン通いが好きそうなおばさんグループとか、そういった人たちが増えた。この店が満席になってるのをはじめて見た。850円に値上げされたけど、それでも充分行く価値があると思った。
そういうわけで私も通っていたのだけれど、やっぱカレーはカロリー高いんで、ダイエット始めてからはちょっと控えるようにしてた。
で、しばらく行かないでいたのだけれど、たまにはいいよね(AA略)とか思って店に入ってみたら、また店の人が変わってたorz これが今日の話。とりあえず今日のところは様子見だ。とりあえずお昼どきなのにお客が私しかいないという時点で危険信号。あとは、バターチキンマサラが出る日を見て判断するしかない。
いまでは岡崎中心部にも「スバカマナ」という良い店ができて、いつもスイーツな人たちで満員なんで、うまいものを食べたかったらそちらに行けばいい。俺もここのチーズナン大好き。だけれども、クソオタの俺にとっては、なんかこっちの、東岡崎駅前の、寂れた店のほうが気持ちが落ち着くんだ。(さいごまで店の名前を書くつもりはない)
さて、君たちはどう生きるか。(<-へんな終わり方。)

コメントする (4)
# viking

ご無沙汰しております・・・ってか、pooneilさんってインド料理(厳密にはインド亜大陸料理)お好きなんですか? エチオピア談義で、もしかしたらそうなのかなと推察しておりましたが・・・。

# pooneil

どうも。

>> pooneilさんってインド料理(厳密にはインド亜大陸料理)お好きなんですか?

いやぜんぜん、ってところが笑いのポイントです。ではまた。

# おやかた

よー元気?久しぶり。
そのインド料理屋のうらぶれ感が好きなのか?
インドじゃないけどさ、下北にシーシャのカフェみたいなのがあるよ。アラビアンなおじさん達が虚ろな表情で座り込んで、シーシャ吸ってる。たぶん君、こういうの好きなんじゃない?

# pooneil

おー! 元気? Facebook更新してないじゃん。
これだね:シーシャ 下北沢一番街店
なるほど、なんちゃって系じゃなくて本物のアラブの人が集まってるんなら興味あるなあ。
タバコは10年以上前に止めたけどね。
ではまた。


2010年03月04日

Google Chart Tools のAPIで数式

Google Chart Tools のAPIで数式
via Okumura's Blog
これまではmimeTeXをレンタルサーバに入れてそこから動かしていたのだけれど、なんかの拍子に動かなくなっていました。GoogleのAPIを呼べば、画像が返ってくる。なるほど、これは簡単。

たしかに成功。


2010年02月21日

Doesn't the sky look green today?

"Doesn't the sky look green today?"って最高にサイケデリックだよね。
このフレーズは、私の名前pooneil(ぷーにーる)の元ネタであるジェファソン・エアプレインの「キミとボクとプーニールのバラッド」の歌詞なんだけど、これにはさらに元ネタがあって、くまのプーさんの作者であるA.A.ミルンの詩「春の朝」から取られている。いや、「取られている」というのは正しくなくって、まんまパックリといってるんですわ。
ポール・カントナが著作権ガン無視でヴァースまるごといただくという無茶なアティテュード、初期のフォーク的三度のハーモニーとかから逸脱した三人のコーラスがつくるカオス、タオイストのプーさんによる「自由」へのメッセージ、そういうものへの賛辞として私は自分にこの名前を付けた。
というのはもちろんウソで、はてなダイアリーにユーザー登録するときにアルファベットでユーザー名を入れなきゃいけないってんで、とっさに決めた名前をずっと使っているだけなんだけど、意外に悪くなかったって思ってる。
(読めない人がいるところが難点。「ぷーにーる?ぽーにーる?」-ポール・カントナがくまのプーさんとフレッド・ニール (彼らは「人生の裏側」をカバーしている)とをくっつけて作ったフレーズだから「ぷーにーる」が正しい。ちなみに「ぷーにーる」はタイトルにだけ現れて、歌詞には現れない。)
そういうわけで、心情的にはOSS応援してるし、最近のarduinoいじりとか、ovenCVだったりRだったりいじるのとかもそういう側につきたいと思う気持ちから来ている、部分もあるのかもしれないけど、たんにとっつきやすくていろいろいじれるのがいいじゃん、って思ってるだけなんだ。
ま、結論としては、はやくミルンの著作権が切れてパブリックドメインになれよ、ってことですよ。(ってそういう話でしたっけ <- このフレーズ使いまわししすぎ)
もしわたしが今の高校生だったら、プログラムばっかしてたんじゃないかな。 Web上の情報使ってRでデータマイニングしたりしてさ。ChucKとか使ってサウンドプログラミングしてるとかさ。
実際の私は、家ではカセットテープに多重録音したり(座布団にマイクくっつけてバスドラ代わりにしたり)、授業中に内職して、おーそういえばまさに「キミとボクとプーニールのバラッド」の歌詞をノートに書き写していたもんだ。昔のレコードの歌詞カードってのは聞き取りがめちゃくちゃでね。さっぱり意味とれないからもうシュールレアリズムとして捉えるしかないから結果サイケデリックになってたっていう。
って昔話になっちゃったからこのへんで止めとくわ。


2010年02月07日

アイロンビーズで遊んだ

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なんかこんなネタが続いて、芸風に偏りが見られますけど、そういうときもあるということで。アクセス数増やそうとかそういう魂胆ではないですよ? (<-なぜ疑問文)

今日は今日とてママがアイロンビーズを買ってきた。ここにギャラリーがあるけどこんなかんじでいろんな模様を作って遊ぶ。だけど、いろんな色がごっちゃになったものが売られているので、まずそれを色分けしてから使う。そうすると模様を作るときとかに便利だから。ということで一家総出で色分け。今日は私も参戦。

下の写真みたいなかんじで色分けしてる。いちばん下にあるのが私の割り当て分。上にあるのが色分けしたやつ。我が家の小さい食器総動員。けっこういろんな色がたくさんあって、たいへん。緑とエメラルド色と黄緑と白っぽい黄緑と透明な黄緑とか近隣色がたくさんあるので、それを混ぜないようにしないといけない。

beads.jpg

それでもやってみるとだんだんコツがわかってきておもしろくなってくる。まずはじめは、微妙な色のあるやつは無視して、はっきりわかる色でかつたくさん数があるやつ(紺色とか)から手がける。そのつぎに、似た系統の色でたくさん数があるやつ(緑とエメラルド色とか)を微妙な色の違いは気にせずにべつの容器にとにかく集めてしまう。そのあとで緑とエメラルド色とをより分ける。こうすると、赤や青の中に混ざっているなかから緑とエメラルド色をより分けるよりももっと簡単になる。

このへんまでやっていると、じつはこれがsaliencyを用いたvisual searchであるということに気づく。(ということで脳科学ネタにつながるのであった!!!) つまり、なるたけポップアウトが使えるように色を選んで探してゆくのがいい方策なのでした。眼球運動を記録してやったらそれなりにおもしろいんじゃないかって気がしてきた。

さらに続けていると、こんどはなんか目が微妙な色の違いに慣れてきてさらに効率が良くなる。Top-down attentionでcolorを頼りにしたsearchに切り替わったと言えばよいのでしょうか、それともperceptual learningとでも言いましょうか、ともあれ、ビーズの向きとか形とかを無視して、色だけを気にしながら、なんか色に対する解像度が上がるのを感じる。つまり、「緑系のグループ」みたいな捉え方から、「緑」「エメラルド色」「黄緑」「白っぽい黄緑」「透明な黄緑」みたいな階調が明確になってくる。しかも被験者(<-ちがう)は人間なので、色の名前を使って、カテゴリカルかつセマンティックに捉えるようになってくる。

というわけでIttiのtoolkit動かしてシミュレーションしてやって、今私が考えたようなアルゴリズムが最適かどうか、もっといい方策はあるかとか調べられるんじゃないだろうかとか、そういうことを考えつつ、無事に色分け終了しました。つーかアイロンビーズこんなにたくさんあって全部使うんだろうか? 色分けしたらなんか満足してしまったような。

そのあとで、庭でとれたでっかいブロッコリーをママがゆでたのをみんなで食べて、娘はヒーリーズしに行って、ママは土いじりを始めて、長男は宿題してて、わたしはこのブログ書きながら、次男がくみくみスロープやってるのを手伝ってる。

そんな日曜のこと。


2010年01月22日

Twitterに脳内がだだ漏れる20091230

今回は高校の同窓会まで。


11/29 ママが西武で不二家のミルキークリームロールというのを買ってきて、これがうまかったのでみんなで皿をなめる勢いで食べた。// ミルキークリームロールってプリキュアの技みたいだよな。// 「ミルキー! クリーム! ロール!」「シュウィーン」「シュワー・シュワー」(悪者がやられるときの音)とか言ってたら、長男がケーキ吹いた。// Sufjan Stevensの"Come On Feel The Illinoise"を聴きながら大掃除。I made a lot of mistakes, I made a lot of mistakes, I made a lot of mistakes, ...

11/30 これすごい:オープンソースでアイトラッキング // 正直いろいろ業者探してたんだけど、これなら自分で作れるかも。

12/1 俺がいなくなっても、だれも気にしないだろ? // なんかがっくりしながら、宿へ戻った。ラーメン屋まで行こうという気すら起こらない。マンサンのlegecyとか聴きながら、ぐったりしてる。"Nobody cares when you're gone. Nobody cares when you're gone..." // 生命保険の見直しとやらが来て説明を聞いたのだけれど、俺の保険って2500万しかないのな。いざとなれば不慮の事故ででも、なんてことを考えたこともあるけど(戯れ言だよ)、これじゃ死ねないな。// やはり天命に従い、この命を捨てる必要ができるときまで、燃やし続けていこうと思う。// さっきジュンク堂で買った「我と汝」をお守りにして、俺はどこまでも、走るんだ。// 覚めない夢。いまごろ「本当の俺」は病室でシーツをかきむしりながら覚めない夢を見続けているのだと思う。// もし、すべてが間違いがなくて、ただしく予定通り過ぎゆくとしても、俺はそれに異議申し立てをして、関節を外すようなやり方でそれをよく見ないとわからないようにぶちこわしてみせる。// 弾丸は俺の胸の文庫本を撃ち抜き、俺の不整脈ごと心臓を止める。// べつにご大層なことを言っているのではなくて、覚悟を見せるために4REALとカッターで切り刻んでしまうような、そんな、(ネタ古!)

12/6 SLRのところで出てきた2次関数の例だけど、 x側でsampling biasがあるような場合にはそこは推定が大きくなるのが正しいのであって、その意味ではGAMとかlowessのような局所回帰を使うというのがあのデータ自体の解としては正しい方向であるように思われる。// ちなみにGAMはただのsplineではなくて正則化をするのでベイズ的な方向でもある。そういえばspline自体が多項式によるfittingなんだから、よりrelevanceは高い。というかGAMとカーネル法の関係ってなんだ? つながっているはずだよね。// Neuronal firingは計数データなので poissonでgeneralized linear modelにするのが正しい方向なように思う。たとえ正確にはpoissonでないとしても。Firing rateではなくてspike countが生により近いデータなのだから。// そっちよりは、time window選択の恣意性を排除するために、 時間方向に広がったデータをどうやって解析するのが良いかということの方が 対処すべきことのように思われる。// そういう意味では、longitudinal dataとして、trial内でのcorrelationの構造を明示的に取り扱いながら解析するのが正しい方向であるように思う。// 説明変数と応答変数の関係からすると、統計モデルの式というのは、左辺に応答変数を、右辺に説明変数を持ってくるというのが正しいと思うが、この辺が整理されてないように思う。// もしくはデータ生成の過程を考えてモデル式というものを考え直すとか。モデル式は単なるcorrelationであって、生成過程を捉えていない。// single-unitも、生態学とかも同じ状況のはずなのだけれど、結局、observationに基づいた実験をFisher発の実験計画に基づいて解析しようとするからおかしなことになっている。

12/8 ギラギラしてたい、ってわけじゃない。うまく言い当てられてない。そう、メラメラしてたいんだな。

12/9 CARMENについて調べていたら、あれ、篠本先生が著者に入っているって思ってよくよく見たら、Simonottoさんという方だった。

12/11 大掃除してますか?!!!!!! 我が家じゃ私は窓掃除担当で、サッシのレールとか隙間とかを歯ブラシでごしごしやってますよ!!!!!!!!!! 気分はとらドラ!の高須竜児ってかんじで。// 死蔵してたCDラックを掘り出して、fishmansのlong seasonとか聴いてみる。やっぱ素晴らしい。そういえば彼はインフルエンザで亡くなったんですよね。// エルマロとかクーラシェイカーとかTokyo No.1 Soulsetとか嶺川貴子とかそういうの聴いちゃうオレ。スチャダラパーのCDが見つかんないんだけど、だれかに貸したっけ?

12/13 「僕は友達が少ない」よさそうだな。買う。

12/13 「ヤルネェ!」ってスゲー泣けるんですが、これは一生続くよ。俺なんか今でもいたたまれない。外国人の中に首突っ込んでみろよ。Facebook見てみろよ。やつらが使う「ヤルネェ!」すらわからないままに苦笑いでコミュニケーションだぜ。// もうやだ。こんなの。// Mixiもfacebookもさ、リア充のものじゃん。俺はずっとlooserの方にいたと思うんだ。

12/13 Google Phone来るか? LA行ったときにはこれ買うか。

12/15 「日経ビジネス オンライン無料会員登録=登録されたメールアドレス宛にメールマガジンを配信する、というルールで運用しています。」だって。いまどきんなことすんなっての。

12/22 「「器」はなんていうか、マジかよと思うデザインだった 」<-これなんか気に入った。//「僕は友達が少ない」1巻、読んだ。楽しめましたけど、ちとデレが早くないすか? もっと辛口の方が好き。GEの影響でしょうか。// ベビステ神回とか騒いでいるに違いない(<-他人事風)

12/27 「都内の新築マンション+高級外車」というフレーズを見てさめざめと泣いた(<-ウソ) // 「そこでたまたまFXでもうけたお金でプーケットなんかに行って」なんか見覚えがあるなあと思ったら、「金魂巻」だった、って俺も古いね。

12/29 いま東京理科大10号館前 // 飯田橋。汗かいてきた。// Just posted a new Hiking trip, "市ヶ谷から", to EveryTrail. Check it out here // 21:40 秋葉原到着。休憩がてらブックオフへ。電撃文庫の「少年テングサのしょっぱい呪文」というのを買う。ジャケ買い。// 22:20 休憩終了。出発。22:35 両国橋。23:10 錦糸町。 23:30 自宅到着。トータルで二時間くらい。// 歩きながらtwitter更新していくつもりだったのだけれど、EveryTrailというGPS機能を利用してトラッキング情報をtwitterに送るiPhoneアプリを入れてたことを思い出して動かしてみたら、あっという間に電池がなくなった。使えねー。// なんか岡崎の地理感覚になじんだせいか、東京都内ってじつはかなり狭いんじゃないかって感じる。 // 「少年テングサのしょっぱい呪文」のほうは一章読んだ。けっこう良さげ。だが寝る。// フォローゼロでやってきたのだけれど、高校の同窓会で友人をフォローしだしたので、この機会に知り合いをフォローしておいた。

12/30 Unconstrainedな状況で高次元のデータを習得するときの空間を埋めることの難しさ。


2010年01月17日

色の立方体のペイパークラフト作った

このあいだ娘と話をしていたら、「色ってじつは赤は赤でもちょっとずつ違っていたりして、無限にあるよね」なんてことを言い出した。無限という概念に目が向いたことに軽く感動しつつ、そうだね、じつは色ってのは色鉛筆の数だけあるんじゃなくって、赤と緑と青の組み合わせでたくさんあるんだよって説明をして、photoshopだかペイントだかの色選択の部分を見せたりしてみた。でもそれだと2次元までなんで、3次元だってのを説明するのがなかなか難しいんですよね。

color_dice_thumbnail.png

クリックして拡大

これはちょうどいい機会だなと思ったので、赤緑青の三原色が混ざりながら変化する様子がわかるようなペイパークラフトを作ってみました。

娘が完成した立方体を見て、うわぁとか言ってる。

そうしたら長男も寄ってきて、パパが色が三次元だって言ってたことの意味がわかったよ、なんて言ってたんで、頂点をなぞりながら、赤と緑を足すと黄色になるのがわかるでしょ、みたいに説明した。

でもってよそ見してたら、次男がぼくも触りたいとか言ってやってきて、むんずとつかんで、くちゃっと潰してしまいました。ああ、寿命は5分でした。まあしょうがない。次男はちょうどいま「くまたくん」の年頃なんです。

そんな寒い寒い冬の日のこと。


技術的詳細。練習がてらR言語を使ってみました。Rのコードはこちらから:ファイルをダウンロード。(名前がdiceになっているのは、目を書き込んでやってサイコロとして使えるようにするつもりでいたからなのだけど、時間切れ。)

Rは統計検定のためにちょこちょこいじったことはあるけど、image processingをしたことはありませんでした。Matlabでいうところのimshow()をRでやるためにはどうやらlibraryを読みこまなくてはいけないみたいなので、いくつか探してCPANからbiOpsモジュールというのをインストールしました。

Matlabとくらべてクソ遅い。まあ私も使い方よくわかってないんで、ホントはもっと最適化できるんでしょうけどね。

この調子でDKL空間も作ってやるといいかも。直方体をゆがませたものになります。でもって、Lum=0とかL-M=0とかの平面を示す線を引いてやる。ただ、モニタの色と印刷した色で違うので、そんなに追求してもしょうがないのだけれど。

あと、いま思ったけど、単なる直方体じゃなくって、斜めにカットを入れて分割して、断面の色とかを見せるようにするとなおいいかもしんない。いまのだと彩度の高いところしか見えないし。


ということで、今日のエントリでは、家庭シリーズと科学シリーズとを合体させてみた。


2010年01月03日

Twitterに脳内がだだ漏れる20091127

あけおめ。なんかTwitter流行ってますね! わたしはソーシャル抜きで(フォローゼロで)ほんとうにつぶやくためだけに使ってたのですが、さいきんまたちょぼちょぼフォローしだしました。そちらもぜひどうぞ。あんま交流しないけど。

んで、まいどのtwitterまとめただけエントリなんですけど、再読を要求するという意味でよくないかと思っていたのですが、あんま気にしなくてもよさそうなので堂々と再利用します。ここから:


8/21 Data assimilationの概念を脳に当てはめて考えている人がないか探してたらけっきょくFristonだったので、やっぱここを勉強するべきだと思った。

8/22 「効用」の最大化のメカニズムを考える経済学ではなくて、「幸福」の最大化のメカニズムを考える学問というものを夢想してみた。

8/26 「禅とオートバイ修理技術」読んでから、一挙に自分のルーツに立ち戻ろうという欲求が高まってる。ベイトソンも読み直しておきたい。ずっと積んでたTom WolfeのThe Electric Kool-Aid Acid Testも引っ張り出してきた。// Black Swanもちらちら読んでる。思った以上に読みやすい本だねこりゃ。

8/29 「NTTサイバーソリューション研究所でインターン」 スゲー、このレベルでトレーニングコースっていうかインターンやるべきだよね。やっぱこういうところにこそ人が集まるよね。とにかく道を切り開いて、おもしろいことやれる環境を作りたい。

9/9 こんど9/30-10/1に東北大電通研 共プロ講演会でトークします。さっそく仙台のラーメン屋チェック。二郎系の「卍」というところを発見。ちょうど東北大前。量が少ないのは別に良いので、ニンニクなし脂多めブタ増量で頼んでみることにする。// (追記) 10/1 東北大電通研で二郎系の「卍」行った。けっこうよかった。ニンニクなしで頼んだのに入れられたけど。

9/9 たばこも止めて、酒も止めて、ドラッグもやったことのない俺は「ストレイト・エッジ」と名乗ってもいいんじゃね?腕にバッテン印つけようか。菜食化して筋肉付けてアタマ剃って、ヘンリー・ロリンズみたいに。風貌的にはパーフリフォロワーよりそっちのほうが向いていてるのよねー(姉原美鎖っぽく) // そういう側面から、私はクラウザーさんに関しては、ちと人ごとでないかんじで感情移入しながら見てました。(過去形) あれは戯画化したキモイ渋谷系だけどね、わたしは本気で、世界塔時代のオザケンになりたかったんだ。(retrospectiveなもの言い)

9/12 「あなたに私の時計をあげます」って直截すぎるか。

9/22 ニコ動でアイマス+Bluetones! しかも俺の心の歌Slight Return! つーか13年前の曲かよ、歳とるもんじゃねーよ、ホントに。

10/10 これ食いてえ>>巨大マッシュルームが丸ごと入ったハンバーガー発売 // (追記) 11/15 食った。味付けが濃かった。もっと薄くてもよいのに。

10/11 bind - bond - band ということだ。(なんかしたり顔) // "In XXX we trust"ってフレーズよく見るけど、あれの元ネタなにかと思って調べたら、1ドル札に書かれてるモットー"In god we trust"なのな。こういうのに付き合ってるとさすがに一生が終わると思ったので、英語の教養とかもうどうでもいいと思った。

10/18 tumblrが重くてしかたない。Twitterと同じで、ソーシャルな部分はどうでもいいんで、レンタルサーバとかにインストールして自分用だけで使えないもんかね。 // Evernoteもクソ思いうえにインターフェースが悪い。Webアプリ化してtemplateとかいじれるようにして、必要なことだけやらせてほしい。// クラウドとかどうでもいいから。// つうかwordpressでべつにブログ作ってパスワード認証かければよいか。// pukiwikiか?// Evernoteがなんでこんなに人気あるのかわからん。Webクリップ200個入れただけで開くのに時間がかかるし、いちいち開くのに画像化したサムネール開くから遅いし。検索も遅すぎて使えない。

10/23 37.9度なう(<-「なう」使ってみたかっただけ)

11/14 玉川シンポ、なんつーか疲れた。いろいろしゃべってテンションも高かったけど、終わってみると、なんかすごい落ちた。劣等感とでもいうのかな、あまりこういう言葉使わないようにしているのだけど。// 早々に辞して、町田まで歩きながらafter bathing at baxter'sを大音量で聞きながら住宅街を歩く。なんか金持ってそうな若夫婦とか見てさらに落ちる。// この気分に浸るために「太陽の塔」なんか古書店で買って再読してみる。あの最後の数ページだけ読んで、すべてを思い出してから、またはじめから読んでみる。ちょうど同じような季節になっている。// でもコンビニに入ったら、なんかスゲーウキウキしている店員さんに対応してもらえたので救われた。つーか結婚してほしい。// なんか友達みたいにレジ打ちしておつりを返してくれるの。

11/25 なんか曲の名前を付けるとしたら、プレコックス感溢れるやつがいい。たとえば、「これ落としましたよ」とか。

11/27 事業仕分け関連はいろいろ思うところはあるけど、とにかく科学は国民を敵に回しちゃいけないよな。わたしがブログに書いてたことは科学に対するenthusiasmを共有してもらうには役立つかもしれないけど、それだけじゃ足りない。それはわかってる。// そういうことよりはわたしが強く感じたのは、けっきょくこの問題はお金の分け合いで、どこへ行っても痛みを感じる人間がいて、卵と壁の問題なんだってこと。// あらゆる分野で「ハコモノ行政」とか「天下り」とかを批判してどのお金を削ったって、そこには生身の人間がいて、血を流す。// 俺には俺の「友愛」ってものがあって、「箱から出る」とか、ブーバーの「我と汝」とかそういうものを意識する。それでも冷徹になって、言葉が一人歩きするのを阻止するために、いろんなデモンストレーションをしてゆくしかないんだ。// って俺は思ってるんだけど、そっちが無くて素でやってる人たちがいるんだろうなとも思う。// 今言おうとしていることはつまり、「すべてを人ごとにしない」という大それた野望なんだ。// ナイーブだと思うかい? でもこれが俺の本質で、いつまで経ってもけっきょく変わらなかった。// 誤解されないように書いておくけど、けっきょく決定は一人歩きするんだから、そのレベルで実効性のあることは、即座に削減に反対の意思を示すということで、それをやってるんだよ。それはわかったうえで書いてる。// なぜか「シーンの最前線に立ち続ける覚悟はあるか?」を思い出した俺www


2009年12月27日

What is the best way to access to the internet in US?

I got a fellowship that will offer money to stay at LA from the next April to June. It is just a three-months long. It is not enough to complete some projects but is enough to start something new.

Right now I am gathering information about apartments, cars and so on.

One thing I am not certain is what is the best way to access to the internet in US. I have an iPhone 3G for the Japanese phone network and did not unlock nor jailbreak it. The points are, it is just a short stay and all I need is email and skype and I do not need a cellular phone.

I guess I have some choices:

  1. Use Global Roaming service of the Japanese phone company. Ridiculously expensive.
  2. Buy a Verizon MiFi 2200 portable WiFi hotspot and connect my iPhone via wifi (link). It looks promising but it requires a 2 year commitment.
  3. Unlock my iPhone and use a prepaid phone (for example, goPhone: link). I do not want to jailbreak it.
  4. Buy a prepaid phone and forget about my iPhone. Cheapest choice.
  5. Wait for Google to sell their SIM-free Google Phone. If I can use it when I am back in Japan it is a best choice, but I am not sure, because of the difference in the phone systems.

I hope that the Google Phone will come out soon. Although it is a completely different issue, I think it would be easier to start openCV on android than openCV on iPhone. It would be another factor.

コメントする (5)
#

"monkey" in the first sentence would be "money", wouldn't it?

# pooneil

Thanks. I corrected it.

# 在米年越し

3ヶ月でお一人ならcraigslistでサブレットのアパートを探すのが良いのではないでしょうか?場合によってはネットも使えると思います。LAなら街にはそこそこフリーwifiがありそうです。
ルームメイトがいることもあるかもしれませんがこちらの人は皆そんな感じでなれていると思いますし、そんな経験も楽しいかもしれません。若者や学生は騒がしいかもしれませんが、普通の落ち着いた大人もルームシェアをしています。
車もcraigslistで買えますが、売ることや保険を考えるとレンタカーで3ヶ月リースした方が良いと思います。通勤に車が使えない場合もあると思うので毎日使わないのなら、その都度レンタカーの方が良いかもしれません。
携帯はクレジットヒストリーやら社会保障番号が必要な場合もあって面倒くさいかもしれません。プリペイドなら簡単です。機種が限られますけどね。たいてい多めのデポジットを払えば何でも使えると思います。国際電話はネットが使えればスカイプを使えば良いし、プリペイドの携帯でも国際着信は出来ます。
電話機自身もcraigslistで安く買えるかもしれません。
友達も必要ならcraigaslistですかね?

#

一年間の予定でアメリカに留学中です.
携帯は日本からDocomoとe-mobileのS21HTを持ってきました.
S21HTにAT&TのプリペイドSIMを挿しています.
ただし,AT&Tの3Gには対応していないので,GSMでつながっています.それゆえ,ネット速度が非常に遅いです.
僕は日本に電話はたまにしかしないので,Docomoの無料通信分で十分です.
最近,Kindle2を購入したので,これでもネット接続をしてみましたが,いつ課金されるか分からないのとそもそもブラウザの処理が非常に遅いので,あまり実用的ではありません.

スターバックスで,スターバックスカードを購入し,ホームページで住所等を登録して,使用すると一ヶ月間毎日2時間以内なら無料で無線LANに接続できます.
http://www.starbucks.com/retail/wireless.asp
また,Barns & Nobleでは無料で無線LANが使用できます.
Skypeは使用していないので,使えるかどうか分かりません.

# pooneil

おふたりともどうもありがとうございます。
craigslist駆使するのは賢い選択であるようですね。私は英語がへたくそなので自信ないですが。
Touch DiamondはプリペイドのSIMが差せるのですね。それはいいですね。
なんとかうまいこと節約してやっていこうと思います。御礼まで。


2009年09月14日

Twitterに脳内がだだ漏れる20090815

あーちくしょー、エビ喰いてー (ごあいさつ)


7/2 「STUDIO VOICE 8月6日発売号で休刊」って、エー!!! // と言いつつ当分買ってないよなと思って // バックナンバー一覧見てたら // いちばん最後に買ったのが「2000年7月号 narcotic psychedelia」だった。 // それ以降立ち読みだけかよ俺wwwwww

7/5 なんかいろいろ思うことはあるけど、日本を変えたかったらアメリカを変えるのがいちばん「早い」んだなと思った。 // これは逆説的な言い方であって、「社会を変える」「デザインする」という発想自体の意味を問いたいわけなんだけど。

7/6 propofolだってよ!!! // propofol abuseについてのサーベイ論文:http://bit.ly/43DL4

7/15 一輝の二郎インスパイヤ、SO二郎を食べてきました。これで4度目。 // いま岡崎ではここでしか二郎インスパイヤ系は食べられないということで超喜んで食べたのが4月。そのときは脂増しとかにしなくてもよかったのだけれど、2度目は全然背脂が少ないので途中で追加。 // 3度目ははじめから脂増しで注文。でも醤油の方が強すぎて喜びが感じられずかなりがっかり。んで今回4回目もはじめから脂増しで注文。でもぜんぜん背脂が入ってない。たんなる脂の層。そんなのいらない。 // ということで、残念だけどたぶんもう行かない。こんどの京都の国際生理学会の時には「ラーメン荘 夢を語れ」に行っておこうと思う。

7/18 ブラーのfor tomorrowでいちばん泣けるところは、"trying not to be sick again"ってとこだと思うんだよね。(なんかしたり顔)

7/20 今日はおうちで家族でバーベキュー。着火剤とかバーナーとかの進歩のおかげで準備が早い。でもウチワ扇ぎすぎて疲れた。明日はきっと筋肉痛。

7/28 東プレ Real Force 91Uを使ってるんですけど、こいつが素敵なのは、'Q','A','Z'のような小指で押すキーがほかのキーより軽くなってるんです。こういう気の利かせ方は好き。理想としたい。(さりげなくいきたいのだけれど、素っ気ないと言われる質。)

7/30 自転車で走っていたら、カナブンが羽音を唸らせながら真横を通り過ぎていった。俺もああいうかんじに鋭く飛ばしていきたい ---- 「むりやりなにからでも教訓を引き出さない方がいいですよ」女神が池に落ちた斧を拾い上げて俺を諭す。

8/1 いま気づいたけど、毎日jpってさ、右クリックできないようにしてあるのな。コピペ禁止のつもりか?必要なリンクがなされてないとかいちいち不便なんですけど。わかった、フリーミアムモデルの導入で、有料会員はコピペ可能、リンク付きってのでどうよ。(フリーミアムって言いたいだけだYO!)

8/4 かえりみち、きのしたで、みずのかおりがする。ほたるをみにいくときに、ほそいかわにかかるはしを、てとてをつないで、わたるときのように。ちゅうしゃじょうで、がいとうがうえからひとつ、きいろくつよくひかり、わたしのめをやく。わたしのめをやく。

8/4 大学時代からずっと積んでた洋書の"Zen and the art of motorcycle maintanance"なんだけど、ビレッジヴァンガードで訳書を見つけて購入して、それでも積んでた。ハヤカワ文庫に入ったのを発見して、上巻まで読み終わった。いまの俺には沁みる。

8/4 2はAだけには勝てる。そして、「止まっている時計ですら、一日に二度正しい時を告げる。」 このふたつを重ね合わせてみる。角度を調整しながら、モワレを目で追う。スペードが斜めに切断されて、ダイヤと接合される。

8/6 昨日はATRでカラオケ。(途中はしょりすぎ!) 浪々と歌う系統で:ルパン3世のテーマII、青い影、すばらしき日々。そしたら、「ユニコーン、16年ぶり再結成・ライブ」だって。なんという偶然!というか意識下でこの情報が入ってたみたいだね。

8/7 「止まっている時計」の話を続けてみる。ぼくらはみんなそれぞれ特有の様式でぶっ壊れていて(陳腐な表現だ)、それを組み合わせてなんとかやっていかないとものごとが進まない。毒舌家は毒舌家の、ハイテンションはハイテンションの。そのときに自分で自分に課す倫理に何の意味があるのか? // ここでダメ押し的に説明をしてしまうならば、つまり、止まった時計を組み合わせて使うってこと。そしてそのときにどうやって「自分」を形作るかってこと。これが伝わるくらいに信用してもらえる日が来たらうれしいのだけれど。自然発生的な理解と行動の価値とつながっていると思うんだ。

8/9 「禅とオートバイ修理技術」読み終わった! すごくよかった。20年近く積んでたけど、読み出したら3日で読んじゃった。700ページあるんですけど、するするっといってしまった。つまり、ここにある考えのいくぶんかはもう獲得してたからってことなんだけど。 // 私にも10歳の息子がいるのだから、重ねて感じるところはある。ただ、これだけは言っとかないといけない。Winnie the Poohがクリストファー・ロビンの人生をめちゃめちゃにしてしまったように、この本はクリスの人生をめちゃめちゃにしたと思うから「俺は決して憧れない。」 // この本は本当にすばらしい本だと思うし、いろいろ語りたいのだけれども、岸田秀が「積み木くずし」などについて指摘したのと同じ問題から、けっして「事実に基づく」と明示して出版されるべきではなかったと思う。その意味で35年前の本の限界だと思う。俺はけっしてこういうことはするまい。 // やべ、語りすぎた......いえいえ、たいしたことではないんです。

8/11 79.2kg - 22% だいたいキープしてる。 // ATRで厚切りタンなどたくさんいただいたけどなんとかなってるみたい。いま運動はちょっとやめてる。NIPS-SSC終了したらふたたび69kgへの道を進む予定。(わざわざ退路を断つところが俺が俺であるゆえんであって、ブラーブラー。) // "Microblogging the ISMB"これ見てFriendFeed始めたら、いきなりFacebookに買収されてる! Facebookはいまだに使い方がよくわからん。

8/12 Facebookでこんなことつぶやいてたのをサルベージ:つーか、プロフィールに「交際状態」とか、「学歴」とか、ジョックスの作ったSNSだなと。あースクールカースト問題ってこれか、とか。なんかスポンジボブとか青いケーキとかそういうのイメージして吐き気がした。 // 自分で書いてなんか気に入った>>「青いケーキとスポンジボブ」。これ曲のタイトルにできるな。ちなみに青いケーキってのはこれのことね:http://tinyurl.com/lu9u3x // 思えばザッパのplastic peopleで「たまに君にうんざりすることがあるんだけど、たぶん君のヘアスプレーの臭いかなんかかな」みたいなくだりがあるんだけど、これもその種の醜悪さだよね。 // あと、"smells like teen spirit"も。無理訳すると「エイトフォーみたいな臭いがする」でしょ。とか思ったけど、wikipedia見るとなんかもっと無意識なかんじだね。はーむ。(ポール・グラハムの真似で)

8/13 ヒガンバナの「リコリス」(Lycoris)とカンゾウの「リコリス」(Licorice)ってべつもんか! Tim BuckleyのPleasant streetでの"christian licorice clothes"ってのは後者なのね。

8/13 青いケーキとスポンジボブ / でっかいピザ100個注文しよう / マリリンマンソンが着替えしてる / 鼻歌歌って全部燃やせよ / ニキビだらけの顔でオンステージ / トムジェリも呆れて見てる / センター・ホスピタル / 2002年7月31日。

8/15 (なんか口調が違う) Webを使い始めた頃にはさ、なんかのドラマか映画かのイメージでさ、誰かがなんか情報を出すと、それを深く知っている人が重要な情報を出すみたいなのをイメージしてたんだけど、そんなことはなかったぜ。床屋談義なんてしないでさ、もっと内に溜めてさ、メラメラしようぜ。


2009年09月03日

渦の中で

Twitterに書いてたら長くなったのでこちらに移動してエントリ化。


T.S. Eliotの「荒地」の冒頭、サテュリコンからの引用より。 「クーマエのシビルが甕の中にぶらさがっているのを私はこの目で見た。子どもたちはシビルに問うた『なにがしたい?』シビルは答えた『死にたい』」

これを冒頭に持ってきたことによって、この詩は「死」というよりは「老苦」についてのものとなっている(シビルはアポロンから不死を得ながらも老苦から逃れることに失敗した)。思えば「プルーフロック」もそうだった。

シビルって巫女/予言者/魔女のことか!バナナフィッシュの女の子はシビルだった。なるほど、額を撃ち抜いてしまったのだな。以前、シビルの萌えキャラ化というのを考えたことがあったけど、ならば名前は「巫女子(みここ)」だな。なんかラノベっぽい。(つうかそれ西尾維新)

実家に"The Pictorial Key to the Tarot"を置いてきたままだ。やっぱ俺はさ、英文学科とかでT.S. Eliotとか読んでればよかったんじゃないかな。(逃避中) ... 俺はさ、弱さを弱さのまま保ち続けられる能力と安全弁とを備えていたのだと思うのだよ。

(タロットを繰りながら)逆さ男が出てきませんね、水死に気をつけてください、これを読んだ15歳の晩から人生を重ねた一方で、すっかりすり切れて無感動になった俺は、すべてを取り戻すために、無謀な賭けに出たりするのだ。

ツーか、違うよな、大学時代にカポーティとかに言及してるオザケンの文章とかに戦慄して、貴族でなきゃむりなことはやめようって誓ったんだよな。俺がいまからやっても間に合いそうなものが何か、それなりに冷徹に考えて、道を選んだんだよな、... 後付け的に言うならば。

Twitterのタイムラインは見たくないものを見ずにいられるのが特徴だそうだ。なるほど、俺のひとりtwitterはそういう意味では究極だ、だれも俺のタイムラインにはいないのだから。(follow=0にしてあるんだ)

シビルは答えた「死にたい」と。そしてシーモアはベッドで銃の引き金に指をかけた。それがすべての始まりだった。


2009年08月30日

「頭の良さ」談義

飲み会の時とかにわたしが振る話題で「頭の良さ」談義ってのがあります。あなたの知っている「頭のいい人」の頭の良さというのはどういうものだったか教えてください、っていうお題で議論をするんです。なかなかうまくいかないのだけれど。

で、具体例になってしまうのでここでは書かないのだけれど(エー)、もっと抽象的な言い方をすると「ややこしいものをものすごくシンプルにしてみせる頭の良さ」ってのがあります。じつはわたしは「見切りの良さ」みたいな頭の良さは信じてない。このへんはいつものわたしの話同様、入り組んでいるのでもうすこしきっちり書きます。

見切りの良さと手際の良さで頭がよく見える人はいる。大学に入ったころはそういうのに憧れてた。だけど今は、そういうのって自分の得意分野に引き込んだ上での巧緻性なので、よりメタな問題に対処するために自分を拡張しなくちゃいけないときにときとして邪魔するんじゃないか、なんてエラそうに考えてる。

わたしが科学者にありがちな極端な還元主義的思考になじめないのはじつはそれと同根であるものを感じているからだ。ウサンくさい複雑系かぶれだと思われないようにさっさと付け加えると、還元主義がいけないわけでもなくて、ものごとをシンプルに保つこともいけないことじゃない。見切りの良さとものごとをシンプルに保つことが重要なのは、もっと複雑な問題(たとえば「意識の問題」とかね)を考えるためにその手前のことをさっさと片付けるため、そしてそのときだけだと思うんだ。

だから、上記のことをもっと正確に言うと、「『物事をシンプルに保つ』という思想をじっさいに扱っている問題自体をシンプルにすることにまで使ってしまう不用意さ」をわたしは問題としてる。

わたしがデビッド・アレンの「Get things done」の本で好きな点は、「頭の中にたまっているToDoを全部書き出してしまう」ということを人生の目標を矮小化する(「書き出されたことだけが人生で可能なことだ」)ためにやるのではなくて、頭のもやもやを取り除いて、もっと創造的なことに頭を使うべきである、という風に考えている点だ。(正確な表現を探しておく必要あり。)

そして、そういった創造的なことをするには頭はもやもやさせなければならないし、わたしが以前書いた「わたしの中のカオティックな部分」ていう表現はまさにこれについてだった。

Simplicityを薦める本がもし真っ当であるならば、それはcomplexityを雑に扱っていないはずだ。

この文章を書き始めたのは「シンプリシティの法則」(ジョン・マエダ)の書評をいくつか読んだからでした。極東ブログでの表現で、

シンプリシティ(簡素さ)とはけしてシンプルなことではないからだ。そしてなぜそれがシンプルではないかというと、シンプリシティを求める人間の知性や美意識のなかに、生命の本質が関わる複雑性の要素をそぎ落とすことができないからだ。

なんて書いてあったので、これはいけるんではないかと思ったのです。ちなみに5番めの法則はこう:Simplicity and complexity need each other.

ちなみにジョン・マエダはMITメディアラボ教授。わたしは「ビジュアライジング・データ」の前書きでその名を知りました。

ジョン・マエダのブログのこのコメントなんかは科学者的発想でしょうね。

Simplicity can live by its own. complexity need to be simplified.

それにたいしてJohn Maedaはこう答えてる。

That’s a neat idea — to ask whether one can cancel out the other, and whether that relationship is reciprocal.

ここはとても素敵だ。考え続けてるかんじがある。かんたんな答えじゃないよね。

わたし自身はどうかというと、自分で自分の限界はわかっているから、とにかくできるところからやってる。図式化とかしたがる。なんかほかの例につなげてみようとか。パラフレーズして自分の表現にしてみようとか。私と会話していると、なんかこの人の言ってることは繰り返しばかりだな、と思われるかもしれない。仕方ない。その通り。コジツケとか、思い込みでの即断とかもけっこうあるけど、要はわたしなりに見通しを良くするところにそれなりに労力をかけているんだ。 (続き書くべし)

論文コメントブログってのをやってるのもそういう意義がある。べつにわたしは流行りものに飛びつきたくってこんなことやってるんじゃない。メタパターンを学習したいとか、いろんな言い方ができるけど、そう「見通しをよくして、重要な問題を見つけたい」、それだけなんだ。始まりは素人的な素朴なアイデア、それのimplementationのためにはきっちりとしたサーベイ、この二つのプロセスの両方に、違った意味で効いてくると思うんだ。

(KISS (keep it simple and stupid)に対する複雑な思い、について書くべし)

話を戻すと、だから今はわたしは、粘り強く物事の本質を見出すところまで辿りつく能力に頭の良さの価値を見出していて、じぶんでもそこへなんとか辿りつけないかなと思いながらいろいろやってます。

じつはこのエントリは「頭の良さ談義」の話と「Simplicityの書評」とかに分けることができて、読み物として楽しむためにはもっと整然と書く必要がある。だがこれは俺のブログだ。わたしがどういう思考過程を経ていたのかを記録するためにこのような構成が使われているというわけ。とはいえ、これでもかなり構成をいじり、書き直しを経ているのだけれど。

なんて言って、唐突に終わる。なんかエラそうな物言いなので、このエントリに漂っているヴァイブwが気に入らない。けど出す。いやあねえ(キンドーさんっぽくシナを作りながら)。


2009年08月26日

Twitterに脳内がだだ漏れる20090622

お元気ですか!!! NIPS-SSCのほうはどんどん参加者増えてますよ!!! ポスターのほうもおかげさまで35枚来ました!!! もうすぐ要旨集もできます!!! Webサイトの方もチェックしてみてください!!! (なんか雑なしゃべり方で。)

いつもの、twitterでたまってるやつをまとめ直してみたんだけど、ちょっと前の精神状態がわかっておもしろい。なんというか、セラピー効果があるね。


4/16 どこででも可能なんだ。// 広くて笑っちゃうくらいだ。

4/17 「到着」が「ちゃーちゃく」になるの。// キュートでしょ。

4/18 このあいだ大府の晴レル屋に行ってつけ麺食べてがっかりしたので // 岡崎にできた「つけめん舎 一輝」もとりあえず敬遠していた // たまたま近くを通ったので入ってみたら、 // なんと二郎インスパイア系のS0-二郎というメニューがある。 // 俄然頼む。残念ながら肉増量分は売り切れ。 // どうせ三河の趣味に合わせてあっさり味で出てくると思ってたら、 // スッゲー背脂乗っかって出てきて大感激。 // これが食べたかった! // 「アブラ多め」とか言わなくてよかった。 // ちょっとタレが強すぎる傾向はある。 // カネシ醤油とも違ったかんじ。 // けど、この三河の地でこれだけ「ガッツリ」食せるやつにははじめて出会った // 健康のために1ヶ月に一回までと決めることにする。 // とか思いながらwebあさってみたら、限定メニューじゃんかこれ。 // ヤバい、また明日行く(人生オワタ\(^o^)/) // ちなみに半角仮名は使わないようにしているので。 // 三河の人はスガキヤの味で育っているので、とんこつラーメン屋とかもみなあっさりめが多い。 // 背脂系なんて皆無。 // だから期待していなかったのだけれど、 // どこから集まってきたのかってくらいに3桁台の漢たちが集まって、 // みな無言で携帯いじってる。 // 俺が痩せてる部類に入ってるwww // 参考URL1: http://tinyurl.com/dbrf74 // 参考URL2: http://tinyurl.com/dffr34 // 参考URL3: http://tinyurl.com/dhau43

4/28 一輝再訪。SO-二郎を肉増しで注文。ぜんぜん背脂が入ってない。 // 途中で油増しをリクエスト。 // なんか三河の味覚に合わせたのだろうか。納得いかねー。

4/29 子連れの潮干狩りはたいへん。ヘトヘト。// たくさん取れたんで楽しかったけどね。// あと、逃げ遅れたアメフラシが点在。スゲーでかい。// こいつのことを「ウミウシ」って呼ぶ方がよくね?

4/30 今日はこれがいちばん納得いった://「成功したと思っている人間は、深く検討したわけでもないのに、自身と同じ経験を他人に勧める傾向がある」という仮説が浮かんだ。// URL: http://tinyurl.com/d43ew5

5/2 ワロタ>>「え?一気に全部ダウンロードしたい?わんぱくだなー。」

5/9 思わぬところで「とらドラ」のひどいネタバレを見た。// 告訴したい。// ということで、// 自宅から安城のbookoffまで往復。// とらドラの4巻を買いに行くがないので10巻を買っとく。

5/7 ひさびさのカラオケ。というか今年初。// Perfume 「Dream fighter」を熱唱。// そのあと井上陽水「帰れない二人」。// 忌野清志郎関連ということで。

5/13 Amazon Web サービスでRESTでデータ取得したりとかいじってたのだけど、// なんか仕様変わるって。// わたしのはたんなるXMLプログラミングのお稽古だからいいけど、// そんな面倒にする必要ないのにね。// わたしがしたいのはたんに、// http://tinyurl.com/pcp6dv // とかRESTでレビューを取得したいだけなんですけど。

5/14 1000人がぜんぶ消える。// なにも言い訳はできない。// だれも笑っていない。// 遠くでモーターのうなり声が聞こえる // 強い風が吹いている。// かすかに焦げたにおいがする // やけに涼しい。// 人間だけが止まっている。// 生き物はせわしなく動く。// 僕らは、終わってしまった。// そしてそれによって何も変わらない。// ある種の、廃墟。// だが主体はそこにない。// ...人間味というものが失われている。// 人影、気配、そういったものに欠けている。

5/16 BLUE BIRD by Unconscious // をタグ付けしてて気づいたけど、// これってwhite-lipsですね。// いま気づいた。

5/18 「スラムドッグ$ミリオネア」見た。// よかったよ。// 地元のシネコンでレイトショー、1000円。// 客10人くらいしかいなくて、いいんかってかんじだったけど。

5/22 中田ヤスタカと田中ユタカってなんか字面が似てる。 // オタクなんで、後者の方が好き。

5/24 HT-03Aってぜんぜん詰められてないんだけど、 // 出る前から終わってないか? // プッシュ不可、flash不可でしょ。 // なんで後発なのにその点でiPhoneからのアドバンテージがないの? // あとは料金プランだけ見とけばもうよさそう。

5/29 金沢来た。 // チャンピオンカレー行った。 // レンタルサイクルこいで5キロくらい。 // カツも作りおきでないっぽい。 // ルーも濃いくて、なかなかよかった。 // 帰りに手前の別のカレー屋でリトバスの痛車発見。 // 痛車って実物はじめて見たよ。 // さすが金沢工大前(決めつけとく)。 // でもそのとき俺は片霧烈火のorange girlを聞いてた。(イェイ!)

5/29 音楽を聴いていると意外なところでホロリとさせられることがある。 // まえに「ももいろのうた」が「百色」であることを知って泣いたことがある。 // でも、「あたしが虹で道しるべ作ってあげる」で泣いたのは // さすがに心が弱っているとしか思えない。 // (いい曲だけどね。)

5/31 Gigolo Auntsの"Gun"って曲があって、大好きなんだけど、 // 歌詞は「38口径かCOMBAT 45があれば、生きてるって素晴らしいって思うんだ」ってやつ。 // 当時は銃社会への皮肉みたいなもんだと思って聴いてたのだけれど、 // 歌詞的には銃全肯定なんで、もしかしたらまんまの意味だったのかも。 // Nirvanaの"rape me"とかはそこを明示的にグチャグチャにしていると思うのだけれど、 // Gigolo Auntsみたいなバンドがどういうattitudeを持っているのか理解してなかったかも。 // 歌詞的には誇張的に露悪的な表現があるから // (「ママにもひとつ買ってあげた」) // 俺の読みで正しいと思うのだけれど。 // ボストンのバンドでカレッジチャートとかで人気が出たりするわけだし。

6/16 ICAで有名なAapo Hyvarinenの単行本"Natural Image Statistics"がダウンロード可能。 // http://www.naturalimagestatistics.net/ より。

6/18 ブログのエントリ上書きししまった。 // けどGoogleのキャッシュで復活。 // Googleさんありがとう。 // phpAdminでデータベースのバックアップ取っとかないとね。


2009年08月23日

でっかいキュウリがとれた!

cucumber.jpg

愛する奥さんがせっせと家庭菜園で野菜を育てているんだけど、今年はプチトマトとか茄子とかいろいろ収穫があって、おいしくいただいてます。

今日はキュウリを食べようと、娘が下のほうで葉っぱに埋もれているところを探してみたら、お化けキュウリがとれた!

比較のために次男に持たせて写真を撮ってみた。手前のやつは普通のやつ、っていってもかなりデカいやつで長さが25cmあるんだけれど、奥のやつは長さにして43cmある。重さも(量ってるしwww)手前のやつが200gで、奥のやつが730g。

つーかデカくなりすぎなんでこれは食べるのには適してない。どうしようかね、みたいな話をしてる。

昨日は奥さんと長男は鮎のつかみ取りに行ってて、そのあいだに私と娘は「パパのための料理教室」でピザ作り(粉をこねるところから)。まあ、そんな日々。


2009年08月20日

これからどんどん、もっと変わるよね。


「12/25 マック行列、バイト千人// 昔からそういうもんだったんだろうけど、// それが見逃されなくなった、ということでしょうね。// なんか、時代が変わったってかんじがした。// これからどんどん、もっと変わるよね。// そのとき、俺はどっちにいるんだろうか。」
ってまえに書いた。これじたいがどうという話ではないのだけれど、これまでの「本音/建て前」の世界が崩れて、かえってみんな杓子定規にルールで動かなければならなくなった。お上の出したルールを「建前のもの」として無力化して、「自分で責任を取る」と言って行動できた時代が終わった。それが英雄的行為として褒め称えられた時代は終わり、プロジェクトX的な馬力はもう評価されない。ルールは建前ではなく、ほんとうにルールになった。
これに俺は対応しなければならなくなった。(いろいろと中略)

もいちど反転:というような思いを奥歯でかみしめて、すべての人が「それ」ではなくて「あなた」であることをかみしめて(ここブーバーね)、人に対してものを伝えるようにしてゆくしかないのだけれど、しばしば人にシステムを投影してしまうんだ(村上春樹の「卵」と「壁」な)。
さいごに反転:まあ、こうは書いたけれど、「俺」なんてものはないし、「自由意思」なんてものもないので、「俺」なんかはどこかに雲散霧消してしまえばよいと思うんだ。


2009年08月15日

あじさいの鉢植え

hydrangea2.jpg

母の日のために、愛する奥さんの名前のついたあじさいの苗を買って育て始めた。ちょっと気が利いているかなと思って、まったくの思いつきで通販で買ってみたのだけれど、植物を育てたことがない私は全然うまくできなかった。

届いた5月あたまの段階ではまだ花(というか萼だけど)はつぼみ、というかまだ緑色で開花してない状態だった。とりあえずベランダにあった直径15cmの植木鉢に植え付けたのだけれど、窮屈そうだった。

直射日光を避けた方がよいとネットで見たもんだからベランダで育ててたら、茎が徒長して、花を支えられなくなって倒れてしまった。花がだんだん開いてきて白くなってきたのだけれど、元気がない。さらに長期出張のあいだ娘に水やりを頼んだのだけれど、一日一回では水も足りなかったらしく、葉っぱもしおれてきてかなり危機的状態になっていた。

6月あたまの出張から帰ってきた私は抜本的な立て直しを図るために、バケツに鉢ごと入れて水揚げをしてから、朝晩一日二度水やりをすることにした。(あじさいは水がたくさん必要なんだ。ヒドランジアっていうくらいで。) それから、娘の朝顔用の支柱を貸してもらって、倒れてた茎をくくりつけて、花をなんとか立たせた。でもって、ベランダから、もっと日当たりの良い場所に移した。

これでやっといろいろ好転してきた。花はまず白くなり、その縁がピンク色になってゆき、それがだんだん全体へと広がる。写真は7月あたまの段階。ことしは梅雨が長かったから、それからは水にも不自由せず、さらに一ヶ月近く花を咲かせ続けた。

8月あたまにしおれた花をカットして、来年の芽が出るところより上で茎もカットして(といいつつどれが花芽かわかんないんだけど)、直径25cmの植木鉢に移し替えた。ここからは葉と茎の状態でずっと維持していく。また来年にうまく咲かせることができると良いのだけれど。

すべてが隠喩を帯びてしまうことを承知のうえでこうして書いているという点が「夏休みのあさがお観察日記」との違いなんだけどね。そういうときもある。

追記:「なんて名前の花ですか?」って聞かれたら、「知らぬが花」って答えるに決まってる ... 木霊する緑の中で。(<-なに言っちゃってんの、このひと。)


2009年08月02日

IUPS2009に行ってきました

IMG_0148.png

IUPS2009に行ってポスター発表してきました。なんかいろんな人にラーメン食ってきたかどうか聞かれたんですが、昼に一乗寺の「ラーメン荘 夢を語れ」に行ってきました。ブタ入りニンニク抜きで麺は少なめ200g (この店の標準は300gで、値段は変わらず400gもあり)。いやーこれですよ、食べたかったのは。豚バラの分厚いのが5枚入っていて、背脂もたっぷり。これをスープ飲みながら食っちゃうんですが(沁む/死む)、初めのうちは脂メインで塩気少なめ、だんだん醤油味が強くなるのがちょうどいいかんじ。昼にこれ食っちゃったんで夜はコンビニで豆腐ハンバーグのお総菜を選んで超軽めにしときました。

今回の出張では金沢出張に引き続いてレンタルサイクルを活用。ホテルからタダで自転車が貸してもらえるので、これを漕いでラーメン屋もIUPS会場も行ってきました。京都出張はいつも移動はバスだったり地下鉄だったり叡山鉄道だったりと微妙に乗り換えが多くて不便だったのですが、京都は平らですし、もともと自転車乗りも多いということで試してみたんですが、これがなかなか正解。ホテルから一乗寺までが7キロくらいで、そこから国際会館までが2キロくらいなんで正味一時間で、負荷的にもちょうどよい。高野川沿いの道をギヤなしママチャリ(シート上げまくり)で乗ると天気的にもよくて、なかなか気持ちよかったです。

Posterのほうは多くの方に見に来ていただけたのでありがたかったのですが、けっきょく同じ時間のポスターをほとんど見ずに終了してしまいました。Sten Grillnerが見に来てくれて、pulvinarはどうなってるんだろうね、みたいな話をしました。

ついでにメモ:先週はPeter Redgraveが来て議論をしたのだけれど、これがなかなか面白かった。彼はSGI->CM/Pfの投射が効いているんではないかと話をしてた。確かにそうすると、私の見ているある種のawarenessとMCSの人のawakeningに関わる経路(Shiff et al)とのつながりが出てくる! Arousalとawarenessとconsciousnessはconceptualに言っても別ものであるのは明白なのだけれど、それらが何らかの形でつながっているところを見ることができたら面白いんじゃないだろうか。

次の日は早起きして龍安寺へ。有名な石庭を見に行きたかったのですね。学会の開催時間を考慮してオープン直後の8時に行ったのですが、これが大正解。団体客が全くいなくて、いるのは私ともうひとりカメラを持った男の二人だけで、石庭を見ながら静かにずっとボンヤリとする(瞑想と呼ぶのはおこがましい)ことができました。

ただ、思ってたより狭いですね。いや、べつにその箱庭感が良いのだけれど、観光用の写真とかだとすごく大きく見えるように写すんで、はじめ眼に入ってきた瞬間、ちょっとあれって思った。

ここを見に来たのは高校の修学旅行以来でしょうか。記憶がありません。それよりかはPTAMを使ったARによる「龍安寺石庭で戦うダース・ベイダー」 (YouTubeに出てるあれ)を見た記憶に上書きされて、本物の石庭を見てもあれを思い出して笑ってしまう。(<-現実と作り物の境界が失われている嘆かわしい現代人)

あとはBMIシンポジウムに参加して、阪大の八木先生とATRの神谷さんのトークに質問してきました。これについてはのちほど。

そんなこんなで楽しんできました。


2009年05月03日

VSS不参加となりました

今年のVSSはうれしいことにtalkでacceptされたので楽しみにしていたのですが、不参加となりました。非常に残念です。
この決定およびその前後の手続きなどでいろんな人が関わり時間を割いてくださっていることを考えれば、憤慨したり揶揄したりするのは違うと思ってます。もうこれはしかたない、あとのところでベストを尽くすしかない、という気持ちです。
この件に関連するみなさまに、良い休日が訪れることを祈っております。
ではまた。
P.S. お次の出番は、金沢での第24回日本生体磁気学会大会(2009年5月28-29日)です。輪行して「カレーのチャンピオン」まで行ってくる予定(あいかわらずB級グルメ系)。これまでと違って、オーディエンスには臨床系もしくはヒトでのイメージング研究の人が多いでしょうから、わたしのトークにどのような反響があるか楽しみです。ただ、今月はiPhone一括で買っちゃって金がないんで、夕食は財布を気にしながら行く予定です。
P.P.S. そのつぎはベルリンでのASSC13(2009年6月5-8日)でのトークです。ドイツはこれがはじめて。アイスバイン楽しみ。テクノ系のクラブも行っておきたい。生理研での国際ワークショップの宣伝とか打ち合わせの活動もする予定。こっちはキャンセルにならないといいんですけど。

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# viking

今年は生体磁気って金沢なんですね。ところで、たぶんイメージング屋(=fMRI屋)は少ないです。コテコテのMEG屋さんが多いので、time courseの話には食いつきがいいんじゃないかと思いますが。ちなみに今プログラムをザッと見たらY. C. Okada先生の教育講演があるのを見て、一度ぐらい聞いてみたかったとちょっと後悔しました。

# pooneil

なるほど、time courseはポイントですね。課題のどの時点からdecisionを反映した活動が出ているか、なんてのはひとつのトピックとなると思います。
もうひとつの論点は「局在論」のあたりかと思ってます。Single-unitをやっていると、極端局在論代表みたいな立ち位置になるし。
このへんで普段と違った議論ができるといいなと思ってます。

# viking

どのタイミングでdecisionを反映した活動が立ち上がるか、なんていう論点には生体磁気の人ならみんな食いついてくるんじゃないかと思います。MEGというのはある意味ヒトでそれを調べるために特化している手法だとも言えますし(無論EEG/ERPでもいいわけですが)。

「局在論」ということですが、最近のtime-frequency domainメインの人たちはともかく、昔ながらにコテコテのsource estimatesをやってきている人たちにはものすごく受けがいいと思いますよ。MEGは「一応理屈の上では」解剖学的にピンポイントに絞った位置におけるneural activityのtime courseが見られることになっていますので・・・。

そうそう、今年はどうかわかりませんが伝統的に心磁図・胎磁図の研究も多く発表されていますので、お時間があったらぜひご覧になってみて下さい。門外漢にも結構面白いものです。


2009年04月19日

"Make:"いいですね、とかつれづれ。

4/16 さいきんはArduinoとかprocessingとかPTAMとか // openCVとかARToolkitとかなんかそういうのが気になってる。

4/16 これイイ! http://tinyurl.com/c4rj7g // PTAMとArduino組み合わせて現実世界のLEDの色を // GUIで点灯させたり、コピペしたり。// これと脳科学をつなげたい、って思ってる人が世界に何人もいるはず。// 俺もそう。脳の「リアル」を知るためのBMI。// 俺は「現実」には住んでいない。// つねに5年くらい先に住んでいて、// (とりけし。)


OReilly.jpg

さいきんはオライリーの本ばかり読んでる。"MAKE:"いいですね。オタク趣味を脱臭してオサレ系にしたgeekのための雑誌にしてある。マッドサイエンティストもモンド的味付けがなされているし。

でもって、岡崎図書館行ってみたら誰も借りてないの。悔しいからNo.6までおよび"making things talk"まで全部借りて順番に読んでる。Chu-Moyヘッドホンアンプとかエフェクタの自作とか、そういったわたしが興味持ってるけど出来てないものがたくさん載ってる。これは素晴らしい。"MAKE"がちゃんと売れて続いてくれたらいいなと思ってます。

iPhoneとか出る前の話だけど、Ittiラボの人が携帯のカメラでオンラインでsaliency map計算させてるのを見せてくれたことがある。じつは、わたしのやってることとけっこう近いんですよ。

Palm Preのプレス発表も良かったですね。あのくらいキビキビ動いてくれると楽しい。でもどちらかというと、こういう競争が激しくなることによってiPhoneが進化してくれることをこそ期待していたりして。

LEDでレバータスクだったらTEMPOなんかいらないんであって、マイコンで作れるじゃん、とか思ってた。プログラミングとか面倒そうだから敬遠してたんだけど、Arduino使ってセンサ買ってprocessingでプログラミングすればトータル5000円で組めるじゃん。LEDでレバータスク。だれかやって。一般公開あたりこれで遊ぼうよ。

あーなんか気楽に書きすぎたな。俺床屋談義って嫌いなんですけどね(どの口でそれを言うか)。

(前回のエントリの追記部分が長くなったので独立させました。)


2009年04月18日

Twitterに脳内がだだ漏れる20090416

2/18 Sekai Cameraの発表時には興奮したけど、ほんとうに動くのか疑わしかった // 今回ので、ある程度狭い領域では稼働することがわかった。// ほんとうに稼働するんだったら、ぜったいに面白い!// ということでフォローしておく。

2/19 「恥ずかしいこと思い出すとなぜか独り言が・・・」// あー、みんなやってたんだ。// 自分だけじゃないんだ。// ちなみにわたしの場合は、//「あー、うんこうんこうんこうんこうんこうんこうんこ」// とうんこ連発してます。

2/23 これなんだけど、// http://tinyurl.com/alldfc //これは研究されていることなんでしょうか。// 文字抜けもあるけど、// 構文のレベルですよね。// みんな面白がってるけど、// aphasia関連ではないのですか?// だれかくわしい人いないの?

2/23 Amazonで見たすごいいいレビュー:// http://tinyurl.com/d8qcnr

2/25 iPhone キャンペーン キター!!! // CREST報告会で大阪に行ったときにスパボ一括で、とか考えていたけど // 全部すっ飛んだ!!! // つーかこれは新機種発売フラグ // また買えなくなった(<-ダメぢゃん)

3/10 今日ネットで見て気に入ったフレーズ //「現在の、微妙にマジックリアリズム気取りの胡散臭いポジションが一番いいよ。」// これは「デンデラ」読まなくては。

3/18 「うちの開成高校では」まで読んだ // そっちよか今日はiPhoneコピペキターのほうだな。// 決めた、今度こそ買う(まだ買ってないのかよー)

3/21 さらに暗くなるまで長男とキャッチボール。// ボールを受けるときに一歩前に出る習慣ができていて、感心する。

3/26 LEGO MINDSTORMS NXTが欲しいと思ってたけど、// LEGO Education WeDoっつーのが出てくるね。// こっちを息子に買ってやるのがいいかも。// でも元の発表では1月発売のはずだったのに、7月になってるみたいだし。


2009年03月18日

「意味なんてどこにも無いさ」

The Whoの"so sad about us"を聴いてたらなんかほとばしってきたんでまた書いちゃう。


反復運動は回転運動。

どんな言葉も作り手がコンテキストを設定しなければ、読む側のコンテクストが設定されて陳腐になる。

クヌギの木の下まで行こうぜ / そこにはなんにもないとわかっているけどさ
クヌギの木の下まで行こうぜ / そこにはなんにもないとわかっているけどさ

どうでもいい言葉をマントラのように繰り返して、それで感情を揺さぶる。それがメロディーとリフの力。

だから、反復運動は回転運動なんだ。


2009年02月02日

Twitterに脳内がだだ漏れる20090202

Twitterに書いたことを断章形式でブログに再利用。前回は20081130まで。ダイエット関係は割愛にて。



12/1 クラス会と人間ドックを前にして// 突然始まりましたよダイエット。// カナダに持って行ったフィリップ・マグローの本が思ったより良かったので// 原書も購入:"the ultimate weight solution"// つーかこの人、本職はあくまでカウンセラーだね。// アマゾンUSAではマグロー自身が太っているのが問題だとか、// MDではないとか、荒れてる。// でもさ、特効薬なんて無いんだから、まんべんなくカロリー減らしていくしかないのであって、// って長くなってきたからそのうちエントリ作る。// とりあえず今日からここで毎日報告。
12/6 「ケツバット」ってフレーズになにかヒップホップ風味を感じる。
12/7 「ぼんのくぼ」って言葉をだみ声で言ってみる。
12/8 首が繋がってました!!! イエーイ!!! // とりあえず一人で祝う。// 誰もいないラボでかき鳴らす(なにを?) // Neil YoungのDown to the wire最高。// コード進行がG-Cと進むところでメロがF#-E-Dを動き、// そのままコードBで解決、って解決してないけど最高。
12/9 「ぼんのくぼ」を「う゛ぉんのくう゛ぉ」と発音してみる// 今日ネットで見た印象的なフレーズ:"Albert Hoffman's Bicycle" // ていうか詩のタイトル。// 「あなたはもう既にゆるされているんですよ」// こういう言葉をずっと聞きたいと思っていた。// ぼくに降り注ぐ「恩寵」。
12/16 このあいだセミナーで「ペロニアル ナーブ」て解剖学用語を聞いたんだけどめちゃかっこいい。// この名前でバンド組みたい。// んで、なんかスミスっぽい音出すの。
12/17 夕方に自転車で帰るときに、東の空から上ってくる満月の月を見ると、// お、満月か、みたいなまんざらでもないかんじがある。// でも、夜中に自転車で帰るときに、東の空から昇ってくる半月が建物の陰から現れると、// なんかぎょっとする。// て「満月の月」ってなんだよ、オレ。
12/19 @hobby_hobby ありがとうございます。いま気づきました。
12/21 Windowsでのfirefoxに入れてるEvernote。// Web clipのときにlocalのアプリケーションを立ち上がるのでいちいち面倒だった。// 今回のアップデートでやっとMacと同等になった。// それでもいまだにwindowsとmacでlocalのアプリのインターフェースが全然違うまま。// これはやくなんとかしてほしい。// でももうこっちに慣れたので「紙copi Net」は使ってない。
12/25 マック行列、バイト千人// 昔からそういうもんだったんだろうけど、// それが見逃されなくなった、ということでしょうね。// なんか、時代が変わったってかんじがした。// これからどんどん、もっと変わるよね。// そのとき、俺はどっちにいるんだろうか。
12/27 (翌朝)3時56分、ぶじ自宅に到着しました。// 幹事さん、どうもありがとうございました。// 赤坂見附から自宅まで、虎ノ門、銀座、新大橋経由でちょうど1時間でした。// ...ママチャリで。
1/1 あけおめ。// 私が好きな瞬間:// 紅白歌合戦が終わって、ゆく年くる年に切り替わった瞬間の静寂。// 寺に雪など降っているとなおさらよい。// 今年は富山で、雪は降ってたらしいけど、雪は見えなかった。
1/6 もうすぐkeynote speech。// Steve Jobsのコメントも出ましたね。// んでそれの翻訳の出来がめちゃいい。http://tinyurl.com/7dg93w // たいがい機械翻訳とかでガックリなのだけれど、// これは実力者と見た。// We'll be back soon キター! // でも寝る。// って17インチMBPだけって、なんだよー // iPhone買う気でいたのに。
1/7 mapionのキョリ測おもしろい。http://www.mapion.co.jp/route/ // こないだの実家から赤坂見附までは11km。みじか! // たしかにちんたら自転車で走って1時間でした。// 岡崎の自宅から隣の市の豊田図書館までで19km。// だいたい1時間40分。// ここ往復するのはちょうど良いかも。// 本持って往復するのはたいへんだけど。
1/14 エレカシの「新しい季節へキミと」聴いた。超絶よい!!! // 「桜の花、舞い上がる道を」聴いた。超絶よい!!! // 「俺たちの明日」がCMで流れてるのを聞いたときは正直ピンとこなかったんで // しばらくフォローしてなかったんだけど、// これはいい!!! ちとJ-POPぎみだが、曲もよければ、歌唱もよい。// さっそくj-total見て熱唱。// はやくライブに行かなくては。// 今日webで見た印象深いフレーズ: // 「いい珍奇男だね。ラストがしっかり決まれば最高だ」// んでしっかり決まったんで感涙した。// 武道館って席まだあるのかな。
1/18 http://tinyurl.com/7tp4ep // これ面白い。// オタ友がいないままにネットを友にしてオタクをやってきた私にはしみる。
1/19 @shokou5 水泳いいですよ。頭が冴えて仕事にも良いです。(<-ダイエットハイになってる)
1/23 人間ドック行ってきた。さて結果の方はどうでしょうね。// 胴周りは10cm減った。でもまだメタボ圏内。
1/25 今日笑ったフレーズ: // 買わなきゃハドソン(ハドソン河に沈められるぜ、の意)
1/31 ポストロック系を手当たり次第聴いてたのだけれど、// みんな好きなんだけど、ほんとにいちばん魂にくるものが見つからずにいた。// んで、Lastfmで流し聴きしてたら見つけたYndi Halda。// ギターとストリングスの組み合わせで // じわじわと盛り上がる曲調で、GYBEの亜種みたいなつもりで聴いてたんだけど、// "We Flood Empty Lakes"の最後の盛り上がりのところまできてあわてて曲目をチェック。// これはキタ! // Lastfmでフルで聴ける:http://tinyurl.com/az3s45 // いったん突破口が開いたら、"This will destroy you"とか"God Is an Astronaut"とか // "Saxon Shore"とか、もうぜんぶいける。// 忙しいったらありゃしない。// (MogwaiとかSigur RosとかExplosion in the skyとかThe Album Leafとかは知ってるんで推薦無用)

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# マコちん

ポストロック系ですかー。
僕はガスター・デル・ソルとかトータスが好きですね。

そもそもポストロックってプログレと意味が似ているし、いったい何なの?って感じもするんですけれども・・・^^;

# pooneil

どうも。ポストロックってなんなんですかね。
ともあれ、もともと(サイケ系の)プログレ好きで(シューゲ系の)ギターロック好きなもんで、音的には私の好みのど真ん中です。
シカゴ音響派は興味あるけどずっと聞き逃してきたのでこのへんで浴びるように聴いてみたいです。


2009年01月21日

10kg減量しました

ところで右の写真を見てくれ。こいつをどう思う?

すごく…大きいです(腹が)。

diet1.png

というわけで、さすがにそろそろダイエットしないとまずいので始めました。左の写真は前回のダイエット成功から3年後にまだ体重を維持していた頃の私。右は体重最高潮、体調最悪だった昨年9月にJSTの取材で撮った写真。この写真では見えてませんが、ジーンズのボタンがきつくてはめられてません。隣でいっしょに映っている伊佐先生が小さく見えるっていう。

ところでなんで前回リバウンドしてしまったかというと、それについてはまたそのうち別エントリを作ることにします。左の写真が汗だくなのが伏線ですな。

以前のダイエット経験については昔のエントリで書きました:20000816。2回ダイエットしててどちらも半年で20kg超の減量に成功してます。履歴書には「特技:ダイエット」と書けるくらい。ただ、問題なのはリバウンドも2回してるんですよねえ(ダメぢゃん)。いまのところ2勝2敗。これが3勝2敗になればいいわけです。でもさ、人生で5割を超える戦績を残せるものなんてそんなにないと思いません?(こじつけ)

そういうわけで、これまでの経験からわたしが知っているのは、ダイエット自体はいったんその「モード」に入ってしまえば難しくないってことです。いかにしてわたしが「ダイエットモード」と呼んでいるマインドセットに入るかがダイエットには重要なのですよ。そこに入れば痩せるのはつらくない。逆に言えば、ダイエットがつらいような状態(「意思の力」で減量しようとしている)のときは成功しないんです。そして、どうやったらリバウンドせずに体重を維持できるか、これに関しては成功したことがないので強いことは言えません。ただ、どちらのダイエット成功のときもそのあと3年くらいは維持できてたんですけどね。(ダイエットやめたら即太るようなでたらめな食習慣を持っていたわけではない。) これが最大の課題です。どうやって俺がこの自分の身体と一生つきあっていくかっていうね。

んで、このあいだの出張のときに「全米NO1「こころの主治医」が教える なりたいカラダになれる7つのプログラム」 フィリップ・マグロー を読んだんですが、これに書いてあることはすごく同意できた。要は行動習慣を変えよう、ということです。フィリップ・マグローはさいきん勝間本が出たりとか自己啓発系の人ですね。ま、そのへんはスルーするとして。

僕らはどうすれば減量できるかなんて知ってる。摂取カロリーを減らして、消費カロリーを増やせばよい。へんな特効薬みたいな発想はしない方がよいんです。そんな本たくさん出てるけどね。フィリップ・マグロー本に書いてあるのは、ストレスでものを食べるような習慣を無くして、手の届くところから食べ物をなくして、周りの人を味方につけて、適度な運動をする、まあそういうことで、たいしたこと書いてないっちゃあ書いてないかもしれないけど、このシンプルな原則を明確にして、行動習慣を変えることを主眼にするというのに説得されました。

ちょうど一ヶ月後に高校のクラス会もあるし、二ヶ月後には人間ドックの予約も入ってる。このへんを目標にして、重い腰を上げて(文字通り)、いよいよダイエットを始めることにしたのです。

んでけっきょくいまどんなかんじかといいますと、こんなかんじ:

diet2.png

2009/1/19: 87kg

ダイエット開始から47日で97kgから87kgまで10kg減量しました。でも目標体重は72kgだからまだ15kgあります。ここからはこの倍のペースぐらいにスローダウンして体重を落としていけるといいのですがね。まだ先は長い。

diet_plot.png

体重および体脂肪率の変化は図の通り。途中に停滞期が来たりする(25daysあたり--12月の終わりあたりとか)のは、身体の自然な反応なんで、あわてずダイエットを続行するしかありません。Twitterでは「アセルナ、ユックリダ」と念じてましたけど、これはダイヤのエースネタです。(<-解説するな)

これまでやってきたダイエットの反省点として、運動を組み込まずに、食べ物の量をかなり減らしたので、筋力は落ちるし、便秘になるし、必ずしも健康的でないという問題がありました。というわけで今回のダイエットのテーマは「健康に痩せる」でいきます。あ、もちろんこれが人生最後のダイエットということで。

食べ方としては、朝はしっかり食べる(パンだったり、シリアルだったり、前の晩の残りだったり)、昼は外食せずに軽めに(蕎麦ゆでて冷凍温野菜レンジしたり、豆腐や納豆付けたりとか)、おやつはヨーグルトなどで100kcal程度まで(へんに血糖値下げすぎてパフォーマンスを下げない)、夜は全体的に少なくするけどおかずをまんべんなく取って栄養不足にならないようにする、というかんじでだいたい一日トータルで1500kcal程度にはするけど、1200kcal切ったりするような過激なことはしないでおきます。酒は飲まない。クラス会も正月もこれで乗り切っちゃいました。しばらく落ちついた生活をしたいと思っていたのでこれも悪くなかったです。

んで、ゆっくり味わって食べる。昼とかはなかなか難しいけど。ふだんどれだけ味わわずに口に詰め込んでいるかということを思い知らされる。

はじめの一ヶ月くらいはなんか胸焼けしてた。胃酸過多なのに食べる量が減ったからでしょうか。ともあれそれも消えました。

冬にダイエットすると風邪を引きやすい気がするんだけど、今年はいまのところ高熱を出したりしてません。

んで運動の方ですが、これまでは、眠くなったり、猛烈な食欲が出たりするんではないかと思って避けていたのですが、今回はプールで泳いでます。高校のとき水泳部でバタフライ泳者だったりしたんですが、ひさしぶりすぎて腕が掻ききれません。夕食前に泳ぐと、かえって食欲が抑制されてそんなに夕食がいらないし、運動強度をあまり上げずにおけば、夜にラボに行ったときでもかえって頭が冴えるなというかんじがあります。週に2,3回くらい、毎回1時間のペースです。運動に時間を費やすというのは人生の時間の使い方として、どうあるべきか考えたりしますが(一生やっていくのかどうか)、いまのところ悪くないです、というかなんで今までやらなかったんだろうってかんじです。

とはいえ、プール代がバカにならいないので、自転車も使い始めました。ラボまで乗っている街乗り用のMTB車にサイクルコンピュータ(って名称は大げさすぎる気がするんだけど)をくっつけて、速度とケイデンスを計測して、1-2時間ほど遠出。水泳と同じで重いギアでゆっくり回すのが好きだったんですけど、本当は90rpmとかでやるべきなんですね。知らなかった。ママチャリの延長だから姿勢は立ちぎみだし、正しいフォームを身につけたいのだけれど、ともあれHR=140くらいの維持を目指してます。こっちも楽しくなってきた。

というわけで、だんだん運動が面白くなっていていろいろ凝りだしてる。楽しいのはいいんだけれど、度が過ぎるとほかのことができなくなる。たとえばブログの更新とかw

運動自体のダイエットにおける効果はそんなに大きくないはずだけど(7000kcalの消費で脂肪1kgですからね)、これまでほど摂取カロリー量を減らさなくて良いし、やつれたかんじもない。あと、直接的因果はわからないけど、今回は便秘してない。悪くないです。

ただメンタルな部分も健康になりすぎているかんじがする。なんかさっぱりしすぎてるというか、スクエアになってる。Twitterにポエム書いたりとかしないし。布団入ったらすぐ寝るし。ちょっと俺らしくない。わたしのクリエイティビティの源泉だとわたしが信じていたカオティックなというかそういったドロドロなものが後退してる。そのへんがたぶんダイエット後の維持期には問題となってくることでしょう。それは予想できる。要は俺はどういう俺でありたいのか、ってことなんですけどね。

とたくさん語ってきましたが、まだまだダイエットは途中。まだまだ人生(たび)の途中ッス。いまはまだ人生を語らずッス。(<-なにをいまさら)

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# tkitom

カオティックなpooneilさんが好きです。


と、無責任に言ってみました。

ダイエットがんばってください。

# ろん

すごいですね!僅かの間に一気に痩せられるぷーにーるさんの意志力に驚かされました。僕には無理そうです。こういう意志力は、どこの脳活動とどのように相関しているのでしょうね。。。私も脳科学系ですが、分野外なので、そういうことがあまり詳しくありません。

私も12月中旬から水泳&公開ダイエットを始めました。ブログを書きながら体重と体脂肪率を公表しています。

1週間に4日ペースで1キロ泳いでいますが、なかなか体重には反映されません。そのかわり、体脂肪率が落ちてきました。運動ダイエットは、筋肉が付くので体重に反映しにくいようです。途中でがっかりしないためにも、体脂肪率を体重と一緒に記録しておくことをおすすめします!

蛇足ですが、吉田拓郎、僕も好きです笑

# kazuhi-s

最初の写真のインパクトがでかすぎますwww

ダイエットに関して感じるのは、pooneilさんもおっしゃるように、生活習慣を変えるのが重要であるということ。
いまの生活サイクルのままで頑張っても、気を抜けばすぐもとの行動パターンに収束してしまうけど、もうひとつ外側を変えてしまえば、意識せずに摂取カロリー量を減らせる。
僕は大掛かりなダイエットはしないですが、パターンを変えていくことで平均体重を2年くらい前に比べて5キロくらい落とすことができました。

# viking

というか、今の体重のpooneilさんしか存じ上げていなかったので最新の写真にはびっくりです(^ ^;

僕の方は一時期blogにも書いていた通り、相変わらず平日週5日全て昼休みにテニスしておりますもので、太らないのは結構なことなのですが一体研究とテニスのどちらが本業なのかわからないという有様です・・・いやいや研究が本業です。多分。

# pooneil

どうもありがとうございます。全レス。
>tkitomさん、そこ拾ってくれてうれしいです。>>カオティック
>ろんさん、「意思力」なんて要りませんよ。意思力が必要なときは失敗すると思います。
>kazuhi-sさん、このフレーズいいですね >>もうひとつ外側を変えてしまえば
大掛かりに減らすより、生活習慣で少しずつ減らすほうがリバウンドしにくいんで、kazuhi-sさんのやりかたの方が圧倒的に正しいと思います。(いわゆる「王道ダイエット」)
>vikingさん、ここ数年は「モテすぎないように肉布団を着て世を忍ぶ仮の姿」でしたwww (というのがわたしのお約束のネタ。)

太ったり痩せたりを繰り返しているので、だれがどっちを知っているのかわからなくなったり。伊佐研、宮下研、薬作の人は前の姿を知ってますけど、統合脳とか研究会とかブログとかで私を知った人にとってはデブキャラなんですよね。いや、キャラ的にはゴレンジャーの黄色の役(いつもカレー食ってる)でいいんですが。


2008年12月18日

Twitterに脳内がだだ漏れる20081130

Twitterに書いたことを断章形式でブログに再利用。前回は20080918まで。



9/19 ディランのタンブリンマンの"magic swirlin' ship"ってフレーズが// 頭の中を回ってる。// 曲のタイトルに使いたい。// マジック!// スワーリン!// シップ!// (戦隊ものみたいにいちいちポーズをつけながら。)
9/23 真夜中に、"Footprints"の詩を読んで、静かに涙を流してみた。
9/23 「痛くない」ということで痛みを伝えるような、// 言葉の持つ「分節作用」を超えて// 無邪気に言葉を発するような// そんな詩を書きたい。// そのためには、韜晦の混ざる余地のないような// 未知の場所に立って、// 即座に声を出すんだ。
9/28 今日気に入った書き込み:ゆ←この文字考えたやつは天才だろ ぬ←すげえ前衛的 さ←イケメン
10/8 バンド名また考えた!// 「プライベート・ジェット」// 音はローファイにしておけば名前のセレブ感が皮肉であることがわかる、みたいなかんじで。
10/8 毎日のこれってwikipedia丸写しじゃね? http://tinyurl.com/4lq8rf
10/14 well be back soonキタ-!// でも寝る。
10/17 音極道でのこれ:http://tinyurl.com/4dcnyx // 王道J-POPコード進行Fmaj7-G7-Em7-Amってやつだけど、// わたしはこっちの方を王道だと思ってた:Fmaj7-E7-Am7-G // こっちのほうが短調テイストがきつめ。// 「決戦は金曜日」とか、フィッシュマンズ「100ミリちょっとの」のサビとか。// グレイプバイン「光について」のAパートとか。// わたし井上陽水から始まってるもんで、F-E7-Amってのが大好きなんですよ。// でも宅録するときは恥ずかしいので1,2弦開放でC#m-B-A-Eとかそういうかんじで。// ていうかそれvapour trail
10/19 「メイドインヘブンの服』ってのが// ウイングスーツなんだってのを見て// スゲー納得いった
10/20 Too late to be late.
10/20 永久機関に抱かれて眠る
10/21 ここは全力でスルーでよろしく
10/27 ――文学線って、さすがにおどろいた
10/31 ドバイの雲形をくり貫いたってネタだけど http://tinyurl.com/62zjgg // 英語のキャプションがあるから怪しいと思ってググってみたら// 元ネタあるじゃん http://tinyurl.com/2grzb4 // これはドバい(<-使い方間違ってる)
11/1 今日ネットで見た印象的なフレーズ:「キリンは慈悲の獣ですから」
11/7 さいきん「ミスリード」を名詞として使うのをよく見るんだけど、// なんか「違和感を感じる」。// 形容詞の「ミスリーディング」ならいいんだけど。// これが歳とったということでしょうか。// あと、パワポでプレゼンとかのときに、// 「次にお見せしますのは」っていうのもなんか嫌。// それは丁寧語だから。// 「次にご覧いただくのは」// って言うようにしている。// これが歳とったと(ry
11/8 納豆巻きってさ、//海苔が貼りつくよね(鼻くそをほじりながら)。
11/17 こういう話は好きなんだけど、http://anond.hatelabo.jp/20081117033650 //「友達が言ってたメソッド」をこうやって使うのは好きじゃない。
11/17 もうすぐ出発。// 5時20分発の空港バス。// 起きるの無理だから徹る。
11/24 カナダの山奥に潜伏中。// ネットも繋がったり切れたり。// 「燃えよ剣」はよかったけど泣けなかった。// 泣かなくていいんだけど。// 帰りはアーヴィング。// のはずが、DKL color spaceとか勉強することに。// 楽しいからいいけど。
11/30 「ドングリ百個で30円」// って曲を作りたいと思った。


ちなみに上記の「プライベート・ジェット」うんぬんは例のビッグ・スリーの話題の前です。なんか奇妙な偶然に笑いました。


2008年12月14日

ぬりえをした。

娘が「パパ、久しぶりにぬり絵やらない?」って言うんで、お気に入りのマンダラ塗り絵(アメリカかどっかでおみやげとして買ってきたイタリアの本)を引っぱりだしてきて、いっしょにやった。

となりで次男もいっしょになんかべつの本を塗ってる。茶色とピンクが好きらしくて、これまではすべてを塗りつぶしていたんだけど、今日はけっこうちゃんとぬり絵をしてる。

そうこうしているうちにふたりともできあがり。娘もけっこう手際が良くなって、ほぼふたり同時に終了。

scan_km.png

左がパパで、右が娘。パパは夜のもみの木をイメージして書いたんだけど、そうしたら娘は「じゃあわたしは夕焼けにする」と言ってバランスを取ったりしながら。さいごにお互い交換できるようにコピーを取り合って、終了。

次男はずっとそのあいだも塗り絵をしてて一冊終了させてた。長男は「モモ」とか読んでる。

そんな日のこと。


2008年12月09日

Twitterの使い方がわかってきた

「私にとっての」という話だけど。
Twitterでちょこまか書くのは意外と楽しいのだけれど、そこでなにかコミュニケーションしたいってわけでもないことに気づいてきました。というわけでフォロー全部切って、完全につぶやきモードに入りました。他意はありませんので悪しからず。
それで、あくまでブログの中で役に立てたらいいんだと。右カラムと左カラムの役割分担がわかってきました。
右カラムにtwitterのつぶやきを入れてやると、左カラムのブログのですます口調の白々しさを右カラムが相対化してくれる、つまり、押さえきれないものの噴出みたいな役割を果たすことがわかってきました。それによってちょっとは血の通ったかんじになるんではないかと思うんですけど。あと、左カラムのストックと右カラムのフローって対称関係も悪くないし。
もともとのわたしのブログの文章はですます口調ではなくて、「だ」「である」だったんですが、なんか辛口コラムニストみたいになりがちで嫌だったんでやめました。けっきょく、「ブログで憂さを晴らさない、溜飲を下げないようにしよう」という方針に向いた、人に向かって話す口調を選んできたというわけです。でもそうするとなんかラジオDJ口調と申しましょうか、オッサンブログ臭いキモさが出てきてそれもやだなあと。それでwwwとかorzとか書いてるとそれはそれでこんどは若作りオッサンブログ臭く、さらにキモさがきわだつ。(さらにいえばこういう自意識過剰的なところがさらにオタ臭さを醸し出す。) 脱線しましたが、そういうところをちょっとでも中和してくれたらいいなあと。
また、左カラムの政治的に正しくかつですます口調の中にたまにそういう噴出をエントリとして入れ込んでやることによって、象徴界(左カラム)のなかにぼっかりと想像界(右カラム)が噴出しているというその「穴」「噴出」という事態を通じて現実界を付置していることになるんではないかと思い当たったのです。
あ、前のパラグラフの単語はデタラメなので、ウケる人だけウケてくれればいいです。どういう言葉を使えばよいのかわからないんだけど、なんかそれに近いことをやった気ではいるのだけれど、どう?(こっち見んな)
…というエントリを9月くらいに作って放置しておいたんだけど、けっきょく、twitterを右のカラムに入れると狭くて読みにくいのでやめて、いちばんあたまに持ってくることにしました。つまりいつでも噴出している状態っていうw


2008年12月02日

iPhone/touch用のページを作成しました

iPhoneほしい!!!

けどX01HTの支払いがあと9ヶ月残っている!!!

というわけでここは我慢。

きっと待ってれば新しいバージョンのiPhoneが出るでしょ。そのうち32GBバージョンが出て、8GBのやつは値下げしたりとか。そのへんまで待つつもり。

iPhoneもケータイとしての機能に難が、とかいろいろ言われてるけど私には問題なし。だって、わたしが欲しいのは携帯電話ぢゃなくて、「無線LANとか無くても、いつでもどこでもネットにつなげる端末」なんだから。

X01HTにはお世話になったけど、なるたけ電話回線使わないようにして気を遣いながらネットに繋いだりするのはもう止めにしたい。月3000円(つまり基本料金980円と割賦金)くらいで抑えるようにこれまでなんとかしてきた。

iPhoneもはやく寝モバに耐えうる通信速度になってほしい。無線LANぢゃなくて3Gでニコ動とか見られるようにしてほしい。電話できなくていいから3Gでつなぎ放題で月3000円とかにしてほしい。もしくは新幹線の中でも岡崎でも幡豆の山の上でも日本中どこでも無料の無線LANが使える時代が来るとかそういうんでもいい。マクドナルドの無線LANがタダになるくらいじゃお話にならない。

21世紀にもなって、そんな貧相でもの悲しい状態に耐えなければならないことに激しく疑問を抱きつつも、そして自分の経済状況もあり、とにかくいまはiPhoneを買えないので、代償行為的にこのブログのiPhone/touch用のページを作成してみました(ここまで前置き!!!)。こちらから:iPhone/touch用のページ

cremadesigniPhoneテンプレート for MTを使わせていただきました。当ブログはmovable typeを作って製作してますので、iPhone用のテンプレートで別のindex.phpとエントリーのファイルを生成するようにしたというわけです。

基本的にiPhoneテンプレート for MTのデフォルトのまんまで、iPhoneからコメント書き込みはできませんが、これまでのコメントは読めるようにしておきました。

こんな長文わざわざiPhoneで読むかっつう問題はありますが、ごてごてした部分を取り除いて文章だけになると、意外に読めるかなと。ぜひ活用してみてください。問題点など気づいたら教えてください。ちょっと文字が大きすぎる気がしてます。よろしくお願いします。

以下はテンプレート変更部分についての自分用のメモです:

  1. ファイルの拡張子がphpなので、各テンプレートの第一行目を以下のように変える。
    <? echo('<?xml version="1.0" encoding="<$MTPublishCharset$>"?>') ?>
    
  2. アーカイブファイルの構造がデフォルトと違っているので、個別のエントリへのリンクを以下のように変える。
    <a href="<$MTBlogURL$>i/permalink/<$MTEntryID pad="1" $><$MTBlogFileExtension $>" target="_self">
    <$MTEntryTitle$>[<$MTEntryDate language="ja" format="%b月%e日" $>]</a>
    
  3. アーカイブファイルの構造がデフォルトと違っているので、前後のエントリへのリンクを以下のように変える。
    <MTEntryPrevious><p class="previousEntry">
    <a href="<$MTBlogURL$>i/permalink/<$MTEntryID pad="1" $><$MTBlogFileExtension $>">
    « 前の記事へ</a></p></MTEntryPrevious>
    
  4. iPhone用個別ページのテンプレートで以下を加えて、コメントを表示する。
    <MTEntryIfAllowComments>
    <MTIfNonZero tag="MTEntryCommentCount">
    <MTComments>
    # <$MTCommentAuthorLink spam_protect="1"$> <$MTCommentBody$>
    </MTComments>
    </MTIfNonZero>
    </MTEntryIfAllowComments>
    
  5. アーカイブマッピングの設定をデフォルトから変えてあるので、「iPhone用個別ページ」のアーカイブマッピングを追加して、以下のように設定する。
    ../i/permalink/<$MTEntryID pad="1" $><$MTBlogFileExtension $>
    
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# 徳生 健太郎

おおちゃんとiPhoneできれいにでたぞ。お見事!
でも字体は確かに少々デカめに見える。
(テンプレートにフォントタグいれて小さめにすればいいだけではないのかな。あるいは貴殿PC版ブログでのフォント指定(がもしあれば)がiPhoneのSafariにヘンに反映されているのかも)

あと、Safariのユーザーエージェントを見て自動的に/i/のページにリダイレクトするとかできるともっとかっこいいと思う!iPhoneのUA文字列のサンプルはこんな感じ:

Mozilla/5.0 (iPhone; U; CPU like Mac OS X; en) AppleWebKit/420+ (KHTML, like Gecko) Version/3.0 Mobile/1A543a Safari/419.3

# pooneil

>>Safariのユーザーエージェントを見て自動的に/i/のページにリダイレクトする
なるほど。そのほうがスマートだね。http://allabout.co.jp/internet/javascript/closeup/CU20080715A/ のjavascriptを使ったやり方を見て入れてみました。よければ試してみて。
if(navigator.userAgent.indexOf('iPhone')!=-1){location.href='http://pooneil.sakura.ne.jp/i/';}

# 徳生 健太郎

@pooneil: 試してみたけどだめだったよ。でもコード見たら、こうなってたよ?
if(navigator.userAgent.indexOf('iPhone OS 2_0')!=-1
僕のiPhoneはまだ3Gじゃないんで、だめでした。'iPhone'だけだとフィルター甘過ぎ?

# pooneil

しまった、参照元のサイトのコードのまんま('iPhone OS 2_0')になってた。直しておきました。


2008年11月28日

子どもと「BigDogごっこ」をした。

パパがyoutubeで見ていたBigDogのことを、一番下の子がえらく気に入って、「へんなドボット見たい」とせがむようになった。ついでにBigDog Betaも見せてやったら大喜び。
毎日見せるのもよくないかと思って、今日は代わりに「BigDogごっこ」をやってみた。つまり、ふたりで頭と頭をくっつけて、「ブーブー」とうなりながら行進する。そこを横から長女が蹴りを入れて、おっとっととなりながらもなんとか耐える。そんなあそび。ウケてた。
そんな日のこと。

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# 徳生 健太郎

こりゃウケた。オリジナルのビデオでスゲえと思っただけに、パロディが爆笑。ブログ本題の「ごっこ」はどうだったかは知らんけど(笑)

# pooneil

どもひさしぶり。
やっぱあの黒タイツがポイントだね。
「ごっこ」のほうはお父さんと幼児だからバランスが悪いのだけど、昨日も下の子に「へんなドボットごっこしよう」とせがまれたから、面白かったみたい。
それではまた、クラス会にて。


2008年11月21日

Twitterに脳内がだだ漏れる20080918

Twitterに書いたことを断章形式でブログに再利用。前回は20080809まで。



8/9 質より量に学ぶ - Radium Software//まったくもってホント重要。//「泥のように働く」で荒れたけど、こういうことを指してたんじゃないのかな。
8/11 北島58秒台キター!!!
8/12 Proteus VXフリー化!!! スゲー!!!//さいきん、スゲー!!!とかキター!!!とかそんなのばっかり。//Proteus VX落としてきた!//スタンダロンで動かしてみた。音鳴らねえYO!!!//FL Studio 8からVSTで読み込んでみた。 音鳴らねえYO!!!
8/13 twitterfoxからテスト。//こ、こりゃええ(タモリっぽく)
8/25 "Twitter is over capacity"出た! もう引っ越すか。
8/27 つらいときには明るい歌を歌い、平和なときにブルースに絡まる。//言葉には二面性があり、僕らの主観性には二面性がない。//だから僕は、主観性は表象に先立つ、って言ってるんだ。//だからこんな日は、ビール飲みながら「バナナフィッシュにうってつけの日」を読む。//ビール、にが。
8/31 みえるものすべてが、灰色になって、//遠くにあるように見えて、//それはそれでかまわないのだけれど、//ちりちりとしたかんじが残るのだけが、//どうにもゆるせないのだ//そうぞうの世界で。//ぼくはひとりで立っていた。//とおくで音楽がながれていた。//トレモロをかけた、ひどく歪んだギターの音が、//遠ざかったり近づいたりするように、//トーンをびみょうに上げ下げしてゆく//やはりぼくはひとりで、//なつかしいことを思い出したりとかしながら、//ひっしに耐えていた。
9/1 ここはポエムを垂れ流すところにしたので、//フォロー全部切ったのであしからず。//「入滅」なんてかんじで。
9/6 今日みたいに寝苦しい夜は//カエルがゲコゲコ鳴いて//水に飛び込む音がしたりして//...家の中で。//って気づいたらスゲーでかくなってるし。//もう寝る!
9/17 Paradieswarts。xx-boundてかんじか。//ノースバウンド、アースバウンド。//だから、訳すなら「楽園行」で。//楽園へ、いこう。//いまの俺がなりたいのはただひとつ。//13th floor elevatorsの「壺男」。//あ、研究会の感想だけれど、私がいちばん印象深かったのは、//iPhone持ってる人にまったく遭遇しなかったってことです。//あ、冗談ですよ?(>>いちばん印象深かった)
9/18 「XXですよ?」が使いたかっただけなんだけど、いまいち。


2008年11月13日

飛行機で読む本の候補200811

いよいよSFNですね。しかし今年はわたしは不参加です。ネタはあったんですが(JNS論文のdiffusion modelの部分とか、NCM2007で出したV1 lesionでのexpress saccadeとニューロン活動とか)、今年はちょっとあちこち行きすぎたので、実験に専念ということで。
……のはずだったのですが、HFSPミーティングでカナダのDoug Munozのところに行くついでにニューヨークのHakwan Lauのところに行って、コロンビア大学の心理学部のセミナーでトークをすることに。関係する方を訪ねたかったのですが、あいにくSFNの会期中なのでそれもかなわず。またの機会に!
んで、帰りのトロントから成田までの飛行時間が17時間ですよ。給油時間込みとはいえ。
仕方ないので読む本を探しました。さいきんはラノベばっかり読んでましたが、さっさと読み終わってしまって時間が保たないので、なんか長編を探してみる。
「鉄鼠の檻」 (文庫版) 京極 夏彦はいつも候補に入ってるんだけど後回しになりそう。
「ビューティフル・マインド」 シルヴィア ナサーも積んだままだったので読もうかと思ってアマゾンの批評を見たら(見ちゃうし!)、訳がひどいと書いてあったのでがぜん萎える。
「オウエンのために祈りを」 ジョン アーヴィング。アーヴィングは大学の頃に「ガープの世界」「熊を放つ」を読んだ以来で当分遠ざかっていたのだけれど、最後が一挙に来るみたいでスゲーよさそうだし、新潮文庫に入ってたので買いました。
「燃えよ剣」 司馬 遼太郎。自分はシバリョーとか、っていうか歴史物をまったく読んだことがないので、死ぬ前にここらでチャレンジ。楽しめるかどうかではいちばん間違いないはず。ちなみに岡崎には近藤勇の首塚があって(法蔵寺)、縁のある土地なのですが、まだ行ったことありません。
PRML訳本読むってのも急務なのだけれど、飛行機では無理だな。あー、ベイジアン、ベイジアン。
「全米NO1「こころの主治医」が教える なりたいカラダになれる7つのプログラム」 フィリップ・マグロー さすがにそろそろダイエットしないとまずいので。経験上(ダイエット成功歴2回! でも失敗歴も2回)、いかにしてわたしが「ダイエットモード」と呼んでいるマインドセットに入るかがダイエットには重要なのですよ。そこに入れば痩せるのはつらくない。逆に言えば、ダイエットがつらいような状態のときは成功しないんです。このあたりの体験談は昔書きました:20000816。ということでこの本が良さそうなので、図書館から借りてきました。次回のダイエットのテーマは「健康に痩せる」でいきたい。
というわけで「 オウエンのために祈りを」「燃えよ剣」をかばんに入れてくことにしました。


2008年10月11日

A sort of homecoming

や、どうも、元気です、なんとかこらえてます。久々に実家。なんとなく実家に残してきた本を列挙してみますね。前にもやったことある(20060102)。まあ、意味はないけど。(自意識的にはこういうにはなにかセラピー的要素があったりするんで意味はあるけど。)

「眼球譚」G.バタイユ
「青空人生相談所」橋本治
「俺にはオレの唄がある1,2」柳沢きみお
「ランボー『地獄の季節』探照」篠原義近
「The pictorial key to the tarrot」 Waite
「マイルスとコルトレーンの日々」植草甚一
「カトマンズでLSDを一服」植草甚一
「May Ray 1984-1985」
「よい子の歌謡曲 1991年12月号 特集フリッパーズ・ギターに会えてよかった」
「ステファン・グロスマンのカントリー・ブルース・ギター」
「クマのプーさんスケッチブック」B.シプリー編
「エレキな春」しりあがり寿
「米国音楽 vol.4 1995 "Licensed to Kitten" Issue」
「Duineser Elegien」Rainer Maria Rilke
「ものぐさ精神分析」岸田秀
「吉岡実詩集」
「続・吉岡実詩集」
「天使の王国」浅羽道明
「The complete poems」William Blake
「ぼのぼの 8」いがらしみきお
「お前がセカイを殺したいなら」切通理作
「レコード・コレクターズ 1991年9月 60年代のフランク・ザッパ」
「レコード・コレクターズ 1991年10月 ソフト・マシーン R・ワイアット」
「危ない1号」
「櫻の園」吉田秋生
「別冊宝島153 世界の読み方が変わる本!」
「銀星倶楽部 7 特集 バロウズ plus ビートニク」
「島田奈美写真集」撮影・会田我路
「SHILOH and other stories」Bobbie Ann Mason
「定本 はっぴいえんど」
「シュルレアリスム宣言・溶ける魚」A・ブルトン
「優雅で感傷的な日本野球」高橋源一郎

それから、Jefferson AirplaneのFillimore auditoriumでのライブ(1966/12/16-18)のサイケデリックなポスターのレプリカが今でも壁の一番高いところに貼ってある。まるで護符のように。

コメントする (2)
# しか

共通点は,最初と最後,でした.

# pooneil

ども。高橋源一郎は大好きで、初期のものはほとんど読んでます。


2008年09月17日

Twitterに脳内がだだ漏れる20080809

Twitterに書いたことを断章形式でブログに再利用。前回は20080322。と思ったら古いのが消えてる。Twitter使えねー ともあれサルベージ:



5/15 日が落ちても空が暗くなるのをずっと見てた。//海と空が交わるあたりの海が筋のように白く光ってた。//たぶんずっと向こうで太陽の光が当たっているところが見えたんだと思う。//それが消えるまでずっと海を見てた。
5/17 これあり得ないだろ、不可能だろ:http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0805/17/news003.html //250GBコピる気か?
5/20 ここでwiredに反応するか「天才」論に反応するかで人間性が問われるよ(大マジ)。//「天才」論に関していえば、ここまで青い鳥flashに言及なし、ということで。//あと、ポスドク問題とつなげる、とか。
5/30 神経科学者SNS経由でcogentのサイトへ。//Zekiがブログをやってるのを発見。//1月からだけどけっこう書いてる。//NeuroscientistのPIでブログ書いてる人はじめて見た。//http://www.profzeki.blogspot.com/
6/8 世界記録1秒更新って、北島sugeeeeeeeee//たぶん北京オリンピック後あたりで、LZRへ出した許可は見直しされて使えなくなる。//そしたら北京での北島の記録(6秒台?)が10年残ることになるんじゃないか。
6/11 ついったー遅すぎる。//ブログのサイドバーに入れておいたらツイッターで引っかかって本文開くまで待たされる//しかたないからサイドバーは本文読み込んでから書かせるようにした。
7/8 Chris Frithについてwikipediaで調べた。//そしたらFred Frith (ex. Henry Cow)の兄弟だということが判明してびっくり!//なんかスゲー!
7/22 ホッテントリメーカーの「リア充がひた隠しにしていたXX」ってのいいな。//なんかちょっと泣けた。
8/5 生物オタが非オタの彼女に分子生物学の世界を軽く紹介するのための10タンパク//くるところまできたな。//オレはやんね。//>>紅衛兵は過去にのみ存在するわけではないのだ。//自分では使えないけど、イイね。//とりあえず数行読んでやめたけど、あいつ、嫌い。//「脳神経外科手術の基本手技」読んだ。//ヤバイ、超重要。//外科結びとかもうそのへんからやってかないと。//ちょwww >>今後は立替の時に足立区や江東区や板橋区に集中的に配置して欲しいものです
8/6 ストリートビュー面白い! 江東区wにあるわたしの実家も自転車の台数から看板まで全部映ってた!//ジンジャー エール買って飲んだこんな味だったけな//て書こうと思ったらもう書かれてあったからやめた。


2008年09月11日

夏の夜に覚めてみた夢

寝苦しい夜に目覚めて、
モニタの光に耐えながら、
そのとき見た夢を書き付けた。
-----------------
気がかりな夢から覚めた。
バットとボールを置きっぱなしにしていた。
書き置きがあるはずだ。
もうすぐ雨が降る。
もう真夜中だ。
車に乗って回収しに行こうと考えたときに
どう行けばいいのかわからないことに気づいた。
それは夢の中の球場だった。
バットとボールと一組のマットレスが置いてある
あの球場にどう行けばいいのだろう。
書き置きにはなにが書いてあったのだろう。
なにもかもわからないまま、
また寝た。
-----------------
あとで見直して推敲してみた。
-----------------
気がかりな夢から覚めた。

バットとボールを置きっぱなし。
書き置きがあるはずだ。
もうすぐ雨が降る。
もう夜中だ。

車に乗って取りに行こう。
どう行けばいいのか。
それは夢の球場。

バットとボールと一組のマットレスが置いてある
あの球場にどうやって行けばいいのか、
書き置きにはなにが書いてあったのか、
なにもかもわからないまま、
また寝た。
-----------------
中原中也のまんまパクリであることに気づいたので
ボツにした。
-----------------
しばらく放っておいた。
-----------------
あとで見直して過程ごと全部突っ込むことにした。
これで満足。


2008年08月27日

Acceptキタ!

サッカードの方の論文がやっとacceptされました。投稿してrejectされて(20080421でドンヨリしてた頃)、resubmissionして、major revision2回やって、けっきょく6ヶ月かかりました。達成感よりは疲労感の方が強いけれど、やっとこれで先へ進めます。くわしいことはまた。


2008年08月26日

昆虫だらけの我が家についてご報告させていただきます2008

昨年のエントリはこちら:20070802

例年の通りカイコを飼ってます。ほかに羽化中の蝉の幼虫を連れてきたり。いまはカブトムシ、サワガニ、カマキリ、カタツムリ、トノサマガエル、ヤゴなどなどが滞在してます。そんな我が家です。

以下カイコの写真を並べます。嫌いな人はスルーで。でもグロくならないように遠くから撮影してますんで。

IMAGE_073-thumb.jpg

こいつらほんとに成長が速い。成長度に合わせて何系列か別々のトレーに分けてます。奥さんは毎日桑の葉の収穫に。いちばん早いところはいよいよ糸を吐き出したのでカイコアパート(トイレットペーパーの芯)へお引っ越し。これは7月25日の夕方。

IMAGE_074-thumb.jpg

同じ日のカイコアパートの拡大図です。まだまだ繭はできてません。

IMAGE_077-thumb.jpg

次の日の朝(7/26)にはすでにほとんど繭が完成。次々に新しいカイコがアパートに入居してゆきます。

IMAGE_080-thumb.jpg

さらに次の日(7/27)に完成した繭を採集。きれいに二色に分かれるんですよ。幼虫自体を見てもよくわからんのですが。(後述)

IMAGE_083-thumb.jpg

紙を貼ってない団扇(左)とか、針金をぐるぐる巻きにしたもの(右)とかを置いておいて、糸を吐き出した幼虫をはべらせておくと糸を張ってくれます。

IMAGE_084-thumb.jpg

でも、幼虫が遠征しすぎて、わたしの本棚に繭を作られたorz

黄色い繭と白い繭の秘密ですけど、調べてみたら一発で答えが。Webってすごい。

農業生物資源研究所のプレスリリース:「東大、生物研、国立感染症研究所などの研究チームが黄色の繭ができるメカニズムを解明」

ということで遺伝子の違いなのだそうです。PNAS 2007 "Carotenoid silk coloration is controlled by a carotenoid-binding protein, a product of the Yellow blood gene"によると、CBP geneからできるCBP proteinが黄色の元だそうな。しかし、CBP geneに一部欠損があるとCBP proteinができなくなって、白くなるとのこと。これは良い教材なので息子に教えてあげることにしよう。

ついでにこんなのも発見:PCRでどっちのgeneを持っているかを検証できる教室。8/5 カイコの繭は何色?DNA鑑定教室@磐城高校

後日談:息子に教えてあげたら、ふーん、ってかんじだった。娘の方が面白いこと言ってた。幼虫の段階で、黄色いやつと白いやつはちょっと色が違うからわかるそうな。ホントか?

さらに後日談:娘が言った。「ママ、いま気づいたんだけど、うちにいるものみんな「か」で始まる。かまきり、かに、かいこ、かえる、かたつむり、かぶとむし、かなへび。」戦慄した!


2008年08月09日

はてなブックマークウィジェットをちょっといじってみた

細胞外記録のエントリがけっこう多くブクマされたので、この機会にはてなブックマークウィジェットを入れて使ってました。しかし、いちいちブログのタイトルが表示されるとか、昔のhtmlで作ったエントリが表示されるとか使い勝手が悪かったので「はてなブックマークウィジェットをhackする」をちょっと改変して使ってます。

Javascriptをいじったのははじめてなので、文字列処理の仕方とかをwebでチラ見してとりあえず完成。使える技が'split'しかないわたしw もっとマシな方法があるんでしょうけど、とにかく動いたのでこれ以上追求しないでおきます。コードを貼ってみた。

<!-- 20080806 参考:http://www.h-fj.com/blog/archives/2007/12/02-093206.php -->
<!-- a[4]をチェックして*.phpのファイルだけ表示する(古いhtmlは表示しない) -->
<!-- c[4]をチェックしてpermalinkのファイルだけ表示する(アーカイブファイルは表示しない) -->
<!-- 人気エントリの数が増えてきたらdata.lengthを8とか(10以下)に決めうちにする -->
<script type="text/javascript">
//<![CDATA[
var SimpleHBWidget = {};
SimpleHBWidget.showBookmarkList = function(data) {
var i, j, html;
html = '<p>' + SimpleHBWidget.title + '</p>';
html += '<ul>';
for (i = 0, j = data.length; i < j; i++) {
a = data[i].link.split(".");
b = data[i].title.split(":");  <!-- ブログタイトルを削る。matchのほうがよいけど -->
c = data[i].link.split("/");  <!-- permalinkだけに絞る。カテゴリーアーカイブを除く -->

entryurl = '<a href="http://b.hatena.ne.jp/entry/' + data[i].link + '"><img src="http://b.hatena.ne.jp/entry/image/' + data[i].link +'"></a>';

if (a[4]=="php" & c[4]=="permalink"){
html += '<li><a href="' +data[i].link + '">'+ b[1] + '</a> ' + entryurl + '</li>';
}
}
html += '</ul>';
document.getElementById(SimpleHBWidget.id).innerHTML = html;
};
//]]>
</script>

<script type="text/javascript">
//<![CDATA[
SimpleHBWidget.title = '<a href="http://b.hatena.ne.jp/entrylist?url=http://pooneil.sakura.ne.jp/&sort=count"><img src="http://b.hatena.ne.jp/images/widget/favicon.gif">当ブログの人気エントリ</a>';
SimpleHBWidget.id = 'hatena_count';
//]]>
</script>
<script type="text/javascript" src="http://b.hatena.ne.jp/entrylist/json?url=http%3A%2F%2Fpooneil.sakura.ne.jp%2F&sort=count&callback=SimpleHBWidget.showBookmarkList"></script>

ちなみにブクマはふだんは自分では使ってません。Web上のエントリってすぐ消えるし。ブログが盛んになったから状況は変わるような気がしていたが別にそんなことはなかったぜ!でも人気エントリを見るのは大好き。非モテとかメンヘルとかネタとか揉め事とかそんなのばかり見過ぎです俺。

細胞外記録のエントリはけっこう多くブクマされたけど、じつは来訪者数はいつもとあまり変わりませんでした。いろいろナゾだ。


2008年08月06日

ASSC12のフォトアルバム、台北レポート

台北の出張とかいろいろレポートしておきたいんだけど、どんどん忘れてゆく。

このあいだASSCからメールが来て、ASSC12のphoto albumができた、とのこと。さっそく見てみる。わたしのトークの写真がないしorz

117.jpg

ポスターセッションの方の写真はありました。縮小したのを貼っておきます。オリジナルはASSC12のサイトへ。左で背を向けているのが私で、真ん中で伊佐教授がポスターの説明をしていて、それをChristof KochがもうNeil Youngかってくらいスゲー険しい顔してそれを聞いてた。(Caltechではにこやかに応対してくれました。)

うまいもんはたくさん食いました。川人先生、西田先生、北澤先生、伊佐先生とともに夜市へ行ったりとか。寺尾さんNature Neuroscienceおめでとうございます。

屋台とかでも普通にうまいし。魯肉飯大好き。日本にも店がほしい。つゆだくで頼みたい。牛肉麺も好き。肉よりスープが重要。臭豆腐はビビったので揚げたやつにしておいたけど。鼎泰豊は本店はめちゃ込みだったので忠孝店のほうに行ったけどスゲー良かった。

オタク的には西門の万年ビルとか光華商場とかも行ってみた。万年ビルはいまいち。光華商場はスゲー。また今度も行くべき。

なんかすごい近くで雷が鳴ってスコールになったりするんだけど、誰もビビってない。慣れっこ?

台湾のGは車高が高いって書いてあってビビってたけど遭遇せず。よかった。

ホテルは冷房効きまくりってのは本当だった。中山駅から徒歩3分のRoyal Inn Tapei。ネットは有線だけどタダで使えて、エアコンは温度調整が出来て良かったのでたぶんまた使う。

あと、バイク社会、っつーかスクーター社会。歩道とかにもたくさん駐車してる。ものすごい数のスクーターが走ってて、しかも車の間とか縫って走るから横断歩道とか渡るときけっこう怖い。学会で台北の学生さんと話をしてて、事故とか起こらないの?って聞いたら、じつはさいきん事故って、ここが縫った部分、とか言われた。

発表のことが書いてないな。

発表はだいたい時間通り。哲学っぽいこと(what it is like to be a batと結びつけてみる)言ってみようと狙ってたんだけどそのへんは構成上不発に終わりました。質問は土谷さんと金井さんとあともうひとりフランス人の哲学系の人からでした。しゃべりはあまり良くなかったかなと思ったけど、あとで声かけてもらったりしたんで、やって良かったです。

Alexの仕事が印象的でした。スライドではin pressってなってたけどまだ出てこないですね。

ではまた。


2008年05月16日

サラソタで見た夕日

捏造過去日記。VSSが終了して、一人で酒を飲みながらホテルから見た夕日。

IMAGE_171s.png


2008年04月21日

あーあ。

日々は、楽しいことばかりではないけれど。
それでも、僕らは生きてゆく。
しっかりと前を見据えて。(二回目)

ま。つらいときもあるよな。カラ元気だしてます。

IMAGE_128s.png
こないだバラニー学会のサテライトシンポジウムに行ってきました。 会場は琵琶湖沿い。せっかくなんで前日に京都に寄って町を散策。 高瀬川はちょうど桜が満開で、先斗町など歩くのも気分が良い。 ふと思い立って四条通沿いのジュンク堂で森見登美彦の「夜は短し歩けよ乙女」など購入して新京極あたりの道ばたで第一章を読んでみたり。(森見登美彦の作品は京大周りが舞台になってる。) そのあとで出町柳まで出て叡山鉄道に乗って一乗寺駅で降りて「ラーメン荘夢を語れ」の行列に並ぶ。小ブタニンニクなし。うまいが麺は残した。ラーメン二郎系は昨年の神経科学大会でラーメン二郎の関内店に行って以来。 そんなかんじで気持ちよくいってたんですが、墜落しました。三連発くらい。そこからいままで立ち直れてません。ヤケクソ気味。 シンポジウムの方はNeeraj GandhiとかBrian Corneilとかとも話せたし、Edward Kellerに仕事の説明もできたので、行ってよかったです。

伊賀側沿いで恒例の花見。以前のイギリス人も入れてギターとウクレレとハーモニカでジャムったり。6弦切った奴はじめて見たよ。
「12月の雨の日」のコード進行を最近覚えたので歌ってみたり(サビがGから下降するカノン進行のあとでF-Aで転調してさらにDから下降するカノン進行になることを知って驚き。ぜんぜん違和感がない)。この曲知ってる人がいて、うれしかった。いっしょに歌った。

多次元共同脳科学推進センター キックオフシンポジウムにも行ってきました。いろんな人に会えてうれしかったけど、晴れ晴れとしない。懇親会は出ずに、論文の方を。
二日目はシニアな方たちとカラオケ。私のチョイスは「Dancing Queen」「全力少年」「春だったね」とかそんなかんじ。ぜんぶ絶叫系で。「歌がうまいジャイアン」とか評されましたけど、じつはこの表現、気に入ってます。名刺に刷り込もうかしら。
プログラムで一番印象に残った場面は、玉川の鮫島さんのトークに対するボストン大の渡辺武郎さんの質問でしょうか。そのあとも川人先生と話が続いてたのを覗き見させていただきました。具体的な表現は避けておきますが、私としては「Marr流の計算論的脳科学はconnectionism以降どうあるべきか」という問題意識として捉えました。

こういうデカイ議論が今度の生理研研究会でも出来たらいいなあと思います。たぶんそれは仕込みではできない。ガチでやらないと。
生理研研究会の方はだいたい詳細が決まってきました。ちゃんと正式に発表できるように準備中です。発表をここでするのは筋が違うと思うので、もうしばらくお待ちを。

あーあ。とにかく、I'll be back soon!

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# UKER

はじめまして。
リハビリの病院で心理検査の仕事をしているものです。
昨年から、ちょくちょく覗き見させてもらってまして、
日々の業務(心理検査から、患者さんの特徴をつかむ)の参考
にさせてもらっています。(とは言っても同じ現象ながら異なる
切り口なので、なかなか統合は難しいのですが。)
それに、自分もUKULELEを弾くので、そっちの内容にも
親近感が生じまして。
ついに、コメントに至った次第です。
今後の活躍をご期待申し上げます。

# pooneil

どうもありがとうございます。高次脳機能障害のリハビリの現場について興味があります。それではまた。


2008年03月22日

Twitterに脳内がだだ漏れる

今年これまでtwitterに書いたことを断章形式でブログに再利用:


1/4 酔っぱらった勢いで夜11時にウクレレ。//で気に入ったコード進行がEb-G-B-C。1弦がAb-G-F#-Eと降りてくるところがミソ。//うーむ、Eb-G-B-F-Cのほうが1弦の下降的には良いけど4小節にならない。Eb/G/B|F/Cとかで押し込めるか。

1/7 なんかどうでも良くなってきた。//オレダッテ、ソウイウコトモアル。(パクってみた。)//音速ラインいいな。//英語なんて無理だって。//それでも話を振ってくれるのでありがたい。//なんか、そういう惨めなかんじが常に残る。//ていうか日本語の会話でもけっこう早とちりすることあるんですけど。//気の利いた素早い切り返しみたいなことは期待しないで欲しい。//もともとそういうのが得意と誤解していたことがあった。//それはキツいシャレで返すということを気を使わずにやっていたから。//舌禍事件も多々あった。//長文過ぎ。今日はここまで。//かんちがいのいちばんひどい例は、//車を運転しているときにガソリンの話を振られたので、まだガソリンはあるから大丈夫、と言ったら、//日本のガソリン価格は高いのか、っていう質問だったこと。//そのときはさすがに死んだ。// 心に茨を持つあたりを書いてみた。

1/10 もうね、PIがエアギターとか。//スイート・ホーム・アラバマで総立ちで全員踊ってるとか。//ボヘミアン・ラプソディーの中間部分を完璧に歌っちゃうとか、//カオスでした。楽しみすぎて次の日は絶不調。

1/22 すべてをそのあるべき姿に戻す豪腕。//とかそれっぽいフレーズで。//大洪水のあとで。//薄膜で。僕は3万倍に薄められて。//天幕が。遠い山。そして虫眼鏡で見た蟻。//声は遠く、色は薄い。//静まった夜に、冷蔵庫の音。//Dreamers dreaming, weeper weeping.// Teaser teasing, fetcher fetching.

2/3 バンド名ひとつ思いついた! 「コールドスリープ」。シューゲイザーっぽくてクール!

2/5 なんつーか、それは、すごい嫌な、夢の残骸だった。

2/15 "Wilder Penfield in the Age of YouTube"だってさ!イカしてる!なんかデヴィッドボウイみたいだ!

2/22 昨日は夜遅くまで仕事して、さあ寝ようってwebを見てたら荒川工さんが退職ってニュースとmixiでの日記を見て、なんか自分と重ねてしまって、眠れなくなってしまった

2/23 やっとsumbitした!//酒飲んで寝る。

2/26 We'll be back soonキター!//よし、USサイトでmulti-touchと200GBと2,4GHzのMBPキタ!//X300も正式発表か!

3/12 Amazonのwish listが騒ぎになってる。//とりあえずなにも入れてないんでいいんだけど。//「ひだまりスケッチ」とかリストに出たら死ねる(といいつつ無難なチョイス)。

3/17 とりあえず俺はさ、win-winとか言うやつ嫌いだぜ。//すくなくとも自分がwin側にいることが確定したつもりのは。

3/19 世界がオレで満ちている。//それは美しい、「兆候」。//遠くで地鳴りまでしている。//ほとんど不可能なくらいまでに。


2008年01月10日

ニールヤンギーなハネ系

ふだんはニールヤンギーなエイトビートなんだけど、これは意外とハネてて独特にいい曲、ということで。
"Cowgird in the sand" - Neil Young、この曲だけはライドシンバルたたきまくり、フィルイン入りまくり。ラルフ・モリーナが素朴なエイトビート以外も出来るという貴重な記録。いくつかブートを聞いたけど、このノリが再現できてるのがないんで(もっと引きずった感じの"Down by the river"に近いかんじになってる)、替え玉説を私は主張してます。
"Girlfriend" - Matthew Sweet、これはすばらしい。はじめはインスト部分だけハネてて、唄部分はエイトビートなんだけど、ラストヴァースはハネるという構成がまたよい。
"Puke and Cry" - Dinosaur Jr., J・マスシスはドラムもたたくのでけっこうこういうのあるかんじ。ほかにもいくつかあるけど。
ルー・バーロウもFolk Implosionのほうはそんな感じか。
どれもけっしてダンス・チューンにはならないところがまたいいのだけれども。
ソフトマシーン時代のロバー・トワイアットのドラムもそういう観点で好きでした。
ストーン・ローゼズのドラムは良いけど、ハッピー・マンデーズだとダンス寄りすぎでダメ、みたいな感じ。
だからファットボーイ・スリムは好きだった。
どこかロックっぽさがないとダメなようです。
とりとめがない。


2008年01月08日

OISTでのワークショップ

捏造過去日記。OISTのシーサイドハウスから海を見下ろす図。

IMAGE_094c_OIST.png


2007年12月29日

「学会とセミナーの間」から自分語りへ

またも過去日記。「リア充」とかがあっという間に死語と化しているところがいとをかし:
--今回の研究会のことを「学会とセミナーの間ではセミナーに近い」というふうに書きましたが、要は「学会とセミナーの間」の存在がもっとあったらいいのに、というのがずっと考えていることであって、この研究会もその機能を果たしているのでした。
偶然自分の昔のエントリ(20041207)を読んでて、言ってることが変わらんなあと思いつつ、でもこのときから状況はずいぶん変わったと思いました。神経科学者SNS(まさに「こみゅにちさいと」)が出来たし、私も生理研研究会を運営しました。このブログについても、当時のはてなダイアリーでの活気あふれる状態とは変質してしまったけど、蓄積は出来ました。
班会議で泊まりがけで語りたい(ようするに私は「合宿」がしたいのですな)なんて語ったこともありましたが、これも同じことでした。
こういうのだけ抜き出してくるとまるで私が「さみしがりやさん」みたいぢゃないですか! 本人は至って素っ気ないキャラクターなんですけどね。子どもの頃から、つるんでなんかする人間でもなかったし。って自分で自分を表すると見誤ってるものがあるって話が最近のうちのブログのネタだったわけですが(脱線中)。
どうなんだろ。自分語り開始。仕事以外の遊び仲間がいたら、こういう欲求は消えてしまうんだろうか? 私は生理研に来るタイミングで、それまでずっと暮らしていた東京を離れ、高校の友人とかとの深いつながりを断ち切ってしまってから、岡崎で仕事以外の交友関係みたいなものを作ったりしてこなかった。僕にとってはそれだけ水泳部OB会(紫水会)というのは大きな存在だったし、僕をどこかつなぎ止めていたと思う。
でもそんなのみんな似たようなもんじゃないの? 6時に帰って食事して、スポーツ同好会で汗を流して仕事と関係ない仲間を作るとか? それとも週に一回教会に行って地域の人とだべるとか? あ、子育てサークルはそういう側面があるか。でもそんな時間はないし、そういう時間削ってブログ書いているという側面はある。あー、なるほど、わかってきた。(自分で言ってて自分で納得するというわたしの行動によく見られるパターン。) つまり、そういうネット寄りの生活から眺めた健全な生活のことを「リア充」と言うんだな。なんて悲しい言葉なんだ。そしてその悲しさは僕に戻ってくる。
ネットにこうやって書いてると「壁に向かってる感」がどうしても出てしまう、ということを書いたことがあります。そもそもブログに文章を書くということのどこがおもしろいのか、うちの奥さんはさっぱりわからない様子です。ま、正直に言って、毎晩バスケットボールの練習で忙しかったらネットで活動などしてないだろうな。
大学まではそういう生活だったんですけどね。昼にラボにやってきて、午後はまるまるバスケットボール大会のための練習をして、プールで泳いで、助手さんに見つからないようにそうっとラボに戻ったらもう夕方で、教授室の冷蔵庫開けてビールを飲んで、さらになんとキャビアの缶詰があったんでつまみにしてたら一晩で全部食べちゃってw、あとで教授に「吉田は思いやりがない」とか言われたりして、んで大学の仮眠所で寝てまた昼に起きてきて、カツカレー大盛食って、図書館で論文コピーしまくって、またカレー大盛食べて、夜からslice cultureの電気生理実験して、ラボメンバーに「吉田、スライスも寝るぞ」とか言われたりして、あー、とても楽しかった。
完全に自分語りでしたがもう消しません。消すもんか。


2007年12月27日

エアロソアラ買った(半年前に)

超忙しい。またもや半年前に書いたエントリで。
タカラトミーから出てる超軽量赤外線コントロール飛行機エアロソアラ 2400円。超惹かれたので買いました。本体は発泡スチロールの飛行機にプロペラが付いたもの。赤外線リモコンで操作します。ラジコンというよりは紙飛行機です。紙飛行機に小さいモーターとプロペラが付いたというかんじ。
箱には15歳以上向け、とか書いてあります。完全に大人向き。なぜかは飛ばしてみてすぐ判明するのですが、ぜんぜんうまく飛ばない。充電は30秒くらいしか持たないのですがそれで充分。最初は3秒と保ちません。羽根の傾きを調整したりとか、使用感は紙飛行機です(20050831)。やっとまっすぐ飛ぶようになったので今度は旋回させてみるのだけれどぜんぜん無理。タカラトミーのサイトにDr氏田のフライト講座というムービーがいくつか置いてあるのですが、ここにあるのはどれもほぼ神です。購入前にも見たけど、購入後に見て、あらためて神であることを知りました。
というわけで上達したら子どもに見せるつもりでこっそり練習中。


2007年12月19日

部室でジャムった日のこと。

長雨で曇ったガラス窓にそっと文字を書いていたらブルーな気持ちになったので、懐古的なことを書いてみる。(ここまでは全部ウソ)
その昔わたしが大学の教養課程にいた頃、あるサークルに入ってました。そのサークルはちょっとマイナーめな(ロック系)音楽を聴くという活動をしていて、わたしはそこでいろんな音楽を知りました。毎週誰かが担当になっては、だれかバンドとかを選んで、カセットテープを編集して、簡単なバイオグラフィーと曲説明のハンドアウトを作って、それを見ながら教養の教室を借りてそこで酒を飲んだりたばこを吸いながら音楽を聴く、ということをしていました。ある回はCaravanだったり、またある回はPere Ubuだったり、Familyだったり、ローザ・ルクセンブルグだったり、というかんじ。灰野敬二のライブに行ったこともありました。ライブハウスで、観客はサークルの人間だけ。
ある週はみんな一曲持ち寄るという企画だったのだけれど、それを知らされていなかったわたしは仕方なくその場でギターを弾いて、My my, hey, heyを歌ってみたり(奇をてらい気味)。でもコード勘違いして憶えていて、Am-G-Fmaj7のところをAm-G-Amで弾いてたもんだからみんな珍妙な面持ちで、あとでそれを知って恥ずかしくなった、なんてドジっ子伝説もありました。
参加してた人はみんなちょっと栄養状態悪いかんじの、痩せてて顔色悪い、まさしくロックな人たち(芸大系の人もいたような)でしたが、わたしはといえば、当時は出身高校の水泳部のコーチと掛け持ちしていて、黒光りして筋肉もりもりでしたので、えらい場違いなやつが来たもんだというかんじがあったような。
活動後は下北沢の王将で夕食と談笑。吉祥寺で飲んだりとか。ま、中央線沿線文化、といえばわかりやすいでしょうか。そういう中にわたしはいました。レコード屋巡りしたり、単館上映の映画をひとりで見たりとか。
当時はちゃんと正規のサークルとして認められていて、部室もちゃんとありました。文化系サークルの部室というのはいくつかのサークルがひとつの部屋に固まっているのだけれど、うちは音楽をかけるサークルなものだから、大音量でレコードをかけては、他のサークルといざこざを引き起こすこともあったり。
さてそんな部室でジャムった日のこと。午前中の授業に遅刻したかなんかでそのまま部室に直行してみたら、なんだか知らない人がいる。髪の毛は長くてぼさぼさで、ガリガリ。作業服を着てたから学生じゃなかったのかもしれない。ひとりでアコースティックギターを弾いていて、めちゃうまい。なんかブルースっぽいのを演ってる。それを見た私はふとピンと来て、もひとつあったアコースティックギター(わたしの私物)を手にとって、基本のコード進行(E-E-A-E-B-A-E-E)を始めてみた。そしたらそいつがそれに合わせてソロを弾き出したので、こちらも適当にリフを加えてみたり、リズムパターンいろいろ変えてみたりしつつ展開させてみた。そしたらいきなりそいつがバッキングに回り出したので、あわててソロを弾く。ぜんぜんダメダメ、ボロボロなのだけど、なんとか24小節(2 verse)ぐらいやって、また相手に渡してやる。またそいつのソロが始まって、どのくらい続けたかおぼえがないけれど、いいかげん手詰まりになったあたりで終了。
自発的に起こったこの状況にわたしが感激していると、そいつは黙って(黒縁めがねの無表情なやつだった)部室から出て行った。そのあとで、わたしはそいつと一言も言葉を交わさなかったことに気がついたのです。それ以降その男を見かけることはありませんでした。
これがその日の話。そのときのことを懐かしく思い出します。自分の人生でそんな風に自然に、うまく呼吸があってなにかをしたことなどなかったと思います。どちらかというとさりげなさとかをあきらめて、かっこわるいくらいに相手の望みを聞き出して。プレゼントあげたりとかそういう場面のことね。ああいうヴァイブ(と書くとついwとか付けたくなるけど)にはあこがれるし、ほんの少しは知っている。だけどすごく遠い。
ふと思いついてサークル名と大学名で検索をかけてみたのだけれど、みつからなかった。あのサークルはもうなくなってしまったんでしょうね。
(オサーンくさいエントリになってしまったことを認めます。もはや17年前の話なのですから。学生時代のわたしが団塊の世代の回顧話を見るように、いまの学生がわたしの世代を見るのかと思うと、ほとんど愕然としたりする。Don't trust over forty!なんつて。この括弧の中は削除した方が潔いな。)

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# edouard

くすんでて、映像が浮かんできそうな、いい文章だと、二十歳前のガキは思いました。

# pooneil

どうもありがとうございます。
十代の方が読んでいるということ自体に驚きました。
はてなアンテナのリストも見ましたが、めちゃ幅広いですね。
これがまさに「高速道路」の例でしょうか(勝手に納得)。


2007年11月28日

固定リンクhit数ランキング

このブログもいろいろ続けていたら過去ログがたまってきました。もはや自分でも何を書いたかわからなくなってきていて、確認のために検索窓から自分のブログを検索してたりします。そういうわけでたまった過去ログの有効活用を考えているのですが、まずどのエントリがよく閲覧されているかを調べてみました。

hit.png

ここ最近一年間の固定リンクファイルへのhit数を計算して、多い順に左から並べた図を作りました。エントリ数は全部で1128個あるので横軸の最大値は1128です。上の段がlinear scaleで、下の段が横軸をlog scaleにしてあります。予想通り、power law的になっていて、少数のエントリが多くのhit数を稼いでいます。

このようなエントリにはどういうのがあるかというとじつは、vmwareでubuntu動かした、とかXAMPPでmovable typeをローカルに動かす、とかそういうエントリだったりします。そういうのを見に来た人はこのブログの論文コメントを読んでくれることはないでしょう。そういうわけで、そういうエントリは除いて、「論文コメント」と言えるようなエントリだけを選んでベスト20を作ると以下のリストが出来ます。


  1. 前頭葉ニューロンは行動の順序をカテゴリー別にコードしている
  2. Repeating Sequence Revisited
  3. Implicit perception and signal detection theory
  4. BMIと脳の可塑性
  5. "Neural Plasticity and Consciousness"前半読みました
  6. Christof Koch
  7. Alva NoeとかEvan Thompsonとか。
  8. ランダムドット刺激のcoherenceってどのくらい保証されてるの?
  9. EyeLinkってどうなんですかね
  10. マッカロー効果
  11. 身体性と不変項:一人称的世界と三人称的世界
  12. Ideal observerモデルとHeegerのprediction
  13. 神経生理必読文献リスト作ってみました
  14. 内部モデルとミラーニューロン
  15. 視床が自発的行動に関わっている?
  16. Blindsightでの弁別能は刺激提示の繰り返しによって向上する
  17. 「行動の価値」を表す線条体ニューロン
  18. Rational agency、それからMilner and Goodale
  19. extracellularで記録されるsingle-unitの波形
  20. Perirhinal cortex(嗅周皮質)の構造と機能

だいたい納得のいく結果かなと思います。前頭葉ニューロンは行動の順序をカテゴリー別にコードしているは丹治研のNature論文へのコメントで、ブクマ数も最大です(9個だけどネ)。つぎのRepeating Sequence RevisitedはガヤのScience論文関連。

このランキングはあくまで個々のエントリの固定リンクへのhit数によるものなので、カテゴリアーカイブへのhit数は入ってません。そちらの寄与も大きいはずなのでうまいこと定量化してみたいのですが、今回は簡単なやり方で。Googleにひっかかるものもカテゴリアーカイブによるものが多くあるはずです。

それから、リストは全体として新しいエントリが中心で、昨年以前のエントリがあまり活用されていない様子が見えます。このへんをうまく活用したい、というわけです。たとえば、エントリごとに「関連するエントリ」みたいなリンクを付けておくと親切なんですが、ちょっと大変すぎます。とりあえずは今回のリストをサイドバーに入れておくことにします。


2007年11月19日

父と娘の会話

ある日のこと。
娘:ピンクは?
父:わからん。
娘:のぞみ。
娘:青は?
父:わからん。
娘:かれん。キュアアクア。
父:緑は?
娘:まこと。
(中略)
娘:じゃあピンクは?
父:のぞみ。キュアドリーム。
娘:青は?
父:かれん。キュアアクア。緑はまこと。えーと、
娘:キュアミント。
父:そうだった。キュアミント。
(中略)
娘:ぜんぶできるようになったね。じゃあこんどは順番を変えて。黄色は?
父:うらら。キュアレモネード。
(中略)
父:ぜんぶできた!でも明日になったら忘れてるかも。
娘:じゃあまたあしたやろう。

つぎの日とつぜんに。
娘:赤は?
父:りん。キュアルージュ。
娘:緑は?
父:まこと。キュア、うーんと、キュアミント!
(中略)
父:ぜんぶできた!やった!ママ聞いてた?

またつぎの日とつぜんに。
娘:青は?
父:かれん。キュアアクア。
娘:緑は?
父:まこと。キュアミント。
(中略)
父:ぜんぶできた!もう完璧。

ということで解放してもらえました。

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# jaco-pas

先日の研究会でお世話になったものです。
その節は本当にありがとうございました。
かなり刺激になりました。

普段は雲の上の存在のpooneilさんが共通の試練に・・・。
ということで意味もなく絡んでみました。
こちらは映画館に拉致・監禁される気配です。
お気をつけて(^^;)

# pooneil

どうもこんにちは。
雲の上なんてことはべつにありえませんが、
娘と楽しくやっております。
このあいだは一緒にアイロンビーズ作りました。
こちらは映画館はまだ未体験です。それは大変そうだ。
ではまた。

# aony

すみません.どなたも指摘しないようなので.
研究会やNeuroでお見かけしたことはあるのですが,ネタがネタなので匿名でコメントいたします.
緑担当のキュアミントは「こまち」だと思います.

# pooneil

どうもありがとうございます。
確認しました、間違ってました(私も娘も)。
じつは我が家ではプリキュア5のアニメは見せていないので、そんなに詳しくなかったという次第でして。
皆さん、こういう話題だとレスポンスが早い。


2007年11月14日

GTDに興味出てきた……けど興味失せた

んで、携帯活用するようになったので、予定表もこれまでのThunderbirdのプラグインからGoogle calenderへ移行して、携帯と同期するようにしました。あと、昨年GTD (Getting Things Done)がブロゴスフィアで話題になったときから気になっていたのだけれど、ここらで実践してみようと。
んで最近気になっていたのがToDoリスト管理用webアプリケーションのRemember the milk。Google calenderと連携できるだけではなく、さいきんgoogle gearの機能でオフラインでも使えるようになりました。あとは携帯でもオフラインで使えるようになると完璧なのだけれどそれはまだみたい。というわけでさっそくRTMに登録。カレンダーに書く項目ではなくてToDoとして書いておきたい項目はこちらに入れてます。Google Calenderとどう連携して使っていくか試行錯誤中です。
あとはGTDの方法に従ってやるべきことを全部書き出してみるという作業をしたいところなのだけれどちょっと時間がないのでそれはASSCの飛行機でやることにして、教典の「仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法」デビッド・アレンを買おうかなと思ってアマゾン見たら訳がひどいとの評判を見たので止めて図書館で借りました。ま、ITmediaのGTD特集見れば充分そうだし。
GTDの方法論はすごく納得できる。あれもやらなきゃこれもやらなきゃでも今日はこれしかできなかった、みたいな惨め感をもっとうまく扱って集中して仕事できたらいいなと思います。現状は机の上が紙のメモだらけで堆積した下の方から忘れられていくという状態。さてどうなるか。
……というエントリをX01HTを買った6月に作っておいたのだけど、放置していたのを発見しましたのでこのへんで出しときます。今の心境としてはGTDはべつにいいや。ライフハックw みたいな。スイーツwとか(<-よけいなことを)。


2007年11月02日

100万visitありがとうございます

2004年12月にはてなダイアリーから引っ越してきて、sakura.ne.jpに移動してから累計で100万visitになりました。見に来てくださった方、どうもありがとうございます。前回前々回前々々回も書きましたが、この値じたいの意味合いが以前とは変わってきていて、RSSの購読などを考慮に入れる必要がありますが、節目ということで。前回の50万visitが昨年の10月ですので、だいたい1年かけて50万visit増えました。

visit1101s.png

グラフはwebalizerのログに出ていた、月ごとの訪問者(Visit)数と訪問サイト(Site)です。見方は Webalizerの見方などを参考に。

どっかで頭打ちになるかなと思ってたけど、意外にじんわり増えてます。そういえば、以前は「ブログ見てますよ」と言っていただく経験がありましたが、さいきんは「ラボのみんな知ってますよ」とか言われたりします。さすがに大げさだと思うけど、ビビる。初音ミクがどうのとか書いてる場合じゃないかも、とかそういうことはまったく気にせずに、これからもこの調子でいきたいと思います。

「専門用語を検索していてこのブログを見つけた」という話を聞きます。たしかに「遠心性コピー」とか「内部モデル」とか「信号検出理論」とか日本語で検索するとGoogleのはじめのページに出てきます(11/2現在)。Googleさまさまです。「盲視」「blindsight」でははじめのページに出てこないところがどうなの俺ってかんじですが。ちなみにPageRankははてなダイアリーのころは4/10で、さくらインターネットに移ってから3/10に、それからさいきんの騒ぎで2/10になったり3/10になったり(いわゆる「グーグル・ダンス」)でよくわかりません。

大昔、まだ世紀末前でGoogleとかない時代にgeocitiesにこっそり趣味のサイトを作ってたことがあったんですけど、カウンター付けたら一年間で100人以下ですよ、しかもたぶんほとんど自分。全俺が泣いた(<-このフレーズを使ってみたかっただけ)。

ともあれ、過去ログを有効活用したいと思うんですが、どうすればいいかわかりません。このへんはいつも考えては断念して、の繰り返しです。WordPressへの引っ越しを考えて、XAMPPでローカルにApache/MySQL/PHPの環境を作っていまのサイトをインポートしてみましたが、簡単だし速い。いいかも。ただ、過去ログの活用という意味ではあまり代わり映えがしません。要はweb検索で過去ログを見つけた方をうまく関連するエントリに誘導することが出来たらいいと思うんですけどね。タグとか自分自身活用しないし、どうすればいいんだろ。

やっぱCMSのことを考えた方がいいんでしょうか。CMSは興味があってXOOPSとか入門書を読んだりしたけど、複雑すぎて敬遠してます。ただ、MODxはかなりシンプルでなかなかよさそうです。これもちょっとローカルにインストールしていじってるところです。MODx + WordPressはいいかもしんない。

さすがにつれづれすぎました。ではまた。おそらく次回はSan Diegoからでしょうか。


2007年10月02日

konozama喰らった

konozama喰らった……これで。「現在の予定出荷日10/4-5」ってぜったい根拠ないだろこれ。
岡崎の楽器屋、パソコン屋まで来るのはまだ時間がかかりそうだしなあ。忘れた頃に見つけて買うというのが正しいあり方かな。
ちなみに「人類は衰退しました」もさいきん岡崎の本屋でやっと見つけたので読みましたけど、あんまピンと来なかった。
なんかホットなときに出会わないと面白くないという気もするし、でもそういうもんだったらべつに必要ないし。べつにニコ動に動画上げたい訳じゃないし、べつに祭りに参加したい訳じゃない。(酸っぱいブドウ的雰囲気が醸し出されてきた!)


2007年09月27日

今日ネットで見た印象的なフレーズ

「シャワー浴びてると嫌な事思い出して壁パンチしたくなるよな?」


2007年09月02日

カポーティとかグラースサーガとかブローティガンとか読んでます

ども。元気です。論文コメントは進まず。
「ロング・グッドバイ」とか「グレート・ギャッツビー」の村上春樹訳とか読んだあたりからアメリカ文学にひさびさに回帰中です。あ、作品について言及するんで、ネタバレ有り、と書いておきます。
トルーマン・カポーティはオザケンつながりで(「犬は吠える」ね)、大学生の頃に原書まで買って気合い入れて"A Christmas Memory"とか読んだりして、いいかんじだったんだけどそれに入ってた"Breakfast at Tiffany's"にはたどり着けず放置。で、ついにあきらめてこのお盆に訳書で読みましたが、よかったです。ストーリー的には、わたしバブル世代なもんで恥ずかしながら、つい東京ラブストーリーのリカ(原作コミックの方ね。ドラマは知りません)とか想起してしまいましたけどね(いや順番逆だから)。訳が古くさいんで新訳が出るといいんではないかと思いましたけど、さっそく原書へ。もう50年前のものだから元の文章も古くさいんだろうけど("phony"とかね、Frank Zappaの歌詞とかでしか聞かないような)、表現ひとつひとつが読んでて楽しいです。つぎは「冷血」へ行けば映画の「カポーティ」が楽しめそうなのだけれど、私が好きそうなのは初期の方(まさにオザケンってかんじのこういう写真の時代ね)かなということで、「遠い声、遠い部屋」を選びました。まだ読んでるのはじめの方だけど、素晴らしいです。車のガラスのひび割れを「星が破裂したみたいな」みたいに表現したりとか。南部を舞台にしたものは前にフォークナーの短編とか読んで気が重くなっちゃったので向かないかなと思ったけど、意外にいけそう。
あと、佐藤友哉つながりでサリンジャーのグラースサーガを。「ナイン・ストーリーズ」は読んだはずだけど、もう忘れた。「フラニーとゾーイー」から。「フラニー」いいかんじ。こう、かみあわないかんじが良く書かれてます。解説書とか読んでると、レーン(Lane)を落としてフラニーを上げるような書き方をしているけど、フラニーの中にもレーン的な要素はあるし、ことさら貶めるようには書いてないと思うけどなあ。そもそもそんないい者悪者みたいな読みは「だれもがふとっちょおばさん("FAT LADY")だ」という啓示を踏まえていないと思うんだけど。
「ゾーイー」のほうはバディのもったい付けまくった文体にうんざりして断念しかけたけど、最終的には良かったです。わたしの読みが正しいかどうかわからないのだけれど、あの「FAT LADAYとは**(いちおう消しときます)のことなんだよ」というゾーイーの発言は本人も知らなかった、その場でひねり出した(シーモアとバディの力を借りて)、言葉だったんではないでしょうか。あらかじめ知ってたキメ言葉なんかじゃなくて。なんかわたし自身の人生の大事なタイミングでどう行動したかとかを反芻しながら考えるに、そういうものだった気がするんです。ゾーイーは言ったあとには「決まった!」とか思ったかもしれないけど、それをひねり出してくる過程はそれまでの、饒舌でなにもかもをダメにしてしまうところからほんのひととき離れることに成功していたのではないか、って思うんです。あー語った語った。
というわけでかなり楽しめたので、勢いづいて「大工よ、屋根の梁を高く上げよ シーモア-序章-」も購入。「ナイン・ストーリーズ」も原書で"A Perfect Day for Bananafish"とか読んでみました。でも、最後の方の"Hey!" "Hey, yourself"とか原文で読んでもニュアンスがわからんのでけっきょく訳書を頼ることに。英語英語。
図書館で「サリンジャー―伝説の半生、謎の隠遁生活」中公新書を読んだけど、なにこの上から目線。サリンジャー好きでないなら書かなけりゃいいのに。かなりがっかり。
というわけで、だれか本田透方式(バッファロー'66や宮沢賢治に非モテ主人公を当てはめて読む)でグラースサーガを捉え直すべきですよ。もしくはBananafishのSybilの会話を麻枝/久弥風にアレンジとか("Hey"=「わっ、なにするんだよっ」みたいな)。すでに「フリッカー式」でやってるってオチは無しで。……ぶっこわれてきたことを認めます。
あと、ブローティガンね。これまた大学生の頃に「ロンメル進軍」(高橋源一郎訳)とか「西瓜糖の日々」とか読んですごくよかったんで、原書で"Trout Fishing in America"と"In Watermelon Sugar"の合冊っつうのを買って持ってたんだけど、これも積んだままで。んで訳書で「アメリカの鱒釣り」がついに文庫化したのでさっそく読んでみたけど、さっぱり読めない。断念。なんか、こういうアメリカ風ユーモアみたいなのはダメみたい。もしくはこういうのが読めなくなっただけか、と「西瓜糖の日々」を再読してみたところ、こっちはイケる。かなりすばらしい。この独特の世界、すごく静かなのに常に不安に脅かされている。どこか現世ではないかんじ(近未来というよりはこの世でないかんじ)、にすごく惹かれたのだとわかりました。ようするに「えいえんのせかい」ですよ。ってだから俺が本田透式読みをしなくていいっつうの。
そんなかんじでお盆休みと札幌で本を読んでました。


2007年08月25日

「皆既月食」から始まって「過去への旅路」まで

こんどの火曜日は皆既月食ですね。月が出てくるときにはもう欠けていて、皆既月食になるのが19時台、というわけでとても見やすいので、子どもたちと一緒に見ようと思ってます。

んで、ふと、むかし子どもの頃にひとりで皆既月食を見たことを思い出したんです。父も母も兄弟も寝静まっていた深夜、ひとりでベランダのガラス戸を透して見ていたんです。部分月食が始まるところから、皆既月食になって赤黒い月を見て、また部分月食になって完全な月に戻るまで。眠かっただろうに。だから時間はけっこう夜中だったし、そんなに寒くはなかったけど、窓を開け放ちたくなるような真夏でもなかった。そんなに夜遅く起きているからには小学校には入ってたろうし、高校生だったらもっと記憶が鮮明なはず。このへんの記憶をもとにしてあの皆既月食がいつだったか探してみようと思い立ちました。ネットがあればこんなことも出来るはず。

まずはwikipediaでList of lunar eclipsesというのを発見しました。予想通り、皆既月食はそんなにはないので絞り込めそう。わたしが6歳(1974)から16歳(1984)までのあいだで世界で見られた皆既月食は9回ありました。

さらにNASAのサイトでJavascript Lunar Eclipse Explorerというところを発見しました。ここに東京での皆既月食、ということで条件を絞ってみると、

Date部分月食開始皆既月食開始皆既月食終了部分月食終了
1974-Nov-2922:2923:3600:5101:58
1978-Mar-2423:3300:3702:0803:12
1978-Sep-1702:2103:2504:4405:48
1979-Sep-0618:1819:3220:1621:30
1982-Jan-1003:1404:1705:3506:38
1982-Dec-3018:5119:5920:5922:07

こんなかんじになりました。両親や兄弟が寝ていたということからして、夕食時だった1979-Sep-06や1982-Dec-30は除外されます。また、6歳で深夜まで起きていたとは思えないので1974-Nov-29も除外です。そんな寒くなかったはずなので1982-Jan-10も除外です。そうすると残るのは1978-Mar-24かもしくは1978-Sep-17。どっちかはわからないけど1978年というところまでは絞れました。10歳、小学校4年生でそんなことをしてたんだろうか。どうも自信がないのだけれど、4年生、このころは科学が大好きで計算尺を自作したりとか、そろばん塾に通い出したり、深夜ラジオ(といっても11時くらい)をこっそり聞いたりとか、なんか自我の芽生えみたいなのが起こってたころで、なんかもっともらしいようにも思えて、なんか満足しました。

思えば長男ももうそのころのわたしの歳に近づいてきました。その事実にただただびっくりってかんじなんですけど。歳喰うわけだ。わたし主観としては25歳くらいで時が止まったかんじなんですけどね。

タイトルはピンク・フロイドとニール・ヤングでした(ラジオのディスクジョッキー風)。


2007年08月23日

班会議終了

札幌で開催された統合脳の班会議、わたしのスケジュールは無事終了しました。第一領域でポスター発表して、講演を聞いて、第二領域を見に行って、ポスターを見て。
懇親会ではいろんな方がブログを見てくださっていることを知って感激しました。でも、自分の仕事が出ないでブログで有名ってのもかっこわるすぎるので、さっさと論文を出して、そちらで知られるようになりたいと思います。
札幌はなんか涼しくて秋を感じました。なんかもの悲しいです。なんかぐったりしてしまったので、飲み会にも参加せずさっさと寝ます。


2007年08月19日

Susan Hurley死去

via "fragments of consciousness" (David Chalmers)
わたしが読んだことがあるのはAlva Nöeとの共著"Neural Plasticity and Consciousness"だけですが、consciousnessをactionとの関係から見るという観点を持ち、しかも表象主義的である(arational agentさんによる寄稿より)ということで、私にとって大変重要な位置にあります。主著 "Consciousness in Action"は読まなければ、でも大著だしなあ、と躊躇しているところでした。arational agentさんの記述によれば、最終章の元となった論文がSynthese 2001 "Perception and action: alternative views."ということのようですので、ここから読んでいきたいと思います。
追悼の意を表します。
Susan Hurleyのサイト


2007年08月11日

皆既日食見たい!

Life is beutifulの「皆既日食地図」に学ぶプレゼンのテクニックを見てて、ネタはプレゼンについてなんだけども、皆既日食の方が気になってしまって、いろいろ見て回ることに。
LIVE! ECLIPSE 2006 ここに2006年のリビア-エジプト-トルコで見ることができた皆既日食のムービーがいくつかあるのだけれど、日食じゃなくて、日食を見てる人を撮影してるムービーがあって、これがすごい。ほんとに真っ暗になるんだ。そしてその皆既日食になってる直径200kmの周りは明るいから、空の端が赤くなってる。なにこれ。すげー。
それから日本で見ることのできる皆既日食を探してみると再来年に奄美大島北部で見れるらしい。WikipediaのSolar eclipse of July 22, 2009を見る。ここのGIFアニメもわかりやすくて素晴らしいです。
さらにここからのリンクでGoogle mapのマッシュアップとおぼしきサイトへ。なるほど、奄美大島はいい位置にあるけど、上海も皆既日食の通り道になってる。こっちのほうがいいかも。奄美大島は季節的に台風などもあることでしょうし。
ふたたびWikipediaの日本語版を見てみると、21世紀中に日本で見ることのできる皆既日食は2009年7月22日、2035年9月2日、2063年8月24日、2089年10月4日だそうです。2089年とかあまりに遠いのになんだかリアルなもんだから、涙が出てきてしまいます。
というわけで、2009年7月22日の皆既日食見たい! そのときわたしはどこでなにをしてるんだろか、とか考えたり。


2007年08月10日

暑いっすねー

暑いっすねー。人いねーなー。頭茹だってる。頭茹だちすぎて、今日からこのサイトはポエム日記になりました。ではみなさんさようなら。



昔のことを思い出しながら。

パズルのピースはところどころ欠けて落ちてる。もう、どうでもよかった。
目をつぶって考えた。なにも浮かばなかった。
手が震えていた。力が入らなかった。
坂を自転車で上ったけど、尋常じゃないくらい息を切らした。立ち止まった。
目の前が真っ暗になって、背中から落ちた。水びたしだった。
深呼吸をしてもダメだった。手がしびれていた。
血だらけだった。助けが必要だった。

悪夢から覚めて、へんてこなやり方で壁を乗り越えて、
すべてのつじつまを合わせずに、
目を輝かせて、テンション上げて、みんなにつっこまれて、
んで僕がしたいことは。

自転車で坂を上ったり下ったりしながら。


2007年08月06日

「1000の小説とバックベアード」読んだ

花火の方は楽しく終了。途中で雷なったりとかすごいことになってましたけど。
んで、「1000の小説とバックベアード」佐藤 友哉が岡崎の書店に入るのを待っていたのだけれどけっきょくどこにも入らずあきらめていたところで、図書館に新潮の2006年12月号があったのでそれで読むことに成功しました。
いや、良かったです。奇妙な設定もじつは自伝的。どう話を落とすのと思ったら後半はけっこう盛り上がりました。熱くてやる気満々、ということはけっしてあり得ないのだけれどなんだか決意に充ち満ちているという雰囲気はこれまでの作風とも通じているような。あと、かなり狙ってた感じはする。「日本文学」さん、なんてかなり高橋源一郎的ですよね。(三島賞の第一回受賞者は高橋源一郎で、しかも三島賞受賞後に佐藤友哉は高橋源一郎と対談してる。ネットのどっかで見たけどいまみつからない。) これまで通り全体としてなんか戯画的な感じというのもそういえば通じている気がします。あと、「キャラクター小説の作り方」 大塚 英志にたいするアンサーソング的な側面も感じました。
……ここまで書いてから「佐藤友哉 高橋源一郎」でググってみたら、はてなだけでもけっこう採りあげられてる。「海難記」とか「東京猫の散歩と昼寝」とか。後者で「日本文学盛衰史」高橋源一郎への共感、という表現がされていたので、つぎはこれを読んでみようと思います。高橋源一郎はかなり好きで、10年ぐらい前に小説はけっこう読みましたけど(「さようなら、ギャングたち」「優雅で感傷的な日本野球」「虹の彼方に」「ジョン・レノン対火星人」「ペンギン村に陽は落ちて」とか、ストーリーよりは独特のポエジー(という表現をこの人はします)で読ませる)、21世紀になってから出たこの作品は読んでませんでした。
ユヤタンの方に戻ると、本作は鏡家シリーズとかに出てくるヤケクソ風味やグロ風味はほとんどみられず、強いていえば「友がみな僕よりえらく見える日は 刃物を振るいて お前らザクザク」くらいでしたが、その調子で小説、小説と繰り返したまま終わってしまったので、ネタだよね、というかボケっぱなし?とか思いつつも(しかもあまり皮肉が効いてないもしくは皮肉臭くない)、こういう書き方は好きですけど。今っぽいと言えるかも。
あと、「小説」家になってしまったせいか、オタク的意匠は見られなかったですね。強いて言えば、「バックベアード」ですが、これはいろいろコンテキストがあって面白いですね。私は改変ネタの方を先に知ってしまったのでちと笑ってしまいましたが。


2007年08月02日

昆虫だらけの我が家についてご報告させていただきます。

岡崎って町は名古屋と浜名湖の間にあって、北と東を山が囲んでいて、私が住んでいる中心部はけっこう町でして、田んぼとか全然ないコンクリートジャングルなんですけど、借家住まいで犬が飼えないからか、どんどん家の中に昆虫とか小動物が増えてきてます。奥さんと子どもとで。
まずカブトムシ。何年越しかで飼い続けていて、冬とかは発泡スチロールの大きな箱の堆肥の中にいる幼虫をたまに虫干ししたりしてつねに10匹とかいます。はじめのころは幼虫を奥さんが友人に分けてみたら成虫になって出てきたのがカナブンだったとかそういう失敗もありましたが、最近は安定供給。さらに車で15分行ったあたりの秘密の場所でクヌギの木で樹液が出ているスポットがあって毎年そこで野生の生きのいいのを取ってきてはカブト相撲大会に出場とかそんな感じ。夜とかスゲー羽音鳴ってます。その横で寝てる私。あと、巣箱から出てきたのが私の脛にかじりついて痛さで目覚めたとかそういう心温まるエピソードもあり。
それから、カミキリムシ。一ヶ月くらい飼ってるけどスゲー元気。このあいだ夜古本屋に行って車停めていたらカミキリムシのメスが一生懸命卵を車のリアガラスに産み付けてた。車走らせても卵はしっかりくっついてる。すごい。
それからカイコ。保育園で娘が飼ってたりけっこう身近だったのだけれど、ついに我が家でも飼うことに。桑の葉っぱをものすごい食べて、ものすごい勢いで大きくなる。あんなに急激に成長して、やつらは肉割れ出来ないんですかね、って脱皮するわけですが。トイレットペーパーの芯に繭作って、成虫が出てきて、交尾して、卵びっしりトイレットペーパーの芯にくっつけてます。もう一周行くらしい。
昨日はきれいな緑色のナナフシを奥さんが見つけてきました。はじめて野生のを見て感激。ほんとに枝そっくりなのですが、うごきもなんかゆらゆらとしていて、風に揺れる感じを再現しています。レベル高い。でも手足長すぎて歩くのとか下手。擬態にリソース使いすぎてるかんじです。絶滅しそう。
それから、カタツムリ。いま4匹います。脱走したやつがいてしばらく見つからなかったのだけれど、テーブルの裏にいるのを私が発見。フローリングに寝ころんだとき。
あと、アメリカザリガニ。西尾の方に西尾いきものふれあいの里というところがありまして、そこでザリガニ釣りが出来るってんでこのあいだ行ってきたのですが(費用は釣り竿第20円のみ)、誰もいない池があって、もう釣り放題。早く帰りたいとか行ってた娘もいったん釣れたら大はしゃぎでけっきょく3時間くらいかけて一家で20匹ぐらい釣って、2匹残してあとは全部放流。
んでおとといは今年はじめてのGに家の中で遭遇。そして逃がしました。そういうオチ。


2007年07月26日

トレーニングコース始まりました。

今週は生理研のトレーニングコースです。今年はanatomyのレクチャー(Nissl染色した切片を顕微鏡で覗きながらlayerのborderを解説)、それからこれまで同様、電気生理データの解析担当です。LFPの説明を作らなくちゃ、と昔コピった論文を開き直します。以前のエントリでこのへんの事情を書きましたが(「extracellularで記録されるsingle-unitの波形」および「extracellularで記録されるsingle-unitの波形つづき」)、そこからあまり進歩してません。馬力でなんとか作り上げる予定。
ちなみにこういう機会ですと、ブログを見てくださっている方がこっそりと「見てますよ」と言ってくださることがあって、たいへんありがたいのですが、べつに秘密でブログを書いているわけではありませんので、こっそりと聞かなくても大丈夫です。


2007年06月30日

「このエントリーを含むはてなブックマーク」ボタン付けました

どんだけはてなが好きかっていう(<-「どんだけ」を使いたいだけ)。
はてなから移動してはや2年半なんですが、アンテナとかブックマークのホッテントリとかはいまも使ってます。というわけで、はてなブックマークに登録しやすいようにボタン付けました。何人ブクマしてるかも表示してますが、ほとんどブクマされてないので0人のところはへんな青い小さいリンクが出来ます。かっこわる。あと、昨年10月くらいにファイルをhtmlからphpにしたのでそれ以前のブクマは全滅。ま、自分ではSBMでサイトを登録するって習慣はないのですが、かんたんなのでとりあえず設置。
ついでにウノウラボを参考にしてdel.icio.usとDiggへも登録できるようにしたけど、こちらは英語ブログでないとほとんど意味がないですね。


2007年06月20日

飛行機で読む本の候補

「1000の小説とバックベアード」 佐藤 友哉。鏡家シリーズは全部読んでるくらいのファンなのですが、小説新潮とかに短編書いてるなあとか思ってたらいつのまにか三島賞を受賞しててびっくり。あいにく岡崎の本屋では売ってない。情報遅すぎ。
「人類は衰退しました」 (小学館ガガガ文庫) 田中 ロミオ。C†Cのと比較でコミュニケーションを主体から見るのとネットワークで見るのと、みたいな比較をしている論評を読んで購入確定しました。あいにく岡崎の本屋では売ってない。ガガガ文庫初回配本のうちの一部だけが入ってきている様子。
このあいだの出張では「鉄鼠の檻」 (文庫版) 京極 夏彦も持って行ったのだけれど、行き帰りで「ロング・グッドバイ」を読むのがちょうどくらいだったので読めませんでした。ということは、鉄鼠の檻を読み終えるのは無理だろうなあということで後回し。ToDoリストへ。
あと、「NHKにようこそ!」(文庫版) 滝本 竜彦も持って行ったのだけど読めず。内容的にいって楽しめないわけないと思うので今回は持って行きます。
「仕事を成し遂げる技術―ストレスなく生産性を発揮する方法」 デビッド・アレン。GTDを学ぶために図書館で借りてきました。セルフヘルプ系というのはデール・カーネギーを別としてほとんど読んだことがないのだけれど、これは方法論っぽいので読んでみます。
ActionScript勉強したくて「おしえて!!FLASH 8 ActionScript」 森 巧尚も買ってあるのですが、 微妙なタイミングでflash CS3が出てきて、actionscriptも3がメインになっていく様子。ApolloもAIRになって、mxmlcからamxmlcとかを使うようになるようだし。このへんに対応した書籍が出てくるまではactionscript2でなんとかした方がいいかなあと思うのですが、ずいぶんとごちゃごちゃしているのですよね。


2007年06月18日

携帯変えました、オタクっぽいやつに。

西暦2007年の岡崎に住んでいてこれまでとくに携帯の必要性を感じていなかったので、とりあえずvodafoneのプリペイド携帯を待ち受け専用に使ってました。でもぜんぜん使わないので持ち歩くのも忘れて、そういうときに限って奥さんから着信があって連絡が付かないとかいうことを何度か繰り返しました。んで、これではいかんと。依然として緊急連絡先としてしか電話は使わないのだけれど(メールとかはしない)、それでも肌身離さず持つようにしたい。ということでいつも持っていたくなるようなやつに変えよう、と。
というわけでスマートフォン。アメリカ在住の共同研究者がBlackBerryを使ってるのを見ていいなあと思ったので、NokiaのE61あたりにしようかなと思っていたのだけれど、キーボードでわざわざ文字打つことはないだろうしなあと。おりしもSteve JobsのiPhone発表のmovieを見たところだったので、やっぱ画面大きいやつがいいなあと。WillcomのWzero3[es]もちょうどadvancedが出るところだったけど、PHSはいいやと。というわけでHTCのX01HTにしました。もう少ししたらX01TとかX02HTとか出てくるのだけれど、待ってられない。
X01HTは画面解像度が320*240だけど、サイズは2.8インチ。Windows Mobile 5。画面は大きいがサイズもデカい。首からぶら下げると携帯というよりはデジカメをぶら下げているかんじ。さっそくEBpocketとかインストールして電子辞書を入れる。青空子猫を入れて青空文庫の書籍をいくつか入れる。GoogleMapを入れたり。無線LAN以外で使ったらあっという間にパケ死しそうだけど。Googleカレンダーとの同期のためにGooSyncを。あとはTCPMPを入れてmpegを3gpに変換してリトバスのデモ見たりとか。YouTube見るくらいのつもりで見ればけっこう使える。
ミュージックプレーヤーとしてどのくらい使えるかはまだ試行錯誤中。iRiverと両方持つのはかさばるからここで移行してしまうか。でも音量が足りない。売ってるヘッドホンアンプとか調べてみるとiRiver持つのとあんまかわんないし。音質にはこだわらないんで、コンデンサで蓄電するとかして006P電池無しで超小型ヘッドホンアンプとかって作れないものですかね。本体とヘッドホン端子の間に挟めばいいようなやつ。(たんにマスターボリューム絞ってるだけだった。)
PDAを持つのはHP2000LX以来ですが、日本でiPhoneが出てくるまではこれで行くつもり。iPhoneには惚れた。ところでげんざいiPhone発売前ですけど、あのスペックからすると電池の持ちがものすごく悪いはず。ものすごくほしいのだけれど、電池の持ちと、指での操作がどのくらい使えるのかが気になります。(X01HTでもスタイラス使うのが面倒で手を使うことがあるけど指紋だらけになるし。)
というかんじで、いいおもちゃが手に入ったのでいじくってます。


2007年06月11日

さてさて、英語英語。

というわけで英語のしゃべりを時間のあるときには聞いておこうと、本買ったり、ネットで探したりを以前から繰り返していたのですが、あまり興味をそそられるのがない。英語の教材でドラマ仕立てのやつとかはどうにも好きになれない。試行錯誤した結果わかったのは、自分は技術関係のものの方が楽しんで聞けるようなのですね。そんなに自分のこと理系だと思っていなかったのだけれど。とにかく、興味を惹いたものを聞くのがいちばんというわけで、IT conversationsとか、Nerd TVとかから適当に見つけて聞いてます。このへんのはtranscriptがついてるのが多いのがよいです。Paul Grahamの"Great Hackers"とか、Tim O'ReillyのOSCON 2004講演とか。Alva Noeが"Action in Perception"について語るというのもありました。
それから、iTuneで探すとBill NewsomeのStanfordでのtalkがあるんですが、って書こうとしたら以前のエントリで書いてた。なんかもうさいきん書いたことあるかないかわからなくなってきて、心配になって自分のブログ検索したりします。
iTuneからはNatureとかScienceとかScientific americanとかいろんなところがpodcastしているのでよいですね。
Kochのもいくつかあるので聞いてます。20060831でも言及しましたが。"Conversations with History"とか。Strange Angelsでもふたつ(mp3直リン:SA#78aSA#53)。もうすぐASSCなのでこのあたりを聞いておくのがいちばん良いかも。
んで、Steve Jobsね。今更言うのもなんですが、最高です。もうブロゴスフェアでは大昔に話題になったのですが、そのころから(いちおう言い訳)、よく聞いてます。有名なStanfordの卒業式でのスピーチ。テキスト版。はじめはiTuneで聞いたかYouTubeで聞いたかもう忘れましたけど。あの、"The Whole Earth Catalog"の最終号の言葉、"Stay Hungry. Stay Foolish"を3回繰り返す段を聞くと、何度聞いてもなんか泣けてくるのです。ま、わたしは60年代ロックからスタートしたカウンターカルチャー(死語)野郎ですので、価値観とか、抗しがたい。"follow your heart and intuition"とかね。老子とか読んじゃったり。わたしの現象学への興味って単にそこから来てるのだと思ってます。脱線した。
んで、Steve Jobsのプレゼンとかもyoutubeとかアップルのサイトとかから見てますけど、やはり最高。iPhoneを発表したMacworld 2007でのキーノート・スピーチとかちょっとヤバい。教祖じみてる。しゃべり完璧。エンターテインメントとしてレベル高い。(途中で出てくるゲストのGoogle CEOとかYahoo cofounderとかもいいかんじ。電話会社のエラいさんだけ原稿丸読みでダセえなあとか、また脱線。) ちょっと、じぶんも科学者としてなんとかプレゼンに活用できないかな、という目で見たりするけど、どうすればいいんだろ。結論3回繰り返したりとかをあのまま使うとうさんくさすぎる。ともあれ、楽しめるもの見つけて英語聞いてます。


2007年06月06日

サラソタ出張つづき

過去日記つづき。
5月16日
今回の出張はHFSPのグループミーティングも兼ねていて、VSS終了後はコンドミニアムにカンヅメで共同研究者と議論。んで、英語。研究の話はまだ良いのですが、一息ついて雑談とかするともうぜんぜんわからない。帰ったら勉強しなくちゃとか思っているともう40歳に近づいてきていたりする。さいきん人の名前が出てこないんですよね、とかちょっともう壊れてきているんでないかと思ったり。
5月18日
無事全日程終了。冷蔵庫に余りまくってるビールを片付けます(胃に)。サラソタはフロリダ半島の西側に位置していて、海に夕日が沈みます。いまはだいたい20時くらいに。ビール片手にビーチに出て、iRiverに入れた音楽を大音量でかけて、夕日が沈むのを見届けることにしました。一曲目はトッド・ラングレンの「魔法使いは真実のスター」から"I Don't Want To Tie You Down"。エレピでの弾き語り形式なんだけど、どこかスペーシーで、夕日によく合う。だんだん日が沈んでくる。お次はザ・ビーチ・ボーイズ の「サーフズ・アップ 」(というかベスト盤から)から"Surf's up"(「波が来た」)。もの悲しい弾き語りから祝福するようなコーラスへ。やはり最高。まだ日は沈んでいない。最後の瞬間を迎えるのにブライアン・ウィルソンの「スマイル」からもう一度"Surf's up"を選択。こちらはスマイルを作ったブライアン・ウィルソンを40年後のバンドメンバーが祝福する、というかんじのすてきな出来。これで日が沈みきって、空は暗くなってくる。人が減って、波の音が目立ってきて、カモメの声が目立ってくる。そこでベタだけどライドの「ノーホェア」から"Seagull"。ギターのフィードバックが鳴り響いて曲が終わると、寂寞とした海に変わっていた、というわけで満足して(DJきどり)、今回の出張でやるべきことがすべて終了となりました。


2007年06月04日

サラソタのVSSミーティングに行ってきました

捏造過去日記つづき。
5月12日。VSS (vision science society) 2007 meetingで発表しにフロリダ州のサラソタへ向けて出発。今回は飛行機で読む用にと村上春樹訳の「ロング・グッドバイ」を購入。文章表現とかがいちいちおもしろいのでそういうページは端を折って印を付けておく。これは原書購入決定(向こうの本屋で探したが見つからず、けっきょく帰国してから購入しました)。半分読んだあたりでデトロイト到着。デトロイトの入国審査は相変わらず列に並んだもの勝ちでひどい有様。以前書いたときから進歩がない。彼らにはカイゼンという概念がないっすよ! んで、飛行機三つ乗り継いで、サラソタに到着。天候のため飛行機が遅れて到着したのは24時。へとへと。
5月13日。んでその次の日がポスター発表。立ちっぱなしで話してたのでかえって時差ぼけとかで苦しまずに済みました。ポスターには多くの人が来てくださって感激。途中まで人数数えてましたがあきらめました。教授と私とで二つ平行して説明するときも出るなど、なかなか良かったです。説明してゆくと、だいたいみんなどこに引っかかり、どこをおもしろがってもらえるかがわかってきて、説明もパターンができてゆく。あとはこれを論文書きにフィードバックするだけ、というわけです。んで無事発表も終わり、ビールかっくらって、宿泊しているコンドミニアムの前のビーチで泳ぐ(<-死んだかも!)。近くを飛び立つ鳥がペリカンだったり。とかむりやり活動したら時差ぼけがけっこう解消しました。

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# nhk

お久しぶりです。VSS、いいですね。来年から参加しようと思っています。

# pooneil

ご無沙汰しております。
VSSは規模が大きいわりに、セッションが平行して二つしかない、ポスター会場が適度な大きさ(ちいさな体育館くらいの一部屋に5 subsectionで90枚程度)で回りやすい、などの利点があってなかなか良かったです。来年はフロリダ州のNaples(ナポリ)です。次回はぜひ。
今年のASSCは参加しますか? 私は現在ポスター作成中です。今年はNCMとVSSとASSCとでどれもちがうネタを出すという果敢な試みを行っております。

#

NCM > NSM? ASSCはまだ様子見というか、まだネタがないので。。。VSSは見に行くだけでも面白そうだと思いました。それにしても3つとも違うネタとはすごいですね。


2007年05月31日

娘に自転車の乗り方を教える

どもども。元気です。VSS (vision science society) 2007 meetingで発表しにフロリダ州のSarasotaに行って、無事帰ってきました。なんだかんだで間が空きました。最近忙しそうですね、なんて言われたりしますが、忙しいからブログの間隔が空くわけではないのです、だって、じゃあ、ブログ書いてるときは暇だったのかっていうとそういうわけじゃなく、っていうかそれ認めちゃダメでしょ、ってことです(自爆系)。

んでもって、いろいろネタはたまってるので捏造過去日記形式にて。

5月3日。娘に自転車の乗り方を教える。

そろそろ補助輪を取らなくっちゃ、ってことで連休のうちにやってしまうのがいいだろうということでさっそくチャレンジ。駐車場にて。娘もヘルメットかぶって気合いが入ってる。

「伊東家の食卓」かなんかで見た方法で、ペダルを外した自転車にまたがって、地面を足で蹴ってまっすぐに進むことを教える、というのがあってなるほどと思っていたのでさっそく実行してみようと思ったら工具がなくてペダルが外せない。ペダルを外す方法のポイントは、はじめのうちはペダルを漕ぐことに気が行って自転車のバランスを保てないものなので、自転車のバランスを取ることだけに集中させるという点にあります。というわけでそのスピリットだけいただきます。自転車にまたがって、両足で地面を蹴って、勢いが止まるまで足を浮かしておく。ペダルは漕がない。という方法でやってみたのだけれど、ペダルが足にあたって痛そう。

そこで方針転換。自転車にまたがって、片足はペダルに乗せて、もう片足は地面に着いておく。でもっていっせいのせで地面を蹴ると同時にペダルを踏む。これ一発でどのくらい遠くまで進むか少しずつ目標を上げてゆく。一緒に付き添って走って、つぎはここまでが目標、なんて言いながら励ます。ペダルの位置と、蹴るタイミングが合わないとうまく力が入らないので、最初の位置が大事だよ、最初が肝心、なんてアドバイスすると、自分で「最初が肝心、最初が肝心」なんていいながらやってる。駐車場を3往復くらいしたらだんだん感じがつかめてきたみたい。近所の子たちも併走したり応援したりしてる。

そろそろいいかなってことで、それじゃあ、つぎは足で蹴ってスタートしたらそのまま漕いでみよう、と言ってみると一発で成功、2,3回転ぐらい漕いでまっすぐ進めました。おお、素晴らしい、この「つかんだ瞬間」の喜びを共有してみたりする。その調子、と励まして繰り返していると駐車場の半分くらいは足を着かずに乗れるようになる。ママに見せたい、というのでベランダからママに見てもらってるところで披露。ママが感心して、娘も得意げ。良かったね、ということで今日は終了と家に引っ込んで一休みしてたら、公園で練習したい、なんて言う。超ヤル気。疲れてないの?って聞いたらだいじょうぶ、って言うので、もう今日一日で完璧にしてしまおう、ということで近所の公園へ。

また併走しながら、最初が肝心、とか、そのまままっすぐ、とかいいながら公園を五周くらいして、最終的には一周まるまる足を着かずに回ることが出来たので、今日は終わり。 んでうまい酒を飲んだというそんな休日の一日でした。

追記:補助輪の外し方をwebで検索するとこんなのが出てきました:

ついでに。このあいだ図書館で読んだ物理学の雑誌「パリティ」の2007年3月号には「なぜ自転車は倒れないか?」なんて記事(昔の記事の再録)があってハンドルと前輪の関係をどのように変えると乗りにくい自転車になるかを実験するという、理系変人説をはげしく強化するような記事がありました。同じ号の記事をryoheiさんが翻訳しているのを発見したりとか。

コメントする (2)
# mmmm

うちの娘も、そろそろ補助輪を外したいなー、と思っていたところなので、大変参考になりました。今度やらせてみよーっと。

# pooneil

どうもありがとうございます。Webで補助輪はずしについて調べてみたらけっこうたくさん記事があるのを知ったので追記してみました。ではまた。


2007年04月30日

夜の町を疾走する列車

夜中のこの時間にはいつも、遠くで列車が猛スピードで通り過ぎてゆくのが聞こえる。1:13AMと1:38AMと1:55AMと2:04AMと2:07AMと2:31AM(おもわずメモっちゃったよ)。そんな音が聞こえるくらいに町が静かなんだ。窓を開けると、国道をまばらに車が走るのが聞こえる。地方小都市では夜が早い。暴走族の音も最近聞かない。
たぶんあの音は東海道本線を走る寝台特急なんだろうなあ(元鉄ちゃん)、と思ってネットで調べてみたらすでにけっこういろいろ廃止されていることを知って驚く。そもそも、九州まで行くようなやつはうちのあたりは24時よりずっと前に通り過ぎてくし、ムーンライトながら(昔の大垣夜行)は5時くらいにならないと通らない。浜松を1時過ぎに通るサンライズ瀬戸/出雲というのを発見。でもこれ一本しかそれっぽいのがない。
けっきょくわからずじまい。たぶん貨物列車なんだろう。この地に10年住んで来て、あの列車の音を何度も聞いてきて、それでもわからずじまい。それもまたよし。おやすみなさい。
って1:38AMの音を聞いてから文章書いておいたら、次々に列車が来るのでどんどん文章が長くなる。
The WhoのSell Outのボーナス曲で"Early morning, cold taxi"ってのがあって、あれは3:36AMなんだけど、これいいタイトルだなあ(鼻提灯をぶら下げながら)。


2007年04月19日

子育てよもやま話みたいな

一番下の子はカタコトで少ししゃべられるようになってきたところなのですが、この時期は発達過程がいろいろ面白い。さいきんは、自分がなにかを手渡すときも、自分になにかを手渡してほしいときも、「ハイッ、ドージョッ」と言います。なるほど、自他の区別がないのかー、とか納得してみたり。
そしたら、愛する妻の報告によると、今日は動かなくなったおもちゃに、単3の乾電池を持ってきて入れようとしたそうな。じつはそのおもちゃはボタン電池で動くやつなんで、ボタン電池を持ってくるのだったらわかる。見覚えがある(familiarityレベルでのobject間の連合の記憶がある)とかで出来そうな気はする。でも、単3の乾電池を持ってきたということはもう少し高度なことをやっていると考えることが出来るというわけです。どんな勘違いをするかで、どんな概念を持っているかがわかる。以前紹介したことがあるScience論文(20040515)での、ミニチュアの椅子にむりやり座ろうとする子どもの話とかもそういう話でした。


2007年03月26日

元気です0326

どもども。元気にやってます。
いよいよ成果発表の旅三連チャンその1が始まりまして、いまはセビリアにいます。マドリッドでの昼ご飯が遅れて列車に乗り遅れそうになるとかドタバタもやりながら、なんとか到着して、レセプションに出てきたところです。
いろんなことが並行して進んでいて目が回りそうですが、楽しんでやってます。
と、ほぼ私信モードでした。ではまた。


2007年03月18日

貸本屋のある田舎町、ではないけれど。

どもご無沙汰してます。
ふと思い出したんですが、私が住んでいた街には、小学生のころまだ「貸本屋」がありました。べつにそんなレアなものが置いてあったわけでもなくて、少年チャンピオンコミックスとかそんなかんじの品揃えだったと思う。「マカロニほうれん荘」時代の。都電の路線が廃止されて出来た緑道沿いの店。おんぼろで怖くてほとんど立ち入らなかったのだけれど。あれはまさに昭和だった。風街、はっぴいえんど、てなかんじで。


2007年02月17日

このサイトでよく読まれているエントリのランキング

(0207/2/17に作成して放置していたものをこっそり再掲。)

ブログのサイドバーによくある「このサイトでよく読まれているエントリーのリスト」みたいなものを作ってみようと思って、うちのサイトの固定リンクへの総hit数(04年12月から現在まで)のランキングを作ってみました。どのエントリが検索エンジンから来た人に読まれているかを見る目安となるでしょう。

Hitタイトル
877手作りパソコンの価格が納得できません
747「ログインしてください。」
646movable typeをXPでローカルに立ち上げるメモ
534SFNレポートのつづき
452敬称続き。
405PubMed RSS Feed役に立った
385Cortex 2005 4月号
370民明書房論法
349「本日のPubMed RSS feed」付けてみました
329scienceとPNASがRSS feedを始めた
308Businessweek on 神経経済学(neuroeconomics)
303Science Newsome論文つづき
298「証明はできないけれどこれは本当だ、と信じていることってありますか?」
290敬称
282Science Anosognosia(疾病否認)論文
270論文いろいろ
269The Elements of Styleの日本語訳
265nonhumanで信号検出理論(SDT)
264論文いろいろ
262Movable Type 3.11導入メモ

……けっきょく、ネット見て反応したネタが上に来やすいわけですな。というわけで、うちのサイトにふたたび来訪してもらうためには、ロングテールの部分が重要。というわけで、脳科学コメントに関連したエントリだけでランキングするとこんな感じです:

Hitタイトル
534SFNレポートのつづき
385Cortex 2005 4月号
308Businessweek on 神経経済学(neuroeconomics)
303Science Newsome論文つづき
298「証明はできないけれどこれは本当だ、と信じていることってありますか?」
282Science Anosognosia(疾病否認)論文
270論文いろいろ
265nonhumanで信号検出理論(SDT)
264論文いろいろ
257論文いろいろ
253Implicit perception and signal detection theory
234内部モデルとミラーニューロン
226サール:意識を科学的に研究するには(要約)
223BBS online
220Speed-accuracy tradeoff
210スキナー。あとデネットとか。
208今週のFaculty of 1000
203大学院講義の反省文
198視覚連合記憶の機構
194線条体とQ-learning
184論文いろいろ
181Smallest Enclosing Ellipse
180宣言的記憶と症例H.M.
174「行動の価値」を表す線条体ニューロン
172NatureとScience
170Science Anosognosia(疾病否認)論文
170Science Anosognosia(疾病否認)論文
166平瀬 肇さん@理研
163「行動の価値」を表す線条体ニューロン

ま、こういう感じで細く長く読んでもらえるエントリをすこしずつ増やしていけたら、と考えております。じつのところ、がんばってアクセスを増やす必要もないのだし。ま、エントリも増えてきたし(もうすこしで1000エントリです)、ネタ用に。


2007年02月01日

すべての 牛を 黒くする 夜

今日も今日とてスウェット姿で車で本屋に乗り付ける夜10時半。ジモティーまる出しってかんじで。
んで、新書かなんか立ち読みして目に入ってきたフレーズが、「すべての 牛を 黒くする 夜」。ヘーゲルがフィフテだかシェリングだかを評した言葉とかなんとか書いてあったけどうろ覚えで。
もうこのフレーズにしびれました。「すべての牛」と来てオッと思い、「黒くする」と書かれて何事と思い、直ちに「夜」が加わってもうこれ以上ない完成度で、なんつーかこのフレーズの醸し出すポエジーにやられてしまったのです。
意味はさっぱりよくわからないのだけれども、これが正しいフレーズなのか、原文ではどういう表現なのかとか知りたくなるのだけれど、ググったりwikipedia見るのとかをちょっと我慢して、ここはこのフレーズにひたることを楽しむことにします。


2007年01月30日

ヨーグルトの崩れる音

プレーンのヨーグルトの700mlぐらい入ってるやつから底の深い皿に取るときにヨーグルトが崩れてボテってかんじで落ちたんだけど、息子に言わせればそれは「にゅむるん」ってかんじだそうだ。「にゅむるん」って、その発想はなかったな。息子に許可を得たので(得てるし!)、鬼才あらわる、と書いておきます。


2007年01月26日

そうして、このごろ0126

元気です。おひさしぶりです。どうも気軽に書けなくなっててよくありません。楽しく使いたいんですけどね。
Mixiもやっと入れたので探索してみたけど、母校のコミュとか行っても若者ばっかりであきらめた。こないだのクラス会のときに何人かに聞いてみたけれど意外と誰も活用してないので驚いた。つうかネットがなくても楽しめているということかもね。
リハビリのつもりではてな匿名ダイアリー活用中。こりゃいいや。こっちはいい調子。つうかこのエントリの文体がすでになんか影響されてる感じ。
こっちのブログについては、なんどか書いたことけど(書いては消しているので残ってるかどうかわからない)、へんに自分語りをしたりせず、時事問題(あるあるとか水伝とか)に首をつっこまず、論文とかの堅めな話に絞って、愚痴とかを書かないようにして、politically correctになるように気を遣って、荒れる要素を極力排除するように心がけていました。キュートなボケ役みたいなのを封印してました。ここまでですでにいくつかの文章を書いては消してます。はてブに捕捉されるような面白い記事も書かないように心がけてましたw いや、ほんとだって! ……そうすることによって、実名で研究者としてブログを続けることは、メリットが大きくて周りにも迷惑をかけないということを示せるんではないか、なんて野望を持ってたんです。盛り上がりには欠けますが、このやり方は続けてみようかと思ってます。
なんか終わりそうな書き方してますが、終わりません。書きたいことはたくさんあります。
なんツーか、今日のまとめは、ようするに自分語りがしたくて仕方ない俺ガイル、ということです(そうだったっけ?)。いや、率直に言って、自分に課した枷がうざったくなるなんてばからしい、ってことだな(ひっくり返した!)。
……全体としてやっちゃった感が強いですが、今回は消さずにとっておきます。ま、これがいちばん上にあるまま放置するのも体裁悪いんでさっくり更新する予定。

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# mmk_chocolate

これが初めてのコメントと云うのもどうかと思いますが、はじめまして。いつもblogを読ませていただいています。
自分のblogについて自分でルールを作って、日記というよりは自分の納得の行く作品作りに近くなってくると、もう日記らしいことは書けなくなってきますよね。私も記事を書くときにいつも悩みつつ書いています……多分それは多くのblog書きに共通の悩みなのかもしれませんが。
pooneilさんのblogは目標にしているblogです。これからも応援しております。


2006年12月26日

帰ってきちゃった。(後ろ手でそっとドアを閉めながら)

ってネタ元どこでしたかね。ま、元気です。
BMIシンポのまとめ作ろう、とか考えてたらなんか筆が進まなくて。かえって足かせになってよくなかったです。ここは華麗にスルーで(エー)。
班会議もばたばたしましたがなんとか無事終了。
村上春樹翻訳の"The Great Gatsby"が売られてたのでさっそく読んでみました。なんかこういうの久しぶり。よかったです。翻訳者後書きで、現代の物語となるように努めた、みたいなことが書いてあったけど、たしかに古くささを感じなかった。なんか「ジャズエイジ」とか「ニューヨーク」とかそういうイメージに引っかかって躊躇していたのだけれど、臭みなくおいしく頂けました。原文は Litfixにあるんで、こんどは原文で読んでみようかと。


2006年11月01日

SFN2006 at Atlantaのまとめ

忘れぬうちに今年のSFNについてのメモを。

  • 行き帰り。昨年はデトロイトの空港の入国審査とかひどいめに会ったうえに乗り継ぎですごい待たされてへとへとだったので、今年はアトランタ直行便を選択。これは正解だったように思います。入国審査も人の流れをちゃんと組織してスムースに流れてました。でもアトランタ直行だと飛行機に乗る時間が長くてつらい。行きが11時間で帰りが14時間。しかも帰りは霧で出発が2時間遅れた。こんど行くときはシアトルあたりで一泊するってのも手かもしれない。
  • 会場。なんか人少なかったというか、知り合いの参加者が少なかったような。じっさい全体の参加者も少なかったようです。もう巨大化する方向は止めた方がよいと思いますよほんとに。滞在期間が短かったこともあって、あまり発表は見れませんでしたが、彦坂研の二連ポスターは人が集まってました。Habenula (MD核のdorsal側にある視床の小さな核)がSNc dopamineニューロンのちょうど反対向きの活動をする、というもの。理研の松元さんの仕事の延長上にあるmedial prefrontal cortexの仕事も二連ポスターになってて、人が集まってました。
  • 発表。非常に不本意でしたが、仕方ない。論文が出ればもっと人は来るだろうけれど、論文出す前に想定レビューワーに見せておくという効果を求めているわけで、このへんはうまく回り出さないといつまでも状況は変わらない。(ちょっと、正直に書きすぎた!) それでも、在米の皆さまに会えて、多くの人がポスターに来てくれたのは大感謝で、おかげでひとり惨めにポスターの前に佇んでいる、ということにならずに済みました。
  • 街。治安が悪いと聞いていたけれど、正味滞在2日で、あまり歩き回らなかったのでわかりませんでした。今回も地下鉄(MARTA)を活用。ホテルが埋まってしまってしかたなくBuckheadの高いホテルから通う。SFNのサイトのホテルのリストに後から追加された、空港の近くのホテルは安いけどシャトルバスがないから敬遠していたのだけれど、じつはMARTAを使えばBuckheadから通うのとあまり変わりませんでした。
  • 街その2。働いている人はみな黒人でした。ここが南部だということを痛感。朝はマックとかでジャンクフード。Buckheadにしろ、downtownにしろ、都会すぎてスーパーとかがないので不便。これはWashington DCと同じかんじ。けっきょく、CNNもコカコーラも水族館も行かずに、ホテルの近くのショッピングモールでおみやげを買って終了。

もうちょっと小さい学会で顔を売ることを目指していかないといかんなと思ってます。そういうわけで、現在はNCMVSSASSCを目指しているところ。いや、VSSはとてもデカいみたいですけどね。


2006年10月27日

50万visitありがとうございます

visit2.gif

2004年12月にsakura.ne.jpに引っ越してきてから累計で50万visitになりました。見に来てくださった方、どうもありがとうございます。前回前々回も書きましたが、この値じたいの意味合いが以前とは変わってきていて、RSSの購読などを考慮に入れる必要がありますが、節目ということで。

グラフはwebalizerのログに出ていた、月ごとの訪問者(Visit)数と訪問サイト(Site)です。見方は Webalizerの見方などを参考に。SiteのほうがおなじIPアドレスを加算しないので(*)、読者の漸増を表現してると言えそうです。じんわり倍になった(5000から10000へ)というのがこの2年弱で起こったことをよく示しているのではないかと。この調子でゆっくりやっていきます。

(*注: ダイアルアップで毎回ちがうIPの方は繰り返し加算されてはいるのだけれども。)

それに併せて、Movable typeの方も最新のものにアップデートしました。スパムの処理あたりがよくなって満足です。最近は弾けないトラックバックスパムが出てきて、いちいち管理画面から消してましたが、いまは自動的に振り分けられてます。素晴らしい。

併せてファイルをhtmlからphp化しました。以前のファイル(html)をリンクしてあるところも.htaccessを設定して新しいファイルにリダイレクトされるようになってます。ですので、たぶんつながらないところはないと思いますが、これまでと挙動が違う点に気付きましたらご一報を。

これまでに気付いている点はふたつ、1) コメント投稿者のメールアドレスが表示できなくなってますが、データとしては消えてませんので、現在どうすれば元通りになるか調べているところです。 2) mimetex.cgiが動かなくなったのでtexライクな数式の表示が出来なくなってます。これもなんでかわかりません。mimetex.cgiのファイルの実行属性は変更したのだけれど。

そんなわけで、これからもよろしくおねがいします。


2006年10月04日

そうして、このごろ1004

元気です。いろいろレスポンスすべきところ放置してますが、どうかご勘弁を。ぼちぼちやってきます。
いよいよ、電気生理と論文書きとがともに佳境に入ってきました。体調に気をつけつつ。
ソフトボール大会、今年は3位。晴れたのがとにかく良かったです。自分的には3位決定戦で打撃で貢献できた(勝ち越しの満塁ホームラン!)ので満足気味。つーか、太ったら、球が飛ぶようになった気がする。
SFNのポスター作り。論文書きに併せて無難に。SFN、今回の運営はひどいと思う。Itinerary plannerダウンロードはどうなってるんですか。どこのセッションだか連絡が来なかったのでこっちから聞いた。最終日の、思い切り関連性のないセッションにつっこまれたのでかなり萎え気味。去年の反省で、セッションの選択には気を遣ったのにまたも失敗。がっかり。関係者への宣伝をしてベストを尽くすしかない。
ま、そういうわけで、元気です。


2006年08月22日

はてなのウクレレ記法使ってみた

ポスター作り、終わんねー。新事実発見したりとか。良くも悪くも。

しょうがないから、このあいだの花火の時から置きっぱなしにしているウクレレ(famousのFU-200)かき鳴らしまくり。深夜の階段の踊り場に鳴り響く、C-Em6。Em6はE-G-A-Bで音がぶつかるヴォイシングにしたらいいかんじ。そういえばはてなのウクレレ記法があったよな、とか思って作ってみる。まだはてなのアカウントあるし。

Cmaj7.png Em6.png

はてなダイアリー上で[uke:CM7@2000 Em@2540]と入れると上のpngファイルが生成される。Em6がなかったのでEmとして表記しときました。つーか、@の前をなんとでも指定できる(文字制限くらいは入れとくとして)ようにしとけばいいのだけど、そうなってない。

空が明るくなってきた。

…というエントリをうち帰ってから作りました。いま5時。

…というエントリを札幌着いてから投稿しました。もうすぐ発表。


2006年08月15日

David Chalmersのphoto gallery

ググっていろいろ回っていたら、いろんなconsciousness studyの人たちの写真を撮っているサイトを発見したので確認してみたら、David Chalmersのサイトでした。学会のポスター会場風景とかいろいろある。Weisskrantzの顔とかはじめて知りましたよ。ツーソンのポスターはみんなカラフルですな。ちょっと文化圏が違っていてビビりつつもあこがれるのだけれど、そのうちチャレンジ、ということで。ほんと、英語できないとつらいですよ。
これを機に、David Chalmersのブログ"fragments of consciousness"もRSSリーダに登録。


2006年08月13日

神経科学は無事に終わりました

ごぶさたしてます。元気にやってます。レコーディングがやっと軌道に乗ったところ。
神経科学の方は無事に終わりました。初の座長経験も、時間が余って無理矢理質問をひねり出してみたり、かといえば時間がないので早めに次行こうとしたときに限ってNewsomeが質問してたりとか。
諸先輩および同年代の研究者と飲んで、みんな頭いいなあと感激しつつ深酒。
京都へのラーメンツアー的観点では、背脂好きとして銀閣寺口の「ますたに」を選択。良かったけど、辛味噌はあまり好きでない。だからはじめの方は良かったけど、スープが混ざったらあまり良くなくなってしまった。あと、京都駅を出る前にちょっと歩いて「新福菜館」へ。ここは好き。食べてるとだんだん飽きてしてしまうのだけれど、それは空腹でないのに行ったせいだと思う。一見びっくりするスープの色とか、豚の味とか、常滑の「八百善」を思い起こさせます。「八百善」はでかい角煮というプラス要素があるので、こっちのほうが好きかも。


2006年07月24日

クロールの最新理論

学会も終わって一息ついて。
以前コピーだけしていた岩波の「科学」2004年6月号の「手のひらの推進力と身体の抵抗からみた最速の泳法 イアン・ソープのスピードの謎を解く」をすこし読んでみました。スッポン泳法、おお、おもしろい。著者のサイトからこの論文およびScienceのNews focusで紹介されたときのpdfファイルが入手できます。科学大好き土よう塾に簡単な説明がありました。
私は中高と競泳をやっておりまして(今年の水泳資格表で見ると18歳で6級程度)、大学のときにはOBとしてコーチをしていたので、クロールの泳法の理論については興味があったのですが、ここしばらくご無沙汰になっておりました。
というわけで最近の情勢をすこし調べてみました。
わたしのころはカウンシルマンの教えで、S字プルというのが重要なんだ、という話があって、さらにE.W. マグリシオが「スイミング・ファースター」を出版して、流体力学を元にして、抗力(水中を進む向きに押す力)だけではなくて、揚力(水中を進む向きに垂直にかかる力)を考慮して二つの力のベクトル和で推進力を考える、みたいな図が話が出てて、難しいなあと思いながら読んでいたのです。
わたしがフォローできているのはこのへんまでですが、そのあと、E.W. マグリシオの本はアップデートされて、「スイミング・イーブン・ファースター」になってさらに"Swimming Fastest"(まだ邦訳出版されてない)になっているらしい。
近年はS字プルがいちばんいいわけではない、というのがトピックのようで、上記のスッポン泳法も腕を入れたところで手を伸ばすのではなくて、すぐに肘を立てることで、揚力よりは抗力を優先させて泳ぐという話です。
今回はじめて知ったのは「2軸泳法」という概念で(Swim No.12「クロール革命」など)で、これもこれまでのS字プル+体のローリングという考えにとらわれない発想です。スッポン泳法とともにイアン・ソープはこのやり方をやってる、というのが売りです。
それから、total immersion swimmmingというのはもっと普通の人向けに一掻きを大きくしてよく伸びる泳法を提唱しているもので、わたしの泳法に近いので親和性を感じます。ここは日本の支部もあって、短いムービーがダウンロードできます。このサイトでは2軸泳法との関連をコメントしているところがあります。
いろいろ見てみましたが、もともとの、流体力学の抗力と揚力(さらに水の抵抗)を考慮した上での最適化、というのがどのくらいアカデミックにやられているか、ということに興味がわいてきました。
The Coaches Information Serviceというところにはいくつか詳しい記事があって、"Propulsion in Swimming"とか、Total Immersion Strategies - A Closer Lookとか読みたいものも見つけてきました。おもしろい。
おもしろいけど、ま、泳ぎながら考えることにします。


2006年07月18日

娘との会話

神経科学大会の準備で家でパソコン打ちながら娘の相手したり。

娘:パパさー、昨日かおとといかずっと前でいちばん楽しかったことってなーに。
父:そうだなー、水泳でいちばん速い記録出したときかなー。
娘:それはいちばんうれしかったことでしょ。いちばん楽しかったこと。
父:そうだなー、友達とみんなで花火やったことかなー。
娘:XXちゃんはねー、コチラちゃんのところに行ったこと。
父:これからまだまだたくさん楽しいことがあるよ。
娘:ね。

という会話をしました。

ずっと忘れてたけど、鎌倉の海沿いの公園で酒飲んで花火して、酔っぱらった勢いで公園を全力疾走した(なんでだっけ?)夜のことを思い出した。あれが人生でいちばんだったかどうかはわからないけど、バカバカしく楽しい夜だったのを思い出してすこし追体験してみました。

(注:コチラちゃん:鈴鹿サーキット付属の遊園地のこと)


2006年07月06日

にせタグクラウド作ってみました

Movable type 3.3出ましたね。バグ修正とかが落ち着くのを待ってから移行したいと思います。やりたいことはいろいろあって、PHP化して再構築を軽くしたりとか。タグ付けも使ってみようかと思います。もっとも、pluginでやるのかmovable type純正のものでやるのか考えたほうが良さそうですが。

んで、どうやってタグ付ければいいかなのだけれど、Connotea使ったときの経験からすると、めんどうくさい。もう、思いっきりステロタイプなかんじになるように、あらかじめ候補をだいたい決めておいた方がよいかと考えました(かなりカテゴリー分けと発想が同じになりそうだけれど)。そういうわけでそもそもうちのサイトにはどういうキーワードで検索に来ているかをこれまでのデータ全部を使って調べてみて、それらをタグの候補としてしまえばよいわけです。

というわけで100回以上検索のあったキーワードについてタグクラウドっぽく表示してみました。大きいやつほどたくさん検索されてる。リンクはその言葉でうちのサイトをgoogle検索した結果、つまり"keyword1|keyword2 site:pooneil.sakura.ne.jp"の結果です。同義のキーワード(神経経済学とneuroeconomics)とかは同じものとしてカウントしております。あんまり一般的すぎる言葉は抜いてあります。

結果はだいたい予測通りで、現在のカテゴリー分けとそんなにずれていないことがわかります。

そういうわけで、Movable typeをupdateしたらこういうかんじでタグクラウドを作って、タグによるリストへリンクできるようにしてやろう、というわけです。


2006年06月18日

Firefoxでもtextareaをエディタで開けるんだ

以前Slepnirを使っていたときはInternet Exploerer用でtextareaをエディタで開けるようにするソフトがあって重宝していたのですが、Firefoxに移ったらそれがなくて不便でした。
でもじつはFirefoxのプラグインの中にそういうものが前から存在しているのを発見。
mozex 1.93
via Going My Way: Hotkeyを利用してTextareaを外部エディターで開くFirefox用エクステンション Mozex 1.93
エントリ作ったり、コメント書いたりするときにこれさえあれば忘れずにローカルに原稿を保存できるので超重要。
設定画面がなんかへんだったりするのだけれど、とりあえず使いはじめてます。


2006年06月09日

そうして、このごろ0609

研究会の発表が済みました。たくさん質問してもらえたので興味を持っていただけた様子。つっこみどころもいろいろあるわけだけど。予告編と称して、電気生理のデータ無理矢理つっこんでみたり。来月の神経科学学会で電気生理データ追加します宣言をして退路を断ってみたり。
んで、ほっと一息。
ビール飲んで、J-Total Musicとか見ながらギター弾いていろいろ歌いました。赤ん坊がギターにさわろうとするのを足でガードしながら。にこにこしてるけど。
山_崎ま_さよしが紅白で歌ったらしいやつとかやってみて、泣きのツボが刺激された。なんつうか、鍵っぽい、っていうかONEっぽいですよ、あれ。しかもあの、もしも奇跡が起こるなら、君に会いたい、ではなくて、いますぐ(奇跡を)君に見せたい、なのな。大泣き。横で息子が宿題やってるけど。(酔っぱらってます。)


2006年05月01日

VMware Player上でLinux動かすのは簡単でおもしろいですね。

(ことわり書き: わたしのように生物系で、UNIXとか知らない人向けのエントリです。詳しい人は笑ってスルーでお願いします。ややこしいところぜんぶ飛ばしてますし。もしもっと簡単なやり方がありましたら教えてください。とくに、Debian系でなくてRedHat系で同等かより簡単なやり方があるといいのですが。)

このあいだ必要に駆られてMandriva Linuxをインストールしてみたのですが、必要なプログラムが動いて、なんとか仕事になったので、もうすこし勉強してスキルを上げておこうと思いました。その時点での私自身のスキルはほぼ未経験者レベルです。(Linuxはインストールしたことがあるが日常的に使ったことがない、shellはDOSからの類推でしか使えない、sudo知らなくて、ルート権限の必要なファイルを編集できない、emacsのキーバインドわからない、RPMやAPTでソフトをインストールしたこともなければ、ソースからのコンパイルなどしたこともない。)

これまでにKnoppix 4.0をDVDに焼いてから起動させるというのはやったことがあって、これは簡単、Windowsにはまったく影響を及ぼさずにCD/DVDからLinuxが起動します。ネットワークもUSBメモリも全部おまかせで認識してくれます。

おつぎはいろいろ設定いじってみたり、ソフトをインストールしてみたりしたいところで、Knoppixで設定をUSBメモリに書き出すというのもひとつだけれど、昨年の秋に出た仮想化ソフトVMwareのフリー版、VMware Playerを使ってみることに。Windows上のソフトのひとつとしてLinuxが起動します。

使いかたなどはネット上にいろいろあるのですが、とにかくwindow上でLinuxを動かしていろいろいじってみるのにいまのところ一番楽なのは、Ubuntu 5.10を日本語化したものを使うことではないでしょうか。

使いかた:

  1. VMware Playerをwindowsにインストールする。
  2. Ubuntu Japanese TeamのダウンロードページからUnofficial Ubuntu 5.10 Japanese VMWare Image (ubuntu-ja-5.10-vmware-i386-20051129.zip)をダウンロードして解凍。
  3. 解凍してできたUbuntu-Breezyの中のUbuntu-Breezy.vmxをダブルクリックするとVMware Player上でUbuntu5.10が立ち上がる。
  4. 日本語も使えるし、ネットにもつながる。フォントもきれい。
  5. いろいろ使ってみる。システム-システム設定-synapticパッケージマネージャーでいろいろソフトを入れてみる。画面解像度を変えるためにxorg.confとか設定をいじってみる。ネットにあるソースファイルをコンパイルしてみたりする。
  6. なんかぐちゃぐちゃになってくる。再起動してもX-windowsが立ち上がらなくなったり。
  7. Ubuntu-Breezyのフォルダを捨てて2から再スタート。
  8. 飽きるまで2-7を繰り返す。

使わないときはVMware playerを終了させてしまえばWindowsにはなんの影響もあたえないので気楽。Linuxのディレクトリ構造を知ったり、shell動かしてみたり、設定ファイルいじったりとかそういうのを勉強するにはこの1-8がいちばん早そう。

わたし自身はMandiriva LinuxのisoファイルをVMware Player上にインストールしてネットワークの設定いじってみたり、Browser Appliance(中身は、日本語化されていないUbuntu5.10)を日本語化してみたりとか寄り道してみたけど、動き出すまでの労力が最小なのがいちばんでしょう。もはやLive CD/DVDよりも、BIOSいじったりCD焼いたりする手間が省ける分、楽かも。

VMware toolsがUbuntuにインストールされているのでWindowsとLinuxのあいだでテキストのコピペが出来るとか、インストールの作業が不要なのでvmxファイルを編集しなくてよいとか、そういう意味でも楽ちん。しかもタダ。2-7のループを回らずに5のphaseに留まれるようになってきたので、そろそろ関係を逆にして、Linux上のVMware PlayerにWindowsをインストールすることを思案中です。

......というエントリを嬉々としてUbuntu on VMware Playerから作りましたよ、という話でした。


2006年04月12日

なんかすげー好き。

空中キャンプ2006-04-11
内容自体に立ち入る気は全くないけど、さいごのくだりとかなんかすげー好き。


2006年04月11日

Whirlpoolが出ねー(ついにデター)

20060316からつづき。Whirlpool by Chapterhouseが出るっつーから待ってるのに、3/20発売予定が3/27になって、4/3になって、4/10になって、今日見たら4/17になってる。フンガー(ジャイアンっぽく)。予約するつもりだったけど止めた。岡崎のタワーレコードまで届くのは遠そうだけど、忘れた頃に見つけて感激するという態度で臨もうと思ってます。
追記:4/20に見たら4/24に変更してた。なんか待ってるのがばかばかしくなってきたけど、こういうのってよくあることなの?
追記:4/23に見たらまだ4/24になっている。はたして延期はまた続くかどうか。このサイトは"Whirlpool"が出るまで発売日の延期を追い続けることにします(大マジ)。
追記:4/24に見たら、「発送可能時期:通常8~12日以内に発送します。」となってるんだけれど、ほんとうに出たんだろうか。
追記:5/5に見たら、「通常24時間以内に発送します。」になっていた。"Die,Die,Die"が入ってないことが判明。岡崎タワーレコード見にいっても売ってなかった。ということであきらめて、アマゾンで注文しました。
追記:5/7到着。すげーうれしい。速攻聞く。もっとくぐもったイメージがあったけど、けっこうシャキッとしてる。記憶は当てにならないな。Sleeve note付き。歌詞カードも"Lyrics appear courtesy of Chapterhouse"で入ってる。"Breather"こんな歌詞だったのか。私が気に入っていたラスト曲は"in my arms"であることが判明。ということで"Die Die Die"は聞いたことがないらしい。ぜひ予定されているようにweb上に出てくれるといいのだけれど。