[月別過去ログ] 2003年12月

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2003年12月31日

Nature Neuroscience AOP祭り again (1)

"Altered awareness of voluntary action after damage to the parietal cortex."
Sirigu @ CNRS。
Libetのパラダイム(一周/2.5secで回る時計を使って意思や認知の時間を報告させる)で、parietal lesionの患者ではvoluntaryなmotor intentionの時間の見積もりがずれる。このことから頭頂葉は自発的運動の内部モデルを生成している、とする。関連する論文に
Cerebral Cortex '03 "The Role of Parietal Cortex in Awareness of Self-generated Movements: a Transcranial Magnetic Stimulation Study."
があげられる。また、これはArbib-SakataらのFARSモデルと関連する。このモデルの一部には、premotor cortexでの運動命令(たとえばF5でのgrasping、FEFでのサッケード指令)が遠心性コピーとして頭頂葉(たとえばAIP、LIP)へ伝えられる、という考えが含まれている。私が知る限り頭頂葉が遠心性コピーであるという実験的根拠はpremotor cortexと比べた反応潜時が遅いことにあると思うのだが、それでは不充分に思う。ほかにないか調べる。Gottlieb and GoldbergのNatureでのperisaccadic remappingは根拠になるか。その意味でSommers and Wurtzのcollolary discharge (Science '02)も読むべし。

Nature Neuroscience AOP祭り again (2)

"The site of saccadic suppression."
Colin Blakemore @ University of Oxford。
Saccadic suppression: 人間は一秒に約三回サッケード(目をきょろきょろさせる動きのこと)をしてるが、目を動かしている間の映像は意識上に上ってない(もし上ってたら目が回ってしまう)。よってどこかでサッケード中の情報は遮断されている。これがSaccadic suppression。(たぶんサッケード指令の遠心性コピーをinhibitionに使っている。)
で、これがいったい脳のどこでされているかが問題だが、Blakemoreはサッケード中の網膜および初期視覚野にTMSで光点を作り、それがsuppressされるかどうか調べた。網膜刺激による光点の生成はサッケード中に抑制された。一方、初期視覚野刺激による光点の生成はサッケード中に抑制されなかった。よって著者はSaccadic suppressionは網膜と初期視覚野のあいだの情報伝達でおこるとしている。彼らはたぶんLGNであると考えているのだろうけれど、どうだか。

Nature Neuroscience AOP祭り again (3)

"Saccades actively maintain perceptual continuity."
Ma-Wyatt @ The Smith-Kettlewell Eye Research Institute。
それでさらにサッケードの時にはSaccadic suppressionが起こっているだけではなく、そのsuppressされた時間がfilling-inされてサッケード前と後が連続性を持つ。これが著者の言うサッケードのperceptual continuityへの影響(のはず)。ぜんぜんわかってないのだけれど、この論文は上記のHaggardの
Nature '01 "Illusory perceptions of space and time preserve cross-saccadic perceptual continuity."
と関連あるはずだが、referされてない。よくわからん。

Nature Neuroscience AOP祭り again (4)

"Neuron-specific contribution of the superior colliculus to overt and covert shifts of attention."
Peter Thier @ University of Tuebingen。
Rizzolattiのpremotor仮説というのがあって、「サッケード指令」(overt shift)と「目を動かさずに注意だけ向けること」(covert shift)とが同じメカニズムを共有している、というもので、Kustov and RobinsonのNatureでの上丘刺激とかShadlenのNature '01でのFEF刺激とかで支持されてきた。この論文はsingle-unit recording。

preセカイ系

さてそれではこんどは世界の終わりとハードボイルドワンダーランドでも読んでみるか、とわかるやつにはわかるセレクション。


2003年12月30日

Nature先週号

"Parallel colour-opponent pathways to primary visual cortex."
EDWARD CALLAWAY @ The Salk Institute。
CallwayはV1内のlocal connectionおよびLGN->V1のconnectionの構造についてずっと研究しつづけている。基本的には解剖学者。
色の情報処理について簡単にまとめる。網膜には三種類の光受容器があり、それぞれ主に赤(L)、主に緑(M)、主に青(S)を感受して活動する(実際にはそれぞれのスペクトルは広く、オーバーラップしている)。これらは網膜のretinal ganglion cellでLとMの差分から赤--緑の軸をコードする。また、S(青)とL+M (=黄色)との差分から青--黄の軸をコードする。これが色の二つの軸。この情報は大脳皮質の初期視覚野でさらに処理され、色空間上で非線形的な処理を受けて、小松先生が視覚連合野で見つけたような、彩度をコードしているようなニューロン活動などとして情報表現される。以上まとめ終了。
今回のCallwayの仕事は、LGNからV1へ投射する軸策の終止部位が上記の赤--緑をコードしているニューロンと黄--青をコードしているニューロンとで違うということを示したもの。
大脳皮質は細胞構築のパターンが層状になっていて、V1では表面から六層、さらに分類してlayer 1,2,3A,3B,4A,4B,4Cα,4Cβ,5A,5B,6とあるのだが、黄--青の軸策は4Aに、赤--緑は4Cに局在しているそうだ。
こういうことを明らかにするために彼らはLGNから投射してきているV1内の軸策からのrecordingをしている。実際の波形がないので、これがどのくらい確かなデータなのかいまいち評価できない。また、passing fiberから記録してしまえばあんなにきれいなデータになるわけもない。なんらかのしくみでterminalに近いところからのみ記録できているらしい。

佐藤友哉

エナメルを塗った読了。これで三部作制覇。いちばん陰惨だった。水没ピアノもそうといえばそうだが。で、予想通りオチはデタラメな感じだが、最後は余韻が残る。いまのところ、水没ピアノ > エナメル > クリスマステロル > フリッカー式 という順位か。あとは単行本化するまで読むつもりなし。飛ぶ教室も完結してから読むつもり。

ゆらゆら帝国

ミーのカー。
サイコー。ガレージ系のサイケ。ボーカルの喉の細さあたりまでペブルズかナゲッツにでも入ってそう。一曲目はSunday morningかこれは。午前3時のファズギターはジミヘンみたいな風格がある。ラスト曲……よし、生で見たくなった。

今気付いた

恐ろしいことに十年近く生*1を見に行ってない。最後は移籍直後の渋谷クアトロでのエレカシだったから95年あたりか。


*1:ライブと言うのもコンサートと言うのもギグと言うのも気恥ずかしい。


2003年12月29日

Nature 先週号

"Visual control of action but not perception requires analytical processing of object shape."
MELVYN GOODALE @ University of Western Ontario。
GOODALEは'91 Natureで、形態視に関わる視覚連合野に損傷を受けた患者が物体の形の認知はできないけれども物体をつかんで扱うことはできる、ということを示した。
つまり、患者はその物体の形が意識に上ってこないにもかかわらず、それをつかもうとする手は物体の大きさと形に合った形をして掴むのだ。
Nature '91 "A neurological dissociation between perceiving objects and grasping them."
この知見に基づいてGoodaleとMilnerは脳には視覚的認知処理に意識に上る経路(視覚腹側路)と上らない経路(視覚背側路)とがあることを提唱してきた("The visual brain in action" '95 Oxford scientific publication)。
今回の論文は同じストーリーの延長で、健常者においてもこの二つの経路の違いがあることを示す。被験者は長方形の物体の長径の長さを1)視覚弁別をする、2)親指と人差し指で掴む、の二種類で判断する。この二条件で短径の長さが変わったときの長径の長さの判断への影響を調べる(Garner's speeded-classification task)。
すると、視覚弁別のときには影響がある(短径の長さが変えると長径の長さの判断が遅れる)のに対して、掴むときには影響がなかった。
彼らはこのことから、形態視は短径と長径のバランスのようなゲシュタルト的側面を持っているのに対して、視覚から運動への変換は視覚の各属性をパラレルに扱っている、という違いがあると結論付けている。

コメントする (2)
# mds

間違って「投稿」ボタンを二度も押してしまいました。申し訳ありません。上記の意識に上る上らないに該当する経路は、膝状体視覚経路と膝状体外視覚経路のことではないのですか? 膝状体視覚経路が損傷した患者は、運動刺激が見えていないと主観的には報告するんだけれども、あたかも見えているかのような行動反応を示す、というものです。確かに背側経路には膝状体外視覚経路からの投射が入ってきますが、背側経路・腹側経路自体は、意識に上る・上らないという二項に単純に対応するものではないと記憶しております。

# pooneil

mdsさん、書き込みありがとうございます。長くなったので5/29のところに書きました。上の二つは消しておきました。Multidimensional scaling使ってるんですか?

西尾維新読了

よかった。私はミステリ好きではないので謎解き自体はどうでもよかったんだけれど、最後どう収めるのかが気になってた。でもって…なるほど、これはある意味壊れてるとも言えるし、壊れなさすぎとも言える。というわけで今度は「エナメルを塗った魂の比重」へと行くのであった。


2003年12月28日

Neuron

Prospective and Retrospective Memory Coding in the Hippocampus
Shapiro @ Mount Sinai School of Medicine。
さて、アブストだけ読んで暴言しよう。
ラットの海馬のplace cellがprospective codingとretrospective codingをしていて、task performanceにも関わっている、というわけだが、問題はこれをepisodic memoryと絡めようとしているところだ。Wendy Suzukiはこの論文のpreviewで
Episodic Memory Signals in the Rat Hippocampus
この神経活動が"the sequence of past, present, and future events that make up an episode"を反映してるなんて言ってるわけだが、animal studyにおけるepisodic-like memoryの定義の問題をずるく回避しようとしているんじゃないのか。
Tulvingが言ったように、episodic memoryはmental time travelであって、"concsious recollection"を伴っていなければならない。このため、意識があるかどうかわからない動物では、Claytonがscrub jayを使ったNature論文'98のようにwhat-when-where全てを必要としたタスクを使って"episodic-LIKE memory"と言わなければならない。Shapiroはちゃんとclaytonに言及してさらにEichenbaumの未発表データに依拠している。*1 しかしWendyはClaytonとの共著論文もあるくせにこの辺に触れようとしない。ようするに言いたいことは、「ラットでepisodic-likeのニューロンコーディングをやるなら、まずラットがepisodic-like memoryを持ってることを証明しろ」ということ。まだ証明されていないんだから。いや、アブストとreferenceだけ読んで書いてるんだけれど。
だいたいprospective codingとretrospective codingなんてのは霊長類ですでにやられていて、側頭連合野にも前頭前野にもそういうニューロンがあることも知られている。霊長類が内側側頭葉記憶システムと前頭前野とのインタラクションでやってるとわかっていることを、げっ歯類の海馬で研究しようとするからにはそうでなければわからないことをやる必要があるはず。その意味で注にあるDay and Morrisは薬理をやることでその水準をぎりぎり保ったと思う。
海馬がepisodicだろう、なんてことはhumanの研究から推測できることなわけで、それをいいかげんな形で論文にされては困るということ。


*1:ちなみにRG Morrisは最近Natureにwhat-whereが必要な対連合記憶課題をラットにやらせていて、episodic-likeを標榜しているが、タイトルにはそうは書けていない。 http://dx.doi.org/10.1038/nature01769

Neuron

Goal-Related Activity in V4 during Free Viewing Visual Search: Evidence for a Ventral Stream Visual Salience Map
Gallant @ UC Berkeley。
V4ニューロンが目を動かす直前からすでに目を動かしたら受容野に入るであろう刺激をコードしている、というもの。LIPにも同様なものがあって、ME Goldbergはsaliency mapをコードしている。これとの関係が興味ある。なお、V4はFEFと強い結合があり、FEFからV4へのtop-down controlというやつが効いている、というストーリーは1月のNature (selective gatingってやつ)とも共通している。
http://dx.doi.org/10.1038/nature01341


2003年12月27日

Mansun

Mansunの1stアルバム「attack of the gray lantern」 attack of the gray lanternを見つけたので聴いた。"Stripper Vicar"サイコー。タイトルもサイコー。歌い方もなんかやけな感じがよい。ま、ブリットポップですが、日本のビジュアル系みたいな歌い方ではある。
前に2ndの「Six」 Sixのほうを先に聞いたんだけど、これがいまどき珍しいコンセプトアルバム*1で、私も好きな「タオのプーさん」にインスパイアされたらしいA面は初回聞いたときからのお気に入り。オープニングはG-F#-Bm-Aの必殺泣きコード進行。「ともあれ人生は妥協だ。」B面も"Legacy"最高。寂寞としてて泣ける。夜中に自転車で隅田川を渡るときのテーマソングだった。「君が逝っても誰も気にはしない。」
で、ひさしぶりに調べたら解散してる…

*1:Sgt. Peppers'みたいなもん。このアルバム自体の構成はWizard, a True Starを髣髴とさせるところあり。

西尾維新

昨年ぐらいから西尾維新や佐藤友哉とかいわゆる「セカイ系」周辺を読み出しているのだけど、昨日から「きみとぼくの壊れた世界」 きみとぼくの壊れた世界を読み始めた。現在探偵編。
で、なんですかこれは。エロゲではないですか。サイコーです。戯言シリーズからの延長上でなんか妙なところ狙ってきてる感じ。正直、西尾維新はちょっと軽すぎるかと、佐藤友哉くらいイタくしてくれるほうが好みかと思ってたんだけど、これは期待が持てる。

忘年会

ホテルで忘年会をしている旧友のところに深夜に電話出演してみた。ナイスアイデアだと思ったんだけれど、あとでなんか切なくなった。


2003年12月26日

Nature Neuroscience AOP 祭り

書こうと思ったけど力尽きたのでまたこんど。


2003年12月25日

Science 2003の1/3号

Neuronal Activity in the Lateral Intraparietal Area and Spatial Attention
ME Goldberg @ National Eye Institute。
9月にJCで取り上げたんで、古いけど書いておく。
ME GoldbergとRA Andersenの永遠の戦いの何幕目か。ME GoldbergとRA Andersenは頭頂野の視覚-眼球運動領域であるLIPの機能に関して10年以上延々論争を続けている*1。Goldbergはattentionだと言うし、Andersenはmotor intentionだと言ってる(ちなみにGlimcherはdecision variableだと言ってる)。今回のGoldbergの論文は視覚的注意が光点が急に現れることでその光点に注意が向いてしまう現象に関して電気生理をしている。
タスクはNandVのfigure参照。
で、私の結論を言うと、Goldbergの説明は成り立つが、Andersenの考えでも今回の論文の結果は説明できてしまう。よって今回の論文では決着はつかない。詳しいことはまたこんど。

*1:Goldbergがattentionと言い出したのは1972 JNP、Andersenがmotor intentionと言い出したのは遅くとも1988 EBR

宿題

  • GlimcherのNatureとAnnual reviewを説明してPlattのNeuronにコメントする
  • 松元さんのScienceについてコメントする
  • Goldberg vs. Andersen
コメントする (2)
# matsumot

どうぞよろしく。とりあえずご挨拶まで。

# pooneil

コメント感謝。精読中です。ほかにもコメントありましたら気軽に書き込んでください。


2003年12月24日

私のクリスマス

今年は教会へは行かずに、家で電気を消してロウソクをつけて、ギターを弾いて子供といっしょに歌いました。子供へのプレゼントはポケモンとキティちゃんでした。


2003年12月22日

「泣ける感じ」

愛する妻が子供用に科学手品18種セットみたいなおもちゃを生協から買ってきたんだけど、それが開ける前からなんか軽くてちゃちな感じがして、なんかひさびさにあの「泣ける感じ」がきたな、と思ったんですよ。開けてみたら予想どおりあんま中身が詰まってない感じで、もやはダメかと思ったんです。でも子供がそれで喜んで遊んでくれて、なんかいろいろ説明して一緒にあれこれやっていたらなんか感極まりまして、僕はこの感じを決して忘れないよ、だからさようなら、なんてパステルズバッチですよ、もう。いや、吉野家コピペではないんです、けっしてこれは。
で、その「泣ける感じ」というやつを説明しておきたいと思うのですが、「かわいそ犬」というのがかつて私の近所に二匹いたんです。一号と二号。どちらも年老いていて毛並みが悪いみすぼらしい犬だったんですが、一号は道路沿いの民家で飼われていて、コンクリート塀の向こうから「ボッ」って弱々しげに泣くんです。番犬としての役割を果たそうとがんばっているんだけれども、もう力がなくて、こちらの目を見ようともせずに弱々しげに吠える。それが不憫で不憫で仕方なかったんだけれども、あるときから見なくなりました。
二号は駅前にいて、ぼさぼさの毛で駅前の雑踏をうろうろしていたのをよく見たものです。あるときなんかの都合で私がそいつの近くを自転車で通ったときに、二号がキャンキャンいいながらものすごい勢いで追いかけてきたことがあります。これはそれでなんかやりきれない悲しさがにじんだものです。こいつもここ二、三年見てません。
で、このかわいそ犬だけではなくて、小学生のころ、コカコーラのおまけのヨーヨーが大流行したことがあってねだったんですが、親が買ってきたのがよりによってパチモンのヨーヨーのなんかちゃんと空回りしないやつだったりして、同じような感覚を抱いたものです。
なんかそういうチャチで惨めだけど罪のないものに出会ったときに私の自己憐憫回路が働き、私はなんか妙にやさしげな気持ちになっていく。この感覚が私が言うところの「泣ける感じ」というやつです。ある意味、「もののあはれ」とも言えるかもしれないが、もっとなんかかっこ悪い感じが付随する点に違いを感じます。
(追記)子供は早くも飽きてきている模様。ブルーバックスの科学手品の本でも読み直してみようか。


2003年12月21日

JNS (12/19)の続き

けっきょくこの論文は前半は'00 Neural Computation
で出てきたSynergyをもう一回説明しなおすもので、
後半はNirenberg & Latham (最近PNASも出した)への返答(KL divergenceを使った計算の是非について)、となっているらしい。詳しいことはNeural Computationのほうを読み直したほうが良さそうだが、けっきょくのところ、二つのスパイクのcorrelationを計算するのに、(1) activity independence p(r1,r2)=p(r1)*p(r2)の検定(r1とr2は二つのニューロンのactivity)に関する情報量(刺激条件をmergeした上でのcorrelationによる情報量)、(2) Conditional independence p(r1,r2|s)=p(r1|s)*p(r2|s)の検定に関する情報量(刺激条件ごとのcorrelationによる情報量、つまり刺激条件によらずcorrelateしている成分)の二つがあって、(3) Information independence (1)-(2)の情報量の成分の差が正のとき、二つのニューロンのスパイクはそれぞれ単体がもっている情報以上をもっている(synergy)、逆に負になると二つのスパイクのもっている情報がredundantである、ということになるらしい。
このsynergyがCarlos Brodyの論文
が問題としているようなLatency covariationsやExcitability covariationsを排除していたSpike timing covariationsを見ているかというと多分そういうことではないはずで、このsynergyというやつをどう扱ったらよいかちょっとわからない。Neural ComputationのほうはFlyの例があるので、そっちを読んだほうが良さそう。


2003年12月20日

19日のコメント欄

に書くことが長くなったのでこちらへ。まとまらない。
19日のJNS Fig.1,2を眺めているとこんなことを考える: それでも、encoderはdecodeされることを前提として作られなければならないはずで、encodeされる刺激とdecodeされたestimateを突き合わせて誤差を修正していく過程というのはdecoderだけではなくencoderにも必要なのではないだろうか。発達時に形成されながら、完成後も常に修正を受けながら存在しつづけるencoderとdecoder。
Decoderがencoderと別のレベルにあるようにわれわれには見えるのはわれわれが実験者として外からdecodeしようとしているからだけで、たぶん記述のレベルが違うのだ。Encodeするのは生物自身であって、decodeするのは実験者。Encodeの研究は、知覚刺激を生物自身がencodeしたスパイクというspecifyされた実体を実験者が記述するだけであるのに対して、decodeの研究では、生物がそれをどう利用(nearly equals decode)しているかではなくて、知覚世界像のような充分specifyされてないものを実験者がスパイクから作り上げようとする(= decode)のであって、それは記述ではない(>>このため、取捨選択が必要になる)。
動物や我々自身はspikeにecodeされた知覚情報を最終的な行動としてアウトプットするわけで、そのときには単なるdecodeをしているわけではないが、何らかの形でそのスパイクの情報を利用し、変換しているとは言える。この「内的な変換過程」みたいなものを見ようとするのが私が今まで書いてきた「内側からの視点」を計算論的に解釈したものといえるかもしれない。ああ、こんな曖昧なことしか言えない。

Nature Neuroscience

"Microstimulation of visual cortex affects the speed of perceptual decisions."
Shadlen @ University of Washington。
ShadlenはむかしからNewsomeといっしょにやってたmotion stimuliを使ったperceptual decisionの実験系を研究している。この実験系では、ある方向に動くランダムドット(a)とその180度反対方向に動くランダムドット(b)とが重ね合わせて提示される。たとえば(a)が右方向、(b)が左方向とすると、(a)の点が100%で(b)の点が0%のときは動物は右であるとジャッジする。しかし、(a)の点が60%で(b)の点が40%だったりすると全体として見える動きはambiguousになって、何割かの試行では左である、と間違えてジャッジするようになる。このようなジャッジ(=perceptual decision)がMTニューロンのスパイクと対応していること('89 Nature)、それからMTを電気刺激すると刺激した位置に合わせてジャッジが変化すること('90 Nature)などを彼らは示してきた。これはニューロン活動と知覚とを結びつけた研究の金字塔であり、ヒューベル、ウィーゼル以降のシステム神経科学の中では一番ノーベル賞に近い仕事であると私は考えている。
"Cortical microstimulation influences perceptual judgements of motion direction."
それで、これまで彼らはそのジャッジの結果(=正答率)だけを主に解析してきたのだが、今回の論文ではそのジャッジまでにかかる時間を解析しだした、というのが今回の論文の内容であり、なんで今までやってなかったのか、という驚きもある。
で、かれらはこのdecision processに、ある方向をコードするニューロンとその180度反対方向をコードするニューロンとが互いにinhibitionしあう"Motion opponency"メカニズムがあることを彼らは提唱してきた。この考えの特異な点は、それが単なるwinner-take-all rule*1ではないということだが、今回の論文の結果はmotion opponency説をsupportしていると彼らは書く。
なお、私自身は、彼らがsignal detection theoryの解析に向いた二方向のジャッジ、という実験系を選んだことがmotion opponency説への偏向を生んでいるような気がしていて、いまいち信用できないと思っている。


*1:方向をコードするMTニューロン(それぞれは360度全ての方向のどこかを担当している)の出力をどこかが受け取って、一番大きい出力を出しているところをジャッジの材料にする。


2003年12月19日

JNS

"Synergy, Redundancy, and Independence in Population Codes."
Bialek @ Princeton University。"Spikes"の著者。
前に出たNirenberg S, Latham PのNature '01でRGCニューロンがcorrelateしているかどうか、というのが論争になったことがあるのだけれど、このJNSはその辺で出てきたmutual informationとencodingとdecodingの関係についてのsummaryのpaperであるよう。けっきょくのところmutual informationはencodingに使うものであって、decodingにはどういう情報はロスしてよいか、といった重み付けが不可欠であるということらしい。

Nature ついでに私信、というか

"Spontaneously emerging cortical representations of visual attributes."
GRINVALD ARIELI @ The Weizmann Institute。
'96のScienceで出してたongoing activityでorientation mapに似た形がspontaneousに現れるというやつ。
大脳皮質のニューロン活動は非常にノイジーであって、視覚応答のスパイク数のtrial繰り返しでのばらつきは大きい。mean / varianceはほぼ1であり*1、ポアソン分布で近似できる。このようなばらつきのある情報から正確な情報を取り出すためには何らかのノイズ軽減メカニズムが必要なはず。そこで考えるのは、複数のニューロンの情報が入力するニューロンではこのばらつきがpopulation averagingで消えるのではないか、ということだけれども実はそうなっていない。初期視覚野ニューロンでのmean / varianceとその情報が収束していると思われる視覚連合野ニューロンでのmean / varianceはあまり変わらなかったりするのだ。
よって、このばらつき(=ノイズ)はまったくのノイズではなく、ノイズ自身がニューロン間で相関していて、何らかの構造をもっている。この意味でArieliのongoing activityは重要だ。LFPレベルでの空間的相関があって、それによってノイジーに見えるニューロン活動はかなり規定されている。でもって、Singerらのガンマオシレーションによるfeature binding説もVarelaの領野間coherenceもたぶん同じカテゴリーに属する。


*1:実際には、motionへのスパイク応答を短いタイムスケールで見るともっとreliableなコーディングをしている、ということがBialekやBiarの仕事でわかっている。

私信ついでに。

私信か、っていう意味ではここに書かれていること全てが私信であり、世界中から見えるようにはなっているけれども、結局のところ、ある限られたメンバーの顔を思い出しつつ、そこへ向けるように書かれている。
まあ、
http://d.hatena.ne.jp/tenkyoin/20030904#p2
でいうところのテキストサイト的ウェブ日記とブロッグ系ウェブ日記のどちらかといえば前者に近いつもりでこの日記を書いている。ていうかだれかコメント書き込んで!匿名でいいから!

コメントする (5)
# がや

ARIELIの論文はKohonen algorithmだけで抽出している点がすげえ。これは説得力がある。

# がや

続:この論文のおかげで投稿中の私の論文は蹴られる可能性が大だという噂。だとしたらかなしい。

# がや

もう一点。decodeの研究には常に不可避な問題があるような。だってdecodeしているのはあくまで実験者であって脳ではないのだから。decodableだとは言えるけど。

# pooneil

そうそう、その点が上記のJNSでの「decodingは一般性の点でencodingとは同じレベルにはない」と言っていることかと思われる。Fig.2も意味深い。

# pooneil

続きは12/20の本文にて。


2003年12月17日

"pooneil"でググったら二番目に来た。

なんだこりゃ?Googleってクッキーでも読んで人に合わせて答えてるんだっけ?

コメントする (2)
# がや

私のPCでもそうなりました。

# pooneil

初コメントサンクス。そういうわけでpooneilの由来はググればわかるわけです。


2003年12月16日

The Journal of Comparative Neurology

Cytoarchitecture and cortical connections of the posterior cingulate and adjacent somatosensory fields in the rhesus monkey
Pandya @ Boston University School of Medicine。
posterior cingulate cortexのcytoarchitectureとconnectivity。
Pandyaは'70年代からcortexのcytoarchitectureとconnectivityの研究をやってきた。
まえはSTSとかparietal cortexとかdorsolateral frontal cortexとかを扱っていたけど、だんだん大脳の領野を探求していくうちについに一番手付かずだったcingulateまでやってきた、というかんじ。
その意味では99年にEJNに出たretrosplenial area 30のanatomyも同系統。
Architecture and connections of retrosplenial area 30 in the rhesus monkey (macaca mulatta)


2003年12月14日

Current Opinion in Neurobiology

"The role of primary motor cortex in goal-directed movements: insights from neurophysiological studies on non-human primates."
Stephen H ScottのMI (彼はM1ではなくMIと書く)に関する最近の論文をまとめたレビュー。
21世紀入ってからNature2本出してる。System系ではLogothetis, Born, Tanjiぐらいでしょう。生理研のCOEシンポに来るのでそれまでには読まなければ (こればっか)。


2003年12月13日

JNS

Shared Response Preparation for Pursuit and Saccadic Eye Movements
Krauzlis @ Salk Institute。
Smooth eye pursuitとsaccadeとでの共有メカニズムをさぐるhuman psychophysics。
前に出たNeuron論文と関わっているらしい。
私はpursuitぜんぜんわかってないので、こんど読む。

JNS

Effects of Spontaneous Eye Movements on Spatial Memory in Macaque Periarcuate Cortex
Ferrera @ Columbia University。
fixationさせないでmemory-guided saccadeさせてFEFからrecording。
Visual cortexのほうではこういうのたまに見るが(Logothetis, Maunsel)、
Frontal cortexではこういうのはじめてみた。

断り書き

ホームページのほうから転載:

  • ガヤの日記を見て、論文チェック日記やってみようと思い立った。はてなダイアリーを使うことで、コメント書き込みしてもらうことができる。はたしてなんか書いてもらえるかどうかは更新と宣伝しだい。どんな感じになるか、ちょっと作ってみたところ。分野的に毎日論文を複数挙げるというよりは、何日かに分けて追記しながら論文を読んでいく、という形になりそう。その場合、更新をどうやって追っかけてもらうようにするかが課題となるだろう。


2003年12月08日

Neuron

Saccade Reward Signals in Posterior Cingulate Cortex
Michael Platt。Platt & Glimcher (NYU)のNature '99が有名。
LIPでrewardによるdecision variableをコードしてる、ってやつ。
PlattはDuke大に移ったらしい。
前と同じ、Rewardの量を変えるパラダイムでPosterior cingulate cortexで記録している。

NYU

Center for Neural Science, New York Universityのメンバーは
Glimcher / Ledoux / Movshon / Simoncelli。
全員有名。Nature, Scienceはみんな持ってる。
Glimcher自身はNature以降reviewしか最近は書いてない。

針千本飲ーます

ではなくて針一本飲ーますのほうがリアルで怖い。そう前に提唱したことがあるんだけど、なんかで同じようなこと言ってるのを見た。私のオリジナルではなかったらしい。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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