« クオリアについての「心の哲学」(8) | 最新のページに戻る | たまにつづるメモ »

■ たまにつづるメモ

  • 構造主義生物学が外部世界の実在性を必要としないと言うとき、実際にどういう場面でこれが関わってくるのか。どこでも関わってこないような「穏健」なものなら意味はないだろう。
  • 自律性を持っている運動系、動きのレパートリーは脊髄レベルで持っている。階層的、進化的に大脳皮質が付け加えられて修飾系が増えた、という図式。
  • 意識の問題が科学に乗りにくいのは、科学に必要な「観測」の問題に難点を抱えているから。そしてそれはなぜかというと、「観測」自体に意識が関わっているから。同様にして宇宙論、進化論が科学に乗るのに苦労するのは「再現性」に問題があるから。そしてそれは宇宙論、進化論が「一回性」の問題に関わっているから。

お勧めエントリ


月別過去ログ