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■ 「報酬予測誤差、スイートホーム・アラバマ、スキロー」(さうして、このごろ2023年5月)

「意識の科学入門」のスライドの準備中。報酬予測誤差ニューロンの説明を見るとどれもSchultz 1997の図を書いておしまいなのが不親切だなあと思う。まず

  1. 「報酬ニューロン」というのがあったらどういう活動なのか示して、
  2. さらに「報酬予測ニューロン」というのがあったらどういう活動なのか示して、
  3. そのうえで報酬予測と実際の報酬の誤差を計算するとしたらどうなるか、 という3段構えにするべき。

そもそもSchultz 1997のデータはしょぼいし、反応の抑制が小さいので、もっと新しいデータに差し替えるべき。オプトとボルタメトリーとかでもっとわかりやすいデータがあるんだから。

調べてみたら、銅谷さんの図(Bayesian Brain)が比較的親切だった。

Voltametryについては、LH刺激の文脈でNieh EH et al. Neuron. 2016を引用してみた。こんなかんじでclassical trace conditioningについてもvoltametoryの図を入れようと思ってる。(図は作ったけど、論文の図を引用しているので、掲載割愛)


「サザンマン」vs「スイートホーム・アラバマ」 以前書いたこれの続き。

「スイートホーム・アラバマ」の歌詞で面白いと思うのは、ニール・ヤングの呼び方がだんだん変わるところ。

さいしょは"Mr. Young"と言っていて、ちょっと他人行儀というか礼節をわきまえた呼びかけになってる。

次が"Ole Neil"で、これはOle = oldの南部訛りで、「ニールさん」「ニールおじさん」という親密な呼び方になる。

んで最後に"I hope Neil young will remember ..."とフルネーム呼びをしている。これは「親が子を叱るときにフルネームで呼ぶ」のと似たニュアンスがあるんではないだろうか。べつにここは"I hope he will remember ..."でも意味が通るところだから、フルネーム呼びするのにはニュアンスがあるはず。

…ということをtwitterかブログに書いたはずなんだけど、見つからない。


夜の秋葉原で踊るRAB この閉店後の秋葉原の風景にキュンと来た。終電もなくなった深夜の本郷から家までの帰り道に、自転車に乗って、本郷通りからアキバを通り過ぎたときのあの感覚を思い出した。


今期アニメはいまだかつてなく充実してる。「推しの子」「僕ヤバ」「君は放課後インソムニア」は遅滞なく観てる。「カワイスギクライシス」は遅れつつ観てる。

「スキップとローファー」「鬼滅の刃 刀鍛冶の里編」「Dr. STONE」「水星の魔女」はかならず観るけど、まだあとでよいという判断。


「スキップとローファー」観はじめたら最高すぎた。最新回(第4回)に追いついた。

なんだろう、ドラマティックな展開というわけでもないのにスルスルと観てあっという間に24分が経過してしまう。なんだかおいしい水のようだ。

なにがいいのだろうか。登場人物の心情により沿いながら話を追っていると、いつまでも観ていられるという感じ。話に作為的な感じはないのに、すごく行き届いているということだろうか?これは説明が難しい。

あとOP観ると泣けてくる。この「つつきあいながら笑う表情」のところとか最高すぎない?

スキロー第5回も完璧だった。不自然な主人公アゲとかせずに江頭がデレる機会を作るという、過不足ない描写。こういう面白さというか凄さがあるというのに興奮している。なんか、わたしもこういう感じにものごとを描きたい、という気持ちになった。


「つばめアルペン」が札幌の女子高山岳部を舞台にした作品なんだけど、藻岩山とか八剣山とかたい焼き一休とか六花亭とか秀岳荘(「吉岳荘」になってる)とかご当地ものがいろいろ出てきて、なんだかうれしい。

秀岳荘は外観の描写的に北大前店だ。ということは地下鉄の駅も南北線の北12条駅だろうけど、島式ホームになっているので、札幌駅の描写を借りてそう。第10話で夜が乗るのは一番線の真駒内行きで、残り三人は二番線の麻生行きか。


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