音響合成用プログラミング言語SuperColliderいじってます

(4年前くらいに音響合成用プログラミング言語のSuperColliderをいじりはじめて、ブログエントリを作ってたのだけど、もうすこし理解が進んだらと思って放置していた。この先とうぶんスパコラ触る機会なさそうなので、古い情報のままで公開しておきます。)

音響合成用プログラミング言語のSuperColliderをいじっている。Max/MSPとかPure Dataとかのビジュアルプログラミング方式にも興味があったけど、SuperColliderはIDEとかも付くし、ドキュメントも充実しているのでこちらを選択。半分趣味で。

{SinOsc.ar(MouseX.kr(440, 1760))}.play; 

これでテルミンみたいな音が出せるのでそれだけで楽しめてしまう。ぜんぜん先に進まない。水の流れる音とかそういった自然っぽい音を合成できるようになるのが元々の目的だったのだけど、はやくも脱線。

{XXX}.play

{XXX}.scope

に置き換えると音を鳴らす代わりに波形を表示してくれるっていうんだけど、"Method -scope not found"って出て表示されない。plotメソッドは使えるので、GUIが使えないというわけではない。なんだこれは。

とりあえずサーバーをいったん止めて、

s = FreqScope.server.boot;
FreqScope.new(400, 200, 0);

とかやってみたらStethscopeも開けるようになった。よくわからんが解決。

freq = MouseY.kr(4000, 200, 'exponential', 0.8);
SinOsc.ar(freq+(freq*SinOsc.ar(7,0,0.02)), 0, MouseX.kr(0, 0.9)) 

こっちが正しいテルミン。ビブラートかかってないとね。

かたっぱしからチュートリアル実行しているところ。SuperCollider tutorial このチュートリアルは、コードを一つ一つ実行しながらコメント文を読んでいくと理解できるようになっていて、すごくよい。

SuperColliderの活用法だけど、Raspberry Piにもインストール可能というところがポイントだと思う。たとえばブッダマシーンを作って、距離センサーかなんかで、手をかざすと音にイフェクトがかかるようにするとか。夏休みの宿題にぜひ。

SuperCollider一人勉強会、闇雲に進めてきたがまだ先は長い。しかしながらドキュメントが充実しているので、やるべき道筋ははっきりしていてとてもよい。日本語の本がないのが難点かと思っていたが、ヘルプドキュメントでだいたい間に合う。Pythonをいじっているときと似た感触。

サンプルのファイルの一つでは、"a study for recreating key (sound) aspects of data.microhelix by Ryoji Ikeda"なんて書いてあったりして、じっさい、50行くらいのコードでかなり再現出来てる。


このチュートリアルのリヴァーヴがすっごくよい。シューゲ的な、洞窟みたいなすっごい深くてうねったリヴァーヴ。これだけずっと聴いて固まっていたら、奥さんからの電話を取り逃した。

wavにexportしてsoundcloudに上げてみた。

いまのところまだどうやったらこういう音になるのか理屈がわかっとらんが。


「SuperColliderで竹内関数音楽」 これも動かしてみたけどいいかんじ。

コメント欄で竹内氏が言及しているTarai(6, 3, 0)もやってみたけど、こちらはそんなには変わらない印象。

一方、Tarai(4, 3, 0)は57小節で終了し、けっこう単調な感じがした。ともあれ、自分で試してみることができるのは、とてもいい。


SuperCollider TUTORIALS / GETTING-STARTED (Scott Wilson and James Harkins)の最後まで辿り着いたところ。けっこう時間がかかった。

順番としては、これをやるまえにほかのもっと短いチュートリアル (田所淳氏のInteractive Music IIや美山 千香士氏のSUPER COLLIDER チュートリアル (1)チュートリアル (2) )を済ませた。

さらにMark Polishook tutorial (日本語版)をやって、さらに詳しいところをと思ってScott Wilsonに戻ってきたのだが、これはgetting startedというよりは、リファレンスマニュアル的な構成だった。

だって一番最後になってやっとPbindが出てくるし。最後までこないと曲を作ることができない。SuperColliderの特色はgenerativeにできることとサーバ、クライアント構造になっていることだろうからそのへんを詳しく書きたいのだろうとは思うけど、シーケンスの前にバスの話が来るとかおかしくねえか?と思った。つか読み飛ばした。

一番最初に読まれる文書なのだから、とりあえずSCをシーケンサとして使う例を出して、そのあとで音色を色々変えるためにSynthDefをいろいろいじる方法を出して、そのあとでgeenrativeにやるためにはchooseとかを使ってプログラム構造の説明をする、こんな順番ではなかろうか。そのうえで、サーバ、クライアント構造になっているからOSCで通信できて、ネットワーク越しとか、processingと連携できるよみたいな感じで。

とか考えながらネットを探していたら、亡くなったimoutoid氏による「SuperCollider入門者を押し止める為の記事」を見つけた。

自分がPureDataよりもSuperColliderに向かったのは、Labviewよりもmatlabを選んだのと同じ理由で、ビジュアル言語が好きでないというか、端的にマウスが使いたくないからというか。

ビジュアル言語とCUIの言語の比較でふと思い出したけど、「あなたの人生の物語」に出てくるヘプタポッドの言語ってのはビジュアル言語的だったな。つまり、世界の事態が同時進行しているさまをバイアスをかけないように表象しようとしたら、ビジュアル言語的になるし、それをCUIの言語的に表象しようとするならば関数型言語みたいになるということなんだろうか。うーむよくわからん。


さっそくSuperColliderで短い音のシークエンスを作ってみた。

ついでにgithubの練習も兼ねてコードも上げておいた。

音作るのは楽しいが、パラメータ探しをするのはなかなか難儀。supercollider.jpのwikiを見て、

MouseX.kr(1,100).poll

でマウスの値をpollしてくれるのを知ったので、マウスでパラメータ探しして良かった値で固定、というやり方を見つけた。たぶんいろいろ便利なUGenがありそうなもんだが、とりあえずこれで要は足りる。


「SuperColliderをギターのイフェクターとして使う」

Envはtestできるが、playできない。UGenはplayできないが、{UGen}とくくってfunctionにすればplayできる。UGenはplotできなくて、{UGen}とくくってfunctionにすればplotできる。うーむ、まだわからん。ひとつひとつ憶えていくか。UGenはplayできないが、SynthDefはplayできる。

「SuperColliderショートカットマスターへの道 」 これがすごく役に立った。「SinOsc.ar( 440, 0, 1 ); arはクラスメソッドだから、SinOscクラスオブジェクトから実行可能」

FM音源を作る場合、モジュレーターはキャリアーの周波数を揺らすために、音量としては>1のものをオシレーターとして作る。だからなんかのはずみでモジュレーターを直でOut()に入れてしまうとものすごい大音量が出る。これまでに3回くらいやった。マジ心臓止まる。安全弁がほしい。


2016年10月チュービンゲン出張メモ

そろそろチュービンゲン出張の準備を、と思って気温を調べてみたら最高12度、最低4度とかでクッソ寒いもよう。まだ自分は膝丈パンツにアロハシャツという状態なので、ちょうどこのタイミングが衣替えとなりそう。

明日からのチュービンゲン出張に備えて、時差分夜更かししてみた。7時間差なので今はまだ夜の10時。明日は完徹して空港バスに乗る予定。寝過ごすのがいちばん怖いから…

体内時計を後ろにずらしたつもりが、眠くて頭が働かない。今日はトヨロックの一日目で、午後3時からeastern youthだったんだけど、こっち行ったほうが1024倍幸せになれたっぽい(<-counterfactual)。

さーて、あと12時間で共著者へのデータ送付と科研費の第一次締め切り用の原稿提出をする。飛行機の中でシンポジウム用のスライド作って(すでに3/4できてる)、喋り原稿作って、それでフランクフルト到着。これで時差ボケになるまえに水曜までに必要な仕事は済むはず。(<-社畜)

科研費一次締切の書類を終了させた。解析の方はまだまだつづく。出発まであと5時間。

よーし、解析結果もメールした。あと2時間でスライドの完成を目指す。

いまから搭乗。今回もドタバタだった。でも今回は「白い恋人」をおみやげに買うのを忘れなかったので良かった。


フランクフルトに到着。入国審査が1分で終わった。列の前に一人しかいなかった。こんなことは初めて。いいことだ。ともあれ予定よりも早くシュツットガルトに向かっているところ。

チュービンゲン到着した。思ったより寒くない。最高11度、最低4度って聞いてたからけっこう覚悟していたのだけれど。

TU-NIPSシンポジウムの第一日目が無事終了。Schloss Hohentübingenの博物館で夕食という大変貴重な機会を楽しんだ。トイレの鍵が外せなくなって中から出られなくなるなどのトラブルもありつつ、ホテルに帰還してみれば夜10時半。喋り原稿を完成させるまであと少し。

喋り原稿完成した。いつもの say -f talk1.txt -v Alex -o talk1.aiff でファイルを作ると14分。実際に喋ると20分くらいになる。トータル30分にはちょっと短いがまあだいたい目処はついた。

朝起きて練習3回やって24分に収まるようにした。本番もだいたい24分で終了。質問込みで30分ちょっとオーバーでだいたい妥当な感じで終了。質問は前半に集中して、肝心のポズナー課題とマイクロサッカードのところは反応なしだったが、初めての図のお披露目としてはまあよかったのではないかと。


夕食は昨日の城の近くのお店で、食事が出るまでクッソ待たされたが、隣の人と「ゾンビモード」についての議論とかして楽しんだ。その人は第一回のシンポジウムのときに来ていたと話していて、たしかに見覚えもあったのだが、いまさら名前を聞くわけにも行かず、あとでこっそりネットで調べて確認した。

今日はネッカー川岸のホテルからチュービンゲン大学(丘の上)までウォーキングで行ってみた。 2.96km in 33:54。1.6kmで100m登るので最後はけっこう汗かいた。普段はバスで10分なんだけど、これなら毎回歩きでいいかも。


おとといはStuttgartのトルコ料理のお店まで連れてきてもらった。Piri Reis Restaurant & Cafe ラム肉を瓶で料理したものを山盛りで盛ってもらって大変満足した。StuttgartまではTuebingenから車クッソ飛ばすと40分弱。



目覚めた。時差ボケもだいぶ修正されてきて、夜中に起きることなく朝まで一挙に眠ることができた。さあ今日も頑張ろう。VSSに出すネタの方は昨日でだいたいまとまってきた。データ的にはどっちに転ぶか予想つかないので解析が楽しい。(<->ざっと見予想通りのものを形にする場合と比べて)

ラボに行く途中で中心街へ買い出しに行ったら、街中でジャズバンドが演奏をしている。なんだか岡崎のジャズ祭りみたいだと思ったら、まさにそういうイベントが今日から開始とのこと。Tübinger Jazz- und Klassiktage http://www.jazzklassiktage.de/


気分転換に建物の外に出てイヤホンで音楽を大音量で聴いていたら、ちょうどRideの"Leave them all behind"のイントロの部分で階段を登りながら見えてきた沈みゆく太陽が目に入ってきて、なるほどこのイントロは沈みゆく太陽だったかと合点した。(<-JTC bias)

じっさい、歌詞的には、まぼろしの世界へ時を越えて向かい、色は失われ夜に溶け込んでゆく(超訳)、というかんじなので、だいたい合ってる。


さて月曜が始まった。今日と明日でCIN滞在は終了。問題はどこで科研費原稿をfinalizeするかだが、いまのところ飛行機の中になりそう。

Rail & Fly用のチケットを印刷してもらったら、あともうすこしで帰国かと感慨深くなる。だけども 問題は 今日の雨 傘がない。

小雨になったところを見計らって帰ってきた。そしていつものようにREWEでしょっぱすぎるクスクス(のようなもの)とと水を買い込んで、これでなんとか一晩しのげる。本当はここから科研費原稿書きなのだけど。持ってきた本も読んでない、ジャズフェスティバルも行ってない。ひたすら解析している。

使っているバス停がUni kliniken Bergという名で、 丘の上の大学病院の最寄りとなっている。手前の平地にあるバス停の名はUni kliniken Talというのだけど、Talとは「谷」の意味だった。Bergが「山」だから、「大学病院山部」と「谷部」というところか。

もう時間切れなので科研費書類書きに専念している。ああ終わらない。今日こそは日が暮れる前に帰ってネッカー河の中洲の公園を散策するつもりだったのだけど、けっきょく達成できず。今回はbotanical gardenにも行かなかった。今晩もREWEで夕食を買い物ということになりそう。


長居せずホテルに帰ってきた。これでCINでの仕事は終了。荷造りをして名残を惜しむ。前回のチュービンゲン訪問時のツイートを見ると、午後6時に鐘の大合唱があるのだけど、今回聴いた記憶がない。つまり今回午後6時にホテルに居たことは無かった。

以前のツイートを見直して、フランクフルト空港のチェックインにどのくらい時間があるか調べてみた。そしたら、肝心の部分の記述がない。なにやってんの俺。いつもなるたけメモするようにしているのに。

科研費書類、やっと最終形が見えてきた!でももう24時なのでここまでで寝る。


いまフランクフルト空港。結局鉄道が遅れて接続で一本逃して1時間遅れ、離陸まであと100分。でも駅到着12:00,駅出てすぐにチェックイン到着12:05,荷物預け12:10,そこから歩いてパスポートコントロール12:20,荷物チェック12:25で30分かからず全て終了。

長距離鉄道駅から来たのは初めてだったけど、すぐにチェックインできて荷物軽くなるのはよかった。この空港は3回目だがターミナルにまったく見覚えがないので、改装でもしたのだろうか。次があるかはわからないけれど、情報としてメモっておく。


とにかく帰ってきて、仮眠したら頭痛はなんとか通り過ぎてくれたので、科研費書いた。書くべきことは書いたので、あとはどうわかりやすい構成にするかという段階まで来た。明日は用事がいろいろ入っているので時間が厳しそうだが、とにかくいまは無理矢理でも寝る。(<-いまドイツ時間で19時)

昨日はぶじ科研費の書類を提出して燃え尽きた。昨晩は時差ボケ直すのも忘れて大爆睡した。9月を乗り切り、チュービンゲン出張を乗り切り、科研費を乗り切って、でもまだいろいろ締切が追っかけてくるのだが、でもなんとかここまでたどり着くことができたと感慨深い。


一回性の現象と統計的な現象との連続性に注目してみる

カウフマンの新著"A World Beyond Physics"のレビュー"The new physics needed to probe the origins of life"が面白かった。

この文の中でカウフマンの"the nonergodic world"という概念に触れていて、タンパク質として可能な、200の20乗の組み合わせのうち、まだほんの一部しかこの宇宙の歴史上に現れてない、つまりエルゴード性が成り立たないようなところで、進化という一回性/歴史が起きているようなのだ。

これを見て考えるに、このような来歴に縛られた発展過程を見ているというのは、進化でどのように種が現れたかとかいう話だけでなく、生命の発生においてもそうであるらしい。

そう考えてみるとなんだかわかってきたのだけど、この「non-ergodic/historic/一回性」であることと「ergodic/statistical」であることって、スケールに依存した相対的なことなんだな。

進化を一回性の現象として見ているのは、われわれにはこの地球での進化しか見えてないからであって、(おそらく存在するであろう)宇宙の他の星すべてでの生命と進化をまとめて見る視点からは、進化すらも統計的な理論として捉えることが可能になる。でもそれができないから我々は進化を、その履歴に影響される現象としてしか理解することができない。

もし我々が分子のサイズで周りの気体分子を観察したなら、それはある分子がぶつかってそれがこっちに向かって跳ねてきたといった、ビリヤード台の解説のようなものになり、それは一回性の、履歴による、因果としての描写とならざるをえないだろう。(ここで、空間スケールを小さくしたから時間スケールも短くして、時間平均が充分取れないものと仮定している。)

そうしてみると「一回性の科学なんてものはないのだから、一回性の減少に見えるものは、エルゴード性があるスケールに(仮想的にでも)視点を持っていったうえで扱うしかない」という立場もある気がして生きた。

たとえば、生命の発生についてたまたまRNAができたことによる履歴の効果でこういう生命ができたことにこだわらずに、統計的にはこれこれこういう生物もできた、という例を多数生成させたうえで、それらをまとめて説明できるような統計的な法則こそが生命を説明する法則であるのではないか。一回性の事実にこだわっているかぎり、生命と進化の科学的な説明はありえない。

意識とか心の発生についても同じ理屈が成り立つだろう。意識や心ならすでにたくさん人数あるだろってことにもならない。なぜなら、一人の人間が、しかも他でもなくこの私が、10万人の人間の主観的経験を入れ替わり経験して(しかも充分長い時間、無相関な形で)、そのうえでそこから法則性を導き出さなければならないという帰結になる。たぶん。あくまでもその立場ならば。

もしかしたらいまアタリマエのことを言っているように見えるかもしれない。というのも構築主義の人はすでにそれをやってるように見えるから。しかしそこで可能な一つの例を生成するのと、複数生成する法則を見つけるのは別の話ではないだろうか?

自分で言ってて手に負えなくなってきたのでここまで。


先日のこの話題に関連することをEvan Thompsonが言及してた。つまり、FEPはエルゴード性を前提としているだろってこと。

でもそれは上にも書いたように、コインの裏側というか、連続したものの両端であって、われわれは普段はそんな不確定性な一回性を生きているわけではなくて、必要に応じて現象学的に見るとき、もしくは瞑想を通して見るときにそのような一回性が見えてくるということではないか。そしてそう見ることによって初めて両者がどのように世界を作っているかが見えるようになるのではないかと思うようになってきた。


駒場学部講義2019「統合失調症、感覚運動随伴性、自由エネルギー原理」無事終了

東大駒場の池上高志さん(大学院総合文化研究科 広域システム科学系)から依頼を受けて、例年6月あたりに大学院のオムニバス講義を一回担当しているのだけど、今年度の講義も無事終了しました。

  • 人間情報学VI
  • 6/19(水) 13:00-16:40
  • 駒場15号館1階104講義室
  • 吉田正俊「統合失調症、感覚運動随伴性、自由エネルギー原理」

講義スライド(画像及び未発表資料の削除をしたもの)をSpeaker Deckにアップロードしました。

併せてレポート用の講義資料ページも最終アップデートを完了しました。


さてここから口調を変える。今年度の構成は、昨年の「統合失調症 + 自由エネルギー原理」の構成を踏襲しつつも、ここ最近のFEP再勉強の成果(ブログではこのあたり)を反映させてアップデートすることを目指してた。

順番についても、前回と同様、まず具体例として「統合失調症」について説明して、そこでベイズ脳の概念についても説明した上で、、そのあとでさらに数学的な詳細を「自由エネルギー原理」パートで行うというものを計画していた。

しかし、自由エネルギー原理の説明の方は、二項分布で、階層のないベイズを元にした単純な説明をしていて、いっぽうで統合失調症の説明のときには、ガウシアンでprecisionを考慮した上で、階層性や予測符号化を明示的に出す必要があって、じつはこちらのほうが複雑だということに気がついた。そういうわけで急遽順番をひっくり返したのが今回の構成というわけ。

やってみて気づいたけど、自由エネルギー原理の数学的詳細の難しいところを後半に持っていったら聞いている方がしんどいので、今回前に持っていったのは正解だった。

来年も依頼があるようなら、そのときは「エナクティビズム入門+自由エネルギー原理」という構成で行こうと思う。というのも、こんど8月に北海道サマーインスティチュートで「エナクティビズム入門一週間コース」"Introduction to Enactivism: Moving to Know, Knowing to Move"というのをやるので、そこでの準備と成果を反映させていこうというわけ。

そんなこんなで、毎年ちょっとずつ構成を変えながらアップデートしてきていて、私の頭の中もそれに併せて徐々にアップデートさせてきた。

講義のあとは池上さんと池上研の院生の方と夕食。毎年ここで話をするのが楽しみ。今回は大泉匡史さん(この4月から東大駒場に赴任)も参加して盛り上がった。大泉さんとは意識の理論としてのFEPのあり方について大激論(下のツイートの写真)。

結論としてはエナクティブで力学系的にFEPを突き詰めていったら、IIT的なネットワーク理論と近いところに収束しそうだなという話に。あと、IITは内在主義者的かつアンチ機能主義的なスタンスを取っていて、(エナクティブな)FEPは外在主義者かつ機能主義的になっている、ということかもしれないとあとで考えた。

話しながら考えたことをメモっておくと、FEP自体よりもそれの「方向づけ原理」としての役割を持つものが何かを探すことのほうが重要そうだし、Ashbyの必要多様性の法則のほうがfundamentalだなと思った。

あと自発発火が可能な空間を決めるように遷移してpriorとして働く(Luczak)のように、背景が内容を規定する(図と地の関係)というのが私にとって重要なのだとわかった。生成モデルp(背景)が推測qの意味を決定づけるのと同じように。

あと池上さんからのコメントで出たいくつかの論点。アトラクターの近くを回っている状況と、SOCにある脳の状況は違いすぎないか。力学系的ななめらかな意思決定ではない、断絶、ジャンプこそがだいじなのではないか。そして反実仮想にそれはあるか。動物に反実仮想はないのではないか。

それにたいする私の答えは、まずFEPの反実仮想はたんにまだ起こってない未来についての推測をしているという意味であって、Pearl的な意味での反実仮想になってない。Pearl的な意味での反実仮想を捉えるなら、未来のことを考えるよりも、過去のことを考えるほうがよい。つまり「後悔」(「あのとき別の行動をしていたら、結果は違っていただろうに」)のほうがいい。これについてはFEP徹底解説のどこかで書いておいたので、我が意を得たりという感じ。

動物の反実仮想についての私からのとっさの答えは、キュウリにブチ切れるフサオマキザルは、自分がもらえたかもしれないブドウを反実仮想していると言えないか、因果推論するラットは反実仮想していると言えないか、というもの。

あとで確認してみたけど、WikipediaのCounterfactual thinkingの項目を見る限り、大きくは外してなかった模様。

Inequity aversion(キュウリもらって怒るフサオマキザル)の話は、じつはマーモセットについてもNCNP一戸さんのところでやってる。自閉症モデルではInequity aversion がないというところまでわかってる:“Inequity aversion is observed in common marmosets but not in marmoset models of autism induced by prenatal exposure to valproic acid” Behav Brain Res. 2018

因果推論するラットのほうは澤さんの論文(詳しいことは以前のブログ記事で採り上げた)に加えて、近年でより直接的な論文があるのを知った:“Factual and Counterfactual Action-Outcome Mappings Control Choice between Goal-Directed Actions in Rats” Current Biology 2015

そんなこんなでわたしもいろいろ学ぶところが多かった。


シンギュラリティサロンでの講演動画を公開しました

シンギュラリティサロンが行っている講演会はこれまでの講演者が浅田稔さん、大泉匡史さん、渡辺正峰さん、津田一郎さん、金井良太さん、とよく知った方たちで、常々わたしも見に行きたいと思っていたのですが、今回この団体の設立者である神戸大学名誉教授の松田卓也先生からお声をかけていただいて、私も講演を行ったという次第です。

まず大阪にて5/28 「シンギュラリティサロン #34」、それから東京にて6/8 「シンギュラリティサロン @東京 第31回公開講演会」、どちらもタイトルは「自由エネルギー原理と視覚的意識」でいきました。

基本的な話の流れは神経回路学会誌の解説論文「自由エネルギー原理と視覚的意識」に準拠しておりますが、ここ最近のFEP再勉強の成果(こちらのページにある資料をご覧ください)でいろいろアップデートを加えました。

このときのスライドから、著作権のある画像の差し替えや飛ばしたスライドを削るなどして編集したものをspeakerdeckにアップロードしました。下に埋め込んでおきます。

それからあと、東京 第31回公開講演会での講演映像を参加者の方が撮影くださいましたので、そちらを元に画像の編集などを行ったものを公開します。こちらは質問部分の削除などを行って54分に切り詰めてあります。

講演の方は90分の予定のところを質問込みでオーバーしつつ100分くらいか、さらにそのあとの質問も盛り上がって会場の予約時間を使い切りました。いろいろ有益なコメントをもらったが、金井さんからFEPを意識に理論にするには、という観点でコメントしてもらったのと渡辺正峰さんと思った以上に考えが近いことがわかったのがよかった。

金井さんと話ししていて明確になったのは、FEPはIITのexclusionに対応するものを持ってないし、それを付加する必要があるのでもないということ。FEPがいろんなレベルで(ミクロ、マクロ、即時、発達、進化)多重に成立することのほうが重要で、その境界もマルコフブランケットで決めるというよりは、オートポイエーシス的にそのsensorimotor loopの動作とその内在化によって決めるべき。つまり、agentと環境とが作るsensorimotor loopおよびそれの内在化というVarelaのいう関係的なドメインを作るわけで、その境界は拡張しうるし、他者と共有される。これがFEP自体の性質としてある。でもなぜそれが一つの個人として成り立つ(ように感じられるのか-仏教的に言えば)のか、FEP自体の性質に付加して考える、いう方向性ではないかと考えた。

講演でも言ったように、FEP+現象学で考えているのは、意識の構造についての理論であり、意識の内容についての理論ではないのだけど、そこでIITを参考にしながら、意識のunityの問題になにか言えるのかとか、意識と生命が独立しうるのか(life-mind continuity)とか、何についての理論なのかということを明確にしてゆくのがこれからの方向ではないか、これが金井さんからのコメントに対するとりあえずの答え。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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