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2013年02月28日

脳科学辞典「気づき」の項目書いた

脳科学辞典の「気づき」の項目を書いた。査読されるまえの原稿をブログ用の記事として活用してみる。


[気づき]

英:awareness

類語・同義語:意識、consciousness

要旨

気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。心の哲学では「気づき」とは「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」のことであると議論されている。気づきの脳内メカニズムを解明するために、さまざまな現象(閾下知覚変化盲両眼視野闘争など)が用いられており、ある対象への気づきの有無に対応した神経活動がさまざまな脳領域から見つかっている。

気づきとは

認知神経科学の文脈での「気づき」は英語のawarenssの訳として用いられ、外界の感覚刺激の存在や変化などに気づくこと、あるいは気づいている状態のことを指す。「気づき」awarenessという語は「意識」consciousnessという語としばしば同義に用いられることがあるが、「気づき」という語は意識のうち、現象的な側面ではなくて心理学的側面、つまり行動を説明づける基盤としての心的概念としての意識を強調するために用いられる。

心の哲学の研究者であるデイヴィッド・J・チャーマーズ[1]によれば「気づき」とは、「言葉による報告を含む、行動の意図的なコントロールのために、ある情報に直接的にアクセスできる状態」(訳書p.281より改変)のことを指す。気づきの対象は外界だけではなく、自分の体の状態や、自分の心的状態であることもある。この定義に基づけば、気づきには言語報告は必須ではないため、人間以外の動物にも気づきはあり得る。

以上のような「何らかの対象に気づいている」(be aware of)という意味での気づきとはべつに、覚醒状態としての気づき(be aware)とがある。状態としての「気づき」は、意識障害の診断における、昏睡植物状態最小意識状態覚醒状態の区別をするための指標[2]で定義される。こちらの用法の場合には「気づき」と「意識」とは区別せずに用いられている。

気づきの視覚心理学

なにか対象に気づいている、という意味での「気づき」を心理学的に研究するためには、気づきと知覚情報処理とが乖離する現象を取り扱うのが一つのストラテジーである。以下、視覚心理学での知見を紹介するが、同様な現象は他の感覚、たとえば聴覚、触覚などでも見られる。

たとえば、閾下知覚(implicit perception)では、気づきがまったく見られないのにも関わらず、刺激情報を処理している。 閾下知覚の例の一つとして、マスクによるプライミング効果(masked priming)[3][4]が知られる。

また、知覚的には非常にサリエンシーが高いものかなかな気づくことが出来ないという現象として、変化盲(Change blindness)[5]不注意盲(Inattentional blindness)[6] (いわゆる「バスケット・コートのゴリラ」)などが知られている。

また、物理的にはまったく同一の刺激に対して、あるときは気づくがあるときは気づかない、という条件を誘導することが可能である[7]。このような条件を誘導するためには大きく分けて二つの方法がある。

  • 多重安定性の知覚 (Multistable perception)
両眼視野闘争(binocular rivalry)[8]運動誘発盲(motion-induced blindness)[9]などのように、知覚的には非常にサリエンシーが高いものが一定期間見えなくなったり、また見えるようになったりと気づきが交代する現象。
  • 閾値近辺での知覚 (Near-threshold perception)
提示する刺激強度を弱めて検出閾値ぎりぎりにすると、まったく同一の刺激が、ある試行では検出に成功する(気づきがある)のに対して、ある試行では検出に失敗する(気づきがない)という条件を作ることが出来る。前述のマスクによるプライミングの条件では、刺激の提示時間を非常に短くすることによって検出閾値近辺での知覚を見ている。

気づきの脳内メカニズム

上記の「気づきの視覚心理学」での知見は脳内メカニズムの解明にも活用された。たとえば、上述の意味的プライミング効果(semantic priming)を用いることで、文字刺激の気づきの有無が脳内のさまざまな領域の活動を変えることが明らかになっている[10][11]

上記の多重安定性の知覚および閾値近辺での知覚の条件を用いて、ある刺激に気づいているときと気づいていないときとの違いに対応した脳内活動を検出するという試みが数多く為されてきた。たとえば、多重安定性の知覚についての機能イメージングについてはGeraint Reesらの総説でまとめられている[12]。閾値近辺での知覚については、たとえばHeegerらによる初期視覚野の応答についての機能イメージングの仕事がある[13]

動物を用いた実験で単一神経活動記録を用いてこのような気づきの神経相関を見つけ出した仕事も複数ある。

  • 両眼視野闘争の条件を用いて、動物が左右の眼どちらに提示したものが見えているかを報告させる課題を行っているときに側頭連合野からの神経活動を記録すると、神経活動は何が見えているかに対応して活動を変える[14]
  • 第一次視覚野のニューロンの集団活動は、検出課題の成功(気づきがある)と失敗(気づきがない)とによって、視覚応答の比較的遅い成分(潜時が100 ms以上のもの)に違いが見られる[15]
  • マスクによるプライミングを用いた課題によって、前頭眼野([[frontal eye field]: FEF)の応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する[16]
  • 閾値近辺の触覚弁別課題において、内側運動前野の応答が、検出課題に失敗した試行(気づきがない)では検出課題の成功した試行(気づきがある)と比べて活動が低下する一方で、初期体性感覚野ではそのような差が見られない[17]

気づきの神経心理

意識障害は覚醒状態としての「気づき」を失った、もしくは低下したものと捉えることが出来る。

また、脳損傷によって対象への「気づき」を選択的に失った疾患がある。

たとえば、半側空間無視では脳損傷と対側の視野や体位の刺激を無視する。これは視覚機能自体が正常に保たれている場合でも起こる。また、無視の起こる部分は必ずしも網膜依存的座標によっては決まらない。また知覚刺激だけではなく、記憶像においても無視が起こる場合もある(representational neglect)。半側空間無視は注意の障害ではあるが、世界の半分への気づきを失っているという意味では気づきの障害の一種である[18]

盲視では、脳損傷と対側の視野の視覚刺激の意識経験が失われているにも関わらず、その視覚情報を強制選択条件などにおいて利用することが出来る。よってこの現象は「意識のない気づき」と捉えることも出来る。このことは意識がどのようにして生まれるのかという問題において解決しなければならない難問となる。なぜならば、もし意識と気づきが同じものであるならば、心理学的な気づきの解明が現象的な意識の解明となるのに対して、もし意識と気づきがべつものであるならば、心理的な気づきの解明は現象的な意識の解明とはならないからだ。しかし、前述のデイヴィッド・J・チャーマーズ[1]は、盲視では強制選択条件のような特殊な条件でのみ視覚情報が利用可能であるということは、包括的なコントロールに情報を直接利用することが出来ていないとして、盲視では意識もなければ気づきもない、もしくは弱い意識と弱い気づきがある、ゆえに盲視は必ずしも意識と気づきの乖離を示しているとは言えない、と議論している(訳書 p.283)[1]

「暗黙の」気づき

「気づき」を行動で表すことが出来なくても、脳活動を計測することによって外からの指示に気づきがあるという証拠を見いだすことが出来る。植物状態 (vegetative state)の患者にテニスをしているところを想像してもらうように指示したところ、補足運動野(supplementary motor area: SMA)での脳活動の上昇が機能的核磁気共鳴画像法 (functional magnetic resonance imaging: fMRI)によって検出された[19]。この現象のことを「暗黙の」気づき(covert awareness)[20]もしくはcovert consciousness[21]と呼ぶことがある。

また、盲視(blindsight)や閾下知覚(implicit perception)のことの総称としてcovert awarenessという表現をすることもある[22]。しかしこのときのawarenessは知覚(perception)とほとんど同義である。

参考文献

  1. 1.0 1.1 1.2 D.J. Chalmers
    The Conscious Mind: In Search of a Fundamental Theory
    Oxford University Press.: 1996 (2001, 林 一訳 『意識する心』 白揚社)
  2. Joseph T Giacino, Kathleen Kalmar, John Whyte

    The JFK Coma Recovery Scale-Revised: measurement characteristics and diagnostic utility.
    Arch Phys Med Rehabil: 2004, 85(12);2020-9 [PubMed:15605342] [WorldCat.org]

  3. A J Marcel

    Conscious and unconscious perception: experiments on visual masking and word recognition.
    Cogn Psychol: 1983, 15(2);197-237 [PubMed:6617135] [WorldCat.org]

  4. A J Marcel

    Conscious and unconscious perception: experiments on visual masking and word recognition.
    Cogn Psychol: 1983, 15(2);197-237 [PubMed:6617135] [WorldCat.org]

  5. Daniel J Simons, Ronald A Rensink

    Change blindness: past, present, and future.
    Trends Cogn. Sci. (Regul. Ed.): 2005, 9(1);16-20 [PubMed:15639436] [WorldCat.org] [DOI]

  6. D J Simons, C F Chabris

    Gorillas in our midst: sustained inattentional blindness for dynamic events.
    Perception: 1999, 28(9);1059-74 [PubMed:10694957] [WorldCat.org]

  7. Chai-Youn Kim, Randolph Blake

    Psychophysical magic: rendering the visible 'invisible'.
    Trends Cogn. Sci. (Regul. Ed.): 2005, 9(8);381-8 [PubMed:16006172] [WorldCat.org] [DOI]

  8. Randolph Blake, Nikos K Logothetis

    Visual competition.
    Nat. Rev. Neurosci.: 2002, 3(1);13-21 [PubMed:11823801] [WorldCat.org] [DOI]

  9. Y S Bonneh, A Cooperman, D Sagi

    Motion-induced blindness in normal observers.
    Nature: 2001, 411(6839);798-801 [PubMed:11459058] [WorldCat.org] [DOI]

  10. S Dehaene, L Naccache, G Le Clec'H, E Koechlin, M Mueller, G Dehaene-Lambertz, P F van de Moortele, D Le Bihan

    Imaging unconscious semantic priming.
    Nature: 1998, 395(6702);597-600 [PubMed:9783584] [WorldCat.org] [DOI]

  11. S Dehaene, L Naccache, L Cohen, D L Bihan, J F Mangin, J B Poline, D Rivière

    Cerebral mechanisms of word masking and unconscious repetition priming.
    Nat. Neurosci.: 2001, 4(7);752-8 [PubMed:11426233] [WorldCat.org] [DOI]

  12. Philipp Sterzer, Andreas Kleinschmidt, Geraint Rees

    The neural bases of multistable perception.
    Trends Cogn. Sci. (Regul. Ed.): 2009, 13(7);310-8 [PubMed:19540794] [WorldCat.org] [DOI]

  13. David Ress, David J Heeger

    Neuronal correlates of perception in early visual cortex.
    Nat. Neurosci.: 2003, 6(4);414-20 [PubMed:12627164] [WorldCat.org] [DOI]

  14. D L Sheinberg, N K Logothetis

    The role of temporal cortical areas in perceptual organization.
    Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A.: 1997, 94(7);3408-13 [PubMed:9096407] [WorldCat.org]

  15. H Supèr, H Spekreijse, V A Lamme

    Two distinct modes of sensory processing observed in monkey primary visual cortex (V1).
    Nat. Neurosci.: 2001, 4(3);304-10 [PubMed:11224548] [WorldCat.org] [DOI]

  16. K G Thompson, J D Schall

    The detection of visual signals by macaque frontal eye field during masking.
    Nat. Neurosci.: 1999, 2(3);283-8 [PubMed:10195223] [WorldCat.org] [DOI]

  17. Victor de Lafuente, Ranulfo Romo

    Neuronal correlates of subjective sensory experience.
    Nat. Neurosci.: 2005, 8(12);1698-703 [PubMed:16286929] [WorldCat.org] [DOI]

  18. J Driver, J B Mattingley

    Parietal neglect and visual awareness.
    Nat. Neurosci.: 1998, 1(1);17-22 [PubMed:10195103] [WorldCat.org] [DOI]

  19. Adrian M Owen, Martin R Coleman, Melanie Boly, Matthew H Davis, Steven Laureys, John D Pickard

    Detecting awareness in the vegetative state.
    Science: 2006, 313(5792);1402 [PubMed:16959998] [WorldCat.org] [DOI]

  20. Adrian M Owen, Martin R Coleman, Melanie Boly, Matthew H Davis, Steven Laureys, John D Pickard

    Using functional magnetic resonance imaging to detect covert awareness in the vegetative state.
    Arch. Neurol.: 2007, 64(8);1098-102 [PubMed:17698699] [WorldCat.org] [DOI]

  21. George A Mashour, Michael S Avidan

    Capturing covert consciousness.
    Lancet: 2013, 381(9863);271-2 [PubMed:23351798] [WorldCat.org] [DOI]

  22. A Cowey

    MacCurdy and memories: the origins of implicit processing and covert awareness.
    Brain Res. Bull.: , 50(5-6);449-50 [PubMed:10643478] [WorldCat.org]


2013年02月25日

トノーニの「意識の統合情報理論」について:勉強前の素朴な疑問

ジュリオ・トノーニが来るワークショップ "Measuring Consciousness - Theory and Experiments"は京大で3/25開催。参加費無料、申し込み手続き不要。


トノーニの'Phi'本がアマゾンから到着。原価30ドルだけどアマゾンでは1300円。お買い得(<-ステマ乙)。さっそく開いてみたが、ほとんどの見開きページに図が入っていてしかも図はファインアートだったりでむちゃくちゃ格好いい。フランシス・クリックの写真なんか、トリミングして眼のところだけにしてあったりして、ちゃんとデザイナーの仕事が入ってる。一見脳の本とは思えない。美意識徹底してるわ。

fMRIのアクティベーションの図を一つ見つけたけど、それが無粋に見えるくらい。数式も気づいたのはシャノンのエントロピーの式一つだけ(p.145)。糸綴じのハードカバーで紙質もよく、装丁も美しい。これは研究室で読む本というよりは自宅の書斎(そんなものねえorz)で読む本だな。


トノーニ本や論文読むとかの作業は3/25シンポの一週間くらい前から始めることにして、いまはほかのものにとりかかることにする。そういう意味でほんとに聞きかじり状態の現状での私が持っている統合情報理論についての素朴な疑問を書き連ねておく。

まず、トノーニの理論の大元はジェラルド・エーデルマンとともに行った仕事なので、thalamocortical loopを中心とした「意識のunity統一性」に重点を置いたモデルであると理解している。

Baars-Dehaene–Changeuxのglobal (neural) workspace modelではworking memory = consciousnessとなっていて、これはほとんどaccess consciousnessのほうのモデルなんだと思うのだけど、Edelman -Tononiも基本的には同じ系列だと思っていた。

だからPhi自体は意識のunityを説明するための指標であって、これはawakeかcomaかsleepかといった「stateとしての意識」の議論に関わっていて、両眼視野闘争やMIBのような意識のcontentについてなにかを言っているのか?という疑問があった。

ところがもっとあとになってTononiは"qualia space"という概念を出してきている。このあたりからはまったく議論を追えてないけど、どうやらstateだけではなくてcontentについてもなにか言おうとしているようだ。

Stateとcontentの議論を続けると、クリストフ・コッホがIITについて紹介しているScientific americanの記事で強調していたのはdifferentiationとintegrationの両方を脳が扱っているということをどう捉えるかということだった。ではIITがintegration (state)のほうだけでなく、differentiation (つまりはcontent)をどう扱っているだろうか、というのが私が興味を持っていること。


それからもう一段議論のレベルを変えると、トノーニの理論は「情報理論」に依拠したものなので、「情報」っていったい何よ? ってことになる。本当はこういうことにいちばん興味がある。「情報」とは観察者側から見たときにしか作り得ないし、力学系ではなくて確率論の世界に入る。

「情報」を取り扱うためにはその有機体がstateを持つ必要がある。「サーモスタットは意識を持つか」という問いを情報理論に依拠して議論するとき、サーモスタットがonであるstateとoffであるstateとを区別するのが観察者であってサーモスタットであるのならば、それはサーモスタットにとっての情報じゃあない。

これはメタ認知がどうのという問題とはたぶん違ってる。ぼくらは個々のニューロンのstateをモニターしているわけではないから。

そういう意味で、トノーニの理論には「環境と有機体の交互作用によってgenerativeに情報が生まれる」という視点があるかどうかに興味がある。

フリストン自由エネルギーには明示的にはそのような視点はないが、ヘルムホルツ的知覚をどうやって発生の段階で作るか、ということを考えたらたぶんどっかで必要になってくるはず。完成型だけを見ていたらたぶんわからない。でもこれはIITでも同じはずだ。

…というあたりが現在の理解。シンポジウムの当日までにここからもう少し進めておきたいと思う。


シンポジウムでの自分のトークのまとめ方で考えているのは、上丘でのNeural correlate of awareness (Hit vs. Miss)が皮質でのNCA (LammeとかHeeger)とどう質的に違っているかをIITは説明することができるのか?と問題提起にする。


2013年02月18日

トノーニの「意識の統合情報理論」について:大泉匡史さんからのコメント

ジュリオ・トノーニが来るワークショップ "Measuring Consciousness - Theory and Experiments"は京大で3/25開催。参加費無料、申し込み手続き不要。

前回のエントリのつづきで、京大意識イベント"Measuring Consciousness - Theory and Experiments"について。いまトノーニのラボに在籍していて、今回のシンポジウムのオーガナイズを一緒にやっている大泉匡史さん(ウィスコンシン大学、理研BSI)からツイッターでコメント(このあたり)をいただいたので、許可を得て転載します。ここから:


IITに関しての吉田さんのつぶやきは非常に率直で参考になったのだが、一点だけ補正しておきたい。「経験的事実からではなくて、情報理論的に天下りにphiというのを持ってきたのが特徴」というのは私の理解とは違っていて、むしろ経験的事実から考え出したのがphiという量である。

経験的事実からかけ離れている理論であれば、Christof KochがIITを”the only really promising fundamental theory of consciousness”とは評価しないだろうし、自分も今Tononiのところにいるということはないだろう。

もちろん経験的事実をベースにしながらも、「飛躍」は存在しているが、飛躍をできる創造力と勇気がある人が優れた理論家であると私は思う。理論の「飛躍」が正当化されるかどうかは実験的検証を待たなければならなくて、それが今自分がやろうとしていることである。

ただ重要なのは、吉田さんや多くの人がIITを「なんかよく分からない」理論と思っているということにある。実際自分も初めて論文を読んだ時は「なんかよく分からなかった」し、途中で何度も読むのをやめようと思ったほどである。これをどうすれば解消することができるかを考えたい。

原因の一つは、書いてある数式がいまいち良く分からないという点にあると思う。それが吉田さんの「情報理論的に天下りにphiという量を持ってきた」という印象を与えてしまっているのにもつながっている気がする。

誤解を恐れずに言ってしまえば、IITの論文に書いてある数式自体はある種どうでもいいものである。これを理解するのに時間、注意がとられてより重要なメッセージを逃してしまうのがもったいないと思う。はじめは式やシミュレーションなどは無視してもいいかもしれない。

論文の中で最も重要なのは、Tononiがなぜphiという量を意識に関連する重要な量と考えているかを読み取ることにある。といってもこれは論文に書いてあるといっても、ぴんとくるかどうかはまた別問題で、自分もTononiの真意が分かってきたのはここ最近のこととである。

というわけで、IITはまず論文を一度読んですぐ面白さがぴんとくるという類のものではないと思う。少なくとも自分はすぐには分からなかった。自分でじっくり時間をかけて考えたのと、Tononi本人からたくさん話を聞いてやっと自分なりの理解が得られたという次第である。

今回のワークショップでは吉田さんにIITの意味を分かってもらうことを自分の中の目標にしたい。ただ、意味を分かってもらうというだけで、それをpromisingな理論として評価してもらうというわけではない。

今回のワークショップが終わった際に吉田さんのIITへの評価が変わらなかったとしてももちろんオッケーで、十分有り得ることだが、どこが納得いかないかなどを議論できることが有意義であろうと思う。

最後に優れた理論とは何かということで補足すると、優れた理論とはその理論を基に多くの研究が行われ、科学が進展する理論のことであると思う。もちろんその理論が「正しい」のであれば一番良いが、仮に「間違って」いたとしてもその過程で科学が進歩すればそれは優れた理論と思う。

その意味ではIITは優れた理論だと私は思っていて、それが正しいとか間違っているとかに関しては二の次位に思っている。そもそも科学の中で「完璧に正しい」理論というものはなくて、「ほどほどに正しい」理論が生き残って、それが徐々に「より正しい」理論に置き換えられ進歩していくと思うので。


以上です。大泉さん、どうもありがとうございました。

ジュリオ・トノーニが来るワークショップ "Measuring Consciousness - Theory and Experiments"は京大で3/25開催。参加費無料、申し込み手続き不要。


2013年02月14日

3/25に京大でジュリオ・トノーニと意識のシンポジウム

大泉さん@oizumimから情報が出たので宣伝開始。ジュリオ・トノーニが3月に来日する際にシンポジウムを開催します。"Measuring Consciousness - Theory and Experiments" 吉田もオーガナイザー及び講演者として参加。

ジュリオ・トノーニは睡眠の仕事で有名。たとえば睡眠中にTMS打ってeffective connectivityを見た、Massimini et.al.のScience 2005 "Breakdown of Cortical Effective Connectivity During Sleep"とか。

だけど、基本精神科医で、しかしジェラルド・エーデルマンと90年代にcomplexity measureというのを出してるのがキャリアの始まりか。たとえばScience 1998

トノーニはASSC(国際意識学会)の前presidentでもあって、意識研究に深くコミットしている。ちなみに現presidentはVictor lamme。

トノーニは前述のcomplexity measureというのをさらに深めた結果「意識の統合情報理論」(Integrated Information Theory: IIT)というのを提案している。基本文献はこれ:"Consciousness as Integrated Information: a Provisional Manifesto" ほかにもwikipediaの"The Integrated Information Theory"の項とか。

これは脳が局所的に活動しているのではなくてグローバルに活動している度合いを評価しようというもので"phi"という値で定量化される。一時期「意識高い就活生」ネタが流行ったことあったけど、その頃には「よしphiで定量化しよう」というネタが一部で流行った。

トノーニは最近その名も"Phi"というタイトルの本を出版して、ガリレオに意識を語らせる、みたいななんかすごげなことを書いているらしいが、読んでないんで正直分からん。

統合情報理論がどのくらいpromisingかというと正直よくわからんのだが、経験的事実からではなくて、情報理論的に天下りにphiというのを持ってきたのが特徴で、私の印象としては、まあよくわからんがとにかくempiricalに検証してみればいいんでは?というかんじだった。

以前書いたブログの記事(20081017)ではもっと懐疑的なスタンスで書いていた。

いっときクリストフ・コッホもさんざん宣伝していた。トノーニと共著でいくつか書いてる:"The Neural Correlates of Consciousness An Update"、それからScientific Americanの"A Test for Consciousness"。後者は日経サイエンスに訳が出てる。

それで、ASSC14のときにクリストフ・コッホが統合情報理論を解説するトークを聞いたのだけど、結局のところ実際にphiを計算しようとすると、ほ乳類の脳のような複雑なシステムでは事実上不可能であるということを知って、正直そのあたりで私の興味は低下した。

しかし、Anil SethがPLoS Comp Biol 2011に"Practical Measures of Integrated Information for Time-Series Data"というのを出したり、さらに大泉さん@oizumimがphiを実際の脳データ(ECoG)でも計算できるような簡便なものにするという仕事を進めている。ASSC15での要旨 およびLISA2012の記事「温度計に意識はあるか?」

そんなこんなで、また興味が戻ってきたのだが、とにかくよくわからんので、この機会に理解したろう、というのが私のいまの意気込み。

今回のシンポジウムは大泉さん->北城さん(理研繋がり)->水原さん(新学術繋がり)、大泉さん->吉田(ASCONE繋がり)みたいなかんじで広がっていって、この四人で企画をオーガナイズした。あとは東大の四本さん、多賀さんと多賀さんのラボの笹井さん、というのが講演者の顔ぶれ。

年度末のこの時期であるにも関わらず、津田先生の新学術のサポート(ヘテロ複雑システムによるコミュニケーション理解のための神経機構の解明 )をいただくことができたのでここでお礼申し上げたい。

会場は京大 総合研究 8 号館 1 階 講義室 1 ( http://www.kyoto-u.ac.jp/ja/access/campus/map6r_y.htm の59番の建物)。参加費無料、参加登録不要。会場は120人くらい入るとのことなのでキャパ的にはよっぽど大丈夫でしょう。

というわけでカムカム・エブリバディー。 https://sites.google.com/site/consciousnessworkshop/


2013年02月08日

「無を表象する」ことと「表象がない」ことの違い

2012/10/18-19

なんにも言わずにいるというのは難しいことだ。「無を表象」しているつもりなんだけど、「表象がない」と理解されるだけだからなあ。

つまり、「無を表象」するためには、普段しゃべり続けている人がふと黙り込まないといけない。つまり時間的前後とのコントラストによって表象される。暗い場所でも周りが明るければsalientであるのはこれの空間バージョン。

そこまで考えた上でもう一度見直してみると、でも「無を表象する」のと「有を表象する」のとが非対称であるはずもない。

以前因果推論のあたりを勉強したときに、澤さん経由で逆行性ブロッキングもRWモデルで説明可能であるということを知った。つまり「Tが出ていないということが連合強度を下げる」というやりかたで。でもこれはまさに「無の表象」だ。

あらゆるほかのものが提示されていないのにそれらの連合強度を潜在的に持っているとでもいうのだろうか? なんかフレーム問題みたいなことが起こっているような気がする。

.@kosukesa おっしゃるとおり、RWモデルそのものではありませんでした。

.@kosukesa ブログのときの表記を使うと、トレーニング1で LT->F のあとで トレーニング2で L->F をすると、トレーニング1のときにL-Tの間の連合が活性化されているから、トレーニング2でTの不在がシグナルとなる、こういう理解で正しいですか?

.@kosukesa ありがとうございます。そうなると、不在のものはなんでもかんでも連合強度が負になる、みたいな変なことにはならないわけですね。

するといまの例も「しゃべり続けていた人がふと黙ることで無を表象する」の範疇に入ると言えそうだ。つまり、記憶を持たなくても(統計的性質を表象しなくても)、時間的変化をモニタするだけで可能。

.@kosukesa ありがとうございます。「フレーム問題的な話題」自体はあるのですね。

今日は”learned irrelevance”というキーワードをゲットした。

即行”learned irrelevance”でググって日本語のもの探したら、北口勝也さんによるものが多く見つかったが(たとえば動物心理学研究)、いちばん最初に出てきたのはまたもや村山航さんのレジメだった。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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