« Alva Noeの訳本「知覚のなかの行為」読んでます | 最新のページに戻る | 盲視でtextureは弁別できるだろうか? »

■ 机に堆積した荷物を片付ける時間

夜に見る花は色を失っていて、なんか現世っぽくないところがよい。ちなみになんの花なのかは知らない。

世界の秘密。河原で見つけた石を礫岩かと思って喜んだら、たんなるコンクリートに混じった石だった。知識は俺の目を曇らせ、直感がすっかり働かなくなっている。明るいところから室内に入ると、まぶたの裏に残光が残り、それは数分かけて広がり、そして消えてゆく。

小さい荷物とともに、牧場を一人歩き、糞を踏まないように気をつけたり、空気を胸いっぱい吸ったり、/ 点滴とバイタルモニタの部屋、室温は正しく保たれて、空調の音が低く聞こえていて、/ 激しい雨が古い家の木製の雨戸を叩き、壊れた蛍光灯を片付ける

さび付いた看板を爪でひっかき (こうして一心に話をそらそうとしているのだ)、電柱に括りつけられた看板の針金をほどき (ずっと目をそらし続けるわけにもいかないのに)、あらゆるものに形を変え、本質を失い続けて (答えはここにはないのだから)、繰り言を続ける

オセロなんだけど、表が緑で、裏が赤で、黄色い碁盤の上で遠くに打った手によって端から端までひっくり返されてゆく。夜景に写る様々なネオンサインやら不必要な灯りたち。置きっぱなしになっていたコーヒーカップがずっと真っ黒で、ずっと底が知れなくて、いろんな角度から見直しては存在を確認する。

いつか俺も、あれだというなら、そのときは浄化されてあれしたい。すべての罪を浄化してあれするか、逆にすべての罪を抱いてあれしたい。「贖罪」のとき、「断罪」のとき。

海辺のあずまやは砂に埋もれていて、誰かが捨てたとおぼしき菓子だかのビニール袋が吹きだまっていて、わたしはそれが餓死した草食動物の肋骨のように思えたのだが、ともあれ長居をするのはやめて、逆風の中また自転車を漕ぎはじめた。尻の痺れはもうとれていて、太陽は傾きだしていた。

その日が来ないことをずっと願っていた。だがすべては回帰し、再びわたしは修羅場に飛び込み、統一のとれた世界から「荒野のおおかみ」の世界へと不本意ながら進む。

150年、ってのが人生2回分なんだと考えると、そして白黒の写真が彩色し直されて、屋根の低い町並みや、護岸工事の跡や、クリアランスされたスラム街や、不自然なくらいにきれいに整備された公園や、宅地造成に囲まれた墓地や、廃業した書店や、トタン屋根や錆びた看板が、人々の苦悩を残したまま、すべては重なり合い、すべては片付けられ、すべては雨ざらしのまま、主人を失い、故郷を失う。すべてはコンクリートで固められ、すべては箒で掃き清められ、すべてはペンキで塗り直されて、神聖だったものは隠されている。そうだ、隠されたまま、証人も失われ、その由来を失い、埃をかぶって新生する。

「人間失格」で「焼酎特有のピリピリとした酔い」だったかそんな一節があったのを思い出す。そういうのはいやだ、もう二度とそんなものに遭遇したくない。ポロリとこぼれた本音なんか聞きたくないし、こぼしたくはない。俺は思い出す、まさに血の気が引いて、ぶっ倒れたのだ、どうやって起き上がったのかも憶えていないのだけれど、それだけ恐ろしい経験だったんだ。

夕暮れの空き地を利用した駐車場で、草むらをちびいぬが駆け回っていて、飼い主が「マカローン、そっち行っちゃダメ!」と言っているのを聞いた私は自転車を停めて、その声にモーションブラーをかけたり、リバースゲートをかけたりしながら頭の中で反芻してみる。

いつか、また、会う日まで。手を振り、夕焼けを背に、しょぼくれた格好で。空から俯瞰すれば、それは餌を探す蟻の群れのように、無目的と目的とが混ざり合って。地面に耳を当ててみれば、「すべて」が足し算されて、聞こえてくる。

さあさあ行こう、次の季節へ。 / 机に堆積した荷物を片付ける時間とともに。


(ついったに書いたことを元にして編集して作成した)


お勧めエントリ


月別過去ログ