[月別過去ログ] 1999年08月
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■ オートポイエーシス/内部からの視点/来歴
現在私が従事している研究は、視覚認知と長期記憶とを結ぶ回路について明らかにしようというものです。よって、まず視覚認知を理解するとはどういうことなのか、という問題について学術論文以外にもいろいろと本を広く浅く読んできましたがそうすると、(視覚)認知の理解には本当は難しい問題が控えていることに気づきます。
今の電気生理でのアプローチでは基本的には自己-環境という二分法の中で、自己の外側にある環境の視覚情報を脳がいくつかのfeature(たとえば、動き、形、色など)ごとに分析して最終的にはそれを統合するというやり方をとっています。しかしこのやり方では、どこかにそのような脳の活動を「見て」いるホムンクルスがいることを暗に想定していることになってしまいます。(これは、神経活動の情報がおばあさん細胞的に働いていようと、時空間的パターンでやっていようと変わらないはず。ここが第一関門で、神経活動そのものが認知、心であるとしてそれ以上の解析が無意味であると考えるならこれより先にも意味はないかもしれない。ただしこれは素朴な心脳同一説。いまではphilosophy of mindでそれらが批判されて今に至っていることがわかってきた。加筆2000/8/19)
こうなってしまうのは何故かというとおそらく、神経細胞の活動を環境と自己との関係から離れた第三者(autopoiesisでの用語で言えば観察者)の立場から記述しているからで、認識の正体を脳の奥の方へ奥の方へと無限後退させているところがあるのだと思います。代わりに、環境と認識する者との関係の中から記述することでこれを乗り越えられないかと考えるわけです。
ここで役に立ちそうなのが、現象学の考え方だと思います。今、目の前にリンゴが見えているが、リンゴがある、ということが本当かどうかは分からないが、今、リンゴが見えていることは確かである、というところを起点として、知覚刺激が確かさの根拠として働いている(リンゴの存在は知覚によって確かめられ、知覚されたものを意志によって否認することはできない。)という話に進みます。「現象学入門 竹田青嗣」を読んだだけですが、ここはもう少し先に行く価値があるのではないかと思います。「行動の構造 / 知覚の現象学 メルロ=ポンティ」を読むべきなんだと思いますが、分厚すぎます。ちょっと読む。まだ予想したようなことしか言ってない。Isomorphismとの関連でゲシュタルト心理学少しかじってもよいかって感じがしてきた。加筆2000/8/19
オートポイエーシスは色についての神経科学的研究が起点となって始められたもので、今、一番期待を持って読んでいるところです。有機体のシステムの成り立ちについての理論といってよいと思います。オートポイエシスなシステムとはシステムが自己の構成素を繰り返し産出し続けることで自己を維持しているシステムです。細胞システムが生体高分子を構成素として産出しますが、システムが作動したところではじめて、「自己」が規定されます。このシステムの外部からの視点(観察者)からは細胞とその環境という関係が見られますが、細胞システムにとってはあくまで、構成素を産出しているだけで、細胞の外からの影響も、細胞の中からの影響も、区別してそれに反応しているわけではありません。これを「システムは構成要素の産出において閉鎖系をなし、環境との関係において、内部も外部もないという形で開かれている」と表現しています。(ここはヴィトゲンシュタインの「語り得ぬもの・・」みたいな感じ。) 心的システムは思考を構成素として産出しており、社会システムはコミュニケーションを構成素として産出することがシステムの作動となっています。「第三世代システム オートポイエーシス 河本英夫」での表現です。神経システムをモデルにした理論の割には、神経システムの産出する構成素は何なのかはどこにも書かれていませんでした。おそらく、神経インパルス列が神経システムの産出する構成素なのではないかと思います。
神経システムは神経細胞間でシナプスを介してaction potentialを受け渡しし、システム全体として、スパイク列が行き来している状態を維持していて、神経システムにとっては、視覚入力(観察者から見た外部入力)も想起による心的イメージ(内部からのトリガー)の区別することはなく、その意味で、神経システムにとっては「内部も外部もない形で開かれている」、ということになるのではないかと思います。そして、社会システムと心的システムが階層関係にないのと同じように、神経システムと心的システムも階層関係にはなく、いわば「直交」していて「相互浸透」していることになります。今のところ、この辺まで来てますが、ここから先が、いわゆる「心脳問題」になるところなのだと思います。ここから先がdead endにならないように考えなければならないところです。
「こころの情報学 西垣通」でアフォーダンスとオートポイエーシスは相互補完しうるなどと書いてあって、本気にせず読んでましたが、佐々木先生とかが内部観測とか言っているところを見るとアリなんだなと思いましたが、まだこの話の流れには連結できないです。
「脳とクオリア 茂木健一郎」で神経細胞の刺激選択性の概念ではクオリアを説明できない、「認識におけるマッハの原理」から出発すべき、と言ってましたが、これはシステムの内部から、神経インパルスの産出をどう捕らえるか、というように言い換えられるのではないかと思います。神経細胞同士のインパルス列の関係の中に、認識を認識足らしめるものがあるのであって、顔と顔選択的応答を持つニューロンとの関連をつけているのはあくまで実験者から見た視点でしかない、という議論はオートポイエーシスで言ってる話と同じところに来ていると思います。
「<意識とはなんだろうか> 下條信輔」もオートポイエーシスとは別の文脈で読んでいましたが、知覚システムの作動には知覚システムの来歴が重要な立場を占めていることや、NewsomeのMT recordingの話題で、動きの判断に関するpsychophysicsでMTの神経応答にとっては正しい作動も誤作動もなく、神経システムでは錯誤は消えている、というくだりはまたもやオートポイエーシスだなあと気づきました。
「科学 岩波書店」の書評で「後半部の意識についての議論は波長が合う人には分かるのかもしれないが私には合わなかった」というようなことが書いてあって、これをすんなり読めて納得してしまう私はベイトソンで納得いってしまうようなニューサイエンス魂?を持っているということなのでしょうか。ニューロサイエンティスト魂よりもそれが強いとニューロサイエンティストとして食っていけないかもしれない。この本についてはもっと書くことがありますが、又の機会に。
オートポイエーシスという言葉は使わなくてもこのような概念が取り上げられるというところは、(もちろん作者が知らないで使っているわけはないが)やはりひとつのポイントなのだろうとは思います。
このような考え方はいろんな分野のいろんな人が言っていることですが、おそらくそれらを実験科学に取り込められないのは実験科学の方法論とおそらく関わっているのだろうとは思うのですが、とりあえず今はこの辺を少しずつ読みながら考えを練っているところです。
やっとわかってきたけど、郡司ペギオ―幸夫氏の内部観測の話というのも、もとはオートポイエーシスでVarelaが使っていたスペンサー・ブラウンの算法を使っているあたりから始まっているようです。あれマスターする意義あるんでしょうか、やっぱり。加筆2000/1/11
ちなみに河本式オートポイエーシスはルーマンによるオートポイエーシスの拡張を元にしているから、心的システムのオートポイエーシスとか、そういうものを認めていいかどうかから考え直さなければいけない。マトゥラナのオートポイエーシスの概念から考えれば、細胞以外はオートポイエーシスではない。神経システムに当てはめて考えるときには、オートポイエーシスであるかどうか、と考えるよりは、オートポイエーシスの概念を切り刻んで使える概念に分けて使ったほうがよさそうだ。加筆2000/8/19
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- / 投稿日: 1999年08月26日
- / カテゴリー: [オートポイエーシスと神経現象学]
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