[月別過去ログ] 2025年10月

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2025年10月27日

男性同士のケア、セルフネグレクト、サードプレイスあたりの話題 (2024年5月)

(20240524) 桜庭一樹による「『ライ麦畑でつかまえて』を〝男性の相互ケア〟や〝弱者男性〟というキーワードで読んだ話」

これは納得いった。「ライ麦畑」はホールデンがなにかに負け続けて彷徨う話なのだけど、そのなにかの部分を掘り下げるのに有用な視点だと思った。桜庭一樹はそれを「深刻な傷を負った男性が他者からケアされないまま都会を彷徨う」お話として読んでいる。

この議論はけっして現在の価値観で過去の小説を断罪する形にはなってないと思う。当時あったこととして描写されたことの中にも、現在抱えられているしんどさと同質のものがあることを発見した、ということであって。

ここで出てくる「マニック・ピクシー・ドリーム・ガール」は、はじめは、物語に都合のよいキャラ造形に潜む性差別を指摘するために作られた語だった。しかしそれはいつしか拡大解釈されて、作者がキャラに込めた個性を塗りつぶして、あるカテゴリーに押し込める侮蔑語と化してしまった。そういう経緯がwikipediaに書かれている。

この語を提唱した人はその後に撤回しているんだけど、その後も普通に使用されているみたい。この語を知ったソースも2023年のnoteだったし。


bunkaonline

「吉田豪が「吉田豪」になる前から遊んでいた専門学校時代の仲間のような人が友達であって、「吉田豪」として出会った人は仲良くなっても、仲が良い知り合いなのだろう。」

自分もこの感覚はわかる。仕事の付き合いで仲のいい人はいるけど、それを友達とは言いにくい。東京を離れてからは、仕事に関連しない仲間作り(サードプレイス)に労力をかけてこなかったので、自分は岡崎にも札幌にも友達がひとりもいない。

「男性同士のケア」(トーマス・ジョイナー)の問題を考えることはあるけど、正直興味ないというか、軽いセルフネグレクトをしている自覚はある。

仕事の付き合いで気の合う仲のいい人との関係は、しんどい状況の中を生き延びてきた「戦友」という感覚であって、たまに会って話をすれば、そういうかんじでのつながりを感じながら話をすることはできて、それはとても大切な機会だ。そういう人がいないわけじゃあない。だから「私には友達がいない」という言葉も、それはそれで強すぎる。


「男性同士のケア」について道徳的動物日記が取り上げていた"Lonely at the Top"が邦訳されたらしい。「男はなぜ孤独死するのか トーマス・ジョイナー」 これは読もうと思う。来世で。


2025年10月12日

「スープカレー、MyGO語り、ライラック」(さうして、このごろ2024年5月後半)

(2024/5/10) 札幌にはスープカレー屋がたくさんある。スープカレーの入っている野菜の素揚げが好きなのだが、採算取るためか、どこもスープに対する具の比率が低い。


だったら自分で作るか、ということで野菜の素揚げを大量に作って、スープカレーの素(2人前)で煮込んでみたら、だいぶ満足できるものができた。タッパーに詰めて、大学でレンチンして食べたら多幸感が高まった。

そんなわけで、これ見て、そういうものだよな!って思った。togetter:「自炊はそれでもと言い続けるんだ」

コスパとかタイパとかじゃあ、ないんだ。

(2024/5/13) このあいだ、具だくさんすぎるスープカレーを自作したけど、同じような話題がtogetterでまとめられてた。togetter: 「自炊は節約のための道具じゃねぇ!」コスパ度外視、見栄え無視の最強自炊飯

「麺とあさりの比率が同じボンゴレビアンコ」「アルティメット栗ご飯」このあたりの気持ちはよくわかる。お店ではぜったい出してくれないようなアンバランスなやつは、自作するしか無いんだよな。

Togetterの後半はクソデカ料理で写真映えを競うみたいになってきてるけど、そのへんはnot for me。(「レディーボーデンをイッキ」みたいな喜びはわかるが。)


It's MyGO語りの続き。(これまでのブログ記事1ブログ記事2ブログ記事3)

"It's MyGO!!!!!"アニメの批評

「燈に作詞とボーカルの才能があるとはされている(…)彼女の才能に惚れ込んだメンバーが集っているわけではない」「個人的な好みをいえば、音楽に関わる人と人の関係を繋ぐものは、あくまで音楽であってほしい気持ちはある」

なるほど、自分はむしろ"It's MyGO!!!!!"が燈の才能のもとに全員が集結する形になってない点に惹かれたのかも。もしそうなっていれば普通のバンドアニメなので、話の焦点はバンド対世間の関係(サクセスストーリー)に向かってしまう。そういうのじゃないんだよな(今のところ)。

この物語が目標として設定しているのは燈の言葉「一生、バンドしてくれる?」だ。でも最終回まで来ても、だれもそれに100%答えることはできてない。愛音の「毎日を積み重ねていったらそれは一生になるかも」(正確な表現は忘れたが)がいちばん真正面から受け止めた言葉だったはず。だからこのストーリーはまだ閉じてないし、続編(Ave Mujica)の中でサイドストーリーとして続くはず。

ストーリーの展開上、どっかでバンドが内向きでなく外を向いたサクセスストーリーが必要になると思う。でもそのとき燈の「一生、バンドしてくれる?」は、それを継承するような形で目標が上書きされる必要があると思う。

書いてて思い出したけど、「わたなれ」の展開にちょっと期待している。(自分はコミック派。ラノベは未読。) れな子は恋人という不安定な関係ではなくて、友達という持続的な関係を求めている。それが百合ハーレムを作る口実としていまのところ機能している。早晩その百合ハーレムが壊れて決着をつける展開が来ると思うけど、もしそこで「持続的な関係を作ること」の意味に直面したならば、なんかすげーものを見ることができるんではないかと期待している。(5%くらいの期待度。)

「俺ガイル」は自虐的なダークヒーローの物語だったのが、「本物がほしい」と言ったことで安直な着地点では畳めなくなった。あういうのを期待してる。


ジャック・ドーシーの言う「モデレーションで人々を排除し」ないSNSってどういうものなんだろう。

昔の2ちゃんねるみたいな、荒らしだけが生き残る世界は勘弁してほしい。管理者によるモデレーションではなくて参加者による相互モデレーション(スラッシュドット方式、もしくはあにこ便方式)を採用するという意味なら理解できるんだけど。

「地獄に天使のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」と書いてから、ヘルズ・エンジェルスの語源を調べてみたら、映画の題名と知った。


今日のウォーキング。跨道橋を渡りたくて行ってみたら無い。そういえば撤去されたんだった。石山通に向かったら、いちめん花の香がする。紫色で円錐形の花だが、日没したのでなんの花かわからない。

あとで調べてみたらライラックだった。時期的にも合ってる。Googleストリートビューで過去の5月のものを探したら見つかった。あとこちらも: ライラック祭り

思わずdipの"lilac accordion"とか聴いてた。あの曲のサビの「boy likes girl」「accordion lilac」の比率が1番、2番、3番でだんだん変わるところ、理屈でなくなんか痺れる。説明のしようがないけど。

ついでに思い出したけど、Matthew Sweetの"I've Been Waiting"でサビが1番、2番、3番でだんだん長くなってくの、あれも好き。


「10年前のWebページの38%が消失」

まあそうなるよな。自分のブログは2004年から20年続けている。その前にやってたはてなダイアリー、niftyのホームページを含めて、1999年からの記事を蓄積しているが、記事の中のリンクはかなりの部分繋がらなくなってる。


これはたまに見たくなる。トラックの天井が削れてゆくさまを淡々映されるのを見ていると、心のどこかがほぐれてゆく感じがする。


「Apple Musicによる「史上最高のアルバム100枚」」

これ見て、自分がちゃんと聴いたことのあるアルバム(ストリーミングで流し聴きしただけのものは含めない)をピックアップしてみたら、全部で23枚だった: 3, 9, 12, 14, 17, 20, 21, 24, 25, 27, 28, 33, 34, 49, 53, 54, 58, 60, 63, 66, 67, 81, 87

だいたいが60-70年代で、いちばん最近のがKid A (2000)。自分が「ビートルズおじさん」だということを認めざるを得ない。


「承認欲求モンスターが下北に」ってニュースのタイトルを見て、素で「下北半島?」と思って本文を見たら下北沢だった。そりゃあそうかと思いつつも、そうか、自分の心はもう東京にはないのだなと実感した。(28歳まで東京在住)

とここまで書いて思ったけど、下北沢だったらカタカナで「シモキタ」って書かん?(往生際が悪い)


2025年10月05日

イースタンユース at ペニーレーン24行ってきた! (20251003)

(20251003) 10/3(金)のイースタン・ユース at ペニーレーン24行ってきた。よかった! イースタン・ユースは2024年3月の極東最前線以来2度目。(前回のレポのブログ記事)

開場15分前くらいに行って並んだ。自分の整理番号は171だった。並んでいるときに310番台くらいまでは声がかかっていた。当日券があったから、売り切れなかった模様。(でもライブ始まる前に後ろを見たら、最後列までほぼ満員だった)


~18:35に会場に入って、前5列目くらいを確保。

~19:06にスタート。「夜明けの歌」でスタート。一挙に胸が震えて持ってかれた。感情落ち気味だったので、ちゃんと反応できてる自分に安堵。

曲順は以前の福岡のセトリと(たぶん)同じ。

今回*は音がデカくて、正直この歳にはしんどかった。次の日一日中耳がキーンとしてた。まあ今回のツアーは「全国巡業 〜爆音列島2025〜」と謳っているのだし 爆音でなにも間違っていないのだが。耳栓を持ってきておくべきだったか。

(* 前回(極東最前線2024年3月)と比べても、爆音だった)

吉野氏のMCは僻みっぽい発言が多かったが、これはまあ前回もそうだった気がする。

あと、吉野氏もぼやいていたが、どうにも観客の反応が悪い。前の方で体揺らさずに直立不動している観客がいる。そういう音楽じゃないだろう?あと、誰もシンガロングしないし、(MC中に反応する)うざい観客(いい意味で)がいない。この辺りについては、イースタンではそういうものなのかもしれないし、コロナ禍でライブの文化が切れたせいかもしれない。

周りにうざがられてもいいからシンガロングするぞと意を決して、自分が歌詞を把握している曲 (「夏の日の午後」「砂塵の彼方へ」「雨曝しなら濡れるがいいさ」など)ではサビで叫ぶところだけ*シンガロングした。だって、「それが全ての景色を燃やしちまうだろ」とか、歌うしかないだろ?(ライブ後半はけっこうシンガロングしている客が多かった)

(* いちおう常識的な範囲で)

アンコール2回で終了したのが~21:10。トータル2時間くらいの演奏だった。全曲体を振っていたら、はじめの1時間でもう足がガクガクになった。正直1時間くらいが自分的には精一杯。

終了後にステージを撮影。吉野氏はYAMAHA SG-1000を2本を取り替えて使ってた。(チューニングがズレたタイミングで交換?)

客層は男女比5:1くらいか。年齢層は自分よりも若い人(30-40代くらい)がメイン層っぽかったが、自分と同年代かそれ以上の白髪の人とかもいた。(ちなみに自分は吉野氏とは同い年)

そういうわけで、観客として2時間全力投球してたいへん満足できたのだが、自分の体力的に限界も感じた。全曲知ってる曲だったが、歌詞を覚えている曲が少なかったのは忠誠度が低かったと言わざるを得ない。(ライブごとに予習して思い出す、みたいな参加の仕方だから。)


そういうわけで、つぎのライブ(オウガ)に向けて予習を始めるのだった。


2025年10月02日

toeライブ at ペニーレーン24行ってきた! (20250501)

(20250501) toeライブ at ペニーレーン24行ってきた。よかった!

今回のライブは、

  • センターステージだから収容人数が少ない
  • わたしがチケットを買った直後にソウルドアウトした

この2つの条件から、早めに行ったほうが良いと判断して、18:30の会場オープンに合わせて到着。18:50あたりに入場できた。

自分の整理番号は359でほとんど最後尾。370-380くらいまでで最後だったはず。ということは、no showの人数を考慮すると、観客の人数はたぶん300人ちょっとくらい。

センターステージ方式なので、間近で演奏してくれるのが最高。私は入って右側で前から3列目。

写真にあるように、ど真ん中に演奏の場所を作ってあって、上げ底とかないので同じ高さで演奏している。路上ライブ的。私のいる場所は入って右側で、写真の右側に見切れた部分には座って観ることができる席もあった。

19:30開演の予定が10分遅れでスタートして、アンコール込みで終了が21:25(2時間弱)。

セトリは前半は福岡のときとほぼ同じ。福岡のときのセトリでYoutube Musicの再生リストを作ってある。

「LONELINESS WILL SHINE」でスタート。ボーカル曲はライブで聴くと力強かった。

「風と記憶」もライブだとドラムとベースがドライブさせてくれるので、めちゃ体を揺すった。

ニューアルバムの曲が中心だったが、なんかの曲のときにイントロで客が湧いてた。あれは以前のアルバムの曲のはず。(「エソテリック」をやったのは覚えているので、たぶんそれ。)

後半から児玉奈央氏と徳澤青弦氏が参加して「WHO KNOWS ?」を歌ってた。このあたりは福岡のときとは違う。たぶんセトリ的には「サニーボーイ・ラプソディ」の前に「WHO KNOWS ?」が加わった以外は福岡とほぼ同じ?撮影した写真にはセトリを書いた紙が写っていたが、小さすぎて解読できない。

ライブの後半では客演の児玉奈央(ボーカル)と徳澤青弦(チェロ)が加わった。アンコールの2曲目で二人とも再登場して、「グッドバイ」に参加。これがすごくよかった。

写真、録画は禁止のアナウンスが出てたけど、アンコールで山嵜氏から、いまから写真だけならOKなのでSNSで宣伝してほしい、というアナウンスがあったので撮ったのがこの写真。


ポストロックの曲って終わりが唐突で拍手しにくいことがあるが、今回はなんか親切設計だった。

そんなかんじでたいへん満足したのだけど、会場を出ると21:30過ぎ。今回はまだ肌寒い季節だったので自転車で来るのは避けておいた。このまま帰るのも名残惜しいので博多ラーメンを食ってJR琴似駅に到着したら、次の札幌行きは20分後。JRってそういうもんだったわ。

そういうわけで、自転車で来るのは意外と理にかなってることが判明。桑園のイーオンに寄って、半額弁当を買って帰るというのがいつものパターンなのだけど、案外ベストアンサーだったみたい。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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