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2010年09月25日

ポスター締め切り延長します

生理研研究会「身体性の脳内メカニズム」です。ポスターセッションの締め切りは昨日9/24でしたが、まだまだ会場に余裕がありますので、締め切りを一週間延長して10/1(金)とします。奮ってご応募ください。

今のところいただいているポスターはたとえば、「ラバーハンドイルージョン時の心理物理」「自閉症でのEBAのfMRI」「麻痺患者の視覚体性感覚統合」「ロボットの自己身体の拡張」「身体イメージ拡張のシミュレーションモデル」みたいなかんじでけっこうバラエティーあります。こちらの準備ができ次第webサイトに要旨をアップしていきますので。


2010年09月22日

おちゅーしゃのじかんデスよ!!!

薬学の学生実習のとき、分析化学の回でHPLCを使った実験があった。何分おきかで分析したい薬物をシリンジで注入すると、ペンレコーダーでいくつかに分かれたピークが描画される。
でもって、注入の時間が来ると私は「おちゅーしゃのじかんデスよ!!!」と野太い裏声で、オッサンがコントでナースの扮装をしてるようなシチュエーションを想定しつつ、注入をしていた。
私がなにをやっているのかみんなに伝わっていたのかはよくわからないけれども、あー、また吉田がなんかヘンなことやってるとか思われつつ、なんかそういうキャラとして受容されていたのだった。
でもそのとき違ったのは、同じ実習グループの、おとなしめな女の子が恥ずかしそうに小さな声で「おちゅーしゃっ」と真似して注入してくれたんだ。なんかスゲーガッツポーズを取った。惚れなかったけど。
俺の人生にピークなどなかったが、強いて言うならばあそこがピークだったんじゃないかと思う。(<-大ウソ)
こう書いたことのなにもかもがウソであったように思える。あんなに無邪気に、自分のネタが理解されてウケると信じることができたということがいまでは信じられない。
べつにそういう細い設定が理解されていたわけではなかったのだけれど、俺のそういうキャラ立ちが受容されていた、それで充分だったのだし、幸せだったんだろうと思う。
ところでみんなも、役職に押し込められたりしながら、なんか非人間的な応対をしたりされたりして、そういうものを失っていったりして、あるとき自分が他人の人生の脇役になっていることに気づいたりするんだろうか?
俺自身はいまでも「おちゅーしゃのじかんデスよ」とかやってみたいんだけどね。


2010年09月17日

「身体性の脳内メカニズム」へのお誘い

生理研研究会の運営手伝い/旅費援助ですが、募集人数に到達しましたので締めきりました。

生理研研究会のwebサイトをアップデートしました。ポスターセッション締め切りまであと一週間です。以前「身体性」ってなんだかわからんな、という人に向けて「「身体性」ってなんすか? 」ってエントリを作りました。要は、そんなに厳密に捉えずに気楽にポスター応募してください、ってことです。

じっさいのところ、今回の講演者の方の話は実際にはチンパンジーの社会性と協力行動だったり(平田さん)、幼児の発達時の模倣行為だったり(宮崎さん)、マカクの自己と他者に関連したニューロン活動だったり(磯田さん)、運動感覚と身体像の機能イメージングだったり(内藤さん)、幻肢の神経学だったり(住谷さん)、発達と身体性の視点からのロボティクスだったり(國吉さん)するわけです。このへんからイメージを膨らませていただけるとよいかと思います。(いま書いたのはテーマは吉田によるめちゃいい加減な説明なので、詳しくは月末に公開される講演者の先生の要旨をご覧ください。)

今回は共同オーガナイザーの村田哲さんにも文章を書いていただきまして、私が勝手に[「身体性の脳内メカニズム」へのお誘い]というタイトルを付けてみました。こちらから:[「身体性の脳内メカニズム」へのお誘い] なお、村田さんから許可を得たので以下にも転載します。

西洋思想においては現象学において身体と精神がつながりの深いものとして考えられるようになりました。一方、日本では、仏教や芸能において古来から身体とこころは一体のものとして考えられていましたが、思想としての身体論が系統だって議論されてきたのは、それほど古いことではありません。さらに言えば、心と身体の関わりを身体性という言葉で、サイエンスの上で議論するようになったのは、ごく近年になってきてからです。

そもそも身体性という言葉は、学問分野やさらには研究者の立場によって様々な使い方をされます。しかし、その共通項は、「こころ」が「からだ」をうごかすだけでなく、「からだ」が「こころ」をうごかすことも考える必要があるということではないでしょうか。さらに、心と体はそれぞれが環境と関わりを持ちます。

こうした考えは、哲学・思想のみならず、認知科学、心理学、発達心理学,比較心理学、神経心理学、計算論、ロボティクス、神経生理学、精神科学、リハビリテーション、生態学、社会学などの様々な分野の研究者がもっているに関わらず、身体性にかかわる研究発表は、いまだ各分野・領域内の発表にとどまることが多いと思います。

運動・身体意識・身体変容・道具・コミュニケーション・社会性・行動・空間認知・共感・アフォーダンス・発達・模倣・ミラーニューロン・自己・他者などなど関連するキーワードも数え上げればたくさんでてきますし、この他にも沢山あると思います。今回の講演者も様々な分野の方をお呼びしております。学問領域を超えて心と体の関わりを研究しているお考えの多数の方々にお集まりいただいて、是非活発に発表・討論をしていただきたいと思います。

……って村田さん、いきなり現象学や仏教じゃみんな引いちゃいますよwとも思いましたが、このキーワード見て引っかかった人が応募してくださればよいかと思います。ちなみに私自身はembodied cognition派で、ヴァレラとか読んできた人間なので、現象学とか仏教とか言葉が出てくるだけで愉快なんですけどね。そのへんについてはこちらのスレ参照で:オートポイエーシスと神経現象学

つまり、私自身のモティベーションとしては、意識の生成メカニズムとして環境と身体の交互作用は必須なんだろうと思ってるんだけど、どう必須なのか語れるようにもっとこの分野のことを知りたい、というわけです。

それでは岡崎で会いましょう!!! ちなみにはじめて岡崎に来る方へ:東岡崎駅から会場までは緩やかな上り坂です。荷物が大きい方はタクったほうが良いかも。


2010年09月16日

生理研研究会では運営手伝い/旅費援助を募集中

生理研研究会のwebサイトをアップデートしました。プログラム(案)などが掲載されました。webサイトはこちらから:研究会webサイト

研究会ではでは運営手伝い/旅費援助を募集中です。あと残り三人です。三島ロッジの方は締めきりましたが運営手伝い/旅費援助の方の分はキープしてあります。


2010年09月14日

告知: ASCONE2010で講義担当します

さてさて、今年の神経回路学会オータムスクールASCONE2010で講義担当することになりました。Webサイトはこちら。テーマは「意識の実体に迫る」で、特別講演がカルテクの下條信輔先生、講師は以下の通り(アイウエオ順):

  • 宇賀 貴紀(順天堂大学)
  • 金井 良太(University College London)
  • 土谷 尚嗣(カリフォルニア工科大学)
  • 吉田 正俊(生理学研究所)
  • 渡辺 正峰(東京大学)

というわけでNIPS-ASSCからのつながりを感じつつ。来年は京都でASSCですのでそちらもよろしく。自分的には2008年神経科学大会のシンポジウム - 2009年生理研国際ワークショップ(NIPS-SSC) - 2010 ASCONE - 2011 京都でASSC(意識の科学的研究学会)ということで意識研究の流れを激しく感じますよ !!!

じつはわたしは2007年のASCONEでも講義をやりまして、そのときは「盲視が明らかにする“気づき”の脳内情報処理」ということで行いました。

今年も同じことをやるのでは芸がないので、今年はテーマとしては「注意の計算理論で盲視を調べる」(仮題)というかんじでいこうと考えています。

ちょうど4-6月のあいだ、南カリフォルニア大学のLaurent Ittiのところに滞在してsaleincy mapの計算論モデルをblindsight monkeyの視覚探索に応用する、という仕事をしてきました。ですんで今回は計算論的な話を中心に行こうというわけです。

講義内容はまだ未定ですが、いま考えているのはこんな感じです:

  1. 導入:「注意とは」「saliencyとは」「Bayesian surpriseとは」
  2. デモと実習:Saliencyやsurpriseを実際に計算してみる
  3. 補足講義1:Blindsight monkeyがsaliencyを使える - 注意と意識の乖離
  4. 補足講義2:Bayesian surpriseとgenerative model - 注意と意識の計算論
  5. 討論:注意と意識は計算論的にどう違うのか

すでに詰め込みすぎなので、もうちょっとshape upする予定。

デモと実習では、Itti labが作成しているLinux実行ファイルがVirtualBoxで動かせるようになってますので、こいつを試してもらうことを考えています。

「Bayesian surpriseとgenerative model - 注意と意識の計算論」というあたりまでいきたいと考えていたんだけど、余裕でムリ。わたしの勉強が追いついてない。ということでここはボツ。ただ、知覚がBayesian surpriseであるという話がだんだん広がってますが、ではこれは注意なのか意識なのか、という問題提起ができたらいいなと思ってます。

募集は終了してます。(すいません、告知遅れました。) ぜひこちらもご期待ください。

あと生理研研究会の方もぜひ:現在の状況


2010年09月10日

「身体性の脳内メカニズム」運営手伝い/旅費援助 募集中です

すかさず宣伝。

今年の生理研研究会ですが、今年のテーマは「身体性」です。参加申し込みを受付中です。運営手伝い/旅費援助も募集中です。こちらはあと残り三人です。三島ロッジの方は締めきりました。(運営手伝い/旅費援助の方の分はキープしてあります。) お申し込みはこちらから:研究会webサイト

ポスター発表も募集中です。ポスター出すかどうか思案中の方へ:「身体性」にこだわって躊躇する必要ありません。「身体性」に興味のあるオーディエンスのところに持って行って興味もってもらえそうなものだったら遠慮せず出してください。ぶっちゃけ応募が少ないんでピンチです。どうかよろしくお願いします。


2010年09月09日

総説 長期記憶の脳内メカニズム

ずいぶん前の話になるのだけれど、大学院講義で「長期記憶」について担当したことがあって、そのときにneurologyについてかなり調べ物をしました。(「大学院講義「記憶の脳内機構」」のスレッド参照)

そのときはこれを再構成してweb講義でも作ろうとか言ってたんですけど、けっきょく放置してしまいました。今回別件で長期記憶の総説を書くことになったので、そのときのネタを元にまとめを作ることにしました。編集部の人に許可を得たので原稿を公開しときます。ここから:


はじめに

この項では長期記憶のうち、宣言的記憶の脳内メカニズムに関する知見をまとめる。宣言的記憶は大脳皮質の内側側頭葉記憶システムによって処理されていると考えられている。このシステムは海馬も含むので、海馬が関わっている事項についても言及する。

長期記憶の神経システム

1. 長期記憶の分類

長期記憶は宣言的記憶および手続き的記憶の二つに分類することができる(図1A)1)。

fig2.png

図1長期記憶のシステム。
A) 長期記憶の分類。
B) 長期記憶に関わる脳部位。

宣言的記憶は学習によって獲得された事実やデータに関する記憶のことを指す。「宣言的」というのはつまり「内容について言語で述べることができる」ことがその特徴であるということだ。一方で、手続き的記憶は学習された技能や認知的操作の変容にあたる記憶を指す。本項目では、大脳皮質で主に行われていると考えられている宣言的記憶について話を絞ることにする。

宣言的記憶はさらにエピソード記憶および意味記憶に分類することができる。Tulvingの定義2)では、エピソード記憶とは、出来事の時間的情報とそれらの出来事の時間的空間的関係を獲得して保持することである。一方で、意味記憶とは、ヒトが言葉や他の言語的シンボルの意味や指示対象に関して保持している組織だった知識のことである。

ざっくりとこの二つの概念を説明するなら、「911の事件のとき、あなたはどこで何をしていましたか?」がエピソード記憶のテストであり、「911の事件のときの日本の首相はだれですか?」が意味記憶のテストとなる。

2. 長期記憶に関わる脳部位

これまでの記憶障害の患者や動物使った脳損傷の実験などから、宣言的記憶は内側側頭葉の記憶システムによって支えられているということが明らかになっている。

図1Bは内側側頭葉の各部位とその結合を示している。このシステムの中心となるのは海馬だが、海馬への入力として、嗅内皮質があり、さらに嗅周皮質および海馬傍皮質がある。これらの領域はさまざまな感覚属性からの入力を受けているが、視覚情報に関しては、隣接する下部側頭葉から神経投射がある。

両側の海馬および隣接する皮質の摘出手術を受けた患者H.M.では重篤な宣言的記憶の障害が起こった3)。またより広範な両側性の損傷をもつE.P. (海馬、嗅内皮質、嗅周皮質を含む)の研究からもH.M.と同様な記憶障害を示すことが明らかになった4)。つまり、逆行性健忘によって、損傷前数年のエピソードおよび事実に関する記憶が失われていた。エピソード記憶、意味記憶の両方が影響を受けることから、内側側頭葉が宣言的記憶に関わることが明らかになった。

それでは、エピソード記憶と意味記憶とは関連する脳部位が違うだろうか。両側性の海馬選択的な損傷によってエピソード記憶の障害はあったが意味記憶は保持されていた症例がある5)。この症例では、たとえば、さっき聞いた話を憶えていることができない。しかし、言葉を憶えてしゃべることはできるし、学校に通って授業を受けていた。

逆に、意味記憶の選択的障害としては意味性痴呆がある。この症例では言葉や物の意味がわからなくなる。物体の名前が言えなくなる。つまり意味的記憶の障害がある。いっぽうで、エピソード記憶は比較的保持される。この障害は嗅内皮質や嗅周皮質を含む側頭葉前方部の萎縮によって引き起こされる。海馬の損傷は比較的少ない6)。このような知見を元にすると、海馬がエピソード記憶、嗅内皮質や嗅周皮質が意味記憶という機能局在があると考えることができるが、まだ論争は決着していない。

長期記憶の脳内メカニズム

3. 知識に関する記憶の情報表現

内側側頭葉において宣言的記憶がどのように実現しているかを明らかにするためには、ニューロンのレベルでの情報表現を調べる必要がある。このために有効なのは微小電極によって実験動物の神経細胞の活動電位を捉える方法だ。ここではサル内側側頭葉から単一ニューロン活動記録を行うことで得られた知見を紹介する。

動物を被験者として用いる研究では、脳内に電極を刺入することができるというメリットと引き替えに、ヒトでの記憶テストのように言語を用いることができない。このため、動物に合わせて記憶テストを改変する必要がある。サルは視覚情報処理の能力がよく発達しているので、記憶課題としては図形を用いた対連合記憶課題を採用した。この課題は、2枚1組の図形対の一方を提示し、もう一方の図形がなんであったかを答えさせる課題である(図2A)。百人一首をやるときに上の句と下の句の組み合わせを憶えるのと基本的に同じ頭の使い方をすることになる。つまり図形の対の関係という知識を長期記憶として獲得することが必要になる。よってこのテストはエピソード記憶ではなくて意味記憶のテストと考えることができる 。

この課題を行っている最中のサルの嗅周皮質から単一ニューロン活動を記録する。すると、12対で合計24枚の図形のうち対になっている図形3および図形3’それぞれを見たときだけ活動して、ほかの図形に対しては活動しないニューロンが見つかった(図2B)7)。つまりこのニューロンは図形3と図形3’とが対になっているという情報を表現している。つまり、個々のニューロンのレベルで長期記憶の情報表現が行われているということが明らかになったのだ。

fig3.png

図2 対連合記憶課題
A) 使用した図形対。
B) 長期記憶の情報表現のメカニズム。

ではこのような情報表現はどのようにして形成されるか。嗅周皮質は隣接する視覚連合野(TE野)から視覚情報を受けている。このTE野から同様にニューロン活動を記録してみると、こちらはより視覚情報処理に関わっていることが明らかになった8)。つまり、図形3だけに応答するニューロン、図形3’だけに応答するニューロンが見つかってきた(図2B)。そしてこれらのニューロン群のあいだに線維結合があることも確認された9)。また、類似した研究では、このような長期記憶を獲得中の嗅周皮質を記録して、徐々に長期記憶の情報表現が形成されることが明らかになった10)。

このような状況証拠からすると、嗅周皮質の長期記憶ニューロンはTE野の視覚ニューロンの情報を連合することによって形成されるのだろう(図2B)。神経回路モデルではヘブ則(他の項参照)によってこのような情報表現を作ることが可能だ。

この一連の研究ではさらに、保持していた記憶を思い出す過程では、嗅周皮質からTE野に向かって情報が伝播していること11)や前頭葉からのシグナルによって内側側頭葉記憶システムが活動すること12) 13)などがあきらかになっている。

4. エピソード記憶の脳内メカニズム

それではエピソード記憶に関してはどれだけ明らかになっているかというとじつはまだ充分解明が進んでいるとは言えない。前述の「知識に関する記憶」と比べるとまだ個々のニューロンの活動のレベルでは解明されていない。ここからは未解決問題を含んだ研究の現状についてまとめる。

4-1. エピソード「様」記憶

Tulvingによればエピソード記憶とは「出来事の時間的情報とそれらの出来事の時間的空間的関係を獲得して保持すること」だった。Nicola Claytonはこの定義に基づいて、エピソード記憶を動物実験によって解明するために、行動を用いた基準を作った14)。つまり、もしある動物が「なにがどこでいつ起こったか」(what-where-when)を保持することができたとしたらそれは人間のエピソード記憶に近いものがあると言えるのではないか。Claytonはこの定義を人間のエピソード記憶と分けて扱うためにエピソード「様」記憶 (episodic-like memory)と呼んだ。それでは人間以外の動物にはエピソード様記憶はあるのだろうか?

Claytonが実験に使ったのはアメリカカケスという鳥だが、この鳥は食べ物を砂の中に隠す習性を持っている。実験でアメリカカケスはピーナツとイモムシを与えられると、それを砂の中に隠す。時間をおいてまたその砂を掘り返すチャンスが与えられる。ピーナツは日持ちするけど、イモムシは5日後には腐っている。もしアメリカカケスがイモムシをいつ、どこに埋めたかを憶えているならば、5日前にイモムシを埋めた場所は掘り返さないけど、4時間前にイモムシを埋めた場所は掘り返すはずだ。そして実際その通りになった。つまりアメリカカケスはwhat (イモムシ/ピーナッツ) -where (砂のどこか)-when (5日前/4時間前)の情報を保持することができた。つまりエピソード様記憶があるのだ14)。同様な実験はラットでも行われ、ラットもwhat-where-whenの情報を保持できることが報告されている15)。

しかしこの実験課題で本当にwhenの情報を保持していると言えるだろうか? 5日前かどうかを憶えていることと、その日がX月X日であることを憶えていることとは別だ。このような視点から批判論文も出ている16)。

ところでこの課題を行っているときにニューロンはどのように活動しているのだろうか? そのような研究はまだない。What-where-whenがニューロンのレベルでどのような情報表現をしているのかを明らかにするためには単一ニューロン記録の実験が必要だ。

4.2. エピソード記憶の定義再訪

上記のエピソード記憶の定義はTulvingが1972年に提出したものだが、それ以降もTulvingはエピソード記憶の定義についてなんどか更新を加えてきた。新しい定義ではエピソード記憶とは「私的に経験された出来事に関する記憶」であり、“mental time travel”、つまり過去に遡って自分のかつての経験を追体験することである17)。なるほど、たしかにこの表現は我々がふだん「記憶」という言葉でイメージするものをうまく言い当てているように思う。

しかしこのエピソード記憶の定義は意識的経験の存在を前提としている。動物に意識があるかどうかどうやって行動で確認できるだろうか? つまりClaytonが行ったような方法で、エピソード記憶を行動のみを指標とした操作的定義によって捉えることはできない。また、エピソード記憶とはある単一の出来事に関する記憶であって、実験室の条件で繰り返しテストを行うのにはそぐわない。じっさい、ある出来事にだけ活動するニューロンがあったとして、それを確かめるのはどうすればよいのだろう? ある出来事が繰り返されるならばそれはもう出来事ではなくて、実験条件の一つでしかない。このへんにエピソード記憶の脳内メカニズムを明らかにする際の本質的な難しさがある。

4-3. 「想起」と「親近性」の区別

すこし違った角度からの研究が進んでいる。宣言的記憶のサブカテゴリーとして再認記憶というものがある。再認記憶課題では、文字カードなどを提示して、一定時間経ったあとでまたカードを提示してそれが以前提示されたものかどうかを答える。この課題を解く際に被験者の内観としては「そのカードを憶えたときの記憶がよみがえる」という「想起」をしている場合と、「想起の感覚はないけれど、そのカードに見覚えがある」という「親近性」の感覚がある場合とがある。この二つのうち、「想起」の要素がエピソード記憶に対応していると考えることができる。

ヒト患者を被験者とした再認記憶課題で、想起と親近性について報告してもらった報告がある。海馬のみを損傷した患者では想起の要素のみ成績が低下したが、海馬と嗅周皮質などの周辺皮質を損傷した患者では想起だけでなく親近性の要素でも成績が低下した18)。この結果からYonelinasは海馬がエピソード記憶的な想起に、嗅周皮質が親近性に関わっていると結論づけた。

この研究は大きな反響を巻き起こし、反論を含む多くの報告が続いた19)。その結果現在では、想起と親近性に関わる脳部位は当初主張されていたほどに厳密に分かれているわけではないと考えられている20)。

この方法をラットの再認課題で応用した例もある。とはいえ動物に想起と親近性の内観報告をさせることはできないので、行動データに対してモデルを当てはめて間接的に予測することになるのだが、海馬を除去したラットでは、再認課題のデータから、想起に関連するスコアだけが低下することを示している21)。

むすび

長期記憶の脳内メカニズムは現在も新しい発見が続いているホットな領域である。経験の継続としての長期記憶は、私たちがひとつの自己を形成する際に重要な意味を持っている。長期記憶のメカニズムの解明は私たちの心の解明だ。

文献
  • 1) Larry R. Squire著、河内十郎訳「記憶と脳」医学書院、1989
  • 2) Tulving, E. (1972). Episodic and semantic memory. In E. Tulving & W. Donaldson (Eds.), Organization of memory, (pp. 381–403). New York: Academic Press.
  • 3) Corkin S. What's new with the amnesic patient H.M.? Nat Rev Neurosci. 2002 ; 3 : 153-60.
  • 4) Stefanacci L, Buffalo EA, Schmolck H, Squire LR. Profound amnesia after damage to the medial temporal lobe: A neuroanatomical and neuropsychological profile of patient E. P. J Neurosci. 2000 ; 20 : 7024-36.
  • 5) Vargha-Khadem F, Gadian DG, Watkins KE, Connelly A, Van Paesschen W, Mishkin M. Differential effects of early hippocampal pathology on episodic and semantic memory. Science. 1997 ; 277 : 376-80
  • 6) Hodges JR, Graham KS. Episodic memory: insights from semantic dementia. Philos Trans R Soc Lond B Biol Sci. 2001 ; 356 : 1423-34.
  • 7) Sakai K, Miyashita Y. Neural organization for the long-term memory of paired associates. Nature. 1991 ; 354 : 152-5.
  • 8) Naya Y, Yoshida M, Miyashita Y. Forward processing of long-term associative memory in monkey inferotemporal cortex. J Neurosci. 2003 ; 23 : 2861-71.
  • 9) Yoshida M, Naya Y, Miyashita Y. Anatomical organization of forward fiber projections from area TE to perirhinal neurons representing visual long-term memory in monkeys. Proc Natl Acad Sci U S A. 2003 ; 100 : 4257-62.
  • 10) Messinger A, Squire LR, Zola SM, Albright TD. Neuronal representations of stimulus associations develop in the temporal lobe during learning. Proc Natl Acad Sci U S A. 2001 ; 98 : 12239-44.
  • 11) Naya Y, Yoshida M, Miyashita Y. Backward spreading of memory-retrieval signal in the primate temporal cortex. Science. 2001 ; 291 : 661-4.
  • 12) Hasegawa I, Fukushima T, Ihara T, Miyashita Y. Callosal window between prefrontal cortices: cognitive interaction to retrieve long-term memory. Science. 1998 ; 281 : 814-8.
  • 13) Tomita H, Ohbayashi M, Nakahara K, Hasegawa I, Miyashita Y. Top-down signal from prefrontal cortex in executive control of memory retrieval. Nature. 1999 ; 401 : 699-703.
  • 14) Clayton NS, Dickinson A. Episodic-like memory during cache recovery by scrub jays. Nature. 1998 ; 395 : 272-4.
  • 15) Babb SJ, Crystal JD. Episodic-like memory in the rat. Curr Biol. 2006 ; 16 : 1317-21.
  • 16) Roberts WA, Feeney MC, Macpherson K, Petter M, McMillan N, Musolino E. Episodic-like memory in rats: is it based on when or how long ago? Science. 2008 ; 320 : 113-5.
  • 17) Tulving E. Episodic memory: from mind to brain. Annu Rev Psychol. 2002 ; 53 : 1-25.
  • 18) Yonelinas AP, Kroll NE, Quamme JR, Lazzara MM, Sauvé MJ, Widaman KF, Knight RT. Effects of extensive temporal lobe damage or mild hypoxia on recollection and familiarity. Nat Neurosci. 2002 ; 5 : 1236-41.
  • 19) Squire LR, Wixted JT, Clark RE. Recognition memory and the medial temporal lobe: a new perspective. Nat Rev Neurosci. 2007 ; 8 : 872-83.
  • 20) Diana RA, Yonelinas AP, Ranganath C. Imaging recollection and familiarity in the medial temporal lobe: a three-component model. Trends Cogn Sci. 2007 ; 11 : 379-86.
  • 21) Fortin NJ, Wright SP, Eichenbaum H. Recollection-like memory retrieval in rats is dependent on the hippocampus. Nature. 2004 ; 431 : 188-91.

われながら、「長期記憶のメカニズムの解明は私たちの心の解明だ。」とかちょっと飛ばしすぎな気はする。だがそれがよい。

追記20110202 依頼元で原稿が出版されました。「月刊 臨床神経科学 Clinical Neuroscience」中外医学社 2011年2月号 特集「記憶のメカニズムとその障害」のなかの「大脳皮質 - 長期記憶」です。


2010年09月07日

「身体性」ってなんすか?

今度の生理研研究会は「身体性」がテーマなんだけど、ところで「身体性」っていったいなによ?って話になった。たしかに「社会性」とか「動機付け」とかよりもわかりにくいかも。もっと広くアピールして、ポスター応募増やすためにどうすればいいか考えてみる。
なんか説明を書いてみればいいのだろうか。「定義」とか言い出すとややこしくなるので、例示的に書いてみる。
"Embodied cognition"(wikipediaそれからInternet Encyclopedia of Philosophyに説明あり)の訳として言えば、「物理的制約の下でどのように認知が可能になるのかを考える立場」とかそんな言い方になるだろう。かっこつけて「ぼくら人間が空を飛べないので鳥とは違ったように世界が切り取られる」とか言ってみたりする。これは認知側からの言い方で。
行動側から言うならば、運動制御の人が、腕の重さとか慣性とか考えて、そのような感覚フィードバックを明示的に扱っている場合には身体性をやってると言えると思う。でもそういう人は必ずしも「身体性」とかいう言い方をする必要性を感じてないかもしれない。
認知と行動とを両方考慮する視点が核なのだな。でも、普通に知覚運動変換をやってる人にも「身体性」という概念は必要がない。一方向でなくてループができている必要がある。それはonlineでループを作っていなくても、学習とかでofflineで回っていればよいように思う。
身体による制約を重視すると、agentとenvironmentの関係を取り扱うことになるので、自己-他者とか社会性とかも含むことになる。
「身体性」って機能に関連した概念ではないからなあ。「注意」「意志決定」「動機付け」みんなある種の機能として捉えられる。「社会性」ですらコミュニケーションみたいな機能として捉えるからあまり迷わない。「身体性」って言葉はじつはある種の立場の表明を含意している。でもそういうこと言ってコワモテにすると門戸が狭まるので、強調するつもりはない。
じつは講演者選びの時に村田さんと相談していたのは哲学者を呼んで「身体性」について歴史的経緯も含めて語ってもらう、ってのを考えていたんだけれど、バランスとか人数とか考えてけっきょくそのアイデアはボツにした。
いろいろ書いたけど、じつのところ、定義にこだわりはない。参加希望の方は、講演者の顔ぶれを見て、この人たちと議論がしたいと思った人は臆せずどんどんポスターを出していただけたらありがたい、というのが結論(予定調和的!!!)。懇親会費も安くします。では岡崎にて!
研究会web サイト: http://www.nips.ac.jp/%7Emyoshi/workshop2010/index.html


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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