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■ 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説

3月に生理研で行われる多次元レクチャーコースで講師することになりました。多次元脳トレーニング&レクチャー「ヒト、サル、ラットの脳解剖学から学習・認知の理解へ」 日程:2014年3月11日〜14日。2年ぶり3度め出場。またFiber pathway of the Brainをネタ本に大脳の線維束の話しつつ、半側空間無視とか失語症とかそういう話につなげてみる予定。(追記1/27: 情報が公開されたので、このパラグラフ追加しました。)

多次元レクチャーなどを視野に入れて、失語症とその神経回路あたりについて最近の論文を読んでた。以前半側空間無視の文脈で注意の背側経路と腹側経路についていろいろ書いたことがあるが、この背側経路というのはTPJとventral prefrontal cortexとを結ぶ経路。

だから、右脳のarcuate fasciculus (弓状束)というのは腹側の注意経路を繋ぐ経路となっているようだ。いっぽうで、教科書的知識では(左脳の)弓状束というのはウェルニッケ野とブローカ野とを繋ぐ経路であることがよく確立している。右と左の弓状束で役割分担してるのかなという可能性もあるが、絶妙に食い違っていて整合性のある話になっていないように思う。

ともあれ、SaurのPNAS 2008 ("Ventral and dorsal pathways for language")などから、言語の経路にも背側、腹側の二つがあるという話が強調されてきた。背側側はposteriorのSTGからAFを経由してBA44(およびBA6)に入る。腹側側はanteiror STGからextreme capsuleを介してBA45のほうに入る。背側側は音から発話への変換に関わり(sensorimotorな側面)、腹側側は音から意味理解の変換に関わる(recognition的な側面)。もとからこういう経路があることは解剖学的には分かっていたので、それの中での機能分担があるということが強調されてきた、ということ。

言語の二重経路の解剖学的なモデル (ライフサイエンス 新着論文レビューより。この図のライセンスはcopyright 2011 上野泰治・Matthew A. Lambon Ralph Licensed under CC 表示 2.1 日本)

図としてはNeuron 2011を出版された上野泰治氏によるライフサイエンス 新着論文レビューがわかりやすかったのでこれを掲載させてもらった。元の論文はLichtheim 2: synthesizing aphasia and the neural basis of language in a neurocomputational model of the dual dorsal-ventral language pathways. Taiji Ueno, Satoru Saito, Timothy T. Rogers, Matthew A. Lambon Ralph Neuron, 72, 385-396 (2011)で、計算論モデルで言語の二つの経路の機能の乖離を再現するというもの。半側空間無視の二重経路の計算論モデルとか考えてたので、わたしにとって超重要。これから読む。

だから、大脳皮質の表面を後ろから前へと走る神経線維を大づかみに説明するならば、三つの情報処理 (視覚、注意、言語)があって、それぞれに背側経路と腹側経路があって、それぞれが背側側は感覚運動的、腹側側は認識的な役割を持っている、とまとめることができる。

それぞれのパーツについては多次元レクチャーのときにも話をしたのだけれども、このような3*2のシステムとして取り扱うことまではやっていなかった。

言語の背側・腹側経路という概念については、この10年くらいでかなり確立してきたと言えるのではないかと思う。昨年出たBrain 2013 (先述のD. Saurによる) は脳梗塞の急性期の失語症について、100人の患者で損傷部位の確率マップを作成して(Hans-Otto Karnathが著者に入っているので、半側空間無視でも出てきた例のあれ)、診断用テストの成績との関連を探した。

その結果、語や分の反復(sensorimotorな要素)に関わるのは弓状束(AF)およびSLF(III)で繋がれた背側経路、トークンテストのような語義理解に関わるのは最外包(extreme capsule)や鉤状束(uncinate fasciculus)で繋がれた腹側経路だった。これはかなり決定的な報告なのではないかと思う。

ただし、話を単純化するために、診断用のテストの成績を、語・文反復repetitionと語・文理解comprehensionとの要素にPCAを使って分けている。

視覚の腹側経路、背側経路の二重乖離の話だと症例としてGoodaleのDFさんが出てくるわけだけど、言語の場合にはWernicke-Lichtheimの失語図式とかでまとめられるようなたくさんの症例がある。Saurの論文はそれを背側・腹側経路というアイデアでえいやと分けてしまったところが強みでもあり、複雑なところをすっ飛ばしているという弱みでもある。

ともあれ、TPJ-STG-insulaあたりの、(神経生理では)比較的よくわかっていない部分を明らかにすることは、ネタ探しという意味だけでなく、大脳全体に当てはまるような原理を見つけ出すという意味でも重要であるだろうと思う。

その意味でもうひとつ考えておくといいと思うのは、ミラーニューロンの背側経路と腹側経路。以前近畿大学の村田哲さんがコメントしてくれた のはV6-VIP-F4の背側内側経路とCIP-AIP-F5の背側外側経路だったけど(参考の日本語総説(PDF))、グッデール的二分論(actionとperception)に合致しているのは、AIP-F5-PFという背側経路とSTS-Insula-VFGという腹側経路という分け方であるように思う。このへんは生理研だと定藤先生がトークや講義で言及してた。

言語とミラーニューロン系の相同性は議論されるが、言語の背側経路がBA22(聴覚)からBA44(Broca野)へ行っているのに対して、ミラーニューロンの腹側経路はbiological motionとか視覚的な情報をVFGに繋いでいるように見える。言語の背側経路では AFはLFをぐるっと迂回してVFCまでいくが、途中の角回(angular gyrus)や縁上回(supramarginal gyrus)で中継している要素は読み書きなど視覚に関連している。うまく繋がりそうな気もするが、解剖学的にはまったくの相同というかんじにはならなさそうだ。

ともあれ、TPJ-SGT-Insulaとこのあたり、マカクでこのへんを探求するのはあんま得策ではなさそうだが、いまだ開拓されていない部分であるのはたしかだと思う。今日はここまで。


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