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■ 和音の幾何学、つづき

つづいてます。

Perspectivesの"Exploring Musical Space"のほうを読んでいたら、'tonnetz'自体がすごいおもしろいものであることがわかってきました。自作したのを使って説明してみます。(tonnetzでググってみたら、日本語で引っかかってくるサイトがみつからなかったんですが、日本語だとなんて言うんですかね。)

tonnetz_new.png

Fig. 1

そもそもtonnetzとはなにか、というと、音程間の関係を二次元上に表現した格子状のダイアグラムのことです。(Wikipediaのエントリから超訳。)

Fig.1はPerspectivesにあった図を説明のためにいくつか改変して作った図です。三角形が貼り合わされていて、中心にあるのが3和音を、頂点がその3和音を構成する音程を示しています。Fig.2aに例がありますが、CコードはC音(ド)、E音(ミ)、G音(ソ)からなるわけです。ふたたびFig.1に戻ってもらうと、黄色い三角形はメジャーコード(長調の3和音)を、水色の三角形はマイナーコード(短調の3和音)を示しています。共通の音を持つコードが貼り合わされています。あとは説明としてはこんなかんじ: (なお、説明で和音Cと単音Cとを混同しないよう、和音は「Cコード」、単音は「点C」とか「C音」と呼んでますので。)

  • それぞれの三角形の頂点から真上に行くと、長3度(=半音4個ぶん)高い音になります(たとえば、点Cの上はE)。
  • それぞれの三角形の頂点から右に行くと、短3度(=半音3個ぶん)高い音になります(たとえば、点Cの右はEb)。
  • それぞれの三角形の頂点から右上に行くと、完全5度(=半音7個ぶん)高い音になります(たとえば、点Cの右上は点G)。
  • それから、いちばん上の辺といちばん下の辺はつながってます。たとえば、点Cの上は点Eで、その上は点Abで、その上は点C、というかんじで一周します。
  • それから、いちばん右の辺といちばん左の辺はつながってます。たとえば、点Cの右は点Ebで、その右は点F#で、その右は点Aで、その右は点C、というかんじで一周します。
  • つまり、全体としてはドーナツ型(トーラス構造)をしているわけです。
  • このトーラス構造を右上にずっと進んでいってみましょう。たとえば、点Cから右上に進んでゆくと、C-G-D-A-E-B-F#-Db-Ab-Eb-Bb-F-Cと重なることなく一周して戻ってきました。これが5度圏(circle of fifths)です。
  • こんどは和音に注目して右上に進んでみましょう。Dmコードの右上はFコードで、その右上はAmコードで、その右上はCコードで、その右上はEmコードで、その右上はGコードです。つまり、Cメジャーダイアトニックコード(ドレミファソラシドだけからなる和音)となっているわけです。
  • じゃあ、その先はどうよっていうと、Gコードの右上はBmコードでF#の音が入ってしまうし、Dmコードの左下はBbコードでBbの音が入ってしまう。つまり、Fig.2bのような事態になるわけです。5度圏で12音を一周することを考えたら、ドレミファソラシド以外の音も通るに決まっているから、そりゃあたりまえなわけです。
tonnetz2s.png

Fig. 2


とか思いながらFig.2bの絵を見てて気付いたのですが、BmコードのD音-F#音-B音の代わりに、D音-F音-B音という和音を持ってくると、Fig.2cにあるように、上下の赤線部分を繋げてやることが出来ます。これはBm(b5)コードもしくはBm-5コードと呼ばれる、Cのメジャーダイアトニックのコードのひとつです(*注)。Bm(b5)コードは、BmコードのF#音をF音に変えたものとも言えるし、BbコードのBb音をBに変えたものとも捉えることが出来るでしょう。つまり、Bm(b5)はBmコードとBbコードとの中間型みたいなものなんですな(これじたい今考えてみてはじめて気付いた)。ともあれ、これを使うと、右上のGコードと左下のDmコードとをつなぐことができるわけです。そして、Bm(b5)コードを加えたこの7つでCメジャーダイアトニックコードの全部が出そろいます。

つまり、トーラスを5度圏で一周する代わりに、横着して7つの3和音で一周してつなげてしまったのがメジャーダイアトニックコードなのですな! おもしろくなってきた。なんか矛盾を無理矢理つじつま併せて、メジャースケールというひとつの閉じた系として脳が捉えている様子がうかがえます。色の彩度が波長によって青から緑、赤まで一次元的に並んで終わりというのではなくて、なぜか紫を経てまた青に戻るという閉じた構造をとること(色環)と並べて考えてみるとおもしろい。(脳科学っぽくなってきた!) これはこの種の表象が持つ性質なんではないかと思うのです。いま、「表象」という言葉を使うことによって、言語を使った表象が持つ閉域形成の性質(指し示すものと指し示されなかったものとの二分法によって外部をなくしてしまう性質)と、色や音程が空間的に表現されるという意味での表象が持つ閉域形成とを結びつけてやろうとしたのです。脱線してきたけど、脱線こそがおもしろい。

話を戻します。(というか上のパラグラフの後半を加筆していたら話がつながらなくなってきた。) しかも、Fig.2cの赤線の部分を貼り合わせようとすると、点Dと点Fを対応させるためにひっくり返さないといけないから、メビウスの輪になってます。なんかよくわかんないけど意味深い。

ともあれ、そんなわけで、tonnetzひとつでいろいろ考えられておもしろい。ギタリストとしてはFig.1見ながらいかにメジャーダイアトニックコードから離れたコード進行を作れるか考えてみたりします。ニールヤングがよくやるF-D-C-Gみたいなコード進行はDmコードの代わりにDコードにしたものだな、とか。そういえば以前書いたDm7-Cmaj7-Bm7-Aの進行もAmコードの代わりにAコード持ってきたってかんじですな。ロックのパワーコード系のコード進行で3度の音をomitした進行、たとえばA-C-E-G(ニルヴァーナのスメルズライクとか)なんかもAm-C-Em-Gの変形と言えます。マイナーコードのところをメジャーコードにしたり、3度の音をomitしたり、というのはロックっぽいものでの常套手段ですな。そこからさらに外れるのは難しい。そういう意味では、Trafficの'Paper Sun'のG-E-Gm-D-Cm-Bb-G-Aなんてかなりいい感じです。こういう、一小節ごとに転調してるようなサイケなコード進行が大好きです。

そろそろ話がとっちらかってきたんでこのへんで。(まとまった話にしようとしないのは芸風、ということで。)

*注 ここでは3和音のことを考えているので4和音のBm7(b5)コードではなくて、7度のA音を抜いたBm(b5)コードと表記しました。ジャズやロック向けの本とかだとメジャーダイアトニックコードは4和音で書かれていますが、4和音に関しては、上記の3和音を構成する右上の頂点(Cコードだったら点G)のさらに上の点の音(Cコードだったら点B)を付加してゆけばよいことがわかります。これは、Cmaj7 = C + Em、Em7 = Em + Gというふうに考えれば納得。

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# HZ

コードの話、たいへん興味深かったです。高校生の時「大学への数学」の「宿題」コーナーでトーラスの問題を解いたこと、大学生の時、ギターを弾き始めたことなど思い出して、いろんなことがつながっているんだと感慨を覚えました。

脳研究を経て今は精神科医の修行の身ですが、楽しく拝見させていただいております。今後も幅広くクオリティーの高いブログを続けられるのを応援しております。

# pooneil

コメントどうもありがとうございます。お返事が遅れました。
脳の中のランダム・ウォーカーhttp://hz.cocolog-nifty.com/blog/拝見しました。Anthony Graceの話題もありましたね。岡崎でもこれから統合脳レクチャーコースの一環としてAnthony Graceが話をします。運営側なのではたして講演を聞けるかどうか不明なのですが、可能ならレポートしてみたいと思います。では。


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