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■ 書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」著者の対談動画をYoutubeに掲載しました
著者の吉田正俊と田口茂による対談動画をYoutubeに掲載しました。この本についての補足事項や、執筆風に考えたことなど、ざっくばらんに話をしています。(1)-(3)まであって、トータル100分弱です。
(1) 行為的媒介とは何か。関係一元論ではない。差異はなくならない。消費し切ることはできない。生きているものが持ち続ける不安定性(precaliousness)。循環的な意識の捉え方。因果的な説明の図式から、並行してプロセスが続く図式へ。AI時代でそれはより必要になる。
(2) 弱い因果のつながり。ビリヤードボールの連鎖から、メトロノームの同期へ。関係性のネットワーク重視による相対主義の闇へ。「現実は幻である」というのは関係一元論の帰結。エナクティヴィズムでの「自分で自分の価値を作る」という考え。でもエナクティヴィズムはオルタナティブではない。今後メインストリームに入ってくる話であり、現在のAIに貢献しうる考えである。本書執筆の経緯。予測誤差消費理論ができるまで。オートポイエーシスの脱神秘化。
(3) 将来の課題。状態と過程。アクティブ・ヴィジョンについての掘り下げ。潜在性の掘り下げ。観察的媒介でない形での意識の解明。意識の科学の進歩によって科学が変わる。GNWTとIITの敵対的協力論文。ニセ科学レター。ベンジャミン・リベットの運動準備電位。運動についても自分に揺らぎを作りながら、生物の自律性に根付いた、運動を生成している。ここに「生命の自由」ができる。AI/LLMはなぜうまくいっているか。「当たってる感」とはいったいなにか。
以上です。
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- / 投稿日: 2025年05月22日
- / カテゴリー: [オートポイエーシス、神経現象学、エナクティヴィズム]
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2025年05月21日
■ パレイドリアと「シミュラクラ現象」
大学で意識についての講義をするときに、いろいろ錯覚を見てもらったりするのだけど、そこでの質問やコメントに「シミュラクラ現象」という言葉が出てくることがある。
認知心理学の分野ではパレイドリアPareidoliaという言葉があって、「壁のシミが人の顔のように見えてしまう」という現象をパレイドリアと呼ぶ。「シミュラクラ現象」というのが指しているのは、典型的には「コンセントの3つの穴が人の顔のように見える」というもので、これはパレイドリアの一種であり、わざわざ「シミュラクラ現象」という言葉を使う必要がない。
そもそも「シミュラクラ現象」という言葉は日本でしか通用しない言葉だ。それはwikipediaの「シミュラクラ現象」の項目を見ればわかる。日本語版しか無い。
そういうわけで、講義で学生から「シミュラクラ現象」についてのコメントをもらった場合には「それは学問的にはパレイドリアと呼ばれるものであって、「シミュラクラ現象」という言葉は日本のネットカルチャーでのみ通用する言葉なのでお気をつけください。」と返事するようにしている。
言葉は生き物なのだから「シミュラクラ現象」という言葉自体を禁止してもしょうがない。だから、ネットに向かって「「シミュラクラ現象」という言葉は誤用です。使うのはやめましょう」とか喧伝しようとは自分は思わない。
とはいえ、「シミュラクラ現象」という言葉のルーツは抑えておきたい。初出はいつかLLMに聞いてみたら、「初出を見つけるのは難しいけど、初期の使用例については2000-2005年の範囲でググってみましょう」とアドバイスされた。
すると2005年の記事が二つ見つかった。
それは「シミュラクラ現象(類像現象)」かもしれません。シミュラクラ現象とは3つの点が集まった図形が人間の顔のように見えるという錯覚現象です。ほら、よくマンホールのフタの模様や、天井のシミが人の顔のように見えてくることがありますよね。もともとはSF作家・フィリップ・K・ディックの小説から生まれた言葉だそうで。
「こうゆうもののコトを「シミュラクラ」と呼ぶ。●が三角に3つ並べば顔に見えるとまで言われる。人間にはあらゆるものを顔に見立ててしまう本能が備わっているらしい。(…)何を言いたいかっちゅーと、心霊写真と言われるもののすべて、とまで言うつもりはないが、9割方はこの「シミュラクラ」だとおれは思っているのだ。」
どちらとも心霊写真の文脈で、それは錯覚だ、シミュラクラ現象で説明できる、というものだ。ここでひとつ興味深いことが書かれている。
もともとはSF作家・フィリップ・K・ディックの小説から生まれた言葉
元々シミュラクラSimulacreという言葉は、ポストモダンの哲学者ジャン・ボードリヤールによる「シミュラークルとシミュレーション」から来ている。(BTの記事の解説がわかりやすかった)
そしてそれの影響を受けて、フィリップ・K・ディックはSF作品として「シミュラクラ」という作品を書いている。私は未読だが、人間そっくりに作られたシミュラクラが出てくる話だそうだ。
というわけで、「シミュラクラ現象」という言葉がオカルトとか心霊写真とかのサブカルチャーの文脈で出てきたことを考えると、はじめてこの言葉を使った人は、ボードリヤールを引用したというよりは、フィリップ・K・ディックを引用したのではないかと想像できる。
さて、認知心理学の分野でパレイドリアの専門家といえばまっさきに浮かぶのは高橋康介さんだ。彼は「なぜ壁のシミが顔に見えるのか ―パレイドリアとアニマシーの認知心理学―」 という本を書いている。
Twitter(当時)だと、以下のスレッドが詳しい。
パレイドリアの話をすると「それシミュラクラでは?」という反応がよくあります。wikipediaの力だろうか。それともPKディックのこれ? https://amazon.co.jp/dp/B077QN78N1/ 必要に迫られてパレイドリアとシミュラクラの語源についてかなり調べたことがあるんですが、結局正確なところはわかりませんでした。Twitter 2020
上述の書籍の中でも、「シミュラクラ現象」について手短に触れている。
パレイドリアとシミュラクラはともに同じような概念を示すものだが、パレイドリアが見えてしまう「現象」を示すのに対して、シミュラクラは見えてしまう現象のきっかけとなる「モノ」を指し示す意味合いが強い。…「シミュラクラ現象」といえば、それはパレイドリアとほぼ同義であると思ってよいだろう。(p.46)
ということで、「シミュラクラ現象」という言葉をむやみに切り捨てることなく、考察している。(とはいえこの本で「シミュラクラ現象」が出てくるのは、あくまでもこの部分だけにすぎない。)
というわけで、今後は質問をもらったら、この記事を参照できるようにした。
2025年05月19日
■ 書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」の文献リスト(英語論文、日本語論文、英語書籍)
本書での文献引用は、該当ページ(もしくはそれより後ろの図のないページ)の左側に表記してあります。日本語書籍については本書巻末の「主要参考文献」にリストを作成してあります。英語論文、日本語論文、英語書籍については、こちらにリストを作成しました。登場順となっております。)
文献リスト
(日本語書籍については本書巻末の「主要参考文献」にリストあり。こちらでは、英語論文、日本語論文、英語書籍について、登場順でリストを作成した。)
I章
- Crick F and Koch C (1990) Towards a neurobiological theory of consciousness. Seminars. Neuroscience 2: p. 263-75.
- Quiroga, R., Reddy, L., Kreiman, G., Koch, C., & Fried, I. (2005) Invariant visual representation by single neurons in the human brain. Nature, 435 (7045), p. 1102-7.
- Kreiman G, Fried I, Koch C. (2002) Single-neuron correlates of subjective vision in the human medial temporal lobe, Proc Natl Acad Sci U S A. 99(12), p. 8378-83.
- Parvizi J, Jacques C, Foster BL, Witthoft N, Rangarajan V, Weiner KS, Grill-Spector K (2012) Electrical stimulation of human fusiform face-selective regions distorts face perception, J Neurosci. 32(43), p. 14915-20.
- Schalk G et al (2017) Facephenes and rainbows: Causal evidence for functional and anatomical specificity of face and color processing in the human brain, Proc Natl Acad Sci U S A. 114(46), p. 12285-90.
- Albantakis L, Tononi G (2014) From the Phenomenology to the Mechanisms of Consciousness: Integrated Information Theory 3.0. PLoS Comput Biol 10(5): e1003588.
- Tsuchiya N, Taguchi S, Saigo H. (2016) Using category theory to assess the relationship between consciousness and integrated information theory. Neurosci Res. 107:1-7.
- Marr, D. (1982). Vision: A Computational Investigation into the Human Representation and Processing of Visual Information. New York, NY: W. H. Freeman & Company.(邦訳:『ビジョン―視覚の計算理論と脳内表現』乾敏郎+安藤広志訳、産業図書、1987年)
- Komatsu H, Kinoshita M, Murakami I. (2000) Neural responses in the retinotopic representation of the blind spot in the macaque V1 to stimuli for perceptual filling-in. J Neurosci. 20(24): p. 9310-9.
- Komatsu H. (2006) The neural mechanisms of perceptual filling-in, Nat Rev Neurosci. 7(3): p. 220-31.
- Kolers PA, von Grünau M. (1976) Shape and color in apparent motion, Vision Res. 16(4): p. 329-35.
- Henderson JM, Hollingworth A. (2003) Global transsaccadic change blindness during scene perception, Psychol Sci. 14(5): p. 493-7.
- Edwards HM, Jackson JG and Evans H (2022) Neuroticism as a covariate of cognitive task performance in individuals with tinnitus. Front. Psychol. 13:906476.
- Hermann von Helmholtz (1867). Handbuch der physiologischen Optik. Leibzig: Leopold Voss
- Blakemore SJ, Wolpert D, Frith C. (2000) Why can’t you tickle yourself? Neuroreport. 11(11): R11-6.
- Andy Clark (2016) Surfing Uncertainty, Oxford: Oxford University Press
- Roy M. Pritchard (1961) Stabilized Images on the Retina. Scientific American, 204(6), p. 72-9
II章
- William Ross Ashby (1952) Design for a Brain, Chapman & Hall.(邦訳:『頭脳への設計―知性と生命の起源』山田坂仁ほか訳、宇野書店、1967年)
- Andrew Pickering (2010) The Cybernetic Brain: Sketches of Another Future. University of Chicago Press
- R. C. Conant and W. R. Ashby. (1970) Every good regulator of a system must be a model of that system, Int. J. Systems Sci., vol 1, No 2, p. 89-97
- Barlow, H. B. (1961) Possible principles underlying the transformations of sensory messages, Sensory Communication, Ed. W. Rosenblith, Cambridge: MIT Press, Ch1, p. 217-34.
- Barlow, H. B. (1972) Single units and sensation: a neuron doctrine for perceptual psychology? Perception 1, p. 371-94.
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- Eifuku S, De Souza WC, Tamura R, Nishijo H, Ono T. (2004) Neuronal correlates of face identification in the monkey anterior temporal cortical areas. J Neurophysiol. 91(1):358-71.
- Chang L, Tsao DY. (2017) The Code for Facial Identity in the Primate Brain. Cell. 169(6):1013-1028.e14.
- Waidmann EN, Koyano KW, Hong JJ, Russ BE, Leopold DA. (2022) Local features drive identity responses in macaque anterior face patches. Nat Commun. 13(1):5592.
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- Francisco J. Varela (1979) Principles of Biological Autonomy. The North-Holland Series in General Systems Research, Vol. 2. New York: Elsevier North-Holland, Inc.
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- Weber, A., Varela, F.J. (2002) Life after Kant: Natural purposes and the autopoietic foundations of biological individuality. Phenomenology and the Cognitive Sciences 1, p. 97-125.
- *Andrew Pickering (2010) The Cybernetic Brain. Sketches of Another Future. University of Chicago Press.
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- Tsodyks, M., Kenet, T., Grinvald, A. and Arieli, A. (1999) Linking Spontaneous Activity of Single Cortical Neurons and the Underlying Functional Architecture, Science, 286, p. 1943-6.
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- Izhikevich, E. M. (2007) Dynamical Systems in Neuroscience. MIT Press, Cambridge.
- Lara, A. H., Cunningham, J. P. & Churchland, M. M. (2018) Different population dynamics in the supplementary motor area and motor cortex during reaching, Nature Communications 9, 2754.
- Isomura, T. (2023) Bayesian mechanics of self-organising systems, arXiv preprint arXiv:2311.10216.
- 磯村拓哉(2025)「知能の統一理論への道標」『神経回路学会誌』32(1), p.47-57.
- 吉田正俊+田口茂(2018)「自由エネルギー原理と視覚的意識」『日本神経回路学会誌』25 (3), p. 53
III章
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- Husserl, E. (1984) Logische Untersuchungen, Band II/1, Husserliana XIX/1, Den Haag: Martinus Nijhoff.
- *田口茂(2022)「田辺元の「媒介」概念とそのポテンシャル」『危機の時代と田辺哲学』法政大学出版局、p. 97-116
- 田口茂(2024)「「媒介」概念の可能性―現代的コンテクストにおける田辺哲学」『日本哲学史研究』(20), p. 90-121
- Luhmann, N. (2013) Introduction to Systems Theory, Cambridge: Polity.
- Luhmann, N. (2002) Theories of Distinction, Stanford: Stanford UP.
- 田口茂+西郷甲矢人+大塚淳(2020)「現象学的明証論と統計学―経験の基本的構造を求めて」『哲学論叢』(47), p. 20-34
- 川岸郁朗+入枝泰樹+坂野聡美(2006)「大腸菌走化性シグナル伝達機構―タンパク質局在と相互作用を中心に」『物性研究』85(5), p. 668-84
IV章
- Tagkopoulos I, Liu YC, Tavazoie S. (2008) Predictive behavior within microbial genetic networks, Science, 320(5881): p. 1313-7.
- 大平英樹(2023)「内受容感覚・意思決定・感情の統合―予測的処理としてのアロスタシス」BRAIN and NERVE 75(11)1197-1205
- Sterling P, Eyer J. (1988) Allostasis: a new paradigm to explain arousal pathology. In: Fisher S, Reason J, editors. Handbook of Life Stress, Cognition and Health.
- Sterling P. (2012) Allostasis: a model of predictive regulation. Physiol Behav. 106(1), p. 5-15.
- Bechtel W, Bich L. (2024) Rediscovering Bernard and Cannon: Restoring the Broader Vision of Homeostasis Eclipsed by the Cyberneticists. Philosophy of Science. Published online 2024, p. 1-22.
- Friston K, Thornton C and Clark A (2012) Free-energy minimization and the dark-room problem. Front. Psychology 3:130.
- Barlow, H. B. (1961). Possible principles underlying the transformation of sensory messages. Sensory Communication, 1(01).
- Rao RP, Ballard DH. Predictive coding in the visual cortex: a functional interpretation of some extra-classical receptive-field effects. Nat Neurosci. 1999;2(1):79-87.
- Linxing Preston Jiang and Rajesh P. N. Rao (2022) Predictive Coding Theories of Cortical Function. In: Oxford Research Encyclopedia of Neuroscience, S. Murray Sherman (ed.)
- Friston, Karl (2005) A theory of cortical responses. Phil. Trans. R. Soc. B360815–836
- 吉田正俊+田口茂(2018)および吉田正俊+宮園健吾+西尾慶之+山下祐一+鈴木啓介(2023)「自由エネルギー原理、能動的視覚、サリエンス」『人工知能』38(6), p. 787-95
- Friston, K. (2010) The free-energy principle: a unified brain theory?. Nat Rev Neurosci 11, p. 127–38.
- Floegel M, Kasper J, Perrier P, Kell CA. (2023) How the conception of control influences our understanding of actions, Nat Rev Neurosci. (5), p. 313-29.
V章
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- 廣田隆造+西郷甲矢人+田口茂(2024) 「モノイドとしての自己―自律性への圏論的アプローチ」『人工知能学会全国大会論文集』第38回 4S1OS30a05-4S1OS30a05, 2024
- 廣田隆造「エナクティヴ・アプローチの現在―その原理と展開」『システムとサイバネティクスの思想/システム論』(コロナ社より出版予定)
- Di Paolo, E., & Thompson, E. (2014) The enactive approach. In L. Shapiro (Ed.), Routledge handbooks in philosophy. The Routledge handbook of embodied cognition (p. 68-78). Routledge.
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- Kirchhoff, M.D. (2018) Autopoiesis, free energy, and the life–mind continuity thesis. Synthese 195, 2519-40.
- Di Paolo, Thompson & Beer (2022) Laying down a forking path: Tensions between enaction and the free energy principle. Philosophy and the Mind Sciences, 3.
- Ramstead Maxwell J. D., Sakthivadivel Dalton A. R., Heins Conor, Koudahl Magnus, Millidge Beren, Da Costa Lancelot, Klein Brennan & Friston Karl J. (2023) On Bayesian mechanics: a physics of and by beliefs. Interface Focus. 1320220029
VI章
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- Varela, F. J. (1996) Neurophenomenology: a methodological remedy for the hard problem. Journal of Consciousness Studies 3, p. 330-49.(邦訳:「神経現象学」『現代思想』vol.29-12、2001年10月号)
- Varela, F. J. (1999) The specious present: A neurophenomenology of time consciousness in Naturalizing phenomenology: Issues in Contemporary Phenomenology and Cognitive Science (Petitot, J., Varela, F. J., Pachoud, B. & Roy, J.-M.) p.266-329 (Stanford University Press). 邦訳:p. 196 (『現代思想』vol.29-12、2001年10月号)
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- / 投稿日: 2025年05月19日
- / カテゴリー: [オートポイエーシス、神経現象学、エナクティヴィズム]
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2025年05月18日
■ 書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」の「はじめに」の文章を公開しました

書籍のカバー
書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」はいよいよ1週間後の5/26(月)に発売です。ぜひ予約して買ってください。
書籍のサポートページで随時情報を追加しております。先週は本書の紹介動画(Youtube)を公開しました。
動画第2弾として、田口さんと吉田が本書について語る動画を録画しました。こちらについてはいま編集中ですので、公開まではもう少々お待ちください。
今回の更新情報です。書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」の「はじめに」の文章をまるまる公開しました(書籍の9ページ分)。ぜひ読んでみてください。
文章はこちらから:
はじめに 神経科学と現象学をつなげるわけ
「意識」という問題
朝、鳥のさえずりとカーテンの間から差し込む光で目が覚める。長い一日が始まる。そして夜、疲れを感じながらベッドに入り、再び眠りに落ちる。──
この間、最初から最後まで、われわれは「意識」をもっている(途中で昼寝をしたり気絶したり全身麻酔をかけられたりすれば別だが)。歯を磨いているときも、食事をとっているときも、自転車に乗っているときも、意識は失われていない。様々な事物、出来事、行為、感情などは、われわれの意識のうちに現われては消えていく。われわれの生は、主観的には、そのような意識に現われる出来事の連続から成り立っているといってもよい。
われわれが「ふつうに」暮らしているとき、いつもその暮らし(生)がそのなかに現われてくるような、いわばわれわれの暮らしの「媒体」「媒質」のようなものとしていつもそこにあるのが、「意識」である。
それは、われわれにとってとても「近い」もの、あまりにも近く生きられたものであるがゆえに、注意を向けられることはあまりない。突然右側から飛び出してきた原付バイクや、鮮やかな木々の色合いや、家に忘れたかもしれない鍵などは、われわれの注意を引きつける。われわれの意識を強く惹きつけるのは、どちらかといえばそのような「対象」である。そのような対象の数々に魅入られているがゆえに、われわれは「意識そのもの」にはあまり気づかない。意識は、たいていの場合、意識を惹きつけるものごとの方に向かっているがゆえに、そこで働いている意識自身についてはなかなか気づかないのである。
それゆえ、いざ大上段に構えて「意識とは何か」などと尋ねられると、われわれはしばしば立ち往生してしまう。「意識とは何か」は、ある意味では、よくわかっている。意識とは、われわれがいつも慣れ親しんでいる「あれ」のことだ。だが、その「あれ」とは何だ、それを言葉で説明せよ、と言われると、われわれの頭はフリーズしてしまう。よくわかっているのだが、それを別の言葉で説明するのが、なんとも難しいのだ。
意識の科学的研究の登場と「意識のハードプロブレム」
このような難しい意識の問題にこれまで取り組んできたのは、もっぱら哲学者だった。しかし近年、この困難な問題に科学的なアプローチで取り組もうとする研究が次々と出てきている。ノーベル賞受賞者のフランシス・クリックがクリストフ・コッホと行った、意識の科学的研究プログラムの提案を嚆矢として、fMRI(機能的磁気共鳴画像法)などの脳イメージング技術の発展にも支えられ、脳研究と深く結びついた仕方で意識の科学的研究が次第に盛り上がっていったのが、ここ30〜40年ほどの状況である。グローバル・ワークスペース理論(GWT)、統合情報理論(IIT)、高次理論(HOT)などの様々な理論・アプローチが現われ、国際意識学会(ASSC)などの国際的な意識専門学会などをプラットフォームとして盛んな議論が繰り広げられている。
他方、このような「客観的」な科学的アプローチでは、意識そのもの、意識の謎の本丸には届かないのではないか、という疑念も提示されている。哲学者のD・チャーマーズは、まさしく主観的に生きられた「意識そのもの」がどのようにして脳の活動から生まれているのかは、脳の活動そのものをいくら調べてもわからない、と指摘し、これを「意識のハードプロブレム」と呼んだ。「脳がこんなふうに活動しているときに、このような意識が生じた」というような「相関」は、様々な仕方で確かめることができる。しかし、そのような脳の活動から、いったい何がどうなって「意識」と呼ばれる「われわれがよく知っている〈あのあれ〉」につながっているのか、その具体的なメカニズムは、何をどう調べたらわかるのかもわからないほど、謎めいた難問、すなわち「ハードプロブレム」に留まるというのである。
意識という問題が難問であるのは、たとえば「ダーク・マター」が難しい問題であるのとは性質が異なる。「ダーク・マター」は、われわれが日常生活を送っているなかではまったく知りえなかった新しい問題である。本や授業やインターネットなどに触れて、物理学について知ったときに、はじめてこの概念が理解の難しい問題事象を表す概念として知られるようになる。つまり、物理学の助けを借りなければ、われわれはその存在に気づくことすらなかったわけである。
これに対し意識は、すでに述べたように、誰もがあたりまえのように知っているごく身近な現象である。それどころか、いつもあまりにも近くに、空気のようにわれわれの日常生活と共にあり続けている。したがって、意識の問題の難しさは、われわれが「まったく知らない」がゆえの難しさではなく、「こんなにもよく知っているのに、どうしてそのでき方、現われ方、メカニズムについて、これほどにも何も言えないのか」という意味での難しさなのである。
現代の科学的意識研究は、この難問に果敢に取り組み、ある程度の成果を挙げている。しかし、いずれの理論も、まだ決定打とは言えない。その意味では、意識の科学は、まだまだ生まれたばかりの、発展途上の学問である。
そして、この学問には、何らかの新たな「見方の転換」が必要だ、というのがある程度共通した見解であると言えるだろう。それを求めて、多くの研究者がしのぎを削っているのである。
「主観」と「客観」という枠組みの手前に遡る
このような状況において、最も解決を求められている核心の問題は何だろうか。それは、意識という「主観的に」生きられるものと、それを明らかにしようとする科学的な「客観的」手法との間を、どのようにつなげることができるか、ということだろう。手っ取り早く理解してもらうために、「主観的」と「客観的」という手垢の付いた言葉を使ったが、この概念の対は、一見わかりやすいが、かえってわれわれの足をすくうものにもなりうる。それは、われわれの思考を二つの固定的なカテゴリーの対立に縛り付けてしまうからである。「主観的」とはどういう意味なのかはわかる。「客観的」の意味もわかる。だが、それらがどうつながっているのかについては、簡単な答えが浮かばない。ここでさらに前に進むためには、「主観的」と「客観的」という見かけ上わかりやすい対立構造を超えて、そのさらに手前にある問題状況にまで遡らなければならない。
われわれが「主観的」と呼んでいる経験の相―気づいたり知覚したりするはたらきや感情など──も、「客観的」と呼んでいる事物や現象のあり方も、「様々なものが、われわれの経験のなかに現われる」という、われわれが日々経験している「ふつうの」出来事のなかに含まれている。いやむしろ、それらはこうした出来事のなかに分かちがたく融け込んでいる。たとえば、いま目の前に小さな鉢植えがある。鉢植えの木は、客観的に存在している、と言いたくなるだろう。他方、鉢植えの木が現に目の前にあることを経験しているのは、私の主観的な意識である。さて、いまあなたの目の前にある「客観的な」鉢植えの木から、あなたの「主観的な」意識を取り除いてみてほしい。できるだろうか? 頭の中では、できるように思えるかもしれない。だが、鉢植えの木から意識を取り除こうとすればするほど、あなたはますます鉢植えの木を「意識」してしまうのではないか?逆に、意識される「もの」が何もない意識というのは、想像するのも難しい。
ここから考えると、われわれが生きている「ふつうの」生活のなかでは、「主観的」なものと「客観的」なものをつなぐのが難しいどころか、それらは最初から深く結びついてしまっていて、むしろ切り離す方が難しいのである。具体的には、切り離すことさえ難しい現象の側面を、わかりやすさのために抽象的に切り分けたのが、「主観的」「客観的」といった概念なのである。
本書でわれわれがやろうとしているのは、このような、人々がいつも自然に生き抜いている経験と生に立ち戻って、それをできるかぎり素直に、かつ科学的に、語り直す方法を模索することである。われわれもまだ、完成された理論に到達したとはとてもいえない。だが、一歩一歩考え直すことによって、新しい考え方の手がかりには辿り着けたように感じている。その道のりを、これから読者諸氏と共有していきたいと思っている。
本書がとった手法
どうやってそのような試みに手を付けるのか。われわれがとったのは、神経科学を研究する吉田と、哲学、特に現象学を研究する田口が、それぞれの知見を持ち寄って、お互いの「ものの見方」の内部にまで深く入り込み、そこで哲学と科学が手法として分かれる手前にあるような「ものごとへのアプローチの仕方」を、手応えとしてつかむということだった。お互いの考え方に馴染んでいくなかで、徐々に「われわれの意識論」が形を取り始めた。それをともかくも一つの形に、一つの表現にまで落とし込もうというのが本書である。執筆の過程で、はじめの考えのごつごつしたところ、ちぐはぐなところが次第に解消されて、より整ったかたちにすることができたが、それでもまだ、この本での考えは形成途上の思考であり、プロセスの途中段階にあるといわねばならない。
意識を考えるには、単純に客観的な科学的手法を対象に当てはめるような仕方ではアプローチできない。その主題そのものが、客観的に現われてくる現象ではなく、むしろわれわれが日頃慣れ親しんだ身近な現象であり、知っているのに説明できない「あのあれ」だからである。したがって、ここでは「ものの考え方」、意識を考える際のアプローチの仕方そのものをよく考える必要がある。
本書では、これまで展開されてきた科学的意識論の手法を紹介し、その問題点を吟味した上で、「予測」という、近年の主観性に関連した科学(神経科学、心理学、認知科学など)の共通言語とも言える考え方を取り上げる。そして、神経科学と哲学を結びつけようとした先駆者であるマトゥラーナとヴァレラの「オートポイエーシス」の理論、ヴァレラの「エナクティヴィズム」を参照しながら、「予測とはそもそも何か」ということ自体を掘り下げ、「予測」の概念そのものをわれわれなりに新たな仕方で読み換えていく。その試みは、ゆらぎつつループを描く運動を遂行しながら、「差異を喰って」生きている生命のあり方に根ざした「予測」の考え方に帰着していく。それにより、閉じた内部から外部世界を「推論」してその「表象」や「モデル」を内部に作り、それが外部世界をどのくらい反映しているかの答え合わせをする、といった予測の考え方を乗り越えようとしている。
生命はそもそも自分の境界を見ることができない。それを見ることができるのは、それを客観的に見ている観察者のみである。そのような生きているもの自身の立場に立って現実を見ていくとき、生命はつねに「自分からは見えない境界」を「行為」によって乗り越えているという見方が出てくる。それをわれわれは「行為的媒介」と呼ぶが、これは現象学的なものの見方をわれわれなりに換骨奪胎した見方である。そして、われわれなりに捉え直された「予測」を、このような「行為的媒介」として捉え返していく。それは、現象学的なものの見方と、「予測」という科学的見方とを一つにしようとする試みとも言えるが、異質なものを無理矢理接合したのではなく、むしろ「主観と客観を抽象的に分断する前にわれわれが行っていた現実の見方に立ち帰る」ということからの自然な帰結である。われわれが「ふつうに」経験している現実から出発したとき、それら二つの見方は自然に一つのものとして見えてきたというのが実情なのである。
ここには、「科学」というものをどう考えるか、そもそも「説明」ということをどう考えるか、といった大きな問題へのわれわれなりの問題提起も含まれているが、そこは十分に展開できていない。それについては、今後、このような共同研究の実践を継続しながら、さらに考え続けていくことになるだろう。
まずは、われわれなりの「神経現象学」の試みを、お好きなところからご覧頂ければ幸いである。できるだけ楽しんで読めるように工夫したつもりだが、難解に感じるところは、いったん飛ばして頂いても構わない。後でまた戻ってみると、全然違った見え方がすることもあるはずだ。本書の議論のあちこちは、互いに参照しあって、互いにループを成していたりするので、そういう「隠れたつながり」(相互参照的ループの絡まり合い)を見つけていくような読み方も面白いかもしれない。
本書の表題について
最後に、表題について一言述べておきたい。本書は、「意識」というものを、何か固定的に成り立っている「状態」とは見なさない。意識とはむしろ、つねにみずからを乗り越える動きにおいて成り立っているものであり、われわれの言葉で言えば、「行為的媒介」を実現することで、見えない境界の外へと跳躍しながらみずからをまとめあげている。それは、つねに次に来る現実を予測しながら行為する、あるいはむしろ、行為することで予測し、そこに現われた「差異」を喰うように行為し続けるといったあり方を意味している。意識というものが、「頭蓋骨の中に閉じ込められた何か」ではない、ということを端的に示す表題として、『行為する意識』という表題を選んだ。
いま述べた課題を「予測」の根本的な捉え直しとして展開するとき、それはわれわれにとっては、「エナクティヴィズム」とか「エナクティヴ・アプローチ」と呼ばれるF・J・ヴァレラたちに始まる認知科学上の転換を、新たな仕方で捉え直していく試みともなった。エナクティヴィズムは、それが何を意味しているのか、科学的にいってそこにどのような含意があるのか、といった点がつかみづらいとしばしば言われる。そのようなエナクティヴィズムを、われわれなりの仕方で、現象学的なものの見方や、予測的処理といった科学的な考え方のなかに位置づけ、そこから逆に、これらの考え方を内部からもう一度統一的に捉え返すような試みとして描きなおしてみたつもりである。そのため、副題を「エナクティヴィズム入門」とした。
ただ、エナクティヴィズムの整理された見通しやすい見取り図というよりは、われわれなりの仕方で、エナクティヴな思考法と格闘しながら、それをもう一度具体的に考え直そうとした苦闘の軌跡といった趣もあり、わかりやすい入門書を期待する向きには期待を裏切ってしまうかもしれない。だが、エナクティヴィズムの考え方に入っていくために、「安易な」道はないとわれわれは考えている。少なくともわれわれにとっては、エナクティヴィズムの中心部へと一つ一つ道を付けていくには、このくらいの苦闘が必要だった。読者諸氏には、ぜひご一緒に、頭を柔らかくして、この「エナクティヴィズム道場」で「乱取り」に参加しながら、転がり回って考えていただくことを期待している。
以上です。
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- / 投稿日: 2025年05月18日
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2025年05月11日
■ 書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」の紹介動画をYoutubeに掲載しました
書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」はいよいよ5/26に発売です。ぜひ予約して買ってください。
青土社の書籍ページで目次が公開されています。
書籍のサポートページを作成しております。そちらに随時情報を追加してゆきます。
本書は2020年11月から執筆を開始しましたが、2022年に半分書き上げたところで2年間中断してました。2024年12月より残りを書き上げて、初校ができたのが2025年2月13日。でもそこから1章分追加して、ギリギリまで粘って、5月1日に校了となりました。マヂたいへんだった。全348ページ。まもなく印刷された見本が上がってくる予定。
書籍「行為する意識: エナクティヴィズム入門」の紹介動画をYoutubeに掲載しました。こちらから:
この本がどういう本なのか、その見どころを説明することを目的に、8分弱でまとめたものです。この本を買うかどうか判断する材料に使っていただければ。
(動画の中では、この本の問題意識と結論は提示してますが、じゅうぶん納得行く説明を与えるには、時間が足りない。)
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- / 投稿日: 2025年05月11日
- / カテゴリー: [オートポイエーシス、神経現象学、エナクティヴィズム]
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