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2025年07月12日

ダイエットから「行為する意識」執筆の話へ

ひさびさにウォーキングしてきた。書籍の執筆をはじめてから、ずっと運動せずに生活をしてきたのだけど、そろそろ健康的に危機感を感じたので、運動再開。やっぱ体を動かすと気分がいいな。

ダイエット歴の長い自分の持論なのだけど*、ダイエットしているときは心がさっぱりとしすぎて、執筆に専念するときのマインドセットには向いてない。

(* 「特技ダイエット、趣味リバウンド。いまのところ5勝6敗」といつも冗談めかして言ってるのだけど、もう正確な回数はわからなくなってる)

ダイエットをしているときは心がさっぱりしすぎて、「これで仕事終了、他のことに移ろう!」となる。それで自分のQOLは上がるけど、あとから見返してみれば、詰めの甘い、浅い仕事になる。

そうではなくて、「まだまだ足りない、これでは不十分なのではないか…」そういう心が粘り強く仕事を磨き上げると思ってる。そういうときの自分の方が好き。自分のQOLはよくないが。

「ダイエットすると心がさっぱりしすぎる」問題については20090121のブログ記事でも書いてた。

「ただメンタルな部分も健康になりすぎているかんじがする。なんかさっぱりしすぎてるというか、スクエアになってる。Twitterにポエム書いたりとかしないし。布団入ったらすぐ寝るし。ちょっと俺らしくない。わたしのクリエイティビティの源泉だとわたしが信じていたカオティックなというかそういったドロドロなものが後退してる。」


著書「行為する意識」についても、SNS上でのあの本へのコメントで「オートポイエーシス、エナクティビズム、自由エネルギー原理について、つまずきポイントを徹底して埋めてくれている」「誤解の余地をいちいち潰してゆくスタイルがありがたい!」と書いてくれた部分はどれも、校了のギリギリまで粘って文章を磨いたところだった。

もし自分が効率厨であったなら、そんな労力をかけなくても、「書籍を出す」という見える実績さえ作ったら、あの本についてはさっさと心から手放して、別のプロジェクトを片付けるのがより生産的だったはずだ。

でもそんなやり方では俺の面白さが消えると思ってる。どうでもよいことにこだわっていると端からは見えるかもしれない。でも俺の俺らしい部分はそういうところにあって、もし違うやり方をしなければならないなら、それは俺がやる必要のない仕事だと思ってたりする。


執筆の舞台裏を書いておこう。(Xには書けないが、ブルスカは人がいないので書いてみた。それをまとめて、そっとブログにポストする。)

あとがきにも書いたけど、「行為する意識」は2021年11月から執筆を開始したものの、2022年くらいから2年間執筆がストップしている。それを再開したのが2024年12月のこと。

再開する前の段階(2024年12月18日)では、原稿はI-III章まで書き上げていた。(I章: NCC批判から予測的処理、II章: オートポイエーシスから生物学的自律性、III 好意的媒介から予測の概念へ)

中断の期間にほとんど心が折れかけていたのだけど、なんとか気を取り直した。再開の際には、残りIV章とV章を書き上げれば終了となるので、年末年始を全部使って書き上げることにした。

IV章に予測誤差とエナクティヴィズム、V章に神経回路学会の解説記事を加えて、最後まで原稿を書いたのが2025年1月14日。一ヶ月かかってない!

当然そのあいだ通常の業務はあったし、ウィンタースクールに参加して、研究会のプレゼンも作った。マヂ神の所業。


1月14日に書き上げたものでも、「予測誤差の概念でエナクティヴィズムを再解釈した本」くらいの体裁は整っていたはずだ。でもそれでは納得いく本にならないと思った。ここから3ヶ月かけて、原稿に大幅に加筆を行う作業が始まった。

この時点ではまだ、II章のオートポイエーシスの説明が紋切り型で、MaturanaとVarelaの違いにも言及してなかった。そこでII章はほぼ書き直しをすることにした。「オートポイエーシスとは操作的閉包と構造的カップリングである」という説明になるように大幅に書き換えて、さまざまな例も加えた。メトロノームの同期やホメオスタットのような力学系のシミュレーションまで加えることにした。

IV章に「予測誤差とエナクティヴィズム」を詰め込むのも無理な話で、2つの章に分けることにした。これによって新IV章は「予測を見直す」というテーマが明確になった。(「よい制御器定理」「大腸菌の予測」「アロスタシス」を入れてお膳立てしたうえで、予測誤差と自由エネルギー原理FEPを入れるという構成が確立した。)

新IV章の内容については、当初は予測誤差だけで限定して、FEPについて最小限の言及(「予測の束の調整」)だけの予定だったのだが、新V章で渡辺慧とベイズ力学に言及するために、能動的推論についての説明を入れることにした。(これで260ページだった本が350ページになったomg)

新V章でエナクティヴィズムのあとにふたたび予測誤差とFEPを再解釈する構成にした。これで「予測誤差を消費」というパンチラインを操作的閉包とつなげて、認知する我々の生物学的自律性を構成するものとする部分が完成した。

旧IV章を新IV章と新V章に分割して作り直したのが2025年3月7日。もう2度目の校正の段階なんだけど、「てにをは」じゃなくて、まだ論旨が変わるレベルで大きな変更加えてた。

新VI章(旧V章)で脳の過程と意識の過程の絡み合いと神経回路学会の解説記事(アクティブ・ヴィジョン)とを繋ぐために、ヴァレラの神経現象学を入れればよいということに気づいた。(どういうわけだか、この時点までヴァレラの神経現象学に言及してないことに気づいてなかった。) これによって「アクティブ・ヴィジョンの理論」も「吉田と田口の神経現象学」になった。これも3月。

新VI章で脳の過程と意識の過程の絡み合い(行為的媒介)について、状態と過程を深堀りすることで、これがヴァレラの神経現象学での「相互に拘束」を刷新するものだと気づいたのが4月6日。

そんなわけで、マヂでギリギリまで直してた。けっきょく校了したのが4月30日で、書籍の出版が5月26日。ほんと、執筆再開して5ヶ月で出版までたどり着いたのマヂ奇跡。


1月以降のこれらの追加によって、本書が全体的に難しくなってしまったことは認める。しかしもしこれらの追加をしていなければ、この本の内容は2018年の神経回路学会の解説記事からほとんど進歩しないものとなっていただろう。


もしあと1ヶ月時間があれば、第V章2後半の神経回路学会の解説記事を元にして書いた部分(アクティブ・ヴィジョンの神経現象学)を刷新することができたのに、と思う。そこに至るまでの部分を大幅にアップデートしたので、2018年に書いたこの部分は、もっと原型を留めないくらいに書き直しができたはずだ。その部分は悔やまれる。

(表現の正確さを期すならば、この部分の内容はだいぶ書き換えたので、校了の時点で納得行っている。今見直しても、ちゃんと完成していると思う。それでももし、校了直前のあのテンションをもう一ヶ月保つことができたら、この部分を刷新するアイデアが出たのでは、と思う。いつも火事場の馬鹿力で仕事をしているので、こうなりがち。)


そういうわけで、ダイエット談義に絡めたテイで、著書「行為する意識」の執筆時のエピソードを書いてみた。正直なところ、いま書いておかないと、自分でも忘れてしまうので。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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