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■ 「オブリガード、蝉の声、アースジェッター」(さうして、このごろ2020年7月版)
(7/14) 寒い時期は遮光カーテンを閉めっぱなしにしていたが、開け放ったら開放感がすごい。西5丁目樽川通の向こうに北大病院の駐車場があって、街灯が照らす範囲には車が一つも見えない。
札幌に来たタイミングが雪の時期だったせいか、あちらのほうがデフォルトで、雪のない今が特別な状態のような、冬の街を今の街に重ねて見ながら、あの雪はどこに行ってしまったのか、COOPに行くのすら一大決心して出かけたというのに、なんだか当てが外れたような、そんな気持ちになったりする。
(7/15) 「人間知序論I」の吉田担当講義はぶじ終了。講義終了後いろいろ後片付けを終えて2号館から出てみたら、夜の草の匂いが濃厚で、なんか圧倒されたので、スマホカメラで写しとっておいた。
「ありがとう」って言うふりして「オブリガード」って発声してみる、っていう技法をずっと暖めているのだけど、実演する機会がない。
大学生の頃、わたしもショーン・ライダーみたいなジャケット着て、ツーブロックにして前髪かきあげたいと思って、当時行きつけの美容院でその話振ったら「ツーブロックは刈り上げ部分をこまめに揃えないとかっこ悪いですよ」って言われて、俺には無理だと諦めた記憶がある。
んでいまyoutubeのPV見直したら、ショーン・ライダー、ツーブロックじゃないじゃん。(<-イピイピヤイヤイヤイ!)
Yndi Haldaの"We Flood Empty Lakes"がYouTubeからも聴けるようになってた。iTunes上に自分がこれまで聴いた曲の回数が記録されてるんだけど、 2009年から今までで、この曲聴いてる時間がいちばん長い。そのくらい好き。ひたすら祈りが高まってゆく感じなの。
「北海道開拓の村」まで自転車で行ってきた。敷地がデカくて、一回りするだけで2時間かかった。お客に若者が多かった。たぶんみんなゴールデンカムイの聖地巡礼(私を含む)。写真は鶴見中尉が座ってた椅子(旧松橋家住宅)と例のラッコ鍋をした囲炉裏(旧樋口家農家住宅)。
今日は再開した札幌市中央図書館まで自転車こいできた。南22条西14の交差点までやってくると藻岩山が近づいてくる。ここは市電車庫の前で、ドえらくたくさん電線が走っているのが風情があるので写真を撮っておいた。
帰りに市電の線路と分かれる南1条西15で市電を撮影した。なんか昭和感ある町並みだったので、グレースケールにしてみたが、よくよく見たら2020年でないとありえないものが写っていた。
洗濯物を部屋干しして、部屋の灯りを消して、窓を開け放って、北大通りにたまに車が通り過ぎるのを見ながらこれを書いてる。なんか静かだなあと思ったら、蝉の声がまったく聴こえないからだ。そういえば大学構内でも蝉の声を聴いたことがない。
ウィキペでこういう記述を見つけた:「北海道ではエゾハルゼミのほかにエゾゼミやコエゾゼミも生息するが、これらのセミもやはり森林性のため、北海道の市街地では一年を通じてセミの鳴き声はほとんど聞こえない。」
静かだってことは、オケラの鳴き声(「ジー」)もまったく聴こえないということか。岡崎とはずいぶん違っている。
バナナを追熟させるために食卓にバナナを置き続けていたら、コバエが発生してしまった。パスツールの法則間違ってない?
それはそれとして、対策するためにめんつゆトラップ(洗剤入り)を作って食卓に仕掛けておいた。いま最大の懸念は、明日の私が「なんだっけこれ?」とか言って飲むこと。
「万有引力」の「万有」っていったい何よ?と思ってググってみたら、"universal gravitation"だった。じゃあなにかい、"universality"は「普遍性」じゃなくて「万有性」かよ、ってそれはそれでカッコいいな。万有製薬!
「新宝島」の手稲ネタは道民なら手稲のイントネーション(テ(↑)イネ)からして間違えない、という証言(2017年の記事より)。ついでにググってみたら「道産子は三音の地名を、真ん中を上げて発音します…「お↑た↓る」「こ↑と↓に」」道民への道は遠い。
ちなみに愛知県岡崎市のイントネーションも標準語での人名とかで使われる「お↓か↑ざ↓き↓」ではなくて、三河弁では「お↓か↑ざ→き→」(ももクロ」「手羽先」と同じ) (ソース) 当分は使いこなせなかったが、次男のソフトボールの付き合いなどでだいぶ上達した。
JR千歳線の車内自動放送では「て↑い↑ね」と読むので私はすっかり勘違いしていた。しかしこれは道外イントネーションとのこと。さきほどの記事でも批判されている。
ついでに「NHKアクセント辞典 "新辞典"への大改訂(5) 日本地名と「地元放送局アクセント」~積年の課題に解を求めて~」という記事も見つけた。これ見て思ったけど、自分が住んだことないところのアナウンスって俄然どうでもいいな。(<-ヒドい)
コバエ対策にめんつゆトラップを作成したが、みなさんトラップの周りで井戸端会議してやがる。ブチ切れたので、ホーマックまで行ってアースジェット買ってきて、トラップ周りをジェットした。だいぶ効きめあったが、まだ1-2匹残ってるっぽい。殲滅するまではアースジェッター吉田を名乗ることにする。
飛んでるコバエにアースジェットしてもまったく問題にされてないので、あいつら俺の殺意に気づいてもいないっぽい。我々人間が歩いている先に壁があったとしても壁に殺意を感じないのと同じで。つまり、時間と空間のスケールが合ってないと、殺意を含めたコミュニケーションは成り立たないのだな。
自分はむしろ「如何にして善く死ぬか」に目が向くので。これは何かの価値に殉ずるという意味ではなくて、生物として生まれ死ぬだけのことなのだけど。
なにかをやり遂げて死にたいというわけでもなくて、志半ばでいいのだけど、でもたとえば、自分の子供が車に轢かれそうになったときに、躊躇せず身を挺することができたら、とか夢想する。
「なにかの価値のために殉ずるという意味ではない」と繰り返した上で、意図を持たずに自然と体が動いたことによってなされる聖性(ベイトソンの聖なるもの、もしくは禅で出てくるような)、そういうものを心の拠り所にしている、という側面はある。
積んでた「地図の中の札幌」ちょっと読み進めた。なんつうか、文章が簡潔で達意でいいかんじ。ちょっと読み進めただけで、創成川が大友堀として開拓者によってかなり早い時期に作られたこととか、大通が北側の官庁街と南側の民家とを分ける防火帯だったとか、重要な知識がするすると頭に入ってきた。
「地図の中の札幌」読み進めていたら、大正5年の地図に天使病院(北12条東3丁目)がなにもないところにポツンとあることに気づいた。ホーマックに行くときに通りかかるので、名前的にキリスト教系の病院なんだろうなあとは思っていたが、いま調べたら1911年に開設されたそうだ。
あと、明治29年に札幌にあった屯田兵司令部が第七師団となり、これが旭川に完全に移転したのは明治35年、って書いてあって、おお!鶴見中尉!とか思った。(<-現実とフィクションの区別が云々)
「地図の中の札幌」読み進めていたら、昭和30年くらいの地図で、JR桑園駅から北大構内まで引込線が出ているのがあった。当時北大は石炭の大口顧客だったことが理由らしい。地図によると、引込線は工学部の裏を通り、今の北図書館とかフロンティア応用科学研究棟あたりに入っていた模様。
住んでるアパートから北大通りを隔てて北大病院の駐車場が見えるのだけど、この北大通り=西5丁目通り=電車通りは以前市電鉄北線が走っていた。
それは知ってたけど、地下鉄南北線が札幌オリンピック直前に開通したのと同時に市電が廃線になったと知って納得いった。つまり、今の南北線が走っている道路は、市電の走っている広い道路よりも1ブロック東を平行に走っている。それに違和感を持ってたのだけど、つまり、市電を稼働させたまま、その隣の道を工事して地下鉄を作っていたからなのだな。たぶん。それが証拠に、両者は麻生で合流する。