[月別過去ログ] 2006年05月

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2006年05月30日

"Neural Plasticity and Consciousness"前半読みました

"Neural Plasticity and Consciousness"
さてさて、前半部分を読んできたんで、まとめておきましょう。
前述のように、cortical dominanceとcortical deferenceという二つの区分を考えると、具体例ではどちらの区分も起こりうることがわかります。
Cortical dominanceの例1: 幻肢。腕の切断などによって腕からの感覚入力を失った場合、体性感覚野で腕を表象している領域には隣の顔を表象する領域へ投射する線維が入力するようになります。つまり、顔への触覚刺激がもともと腕を表象していた体性感覚野へ入力するようになります。その結果、顔への触覚刺激によってあるはずのない腕への触覚刺激を感じる、これが幻肢です。つまり、腕を表象している大脳皮質の活動が顔を触られているときに持つ感覚を決定づける、cortical dominanceなわけです。(じっさいには、決定づけるdetermineという言い方を著者はしていません。Dominateという言葉を選択することで、このへんの扱いに気を遣っている様子がうかがえます。つまりあくまで、cortexが感覚入力を支配するというかovercomeするdominanceと、cortexが感覚入力に服従するというかovercomeされるdeferance、という対比なのです。)
Cortical dominanceの例2: 共感覚。耳から聞いた言葉に色を感じるsubjectでimagingを行うと、視覚野のうち、色の経験に関わる領域が活動する。聴覚入力から視覚野への投射が可塑的変化によって形成されているのだろうと考えられています。
Cortical deferenceの例1: Ferretの視覚入力が聴覚野に投射するように操作した例。Intactな側の大脳半球で視覚刺激と聴覚刺激で違ったように応答するよう訓練しておきます。さて、操作をした方の大脳半球で視覚刺激を提示するとferretはどう反応したか、intact側で聴覚刺激を提示したときと同じように行動した、というのです。
Cortical deferenceの例2: 生後早くからのblind subjectでの点字の読み取り。定藤先生の仕事です。点字を読むとき、つまり触覚刺激があるときに視覚野が活動するのがPETで明らかになった(Sadato et al 1996)、というものです。さらに、点字を読んでいるときに視覚野にTMS刺激を与えると、点字の読み取りを間違えたり、触覚の知覚への影響が起こる(Cohen et al 1997)、というものです。ただ、点字を読んでいるときに視覚刺激として感じているのかどうか、これはおそらく難しい問題で(early blindであるため、そもそも視覚刺激を感じる、という報告をどうverifyするか、という問題になるはず)、ここでは言及を回避してます。なんにしろ、論文に直接あたって確認しないと。
んで、四つの例を挙げた後で、この二つの区分のどちらになるかはどうやって説明できるか、という問いを立てます。
説明1: intramodalなとき(たとえば幻肢での体性感覚のうちの顔と腕)はdominanceで、cross-modalなとき(触覚入力が視覚野に入る)ではdeference。これは端的に共感覚の例が反証になってます。
説明2: 生後間もないときに可塑性が起こる(点字の例)とdeferanceで、より遅いときの可塑性ではdominance(幻肢)。これも反証があって、生後間もないときに腕の切断があった場合でも幻肢がおこります。よってこの説明は「生後より遅い時期の可塑性ではdominanceがおこる。生後間もないときの可塑性はdeferanceの必要条件だが十分条件ではない」と修正することでまだ生き延びます。
どちらにしろ、そのような現象論的な説明では不充分で、「では_なぜ_それらの条件のときにdominanceがおこり、別の条件ではdeferanceなのか」という問いが生まれることになります。
ここまで読みました。
あと、哲学的issueで洩らしたことをすこし:
Cortical dominance/deferenceという問題を扱うことで、「なぜ、ある入力と脳活動の因果的パターンが聴覚でなく視覚を引き起こすのか」といった相対的な"explanatory gap"の問題に取り組むaddressことができるのではないか、というのがこの話題の心の哲学的な意義です。(ところで"address"って問題を解ききれないときにも使える便利な言葉ですよね) 「なぜ、ある入力と脳活動の因果的パターンが感覚を引き起こすのか」という絶対的な"explanatory gap"の問題と切り離そうというわけです。これはSteven Palmerのcolor conversionの話とも通じる。科学は、というかempiricalな検証可能性を考えるとこのような相対的な問題に持ってこないとなんか原理的に無理なようにも思うし。ところで相対的はここでは"relative"ではなくて"comparative"なんですよね。なんか意図があるんだろか。
あと、哲学的にはneural correlate of consciousness (NCC)の問題とも関わります。ある経験のtype (tokenではなくて)がある脳部位の活動にsuperveneする、というときには、ある脳部位の活動をNCCとするcortical dominanceを前提とした考え方もあるけど、cortical deferanceの考え方も同じくらいにありうるでしょう、というわけです。(ある経験のtypeがある脳部位の活動にsuperveneするとは、あるふたつの条件AとBで同一の脳部位の活動がおこっているときはその経験のタイプも同一である、ということ。脳部位の活動が異なっているときにのみ、その経験のタイプが異なる。参考1参考2。ああ、論理学。)
セミナー聞きに行ったら、Alva Noëにはblindsightについてもこの議論が適応できるかどうか聞いてみようと思っていました。この論文自体、Alan CoweyやLarry Weiskrantzへの謝辞があるくらいなので、議論したことがあるのは間違いありません。また、dominance/deference議論をblindsightやGoodaleのtwo cortical pathwayの議論とつなげて考えるのは意義のあることです。なんてことを考えていたら、ちょうどこのタイミングでBrain 2006 "Unconscious vision: new insights into the neuronal correlate of blindsight using diffusion tractography"というのが出ているのを知りました(vikingさんのところに言及あり)。Hemianopiaの患者さんにblindsightがあるかどうかは可塑的変化による半球間の投射の形成があるかどうかによって決まるらしい、というものです。にわかにここで扱っている問題と近づいてきましたよ! (<-興奮してる。)
さて、間に合えばつづけます。

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# Arational Agent

今日第一回レクチャーを聴いてきました。講演内容は私のところで短く報告していますので、ご覧ください。これから、Neural Plasticity and Consciousness を読んで、予習しないと。それでは、金曜日にお目にかかるのを大変楽しみにしております。

# pooneil

ご連絡どうもありがとうございます。ぜひぜひ。
神経倫理学日記の方、がんがんエントリが増えてますね。正直追いつけてませんが、ぼちぼち拝見させていただいております。神経疾患や精神病理への分析哲学的アプローチ、興味あります。


2006年05月22日

「Arational Agentの神経倫理学日記」はじまってます

これまでに当サイトにも記事を寄稿していただいているArational Agentさんがブログを始めています:Arational Agentの神経倫理学日記
認知神経科学と倫理学とをつなげる領域について詳しく書かれてます。
というか3/8へのコメント書き込みでさりげなくリンクされていたのにまったく気付きませんでした。
さいきんガザニガの「脳のなかの倫理―脳倫理学序説 」を読んだのですが、倫理的問題で神経科学の知見を踏まえずに過剰反応しているケースなどに神経科学者が警鐘を鳴らす、とかそんな論調でした。かなりざっくりと、どういう論点があるか指摘して終わる、ってかんじです。(追記:日本語を少し手直ししました。) Arational Agentの神経倫理学日記を見ると、すでにこの分野ではもっと深い議論がなされているようすがわかります。
ともあれ、期待しております。

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# Arational Agent

お励まし、どうもありがとうございます。神経科学と哲学・倫理学の境界領域では、いろいろ面白い議論が行われているようなので、それらを調べて、紹介していきたいと思います。気長にお付き合いください。

Alva Noëが東大に来ます

これまでに記事を寄稿していただいているArational Agentさんから、Alva Noëが来週末から東大に来て連続セミナーをする予定(5/31-6/9)を教えてくださいました。どうもありがとうございます。
Arational Agentさんの日記の5/19のところにセミナーのタイトルと参考資料へのリンクがあります。
ざっと見たところ、Real PresenceはAlva Noëの知覚理論の最新版である様子。"Neural Plasticity and Consciousness"のほうはSusan Hurleyとの共著で、もっとニューロサイエンス寄りです。
神経科学者は"Neural Plasticity and Consciousness"のほうが取っつきがよいのではないでしょうか。取り上げられているメイントピックは、Mriganka Surのferretでvisualのinputをaudotory cortexにつないだ話。Ferretは視覚入力を聴覚野で処理するわけですが、はたしてferretは視覚入力を光として感じるのでしょうか、それとも音として感じるのでしょうか。(この問いは下條先生の「 「意識」とは何だろうか―脳の来歴、知覚の錯誤 」でも取り上げられていました。)
聴覚野が活動するのだから聴覚として感じるのだという考えと、視覚入力を処理するのだから視覚として感じるのだという考えがあります。Alva Noëは前者に"cortical dominance"、後者に"cortical deferance"と名を付けます。Sensorimotor contingency / dependencyとvisual awarenessとの関係を重視するNoëは"cortical deferance"の方を支持するわけですが、ともあれ、さまざまな例を挙げて、empiricalな問題に落とし込むような議論の形です。ほかに出てくる例としては、定藤先生の仕事でblind subjectが点字を読むときに第一次視覚野が活動した話とか、左右反転めがね、共感覚、phantom limb、というわけです。
予習がてら続く予定。

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# Arational Agent

今日主催者から、Noe セミナーの実施時間が変更されたという連絡を受けましたので、早急にご報告申し上げます。最新の予定ですと、6月2日、9日(金)両日のセミナー開始時刻が1時間30分繰り上げられています。

6月2日(金)セミナー2, 13:00-14:30、セミナー3, 14:40-16:10
6月9日(金)セミナー5, 13:00-14:30、セミナー6, 14:40-16:10

場所の変更はなく、6月2日は、東大駒場キャンパス18号館4階コラボレーションルーム3で、6月9日は同じ建物、同じ階のコラボレーションルーム1です。以上、よろしくお願い申し上げます。

# pooneil

ご連絡どうもありがとうございます。
けっきょく6/2だけ参加できることになったのですが、うーむ、残念ながらセミナー2の途中から、ということになりそうです。
それでは東大でお会いしましょう。

コメントの重複分は削除しておきました。


2006年05月14日

Natureで久しぶりにsingle-unit study

「神経:眼窩前頭皮質ニューロンは経済的価値を符号化する」
"Neurons in the orbitofrontal cortex encode economic value" Camillo Padoa-Schioppa and John A. Assad
おおひさしぶりにNatureに! と思ったらなんかneuroeconomics追いかけましたよ、みたいな雰囲気。しかもぱっと見orbitofrontalからの記録だし、TREMBLAY AND SCHULTZのNature '99 ("Relative reward preference in primate orbitofrontal cortex")との違いがわからない。
読んでないけど。

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# mmmm

お久しぶりです。時間がないので少しだけ。
Tremblay & Schultzは、基本的に空間的遅延反応課題になっていて、直接に二つのターゲットの価値を比較して行動を決定しているわけではありません。それに対してPadoa-Schioppa & Asaadのはそうなっています。さらに、彼らが見つけたOFC cellsの多くは、Tremblay & Schultzのような条件では、反応が出てこないということまで出しており、二つの研究の間には決定的な違いがあると思います。これまでOFCが意思決定に関係することが症例としては分かっていたけれども、そのsingle cellsでの証拠を初めて提出したという意味で、OFC研究における快挙だというのが私の印象です。惜しむらくは、報酬が実際に出たあとの応答の例しか出していないところだと思います。

# pooneil

コメントありがとうございます。
アブストだけ読んで反応したしょうもないエントリだったのですが(どうも最近サボリ気味なので)、mmmmさんがきっちり特色を書いてくださったので、わたしもちゃんと読んでみようと思います。


2006年05月01日

VMware Player上でLinux動かすのは簡単でおもしろいですね。

(ことわり書き: わたしのように生物系で、UNIXとか知らない人向けのエントリです。詳しい人は笑ってスルーでお願いします。ややこしいところぜんぶ飛ばしてますし。もしもっと簡単なやり方がありましたら教えてください。とくに、Debian系でなくてRedHat系で同等かより簡単なやり方があるといいのですが。)

このあいだ必要に駆られてMandriva Linuxをインストールしてみたのですが、必要なプログラムが動いて、なんとか仕事になったので、もうすこし勉強してスキルを上げておこうと思いました。その時点での私自身のスキルはほぼ未経験者レベルです。(Linuxはインストールしたことがあるが日常的に使ったことがない、shellはDOSからの類推でしか使えない、sudo知らなくて、ルート権限の必要なファイルを編集できない、emacsのキーバインドわからない、RPMやAPTでソフトをインストールしたこともなければ、ソースからのコンパイルなどしたこともない。)

これまでにKnoppix 4.0をDVDに焼いてから起動させるというのはやったことがあって、これは簡単、Windowsにはまったく影響を及ぼさずにCD/DVDからLinuxが起動します。ネットワークもUSBメモリも全部おまかせで認識してくれます。

おつぎはいろいろ設定いじってみたり、ソフトをインストールしてみたりしたいところで、Knoppixで設定をUSBメモリに書き出すというのもひとつだけれど、昨年の秋に出た仮想化ソフトVMwareのフリー版、VMware Playerを使ってみることに。Windows上のソフトのひとつとしてLinuxが起動します。

使いかたなどはネット上にいろいろあるのですが、とにかくwindow上でLinuxを動かしていろいろいじってみるのにいまのところ一番楽なのは、Ubuntu 5.10を日本語化したものを使うことではないでしょうか。

使いかた:

  1. VMware Playerをwindowsにインストールする。
  2. Ubuntu Japanese TeamのダウンロードページからUnofficial Ubuntu 5.10 Japanese VMWare Image (ubuntu-ja-5.10-vmware-i386-20051129.zip)をダウンロードして解凍。
  3. 解凍してできたUbuntu-Breezyの中のUbuntu-Breezy.vmxをダブルクリックするとVMware Player上でUbuntu5.10が立ち上がる。
  4. 日本語も使えるし、ネットにもつながる。フォントもきれい。
  5. いろいろ使ってみる。システム-システム設定-synapticパッケージマネージャーでいろいろソフトを入れてみる。画面解像度を変えるためにxorg.confとか設定をいじってみる。ネットにあるソースファイルをコンパイルしてみたりする。
  6. なんかぐちゃぐちゃになってくる。再起動してもX-windowsが立ち上がらなくなったり。
  7. Ubuntu-Breezyのフォルダを捨てて2から再スタート。
  8. 飽きるまで2-7を繰り返す。

使わないときはVMware playerを終了させてしまえばWindowsにはなんの影響もあたえないので気楽。Linuxのディレクトリ構造を知ったり、shell動かしてみたり、設定ファイルいじったりとかそういうのを勉強するにはこの1-8がいちばん早そう。

わたし自身はMandiriva LinuxのisoファイルをVMware Player上にインストールしてネットワークの設定いじってみたり、Browser Appliance(中身は、日本語化されていないUbuntu5.10)を日本語化してみたりとか寄り道してみたけど、動き出すまでの労力が最小なのがいちばんでしょう。もはやLive CD/DVDよりも、BIOSいじったりCD焼いたりする手間が省ける分、楽かも。

VMware toolsがUbuntuにインストールされているのでWindowsとLinuxのあいだでテキストのコピペが出来るとか、インストールの作業が不要なのでvmxファイルを編集しなくてよいとか、そういう意味でも楽ちん。しかもタダ。2-7のループを回らずに5のphaseに留まれるようになってきたので、そろそろ関係を逆にして、Linux上のVMware PlayerにWindowsをインストールすることを思案中です。

......というエントリを嬉々としてUbuntu on VMware Playerから作りましたよ、という話でした。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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