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■ Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する(1)

以前ブログに書いた、attentionはprocessで awarenessはrepresentationであるという話をもっとrefineして、大学院講義に使えないかと考えてたらいろいろ話が広がってきたのでそれについて書きます。まず、これまでにこれまでにどんなことを書いてたかまとめておきます。

  • まずattentionとawarenessは説明のレベルが別だから、同じものか別のものかを議論するのはそもそもカテゴリーエラーである。(20070710)
  • Binocular rivalryでのITの応答はほぼ100%のcellで見えと一致しているが(見えたときに活動する)、V4では逆向きのもの(見えたときに活動が抑制される)も同じくらいある。だから、ITの活動は内的なrepresentationを反映していて、V4の活動はselectionのprocessにおける中間表現を反映しているのではないか。 (20071212)
  • David MarrのVisionに書いてあるrepresentationとprocessの関係についてまとめて、脳内の活動にもrepresentationとしての活動とprocessとしての活動があるのではないか、さらに[順モデル-逆モデル]とを[process-representation]と対応づけることができるのではないか。 (20071213)

それをいま読み返してみたのだけれど、あのとき、ITの活動はrepresentationで、V4は processと書いたけど、あれは間違いだった。どっちともコードとして読みとる限りはrepresentationであって、processはニューロンとニューロンの間での変換過程にしかない。格好つけて表現すれば、processは不可視である。

そこで、計算機科学に興味がわく。Eval-applyによってprocess-representationの違いを飛び越すということの意味をもっと知りたい。Processは不可視だけれど、それはすぐに名前が与えられ、representationになる。Evalによってrepresentationがprocessに変換される。(スピード感出すために、expression-procedureをrepresentation-processと同一視しました。正しいかどうかはあとで確認。) 余談だけど、SICP読んでると(<-読むな)、フレーズがかっこよすぎて震える。"The Metacircular Evaluator"とか。メタ! サーキュラー!! エヴァリュエーター!!! アクセル!!!!みたいな。

それで、ここからが本題なのだけれど、20071213でほんのすこしベイトソンに言及した。ここをもう少し先に進めてみる。

ベイトソンは「精神と自然」において、process-representaionがブーツストラップしてどんどんメタになってゆく図式を示している。(以前書いたレジメ)

もうちょっと正確に書くと、ベイトソンは7章の"from classification to process"において、クラスからクラスのクラスへとメタに扱うときには、「名付けられる現象」(process) <- 「分類したクラス」(form) <- 「クラス間の相互作用」(process) <- 「相互作用の分類」(form)というふうにprocessとformとが互い違いに関連していく図式を書いている。名付けることによってprocessからformに論理レベルを一つ上るところがrepresentationであって、processとnameとのmapping(=ベイトソンの表現で言うとトートロジー)のことだ。(図式を書いている時間はないので省略。)

さらにこの図式を使ってMittelstadtのcalibration-feedbackの弁証法的関係も説明している。calibration-feedback!!! 内部モデルと繋がった!!! キタキタ!!! そりゃそうだ。Mittelstadtはvon Holstとの共著でefference copyの概念をはじめて導入した人ですからね。(同時期にSperryのcollorary dischargeがあり、概念そのものはHelmholtzのときからあった。) いっぽうで、ベイトソンはメイシー会議にも出席した、サイバネティクスの時代の人だし。(ちなみに原書で読むと、どうやらベイトソンはvon HolstとMittelstadtが別人であることをわかってない節がある。 )

興奮してないで説明を続けると、targetへのreachingを例に取ります。手を伸ばしながら、targetとのずれをオンラインで補正しながら正確にtargetにたどり着く。これはfeedback。このようなactionの統計的データ(actionのクラス)に基づいてreachingの向きを学習、補正するのがcalibration (feedforward)。よって、feedbackで行っていることと比べて、calibrationで行っていることはよりメタなものを取り扱っている。さらに、ここでのfeedback-calibrationがprocess-formの関係と同義であるとベイトソンは主張している。ここはとてもエキサイティングだ。このようなジグザグの階段の関係がperceptionにも当てはまるとして、エアコンのサーモスタットによる温度調節(物理的コントロール)からその部屋にいる人間の地位(社会性)までつなげた図式を書いている(「精神と自然」図11)。

では、これを使って、以前書いたMarrの3x2の静的構造(三つのレベル * process/representation)を、弁証法的にメタに上っていけるような構造として捉え直すことができるんではないか、なんてことをわたしは考えた。まだかなり生煮えなアイデアなのだけれど、書いてみましょう。書いてると整理できてくる。

長くなったのでここでいったん切ります。つづく。

コメントする (2)
# y-ichisugi

The Metacircular Evaluator とかはかつての専門だったので、コメントいたします。(^_^;)

Marr の言う representation-process が scheme 言語の expression-procedure (プログラミング一般の用語で言えば「データ構造」と「アルゴリズム」)に相当する、というのは私もそう思います。
ベイトソンとの関係はよく理解できなかったです。

eval というのは、たとえば JavaScript の場合は "2+3" という文字列を関数 eval の引数に渡すと 5 が帰ってくる、というものです。別にたいそうなものではありません。

Lisp の The Metacircular Evaluator は、 (+ 2 3) というデータを引数に渡して呼び出すと 5 を返してくれるような関数 eval を、 Lisp を使って定義したものです。これも別に大したものではありません。 Lisp のインタープリタの構造を知る教材としては手頃ですが、哲学的・計算機科学的に深淵な意味があるものではありません。

# pooneil

>> Marr の言う representation-process が scheme 言語の expression-procedure (プログラミング一般の用語で言えば「データ構造」と「アルゴリズム」)に相当する、というのは私もそう思います。
そう言っていただけると、もうすこしこのへんを掘り進めてもよいかなという気がしてきました。どうもありがとうございます。
ちなみに本文を読んでいただければわかりますように、Metacircular Evaluatorはフレーズがかっこいいって言ってるだけで、それ自体についてはとくになにか言っているわけではありません。


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