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2016年12月31日

研究メモ: 中井久夫の統合失調症論、スパイキングニューロンネットワークのシミュレーターなど(20160710まで)

以前も書いたことがあるけれども、意識研究の側面からは統合失調症の前駆期の主観的経験に興味がある。それは「気づきの亢進」と言われるものだけど、なかなか系統だった記述を見つけることが出来なかった。

中井久夫の本を読むべきだということはわかっていたけど「統合失調症をたどる」という本に書いてあることを読んで、まさにこれだと思った。この本も当事者研究的というか二人称的アプローチをとっていると言える。たとえば

  • p.124「超覚醒感と圧倒的な抑留された睡眠切迫感とでもいうべきものの共存」
  • p.125「思考はどんどん伸びていって分岐に分岐を重ねる。考えが花火のように枝分かれする。いままでわからなかったことが次々にわかる感じがするが、口に出しては言えない。」
  • p.128「あらゆる可能性が一望の下に収められるような感じがあるように思われるが、もはやそれを口に出していうことは出来ない。言語活動は停止しているわけでなく、内的原語はむしろ超限的に増大している」

伊庭幸人さんのツイート(1)および(2)にもあるように、伊庭さんの「モデル選択とその周辺」の付録 : 「統計学的な病 一中井久夫の分裂病論をめぐって一」では中井久夫の分裂病論がモデル選択の観点から解釈できることを書いている。

「徴候優位性とは、ささいな徴候もそれを雑音とみずに反応することであり、モデル選択の言葉でいうならoverfittingの状況に対応すると考えられる。」 「乱数発生能力の減少はバイアスの評価を不能にさせ 、overfittingをもたらすかもしれない」

ここの議論はクリス・フリスによる精神症状のベイズ的説明を先取りしていてたいへん面白い。

「この後にくる混乱の描写は、計算機科学的にいえば「とめどない彷徨」による計算資源の枯渇(「一般フレーム 問題」における計算量爆発)を思わせる。」

ここで混乱状態を計算量爆発になぞらえているところは、統合失調症でワーキングメモリの能力の低下が起こっていることと対応付けると面白いかも。というのも、異常サリエンス仮説やベイズ的説明は「気付きの亢進」と「jumping-into-conclusion」とによって陽性症状を説明できるけど、WMの低下は陰性症状の反映としてべつに扱われている傾向があるから(陽性が先で陰性があと)。でもこの計算量爆発を考えると、両者は統一的に説明できるかもしれない。


意識学の確立のために俺ができることはなにかと考えたら、神経現象学を(盲視にしろ半側空間無視にしろ)とにかく実践してみることだという考えに至った。

神経現象学に必要なphenodymanicsとneurodynamicsを捉えるということで、「爆発の研究」とか「悪循環のコピペ」とかを想定していたのだけど、でもそれって「現れる存在」で言うところの"catch and toss" analysisであって、入力-出力様式を脱したとはいえない。

実際に「創発」を考えなければいけないのは、このループにもっとショートサーキットがあって、同時にたくさんループが回っているような状態でどれが原因でどれが結果だかわからない状況までいったものを状態の変化として捉えるような状況のことなのだろう。

するとフリストンのpredictive coding + active inferenceも「キャッチしてトス」図式だなあって見えてきた。それはそれでよいのだし、最小限のsensorimotorループを作ってそれを正確に測る、ということからスタートすべきで、そこでフリービューイングを使うとちょうどいいんではないかとか考えていた。


「神経系大規模シミュレーションのためのソフトウェア ~NEURON とNEST~」スパイキングネットワークのシミュレーターの記事は日本語ではとても少ないのでこれは貴重。まとめ部分では、NEURONとNEST(および他のシミュレーター)の共通言語を目指したPyNNが開発されていること、NESTとGENESISを繋ぐ試みとしてのMUSICの話が紹介されていた。

これも役に立った:ニューラルシミュレータNEST

Brian Simulatorこっちの日本語での解説はたぶん皆無なのでだれか作ってほしい。

あと、どのシミュレーターは何が得意かとかの比較も知りたい。このサイトみるとたくさんあるけど、 NEURON, GENESIS, NEST, BRIANくらいで考えればたぶんよさそう。

前者二つは樹状突起まで考えるやつで、大規模なネットワーク考えるのにはNESTが向いてて、BRIANはどちらかというと教育用?とりあえず自分の目的(上丘のスパイキングネットワークモデルの構築)からはBRIANを動かして入門するあたりが妥当かと考えているのだけど。

いま共同研究者とやっている仕事では彼が自前でシミュレーター作っているのだけど、fittingさえ終わってしまえば、汎用のシミュレーターも使えるはず。ただし、周辺抑制とかの結合様式が重要なので、そこを指定できる必要がある。

奈良および神戸にいたJan Morénの上丘モデルの仕事ではNESTを使ってた。それ以降の銅谷研のモデルでもNESTを使っている様子。


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