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2024年05月26日

"We’re all heads"

(20231102) 13th floor elevatorsの動画というとたいがいプールの前でYou're gonna miss meを歌うやつなんだけど、別バージョンでTommy Hallがインタビューを受けている映像を見つけた。このやり取りが面白い。

Dick: Who is the head man of the group here, gentlemen?
Tommy: Well, we’re all heads.

司会者(Dick Clark)はバンドのリーダーは誰か聞いてるんだけど、ここでTommy Hallは「俺らはみんなアシッドヘッドだぜ」(LSD決めまくってるぜ)って答えてるの。まあ司会者は理解できなかったのか、取り合わないことにしたのか、スルーしているのだけど。

つづけてTommy Hallは(司会者からまもなく出る1stアルバムの名前を聞かれて、) Headstoneだって答えてる。じっさいには"The Psychedelic Sounds of ..."だったわけだけど。

"Headstone"には墓石、墓標の意味があるけど、ここではstoned headsを含意しているんだろうと思う。こいつドラッグのことしか考えてねえなw

以上のやり取りについては、Paul Drummondによるエレベーターズの評伝 "Eye Mind"に記載がある(10章最後 3568)。そちらの記載によると、

(このショウ American Bandstands)「は10月29日に全米で放映された。これは、エレベーターズにとって最も名誉あるテレビ出演であり、ポップスターとしての最後の舞台となった。」

とのこと。つまり、全米的に言えばエレベーターズは"You're gonna miss me"が売れただけの一発屋だったという評価になる。

"Eye Mind" (9章 3107)によると、プールの前での演奏の方は1966年9月23日に収録されているとのこと。

エレベーターズについての私のブログ記事は例えばこちら: 俺がもし人生をもう一度やり直せるなら、the 13th floor elevatorsで壺にマイク突っ込んでトゥクトゥクいう役、あれをやりたい。

ケン・キージーを中心としたアシッド・シーンの時系列について: Electric Kool-aid acid testを読みながら年表を作成しているんだけど

ここで書いたけど、サマー・オブ・ラブが1967年夏であるのに対して、アシッド・シーンは1966年までに終わってる。エレベーターズが全米的に活躍していたのも1966年までだったことがわかる。

エレベーターズはライブやレコーディングで低用量のLSDをキメながら活動していたという記載が"Eye Mind"やその他の資料で見つかるのだけど、それを読んだ当時(10年くらい前)には、そんなことできるんかいな?と疑問だった。

でも近年、「LSDのマイクロドージング」というのが知られるようになってきている。

こういうの見ると、"Eye Mind"での記載は本当だったんだろうなあと思う。

"Eye Mind"の記載をさらに拾うと、1966年9月26日に"Where the action is"(CBS)が全米での放送のデビューということなので、10月29日のAmerican Bandstandsが最後の全米放送だったということとつなげると、たった1ヶ月の露出だったことがわかる。

1966年の"We are all heads"という発言は、サマー・オブ・ラブが来る前には、まだ「わかるやつにはわかる」表現だったのではないだろうか。つまり、サマー・オブ・ラブとはアシッドムーブメントが「バカに見つかる」(by 有吉弘行)ってことだったと言える。


(20240526) 追記: この動画の1966年9月とは、カリフォルニア州でLSDの使用、所持禁止が法制化されたのが1966年5月30日で、施行は10月6日という時期。(wikipedia) ビートルズの「リボルバー」(1966年8月)が出た直後であり、まだサマー・オブ・ラブ(1967)は来てない。

この時期に起きていたことをまとめておきたいと思ってる。お花畑的憧憬ではなくて、「反逆の神話」ジョセフ・ヒースを経由した視点での描写が必要。


2024年05月24日

「本音ベース」と「体裁ベース」

(20231022) 「就活に苦しむインテリの学生に社会の真実を教える」 このブログ記事が面白い。

私は大学教員として、逆向きからこの事象を語ることができる。つまり、教育の場面で、本音ベースで哲学的に突き詰めてほしいところで、体裁ベースで対応されて消化不良になる、という話。具体的な場面を書くことはできないけど。

「よく会社の人が「大学の人は世間をわかってないから」って言うけど、その世間とは会社での常識であって、大学の人だって大学という世間で生きてるのだ」なんて議論がある。

これで会社の人を説得することができないのは、まさにこの記事にあるような「体裁ベースでの一貫性を重視する」というような感覚を満足させられないからだと思う。

たとえば大学の人はそもそも論とか事態の本質とかを議論したがるが(わたしもそう)、体裁ベースでは、それはイマココの問題を解決しない。

これは大学の財政問題への社会人からの冷ややかな目にも直結している。「そもそも教育とは云々」では「集中と選択」が持つ難点を説得できない。そうではなくて、「イマココの問題を解決するためには、集中と選択はまずい選択」という方向の議論が必要。

ちなみに元のブログ記事で言ってることは「本音と建前」の語で長らく語られてきたものだと思う。でもそれを「テイ」という言い方をすることで、テイの内部での一貫性が要求されることを強調したところに価値があると思う。


2024年05月21日

「ココロのプログラム」最終回まで読んだ

(20231017) 「ココロのプログラム」の最終回は安直な終着点にはならなくてよかったと思う。(八足す一のエピソードをはじめが思い出したりはしない。)

それでも違和感はある。主人公(九)のセリフ「どうやらこの世界はそういう風にプログラムされているらしい」でタイトルが回収された。(プログラムされていたのはいちこだけでなく九も同じということ。)

もしここが「どうやら僕は〜」となり、九が自分の気持ちを諦観とともに表現していたのなら、成長の証拠で話が閉じられただろう。しかしバッドエンドを繰り返す方向性が、希望のある筆致で表現された。それを納得させるだけの描写が欠けていると思った。(コメ欄の炎上も動機は重なってる。)

この漫画でのアンドロイドの扱いは、あくまでも二人の間に障害を作るためのギミックとして導入されているだけで、設定は練り込まれてない。それが証拠に、いちこが感情を理解できないことが二人の間にディスコミュニケーションを引き起こしたりしない。

もちろんこの話はSFではなくてラブストーリーなのだから、この設定自体が前面に出てくる必要はない。でも設定が練り込まれてないと、行動原理が見えなくなって、人格がストーリーに従属してしまう。

川井マコトの「甘えたい日はそばにいて。」のときも同じことを思った。こちらでも、なぜ記憶の消去をひなげしが恐れるのか説明がないので、アンドロイドの行動に見えない。

「ココロのプログラム」はすごく繊細に描かれているので、描かれていることを自体は不用意に描かれたものと読むことはできない。たとえば「いたいのいたいの飛んでゆけ」の歌を覚えていたこと自体がはじめの記憶であるという微かな希望は、「八足す一」のエピソードを覚えていないことから裏切られる。(つまり「いたいのいたいの飛んでゆけ」の歌は記憶ではなくて、ミームとしての伝播だったということ)

しかし、このことに九が気づき、落胆する表現がない。だから九が何をわかっていて、何をわかっていないのかが、読む側にはわからない。


2024年05月18日

「暗黙知、悪役令嬢、みよしの」(さうして、このごろ2023年9-10月)

最近のSNS使用状況: これまでSNSでは、Twitterをずっと更新してきたけど、2022年11月からはMastodonに移動した。(Twitterのアカウント自体は残してあって、たまに告知用に使ってる。) Mastodonでの更新は2023年9月に終了して、そこからはBlueskyに移動した。Blueskyは2024年2月から閲覧にログイン不要(一般公開)となったので、そのままひきつづきて更新している。


Togetter: ”技は盗め”という人を淘汰したい

職人が自分の感覚を重視してマニュアル化しないのは良くないこと、というのはそのとおりなのだけど、ここしばらく「暗黙知」について学んでいるうちに、もう少し考えが深まってきた。

職人が持ってる技能というのは、暗黙知として非言語的、身体的に獲得されている部分が大きいので、そのすべてをマニュアル化することはできない。だから、言語化、マニュアル化できるところはするとしても、それだけで解決するような問題ではない。

そんな難しいことを言ってるつもりはない。それは、「どんなにプログラミングのやり方を教科書で学んでも、自分でコード書いてみないとわかったことにならないよね」の延長上にあること。


『下り坂・上り坂運歩』 これはこの間の三角山で試してみたけど、たしかに有効だった。ずっとはやってられないけど、ゆるい下りが続くところとかでこれをやると、膝への衝撃が軽減される。


"Exploring the Mythical Chords of God Only Knows"という動画を観た。イントロのキーがEだって言っていてびっくりした。でもイントロのフレンチホルンのメロディーからすると、Aメジャーではないんだと。(d音でなくd#音だから。)


ひさびさにエレキギターを鳴らしてみた。コーラスとリバーブかけて、シューゲなコード弾き:

Dm(add9) X57760
Ab(add9) XX6546

の繰り返し。


「好きなアニメ聞かれたときの正解」

過去の名作「アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本」を思い出した。当時、この自意識とキモさには衝撃を受けた。共感性羞恥的な意味で。

でもってこの問いについてだけど、これ正確には、「ニワカと思われず、しかしキモいとも思われないようなチョイスとは」ということだろうなあ。2023年の今なら京アニでいいんじゃないの?「氷菓」か「ユーフォ」で。

さらにブコメ見ながら考えてみたけど、2023年9月現在なら「スキップとローファー」って答えるのがかぎりなく正解に近いな。


日本の「悪役令嬢もの」と韓国の「悪女もの」の比較

Webtoonの特徴の記述が面白かった。「たくさんの登場人物がいろんなところでいろんなことをするという表現が性質上合わない」「時間の経過や1人のキャラクターの視点を生かした表現は得意」「横幅が狭いので背景が少なく、場所の転換が伝わりにくいこと」

Webtoonって「ものすごく縦に長い漫画」ってかんじで息苦しさを感じることがある。Youtubeの動画をPCでみているときに、横長の画面に縦長のスマホ映像を見せられたときの窮屈さというか。

とはいえこれは一時的な局面であって、表現上のブレイクスルーが今後あるかもしれないけど。


先日狸小路商店街に行ったときにいままで言ったことがなかった「みよしの」に行ってカレーと餃子のセットを頼んだ。普通のカレーと餃子だった。とくに金を出していく必要はなかった。生協のカレーのほうが安くてお得。あと、客層が老人ばかりで、なるほどたしかにこの店は昔から地元に愛されているのだなと思った。


安宅和人氏が旗振りしていた10兆円ファンドが「国際卓越研究大学」になって、東北大が選ばれた。

京大職員組合からの声明

正直、また「選択と集中」かよって思う。とはいえ文科省ががんばって財務省からお金を取ってきてくれたとも言える。問題なのは、財務省を納得させるためには「選択と集中」とならざるを得ないというネオリベ的な苦境に我々はいるということ。

世間を味方につけたうえで、財務省を説得する、この二つを両立しないと解決しない。これが「ネオリベ的苦境」の意味。


コイントスは上側が50.8%

元論文: https://arxiv.org/abs/2310.04153

これって有意検定の説明に使えそう。よく使われる帰無仮説と対立仮説はH0: p=0.5, H1: p≠0.5だけど、これを使えばH0: p=0.5 (等確率の原理)とH1: p=0.51 (物理モデルからの予測)の二つの仮説で、ネイマン=ピアソン流の仮説検定を使えるので。

あと、nが多いと何でも有意になる問題、の説明にもなる。35万回のデータがあるので、empiricalな分布50.8%を帰無仮説50%からの乖離でt検したら有意になるので。


2024年05月17日

心理的安全性と定型発達症候群

「「心理的安全性」はなぜ混乱を招き続けるのか」のブコメで「サバサバ組織」って表現があって、いいなと思った。

それで思ったんだけど、心理的安全性って「定型発達症候群」である人には難しいことなんだと思う。だから誤解は尽きないし、実現は簡単ではない。(ついでに言えば、アサーティブ・コミュニケーションもそうだな。)

ところで、ASDでない人をぜんぶ「定型発達症候群」と呼ぶのはたぶん間違いで、ASDの反対の極により強く「定型発達症候群」をもつ人がいるという分布になってるんだと思う。

(「定型発達症候群」はインターネットスラングであって、医療的な正当性はないけれど、将来真剣に扱われる日が来ると思う。)

「反対の極」とは言ったけど、簡単でないな。 「周囲の人の顔色を気にしすぎる」が社会生活を困難にするのであれば、それはSAD(社交不安障害)であって、「定型発達症候群」ではない。

「定型発達症候群」という言葉がもともと、ASDの社会モデルという考えを際立たせるために使われた表現であることを考えるなら、ASDでない人を「定型発達症候群」と呼ぶという元の表現が間違っているわけではない。でもなんかそれだと、「定型発達症候群」の解像度が上がらないように思う。


2024年05月15日

三角山に登ってきた。ストックの突き方から水泳技術へ

(20230927) そろそろ運動しないとまずい、ということで先日三角山に登ってきた。ヤマレコ記録

札幌から行くならいちばん初心者向けの山なのだけど、行き帰りそれぞれ40分弱で無事怪我もなく戻ってきた。左膝の手術後初の登山なので、達成感はある。三角山はきついところは意外ときつかったので、下りで膝を傷めないように細心の注意を払った。

次回は藻岩山に行こうと思う。なんなら下り(帰り)はロープウェーでもいいし。

三角山は短いなりにけっこう段差のある登り、下りがあったので、ちゃんとトレッキングポールを使おうと思って、いろいろ情報を集めてる。

登りについてはこれがけっこう納得いった。あなたの使い方は大丈夫?山登りで疲れを減らすトレッキングポール ストック/実践編【ヤマスタ】 つまり、前に突くのではなくて、後ろから支えてあげる。これによって腰が引けて前傾姿勢にならずに済むというメリットもありそう。

下りについては、ポールを前に突く動画をたくさん見たけど、アクシデント時にポールに体重がかかるのが怖いと思った。yamakei-onlineの記事で「下りではポールを後ろに突く」というのを読んで、深く納得いった。じっさい、自分が左膝の手術をして松葉杖を突いていたときは、リハビリの人にこのように教えてもらって地下鉄の階段とかを降りていたので。

こっちの動画にあるように、右足から降りるときが左足側のストックを突く。これも松葉杖と同じ。

で、なんでこんなことになるかというと、山登りの上手い人は軽快に上り下りできるから、そのうえで膝に負担がかからない方法について説明している。でも私(とかその他多くの高齢初心者)にとっては、そんな軽快に上り下りできなくていいから、怪我をせず安全にゆっくり上り下りするための方法を知りたいんだ。


自分は高校での水泳部出身で、そのあとコーチとかもやっていたので、水泳の教え方については長年興味がある。たぶんここでも同じことが起きてる。

その昔自分が泳ぎの教え方を学んだときに革命的だったのは、水は固体ではなく流体であることを考慮すべきということ。端的に言えば、水を後ろに押すのではない(それでは渦ができてしまう)。抗力と揚力の合計ベクトルが大事で、そのために水に対して斜めに掻く(S字プル)、って話だった。 でもこれでもまだ理論としては古い。水泳では止まった水を掻くのではなくて、自分が動きながら相対的に動いている水を掻くので、もっと難しい問題を解かないといけない(スピード依存的に最適な軌道が変わる)。

だから、高齢の初心者に水泳を教えるためには、そもそもスピードが乗ってない状態でどうやって推進力を生むか、を伝授する必要がある。

その昔、total immersion swimmingというのに興味を持って練習していたことがある。あれはけっして主流にはならなかったと思うけど、推進力が少なくて、姿勢が立って抵抗ができてしまう人にとっては福音となるものだったと思う。(ただし、一掻きごとによく延びるためには、それなりに腕力が必要なので、かならずしも高齢者に向いているというわけでもないが。)

昔のブログに書いた関連記事: クロールの最新理論

total immersion swimmingについての最近のネットの反応をググってみた:

total immersionは競泳スイマーのためのものではないが、トライアスロンでは有用視されている、このあたりは私の認識と齟齬がない。


2024年05月13日

Unity炎上(2023年9月)から自分のポリシー語りへ

「価格改定で大荒れのUnityが「無料プラン続行」「既に発売済みのゲームは対象外」などの見直しを発表」のニュースがやっと来た。

それでも勢いは止まらず、「Unityへの信頼が失われたとして最古の公式Unityユーザーグループ「B.U.G.」が解散」というニュースが届いた。

(例のコピペ「ひとたび壊れた器は、二度と元には、元には……」を貼りたい気持ちになったが、実名でやってるのでそういうことはしないのだった。)

自分はネット業界のこういうEVILな動きには敏感な方だと思う。

そもそもなんでいまレンタルサーバー(さくら)でブログをやっているかというと、それまでやってたはてなダイアリーから引っ越したからだ。当時はてなが記事の著作隣接権を行使して収益化しようという動きをした。(2004年の後半あたりのこと。ググっても見つからないが。) それはけっきょく撤回されたのだが、私はもはや信用はできないとして、引っ越しを決断したのだった。

今もTwitterからの移動を試行錯誤しているけど、こちらはよい引越し先が見つからなくて困ってる。Blueskyもこのままずっとクローズドベータのままなら見限る。

クローズドの中で記事を書いてる自分の現状は気に食わない。Clubhouseが流行ったときのしゃらくさい印象があるので、「俺の記事が読みたかったらBlueskyに来いよ」みたいな煽りをするつもりはない。

いまのところ、SNSに記入=>ブロク記事に再利用ということで公開する道筋を作ってあるので、それでよしとしている。ただ、私のブログのいまの最新記事が2022年11月のmastodonの書き込みだったりするんで、時間遅れが大きすぎる。

当時はこれではてなは終わるだろうと思ったが、そんなことはなかった。おそらくtwitterもこのまま生き延びるのだろうし、Unityも今回の変更によって生き延びるだろう。それでも私の嫌悪感は拭えない。

以前のブログ記事でも書いたけど、Googleの検索も収益化のために最適化しすぎて使い物にならなくなってるのが不満。

自分はwebを始めた頃(90年代後半)にGNU/Linuxのオープンソースムーブメントにかぶれ、ゼロ年代のWeb 2.0での標準化とロングテールに希望を見出した人間なので、フリーミアムの矛盾が噴出した現在の状況に幻滅している。それでも自分のアップデートを続けようとは思っているけど。


2024年05月12日

Some Day, That Place In Time (DOOPEE TIME)のコード進行

(20230923) DOOPEE TIMEの"Through My Window"から"Some Day, That Place In Time"の流れが好き。

でもって以前からこれのコードを拾うのがうまくいかなかったのだけど、ついに解決した。こうだ:

|Gmaj7 |Em7(b5) |F#m7  |B    |
|Em7   |A7      |Dmaj7 |D7   |

ずっとハマっていたのは2小節目だったんだけど、Gm/Eと解釈していた。でもコードの機能を考えればこうなる:

|IVmaj7 |IIm7(b5) |IIIm7 |VI |
|IIm7 |V7 |Imaj7 |I7 |

つまりIIm7(b5)というサブドミナント・マイナー・コード(IVm7=Gm7の代理コード)なのだということがわかってなかった。

いったんわかってしまえば、後半4小節は ツーファイブからのImaj7-I7(-IVmaj7)という「いとしのエリー」コードだ。

4小節目のBコードの終止感に幻惑されていたけど、これはVImの代わりにVIを持ってくるやつだ。ビートルズっぽいアレ。"I'll Be Back"とか。

どうしてハマっていたか、振り返って考えてみると、そもそもこの曲がDメジャースケールであることに気づいてなかった(途中で出てくるBb音やC音に幻惑されてた)。でも直前の"through my window"がDmaj7-Em7 (Imaj7-IIm7)の繰り返しで明確にDメジャースケールなので、そこからのメドレー形式になっているのだから、同じだと気づくべきだった。

けっきょく「ちゃんとベースを聴き取る」「主和音を見つける」という基本中の基本を実践することが大事という、あたりまえの結論となった。


追記: サブドミナントマイナーとドミナントマイナーについて

メジャースケールのダイアトニック・コード:

Imaj7-IIm7-IIIm7-IVmaj7-V7-VIm7-VIIm7(b5)

マイナースケールのダイアトニック・コード:

Im7-IIm7(b5)-IIImaj7-IVm7-V7-VImaj7-VII7

サブドミナントマイナーIVmは、メジャースケールでのIVをマイナースケールでのIVmで置き換えたもの。

IIm7(b5)も同じ。メジャースケールでのIIm7をマイナースケールでのIIm7(b5)で置き換えたもの。

メジャースケールでのIIm7はサブドミナントなので、IIm7(b5)はサブドミナントマイナーの代わりになるという理屈。

でもって勘違いしてたけど、「ストロベリー・フィールズ」進行のI-Vmで使われるドミナントマイナー(Vの代わりにVm)も同じかと思ったら違った。マイナースケールでの5度はV7なので。

そうではなくて、サブドミナントキー(Cに対するF)のメジャースケールからの借用だった。

Cメジャー: Cmaj7-Dm7-Em7-Fmaj7-G7-Am7-Bm7(b5)
Fメジャー: Fmaj7-Gm7-Am7-Bbmaj7-C7-Dm7-Em7(b5)

「いとしのエリー」進行(I-Imaj7-I7-Fmaj7)で使われるセカンダリードミナント(I7)と同じ。これもCキー曲で一時的にFキーでのV7を借りてる。

サイケデリックな曲のコード進行の多くは、このような一時的な転調を唐突に行う(経過コードを置いてなめらかにしない)というのでだいぶ説明がつく。 さっきのストロベリーフィールズのC-Gm (I-Vm)とか。 Trafficの"House for Everyone"でC-Ebってのがあるけど、これもマイナーコードでのbIIIの借用と解釈できる。

いっぽうでGrateful DeadのMorning DewでみられるI-VIb-IV進行でのVIbは一時的に転調している感じはない。むしろミクソリディアンスケールでのダイアトニック・コードと解釈してる。(Hey Judeの場合はアウトロだけ変わってる)

Trafficの"Paper Sun"もイントロはDのミクソリディアンと捉えたうえで、そこからの一時転調で解釈できそうなのだけど、これはまだよくわからない。 ヴァースがG-E-Gm-Dで、サビがCm-Bb-G-A。

これとあとシド・バレッドの作る曲全般についての分析は長年の宿題なのだけど、また後日。


2024年05月11日

「喜久屋書店、三和音の表記、ONE」(さうして、このごろ2023年8-9月)

(ここまではmastodonでの書き込み。ここからはBlueskyに移動している)


2023年8月 仙台での神経科学学会への参加記録。

南國堂でインド定食。カジキマグロのカレー、というのが良かった。ベジカレーも優しい味なんだけどけっこう辛いというバランス。また行く機会があったら行ってみたい。

仙台の学会終了。帰りにいつもの巡回ルート(仙台朝市から魚臭いアニメイト)に寄ってみたら、アニメイトは移転していて、跡地にメロンブックスが入っていた。札幌よりも大きいかも。

でもってアニメイトは「仙台駅前イービーンズ」というところに移転していた。ここがスゲーオタクビル化していて感動した。らしんばんも大きいし、ボークスも充実してる。次回イービーンズに行くときはあらかじめイベント情報とく必要がありそう。

あと飛ばす予定だった喜久屋書店がすごい。漫画家の色紙がずらりと並べられていて(二千点と書いてあった)、もはや博物館のようで、それをみているだけで時間が飛ぶ。

喜久屋書店の色紙が並んでる写真。ほぼすべての棚がこんな感じだった。これちゃんと見て回ったら、けっこう時間がかかるはずなので、次回はちゃんと時間を取って見に行きたい。

そういうわけで、いつもの仙台駅中すし通りに寄る時間がなくなって、そのまま仙台空港へ行くことに。



C7の“7”がドから7番目のシ(B音)じゃない理由

わかる。ほんとうは |三和音|7th|9th|11th|13th| という表記にして統一すべきだよな。

三和音部分は(C, C-, C+,C°), 7,9,11,13のところは(b7, 7), (b9, 9, #9), (11, #11), (b13, 13)みたいに分けておくのが体系的ではある。

そうすると、C7, Cmaj7, Cm7, CmM7はそれぞれ、C(b7), C(7), C-(b7), C-(7)と書ける。


"Rockafeller Skank"は1998年に岡崎の街を車で走りながらzip-FMから流れてきたのを思い出させる。

"You get what you give"は1998年に西友の前のレコード屋がまだ繁盛していた頃に、CD試聴コーナーで聞いたのを思いださせる。

ショッピングモールで流れていたような偽の記憶がうめこまれているが、たぶんそれはPVの影響だ。

思い立って再聴してみたら、"You've gotta music in you"で涙が出てきたので、俺はまだ大丈夫だと思った。


(将来的に)「音楽はAIと自分とで作った曲をAIに聴いてもらうものになる」

これはわかる気がする。私が作った曲を誰も聞いてくれなくても、AIが点数とかつけてくれるなら、それでいいのかもしれない。というかそれって、採点付きのカラオケで高い点数とるのにがんばるのと同じだな。

(採点付きのカラオケで、採点システムをハックするために、なるたけ崩さないで歌うようになることを考えると、よく似たことが作曲評価システムでも起こることも予測できる。)


(20230909) いま18時になったところだけど、太陽がもう沈んでる。調べてみたら、今日の日没時間は17:57だった。先週まで夜の室温が30度を超えていたというのに。秋の日はつるべ落としだ。


スティーヴ・ライヒは何回か挑戦したが、毎度ちょっと聴いては途中で飛ばして、またいつかってかんじだった。でも"Electric Counterpoint"はギター曲なんで、フルで聴けた。

とくにこの映像はRadioheadのJonny Greenwoodによるもので、とてもいい。


bloodthirsty butchersってギターは最高なんだけどボーカルが受け付けないなあと思ってた。でも「7月」のライブ版を聴いてて、なんか(ジョイ・ディヴィジョンの)イアン・カーティスっぽいなあと思ったら、いっきょにボーカルにも味わいがあると思えるようになってきた。


「トラウト・マスク・レプリカ」の第1曲めの"frownland" のギターコピー。これはたまげた。

さらに調べてみると、 "frownland"の楽曲分析をしているのも見つけた。


“Hello, world.”のED曲"BLAZE UP"って広瀬香美の"promise"が元ネタだったのか。20年経過してはじめて気がついた。

ハロワって今にして思えば「萌えで隠したハード展開」っていう、まどマギの前身ではあったな。虚淵玄がシナリオ担当なわけではないけれど。


"ONE."は樋上いたるが戻ってリメイクする(リファイン版)ということで期待している。fhánaによるOPもよかった。長森の声は黒川あかね/椎名真昼の声優だって。

アウトロに入る部分(1:49)で「輝く季節へ」って文字が差し込まれて、「輝く季節へ」にインスパイアされたフレーズが始まるとこ、こんなの泣いちゃうじゃん? いや、感情が鈍麻してるから泣かないんだけど。

あの日 僕を救った 永遠という光 やっと時が来たんだ 言わなくちゃ さよなら またどこかで


2024年05月09日

「シーン、濁川くん、華倫変」(さうして、このごろ2023年6-7月)

こちらのブコメ経由で知った文章:

「私なんかが地方でよく聞く、そして聞くたびにウンザリするのが、「ココは田舎だし、面白いものなんか何もないですよ」みたいな云い草である。」「 そりゃ東京や京都にでも出りゃ“面白い”人やモノにいくらでも出会えるでしょうよ。しかしそれはオマエが生み出した“面白さ”じゃないだろう。どこでもいいが、とりあえず自分がいるところを“面白く”できないような奴はしょせん消費者なのだ。」

そうだよなあ。「シーン」は世界中いたるところで生まれ、消える。そのどれが大きく育つかはわからない。「シーン」は消費するものではなくて、コミットするもの。コミットできなかったとき、お客様となり、あとから消費することしかできない。(ケン・キージーの「マジック・バス」をイメージしながら書いてる)


「東京に住んでいない俺がどこで文化を享受しているか」 これはよかった。

昨日書いた「シーン」の話の続きだけど、「文化に触れているつもりで消費しているだけ」から逃れるためには、べつに文化を生み出す制作者にならなくても、こうやって道を這いずるカニとガルシア=マルケスをつなげることができればいいんだよな。それを増田に書くとか、mastodonにこうやって書くのも生産的な行動だ。それがバズる必要なんかなくって、銀河通信でいいんだ。


「若者の『動画に比べて漫画はタイパが悪い』という感覚が分からない→情報処理の方法が違うのでは?」

これは納得いった。自分は動画って時間の無駄すぎると思っていたが、「新しいことの概要を学ぶ」みたいなときには入門書を流し読みするのではわからないものが動画にはあるということを実感した。

そのうちYoutubeで講義をアップしようという計画があるのだけど、それはやっぱひたすら「入門」に特化すべきだなと思った。


『皆、本当に他人を『好き』になった事あるの?』 ブコメ

この感覚は非常によく分かる。ドパミン出まくっている感じで、世界が変わって見える。私も短い期間だったがそういう経験をしたことをよく覚えている。


Jimi Hendrix / West Coast Seattle Boy: The Jimi Hendrix Anthology での"Little one" 初めて知ったけど、聞いてすぐにこのシタールはデイブ・メイスンだなと気づいた。これはとてもいい。そうそう、こんなふうにシタールを弾いてみたかった。spotify Noel Reddingが歌ってるバージョンもあるが、一挙にしょうもなくなるので、歌無しがよい。


僕ヤバの濁川くん(イマジナリー京太郎)の声が福山潤なの、最高だな。解釈一致とはこのことかっていう。

「華倫変 没後20年追悼原画展」 これ見逃してた。いつのまにかkindleで再販しているし、すげえなあ。

ちくさ正文館書店が閉店というニュース。自転車や車で名古屋に行ったときに必ず通るコースで、ペヨトル工房の「夜想」とか、サブカル系の書籍や雑誌を立ち読みしたものだった。お世話になりました。

「指摘を批判と捉えない」 これをみて、いつぞやの「批判なき政治」じゃんって思った。


アゼルバイジャンの料理系Youtubeチャンネル わかる。

わたしが好きなのは"WILDERNESS COOKING" おっさんが一人で黙々とでかい羊を瓶で焼いたりする途中で、4Kでの美しい自然画像とか鶏がバタバタ走るのとかを映すの。すごくよい。スーペル!


ツイッターからサルベージ:

  • 沈むタイタニックで、他人を押しのけずに、静かに死んでゆきたい。(2022年8月27日)

  • コミックを読む能力が衰えてきているのを実感する。このあいだ一念発起して(<-?)、積んでたごちうさ4巻を読んだら、読み終えるのに2時間弱かかったのにはびっくりした。(2022年7月11日)


2024年05月05日

私とブッディズム

さいきん初期仏教に関する本を立て続けに読んだので、ひさびさに仏教マイブームが来ている。

自分は仏教については学問的興味から独学でいろいろ読んできたのだけど、これまでこのブログでは話題に取り上げてこなかった。まあ宗教に言及するのはいろいろややこしいので避けていたということもある。

でもげんざいわたしが「意識の科学的研究」を標榜するにあたって、仏教から自分が学び、影響を受けたことは大きいので、それについてはどこかで言語化しておきたいと思ってた。

今回の記事では、ざっくりとこれまでの自分の勉強歴をまとめておこう。(将来的にはさらに自分が学んだことについて深堀りして整理する記事を書こうと思う。)


[開示事項] 自分は仏教徒ではないし、その他の新宗教にも関わってない。家の葬式は禅宗系だったが、父の葬式も「出張お坊さん」的なものだった。そういうわけで、宗教として仏教に関わった経験はない。


[80年代] はじめに仏教思想に興味を持ったのは、中高生の頃、ビートルズのインド行きを知ったときだろうか。「チベットのモーツァルト」(中沢 新一)が出版されて、チベットの密教というものを知って、カルチャーとして曼荼羅とかに興味持ったり。(まさに高円寺ロック系サブカル) でもそれはただの意匠への興味にすぎなかった。


[90年代] 日本仏教にはさっぱり興味を持てなかったが、禅における公案に興味を持って「無門関」とかを読んでる時期があった。ちょうどベイトソンの「精神と自然」を読んだ時期だったので、「メタなメッセージ」という現代思想っぽいキーワードからの興味だったと思う。

瞑想に興味があったので、ダライ・ラマの本(「仏教入門」(1995)と「瞑想と悟り」(1997))を買った。そこでチベット仏教(ゲルク派)ではツォンカパが中観派として、ナーガルジュナの「中論」を根拠としていることを知って、自分が学ぶべきは「中論」だとあたりをつけた。

「中論: 縁起・空・中の思想(上・中・下) (レグルス文庫)」三枝充悳 がいまでも本棚にある。八重洲ブックセンターで第4刷1999年のものを買ってる。そのあたりが自分にとっての第1次仏教マイブームだった。立川武蔵や三枝充悳が「空」について書いた新書とかを読んでた。

それと同時並行的にマトゥラーナ・ヴァレラの「オートポイエーシス」(1991)および河本英夫の「オートポイエーシス—第三世代システム」(1995)を読んで、「そのつど生まれては消えている命と心」という空、縁起思想との繋がりを自分なりに発見していた。

ヴァレラの「身体化された心」は当時まだ訳書が出ていなかったが、青土社 現代思想の1997年6月号「多様性の生物学」において、「身体化された心」の8章が「行為の中で生み出すということ」というタイトルで訳出されているのを読んでいた。


この時期にもうひとつ大きな影響を受けたのは、「宗教なんかこわくない! マドラ出版」(橋本治)(1995)を読んだことだった。この本はオウム事件への応答として書かれたものであって、ほとんどの記述はオウムについてなのだけど、最終章「なんであれ、人は不合理を信じたりはしない」で橋本治流の仏教観が披露されている。

まず前提として「宗教とは、この現代に生き残っている過去である」(p.9)と書く。ただしそれは「古臭いから意味がない」という意味ではない。「過去の集積=歴史を頭に入れなければならない。それだからこそ、宗教を論ずるのはむずかしい。」(p.10)と書く。

古代インドの輪廻転生思想が共有されているバラモン教が支配的な時代にブッダが(ジャイナ教的な苦行を否定して)クシャトリアなのに解脱を宣言したのが仏教の始まりである。仏教は「偉大なるものを信仰する教え」ではなくて「自らが自らを獲得してゆくための思想」(p.248)であること、「大乗仏教の「仏」とは「人格化された思想である」(p.259)、そして「まだ自分の頭でものを考えることができない人間が「思想」を人格化する。宗教というものは、思想を思想として抽出することが出来ない人間がした、「思想の人格化」から始まる」(p.273)「宗教は解体された。だからこそ人間は、今や信仰抜きでも「美しいもの」を作り出せる」(p.275)などの記載がある。(これが「宗教とは現代に生き残っている過去である」の意味。「子どもの時の記憶」という表現もある)

この本では「自分の頭でものを考えることの重要さ」という橋本治の毎度のモチーフを仏教の話でも展開しているということなので、それなりに批判的に読む必要はある。しかし、あの時期にすでに「仏教を当時のバラモン教、(+ジャイナ教)からの対抗思想として捉える」「思想が宗教になったものとしての大乗仏教」という現在でも重要なトピックが提示されている点で価値があると思う。けっして学術的な本ではないのだけど。

この本はいまでも私にとって重要なリファレンスであり、ある意味、ここで書かれていることをもっと学問的なアプローチの本で確認してきた、というのが今までの私の仏教思想への理解が辿った道の要約と言える。

わたしにとってはこの本が決定的な契機となって、中国、日本で展開された宗教としての仏教よりも、中観派とそれ以前の仏教思想について学んでいく方針を取るようになった。

あと一点、この本での輪廻転生の扱いについて。この本では最後に輪廻転生の話題に戻ってくる。「もしかして現代で宗教が成り立ちうるとしたら、「人生は一度でいい」の解脱志向ではなく、「人生は何度でもある」の輪廻転生志向のほうかもしれないのである」(p.285) 「インドから東は「人間は輪廻転生をする」という思想のある文化圏で、インドから西は「人間は輪廻転生をしない」の文化圏」(p.287)、(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教は死んだあとに最後の審判があるので)「魂の不滅が、かなり不思議な形で定着している」(p.291) 、「人間の魂の不滅を信じしている」という思想に関しては、東西共通なのである」(p.288)とまとめる。

それならばブッダの「輪廻からの解脱」が特異なものとなりそうだが、この本ではそういう話にはならない。代わりにドーキンスのミーム論に持っていく。そして最後は「死んだらカナブンになりたい」っていうのがオチになっている。「人間は輪廻転生をする」という思想のある文化圏にあることを踏まえて、しかしブッダ的に「人間として解脱する」ことに価値を置かないことを明示している。けっこうややこしく、ニュアンスのある書き方をしているが、この結論のためにこそ、それまでのざっくりとしたまとめがあると捉えるのがよいと私は思う。


[00年代前半] ヴァレラの「身体化された心」の日本語訳が出たのが2001年8月で、わたしは初版を買ってる。

この本はこれまでの心についての認知科学的アプローチを批判したうえでエナクティブ・アプローチを提唱したエポックメイキングな本として有名なのだけど、実は仏教思想についての記述もだいぶ多い。この本を精読することで、仏教思想での基礎概念(十二縁起、縁起、中道)などについてひととおりのイメージを持つことができるようになった。


でもこの時点での私の理解はあくまでもナーガルジュナの「中論」の立場からのものだった。つまり、部派仏教、大乗仏教、密教という流れがあるところで、部派仏教(の説一切有部)の倶舎論が自性論であると断じたうえで、大乗仏教である中観派では無自性であること、つまり空であることを強調し、ブッダの精神に回帰したという優位性を主張するものと私は理解した。(ざっくりとした表現だが。)

宮崎哲弥が書いていることが自分の立ち位置に近かったので、ナーガルジュナの「中論」の基礎において仏教哲学を深めていくとための道標として用いていた。


[00年代後半-10年代前半] 瞑想の実践について。当時日本国内で利用可能な瞑想についての文献はだいたいチベット仏教で使われていたものについての本だった。(上述の「瞑想と悟り」とか。) このため、自分で実践するというよりは、チベット仏教ではどのように実践されているかを学ぶ目的で読んでた。

でも2000年代のこのくらいの時期になると、スリランカ・東南アジアの上座仏教(テーラヴァーダ仏教)でのヴィパッサナー瞑想の実践が日本語で紹介されるようになってきた。(まだ、グーグルのマインドフルネス本(2012)が出版される前の時期。)

わたしも「ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門―豊かな人生の技法 (春秋社 1999)」を買って、ヴィパッサナー瞑想とサマタ瞑想の違いを知った。多少自分なりに試してみたこともあるが、続かなかった。自己流でやってもしょうがないので、京都の瞑想センターとか行ってみたいなと考えたまま、実践できてない。

しかもこの時点では、思想的にはまだ中観派からの視点で考えていたので、上座仏教は自性論を保持して原始仏教から遊離しているという考えを保持したままだった。このため、上座仏教が仏教の実践として瞑想についてシステマティックな方法論を継承できていることと、その教えとの関係を私は解決できない状態で、仏教についてはしばらく興味を失っていた。


[10年代後半] しばらく仏教思想の理解については進捗がなかったのだが、ふたたび私に仏教マイブームが到来したのは「ごまかさない仏教―仏・法・僧から問い直す―(新潮選書)」佐々木閑, 宮崎哲弥 (2017) に出会ったことだった。

上記の通り、宮崎哲弥の書いたものについては追いかけていたのだが、この本ではラディカルブッディストを自称していた宮崎哲弥が、初期仏教について佐々木閑との対談形式で仏・法・僧について整理している。

この本によって文献学的な意味での初期仏教と上座仏教と大乗仏教の関係を理解できた。以前は素朴すぎると思って興味が持てなかった初期仏教の文献(スッタニパータ、ダンマパダ)を読み始めた。(飛ばし読みで半分ずつくらいだけど。)


さらに魚川祐司の以下の2冊が大きな衝撃を受けた。

魚川祐司はミャンマーでテーラワーダ仏教の実践を行ったうえ(ウ・ジョーティカ『自由への旅』の翻訳者でもある)でこの本を書いているということが自分にとっては重要だった。前述の通り、わたしの仏教理解は中観派視点から始まっていたので、テーラワーダ仏教での実践とその教義の関係が自分には整理できていなかった。しかしこの本によって、いまも輪廻転生思想を保持し、サンガが成り立っているテーラワーダ仏教にとっての仏教を学ぶことの意義を理解した。

こうなると読める本が増えてくる。アルボムッレ・スマナサーラが経典の解説書を膨大な数出版しているのだけど、それをポチポチ読み始めた。スマナサーラの本で知った重要な知見はたとえば、「苦dukkha」とはいわゆる苦しみのことだけではなく、不満足なことを意味することだ。よって、「人生とは苦dukkhaだ」という言葉は、生活が苦しかったであろう古代インドでのみ当てはまるものではなく、現代の日本においても、あらゆる欲望が不満足で終わるという意味で成り立つ。(だから「仏教はペシミストの発想」というありがちな批判は正しくない。)

こうしてパーリ語の理解の重要性を理解したので、勢い余って、パーリ語と英語の対訳でスッタニパータを読み始めたが、今は止まってる。さすがにやりすぎだ。


[20年代前半] 北大人間知・脳・AI教育センター(CHAIN)に移ってからは、大学院講義「意識の科学入門」を開講するとともに、エナクティブな視点で脳と心を理解してゆくプロジェクトを本格的に進めてゆこうと考えた。また、科研費基盤Aの「意識変容の現象学」で西郷甲矢人さんと親交してゆく過程で、彼が私よりもずっと仏教に詳しいことを知った。(なんなら仏教のほうが先で圏論はそこからの演繹なんではないかってくらい。)

そういうわけで、せっかくCHAINに在籍しているので、仏教思想についてもサイドワークとしてではなく、もっと正面から研究対象として捉えてもいいのではないかと考えてる。


さいきんになって、以下の2冊の本を読んだ。

どちらも初期仏教を扱っていて、上記の佐々木閑・宮崎哲弥や魚川祐司の本で学んだことを、さらに解像度上げてゆくのに有効だった。たとえば、初期経典(ニカーヤ)において、韻文(たとえばスッタニパータ、ダンマパダ)のほうが古いからよりブッダの考えを直接反映しているという考えは必ずしも正しくない。スッタニパータ、ダンマパダなどは当時のジャイナ教の苦行文学と同じものを共有している可能性もある、など。

でもそれだけではなく、この2冊を読んでいて私に浮かび上がってきたのが、「輪廻転生思想を共有していない現代の日本人にとってブッダの思想はどういう意味を持つのか」という問いだ。

そしてこれはまさに、ずっと昔に読んだ「宗教なんかこわくない! マドラ出版」(橋本治)(1995)が提出していた問題だった。というわけで、「宗教なんかこわくない!」を読み直して、とりいそぎ今回の記事にまとめてみたというわけ。


ということで現在までの状況、動機を言語化することが出来た。ここから魚川祐司の本にあった論点、たとえば、輪廻とはなにか(いまある自我がそのまま転生するという意味ではない)、悟るとはどういうことか、なぜブッダの時代にはたくさん「悟る」人がいたのにいまはいないのか(「悟り」のインフレ問題)、そういうことについて上述の本(佐々木閑・宮崎哲弥、魚川祐司、清水俊史、馬場紀寿の4冊)で書いてあることを比較しながらまとめておきたい。

とはいえこのために初期経典(ニカーヤ)とかにあたって、とか言っていると一生無理なので、もっとざっくり、たんに本の抜き書きによるまとめを作るくらいから始めようと思う。来世で。(<-ここで使うのにふさわしくないフレーズwww)


2024年05月03日

ジョン・コルトレーンの「回心経験」とLSD

『ジョン・コルトレーン『至上の愛』の真実』(アシュリー・カーン)を読んでいた。有名なエピソードだけど、コルトレーンが麻薬中毒でマイルスのバンドをクビになって、その後に啓示的体験があったという。

「1957年、わたしは神の恩寵により精神の覚醒を経験し、より豊かで充実した、意義深い人生を歩みはじめた。そして感謝の念を込めて、音楽を通じて人を幸せにする力と栄誉を与えてくれるよう神に祈った。(「至上の愛」のコルトレーン自身によるライナーノートより。上掲書p.63)

そこからシーツ・オブ・サウンド、モード・ジャズ、フリー・ジャズを駆け抜けて10年で死去するわけだが、あの啓示的体験とは何だったのか。

そもそも上記の書籍には麻薬中毒というのが正確に何なのかが書いてない。調べてみるとヘロインだった。たしかに麻薬中毒という言い方で間違いない。

確かなことは、1957年5月のある時点で、コルトレーンは毎晩クラブに出演しながら、自らの強い意志により悪癖を断ち切ったということである。(上掲書p.64)

(トランペッターの)ジョニー・コールズがその店にいてずっと彼のそばについていたそうです。ジョンは2階の彼の部屋で寝泊まりし、そこで麻薬常用を克服したんです。(上掲書p.65)

この変化を目の当たりにした(ピアニストの)マッコイ・タイナーは

変化のあと、トレーンのプレイはまるで別の人格を帯びたようになった。(上掲書p.66)

と語る。

こちらのブログによれば、それは「1957年4月20日 Dakar のセッションと、同5月17日のプレスティッジでのセッションの間」とのこと。

でもそれはヘロインとアルコールからの脱却にとどまらず、ある種の回心経験だったのだとコルトレーンは語る。

数年前、わたしは信仰を取り戻した。一度失った信仰を再び手に入れたんだ。わたしは信仰心の厚い家庭に育った。わたしのなかにあった信仰の種が再び芽を吹いたんだよ。これもすべて人生が神に導かれていることによるものだろう。(1965のインタビューにて。上掲書p.63-64)

ここでの神とは、元々はキリスト教の神だったんだろうけど、神の概念がだんだんより普遍的なものとなってゆく。後にコルトレーンは"Om"でバガヴァッド・ギーターの一節を朗読したり、"Meditation"のライナーノートで「私はすべての宗教を信じる」と書く。(Wikipedia記事での小項目「1957 "spiritual awakening"」より)

今回はじめて知ったのは、1965以降のファラオ・サンダース加入後の新しいバンドで、コルトレーンはLSDを試していたということ。とくに前述の"Om"では録音中にLSDを使っていたらしい。Wikipediaの記事: Om

以前も書いたが、普通にトリップする用量を使ったら演奏はできないので、これもマイクロドーズだと考えたほうがよいだろう。

コルトレーンとLSDについてソースを探してみるとUsenetのアーカイブが見つかった。日付は1994年。インターネットすげえ。

その記事では、以下の書籍を引用している。Eric Nisensonの『ASCENSION: JOHN COLTRANE AND HIS QUEST』(1993)によれば

ジョン・コルトレーンは1965年のある時期から、かなり定期的にLSDを使用するようになった。その年の後半にOMをレコーディングしたときだけLSDを使用したと言う人もいるが、カルテットのメンバーを含む多くの人によれば、彼は人生の最後の数年間、実際にはもっと頻繁にLSDを使用していた。

この部分を引用しながら、このUsenetの書き込みではコルトレーンを擁護する。

1994/11/29 1:00:11 私はヘロインやアルコールを、LSDと同じカテゴリーには入れない。コルトレーンは1957年にドラッグを断ち切ったということには変わりがないと思う。彼にとって(私自身にとってもそうであったように)自分の魂、心、そして世界における自分の精神的な位置を理解する上で、LSDは非常に役立つことが証明された。

というわけでここから事実関係について、そしてLSDを使うことの是非についての論争が始まる。

これだけでは文脈が充分伝わらないかもしれない。ヘロインやアルコールが報酬系と快楽系を操作するという意味でリクリエーショナルドラッグであるのに対して、LSDは自我を一時的に壊し、自我のない意識という純粋意識または死を経験するドラッグであり、精神の探求のためのツールとして使われてきたということが大前提にある。いま「幻覚剤は役に立つのか 亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ」(マイケル・ポーラン)を読んでまとめているところなので、どっかでこの論点についてはブログ記事にしておきたい。

さて、いつもどおり取っちらかってきたので、ここらでまとめに入ろう。

けっきょくのところ、「あの啓示的体験とは何だったのか」への答えが出るようなはっきりとした手がかりは見つからなかった。なんだか「いかがでしたか?ブログ」みたいで残念だが。

でもここでは、コルトレーンがヘロインとアルコールから脱却したこと、さらに1965年以降のLSD経験という新たな要素を加えて、コルトレーンが薬物とどう対峙してきたかという視点を作った。

一方で、たとえば「コルトレーン ジャズの殉教者」(岩波新書)では、ナイーマとの離婚、アリスとの結婚などを中心にして「至上の愛」への過程を描いているので、それとは違う道筋と言える。

今回はここまで。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

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