[カテゴリー別保管庫] 雑記

脳科学関連以外はここに入れてます。おもに生活雑記、ネットでの話題、さいきん聴いたCDについてとか。

2024年06月22日

Googleの検索の質が下がっている話について自分の経験を交えて書いてみた

(20231104) ギガジンの記事を経由してTHE VERGEの記事 "The people who ruined the internet"を読んだ。

前半はSEO業者編で、後半はGoogle編という構成なのだけど、Googleはけっして検索結果がクズになったとは認めてない。

ここは具体例が必要そうだ。私は本の題名を検索したときのユーザー・エクスペリエンスが低下したことを不満に思っている。たとえば「ジェフ・ホーキンス 脳は世界をどう見ているのか」と検索したならば、書店の販売情報がずらりと並ぶ。

でも知りたいのは「その本をどうやったら買えるか」なんかではない。そんなのamazonで調べる。そうではなくて、「その本についての感想、考察」を知りたい。

「ジェフ・ホーキンス 脳は世界をどう見ているのか 感想」とすればある程度は感想が増えるけど、honto、読書メーター、ブクログといった集合知サイト(これらはしょうもない断片的な感想ばかりで、使いものにならない)が上位に来て、以前のような面白い個人サイトが見つからなくなった。

私にとってはこれが不満だ。でもこれはGoogleにとっては意図的な方針であって、評価基準E-E-A-T(経験, 専門性, 権威性, 信頼性)を反映したものらしい。

けっきょくのところ、そういう個人サイトは「権威性、信頼」の点で欠けるので、検索順位が下がる、下がるどころか検索結果に出てこなくなった。

私自身はWeb 2.0の思想に賛同してブログを書いているということもあって、そういう「ロングテールを可視化できる」といった強みが消えていく現状に不満をいだいている。

たとえば"The electric Kool-aid acid test"で日本語のページを検索すると38件出てくる。でも、このなかで真っ当にこの本について語っているのは私のページ「サイケデリック漂流記」しかない。

でもこれらは検索の下位に出てくる。pooneilが20位で、サイケデリック漂流記が28位。5位に読書メーターがあるので開いてみると、「感想・レビューがありません」という空白ページが出てくる。

そんなわけで、E-E-A-Tといいつつ、経験、専門性などどうでもよくて、権威性、信頼性、に振っているということがよく分かる。

こうして考えると、検索の順位には「inforrmativeであるかどうか」を考慮すべきなのではないか、というアイデアが浮かぶ。つまり、書店サイトが上位に並んでも、同じ書誌情報が繰り返されるだけで情報が増えない。

そうではなくて、そのサイトにしか書いてないような、情報量を増やすようなもの(しかし信頼性のあるもの)に高い順位を与えるようなアルゴリズムがよりよい検索サイトには必要なのだと思う。

そうすれば、たとえば読書メーターのサイト内でも、感想ゼロの本のページの順位は落ちるし、感想が充実している本のページの順位は高く保たれる。こういうふうにできないものだろうか? 生成AIがクロールして学習する際に、informativeであるかどうかは評価できそうなものだけど。いま出てきている生成AI検索機能がそういう風に増強されないものだろうか。

こうして言語化してみると、自力で書評検索サイト(集合知的なあれではなくて)を作ったらハッピーになれるか、さらにいえば周りの人もハッピーにできるかも、と考えた。自分が興味のある本をWebクローラー使うところから徐々にスケールしていけば実現性もある。定年後にやることのネタ帳につけておく。


(20240217) Google検索の質が低下しているって話題についてはてブ界隈でしばしば見るようになった。わたしも自分の身近な経験(本の題名で検索)について上記の通り書いた。

そのときはGoogleの評価基準E-E-A-Tが(広告収入のために)歪められている可能性をオチにした。

でも最近のmarkezineの記事を読むと、これは「3rd Party Dataから1st Party Dataへの流れ」とリンクしているようだ。

すると「Googleがevilで広告収入集めたいから」なんて悪玉説では不十分なのだな。これは検索エンジンそのものの危機であり、生成AIへの移行が不可避である現状を反映したものであると捉えるのがよさそうだ。

そうすると以前のテッド・チャンの記事「ChatGPTはウェブのぼやけたJPEGだ」への見方も変わってくる。

テッド・チャンの記事「ChatGPTはウェブのぼやけたJPEGだ」

これの結論(というか締めの文章)はこういうものだった。

「もし私たちがインターネットへのアクセスを永久に失い、限られたスペースしかない個人サーバーにコピーを保存しなければならないのであれば、ChatGPTのような大規模な言語モデルは良い解決策かもしれない。しかし、私たちはインターネットへのアクセスを失うわけではない。では、オリジナルがまだあるのに、不鮮明なJPEGがどれほど役に立つのだろうか?」

私はこの結論に無意識的に同意していた。その反映として「検索エンジンが提示する1次データをかき集めて、自分の情報収集能力と編集能力を発揮する」という行動方針を取りつつ、同時に「検索エンジンの劣化を嘆く」という行動を取っていた。でも後者の原因は前者の行動方針にある。

たぶん今後必要なのは「検索エンジンの代わりに生成AIを活用しながら、それでも生成AIが出した答えが怪しいときには適宜1次データに当たって確認できるリテラシーを持つ」ということなのだろう。

私はPubMedの論文片っ端から読んだりする派だったので、まだ体が慣れないのだけど、老害にならないためには必須なことだなと思った。

論旨が紆余曲折したが、雑にまとめると「google検索が劣化したと嘆いてる人は、そのままだと生成AIを使いこなせてない老害になる。」でもこれはさすがに言い過ぎ感があるな。

現時点でgoogle検索が頭に返してくる生成 AIの結果は間違いだらけだったりする。あれで半分知ってることならまだしも、全然知らないことを検索したときに「これは間違ったこと書いてある」と気づくのは簡単ではない。将来的にも程度の差はあれ同じだろう。

そうして考えてみると、google検索で一次資料に当たるリテラシーがない人が生成AIを使いこなせるだろうか?と自分で反論してみる。

結論出せず。


2024年06月13日

BEATLESS (長谷敏司)についてメモ

(20230921) 長谷敏司のBEATLESSはハヤカワ文庫の原作とアニメを並行して読み進めていて、いま21話まで来た。原作は2012年、アニメ化は2018年だけど、「アナログハック」というテーマはChatGPTがある今、現実味が出てきてすごく面白くなってる。 長谷敏司氏のブログ記事: 「アナログハックの時代が、そろそろ始まりそうだ」

超高度AI《ヒギンズ》が最初に設計した(そして爆破された)のが《イライザ》、というところで「ピグマリオン」「マイ・フェア・レディ」から名前を取っているということに気づかないといけないの、俺にはムリ〜

それはそれとして、主人公の「遠藤アラト」の「アラト」って「新しい人」なんだろうなあと想像した。

ネットで見つけたコメント (ソースはこちらのコメ65 を補完):

「なんというかレイシア級は製造目的からすると、最初からあえて不完全にできていて、人間と一体運用されて初めて製造目的を達成できる様になってる節がある。
  • 戦略組めない人との戦いに勝つ道具 (紅霞)
  • 新しい物を生み出せない進化の委託先としての道具 (スノウドロップ)
  • 自分から積極的に動けない環境を整える道具 (マリアージュ)
  • 行動が行き当たりばったりな人間を拡張する道具 (メトーデ)
  • ってポンコツだらけやん」

    これはなるほどと思った。レイシアはアラトと組むことでこの物語の結末を生み出した。でも別の人と組むことによって、レイシアは「邪悪な謀略を繰り出す政治マシーン」となるIFもあったのだろう。

    逆にたとえば、スノウドロップが人間と組むことによって人間が進化するIFもあったのかもしれない。(とはいえ、そもそもスノウドロップに人間と組む動機がなかったけど。)

    そのようにヒギンズは「娘たち」を設計し、最後に設計されたレイシアが人間と組むことで破滅を避ける可能性を生み出したが、それでもギリギリ運任せだった、と読める。


    (20231029) 「BEATLESS」長谷敏司 (文庫版)を読了した。4月に購入してからアニメ版と並行して読んでいたが、やっと終了。アニメ版はモノローグがないので、アラトが状況に振り回されているようにしか見えないところも多々あるのだけど、文庫版の方でだいぶ補完できた。

    アラトはチョロいと言われつつも、自分の結論にたどり着くところは(宇野常寛的な意味での)決断主義ではなく、「ビジョンを持てるかどうか」の違いとして描写されていたと思う。

    いろいろ考察はできるけどそれは置いといて、印象深いシーンを思い出すと、始終冷静なレイシアよりは紅霞やメトーデのほうを思い出す。メトーデの悲痛な「信じて、信じて」が胸に来る。(「心に茨を持つ少年」のようだ。) むしろ紅霞やメトーデのほうが人間臭い行動をしていた。


    (20240317) 「redjuice × 長谷敏司対談」 さいきんBEATLESSを読んだ私には面白い記事だった。

    redboxってのは、BEATLESS内での造語で、AIが作り上げた人類未到産物のこと。AIの進歩を人間が必死に追いかけていることを赤方転移(遠ざかっている天体から来る光が赤い方向にずれる)になぞらえてredboxと読んでいる。もし人間が追いかけるのを諦めたらそれはblack boxとなるということを含意している。

    BEATLESSは2012年の作品だけど、いまのAIの状況を踏まえて読むことでより実感を持って読める。アニメも小説もおすすめ。


    2024年06月06日

    「ヒヤリハット、BSS、キャッキャウフフ」(さうして、このごろ2023年10-11月)

    (20231024) 今日もまた、私利私欲を抑えて、他人のために行動してしまった(2件)。これが自己満足でなければよいのだけど。


    「クラシック・コンサートでの咳」

    自分は「一発だけ出るしゃっくり」(たぶんチックの一種)を持っているので、この話題に興味がある。

    講演の話者でやたらと咳をする人がいるけど、あれもチックだと思う。コンサートの観客で咳をする人もたぶん同じだ。

    咳をする人はすごく限られているし、それはランダムには発生してない。その人達は緊張から緩和されたタイミングで咳をする。あれを悪意で捉える必要はないと思う。逆に、意識して抑え込まないと出てしまうタイプの行動だと思う。

    それとは別に、contagious yawningと同じように、伝染する側面があるのも面白い。


    「飲み会で年上におごってもらったら」云々

    自分は学生の飲み会があったら、金だけ出して、口は出さない、なんなら顔も出さないように心がけてる。仕送り生活で学生並みの財政状況なので、毎回ちょっとしかお金が出せなくて申しわけないと思ってる。

    だから後日に礼を言われることを期待してないし、されても困るし、されたこともない。


    今日はなんかちょっと調子が悪かった。ランチャー(Alfred)で"Slack"と叩こうとして、"S"まで入れたところで止まってしまった。その次は"vs code"と入れようとして、なにから入力すればいいか10秒ほど時間がかかった。

    なんかこういう、急に頭が働かなくなる感じは、先崎学や田中圭一や相原コージとかのうつ発症エピソードで見たことがある。いまのところそこまで深刻な感じはしないのだけど、ヒヤリハット事象として、ここに記録しておく。 たいしたことでないといいのだけど。


    IHヒーターのIHってなんの略だっけ?とググってみたら、1ページめにはIHヒーターの価格.comとかアマゾンとか楽天とかそういうのばかりで、IHがなんの略だか調べるためにはぜんぜん使えない。それぞれのサイトはSEOを頑張るだろうけど、けっきょくのところGoogleが商売に関連するものばかり優先しているのでこういうことになる。俺は、こんな世界は、イヤだ。


    eLife編集長のマイケル・アイゼン氏が解任のニュース。 マイケル・アイゼン氏がSNSで風刺ツイートを支持したことが発端で、イスラエルよりパレスチナ側に立っていると非難されたようだ。(記事にもあるように)氏自身はユダヤ人であり、ハマスのしたことを避難しているにもかかわらずだ。

    FBでは、(自分の知り合いの)ユダヤ系の研究者がイスラエルによるガザの爆撃への支持を表明してプチ炎上している。

    研究者として他人事ではない状況だ。この状況で見えてくるいろんな人の行動から、どのくらい信用が置けるか情報集めをしておこうと思った。(ちなみにこのFBの人は、「IITはニセ科学論文」に署名してた。)


    「絵柄の古さの話題」 この記事経由で、やぶうち優の画風の変遷を見たら、ちゃんと今っぽく調整されているので、スゲーって思った。


    岡崎市が東海オンエアの聖地巡礼で若者が集っている、ってニュース。岡崎を離れて4年近くになるけど、こんなことになっているとは知らなかった。東岡崎駅前のまんぷく家が大行列って、あそこ、そんなにスゲーところでもなかったぞ。


    トミックさんの海鮮丼Youtubeチャンネルは、札幌や小樽の店の情報を収集するためにちょいちょい見てた。でも最近、岡崎魚市場の「平の食堂」が取材されてて、すごい評判良かった。

    これは盲点だった。自分は岡崎市に23年在住してたけど、岡崎魚市場には行ったことがなかった。だいたいあのあたりでお魚市場に行こうとなると、一色さかな広場に行っていたから。

    隣でうなぎを炭火焼きする店にも惹かれる。こんど岡崎に行くときには寄ってみようと思う。


    恋愛代行 (赤坂アカ×西沢5㍉)はジャンプラのコメント欄とか評判良くないけど、自分はもっと西沢5㍉の作風に寄せて、心を抉る方向に行ったら面白くなると思ってた。だから今週の南砺くんのBSS展開は好き。

    「突然胸のこの辺りがキュッとしてきて…吐き気とともに脳がチカチカしてきて…」って言いながら「チカッチカッ」ってする表現、あれ福本伸行の「ぐにゃあ」に匹敵するナイス表現だと思う。

    極度のストレスで知覚が歪み、視野が狭くなる感じ、そして、目の前が真っ暗になるのではなくて、オチそうになっては復活するのを繰り返す、そういうのが「チカッチカッ」っていう表現だと理解してる。(追記: 見返したら、そんなに秀逸な表現でもないかと我に返った)


    劇場版「ぼのぼの」(1993)が各動画配信サービスで配信をスタート、というニュース。 これ観に行ったわ。そのときのことについて語るつもりはないけれど、私の人生にとって、重要な瞬間だった。

    封切りされたのが1993年11月13日なので、たぶん11月中に観に行ったのだろう。でもって泥酔して湯島の坂で自転車で転倒して左耳を7針縫ったのが、1993年12月25日。激動の日々だった。あのとき俺は死んで、そのあとの俺はずっと抜け殻だ。(おおげさ)


    "The future that Babin had cackled about at the alligator party was already here."をdeepL翻訳したら、「バビンがワニパーティでキャッキャウフフしていた未来は、すでにここにあった。」となった。 キャッキャウフフと訳すとは、やるな、deepLと思った。


    2024年06月01日

    「デート中おばあちゃん助けた話」を見て考えた

    (20240531) 増田の「デート中おばあちゃん助けたらフられた話」への返答が荒れてるの見て驚いた。

    てっきり「デート中おばあちゃん助けるみたいな偽善的な行動うざい」「美徳シグナリングうざい」みたいな話かと思ったら、そういうのじゃなくて、素で増田の行動が「デート相手を大切にしてない」という意味で批判されてた。ちょっと納得いかなかった。


    (20240601) この話題なんか気になっていたのだけど、このブコメを見てだいぶ問題が明確になった。

    「ヤンキー気質がモテる理由の一つがこれ。周りに迷惑をかけ、授業などの毎日の行事を軽視しながらながら「自分達2人の仲間の空間をを最優先」」

    これ見て疑問が氷解したのだけど、これって松尾匡の「右翼と左翼」で扱われている「ウチとソト」の問題だ。

    詳しくはリンク先を読んでほしいけど、松尾匡によると、右翼か左翼か、という二分法は正しくなくて、じつは右翼とは「ウチとソト」に分けたときのウチの味方であり、左翼とは「ウエとシタ」に分けたときのシタの味方である、というねじれの関係にある。

    松尾匡の右翼(=共同体主義者)は道義的正しさよりもウチに味方することを重視する(例: カスハラするヤンキーとその彼女)。 松尾匡の左翼(=リベラル)は身内かどうかでなく道義で判断するから、共同体主義者からすれば、身内を裏切る信用ならない者と思われるし、その行動は偽善的だと思われる(前述の美徳シグナリング)。

    会社の腐敗を告発された社長(だけではなく社員)が告発者を避難する例がしばしばある。ここで告発者は身内と道義とを秤にかけて道義を選んだのだけど、社長(だけではなく社員)は身内を裏切ったことを非難する。道義よりも身内が大事だから。

    こういう「道義よりも身内が大事」という感覚を前述のブコメは「ヤンキー気質」と呼んだけど、じつのところそれはふつうの人間に広く共有されていることなのだろうと思う。

    増田とその反応を見ると、思った以上に共同体主義者(道義よりも身内)が多いようだ。増田とはてブのいいところは、建前の裏に隠された正直な心情が垣間見れることなので、そういう意味では有益な情報だった。

    (徳倫理学にも関係してそうだが、今はそこは掘り下げない。)


    以上を踏まえて「デート中おばあちゃん助けたらフられた話」(およびそれへの反応)に戻ると、「デート中おばあちゃん助けた」人は、身内よりも道義を優先したと言える。そして身内よりも道義を優先とは、「ソトに味方」することではなくて、困っているかそうでないかという軸(ウエとシタに対応)で、困っている人に味方したということ。

    しかしデートの相手およびそれに同意した者は、その行動を「身内を大事にしない」と受け取った。しかしこれは上記の通りねじれている。「デート中おばあちゃん助けた」人は、もしデートの相手(身内)が困っていたなら親身になって助けてくれただろう。だからあの例は、悲しき行き違いだったのではないか。

    とはいえ、「釣った魚に餌はやらない」的な態度で身内を邪険にする行動方針を取る人だという可能性は残る。これは松尾匡の「逆右翼」(ウチよりもソト)に該当する。(生徒のことばかり気にして家族をおろそかにする校長の例がブコメにあったけど、あれはこの範疇。)

    ところで自分が同じ状況だったらどう行動するか想像してみた。自分なら、話題を切らさないことばかり気にかけて、べらべら喋って、周りが見えてなくて、困ってるおばあちゃんにも気づかずに通り過ぎてしまう、というのがいちばんありそう。(ダメなヤツ)


    追記: ここまで書いてみると、世界で起きてる紛争だけでなく、ネットで見られるいざこざについても同じ理屈を援用できるなと思った。具体的な例には触れないが。つまり、「道義よりも身内が大事」は根深い。根深いのはそれが「理性と感情」の問題だから。


    2024年05月24日

    「本音ベース」と「体裁ベース」

    (20231022) 「就活に苦しむインテリの学生に社会の真実を教える」 このブログ記事が面白い。

    私は大学教員として、逆向きからこの事象を語ることができる。つまり、教育の場面で、本音ベースで哲学的に突き詰めてほしいところで、体裁ベースで対応されて消化不良になる、という話。具体的な場面を書くことはできないけど。

    「よく会社の人が「大学の人は世間をわかってないから」って言うけど、その世間とは会社での常識であって、大学の人だって大学という世間で生きてるのだ」なんて議論がある。

    これで会社の人を説得することができないのは、まさにこの記事にあるような「体裁ベースでの一貫性を重視する」というような感覚を満足させられないからだと思う。

    たとえば大学の人はそもそも論とか事態の本質とかを議論したがるが(わたしもそう)、体裁ベースでは、それはイマココの問題を解決しない。

    これは大学の財政問題への社会人からの冷ややかな目にも直結している。「そもそも教育とは云々」では「集中と選択」が持つ難点を説得できない。そうではなくて、「イマココの問題を解決するためには、集中と選択はまずい選択」という方向の議論が必要。

    ちなみに元のブログ記事で言ってることは「本音と建前」の語で長らく語られてきたものだと思う。でもそれを「テイ」という言い方をすることで、テイの内部での一貫性が要求されることを強調したところに価値があると思う。


    2024年05月21日

    「ココロのプログラム」最終回まで読んだ

    (20231017) 「ココロのプログラム」の最終回は安直な終着点にはならなくてよかったと思う。(八足す一のエピソードをはじめが思い出したりはしない。)

    それでも違和感はある。主人公(九)のセリフ「どうやらこの世界はそういう風にプログラムされているらしい」でタイトルが回収された。(プログラムされていたのはいちこだけでなく九も同じということ。)

    もしここが「どうやら僕は〜」となり、九が自分の気持ちを諦観とともに表現していたのなら、成長の証拠で話が閉じられただろう。しかしバッドエンドを繰り返す方向性が、希望のある筆致で表現された。それを納得させるだけの描写が欠けていると思った。(コメ欄の炎上も動機は重なってる。)

    この漫画でのアンドロイドの扱いは、あくまでも二人の間に障害を作るためのギミックとして導入されているだけで、設定は練り込まれてない。それが証拠に、いちこが感情を理解できないことが二人の間にディスコミュニケーションを引き起こしたりしない。

    もちろんこの話はSFではなくてラブストーリーなのだから、この設定自体が前面に出てくる必要はない。でも設定が練り込まれてないと、行動原理が見えなくなって、人格がストーリーに従属してしまう。

    川井マコトの「甘えたい日はそばにいて。」のときも同じことを思った。こちらでも、なぜ記憶の消去をひなげしが恐れるのか説明がないので、アンドロイドの行動に見えない。

    「ココロのプログラム」はすごく繊細に描かれているので、描かれていることを自体は不用意に描かれたものと読むことはできない。たとえば「いたいのいたいの飛んでゆけ」の歌を覚えていたこと自体がはじめの記憶であるという微かな希望は、「八足す一」のエピソードを覚えていないことから裏切られる。(つまり「いたいのいたいの飛んでゆけ」の歌は記憶ではなくて、ミームとしての伝播だったということ)

    しかし、このことに九が気づき、落胆する表現がない。だから九が何をわかっていて、何をわかっていないのかが、読む側にはわからない。


    2024年05月18日

    「暗黙知、悪役令嬢、みよしの」(さうして、このごろ2023年9-10月)

    最近のSNS使用状況: これまでSNSでは、Twitterをずっと更新してきたけど、2022年11月からはMastodonに移動した。(Twitterのアカウント自体は残してあって、たまに告知用に使ってる。) Mastodonでの更新は2023年9月に終了して、そこからはBlueskyに移動した。Blueskyは2024年2月から閲覧にログイン不要(一般公開)となったので、そのままひきつづきて更新している。


    Togetter: ”技は盗め”という人を淘汰したい

    職人が自分の感覚を重視してマニュアル化しないのは良くないこと、というのはそのとおりなのだけど、ここしばらく「暗黙知」について学んでいるうちに、もう少し考えが深まってきた。

    職人が持ってる技能というのは、暗黙知として非言語的、身体的に獲得されている部分が大きいので、そのすべてをマニュアル化することはできない。だから、言語化、マニュアル化できるところはするとしても、それだけで解決するような問題ではない。

    そんな難しいことを言ってるつもりはない。それは、「どんなにプログラミングのやり方を教科書で学んでも、自分でコード書いてみないとわかったことにならないよね」の延長上にあること。


    『下り坂・上り坂運歩』 これはこの間の三角山で試してみたけど、たしかに有効だった。ずっとはやってられないけど、ゆるい下りが続くところとかでこれをやると、膝への衝撃が軽減される。


    "Exploring the Mythical Chords of God Only Knows"という動画を観た。イントロのキーがEだって言っていてびっくりした。でもイントロのフレンチホルンのメロディーからすると、Aメジャーではないんだと。(d音でなくd#音だから。)


    ひさびさにエレキギターを鳴らしてみた。コーラスとリバーブかけて、シューゲなコード弾き:

    Dm(add9) X57760
    Ab(add9) XX6546
    

    の繰り返し。


    「好きなアニメ聞かれたときの正解」

    過去の名作「アニオタが非オタの彼女にアニメ世界を軽く紹介するための10本」を思い出した。当時、この自意識とキモさには衝撃を受けた。共感性羞恥的な意味で。

    でもってこの問いについてだけど、これ正確には、「ニワカと思われず、しかしキモいとも思われないようなチョイスとは」ということだろうなあ。2023年の今なら京アニでいいんじゃないの?「氷菓」か「ユーフォ」で。

    さらにブコメ見ながら考えてみたけど、2023年9月現在なら「スキップとローファー」って答えるのがかぎりなく正解に近いな。


    日本の「悪役令嬢もの」と韓国の「悪女もの」の比較

    Webtoonの特徴の記述が面白かった。「たくさんの登場人物がいろんなところでいろんなことをするという表現が性質上合わない」「時間の経過や1人のキャラクターの視点を生かした表現は得意」「横幅が狭いので背景が少なく、場所の転換が伝わりにくいこと」

    Webtoonって「ものすごく縦に長い漫画」ってかんじで息苦しさを感じることがある。Youtubeの動画をPCでみているときに、横長の画面に縦長のスマホ映像を見せられたときの窮屈さというか。

    とはいえこれは一時的な局面であって、表現上のブレイクスルーが今後あるかもしれないけど。


    先日狸小路商店街に行ったときにいままで言ったことがなかった「みよしの」に行ってカレーと餃子のセットを頼んだ。普通のカレーと餃子だった。とくに金を出していく必要はなかった。生協のカレーのほうが安くてお得。あと、客層が老人ばかりで、なるほどたしかにこの店は昔から地元に愛されているのだなと思った。


    安宅和人氏が旗振りしていた10兆円ファンドが「国際卓越研究大学」になって、東北大が選ばれた。

    京大職員組合からの声明

    正直、また「選択と集中」かよって思う。とはいえ文科省ががんばって財務省からお金を取ってきてくれたとも言える。問題なのは、財務省を納得させるためには「選択と集中」とならざるを得ないというネオリベ的な苦境に我々はいるということ。

    世間を味方につけたうえで、財務省を説得する、この二つを両立しないと解決しない。これが「ネオリベ的苦境」の意味。


    コイントスは上側が50.8%

    元論文: https://arxiv.org/abs/2310.04153

    これって有意検定の説明に使えそう。よく使われる帰無仮説と対立仮説はH0: p=0.5, H1: p≠0.5だけど、これを使えばH0: p=0.5 (等確率の原理)とH1: p=0.51 (物理モデルからの予測)の二つの仮説で、ネイマン=ピアソン流の仮説検定を使えるので。

    あと、nが多いと何でも有意になる問題、の説明にもなる。35万回のデータがあるので、empiricalな分布50.8%を帰無仮説50%からの乖離でt検したら有意になるので。


    2024年05月17日

    心理的安全性と定型発達症候群

    「「心理的安全性」はなぜ混乱を招き続けるのか」のブコメで「サバサバ組織」って表現があって、いいなと思った。

    それで思ったんだけど、心理的安全性って「定型発達症候群」である人には難しいことなんだと思う。だから誤解は尽きないし、実現は簡単ではない。(ついでに言えば、アサーティブ・コミュニケーションもそうだな。)

    ところで、ASDでない人をぜんぶ「定型発達症候群」と呼ぶのはたぶん間違いで、ASDの反対の極により強く「定型発達症候群」をもつ人がいるという分布になってるんだと思う。

    (「定型発達症候群」はインターネットスラングであって、医療的な正当性はないけれど、将来真剣に扱われる日が来ると思う。)

    「反対の極」とは言ったけど、簡単でないな。 「周囲の人の顔色を気にしすぎる」が社会生活を困難にするのであれば、それはSAD(社交不安障害)であって、「定型発達症候群」ではない。

    「定型発達症候群」という言葉がもともと、ASDの社会モデルという考えを際立たせるために使われた表現であることを考えるなら、ASDでない人を「定型発達症候群」と呼ぶという元の表現が間違っているわけではない。でもなんかそれだと、「定型発達症候群」の解像度が上がらないように思う。


    2024年05月15日

    三角山に登ってきた。ストックの突き方から水泳技術へ

    (20230927) そろそろ運動しないとまずい、ということで先日三角山に登ってきた。ヤマレコ記録

    札幌から行くならいちばん初心者向けの山なのだけど、行き帰りそれぞれ40分弱で無事怪我もなく戻ってきた。左膝の手術後初の登山なので、達成感はある。三角山はきついところは意外ときつかったので、下りで膝を傷めないように細心の注意を払った。

    次回は藻岩山に行こうと思う。なんなら下り(帰り)はロープウェーでもいいし。

    三角山は短いなりにけっこう段差のある登り、下りがあったので、ちゃんとトレッキングポールを使おうと思って、いろいろ情報を集めてる。

    登りについてはこれがけっこう納得いった。あなたの使い方は大丈夫?山登りで疲れを減らすトレッキングポール ストック/実践編【ヤマスタ】 つまり、前に突くのではなくて、後ろから支えてあげる。これによって腰が引けて前傾姿勢にならずに済むというメリットもありそう。

    下りについては、ポールを前に突く動画をたくさん見たけど、アクシデント時にポールに体重がかかるのが怖いと思った。yamakei-onlineの記事で「下りではポールを後ろに突く」というのを読んで、深く納得いった。じっさい、自分が左膝の手術をして松葉杖を突いていたときは、リハビリの人にこのように教えてもらって地下鉄の階段とかを降りていたので。

    こっちの動画にあるように、右足から降りるときが左足側のストックを突く。これも松葉杖と同じ。

    で、なんでこんなことになるかというと、山登りの上手い人は軽快に上り下りできるから、そのうえで膝に負担がかからない方法について説明している。でも私(とかその他多くの高齢初心者)にとっては、そんな軽快に上り下りできなくていいから、怪我をせず安全にゆっくり上り下りするための方法を知りたいんだ。


    自分は高校での水泳部出身で、そのあとコーチとかもやっていたので、水泳の教え方については長年興味がある。たぶんここでも同じことが起きてる。

    その昔自分が泳ぎの教え方を学んだときに革命的だったのは、水は固体ではなく流体であることを考慮すべきということ。端的に言えば、水を後ろに押すのではない(それでは渦ができてしまう)。抗力と揚力の合計ベクトルが大事で、そのために水に対して斜めに掻く(S字プル)、って話だった。 でもこれでもまだ理論としては古い。水泳では止まった水を掻くのではなくて、自分が動きながら相対的に動いている水を掻くので、もっと難しい問題を解かないといけない(スピード依存的に最適な軌道が変わる)。

    だから、高齢の初心者に水泳を教えるためには、そもそもスピードが乗ってない状態でどうやって推進力を生むか、を伝授する必要がある。

    その昔、total immersion swimmingというのに興味を持って練習していたことがある。あれはけっして主流にはならなかったと思うけど、推進力が少なくて、姿勢が立って抵抗ができてしまう人にとっては福音となるものだったと思う。(ただし、一掻きごとによく延びるためには、それなりに腕力が必要なので、かならずしも高齢者に向いているというわけでもないが。)

    昔のブログに書いた関連記事: クロールの最新理論

    total immersion swimmingについての最近のネットの反応をググってみた:

    total immersionは競泳スイマーのためのものではないが、トライアスロンでは有用視されている、このあたりは私の認識と齟齬がない。


    2024年05月13日

    Unity炎上(2023年9月)から自分のポリシー語りへ

    「価格改定で大荒れのUnityが「無料プラン続行」「既に発売済みのゲームは対象外」などの見直しを発表」のニュースがやっと来た。

    それでも勢いは止まらず、「Unityへの信頼が失われたとして最古の公式Unityユーザーグループ「B.U.G.」が解散」というニュースが届いた。

    (例のコピペ「ひとたび壊れた器は、二度と元には、元には……」を貼りたい気持ちになったが、実名でやってるのでそういうことはしないのだった。)

    自分はネット業界のこういうEVILな動きには敏感な方だと思う。

    そもそもなんでいまレンタルサーバー(さくら)でブログをやっているかというと、それまでやってたはてなダイアリーから引っ越したからだ。当時はてなが記事の著作隣接権を行使して収益化しようという動きをした。(2004年の後半あたりのこと。ググっても見つからないが。) それはけっきょく撤回されたのだが、私はもはや信用はできないとして、引っ越しを決断したのだった。

    今もTwitterからの移動を試行錯誤しているけど、こちらはよい引越し先が見つからなくて困ってる。Blueskyもこのままずっとクローズドベータのままなら見限る。

    クローズドの中で記事を書いてる自分の現状は気に食わない。Clubhouseが流行ったときのしゃらくさい印象があるので、「俺の記事が読みたかったらBlueskyに来いよ」みたいな煽りをするつもりはない。

    いまのところ、SNSに記入=>ブロク記事に再利用ということで公開する道筋を作ってあるので、それでよしとしている。ただ、私のブログのいまの最新記事が2022年11月のmastodonの書き込みだったりするんで、時間遅れが大きすぎる。

    当時はこれではてなは終わるだろうと思ったが、そんなことはなかった。おそらくtwitterもこのまま生き延びるのだろうし、Unityも今回の変更によって生き延びるだろう。それでも私の嫌悪感は拭えない。

    以前のブログ記事でも書いたけど、Googleの検索も収益化のために最適化しすぎて使い物にならなくなってるのが不満。

    自分はwebを始めた頃(90年代後半)にGNU/Linuxのオープンソースムーブメントにかぶれ、ゼロ年代のWeb 2.0での標準化とロングテールに希望を見出した人間なので、フリーミアムの矛盾が噴出した現在の状況に幻滅している。それでも自分のアップデートを続けようとは思っているけど。


    2024年05月11日

    「喜久屋書店、三和音の表記、ONE」(さうして、このごろ2023年8-9月)

    (ここまではmastodonでの書き込み。ここからはBlueskyに移動している)


    2023年8月 仙台での神経科学学会への参加記録。

    南國堂でインド定食。カジキマグロのカレー、というのが良かった。ベジカレーも優しい味なんだけどけっこう辛いというバランス。また行く機会があったら行ってみたい。

    仙台の学会終了。帰りにいつもの巡回ルート(仙台朝市から魚臭いアニメイト)に寄ってみたら、アニメイトは移転していて、跡地にメロンブックスが入っていた。札幌よりも大きいかも。

    でもってアニメイトは「仙台駅前イービーンズ」というところに移転していた。ここがスゲーオタクビル化していて感動した。らしんばんも大きいし、ボークスも充実してる。次回イービーンズに行くときはあらかじめイベント情報とく必要がありそう。

    あと飛ばす予定だった喜久屋書店がすごい。漫画家の色紙がずらりと並べられていて(二千点と書いてあった)、もはや博物館のようで、それをみているだけで時間が飛ぶ。

    喜久屋書店の色紙が並んでる写真。ほぼすべての棚がこんな感じだった。これちゃんと見て回ったら、けっこう時間がかかるはずなので、次回はちゃんと時間を取って見に行きたい。

    そういうわけで、いつもの仙台駅中すし通りに寄る時間がなくなって、そのまま仙台空港へ行くことに。



    C7の“7”がドから7番目のシ(B音)じゃない理由

    わかる。ほんとうは |三和音|7th|9th|11th|13th| という表記にして統一すべきだよな。

    三和音部分は(C, C-, C+,C°), 7,9,11,13のところは(b7, 7), (b9, 9, #9), (11, #11), (b13, 13)みたいに分けておくのが体系的ではある。

    そうすると、C7, Cmaj7, Cm7, CmM7はそれぞれ、C(b7), C(7), C-(b7), C-(7)と書ける。


    "Rockafeller Skank"は1998年に岡崎の街を車で走りながらzip-FMから流れてきたのを思い出させる。

    "You get what you give"は1998年に西友の前のレコード屋がまだ繁盛していた頃に、CD試聴コーナーで聞いたのを思いださせる。

    ショッピングモールで流れていたような偽の記憶がうめこまれているが、たぶんそれはPVの影響だ。

    思い立って再聴してみたら、"You've gotta music in you"で涙が出てきたので、俺はまだ大丈夫だと思った。


    (将来的に)「音楽はAIと自分とで作った曲をAIに聴いてもらうものになる」

    これはわかる気がする。私が作った曲を誰も聞いてくれなくても、AIが点数とかつけてくれるなら、それでいいのかもしれない。というかそれって、採点付きのカラオケで高い点数とるのにがんばるのと同じだな。

    (採点付きのカラオケで、採点システムをハックするために、なるたけ崩さないで歌うようになることを考えると、よく似たことが作曲評価システムでも起こることも予測できる。)


    (20230909) いま18時になったところだけど、太陽がもう沈んでる。調べてみたら、今日の日没時間は17:57だった。先週まで夜の室温が30度を超えていたというのに。秋の日はつるべ落としだ。


    スティーヴ・ライヒは何回か挑戦したが、毎度ちょっと聴いては途中で飛ばして、またいつかってかんじだった。でも"Electric Counterpoint"はギター曲なんで、フルで聴けた。

    とくにこの映像はRadioheadのJonny Greenwoodによるもので、とてもいい。


    bloodthirsty butchersってギターは最高なんだけどボーカルが受け付けないなあと思ってた。でも「7月」のライブ版を聴いてて、なんか(ジョイ・ディヴィジョンの)イアン・カーティスっぽいなあと思ったら、いっきょにボーカルにも味わいがあると思えるようになってきた。


    「トラウト・マスク・レプリカ」の第1曲めの"frownland" のギターコピー。これはたまげた。

    さらに調べてみると、 "frownland"の楽曲分析をしているのも見つけた。


    “Hello, world.”のED曲"BLAZE UP"って広瀬香美の"promise"が元ネタだったのか。20年経過してはじめて気がついた。

    ハロワって今にして思えば「萌えで隠したハード展開」っていう、まどマギの前身ではあったな。虚淵玄がシナリオ担当なわけではないけれど。


    "ONE."は樋上いたるが戻ってリメイクする(リファイン版)ということで期待している。fhánaによるOPもよかった。長森の声は黒川あかね/椎名真昼の声優だって。

    アウトロに入る部分(1:49)で「輝く季節へ」って文字が差し込まれて、「輝く季節へ」にインスパイアされたフレーズが始まるとこ、こんなの泣いちゃうじゃん? いや、感情が鈍麻してるから泣かないんだけど。

    あの日 僕を救った 永遠という光 やっと時が来たんだ 言わなくちゃ さよなら またどこかで


    2024年05月09日

    「シーン、濁川くん、華倫変」(さうして、このごろ2023年6-7月)

    こちらのブコメ経由で知った文章:

    「私なんかが地方でよく聞く、そして聞くたびにウンザリするのが、「ココは田舎だし、面白いものなんか何もないですよ」みたいな云い草である。」「 そりゃ東京や京都にでも出りゃ“面白い”人やモノにいくらでも出会えるでしょうよ。しかしそれはオマエが生み出した“面白さ”じゃないだろう。どこでもいいが、とりあえず自分がいるところを“面白く”できないような奴はしょせん消費者なのだ。」

    そうだよなあ。「シーン」は世界中いたるところで生まれ、消える。そのどれが大きく育つかはわからない。「シーン」は消費するものではなくて、コミットするもの。コミットできなかったとき、お客様となり、あとから消費することしかできない。(ケン・キージーの「マジック・バス」をイメージしながら書いてる)


    「東京に住んでいない俺がどこで文化を享受しているか」 これはよかった。

    昨日書いた「シーン」の話の続きだけど、「文化に触れているつもりで消費しているだけ」から逃れるためには、べつに文化を生み出す制作者にならなくても、こうやって道を這いずるカニとガルシア=マルケスをつなげることができればいいんだよな。それを増田に書くとか、mastodonにこうやって書くのも生産的な行動だ。それがバズる必要なんかなくって、銀河通信でいいんだ。


    「若者の『動画に比べて漫画はタイパが悪い』という感覚が分からない→情報処理の方法が違うのでは?」

    これは納得いった。自分は動画って時間の無駄すぎると思っていたが、「新しいことの概要を学ぶ」みたいなときには入門書を流し読みするのではわからないものが動画にはあるということを実感した。

    そのうちYoutubeで講義をアップしようという計画があるのだけど、それはやっぱひたすら「入門」に特化すべきだなと思った。


    『皆、本当に他人を『好き』になった事あるの?』 ブコメ

    この感覚は非常によく分かる。ドパミン出まくっている感じで、世界が変わって見える。私も短い期間だったがそういう経験をしたことをよく覚えている。


    Jimi Hendrix / West Coast Seattle Boy: The Jimi Hendrix Anthology での"Little one" 初めて知ったけど、聞いてすぐにこのシタールはデイブ・メイスンだなと気づいた。これはとてもいい。そうそう、こんなふうにシタールを弾いてみたかった。spotify Noel Reddingが歌ってるバージョンもあるが、一挙にしょうもなくなるので、歌無しがよい。


    僕ヤバの濁川くん(イマジナリー京太郎)の声が福山潤なの、最高だな。解釈一致とはこのことかっていう。

    「華倫変 没後20年追悼原画展」 これ見逃してた。いつのまにかkindleで再販しているし、すげえなあ。

    ちくさ正文館書店が閉店というニュース。自転車や車で名古屋に行ったときに必ず通るコースで、ペヨトル工房の「夜想」とか、サブカル系の書籍や雑誌を立ち読みしたものだった。お世話になりました。

    「指摘を批判と捉えない」 これをみて、いつぞやの「批判なき政治」じゃんって思った。


    アゼルバイジャンの料理系Youtubeチャンネル わかる。

    わたしが好きなのは"WILDERNESS COOKING" おっさんが一人で黙々とでかい羊を瓶で焼いたりする途中で、4Kでの美しい自然画像とか鶏がバタバタ走るのとかを映すの。すごくよい。スーペル!


    ツイッターからサルベージ:

    • 沈むタイタニックで、他人を押しのけずに、静かに死んでゆきたい。(2022年8月27日)

    • コミックを読む能力が衰えてきているのを実感する。このあいだ一念発起して(<-?)、積んでたごちうさ4巻を読んだら、読み終えるのに2時間弱かかったのにはびっくりした。(2022年7月11日)


    2024年04月28日

    「報酬予測誤差、スイートホーム・アラバマ、スキロー」(さうして、このごろ2023年5月)

    「意識の科学入門」のスライドの準備中。報酬予測誤差ニューロンの説明を見るとどれもSchultz 1997の図を書いておしまいなのが不親切だなあと思う。まず

    1. 「報酬ニューロン」というのがあったらどういう活動なのか示して、
    2. さらに「報酬予測ニューロン」というのがあったらどういう活動なのか示して、
    3. そのうえで報酬予測と実際の報酬の誤差を計算するとしたらどうなるか、 という3段構えにするべき。

    そもそもSchultz 1997のデータはしょぼいし、反応の抑制が小さいので、もっと新しいデータに差し替えるべき。オプトとボルタメトリーとかでもっとわかりやすいデータがあるんだから。

    調べてみたら、銅谷さんの図(Bayesian Brain)が比較的親切だった。

    Voltametryについては、LH刺激の文脈でNieh EH et al. Neuron. 2016を引用してみた。こんなかんじでclassical trace conditioningについてもvoltametoryの図を入れようと思ってる。(図は作ったけど、論文の図を引用しているので、掲載割愛)


    「サザンマン」vs「スイートホーム・アラバマ」 以前書いたこれの続き。

    「スイートホーム・アラバマ」の歌詞で面白いと思うのは、ニール・ヤングの呼び方がだんだん変わるところ。

    さいしょは"Mr. Young"と言っていて、ちょっと他人行儀というか礼節をわきまえた呼びかけになってる。

    次が"Ole Neil"で、これはOle = oldの南部訛りで、「ニールさん」「ニールおじさん」という親密な呼び方になる。

    んで最後に"I hope Neil young will remember ..."とフルネーム呼びをしている。これは「親が子を叱るときにフルネームで呼ぶ」のと似たニュアンスがあるんではないだろうか。べつにここは"I hope he will remember ..."でも意味が通るところだから、フルネーム呼びするのにはニュアンスがあるはず。

    …ということをtwitterかブログに書いたはずなんだけど、見つからない。


    夜の秋葉原で踊るRAB この閉店後の秋葉原の風景にキュンと来た。終電もなくなった深夜の本郷から家までの帰り道に、自転車に乗って、本郷通りからアキバを通り過ぎたときのあの感覚を思い出した。


    今期アニメはいまだかつてなく充実してる。「推しの子」「僕ヤバ」「君は放課後インソムニア」は遅滞なく観てる。「カワイスギクライシス」は遅れつつ観てる。

    「スキップとローファー」「鬼滅の刃 刀鍛冶の里編」「Dr. STONE」「水星の魔女」はかならず観るけど、まだあとでよいという判断。


    「スキップとローファー」観はじめたら最高すぎた。最新回(第4回)に追いついた。

    なんだろう、ドラマティックな展開というわけでもないのにスルスルと観てあっという間に24分が経過してしまう。なんだかおいしい水のようだ。

    なにがいいのだろうか。登場人物の心情により沿いながら話を追っていると、いつまでも観ていられるという感じ。話に作為的な感じはないのに、すごく行き届いているということだろうか?これは説明が難しい。

    あとOP観ると泣けてくる。この「つつきあいながら笑う表情」のところとか最高すぎない?

    スキロー第5回も完璧だった。不自然な主人公アゲとかせずに江頭がデレる機会を作るという、過不足ない描写。こういう面白さというか凄さがあるというのに興奮している。なんか、わたしもこういう感じにものごとを描きたい、という気持ちになった。


    「つばめアルペン」が札幌の女子高山岳部を舞台にした作品なんだけど、藻岩山とか八剣山とかたい焼き一休とか六花亭とか秀岳荘(「吉岳荘」になってる)とかご当地ものがいろいろ出てきて、なんだかうれしい。

    秀岳荘は外観の描写的に北大前店だ。ということは地下鉄の駅も南北線の北12条駅だろうけど、島式ホームになっているので、札幌駅の描写を借りてそう。第10話で夜が乗るのは一番線の真駒内行きで、残り三人は二番線の麻生行きか。


    2024年04月06日

    「100分de名著 ブルデュー」を読んで自分語りした

    ネットでよく出てくる「文化資本」とかあのあたりをちゃんと知りたいと思っていたが時間がないので「100分de名著 ブルデュー」を読んだ。これは面白かった。たしかに(作者がいうように)、これは自分語りしたくなる。


    自分は高度成長期に上京してきた中卒の父と母が死にものぐるいで起業した町工場の家の長男だったので、家に文化的なものはなかったし、おもちゃも買ってもらえなかった。自分は家族の中でひとりだけ突然変異的に勉強ができたのだが、とくに褒められることもなく、逆にプレッシャーもなく、一人遊びばかりしていた。小学校時代は自宅兼町工場でひとり、対数計算尺を紙で自作したり、近所のゴミ捨て場で拾った化学の参考書をみて周期表を書いていた。自分の原風景は町工場でAMラジオから流れていた演歌や歌謡曲だった。

    (80年代当時はツッパリハイスクールロックンロールなヤンキー文化の時代で、その暴力性に心底怯え(自分は当時ある傷害事件の被害者となった)、中学受験をして地元からの脱出に成功した。いまだに「闇金ウシジマくん」「地元最高!」とかガチで怖くて読めない)

    中学は私立の進学校にも合格したが、国立の進学校に行った。それは共学だったからというのもあるけど、うっすら親の経済状況を気にしてのことでもあったのだと思う。(この選択について、自分は親孝行だと自認していた。) その中学は、私のように勉強で成り上がってきた者と附属小学校上がりで金持ちの子息とが混ざる残酷な環境で、私はすぐに差別問題に注意が向いた。(朝日訴訟の本とか読んでた記憶がある)

    こんな育ちだったので、自分は上流社会的な文化には馴染めなかったし、そこでのハビトゥス(服や時計や靴や所作がそのトライブに入るために重要だ)というものを嫌っていた。大学受験のときに自分は医学部には行こうとは発想からしてまったくなかったのだけど、いまにして思えば、あの文化に入らずにいて正解だったと思う。

    100分de名著の著者が「好きな映画監督はカウリスマキ、音楽はジャズ、クラシックではグールド、でいかにもインテリ」と自虐的に書いてる。これはよく分かる。自分とは全然かすってないし、正直そういうのにうっすらとした嫌悪感もある。 (もちろん、そういう嫌悪感を表出するような愚は犯さないように中高の時点から自分を律してきたつもりだし、これは自分の弱点であると自覚して、オープンであるように自己研鑽してきた。でも知らず知らずに漏れ出していたと思う。)

    そうした志向からけっきょくサブカル、アングラに吸収されて、ありがちなトライブに収まった大学生の自分は、まさにブルデューの言説が示すとおりだった。(なお、ここで言うサブカルとは、文学的な上流社会のものではなくて、根本敬/青山正明的なものを指すのだが、当時の自分には区別がついてなかったので、単館上映映画とかアメリカ現代文学とかも含めて、混ぜこぜで消費してた。)

    そんな自分にとっての大きなターニングポイントがゼロ年代にオタクに目覚めたことだった。

    古のオタクの価値観では、裕福な家の子供でたくさんのものを買い与えられて、それに基づく文化資本を構築した者ほど偉いというヒエラルキーがあるので、自分にはまったく縁のない、むしろ敵対するものだった。

    じっさい、自分は特撮やロボット物にいっさい興味がない。(もちろん小学生当時は観ていたが、それに対するノスタルジーを持っていない。) コレクター気質もない。そういうわけで、オタク第一世代(ヤマト)、オタク第二世代(ガンダム)ともにかすりもしなかった。

    オタクに向いた時期的に自分はオタク第三世代(エヴァンゲリオン)に分類できると思うんだけど、ロボット物に興味がないので、いまだに見たことがない。(3話くらいまでみて脱落した)

    でも就職して消費にお金が使えるようになり、ゼロ年代にインターネットの発達でさまざまな言説が手に入るようになった。Youtube前の時代にデモ動画とか観まくったのも大きかった。 並行してそれまでの雑誌文化が衰退してきた。それまで購読してたStudio voice、MARQUEE、クイック・ジャパン、危ない1号とかがみるみる終わっていった。(実際に終了したものもあれば、内容が変わっていったものもあるが。) そんなわけで自分はサブカル、悪趣味文化からオタクへと移行してきた。(たぶん、上流階級的なサブカルの人だったらそこで文芸誌や現代思想に向かったのだと思うけど、自分はそちらに行く素養がなかった。)

    さてこれで自分はどういうトライブに属したかというと、ありがちなネット民(はてな的なギーク寄り)と化したんだと思う。自分は世代的にはバブル世代なのだけど、属している文化的なトライブは氷河期世代かもしくはもう少し若いところで、なんかちぐはぐになってる。星屑テレパスのアクキーとかぶら下げていい歳じゃないんだ

    同窓生の集まりで「昔の音楽は良かったけど、いまの音楽はわからん」って話を聞いたり、人生逃げ切ってアイリーリタイアしてる人の話を聞いたりとかしてうんざりしつつ、じゃあ自分はどうなの?と自問する。

    研究者/大学教員をやっていると、親も研究者/大学教員をやっていたという話にしばしば出くわす。やっぱそういうものかと思うが、親を選べるわけでもなし、本人についてなにか思うことはない。でも、その周りが「XX先生はサラブレッドだからw」とか発言しているのをみたときは、嫌悪感が高まって、平静を保てなかったことを覚えている。

    だんだんとっ散らかってきたので、ここまでとしよう。結論がなにかあるわけではないけど、自分は自分であるように掘り続けてゆくだけ、それがありがちなところに着地にするのだとしても。


    いやいや、これで終わるのは逃げか。ブルデューから始まったのだから、「階級意識」に踏み込むべきだよな。まずは、上のように整理することが出来たのは、自分が隠し持っていた階級意識を直視できたから、と言える。

    あともう一点、私は私で、独特の、強烈な階級意識を隠し持っているのだが、これは言語化しにくい。先日ふと気づいたのは、「誰もが忌み、やりたがらないことを人知れずやるやつがなによりも偉い」という強烈な価値観を自分は持っているということだ。でもそれはこの言葉が示すような単純なものではないし、「ノブレス・オブリージュ」とも違う。これは差別問題とも関わっていて、言語化に気を使うので、今はここまでしか書けない。


    2024年04月04日

    「シュウェップス、ChatGPT、Believe me」(さうして、このごろ2023年4月後半)

    「シュウェップス」ってあったなあ。ブラッドオレンジのやつが好きでよく飲んでた。浪人生だった頃だろうか(1987あたり)。たぶんアサヒビールの時代。いまは見たことがない。トニックウォーターは売ってるか。でもそれ以外はなあ。


    twitter.com/ChainHokudai/status/1650708811601293313 これのつづき。

    テッド・チャンによるNew Yorkersの記事: ChatGPT Is a Blurry JPEG of the Web

    LLMでゴミの記事とか画像とかが生まれて真正のデータと混ざったら地獄だよなあとかは以前から考えたことがある。でもこの記事では、Google検索は「可逆圧縮」であり、GPTは「不可逆圧縮である」という分け方をしていて、すごく納得がいった。GPTによる小論文がぱっと見まともに見えるのは、JPEG画像がぱっと見まともに見えるのと同じく、見る側の人間の特性なのだな。

    かといってロスレスが問答無用に偉いというわけでもない。そしてそもそもロスレスな「引用」自体がそれ以前から壊れている(ソースのわからないインターネットミームとか)ことを考えると、ロスレスであるためにもっとできることはないかと思う。

    あと、要約が不可逆であるとはいえ、人間が要約を組み込みながら新しい文章を作るときになんらか価値を生み出している。ならば不可逆であることとオリジナルであることの関係はもっとややこしいということがわかる。 とかいろいろ考えた。


    “I believe you” と “I believe in you”は違うって話。 これは知ってる。"Believe me"の訳は「信じてよ」ではおおげさで、むしろひっくり返して「ウソじゃないよ」がしっくりくる。

    このニュアンスを私は歌の歌詞で理解してる。Bob Dylanの“I don't believe you”は(昨晩あったことをなかったことにして、まるで会ったことがないような応答をされて)「ウソついてんじゃねーよ」ってニュアンス。

    いっぽうでNeil Youngの"I believe in you"では、女性からの愛(now that you made yourself love me)に応えて、("I love you"ではなくて)「"I believe in you"とは言える」という修辞疑問文になってる。だからこれは、君の気持ちが本当であることは疑ってない、気持ちは受け止める、だがI love you と応えることはできない、というニュアンスなのだと思う。

    …そう思うのだけどsongmeaningsとかまともな解釈がない。


    「「コンサルの面接で「74冊読みました」と言ったら「それは何がすごいの?」と返された」件について」ブコメ

    昔のブコメだけど、これは元記事が正しいなあ。数字の多い少ないの問題じゃないんだよ。面接って雑談ではないので、「能力が高くないと言えないこと」を提示すべきなんだよ。「面接では「能力が高くないと言えないこと」を言って欲しいだけなんですよ」

    この点については、自分で面接官をやるようになって、より実感するようになった。とはいえ「能力が高くないと言えないこと」(それは知識量ではない)を言える人は少ないので、せめて「自分の頭で考えて言葉にできたもの」を引き出したくて、手を変え品を変え質問してる。私自身は毎回ほとんど助け船を出すつもりで質問してる。

    ところで、あの悪名高い「2位じゃダメなんでしょうか?」も、質問した当人は助け舟的な質問をしたつもりだったんだと思う。(デファクトスタンダードを取ることのマーケティング的な意味での重要性とか。) 聞き方がまずいと思うけど。


    このブログを読んだら、なんか、すごくよかった。

    こうやって他人のブログを、記事レベルでなく、時系列追って読んでみるという経験はひさびさだったけど、なんか新鮮に楽しめた。10-20年前はよくやっていたことだったのだけど。

    なにが良かったのかちょっと考えてみたけど、友人との交遊録とかそういうのが一切なくて、ただひたすら一人でなにかやっていることを綴りながら、それに満足している感じがすごくよかったのかも。


    「最強の鬱マンガ」 自分はこのリスト、一冊も読んだことがない。鬱なシーンがあるものはあらかじめ評判を見て避けていたので、正解だったみたい。タコピーですら、話題になっていたときに察知して回避。カンペキ。

    自分はこの種のものに引っ張られやすいと思っているので、かなり自衛を意識している。たとえそれで名作を見逃すことになったとしてもいい。


    以前回ってない寿司を食べたのはいつだったっけな? と調べてみたら、2014年のことだった。

    いまだから言えることだけど、あれは北海道医療大学にジョブインタビューに行った帰りのことで、それはけっきょく落ちたのだけど、とにかく面接を終えた私はその日晴れがましい気持ちで、雪道を二十四軒駅から歩いて向かったのだった。

    あのとき以来回らない寿司には行ったことがない。


    ここ行ってみたい。士幌線タウシュベツ川橋梁跡 この旧国鉄士幌線ツアーとかよさそう。


    2024年03月26日

    「黄砂、サクラ開花、アナログハック」(さうして、このごろ2023年4月前半)

    (20230413) 昨日の黄砂はすごかったみたい。朝駐輪場の自転車を見たら、自転車のシートがすっかり砂だらけになってる。昨日の夜に自転車置いてから一晩でここまでなってる。比較のために、汚れを拭き取ったあとの写真も撮っておいた。これほどのものは初めて見た。



    (20230416) 札幌中央図書館に置く途中で札幌管区気象台に寄ってきた。ミニ大通公園の突き当たりにある。

    「札幌でサクラ開花 記録が残る1953年以降で最も早い」

    「敷地内にある「ソメイヨシノ」の標本木」というのはたぶん1、2枚めにあるやつだと思うけど、近くまで寄ることができないので、開花しているかはっきりはわからん。

    帰りに中島公園に寄ったら、こちらはたしかに桜が咲いてた(2枚め)。札幌にも春がきた!



    「ChatGPTに名前をつけるとやり取りが泣きゲーと化して情緒が壊れ、感情を与えるとAIが人間をコントロールする"アナログハック"が起こる」

    ChatGPT関連で「アナログハック」の語をしばしば聞くことが増えた。ここらでそろそろ積んでたBEATLESSを読むことにした。

    アニメと小説と並行して進めるのがよさそう。小説だけだとバトルシーンとかイメージが湧かないし、アニメだけだと書き込まれた設定を読み取れないので。


    Americaの"Sandman"の歌詞の意味だけど、砂男が眠気を誘う妖精であることから、不眠と(ベトナム戦争からの)PTSDと関連していると想像していた。でもこの記事が明確にしていた。

    "Bunnell wrote this song based on some of those tales he heard, stories about how when stationed in Vietnam, they were afraid to sleep for fear of attack, so they would stay up as long as they could (sometimes with the help of various substances), since sleep could mean death. The "sandman" represents sleep, which they feared. Thus they were always "running from the sandman." (songfacts)


    「やる気1%でも作れるご飯」 これはブコメに同意。やる気1%でこんなことできない。自分はだいたいこんなかんじ:

    • やる気0%: 「布団から起き上がれない」
    • やる気1%: 「トイレに行ってまた布団に戻る」
    • やる気10%: 「冷凍ご飯をチンしてフリカケ」
    • やる気20%: 「冷凍ご飯をチンして納豆ご飯」(納豆を混ぜるのにやる気の10%を消費)
    • やる気30%: 「冷凍ご飯とあり物でチャーハン。包丁使わない、洗い物しない」
    • やる気50%: 「これまで作ったことのあるのもをレシピを思い出しながら作る」(包丁使う、洗い物あり)
    • やる気100%: 「初めて作るものを、買い物に行って食材を揃えたうえで、レシピをネットで検索してそれを見ながら作る」(包丁使う、洗い物あり)

    LAで3ヶ月間住んでいたアパートをgoogle map出調べてみたら、いまもあることが判明。Bachelorタイプが当時は1000ドル/monthだったが、いまは値上がりして1600ドルになってる。

    しかも2011年当時は1ドル80円台だったので月8万円くらいの計算だったが、いま住もうとすると1600ドル=21万円。ありえね〜


    「ツイッターの「おすすめ」に慣れてきた」 これ半分はわかるけど、もう半分は認めたくない感じ。

    自分はWeb2.0の時期(2003年)にはてなダイアリーを始めて、ブログに移行して書きつづけてきた。そこでなんらか知恵が集合するのを夢見ていたところがあったのだけど、けっきょくそれは「いかがでしたかブログ」とか「2ちゃんねるの一般化」とかそういうものに敗北した。

    今でもそういうものに迎合したくないし、Googleの検索結果が商売に最適化されて、書籍の感想とかそういうブログ記事が拾えなくなってきたこととか、Twitterがイーロン・マスクに乗っ取られたこととか、そういうインターネットの現状にハッピーではない。

    だからわたしは「ツイッターの「おすすめ」に慣れてきた」なんてことは言わないで、まだ抵抗している。Tweetdeckで限られたフォロワーだけで作ったTLしか見てない。そうして書いたツイート/トゥートで細々とブログ用の記事を書き溜めつづけてる。そうしながらも「老害」でないありかたで続けていくにはどうすればいいのか、答えは見つかってないのだけど。


    2024年03月15日

    「悍体、玉光堂楽器センター、シューゲ」(さうして、このごろ2023年3月b)

    網膜の「悍体 (rod)」の「悍」が「悍(おぞ)ましい」と呼ぶことを知った。マヂで?

    「「外側?内側?」白菜は"どこから"食べるのが正解?」「料理の際は内側の葉から使うようにすると、栄養分を送る必要がなくなった外側の葉に栄養や旨味がとどまり、最後までおいしくいただくことができるんです。」へー、知らんかった。外側から剥がして使ってた。

    いまテレビで流れてたYellow HatのCMのBGM、 すごくいいんだけど。これチルウェイヴじゃん。Youtubeで探してみた。これ。Youtubeのコメントでも高評価。 会社のサイトを見たが、音についてはとくに情報なし。


    「研究の実験ディスプレイ、なぜあえてブラウン管型? 教授に聞いた液晶型との違い」

    わかる。本質的な問題は遅延時間ではなくて発色の形式の違い。

    「液晶型では、PCからの電圧入力によってディスプレイ表面のフィルター中の液晶分子の方向を揃えることで、バックライトの光を遮るシャッターを形成するという『間接的』な光の提示方法を使っています」というところ。

    横軸に時間を取って光の量をプロットすると、液晶ディスプレイでは、フレームレートごとのスパイクみたいなのが続く。瞬きとか眼球運動とか、そういう速い事象(数msオーダー)と関連する現象に関わる研究では、そういうのを排除したい。

    まあ、自分はブラウン管でないとできないようなことはやってないけど。


    「玉光堂楽器センター」はススキノラフィラにあった時代にベースを買って、移転後はYAMAHAのエレアコを買った場所で、どえらくお世話になってきた。 2021年10月にあそこが閉店してからは、札幌には島村楽器くらいしかないのでけっこう困ってる。(BIG BOSSがあるが、あそこはメタル系で、なんか違う)

    閉店の時のニュース記事を見つけたのでリンクしておく。


    「最後まで読み通せるジャズ理論の本」宮脇 俊郎を読んだ(旧版のほう)。これはいい本だった。タイトル通り、最後まで読み通すことができた。Webサイトにあるmp3を聴くのを含めて、2日で合計3時間くらいで完了。

    Cキーだけに統一するとか、いろいろ気配りがあって、とにかく最小限のことを伝えるという方針がはっきりしていてよい。

    自分はまさにこの本が対象としている「エレキはペンタ一発で弾くことはできるけど、ジャズについても知りたい」に該当してた。だからダイアトニックコードとかまではわかってるので、5章のスケールチェンジして弾くあたりからが本番。6-7章でコンディミとかホールトーンとかあのあたりをついに理解できた。こうやってII-VのVの部分をアウトっぽくすることから取り組めばよいのか。

    まずはギターは持たずに最後まで読み通したので、2周めはギター持ちながらやってみようと思う。


    「逃げ上手の若君」が好きで毎週追ってるけど、史実を知らないので、歴史物なのにある意味ネタバレ無しで読むことができる。

    …そのはずだったのに、「建武元年(1334年)大風により大仏殿が倒壊し、中にいた北条時行方の軍兵500人が下敷きになり死亡 。「太平記」」というのを読んでしまった。

    まもなくこのイベントが来るってことか…中先代の乱以降はしんどいイベントばかりと察してはいたけれど、つまりこの大仏殿倒壊イベントが、下り坂(曇りイベント)の始まりとなりそう。

    - - -

    以前こう書いたけど、いよいよ月曜の103話がこのイベントらしい。

    「ここからは下り坂」と書いたけど、ここですかさず新たな問題設定が提示されてる。

    つまり、鎌倉奪還によってとりあえずの目標が達成したわけで、次の目標は打倒足利尊氏となるわけだけど、史実から時行が負けることはわかっている。そこで102話では「足利尊氏による神力の集中を削ぐ」という(史実を踏まえても実現可能な)目標が提示されている。

    この目標を提示するのはこの時点しかない。敗走が始まってからでは言い訳がましくなってしまうので。

    すごくうまくできていると思った。ああすげえ。


    「豚のレバーは加熱しろ」もアニメ化のニュースが来てた(12月に)。 タイトルで爆笑して、原作ラノベを読んだら、コミカルだが過酷な世界観とどんでん返しで面白かったので、つづいてコミカライズも読むくらいにはファン。

    アニメでの主人公のブタ役は(PVと同じく)松岡禎丞。これは期待できる。ボイスドラマの声優もヒョロガリ眼鏡感があってよかったけど、松岡禎丞であれば、ギャグシーンでのキモオタ感と戦闘シーンでのヒーロー感を両立してくれるはず。

    制作会社はどこか、そして遠坂あさぎのキャラをアニメでどのくらい再現できるか、などが現時点では不明だが、期待してる。


    リゼロのED曲"Stay Alive"が好きなんだけど、よくよく考えてみれば、この曲ってシューゲイザーだな。高橋李依がエミリアっぽくするために頼りなく歌ってる感じもはまってる。アニソンだからどうしてもボーカルをかなり大きくするミックスがなされているのだけど、もしサビの部分でギターが入ってくるところのバランスをもっとギターを大きくしてくれたら、自信を持ってこれはシューゲであると言える。

    同じこと言ってる人を見つけた。


    2024年02月18日

    ChatGPTでブログの説明文章を作ってみた(2023年5月)

    (20230506にChatGPTとかを使ったときにmastodonに書いたことのまとめ)

    EdgeのBingでGPT4が使えるとことなので、プロンプト入れてみた。 「http://pooneil.sakura.ne.jp/ というwebメディアを宣伝するメルマガ文章を作成してください。」そしたら嘘八百の文章が出てきた。なるほどこれがハルシネーションってやつか。


    次は以下のプロンプトでやってみた。「神経科学者の吉田正俊が作成しているブログ http://pooneil.sakura.ne.jp/ について一般向けに解説する文章を作成してください。」


    なにひとつ合ってない!

    「ブログのタイトルは「意識と脳とその周辺」というもので、彼自身が「意識と脳」に関心を持ったきっかけとなったビートルズの曲「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」に登場するキャラクター「ポー・ニール」から取っています。」

    「神経科学者の吉田正俊が作成しているブログ http://pooneil.sakura.ne.jp/ のタイトルが pooneil である理由について教えてください。」


    クソワロタ > 「「Broken arrow」に登場する架空のキャラクター「Mr. Soul」の別名」


    もう一回聞いてみたら、だいぶ近くなってきたが、ピグレットの話のあたりは100%ウソ。

    ああ面白い。chatGPTが流行った頃に、みんなしてchatGPTの返事をTwitterに貼ってたときは他人事って感じで興味が持てなかった。でも自分でやってみると面白さがわかる。ということは他人から見たらやっぱりつまらんということだろうな。というわけでここまでにしておく。


    といいつつchatGPTのほうでもやってみた。こちらもアホアホだったが、"regenerate responses"を押してたら、だいぶいいのが出てきた。自分で書こうと思ったら出てこないフレーズだ。なるほどこうやれば創造的にも使えるのだな。


    さっきのはバージョン4で、こっちがバージョン3。こっちもなかなかよい。


    こうやって生成したものを組み合わせて編集したら、ブログの紹介文を作ることができた。こんなかんじ:

    神経科学者の吉田正俊が作成しているブログ http://pooneil.sakura.ne.jp/ のタイトルが pooneil である理由について:

    「pooneil」というタイトルは、吉田正俊氏が自身のブログに与えた名前であり、その背後には特別な意味と理由があります。

    「Pooneil」という言葉は、1960年代のアメリカのバンドであるJefferson Airplaneの楽曲「The Ballad of You and Me and Pooneil」に由来しています。吉田氏はこの曲を好み、そのメロディと歌詞に触発されて、自身のブログにその名前を付けることにしました。この楽曲は実験的で前衛的な要素を持ち、当時のカウンターカルチャーや反体制的な運動にも関連していました。吉田氏は自身のブログを通じて新たな視点や先駆的なアイデアを提供し、異なる領域のクロスオーバーを促進していることから、このタイトルが選ばれました。

    「pooneil」は、ユニークな造語であり、具体的な意味を持つ言葉ではありません。しかし、Jefferson Airplaneの曲の歌詞には、意識の拡大や新たな視点の探求、内面の成長などを表現した言葉が多く含まれています。吉田氏が自身のブログにこのタイトルを選んだことで、彼の研究と同様に、脳の神秘を追求し、新たな知識と洞察を提供する場としてのブログのコンセプトが表現されています。

    また、「pooneil」という言葉自体が独特で記憶に残りやすいため、読者がブログを容易に見つけ、覚えることができる効果もあります。吉田氏のブログが独自性と魅力を持つことで、多くの人々が彼の研究や神経科学に興味を抱き、アクセスしやすくなるでしょう。

    「Pooneil」というタイトルは、吉田氏の個性と彼が追求する知識と芸術の融合を象徴しています。彼のブログを訪れることで、独自の視点と魅力的なコンテンツが詰まった世界に触れることができるでしょう。

    自分ではけっしてこんなこと書かないだろうから、執筆支援という意味で面白い。


    (追記: 生成AIが生み出した文章はゴミであり、インターネットにそのまま放流するのは検索エンジンにゴミを食わせることであり、避けるべきと考えている。そういうわけでこの記事では最小限できることとして、生成した文章は(テキストとしてではなく)画像として貼り付けることにした。)


    2024年02月17日

    20240217: ブログの設定を直しました

    要旨: 「pooneilの脳科学論文コメント」https://pooneil.sakura.ne.jp/が正常に動くようになりました。また見に来てください。


    1年くらい前からずっとこのブログ https://pooneil.sakura.ne.jp/に繋げることが出来ない状態が続いてた。昨年の3月のマストドンでこんなこと書いてる。


    その後判明したことだけど、この電源トラブルというのは勘違いで、原因はブログの設定でSSL化をしてないからだった。

    どういうことかというと、ブログを昔(2003年)セットアップして以来、設定を更新してなかった。このためURLがhttpsではなくてhttpのままだった。

    それから時代が変わって、httpのままのサイトはセキュリティー上の問題があるとみなされるようになった。2023年あたりから、Googleの検索でhttpのサイトが検索結果に現れても、httpsにリダイレクトされるようにブラウザの設定が変更した。

    そういうわけで、わたしのブログ(http)はgoogle検索には現れるけど、いざクリックしてみるとhttpsにリダイレクトされるので、htmlファイルが表示されないという現象が起きていた。

    自分でブログの記事を見る際は、ブラウザのURLを手打ちしてhttpsをhttpに直せば、とりあえず閲覧自体は問題ない、とわかったのが1年前。

    あとはブログのwebシステム(さくらインターネットを使ってる)の設定を直してやればいいのだけど、SSLサーバー証明書の入手とかいろいろややこしそうなので、そのままずっと放置してた。

    今回ようやく意を決して、重い腰を上げて、設定をしてみたのだけど、やってみたらあっという間に問題解決した。

    さくらインターネットのhelpページにあるSSL証明書を設定したい(共有SSL)の通りに設定画面を開いて、設定を保存したら、即httpsで開けるようになった。

    今まであるファイルをhttpからhttpsにリダイレクトするためには.htaccessを編集する必要があると思っていたけど、これも設定画面で「HTTPSに転送する」にチェックを入れるだけで作業が完了した。ここまで所要時間5分。

    さらにこれまでの記事をhttpではなくhttpsになるようにmovable typeの設定画面で作業して、全記事を再構築する。これも所要時間5分。

    調べ物をしたりいろいろあって実働時間30分だったけど、いざ始めてみれば簡単すぎて驚いた。どうしていままで先延ばしにしてきたか。

    ともあれこれで、「pooneilの脳科学論文コメント」https://pooneil.sakura.ne.jp/が正常に動くようになりました。また見に来てください。


    2024年02月10日

    「春が来た(2023年冬版)、京大-名駅出張」(さうして、このごろ2023年3月)


    (20230303) 昨日は飛行機が遅れたので、京都到着は20時を過ぎて遅い夕食になった。ずんどう屋で「味玉ラーメン脂多め」。天一系でうまかった。次回は「脂まみれ」を頼んでみる。そのあと三条大橋のブックオフに向かった。


    (20230304) 今朝は荒神橋を経由して、医学部でラボ見学。昼に下鴨神社裏にある「ナカガワ小麦店」へ。「フリュイ・ルヴァン」と「シナモン・ノア」を買った。「フリュイ・ルヴァン」はよかった。有名店なのに安くてよかった。行きに通りがかった下鴨神社ではちょうど流し雛をやっていて、そうか今日は雛祭りかと気づいた。

    そのあと午後に班会議で招待講演。そのあとはほぼ毎回質問した。今日はかなり貢献できたのではないかと思う。

    (20230305) 名古屋に移動して名駅周りで探してたらKITTEにエリックサウスがあったので、そこでターリーセットにした。(腹いっぱいだったのでミールスはやめといた) でもひさびさにうまかった。札幌でカレー屋行っても感激することがなかったので、感覚が鈍麻したかと思っていたが、そうでもなかったようだ。

    懇親会でもいろいろいいものが出ていたのだけど、参加者との話が盛り上がりすぎて、あまり食べることができず。

    (20230306) 名古屋出張の帰り道にエクストリーム寄り道で大須に寄ってきた。

    第2アメ横ビルは電子パーツ部分がだいぶ縮小していた。以前から縮小はしていたけど、ついに入って手前左は不動産屋になっていたし、その奥も閉店準備中だった。

    それよりも驚いたのが、三洋堂上前津店が閉店していたこと。特徴的なガラスタイルの建築はそのままに、居抜きで2nd streetが入るらしく、準備中だった。大須に行ったときの周回コースの必須ポイントで、時系列データ解析本からボカロなどのDTM本までここで(おもに立ち読みで)お世話になってきたのだが、ついに来る時が来たという感じ。


    (20230311) 街は雪融けが始まっている。雪の上に撒かれた滑り止めの小石が道に散らばっていて、まるで災害のあとのようだ。

    今日はひさびさに自転車でブックオフ巡り。光星店から伏古店へ。自転車でないと行けないところなので、久しぶりだ。

    それで気づいたのだけど、伏古店って他の店と違って快適だ。まずうるさい店内放送がない。何度も聞かされる、寺田心となかやまきんに君のCM(および90年代のヒット曲メドレー)がなくて、低い音量で目立たない音楽がかかってる。あとちょっと安い。


    (20230316) 春になって北13条門のイチョウ並木の根雪が融けると、その下にあったギンナンが現れる。まだ気温は低いので臭くはないけれど。


    (20230318) 雪融け記念で中央図書館まで自転車で行ってきた。いつもの南21条西14丁目交差点 (電車事業所前駅)。ちょうど雪ミク電車が来たのでそちらも撮影。今年は3/26までとのこと。


    (20230402) 今日は卸売スーパー北42条店までお買い物に行ってきた。ヒートテック無しで行ったらまだ寒かったので、途中で手袋をはめた。100g 198円の牛肩ロースを焼いて、号泣しながら食べた。いい週末だった。



    2024年01月02日

    「チャリで来た、春よ来い、はやく来い。」(さうして、このごろ2023年2月後半)

    遠くで雪かきをする車(というかホイールローダー)が作業する音が聞こえる。がんばえ〜


    チャリで来た(琴似まで)。今日は気温が5度まで上がるということで、スパイクタイヤでどこまで行けるかテストしてみた。

    北大 北13条門から北5条通経由で琴似のブックオフまで。そこからふたたび北5条・手稲通経由で大通公園まで出て狸小路のブックオフと業務スーパーへ。トータルで14km/65分程度。

    大きい道路は雪がないのでふつうに20km/hr弱で走れる。歩道は雪が融けてシャーベット状になっていて難儀した。こういうところは10km/hr以下になるし、危ないところは押して歩いた。

    車道のルートの選択は重要。狭い道は除雪してないので論外。かといって環状通や石山通などの広い道(2車線と自転車レーン)だと除雪した雪が自転車レーンを埋めて2車線ギリギリを車が専有するので自転車が入る場所がない(ので歩道に退避する)。そういうわけで、北5条通くらいのサイズの、自転車レーンのない2車線が除雪によって1.5車線となるので自転車にとってはちょうどよい。

    札幌は雪が過酷すぎて、除雪のため、自転車フレンドリーとかぜんぜん考えてもらえない。まあしかたないが。


    大通公園を通りがかったら、先週までやってた雪まつりの雪像が取り壊されたものが見えた。祭りの後という感じ。


    トム・ウルフの"Electric Kool-aid acid test"は「クール・クールLSD交感テスト」のタイトルで翻訳されているんだけど、訳も古いし、ヴィレヴァンの片隅で埃を被ってるような扱いなので、新訳が出てくれないかなと思う。

    たとえば(同じく太陽社の)「禅ヒッピー」(ケルアック)が「ザ・ダルマ・バムズ」として講談社文芸文庫から出たみたいに。もしくは「禅とオートバイ修理技術」がハヤカワ文庫NFから再販されたみたいに。

    そういう感じで、再発見されるだけの価値があるんではないかと思う。

    以前のブログの記事: 「Electric Kool-aid acid testを読みながら年表を作成しているんだけど」


    レッチリのフリーが影響を受けた本のリストの中に「スローターハウス5」(カート・ヴォネガット)に加えて「巨匠とマルガリータ」(ミハイル・ブルガーコフ)が入ってた。「スローターハウス5」は私にとって重要な本で、「巨匠とマルガリータ」はずっと積ん読リストに入ったままだった。これは読むべきか。

    ジョン・フルシアンテのギター基礎練習。

    ザッパに言及してる。"I have something like 12 Frank Zappa instrumentals that I play along with, and they go in the order of how difficult they are."

    これって自分で選んだ12曲という意味かな。"The Frank Zappa guitar book"(Steve Vaiが採譜)から選んだとかかも。

    「彼の曲は簡単なフレーズから次第に難しくなっていく曲が多いんだけど」これは誤訳だと思う。"they go"とは、簡単な曲からはじめて難しい曲に進めてゆくというルーティーンのことだろう。

    昔はこういう謎翻訳に悩まされたものだが、いまはすぐ原文に当たれる。いい時代になった。


    (20230219) ついに私のボッチ部屋にテレビを導入した。

    今日中にセットアップしたかったんで、ヨドバシカメラで在庫のあるやつを買って、配送は断ってタクシーで運ぶことにしたのだけど、なぜかどこも出払ってて車がない。覚悟を決めて、ヨドバシカメラから北13条まで900mの距離を手持ちで運ぶことにした。

    カタログによれば梱包入れて10kgくらいなんで、輪行で自転車運ぶのと同じくらいだろと思っていたが、思った以上にたいへんだった。雪道を転ばないように運ぶ、テレビの横方向に力を入れないなど、気をつけることが多かったので。幸い雪はほとんど止んでいたので助かった。

    途中で空車のタクシーが通りがかったが、こうなったらもう意地だ。100m進んでは休憩の繰り返しで、でもなんとか到着した!トータル30分かかった。

    いまは握力が働かないのでぐったりとしている。パソコンで文字を打つのもしんどい。なんにしろ、また偉業を成し遂げてしまった!ウェーーーい!

    あとでテレビの梱包の箱を見たら重量が14.8kgって書いてあった。そりゃ重いわ! クロスバイクじゃなくて、ママチャリの重さだった。

    と言いつつ懲りずにニトリに座椅子を買いに行って、ビニール袋でくるんでもらったものを地下鉄乗って運んできた。どうして俺の人生はこんな選択ばかりか。


    この動画の0:27から始まるパートのノイズが凄くよい。これサンプリングして曲にしたい。Faustの"Why Don't You Eat Carrots"の頭の部分みたいだ。

    今日は最高気温が3度で温かい。車道の雪も融けてる。来週は最高気温が概ね0度を超えていて、火曜日は最高気温7度の予測。これは街中が水浸しになる予感。春が近づいてきた!

    ところで今年の冬は、昨年の冬よりは心がしんどくなかった。自転車が使えたからかもしれないし、思い切って地下鉄をたくさん使って移動したからかもしれない。コープの配送サービスを使って、買い物に行く手間を減らしたのがよかったのかもしれない。ともあれ、昨年の反省を踏まえて、いくつか対策を行ったことが奏功した。冬季うつへの対処法を掴んできたかも。


    「生物学者のための科学哲学」について松前ひろみさんのコメント:「科学哲学の役割の1つにファシリテーターがあったと思うけど、本当にそうなっている書籍」

    大塚淳氏のコメント:「生物学を「メタ」的視点からあーだこーだ言うのではなく、その「内」の思考プロセスを明示化するものとしての科学哲学」

    どちらとも「生物学者のための」の部分を強調してる。これは読もうと思う。来世に、ではなくて。


    いまこれ聴いてて気がついたんだけど、Trafficの"Dear Mr. Fantasy"のギターソロってDave MasonじゃなくてSteve Winwoodなのか!

    たしかにアルバムのクレジットにベースはDave Masonってあるけど、でもアルペジオ弾いてるギターも入ってるし、多重録音してると思うじゃん?

    でもここに書いてある: "Winwood on electric guitar and vocals, Mason on bass, Wood on organ and Capaldi on drums"

    ここにも: "Winwood also showing off on guitar, with two wonderful solos on his white Fender Stratocaster - from his Spencer Davis Group days - connected to a Marshall"

    ということは、"Welcome To The Canteen"での"Dear Mr. Fantasy"のextended versionのギターソロも、Steve WinwoodとDave Masonが交代交代で弾いてるのだな。最初のソロがSteve Winwoodで、次がDave Masonだろうな。アウトロではふたりのギターソロが絡み合うように演奏してる。ぜんぜん気づいてなかった。


    「奢り奢られ論争」を見たけど、50代男性で、かつ月々の仕送りで一人暮らししている人間として率直なところ、「俺はおごりたくね〜」「俺におごってくれ〜」「他人の金で寿司食いて〜」「5000兆円ほし〜」って思った。(<-ダメだこいつ)

    他人の金で寿司食いて〜どうして、だれも、俺に、寿司をおごってくれないんだ!!!


    (20230227) 札幌は明日火曜日は最高気温が9度で、週末にかけて3-7度が続く。雪融けの季節がやってきた!

    夕方に西日が入るようになってきた。これも春になった証拠だ。冬は(西向きの窓に)西日が入るところまで太陽がが来る前に日没していたから。

    春よ来い、はやく来い。


    (20230301)「札幌で11度超 2月の観測史上1位を更新 2月の10度超えは54年ぶり」

    春が来た!もっと、もっと暑くなってほしい。今日の帰り道は、根雪が融けてツルツルになっていてたいへんだった。でも、もっともっと、どんどん雪が融けてほしい。


    2023年12月31日

    「アーニャ像、恵方巻き、バックビート」(さうして、このごろ2023年2月前半)

    冬に入る前に買っておいたスパイクタイヤ(SCHWALBE マラソン ウィンター プラス 20 x 1.60)に履き替えた。


    さっそく試し乗りで北18条まで行ってボストンベイクでパンを買ってきた。30分くらい。日が暮れる前に、転んでもいいようにグローブと厚めの上着にて。スピードは下げて、なんならいつでも片足つけるくらいにして、それでもかなり緊張感があった。

    スパイクタイヤなので、雪のない道では音がするが、そんなにうるさくはない。直線は問題ないので、横Gのかかるときに気を使う。構内の整地された雪道(車道と歩道)は問題無し。西5丁目通りのザラメ雪の残る車道も問題なし。でも整地されてない凸凹な歩道は怖い。

    この調子なら大通やすすきのに行くのにも使えそうだが、いきなり無理はしない。徐々に距離を伸ばしてゆく。どのくらいだと転ぶのか限度を見ておきたい。


    (20230203) 札幌の雪の生活にはいつまでたっても慣れないし、これは大災害disasterであって、雪は一生降らないでほしいと本気で思うのだけど、でも今日の雪がしんしんと積もるところを、街灯を通して見たときに、不覚にも美しいなと思ってしまった。それでも雪とは大災害であり、雪は一生降らないでほしいと本気で思うのだけど。


    今日はなんか疲れたので、仕事をするのを諦めて、大通公園までウォーキングしてきた。なんかしらないけど、ライトアップしてた。いったいなんだったんだろう。(すっとぼけ)

    東のアーニャ像と西のアーニャ像。通り掛かる若者が口々に「アーニャだ」と近づいて写真を撮っていて、かなり人気だった。


    雪ミクのプロジェクションマッピングも録画しておいた。ちゃんとしたPAで音聞くのが久しぶりだったので、それだけでなんかうれしかった。 流れてた曲は今年の雪ミクのテーマソングとのこと。

    昨日が満月で、さっぽろテレビ塔に向かって東に歩くとちょっと欠けた満月が登るところを見ることができたのだけど、撮影しそこねた。

    「さっぽろテレビ塔」の名称をド忘れしたので「大通公園 タワー」でググってみたら、タワマンばかりが検索で引っかかってきて、ちょっとSEO対策されすぎじゃね?って思った。


    (20230204) 今日は売れ残った恵方巻きが安売りをしているに違いないと、JR生鮮市場まではるばる1.5kmを歩いてきた。

    「やれやれ。フードロスが云々」とかいいつつ半額のやつを確保するつもりだったが、売ってない。売り切れたのか、それともはじめから売ってないのかはわからないが。行くべきはジャスコだったか。

    けっきょく山田肉店で牛テール大2で1000円と豚サガリと豚トロを買って帰ってきた。そんな生活。


    「明らかに不便な「毎週1話」方式が日本で好まれる理由」 わかるわ(略 自分は「ビンジウォッチング」をする習慣がないし、アニメ一話分観たらもうSNSで感想探しするから、一晩で一話くらいしか消費できない。

    この記事で「飛ばし観できない」と書いてあるのもポイントで、伏線やらよく観ないとわからない小ネタを散りばめたりとか、そういう考察が捗る系が私自身好きだし、そういう方向に内容を充実させたアニメが人気になっているという側面もある。

    ケムリクサとか毎週追ってゆくのが楽しかった。リゼロは2期からの後追いだけど、毎話後に公開される公式のyoutubeコンテンツが充実していて、毎話追ってゆく楽しみを享受できたと思う。

    「まちカドまぞく」は5巻まできた。はじめのあたりは魔法少女にやられて退散を繰り返して面白くないと思ってたが、だんだん話が展開して面白くなってきた。

    なんか謎な感じだったので、アニメの方も観はじめたが、やっぱりはじめの方は面白くない。いま6話まで来てやっと面白くなってきた。つまりシャミ子と桃が拮抗してきてはじめて面白くなるのだとわかった。

    まちカドまぞく第一期の最終回まで来た。「頑張れ優子。誰よりも優しく強くなるんだ」で泣いちゃったよ。これまでの「頑張れシャミ子」じゃないんだよ。ここで毎度の最後のナレーションが、ずっと見守っていたお父さんだということが確定するんだよ。そんなの泣いちゃうだろ。

    まちカドまぞくは2期の5話まで来て、千代田桜が金元寿子だったのがすごくいいかんじ。金元寿子が当ててるキャラをはじめて認識したのは「弱キャラ友崎くん」の日南葵だった。そのあとでキュアピースだったことを知って驚いた。


    パン屋(ボストンベイク)に行ったら、流れている音楽がなんかシューゲなやつで、ディストーションギターがフレーズナシの単音で鳴りつつけながらバッキングのコードが変わるってパターンで、誰の曲?と思ったがそのままアウトロで終了してしまったので判明せず。有線とかで調べればわかるのか?

    有線放送だったら時間で調べられるじゃん、と検索してみた。幸い時間は15:30-15:45で絞り込めるから。チャンネルを片っ端から調べてみたら、 見つかった!これだった!「レイラ / 話をしよう」 フルで聴いたらまあふつうにJ-POPって感じだが、アウトロだけいきなりシューゲになる。ここ最高。


    「日本人、バックビートで手拍子打てない問題」ってのがあるけど、たしかに繰り返し練習して体に染み込ませる必要があるんだよな。

    自分は今までアコギ弾き語りでテンポとかぜんぜん気にしてこなかった。でもそれだとDTMでドラムに合わせて録音するときに問題がある。そういうわけで遅ればせながら、メトロノームを使って練習するようにした。さらにメトロノームのbpmを1/2にして、2拍と4拍だけ鳴るようにしてそれに合わせてギターを弾き、歌う。音ゲーみたいで面白い。遅い曲(80bmp以下)でピッタリ合わせるのはかなり難しい。

    いったんリズムに入ればそれを維持するのは難しくないのだけど、そこに入るまでにちょっと戸惑いがある。やっぱりまだバックビートが血肉化できてないなと思う。


    「ガチ中華」って札幌にないのかなと調べてみたら、好運来がよさそう。Twitterの記事に写真もあった。さいわい、北24条なので近い。北区役所の裏辺り。

    「玉林酒家」 https://tabelog.com/hokkaido/A0101/A010202/1001655/ こちらは中華料理として有名店っぽい。


    2023年11月22日

    「都心北融雪槽、シャウエッセン、分断と融合」(さうして、このごろ2023年1月後半)

    札幌駅北口の地下にある「都心北融雪槽」 こんなものあったんだ!夜中に雪かきしているショベルカーの音を聞くことがあるけど、まさにここに向かって雪が運ばれていたんだな。がんばえー


    (20230128) 今日の成果物。いつもの通路が雪で盛り上がっているところが邪魔なので、スコップで削って平らにした。いい汗をかいた。



    「三大一人暮らし始めて自分でスーパー行ったら高くてビビった食材」 わかる。シャウエッセンの値段(COOP通販価格で234g 430円)を知ってからは、もう業スーのウインナー(鶏屋さんのハーブウインナー: 500g 299円)しか買わなくなった。

    リンゴ、ナシ、トマトは高い。札幌来てから買ってない。コンビーフとかスパムとかもバカバカしいほどに高いので買ったことがない。肉で100gあたり100円以下のものを買うのに慣れると、魚がありえないくらい高いことに気づいた。たまにホッケ干物を買うのがわずかな贅沢。鮭切り身は買ったことがない。道民なのに。

    業スーの「ケイジャン風スパイス」100g 106円は安いのはいいんだけど主成分岩塩で、かけすぎるとしょっぱくなってしまう。

    使いみちを思案していたのだけど、ポトフ作るときにコンソメキューブにこいつを加えるといい感じに風味がつくことを知ったので多用してる。

    ジャンバラヤやガンボスープの味付けには向かなそう。ちゃんとしたケイジャンスパイスを買うべきなんだけど、3倍くらい高いからなあ。


    院生の頃に家庭教師をしていた家はたしか初台あたりのマンションにあって、都営新宿線の新宿駅から京王モールアネックス経由で地上に出て、文化学園大学の前を通って、首都高4号新宿線をくぐったあたりという記憶があるのだけど、google mapを見てもあまりピンとこない。はたしてわたしはそこにいたのだろうか?自分の記憶が信用できなくなる。

    さらにそのあとは渋谷の並木橋あたりにあった個人指導の塾で働いていたのだけど、そちらは渋谷駅から歩くだけでなく、表参道から青学と首都高3号渋谷線を越える陸橋を歩いて行った記憶がある。ということはたぶん常磐松公園の近くのアパートだったか。もう30年近く前の話なので、そもそも町並みも変わってそう。そう思ってGoogle map ストビュー見てみたら、変わらずゴミゴミとした町並みだった。

    「京王モールアネックス」って書いたけど、当時(1990年代前半)は存在してなかった。(ついでに都営大江戸線が開通したのが2000年。) ということは、都営新宿線の出口が甲州街道沿いに西に伸びてる長い地下道を歩いた記憶があるので、たぶんもっと手前で地上に上がっているはず。

    新宿西口の高層ビル街や初台周りの高級マンション群を見て、「俺もいつかビッグになってやるぜ」と思ったかというとそんなこともない。漫然と、自分とは縁のない世界だよなと思っていた気がする。

    いちばん長く続いた家庭教師は大島四丁目公園の近くの江戸切子の職人のうちの子で、工房のある家で作業をしているのを聞きながら勉強を教えていた記憶がある。

    記憶をたどってそのお父さんの工房を調べてみたら、見つかった。名前は出さないでおくけど、日本橋三越本店で製作実演したり、各種受賞してたりと、ガチですげえ人だった。


    "INTERNET OVERDOSE"のPVいいな。ボーカルはKOTOKOでいわゆる「電波ソング」を令和に再構成という意図はわかるけどとか思って観てたら、2番が雫の瑠璃子の夕陽のシーンのオマージュだったんで、思わず泣いた。(泣いてない)

    (私の目が節穴でないことを証明するために言うならば、夕陽のシーンは夕陽を背にして夕陽が隠れているところがミソなので、PVではその図までは同じにならないようにちょっとずらしてある)

    ついでに調べてみたら、「さくらんぼキッス」の2022mixとか出てる。すげえ!


    「不便になるインターネット」 わかるわ〜 たとえば書評を探したいときでも、Google検索すると、書店の宣伝みたいなのがずらりと並んで、ぜんぜんたどり着けない。商売に絡まないものはだいぶ押しやられている感じ。(この記事みたいな)面白いブログ記事に通りかかることが少なくなった。

    たぶんこういう最適化が進んだことでネットで食えるようになった人は増えたんだろうと思うけど、自分はハッピーではないな。

    デヴィッド・クロスビー死去のニュース。自分は中学時代から長らくCSN/CSNYのファンだったが、実際にコンサートに行けたのは2015年のブライトンでのCSNのコンサートが最初で最後だった。

    今年は雪まつり開催するみたい。先日大通公園を通ったときに、石像を作るための四角い雪の塊がいくつも並んでいて、ああこれを削って作るんだ〜とか思って見てた。


    Youtubeで「2頭のかわいいカワウソ」の映像を見てたら、サーモンを与えている回があって、俺よりいいもの食ってるじゃねえかと死にたくなった。

    「東京で車は必要ないと思っていたけれど、心の底から買ってよかった」 このブコメが酸っぱい葡萄だらけなんだけど、保険会社の宣伝記事なんだから、これを読む対象者は都内に住む子連れで車を持つ可能性のある家族で、世帯収入が少なくとも1000万円以上はある人たちなんだよな(私も含まれない)。

    上記の話題自体はあくまで話の枕で、言いたいのは、こういう記事がターゲット以外の人にリーチして無意味なコンフリクトを起こさないようにするにはどうすればいいのかなと思う。とはいえ会員限定サイトでは広がりがない。

    爆サイ見る層とはてな見る層が自然に分断されているのと同じように、高収入層と平均収入層とが分かれてもおかしくないのに。

    このことは逆説的に、はてなが高収入層と平均収入層(や都心と地方とか)などが入り混じっていて、分断がまだ深刻化してない、ということを意味しているのかもしれない。

    「なめらかな社会」が情報の共有化を意味していたとしても、自分宛てでないメッセージが無差別に届くような状況が良いとは思わない。

    Youtubeで「2頭のかわいいカワウソ」の映像が流れるときは、「この映像を作っている人は海外で裕福な家庭での生活を映像化してます」ということを開示してほしい。

    いや、開示しなくてよいんだけど、分断と融合とのはざまで割り切れない気持ちが残る。心がふたつある〜

    その昔、雑誌というのは「クラス・マガジン」としてそういう役割を果たしていた、とは言えるかもしれない。そこに戻ることは不可能だから、インターネットでなにか代替物が必要なのだと思う。


    酸っぱいものぜんぜんダメ。梅干しは「はちみつ入り、甘い」というやつですら酸っぱくてしょっぱすぎる。レモンとかもぜんぜんだめ。

    辛いものぜんぜんダメ。カレー屋で激辛的なものは食べたことがない。味仙の担々麺もつらかった。

    熱いものぜんぜんダメ。猫舌なんで、味噌汁を飲むという習慣すら無い。

    自分は食べ物として好き嫌いはないと思っていたけど、不得意なものたくさんあったわ。

    子どもの頃は触覚も過敏だった。ハイネックのセーターは首がチクチクするのが嫌いで、後ろについているネームをとってもらったりしてた。

    子どもの頃はいつも貧乏ゆすりしてた。成人して控えるようになったけど、いま個室で働くようになって、気兼ねなく貧乏ゆすりしてる。

    いわゆる感覚過敏ってのはあまり該当するものがなかった。とくに聴覚や視覚についてはなにもない。照明が眩しすぎると感じることもないし、雑音にイライラしたりしない。

    小学校低学年くらいまでは気に食わないことがあると泣いて机で突っ伏してた。

    球技は得意だったけど、体操は全般的に不得意。逆上がりもできなかった。

    いろいろへんな子どもだったんだけど、こうしていま生きている。


    2023年11月01日

    「白い恋人パーク、都電、カジカ鍋」(さうして、このごろ2023年1月前半)

    (20230104) 札幌は12月頭から根雪がある状態がつづいている。前回の冬はなんどか滑って転んだので今回も覚悟していた。

    でもいまのところ雪質がよい(温度が低すぎて昼に融けない)のと、ワークマンの氷雪耐滑防水シューズ(レイキャビク)を買ってあったので、いまのところほぼ問題ない。ヒヤリハット事象もゼロ。道路の交差点は流石にツルツルなのでちょっとは滑ったことがあるが、いまのところ危なげなくクリヤーしている。

    ヤマノススメ4期 最終回観た。グランドフィナーレって感じでEDが流れて、感涙してしまった。内容的にもこれで終了で、5期はないだろう。でも満足した。


    今日は休暇にして発寒から宮の沢ルートを散策。「白い恋人パーク」に行ってきた。入場料は800円だが札幌市民は500円。周りはカップルか親子連れで、ディズニーランドに一人で行くのに近い難易度はあったが、工場の機械が面白くて細かいことはふっとんだ。


    2枚目の写真、一枚うまく完成しなかったものが左に見える。これは後段でチェックしている人にはねられる。3枚目の写真で8枚入りの箱に梱包されるところが見える。こんな複雑な機械じかけがちゃんと動いているということ自体がただただ面白い。こうやって完成した商品が写真1枚めにある青いトラックで運ばれてく。

    ショップコーナーは混雑していたが、華麗にスルー。財布の紐は緩まないのだった。


    「チー牛」「ピザデブ」って言葉がある。自分はライフスタイルがキモオタ寄りなのだけど、チーズ掛けってものにまったく興味がない。ピザとかグラタンとかもほとんど注文したことがない。そもそもチーズって油の塊の割にはうまいと思えないんだよな。

    んでそんな自分を開拓するために家でドライカレーにチーズを載せてレンチンしてみた。それ食べてわかった。すごく熱い。わたしは猫舌なので、冷まさないとチーズ掛けしたものは食べられないのだった。

    つまり「チーズってうまいと思えない」っていうのも後付けの説明であって、熱いチーズを掛けたもので口の中がやけどしてからそれを忌避しているだけだった。

    人間による原因の説明など当てにならず、後付けの合理化であって、ほとんどの行動は連合学習である、という実例をここに見た。


    「Pythonではじめる 音のプログラミング: コンピュータミュージックの信号処理」を見つけた。「サウンドプログラミング入門」の著者がC言語でなくPythonで書いたということでこれはとっつきやすそう。 よくよく見てみたら、北大情報科学研究科の方だった。

    そこを辿って知った北斗電子の「サウンドエフェクタ」。C言語で書かないといけない。勉強のためにはいいけど、音作りたいという方向ならmax4liveで書けたほうがよいので、sigboost (M4Lで書いてFPGA)のほうに興味が湧く。まあそんな時間もないのだけど。


    都電 大島三丁目・竪川通を見た。

    • 02は北に向かって4丁目団地が写っていて、左手に「ヨシカワロード」(溶接屋)があって、ここはいま城東郵便局になってる。(城東郵便局ができてからもしばらく残っていたはず。)
    • 04と05は南に向かって、首都高小松川線がみえる(1971年開通)。左に小林酒店とその奥に福寿庵(そば屋)が見えるが、どちらともいまも営業している。
    • 06と07の左に見えるのはたぶん貸本のある駄菓子屋のはず。井上陽水の「小春おばさん」の世界だな。

    「都電の記憶」https://youtu.be/oHOJn1O3M78に注釈:

    • 9:09 が南に向かって首都高が見えるので1971-72年頃。さっきの写真にもあった電気屋と「福すずめ」(飲み屋?)がある。
    • 9:47 今の竪川人道橋のあたり。右手に見える「東京鐵鋼」は1976年に全面閉鎖した。長らく瓦礫の山となっていた場所を探検した記憶がある。星座の観察をしたり、花火をやった記憶がある。この跡地に城東高校ができたのは1978年あたり。ウィキペに寄ると東京鐵鋼と日本ロールの跡地だったらしい。
    • 14:45 ふたたび同じあたりだがカラー映像。
    • 15:11 竪川に丸太がたくさん浮かんでる。そういえば当時の江東区の運河はだいたいこんな感じだった。
    • 19:00 ふたたび竪川人道橋あたり。車両の揺れ具合がこれ大丈夫かという感じ。

    「ホルモンの聖地を都電が走った54年前の「亀戸」」

    • 1ページに見える「第二精工舎」の工場と本社が移転したのが1993年で、サンストリート亀戸がオープンしたのが1997年。ここには長らくお世話になった。正月にお年玉をもらった子供を連れてトイザらスに行ったりとか。
    • 2016年に閉鎖して、長らくそのままだったが2022年にタワマン(プラウドタワー亀戸クロス)が建って大型商業施設「カメイドクロック」ができた。まだ実物は見てない。あんなところにタワマンができて、入居者がSAPIXとか低層階では米が炊けるとか「ブリリア!ブリリア!」とか言ってるのかと思うと感慨深い。(<-タワマン文学と現実の混同)

    卸売スーパー北42条店に行ったらカジカが売られていたので、今日はカジカ鍋。卵と肝臓と身がちょっとであとはアラで430円。白菜とエノキに昆布と味噌でだいぶいい感じにできた。 自分は一人暮らししていても独り言を言わないタイプだが、今回ばかりは思わず「うめ〜」と言葉が出てしまった。 材料費600円で3食分できた。これで明日は鍋三昧(サマーディ)。



    「自分のツイートの最後に括弧を使ってセルフツッコミを入れないと耐えられない体になってしまった」

    すごくわかる、つか言葉は発した瞬間に言いたいこととどんどんずれてゆくのだから、せめてセルフツッコミでもしてかないと追いつかないと思うんだ。

    そういう意味での「誠実さ」のためにやっていることなんで、自分としてはセルフツッコミを消そうとは思わないな。

    「ブリリア!ブリリア!」


    2023年10月01日

    「さっぽろ羊ヶ丘展望台、アイスバイン、ヒートアイランド現象」(さうして、このごろ2022年12月後半)

    (2022/12/17) これまでの冬は自転車は諦めて冬季駐車場にあずけていたので、翼の折れた天使(エンジェル)だった。でも今年は違う。小径車用にスパイクタイヤを買っちった。シュワルベのマラソン・ウィンター20x1.60。これで雪道でも翼を授かった。取り付けはまた今度。楽しみ。

    (2022/11/25) 今年まだ一度も海に行ったことがないぞと気がついたので、石狩灯台まで行ってきた。海岸なのに奇跡的なまでに無風で、この季節にしてはありえないくらい温かい砂浜を歩いてきた。


    マストドンでだれとも繋がらずに壁に向かってしゃべるのって、やってて虚しくなるかなと予想していたが、あんがい続いているので、ただただ書いて吐き出したいらしい。



    先週さっぽろ羊ヶ丘展望台まで行ってきた。ちょうど看板リニューアルの次の日だったみたい。

    さっぽろ羊ヶ丘展望台はがっかりスポットと呼ばれることがあるが、たしかに観るところはクラーク像くらいしかないので、これのために行くというよりも観光バスのコースの一つとして消化するのが正解のスポットだと思った。眺めはいいけどクソ寒いので、あまり長く滞在できない。

    売店に雪ミクコーナーがあったので、キーホルダーを買ってきた。これまで2020年1月に買ったのをずっと使ってたので、世代交代。


    イナダシュンスケ氏の記事でドイツ料理のアイスヴァインについて書いてる。

    そういえば大学院時代、大先生に連れられて麹町のパウケに行ったなと思い出した。まだやってるのかなと調べてみたら、なんと閉店。食べログ 時は移り変わってゆくのだな。このブログ記事に歴史的経緯が書かれてる。


    (2022/12/19) 札幌の中心部に在住していると、冬は厳しいとはいえ-10度を下回ることはよっぽど無い。そういうものかと思っていたら、どうやらヒートアイランド現象によるものらしい: 北海道の気候

    ちょっと離れると、たとえば江別とか石狩とかでも最低気温が-20度を下回る。なんならもっと暖かくなってほしいが。


    "Sign up to be the first to know about new features"っていうから何かと思ったら、たんに「これからメール送りつけてもいいか」のオプトインだった。持って回った言い方しやがる。

    covid-19が収まったらボイトレ始めたい。

    TSUTAYA札幌琴似店が閉店しとる。あそこは面積も広くて、スタバが併設されてて、いいかんじの店だったのに。いま札幌中心部のTSUTAYAは全滅で、ゲオしかなくなってしまった。マヂか。(郊外店で菊水、南郷、美しが丘、あいの里が残ってる。)


    ひさびさにニコニコ動画に繋いで音楽聞いてみたら、youtubeで観ているのとは違った喜びがあるな。CANの"Oh Yeah"でダモ鈴木が「ひとりでそこに座ってる 頭のイカれた奴」って始まるところで「くるぞ…くるぞ…」って言ってて「キター!」ってなるとそれだけで謎な感動が生まれる。それは今聴いても変わらなかった。


    アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー』には興味があるが、なんか「読みだしたら止まらない」的な熱烈な評価ばかりで逆に今読まなくてもいいかと思ってた。

    でもpha氏の感想を読んだから、「流し読みで読んでも筋がわかる」「基本的に一本道の話を進んでいくだけなのであまり驚きはない」「確かに読みやすくてウェブ小説ぽくて、日本のなろう系とかとも通じる」 と一歩引いた書き方をしてた。なるほどそういうものなら、構えずに、時間のあるときに読もうかなと思った。


    (20221223) ぼざろの最終回は24日24時からなのでabemaでリアタイしようと思う。深夜アニメでリアタイ視聴なんて人生初かも。(テレビを持ってないもんで)

    (20221225)ぼざろの最終回観た!エンディングがぼっちちゃんボーカルになるところまでは予測できていたけど、選曲が、そうきたか!

    さっそくぼざろ最終回の感想を漁ってみたけど、「ボトルネック奏法でやってることがよくわからない」というのがあって、なるほどそういうものかと思った。

    (弦をネックに押さえつけなくても、弦を浮かしたままボトルネックで押さえれば、フレットに依存せずポルタメント奏法ができるという原理は、ギター弾いてない人には必ずしもわからないということ。)

    ぼざろは原作を2巻まで読んでいたので、アニメ化のニュースに期待はしていた。でも、まあ目立たない作品として埋もれるだろうと思ってた。まさかこんなにブレイクするとは思わなかった。

    「『ぼっち・ざ・ろっく!』若い子よりもアラサーに刺さってる説 」というのを見て笑った。そりゃあそこで鳴らされているのはゼロ年代ギターロックだから、いまの中高生の多数派が聴く音楽ではないよな。

    でもそもそもゼロ年代だって、ギターロックは陰キャが聴く音楽だったわけで(オレンジレンジや湘南乃風ではなくて)。ある限られた層に刺さるようなものであっても、それが集まればこういう風にブレークしうるということなんだと思う。

    (ちなみに自分はこれまでのバンドアニメ、たとえば「けいおん」「バンドリ」の音楽にはまったく興味が向かなかった。)

    「星座になりたい」は歌詞に天体ネタが散りばめられてる素敵な曲で好き。「描こう絵空事」のところはネガティブ思考感あって、ぼっちちゃん作詞っぽさが出てるなと思っていたのだけど、くり返し聴いていたら、「絵空事」のなかにも「空」が入ってることに気がついて戦慄した。いや、歌詞カード見ながら聴いてる人にとっては明白だったのかもしれないけど、繰り返し聴きながら自力で気がつくと、なんかすごい歌詞を読み込めた感じがして、とても良い。

    なお、アルバム「結束バンド」でいちばん好きなのは「フラッシュバッカー」。イントロの段階でもう好き。これシューゲだよね。


    頭が働くなってきたので、ちょっと休むかとギターを持ってみたら、井上陽水のギター譜があるのを思い出して、10年ぶりくらいに開いてみた。アルバム「断絶」全曲原曲キーでフルコーラス、を始めてしまった。まったく問題なく弾き語りできてしまった。技能知ってすげえな!


    2023年09月23日

    「石狩灯台、ぼざろ、例のドレス」(さうして、このごろ2022年11月-12月)

    (2022/11/25) 今年まだ一度も海に行ったことがないぞと気がついたので、石狩灯台まで行ってきた。海岸なのに奇跡的なまでに無風で、この季節にしてはありえないくらい温かい砂浜を歩いてきた。


    石狩灯台前の海岸。動画版。


    ぼざろでのぼっちちゃんはいじめられているわけではなくて空気系ボッチという意味で、ワタモテと同じなのな。どちらも凄惨ないじめ描写があったりとかはしなくて、優しい世界で、主人公が空回りしてボッチ化する。たぶんバランス的にそのくらいがちょうどよいのだろうな。(もしネガティブ思考の主人公と悪意のある世界だと、描写がしんどすぎることになるので。)

    「ぼっち・ざ・ろっく」8話観た。原作読んでるんで話は知ってたはずだけど、音が付いたら感涙した。

    第5回のオーディション曲も良かったけど、それでもひとつ不満だったのは、曲中のぼっちちゃん覚醒のタイミングで音楽的には変化が見えないことだった(サビのギターは好きだけど)。「響けユーフォニアム」で見られた、演奏の内容がそのつど話に合わせて変わるのと同じようなことは期待できないかと思っていた。

    でも今回の「ギターと孤独と蒼い惑星」がガタガタなのがあって、その空気を一新する「あのバンド」の始まり部分で、音で説得力出す展開が出てきて、もう最高だった。

    こういうのを待ってた!あれ聴いたら、ひとりがギターヒーローであることに虹夏が気づくというくだりにも説得力が生まれる。ほんと、アニメ化されてよかったと思う。


    ググろうと思って「け」って入力したら「けものフレンズ たつき 復活」ってサジェストされて、俺のGoogleスゲーって思った。

    ついでにdアニメでけもフレOPを観たら、ラストでまだ登場人物が現れてないバージョンだったので、それ観ただけで涙が出てきた。

    シャニマスのことはいっさい知らないけれども、「円香日記」は好き。


    ひさびさに夢らしい夢を見た。どこかの都市(博多と金沢が合体した感じ)に出張で赴いたのだけど、訪問先が駅の南すぐのところだと早合点して行ってみたら、そうではなくて、駅南のちょっと西に寄ったところであることが、以前の地図に書いてあった目印からわかった。その地図とメモには見覚えがあったので、以前訪れたところだと思っていたけど、目が覚めてそれは夢だと気がついた。

    さて問題は、その「見覚え」というメタ認知さえも夢で捏造されたものだったのか、それとも同じ場所を訪れる夢を以前に見たことがあったのか。どちらかは判断がつかない。


    今日大学1年生向けの講義で「例のドレス the dress」の話をしたんだけど、よくよく考えてみればあれは流行ったのは2015年なので、受講生は当時小中学生で、もしかしてリアルタイムであれを経験してなかったんではと気がついた。


    「橋の下世界音楽祭2017ダイジェスト/切腹ピストルズ」 この年は見に行ったのでこれ参加した。Twitterでのポスト 「そのあと切腹ピストルズ行ったら既に始まっていた。しかもPAの調子が悪いのかエレキ三味線の音が小さくて太鼓しか聞こえない。でもオーディエンスはお構いなしに曲が始まるたびに大暴れ。私もなんとか参入して暴れてるひと押し返したりしながら参加。そういうわけで膝ガクガクになった。」

    このときにOKI DUB AINU BAND観て、トンコリの音に惹かれたのだった。


    Little Featは"Willin'"の歌詞がトラックドライバーがいろいろ密輸したりするのとか、"Truck Stop Girl"って曲があったりするので、トラックドライバー推しなのは知ったけど、それはLowell Georgeの人生を反映してる(ガソリンスタンドでバイトした経験がある)ということらしい。

    "Truck Stop Girl"の歌詞をちゃんと読み込んでみた。"This is the last time we can meet"ってくだりがあるからなんか事故死でもしたのかと思ったらそうではなかった。(彼が惚れていた)"Truck Stop Girl"にそう言われたのだな。それでつい酒を飲んでしまって、そのためドライブインから出発するときに、積荷がずれてたのを直すのを忘れて出発したから、積荷を落っことしたってことな。書かれてはいないけど積荷をそこらじゅうにぶちまけてしまったのだろう。

    ただわからないのは、"the stare from all those around him"のところ。周りに睨まれてドライブインから退散したってところ?


    私にとって「フレデリック」といえばオドループの方ではなくて、90年代のネオアコグループの方だよなと思いだしてググってみたらぜんぜん情報がない。wikipediaもないし、レビューとかもない。見つかるのはdiscogとヤフオクだけ。

    自分は「Pudding」が好きだった。1991年におマンチェ/ネオサイケになって出たこのアルバム。多分バンドの本意ではなかったのか、ふたたび次のSheep & Childrenではフォーキーな音に戻るのだけど、わたしは「カッコーの巣の上で」とか「かけらを探しに」とかが好きだった。また聞きたいけどyoutubeにもないし、CDもどっか行ってしまった。

    90年代ついでにpaint in watercolourはあるかな、ないだろなとyoutube musicを検索してみたら、見つかった。スゲエ。 "creeper"だけでも聴くことをオススメする。スピッツ的なギターロックの名曲。ブリッジまでくると痺れる。

    調べてみたら、paint in watercolour再結成とのこと。 creeperの新録もyoutubeに公開してる。


    このブログのアニメ批評は面白い。ゼロ年代のギャルゲ論壇を思い起こさせるものがある。

    こういう魅力的なコンテンツはこれまでだいたいはてブで見つけてきたはずなんだけど、見逃してた。今回はたまたま「AI拓也」経由で発見した。

    これとかもすごくよい。なんせバズらないのか訳がわからない。


    2023年08月31日

    「札幌市時計台、野中郁次郎、北海道博物館」(さうして、このごろ2022年11月版2)


    今日は北海道博物館まで行ってきた。自転車で片道50分くらい。擦文文化とオホーツク文化が混ざり合うところとか、アイヌ文化への移行、松前藩の支配、そのへんの歴史が一通り追えたのでとても有益だった。


    北海道博物館前でパンを食べてた私をびっちりマークしてたカラス。近寄りすぎだろ。YouTube


    札幌市時計台ががっかりスポットだというのはまあしょうがないのだけど、あれは歴史的建造物だから、歴史を感じて味わうものなのだと思う。ビルが立ち並んでいるのをとっぱらって想像してみよう。明治時代には北海道庁旧本庁舎(赤レンガ庁舎)の斜め向こうにこの札幌農学校演武場があった。そういう時代に思いを馳せながら時計台を見ればよいのだと思う。この地図のp.2がおすすめ。


    いまマイケル・ポラニーについて知るために「複雑さを生きる―やわらかな制御」を読んでるんだけど、ブログとかの感想を探そうと思ってググってみたらぜんぜん出てこない。

    30件ヒットして、はじめの2ページはアマゾンとか楽天ブックスとか「その本を買う人」のための情報で、「その本を読んだ人」のための情報は3ページめにやっと出てくる。以前のGoogle検索はこんなではなかったと思う(本を読むときにググって感想集めるのはそんなに苦ではなかった)。Googleが収益を最大化するとこうなるということなのだろうと推測するけど、こんなの間違ってるよと思う。

    なんかいろいろ経緯があって、いま野中郁次郎の新著(「ワイズ・カンパニー」)を読んでる。俺が経営学の本を読むことになるとは…と人生面白い。もともと「知識創造企業」の段階で西田哲学の「場」の概念とか言ってたのだけど、「ワイズ・カンパニー」でもエナクティヴィズムとか言ってる。ほかにもアリストテレスとか出したりして多少コケオドシなかんじはあるが、それはそれとして興味深い。


    ドンキ新川店の交差点から西に向かって山を見たら、山の上になんか構造物がある。あれはなんだと帰ってからgoogle mapで調べてみたら、サッポロテイネスキー場だった。

    ひさびさに遊佐未森聴いて、そうか、島みやえい子の歌声になにか懐かしいものを感じていたのだけど、これか!と思った。

    ヤマノススメnext summitのOPで、登場キャラたちを送り出す側(お父さんかお母さん)の視点からのシークエンスがあるのだけど、あそこ観ると感情移入して泣く。といいたいところだが、感情が鈍麻しているので泣かない。でもあそこはいいと思う。


    「独身男性が凝りがちな自炊料理 最終完全決定令和最新版2022」 わたしが作ってるのとだいたい合致してる。「独身」とか「男性」とか括らなくても、家族のためとか、パーティーで披露したりとか、そういう「他人のため」でなくて自分のために作るとだいたいそういう方向に行くんではないかと思った。そんな私はいまは低温調理器具買うかどうか思案してる。

    今の方針としては、調理器具は増やさない(部屋が狭いから)、揚げ物はやらない(事故防止)、パスタは作らない(炭水化物過多を避ける)、ということでなるたけ手間を掛けないようにしてる。紙皿とアイラップを躊躇なく使って洗い物を最小限にしてる。(食洗機を置く場所はない。)

    そういえば札幌に来てからまだパエリア作ったことないなと気づいたのでやってみた。おっさんが凝りがちな自炊料理。有頭エビ5本で298円を投入。いいかんじになったが、ちと焦げた。最後に中火にして水を飛ばすところで、パチパチ言い出したらもう終了(+蒸らし)すべきだったが、そこからちょっとおこげの臭いがするまで30秒追加したのが敗因か。忘れぬうちにまたやってみる。


    Strawberry Alarm Clockはだいたい"Incense and Peppermints"だけ聴いて飛ばしていたのだけど、改めて聴いてみたら、"Strawberries Mean Love"っていい曲だな。

    ダマジオの意識本の新刊なんだけど、ダイヤモンド社から出版されるとこんなふうに自己啓発本っぽいカバーと宣伝になるところが面白い。amazonの書影「意識=人間の成功の鍵」ってなんだよw やっぱ売ろうとすると「成功」がキーワードになるのだね。

    くぅ〜疲れましたw (<-論文サブミットdoneを婉曲的に表現)


    2023年07月30日

    「歯車」が出た!(2年ぶり人生で3度目)

    以前、閃輝暗点を経験したことがある。視野の中に歯車のようなものが見えはじめて、だんだん広がって消えるという現象だ。芥川龍之介の短編小説「歯車」で記述されているので、わたしは「歯車」と呼んでいる。

    これは片頭痛の前触れとして知られていて、この歯車を見たあとに吐き気が起こったり、頭痛が起こったりする。人生でこれまでにわたしは2度だけ経験したことがあるのだけど、さいわい私の場合頭痛とかで苦しんだことがない。

    今回ちょうど寝る前に「歯車」を経験して、詳細なメモを取ったので、ブログ記事にしてみる。(改行のみ変更。文面に変更なし。)


    • 23:56 ちょっと前が見にくいと思ったら、歯車だと気がつく
    • 23:57 中心の右半分側に歯車が出てきた
      目をつぶっても見える。中心視野にあるので、キーボードで文字を打つのがやりにくい
    • 23:58 いま腕の先の親指の爪の幅の2倍位 = 2-3deg 目をつぶっても見える、明確な虹色をしたギザギザが右側に弧を描いている
    • 00:00 あっという間に大きくなってきた。現在親指の爪の幅の4倍くらい。楕円の右半分だけ。弧この部分がギザギザの虹色で、その中は白く輝いている感じ。目を開けても視野上に重なってみる。
      これまでの経験では吐き気がしたことはない。次の日頭痛がする。
      以前は左視野だった記憶がある。
      今回は明確に右視野に出ているので、明日は左側の頭が痛くなるはずだ。
    • 0:06 いま歯車は手を伸ばした先でA4の紙の横幅くらいになってる
      虹色のギザギザがだいぶ大きくなってきた
      目を動かすと一緒に動いてしまうので、歯車の右端の位置ははっきりはわからない
      スキップとローファーの第9話を見始めたところだったのだけど、歯車が出だした時点でストップして、座椅子に座って安静にしている
    • 0:09 だいぶ大きくなってきて、右端は視野の中にあるかどうかわからない
      歯車の上端は手を伸ばした先でA4の紙の縦幅くらい
      でも歯車の下端ははっきりとしないので、中心視野からA4の紙の縦幅/2くらい上にあるという意味
      というに気分が悪いとか、視野以外に変なところはない
    • 0:12 右目だけでも左目だけでも、両目つぶっても見える。
      歯車は明確に動いているわけではないが、なんかチカチカするかんじ。かといって点滅しているわけでもない。例えるなら、「回転する蛇」の錯覚のように、動いてないものが動いているように感じる、という経験。
    • 0:14 歯車の部分はほぼ視野の一番端っこの方まで来ていて、円弧の中の明るい部分が右半視野に広がっていて邪魔をしている。ラップトップでキーボードを打つ際には、歯車はそれよりも外にあるので、打ちやすくなった。
    • 0:16 歯車の部分はほぼ視野の外に消えた。目をつぶると、まだ円弧の中の明るい部分が右半視野に残っている感じがする
    • 0:19 歯車も円弧の中の明るい部分も完全に消えた。右視野は普通で、べつにscotomaがおこっているわけではない。つまり、「円弧の中の明るい部分」というやつが、閃輝暗点でのscotomaに対応しているらしい。

      23:56の出現から24:19に消えるまで、持続時間は23分。
      今回は出現に気づいたのがパソコンを打っているときだったので、時間とかもかなり正確。貴重な記録が取れた。

    • 0:23 左の後頭部が重い感じがする。まだ痛みが出ているという感じではない
    • 0:34 まだ痛みは出てないが、いまのうちにイブプロフェンの2錠飲んでおいた
    • (翌日) 寝坊したが、とくに頭痛もなく。普通に生活した。

    メモはここまで。よりによって日曜の革新脳グループでの進捗報告会前に追い込みをするタイミングで発症した。

    でも以前の記録を見ると、閃輝暗点は人生で2回だけ経験があるのだけど、それぞれ

    • 2013年4月17日 JC発表の前日(の深夜)
    • 2021年12月12日 FEPシンポジウムの前日(の夕方)

    となっているので、こういう根詰めるタイミングで出るということがよくわかる。どちらも吐き気はなかったし、いわゆる片頭痛(こめかみと目の周りの痛み)というのとも違っている。

    なんだかよくわからないが、ともあれこうやって元気にしている。


    2023年06月26日

    「純連、ピーマン、秀岳荘」(さうして、このごろ2022年11月版マストドンへ移行)

    11/2にTwitterからマストドンに移動してきた。以下はマストドンに書いたことのまとめ。


    今日はもう頭が働かないので、諦めて卸売スーパー(北42条)まで買い出しに出ることにした。行きの途中で純連に通りがかったので味噌ラーメン。ここは2年ぶり2回め。

    札幌らしい味噌ラーメンは、表面に脂が浮かんでいて、湯気が出ないのにものすごく熱いので、猫舌の自分は苦手。もっとぬるいラーメン出してくれるところはないものかと思ってる。



    マストドンは「削除して下書きに戻す」ができるのがよい。 Twitterはリツイート機能を重視するから書いた後編集できない。これはずっと不満だった。わたしはマイクロブロギングしたいのであって、ソーシャル・ネットワーキングしたいわけではなかったので。 RT重視はツイート数にRTが含まれる点にも反映していて、あれも嫌いだった。

    私のブログははてなダイアリー(2003年12月から)で始めたのだけど、はてなの体制が信頼できなくてレンタルサーバーでブログをやるようになった。同じ方針を貫くならマストドンに行くほうが正しいよなあ。ただ面倒くさい。ブログの方のシステム更新も滞ってるし。(ブログ自体は継続してます。)

    Twitterを離れると、なんか「応答責任」みたいなものがいっさいなくなって気が楽になった。こちらでは好きなことだけ書いておく。

    なんかマストドンで書いてると、すごく気が楽だ。これからも誰もフォローしないで、独りTLで運用していく所存。

    Twitterのときはついついいいねの数を数えてしまったり、へんにいいねが増えたときは速攻ツイ消ししたりと、なんだかんだ反応を気にしていたのだけど、「通知」以外に数字が見えないのがとてもいい。これからも壁に向かって話し続けようと思う。


    「お尻を出した子一等賞を説明するよ」 これはすばらしい。この歌詞の意味を解釈しようと考えたことはなかったが、たしかに意味不明だし、このような説明が与えられたらもうほかの解釈はありえない。実際2番でも「ビリっ子元気だ一等賞」なので、いちばん下手な子に一等賞を与えるという意味で筋が通ってる。僕は、こういう「解像度が上がる」って話が大好きでね(月島兄風)

    Spacemen 3 - An Evening of Contemporary Sitar Music - Dreamweapon 電極作るときとかずっと入り込まなければならないときに、90分のカセットテープの片面全部にこれを入れて流し続けたものだった。いまはYoutube Musicで聴けてしまう。ありがてえ。

    タワマン文学は見えないようにしている。30年前に「金魂巻」でやったマル金とマルビを経由しているので、ああいうのはもうお腹いっぱい。SAPIXとかどうでもいい。

    美食の人って、「以前は普通だったものが美味しくなくなる」って経験をしてるのかね?もしそうならそれは際限ない欲望にとらわれている苦dukkhaだよね。もしそうでなく、普通のものは普通に、美味しいものは美味しいものとして経験されるだけなら、それはそれでいいのだけど、

    MLBで「ワールドシリーズ」とか「世界一」とか言うの、なんかムカついてこない?

    昔の公務員たたきみたいにTwitter職員が叩かれている。私は「溜飲を下げないようにしよう」とあらためて心に誓う。

    kindleで洋書を読むときに、翻訳と原文が両方載ってたらいいと思うのだけど、UIに工夫が必要だな。 基本訳文が載ってるんだけど、なんかおかしいときにマウスオーバーすると原文を見ることができる、こんなんでどうだろうか。 kindleのe inkだとあまりそういう早い変化のあるUIは不得意だろうから、あくまでもブラウザベースでの挙動にはなるだろうけど。


    月食を見に外に出てみたが、厚い雲がかかっていて、うっすら雨も降っている。残念ながら今回はまったく見えないみたい。

    皆既月食終了後の部分月食のタイミングで雲が薄くなったので、ちょっと月食をみることができた。満足。

    ピッツァ!

    富士山麓オウム鳴く!(<-ヤマノススメ観てる)

    ぼっちちゃんにもし髪飾りがないと、全部がピンク色になってしまうのでアクセントを付けるためということはわかる。でも水色と黄色のキューブだというのがよくわからない。あれは配色的には理にかなっているの?

    「くものすおやぶん とりものちょう」 また朗読してみたい。 https://twitter.com/pooneil/status/648524520614006784

    mstdn.jpのローカルTL見ると、ほぼ実名ゼロで、アイコンも二次元キャラ率8割って感じ。場違いなのでとりあえず名前出さず顔も出さずでやってる。まあ、mstdn使っているのは、壁に向かってしゃべるのが目的なんで。

    以前はマスカットジュース紙パック1L140円というのを頻繁に買っていたのだけど、代わりにカルピス原液1Lというのを買ってみた。ちょうど2ヶ月経過したところでだいたい使い切った。コスパとしてはなかなか良い。いつでもカルピスが飲めるって幸せだ。紙パックジュースだと賞味期限までに飲みきらないとという不自由があったけどそれも解決したし。そういうわけでこれはもう一回注文しみようと思う。

    「丸ごとピーマンの焼き浸し」をもう一回やろうと思ってピーマン買ってきた。3日くらいしたらピーマンがオレンジ色になってる。調べたら熟するとオレンジから赤になるとのこと。聞いてないよ!とりあえず色が変わったやつだけアイラップにくるんで冷蔵庫に入れておいた。

    「Twitterは『間違いなくオタクだが日々の生活に追われてオタクらしい活動をしていないオタク』のちょうどいい生息場所なんだよ」 これって自分が作るTL次第で、ある意味鏡を見てるだけの話なんだけど、私の場合はすごい合点がいった。ワナビのための場所って感じだよね。そう考えると、AI絵師のときにイラストレーターにヘイトが向かったのとかも理解できる。


    秀岳荘北大店の向かいに古い炭屋の建物があった。(写真はこちらにあり。) 前回の冬に雪でこの店の軒先が崩落した。そのあとしばらく工事してたのでどうなったかと思っていたら、スッカラカンになってる!なんかいきなり無くなったのでビックリした。

    「セラトナ」いい曲だなあ。じつはゲキドルの「キズナ」を聴いてその元ネタとして知ったのだけど。

    以前聴いてた曲でいつもここに来たら胸が震えて涙が出てくるというのがあったのだけど、それがすっかり消えてしまった。冬期うつの症状かなと思っていたのだけど、いまケムリクサed聴いたらめちゃ涙が出てきたので、たんに感性が変わってきたということらしい。

    今日の強い風でイチョウ並木の葉が落ちるだけでなく、ギンナンが大量に落ちてる。ブジュブジュ潰しながら並木道を歩いた。たぶん明日朝は臭い的な意味でたいへんなことになってるはず。


    2023年05月04日

    「青い影、ローファイヒップホップ、金葉祭」(さうして、このごろ2022年10月版その2 + マストドンへ移行)

    今日から本気出す。ということで札幌に来てはじめてオムライスを作ってみた。ところが卵を巻くところで惨敗。メシマズ写真を取ることができた。これならニャンちゅうも「これはひどいw」と言ってくれるはず。味には問題なし。


    今日から本気出す。と書いたが本気出せず。けっきょく15時になってやっと活動開始した。外に出てみたら異様に寒くて驚いたが、あとで確認してみたら気温は9度でそんなむちゃくちゃ低いわけでもない。副反応の反動なのか昨日の午後からずっと体温が低い(35.5とか)ので、それの影響か。

    「チェアリング」という言葉を知った。わたしが中央キャンパス前でアウトドア用椅子に座ってギターかき鳴らしていたあれ、チェアリングの一種だったのか。といっても折りたたみ椅子はセカンドストリートの1980円のだけどな(ヘリノックスの2万円のではなくて)。


    「青い影」の歌詞で"as the miller told his tale"ってのがわからなかったのだけど、「カンタベリー物語」 を言及していて、これが「浮気と寝取られ」の話だとわかるそうな。そうするとVestal Virgins (= ウェスタの処女)への言及も不貞への刑罰についてとわかる。

    ただし作詞者のKeith Reidは「チョーサーは読んだことがない」と言っている。あとシングルでは歌われてない3番と4番の歌詞を読むと、海のイメージに満ちたディラン的シュルリアリズムで書かれていて、不貞の歌というイメージは薄れる。

    だからKeith Reidは"They're right off the track there"と言っているのだろう。いわば「(シングルとして売るために)1番と2番だけに切り抜かれた」ことによって、全体の文脈から離れた「不貞というテーマ」が強調されて理解されていることを訂正したかったのだろう。

    「海のイメージに満ちたディラン的シュルリアリズム」というのは2番でも、「海岸に向かう」「16人の」Vestal Virgins のくだりとかがあてはまるだろう。ディランの"Desolation Row"で「良きサマリア人が今夜のカーニバルに行く」のテイストに近いものを感じる。


    「なぜ心はこんなに脆いのか」(ランドルフ・ネシー)を読むつもりで持って帰ってきた。これまで「鬱」「不安」について取り組んでこなかったので、大学院講義「意識の科学入門」用にネタを仕入れる。いまshorebird氏のまとめを読んだらすでにもうお腹いっぱいだが。

    (エピローグまとめより:)「進化的視点に立つときに重要なのは,症状自体に必ずしも機能はないということだ.摂食障害やADHD自体が淘汰産物ではない,それらへの脆弱性が問題なのだ.」そういえばこの話は今年のサマースクールで鈴木さん、松前さんと食事しながら話ししたっけ、と思い出した。

    老眼が進んできたのでこれまで100均の100円メガネでなんとかしてきたのだけど、意を決してメガネ屋さんに行ってきた。検査もしてもらってちゃんと合わせてくれて、それは良かったのだけど、メガネってあんな高いの?ギター1本買えるじゃん?


    "How to make Microtonal Lo-Fi Hip Hop" これ見てびっくりした。ローファイヒップホップのデチューンした感じって、微分音だったの?あらかじめ演奏したのを後からいじって作ってるのかと思ってた。その先祖のBoards of Canadaとかライブでやるのならわかるけど。

    ここまで書いてから、"Boards of Canada" microtonalでググってみたけど、やっぱり否定的だ。reddit

    さっきの動画はあくまでもローファイヒップホップを使って微分音楽を説明するという位置づけなのかな。

    微分音による非西洋的な和音を作るとかそういうのが目的ではなくて、あくまでも「繰り返し聴いていて伸びてしまったカセットテープ」とかそういうアナログな感じを再現するのが趣旨のはずだから。


    Abletonがモバイル用音楽制作用アプリ"Ableton Note"をリリースした。KORGのGadgetを積んでる私が使うかなと思いつつ、とりあえず買うだけ買っておいた(1000円)。そしたらSLEEP FREAKSが次の日には使い方解説の動画を出してた。ありがたい。来世でいじってみる。

    今日は最高気温は9度で、いま5度。冬が来ちゃう…永遠に冬が来ないでほしい。毎日18度とかがいい。

    毎日25度よりは毎日18度がいい。この温度ならコバエが出ないので、安心してバナナの追熟ができる。

    自炊するようになってから、果物って高いんだと実感した。日常的にはバナナくらいしか買わない。りんご、ナシ、モモが半額弁当より高いなんて。シャインマスカットが出回っても1300円とか書いてあって、回転寿司より高いじゃんとか思ってスルーしてた。

    でも先日業スーでハンパな部分の寄せ集めでシャインマスカットが598円、というのがあったので人生で初めて購入した。何回かに分けてゆっくり味わった。…人生に果物は必要だな。


    そういえば、と札幌ライブ情報を調べてみたら、Ringo Deathstarrの対日公演の会場に札幌が追加されているのを知った。 以前チェックしたときは東京、大阪、 名古屋だけだった。そのあとで札幌と旭川が追加されたらしい。11/13(日)。これは行こうと思う。 (追記: けっきょく行かなかった)

    この記事良かった。スーパーでスルーしつづけている食材がいろいろあるので、こうやって開拓しておきたい。「丸ごとピーマンの焼き浸し」はすぐ試してみようと思う。ピーマンは中の種を取るのが面倒かつ無駄だと思ってたので、だいたい業スーの冷凍で済ませてた。

    「アスペル・カノジョ」はしんどそうなので読んでなかったが、この批判記事にある「恋愛のガワをかぶせた、「罪悪感の払しょくを目的とした自己完結型救済の物語」だ」というのを読んで、逆に興味を持った。

    これ好き: 「前向いてるから自分より前の人しか見えないんだよね」

    (10/29) 金葉祭初日。だいぶ紅葉が色づいてきた。ちょっと肌寒く、雨がぱらついたりもしたけど、まだ落葉は始まってない。しばらく暖かいので、落葉するのは11/4(最高気温6度の予想)に一挙に寒くなるタイミングだろうか。


    (10/31 00:16) 玄関開けたら5分で就寝。明日から本気出す。

    (10/31 00:18) 金華祭の片付けをしている実行委員の学生たちの姿が横目に流れた。

    紙ストローの話題を読んでて、記憶をたどってみたら、札幌に来てからスタバもマックも行ったことがないことに気がついた。ファーストフードに行く習慣がCOVID-19でほぼ消え失せた。

    ガンダムは一切観たことがないのだけど、ふだんわたモテのイラスト描いてる人たちが軒並みスレッタを描きはじめているので、ちょっと興味が湧いた。

    ひさびさに「仏教思想のゼロポイント」「だから仏教は面白い!」(魚川祐司)を再読してる。「世界は壊れるものでできており、壊れるから世界である」(p.126)というくだりを見て得心した。


    (11/1) 「イーロン・マスクがTwitterをめちゃくちゃにすることを恐れてMastodonやDiscordに移行する人が続々登場」わかる。やっぱMastodonに行くべきかね。

    (11/2) しばらくこっちでやってみます。みんなも移ろうぜ! https://mstdn.jp/web/@pooneil

    (11/8) なお、宣伝などSNSの機能を活用するときはTwitterで、言いたいことをつぶやくだけのmicrobloggingとしての機能を活用するときはマストドンと使い分けてます。あと、@ChainHokudaiのほうはひきつづき私が更新していきます。


    2023年04月12日

    「カルピス、東京化学同人、"than meets the eye"」(さうして、このごろ2022年10月版その1)

    冷蔵庫のスペースを確保するために、飲み物はミネラルウォーターとカルピス原液で運用してる。カルピスは計量してきっちり4倍で薄めていたけど、「紙コップに印つけておけばよくね?」と思ってやってみた。なんか違うものに見えてきたが、とくに支障なし。ダイソーで目盛り付き紙コップ売ってほしい。


    今期は「ヤマノススメ」と「ぼっち・ざ・ろっく」で。といいつつまだ第1回観てない。リコリコもまだ最終回観てない。

    「生命のかたち/かたちの生命」木村 敏 を北大図書館本館まで行って借りてきた。ヘルダーリンについての記述があるというのを知ったので。ランゲ=アイヒバウムの「ヘルダリン―病跡学的考察」も以前借りてきたが「統合失調症で詩が壊れてゆく」的な決めつけが激しくて嫌悪感のため放置してる。


    工学部の図書館の新刊コーナーで見つけた深層学習入門の本。表紙で有機化学の教科書かと思って二度見した。フォントとか表紙の佇まいが「マクマリー有機化学」とか「モリソン・ボイド有機化学」 と同じでしょ。だれか「東京化学同人の表紙シミュレーター」を作るべき。

    たぶんデザイナー(東京化学同人の中の人?)が同じなのだろうけど、そこまで調べる情熱はなかった。

    ぜんぜん別の話だけど、ドレミ楽譜出版社のギター譜(70-80年代のフォークからニューミュージックの時代)を複数持っているのだけど、筆跡からして同じ人が複数の本を手掛けているらしいのを知って、実はすごい少人数で作っているんだなと思ったことがある。検証したことはないけど。

    と手間ひまかけて(これのために1時間くらい調べ物してた)ポストしてみたものの、言うほど似てねえなあ。ダメじゃん。


    (久々の出張から) 無事札幌に戻ってきたが、このまま家に帰るのもなんかもの足りないので、そのままスーパーアークスまで買い物に。どうやら今日の札幌は温かい日だったようで、22時でも上着さえ着ていれば気持ちいい空気だ。夜の街灯の環状通を東に向かっていったら、なんだか気持ちが回復してきた。

    明日から本気出す。明日から本気出せば、まだ間に合う。明日から本気出す。


    「岡崎市歴史的風致維持向上計画」の1章 p.31 に岡崎の古墳の地図がある。甲山古墳、外山古墳群などみなどれも丘の上にある。なるほど昔の人は古墳は丘の上に建てたのだなと一瞬納得しかけたが、これってもしかして生存バイアス?(生還した爆撃機が被弾した銃痕)と気づいた。

    と書いた瞬間に「例の銃痕の図は実データではなくて、あくまでも仮想的な図であるとwikipediaの「生存者バイアス」の項には書いてある」と付け足しておく。

    隣の安城市には桜井古墳群があるけど、これらも碧海台地の東端の河岸段丘にある。安城市資料 矢作川流域の低地にはいっさい古墳はない。河岸段丘に多い点からは、古墳を作った場所は意図的に地形で決められていたようにみえるが。古墳+低地でググってみたが証拠なし。

    飛鳥時代になると岡崎にも寺院ができるけど、北野廃寺とか能光廃寺とかが矢作川沿いにあるのは対照的で面白い。岡崎市資料のp.33。今日はここまで。


    ニール・ヤングの有名なフレーズ"Rock and roll can never die. There's more to the picture than meets the eye"でpictureにtheが付いていることに気がついた。もしかして「画像には目に写っている以上のものがある」ではなくて、"the picture"ってもっと具体的な状況(=前の文)を指してるの?

    ただそうするとよくわからないのは、視覚科学の論文ではよくこの歌詞をもじったタイトルがある。ひとつ挙げるとこれ: J. Biogeogr. 2017 これらは一般論的な表現(画像には…)をしようとしているのだと思うのだけど、なぜ"pictures"や"a picture"や"the pictures"ではない?

    もともとの動機は、change blindnessの話をしたかっただけなので、"than meets the eye"とだけ言えばいいのか。それでも"meets the eye"が中心窩だってところで捻りが加わっている。


    4月からウォーキング40分を、ピッチは180bpmで固定、運動強度は脈拍140bpmで続けてきたけど、いつまでたっても時速6.5kmを超えることができない。前回からウォーキングからジョギングに変えたら、やっと時速6.7kmを超えた(<9min/km)。いまのところ膝は痛くない。以前の時速9kmまで戻すには先が長い。

    運動強度が上がったので、心拍も以前の平均140pbmから今回は平均155bpmくらいに上がった。後半は168bpmとかになっていたけど、そんなに息切らしながら走っているわけではない。でもポックリ逝かないように気をつける。

    カルボーネン法: (220-年齢-安静時心拍数)×運動強度(%)+安静時心拍数 で考えると運動強度100%になってしまうので、なんか間違ってる。

    自転車のタイヤをそろそろ交換しておこうと、シュワルベ ビッグアップル 20×2.00をヨドバシカメラで注文してた。到着のメールが届いたので、21時過ぎているが取りに行った。大学からチャリで5分。北大のメリットを享受している。(とはいえ北海道での通販は1日余計にかかるのだが。)

    夜の気温が6.9度とかまで下がってきて、冬が近づいているのを感じる。5時にはもう暗くなってきて(日没16:45)、秋の日はつるべ落とし。 家に戻ってみたら室温が18度。ついに20度を切った。(比較的暖かい部屋なんだ。) そろそろ暖房を点ける時期が来たのかもしれない。


    2023年04月01日

    自転車で札幌恵庭自転車道(エルフィンロード)行ってきた

    自転車で札幌恵庭自転車道(エルフィンロード)行ってきた。北大->白石->北広島->大曲->白石->北大で53.46 km / 2:45:21 (平均速度 19.4 km/h)。来年からファイターズの試合がエスコンフィールド(北広島)で開催されるので、自転車で行けるか試すのが当初の目的。25kmで70minくらいなのでまあ可能。


    「白石こころーど」「(厚別)陽だまりロード」部分は、街中を走る自転車/歩行者専用道路になってる。緑が多くて気分が良い。車道とクロスするたび地下に潜るので上り下りが多くてたいへん。運動になるが。道はけっこう凸凹で乗り心地は良くない。とはいえ道に穴はなかったので整備はしてると思うけど。


    あと気づいたのが、街灯はほぼない。夜は明るいライトが必須。私は500ルーメンのを使ってるけど、ナイター見たあとこの道を帰るのはたいへんそう。 北広島に向かう「エルフィンロード」部分は道も凸凹してなくて気持ちよく走れる。ただしずっとゆるい上り坂なので、速度16km/hrくらいまで落ちる。

    北広島到着ちょっと前くらいに「自転車の駅」がある。売店とかがあるわけではなくて、ただ自販機とトイレがあるだけ。でもツーリングの集団が休憩していて賑わってた。 このあたりは函館本線沿いを走るので、鉄的な意味でも楽しい。 エスコンフィールドは建物の外側ができているのは確認した。


    これで北広島駅まで到着。25kmで70min。コンビニ休憩込みでも90分くらい。これでデーゲームの日なら問題なくチャリで行けることがわかった。


    北広島で昼食の予定を変更してそのまま大曲の三井アウトレットパークへ向かう。ここが予想外に上り坂だった。一番きついところで820mで40m登る。

    坂を登りきったところにある「ホクレンくるるの杜」で乳製品を買って、「三井アウトレットパーク」でジョギングシューズを買って第2の目的達成。帰りにスープカレー天竺 清田本店を発見して入った。(じつは北広島駅前でスキップしたのは天竺 北広島店だったのですごい偶然。) 良い休日だった。


    2023年03月31日

    「ワークマン男子、ナチュラルブラック、もやもやプーニールさん」(さうして、このごろ2022年9-10月版)

    自転車のベダルがバキッと折れてしまったので修理に出した。それで週末は足が無くなった。俺はまるで翼の折れた天使(エンジェル)だぜ。しかたないので、ひさびさに市電に乗って中島公園経由で市立中央図書館まで。ヘルダーリンの詩集を借りてきた。これは積んでおくだけでご利益がある。


    FugaziってSonic Youthの"Dirty"で知って、ジャニスでCD借りて聴いたりしたけどあまり印象がない。Youtubeのおすすめに出てきたこのライブ映像はすごく良かった。Fugazi - Turnover - (Live 1991)

    以前から洋服関連の支出は最小限にとどめていたけど、札幌に来てついにユニクロさえ行かなくなった。ほぼワークマン。ワークマン男子。

    ワークマン男子、昨晩は伏古のブックオフに行く途中でワークマンプラス 札幌美香保店(昨年開店)を見つけて入ってみたら、冬には売り切れてた氷雪耐滑の靴(ケベックNeo)が売られてた。これはガラス繊維を使っているやつで、札幌の冬のQOLが上がるはず。ということでだいぶ早いが購入しておいた。

    スマホで調べたら、10月末に新商品(レイキャビク)が出るらしい。多分買い逃すし売り切れるから、それを待つ必要はないだろうと判断した。 前回の冬はほんと雪が多くて懲りたので、今度の冬を乗り切る準備を早めに進めている。小径車のスパイクタイヤ化もしないといけない。

    修理が終わった自転車が戻ってきて、調子悪かったところが全部直って、乗り心地も良くなってハッピー。でもコミコミで2万円弱取られてブルー。今月は外食無しで乗り切るべきか。5000兆円ほしい。


    頭が働かないので今日は店じまいして、卸売スーパー北42条店まで行ってきた。チャリで信号待ちこみで片道20分。肉と魚の品揃えが良い。値段は高いの安いのいろいろなので、安いものだけ選ぶ必要あり。冷凍カリフラワーライスを買って帰ってきたが、融けてなかったのでセーフ。

    立川マシマシの「麺なしラーメンライス」、いいな。むしろライスも要らないな。有名なコピペで「山盛りニンニク背脂サラダ」ってのがあるけど、むしろ「山盛りニンニク背脂サラダ」でいい。豚は欲しいけど。

    ひさびさに会った奥さんから指令が出たので、白髪染めをしに床屋に行ってきた。「ナチュラルブラック」というのを選んだんだけど、効果てきめんすぎて、黒黒としていて、なんだか違和感がものすごい。ぶっちゃけ(略 他人にツッコまれる前に自己申告しておく。


    弱くありつづける強さを持ちたいと思ってる。マッチョではありたくない。世界の罪をすべてこの身に集めて犠牲となりたい…いやさすがにそれは大げさだけど、弱くありつづけて、それでも生き延びたい。

    かといって傷をなめ合う堕落にはまり込むのでもない。そういう狭い稜線を進みつづけていこうということ。

    それが私がたまに書いては消す「溜飲を下げない」「スッキリとしすぎない」という方針の根底にある。モヤモヤしつづけていたい。もやもやプーニールさん。


    部屋を片付けていたら、エレカシ野音1995のチケットが出てきた。この時期のエレカシは「東京の空」(1994)が出てからポニーキャニオンに移籍して再出発(1996)する前の時期だ。チケットの右が切り取られてないので、参加してない。なんか理由があったんだろうけど、思い出せない。D1の夏なんだけど。


    Atomが開発中止ということでVS codeを使い始めたけど、使いこなせてない。新規作成した文書の拡張子がiniになる。いったいどういうこと?と思いつつそのまま数ヶ月が経過した。重い腰(物理)を上げて調べてみたら、defaultLanguageで設定できることを知った。 まだ先は長い。

    自分はマウスでカチカチやるよりもキーボード・ショートカット使いたい人間なので、MacでPDF開くときもFinderでcommand-oを使う。でもたまに打ち間違えてcommand-pを押してしまう。これやるといきなり印刷が始まってしまってウザい。command-pをdisableすればいいんだろうけど。(<-書いてて気づいた)


    2023年02月28日

    「かにらっきょ先輩、ライジングサン、サレジオ」(さうして、このごろ2022年8月版)

    「かにらっきょ先輩」っていうペンネームを考案した。念のためググってみたら、カニの肘関節の部分のことを「ラッキョ」というということを知った。カニの部位詳細

    今日はなんだか疲れたので早めに帰ることにしたが、夜の空気が奇跡的に完璧な温度で、家に帰るのがもったいなかったので、自転車で夜の街を東に向かったが、けっきょくスーパーアークス 光星店でお買い物して帰ってきた。気温は22度。

    犬山に行った日が同じように劇的に快適だったことを覚えている。[2019年11月8日](https://twitter.com/pooneil/status/1192770796181082112 ついでに当日の気温を調べたら、20度以下だった。 ああ、でもなんか共通してるはずなんだけど。(<-完全に個人的なメモ)


    「地形分類で見る武蔵小杉と田園調布」の記事を見て、同じように北大内を流れるサクシュコトニ川の地形図を表示してみた。地理院地図 すごいくっきりと川の流れが現れて、テンション上がった。

    以前もTwitterで書いたけど、ラーメン二郎の横から偕楽園緑地に流れ込む川の流れは今も残っていて、住宅地の中に曲がりくねった元河川が見える。今昔マップ

    Google mapの航空写真で流れをなぞることができる。ラーメン二郎の横から左斜め上に、そこからぐるっと210度くらい円周を回って偕楽園緑地に流れ込む。偕楽園緑地からは東側に出て、急カーブで北上し、北8条通を越えて、生協会館を通り、北大構内の「水源」に出てくる。


    「文具と本の巨大デパート「コーチャンフォー」」 わかる。新川店にはちょくちょく行くけど、ちゃんと繁盛してる。先日も宗教コーナーでスマナサーラのスッタニパータ解説本を読んでから文庫の棚に行って岩波文庫および光文社古典新訳文庫の訳を読み比べる、なんてことしてた。

    札幌には紀伊國屋書店と丸善ジュンク堂書店があるので、専門書はだいたいそこで立ち読みするのだけど(買うとは言わない)、コーチャンフォーは音楽関係の本が充実しているので、バンドスコアとか、ディスクガイド本(クラウトロックとか)を立ち読みするのに重宝している(買うとは言わない)。


    ライジングサンDAY2行ってきた。ナンバガのライブの途中で向井氏が「ナンバガ再結成がRSR出演を目指していた」と話を始めたときに「これは解散宣言来るな」と予想はしたけど、本人の口からそれが出て、そのまま"Omoide in My Heart"になだれ込んだときには、ものすごく心が震えた。歴史的な場面に遭遇してしまった。

    そもそも再結成の理由がRSRでやることだったわけで(ORICON MUSIC)、RSR2019のトリだったのが台風で流れて、さらにコロナで流れていたので、今年解散というのも、予定よりもずっと遅いことだったのだろうと思う。(といいつつショックを抑えきれない。)


    ソウルジェムが曇ってきたので、そろそろ回る寿司かなと、トリトンに行ったら、15時過ぎなのにどえらく並んでた。なにごとかと思ったけど、いまがお盆で、家族で集まって行くのにちょうどよいのだなと気がついた。諦めて、JR生鮮市場でサーモン8貫800円の寿司を買って帰った。

    納豆は100回かき混ぜてネバネバを出す派なので、ネバネバが多いひきわり納豆が好き。先日もいつもどおりひきわり納豆を買って開けてみたら、なんか違う。よく観たら「おかわり納豆」という商品名だった。

    めんつゆ一辺倒からの脱却を図るため、キャベツ1/2+なんかの肉+コンソメキューブ2個+(業スー)ケイジャンスパイス4gで圧力鍋、というのを繰り返していたら飽きてきた。白だし60g+ みりん20g+砂糖20gを試してみたら、かなり幸せになれることがわかった。

    「ジキルとジキル」ってのを考えた。ハイドはいないの。そんなものははじめから無かった。

    「PMのための読書地図」 中身には興味がないけど、「枝分かれした読書地図」がすごくいい。いわゆる「必読本リスト」的なのって対象を明示しないと不毛だと思うけど、枝分かれ式なら、ぜんぶは読まなくてもいいし、各人が必要な本と読む順番もわかるし、とてもいいと思った。

    サザエさんOPがアウトロのところで音がフラットする問題、いろんなバージョンを比較して解明してる。謎が解けて満足した。ところで訂正版では、後半繋いでるところのスピードが上がってるように聞こえる。音の補正をしたときにスピードも変わったということだろうか。

    ふと思い立って「札幌ライブ情報」的なものを調べてみたが、この秋は人間椅子、アジカン、THA BLUE HERB、ってかんじか。サカナクションはsold outしてた。

    「ぼっち・ざ・ろっく!」のアニメ化は期待している。10月まではがんばって生きる。

    MidjourneyもStable Diffusionもスゲーってことはよく分かる。でもなんか、フォトリアリスティックな画像ばかりどんどん出てくるのがなんか気持ち悪くて、自分でいじろうという意欲が湧かない。自分はこれまで、新しい技術はすぐいじってみたくなるタイプだったので、これは敗北宣言なのだけど。

    「サレジオ」ってたぶんsurgeonと同じ語源なんだろうと思っていたのだが、ふと思い立ってWikipedia調べてみたら、ぜんぜん関係なかった。「サレジオはイタリア語で「サール(地名) Sales の」という意味」


    明日は北海道マラソン。創成川通から新川通りを北上して、また戻ってきて、北大の中を通って、大通公園がゴール。さっき北大構内をウォーキングしてみたら、すでにロープが張り巡らされていて、コースの準備がだいぶできてた。落ち葉とかはあったけど。

    生鮮食品が安いところを開拓しておきたい。網羅的な記事 普段はJR生鮮市場を使ってる。業スー八軒店の野菜は高い。マンボウは安いが遠い(質も悪い)。卸売スーパー北42条店はよさそう。豚バラブロック79円/100gに惹かれた。チャリで20分かかるけど。


    2023年01月28日

    「西瓜、千石自慢らーめん、第一農場」(さうして、このごろ2022年7月版)

    業スーに行ったら、なんだか西瓜みたいな香りがしてきて、日曜日の夕方に笑点を観ながら西瓜を食べて、もう週末終わっちゃうなと感じていた、そんな記憶が蘇った。じつのところ、笑点なんて観てたのはずっと昔、小学生くらいのときしかないはずなのだけど。

    このままビールでも飲んでそのまま爆睡して、といきたいところだが、まだやらなければならない仕事があるのだった。先週も本気出したはずなんだけど、どうしてこうなるのだろう?明日から本気出す。


    [今日の俺通信0702] 2日目の抽選当たった。8月まではがんばって生きる理由ができた。石狩湾新港樽川ふ頭までは16kmなのでチャリで1時間くらい。あらかじめ予行演習しておこうと思う。

    Alvvays - Pharmacist これ好き。映像もよい。

    「異世界おじさん」面白かったので視聴継続する。セガネタはまったくわからなかったが、それでも楽しめた。自分は家庭用ゲーム機をやったのはファミコンまで(弟とファミリーテニス1987)、アーケードゲームはゼビウス(1983)までという人間なので、ドラクエもFFも触ったことがない。後悔はしてない。

    でもジャンプ黄金期を逃したのはいつか取り戻したい。「ジョジョ」は1期までしか読んでない。「幽遊白書」も「ボボボーボ・ボーボボ」も「DEATH NOTE」も「BLEACH」も「NARUTO」も「銀魂」も「HUNTER×HUNTER」も「ONE PIECE」も読んだことがない。追い出し部屋で毎日ジャンプ読むだけの仕事がしたい。

    コミックを読む能力が衰えてきているのを実感する。このあいだ一念発起して(<-?)、積んでたごちうさ4巻を読んだら、読み終えるのに2時間弱かかったのにはびっくりした。


    「千石自慢らーめん」閉店だって。ホープ軒とともに私の心の故郷だった。大学生の頃にけっこう通った。(附属水泳部コーチの帰り道で。1988年開店だから当時は新しかったみたい。) ここ数年は東京に出張しても近くを通ることがないので、なかなか行く機会がないままだった。

    自分はいまでも背脂チャッチャ系を探しているけど、いい店が見つからない。だいたいどの店も「臭く」ない。いま調べたら、ホープ軒ですらあっさりめに振ってるみたい。

    背脂系の代替として二郎系を選んでる側面がある。だから自分にはモヤシが邪魔。ほんとうは「野菜抜き」で注文したいけど、対応してない場合面倒なので、いつも「野菜半分」でコールしてる。家系はぜんぜん良さがわからない。吉村家でさえピンとこなかった。必要なのは鶏油やラードではなくて背脂。


    この図好き。自分は「カンデル本にぜんぶ載ってるよ」よりはこういう「一枚絵にとりあえずぜんぶ載ってるよ」っていう提示法に惹かれる。パズルのピースを埋めたい欲求を刺激するというか。(研究の話ではなくて教育の話をしてる)

    物理でこういうのがほしい。でっかい紙にmaxwell方程式とか熱力学の基本方程式とか数少ないものが中心に書いてあって、そこから派生してすべてのことが説明できます、みたいなやつ。


    [今日の俺通信0705] ウォーキング再開して3ヶ月経った。時間を40分に固定して、平均心拍数が130-140をキープするようにする。以前半月板を痛めたので、今回は極力上下動無しのウォーキングにしてる。メトロノームを使ってピッチを180step/minに固定する。これで1stepの長さだけが操作できるパラメータになる。

    時速6.5kmくらいまで上がってきて、歩きから走りに移行する直前まできたが、膝を傷めないこと優先で慎重にやってる。幸い膝の痛みを感じることはない。ダイエットの効果は劇的ではないけどちょっとずつ減ってる。それよりはウォーキング後に頭がはっきりするのでもう一仕事できるのがメリット。

    これがあって40分走にした。以前は60分走かつ運動強度が高かったので、汗が引くまで時間がかかり、走った後仕事をする余裕もなかった。19時くらいで集中力が切れたタイミングでウォーキングすると20時くらいからもう1時間ちょい集中して仕事ができる。難点は夕食が遅くなる点だがこれは未解決。

    メトロノームを使ってピッチを180step/minに固定する、は以前読んだ本から取ってきたもの。以前は大股で走って踵を痛めてしまったので、それを防止する役割、あと、ピッチを固定すると歩幅だけが操作可能なパラメーターになるので、心拍コントロールがしやすい。ただ問題はメトロノームをかけながらだと音楽を聴けない。

    骨伝導イヤホンで小さく音楽かけながらメトロノームに合わせるというトリッキーなやり方をしてた。でもここ最近Hammockというアンビエント/ポスト・ロックバンドを知ったので、ヘビーローテーションしてる。ドラムがほとんどなくて、アンビエントなギターと弦楽器が延々続くので、ふだん聞くには退屈だけど(バンド自体も「就寝用プレイリスト」を作ってたりする)、夕焼けから夜の街に変わる時間帯に聴くとなんだかすごくよく響く。ちょうど走り終わったところで始まったこの曲"Razorback Drug Town"を聴いたら、なんかすげーチルアウトっていうか夜空に心が飛んだ。

    音楽の構成としては「ニューエイジ・ヒーリング」的なアレに近くて、あまり自分が聴く分野ではないのだけど、出てくる音がギターに深いリバーブかけた、ポスト・ロック的な音なのでなんか聴けてしまう。そんな今日このごろ。


    ひさびさにwindows PCのセッテイングをしたら(5年ぶり?)、BTOのPCだったので、ライセンス認証の仕方がわからなくてドハマリ。けっきょく「ライセンス認証 > ライセンスキーを変更する」をすればいいということに気づくまで1時間くらいかかった。

    スナックバス江、「北海道最大の繁華街すすきの――から5駅離れた」なんて書いてあるから平岸あたりかと思ってたら、北24条か。ご当地ものじゃん。だいたいどのへんのことか想像がついた。Mohan Dishからちょっと東に入ったあのあたりに昔ながらの飲み屋街がある。入ったことないけど。

    自律性におけるprecariousnessについて考えていたら、進化においてもたまたまいま生き延びているのを適応的と呼ぶだけで、環境が変わったときに生き延びることは保証されていない。ここにもprecariousnessがあるのだなと気がついた。たぶんどこかに書いてありそうだけど、自分で思いついたのでメモ。

    たまに買っている「フルタ製菓 生クリームチョコ」をスーパーでカゴに入れようとしたら、なんか妙に軽い。これはもしかしてシュリンクフレーション?と思って家に帰って調べてみたら、ほんとうに184gが174gに減ってた。気づけた自分にびっくりしたわ。

    生理研のプレスリリース。窪田さん。イラストレーションに鯉田孝和さんの最新作が出てる。私も以前、盲視の論文のときにイラスト書いてもらったことがある。こちらにあり: ギャラリー

    一週間くらいmatlabに触っていなかったら、"hold on"のフレーズが出てこなくて1分くらい難儀した。幸いググる前に、手が思い出した。それにしても、歳取るってのはこういうことか…

    八軒の業務スーパーでの買い物の帰り道、平成ポプラ並木に寄ってみたら、北大第一農場の牛と羊たちがいるのが見えたので、記念撮影しておいた。いまこちらの気温は21度くらいで、なんだか秋が来たような寂しい空気を感じる。


    雪の季節が来る前に食品宅配サービス使ってみた。でも第1回目の配達が今日なのを忘れてて、7時間後の輸送箱開けたら牛乳と納豆がぬるくなってた。号泣しながら処分した。水2L*6本1箱とかを運ばなくて済むのはすごくよい。

    宅配一回ごとに220円なんだけど、これは一人暮らしではペイしないな。ついでに他のネットスーパー(イトーヨーカドー、イオン、西友)も調べてみたが、配送料は同じくらい。Amazonフレッシュは北海道では利用できない。

    たぶん、大きい冷蔵庫を買って2週に1回ペースで宅配注文、が正解か?


    2022年12月04日

    「pooneilさんのもやもやクリニック」(さうして、このごろ2022年6月版)

    家からちょっと離れた、行ったことがないコンビニで買い物して店を出たら、夜の街がまるで知らないところのように見えて、オフィスビルが立ち並ぶ街並みに、一瞬LAの街並みを感じた。Little Tokyoの紀伊國屋書店に行った帰りに自転車で西に向かうあのあたり。その感覚はあっという間に消えた。

    以前車を運転しているときに同じ感覚を抱いたことがあったなと思って検索してみたけど見つからない。

    ついでに昔のツイートを発掘した。「pooneilさんのもやもやクリニック」好き。誰も評価しなくても、俺が評価する。

    「pooneilさんのもやもやクリニック」ってのを考えた。モヤモヤしてるの。しかもべつにそれを治療してくれるわけでもない。ただただモヤモヤしてる。迷惑。

    [今日の俺通信0619] 今日の休日仕事はつらかった(心理的に)。チャリで業スー八軒店まで行って、肉買って、号泣しながら焼いて食べた。

    自分は大学教員に異動してから、「ネオリベ的価値観」と不可避に直面(もしくは片棒を担ぐ)しなければならない場面が増えてきた。でもそこで逆に肩入れしてもそれは自己満足だ(いわゆる「バラモン左翼」問題)。さっきの記事での「9割と1割」は、よい現状認識と行動指針を提示していると思った。

    わかる。いっそのこと北大を苫小牧に移転しようぜ!


    ちょっくら定山渓温泉まで自転車でエクササイズしてきた。往路が28km/93min(18km/h)。復路が29km/91min(19km/h)。行きは藤野(15km)で休憩してそこから13kmが山道。右手に八剣山が見える。激坂ってほどではないが、時速11kmまで落ちた。帰りは下り坂メインで、ブックオフ川沿店(20km)で休憩。 https://pic.twitter.com/ncUMoJ12GB


    川沿から藤野あたりの平らな道は自転車レーンが無くて車が寄せてくるのでストレスが溜まる。山道は2車線あって舗装がちゃんとしていたが、車が制限速度を守らず飛ばしているので命の危険を感じる。北海道は自転車に優しくない。ロードバイクの集団とかは見なかった。往路で一人に抜かされたくらい。

    ついでにワーケーションしてきた。Varela 1997を印刷して再読。ホテル周辺で謎な吊り橋を発見。ウィキペによると、橋の向こうの建物は廃墟とのこと。いい休暇だった。明日から本気出す。


    [今日の俺通信0602] Chromeの検索欄に「ここが」まで入れたら「ここがあの女のハウスね」と補完されたので、ひさびさに観た。なにを検索しようとしていたのかは忘れた。

    [今日の俺通信0607] ヴェンチュラハイウェイ インザ サーンシャイン〜 (<-略

    これでCHAINからのアナウンスは @ChainHokudai から出るようにしたので、@pooneil のほうは元通り鬱々とした「俺通信」を継続する予定。そういえば今日(ry

    [今日の俺通信0610] セコマのポテサラ、うめえなあ(<-万感の思いを込めて)

    [今日の鬱々俺通信0614] グリコポッキーアーモンドクラッシュなのだっ…と久しぶりに買ってパッケージ開けてみたら、こんなに短かったっけ?こんな長さだったっけな? こんな長さだったっけな? (<-くどい)

    [今日の俺通信0616] 自転車で夕食に出かけたが、帰りは雨に降られた。濡れたまま仕事したら風邪ひくかもしれない。コロナ以降ずいぶん用心深くなった。そういうわけで今日は諦めてそのまま帰宅して、即風呂に入った。たぶん正解だったと思う。

    「雨に振られた」って言葉おもしろいよなあ、これ自動詞なのに受け身?と調べてみたら、日本語文法的にいろいろややこしいということを知った。

    [今日の俺通信0617] あるときは「藁人形論法」だったり、あるときは「主語が大きすぎ」だったりするけど、そしてそれは批判されるべきものなんだけど、問題はそういうふうにズラすことができるのが人間の認知の特性だということだよなあ。(<-なんか知った風)


    途中の道でうろこ雲?的なものと電線が並ぶ風景があったので、記録しておいた。琴似駅から北上してツルハドラッグの手前を左折したところ。なんてことない風景だけど、いつか札幌から去ったときにこういうのを懐かしく思うんではないかと思って、自分用に記録しておく。


    3年前に撮影した、西尾に南下するバイパスの夕焼けを懐かしく思い出す。感情が鈍麻しているので、べつに心が震えたりはしないのだけど、認知的にこれは懐かしいものだと考えることはできる。


    Atomが開発終了、のニュースを見て、やっとVSCodeをインストールしてみた。これまでブログでLaTeXの数式入りの文章を作るときはAtomでmarkdownで書いてプラグインでMathJaxのプレビューをしていた。昔ならVSCode出たら即試していただろうけど、ずいぶん好奇心が低下しているのではないかと思う。

    ともあれVSCodeセットアップして、markdownでLaTeXの数式書いてみたらエラーが出た。数式モードへの切り替えを

    \[ \]

    でやっていたのだけど、

    $$ $$

    にしないとエラーが出る。この二つは完全に同じではないらしい。(現在ではプラグイン入れなくても数式はプレビューできるけど、KaTeXで描画されてる。)

    ブログの方はMathJaxで書いているので、VSCodeのプラグインを入れてMathJaxで書くか、それともこれからはVSCode上でKaTeXで書いて、ブログでもKaTeXで描画するようにするか。調べたところ、KaTeXのほうが描画は速いが、MathJaxのメリットもあるらしい。


    [今日の俺通信0623] カワイスギクライシス、毎回だいたい面白いが、今回はすべて最高だった。ああ幸せ。

    Kindleでハヤカワ書房のセールをやっている。「順列都市(上)(下)」グレッグ イーガンを買った。まだ「息吹」テッド チャン を積んでるので、先は長い。なんだかんだ言いわけして積んでばかりなので、自分、じつは本読むの好きではないんだなとうすうす気がついてきた。

    [今日の俺通信0623] 「ドラえもん」を「アサヒィスゥパァドゥルァァァァイ」みたいに発音する技法を考案した、まで書いて、以前も同じこと書いた気がすると思って検索してみたが見つからない。たぶんツイ消ししたんだと思う。なんで消したかはよくわからないけど。(<-よくある)

    [今日の俺通信0624] 積んだ本が消化できない〜とかいいつつ、ついついyoutubeで「イチナベさん、なにやってんの」「ニンニクを剥いてます」とか、アゼルバイジャンの山でラム肉焼いてるのとか、そういうのダラダラ観てる。頭使いたくない。スーペル!

    Robert Wyatt “Little Red Robin Hood Hit the Road”の中間のギターソロ、ずっとFred Frithだと思っていたけど、Mike Oldfieldだった。んでFred Frith – viola ということは、この曲の最後の最後に弦楽器をかき鳴らす音(VUのジョン・ケイルみたいなあれ)がFred Frithの音か。(30年後にはじめて理解)

    ワークマンまで夏物を買いに出かけた。コンビニでLeDouxの総説読了。帰りにメガドンキ新川店に寄ったら意外によかった。狸小路のドンキは狭くて混んでるうえに安くもないのでもう行かなくなったが、こっちのドンキは広くて楽しい。コーチャンフォー->ワークマン->メガドンキという巡回ルートができた。


    2022年11月20日

    「喫茶マウンテン、分離色、意志と表象としての世界」(さうして、このごろ2022年5月版)

    ライジングサン、今年はやるみたい。https://rsr.wess.co.jp/2022/artists/lineup/… 2019年以来3年ぶり、しかも2019年の1日目は台風で中止(でナンバガなし)だったので、たぶん今回はチケットめちゃ競争率高いはず。当選したら私は行くけど、もし行ったとしても、twitter上では黙っている予定。

    3大「声に出して読みたい科学者・哲学者の名前」と言えばこれは「ミハイ・チクセントミハイ」が一強すぎるなあ。神経科学者としては「サンティアゴ・ラモン・イ・カハール」を推しておくけど。

    劇場版「輪るピングドラム」が4/29から始まっていることを知った。北海道でやってるかなと調べてみたら、旭川と北見のみで札幌は無し。よーし、ちょっくら北見まで行ってくるわ。


    きかんしゃトーマスOP曲のコード進行についての解説。C-Abは転調ではなくてキーCの借用和音だった。同主調のCmからの借用和音(モーダルインターチェンジ)で、CmのダイアトニックコードからEb, Fm, Gm, Ab, Bbが使える。EbやBbの例にも言及してた。以前こんなふうに書いてたけど、転調は勘違い。

    きかんしゃトーマスOP曲の場合、モーダルチェンジでAbを提示しておいて、あとでほんとうにAbに転調するのがかっこいい。モーダルインターチェンジはビートルズっぽいと言うけど、C-Bbはむしろミクソリディアンのイメージ。 C-Fmはたしかにビートルズっぽい。ユニコーンの「すばらしい日々」とか。


    岡崎に20数年住んでたけど、けっきょく「喫茶マウンテン」には行ったことがない。どうしてか考えてみたけど、あそこって「友達と連れ立って行くことで経験を共有する」ところがミソで、一人で行っても面白くもなんともないからだと気がついた。自分は、食事に他人と行くという発想がないもんで。

    Slowdiveの"Sleep" (Eternalのカバー)というのを知って繰り返し聴いてる。なにがいいって、サビが間奏なの。なに言ってるかわからない表現だけど。明日はこれを歌おうと思う。ヴァースがEm-F-Am-FでサビがC-Am-Em-Gこれだけ。

    大学院講義(意識の科学入門)で動画を見せようと思ってyoutubeを開いたら、 関連動画のところが「パリピ孔明」「【ガリハラ】にんにく餃子」「古田の方程式」みたいに丸見えだったので、あわててgoogleをログアウトした。あらかじめ準備しておいて正解だった。

    水彩絵の具の「分離色」というのを知った。元々は不具合と捉えられる存在が、アナログならではの味として再評価されて、意図的に分離色を作る絵の具が開発されているという話。色の配合とか乾く過程とかいろいろ考えることがありそう。面白い。

    「ハーゲンダッツとスーパーカップの差がわからない」 すごく同意。自分はJR生鮮市場でハーゲンダッツ1個190円を見つけてしばらく買っていたのだけど、週2でハーゲンダッツ食うより週5でエッセルスーパーカップ食うほうが幸せじゃね?と気づいて切り替えた。(<-食い過ぎ)

    Elon Muskがtwitterを買収したら、ヘイトスピーチとかデマツイートとかが制限されない野放図になると思う。そろそろtwitterからの移行を考えておこうと思う。とはいえ今からマストドンじゃないしなあ。

    アセスルファムKと苦味受容体の遺伝子多型の話、面白い。

    自分は人工甘味料をまずいと感じないが、わざわざダイエットコーク買おうとも思わない。つか、ビール飲むの止めたら、炭酸飲料を飲む習慣もなくなった。


    この動画 "Fluctuation theorems from Bayesian retrodiction"に興味を持った。JaynesのMaxEnt TP (ベイズ推論としての熱力学)を援用しながら、熱力学第2法則とゆらぎの法則はベイズ推論の問題であり、物理システム以外(情報とか)でも成り立つ。

    平衡状態では予言と遡言が拮抗するが、平衡から離れたところでは両者のバランスが崩れて不可逆性、 遡言不可能性(=時間の矢)が生まれる。


    「少女終末旅行」(つくみず)のラスト部分を見返していたら、チトが「意志と表象としての世界II」と題された本を見つけるシーンがあるを思い出した。これは趣味の小ネタとかではなくて、この物語に通底する思想であることは、最終回にチトの「(ネタバレにつき略)」という台詞があることからもわかる。

    ネタバレ気にしない人には、ここに抜書きがある。

    ここ最近つづけている、渡辺慧を読み込むプロジェクトで、(「生命と自由」や「時間と人間」で) 渡辺慧がショーペンハウアーに強く影響を受けているのを知ったので、いつか(or 来世で)読まなければと思っていたのだった。

    ちなみにチトが見つけた本には「II」と書いてあるが、中公クラシックスの表紙と似せてはいないので、第3巻の芸術論ではなくて、原書の第2巻「意志としての世界」に相当するんだろうと思う。(わざわざ「II」と書くからには、それには意味がある)


    プランAはもう無理であることが判明したので、プランBでいく。やけくそになってプランCを選ばないようにする。


    2022年10月24日

    「ちくさ正文館書店、やきまる2、ギャッツビーの葬式」(さうして、このごろ2022年4月版)

    札幌に来てすぐコロナだったので映画館にはまだ行ってない。札幌に「TOHOシネマズ」が無いことをいま知った。札幌にあるシネコンは「ユナイテッド・シネマ」(サッポロファクトリー)と「札幌シネマフロンティア」(ステラプレイス)の2つみたい。(もっと小規模なのが「シアターキノ」と「サツゲキ」)

    遅ればせながら第7話の蛇森さん回を見て感涙した。自分が初めて弾き語りできた曲は「四季の歌」だった。Am, Dm, E7だけなので。叔父さんから借りたのはクラシックギターにフォーク用の弦を張ったやつで、セーハコードなんか押さえられないので、やっと弾けたのがこれだった。ということを思い出した。

    The Beach Boys “All I Wanna Do” ほんとだ。50年前の曲なのに、Chillwaveみたいな音してる。


    調べてものをしていて、そういえば昔(1990年代)、ポピュラーサイエンスの本で「科学の危機と認識論」と「醜い家鴨の仔の定理」とを激推ししている箇所があって、ものすごく影響受けたのだけど、なんだったか思い出せない。沼田 寛「ヒジョーシキな科学」を開いてみたが違う。たぶん別冊宝島でもない。

    「トンデモ科学の世界」や「オムレット」も開いてみたが違った。もうちょっとマイナーな感じの本だった気がする。

    「複雑系入門」(NTT出版)でもなかった。ついでに池上高志さんが語ったことを見つけたので抜書きしておく(p.185)。

    「詩人というのは、すべて言葉の世界(言い換えれば言語ゲーム一元論)であり、数学者は言語ではなく共通理解が保証された数学の世界で戯れる。物理学者はこれに対して『自然』というものをくっつけてマージナルな立場でありつづけている。しかしこの立場はマージナルなので壊れやすく、突き詰めれば詩人か数学者になってしまう。しかし、ここで『ふんばってがんばる』のが複雑系の立場。ただし『自然』を『計算機の中の現象』というふうに拡張はするが。自然とはなにか。それはわれわれのリアリティーの問題でありわれわれはそれを構築しようとしている。」(「複雑系入門」井庭、福原 NTT出版 p.185)


    愛知県道56号名古屋岡崎線(平針街道)が延伸したとのこと。まだ未完成。岡崎から名古屋に行くには国1があるけど、豊明あたりで1車線になって生活道路を兼ねていて大渋滞になるので、自動車どころか自転車でも走るのが辛い道だった。

    まだ長男が小さかった2000年代初頭、岡崎にイオンモールもウィングタウンもない時代、文化の香りを求めて名古屋まで車で行っていた。まだ伊勢湾岸道の全通前(豊田南IC - 豊明ICが2003年)で、東名高速で本郷ICで降りて、千種経由で大須、栄に行っていた。(忘れないうちにメモっておく)

    ちくさ正文館書店に寄って、ペヨトル工房の月刊誌を立ち読みした。名古屋のラーメン屋を探訪した。大須を周回しているときにおむつを替える必要が出てきて、やむなく駐車場でスタンディング交換したのをよく覚えている。行き帰りの車でさまざまな音楽をかけて、長男に英才教育(?)を施していた。


    「何でもやれると勘違いしやすい…「43歳」に多くの冒険家が命を落とすのは偶然ではない」ここが面白かった。自分の行動の予測が「成長込みでの予測」になっているという点で。「ところが経験値が増して世界が大きくなると、その外側にある未知の領域のこともなんとなく予測できるようになり、いわば疑似既知化できる。予測可能領域がひろがり、本当は未知なのに、なんだか既知の内側にとりこんでしまっているような感覚になり、それなら対応可能だろう、と思えてくるのだ。」

    居室にギターを持ち込んで誰もいない時間に歌ってたりするのだけど、「いまそんなことばかり考えてる なぐさめてしまわずに」ってところが、息継ぎせずには歌えない。これまでは好きに歌っているだけだったのだけど、ちゃんと歌えるようにしようと思って、bpm確認して、メトロノーム鳴らしながら歌ってる。「ある光」はbmp = 134。

    佐藤友哉は「水没ピアノ」で衝撃を受けてから、デビュー作から鏡家サーガはだいたい読んでた。岡崎という地方都市に住みだした時期と重なっていたので、そういうファスト風土的風景と重ねて読んでいた気がする。でも「世界の終わりの終わり」を積んだあたりから読んでない。ということを思い出した。

    これはいい話。ただのzoom会議だったら、ちょっと画面消してミュートしておけばよいだけのこと。そうではなくて「絶対に集中して喋り倒さないといけない会議中」というのがミソだよね。自分も「議長として会議招集して意見集約してあとでXXXXに報告書提出」みたいなのをやることが増えてきて、もしいまこのタイミングでtogetterでいうような状況が来たときに、自分は正しく対処できるだろうか、なんて思った。

    岡崎という地方都市のメリットは職住一致(家まで自転車で5分)なので、子供の発熱とか怪我とかで学校まで迎えに行ったものだった。昼に電話がかかってくれば、子どもになにかあったか?とビビるし、夜に電話がかかってくれば、動物になにかあったか?とビビる。そういう生活だった。

    岩谷産業の「やきまる2」を買いたくなってきた。6500円くらいするので微妙に高い。セカンドストリートとかで中古が売ってないか探してみることにする。


    家族との交渉によって仕送りの増額に成功したので、もうすこし健康的な食生活を営むように、野菜をもっと買うことにした。いままで目もくれなかったけど、グリーアスパラがあったので金額見たら、太めの3本で300円とか書いてあって、ブラジル産冷凍鶏ももよりも高いのか!とショックを受けた。

    けっきょくグリーンアスパラを買って塩ゆでにして食べた。たしかに幸せだけど、300円で一食分で使い切ってしまうのがつらい。そのあとで業スーでグリーンアスパラ 400gで350円買ってきた。冷凍野菜で不満が出てくるまでは、これで行こうと思う。

    あと三つ葉を買うようになった。いまは季節なので3束入って98円とか心が傷まない。以前は三つ葉というものの存在意義が分からなかったのだけど、親子丼を作るときに三つ葉ってけっこう存在感があることを知った。でも3束買うとだいたい腐らす。カットして真空パックして売ってほしい。


    明日は薬学時代の人達の集まりで話題提供。ひさしぶりなので楽しみ。対面だと生活レベルの格差に直面して惨めな気持ちになったかもしれない(同年代はだいたい大学教授か会社の管理職なので)。でも今回はリモートなので気楽。いつもどおりBBCパパ方式で、上だけ背広、下はジャージで華麗にこなす予定。

    今週はオペも無事終わったし、大学院講義もだいたい軌道に乗ったし、論文もだいぶ進んだ。いろんなことがダメだったけど、それはいつものこと。今日のプレゼンも無難に終了して旧交を温めることができたので、帰りに回らない寿司(=スーパーの割引のやつ)でも買って帰ることにしよう。

    思ったよりも集客が悪かったときは、「でもまあギャッツビーの葬式よりはマシだよな」と言えば心が休まる(<-号泣)

    [今日の俺通信0425] 「ゆず白菜の塩漬け」というのがマイブームになってる。買いだめしたいんだけど、賞味期限が短いのが難点。(<-それがどうした?)

    [今日の俺通信0427] 今日は強い風が吹いている。ああこれが「春一番」かとググってみたら、北海道に春一番はないということを知った。(<-それがどうした?)

    より正確には、北海道と東北と沖縄については、気象庁が春一番を発表しない。 参考: 「北国に「春一番」はない?」

    [今日の俺日記0430] ひさしぶりにガンボ(スープ)を作った。このレシピを基本に、圧力鍋を使うレシピと合体させてみたけど、とろみがつきすぎて、底が焦げてしまった。今度やるとき圧力鍋かけたあとでトマトソース加えて煮る作戦で考えてる。(<-それがどうした)


    2022年09月07日

    札幌の冬2021-2022

    (11/15) これが北13条門イチョウ並木の様子。先週までの冷たい雨で葉っぱがすっかり落ちてしまい、ギンナンだけが残っている。いまはこのギンナンが道に落ちてクサい。昨年はこの時点ですでに雪が降って雪の中にギンナンが残り、春にそれが融けて再びクサい経験をしたのだった。

    でも今年は11月半ばになってもまだ雪が降ってない。雨が降るのは嫌だけど、雪が降らないのはいいことだ。このまま春が来てほしい。

    観測史上札幌で初雪がいちばん遅かったのが2018年の11/20。今年はたぶんそれを更新する。天気予報では11/24あたりになるっぽい。


    (11/27) 先週末から一時的にパラパラと雪が降ってはいたのだけど道に雪が残るほどではなかった。今朝起きてみたら、ついに道に雪が積もっていて、私も今日から靴を雪用のゴツいやつに交換した。北13条門のイチョウは先週からすでに葉は落ちていたけれど、昨晩の雪でギンナンもだいぶ落ちてきた。


    (12/2) 今日は朝起きたら雪が降っていた。これはけっこう積もりそうな勢いだ。じつは昨日、実験室の荷物を移動するために車借りて作業していたのだけど、結果として大正解、あそこしかないタイミングだったということが判明。明日は気温10度で雨とのことなので融けてくれるといいのだけど。


    (12/17) 昨日の夜から本格的に雪が降ってきた。この写真が今日15:30で、すでに暗くなってきている。明日も雪で、最高気温が-5度。ついに札幌にも根雪がある状態になりそう。ニュースによればにこんなに根雪が遅いのははじめてとのこと。


    (12/19) 昨日の夜はときおり階下の道路の方からゴトゴトという音がしていたので除雪車がフル稼働していたのだと思うけど、朝見たらこんなかんじでこんもりとした山ができてた。

    金曜の夜の雪はとくべつ多かったようで、「札幌市でドカ雪 24時間降雪量55センチ 統計開始以来1位の値を更新」とのこと。今年はこれまですごく雪が少なかったのに、極端すぎるよ!「なんでそう変な方向にばかり思い切りがいいのよ!!」の画像を貼りたい。


    (1/1) いまだ仕事納めできず。12月36日までには仕事納めできる見込み。外は風の強い大雪。仕事場への道を散歩してきた。いつもの通り道の足跡が無くなっていて、フワフワの雪が積もっていた。


    (1/9) 札幌は12/18の大雪が根雪になって以来、最高気温0度以下の日が続いている。今日は比較的暖かい日で、気温が1度まで上がって車道の雪が融けていた。ツルツルの横断歩道がジャリジャリになっているのが嬉しい。今日はカーシェアでコストコ行くチャンスか?でもまた雪が降ってきた。そんな今日このごろ。


    1/10の週の札幌は雪が降りつづけて、道路脇に積まれた雪が私の身長を超える程度になった。横断歩道はどこも段差ができていて滑りやすい。北13条門前の交差点で車椅子の人が段差を越えられず立ち往生していたので手伝った。雪道で車椅子の人を見たのは今回が初めてだった。


    1/17の週は雪は降らなかったが、昼に雪が融け夜にそれが凍るを繰り返して道がツルツルになった。あちらこちらで滑っている人を見かけた。私は左膝の手術後なので細心の注意を払っていたけど、それでもヒヤリハット事象が2回。転倒を防ぐため足を突っ張るを繰り返していたから、いま膝の調子が悪い。


    (1/29) 北大の平成ポプラ並木と第一農場からの通り道。


    (1/22) 今日はひさびさにまとまった雪が降った。職場へ行くいつもの道にもフワフワの雪が積もっている。その下にはツルツルの氷があるから気をつけなけばならない。

    2週間予報を見たら、ずっと最高気温が氷点下の日が続く。雪は融けない。融けろよ!春よ来い!(<-切実)


    (2/6) 札幌含む石狩地方は大雪警報。雨雲レーダーを見ると、冬型気圧配置で西は手稲山、東は石狩丘陵で挟まれた札幌の扇状地に雪雲が流れ込む。あらためて札幌が「日本海側」であることを実感する。そりゃ大雪にもなる。住んでるアパートの入口でも雪で吹き溜まりができて、わたしの背丈くらいになっている。


    最初のほうが2/5(土)16時の写真。この時点ですでに2号館の看板が1m以上埋まっていて、CHAINの部分が見えない。今朝の大雪が先程止んで青空が見えてきた。次の2/6(日)15時の写真では、2号館の看板は雪で完全に見えなくなった。雪の高さは150cmくらいはある(測った)。


    (2/26) 今日は最高気温が7.5度。やっと春の兆しが来た。ここからいっきょに雪解けらしい。tenki.jp

    最高・最低気温のグラフを作ってみた。今回の冬は雪が多いわ、昼にちょっと融けた雪が夜に凍るを繰り返して道がツルツルになるわで大変だった。


    (2/27) 今日は気温が2度くらいまで上がって、根雪は融ける温度。歩道の雪がザクザクとしているのを踏んで歩く。交通量の多い道(北大前の西5丁目樽川通とか)では雪が融けて路面が乾いている。でも今になって雪がぱらついてきた。上空でできた雪が降ってくる間にはまだ融けないで落ちてくるということのようだ。


    (3/8 16:15) いま私の居室に西日が入ってきてる。これは春が近づいてきた証拠。これまでは西日が入る位置に来る前に日没していたので。日の入りの時間も遅くなってきた。いま調べたら、札幌の今日は17:31だと。車道の雪はだいぶ融けた。歩道の雪も柔らかくなってきた。春よ来い。雪よ融けろ。


    (3/21) 2/6の大雪のときは隠れていた中央キャンパスの看板が、今日3/21にはだいぶ見えるようになってきた。「人間知・脳・AI研究教育センター」もかろうじていちばん下に見える。 札幌の街でも、道路の雪はほぼ無くなったけど、路肩の雪はまだ人の背丈くらいあって、自転車で車道を走るのは危険だ。春よ来い。


    (3/27) やっと気温が上がって環状通の車道脇の雪も融けてきた。そういうわけで、環状北大橋まで自転車で往復してきた。11kmを50分。環状北大橋の橋の下はまだ雪がたくさん残っていたけど、道中は雪融けでできた水たまりを避けながら、春だな、温かいなと心躍らせながら走ってた。

    ちょうど1年前の3/28にも同じ場所に行っていて、そのときは河川敷の雪はほとんど無くなっていて、豊平川沿いの自転車道を走っていたのだった。


    (3/30) 定点観測。以前の写真(2/6,3/21)と比べると、看板の雪の位置で雪融けの具合がわかる。まだ人が足を踏み入れないところは雪がかなり残ってる。医学部の建物の隅ではふきのとうが出てきた。春よ!来い!


    (4/4) 定点観測。ふきのとうも育ってきてる。


    (4/7) 定点観測。ついに看板の根元の雪がなくなった。ここは人が通らない北向きの場所なので最後まで雪が残るはず。


    (4/11) 定点観測。この週末は最高気温が15度以上になって、今日も19度。だいぶ雪がなくなってきた。むしろ最高気温19度でなぜ雪がまだ残っているのだ?と問いたい(<-誰に?)。


    (4/12) 定点観測。ふきのとう。


    (4/14) 定点観測。いよいよ雪がなくなってきた。今週末ぐらいで無くなりそう。


    (4/15) 定点観測。ふきのとう。ぐいぐい伸びすぎ。「圧倒的成長!」とはこういうののことか。


    (4/16) 定点観測。ついに雪がなくなった。


    (4/22) 定点観測。ふきのとう。


    (4/28) 定点観測。ふきのとう。すごい勢いだ。


    (5/10) 定点観測。ふきのとう。



    2022年08月18日

    「三遊亭4U、コロンボ、ビオレu詰め替え さっぱりさらさら」(さうして、このごろ2022年2-3月版)

    ひさびさに「オレンジ」を聴いて、いい曲だなあと思った。なんか、ゼロ年代だなあって感じ。(「とらドラ!」15周年からたどって)

    「新宝島2020」っていうMADムービーが好きで、ラストに出てくるヒゲモジャおじさんが荒野のまっすぐに伸びる道を歩くシーンにたどり着くと謎の感動が生まれてくるのだけど、いまは感情が平板化しているため、心が反応しない。これもだめだった。

    Steve Hillageって、Uriel -> Khan -> Bananamour (Kevin Ayers) -> Flying Teapot (Gong)の順番か。思ったよりもKhanが早いのとFlying Teapotが遅いのが意外だった。Hatfield and the Northも1stが1974で意外に遅い。カンタベリー音楽は大好きだけど、もしカンタベリー音楽の検定試験があったらせいぜい3級ぐらいだな。

    Pete Frameのrock family tree というのが有名で、カンタベリーシーンのものもよく見かけた。ここにバージョン違いについての詳細な記述がある。これを時間軸をlinearにして、バンド中心でなく、人中心で書いてみる、というアイデアが浮かんだが、来世でやる。

    「三遊亭4U」ってネーミングが降りてきたので、実在したっけ?とググってみたら、そんなものはなかった。

    ここでシューゲっぽいコードの例として「サブドミナントの#11th」を挙げててなるほどと思った。たとえばC(トニック)-F(サブドミナント)だと#11はb音になる。b音はトニックの9thなので、

    X32000 CM7
    133200 FM7(#11)

    を繰り返すと1,2弦を開放弦にしてるところとかそれっぽい。


    あんまり宣伝してないけど、ブログ「pooneilの脳科学論文コメント」http://pooneil.sakura.ne.jp/ では、1ヶ月に一回は投稿するのを続けている。ブログを定期的に書くようになったのは2003年11月からなので、もうすぐ20年になる。バズることもなく、炎上することもなく、細々と続けている。


    「再生の象徴の魚、消滅を司る鳥たち」のフレーズを理知的な意味(キリスト教での含意とか)でずっと聴いていた。でもそういうものではないのな。スパイラルマタイした者が命と引き換えに得た真実なのだな。一人称の歌詞だし。ということを今日札幌の地下道を歩きながら聴いていて気がついた。

    「初花凛々」の中で「ももいろのうた」という歌詞があるんだけど、これが「桃色」かと思ったら「百色」であると知って、なんか魂に響いたのか、ここを聴くたびに涙腺が緩む。でも最近はこれを理知的にしか聴くことができなくなってる。(試してみた)

    自分は音楽の好みは雑食だと思っていたけど、考えてみたらそれは正しくなくて、雑食的な音楽(ZappaやXTCやTodd Rundgrenや(アルバムごとにジャンルが変わる)Neil Youngとか)が好きなのだと気がついた。サイケデリック音楽も折衷主義なところが好きなのであって、ガチなノイズや現代音楽は聴かないし。


    スピッツの「ロビンソン」をはじめて聴いた場所をよく覚えている。かつて地下鉄大島駅前にあった安売り雑貨店コロンボでカセットテープを物色しているときに流れてきたのだった。私は2ndからのファンで(妹がインディーズ時代からのファンでその影響)、なかなかブレイクしないのにやきもきしていた。

    で、流れてきたのがスピッツの新曲と気づいて、随分あっさりとした曲だな(ブリッジがない)、これも不発かな、と諦め気味に思っていたら、あれよあれよというまに大ヒットになったのだった。ということを急に思い出したので、書き留めておいた。

    コロンボについて調べてみたら、2013年までは営業していたみたい。でもそのあとにまいばすけっとになったようだ。この写真がいちばんはっきりと(かつての)店舗の様子が見える。


    いまだに“Kinky Afro” だけは聴く。歌詞がよくわからんので調べてみた。弟でベーシストのPaul Ryderが、子供ができた自分のことを歌っていると推測している。the guardian 自伝的なフレーズらしいが1990年当時はShaun Ryderは28歳。“Son, I am 30"じゃないんだ。

    裸のラリーズのオフィシャルサイトができているのを知った。(昨年の10月。) 2019年に水谷孝氏が死去していること、ウィキペにある「海賊版は本人が売ってる説」の完全否定とか、新事実が多すぎてびっくりした。ソース: mikiki

    ひさびさにコンビニスイーツの生クリームのやつ食べたら、なんかうまくて幸せになった。札幌来てからはコンビニで無駄遣いしないように、なるたけスーパーの冷凍解凍ショートケーキを買うようにしていたけど、生クリーム欲はそれだけでは満たされないのだなあ。


    「東大の1限にぎりぎり間に合う範囲」 ポスドク時代を思い出した。毎週のラボセミナーに参加するために、6:07東岡崎発で、6:40豊橋発8:12東京着で本郷三丁目に8:30に到着する。帰りは21:30東京発で東岡崎着23:35。セミナーの前後の日とも電気生理の実験が6時間くらいあった。

    冬の季節には、日の出前のまだ真っ暗な時間に、粉雪ぱらつく岡崎高校から東岡崎駅までの下り坂を、自転車で転倒しないように気をつけながら走った記憶がある。東岡崎から豊橋まで行く名鉄の急行(この時間帯は特急がない)で、東へ向かう途中に太陽が登ってくるのをみて、無意味に高揚感を抱いたりとか。


    今日はなんだかもう疲れちゃったので、帰宅して横になったらそのまま1時間ほど寝てしまった。そのあとで遅い夕食を作ることに。鶏皮で親子丼という、「親子」の概念に再考を促す食べものを作った。

    なんで「親子」の概念に再考を促すかというと、「皮じゃ親じゃねーじゃん!」と突っ込んだ直後に、「じゃあ肉なら親なのか?」という根本的な問題に気づかされるから。(<-マヂレス)


    ビオレu詰め替え さっぱりさらさら(<-ついったを備忘録代わりに使用)


    今日も「ビオレu詰め替え さっぱりさらさら」買いに行くの忘れた。ぜんぜん備忘録になってねえ。


    TSUTAYAといえば、まだ小さい子どもを連れてビデオコーナーまで行って、「ニャッキ!」とか「おさるのジョージ」とかを選ばせながら、子供の背中を見ていた情景を思い出す。なんてことのない日常のひとつに過ぎないのだけど、もう戻ってこないんだということを実感して号泣(しない)。


    2022年08月06日

    pooneilの膝改造日記 完結編

    これまでの経緯:

    今回は膝に入ったボルトを外す手術のあたり。これでpooneilの膝改造日記は完結のはず。(<-フラグ)


    [pooneilの膝改造日記 533日目] 膝のボルトを外すために2泊3日の入院。病室に入ったら、なんだか「帰ってきた」という気持ちになった。手術の方は、挿管して全身麻酔と神経ブロック下で内視鏡での確認後ボルト外して縫合して全部で30分とのこと。手術終了後1時間以降に軽食。親知らず抜くよりも早い。

    尿道カテーテルは無しと聞いてほっとしている。あれはつらかった。 あと、手術予定の手際が良すぎてびっくりする。私の手技だと、麻酔開始30分後ではまだcraniotomyが始まってない(<-比べるな)。

    膝のMRを撮影したところ、半月板にまだ傷があることがわかった。術中に内視鏡で見て必要なら縫うという話になった。やるなら今しかないが、その場合は再び松葉杖の生活に戻る可能性が出てきた。


    [pooneilの膝改造日記 534日目] 無事終了。10:30オペスタートで、11:30終了。レントゲン撮影して病室に戻ってきた(11:45)。まだもうろうとしていて、タイプミスが多い。けっきょく半月板縫ったりはしなかったみたい。

    執刀医が説明に来て、内視鏡で確認したけど半月板はとくに傷ついていなかったのでノータッチとのこと。そういうわけで問題なく帰ることができる。11:54の時点でまだ神経ブロックが効いているので、左膝部分の体性感覚は麻痺している。でも左膝を曲げることはできるし、左足首を曲げることはできるし、膝と足首の曲がりを感知できる、つまり固有受容感覚はちゃんと働いている。プロポフォールが抜けきってないので、目の焦点が合わず、タイプミスが多い。タッチタイピング自体はできるが、指への司令と実際に押すキーがずれている。sensorimotor contingencyがずれている感じ。

    麻酔の導入の方は、麻酔科医が「プロポフォール20mg/kgで始まりましたよ」と言ってから1秒ずつカウントしたけど、1,2,3までは覚えていて、5に行く前に意識消失した。

    目が覚めたときは時間の経過の感覚は少ないが、「意識が消失してから目覚めるまでが一瞬」というのとも違うし、「仮眠で1時間寝た」とも違う。その中間くらいの時間経過感覚。

    (12:12) だいぶ目の焦点があってきて、タイプミスも減ってきた。11:45の時点で思考自体はとくに妨げられている感じはなかった。睡眠から覚めた直後にまだちょっとぼやっとしているのと同じくらい。

    プロポフォールによる麻酔導入のタイミングでは、1,2,3までは覚えていて、4あたりで麻酔に落ちてゆく感じと、ああ4が言えないなという感じを抱いた記憶がある。あとで麻酔科医に私がいくつまでカウントできていたか聞いてみたい。(記憶と実際の行動の間にずれがあるかもしれないので。)

    目が覚めてすぐ(11:50)、今日10:00公開の僕ヤバを見に行ったので、判断力は失われてないっぽい(<-そうか?)

    (12:30) 看護師さんが来たのでトイレに行かせてもらった。神経ブロックが効いているので両足で立つことはできない。左足の力が抜けていることに気づいた。車椅子が必要。運動指令は出せるし、固有受容感覚はあるけど、正常からは下がっているらしい。前回の手術では術後1日は絶対安静だったのでこのあたりを試すことはできなかったので、今回はじめて実感した。

    あと、体性感覚は左足の鼠径部より下の内側では麻痺していて(自分で触ると感覚はある)、外側はほぼ正常に近い。麻酔科医からの説明では鼠径部で神経ブロックすると言っていたので、それで選択的に遮断しているのだろうか。

    ついでに調べてみた。「神経ブロックの最近のトピックス~上下肢および体幹手術における鎮痛~」 「膝関節手術に関しては、大腿神経ブロックから内転筋管ブロックという、より末梢での神経ブロックでの運動機能を温存した術後鎮痛が少し前までのトレンド」

    オペ室に入ったときに確認したけど、超音波のモニタを立ち上げていたので、たぶん超音波ガイド下での大腿神経ブロックを行っていたのではないかと思う。

    前回の手術では硬膜外麻酔を併用していた。今回は神経ブロックだけと説明を受けた。

    これによると「外側大腿皮神経ブロック」 というのが別にある。今回は大腿神経ブロックだけだったと考えると、外側の体性感覚が比較的保持されているという実感と合ってる。

    (16:40) 神経ブロックの効果はだいぶ抜けてきたので、両足で立てるようになった。片松葉で歩行可能になった。内側の体性感覚も戻ってきた。そして膝内側の切開部がピリピリ痛くなってきた。ロキソニン飲まないと。

    (17:20) 松葉杖なしで歩けるようになった。念のため転倒しないように、慎重に歩いてる。


    [pooneilの膝改造日記 535日目] 昨晩は微熱(37.3度)が出たけど、ロキソニン飲んだら今朝は平熱に戻った。神経ブロックも完全に抜けた。歩くのに支障はないが、膝をあまり曲げることができない。皮膚を縫ってあるからだと思うけど、全体的に腫れてる感じもある。ともあれこれで退院。

    外した膝のボルトをもらった。こんなのが入ってたのか。術前は皮膚を上から触るとここかな?ってかんじでわかるけど、普段の生活で(たとえば正座しているときに)気になることはなかった。

    来週が抜糸なので、それまでは転倒(ヒヤリハット事象も)がゼロになるように、歩行を控えめの生活にする予定。

    病院からの帰りにタクシーを呼んだけど、電話がつながらなかったので地下鉄で帰ってきた。ちょうど入院してから退院するまでが札幌では大雪で、交通関係混乱していたせいだろう。そうしてみると、なにごともなく手術が済んで退院できたことが、とてもラッキーで有り難いことであることに気づいた。


    [pooneilの膝改造日記 537日目] 退院して2日経つが、膝の周りが腫れていて、普段ほどは曲げることができない。(術前は155度だったが、今は90度くらい。) 手術で内視鏡を入れたので、それで腫れるみたい。正常な側で見える膝関節のくぼみが左でが見えなくなっている。歩行自体での痛みはない。


    [pooneilの膝改造日記 542日目] 今日は病院で抜糸。待ち時間に北18条交差点の北天堂書店に寄った。ここはSFの文庫の棚が充実していて、本棚4つが早川SF文庫、創元SF文庫、サンリオSF文庫に充てられてる。ヴァリスのサンリオSF文庫の初版とか昔はクソ高かったはずだが、今は1500円くらいで売られてる。

    これでpooneilの膝改造日記、完結!


    2022年07月29日

    「モエレ沼、スチールウール、卵(らん)と眼(がん)」(さうして、このごろ2022年1月版)

    「トラゴン」というのを考案した。龍じゃなくて虎なの。ワンワン!

    「カビゴン」というのも考案した。カビなの。ポケモンじゃない。苔むした園庭に紅葉が舞い散る。

    2020年4月にモエレ沼公園に行ったときに野外ステージみたいなところがあったので写真を撮った。当時は軒並み学会、研究会がオンライン開催となりはじめた時期だったので、「ここで学会やれば、ソーシャルディタンスも保てて、いいんじゃねwww」と投稿しようと思ったが、俺内会議で却下された。


    「新千歳から羽田の空路 遅延で終電後着陸時のTips」これはいい情報。自分はそもそも夜遅い便には乗らないようにしているけど、いつかこういうことに遭遇することはあるだろうなと覚悟はしている。 つかなるたけ出張したくない。すべてリモートで済ませたい。

    うまぴょい伝説のBメロからサビでの転調が連続しまくる部分を知りたくてググってみたら、解説動画があった。ふぃぎゅ@メイトの作曲者の人だった。

    “The Phlorescent Leech & Eddie” (Flo and Eddieの1st 1972)を聞く機会があったのだけど、60年代サイケ的な味があって、もっとハジケてる2ndよりも好き。


    ひさびさに生命表から生存確率を計算してみた。条件付き確率p(x歳で生きてる|53歳で生きてる)を計算。ついでにに60際、65歳、70歳でも計算。20-80%のレンジで考えると、73-92歳 のあたりで死ぬのが大半ということになる。

    ついでに20歳から85歳まで5歳刻みでプロットしてみた。差が見えてくるのは50歳以上だとか、どんなに生き延びても100歳までにはだいたい死ぬとか、そういう身も蓋もないことが明確になる。


    声に出して読みたい解剖学用語1: ディセンディング エイオータ (descending aorta)

    どんなに美味いものでも、美味しいのは最初の一口だけで、食事中にマインドワンダリングが始まって、思考に沈降しているうちに食事が終わってしまう。一人で食べているときはそれでも一口目は味わっているが、会食しているときは会話を維持するのに必死なので食事を味わうことができない。だから、もし会食するなら「あーこれ美味いなあ」って話だけをしていたい。

    「キノコには意識がある。学習し、短期記憶を持つとする科学的根拠」マヂかよ〜俺が死んだらキノコにマインド・アップローディングしたい(<-ヤケクソ)

    リアデイルのキャラデザがいいなと思って第1話を観てたんだけど、感想ブログを漁ったら「キャラデザが古い」「ゼロ年代っぽい」みたいなのがけっこうあって、なるほどそういうものかと思った。

    テンガロンハットを2つ重ねて、中に隠れているハトを、そっと逃してやりたい。鍵盤の連なる山、水晶と霜柱の国。スチールウールが燃焼する動画。遠くで地鳴りがしている。私はそれがなぜだかを知っていて、でもそれをここに書きたくない。すきま風でコーンスープがすっかり冷めてしまった。


    本しゃぶりブログで骨伝導イヤホン (AfterShokz)を推してたのを見ていちばん安いやつ(Open Move)を買ったら大正解だった。それでプンパーニッケル(ライ麦パン)を推してたので、買ってみた。腹持ちがいいので、仕事場でカップラーメン食うよりいいかと思って続けてる。

    札幌駅近辺だと、ESTAのB1にある輸入食料品店ジュピターでdelbaのPumpernickelが売ってたので買った。250g (8枚入り) で350円くらいするのでコスパ的には良くない。とりあえずクリームチーズとかソーセージとかと一緒に食べてる。

    業スーでトマトブルスケッタ 190gで185円というコスパ最強なものを見つけたので、買ってきて乗せて食ってる。Youtube観てたら酷評されてて泣いた。俺の、俺の、業スートマトブルスケッタ をバカにするな!(<-過度な感情移入)

    (2022年6月 後日談: プンパーニッケルじたいはいいのだけど、乗っけるものが油っこくなりがちなので、けっきょくやめた)


    大学生協食堂でいかに安く抑えるかというのを試行錯誤していたのだけど、ライス中+棒々鶏豆腐で240円というのが価格と満足度でギリギリなライン。次はライス中+温泉卵で160円というのを試してみようと思う。

    急に思い立って、LAに滞在したときのアパートがまだあるかGoogle mapで調べてみたら、まだあった。それだけ。

    ニワトリ胚網膜 (眼底)ってこうやって見ると、似てるよね。「卵(らん)と眼(がん)」を引き合わせるポエジーが私の中に生み出された。

    「ロックイン新宿」が閉店だって。北大に異動する直前の2019年12月にベースを選ぼうと思って行ったのを覚えてる。


    そういえば札幌って空襲の被害にあってないんだっけ?と調べてみたら、北海道空襲: 札幌は今の丘珠空港とか今の苗穂分屯地への空襲はあったようだけど、 室蘭、釧路、根室が主な標的だったらしい。豊平区でもあった札幌空襲(1) 6つの空爆標的リスト

    ついでに見つけた「さっぽろの戦跡」 北24条に「札幌飛行場」というのがあったことを知った。(今の丘珠空港は札幌新飛行場に該当。) よく行ってたスーパーアークス北24条店の近くに、正門がまだ残されているとのこと。ストビューあった: 道道89号


    岩波文庫版ベイトソン「精神と自然」を入手した。大学生協のクラーク書店では売り切れ、北で最後の一冊だった。発売即重版というニュースを見て驚いたが、ちょっと実感したかも。まあ原著も思索社版も持っているのだけど、さっそく自炊した。

    以前「形式、実体、差異」(「精神の生態学」に入ってる)のサマリを作ったことがある。

    「このような『精神mindの単位』についての見方は、前述の『進化における生存survivalの単位』についての見方と正確に一致する」つまり、生存の単位は「柔軟性を持った生物と環境」であり、「精神の最も単純な単位」とは「木を切る私が、斧と木によってメッセージが周回する回路」である。このような見方はenactive approachを先取りしていると言えるだろう。


    Parannoul、以前聴いたとき青春感あるシューゲで気に入ってた。bandcampインタビューを読んで、ギターもベースも弾いてないことを知って驚いた。「予備知識を持たずに僕の曲を聴いて、全てVSTで作っていると気付かれないようにするのが僕の目標だったんだ」


    2022年06月14日

    「バ ディヤ、フルヘッヘンド、ウォウ〜」(さうして、このごろ2021年11-12月版)

    Earth, Wind & Fireの“September”のサビの「バ ディヤ」のところ、わたしには聞き取れないけど、たぶんpartyがなんたらとか言ってるんだろうなと思ったまま生きてきたが、調べてみたらただの掛け声だった(“Ba de ya”)。

    北岡さんのツイートを見て、CHAINでも文字列傾斜錯視を試してみた。ナカグロ抜いてみるとちょっと下に傾いてる感あるかも。とはいえ「研究教育センター」 だけでも傾いて見えるのだけど。


    札幌は今日も雨。昨日も夜から雨。明日も雨。明後日も雨。つか来週金曜まで雨印が入る10日間予測。自転車生活している私にとっては、行動範囲が狭められてしまうのでたいへん困る。やっぱ車がほしい。カーシェアで時間を気にしながら走るのではなくて、いつでも好きなときに石狩湾まで車を飛ばしたい。


    Primal screamの“loaded”で最初の会話のサンプリング部分が映画“The Wild Angels”(1966)からであることを最近知った。牧師の問いに答えたヘルズ・エンジェル(ピーター・フォンダ)の長台詞なのな。ヘルズ・エンジェルが"we wanna get loaded"って言ったなら、それはLSDでもなければヘロインでもないのは確かだろうけど、ビールではなくてメタンフェタミンかもしれないな。

    Velvet Undergroundの“Loaded”は明白にドラッグ的な含意があるけど、“The Wild Angels”のセリフにはその含意はないはず。というのもヘルス・エンジェルはLSDには興味がなくてビールのほうが好き、みたいな描写を“The Electric Kool-Aid Acid Test”で読んだので(私の記憶が正しければ)。

    では1991年のPrimal screamの“loaded”の含意は何かというとMDMAだと思うのだけど、という前提が抜けてた。


    ギター弾いてたら出てきたアルペジオのパターン。なんか聞いた覚えがあるのだけど、なんだったか思い出せない。

    XX5430 G6
    XX4320 F#7
    XX2220 A
    XX2100 E

    ターヘル・アナトミアの逸話で出てくる「フッフルヘンド」って音韻的にもなんかいいよなと思ってググってみたら正しくは「フルヘッヘンド」だった。まちがえて覚えていたよ!しかも間違ったまま気に入ってた。はー、フッフル、フッフル。

    エコーチェンバーの中に安住するのはよくない、という強い信念があるのだけど、ふと思うに、エコーチェンバー作る能力って、友達作る能力と正の相関があるんではないだろうか、なんてことをFBを見てて思った。

    ひさびさにprime music開いてみたら「大阪へやって来た」友部 正人 が入ってた。エンケンも1stから3rdまで入ってた。

    「せきしゅんのあめ」って歌詞、なんだったっけ?と頭をぐるぐると回っていたが、自力で思い出せなかったのでググってみたら、2ページめに出てきた。「散りゆく花」アリスだった。

    「金魚王国の崩壊」久しぶりにアクセスしてみたら、まだ完結してないみたい。そもそもどこまで読んだかも覚えてないので、4話から読み直している。ウォウ〜

    ビートルズの"I feel Fine"のドラムのハイハットが"チャンチャカランチャチャンチャンチャンチャン"なのは遅いスピードで録音したのをスピード上げてるから(アウトテイクでは"チャンチャンチャンチャン"としか叩いてない)と理解していたのだけど、ググってもどこにもそういう情報がない。まぼろし?

    そういえばSaxon Shoreって活動してるのかなと調べてみたら、いまだに2009年の"It Doesn’t Matter"以降新作が出てなかった。私のスマホの着メロはいまでもこれの6曲め、"Bar Clearing Good Times"なのだけど。


    「望遠レンズの圧縮効果」の話、この記事を読んでだいぶ納得いった。ではなんで「実際よりも」圧縮されて見えるか、については書いてなかったけど、おそらく我々の目は広角レンズ的に距離を感知しているので、望遠もしくは画角が狭いものの拡大はその予測を裏切るのだろう。

    試しに紙で筒を作って遠くの風景を見てみたら、圧縮効果っぽくなるようだ。ただし、今日は雪が降ってきて、遠くが霞んでしまうので、正当な評価ができないのだけど。

    「望遠レンズの圧縮効果」の最たるものがプロ野球の投手の後ろから見た映像だと思う。あれだと球のスピードがすごく遅く見える。審判カメラによる映像がyoutubeにいくつかあるけど、あれは迫力はあってすごい。当たったら死ねる。アストロ球団かよっていう。でも揺れるので長く観ることはできない。

    だったら、スーパーボウルのEyeVisionみたいに、複数カメラで揺れを補正した上で、たとえばバッター目線とかで安定した映像を流すということはできないものだろうか?スーパーボウルほどのカメラ数必要なさそうだし。でもNPBはまだしもMLBでも観たことない。そういう需要ってないのだろうか?

    それとも、画面に看板広告を写しつづけることが経営判断上重要すぎるために、映像経験についてのイノベーションを妨げているということだろうか?


    昨日は年末恒例の高校の同窓会。Zoom飲み会だけど、ブレイクアウトルームで10分ごとに強制シャッフルする形式だったので、例年よりも多くの人と話ことができた。そういう意味では、Zoom飲み会も悪くないかもと思った。

    進学校なんで、経済的に成功してアーリーリタイアした人もいるのだけど、今回さらに増えてた。私にとっては無縁な話ではあるけど、どのくらい資産が溜まったらアーリーリタイア可能なので聞いてみたかった(が聞きそびれた)。

    自分は53歳なので、定年までもう10年切ってる。(そもそもいまのポジションは年限あるし。) いま健康寿命が72歳であることを考えると、もうそんなに時間はない。今でないとできないことに注力したほうがいいのではないか、なんて考えたりする。

    この間の同窓会のときの会話で「ユヴァル・ハラリ」と「ジュンパ・ラヒリ」を取り違えて喋ってきたことに、今になって気がついた。


    2022年04月24日

    リルケの「ドゥイノの悲歌」と「開かれ」

    (20151115) なんとなく詩が読みたいと思って先週借りてあったリルケの「ドゥイノの悲歌」を読んでる。案外覚えてた。大きい数字がきっちり割り切れるところとか、軽業師についての言及とか。以前読んだのは学部の頃だろうか。当然岩波文庫の改版前のものだ。どっかにドイツ語の原書があるのだが、実家だったか?

    「ドゥイノの悲歌」の第8悲歌は「動物と人間」がテーマで、「動物にとって開かれている」という表現がハイデガーの批評の対象となったとかは知らなかった。さらにまさにこれをテーマとした「開かれ 人間と動物」アガンベンという本もあることを知った。読めるかどうか分からないが借りてこよう。

    『ドゥイノの悲歌』の第八悲歌の解釈 独語独文学科研究年報, 16: 53-66 良い資料も見つかったので、ドイツ語で読むか。(<-ぜったいやらない系)


    (20190922) 再び「ドゥイノの悲歌」を読みたくなって、「新訳リルケ詩集」(富岡近雄 訳、郁文堂 2003)を借りてきた。ちょっと積んでおく(読むとは言わない)。つか昔丸善でハードカバーで買ったものだが、今はネットで原文にアクセスできるな。

    「ドゥイノの悲歌」は第8章が動物と人間の心について比較しているところがあって、違った方面からも面白いのだった。

    Wikipediaの解説を読むと、

    作品の基底には「全一の世界」、つまり目に見えるもの・見えないものを含むあらゆる事象が相互に関連し一つの統合をなしているというリルケの考えがあり

    とか書いてあって、また繋がったよ!とか思う。(<-Jumping-to-conclusionバイアス)


    (20200721) リルケの「ドゥイノの悲歌」が好きで、たまにマイブームが来るのだけど、今回はDeepL翻訳を使って独英対応させながら読んでた。

    第8悲歌で動物の意識に言及して「開かれ」Das Offeneという概念が出てくる。新約リルケ詩集(郁文堂)にリルケによる説明(書簡)があった(p.421)。

    「動物の意識の程度は、(私たちが為すように)世界をあらゆる瞬間に自己に対置することなく、自己をそっくりそのまま世界の中に置くのです。私たちは、私たちの意識が取った独特の展開と強調によって、世界の前に立っているのです…動物や花はおそらく、自らは全くそれとは理解することもなく、開かれた世界のものであり、そして自分の前に、自分の上にあの名状しがたい開かれた自由を持っているのです。このような自由は、ひょっとしたら初めての愛の瞬間に…そして神への献身のうちに、私たちが(ほんの一瞬の間)その等価物を見出すようなものです」

    ハイデガーも「開かれ」という言葉を使っているけど、逆に使っているらしい。「ヴェールを剥ぎ取られた存在を名指す開かれを見ることができるのは、人間だけ、いやむしろ、真の思惟の本質的なまなざしだけである。逆に、動物は、この開かれをけっして見ることがない」(「開かれ」アガンベンp.102より)

    意識を考えるにあたって、どこかでこういう「実存」について考える必要があるだろうなあとは思うのだけど、なんかハイデガーのこういうところが馴染めない。リルケの言ってることのほうが理解可能に思う。仏教っぽいからかもしれない。

    「開かれ」については「ハイデガーと生き物の問題」(串田 純一)の第3章で「自然全体のただ中で脱抑止の連関にとらわれているものとしての生き物」の関連で言及されている。

    「開かれ」についてなんでこだわっているかというと、オートポイエーシスにおけるorganizational closureとどっかでつながらんかなと思っている。


    (20220424) 今回は札幌中央図書館で「リルケ全集第4巻 詩集IV」(河出書房新社 1991)を借りてきた。これには「ドゥイノの悲歌」の翻訳に加えて250ページ分の解説がついてる。さて今回はどこまで行けるだろうか。


    2022年04月16日

    「バラ園、水平線、おだのぶなが」(さうして、このごろ2021年10月版)

    ここが私の好きな場所。工学部前の噴水。弁当買ってきてここで食べたりする。ほんとうは大野池でゆっくりしたいのだけど、あそこは人が多くてベンチも埋まっているいことが多い。

    ひさびさに東岡崎駅前に戻ってきた。ここがジョギングしたところ、ここが新しくなっている、とか思いつつ、でもさっぱりエモくならず、感情の平板化を再認識するだけだった。

    水平線の距離は4.5kmという話、ウィキペの「水平線」見て計算してみた。[地球の半径R(=6378km)]と[R+身長h]と[水平線の距離x]の直角三角形で x^2+R^2=(R+h)^2 だから、 x=\sqrt(h \cdot (h+2R))\simeq \sqrt(h \cdot 2R)=\sqrt(1.8/1000 \cdot 2 \cdot 6378)=4.8km でもその理屈だと地面に這いつくばる(h=0.2m)と1.6kmになるんだがいいのか?


    北大植物園に行ってきた。昨年10/31に行って以来1年ぶり。緊急事態宣言の間ずっと閉館していたので。バラ園では赤いバラがなんか光って見えるのに惹き寄せられた。でもそれは、写真には映らない。あれは、なんでがな あつたらうか?


    「江別古墳群」 へー北海道にも古墳あるんだと思って読み進めたら「北大医学部陽子線研究施設で発見された古墳」って書いてある!これ仕事場の眼の前なんですけど!調べてみたら、サクシュコトニ川沿いには擦文文化(この言葉もはじめて知った)の竪穴住居とかがある(K39遺跡)。

    北大埋蔵文化財調査室というところがニュースレター詳細なレポートを出している。北大遺跡保存庭園とかもいったことがない。北大内、まだまだ知らないことが多すぎる。


    札幌ではここしばらく寒い雨が降る日が続いたけど、今日は快晴で気温も17度くらいまで上がるとのこと。北13条門前のイチョウ並木にも、紅葉を観にきた人たちが今日はたくさんいる。北大のイチョウの最盛期はたぶん来週だけど。今日は私も円山公園にでも行ってこようと思う。

    けっきょく出発が15時に。中央図書館に行ってから円山公園まで行って帰ってきた。14kmくらい。もうすっかり日が暮れていたので、円山動物園と円山球場からの下り坂を自転車を押して散歩した。


    途中で撮った写真。 私の好きな場所1: 南21条西15交差点。電車事業所への引込線があるため、やたらとたくさん架線があるところがいい。 私の好きな場所2: 北5条西8交差点。サクシュコトニ川の水源を敷地内に持つタワマンのすぐ向こうにラーメン二郎が見える。その取り合わせがなんか味わい深い。


    (10/31) 職場の前の北13条門イチョウ並木がいいかんじに紅葉してきた(金曜に撮影)。昨日土曜は紅葉を見に来た人たちで混雑して、まるで観光地のようだった。


    「おだのぶなが」を"uwoda"で発音する技法を編み出した。

    「どらえもん」をasahi super dryみたいにdryemonと発音する技法も編み出した。

    New Radicalsの“You Get What You Give”のPVをひさびさに観て、90年代後半にメンタルタイムトラベルした。戸崎町のTSUTAYAがまだ「ディスクステーション岡崎」って名前で、試聴用のCDプレイヤーが並んでて、賑やかで混んでて、音楽が私にとって重要で、強い力を持っていた。

    秋になってふたたびコバエとの闘いが始まったが、寒い季節になったらまったく現れなくなった。でも吉田は今日も生きている。吉田とコバエでは吉田のほうが生命力が高いらしい。よし、来年まで生き抜くぞ!

    Turtle (タートル)もTortoise (トータス)も亀感あるけど(音韻的な意味で)、Terrapin (テラピン)って亀っぽくなくない?もっと平べったくて、流線型で、水を切って速く泳ぎそうな感じがするんだけど。


    2022年03月14日

    「夏の魔物、秋の日はつるべ落とし」(さうして、このごろ2021年9月版)

    気分転換がてらスーパーまで買い物に行ってこようと自転車置き場に行ってみたら、私の自転車にトンボが停まっていて、こりゃシャッターチャンス、とスマホを掲げたが、近づく前に逃げられてしまった。

    Retinal waveの研究について考えてみたのだけど、もし人間でもこんな活動パターンが出ていたとするならば、赤ちゃんはお腹の中で毎日閃輝暗点みたいなのを経験していたのかもしれない。わたしはもう歳をとったので、そのころの記憶がないからわからないけど。

    ある朝、居室に行ったら、小さな「夏の魔物」が盛大にお店を開いていた。こんなのはじめて。そういうわけで、「殺してしまえばいいとも思ったけれど」とかいいつつモタモタしてたら、エアコンの吹出口から逃げられた。いったいどこから入ってきたのかと思ったが、そこか。


    骨伝導ヘッドセットはずっと興味あったけど、ネットで調べてもちょっと使ってみた的な記事しかなかったので躊躇してた。でも本しゃぶりブログの人が1年間使ってみたという記事を書いたのを読んで、即ヨドバシカメラまで行って買ってきた。AfterShokzのOpenMove。

    そしたら1日でもうこれは手放せないとわかった。自分は仕事中に音楽聴かない人間なので、岡崎在住時は職場との行き帰りと車の移動で音楽を聴いてた。でも札幌に引っ越して車がなくなったので、ほとんど音楽を聴く機会がなくなった。でもOpenMove買ったらジョギングから買い物までずっと付けっぱなし。

    音は普通のイヤホンよりも良くないけど、外で環境音を聞きながらでは音質を求める必要がなかった。音漏れは思ったより少ない。高音がシャカシャカいうので電車では使えないが、信号待ちで隣の人に電波ソングが丸聞こえになったりはしない。あと、耳をふさがないというのは実に快適。いい買い物だった。

    骨伝導する位置はすぐわかった。ひとつ気がついたけど、マウスのクリック音のようなカツカした音はこめかみにビシビシくる。響く音と響かない音があるらしい。低音は響くだけで音としては聞こえてこないので、イコライザーとかでカットしてしまったほうがよさそうだが、そこまで手間はかけてない。


    懸垂式モノレールに乗って車道の上を走り、最後は離脱して終着駅につく記憶があったので、湘南モノレールかなと思って動画見てみたらなんか違う。

    いろいろ調べたがわからない。懸垂式なので、該当するものは湘南モノレールしかなさそうだ。

    自分のツイートを検索したら、そもそも自分は湘南モノレールに乗ったことはないと書いてあった。昔家族と鎌倉に行ったときに乗ったつもりでいた。でもそれは勘違いで、このツイートをしたときにストビューで下の道路を追跡しただけだったようだ。そんなことありうる? 自分の記憶が信じられなくなった。


    9月も後半になったら、18時にはもうすっかり空が真っ暗だ。緯度と経度の違いだろうかと調べてみたら、札幌の日の入りは17:27で、岡崎は17:45。いうほど違ってないな。地域差よりはむしろ夏から秋にかけての変化を実感しているらしい。「秋の日はつるべ落とし」だ。

    調べてみたら、簡単ではないということがわかった。「日の入時刻地図」を見て初めて知ったのだけど、日の入りの時刻って経線と平行でないのだな。当たり前かもしれないのだけど、夏至と冬至の傾き方が「日の出時刻地図」と「日の出時刻地図」で反転しているのを見てわからなくなった。

    さっきのPDFとか、こちらのページとか見て、アナレンマを書くと9月終わりには正午の段階ですでに太陽が10度西に傾いているとか、均時差の概念とか、いろいろ理解しなければならないことがあることを知った。さっきのpdf見ながら三角関数をいじればよさそうだ。


    2022年02月02日

    「ピペットマン、パラフィルム、ドムドムバーガー」(さうして、このごろ2021年7-8月版)

    「ロビンソン」と「クルーソー」でコール・アンド・レスポンスしてみたい。アリーナ席を左右半分に分けて。

    大学の建物から出てみると、月の右上に三日月みたいなのが光ってた。あいにく老眼が進んでいるので月も惑星も結像できず、上下に2つ重なって見える。調べたところでは、木星か土星?

    今日は電子秤やピペットマンの選定をしていた。実験で必要なサイズを確認とか、GILSONのやつでもGとLとPでなにが違うかとか、いろいろ調べていたら3時間くらい飛んでた。

    パラフィルムを注文しようと思ったのだけど、パラフィルムという言葉が出てこなくて、「3Mの…シリコンの…」(どちらも間違い)とググってみてもさっぱり見つからず、諦めてべつの仕事していたら突然「パラフィルム」の語が降りてきた。私の中に、パラフィルムの概念は、たしかに存在していた。

    時計台、とは名ばかりの錆びた鉄骨と古びたコンクリートの塊でできた階段を登り、見下ろしてもだだっぴろい駐車場にただ一つの車と、それを照らす街灯しか見えない。逃げて逃げてここまで来たのだけど、ここにもなにもなかったし、階段は低く共鳴しているし、天井の闇は不吉にうごめいている。

    ホメオスタティシャンhomeostaticianという職名を考案した。生体恒常性を整えてくれる。(<-「整える」を定義しろ)


    久しぶりに夢らしい夢を見た。いつもの「ほとんど考え事」ではなくて、視覚経験を伴い、他者がいて私は行動していた。私は車の中にいて、次の場面で私は自転車を停める場所を探していた。内容はひどく自罰的なものだった。今日はいつもより早く目が覚めてしまったので、夢を覚えていたのかもしれない。

    ここ数年、少なくとも札幌に来てからは夢らしい夢を見た記憶がないので、これが初めての経験だ。もしかしたら普段から夢は見ていたのだけど忘却されていて、今朝はたまたま早く目が覚めてしまったから記憶に残っている、ということなのかもしれない。


    USCにいたときに地震があったな、と急に思い出したので調べてみたら、どうやらこれ: "2010 Baja California earthquake"らしい。LAはせいぜい震度3か。それでも到着直後だったので、すげー不安になったのを覚えている。とりあえず向かった建物の裏口の階段の踊り場の光景を覚えている。

    "Dangerous Giant Heavy Duty Hammer Forging Process, Excellent Workers’ Skill In Steel Forging” 映像もいいが、音もいい。もっと良い機材で録音してほしい。

    ドムドムバーガーの「ドムドム」部分にはシンセベースっぽさを感じる。(<-不要不急なツイート)

    タフであるけど弱いままでありたい、強者の論理を振り回さずにいたい、と心密かに願いつづけている。でもそのためには、卑下せず自己憐憫せず、おのれのダメさに言い訳せず、恥をかくことにオープンである必要があるだろう。そんなの不可能だなと思いつつ、ただ命の炎を、消えるまで燃やし続ける。


    2022年01月30日

    「夜明けの口笛吹き、ゼラニウム・キッス」(さうして、このごろ2021年6月版)

    (6/10) 大学構内をポプラの綿毛が舞ってる。構内のサクシュコトニ川にも降り積もってきている。夜はなんか花のような甘い香りがしている。綿毛は花が咲いたあとにできるから、花の香りというのは正確でないのだろうけど。明日は気温が30度までいくらしいので、たぶんポプラの綿毛ももっと飛び交うことだろう。

    以前のブロク記事に去年の綿毛がいちばん飛び交っていた日のサクシュコトニ川の画像を貼っておいた。2020年6月9日。ほぼ1年前だったので、自然すげえって思った。


    藤井寺市の古市古墳群見に行きたい。歴史はぜんぜん興味がないのだけど、「街の中に普通に古墳がある風景」というのに惹かれる。新コロのせいでもう1年くらい北海道から出てないので、そろそろどっか行きたい。

    「何者かになりたい」と「モテたい」って同じ構造だということに気がついた。後者が「(相手が誰か想定せず)モテたい」を含意するがゆえに説教食らうのと同じように、前者も「何者ってなんだよ、具体的な目標見つけてそれに向かって努力しろよ」と説教されるという意味で。(<-いい歳してどうしたの?)


    「ゼラニウム」ってあまり名前と実物が一致してなくない? 「テンジクアオイ」って言われるとそれはそれでテンジクぅ?って思うけど。

    それでなんで「ゼラニウム」だったかというと、「ゼラニウム・キッス」というフレーズを思い出して、それが誰の歌詞だったか思案していたのだけど、けっきょく判明したのは、ボブ・ディランの「ローランドの悲しい目の乙女」"Sad Eyed Lady of the Lowlands"だった。


    “The Piper at the Gates of Dawn”を「夜明けの口笛吹き」って誤訳だよね?シド・バレットなのだから“Piper”と言ったらBlakeの詩に出てくるような羊飼いの笛とかパンフルートとかああいうのだよね?と調べてみたら童話「たのしい川べ」の7章からとったそうな。

    そういうわけでだいたい合ってた。ところで、ではなぜ「夜明けの口笛吹き」なのか、というのは当時のレコード会社の人がどう考えたか次第でよくわからないけど、誤訳というよりはむしろ「夜中に口笛を吹くのは縁起が悪い」というアレから来たのではないかと思った。


    ライジングサン中止のニュース。五輪に反対する立場ならば、フェスにもおおっぴらに行くとは言いにくいと思っていた。Lack of integrityの問題に直面せずに済んだとむりやり納得しておくことにしよう。来年までは頑張って生きて、来年こそ行けるように準備しておこうと思う。

    「トラコーマ」って今日日使わないフレーズだよなあ、と思ってウィキペってみたら「先進国ではほとんど見られなくなった」とあった。急に思い出したのは、たぶん子供の頃に病院で見た写真のトラウマな記憶のせいだと思う。たぶんこういうの

    このブコメにもあったけど、「故人のアカウントで親族が訃報をツイート」ってたしかにそんな簡単じゃないなと思った。私も長男あたりにパスワードを教えておいたほうがよいのだろうか?


    2021年12月03日

    「カニちゃんこ、レッドバロン吉田、ヌンク!」(さうして、このごろ2021年5月版)

    「ショック!カニちゃんこ」という廻文を考案した。

    「あきれるわ、アルキル基」という廻文を考案した。

    「ありえない解決策を図る」というのを提案したい。つまり、豚が空を飛べばいい。最初から。ドクター、ドクター、プリーズ!

    春と秋はいつも着てるL.L.Beanの赤いウィンブレ(というかヤッケ?)、新婚旅行の写真でも着てたので、たぶん25年くらい着てるんだけど、ついに腰のあたりの縫製がほつれてきた。長い間よく保ってくれた。

    (2021年11月追記: けっきょく補修して、2021年の秋もこれで乗り切った。)

    「レッド・バロン」という概念が好き。バイクには乗らないので店には興味ないのだけど。バロン吉元からの連想か、70年代感ある。紅い稲妻。「バロン」ってきょうび使わない単語だよね。なろう系異世界ものの舞台(ナーロッパ)で貴族や騎士がいる世界でも、バロン(男爵)って見たことない。なぜだろう?


    “curfew”(門限 or 外出禁止令)という単語を知った。そういえば、なんかの歌詞にこの単語あったなと思ったが思い出せない。ビートルズ、S&G、と順番に検索していって、ボブ・ディランの“Gates of Eden”の出だしに出てくるのを見つけた。記憶にあったのは多分これだけど、まだしっくりこない。

    自分は大学生の頃に翻訳に興味を持っていたのを思い出した。安西徹雄の「翻訳英文法」に賛同して、バベルプレスの「翻訳の世界」を購読して、巻末にある翻訳問題を解いて送ったりしてた。けっきょく翻訳業界はあまりに儲からないことを知ったので、進路としては選ばなかったけど、いまでも学術書の翻訳を読むとたいがい理解不可能な文章があるので、ブチ切れて原書にあたって、俺なら(翻訳英文法的に)こう訳すのに、とか思ったりする。

    先日、北島三郎の「函館の女」が頭の中でぐるぐると鳴りつづけていた(イヤーワーム)んだけど、金管楽器の音がコンプがかかったみたいにバキバキに鳴っていたので、本物もこんな音だっけ?と確認してみたら、もっとおとなしい音だった。記憶を頼りにすると、コンプがかかるらしい。

    CREAMの"Crossroads"ってジャック・ブルースが歌っているもんだとずっと勘違いしていた。いまはじめて気がついた。いかに自分がぜんぜん「聴いて」ないかということを気づかされた。

    「アンドリュー各務原」という芸名を考案した。なんとなく語感がよい。


    異世界転生したい。宮廷薬剤師として、有機化学の知識を駆使して、薬草からの抽出法とか試行錯誤しながらスローライフを送りたい。

    生理研のラボの人の結婚披露パーティーで、豊田市のレストランを貸切にして、中庭のところでセレモニーをやって、私はなんだかんだで手持ち無沙汰になって、あちこちウロウロしながら、でもとてもいい季節で、あの光景を急に思い出した。(光景が先で、後で結婚披露パーティーだったことを思い出した)

    左右の指をキツネのポーズにして「ヌンク!」って叫ぶ型を考案したのだけど、ところでヌンクってなんだったっけとググってみたらファッションブランドが出てきたので、いやそれではなくてと調べてみたら、細胞培養に使うディッシュだった。そうそう、これよこれ。ヌンク!(左右の指をキツネのポーズにして)

    「卓球したくないですか?」(<-電車で急に話しかけてくる隣の席のおじさん)

    (5/31) 今日も冷たい空気で、夕方になったらさらに冷たい雨までが降ってきた。いわゆる蝦夷梅雨というのは6月後半の話らしいので、それとはべつのようだけど。

    今の気候はむしろ「リラ冷え」に該当するらしい。まだまだヤッケと長袖の生活が続く。


    2021年11月29日

    「ゴニオ先輩、フキノトウ、長久手-弁天島」(さうして、このごろ2021年4月版)

    「ゴニオメーター」の「ゴニオ」部分、いいよね。俺もゴニオ先輩にラーメンおごってもらいたいよ。

    次男が小学生だった頃のソフトボールチームで、特別イベントとして岡崎市民球場でナイターで練習試合をやったことがあって、私は保護者として球拾いをやっただけではあるけど、こんなところで野球できたら楽しいだろうなあと思った。ここ5年くらい野球してないな。

    昨日数年ぶりにサーティワンアイス食べた話を書こうかと思ったが、コロナの時期に外食した話をツイートしている人が周りにいないので、そんなことしてません、やろうとも思ってません。

    私のソウルジェムが曇ってヤヴァいことになっていたので、コープに行って寿司10貫入り800円のところ半額400円を買って号泣しながら食べた。(<-号泣してない)


    (3/23) 医学部学生サークル室の脇に咲いてたフキノトウ。この時期はまだ人通りの少ない道には雪が残っている状態で、これがこの春初めて見つけたフキノトウ。

    (4/8) 今日はたぶん一ヶ月ぶりくらいの久々に雪が降った。帰りの道にはなにもなかったけど、芝生がうっすらと白くなるくらいは降ったようだ。なるほどこれが「なごり雪」ってやつか。


    (4/11) 中央キャンパス西のジンパ用スペース(閉鎖中)のフキノトウ。ここは構内のセコマへの近道で頻繁に通るので、日々成長してるのがわかる。


    大学1年のときの英語の先生がたしか有名なSF評論家だったのだけど、自分に知識がないので何も話しかけられなかったことを思い出した。(裏とりに調べてみたが、たぶん巽孝之氏だったと思う。)

    ついでにメモっておくと、もうひとりの英語の先生は小野寺健氏で、E.M.フォースターの「アビンジャー・ハーヴェスト」を採りあげてた。大きい書店でE.M.フォースター全集が並んでいるのを見たりすると、もう一回読んでみようかなとか思って本を取る。そして本棚に戻す。


    エアリプには応答しないし、エゴサはしないようにしている。これまでずっとそうしてきたし、今後もそのつもりでいる。それはそれで我慢が必要なこともあるけど、今後も炎上もしなければバズりもしない、という状態をキープしていきたい。

    なにか話題を出すなら、なるたけ他人事みたいな態度をとらないように気をつけているのだけど、自分ごとに引き寄せて書くと、書くべきでない深淵が出てきてしまうので、けっきょくツイ消ししたりする。そういうのを繰り返していたら、自分が書くことのできることなんてほんの少しだなと気がついた。


    "Buffalo Springfield"の名は蒸気ローラーの名から取られているけど、実車の映像がyoutubeにあった。Buffalo Springfield Steam Roller

    これを見るとSpringfieldとはOhio州のSpringfieldなので、Buffaloとはナイアガラの滝の近くのBuffalo ということだろうか。東海で例えるなら(<-?)、長久手-弁天島みたいな。


    みんなしてナイスネイチャ、ナイスネイチャって、そんなにたくさんの人がネイチャーにアクセプトされてんの?

    My Bloody Valentineの"Strawberry Wine"を久々に聴いていて、これってブルガリアンボイス的なコーラスにできないかなとか思った。それだけ。

    "Strawberry Fields Forever"のサビでフロアタムがドコドコ鳴ってるのはオーバーダブだと思うんだけど、ドラムカバーしてる映像で、左手一本でドコドコ鳴らしているのを観た。再現できるのか。本物はフィルイン叩いている間もフロアタム聞こえるのでやっぱオーバーダブだとは思うんだけど、


    2021年10月21日

    「きかんしゃトーマス・マンボウ・フキノトウ」(さうして、このごろ2021年3月版)

    きかんしゃトーマスのOP曲、始まりがいきなりC-Abで転調か。かっけーな。シド・バレットみたいだ。

    天気予報のお告げのとおり、今日は気温が10度まで上がり、道の雪が融け始めた。雪解けの季節が近づいてきた。雪解けって白い雪からせせらぎが流れるようなイメージだったけど、じっさいは泥混じりの雪で排水口が詰まって横断歩道前に泥水の水たまりができる。これが雪解けだった。


    エヴァについては当時薬学の友人が熱心に勧めてくれたが、TVシリーズ前半で断念して以来いっさい見てない。自分は90年代までは(根本敬とか危ない1号とか読んじゃうような)ロック寄りのサブカルで、(ギャルゲ論壇や非モテ論壇が隆盛した)ゼロ年代からオタクにシフトしたので、基礎的素養が欠けている。

    1980年代は同時代の音楽には見向きもせず1960年代のサイケデリック・ロックとかそういうのばかり聞いてきたので、現在のシティポップ再評価の流れにもぜんぜん乗れない。ヴェイパーウェイヴとかチルウェイヴみたいに、仮想の80年代を表現したものはわかるんだけど。


    「岩波文庫の哲学の色」 こういうのがパッと出てくるのはいいなあ。自分はこの種の気の利いてるのが好きで、自分なりにそういうのが溢れてくる時期があったと自負していたのだけど、TwitterやSNSで反響が可視化されるに至って、私なりに面白いと思っていたものはたいがい独りよがりだということに気付かされて、幻想は壊れた。

    ウィキペで(アメリカでも)「『フランダースの犬』は出版されているが、「こんな結末では、主人公たちが可哀想過ぎる」として、ハッピーエンドを迎えるように改変され「ネロが息を吹き返す」「ネロの父親が名乗り出る」といった展開になっている。」というのを読んで、ほっこりとした心持ちになった。

    長い映画でのトイレの問題 自分もこれ深刻で、90分程度のものはなんとかなるが、それ超えたら途中でトイレに行くの込みで見てる。人間がトイレに行かなくて済む(+雨のときに傘をささずに済む)ようになったら、それこそがシンギュラリティだと思うよ!(<-ヤケクソ)

    「ただの田舎の駅前の安いそば屋なのに妙に気になる」 これ好き。ここに再訪するためだけに旅してもいいし、行ってみたら思ってたほどでなくてがっかりするところまで込みで、そんなふうに人生を楽しめたらよかったんだけど、と思う。


    春が近づいてきた。今日は今年初の自転車でお出かけ。15.6km in 74min。とくにあてもなく、西の方に向かった。道の雪は融けたけど、自転車レーンには雪が積み重ねられていて、まだ自転車で走るには早かったようだ。だがおれは一番先に咲くフキノトウ(<-どうした?)。

    走っているうちに、琴似に行けばなんとかなるだろう、と目標をとりあえず決めた。宮の森まで来たら、サザエ食品の店舗があったのでそこで途中停車。(後で調べたらこれが宮の森本店で、裏の工場からできたてが買える) おはぎをゲットした。あんこも良かったがモチ米がうまくて満足した。

    道中でそういえば激安スーパーで有名なのがこっちの方にあったな、と思い出したので、ネットを検索してみたら、西野の「マンボウ」だった。ということで今日の目的地が決定。店の前まで来たら、もう人が多くてすぐわかる。「食費を半分に!」とあるけど、本当に安かった。

    たとえば豚バラブロックが341gで270円 (税抜き)とか(79円/100g)。若鶏むね正肉が69円/100g、たとえば241gで166円 (税抜き)とか。これは車で来ないと意味がないことがわかったので、今日のところはとりあえずかさばらないものということで、ユウキの甜麺醤130g 248円と豆板醤130g 248円 (amazonに勝ってる)だけ買ってきた。

    帰りは発寒川の雪を見たり、場外市場に寄ってみたり。最後に桑園のホーマックで災害用の手回しアーム付きラジオを買ってきた。でもってFMラジオを聞きながらこれを書いてる。いい週末だった。明日から本気出す。


    今日はいろいろあってけっきょくCOOPに行くのが20時を過ぎたので、刺し身を買って海鮮丼。アトランティックサーモン刺身用 170gと豊後ブリ刺身用 100gが両方半額で合計350円。ご飯に対する刺し身の比率が高すぎた。刺し身は200gくらいあれば充分らしい。でもまあ、それも自炊ゆえの喜びということで。

    自転車で街を走ると、滑り止めの砂利で走りづらい。アスファルトにところどころ大きな穴が空いている。雪が解けて、道に沁み込んで、また凍って、を繰り返すことであちこちに亀裂が入っている。路肩の雪も日に日に薄くなる。雪解けした場所にはすでにフキノトウが育っている。春が近づいてきた。

    「虚無」と「スンってなる」ってネットでも日常生活でも使ったことがない。使いこなしてみたいなと思うこともあるが、使いこなせないので、使わない。

    にゃおーん (<-いろいろ言いたいことはあるが、言うに言えない気持ちを「にゃおーん」の一言に込めて)

    Youtubeで「屋根から雪が落ちる映像」みたいなのばっかり観てる。

    「限界ごはん」 自分は札幌単身生活で夜遅くなった帰りに、スーパーまでの雪道を1km歩く余裕もないときは、家に常備しているパック入りモチとかフリーズドライ卵スープで凌いでた。たしかにここで紹介されてるようなものを常備しておくと有効そう。


    2021年10月17日

    pooneilの膝改造日記つづき

    pooneilの膝改造日記のつづき。以前は第17日目の退院の日まで書いたのだった。そこからリハビリの日が続いた。それについてツイートしていたのをまとめておく。


    [pooneilの膝改造日記第18日目] 退院後の仕事第一日目。居室に行ってPC仕事。ロキソニンが切れたからか、ずっと頭が痛い。歩く方はとくに不便なし。中央食堂まで往復してきた。膝の装具があるのがすごく安心させてくれる。これなら明日は紀伊國屋書店まで歩いて往復できそう。(<-急に負荷をかけすぎ)

    これまでのメモを全部まとめてブログ記事にしておこうと思う。医師から膝MRのデータももらっているので、それも解析したい。簡易ビュワーによるJPEG形式の閲覧(添付画像)だけでなく、DICOM形式のデータももらっているので。

    前十字靭帯ACL再建術の動画。3Dアニメーション使用でわかりやすい。つか説明聞いてたら、術後2-3時間回復室で過ごした後、家に帰ります、とか言ってる。日帰りかよ!

    術中に関節鏡突っ込んでいる画像。見ているこっちが痛くなってくる。

    退院後の仕事場での生活は案外問題ない。家のほうがかえって不便。というのも、病院ではベッドだったから、腰掛け状態から立ち上がるのは楽な動作なのだけど、家では布団なので、床から立ち上がらないといけない。そういうわけで毎回、生まれたての子鹿みたいに、プルプルしながら立ち上がっている。

    退院したら焼肉屋行くぞ!とか思っていたが、夕食にスーパーARCSで買ったホルモン300g 400円を焼いてその脂でインゲン150g炒めて食べたら、なんだか満足してしまった。

    入院中に(ずっと見そびれていた)「ダークナイト」観るぞと思っていたけど、長い(150分)のが億劫で、ついつい「釣った魚のさばき方」みたいなyoutube番組ダラダラ観てたら、入院期間が終わってしまった。Kindleにも積んでた小説詰め込んでおいたけど、いっさい読んでねえ。もう一週間入院していい?


    [pooneilの膝改造日記第19日目] 今日はだいぶ頭痛が軽減した。装具を付けて歩く時間が長かったため、家に帰ってきたら脚が腫れていた。当分は足を動かす=>腫れる=>冷やす、の繰り返しで、それでも足を使って筋肉の衰えを回復させる必要がある。寝ているときは意図して寝返りを打つようにしている。


    [pooneilの膝改造日記第20日目] タクシーで駅前まで出て紀伊國屋書店に行ってきた。本屋っていいなあ。でも購入は無し。その足でヨドバシカメラに向かい、ずっと懸案だったGPSウォッチ(Garmin Foreathelete 245)を購入した。ウォーキングとかライフログとか、いまこそ必要だと思ったので。

    けっきょくのところ、歩き出せばとくに膝が痛むこともない。それよりは、デスクワークで膝が曲がった状態をずっと続けて、トイレに行くために立ち上がると、膝を伸ばした状態にするのがしんどいので、ちょっと時間をかけて伸ばした状態で安定するまで待つ必要がある。


    [pooneilの膝改造日記第21日目] 札幌駅ビルまでお買い物。島村楽器と三省堂に行って何も買わず。ユニクロでレギンス(ジョギングとかでハーフパンツの下に履くやつ)を探したが見つからなかった。今度ワークマンで買う。帰りに大学までウォーキング。片松葉杖で1.4km/15分。

    駅ビルでは、エスカレーターの上り下りでどちらの脚を出すべきか一瞬迷う。(常に低い方に損傷側がくるようにするのが正解だが、とっさに出ない。) 歩きでは、膝の装具をしていれば、ほとんど不安を感じることはない。たぶんもう片松葉杖無しでも歩けるのだけど、体重の2/3までという制限を守る。


    [pooneilの膝改造日記第22日目] 昨日くらいから膝裏内側の神経がピリッとすることがある。膝裏の腫れが引いてきて、可動域が上がり、ほとんど問題なく歩けるようになってきたのだけど、膝裏の神経周りも色々再編成している段階で、刺激されたりとかを繰り返している様子。


    [pooneilの膝改造日記第23日目] 片松葉杖もだいたい慣れたと思ってたが、夜の暗い帰り道で段差があるところに気づかず、転倒してしまった。装具をしていて可動域が狭いため、柔道の技(体落)をかけられたみたいにつんのめった。幸いうまく受け身をとれたので、大事には至らなかったけど。油断怖い。


    [pooneilの膝改造日記第24日目] 術後3週目の診察とリハビリ。今日で片松葉杖が終了。普通に歩く練習をした。とはいえ基本は片松葉杖のときと同じ。左足をつくときは膝真っすぐで踵から、左足を上げるときは膝を曲げる、の繰り返しで問題なく行けた。整理券取りに行って帰って全部で6時間。半日潰れた。

    今日の帰りも夜の暗い道の部分で、予想外に低いところでガクッとくるヒヤリハット事象があった。吉田という歩行システムが予測誤差の修正に脆弱であるのを実感した。手術からの回復期に、身体と環境の関係が時々刻々変わってゆくのに対応できてない感じ。(<-予測誤差トーク)


    [pooneilの膝改造日記第28日目] 今日は自転車でジュンク堂書店まで行ってきた。片足ケンケンで時速10kmくらい出るし、心拍も140bpmくらい上がるので、それなりに運動になる。片道2.5kmで15分くらい。


    [pooneilの膝改造日記第31日目] 手術から一ヶ月経った。今日も病院。リハビリは順調で、左膝の屈曲も140度までできた。(術前は左右とも150度。) 北27条の循環器内科の方はエコーで左ふくらはぎの血栓が無くなっているのを確認。Dダイマーが前回の19.9から2.8まで下がった(まだ基準値よりは高い)。


    [pooneilの膝改造日記第63日目] 手術から2ヶ月経った。昨日から自転車解禁となったので、片足ケンケンから両足漕ぎに戻す。片足ケンケンのときはサドルを下げていたけど、両足漕ぎでは左膝を深く曲げすぎないようにサドルを高くした。とっさのときに左足を突くと危険なので、ゆっくり安全運転にする。


    [pooneilの膝改造日記第88日目] 今日もリハビリ。2週間前から膝曲げ歩きKBWが始まって、今日はついにウォーキングからランニングに移行する動作の練習へ。とくに問題なし。それよりも椅子に座った状態からの片足スクワット10本3セットがきつかった。ちょっと左膝が重い。(腫れてはいないが。)

    今日からジョギング解禁となった。でも、もうすこし体重減らしてからでないと怖い。雪で道が使えなくなるまでは、ウォーキングの時間と距離を延ばしていこうと思う。いま30分で3kmペース。これを50分くらいまで延ばしたい。膝の屈曲も150度になり、右と同じになった。自転車を漕いでいても、膝を曲げにくい感じがなくなった。

    「膝前十字靭帯損傷の再建手術を受けたアスリートの競技復帰を支援するため、リハビリ期(初期~復帰準備期)に応じたセルフトレーニング動画」これすごく充実してる。


    [pooneilの膝改造日記第151日目] 昨日はリハビリの日。ジョギングしてみましょうということで3分間軽く走ってみたけどとくに問題なし。だいぶもとに戻ってきた。はやく走りに行きたいところだが、道はツルツルで危険なので、氷が溶けるまであと一ヶ月半待つ。

    昨年の冬は転倒回数ゼロを達成したが、ヒヤリハット事象はけっこうあった。今年はヒヤリハット事象ですら左膝に急激に負荷がかかるので避けなければならない。いまのところヒヤリハット事象は2回くらいか。北図書館前の道がスケートリンクみたいになってて危なかった。


    [pooneilの膝改造日記第165日目] 昨日はリハビリ。左足のみで椅子から立ち上がるやつ、1月にはできなかったが、今回は難なく成功。この2週間くらい一日おきでスクワット、左足のみスクワット、ヒップレイズを続けてきたので、その成果が出たっぽい。道路を走ってみたいので、はやく雪解けしてほしい。


    [pooneilの膝改造日記第179日目] 昨日はリハビリ。今回から横向きの運動も追加ということで、1) サイドスクワット、2) スケーティング、3) 右足で飛んで左足片足で着地するやつ。問題なくできる!と飛ばしたら、今日は左膝の奥に鈍痛がある。今日明日は膝の筋トレは休みにしてクラッチとかにする。

    術後初のレントゲン写真を撮ったのを見せてもらった。腱を通すために骨にぽっかり穴が空いてた。あと3ヶ月でリハビリは終了とのこと。先が見えてきた。これであとは、1年以上経ってからボルトを外して完全終了になる。


    [pooneilの膝改造日記第193日目] 今日はリハビリ。フロントランジをする際に、膝裏の内側ハムストリング腱の張力が高くする指示を受けた。でも触って確認しながら力を入れてもうまくいかない。しかもこの腱はわたしのACL再建に使われた部分だ。まだまだ自分の体を使いこなせてないことがわかった。


    [pooneilの膝改造日記第208日目] 今日はリハビリ。両膝の筋力測定をした。だいぶ回復しているが、まだ右より左のほうが弱いとのこと。あと、体重支持指数(WBI)が低いですね、と言われた。WBIの改善には、筋肉をつけることよりも(筋肉を減らさないように)体重を減らすことのほうが有効そうだけど。


    [pooneilの膝改造日記第285日目] 今日は手術後9ヶ月目でリハビリの最終日。ここしばらく筋トレをサボっていたので、左膝周りの筋肉の太さがまだ右側よりも1cm程度細いままだった。あとは自分で筋トレしながら、ボルト外す日が来るのを待つ。pooneilの膝改造日記もこれで終了。


    2021年09月17日

    「どんぐりカレー・西瓜糖の日々・アリザリン クリムゾン」(さうして、このごろ2021年2月版)

    「ストレイン・ゲージ」ってなんかバンド名っぽくない? なんかメンバー全員入れ墨入れてそう。

    声に出して読みたい日本語といえば、今の気分としては「宝石の八神」かな…

    「沸騰するやかん」「どんぐりカレー」「市松模様と螺旋形」「白黒の集合写真」「雑草に埋もれたマンホール」「街路樹からの落雪」「消える境界線」「七色の鍵盤ハーモニカ」「グリッサンド」「ポルタメント」「パンダ色のマスクカバー」「毛糸の靴下」「地震の前兆」「自走する草刈り機」「黒い日傘」


    ブローティガンの「西瓜糖の日々」を原書で読もうと、kindle paperwhiteに入れて寝る前とかにちょっとずつ読んでいたのだけど、2ヶ月くらいかけてやっと読み終わった。翻訳で読んだのは20年以上前だろうから内容は忘れていたけど、ともあれぜんぜん入り込めなくてショックを受けた。

    以前読んだときは「えいえんのせかい」のような寓話的な儚い世界だと思って読んだのだけど、再読してみたら、街から離れたところにヒッピーがコミューンを作って、そこで何かひどい犯罪が行われたであろうことを寓話的にぼかして表現しているようにしか読めなかった。

    しかも主人公はものすごく傍観者的なのにモテて、主人公にとって都合の良いことだけが起こる。(嫌いな奴らが勝手にどんどん死んでゆく。) これは再読したことによって私にとっての物語の解像度が上がったせいか、それとも藤本和子の翻訳が原書よりも良かったからなのか。

    今回はこの世界の描写についてちょっと気をつけて読んでいたけど、電気とか機械とかは一切出てこなくて、照明はランタンだし、人力だったり、馬だったりする。ただし「街」の存在があって、そこは1960年代のアメリカであるようで、ポストアポカリプス的な舞台設定だという前提が元々誤解だったのかも。


    「せいりけん」って入力して変換したら「整理券」になった。他の人にとってはまったく驚きではないことだけど、私にとってはこんなこと数十年ぶりのことだ。

    髪が長くなってきたけど、床屋に行く回数は減らしたい。ヘアバンドがどっかにあったはずだが見つからない。そういうわけで、持ってた赤いバンダナを巻いて、ヒッピーおじさんもしくはカントリー歌手(ウイリーネルソン的な)みたいな風貌で中央キャンパス総合研究棟2号館の4Fを行き来してる。


    夜に誰もいなくなったところを見計らってギターかき鳴らして歌いたい。いい場所がないので、夜遅くに平成ポプラ並木の放牧場の横まで行くのがいいのかもしれない。人と出くわすとむちゃくちゃ気まずいけど。もしくは電子研の北の原野みたいなところとか?とにかく誰もいないところを見つけたい。

    「電子研の北の原野みたいなところ」って今書いたけど、Google map見てみたら、なんかすげー整地してる。なんかの車が地面ならしてる。なんだこれは?いま行けばここは雪の平原?


    ドノバンの"Wear Your Love Like Heaven"の歌詞にはいろんな色が出てくるので意味もなく並べてみる。Carmine, Carthamus Rose, Alizarin crimson. こうやって並べておいてなんだけど、ディスプレイの色って別もんだよな。

    ウィキペの色リストのページ。

    こういうのって永久に見てられる…といいつつ30秒で飽きた。


    2021年07月28日

    「アムール今出川・クラゲ茶・大仏廻国」(さうして、このごろ2021年1月版)

    「アムール今出川」っていう芸名を考案した。アパートの名前でもいい。…とここまで書いてから、念のためググってみたら、「アムール賀茂川」が実在することを知った。

    「スーパーでよく聞くポポーポポポポ」 あれの名前が「呼び込み君」であるということを知ってしまった。

    今日はオンライン飲み会だったので、いつもどおりウクレレいじりながら喋ってた。そういえば「ウクレレで緊急地震速報」をやるチャンスだったのに、忘れてた。

    今どきのネットで人気の曲をいくつか聴いてみたら、歌がボカロっぽくて、映像がヴァイパーウェイヴ感あって、なるほどと思った。


    「おかゆ作品」 わかる。先日日常系30分アニメ観たら、Bパートまでたどり着けなかった。いまの俺の胃にはモルカーしか受け付けないようだ。

    子供向けでも、たとえば「おさるのジョージ」はけっこう「やらかし」のシーンがあるので、共感的羞恥がキツくて案外観るのがつらい。モルカーも、銀行強盗に乗っ取られたシーンがもし5分続いたら、たぶん観つづけることができなかったと思う。えいえんのせかいに旅立ちたい。


    「クラゲ茶」ってのを考案した。ものすごく語呂が悪い。

    「クラウド・ファンディング」ってのを考えた、まで書いて、念のためtwilogで検索してみたら、まさかのネタかぶり、しかも3回目。いったいなにがそんなに私の琴線に触れるのか、私が知りたい。

    「大仏廻国」では東海市の聚楽園大仏が開眼して犬山城まで行き、さらに戻って三河までやってきて西尾の常福寺大仏に会いに来る。そんな存在とはつゆ知らず、自転車で通りがかったので常福寺大仏の写真を撮っていた。大仏にはとくに興味があるわけでもないが。


    Korg Gadgetではスケールに合わせてキーボードを切り替えることができるので、Dドリアンにしてアンビエントなパッドをいじっていたら「君が代」が演奏できることに気づいた。要は雅楽の壱越調がDドリアンに対応しているということのよう。

    興味が湧いたので更に調べてみたら、雅楽のスケールにエッカートが西洋風の伴奏を付けた。でもむりやりな当てはめのため、最初と終わりはユニゾン(N.C.)だし、基本C/Am調の和音だけど途中でD-G (ドッペルドミナント)が入る、ニール・ヤングみたいなコード進行になった、ということらしい。ソース


    なんだろう?コンビニの駐車場があって、その前を走る細い道の向こうには、線路がある。なんだか懐かしい気もするし、すごくありふれすぎているだけにも思えるし。

    髪が伸びてきたが、あまり床屋に行きたくない。前髪がじゃまになってきたので、JR東海の牧瀬里穂のCMの彼氏みたいに、赤いバンダナを巻いて、論文書きをする。とここまで書いて、Youtubeで確認してみたら、青いバンダナだった。(<-ファクトチェック)


    急に思い出したんだけど、高校生の頃に栗本慎一郎の本(「パンツを捨てるサル」「意味と生命」あたり)を一生懸命読んでいた時期がある。(大木幸介経由での)ドパミンA10細胞(VTA)とか、ウイルス進化説とかいろんなもののごった煮で、たぶん無意識レベルで私にすごく影響を与えている。

    中3のときに聴いた「リボルバー」からサイケデリックとか変性意識状態とか神経伝達物質とか、そういう本を読み漁って、私は薬理学の道に進もうと考えた。それからいろいろあって(雑)、なぜか今ここにいる。33年前のちょうど今頃、眼底出血で入院していた高3の自分には想像もできないことだった。


    2021年04月24日

    「緊急地震速報、サンタさん、冬到来日記2」(さうして、このごろ2020年12月版)

    私のはじめてのツイートが2007年12月13日で、それから13年が経ったとのこと。経つなよ。

    暮れといえば「スカスカおせち」の時期ですが、あれって2010年の暮れの話だから、ちょうど10周年。あれから世界は色々と変わった。

    「老人と子供のポルカ」って1番の「やめてけーれゲバゲバ」しか知らなかったけど、2番は「やめてけーれジコジコ」で3番は「やめてけーれストスト」だったのか。この役に立たない知識を俺は頭に刻み込んで、そのまま消えてゆく。

    緊急地震速報のあのフレーズがジミヘンコードであることを知った。|C7(#9)/G|C#7(#9)/G#|だって。ギターのフレット表現だと |x|10|10|9|11|11| から |x|11|11|10|12|12| へスライドアップする。私には弾けなかった。小指セーハで1,2弦を押さえればよいのかなあ?

    緊急地震速報のあのフレーズがジミヘンコードだったって以前書いたけど、ウクレレで弾いてみた。|5|4|6|6| と|6|5|7|7| の繰り返し。それにベースG-G#を付加して、トリップホップぽいドラムループを貼り付けた。

    pooneil68 · earthquake_alert

    今日は頭の中を"Can’t Find My Way Home" (Blind Faith)がぐるぐる回っていたのだが、いつのまにかElectronic版(バーナード・サムナーが歌ってるやつ)に移行していた。

    「虚構推理」のギミックってまさにカウフマンの「隣接可能領域」だよな、ということに気がついたのでメモ。

    たぶんいま時期をいつか想い起こす日々が来たとしたら、今の時期のことを「納豆とキムチと豆腐の日々」と名付けることだろう。(<-「酒と薔薇の日々」っぽく)

    あー、俺のところにもサンタさん、来てくれないかなあ (<-お前が、サンタに、なるんだよ!)


    以下、冬到来日記。

    (12/8) 今の札幌はぜんぜん雪が無い。一ヶ月前の雪(11/9)が消えて以来、パラパラとは降るけどぜんぜん積もらない。予報によれば月曜は一日中降るようなので、ここで積もるのかも。

    (12/11) 札幌は今日の入りが一年の中で一番早い(16:00)。ちなみに日の出は6:56。なんでこんな非対称なの?と調べてみたら、南中時間が11:28と前にズレてる。いまだに理屈を理解できてないが、もうちょっと朝方にして、早めに太陽浴びて季節性うつ対策しておかないと。つか寝る!

    (12/13) 自転車を冬期保管所に預けてきた。ここから3月までは自転車の無い生活になる。ギリギリまで粘ったが、期限は明後日で、明日以降は雪の予報なので、たぶんここが最後の機会。自転車を置いて、徒歩で大学まで帰る俺は、まるで翼の折れたエンジェルのようだった。

    今日もすっかり遅くなった。帰り道の空気はスキー場の匂いがした。家に帰ってみると、部屋の温度は12度になっていて、いよいよ寒くなってきた。先週は最高気温が5度くらいだったけど、明日からはいよいよ最高気温が0度以下になるらしい。試される大地。

    (12/14) 天気予報のお告げのとおり、昨日の夜から朝にかけて雪が降って、道路が真っ白になった。つか昨日までが暖かすぎた。朝はサクサクの雪だったが、夜の帰り道にはこれがぜんぶカチカチになっていて、北13条門の北大通りの信号を渡るときなどは、転倒しないように小股で歩いた。


    (12/16) 道路で「ブイーン」みたいな音がしていて、こんな時間にヘリコプター?と(非主題的に)思っていたが、いま気づいた。除雪車か。月曜から続いている雪を削りにやってきた。除雪車ガンバレ、除雪車ガンバレ。(<-戦時中?)

    (12/19) ひと仕事終えて、帰りに大学の建物から出てみたら、夜の間に雪が降ったらしく、パウダースノーで足跡が一切ない。これスキーできるんじゃねーの!と興奮しつつ、自分の足跡の写真を撮っておいた。


    (12/20) 朝起きたら、けっこうな量の雪が降ってる。大学に行ってみたら、昨日の私の足跡は11時間ですっかり消えてしまい、再びふかふかの雪の中を蹴散らしながら歩くことになった。


    (12/24) 今日は生暖かい雨が降って、リハビリの帰りの道は雪が溶けてベチャベチャになっていた。天気を調べてみたら、今日だけ最高気温が5度で、明日からまた最高気温は0度以下になる。つまり今日は車を運転できるチャンスじゃん?と気がついたので、カーシェアで業務スーパーに行って買いだめしてきた。

    (12/26) 今日はガチ寒だった。けっきょく雪は夜まで止まず、気温-6度でも風が強かったので、体感温度はもっと厳しかった。明日も気温は低いが雪は降らないようなので、明日こそ買い出しに出かけようと思う。

    (12/31) 昨日の夜から朝にかけて再び雪が降ったようで、北大構内はふかふかの雪で車道も歩道も埋め尽くされていた。



    2021年03月25日

    「小樽行き、赤い稲妻、冬到来日記1」(さうして、このごろ2020年11月版)

    楽天の通販で買い物かごに入れた状態で到着予定日が11/3着になってたから購入作業を進めたら、届け先が愛知県のままだったので北海道に変更した。それでもう一回確認したら到着予定日が11/4-6に変わっていて、北海道に住むってこういうことかと思い知らされた。

    職場で部屋に鍵を置きっぱなしにしてロックアウトされてしまった。半年ぶり2度め。携帯も財布も上着も何もない状態。知り合いが出てくるのを待ったが、祝日の前ということもあって、17時半にしてすでにほとんど誰も居ねえ。15分くらいかけてなんとか解決したが、マヂ死ぬかと思った。

    「コロナボーイ、コロナガール」っていうなんかダンス・チューンのタイトルっぽいフレーズを思いついたのだけど、不謹慎かと思ってリトラクトした。でもあまりのも語呂が良いので、ここに高らかに宣言しておく。(<-すんな)

    そういえばSpirea Xの"Sunset Dawn"って"Jugband Blues"だよね。いつかわかってくれる人がこれにファボ付けてくれる日が来るまでは、生き延びようと思う。

    「走れ!赤い稲妻!」

    今日の授業が終わって、21時前くらいに疲れた頭で北13条門の横断歩道で信号待ちをしていたら、札幌発、北大経由、小樽行き 高速バスというのがバス停に到着したので、このまま俺を連れ去ってくれよ、とか思った。

    「進化は予測できない」の例として、キャラ付け要素として「オッドアイ」「モノアイ」「チューリップハット」が出現したことを挙げてみたい。「チューリップハット」にはマヂびっくりした。

    榎本喜八の人生、すげえなあ。とくに「神の域」から「奇行」のあたり。おおっぴらには言いにくいけど、俺はこういうのに心打たれるんだ。

    さっそく「打撃の神髄 榎本喜八伝」松井浩、読んだ。自分と重なる部分もそうでない部分もあり、この種の突き詰め方をする人生には心打たれるのだけど、あー、もうこれ以上言いたくない。


    以下、冬到来日記。

    (11/4) 札幌、初雪きた。初雪はすぐ止んで陽が差してた。今日は盛りだくさんで疲れ果てたので、CHAINの演習授業が終了したあとさっさと帰宅。帰ってみると、室温は16度台になっていて、これまでの17-18度から下がってきている。

    (11/9) 昨日の夜中は強風で窓ガラスが揺れていたけど、今朝起きてみたら、雪が降っている。(氷の粒だから正確にはアラレか) 先日の雪は一時間も経たずにやんで積もらなかったので、今日のが初積雪か。明日、明後日も朝方は雪らしいので、根雪にならないことを祈る。


    銀杏並木は昨日まで観光客が集まるほど葉がたくさんあったのに、昨日の夜の強風であっという間に葉が落ちてしまった。銀杏もたくさん落ちているけど、氷漬けになているので匂いがしない。あとで氷が溶けると臭くなる。冬を越して雪解けしてから匂いがするのは3月あたりに経験した。

    (11/14) 長期予報を調べてみたら、次に雪が降りそうなのは11/23。まだしばらくは自転車で活動できそう。

    (11/15) 今日は中島公園まで出かけてきた。豊平館とか天文台とかを散策。菖蒲池のほとりのあずま屋からサックスの音が聞こえてきたので近づいてみたら、ご老人がカセットテープかなにか流しながら練習しているようで、メロディーをよく聞いたら「長崎は今日も雨だった」。味わい深い。


    (11/16) 今日は実験がない日なのでまとまった仕事ができるぞと思っていたが、各種メールと事務作業をしていたら、もう窓の外が真っ暗だ。というのも、札幌の日没は早い。札幌の今日の日没時間は16:10なので、岡崎市の16:45と比べると明確な違いを実感する。

    (11/18) いま15時50分だけど、すでにもう空が暗い。1月に着任したときはぜんぜん気にならなかったのだけど、今は日没の早さを痛感する。こうなると、もうすぐ夜が明けない日が来るんじゃねーの?(<-自然の斉一性への疑念)

    (11/24) めちゃ集中できたので仕事が進んだ。帰りに建物を出てみたら、再び雪が降りはじめていて、寒々とした道を、いつもの薄っぺらいウィンブレ(20年着てる赤いやつ)のフードをかぶって、家まで歩いた。


    (11/26) アパートの駐輪場は12月半ばで雪のため閉鎖になる。札幌駅北口に冬期自転車預かり所というのがあることを知った。先週末に予約手続きをしてきた。「例年持ってくるのが遅くて、雪の中苦労して運んでくる人がいるから気をつけて」と言われた。あー、私は性格的にギリギリまで粘りそう。


    2021年03月05日

    札幌近郊をウォーキングしてきた

    (11/3) 今日は午前中にウォーキングしてきた。4.22km in 66:47。途中で色々美味しそうなものがあったのでつまみ食い。気温も12度くらいで快晴で快適だった。滞在時間2時間でサクッと戻ってきて、共著論文の最終チェックを開始。そしたら空が曇ってきて、小雨がぱらついてきた。絶妙なタイミングだったらしい。


    あと、この街は歴史的建造物を保全活用をしていて、どれも味わい深くてよかった。写真撮るために立ち止まってばかりで、あまりウォーキングにはなってなかったが。



    2021年02月05日

    「ハングリーバード、Treasure Trip、北大植物園」(さうして、このごろ2020年10月後半版)

    「〽今日の仕事はつらかった〽あとは〽ストロングゼロをあおるだけ〽」(<-あおらない)

    頭の中で「ガットゥーゲダウェイー ガダガダガダゲダウェイー」ってフレーズが流れるけど、誰の曲か思い出せない。“got to get away” “gotta gotta gotta get away”でググってみたらストーンズ(“Out of our heads”)だった。うーむ、頭の中ではミック・ジャガーの声で再生されていたわけではなかった。

    中央キャンパス2号館前のイチョウ並木の写真を撮っておいた。けっこうな数の観光客がいて、みんな写真撮ってた。

    昨日の夜、なぜかウィキペの「克美しげる」の項目を読みながら、火曜サスペンス劇場のようだなとか思った。なんでそんなもの見てたんだっけと思ったが、たぶん筒美京平死去のニュースから巡り巡ってそこにたどりついたんだろう。たどりついたらいつも雨ふり。

    「ハングリーバード」ってのを考えた。怒ってないの。代わりにめちゃ腹減ってる。…とここまで書いてから試しにググってみたら、そういう名前のゲームがあることを発見した。実在すんのかよ!

    「格闘技を習ってホームセンターで働いて裏で弱い人のために戦う人生を歩みたい」 わかるわ(ry 俺も必殺シリーズみたいに、表向き姑に婿殿!とか叱責されて肩身が狭いんだけど、裏稼業では得意の解剖技術で的確に脊髄を撃ち抜いて世の悪人を闇に葬ってみたい。(<-混ざっとる)

    西18丁目の保健所に書類を提出しに行ってきた。帰りはミニ大通公園の遊歩道に沿って植物園の裏に出たらなんかすげーいい感じだったので撮影しておいた。



    Primal Screamの初期のライブ映像ってのを見たら、"Treasure Trip"のギターのカッティングがまるでTomorrowのようだった。なんだっけこれ?と思って探してみたら、“Shy Boy"だった。つかサビもそっくりじゃね?さっそく"Treasure Trip” "Shy Boy"でググってみたが該当する記載が見つからなかった。世界初の発見を主張しておきたい。

    キース・ムーンがハイハット使わない話、昔の映像で確認してみようと思って1967年のBeat Clubの映像を見てみたら、たしかにハイハット開きっぱなしで使ってる形跡がないんだけど、2:16のあたりで一瞬叩いてる。本日伝えたいのはそれだけです〜

    ラストチャンスなので北大植物園に行ってきた。混んでるかと思ったらガラガラ。いい天気でゆっくりできた。扇状地の先にあるので湧水池(メム)がある(図1)。ハルニレ(エルム)の林(図2)。オオタカネイバラの実(図3)。


    「〽今日の仕事はつらかった〽あとは〽ストロングゼロをあおるだけ〽」(reprise)


    2021年01月26日

    「フジツボ、ブタにゃん、キツネ」(さうして、このごろ2020年9-10月前半版)

    「チーローリアーン」ってAMラジオでさんざん聴いたよなと思って探してみたら、youtubeで見つかるどころか千鳥饅頭総本舗が昔のCMコーナーとか作ってた。実家がメリヤス工場でクーラーがあるのが仕事場だけだったので、夏休みとなると夏休み子ども電話相談とか聴きながら仕事場でゴロゴロしてた。

    ついにコバエを殲滅できたっぽい。コバエホイホイを新しく追加してももう捕まるやつがいない。「物陰にアースジェット」「至近距離からアースジェット三段攻撃」などの技法を開発してここまで来た。端的に気温が下がったからとも思うが。ここにアースジェッター吉田の名を返上したいと思う。

    「フジツボ」を「フジツヴォ」と発音する練習をしておいた。この技法が役に立つ日が来るときに備えて。


    サマースクール最終日のzoom飲みが終了した帰り道、松葉杖をつきながらイチョウ並木を歩いていてふと見上げたら、昨年の葉が落ちずに残っているっぽいものを見つけた。見回してみると同じような黄色い葉は他の木にも見つかった。まるで俺の人生のようだった。(<-そういうの要らない) ともあれ記録。


    アマプラに「新しい日の誕生」2814が入っている(ただし1-6曲目までだけ)ことに気がついたのでさっそく聴いてみたら「悲哀」がいちばん良かった。ヴェイパーウェイヴ的意匠をまとったアンビエントって感じ?こっち方面、ちょいちょい見つけては聴くのだけど、いまのところまだドハマリはしてない。

    “13th Floor Elevators - May The Circle Remain Unbroken” これ映像も相まって最高にサイケデリックで大好きなのだけど、違法アップロードなのでリンクしなかった。でもいつのまにかライセンス表示されるようになったので、実名アカでリンクできるようになった。


    「薬の名前のタイトル曲リスト」ってのを思いついた。いちばん気に入っているのはSebadohの"Dramamine" (酔い止め)なんだけど、他が思いつかない、というかたいがいドラッグになってしまう。'Heroin"とか"Cocaine"とか。"Tylenol"とかあってもよさそうなのに。ググって"Halcion"ってのを見つけた。

    野付半島を知った。なにこれ、キーウェストかよっていう地形に惹かれた。レンタカーに自転車積んで行ってみたい。海水面上昇で消えつつあるというのを読んで、これは早めに行っておくべきだなと思った。花が見ものなようなので、来年の6-8月あたりで。

    「ブタにゃん」ってのを考えた。ブタなの。ネコじゃない。ニャンニャン。

    入院前に髪を切ったのだけど、白髪が中途半端に交ざって、短髪のゴマ塩頭で、スクールウォーズ時代の名古屋章みたいになってきたので、つい気の迷いで白髪を染めてしまった。そんな自分の自意識が恥ずかしい。(<-ファクトチェック:スクールウォーズ時代の名古屋章は白髪ではない)

    「ハートのエースが出てこない」から間奏を挟むと、どうしても「北酒場」になってしまう。(<-昭和トーク)


    生協食堂に行く途中でリスが木の実を持って飛び跳ねているのを見かけて、おー、なんか北米っぽいと思った。帰り道では中央キャンパスの駐車場をキツネが歩いているのを見かけた。おー、なんか北海道っぽいと思った。建物の隅に隠れたところの写真。痩せ細っているようすだった。


    2021年01月23日

    「ちのいろ、わが放浪、針尾送信所」(さうして、このごろ2020年8月版)

    ザリガニ釣りとか行ったなあ。生ぬるい浅い池で、子どもが夢中になって、でもあれがどこだったか、ぜんぜん場所の記憶がない。たぶん俺はあそこにいたはずなのだけど、あの浅い池に足を踏み入れた生ぬるい水の感じとかは覚えている気がするのだけど、あのとき、俺は一体どこにいたというのだろう?

    アースジェッター吉田、アースジェットにつづいて、アース製薬の「コバエがホイホイ」も投入して、アース製薬の回し者に。効果てきめんで、3日で台所でコバエを見なくなった。やったか?(<-フラグ)

    「ちのいろ赤血球」というフレーズを考案した。繰り返しでポエジーが宿るかどうかの検討。(<-ポエジーって何?)

    北大通りの酔っぱらいがうるさい。フォッフォッフォッ、元気があってよろしい。(<-でもうるさい)

    ヨックモックのシガールはハラールだという知識を得た。


    昨日北図書館で岩波文庫から「対訳 ランボー詩集――フランス詩人選1」というのが出ているのを見つけた。わたしにとってランボーは人生を左右した重要な詩人で、見者の手紙における「詩人は、あらゆる感覚の、長期にわたる、広大無辺でしかも理に即した錯乱により、見者となる」というのはその後の人生に大きく影響した。

    後に13th floor elevatorsのトミー・ホールが1stのライナーノーツに"quest for pure sanity"と書いたときに、私はランボーを思い出しながらそれを読んだものだった。だったのだけど、今からフランス語を勉強しようとも思わないので、本棚に戻した。

    でもけっきょく我慢できず「対訳 ランボー詩集」借りてきてしまった。さっそく「わが放浪Ma Bohème」をどう訳しているか見てみたら、Oh ! là là !が「いやはや!」となってて、16歳のランボー青年にはなんかそぐわないなあと思った。ちくま文庫版の訳を確認したいがいま手元にない。


    このブクマにある「OOくんパパ」「OOくんママ」はたしかによく使った。ソフトボールのチームでお手伝いしているお父さん同士での会話とかだと、OOくんも下の名前しかわからないので、そもそも名字で呼ぶことが出来なかったりする。

    ついでながら、子どもができてから夫婦で「お父さん」「ママ」と呼び合うようになったが、それは子どもの呼び方を共有しているんだと思う。その証拠に、私は自分の母親を「ばーちゃん」と呼んでしまう。それは、私の母親は、私にとっての母親というよりも、子どもたちにとってのばーちゃんだからだ。

    いま、子どもたちが大きくなり、つぎつぎと家を出ていく段階なのだけど、それによって、この感覚はまた変化するのかな、と思う。


    「道路を方角ごとに塗り分けると、その街のでき方がわかる」(DPZ) これ大好き。札幌中心部の図を見ると、札幌駅から北東へ斜めに走っている道(元村街道)があるが、これも歴史的に古いから。これについては以前書いた

    広域図では琴似が函館本線と平行になっているけど、そのなかでぽつんと発寒だけ違う向きになっている。ウィキペに「発寒地区中心部の道路は当初、札幌市の中心街と同様に南北の碁盤の目状に建設されたが、後に幹線道路や鉄道に沿う形で発展していったため」とあった。

    発寒の北西にある旧中の川も南北に走っている。これは以前RSRの会場を見にカーシェアで出かけたときに見つけた。さらに札幌の地図を北西に進むと(これはDPZの記事には載ってない) 、手稲駅あたりも南北に道が走っている。ていねっていねっていねーに描くと(ry

    創成川が途中で線路のポイントみたいに斜めに切り替えしてるところも味わい深い。つまり北12条通りから北18条通りまで1kmかけて、東1丁目通から西2丁目通までのワンブロック分を切り返している。理由は解明できず。ともあれここが寺尾堀として明治3年完成したことを知った。北海道開発局

    ついでに東京の古地図とかを調べていたら、地理院地図で昔の航空写真を見ることができることを知った。1936-42頃の地図洲崎球場を探してみたら、それっぽい扇形が見つかった。解体後っぽいが。


    牛乳の賞味期限が近づいていたので、フルーチェを作ってぜんぶ食べた。子どもたちと一緒に住んでいた頃はこうではなかったな、とか思いおこす。

    Wired記事: 「人間がクルマをつくっていると思っているけれど、本当はクルマがわたしたちにつくらせている」「人間は明らかに、嬉々としてモノを増殖させています。これは人工生命で、わたしたちは気づいていませんが、その繁殖はすでに始まっているのです」 これは面白い!

    針尾送信所のストリートビュー。これいいな!俺がメジャーデビューしたら、アルバムジャケットにはこれを使いたい。

    曜日がタイトルに入っている洋楽。私も好きな曲でリスト化してみよう: Blue Monday (NO) / Ruby Tuesday (RS) / Wednesday Morning, 3 A.M. (S&G) / Thursday (Country Joe & The Fish) / Get Em’ Out By Friday (Genesis) / Book of Saturday (KC) / Sunday Morning (VU)

    放課後ていぼう日誌を観ていて、ずっと前に子どもたちを連れて潮干狩りに行った日を思い出した。調べてみたら10年前だった。その日は奥さん休みで私が子供連れて行く日で、潮干狩り行って砂抜きして次の日に酒蒸しとあさりパスタを作った。たぶんあれが人生で最後の潮干狩り。


    2020年12月07日

    「オブリガード、蝉の声、アースジェッター」(さうして、このごろ2020年7月版)

    (7/14) 寒い時期は遮光カーテンを閉めっぱなしにしていたが、開け放ったら開放感がすごい。西5丁目樽川通の向こうに北大病院の駐車場があって、街灯が照らす範囲には車が一つも見えない。

    札幌に来たタイミングが雪の時期だったせいか、あちらのほうがデフォルトで、雪のない今が特別な状態のような、冬の街を今の街に重ねて見ながら、あの雪はどこに行ってしまったのか、COOPに行くのすら一大決心して出かけたというのに、なんだか当てが外れたような、そんな気持ちになったりする。


    (7/15) 「人間知序論I」の吉田担当講義はぶじ終了。講義終了後いろいろ後片付けを終えて2号館から出てみたら、夜の草の匂いが濃厚で、なんか圧倒されたので、スマホカメラで写しとっておいた。



    「ありがとう」って言うふりして「オブリガード」って発声してみる、っていう技法をずっと暖めているのだけど、実演する機会がない。

    大学生の頃、わたしもショーン・ライダーみたいなジャケット着て、ツーブロックにして前髪かきあげたいと思って、当時行きつけの美容院でその話振ったら「ツーブロックは刈り上げ部分をこまめに揃えないとかっこ悪いですよ」って言われて、俺には無理だと諦めた記憶がある。

    んでいまyoutubeのPV見直したら、ショーン・ライダー、ツーブロックじゃないじゃん。(<-イピイピヤイヤイヤイ!)

    Yndi Haldaの"We Flood Empty Lakes"がYouTubeからも聴けるようになってた。iTunes上に自分がこれまで聴いた曲の回数が記録されてるんだけど、 2009年から今までで、この曲聴いてる時間がいちばん長い。そのくらい好き。ひたすら祈りが高まってゆく感じなの。


    「北海道開拓の村」まで自転車で行ってきた。敷地がデカくて、一回りするだけで2時間かかった。お客に若者が多かった。たぶんみんなゴールデンカムイの聖地巡礼(私を含む)。写真は鶴見中尉が座ってた椅子(旧松橋家住宅)と例のラッコ鍋をした囲炉裏(旧樋口家農家住宅)。



    今日は再開した札幌市中央図書館まで自転車こいできた。南22条西14の交差点までやってくると藻岩山が近づいてくる。ここは市電車庫の前で、ドえらくたくさん電線が走っているのが風情があるので写真を撮っておいた。


    帰りに市電の線路と分かれる南1条西15で市電を撮影した。なんか昭和感ある町並みだったので、グレースケールにしてみたが、よくよく見たら2020年でないとありえないものが写っていた。


    洗濯物を部屋干しして、部屋の灯りを消して、窓を開け放って、北大通りにたまに車が通り過ぎるのを見ながらこれを書いてる。なんか静かだなあと思ったら、蝉の声がまったく聴こえないからだ。そういえば大学構内でも蝉の声を聴いたことがない。

    ウィキペでこういう記述を見つけた:「北海道ではエゾハルゼミのほかにエゾゼミやコエゾゼミも生息するが、これらのセミもやはり森林性のため、北海道の市街地では一年を通じてセミの鳴き声はほとんど聞こえない。」

    静かだってことは、オケラの鳴き声(「ジー」)もまったく聴こえないということか。岡崎とはずいぶん違っている。


    バナナを追熟させるために食卓にバナナを置き続けていたら、コバエが発生してしまった。パスツールの法則間違ってない?

    それはそれとして、対策するためにめんつゆトラップ(洗剤入り)を作って食卓に仕掛けておいた。いま最大の懸念は、明日の私が「なんだっけこれ?」とか言って飲むこと。


    「万有引力」の「万有」っていったい何よ?と思ってググってみたら、"universal gravitation"だった。じゃあなにかい、"universality"は「普遍性」じゃなくて「万有性」かよ、ってそれはそれでカッコいいな。万有製薬!


    「新宝島」の手稲ネタは道民なら手稲のイントネーション(テ(↑)イネ)からして間違えない、という証言(2017年の記事より)。ついでにググってみたら「道産子は三音の地名を、真ん中を上げて発音します…「お↑た↓る」「こ↑と↓に」」道民への道は遠い。

    ちなみに愛知県岡崎市のイントネーションも標準語での人名とかで使われる「お↓か↑ざ↓き↓」ではなくて、三河弁では「お↓か↑ざ→き→」(ももクロ」「手羽先」と同じ) (ソース) 当分は使いこなせなかったが、次男のソフトボールの付き合いなどでだいぶ上達した。

    JR千歳線の車内自動放送では「て↑い↑ね」と読むので私はすっかり勘違いしていた。しかしこれは道外イントネーションとのこと。さきほどの記事でも批判されている。

    ついでに「NHKアクセント辞典 "新辞典"への大改訂(5) 日本地名と「地元放送局アクセント」~積年の課題に解を求めて~」という記事も見つけた。これ見て思ったけど、自分が住んだことないところのアナウンスって俄然どうでもいいな。(<-ヒドい)


    コバエ対策にめんつゆトラップを作成したが、みなさんトラップの周りで井戸端会議してやがる。ブチ切れたので、ホーマックまで行ってアースジェット買ってきて、トラップ周りをジェットした。だいぶ効きめあったが、まだ1-2匹残ってるっぽい。殲滅するまではアースジェッター吉田を名乗ることにする。

    飛んでるコバエにアースジェットしてもまったく問題にされてないので、あいつら俺の殺意に気づいてもいないっぽい。我々人間が歩いている先に壁があったとしても壁に殺意を感じないのと同じで。つまり、時間と空間のスケールが合ってないと、殺意を含めたコミュニケーションは成り立たないのだな。


    自分はむしろ「如何にして善く死ぬか」に目が向くので。これは何かの価値に殉ずるという意味ではなくて、生物として生まれ死ぬだけのことなのだけど。

    なにかをやり遂げて死にたいというわけでもなくて、志半ばでいいのだけど、でもたとえば、自分の子供が車に轢かれそうになったときに、躊躇せず身を挺することができたら、とか夢想する。

    「なにかの価値のために殉ずるという意味ではない」と繰り返した上で、意図を持たずに自然と体が動いたことによってなされる聖性(ベイトソンの聖なるもの、もしくは禅で出てくるような)、そういうものを心の拠り所にしている、という側面はある。


    積んでた「地図の中の札幌」ちょっと読み進めた。なんつうか、文章が簡潔で達意でいいかんじ。ちょっと読み進めただけで、創成川が大友堀として開拓者によってかなり早い時期に作られたこととか、大通が北側の官庁街と南側の民家とを分ける防火帯だったとか、重要な知識がするすると頭に入ってきた。

    「地図の中の札幌」読み進めていたら、大正5年の地図に天使病院(北12条東3丁目)がなにもないところにポツンとあることに気づいた。ホーマックに行くときに通りかかるので、名前的にキリスト教系の病院なんだろうなあとは思っていたが、いま調べたら1911年に開設されたそうだ。

    あと、明治29年に札幌にあった屯田兵司令部が第七師団となり、これが旭川に完全に移転したのは明治35年、って書いてあって、おお!鶴見中尉!とか思った。(<-現実とフィクションの区別が云々)

    「地図の中の札幌」読み進めていたら、昭和30年くらいの地図で、JR桑園駅から北大構内まで引込線が出ているのがあった。当時北大は石炭の大口顧客だったことが理由らしい。地図によると、引込線は工学部の裏を通り、今の北図書館とかフロンティア応用科学研究棟あたりに入っていた模様。


    住んでるアパートから北大通りを隔てて北大病院の駐車場が見えるのだけど、この北大通り=西5丁目通り=電車通りは以前市電鉄北線が走っていた

    それは知ってたけど、地下鉄南北線が札幌オリンピック直前に開通したのと同時に市電が廃線になったと知って納得いった。つまり、今の南北線が走っている道路は、市電の走っている広い道路よりも1ブロック東を平行に走っている。それに違和感を持ってたのだけど、つまり、市電を稼働させたまま、その隣の道を工事して地下鉄を作っていたからなのだな。たぶん。それが証拠に、両者は麻生で合流する。


    2020年11月28日

    「ポプラの綿毛、どーもくん、マインスイーパー」(さうして、このごろ2020年6月版)

    (6/9) 今日は北大の校内を綿毛が飛びまくってる。調べてみたら、ポプラの綿毛だそうな。下の写真は北大内を流れるサクシュコトニ川で、川面に白い綿毛が吹き寄せられている。それ以外にも大量に風に舞っているのが見える。私のzoomのvirtual背景は今日からこの動画に変更した。


    昨日まで気温14度くらいで涼しかったのが今日は25度まで上がったのでこのタイミングで一挙にきたらしい。北大の目抜き通り(ポプラ並木)の道脇にも、こんなふうに白い綿毛が吹き寄せられている。


    現在のサクシュコトニ川は復元されたものだが、北大からさらに上流をたどっていくことができる。北大クラーク会館の南に清華亭という古い建物(写真)がある。


    その隣の偕楽園緑地をたどり、途中ラーメン二郎と線路を越えると、伊藤邸跡のタワマンの敷地内に水源(湧水=メム)がある。私有地なので中には入れないが。

    その道路を隔てた南側には北大の植物園があって、こちらはまた別の川(セロンペツ川)の水源なのだけど、植物園はコロナ以降閉園になっていて入れない。外から覗いてみたら、白い花がたくさん咲いていて、甘い匂いがしていた。

    Google mapの航空写真を見たら一目瞭然だった。ラーメン二郎のすぐ西から、細い川の名残りがぐるりと210度くらい回って偕楽園緑地に流れ込んでいる。メムも線路を越えてすぐ、タワマンの北東あたり。

    この機会にいろいろ歴史を調べてみた。Wikipediaにあった1891年の地図をみると、清華亭と偕楽園が記載されていて、湧水地は線路の南にある。

    この地図(1891年)の段階では北海道大学はまだ札幌農学校の時代で、いまの北大の敷地には「農学校付属農園」と書いてある。札幌農学校の本体は時計台のところにある。調べてみたら、1903年に札幌農学校はいまの北海道大学の敷地に移転している。

    「今昔マップ on the web」の札幌市のところを見ると古い地図を見ることができる。1916年の地図では敷地はサクシュコトニ川の南までで、名称も(東北帝国大学)農科大学となっている。北海道帝国大学になったのは1918年で、1935年の地図では大学病院が現在の場所に出来てる。

    この機会にもう少し調べてみたけど、札幌の古い地図は「北海道大学北方資料データベース」にいくつかある。ここまで調べたところで「地図の中の札幌: 街の歴史を読み解く」(堀 淳一)という本を見つけた。札幌愛を高めるために読んでおこうと思う。

    もひとつ地図ネタで興味あったのが、大覚寺あたりを斜めに走っている道路。札幌は基本碁盤の目なのにこの道(花畔札幌線)はそれを無視しているから古い道なのだろう。Wikipediaを調べてみたら、明治初めに作られたとのこと。途中にある本龍寺は安政に開山。明治以前の札幌に興味を持った。


    「にりくにつといとくこいこつ」を思い出した。中1と高3に眼底出血でそれぞれ2週間くらい入院したのだけど、視力検査で提示されるのがこの文字列。いつも同じやつだから覚えてしまった。あれから再発する日が来るのを恐れていたけれど、なにごともなく30年以上が経過した。(<-フラグ立てるな)

    「…」「お別れ会で 花を渡した」「団地の下で 手紙を書いた」「土に 埋めた 鍵を 探す」「今も 眠る 口を 閉ざす」「起きる 笑う 腕を 伸ばす」「歌を 歌う 鐘を 鳴らす」「…」

    意味もなくWikipediaで「どーもくん」の記事を読んでいたら、「機嫌が悪くなると強烈なオナラをする。」という記載があって、「その設定、要る?」と思わずツッコんでしまった。

    3時くらいになって雲が厚くなって、空が暗くなり雨が降り出した。雨雲レーダー見たら一過性のものらしいので外出せずに作業をしていたら、5時くらいですっかり雨は止み、雲は通り抜け、日が照っている。一昨日も一過性の雨だった。これが「蝦夷梅雨」に該当するものだろうか?


    いろんなことをわざとごちゃまぜにして考えてみると、世の中のことはたいがい「弱い因果のネットワーク」で、いざある部分だけ見ても制御できないし、責任とか原因とか言われるようなものは分散している。われわれは認識はそのような局所ではなくて、ちょっと引っ張ったら共倒れになる連鎖を見てる。

    そういう連鎖を遠くからピンぼけにして見るならば、世界は必然のように動いていて見える。逆に局所に焦点を当てて見るならば、そこから見える世界がぼやけてくる。


    (6/23) 廊下を歩いていたらちょうど日没の瞬間だった。19:05くらい。夏至が6/21だから日が長いのも納得だった。


    人生やり残したことがあるとか、死んでも死にきれないとかそういうのはとくにないけど、2035年9月2日の皆既日食には立ち会えたらいいなあと思う。あと15年って気の遠くなるような未来に思えるけど、15年前が2005年であると考えると、たぶんあっという間に過ぎ去ってしまうのだろう。

    久しぶりにテレビがある環境なので、テレビを点けてみたが、とくに観たいものがない。しかたないので「おしりたんてい」を観ることにした。


    「研究とはなにか?」の説明図で、円の中が既知で外が未知で、実際の研究とは、その円弧をほんのちょっと広げることなんだよ、ってのがあるよね(“The illustrated guide to a Ph.D.”)。

    あれをマインスイーパーで説明できないかなと思った。理詰めで広げてくんだけど、運頼みのところは多い。うまくいくと大きく領域を広げることができる。

    マインスイーパーの例は学生向けの説明にいいかなと思ったのだけど、いま調べたらマインスイーパーはwindows 10には標準搭載されてないということを知った。それじゃあ意味がない。


    2020年11月07日

    「フキノトウ、マーモット、胃ゾンデ」(さうして、このごろ2020年4-5月版)

    (4/14) 北大はすっかり雪が融けて、銀杏並木の道の雪の下から現れるのは、落ち葉と銀杏で、秋がそのまま春にワープしていることがわかる。まさか春の代名詞が解凍された銀杏の匂いだったとは。中央キャンパスの駐車場横も雪解けして、こちらは落ち葉の間からフキノトウが出てきた。


    (5/13) ちょうど一ヶ月前に写真を撮ったときは、ふきのとうが出てるところだったけど、ほぼ同じ場所の写真がこれ。花の部分はほぼ終了して、葉柄から大きな葉がどんどん広がっている。


    先日の夜、水を補給しにディナーベルに自転車で向かったら、なんかすげえいいかんじの春の空気で、もうこのままどっか遠くまで行きたいって思ったけど、自分を説得して、水2L2本と半額お惣菜を買っておとなしく帰ってきた。

    あれはいつだったろう、浪人時代だろうか、夜に自転車で出てみたら、やっぱりこんなかんじのいい空気に胸躍らされて、曳舟から水戸街道を東進して、千葉県に入って車も無くなったあたりで24時もとうに越えて、すっかりテンションが落ちて、引き返して丸八通りの見知らぬラーメン屋に入って帰った記憶。

    当時はものすごい大冒険だったような気がしていたけど、いま距離を測定してみたら、たった18kmだった。ママチャリだからたぶん往復で3時間くらいかけたのだろうけど。


    こちらがマーモット。こっちがマーモセット。違うでしょ?何も違うでしょ?音がだいいち違うでしょ?音が違うから当然名前も違ってくるでしょ?

    マスクが入手できないので、持ってる赤いバンダナをマスク代わりにしたら、変装してる不審者になったので、街に行くときは使えないと思った。

    今日はカツゲンの1L入りを買った。ますます道民らしくなってきた。


    いまの居室は空調がリモート制御で12時前、17時前、21時前に強制的にオフになる。そのため、集中して仕事をしていると、いつのまにか暖房がオフになったままで部屋がすっかり寒くなっているなんてことを繰り返した。

    でも最近は感覚が研ぎ澄まされて、暖房がオフになる瞬間に気づけるようになった。つまり、暖房の音はふだんは意識に上っていないのだけど、オフになった瞬間にそれに注意が向き、ポストディクションによってオフになった瞬間の音変化を意識するという説明。この「気づく前の暖房の音」ってのが面白い。


    好きなコードその1。スカボロー・フェアの出だしのカポ7フレでX04030というやつ。むりやりコード表記するならA5(11,13)というべきか。AドリアンなのでAm(omit 3rd)でテンションがb13ではなく13になってる。

    好きなコードその2。Vapour Trailのイントロの979900というやつ。イントロは全部1,2弦が開放のシューゲ王道のやつ。コード表記するならE5 on C#とというべきか、C#ルートで解釈するならばC#m7(omit 5)ってわけわからなくなるので。


    いつだったか思い出せないのだけど、なんか行き止まりの電車の駅から坂に向かって歩くと、左に折れたところに商店街があって、そこでレコード屋に入ったら13th floor elevatorsのリイシューCDボックスがあったから買おうかと逡巡した記憶があるのだが、あれはBrightonだっただろうか?

    ここまで記憶だけを頼りにして思い出した上で、google mapで調べてみたら正解だった。Trafalgar Stから右に入ったいくつかの小路だった。たぶん2012年7月のASSC。これは俺にしか意味がないが、浮上してきた記憶を大切に保管しておく。

    そういうスナップショットみたいな記憶の断片がいくつかある。フロリダでのVSSでコンド借りてみんなで泊まったのだけど、なぜか早起きして誰もいない、独特の入り組んだ道を辿りながら、海まで出ようとして、でも出れなかったときの中央分離帯とか。


    岡崎の西友前のTSUTAYAは昔は地元系のレコード屋で、駐車場の壁に"Music spin me round"って書いてあって(うろ覚え)、80年代かそれより昔から営業していたことが忍ばれる。CD販売のスペースは以前はワンフロアまるまるだったのに、いまはレンタルCDとレンタルコミックに押しやられ1/4となっている。

    発売されたばかりのブンブンサテライツの1stをここの試聴スペースで聴いて即買いしたのを覚えている。視聴できるスペースが各音楽ジャンルごとにたくさんあって、私が知らない音楽がたくさんあると思った。いま急速に無くなりつつある光景だから、私自身があの空気を忘れないように記録しておく。


    ここのやりとりが面白い。これを見て思い出したけど、音楽聴くと必ず聞こえる「チッチッ」って音(はじめてそれを意識したのは井上陽水の「断絶」)の正体がわからなくて、それがクローズド・ハイハットの音だと知るためには、ドラムセットの構成を理解する必要があった。

    ここまで書いてから井上陽水の「断絶」(曲の方)を再聴してみたら、左チャンネルでクローズド・ハイハットの音とアコギのコード弾きが重なっていて、しかも2番ではフェイザーがかけられていてサイケなテイストになっている。自分にとっては初めてのサイケな音だった(「リボルバー」より前に聴いてた)。

    中学生の頃に聴いた岡林信康の「自由への長い旅」のイントロのギター(大滝詠一が演奏している)がすごいいい音で、自分でギターを弾いてもぜんぜん再現できなくて、コードの押さえ方か、ギターに秘密があるのかと思っていたけど、けっきょく鍵はコンプのかけ方だということをだいぶ後になって知った。

    「自由への長い旅」のイントロのギターについては、たしか「サウンド・クリエイターのための、デジタル・オーディオの全知識」 に大滝詠一との対談があって、そこで言及されてたはず。図書館で読んだ本なので現物を確認できないけど。

    リンゴのドラムの音(たとえばRainとか)はリミッタで潰してあの音になっているのだけど、それは自力で解明した。中学生のころ宅録のために使っていたラジカセでマイクのゲインを上げると、アナログでリミッタがかかったみたいになるので、ゴミ捨て場から拾ってきたスネアでそれっぽい音を作ってた。


    コルトレーンの至上の愛の“Resolution”を聴いていたら、ベースソロのあとでサックスが入ってくるところで(0:21あたり)、その0.5秒前くらいから左チャネルでサックスの音が小さく聞こえるのに気づいた。これってマスターテープの段階で裏移りしてると理解してたけど、この現象、調べても見つからん。

    昔カセットテープで音楽聴いてたときによく経験した。プログレとかだと、静かなところから急に音が大きくなるところがあるので。録音テープは巻いてあるから、大きい音が入っているとそれが1周前に写ると理解してたけど、そもそもそんなこと起こるのだろうか?調べてみたけど見つからなかった。


    解析が終わらないので、気分転換のために体動かそう、キャッチボールとかしてえなあ、とシャドーピッチングしてみた。そしたら右手の人差指と中指の指先がなんか腫れるような感覚が。遠心力で指先の毛細血管が拡張したってことなんだろうけど、こんなこと人生で初めてだったので、加齢を実感した。

    「胃ゾンデ」っていいよね。「ゾンデ」だけでもそうとうキテるのに、それに「胃」付けて「イ・ゾンデ」って、音韻的に、胸がキューってなるね!

    会議終了したら自転車でどっか気晴らしになる場所に行きたいと思うのだけど、札幌ではまだ開拓できてない。東京なら荒川堤防だし、岡崎なら矢作川堤防だった。どうやら私には川と堤防が必要らしいのだが、豊平川は絶妙に遠い。

    報告会が無事終了して、買い物行ってきて、家に帰ってきたら爆睡。スッキリ目覚めた。レジリエーンス!


    2020年09月28日

    pooneilの膝改造日記

    [第1日目] 先月ジョギング中に左膝を痛めて歩けなくなって、MR撮ってみたら左膝の前十字靭帯が全断裂していることがわかったので、再建手術を受けることになった。今日(9/7)から入院で明日が手術。9月23日退院予定。ネットは使えるのでここに記録しておく予定。

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    手術の概要はこのあたりにあるけど、

    ざっくり言って、どっかから靭帯とってきて、骨に穴開けて靭帯通して、ボルトで留める(<-ざっくりしすぎ〜)。術後すぐは神経ブロックと尿カテーテルで移動不可だと。もう脱走したくなってきた。

    病院の説明によると、術後一週間は車椅子か両松葉杖で体重かけずにリハビリ、一週間後あたりから体重をかけながら歩く練習、退院前には片松葉杖で歩く練習、とのこと。先は長い。運動できない分肥満に気をつけないといけないが、コロナで外出禁止なので、間食買いだめしてきた。

    病院食はちゃんと量はあって、でも塩分控えめな感じで健康的だった。もしかして間食せずにこれだけ食べればダイエットになるんじゃねーの?

    ほんとうは内容的にはFBに書いたほうが、旧友への近況報告になってよいのかもしれない。でもFBだといちいち「悲しいねボタン」とか押されるのも気がひける。そういうわけで、我が心の故郷であるtwitterで続けることにした。スルー気味にウォッチしておいてください。

    手術前の検査がだいたい終わったので、仕事ができるようにセットアップした。MBPのバッテリーが膨らんできてヤヴァいので、キーボードとマウスは外付けを使ってる。はっ、これってもしかしていわゆるワーケーションなのでは?(<-チガウ)


    [2日目] 毛剃り完了。いま栄養液の点滴が始まった。手術は14時から。

    手術無事終了。予定通り14:00スタートで、16:50あたり終了とのこと。

    全身麻酔の経験が面白かったので、メモっておく。手術室まで歩いていって、手術台に乗り、麻酔科医の先生と会話しながら(こちらが研究者なの知ってる)、「いまレミフェンタニル入れましたよ」「ああこれで鎮静ですね」「はい、ではこれからプロポフォール流します」「ああたしかに冷やっとしますね、そういえばプロポフォールって懸濁液なんで」というあたりで意識が無くなってた。意識が消える瞬間がわかるのがすごい感覚。

    次に目覚めたときは手術室で、はい、目覚めました、みたいなのが聞こえて、わたしもとっさになにか喋った気がするけど、憶えてない。エレベーターに乗せられて、自分の部屋まで連れて行かれて、ベッドの上に載せられるのとか、ぜんぶ憶えているのだけど、たぶんまだしっかりとは目が覚めてない状態。

    よく全身麻酔は睡眠とは違って時間が経過した感覚はあまり無い、というけど、たしかに睡眠のあとのような時間経過感はない。かといって、目をつぶって開いたら術後だった、みたいな一瞬の経験というのとも違う。なんとも表現し難い不思議な感覚。

    それの理由は、プロポフォールが切れて目が覚めたとはいえ、まだ覚醒しきってない状態が当分続いたからで、じっさいに家族や同僚にスマホからメールを打ったのが18:00くらいなので、60分くらいはまだ目覚めきってない状態が続いていたものと思われる。(術後にTwitterに書き込んだのは18:10)

    この時間帯の経験についても記録しておく。ベッドに戻ってきてすぐは、硬膜下麻酔と神経ブロックが効いているので、膝の周りは全く痛みはない。というか触覚自体がない。その先の左足首と指のみが触覚、というか感覚のみがあって、まだ動かすことはできない。つまり、左足先のsense of agencyはないけど、body ownershipはあるような状態が続く。そこから60分たって、いまは左足首と指が動かせるようになり、スネや膝も固定されているのがわかる。


    [第3日目] 昨晩は痛みは出なかったのでよかったが、尿カテーテルがなんか違和感であまり眠れなかった。主治医の説明によれば今日から痛みが出るかもとのこと。麻酔科医の説明によれば神経ブロックが切れるのが24時間なので。リハビリは明日からで今日は安静にする。


    [第4日目] 昨日は昼から微熱が出た(37度後半)。医師によると手術後に熱が出るのはよくあるとのこと。膝は痛みが出ないのでこのまま行けるかと思ったら甘かった。明け方4時くらいに痛みで目が覚めて、ボルタレン飲んだけど痛みは引かず、そのまま夜が明けた。

    朝昼のロキソニンが効いたのか、昼になってやっと左足を持ち上げることができるようになった(痛いけど)ので、車椅子でトイレに行ってきた。今日の午後で抗生剤(セファゾリン)の点滴は終了。術前からライン入れっぱなしだったのがやっと外せるので、嬉しい。チクチクして微妙にストレスだったから。

    今日は3時過ぎからリハビリ第一回目。それまでに昼のロキソニンが効いて痛みが減ってくれるとよいのだけど。

    膝の痛みがだいぶ引いたので、リハビリも問題なく終了。体を温タオルで拭いて、体温も平熱に戻って、だいぶ頭がはっきりしてきた。(術後はずっと重苦しい状態が続いていたので。) 持ってきた緑本のAICの章を開いてみたが、読む気力は出なかった。来週から本気出す。(あまり出したくないが。)


    [第5日目] 昨日も熱が上がり、明け方は膝の痛みが出た。それでもちゃんと眠れたのでよかった。今日からいよいよリハビリが本番突入。午前の一時間で電気刺激や左脚のモモ上げをやって、午後の一時間で両松葉杖(左足荷重0%)の練習や脚の横上げをやった。どう考えても明日は筋肉痛。


    [第6日目] 昨晩も微熱(37度前半)が出た。膝の痛みはロキソニンでなんとかなってる。動かそうとすると角度によっては痛いが、要領さえわかればなんとかなる。今日もリハビリで左膝周りの筋力強化と両松葉杖の練習。まだ昨日の筋肉痛が来てないということは明日来るということか。

    病院は6時起床、21時消灯で、3食を毎日同じ時間(7:30, 12:00, 18:00)に摂るのだけど、確かにこれっていいなと思った。いつもは腹減って集中力切れたら14時くらいに昼ごはんは生協かセコマだったけど、午後に眠くなったりするので。この機会に朝型に移行できたらなおよいけど、そっちはわからん。

    リハビリの時間以外はずっと病室で、トイレに行くとき以外はヘッドの上にいる。気分転換に車椅子に乗って本読んだりもするが、あまり不満もない。とはいえ、外に出たい欲望が高まる情報(旨い店とか)には意図的に触れないようにしているが。なるたけ心が平穏であるように心がけている。


    [第7日目] 今日のリハビリは自主トレで脚上げ10回3セット3方向。そのあと髭剃って洗髪してさっぱりしたので記念写真。洗髪台の使い方がヘタクソでTシャツをびしょ濡れにしてしまった。体を拭いてから膝のお皿を動かす運動。左足のお皿周りが見えないことからわかるように、まだめちゃ腫れてる。

    EMSでは膝のお皿(膝蓋骨)を引っ張っている大腿四頭筋の内側(内側広筋)を刺激してた。刺激に同期させて、自力でも筋肉を収縮させる。正常側ではお皿の動きで確認できるのでカンタンなのだけど手術した側はお皿を触ってモニタしながら正しく収縮できてるか確認しながら行った。

    なんだかんだとまだ膝の痛みは出ている。ロキソニンは一日3回で一週間分処方されていて、たぶんこれ以上は長く飲ませないだろう。明後日までにロキソニン無しでも済むところまで回復してほしい。かなり気をつけて、左足に体重かけないようにしているのだけど。


    [第8日目] 昨日は頭が痛くて何もできず。熱も37度前半だったし、明け方は膝の痛みで目が覚める。けっきょくアイシングがいちばん有効で、寝る前にアイシングしてたのがぬるくなって逆に熱を持たせてしまうのが明け方4時ということらしい。


    [第9日目] 今朝も4時くらいに痛みで目が覚めたが、対策はわかったので、即ナースコールしてアイシング再開。これで十分眠ることができた。今日のリハビリではついに左足に体重1/2をかけて立つ。鏡の前で「クララが立った!」をやった。写真を取りそびれたが。

    午前中には抜糸も済ませた。写真は以下の通り。グロ注意。抜糸は局麻も無しで一瞬だった。手際が良い。そのあと3Mステリストリップで固定。俺が研究で使っているのと同じwwwとテンションが上った。(マーモちゃんは即剥がすが、吉田は人間なので剥がさない。)

    今回の手術は、ACL完全断裂の再建 + 半月板裂傷部分を削るという手術で、内視鏡を使って最小限の侵襲で行う、ネットで調べた通りの術式だった。どこから再建用の腱を持ってくるかはそれぞれのようだが、私の例では膝裏内側の腱をとった。このため、アキレス腱伸ばし的な動きにはひきつれを感じる。

    今回経験したのはよく確立した術式だったけど、それでも疼痛、患部の腫れ、尿カテーテルの不快感など、しんどいことがいろいろあった。人類の医学の発展はまだまだ不十分だなと実感した。BMIが進歩して健常人への埋め込みを実現するためには、この種の苦痛をすべて取り除く必要があるだろう。

    とくに尿カテーテル、あれは人生でもう二度とやりたくない。確かに排尿はできているけど、妙な残尿感があって、手術直後の夜に何度も目が覚めた。けっきょくあの妙な残尿感は尿ではなくて空気だったらしい。後日尿カテーテル抜いた後めっちゃ空気出た。尿カテーテル改善した人にノーベル賞出したい。

    今日も夜から37.3度となった。なかなか終わらん。


    [第10日目] 今朝も午後くらいから微熱が出てる。リハビリの方は両足立ちでのスクワットがはじまった。左右のバランスが悪い。手でサポートしての左膝の屈曲では、90度曲げたいところだが85度どまり。膝とふくらはぎがまだパンパンに腫れているので、物理的にこれ以上いかない。


    [第11日目] 昨晩はアイスノンを置いておいてもらうようにして、朝3時くらいにそれを自分で取り替えて寝たらすぐ眠ることができた。リハビリの方は膝の屈曲やスクワットの要領がだいぶわかってきた。ベッドでも膝の屈曲をするため、ベッドに腰掛けて作業するが長続きしない。


    [第12日目] 主治医と相談をして、9/23の退院ということで話が進んでいる。あいにくこれから連休なので9/20-22はリハビリもなくただ寝ているだけとなる。術後2週(9/22)から左足の荷重が体重の2/3となり、両松葉杖から片松葉杖になる。膝の装具も今使っている膝が曲がらないものから膝が曲がるやつに変わる。これらの使い方を全部教わって、その日のうちに退院ということで、かなり慌ただしくなりそう。ともあれ先が見えてきた。退院したら肉と寿司食べたい。

    膝の回復の方は、両松葉杖で問題なく歩くことができて、リハビリも日々向上している。ただし、ふくらはぎの腫れは引かない。主治医によれば、膝裏の静脈が詰まっているのかも、ということで、普段はなるたけ装具で締め付けないようにして、いろんな姿勢で膝の屈曲をするようにしている。

    ただし、膝下の外転が起こらないように気をつけてる(前十字靭帯に負担がかかるため)。膝の伸長(0度以下の屈曲)も前十字靭帯に負担がかかるらしいが、私の膝は元々健常側でもそっち方向には曲がらないようなので、今とくに問題ではないだろうとのこと。

    熱は今日も37.3度。ロキソニン続けすぎでは?


    [第13日目] 血液検査の結果、D-dimerの値が大きいとのこと。ふくらはぎの腫れから、膝窩静脈での血栓(DVT)が疑われたので、エコーで検査。もし血栓があれば、血栓が飛ばないように絶対安静で処置だったが、エコーで血栓が無いことが確認できて、とくに方針変更なし。ほっとした。

    膝の屈曲のテストも110度までいった。前回測ったとき(~1wk)は87度で、術前は120度だったので、だいぶ回復してきている。ある一定以上曲げると膝周りの腫れで物理的にテンションがかかってくるのと、膝内側の術部(いちばん縫合が長いところ)の痛みが出てくるので、その手前で止める感じ。


    [第14日目] ふくらはぎの腫れの対策のため、昨日はベッド上では装具を外して、膝の曲げ伸ばしをしてみた。これが奏功したらしく、今日のふくらはぎ周りの測定では2cm減で右と同じ程度になった。(でも筋肉の減少も加味する必要あり。) 膝の腫れも引いて、お皿の形が見えてきた。

    上記の術後5day(第7日目)と比べると、そこから一週間でだいぶ腫れが引いたのがわかる。


    [第15日目] 膝とふくらはぎの腫れがだいぶ引いて、膝の屈曲もがんばらなくても90度をキープすることができてる。もうふつうに片松葉杖で歩けるだろう?と思うけど、指示通り両松葉杖で歩行している。腫れが引いてみると、術後の13日で左足の筋肉がだいぶ落ちているのを実感する。

    「六花亭の喫茶」ってさんざん通りがかったけど行ったことないな。北大の北20条門近くに「北大エルム店」があるけどここは喫茶がない。札幌駅南口の「札幌本店」はテナントのヤマハミュージックにはなんどか行くのだが、喫茶に行こうと思ったことがない。退院したら行こう。


    [第16日目] 今日から膝の装具が、新しいコンパクトで膝を曲げられるタイプになった。いままでは膝固定用でかさばるわ下にずり落ちるわで、装着するのがが億劫だった。新しい装具なら片松葉杖も問題なくできる。これなら日常生活に問題なく復帰できる。いよいよ明日退院。

    とはいえ、新しい装具でもけっこう締め付けっぱなしになるので、移動時だけ装着して、研究室でのPC作業時は外している、という運用になりそう。ともあれこれで、中央キャンパス2号館から生協食堂まで往復する目処がついたので、ひと安心。

    今回の入院ではいろいろしんどかったけど、コロナのせいで外出禁止というのが堪えた。毎日同じ部屋からの同じ景色で、リハビリに行っても同じ景色で、隣のパン屋の煙突から出る熱で歪む空気を眺めてた。インターネットを窓にして、外に出ようという気持ちを(太陽みたいに)直視しないように心がけてた。

    それでも今は「退院したらMARUZEN&ジュンク堂書店 / 紀伊國屋書店 / トリトン / 六花亭行きてえなあ」みたいに思うのだけど、たぶん退院したらどうでもよくなるだろう。「実際にどこかに行くこと」ではなくて「行こうと思えば行けること」さえ叶えば、たぶん私は充分なんだ。(<-感覚運動随伴性?)


    [第17日目] いま最終日の診療が終わって、荷造りしているところ。これから午後のリハビリして、入院費の精算をして、これで退院。この部屋ともおさらば。毎日繰り返し眺めたカレンダーと部屋の窓からの風景。あんなに外に出たかったのに、今は、忙しい日常に戻るのが億劫な気持ち。


    退院して家に帰ってきた!家を出てくるときに生ゴミ全部処分してきれいにしてきたので、留守の間にコバエ大発生ということもなかった。今日はこのまま休みにしたいところだが、血栓マーカー(D-dimer)の値が今朝も高かったので、念のため別の病院の循環器内科を受診することになった。今日はまだ続く。

    循環器内科でエコー検査したら、ヒラメ筋の毛細血管に血栓があるということで、血栓を溶かす薬(リクシアナOD錠)が処方された。もし(エコノミークラス症候群みたいに)太い血管に血栓が見つかっていたら、入院して絶対安静だったということで、大事に至らなくてよかった。

    病院を出てみたら、すでに午後6時近くなっていて、周りは暗くなっていた。私が外の世界から隔絶している間に、この街はすっかり秋になっていたということに気がついた。L’automne déjà ! (アルチュール・ランボー)


    まだ続きはあるけど、ここまでとしておきます。


    2020年07月25日

    Snap Cameraで「盛って」みた

    みなさんリモートの会議や講義でいろいろ試行錯誤してるところかと思います。わたしはzoomを使ってますが、講義でブレイクアウトルームを使いこなすためにドタバタしてます。

    リモートで自宅からの会議、講義となると、背景が生活感溢れてしまうので、バーチャル背景とか使う。ここまでは以前から普通にやってた。でも、同僚と話していて「いろんな条件で、顔を出しにくい場合もあるし、アバター使ったり、映像加工アプリを使うのとかどうだろう」なんて話題になったので、さっそく自分で試してみた。

    VRchatでLive2Dのモデル読み込んでとか凝りだすとたいへんそう。Macユーザーなので、FaceRigは使えない。ということでいちばんお手軽なSnap Cameraにしてみた。

    yoshida20200724b.png

    とりあえず家でヒゲボーボーでも会議に出るためには、図aの"Potato"のようなネタ系でいいと思った。元々ビデオ画面を出しているのは「寝てないでちゃんと話聞いてるよ」ということを伝えることが最大の目的だと思うので。このときの実際の私は図b。

    Snap Cameraでは、いろんなフィルタ("lens"と呼ぶ)が選べるのだけど、"Remove Beard"というのを見つけた。図bの状態から、ヒゲをごっそり無いことにしてくれる(図c)。しかもよく見ると肌の色合いとかも変わっていて、SNOWみたいに「盛る」ことができるらしい。

    そこでいろいろフィルタを試行錯誤してみて、最大限「盛る」ことに成功したのが図d。お前誰だよっていうかんじ。(最大限盛るために、あらかじめ髭は物理的に剃っておいた。) さっそく会議で使ってみたが、参加者から笑いを取ることができたので満足。

    b)の状態から、d)に変えて「盛ってみましたwww」って言って、じゃあ戻しますって言ってc)に変える。これによって今は盛っている自分なのか盛ってない自分なのか、参加者にはわからないようにしてゆくってのを考えた。そう、substitutional reality (SR)のように。

    そんなこんなで、元気にやっております。(<-なにか話を畳む言葉がほしかった)


    2020年07月20日

    「倍音キング/銀河通信」(さうして、このごろ2020年1-3月版)

    今年もまだ夢らしい夢はみてないけど、今朝は気がかりだったので、頭の中でずっと「ゆうゆう窓口はいつから開く?」と問い続けていて辛かった。これが初夢といえば初夢だろうか?

    無事札幌に到着。札幌駅北口は今日もぜんぜん雪がなくてびっくりした。たまたまらしいけど、地球温暖化してない?=>「全地球的global」は大げさだろ?=>じゃあ「地球の一部」で。=>温暖化っていうけど変化を証明できるの?=>じゃあ「温暖だ」で。=>「地球の一部が温暖だった」という穏当な結論にアップデートした。

    ついにベースギター買ってしまった。Bacchusのジャズベのいちばん安いやつBJB-1R。税込み18,700円。その後ろのエレクトリックギターは23年前(結婚直前)に買ったのだけど、ギターを買うのはそれ以来。なんか感慨深い。とりあえずSaturday in the parkのリフ弾いてみた(<=ありがち)


    ハンガーラックを作ろうと思って箱を開けて説明書読んでみたら、「ゴムハンマーの使用を推奨します」とか書いてあってブチ切れ。そんなもん持ってねえし!温度湿度計を買ってボタン電池を入れようとしたら説明書に「精密ドライバーが必要です」とか書いてあってブチ切れ。そんなもん持ってねえし!

    ホームセンターで大きな荷物を買ってタクシー使って帰る。運転手さんに「愛知から来たんですが冬の運転ってどうですか」と聞いてみたら、アイスバーンどころかミラーバーンがあるよ、とかブラックアイスバーンとかホワイトアウトとかいろいろ詳しく教えてくれた。仕事でなければ冬は運転しないって。


    実家の近くを都電が走ってた頃の写真を見つけた。小林酒店があって、これは現存してる。右一つ飛ばしが今の蕎麦屋の福壽庵で、我が家で店屋物取るといえばいつもここだった。わたしはいつも親子丼を頼んでた。母親に見せてやろう。

    間奏でぜんぜん違う曲が差し込まれるみたいになるの好き。すぐに思い浮かぶのは"See Emily Play"でいきなり早回しのピアノ曲になるところとか。

    "wonderful parade~philter records compilation"ってのをずっと昔に買ってバンド名とか把握しないままに聞き続けてきたけど、2曲めのサイケ・ポップ"YOU ARE AN AIRPLANE"はつくづくいい曲だと思って調べてみたら"of Montreal"というバンドで、Youtubeで数曲聴いてみたらこれは好きだ。20年積んだ。

    大通公園をウォーキングしてきた。北大から札幌駅経由で大通の1丁目から11丁目までを辿るコース4kmちょい。たまたま雪まつりもやっていたけれど。


    「ベルファスト金山」という芸名を思いついた。なんというか自然の厳しさが滲み出る感じ。

    これ素敵だ。Processing3をPythonモードにしてこのコードをコピペすると同じものが再現できる。それでコードをいじると色合いを変えたりできる。fill(i,c,99)の99を255にしたらこうなった。


    Supercolliderでも同様にTwitterの140文字でコード書いて音楽作品作るという文化があって、このアカウントがたくさんリツイートしてる。これ聴いてるとキリがない。ほんとうはコードを解読して、使い方を学ぶのに役立てるべきなのだけど、その手前で満足してしまう。


    あたらしい場所は中央キャンパス総合研究棟2号館というところで、薬学部の隣、銀杏並木通りとポプラ並木通りの角あたり。というわけでオリンピックのマラソンコースが遠くだけど見える。


    「聴かないバンドのTシャツは着ないようにしましょう」 わかる。Grateful DeadのTシャツ着ててもたいがいDead聴いてないだろうからなあ。

    私が「Grateful Dead聴くんですか?」と問われたら「拙者60年代の2nd(“Anthem Of The Sun”)あたりのガレージバンドからアシッドテストを経由してジャムバンド化した時代のデッドが好きで候」とかキモオタ語りする気まんまんなのだけど。

    札幌の夜は暴走族がいないので週末でもとても静かだ。夜中に道路でゴトゴト言ってる音がしたら、それは除雪車で、それはそれでうるさいのだが、すっかり慣れて風情を感じるようになった。

    昔小学校の社会科で学んだときは、豪雪地帯(新潟とか)では雁木づくりとか消雪パイプとか街の設備として雪の対策が行われているという話だったが、札幌は街づくりとして東京と一切ちがいがなく、ただただ札幌市の除雪車が頑張ることでなんとかしているようで、驚きがある。

    琴似のイトーヨーカドーとかは駅から直結して行けるようになっていて、雪への対策を感じるけど、イオンモール苗穂とかアリオ札幌などの新しいショッピングモールは駅から離れていて、車で来ること前提で、駐車場が普通に野外にあって、買い物中に大雪になることとか想定しているように見えない。

    受験が無事終了した長女を連れて、車であちこちお買い物へ。ここ数年はほぼ毎晩のように図書館とか習い事とかで送り迎えをする生活だったが、これが岡崎では最後の機会かと思うと感慨深い。


    持続性のあるネット活動をしたいので、バズらないし炎上もしない状態を維持したい。風野春樹氏のウェブ日記にある「銀河通信」からかけ離れてしまっている自分のブログとツイートには満足してない。もっと謎な心象風景ポエムとか自作曲混ぜ込んでドン引きand放置されたい。

    「日々誰に向けているのでもないテキストを淡々と書き、そしてどこかにそれを読んでくれる読み手がいる、ということに心を癒され、直接感想メールが来たりすると、かすかな苛立ちを感じずにはいられないような、そんな「コミュニケーション」」ツイッターのlikeは読み手が見えるのがこれを妨げる。

    ツイッターを始めた頃に、私のブログをそのように読んでくれた人がいて、淡白なやり取りを数回か繰り返したのだけど、没交渉になったと思ったら鍵がかかってた、という苦い記憶がある。そういうわけで、こうやって擬態しているけど、私には90年代後半のweb1.0的な部分が残されている。(<-自分語り乙)

    こう書いて文面を見返していたら(推敲して投稿し直したりする)、以前ブログに書いたことを思い出した。「部室でジャムった日のこと。」 あれもほんのひととき、通じたかどうかもわからないコミュニケーションの話で、私がそういうのを大切にしているということを再認識した。


    名鉄特急に乗ってるところ。新舞子駅に近づくと景色が開けて海が見えるのだけど、その瞬間が好き。何度も見た風景だけど、そしてこれが最後というわけでもないのだけど、別れを惜しむように灰色に曇った海を見送った。

    10日ぶりに北海道に帰ってきたら、すっかり雪が融けて、まるで春のようになってた。歩道の雪が融けて、滑り止めに撒いてた小石とか踏み残された土とかが残されて、全体的に埃っぽい感じ。雲のない山に落ちる太陽を記録しておいた。


    「高輪ナワタカ」という芸名を考案した。縄跳びが上手いの。

    その昔、中学生くらいの頃だろうか、大島中央銀座の古ぼけた駄菓子屋に1回10円でできるギャラガ(そのかわり画面は白黒)があって、そこで小学生に混じって一人ギャラガだけをやるのが俺だった。あとディグダグも好きだったな。同じゲームをひたすらやるタイプだった。

    いまぐぐってみたら、wikipediaで「ギャラガ」のネーミングが「ギャラクシアン」+「蛾」だということをしった。いや、昔からそれは知っていたのかもしれないが、昔それを知っていたというメタ記憶がない。敵機がどう見ても蛾なので、そんなこと明白だったのではないかと思うのだけど、メタ記憶は無い。

    小学生の頃は駄菓子屋前のアーケードゲームを他人がやっているのを後ろから見るくらいで、自分ではやれなかったはず。ゲームウォッチを買ってもらって、友達のと交換して桐杏学園(代々木校)までの往復30分をゲームに費やしていた記憶がある。

    「倍音キング」ってのを考えた。「あなたは偶数倍?わたしは奇数倍。」とか言ってビッグマフを踏むの。(<-持ってねえくせして)

    「海へ行くつもりじゃなかった」のタイトルの元ネタが児童文学であることを初めて知った。しかし自分は昆虫図鑑->元素周期表->西村京太郎鉄道ミステリー->太宰治と中原中也、という遍歴で児童文学を完全にスルーしたのでこの辺全く知らない。

    図書館が大好きで、江東区立城東図書館と亀戸図書館と深川図書館と江東図書館をハシゴする小学生だったのだけど、いま岩波少年文庫のリストを確認してみたら、一切貸し出しすらしたこと無いことに気がついた。あああのとき俺は老けていた。今はあの頃よりもずっと若いよ(マイ・バック・ページ)。


    2020年07月04日

    「スピログラフ/東亜飯店」(さうして、このごろ2019年10-12月版)

    シューゲといえばタイトルは単語一文字がベストで、SeagullとかParalyzedとか完璧。そういうシューゲ詩語みたいなのを見つけた者が優勝できる。Meltとかいかにも。かといってwhateverとかは違う。こういうシューゲ語感談義を酒を飲みながらやってみたい。人生でそういうことをしたことはないけど。

    わたしが小学生のころ、祖母が早川書房の寮母だったので家には海外SFのペイパバック(たぶんペリー・ローダン)がたくさんあった。罰当たりなことに、私は一切見向きもせず、いつしか処分された。あれにハマっていたら人生違っていたのかもしれない。

    その頃の私はといえば、ゴミ捨て場で見つけた化学の参考書にハマって、大きな紙に手書きで周期表書いたりしてた。そののち高校で勉強に落ちこぼれた私を救ってくれたのも大西の有機化学だし、大学で薬理学に進んだのもインドール環とかへの興味からだった。そういうわけで、化学のことは愛してる。


    はっぴいえんどの2ndの「抱きしめたい」「空いろのくれよん」での大瀧詠一のビブラートはニール・ヤングだなと思って聴いてたけど、同様に1stの「春よ来い」や「はっぴいえんど」のダミ声的アーシーな感じはローウェル・ジョージだと思ってた。でもそれだと計算が合わない。

    はっぴいえんどの1stは1970年リリースだけど、Little Featがブレークした“Sailin’ Shoes”は1972年リリースだった。つまりこっちは私の勘違い。推測するに、3rdの「さよならアメリカ さよならニッポン」の録音をローウェル・ジョージが見に来た逸話と混ざったんだろう。


    「ADHDの自分が片づけられない理由が分かった。」 これ当事者研究的ですごくいいと思った。まさに注意の処理過程(専門家的には視覚サリエンスと言っておきたい)でなにかが違っていることを言語化している。

    と感心していたら、ブクマコメントで「何言ってるか良くわからないところが、精神構造のごちゃごちゃ感そのもの」ってあって、ちょっとショックを受けた。これで伝わらない人もいるんだということは、私もよく知っておくべきだなと思った。

    ブクマ全体で見ても、「わかる!」って人と「何言ってるかわからん」って人が混ざっているようなので、とても面白い。なんか人間の認識の盲点がここにありそう。


    久々にギター弾いてた。Guitar Rig 5(アンシュミ)のプリセット試していたら、"Kurt in Bloom"とか"Carlos in Europe"とか"Edged without you"とかもじったネーミングが面白いのだが、"Pete won’t explain"というのが一瞬わからなくて、すぐにThe WhoのI can’t explainだ!と気づいた。クイズかよ!

    「僕のマルコフ・ブランケットを取り上げないでくれよ」(by ライナス)っていうフレーズを考えた。考えるな。(<-考えてもいいよ)

    「僕のマルコフ・ブランケット」とは僕を僕であらしめるものだから、それを公園だろうがどこだろうが、ボロボロになっていても、どこにでも持ってゆくのは当然なの。うーん、深い。深くない。(<-やっぱり深いよね)

    KONTAKT5のサンプラーの音を色々いじっていたら、「メロトロンのフルート」ってのを見つけた。鳴らしてみたらまさに「あの音」だったので、"Strawberry fields forever"のイントロとか、Dinosaur Jr.の"Thumb"のイントロとかを弾いて堪能した。

    「ど根性ガエル」で町田先生の毎度のセリフが「教師生活25年」っていうアレだけど、大学3年で薬作に入ってからすでに研究者生活25年過ぎてるじゃん、ってことに気づいた。

    犬山城下町は毎度ながら19時過ぎには真っ暗で観光客も皆無、やる気あんのかと言いたいが、職場環境としてはめちゃホワイトということで、これは素晴らしいことだと思い直した。


    酒を飲まなくなってから、飲み会のために5000円払うことが耐え難くなった。べつにみんなと語り合うのが嫌になったわけではないのだけど。ドトールでアイスコーヒー一つで3時間粘ろうぜ!(<-51歳が言うこと…?)

    本日の北大シンポジウムは無事終了。パネルディスカッションのチェアもYing-Tungが活躍してくれた。いろんな人と話ができてよかった。しなければならないことが溜まっているので、ホテルに戻って仕事。

    長女から「迎えに来て」というLINEが来たけど、スマン、パパ今日は岡崎にいないんだ…


    東亜飯店貼るとかネタを考えていたのだけど、ぜんぜん余裕がない。

    「温泉卵」というフレーズを提案したい。「温泉」と「卵」というありえないモノ同士の邂逅。シュルレアリスム。

    朝食を食べながら野菜ジュースのパッケージを見たら、「23種類の野菜と現実」と書いてあったので、心の中がポエジーで満たされたのだが、よくよく見たら、「23種類の野菜と果実」だった。

    小学4年生くらいのころ、夕方にとてもお腹が減っていて、大島6丁目団地に来ていたおでんの屋台を通りかかったら、はんぺんが5円とあったので、ちょうど持っていた5円を渡したら、屋台のおっちゃんに「15円だよ」と言われて、恥ずかしくいたたまれない気持ちで家に帰ったことを思い出した。あのときの飢餓感が今も俺を支えている。(<-なこたあない、とタモさんが)

    解析が終わらねえ…音楽でも聴いて気合い入れるかとモグワイ聴いたら、もっと陰鬱な気持ちになってきた。

    はてブコメントより。これ、私の言いたいこととぴったりあってる。なんつーか私には、酔っ払ってしゃべるときの粗雑な感じがおっかない(自分にも相手にも)。初対面の人と距離を縮めるために飲むというのは避けたい。気心知れてガードを下げるのはいいことだと思うけど。

    夜の駐車場で、道路の中心線に鎮座しているネコちゃーんが居たので、スマホを持って近づいていったが、このあたりまで接近したところで退去なさった。


    夕食食べながら、受験生の長女たちと一緒に「東大生クイズ」的なテレビ番組を見て、答えを当て合うなど。残る人生でもう何度もできないことだろう。

    スピログラフってあれか。なるほど「破壊と創造の幾何学模様」だった。すげえ!ちゃんと変則ループものの歌詞になってる!

    「クラウド(cloud)・ファンディング」ってのを考案した。どういう仕組かわからないけれど、雲から無尽蔵にお金が落ちてくるの。うちでのこづち!

    あと「未確認飛行物体」っていうフレーズも考案した。略して「みひぶ」。

    140字まるまる使ってツイートすると「オタクが早口で言ってるかんじ」が醸し出されるのはわかっているけれど、溢れるほどある言いたいことを、切り詰めて切り詰めて、でも誤解を防ぐように一つのツイートにまとめるとしたら、当然こういう文体になるじゃん?って思う。(<-めっちゃ早口で言ってそう)

    東京の実家に戻ったら、お茶うけのお菓子を入れた容器に「ナボナ」があった。生きとったんかワレェ、とか思った。さっそくYouTubeで探したら、自由が丘亀屋万年堂自体がCMをアップロードしてた。

    ザ・フーの「クイック・ワン」で好きな点は、ラストが「チャン・チャン」で終わるところ。コミックバンドかよっていう。


    昨日の忘年会兼送別会では、頼まれてもいないのにウクレレで別れと旅立ちの歌を2曲。ユニコーンの「素晴らしい日々」とスピッツの「楓」で。良い選曲でしよ?二番まで歌ったら妨害された。フルコーラス歌わせてくれ。(<=ただ歌いたいだけ)

    ラボの送別会ではあらかじめ贈り物とかは無しでお願いしていたのだけど、まったくゼロなのも残念ということで「日本一高い納豆」の詰め合わせセットというのをいただいた。たしかにこれはいいアイデア。さっそく食べてみたが、大粒で柔らかく、美味かったので幸せになった。

    この話には文脈があって、いつも私の昼食はローカーボ志向で激安豆腐と納豆で済ませているので、せっかくなら吉田が自分で買いそうにないものを贈ろう、ということになったらしい。そういうわけで、いただいたときにとっさにトンチを効かせて、「ところで高級豆腐はないのですか」と切り返してみたら、ドン引きされた。

    いつもどおり家族と一緒に夕食。今日は特別に奥さんが手作りでピザを焼いてくれてる。次男は腹減ったからなんか間食させろとか文句言ってる。私は引っ越しの準備とか年賀状の印刷とか。ありふれた日常風景だが、1月から単身赴任なので、こういう時間がなくなるのだとじわじわ実感してきている。

    クリスマスイブの思い出といえば、大学2年生くらいだろうか、だれともなにも予定がないのだけど、なんだかイブの街の光景の中に混ざっていたくて、自転車で池袋と新宿と渋谷をハシゴして、ただただ繁華街の中を歩いた、そんな年もあった。

    その前の年は、穴開きジーンズにネルシャツ重ね着してグランジロック的な(Nirvanaとか)つもりでいたら、友人に「山男?」とか言われてめちゃ恥ずかしかったことを覚えている。よってトレンディドラマw的にバンダナまいてみたいな格好は宇宙神に誓ってけっしてしていなかったことを、強調しておきたい。

    自分はあの80-90年代をサイケデリックロックとシューゲと「マリファナ・ナウ」と「完全自殺マニュアル」と「危ない1号」と根本敬で乗り切ったサブカル人間なので、最近のシティポップブーム含めた80年代再評価の流れにはぜんぜん当事者意識が持てない。いや、そこまで強く否定する必要もないか。

    そうして考えてみると、時代にチューンできずにサブカルを見出した私が、なぜかゼロ年代にオタク文化(ギャルゲ論壇とか)にチューンしてしまったのは不思議なのだが、ゆえに私は第2世代オタク(ガンダムとか)も第3世代オタク(エヴァとか)に乗り遅れてそのあたりへの興味がぜんぜんない(<-自分語り乙)

    なんて自分語りはいいから、いまからラボ行ってもうひと仕事してくる。きっと 想像した以上に 騒がしい未来が僕を待ってる(<-パクった)


    「ヌガー」って、音韻的にも、なんか「歯の詰めものが取れそう感」あるよね。

    冷蔵庫の扉を開けたら、中の人が油断していたらしく、消灯している状態から点灯する瞬間に遭遇した。今度は通りがかりに後ろ手で開けてみるとか、いろんなフェイントを効かせて扉を開けてみることにしょう。

    新幹線に乗っているときに満月が出ていることに気がついて写真を撮ってみたら、ちょうど駅を通過したらしく、意図せずグルスキー感(?)が出たので、記念に貼っておく。


    家族と年越し蕎麦を食べながら「浜田、アウトー」みたいなやつを視聴した。

    考えてみれば、例年東京の実家で年を越してきたので、岡崎で年を越すのはこれが初めてかも。そしてたぶん最後でもあるのだろう。


    2020年06月30日

    「ドルフィン・キック/ソクラテスの弁明」(さうして、このごろ2019年7-9月版)

    繁華街を歩きながら、座り込んで地図を見ている旅行客とか、交差点で演奏するベーシストとか、暗闇にぼおっと浮かび上がる欄干とか、生ぬるい風とか、人混みを避けて進むジョギングランナーとか、そういうのを横目に見ながら、ブクオフにたどり着いて優雅な時間を楽しみ、白くまアイスを食べた。

    「ドルフィン・キック」というのを考案した。イルカの鳴き真似をしながらドロップキック。めちゃ練習が必要(<-おもに鳴き真似の)

    あと「アングリー・バード」ってのも考案した。めちゃ怒ってる。手のつけようがない。仕方がないので放置している。どっかへ飛んでいてほしい。銀閣寺。

    「ヌガー」って、いいよね。(<-主に音韻的な意味で)

    もろもろメール送り終えてラボからの帰り道、図書館の時間外窓口に本返しに行くつもりが、明日の予定とか考えごとしながら運転してたら、自宅に到着してた。私のオートパイロット(ゾンビ)モードが何もかもやってくれすぎて困る。いっそのこと実験と解析もしておいてほしい。

    今気づいたけど、JR幸田駅の手前で在来線と新幹線が交差するのか。そんな重要なことではないが、はじめて意識に登ってきたことではあるので、ここに記して永遠の記録とする。


    「骨休め」っていいよね。自分の中のガイコツ部分が、なんかアホ面してかぱっと口を開けているイメージ。世界が二つに分かれて、そこに海の水が流れ込む。

    いまとくにウナギを食べたいとは思わないが、リョコウバトは食べてみたい。肉が美味で取り尽くされたというのを見ると。

    早晩ウナギは絶滅するだろうけど、近い将来、専門店でありえないくらい高額になって、裕福な人がFBで自慢する写真をシラっとした気持ちで見てみたい。

    今回の札幌での、全ての予定されてたイベントが終了して、JR琴似駅からホテルに向かうまでの帰り道で、これですべての日程が終了か、という感慨が湧いてきた。空気が涼しくてまるで秋が来たかのようで、なんだかメランコリックな気持ちになってきた。

    今日撮った写真だけど、私にはこの画像に、雪が降っていて「夢の跡」が流れている光景が重ね合わされている。メランコリックな気分だから。


    札幌からの帰りの電車の中で、和やかにしりとりをしていた家族が、ママの失言で小学生が一挙に機嫌を損ねてブチ切れ、居眠りしてたお父さんに八つ当たりしてお父さんがブチ切れて、ママが恐縮するというなんともやりきれないシーンに遭遇してしまったので、ここに記して永遠の記録とする。

    Tom Froeseと会話していて「そういえばフローゼってドイツ的な名前?ドイツのミュージシャンで聞いたことのあるけど」って話をして、思い出せなかったのでその場でスマホでぐぐってみたらタンジェリン・ドリームのエドガー・フローゼだった。クラウト・ロック趣味が初めて日常生活で役に立った瞬間。

    「ハクキンカイロ」と書いたTシャツを自作して、それを着ながら冷房のない部屋で汗だくになって、チューニングの合わないギターを掻き鳴らして、隣の部屋から壁ドンされたい。あまりの暑さにセミさえ鳴かず、すべての生きているミミズは地下に逃れる。遠くには鳥居を通して不二が見える。

    「ヌフォガエル」ってのを考案した。ヌフォっとしている。つか寝るぞ諸君


    先日クリスとskypeで話ししてて、なんか噛み合わないなあと思ったら、クリスが二重否定で話してるのを(「XXでないわけがない」)、私が単純否定だと誤解してたからだった。「英国人的だな!」とか言って笑った。

    ブログ記事を作るために数年前のツイートをまとめていたら、「東岡崎からの空港バス」とか「改修工事前の実家」とか「田嶋さんのセミナー」とかそういうものに連続して遭遇した。しばし立ち止まって、心を当時へ飛ばしてみた。

    「クラウド・ファンディング」ってフレーズを考えた。雲が、ゆっくりと、通り過ぎてゆくのを、長い時間かけて、眺めつづけるの。ファンディングのほうは知らない。

    「来世で」を多用しているので、輪廻転生を信じているとか誤解されないように説明しておくと、来世というものは端的に無いので、「来世でやる」とは「やらない」という意味。“God only knows” = “Nobody knows”なのと同じ。言わせんなよ…

    夜の風があんまり気持ちいいから、近くの奈良井公園までビールとつまみ持っていって、夜空を見ながら、たまにKindleで「意識と本質」のII章を行ったり来たりする。こんな気分は久しぶりだ。近所を歩いても新鮮に見える。


    誰にも通じない地元ネタ…248号で八帖の交差点越えた北のコンクリート塀が並んでいる佇まいが、千石の交差点を通り過ぎた小石川高校の前あたりを思い起こさせる。とここまで書いてストリートビュー確認してみたら、そんなに似てねぇ。しかも小石川高校は6年一貫制の中等教育学校になってた。時が駆け巡ってる。

    「また逢う日まで」を車運転しながら絶唱したりするんだけど、あれってコブシ(メリスマ)の入るところが「なぜかさみしいだ〜け なぜかむなしいだ〜け」で「だ〜」の部分なのが絶妙に難しい。ふつう「しい」の部分に入りそうなものなのに、そうはなってない。ネット探したがだれも言及してないな。


    Kindleにダウンロードしたまま積んでた「ソクラテスの弁明」をウォーキングがてら読んでみるか、薄い本だし、と歩き始めたら思った以上に面白くて本編から訳者の解説まで全部読んでしまった。ソフィストとは別に哲学者が誕生したこととか、大学の概念の誕生とか、やっぱ古典超重要だった。

    衆愚によって感情で裁かれる状況とか、現在の状況を思い起こされるものもあった。あと、ここで出てくるソクラテスは、死を恐れず金を取らず貧乏で信念を貫くというなんだかロックな爺さんだった。そういうわけでそのうち訳者の「哲学者の誕生 ソクラテスをめぐる人々」を読んでおこうかと思う。

    あと、これが「無知の知」の原典なわけだけど、正しくは「不知を意識すること」とあって、それってメタ認知じゃねーの?とか言いたくなってきた。

    あと、ソクラテスは「神霊の徴」を聞いているんだけど、それはなんらかの行動(政治的参加とか)を制止する声として聞かれている。これには驚いた。まったく知らなかった。


    2020年06月15日

    「シケモク先輩/ウォーリーを探せ!」(さうして、このごろ2019年4-6月版)

    家の駐車場から西の空を見たらいい感じに空の色が青から緑、黄、赤となっているのに気づいてスマホで撮影してみた。電線が邪魔、と言いたいところだが、電線があってこそ、というふうにも思う。


    「ウィスコンシン・カード・ソーティング・テクニック」ってフレーズを考えた。ウィスコンシン州では一番なの。地元じゃ負け知らず。そうだろ?

    「ゼロセン」ってのも考えた。ゼロがセンになるの。そんなのって、そんなのって、ほぼ無限大じゃん!

    進化生物学とかで出てくる「ボディプラン」という言葉を見るたびに、「ボブ・ディラン」に空目するのだけど、とくに実害は被ってない。


    車を運転しながら、DTMで作りかけの曲を聴いてたら急にメロディーが浮かんだのだが、長女のお迎えの時間になったのでそこで中断。メロディーを忘れる前に録音しておきたいのに今日に限ってドンキに寄りたいとか言うので、しかたなくドンキの外で待ってる間にボイスメモで鼻歌を録音。俺いったい何者。

    もうちょっとマシな方法はないか調べていたら、Logic Pro XからiOS用GarageBand用にエクスポートできることを知った。ただし、Google Driveには対応してないので、iCloud Driveが必要。あれもこれも使うのが嫌なので避けてきたが、しかたないので無料分だけ使うことにした。

    ともあれiPhone上のGarageBandからファイルを開いて、歌用のトラックを追加してみたら、伴奏流しながら歌を録音することができた。ボイスメモだと同時に音楽を鳴らすことができない(自動的に音楽が消音される)のでこうはいかない。

    これまで歌入れは家族のいない機会にこっそりとしかできなかったのに、これなら毎日できるじゃん!またもや人生の楽しみが増えてしまった!


    「シケモク先輩」ってフレーズが降りてきた。なんか70年代のドラマっぽいでショ。

    特急電車で「右側に国宝犬山城が見えます」とかアナウンスが出てた。国宝かよ!とか思って検索してみたら、天守が国宝に指定されている城は姫路城、彦根城、犬山城、松本城、松江城の五つだけ、とのこと。

    「コネクショニズム」ってのを考えた。コネ第一主義。(<-チガウ)


    「ウォーリーを探せ!」ってのを考えた。ウォーリーは遠いところに旅立ってしまったのだから、そんなところを探しても見つかるわけがないんだ。でも僕らはウォーリーを探さなければならない。おい、ウォーリー、お前は一体どこに行ったんだい?

    以前近くの西友がブリットポップやシューゲばかり流すと書いたけど、あれって西友で共通だったのか!はてぶ

    そしてついでに選曲終了のニュースも知る。「西友が音楽ファン「お墨付き」の店内BGM選曲を終了? 真相を訊く」 いつだって、謎が解けたときは、謎そのものが無くなっているんだ…(<-意味ありげだがとくに意味はない)

    「大西の有機化学」というフレーズが急に浮かんで調べてみたら表紙画像があった。高校の物理の試験で100点満点で5点を取って絶望していた私を救ってくれた大西の有機科学。


    研究所の東門で飛行機雲があるのに気がついたので、スマホのパノラマ写真機能を使って撮影してみた。だからなんだと言われても、答えはヴェイパー・トレイルのように雲散している、としか言いようがない。


    「サバミソグラフィー」ってのを考案した。「グラフィー」つけると大概なんとかなる。「サバミソイズム」ではダメ。全然わかってない。「サバミソレスク」は狙いすぎ。見ているこちらが共感性羞恥。わかるかなぁ?わっかんねぇだろうなぁ(<-昭和)

    「【のどごし<生>】ブランドサイトはこちら」「お~いお茶ブランドサイト」というのを見ると「ブラインドサイトblindsight」と空目するのは俺ちゃんの職業病だ。わかるかなぁ?わっかんねぇだろうなぁ(<-もういい)

    「ラーハン」と「チャーメン」を組み合わせて純化することによって「ラーメン」と「チャーハン」を単離することに成功しました!(<-モルダー、あなた疲れてるのよ)

    「うどんこ病」ってのを考えた。「そもそもなんでうどん粉なんだっ、小麦粉でもいいじゃないかっ」って粘着してきてすごくウザいの。お花を大切に!


    2020年05月25日

    「ノルウェイの森/Campfire guitarist」(さうして、このごろ2019年1-3月版)

    「ウニカレー」が食べたい。カレーなの。ウニは入ってない。ただ、ウニのように黄色いカレーなの。何の変哲もないカレーに「ウニカレー」という名前をつけたことによって始まる、回り道に回り道の苦難。ジャン・バルジャン。

    「こういう地方都市って多い」こういう話題大好き。東岡崎駅も川を隔てて離れたところに城と旧市街と西三河庁舎がある。JR岡崎駅はさらに南3.5kmのところにあって、しばしば鉄道忌避の例として挙げられる。(がwikipediaによると本当は違うらしい)

    「ボルゾイ」っていいよね!と思ってなんとなくググってみたら、鳥取のボルゾイ・レコードというのを発見。なんか惹かれた。鳥取に行く用事は当分無さそうだけど。

    長男の発案でフェルメール展行ってきた。11時からの時間指定のチケットを取っていって、20分並んで入場。中もけっこう混んでいたが、まあ全部見ることができてよかった。なによりも母と子どもと三世代でこういうのに行くというのは貴重な機会となりそうだ。


    「ノルウェイの森」の最後の“So I lit a fire”ってところは、一人残されタバコに火をつけ「でもNorwegian woodも悪くないね」と苦笑い、って理解だったけど、「風呂で寝ることになってしまった復讐をするために、その場所を燃やしてしまうことにした」とWikipediaにあって、マヂかよ。

    たしかに、持ち主のいない部屋に火をつけて、「おー、ノルウェイ製の木材ってよく燃えるな〜www」ってイギリス的な?ブラック・ユーモアが利いているとも言えるか。


    マグフーズで鶏皮 200gで安売り100円というのがあったので2つゲットした。フライパンで焦げ目つけようと火にかけたらスゲー油出て、最後は素揚げみたいになった。モヤシとシメジ(計120円)と合わせて炒めて食ったら多幸感が溢れてきたが、油は多すぎて捨てた。食い過ぎで腹が苦しい。

    「ポピヨドン吉田」という芸名を考えてみた。ついでにポピドンってなんだ?と思ってwikipediaを調べてみたら、ヨードを溶かすのにエタノールではなくてポリビニルピロリドン(ポビドン)を使うことで刺激性を下げたのがポビドンヨードだということを知った(<-ペーパー薬剤師)。

    ひさびさにフレスカに行ってジェラートを。毎度の親父の「不味いよ」も聞けて満足。「いやいつも来てます」とか返したら、「今日は不味いよ」ってそこ粘るのか。イチゴ、パイナップル、栗のトリプルで、たいへんよかった。

    父親の形見のウインドブレーカーを母親が送ってきたけど、そんなに古びてないのでここしばらくそれを着ていた。ふと気がついたら腕の先の方に画鋲みたいなものが入っている。ポケットと繋がっているところまでずらして取り出してみたら、ゴルフで使うボールマーカーだった。潮来カントリー倶楽部。

    「ランランとカンカン」っていうコンビ名を考えた。ランランは目が爛々としている。カンカンは頭を叩くとカンカン鳴る。二人が協力して窮地から奇跡の脱出をする。


    あーあ、棚からボタ餅落ちてこないかなー(<-ダメ人間)

    長浜の街を歩いたら、片方の通りはジャズが流れていて、まあありがちかなと思っていたら、もう一つの通りはThe Smithsが流れてた。この曲なんだっけと思い出せずにいたが、調べてみたらMeat Is Murderの一曲目、The Headmaster Ritualだった。

    「スイート・ホーム・アラバマ」を聴いてた。例のニール・ヤングをディスるくだりだけど、呼び名がMister Young->old Neil->Neil Youngとなるんだけど、だんだん怒りが爆発してゆく感じなのだろうか。「吉田氏がxxしたそうな->正俊おじさんはxxしたそうな->吉田正俊は覚えておけよ」みたいな。

    0時過ぎて論文のドラフトを共著者に送って疲れた頭で家に帰ってみたら、長女がドンキに連れて行ってくれという。どうやら学校のバレンタインのイベントかなにかでいろいろやっているらしい。仕方ないのでいまドンキまで送って待っているところ。(<=まんざらでもない)

    "Avicii"の名前の由来が「阿鼻地獄(avīci)」(「阿鼻叫喚」の阿鼻)であることを知った。

    Webの音楽サイトで「あなたのギターのレベルを教えてください」ってのがあって、選択肢がTotal beginner / Three-chord strummer / Campfire guitarist / Garage-rock guitarist / Rock-star guitaristってなってるのがなんかウケた。これから"Campfire guitarist吉田"を自称したいと思う。

    キッチンで考えごとをしながらスティックコーヒーの袋を開けたら、顆粒を床にぶちまけてしまった。やっちまったと思いつつ考えごとを継続して、水で湿らせたティッシュで顆粒を集めたら、こんどは顆粒が溶けて床がコーヒー色になった。そこでやっと正気になって「誰もお前を愛さない」を思い出した。


    空いてない電車では立つように心がけているのだけど、先日の名鉄電車で、ついに生まれて初めて自分より若い人に席を譲られた。そんなの受け入れるわけにはいかないので、気づかぬふりして別の車両に移った。白髪を染めるのは止めてたけど、老人扱いされるくらいならと白髪染め買ってきた(<-泣ける)

    「トロイの白馬」ってのを考えた。しかも正体はユニコーン。大空を駆け巡りたまえ。

    「ジョニ黒」ってのも考えた。めっちゃ黒い。極黒の鳥。NASAもびっくり。黒く塗れ。直感を越えて。 ルーツ牛乳かと思ったら豆腐だった。むかしの潜水服。止むことのない雨。

    「モンドリアン図形」ってのも考えた。もんどり打って倒れたら、このザマよ。海風が強くて、肌がベトベトするんだ。


    2020年05月20日

    「かに道楽/アーメン・ブレイク」(さうして、このごろ2018年10-12月版)

    「うな丼」ってのを考案した。丼の水の中にシラスウナギが泳いでいるの。それを眺めて過ごす。観賞用。

    「情熱大陸に上陸したい」とは思ったことがないな。「吉田正俊の朝は早い」とかナレーション付けられたいと思ったことはないな。そもそも吉田正俊の朝は遅い。

    「ブラジリアン柔術少年とモンゴリアンダンサーの詩」っていうタイトルを考えたのだが、今ではこれは「文化の盗用」になるのだろうか?

    シド・バレットの名曲Octopusって"close our eyes to the octopus ride"だから「タコに乗って海を探検」的な歌かと思ってた。でも歌詞を読んだらぜんぜん海っぽくないので、遊園地の「オクトパスライド」のことであることが判明した。つかたぶん"Terrapin"と混ざってた。


    小学生の頃、流行っていた玩具を親にねだると、父が買ってきたのはきまって安物のパチもん(紐が軸で空回りしないヨーヨー、すぐばらばらになるルービックキューブ)で、憤慨して泣いた記憶がある。

    だから今でも、コレジャナイロボ的話題を見ると心が乱されてしまう。

    そのなかでもいちばん強烈な記憶は、弟がファミコン買ってほしいとねだったら、父親が買ってきたのはセガだったとき。しかも不人気ソフトとの抱き合わせ販売で、モナコGPもギャラガもなかった。けっきょく数年後にファミコンを買うことができた。バブル期で父の収入も上がっていく時期だった。

    コンビニまで散歩、とドアを開け家を出てみたら、昨日の草刈りのせいか青臭い冷気が漂っていて、なんだか胸を締め付けられるような気持ちになった。誰もいない緩やかな上り坂を歩いていると、遠くから団らんの声が聞こえてきて、人がまだ活動していることを知る。

    「エターナル・ゴールデンハムスター」ってなんだっけ?と思ってぐぐってみたが出てこないので、そういうものはとくに無いらしい。

    疲れ果てたが、夕食前に仮眠したら回復した。このまま寝ると夜中に起きそうなので、夜の岡崎を車で流しながら、音楽を聞いてた。そしたら商工会議所通りの下り坂の先にある、雨上がりの霧がかかったような空に、イオンモールの過剰な明かりが反射して、白くけぶっているのが見えた。


    マーモちゃんの世話を終えて、肉食って、伊賀川沿いを経由して図書館へ。ん?ネコちゃん!ネコちゃん!今日は休日らしい休日。


    伊賀川は護岸工事ですっかりきれいになったけど、何度か大雨があって、すっかり上流の土砂が堆積していて、知らぬ間にこんな形になっていた。こんなものを記録しても意味などないのだけど、それでもそれが存在していて、それを見ていた人間が居たという証拠を残すためだけにこの画像を貼っておく。


    「かに道楽」って遊びを考えた。ばらばらになった蟹の甲羅から、正しい組み合わせを見つけるの。古くは貴族も嗜んだらしい。

    今朝は電子ドラムが空いていたので、「アーメン・ブレイク」 をマスターしようと思って練習してみたら、クッソ難しい。ライドシンバルを8分で叩きながら3拍目の裏に16分二つのバスドラを入れるのがこんなに難しいとは。シナプスからフィロポディアが出入りするのを実感した。

    “When the levee breaks”でバスドラが入るところはアーメン・ブレイクと同じ(3拍の裏)ということに気がついた。こっちのほうがゆっくりなので(70 bpm)、とりあえずは叩ける。あと、ハイハット8分音符をキープしながらバスドラで16分音符2つをどこでも入れられるように練習してみた。難しいが楽しい。

    「イリュージョニスト」ってのを考えた。イリュージョンをみるのが得意なの。(<-チガウ)


    「世界一の新宿駅の隣で超ヒッソリの“あの駅”」ということで小田急線の南新宿駅が採り上げられていた。中学受験をしたときは桐杏学園の代々木校に行っていたので、このあたりで買い食いしたもんだった。今調べてみたら、幼児教育専門として生き残ってた。

    私が通ってた頃は、開成中の隣りにあった西日暮里校が有名だった。年末から正月をまたぐ講習(「正月特訓」)では、朝校舎の周りを鉢巻姿でランニングして、「開成!合格!」とやるのをテレビが報道する(受験戦争の加熱の例として)というのが恒例だった。私もやった。「開成!合格!」


    2020年05月01日

    「ペンギン仕立てのカエルさん/おでん星人」(さうして、このごろ2018年7-9月版)

    ひさびさに豊田市立中央図書館まで本を借りに行った。片道30分かかるので、そのあいだに「世界はいつも夜明け前」かけながら練習した。だいたい6回ぐらい聞き直して歌えるようになった。キー下げなくてもギリギリいけた。

    そうして考えると、歌詞カードを見なくても歌える歌を持つことが財産なのだということに気がついた。これまでたくさん洋楽を聴いてきたけど、けっきょくのところ歌詞カードを見なくても歌えるのはビートルズとニール・ヤングだったわけで、けっきょく俺は「ビートルズおじさん」だったのかとも思うが。

    「偽タクシードライバー」ってのを考えた。タクシーなんだけど一日中街を流しているだけなの。人は乗せない。手を上げても停まらないから客激怒。でもって車には通信カラオケが設置してあって、1曲歌うとスイカに100円入金される。謎の「機関」から。8時間で100曲で1万円計算。ああ忙しい。


    英語で会話していて聞き取れなかったときに、わかった顔せずに聞き返すよう心がけているけれど、固有名詞、とくに人の名前は鬼門だ。以前誰だったか「ロッジャレモ」ってのがわからなくて何度か聞き返したらRoger Lemonだった。これは自分が「ロジャー・レモン」ってカタカナ読みしてる証拠だった。

    いつものドイツの共同研究者は聞き取りやすい英語を喋ってくれるのでだいぶ助かっているのだけど、マイクロサッカードの研究者Michele Rucciが「ミケラルチ」だったときは難儀した。イタリア名だからミケーレなんだな。あと基本フルネームでも繋げて発音するんで分節化に失敗する。

    コンビニのロックアイス400gに100%グレープジュース500mlを注いでストローでチューチュー飲んだら多幸感が溢れてきた。

    グーグルマップでアムダリア川を追いかけながらどこで水が無くなっているかを調べた。


    疲れ果てて元町でぼっちホルモン。ひさびさにすたみな太郎以外の肉食ったので幸せになった。もうちょっと幸せになってもいいんではないの?と自問自答する。


    センマイ好きでないんだけど、なんかセンマイが多いぞと思ってまずセンマイだけぜんぶ焼いて食ってから、シマチョウとかハラミとか好きな部分を焼いたらご飯が足りなくなった。よくよく考えてみれば、好きな部分だけ食べて好きでないものは後回しまたは残す、でよかったんじゃないかと気づいた。


    以前も書いたけど、自分はいつの間にか頭の中に鮮やかなvisual imageryを作ることができなくなっていた。いつからできなくなったのか、それともはじめからできなかったのか、それすら思い出せない。でも音楽に関してはいつでも頭の中で鳴らせる。

    いまもニール・ヤングのcowgirl in the sandのイントロのギターが鳴ってる。もしかしたらこれも消えてしまうのかもしれない。でもはじめから存在しなかったわけではなかったんだと、そのことを証明するために、web上に書き込んで永遠の記録とする。

    いまは"A Tair"が流れている。望めばいつでも「えいえんのせかい」への序曲を流すことができるのだ。


    明治38年の東京府南葛飾郡全図というのを見つけた。当時は新大橋通りはまだ無くて、羅漢寺が新大橋通りをまたぐように位置しているとか、自分の実家あたりは何もない原っぱだとか、竪川にぜんぜん橋が架かってないとか、なにもかも味わい深い。

    FMラジオ聴いてたら「夏に聴いたら死にたくなる名曲ベスト3」ってことで「パラノイドパレード」きのこ帝国が流されて、蒸し暑い夏にはシューゲの音とけだるいボーカルがよく合う、って紹介されてたので、わかるわ〜と思った。

    「ペンギン仕立てのカエルさん」というフレーズを考えた。中身はまだない。「チューリップのアップリケ」と韻を踏んでる。踏んでない。


    長男は20歳の誕生日を迎えたので、今度の1月は岡崎で成人式。超感慨深い。そして私の人生はすでに余生となった。

    ふと思いつきで「人生」でググってみたが、役に立ちそうな情報はなかった。


    「一目置かれる」ってフレーズを見てひさびさに思い出したけど、中学生の頃の通信簿に「クラス内でも一目置かれる存在」と書かれたことが密かに自信になっていた。これは私にとって最上位を占める価値観で、私は「一目置かれる」存在になることさえできれば、社会的な意味ではだいたいハッピーだ。

    つまり、社会的な意味では「仲間の中心でいたい」「憧れの対象になりたい」「競争相手に勝ち続けたい」「相手を自分に従わせたい」「頼りになると思われたい」「誠実だと思われたい」といったさまざまな欲望があるわけだけど「一目置かれる存在」になりたい。「尊敬されたい」というのとはちと違う。


    ヘシェル海江田っていう芸名を思いついた。ヘシェル回が発達してる。ただそれだけー(<-発達とはなんだ?)

    人生で初めて、ホテルで寝ている間にベッドから落下した。枕ごと落ちたので頭を打たなかったのが幸い。落ちていく間の浮遊感は記憶しているけど、ベッドの縁から落ちた瞬間の記憶はない。Postdictionの時間幅はそのくらいらしい。(<-ホントか?)

    「オデッセイ」かと思ったら「おでん星人」だった。びっくりしたなーもー


    こっちは別の日に行った北野廃寺跡。岡崎市にも白凰時代に法隆寺と同じような構造の寺があったという証拠。いまは何もないただの公園だが、わずかに塔の土台の丸い石と講堂の基礎の四角い石が並んだものが残されている。クソ暑い8月の日で、地元の老人会とおぼしき集団がみんなで草取りをしていた。


    こちらの記事を見るかぎりだと、いま矢作川の東岸にある「大門」という地名はちょうどその西岸にあった北野廃寺の山門だったことが由来とのこと。要は矢作川を遡ってここまで人が行き来していたのだな。

    ここまで書いておいてなんだが、歴史には特に興味がない。


    2020年04月30日

    「汎神論的な悪意/カニチャハーン」(さうして、このごろ2018年4-6月版)

    活字中毒。文字メディア大好き。チラシでいいからなんか読んでいたい。ネットラジオとか映像や音声で流すものはほとんど聞かない。TEDですら、英語の勉強だと思って我慢して聞くけど、内容知るためにはtranscriptで済ましたい。音声だと文字のように飛ばし読みできないってのが耐え難い。

    先日松屋に行ったら自販機に「大盛りカレー単品」ってのがあったので、サラダとか味噌汁とか無しのことかと思ってそれ頼んだら、「ご飯抜きカレールーだけ」が来た。いまさらご飯追加お願いするのもおっくうで、そのままルーだけ食べてみたら、意外に腹いっぱいになって満足した。よかったね!

    カップラーメンにモヤシをトッピングする技法を探求している。普通にカップラーメン作ってモヤシを乗っけるとスープが薄まってしまう。試行錯誤の末、カップラーメンにはお湯半量、モヤシに粉末スープをかけてレンチンして水分を出させて、これらを合わせるようにした。これで私のQOLは25倍になった。


    吉岡実の「サフラン摘み」を読みたくなって図書館で探したのだけれど、「吉岡実」という名前が出てこなくて見つからなかった。いま気づいたけど、「吉野弘」とごっちゃになってた。

    「ストロングゼロ文学」を理解するためにストロングゼロ ダブルグレープフルーツ 350mlを買った。飲みはじめて、ああこれは以前間違えて買ってぜんぜん飲めなかったやつだと気づいた。しかたなく閉店前のイーオンで半額になっていたアジフライで流し込み、吉岡実全詩集を開いて文字を追う。

    「すぐそばにタコのメスのみひらかれた眼がある それには汎神論的な悪意が感じられる」 …汎神論的な悪意!イイね!

    駅でSuicaのチャージしているときに機械が「チャージ中です」って言ってるのを聞くと「チャージマン研!」の変身バンクが頭の中でリフレインする。ジュラル星人にSuicaを奪われないように、慌ててカードを引き抜く。

    自分がいちばんお金をかけたのは楽器だろうけど、エレキギターは20年前に買った島村楽器のES-335模造品(当時5万円)だし、中2で買ったアコギ(当時2万円)は長男に譲ったし、ウクレレは15年前に買ったフェイマスの入門用(FS-5, 当時2万円)を修理して使ってる。トータルで10万円行ってない。質素すぎない?


    今日の任務を無事終了させた。高安ですじラーメン。 腹一杯なので鞍馬口駅まで歩く。まだ岡崎に帰ってから今日締め切りの仕事がひとつあるが、あと一時間くらいで完了するだろう。良い一日だった。

    実存的な不安に駆られて眼を開けたら、名古屋駅だった。っぶねー、乗りすごすところだった。


    どっかの地方都市に出張したときに線路沿いにある城跡公園をぐるっと歩いたけどあれはどこだっけと記憶を辿ってみたが、山形だということに気がついた。そうそう、この東大手門を渡った憶えがある。駅前に戻ってジャスコ的なスーパーでお惣菜買ってホテルに戻った。

    ひとつひとつ数え挙げてみる。広島、富山、高岡、新潟、甲府、長崎、熊本、札幌、仙台、長野、高山、山形、花巻、那覇、せいぜいこのくらいか。旭川も福井も秋田も岡山も山口も博多も大分も鹿児島も行ったことがないな。四国には大学の卒業旅行以来足を踏み入れてないし。(首都圏、関西、愛知は除く)

    東海道新幹線沿いはあるか。小田原、熱海、三島、沼津、焼津、静岡、浜松。遺伝研に行ったときの三島はなんかいい感じのところだったな。三島広小路駅、好き。


    夕食に帰ってみれば、奥さんから鳥川までホタル見に行こうとの提案。Web情報によると今日がベストコンディションらしい。たしかにたくさん飛んでて最高だった。写真部に入ってる長女が一眼レフで露光時間延ばして撮影したのを送ってくれた。いい一日だった。


    小雨降るなか車を走らせて、土井町で右折して田んぼだけの真っ暗な道を通り抜けて、美矢井橋まで出てみると、真っ黒な河と遠くの街の光が見えた。渡橋を通って戻ってきて、TSUTAYAでよつばと!の最新刊をレンタルして、店の前の電灯の下で全部読んで(<-マイルドヤンキー)、リフレッシュした。

    よつばが自動改札でおっかなびっくり切符を入れて一喜一憂している様子をコマ数かけて描写しているのを見ると、親目線で涙が出てきちゃう。そうやって私は、三人の子供が成長するところを見届けてきたので。

    紅葉が満開の東公園の池の横を通る砂利道を勝手に先に進んでいく子どもの姿を見ながら私は後ろを追いかけていく。ああこの光景を私は懐かしく思いだすだろうと思った記憶がある。でもあれは長男だったか、長女だったか、次男だったか。それすらも思いだせないのだけど。


    おっさんカラオケしたい。「ボヘミアン・ラプソディ」とか「天国への階段」とか「ハイウェイ・スター」とか「ホテル・カリフォルニア」とかバンバン曲入れてみんなでマイク奪い合って全員で歌うの。

    あとオタクカラオケもしたい。もちろんJOYSOUNDで。「鳥の詩」とか「Rumbling hearts」とか「同じ空の下で」とか「true my heart」とか「青い記憶」とか「Little Busters!」とか「空気力学少女と少年の詩」とか歌うの。当然キー下げるのは禁止。


    車でアルバム「断絶」を歌いながら岡崎の街を警備。「人生が二度あれば」は父を亡くしたばかりの私にとっては泣かずには歌えないので、泣きながら歌う。この感情を探ってみたのだけれど「人生が二度あれば」って二度あったってしょうがないんだよな。子どもを育て家族のために年老いた母にとっては。

    それでも「二度あれば」としか言いようがないし、若い歌い手が拙い表現として「二度あれば」と歌っている。そしてこのアルバムで歌われている感情はすべて、最初の曲「あこがれ」が提示しているように、ステロタイプな「あるべき姿」が失われた世界の話となっている。

    だから「二度あれば」も子供じみた願望を、そんなものは失われた大人の世界から歌っているはずなのだ。同様に「断絶」も「感謝知らずの女」も「愛は君」も「限りない欲望」もそれらの感情はぜんぶ相対化されるの。竹田青嗣の陽水論でも似たようなこと書いてた気がするが、手元にないので確認できない。

    一方でアルバム「断絶」は陽水的にはコミックソングとして作ったんでないかという節もあって、「小さな手」で間奏がいきなりムード歌謡になる(サックスソロと伊勢佐木町ブルース的吐息)とか「断絶」のやけくそな歌い方とか「ハトが泣いてる」がなぜかブラス・ロック的なアレンジであるところとか。

    わざわざググって「伊勢佐木町ブルース」というキーフレーズを探し出す俺エラい。(<-偉くない) しかもどうしても思い出せなくて、「お色気BGM」でググると「タブー」とか「哀愁のヨーロッパ」ばかりで、しかたなく「テレッテテレレレッテレ」でググったら見つかるという驚きを伝えておきたくて。

    「あこがれ」がオルゴール曲の序曲で始まって、「家へお帰り」のエンディングが同じオルゴール曲で終わって、そのあと曲間が少し開いて「傘がない」が始まる。これはサージェント・ペパーズでの「ア・デイ・イン・ザ・ライフ」と同じなので、「傘がない」はそれまでの曲と別の位置づけになってる。


    「うにラーメン」が食べたい。うにがビッシリ入ってるの、殻だけ。中身は無し。しかも汁なし。そんなの食べたくない。寝る。

    本日の「一度使ってみたいフレーズ」は「おいおい、そいつはちょっとパッショネイトすぎないか?」で。「パッショネイト」好きなんだが、パッショネイトな奴がなかなか見つからないので使う機会がない。

    「カニチャハーン」が食べたい。「カニチャーハン」ぢゃないの。キラー・カーン的な何か。特殊健康食品カニチャハーン。

    「忘れがたない虹と花」ってなんだっけ、とググってみたら、中原中也だった。中原中也を忘れてるのはさすがにまずいと思った。

    自宅の部屋がどうにも不快で、しかも不快であることにも気づいていなく、ただただ不幸な気分に浸っている状態だったのだが、ふと思い立って扇風機を出して動かしてみたらすべてが解決した。蒸し暑かったのだね。


    2020年03月26日

    「ズモフ/バルーン型投光機/ビュッフォン」(さうして、このごろ2018年1-3月版)

    「コチュジャン・エクスプレス」ってのを考えた。めっちゃ辛い。そしてめっちゃ速い。なにそれ。

    「かわいそうなウーゾ」ってのを考えた。どんな善良な人にも嗜虐心を抱かせる過酷な宿命からウーゾは**するのだけど、それはお星様も誰も、読者さえも見ていなくて、読者が読まされていたものは実はべつものであり、あらゆる嘆きは届かず、記憶にも留められず、すべてはなかったことにされるの。

    帰り道を見てみたら知らぬ間に雪が降って、そして止んで、道路は真っ白に薄く雪が積もっていて、雲は去り空が見えている。ともあれ自転車を転がしながら、転ばないように細心の注意を払い、ゆっくりと長い坂を登り、そして下り、なんとか家まで帰ってきた。

    "LAY YOUR HANDS ON ME"を聴いて感涙していたら、急に「全ての言葉はさよなら」ってのがどういう意味だかなんかわかったような気がした。「全ての言葉はこんにちは」ということは決してないのだな。

    車で皆既月食の見やすいところを探してTSUTAYAとかコンビニの駐車場とか行ったけど、だれも皆既月食に興味を持っている様子はなくて、なんだか独りで無邪気に月探している俺おっかしいなとか思いながらスマホで写真を撮った。

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    ふと思い立って「ズモフ」で調べてみたらプロレスラーにバック・ズモフ(Zumhofe)という人がいるのを知った。って以前書いたような気がするが、記録が残ってない。デジャヴ?

    「お祖父さんが作ったドールハウスが泣けるほど昭和の住宅だった」ははあ、コレジャナイロボ案件ね、と脱力笑いネタと思って読みすすめたら「お祖父さんの夢を形にした家なのかも」というところで感涙してしまった。

    年度末になると道路工事が増えるけど、夜に使う「バルーン型投光機」がなんか怖い。あれ見るとギョッとする。真夜中にビルの間から半月が現れたのを見かけるとギョッとするけど、たぶんそれと同じ理由。


    ある種の「優美さ」を尊ぶ人からは私は無教養でがさつな人間だと思われるのだということをひさびさに思い出した。研究者の中で生活しているとほとんど忘れてしまうのだけど、立ちふるまい、言葉遣い、身につけるもの、そういうものを見て即座に他人を評価する人達がいるのはアタリマエのことだった。

    俺が普段の会話でもn=1で一般論に持ち込もうとする話を聞くのが耐えられないのと同じように、ある種の人は猫背で歩いたり箸の使い方が下手だったりするのを見るのが耐えられなかったりするのだろう。


    車の中で「1,2,3,4,5,6,7,休, 1,2,3,4,5,6,7,休, 1,2,3,4,5,6,7,休, 1,2,3,4,5,ビュッフォン」っていうジングルを考案して精神統一を図った。

    って書いてみて気づいたけど、"You never give me your money"のアウトロのパクリだな。ギャフン。じゃなくてビュッフォン。


    淀から八幡市のところ、めちゃ楽しいな。巨大な列車基地があって、無茶なカーブがあって、いい感じの河川があって、ケーブル支線があるって、アトラクション盛り込み過ぎだろ。<=鉄ちゃん

    エクストリーム帰宅を成功させて21時30分には名古屋駅に到着したが、驛麺通りはすでに終了だった。そういうわけで夕食は岡崎西友の割引弁当に確定した。


    もしポプテピピックOPの「パラレルワールド旅して 鏤める願いに気付いて」が壮大な伏線で、この伏線が最終回で回収されたりしたら感動して泣く自信があるが、そんなことはけっして起こらないだろうと思っている。(<-「脚本の人そこまで考えてないと思うよ。」のコピペを思い出しながら)

    「おお、おお、おお、俺の『ネコちゃん警察署捜査本部』よ、いったいぜんたい、どこへいっちまったというんだい?」(reprise)

    寿司食いたい。他人の金で。雲丹ばかり注文して呆れられたい。

    鰻食べたい。他人の金で。入店してから一時間かかるような老舗で、待っているあいだにビール2本空けてお腹いっぱいになって、やっと出来上がったやつを端っこの方だけちょっと食べてあと全部残したい。でもこの望みはかなわないだろう。なぜなら鰻はもう10年前に絶滅してしまったのだから(<-未来人)。

    スバカマナで恒例のアニバーサリーバイキングをやっていたので子どもたちと行ってきた。5種類のカレーは辛くないけどそれぞれ味わい深いし、チーズナンはいつもどおり美味しかった。こういうのでいいんだよ こういうので

    最終回見た。「パラレルワールド旅して 鏤める願いに気付いて」マヂでループもの的な伏線回収があったのでたまげた。


    2020年03月24日

    「ズボラッティ/ヨシダルシダ」(さうして、このごろ2017年10-12月版)

    「立憲」付くと明治っぽいよね。カイゼル髭はやしたい。海に太陽が溶けこみ、太陽に向かって鳥が溶けこむ。アトラース神の豪腕が大地を踏みしめ天空を支える。

    カラオケ屋で「俺がサザーンマン歌うから、お前は次にスイートホームアラバマ歌ってくれ」みたいな打ち合わせしてみたい。思い出のレコードと、大げさなエピソードを…

    こないだのKフォーラムのときに「ニューヨーク・シティ・ボーイ」歌ったのに、このネタ振るの忘れてた。次回はぜひ「スイートホームアラバマ」を「スイートホーム岡崎」でキメてみたい。

    「クロマニヨン」にはフランス語テイストを感じるなと思って綴りを調べてみたら"Cro-Magnon"だったので思わずうっとりとした。


    「1・2のアッホ!!」のことを数十年ぶりに思い出した。そして忘れる。

    「pooneilさんのもやもやクリニック」ってのを考えた。モヤモヤしてるの。しかもべつにそれを治療してくれるわけでもない。ただただモヤモヤしてる。迷惑〜

    雨の中を自転車で帰るときの「実存スケール」とは、軽い順に1) 雨降る前の空気の臭いで気分がいい 2) 霧雨じゃ、濡れて帰ろう、と武士を気取ることが出来る 3) 雨の中で傘もささずにスマホをいじる英国紳士を気取ることが可能なくらい 4) 悲壮感の中にも濡れながら走るヒロイズムにひたれる 5) なんでこんなバカな選択をしたのか、自分に腹が立つ、となってます。

    「デイドリームおとうちゃん」ってのを考えた。ずっと夢を見て、今も見てるの。(<-寝ろ!)

    ワイルダー、と言ったらペンフィールドです。ではスペンサーと言ったら?」「ドライデン!」「正解!」まで書いてから調べてみたらスペンサー・ドライデンは2005年に亡くなっていることを知った。

    ドノヴァンの"Wear Your Love Like Heaven"の歌詞にはいろんな色が言及されるんだけど、rose carmetheneってのがどんな色かわからない。ググるとドノヴァンの歌詞ばかりヒットする。画像検索からすると、サルビアの花的な色?

    次男が自作のチェスを持参して勝負に挑んできたので受けて立ったが、完全に負けた。将棋でもオセロでも負けたことがなかったのに。もう俺から教えてあげられることは何もないな!

    「ズボラッティ」ってキャラを考えた。いいかんじにヒゲなの。でもミラーニューロンとか発見してない。ズボラだから。こりゃ参ったネ!


    ウィキペで「ロビン・ダンバー」の項目を読んでいたつもりがいつのまにか「エインズレー・ダンバー」の項目を読んでいて、気がついたらキャブテン・ビーフハートの"I’m Gonna Booglarize You, Baby"を聴いてた。(<-よくある)

    次男がこういうメロディーの曲をiPodに入れたいんだけど、と歌いだしたので、ヲヂさんイマドキの歌はわからんがなーと聞いてみると、「残酷な天使のテーゼ」だった。それはさすがに知ってた。

    「俺の懐のオムネティクスが火を噴くぜ」(<-世界初プレクソン自由律俳句)

    ヨシダルシダ、ってのを考えた。カメラじゃなくて吉田が丁寧に書き写してくれるの。べんりー

    今日で私のナイター練習手伝いは最終回。こうやってガッツリ次男のイベントに付き合うことも今後あまりないだろうと考えると感慨深い。ともあれ怪我しなくてよかった(私自身が)。毎回左膝が痛くなっていたが、今日は右膝もキタ。無理しないように気をつけて、ギリギリ大事には至らずに済んだ模様。


    「遮断器のない踏切、信号のない横断歩道」ってフレーズを考えたが、あんまり語呂が良くない。

    次男がマラソン大会で活躍したお祝いに寿司へ(回転するやつ)。栄光に向かって陽のあたる坂道を駆けのぼっておられる。いっぽうでその父ちゃんはといえば、うだつの上がらない惨めな生活を未練がましく続けては、緩慢な死へジリジリと向かっておる。

    俺も宮廷薬剤師になりたいなー(<-人生に迷ってる)

    「再生核ヒルベルト空間」ってものものしくて好き。「ヒルベルト先生、核を再生しちゃったんですか?!」って聞きたくなるよね。

    ひさびさに"Travel is dangerous"を聴きながら打ちひしがれている。いま聴くべき曲ではなかった。


    2019年09月23日

    「オクラホマ・ミキサーってプロレスの技っぽい名前だよね(<-イケメン声で)」(さうして、このごろ2017年7-9月版)

    サリエンスの定義として「そこに行けば どんな夢も かなうというよというcounterfactual expectationを持たせる場所」というのを考えた。(<-それパクリ)

    「ブタにゃん」ってのを考案した。ブタなの。ネコじゃない。(<-論理的)

    皆既日食の映像を幾つか見たけど、みんなわかってねえっつうか、そんな拡大した映像でフレアとか見てもしょうがないだろ。端的に、昼間だったのが暗闇になってしまうっていうこの世ならぬ異様さを露出の自動補正なしに記録するってのが見たいんですけど。(<-なにもしてないくせにエラソー)

    明け方まで散々飲んで語って、始発電車に乗って帰り道、もう喋ることもなくて、なんか手持ち無沙汰で、なんてことがあったような気もするし、無かった気もする。あっても無くてももはやどちらでもよいのだし、そのとき雨さえ降っていなければ、万事問題なしなのだ。


    先日5年ぶりくらいでカラオケに行ったのだけど、選曲に遠慮があって不完全燃焼だった。次回のために候補曲をリストしておく:“Lay Your Hands On Me”,“人間発電所”,“The Nights”,“New York City Boy”,“Built To Last”,“Snowdome”,“スターライトパレード”,“なないろびより”,“コネクト”,“アルクアラウンド”,“Birthday song, Requiem” だいたいJoysoundにしか入ってないということも判明した(<-検索してるし)。

    (Kフォーラムでの講演の終了後)そのあとカラオケへ。今回は「ダンシング・クイーン」「招待状のないショー」「New York City Boys」「ロビンソン」で。「コネクト」「The nights」「アルクアラウンド」はなかったので断念。「さよなら」と「12月の雨の日」は時間切れで歌えず。楽しかった。

    「ぼくのフレンド」と「ようこそジャパリパークへ」も歌えるようにしておかないと。


    「40歳になるころには 単著の一つも出して ひとりで地下室のある家を買い 週末はギターを弾いたり、 メロン、 メロンはどうでもいいや。」http://twilog.org/pooneil/date-080909

    ストーン・ローゼズの再結成にも来日にもさっぱり興味はなかったが、このグラスゴーのスタジアムでのライブで、観客がリフから歌まで全部大合唱しはじめちゃうこの現場には居合わせてみたいと思った。I Wanna Be Adored https://www.youtube.com/watch?v=YthoNkDAWkw


    ネットを彷徨っていたらウィキペで「ダダイズム」の項目で「萩原恭次郎」なんて懐かしい名前を見つけた。こんなものまでネットにはあるのか。 https://ja.wikisource.org/wiki/ラスコーリニコフ

    中学生の頃に中原中也経由でダダイズム・シュルレアリスムに目覚めて(<-まさに厨二病)、それからアンドレ・ブルトンの「溶ける魚」(当時は全集にしか入ってなかった)とか探して読んだものだった。

    それはサイケデリック音楽を知るのと同じくらいの時期で、私はアルチュール・ランボーの「詩人は長期間の、破壊的で計算された錯乱によって見者になる」を本気で受け止めて、そういう表現を追い求めていたのだった。そういった「反自然主義的」なものへの志向(嗜好?)は現在に至るまで変わらず続いているようだ。

    その頃マン・レイの展覧会に行った記憶がある。http://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000135536 横浜美術館美術情報センター https://yma.opac.jp/opac/top (追記:2019年現在サービス利用不可能)の情報を参考にして調べてみたところ、1986年、高1の夏の小田急グランドギャラリーと判明。水泳部の練習の合間に行ったらしい。元気だ。


    今週のYAで三月のライオン読んだら、幸田香子のモノローグ回だった。形式としては幸田母のモノローグ回(Chapter 97)を踏襲している。あの回は幸田母の贖罪意識が表現された神回でラストのページ読むと毎回泣けるんだけど、それはそれとして、今回の幸田香子のモノローグ回はどうだろう?

    香子が贖罪意識を持ってました、で終わりでは済まないと思うんだな。そうするとあれは壮大な前フリなんじゃないかと思う。香子がそのように「わかって」いたとしても、いざ桐山零と対峙したときに再びコンフリクトが起きるのを避けられない、そういう業がないと香子らしくないだろう。

    そこを零と香子が乗り越える過程で、ひなたもいまのオコチャマ状態から自分の手で掴み取る行動を起こすところまで行かなければきっとこの話は閉じないだろう。作者がそこまでごまかしなしに書いてくれるのを期待してる。


    今日は岡崎の花火大会なんだけど、次男はママと泊りがけでソフトボールの大会、長女は友達と遊びに、というわけで独りの夜を迎えている。この20年くらいで初めてだろうか。家で肉でも焼くかと買い物に行ってみたら大渋滞。しかたなくチャーハン山盛り作って全部食ってうたた寝して目覚めたところ。

    夜中に車を運転していて、道路標識とかが人の顔にパレイドったりすることはまああることだけど、一昨日遭遇した事案では、大きな黒い牛が見えたと思ったら、暗い道に駐車してあるワンボックスカーだった。流石にそれはねーよ!と思った。


    休暇二日目。奈良美智展@豊田市美術館。 http://www.museum.toyota.aichi.jp/exhibition/2017/special/narayoshitomo.html 実物を見るのはこれがはじめてだったけど、とても良かった。ついでに、入り口のレコードジャケットのニール・ヤングのセレクションがソロのファーストとオン・ザ・ビーチだったのが気が利いてると思った。

    長女の文化祭の手伝いとやらで、あちらこちらに買い物連れて行ったり、写真の印刷手伝ったりとか、なぜか俺まで忙しい。(<-うれしそう)


    伊賀に行ってすき焼き食べたい。10年ぶりの「金谷」で、あれ?こんなもんだったっけ?とかがっかりするもよし、やっぱりうまかったと感激するもよし、どちらでも後悔はしないだろう。いざ生きめやも。

    太陽からの熱線も、紫外線も、大粒の雨も、雹も、煉瓦も、蛙も、すべてのものが、すべて同じ強度で降り注げばいい。手を上げて受け止めることすらできず、全てが平等に破滅させられ、全てが平等に生き残る機会を与えられ、海の深いところまで、浸透され、貫通され、透徹され、埋葬される。

    リハビって理蔓延る。

    俺は根本敬作品で言うところの村田藤吉で、吉田佐吉みたいなのに見つかっては喰いものにされる人生を繰り返してきた。自分なりに工夫はしているけれども、事態は好転せず、いつぶん殴られるかと怯えながら日々を暮らしている。ホントだよ。

    こんなに「敗北主義者」をやっていても、予想外の悪意にぶつかれば、胸は痛むし、眼は廻る。だから、自虐と自己弁護で、固く固く自分の身を守りながら、終わりのない退却戦をつづけるのだ。


    ハシビロコウの嘴焼きが食べたい。身は要らない。

    カリフォルニア・ロールはもう飽きた。シカゴ・ロールが食べたい。シカゴ・ロールには◯◯◯ウナギが入ってる。まで書いてから念のためググってみたら、シカゴ・ロールって本当にあんのかよ。https://www.tripadvisor.co.uk/LocationPhotoDirectLink-g39588-d405790-i89077491-Malone_s-Lexington_Kentucky.html https://www.yelp.com/biz_photos/annas-asian-grill-and-sushi-bar-chicago?select=DWKf-tIweKcoR6_zqYggDA

    念のため「嘴焼き」もググってみたら、「あひるのクチバシ揚げ」ってのがあることを知った。http://blog.livedoor.jp/ma888tsu/archives/51711852.html 世界は、俺の想像力よりも、ずっと広い。


    「オクラホマ・ミキサーってプロレスの技っぽい名前だよね(<-イケメン声で)」ってツイートをしようとしたが、念のためググってみたら「オクラホマ・スタンピート」と混同していることがわかった。スッキリした(<-スッキリすんな!)。

    「動物の賢さがわかるほど人間は賢いのか」ってタイトルには、なんで俺人間代表として責められなきゃならないの?って涙目になる。「意識はいつ生まれるのか」ってのもいつになったら生まれるんだと責められて動揺した。「森田はいつになったら一流になるんだ?」とか言われながら杖で殴られる感じ。

    「会計680円で1180円出すのが気持ち悪い?」ってのをみて、なるほどそういう人もいるのかという「気づき」を得ることができた。なんなら、私は会計688円で1243円出したりするけど。


    2019年09月05日

    ロサ会館の大黒屋。(さうして、このごろ2017年4-6月版)

    「石鹸みたいなカップケーキ」「フィラデルフィアからフィラデルフィアへ」

    「猫に小判」をバレないように「コヴァン」と発音する技法を開発した。

    今日は花見。ウクレレ引きながらコード進行を考えていたら、こんなのが気に入ったので、乙川の土手を演奏しながら歩いた(<-不審者)。|X543|X542|*2 |X220|X120|*2

    このあいだの花見で思いついたコード進行でギターを弾いてSoundCloudにアップしておいた。|Cm |Cm7b5 on Ab |A |AM7 on E |

    pooneil68 · Guitar+Pad |Cm |Cm7b5 on Ab |A |E6 |

    進化論で出てくる系統樹って、いま生存しているものから遡るんではなくて、絶滅したものまで入れて作れば、たえず枝分かれしては絶滅してゆく繰り返しのなかで、ほんの僅かな偶然を辿っていまここに生存しているというのが見えるはず。これ見つけた:https://j.p.gogarten.uconn.edu/

    さっきのツイートの図を見ると「生存バイアス」を可視化できたようなかんじがしてなんだか面白い。 https://j.p.gogarten.uconn.edu/ToL.gif


    その昔池袋ロサ会館でジンギスカンの安い肉食べ放題のチェーン店があって、正直美味しくなかったけど、とにかくたくさん肉食って、たくさんビール飲んで、たくさん吐いて、それで幸せだった。あの店の名前が思い出せない。歌舞伎町コマ劇場近くにもあった記憶があるのだけど。

    (追記:同じ疑問を持っている人を見つけた。答えは「大黒屋」だった。そう言われるとそうだった! https://twitter.com/tsuyu2011/status/781250650113998848 )


    長女が一眼レフカメラ買いたいっていうんで情報集めているところ。カメラに興味持ったことがなかったけどいろいろ調べてみたら面白くなってきた。とくに標準レンズキットでどれ選ぶかとかはあらかじめ決めておかないと割高になるので悩ましい。

    今日はカメラを買いたいという長女に付き合っていたら午後から夜までまるまる費やすことになってたいへんだった(<-満更でもない様子)。でも買うところまでたどり着けたので良かった。


    Miku-gazer 2011 (Vocaloid2) https://soundcloud.com/pooneil68/miku-gazer-2011 6年くらい前に初音ミクでシューゲっぽく作ったもの。

    pooneil68 · Miku-gazer 2011 (Vocaloid2)

    「最後のバスはもう出ていってしまった。私は真夜中の道を記憶だけを頼りにして進まなければいけなくなった。バスならすぐ到着する場所へ、私は夜通し歩きつづける羽目になった。私は自分の愚かさを恥じて、誰にも相談せずに、登り坂の向こうにかすかに見える街の明かりへと引き寄せられていった。」


    「The 13th Floor Elevators 47年ぶりの再結成ライヴ」http://amass.jp/56251/ もう2年前のニュースだけど、今知った。トミー・ホールが壺をトゥクトゥク鳴らしてるのが聴こえる!こんなことってあるんだ!

    わたしのエレベーターズ愛はこちらを参照「俺がもし人生をもう一度やり直せるなら、the 13th floor elevatorsで壺にマイク突っ込んでトゥクトゥクいう役、あれをやりたい。」http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001392.php http://pooneil.sakura.ne.jp/archives/permalink/001400.php


    "Eleanor Rigby"の歌詞ではエレノア・リグビーという老婦人とマッケンジー神父の生活が1番と2番で別々に描写されて、3番で初めてふたりとも描写される。それで死んだエレノアの葬式には「誰も来ず」埋葬をしたマッケンジー神父が手の泥を拭うわけだけど「誰も救われなかった」。

    なんか舌っ足らずだと思ってた。じつは叙述トリックで二人は邂逅してなくて、もし 二人が出会ったいたならば「誰も来なかった」「誰も救えなかった」は回避されたかもしれなかったけど、それすら起こらなかった、っていうドラマチックさが排除されてよりいっそう侘しいものになったってのでどうよ?

    もしかしてそういうふうに読めないか3番の歌詞を再読したが、"wiping the dirt … as he walks from the grave"でtheがついてるからやっぱエレノアの埋葬としか解釈できないか。


    実家が立て直しをするので家に置きっぱなしにしてきたものを片付けてきた。JAのフィルモアライブのポスターのレプリカ https://www.wolfgangs.com/jefferson-airplane/posters/poster/BG042.html がずっと壁に貼りっぱなしだったのだけどそれも剥がした。そのとき自分のかさぶたを剥がしたような痛みを感じた。(<-ウソ)

    酔っ払った頭で阪大の西入口を出て、阪大病院前のモノレールにいくよりは歩いたほうがいいはずと池の周りを歩いたら、山田駅のつもりが北千里駅で(どうして勘違いした?)、もう時間が間に合わないのでタクシーで千里中央まで(幸い1000円以下だった)いって、新大阪に出たら東京行き最終だった。


    「地獄に仏の喩えもあるさ さよならだけが人生だ」

    岡崎行きの空港バスに乗り込んでみるとなんだか憶えのある臭いがして、いったいこれはなんでながあったらうかと思案していたが、ブックオフの臭いだ、と合点がいって満足した。

    おととい久々に夢の内容を覚えている夢を見たのだけど、その中で私はUS西海岸のサイケデリック・ロックとUKのサイケデリック・ロックのどっちが好きかを誰かにコンコンと説明をしていた。色も音もなかった。つまりそれはいつも通りほとんど「思考」で、知覚経験らしきところはなかった。


    VSSのときからちびちび読んでた「人間の大地」 (光文社古典新訳文庫版)を読了。新潮文庫の堀口大学訳と比べると格段にわかりやすくてよかった。新潮文庫で読んだときはそもそも初めの章で乗っているのが市電だってことすらわからなかったから(バスか何かだと思ってた)。

    それでもまだ本当のところ、この話での飛行機ってのがどういう規模のものかという情報が足りなくてイメージが定まらない。宮﨑駿のイラストで書かれるようなものでイメージしてたけど、どうもそれは正しくなさそう。


    "Life"を買ったときのことはよく憶えている。宮下研から派遣されて岡崎に住むようになる直前に日本薬理学会年会が1995年3月に名古屋で開催されて、帰りに近鉄パッソにあったタワーレコードに寄ったらこれがヘビロテされていて、即購入したのだった。当時の新生活への高揚感と混ざっている。

    いちおう裏とりをしてみたら(<-律儀)、 http://www.pharmacol.or.jp/society_infomation/chairman/kaicho.html を見てみたら第68回は1995年3月に名大の日高先生が会長で、Lifeの日本での発売日は1995年3月25日だった。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ライフ_(カーディガンズのアルバム)


    中高生の頃の私の口癖は「要するに」で、吉田お前要するにって言うけどぜんぜん短くなってないじゃんとよくツッコミ入れられたものだった。今にして思えばこれは私の本質を突いている。結局のところ私は今でも「要するに」って言いたいだけなのだろう。そんな詰まらない奴だとは認めたくないけど。

    ブログに書いていることもそういうことで、論文とか本とか読んで、「要するに」こういうことだろ?って書いてみるのだけど、凡庸なまとめだったり、的外れだったり、はたまた独特な理解だったりということを蓄積しているのだろうなと思う。


    気持ちいい季節の、我が家に誰もいない時間が3時間ほどあったが、昼寝で使い果たしてしまった。でも幸せ。

    近所のローソン100円ショップは昭和50年台に建った住宅地に入居したご老人をメインターゲットとした立地だが、現代アイドル歌謡がヘビロテされていた。別のバイトの人のときはアニソンで、また別の人のときはビジュアル系なので、どうやらある程度自由が効くらしい。労働者のQOL的にいい話だ。

    ブクオフとか行くと同じ放送がずっと流れているので何度もイノセントワールド聞かされたりする。客は一瞬だからどうでもいいだろうけど、従業員にとっては辛かろう。

    やっとこさ「河合荘」最新刊読んだけど、最高だな!「世界が美しく見える」の描写のところとか、超共感した。そうだった、俺もそれを知っていた。さあ頑張ろう。


    「【昭和時代】昔、お風呂入る前に棒でかき混ぜてなかった?」https://togetter.com/li/1124785 うちは築40年でボイラー式だからいまだにお湯かき混ぜてる。子供と一緒に風呂入って追い焚きしながら火傷しないようにブロックして足でかき混ぜつつタオルくらげ作って遊んだものだが。

    東京の昔ながらの鰻屋に行きたい。独りで行って、本も携帯も持っていくのを忘れて、することもなくぼんやりして、1時間くらい待たされて、でも全然美味しくなくて、しかも7000円くらい取られて、でもぜんぜん惨めではなくて、暑い夏に空気が揺れて、お迎えがきて、そのまま消え去りたい。


    2019年09月04日

    暗い部屋で、「優しい世界」に浸りながら、千年眠りつづけたい。(さうして、このごろ2017年1-3月版)

    寝息の音がするから誰かなと思ったら、自分の呼吸が窓に反射して聞こえるのだということに気がついて、試しに息を止めてみたらたしかに音が消えた。(<-いったい何が言いたいの?)

    今日の節分はひさびさにパパが鬼になってみたが、鬼のお面がないので、恐竜が飛び出すホログラム加工してあるウチワをお面代わりにして鬼になった。皆さん容赦なく鬼に落花生をぶつけてくれて、今年もつつがなく節分が終了した。

    ハシビロコウが動かないのは怠け者だからなのではなく、奴が動かない間にも頭の中はフル回転、最大のepistemic valueを得るために奴にとってのベストを尽くしてるんだな。つまりexloration-exploitionのバランスが我々と違うだけのことなんだ。(<-FEP小咄)


    田嶋さんのセミナーが来週金曜日にあるとのこと。この機会にPLoS Comp BiolとNature Comm論文を予習して理解できるようにしておく予定。 https://twitter.com/satohirotajima/status/828776630915067909

    はぁ…他人の金で寿司食べたい…あと自分の金で浅草今半で両親にご馳走して感謝されたい…無理だけど…(<-いますぐやれ!)


    FBとかでオモシロ動画みたいなのが流れてくると、それを楽しむ前に、データのソース情報なしにクリック数だけ増やそうとしているサイトに加担するのが嫌で、元ネタ探しの旅を始めてしまう。そしてたいがい元ネタは見つからない。

    はやくgoogleがパクリサイト追放の一環としてオリジナルの素材(画像、動画、文章すべてについて)の同定をして検索結果に反映するようにしてほしい。

    いろいろ思い通りにいかなくてしんどいことばかりではあるけれど、このあいだのFrontier論文を読んだ人が賞賛のコメントのメールを送ってくれたので、なんだか元気が出てきた。

    もっともっと、ニュートラルに、無邪気に、なんなら非人間的に、日々のよしなしごとが通り過ぎてゆくさまを書きたい。


    (ニュートンプレスに民事再生手続のニュースを受けて)「ニュートン」誌ってほとんど読んだことがないので、正直スマンかったとしか言いようがない。小学校の時は元素の周期表が大好きな化学(not科学)少年だったが、そのあとは詩とか小説とか音楽とかそういうのばっかで、高校3年で有機化学に開眼した。化学と文学!

    そういうわけで、ホジキン・ハックスレー方程式を理解して感動したとか、デヴィッド・マーの「ビジョン」を読んで世界が変わったとかそういう正統派的な経験はない。ベイトソンと岸田秀とヴァレラから入っちゃったから。もしあそこで清水博経由でまじめに生物物理を学んでいればと思わなくもない。


    長男は無事合格して、この春から東京へ向かう。子どもが家を出るとは、俺の人生も終盤に差し掛かったなという実感がある。俺自身がまだ何者にもなっていないというのに。

    ふと見渡すと、岡崎は山に囲まれていることを実感する。


    「新入生たちに送るξ(グザイ)の書き方」https://togetter.com/li/1092915 グザイ嫌い。フリストンのFEP論文読んでてもグザイが出てくると全部xiに置き換えてノート取るくらい。全てのグザイを生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来の全てのグザイを、この手で。

    恵文社一条寺店好き。ちくさ正文館も好き。働かず、気を使う相手もいず、何故か生きるだけのお金はあって、食欲もなくガリガリな草食キャラで、レコード屋と書店とを往復しながらそれにも飽き飽きしているような高等遊民として人生を過ごしたい。来世はその方向で。(<-ついに諦めた!)


    「勝ったな!ガハハ!!」っていいな。

    洗濯してベランダに干して、ラボに向かってたら、いきなり雨が降ってきた。オイオイオイー、雨降って地固まる!

    もりの、くまさん!

    すっごーい!(<-心が浄化された)

    「リサフランク420 / 現代のコンピュー」ってのを見つけて気に入ったが、youtubeにあるのもsoundcloudにあるのもどれが公式かわからないからリンクできない。

    暗い部屋で、「優しい世界」に浸りながら、千年眠りつづけたい。

    たしかに、砂漠のシーンで「なにもないね」ではなくて「砂がいっぱいだね」って反応したところはハッとした。


    飛行機は無事新千歳に到着した。これから札幌に向かうところ。

    シースー(<-うざい)も済ませて、ホテルにチェックイン。スライドを手直ししたくなってきたが、あんまり難しい話にもしたくないのでバランスを考える。質問の答用資料に回すか。

    雪がやんで真っ白な街を見ながらの帰り道に「Last regret」とか聴きながらメランコリックな気分に耽溺した。空港には雪ミクミュージアムがあったがグッズはあまりなかったので、手ぶらで帰ってきた。(雪まつりになってからが本番だろう。)


    2019年09月03日

    王と王子と神と天使のどれになりたい?(さうして、このごろ2016年11-12月版)

    コンビニで「ハッピーターン250%」を手に取ったときに急に思ったけど、なんでホコリを被っている商品が皆無なんだろう。昔は埃かぶったカビ臭い店でおばあちゃんがもの売ってたはずだ。強烈な効率化でこれが成り立ってるんだな。でもそういえばこないだの昭和な温泉宿の食品店は埃かぶってた。

    今日は子どもたちとスバカマナで60分食べ放題コース。久しぶりに和んで会話した。長男の「小5でアジカン、中2でシューゲ」という名言も出た。

    夜中にトイレに起きて、家族がみんな寝静まっていて、体温と寝息で人の気配があるのを感じると、これは奇跡のような事実で、今この一瞬に誰もいなくなってしまったら、この家は幽霊屋敷だなとか思った。

    自転車での帰り道には「累積ガウシアン関数、ロジスティック関数、ワイブル関数、などまあ数多くございますが、どれをお使いになってもねえ、同じような、もんですが(<-スネークマン・ショーネタ)」という返答を考えていたが、展開上、使う場所がなくなったのでここに貼る。(<-貼るな)


    明日は早起きして次男のソフトボールクラブチームの試合のお手伝い。スコアボードに点数を書くだけのカンタンなお仕事で、特等席で次男のプレイを見ることができて、あとで指導に役立てることができる。俺の人生にとってこれがいちばん大事と言っても過言ではない。それでも早起きは辛い。

    「王と王子と神と天使のどれになりたい?」私は天使かな。ひれ伏されたいのでもなければ、ちやほやされたいわけでもなければ、全知全能の力を振り回したいのでもない。よき知らせをもって世界にふれまわりたい。

    俺も出世コースを外れたらアラーム鳴る機能つきのゴーグル欲しかったよ(<-正直すぎ)。と言いたいところだけれども、自分の体が出しているアラームのほうがもっと大事だからなあ(<-マヂレス)

    次男のソフトボール大会のお手伝い終了。次男のチームは残念ながら予選敗退。チーム全体としてまったく打ててなかったのでヤキモキしながら得点係やってた。次男の遊ゴロ内野安打が唯一のチーム打点となった。

    山の上にある中央総合運動場からの帰り道に谷を渡る橋から見下ろす道がビルの15階くらいから見下ろすような高さで見えるのだけれど、そこを自転車で下りながら「ここからいま飛び降りる理由なんてまったくないな」と唐突に思った。ほんとうに唐突だったので、なんでそう思ったかもわからない。


    行くも地獄、引くも地獄なら、そのときの報酬を最大化するのではなくて、取りうる選択肢が増える方向を選択したつもりなのだけれど(<-FEP)、もちろん後から振り返らないと、本当のところはよくわからない。

    ヘドバとダビデ(「ナオミの夢」)で有名なダビデのフルネームはDavid Rosenthalであることが判明した。だからなんなのだと言われても困る。


    「三三七拍子というけれども実はあれは普通に八拍子だよね。ということでガチで三三七拍子やります」と言って3-3-4-3の変則ビートを手拍子で刻むっていうネタを実践したことがあるのだけれど、あれは自分で思いついたオリジナルで、あのときの俺は冴えていたと思う。

    あと、「指切りげんまんで『針千本飲ます』っていうけど、あれを『針一本飲ます』って言い直すと、ガチで飲ます気が出て怖いよね」っていうネタもあったけど、あれも自分で思いついたオリジナルで、あのときの俺は冴えていたと思う。

    という話をツイッタに書いたことあったっけと思ってtwilog調べてみたらそれはなかった。


    サンレコの最新号はプライベート・スタジオ特集。https://www.amazon.co.jp/gp/product/B000LE0RKS/ 高校生くらいのときに漠然と将来のことを考えながら、地下室のある持ち家で防音設備があってギターが弾けて、みたいなことを夢見ていたことを思い出した。

    世界がもう少し良くなってくれたらいいなあ(<-ネット見ながら思ったことを書こうと思って、エッジを削り、オブラートに包みまくったら、まったくなにも言ってない表現になってしまった状態)

    俺は、俺の「ズッコケ道中」を、クサらず、卑下せずに、ただ進み、目的地に辿りつく手前で退場してもいいんだと、最終地点などないのだとわかったうえで(<-途中でどうでもよくなった)


    「アインシュタインが黒板の前で6-3=6と書きながらベロを出している」という画像をネットで見たが、それは当然コラなのだけど、ソースはどこかと調べて、でも簡単には答えが見つからず、ふと「そんなことは俺の人生にとってはどうでもいい」ということに気がついて止めた。(<-よくある)


    田中一村は「白い花」が好き。中央画壇に背を向け、奄美で極貧の中作品を書いて「日本のゴーギャン」となった一村に対して、画壇に受け入れられた最後の作である「白い花」を好きと言うことはたいへんダッサいことかもしれない。俺の感受性は彼の人生選択を裏切っている。でもこれがいちばん好き。


    短い曲っていいなあとあらためて思う。Tyranosaurs Rexの"Salamanda Palaganda"ってヴァースとコーラスの構成で3番まであって、アウトロで違った展開もあるのに2:16で終了する。美しい。こういうのを目指したい。

    素朴な驚きとして、弦の振動や太鼓の震えや声帯の響きが、スピーカーの振動板というぜんぜん違う素材によって再現できることって、ほんとうに不思議だ。液晶ディスプレーに光る蜜柑や人の顔や這いずるワニが画面に写ったものにしか見えないことを考えると、まったくありない奇跡のように思える。


    Likeよりもリツイートしろよ!ってのはごもっともだけど、ツイッターの仕様的にリツイートするとツイート数が加算されるのが気に食わないのでリツイートはしないことにしている。今の仕様でのツイート数はオリジナルなコンテントの数になってないので間違ってる。同じ意見を聞いたことはないけど。

    ツイッターより前にブログを始めていたせいか、ツイートをフローというよりはストックとして扱いたい気持ちが強い。だから自分にとってツイートは140文字ギリギリに収まるように繰り返し推敲したミニブロクのエントリであり、いまの18,430ツイートをリツイートで薄めたくないという気持ち。


    いま部屋にある除湿機は、稼働しているときはずっとモーター音がしているのだけど、除去した水が満タンになるとファンを停めて静かになってしまう。つまり、満タンになった水を捨てて再稼働させるためには「無音であること」に気づかないといけない。これってけっこう難しい。サリエンシーがないから。

    同じように、誰か特定の人のツイートがしばらくないなあとかいうことも気づきにくい。なんかの拍子に、そういえば最近見てないなあ、みたいなかんじになる。ここから導き出せるのは、「自分のツイートを待っている人がいるから書かなくては」なんて考えはまったく不必要ということ。

    だから、いつでもフェードアウトしていいのだけど、なんだかんだと書きたくなることがあるから書き続けてしまうんだなあ。(<-変な締めかた)


    今日は長女が昨日の余りご飯でチャーハンを作ってくれた。たいへん素晴らしい。iPod Touchが台所にあったところを見ると、作成過程だか成果物の写真をインスタに上げたらしい。パパはツイッターで娘はインスタ。


    2019年07月21日

    2016年10月チュービンゲン出張メモ

    そろそろチュービンゲン出張の準備を、と思って気温を調べてみたら最高12度、最低4度とかでクッソ寒いもよう。まだ自分は膝丈パンツにアロハシャツという状態なので、ちょうどこのタイミングが衣替えとなりそう。

    明日からのチュービンゲン出張に備えて、時差分夜更かししてみた。7時間差なので今はまだ夜の10時。明日は完徹して空港バスに乗る予定。寝過ごすのがいちばん怖いから…

    体内時計を後ろにずらしたつもりが、眠くて頭が働かない。今日はトヨロックの一日目で、午後3時からeastern youthだったんだけど、こっち行ったほうが1024倍幸せになれたっぽい(<-counterfactual)。

    さーて、あと12時間で共著者へのデータ送付と科研費の第一次締め切り用の原稿提出をする。飛行機の中でシンポジウム用のスライド作って(すでに3/4できてる)、喋り原稿作って、それでフランクフルト到着。これで時差ボケになるまえに水曜までに必要な仕事は済むはず。(<-社畜)

    科研費一次締切の書類を終了させた。解析の方はまだまだつづく。出発まであと5時間。

    よーし、解析結果もメールした。あと2時間でスライドの完成を目指す。

    いまから搭乗。今回もドタバタだった。でも今回は「白い恋人」をおみやげに買うのを忘れなかったので良かった。


    フランクフルトに到着。入国審査が1分で終わった。列の前に一人しかいなかった。こんなことは初めて。いいことだ。ともあれ予定よりも早くシュツットガルトに向かっているところ。

    チュービンゲン到着した。思ったより寒くない。最高11度、最低4度って聞いてたからけっこう覚悟していたのだけれど。

    TU-NIPSシンポジウムの第一日目が無事終了。Schloss Hohentübingenの博物館で夕食という大変貴重な機会を楽しんだ。トイレの鍵が外せなくなって中から出られなくなるなどのトラブルもありつつ、ホテルに帰還してみれば夜10時半。喋り原稿を完成させるまであと少し。

    喋り原稿完成した。いつもの say -f talk1.txt -v Alex -o talk1.aiff でファイルを作ると14分。実際に喋ると20分くらいになる。トータル30分にはちょっと短いがまあだいたい目処はついた。

    朝起きて練習3回やって24分に収まるようにした。本番もだいたい24分で終了。質問込みで30分ちょっとオーバーでだいたい妥当な感じで終了。質問は前半に集中して、肝心のポズナー課題とマイクロサッカードのところは反応なしだったが、初めての図のお披露目としてはまあよかったのではないかと。


    夕食は昨日の城の近くのお店で、食事が出るまでクッソ待たされたが、隣の人と「ゾンビモード」についての議論とかして楽しんだ。その人は第一回のシンポジウムのときに来ていたと話していて、たしかに見覚えもあったのだが、いまさら名前を聞くわけにも行かず、あとでこっそりネットで調べて確認した。

    今日はネッカー川岸のホテルからチュービンゲン大学(丘の上)までウォーキングで行ってみた。 2.96km in 33:54。1.6kmで100m登るので最後はけっこう汗かいた。普段はバスで10分なんだけど、これなら毎回歩きでいいかも。


    おとといはStuttgartのトルコ料理のお店まで連れてきてもらった。Piri Reis Restaurant & Cafe ラム肉を瓶で料理したものを山盛りで盛ってもらって大変満足した。StuttgartまではTuebingenから車クッソ飛ばすと40分弱。



    目覚めた。時差ボケもだいぶ修正されてきて、夜中に起きることなく朝まで一挙に眠ることができた。さあ今日も頑張ろう。VSSに出すネタの方は昨日でだいたいまとまってきた。データ的にはどっちに転ぶか予想つかないので解析が楽しい。(<->ざっと見予想通りのものを形にする場合と比べて)

    ラボに行く途中で中心街へ買い出しに行ったら、街中でジャズバンドが演奏をしている。なんだか岡崎のジャズ祭りみたいだと思ったら、まさにそういうイベントが今日から開始とのこと。Tübinger Jazz- und Klassiktage http://www.jazzklassiktage.de/


    気分転換に建物の外に出てイヤホンで音楽を大音量で聴いていたら、ちょうどRideの"Leave them all behind"のイントロの部分で階段を登りながら見えてきた沈みゆく太陽が目に入ってきて、なるほどこのイントロは沈みゆく太陽だったかと合点した。(<-JTC bias)

    じっさい、歌詞的には、まぼろしの世界へ時を越えて向かい、色は失われ夜に溶け込んでゆく(超訳)、というかんじなので、だいたい合ってる。


    さて月曜が始まった。今日と明日でCIN滞在は終了。問題はどこで科研費原稿をfinalizeするかだが、いまのところ飛行機の中になりそう。

    Rail & Fly用のチケットを印刷してもらったら、あともうすこしで帰国かと感慨深くなる。だけども 問題は 今日の雨 傘がない。

    小雨になったところを見計らって帰ってきた。そしていつものようにREWEでしょっぱすぎるクスクス(のようなもの)とと水を買い込んで、これでなんとか一晩しのげる。本当はここから科研費原稿書きなのだけど。持ってきた本も読んでない、ジャズフェスティバルも行ってない。ひたすら解析している。

    使っているバス停がUni kliniken Bergという名で、 丘の上の大学病院の最寄りとなっている。手前の平地にあるバス停の名はUni kliniken Talというのだけど、Talとは「谷」の意味だった。Bergが「山」だから、「大学病院山部」と「谷部」というところか。

    もう時間切れなので科研費書類書きに専念している。ああ終わらない。今日こそは日が暮れる前に帰ってネッカー河の中洲の公園を散策するつもりだったのだけど、けっきょく達成できず。今回はbotanical gardenにも行かなかった。今晩もREWEで夕食を買い物ということになりそう。


    長居せずホテルに帰ってきた。これでCINでの仕事は終了。荷造りをして名残を惜しむ。前回のチュービンゲン訪問時のツイートを見ると、午後6時に鐘の大合唱があるのだけど、今回聴いた記憶がない。つまり今回午後6時にホテルに居たことは無かった。

    以前のツイートを見直して、フランクフルト空港のチェックインにどのくらい時間があるか調べてみた。そしたら、肝心の部分の記述がない。なにやってんの俺。いつもなるたけメモするようにしているのに。

    科研費書類、やっと最終形が見えてきた!でももう24時なのでここまでで寝る。


    いまフランクフルト空港。結局鉄道が遅れて接続で一本逃して1時間遅れ、離陸まであと100分。でも駅到着12:00,駅出てすぐにチェックイン到着12:05,荷物預け12:10,そこから歩いてパスポートコントロール12:20,荷物チェック12:25で30分かからず全て終了。

    長距離鉄道駅から来たのは初めてだったけど、すぐにチェックインできて荷物軽くなるのはよかった。この空港は3回目だがターミナルにまったく見覚えがないので、改装でもしたのだろうか。次があるかはわからないけれど、情報としてメモっておく。


    とにかく帰ってきて、仮眠したら頭痛はなんとか通り過ぎてくれたので、科研費書いた。書くべきことは書いたので、あとはどうわかりやすい構成にするかという段階まで来た。明日は用事がいろいろ入っているので時間が厳しそうだが、とにかくいまは無理矢理でも寝る。(<-いまドイツ時間で19時)

    昨日はぶじ科研費の書類を提出して燃え尽きた。昨晩は時差ボケ直すのも忘れて大爆睡した。9月を乗り切り、チュービンゲン出張を乗り切り、科研費を乗り切って、でもまだいろいろ締切が追っかけてくるのだが、でもなんとかここまでたどり着くことができたと感慨深い。


    2019年06月07日

    公募での面接の仕方とか調べてみた

    前回のエントリにも書きましたが、ポスドク研究者を一名募集してるところです。応募したことはなんどもあるけど、自分で募集をかけるのは初めて。

    これから選考の過程で面接とかをしてゆくわけだけど、自分なりの基準とかいろいろ準備しておかないといけない。US方式を踏襲して、まずはskypeで面接、そのあとで現地でトークと面接という段取りを予定しているのだけど、じつのところ皆さんどういうことを聞いているのだろうか?そういうわけで情報収集してみた。

    日本語の書籍でアカデミックでの面接というのは図書館では見つからなかったので、「中小企業で人を雇う方法」みたいなのを探して読んでる。あとはネットの情報だけど、大学のサイトがそういう情報を持っていて大変参考になることがわかった。あとは体験談がいろいろある。バイオ系の人が多いな。

    調べてみると「募集側の立場」(どのような質問をして、どのように人を選ぶか)についての情報よりも「応募側の立場」(質問対策)についての情報のほうが圧倒的に多いこともわかった。

    まあそんなわけで、web上の情報をまとめていたのだけど、これは他の人でも役に立ちそうなので、ブログのエントリにしてみた。ここから:


    英語 大学サイト

    英語 その他の団体サイト

    日本語 団体サイト

    日本語 個人サイト


    2019年06月06日

    ポスドク研究者の募集をしてます(6/30まで)

    現在生理研・認知行動発達機構部門の吉田のグループではポスドク研究者を一名募集しております。

    詳しいことは生理研のサイトを御覧ください。同様の案内をjrec-inおよび日本神経科学学会にも出してます。同様のものをこちらにも貼っておきます。条件がマッチしている人はぜひ応募してください。


    生理学研究所・認知行動発達機構研究部門(吉田グループ) ではポスドク研究者を募集します。(2019/5/30開始, 2019/6/30締切)

    生理学研究所・システム脳科学研究領域・認知行動発達機構研究部門に所属している吉田正俊助教は、ラボを主宰する磯田昌岐教授の元で、独立した研究プロジェクトを進めております。ここ数年は、統合失調症の脳内メカニズムの解明を目指して、マーモセットを実験動物として、視線計測と神経活動計測を用いた研究を進めてきました。この4月からスタートした後期革新脳に採択されましたので、本研究の中心部分を担当するポスドク研究員を1名募集します。

    詳しいことについては生理研の吉田のwebサイトにある募集ページをご覧ください。http://www.nips.ac.jp/~myoshi/postdoc_recruit.html

    [1. 研究プロジェクトについて]

    吉田グループでは統合失調症の脳内メカニズムの解明を目指した研究を行っております。統合失調症患者では眼球運動および視覚探索の空間パターンが影響を受けていることが以前から知られております。吉田はこれを視覚サリエンスへの影響として捉えることでヒト-動物で共通の脳・行動マーカーを確立することを目指して、統合失調症患者での視線計測データの解析、マーモセットでの視線計測と脳活動計測を行う研究を進めてきました。今回の募集では、本研究での実験、解析について中心的役割を担っていただけるポスドク研究者を募集しております。

    [2. 本募集のアピールポイント]

    生理研の吉田のwebサイトを御覧ください。

    [3. 応募条件]

    募集側と応募側のミスマッチを防ぐために、吉田の方からは、 以下の2つの条件を満たす方のみに応募を絞らせていただきます。 3-1) 神経科学または動物行動学の分野で博士取得、もしくは取得見込みの方。 3-2) ご自身で動物(哺乳類)の行動トレーニングを行った研究で一報以上の筆頭著者論文を持つ方。

    [4. 待遇]

    フルタイム勤務で年棒制の雇用です。革新脳の中での身分は「研究員」、生理研としての身分は「特任研究員」となります。

    [5. 採用時期、採用期間]

    採用期間は一年ごとの契約更新で最大で2024年3月まで(後期革新脳の終了まで)です。着任は早ければ早いほどありがたいですが、現在のお仕事、学業の都合もあるかと思いますので相談しましょう。

    [6. 応募方法、選考過程]

    募集側と応募側のミスマッチを防ぐ、お互いの手間をなるたけ少なくする、ということを考慮して以下の段階を踏んでいきます。

    • 資料請求: この公募に興味を持った方はまずは吉田までメールして資料請求してください。(お名前、メアド、身分、所属、所属のわかるweb上の情報など、身元が分かる情報をお知らせください。)
    • 応募: 応募をすると決断した方は生理研の吉田のwebサイトに記した参考資料を吉田 myoshi@nips.ac.jp までメールしてください。第一次面接等の選考作業は応募をいただき次第順次進めてゆきますが、締め切りの6/30(日)までのすべての募集を受け付けます。
    • 第一次面接: 以上の資料を元に選考した上で、skypeなどを使って遠隔で第一次面接を行います。6/30の締切を待たず、順次進めてゆきます。
    • 第二次面接: 生理研に来て研究室、実験室を見ていただきます。ラボのメンバーと話をするなどして着任したいかどうかの判断材料に使ってみてください。私との面接、セミナーなどもしていただきます。

    詳しいことについては生理研の吉田のwebサイトにある募集ページをご覧ください。http://www.nips.ac.jp/~myoshi/postdoc_recruit.html

    以上です。ぜひ応募よろしくお願いします。


    2019年05月27日

    Fmaj7add9、ハートの形のサングラス(さうして、このごろ2016年9-10月版)

    「「諸般の事情で」ってフレーズは使ったこと無いな。」とか豪語しておいて心配になったので「諸般の事情で pooneil」でググってみたがなにも見つからなかったので大丈夫だったっぽい。(<-人間がちっちぇえ)


    好きなギターのコードはFmaj7add9かな(XX3213だから正確にはmaj7の音はオミットされてる)、とかカッコつけてみたりするけれども、じつのところギターを覚えたての頃にアリスの「チャンピオン」でかき鳴らしたEmこそが私の心の一番深いところにあることは認めざるをえない。

    車で陽水とかエレカシとか流しながら、ボーカルにどのようにビブラートをかけているか注意しながら聴いていた。こう、どこか気持ちが高ぶったところで意図せず震えが出るような場面に遭遇すると、聴いているこちらも激しく心が震える。

    NUVO社のプラスチック製 フルート Student Fluteっての見つけた。14,500円とか安くて俄然物欲が高まった。やってる人に言わせればちゃんと教室に行って教わりましょうということになるだろうけど、遊びたいだけなんだ。

    でもって遊びたいだけだったらこっちのほうがよさそう。NUVOのTooT。これなら衝動買いしても後悔しないかんじ。


    例のUKギターロックがBGMとして流れる西友に行ったら、 こんどはPrimal Screamのファースト・アルバムのGentle Tuesdayだった。12弦ギターキラキラのあれ。たまげたなあ。

    その昔、ジッタリン・ジンの「プレゼント」の替え歌であなたがわたしにくれたものに「七福神の置き物セット」とか「ハートの形のサングラス」とか珍妙なものを入れるのが流行った。(<-ありもしない過去を捏造)


    奥田民生の「息子」って父親の眼で息子を見ている歌詞だと思っていたのだけど、それにしては「別嬪さんにきっと惚れられる」とか古風な言い回しが出てくるのに言語化できない違和感を持っていた。それで、もしかして息子だった自分が父親からかけられた言葉だったのではないかということに思い至った。

    そうすると、歌詞の最後に"…Farther told me"って付けられる。Aviciiのthe nightsみたいに。もしくは、息子としての視点と、(これから自分がなる)父親としての視点が交錯する歌詞として読めるかもしれないと考えた。考えただけー


    車で「サイレン」かけて声のかぎり歌ってたら「存在証明を鳴らせ」のところで感極まってしまった。この曲は小さい頃の長男が好きで車中で何度も聴いた思い出の曲だが、この部分は典型的ロキノンフレーズで心に染み入らなかった。でもやっとわかった。作者は本当に存在証明を鳴らそうとしていたのだ。


    「俺には世界が無自性で空である縁起のネットワークとして見えるぜ」と言えたら素晴らしいけど、頭ではわかるけど、そのように実感持って世界を見ることができるようには会得できていないと言わざるをえないのがおおいに不本意だ。

    「俺には世界が、意味付与された『知覚』の手前の、純粋な『感覚』の集合に見えるぜ」と言えたらスゴイのかもしれないけれど、それを「世界」と呼んでしまった時点で、意味付与された「知覚」以降の存在に思える。脳から見ると、知覚から世界を構成するような言い方をするけど、たぶんそれは誤謬。

    「俺には世界が、解釈されるのを待ちつつも、いまだ意味をなさず俺との関係を取り結ぶに至っていない、意味の可能性のかたまりに見えるぜ」と書いてみたら、あまりに当たり前のことだった。

    ではそのようなつながりというのはいったい何なのか、「連合」なのか、「因果」なのか、「情報」なのか、「意味」なのか、「縁起」なのか、ともあれそういうつながりと、未だ関係を結んでいない潜在的つながりとで世界が成り立っている。


    Tony ViscontiはT RexのプロデューサーをTyrannosaurus Rexのファーストからやっていたわけだけど、バッキングヴォーカルもやっているとは知らなかった。テレグラム・サムの項目を見るかぎりイントロの「ウー」とかはTony Viscontiか。


    ボブ・ディランは二分冊の全詩集 https://www.amazon.co.jp/dp/4794951302 を買ってコードを書き込んで、毎日のようにそれ見ながらギター弾いて歌っていたことがあるくらいには好きだった。とはいえ60年代のロック時代のディランしか追えてないくらいにはヌルいファンであるのだけど。

    ディランを通してT.S.エリオットとか、アンドレ・ブルトンのシューレルアリズム詩(溶ける魚)とかをわかりもしないくせに読んだりするくらいには世界を広げてもらった。今となってはほとんど聴き返すこともないのだが(ブロンド・オン・ブロンドを通しで聞いたのはいったい何年前のことだろう)、中学の卒業文集の自分の欄を「Sad Eyed Lady of the Lowlands」の歌詞で埋めてたりとか、なんだかそういうことを思い出したので、ネットに書き込んで、永遠の記録となることを願う。

    ディランがニューポート・フォーク・フェスティバルでエレキ持ってブーイング受けて退場って逸話があるけど、これが1965年7月25日。そこからハイウェイ61とブロンド・オン・ブロンド出して(以降隠遁することになる)バイク事故に遭うのが1966年7月29日。たった一年のことなのだな。

    ニューポート・フォーク・フェスティバルの逸話は以前散々読んだけど、これはかなり盛った逸話だったようで、真偽についてはウィキペディアに項目があるということを知った。


    急な大雨の中を家まで帰ってきた。しかもなんだか生暖かい空気で、まるで夕立のようだった。

    ゼネラル・エレクトリックのロゴを見るたびに、持田製薬を想起するんだけど、そもそもどういうロゴだっけと調べてみたら、案外似ていた。持田製薬のロゴ

    戦車に嵌ったアライグマの動画を興味深く視聴する。(<-仕事しろ!)

    いろんな締切りがある中を水をかき分け抵抗に耐え進む感じ。締切り追い越したかと思ったら、締切りが先に飛んだりして。締切りに翻弄されながら、締切りとともに生きる。(<-生きるな!)


    2019年05月10日

    2016年3月UK出張メモ

    “The Visual Brain: Order and Disorder” at. 8th Annual meeting of The UK. Neuro-Ophthalmology Special Interest Groupに参加したときのメモ。

    そしてそのあといろいろあって5時40分発の空港バスでもうすぐ出発。今から寝たらぜったい寝飛ばすので、スライドの仕上げとしゃべり原稿作りをしながら、まんじりともせずに夜を過ごす(<-誤用)ことを決意した。

    しゃべり原稿完成した。いつもどおり say -f talk1.txt -v Alex -o talk1.aiff で音声ファイル作ってみると14分。実際に喋ると20分くらいになるだろう。30分の割り当てだから、もうすこしサリエンシーについて詳しく喋ってもよいか。まだ元気。

    ホテルの部屋に入ってネットに繋けて、やっと「心理的安全性」を確保したところ。予定通り15時くらいに着陸して、入国審査の行列を通過するのに45分かかって、そこからピカデリー線で50分かけてラッセルスクエアへ、コンビニで買い物して、チェックインして17時。けっきょく2時間かかった。

    地下鉄で行くと6ポンドで、ヒースロー・エクスプレス使うと17ポンド+乗り換えなので、ケチるとこうなる。毎度ながら思うけど地下鉄は若者とか学生ばかりだ。

    昨日は19時に仮眠し始めて、でも目覚めたのは2時で、こりゃもう眠れないかと思いつつもむりやり寝たら3時から9時まで眠ることができて、そりゃ寝過ぎじゃあねえのかと思いつつもまあよかった。出発前から頭が痛くてこりゃ熱上がるかと思っていたが、なんとかギリギリ凌いだっぽい。

    トーク終了した!午前中押してるところでのラストのトークで、30分のところを23分代で終わらせて、質問込みで26分で終了。そのあと合う人ごとに良いトークだったとお褒めの言葉をもらって、これまででいちばんよい反応を貰ったように思う。

    前半のヒトでの「なにかあるかんじ」の話から、それをnhpで調べてSDTとサリエンシーで一貫性のある話をするよって方向で。神経活動の話は無しだったが、SDTと色(DKL)の話を詳しめにきっちりやったのは今回の聴衆(視覚科学および眼科臨床)に対しては正解だったようだ。

    シンポジウム後の立食パーティーでColin Blakemoreとサシで語る機会があったので意識談義へ。Surのrewiringの話題が出たので、いつもの知覚運動連関が大事って話をしたら、それだけで足りると思う?と問われたので、期待とか予想とかは必要かもしれない、でも、といつものカエルの意識談義へ展開させてみた。Morlandとも話をする機会があったのであなたの1996論文で方位サリエンシーについての着想(moving barはmotionを見ているのではなくてpositionの変化を見ている)を得たのですとお礼を言っておいた。

    Holly Bridgeとも話をしたかったのだが、ぜんぜんそのチャンスがなかった。というわけで今回の訪問の目的はだいたい達成した。Colin Blakemoreにワインを注がれてしまったので、ひさびさにアルコールを摂取した。さっさと寝るか。(ただいま19:54)

    今回も3時間前に到着、チェックインはすでに開始してた。JALのカウンターは小さいので並ばなくて済むのでありがたい。隣のBAとか大行列になってる。安全保安区域も混んでなかったが再検査に引っかかって15分で通過。トータルで離陸の2時間半前、搭乗開始の2時間前に中に入れたのでまあ充分。

    羽田に到着!メールがどっさりと貯まっている。気温18度とか言ってて驚く。でもロンドンもこの時期にしては暖かったし、なにより晴れ空が出てて快適だった。

    行き帰りの待ち時間用に「光車よ、まわれ!」天沢 退二郎を持って行ってたけど、帰りの飛行機で読了。これは良かった。わかりにくい所も多いけど、昭和の東京郊外を舞台にしたファンタジーで、なんかすげーさまざまな水のイメージに晒された。

    なんか時代背景的に、あさま山荘事件とかあのあたりの立て籠もりとかを想起したので調べてみたら、この本の執筆は1972年の8月から12月にかけてとあとがきに書いてあった。あさま山荘事件は1972年の2月。

    Holborn駅のエスカレーターでテストしたら二列で立って乗るほうが効率よいってニュース。Leicester squareとかLondon bridgeとかで長いエスカレーター乗ったけど、東京と同じく片側はだいたい歩いてた。

    ロンドンで連れて行ってもらったデンマーク・中近東料理店でローストビーフを頼んだら、付いてきたソースが緑色で謎な青臭い味でいったいこれはなんですかと聞いてみたら「コリアンダー」という返事がきた。その謎なクオリアが一挙にコリアンダーのフレーバーとして再解釈されるという経験をした。


    2019年05月08日

    ブラディー疲れた、訳ありさくらんぼ(さうして、このごろ2016年5-6月版)

    帰り道に守衛所の前を車で通ったら、丸っこいフォルムの動物が草むらに隠れた。たぶんあれはタヌキだ。昔はよく見たけど、今回は久々だ。まあ3時に帰ること自体が久々なのだが。

    そして車で下り坂に差し掛かると、夜景が開けて、90%くらいの満月が西に傾き、びっくりするくらい空を明るく照らしていた。その左には惑星とおぼしくものが赤っぽく光っていて、まるで世界が終わる前触れのやうだった

    本日の仕事はこれで全部終了!もう寝る!ブラディー疲れた!(<-インチキ・ブリティッシュ・イングリッシュ = IBE)


    今日は次男とこどもの日企画に参加。バドミントン15分*2 + 卓球20分*4って書くとたいしたことがないように見えるが全力出して戦ったので疲れた。バドミントンは2勝1敗、卓球は4勝2敗くらい。これで家でビール飲んでだらっとしていられれば最高の一日なのだが、仮眠後ふたたび解析へ。

    以前次男といっしょにバドミントンをやりまくったのはいつだったかかなと思って調べてみたらついったに書いてあった。私生活つつぬけじゃん!

    これで今日は終了かと思ったら、次男がシャトルバッティングをしたいというので100球くらい付き合った。なるほどただ素振りをするよりも有効。シャトルを追って姿勢が崩れないように、ちゃんと呼びこんで振りぬくことを意識するように指導した。

    ヌゥ…すでに前腕に筋肉痛が出てきている。これは今日バドミントンのラケットを握って振った影響だな。(<-なぜか嬉しそう)


    次男がテレビの動物番組を見ながら「鮫って居ていいことある?」って喋ってたので、「パパって居ていいことある?」って聞いてみたくなったが、あまりに卑屈かと思い直して、代わりにツイッタに書き込んでみた。(<-代わりにすんな)


    今日は次男のソフトボールクラブチームでナイター練習のお手伝い。コーチがバッティングのときの腰の回し方について説明してて、すごく勉強になった。こんど試したい。

    つまり、上半身を回す前に左右の下肢の内転筋を締めるように腰を回す。上半身が回るのはその後。これによって上半身が開かずに球を呼び込んでどのコースでもバットが出すことができるようになる。

    って自分のことは別として、帰りの車では次男とともにキャッチングの時の右手の場所について議論したりしてた。我が家はなぜか父も長男も次男もキャッチャーなのだった。(体がでかくて声がでかくて視野が広くて肩が強い系)


    家に帰って、全力バタンキューして、目覚めたら22時。コンビニまで歩いてみたら、とても気持ちの良い温度で、先日空に見た禍々しい惑星も今日はただの明るい星で、なんだか多幸感あふれる散歩だった。つか今からひと仕事するにも遅すぎるし、どうやって眠ればいいのだろう?

    高校生ぐらいに考えたネタで、「指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、ってのがあるけど、針一本飲ます、にするとマジで飲ませる気が伝わってきて怖いよね」ってのがあるんだけど、念のためネットで調べてみたら同じ話が見つからなかったので、著作権を主張しておきたい。

    なるほど「誤解を恐れずに言うと」「失礼を承知で言うと」「自戒を込めて」って使ったこと無いな。そういう言い訳入れたくなるときはすでに論法が間違っているのでだいたい書きなおしてる。「不躾ですが」は使う。というかメールでの頼みごとはすべて「不躾」。誤解を恐れずに言うならばね。


    今日は宿題を早く終わらせた次男の相手をして、日が沈む前にトスシャトルを使ったバッティング練習に付き合う。シャトル6個で30回=180球。投げたこっちも疲れた。素振り180回よりはずっと良いが、フォームを見ておかないと悪い癖がつくのが注意点。

    今日も今日とてソフトボールチームのお手伝い(球ひろい)。コーチの指導を聞いててわかったけど、選手たちはボールを呼び込んで打つように徹底されてる。それはいいのだけど、後ろ側の足に体重乗ったままで腰回さないで手打ちするので、速球をきっちり打ち返せてない。だから「ボールを呼び込んで打つ」ことと「軸足(後ろ側)のお尻を前に出すように腰を回す」こととを両立させないといけないということのようなのだ。


    帰りに寄ったコンビニに「訳ありさくらんぼ」ってのが売ってたので、「聞かないよ〽その理由(わけ)は〽」みたいな演歌だかムード歌謡だかのフレーズが頭に浮かんだ。

    コンビニ帰りの駐車場で西の空に火星が赤く光っているのを見て、ぼんやりと「そういえば高校のときの同期に赤星くんっていたなあ」とか考えてた(<-マインドワンダリング)

    Google Chromeの検索欄に「ここが」と打ち込んだら「ここがあの女のハウスね」と補完されたのでまったくどうかしていると思った。…まあ、それを探そうとしていたんだけど。

    いやまじで、ホワイトボードのペンのかすれを解消する方法を見つけたら、革命的イノベーションと呼びたい。マヂ困ってる。

    スマホに付けていたキュゥべえストラップが色が剥げて謎生物となっていたので、なんか新しい物をと思って秋葉原に寄った際に探してみた。アウトでないものを探していて、けっきょく羊のショーンを選択した。牧場主のオッサンのがあればそれ買いたかったのだけど、そんなものは無いらしい。有れよ。

    アウトでない選択として考えていたのは、十四松がユニフォーム姿で「ハッスルハッスル! マッスルマッスル! 」って言ってそうなのがあったとすれば即買いだったのだけど、そういうものも無かった。有れよ。


    昼にうたた寝していたらなんかの夢を見て、しかもそれは朝見たものの続きだな!と思ったことは憶えているが、内容はまったく思い出せない。たぶんそれはimageryというよりはthoughtだったように思うのだけど。

    今回は「さっきの続きだ!」という特別な思考が働いたから夢を見た、というメタ認知が働いたのだけど、ふだんもたぶんこういう意味での夢は見ているということなのだろう。


    ブルースギターといえば、高校生のころ小川町のカワセ楽器に出入りしていて、そこでカントリーブルースギターの教則本を買ってオープンDチューニングでボトルネック奏法とか練習したものだった。それはクリームとかから遡りたかったからなのだけど、けっきょくブルースを理解することは出来なかった。

    ネットで探してみたけどこれとかだな:「ステファン・グロスマンのカウントリー・ブルース・ギター」昔だからCDとか付いてない。仕方なく楽譜だけ見て演奏してた。それだとブルースギターのタイム感とか音程感とかさっぱりわからないのだった。


    2019年05月07日

    宮廷薬剤師、ポンチ絵、バルーン投光機(さうして、このごろ2016年3-4月版)

    俺も宮廷薬剤師になるか!(<-なんかテレビ見てるところ)

    イヤホンをストーブ前に放置したら熱くなってしまった。やむを得ずそのまま耳に入れてみたら温くて気持ちいい。これはビジネスチャンスか?(<-チガウ)

    帰り道のコンビニの前で、電線がたくさん走っているのってなんか風情があるなあと思って写真に撮ってみたら、ひこうき雲が写ってた。



    @ksk_S さん経由で知った「夢の中に出てきた奇妙な単語達」「ヘビとショウガを抜いたケーキ」とか「リドプチチャン穿孔」とか「この新しい原子は左に回すと緑色に変化します」とかサイケデリックで痺れる。

    以前書いたブログ記事の「ボン・ボリーニ!」「幸せはスペードの43」「暖かいところに集まる習性を持っている「つるにはまるまるむし」」とかと近いけど、「夢の単語」の方がホンモノ。俺のは狙いすぎのニセモノ。


    年度末になると夜間の道路工事が増えて、車を運転しているとあの明るいボンボリみたいな照明がいきなり現れてギョッとするのだけれど、あれの名称は「バルーン投光機」というということを知った。つか知ってどうする。

    新学術の班会議の予定をカレンダーに書き込んだら、2017年にも私が存在していることが確かになったような気がして、不思議な心持ちになった。

    ハーゲンダッツの華もちシリーズが出て一瞬で手に入らなくなって、非主題的に(<-現象学ジョーク)欠乏感を感じていたのだけど、井村屋のやわもちアイスを見つけた。ラクトアイスなので満足感は低いけど、それでも私のQOLが256倍になった。


    今ケーキ屋さんの前を通ったら、ケーキの名前のひとつが「シフォン主義」って書いてあって、通り過ぎた2秒後くらいになってから意味を理解して軽く吹いた。

    ためしに「シフォン主義」でググってみたら、「相対性理論」のファーストアルバムのタイトルであることが判明した。己の不明を恥じた。


    人生の中で厳しい時期をなんとかやり過ごすためには「弱くあり続けられる強さを持ち続けたい」と頭のなかで唱えたりすることもあるものなのである。(<-である、じゃねえ)

    なんというか「人生は続く」ということをひしひしと実感させられる。それにはポジティブな意味合いもあるけど、絶望でもある。24時間寝ても寝足りない。ドアは鍵がかけられたままで錆びついてしまった。でも雨は降りつづけ、安物のビニール傘では雨を凌ぐことができない。(<-雨降ってません)


    簡潔なチルウェイブの作り方。“Find an 80s sample. Slow it down. Put a beat behind it. Put a droning synth behind it. Turn on Ableton’s Beat Repeat effect.”

    Kraftwerkの1970年ライブというのを聴いてみたら、すげークラウトロックというかカンタベリー・ロックしていてよかった。

    Khun Narin’s Electric Phin Band タイの伝統音楽とアシッド・マザーズ・テンプルみたいなサイケなジャムの合体という感じでスゲーいい。


    わたしがはじめて「ポンチ絵」という概念を知ったとき、「ポンチ」という言葉は太宰治の前期作品でしか見たことがなかった。おそらくは戦前生まれで軍人メタファーを駆使しちゃうような大先輩方が作った言葉なのだろうと戦慄したものだった。

    別件だけど、数十年前の話で、戦前生まれの大先輩に「敵前逃亡は銃殺刑だぞ」と軍人メタファー使って説教されたことを今でも覚えている。というかその人のことはそのことしかもう覚えていない。

    甲子園と戦争メタファーって話はどこかで書かれてなかったろうか? 私は試合開始のサイレンにそれを感じる。夏の甲子園で終戦の日の正午に黙祷するのとか。


    2018年12月22日

    さうしてこのごろ201602

    冬の自転車での帰り道は、ライトを灯けなければならない。持ってるライトは点滅することで電池の保ちを良くしている。暗い時間は長いはずなのだが、明るいときの残像で長時間道を照らしているように錯覚するのだ。ではなぜ暗闇の残像は持続しないのだろうか?暗闇の速さはどれくらい?(<-チガウ)

    次男が代休の日用にコナンのDVDをツタヤに借りに行ったら、暗殺教室の映画版のポスターが貼ってあって、それを見ながら次男が「この黄色いのが悪者でしょ」と言うので、いやそのように見えるけど実はこいつはと微ネタバレかましつつ擁護しておいたが、ぶっちゃけ次男はどうでもよさそうだった。

    暗いところからいきなり明るいところに出たときの「眩しい」って感覚、あれってなんなんだろう?痛み?苦しみ?気持ちの良いことではないのは確かだけど、痛覚を刺激されてるとかそういうのではない。杆体中心の活動から錐体の活動に移行することがなぜつらい?

    我々は空を見ていても無意識的に太陽を直視するのを避けていると思うので、それとも関係してるかも。先天性無痛症の人が舌をかんだり骨折をしたりすることを考えると、そういう無意識の体の位置の誘導というのは見えてないけどかなりあるのだろう。


    「シンギュラリティ 人工知能から超知能へ」訳者あとがき「抽象化の能力は反省(reflection)という、事象を再帰的に検証する行為を通して論理的な手続きを構築することを可能にしている。これは人間のような複雑な神経ネットワークを持たない前・反省的(pre-reflective)な生物にはない特徴である。」URL

    • ここで参照しているJCSの記事のPDF

    • さらに(スワンプマンの)デビッドソンによる"Rational animals"のPDF

    Z会を「ツェット会」と読むと秘密結社度が上がってたいへん良い。ベルク・カッツェ(Bergkatze)くらい良い。

    ミニオンズのCM見てて「これってスポンジボブ?」って聞いたら次男にめちゃバカにされた。

    「茶の間の超能力者たち…野口選手がラストスパートをかけた頃からどんどん跳ね上がって、ゴール時点での瞬間視聴率は29.2%に達したそうです。これって不思議だと思いませんか?」これは進化の説明に使えるナイスな事例。メモっておく。

    「カニは食ってもガニ食うな」の「ガニ」って音が好き。ローラン・ガルニエの「ガルニエ」よりも好きなくらい。


    「ダダイズム100周年 全てを疑問視した芸術運動」ダダイズムなんて言葉久しぶりに聞いた。私がこの言葉を知ったのは多くの人と同様、中原中也からで、「タバコとマントの恋」とかの作風には強烈な影響を受けた。

    それは中学生の頃で、そこからシュルレアリスムを発見し、「溶ける魚」を愛読し、そのあとでサイケデリック・ミュージックに触れ、そしてザッパを知ったのであった。(<-なぜかである調に)


    私の父親は75歳を越えてから経営していた町工場(「(株)ヨシダニット」)の規模も縮小して仕事を減らしているのだけど、それでも年末には仕事がたくさん入って、休み前に終わらせるのが大変だったと言う。この歳でまだ仕事を持ってくるクライアントがい続けるってすげえことだなとあらためて思う。


    「王様・軍人・学者・職人」って区分の話が好きなんだけど、あれは占いみたいに使うものではなくって、誰もが持っている欲求を明確にして、どうそれを割り振るかということを考えるのに役立つ。

    たとえば研究者は「学者」的欲求だけでやっているかというとそうでもない。「日々の発見でのアハ体験や、研究をまとめ上げbig pictureを組み立てる喜び」みたいな「学者」的欲求は研究者の生活においてはほんの一部であって、「論文通すために査読というバトルパートで完勝するとか、大きいグラントを取ってくる」といった「軍人」的欲求も不可欠だし、そのためには「揺るぎないデータを得るための実験手法の開発のためのこだわりとプライド」といった「職人」的欲求に支えられる必要があるし、「PI/ラボマネとして個々のメンバーが幸せでアクティブなラボを作りたい」といった「王様」的欲求がなければ研究はスケールしないだろう。

    翻って自分はどうかというと、いまここで晒すわけにはいかないのだが、だれもがそれぞれに違ったバランスでこの人生というゲームに取り組んでいるんだろう、とかそういうことを考えたり、考えなかったりする。


    ウィキペってみたら、ジョージ・オーウェルはイートン校卒で、30代は「パリ・ロンドン放浪記」「カタロニア讃歌」とかのルポライターで、42歳で「動物農場」でブレークして、結核を患いながら45歳で「1989」を書いて、46歳で死去とのこと。


    2018年11月09日

    さうしてこのごろ201601

    今日は昼から実家に弟一家も集結して11人で乾杯。近くの公園でサッカーボールで遊んだり、8人でババ抜きしたり。あと初めて「4人制スピード」をやってみた。試行錯誤の結果、参加者は4人で場のカードは2枚でやるのがちょうどよいことが判明。場のカードが4枚だと一発で終わってしまう。

    あと、参加者が5人だと接触プレーが多すぎて危険。

    あと、場にプレーヤーの手札が重なりまくって正しく手札が置けてないという問題が発生するので、レフェリーをひとり置いて訂正をさせると、プレイを止めなくて済むので良いということもわかった。横で見ている方が面白いってのもあるので。

    あともう一つのポイントはトランプは2セット使って、ジョーカーは除いておくとよい。(<-マニュアルみたいになってきた)


    Tychoが気に入ってこういう音(リヴァーブかけまくり+シンセパッドでもやもやの音像)の作リ方調べていたら、Chillwaveというキーワードを発見した。それでwashed outとかToro Y Moiとかを知った。ジャンル分けもこういうときには役に立つ。

    私自身はシューゲでサイケな方が好きなのだけど、いわゆるChillwave、たとえばWashed outはもうちょっと80年代ディスコサウンド的な要素が入るようで、あまり趣味ではないのだけれども、聴いてれば慣れるかもしれない。

    60年代サイケからChillwaveへの系譜という意味では、ソフトサイケのGundalfでのヴォーカルにリヴァーブかけまくりの音とかは近いんではないかと思った。そういう見方で聴いてみると昔の音だからスッカスカではあるけど。


    正月も終了してしまったけれども、この時期になると想い出すのは「スカスカおせち」と「サンタクロースミュージックFES」だ。なんでこんなに気になるのかはわからないが、いまでもあれはけっきょくどうなったのだろうと気になる。

    今日は次男を連れて吉良町の屋内プール(ホワイトウェーブ21)へ。年始だからかガラ空き。流れるプールで前後5mに人がいない!というわけで3時間みっちり次男と遊んできた。家に帰ってすぐに爆睡したけど、これからまたさっさと寝る。レジリエンスを涵養中。(<-テキトー)

    昨日ひさびさに(たぶん10年ぶりくらいに)Space OddityをiTunesで聴いたところだったので、訃報には驚いた。この偶然に意味を見出したいところだが、ぶっちゃけ偶然。

    やれやれみたいなポーズで「負けそ。」って言いながらドヤ顔でカメラ目線で、お茶の間の笑い声が重ねられる、っていう記憶の断片があって、多分昔の海外のコメディードラマなんだろうけど、わからん。たぶんこのエピソード記憶を支えていた細胞は3個くらいしかなかったんだろう。


    以前は東岡崎駅前で夜9時以降営業している飲食店といえばココイチしかなかった。でも昼に行くと家帰ったときに奥さんに外食したのが臭いでバレるので次第に行かなくなった。ここ数年では、カレー欲が高まったときはステーキガストの日替わり定食のカレー食べ放題を利用する。味にこだわりは無い。

    そうしたら、学食とかふつうのカレー屋とかであるような、ルーとご飯の比率を考えながら食べる必要がなくなって、ルー2:ご飯1 (通常の比率と比べて) くらいでいけるようになって幸せになった。ルーの味よりも、ルーの比率が低いことのほうが俺を不幸にしていることがわかったので、最近は学食の380円カレーでも、ルー比の高い状態でカレーを食って、余ったご飯は残すという方法を編み出した。これで人生の幸せが二倍になった。

    Matthew Sweetの"Girlfriend"のドラムが好きなんで、アウトロのブレーク後のドラムだけのところをDAWで切り出して、ループにして120bpmを100bpmに下げてベースとエレピ入れたら、Fatboy Slimみたいなビッグビートになったのでなるほどと納得した。

    「ぶももも」みたいな擬音ってなんだったかと思案していたが、「できんボーイ」(田村信)の「ずもも」のことだったようだ。Kindleで1巻読んで確認してみた。少なくともこの擬音のセンスは私の心の奥底に埋め込まれているのは確かだ。


    2018年11月03日

    さうしてこのごろ201512

    うちの次男が「安心して下さい、穿いてますよ」をわざわざ実演して説明してくれるのがウザいながらも愛おしい。

    「49%の職業が機械や人工知能によって代替することが可能」のニュースを見ながら長男と「ベーシックインカム」とか「蔓延する自己責任論」とかそういうことについて語った。

    昨日は長女が英語のリスニングの勉強の仕方を知りたいと言っていたので、ESLPodcastを薦めたがまだ難しそうで、洋楽の歌詞カード読んで歌えるようにすればというのが長男との結論だった。


    「藤田嗣治、全所蔵作品展示」に行って戦争画見てきた。これはすげー。玉砕の美化かつ戦争の悲惨さだった。縮小サイズで見てたら折り重なる人々と暗い色調に目が行くのだけど、 実物で見たら日本刀の威力が強くて、敵とともに互いに喉元を押さえあって刀を突き立てるというモチーフがいちばん心に来た。

    実際の戦争はこんな肉弾戦ではなくって、兵站の軽視による餓死と病死だったことを知っている我々にとってはこれは見てきたようなウソなのだけれども、でもそういうのを超えたものに圧倒された。そういう何重にも読み取れるものがここには入っていて、これを見て「玉砕の美化、戦争協力、イクナイ!」と言うわけにもいかないし、「戦争の悲惨さを訴えた名作」というのも正しくない、ということを実物を見て感じて帰ってきた。

    補足すると、敵も見方もわからないような入り混じった状態で(顔はどちらも迷彩のため赤茶色に描かれている)、唯一それを知る鍵が日本刀を握っているかになっているということ。西洋画の意匠の借用が多いもの(「神兵の救出…」「ソロモン海域…」とか)よりもただただ暗く塗られたものが良かった。

    その一連の作品で一番いいと思ったのは「ブキテマの夜戦」というやつで、これはもはや肉弾戦をしているところは山の端に見える細い赤色で暗示されているだけで、前面は打ち捨てられた野営所か何かで、暗い画面をよく見ると3人くらい死者が横たわっているというもの。これには心が震えた。

    これは1944年、最後の最後のあたりの作品なので、どう解釈しても戦争賛美を読み取ることができない。戦争協力側に入りながら、大衆の支持を集めたことで、軍部の怒りを買ってもおかしくないような相当きっついところを攻めている作品のように思えた。


    MogwaiのTravel Is Dangerousがロシアの潜水艦クルスクの沈没をテーマにしていると読んで、アウトロの音の意味が理解できてしまった。あと歌詞の聞き取りが英米人でもめちゃめちゃだということが分かって拍子抜けした。

    Sing, Singじゃあおかしいもんな。Sink, Sinkだ。「沈む、沈む、母国によって溺れさせられ。この古いマシンは呪われ、忘れられ、二度と浮上することなく。」こうなのだな。


    今日の午前は実家で今日の午後のプレゼン資料づくり。両親が仕事をしながらかけているAMラジオから「港のヨーコ・ヨコハマ・ヨコスカ」が流れてきて、思っていたよりもバッキングがかっこよくてシビレた。

    世間ではスター・ウォーズが盛り上がっているけど、告白してしまえば全く見たことがない。つか80年代辺りの洋画を全く見てないことに気がついた。E.T.、バック・トゥ・ザ・フューチャー、トップガン、シュワルツェネッガー出演作、スタローン出演作、ダイ・ハード、エイリアン、ジョーズ、ゴーストバスターズ、ロボコップ、インディ・ジョーンズ、マッドマックス。これは教養に欠けるという意味で恥じるべきなんだけど、なぜか全く興味が無い。ってここまでピックアップしてみて気づいたけど、アクション映画を見るという習慣が(レンタルですら)無いということか。

    なんか70年代後半のギャグマンガで「ぶももも」みたいな擬音があったよなと思って調べてみたが見つからない。代わりに「ぶももベーカリー」という名のパン屋を見つけた。香椎神宮駅前だそうな。俺の人生と交錯してまた去っていった。


    ついにサンタクロースの正体を知ってしまった次男のために自転車を買いに帰宅ラッシュの国道248号線を行ったり来たり。日、水、木と三回目でやっと買えた。次男も満足、私も満足。よいクリスマスイブとなった。

    長女が「サンタクロースは本当はいるんだけどその正体を疑ったがゆえに来てくれなくなったので、代わりにパパとママがプレゼントを買ってくれるんだよ」という論理を展開したが、次男は聞いちゃいねえ。


    「けれどもかれらの存在は彼らにとって無限であり、意識の枠がなく、おのが状態に向ける眼をもたないそれはかなたへ注がれているかれらの眼差に等しく純粋なのだ。かれらが未来をみるとき、かれらはいっさいを見る。そしていっさいのうちに自己を、永遠にまったき存在である自己を見ているのだ。」

    「けれど動物も、その身はつねに警戒にほてり、かれらのなかには大きい優秀をはらんだ重さと不安がひそんでいる。つまりかれらにも常にまつわりついているものがある、それはわれわれをしばしば圧倒するもの、ーーー思い出だ。」(第八の悲歌)

    ここで「思い出」と言っている部分の原語はErinnerungなのでこれはふつうにmemory一般を指していて、recollectionとかそういった含意はないようだ。

    ここでいう「開かれ」(das Offene)ってのが「行為的連関のモード」にあり続ける動物であり、反対向きに(内向きに)死の恐れを見るのが表象によってできた「反省的試行のモード」の世界であり、(フッサール)現象学ってのはそういう開かれ(直接的な経験)への志向っていう俗っぽいご利益があるってことなんではないだろうか。

    第8悲歌で動物にもErinnerungがある、ということを書いてあって、これはふつうにmemory一般と理解していたが、「経験の構造」を読んでたら「『受動的総合の分析』における『想起(Erinnerung)』の理論」という記述が出てきた。


    家族と一緒に食卓を囲む日常を過ごしていて、当たり前のようでいてこれ以上なく幸せなことだなと思う。正直今日は悪いニュースもあったけど、そんなの吹き飛ぶくらい、毎日が幸せだ。(<-涙目)


    2018年10月31日

    さうしてこのごろ201511

    薬品会社の工場が移転した跡地に新興住宅街ができていて、きれいにライトアップした家が立ち並ぶところを自転車で通りかかったら、子どもたちが列を作って練り歩いていて、いちばん先頭のやんちゃっぽいのらしきが「トリックオアトリート!」と叫んでいるのを通り過ぎた背後で微笑ましく聞いた。


    「『俺たちの旅』の歌詞はラブソングではないところが良い」って書いたけどこれは正確ではなかった。「背中の夢に 浮かぶ小舟に あなたが今でも手をふるようだ」には「あなた」への憧憬の情がある。でも「憧憬」ってとても良い。ライドっぽい。

    と言いたいところだが、アンディ・ベルの曲はだいたい甘ったるいラブソングで最高(Vapour trailとか)。マーク・ガードナーの曲は寂寥感あふれてて至高("Seagull"とか"Leave them all behind"とか)。たぶん。歌詞全部再確認する必要があるが。

    確認のためにアンディ・ベルによる解説を再読した。 Seagullはアンディ・ベルだそうです。さきほどの説はretractしたいと思います、と言いたいところだが、Unfamiliarがマーク・ガードナーなので、だいたい合ってる。


    近所の100円ローソンショップでご老人達が生活用品をたくさん買い込んでレジが行列になってた。400m先にAEONがあるのだけど、徒歩圏であることが重要なのだろう。竜美のこの辺は1960年代に住宅造成がなされて移り住んだ人たちが(私の両親と同じくらいの)70-80歳になっている。

    名古屋に通うために岡崎に家を購入する若夫婦は、以前は竜美に家を建てたのだろうけど、私が来た頃は緑丘だったし、さらに上地にも新築の住宅がたくさん建った。いまは福岡町と中島町のあいだに広い道路ができて(わたしの自転車コース)、そのあたりが住宅建築ラッシュとなっている。


    ひさびさに次男と「人生ゲーム極辛」をプレイ。父は順調に社長へとステップアップして裕福な人生を歩み、次男は途中でフリーターにジョブチェンジして借金だらけでゴール。終了後に「ジョブチェンジのところはおまけしてほしかった」とか言いながらため息ついて片付けしてた。甘ったれてやがる。

    昨晩は久々に子どもたちと外食。今どきの中高のスクールカースト状況とか、ヒップホップの4大要素とか、シャドーイングの仕方とか、森羅万象について長男と長女と語り合った。そのあいだ次男は食い過ぎでダルそうにしながら、ストローでサイフォンの原理を再現するなどの科学的偉業をうち立てていた。

    太宰の言葉を借りて表現するならば、「けれども私は、ハムレット話法というものを処世術みたいな打算的なものとして考えていた矢先であったから、」批判者の曖昧であるという言葉を意外に感じた、というところになる。(<-いろいろ考えた挙句のこの表現)

    今日は次男を体操教室に連れて行って、車の中で「アルクアラウンド」を二人で熱唱。一番のヒラウタ部分の「僕は歩く〜」が四回繰り返されるところが良いと言っていて、よくわかってるじゃんと関心した。


    なんとなく詩が読みたいと思って先週借りてあったリルケの「ドゥイノの悲歌」を読んでる。案外覚えてた。大きい数字がきっちり割り切れるところとか、軽業師についての言及とか。以前読んだのは学部の頃だろうか。当然岩波文庫の改版前のものだ。どっかにドイツ語の原書があるのだが、実家だったか?

    「ドゥイノの悲歌」の第8悲歌は「動物と人間」がテーマで、「動物にとって開かれている」という表現がハイデガーの批評の対象となったとかは知らなかった。さらにまさにこれをテーマとした「開かれ 人間と動物」アガンベンという本もあることを知った。読めるかどうか分からないが借りてこよう。

    『ドゥイノの悲歌』の第八悲歌の解釈 独語独文学科研究年報, 16: 53-66 良い資料も見つかったので、ドイツ語で読むか。(<-ぜったいやらない系)


    Saint Etienneを聴きながら帰宅。「こんなにいい気分なのははじめて、こんなに自分が強く感じるのははじめて、何人も私たちを止めることは出来ない!」とセカンド・サマー・オブ・ラブのMDMAで多幸感出まくり感あって最高。

    「アウトロなんて「完璧!(perfect)」ってリフレインしてるし。」って書くつもりで、でも念のため歌詞サイトチェックしてみたら、アウトロのウィスパーは「何人も!(nothing)」って繰り返していることが判明。俺24年間ずっと勘違いしたまま聴いてた。どっこいそれでも生きている。


    今日は家族5人全員で上和田町のスバカマナ。食べ放題をやってた ので、というかそういう時しか行かない。こうやって家族5人で外食というのも長男が高校を卒業したらなかなか無いだろう。じつはあと数えるくらいしかこういう機会はないのだ。きっと今日のこともいつか懐かしく思い出すことだろう。

    今日は子どもたちのひいおじいさんが天パーだったのでうちはみんな癖っ毛とか、長女がいつも写真取っているのはinstagramにアップしているからとか、そういうとりとめのないことを話したが、あとでそれを想い出せるように、ここに記して永遠の記録とする。


    急に思い出した。私は中学か高校くらいの頃、父親はまだ酒を飲んでいて、いつも行く寿司屋の「たけさん」でビール飲んで将棋打って、酔っ払って帰ってきて、たまに「マスオさんが持ってくるアレ」を持ち帰って、みんなで寿司(鮪の赤身)を食べたのだった。

    「たけさん」はおやじさんの体調が悪くなったかなんだかで店じまいをして、いまは別の店になっている。その隣りにあった古い本屋も、さらに隣りにあったスポーツ用品店も、その向かいにあったレンタルビデオ屋も、みんな無くなった。

    俺の人生が停滞しつつ徒に時が過ぎてゆくばかりであるあいだに、2年8ヶ月ぶりの「よつばと!」の13巻が出た。買いに行こうっと。

    「みかんの心ぼし」をひさしぶりに聴いてみたら、3番の歌詞の展開がPixiesのMonkey Gone To Heavenの3番の展開を完全に先取りしていたことを知って、あのねのねの偉大さに驚いた。当時は不二家歌謡ベストテンとかでワンコーラスしか聴かなかったから気づかなかったのだ。


    2018年08月16日

    さうしてこのごろ201509

    「ソーナンス」って屈託なくって内面無いかんじですごくイイ。ああ、俺の内面もソーナンスみたいだったらよいのに。(<-ソーナンスはソーナンスであれで実はいろいろ考えていることあるのですよとお説教が)

    学芸会で水戸黄門をやるとかで、次男が水戸黄門のDVDを見ている。昔の水戸黄門(東野英治郎版)は単純に勧善懲悪でよい。最近のも流していたけど、複雑すぎる。現代ものドラマみたいになってた。

    マカクのresting state fMRIの解析のためにAFNIにはお世話になっているが、ここのロゴのセンスとかがなんつーかアメリカで売っている水色のケーキ的センスというか、旧愛生会病院ホームページ的な残念感があるのがいつも気になる。たとえばこのスライド

    このあいだ、どういうシチュエーションだったが忘れたが、興奮して喋ってたら(<-よくある)、喋りながら鼻を鳴らしてしまった(ブタの鳴き声のマネみたいなアレ)。素で「フォカヌポウ」をやってしまった自分を恥じつつ、あれってこういう意味だったか、という気づきを得た。

    運転しながらの帰り道に、安城街道で上りたての半月を見たら、飛行機雲がちょうど前を横切っていて、まるで半月が串刺しになったかのようだった。「ククク、ついに【ヤツ】が目覚めるときか」(<-厨二病風)


    夕ニャンの「勝ち抜き腕相撲」でロッキーの合図とともに乱闘が始まるあれ、あんなかんじで(ry

    ハッピーターンのパウダーが増量250%になっているのを堪能する幸せ。いったい、これ以上、なにを望めばいいというのだろう?ああ、勝ち抜き腕相撲か。

    「ここさけ」岡崎でも来週いっぱいまでやっていることに気がついた。レイトショーなら1100円。行くか。でもその時間最近いつも眠い。時差ボケだろうか。

    「んもっちー!」「けぼー!」とコールアンドレスポンスをしてみたいのだが、もう子どもたちは大きくなってしまってそういうバカなことの相手はしてくれないのだった。これが35歳問題か。(<-テキトー)

    だれかオレのことも修復してほしい。(<-さりげないノーベル化学賞ネタ)

    「意識とはは幻想である」ってのは結論ではなくって、それが原点なんだという言いかただとしっくり来るかなと思った。すっかり忘れていたけど、私の原点のひとつは岸田秀の「唯幻論」で、国家も歴史も社会も貨幣も自己も共有された幻想であり、それは結論ではなくって、乗り越えられるべき原点だった。

    「俺たちの旅」の歌詞を熟読してみたけど、あらためてすごくいい歌詞だなあ。 ラブソングではないところが良い。こういう含羞含んだドリーミーな歌詞はシューゲに通ずる。シューゲアレンジで録音したい。

    トイレでプーさんカレンダー見ながら瞑想に耽っていたら、「ほっきょくぐまって「くま」かとおもったら「ぐま」かよ! 「ぐま」つよい! 「くま」よりつよい!「ぐま」つよい! 「くま」よりつよい!」っていう歌詞を思いついた。

    家族が見ているテレビをぼんやり音だけ聴いていたら「ポルターガイスト」って言葉がドイツ語だってことにふと気がついた。当たり前っちゃあ当たり前だけど、その発想がなかった。「ガイスト」はZeitgeist(時代精神)と同じだから「魂」とかそういう意味なんだろう。ポルターは知らん。

    いま流している番組のナレーターが仮面ライダーWのあれの人なので、「ヒート!トリガー!ジョーカー!」とか言ってみたくなったが、次男がいない。ホームシック。(<-家に居ます)

    今朝の草刈りの方は無事終了。草刈機の操作に没頭しすぎてジャージが草の破片だらけになってしまった。くさかりまさお!

    夕方ジョギング10.03km in 69’05"。ひさびさの矢作川沿いコース。行きは夕焼けに向かって走って、帰りは暗闇に向かって走って、小休憩のときに振り返ってみたら、残照に堤防沿いの植えられた街路樹がシルエットだけになっていて、なんかもう、生きててよかったって感じだった。


    次男の体操教室への送り迎え。待っているあいだに意味もなく中央総合体育館の写真を撮ってみた。

    そして行き帰りの車では次男と一緒に「スターライトパレード」とか「バッハの旋律を夜に聴いたせいです」を絶唱。人生を楽しんでおります。


    長女がAviciiかけてて、いいかげん憶えた。The nightsの歌詞が泣ける。「僕が子どものときお父さんは…と言った。そして"These are the nights that never die"で「その夜」はけっして死なないけど、お父さんは亡くなったんだろうと暗示される。

    広島到着!駅の「みっちゃん」に行ったら大行列だったので隣りに行った。新幹線も指定は満員、自由席に行っても座れなくてデッキで立ちながらラップトップ仕事をした。今日はなんか特別な日だったか?それとも日本の景気が回復しているのだろうか?(<-「主語大きすぎ」問題)


    2018年03月11日

    マニフェスト20180311

    「人生何者にもなれなかった、けど」という記事を見た。この記事自体はどうでもいい。でも恥ずかしながら告白すると、私もいい歳して「何者にもなれなかった」みたいな気持ちを持つことはある。ただその表現では正確でないので、もうすこし言葉を費やしてみる。

    私は薬学部に入って研究者としての訓練を始める前から、ベイトソンみたいな、ヴァレラみたいな、領域を自由に動き回る教養人になりたかった。偉い先生になって教え子から尊敬を集めたかったのでもないし、本を書いて文化人として扱われたかったわけでもなかった。

    大学院に入った私は、ベイトソンみたいにやるためには、清水博が実践したみたいに(注1)PIになって自分の陣地を作ってから己の道へ進めるという戦略がよいのではないかと考えて、神経生理学者としてPIになることを目指した(注2)。

    でも出世ルートから外れて年老いてしまい、どうやら計画は「まずPIになる」という段階で頓挫したようだ。それならば代替策はと、「高等遊民になりたい」と冗談めかして書いてきたのだけれども、それは「なろうと思えばいつでもなれる、仕事と家族を捨てればなorz」っていう苦しい思いを裏に貼り付けた上での発言だったのだ。

    だから「高等遊民」になりたい、という表現も正確ではない。私は好事家や「プロのお客さん」(by 大槻ケンヂ)になりたいわけではない。ベイトソンみたいに、生きること、心を持つこと、優美であること、尊いこと、それらを「結びつけるパターン」を見つけ出すような生産的な活動をしたいのだ。私はいまでもこの目標に向かって進んでいるつもりだし、その意味では諦めているわけではない。

    生きていることと心を持つことを繋げるような、なんだか分からない枠組みに向かうことは、ひとことで言うならばそれは「意識研究」だと思うので、自分のライフワークは「意識の解明です」と説明してきた。

    でもそのように説明すると、心の現象のほんの一部である意識だけを研究したいのかと誤解されることがある。そうではなくて、(現象学的に言えば)心の構造が、「注意を向けられ、意識化されたもの」を氷山の一角に、「非主題的な意識」があり、それをさらにたくさんの「無意識」が取り囲んだ地平としてなりたつ仕組みをこそ知りたい。そもそもわたしは盲視という無意識の知覚を研究してきたのだから。

    それをあらためて表現しなおせば、ベイトソンが言った「結びつけるバターン」であり、そういった、なんだか得体の知れないものに取り組みたいというのが私の行動原理になっている。

    でもそのために自分が持っている道具はあまりに少なすぎて、道具を揃えているあいだに人生の大半が終わってしまいそうだ。「永遠に生きるように学び、明日死ぬように生きる」これは正しい考え方だと思うけど、「永遠に生きるように学ぶが、明日死んでも悔いはない」というやり方にしか自分にはできないなと思う。

    そういうわけで、いまの自分にとって「何者かになる」とかそういうこと自体はどうでもよいことなのだけど、研究の道に進む際にひそかに立てた目標からどんどん遅れていっていることに焦りを感じている、というのが正確なところだろうか。


    ここまで書いてこの原稿は放置していた。公開するにしてはちょっとぶっちゃけ過ぎているかと思ったので。以前信頼できる友人から、ジョブ探しの際にはwebサイトの内容に極力気をつけた方が良い、とアドバイスをもらったことがある。まったくそのとおりだなと思って、精神状態が悪いときに書いたものはほぼ非公開にした。あと自分の文章作成の方針として、原稿(Twitter含む)を見直してみて、自己憐憫や自己欺瞞や自己正当化や愚痴が含まれていることに気づいたら即削除するようにしてきた。

    このような自己ルールの帰結として、このブログは研究に関わる告知や報告が大半を占めるようになって、風野春樹氏のウェブ日記にある「銀河通信」の感覚はまったく失われてしまった。

    でも昨年末に祖母と叔父と父親がたて続けに亡くなり、親しくしていた研究者たちが若くして亡くなるのに遭遇して、自分の人生について振り返る時間が多くなった。偶然だが今日は3月11日だ。すくなくとも今回は、自分はどう生きるのか、それを語って消さずに残しておこうと思う。この文章には自己憐憫や自己欺瞞や自己正当化や愚痴が明らかに含まれている。それを完全に脱臭できたらよかったのだけど、自分がどう生きるかを書くにはそれは避けられないことなのかもしれないよ。自己正当化だけど。

    注1: 清水博氏が1970年に九州大学の教授になったときはあくまで生物物理(自己組織化現象の物理)の枠内での仕事をしていた。「情報の創造」(場とかホロンの概念)を目指してラボの方針を転換したのは1976年に東大薬学部に移って以降の話。この経緯については氏の「生命と場所」のあとがきに書かれている。

    注2: いまでもエリック・ホッファー的な「在野の研究者」の可能性についてよく考える。それをおおっぴらにするわけにはいかないのだが。


    2018年02月23日

    わたモテが12巻まできて最高潮に面白くなってた

    以前コミック「私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!」(わたモテ)についてブログの記事を書いたことがある。そのときは主人公のぼっち描写と社交不安障害(SAD)についての論考から興味をいだいて5巻まで読んだけど、主人公の空気系ぼっちだが肥大化した自意識でやらかした失敗談をギャグとして読ませるという構造に、読んでる側の共感的羞恥がきつくて中断してた。

    でもここ最近になって「尊い」連発の熱い記事を何回か見かけたので、再開して11巻まで読み進めてみたら、すごく面白くなってる。主人公の下品でクズなキャラはそのままに、周りの人間模様が複雑化して話が動いている。

    それでいよいよ12巻出たので発売日に購入して読んでみたが、予想以上に素晴らしかった。1-7巻くらいまでの「陰キャぼっちあるあるネタ」から8巻の修学旅行編以降では「青春群像劇」へと展開していたのだけど、12巻ではそれが最高潮に面白くなっている。でもこの変化は路線変更というよりは主人公の成長物語におけるひとつながりの流れであると捉えられる。

    作品初期の主人公の目を通したクラスメイトの描写は、見下す対象でありモブキャラにすぎないあっさりとしたもので、名前すらも与えられていなかったのだけど、いまではみなそれぞれに人間味を持ち、それぞれの機微も併せて描かれるようになった。

    それは主人公が「クラスのリア充ども」といっしょくたに見ていたところから「あいつらもけっこう大変なんだな」みたいな認識を経て、ひとりひとりを個別の人間として扱い、扱われることで、世界が明確に輪郭を持ってゆく過程を反映しているように読める。

    これが1巻から6年かけて計画的に構築されたものなのかといったらたぶんそうではないだろうけど、でも結果として1−7巻が周到な伏線としてはたらいている。たとえば2年生の始業式での自己紹介でウケを取ろうとしてコケたことが伏線となって、2年の終業式の打ち上げで話題となったり、3年生の始業式での自己紹介へのネタ振りになっている。

    一方でこのような変化は(主人公の内面の変化に対応しているだけではなく)中学生から高校生に成長していく段階で、いじめが子供じみたものであることが共有されて、学生生活の娯楽としてのいじめがなくなってゆくタイミングとも合致しているだろう。Web版最新の喪128以降でのキバ子はその流れに乗り遅れて、キョロ充としてのカッコ悪さが露呈したところが描写されている。(わたモテの主人公はあくまで空気系ぼっちであり、明確ないじめの対象ではないけど。)

    そういうわけで、今後も展開から目が離せない。アマゾンのレビューも現在星5が96%と絶賛状態だし、売り上げも上がるんではないだろうか。いっそのことアニメ2期来ないかね!卒業式で完結するとしてコミック出版まであと2年くらいはかかるだろうからタイミングは悪くないと思うんだけど。


    2017年11月22日

    「理不尽な進化」読んだ!(2年前に)

    旅のお供に「理不尽な進化」(吉川浩満 著)を持ってきた。第1章を読み終わったけど今のところいい感じ。「適者」は強者ではなく、ニッチの埋め合いであって、進化とは必ずしも進歩ではないこと、「適者」であるがゆえに一見トートロジーに見えるということ、このあたりについて正しく理解したいと思っていた。

    ここで紹介されている「理不尽な絶滅」を自分の人生と実存に引き寄せて読んでしまいたいところだが、まさにそういった進化観とと実存と認知バイアスというのがこの本のテーマなわけで、あんまり即断せずに読み進めていこうと思う。

    「理不尽な進化」は最終章まで来た。なるほど「回帰する擬似問題」とか「心脳問題」のときと同じ構造を持っている。進化論が歴史と適応の組み合わせであり、これは意識での一回性の問題と同じなのだな。そして袋小路の成り方もよく似ている。機能主義者の無意識的な形而上学的コミットメント問題とか。

    ほかにも「「お話としての説明」と「科学としての説明」という対比」の話と繋げて考えてみたりとか、いろんなとっかかりがあって、頭のなかで重要なところに杭を打つことができたような気がする。これを起点にもっと進めてゆくことにしよう。

    あと、フリストン自由エネルギーとも関わる「最適化」の問題。歴史の影響から逃れ得ないがゆえの「奇妙な生物」と「messyな解決法」。期待に依存しない「アルゴリズム的解決」と物理に拘束された「embodiedな解決」。IITや自由エナジーをこちらから鍛えることができないだろうか?


    「理不尽な進化」は読了してたけどメモ書くのを忘れてた。パウル・クレーの「新しい天使」くだりとかしびれた。トラルファマドール星人のように永遠の相のもとに進化、そして我々の歴史を見るならば、それはランダムウォークと枝分かれた先が消えたものでできた樹形になるわけで、その消えた先を見て"So it goes"と言ったんだなとか改めて感じ入った。あれの話でも、なんかしょうもないもの盗んで射殺された話とか、そういうときに"So it goes"というフレーズが繰り返されたはずだ。

    あと、この本を読んだことで、Varelaが「知恵の樹」や「身体化された心」で「ナチュラル・セレクション」に対抗するために使った表現「ナチュラル・ドリフト」の概念を理解する準備がやっと整ったように思う。たぶん「アルゴリズム」なのかそれとも「来歴」なのかという問題に回帰するはず。


    2017年10月31日

    坪内ショウヨウ/三社祭/ネコちゃん警察署捜査本部 (さうして、このごろ2015年8月)

    「おお、おお、おお、俺の『ネコちゃん警察署捜査本部』よ、いったいぜんたい、どこへいっちまったというんだい?」

    「まどのそと」までは良いだろうが「つよいあめ」と繋がってはダメだ。まどのそとにはいったいなにがあるのがよいのだろう? ぼんやりプラットフォームに立っていたら、自分の後ろに人が並んだ。わたしは慌てて自販機に向かった。雪が降っていて、私はそのとき何かをやりきったつもりだった。

    俺がGを恐れるのは、ほんとうは世の中にはもっと恐れるべきものがあるのだけれども、そういう気持ちを隠蔽して矛先をGに向けているためだ、という可能性はないのかと無理やり考えてみたが、さっぱりそんなあては見つからないのであった。これが認知的閉包というやつか。(<-言葉遊び)

    ザッカーバーグの”Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity”が今でも気になるのだけど、そもそもintegrityってわからないなあ。https://en.wikipedia.org/wiki/Integrity

    「坪内ショウヨウ」っていう芸名を考えついた。「カセタイシュウ」くらいイケてると思う。

    何年前の話だったか忘れたけど、次男と街歩いてたら本屋だかレコード屋だかの店頭に萌え絵のポスターがあって、それを見た次男が「なにこれ!鼻がない!」ってめちゃくちゃウケてたのを思い出した。それだけ。

    トバ・カタストロフ理論 で「現世人類が総人口が1万人にまで激減した」って話がなんか好き。言語化しにくいけど、なんだか痛快なかんじ。


    「高菜、食べてしまったんですか」ネタを振りたくなって、どんだけ元気一杯よ俺、とか思った。行ったことないのに。これとstudygiftだけは未だに気になるのだけど、なんでこれらに私はそんなに惹かれるのだろうか。多分私の欲望とか嫉妬とか弱点とか個性とかを反映しているのだろう。

    あと、「スカスカおせち」も未だに気になる。あれは大震災の前の正月、思えばのんきな話だった。

    「サークル・クラッシャー」とか「オタサーの姫」とか「童貞を殺す服」とかそういうフレーズが世をにぎわすたびに、俺の人生にはもはや全く関係のないことのはずなのに、なぜか25歳の俺に戻って、胸を痛めてしまう。

    「サンテ・ド・ウ」に「デッセ・ジェニー」的な吉本センスを嗅ぎとったので調べてみたら、はたして参天製薬は大阪の会社だった。(<-「はたして」を使ってみたかっただけ)

    いままで「リッチモンド」Richmondだと思っていたものが「リッジモント」Ridgemontであることに気がついて、福本漫画のように現実空間がグニャアとなるような衝撃を受けた。受けてない。

    遊佐未森の曲の歌詞で「樹々に隠れた大きな家に一人で彼は住んでる何やら妙な研究してるそういう噂」ってのが好き。俺もそういうところで何やら妙な研究したい。


    RDレインの「引き裂かれた自己」を大学生の頃に読んで大きく影響を受けたことを思い出した。どうしていままで忘れていたのだろう? このブログ記事で「存在の裂け目」という言葉を使ったときにこれがレイン本由来だったことに気がつなかかった。

    レインの本のメッセージのひとつとして、統合失調症患者の内面に整合的な物語があるんだということを受け取ったし、いま私がご執心の(<-自分で言う?)過剰サリエンス説もそれのバイオロジカルなバージョンと言えなくもない。「反精神医学」とかそういう政治的なものには興味が無い。

    そのへんの家族療法的なものと認知行動療法の関係とか知りたい。あと最近話題になっている「オープンダイアローグ」ってのもそのへんのはず。そういうことを知りたい。


    6月28日@pooneil いつのことだったか、こういう梅雨の蒸し蒸しした時期に、浅草橋を通る用事があって、そういえばおもちゃ問屋のせがれがこの辺だったっけかとか思って通りかかってみたら、偶然、軒先で甚兵衛姿でビール飲んでた。

    それで、飲む?みたいな展開になって、アサヒビール(スーパードライでもなければ黒生でもなく)と枝豆をご相伴に預かって、ご両親にお礼言って、気持よく帰ったおぼえがある。あのときのビールはうまかった。たぶん。

    三社祭の時期かなと思ったけどあれは5月だから多分違う。軒先って…いいよね。(<-イケメンボイスで)


    2017年05月05日

    「吉田=ホセ」の法則 (さうして、このごろ2015年7月)

    Harvard squareで昼ごはん。ネットで評判を見て、Flat Pattiesでチーズバーガー頼んだ。4ドルなのにパンの部分が絶妙にカリフワでうまかったので大正解。

    注文のときにおねえさんに(出来上がったときに呼び出しに使う)名前は?って聞かれたので「YOSHIDA」って答えたらわからんって顔したので、「YOSHI」って言ったら、注文票に「JOCE」って書かれていた。なるほどこういう風に聞こえるのか、と感心した。

    ハンバーガー焼いて手渡ししてくれるおっちゃんは注文票の「JOCE」を見て「ホセ?」と聞いてきた。思わず吹いたが、予想できる事態だったので、慌てず対応してすぐハンバーガーをゲットできた。これからこういう場合は「ホセ」と名乗ることにしようと思う。


    今年の我が家の会心のズッキーニ。デカい。


    "procrastination"(先延ばし)って単語、語感が無駄にかっこいいから好き。もっとキモいのにすればいいのに。「ズモフ」とか。

    「サークル・クラッシャー」とか「オタサーの姫」とか「童貞を殺す服」とかそういうフレーズが世をにぎわすたびに、俺の人生にはもはや全く関係のないことのはずなのに、なぜか25歳の俺に戻って、胸を痛めてしまう。

    中学校の卒業前くらいに体育の授業でレポートが要求されて、その頃なんかで読んだ、今で言うところのHIIT(50m全速力を一日4回くらいを一週間続ける)を実践してレポート提出したら、体育教師にお前ふざけてんのかと凄まれた。急に思い出した。今にして思えばあれが体育学を忌避した遠因だな。

    デトロイト・メタル・シティってあまりピンとこなかったというか、出落ちすぎて続けて読む動機がないなと思ってはじめの方しか読んでなかったのだけれど、もしかしてあれは「デロリンマン」の系譜で読めばいいのではないかということにふと考えが至った。そう読めば泣けるかもしれない。泣きたい。

    Teenage FanclubのThe Conceptについてのコメントで"The "Aaaaaaahs" kill me."っていう表現を見つけた。"Aaaaaaahs"ってのは組曲構成の後半のあれのことだけど、Aaaaaaahsにもtheが付きうるんだ、って面白く思った。


    次男を連れて岡崎城の目の前の乙川カヌー体験コース行ってきた。次男は何度かこういうの行ってるのでけっこううまい。上手なお兄さんにカヌー上でボール操る方法とか教わってた。私はバランス悪くて一回転覆させた。薬学ボート部だったのに!

    貴重品は身に付けて、とのインストラクションだったので財布をポケットに入れてた。転覆によって財布はずぶ濡れ。お札を扇風機で乾かしてる。川で財布落とさなくてよかった。乙川は真ん中の方は後が届かないくらい深いことを知った。岡崎に19年いてこの川で泳いだのは初めてのことだった。


    2017年03月10日

    「Skype3時間/Disorientation/Y字路」(さうして、このごろ2016年8月版)

    本日の最後の任務終了。Skypeで3時間ちかく語った。受話器を握る指がしびれた。(<-受話器ないし)

    カラオケ屋で"I Feel Love"をキー変えずに歌いたい。「魅せられて」みたいな振付で。

    「新思索社、破産決定」というニュースを知った。ショック!残念!とか言いたいところだが、ベイトソン本二つしかこの会社の本は買ったことが無かった。正直スマンカッタ、としか言いようがない。


    SHIROBAKOの第1話を見たら、使えない金髪野郎の失策を補うために進行の人が頭を下げて別のアニメーターに仕事の肩代わりをお願いするという胃が痛くなる展開で、なんでテレビ見てまでこんなつらい思いを追体験しなければいけないのかさっぱりわからなかったので、それ以上見るのはやめた。

    久々にアコギ出して弾き語り。ペット・ショップ・ボーイズの「ニューヨーク・シティー・ボーイ」とか歌って左手の指が痛い。つかBmaj7-Gm6-Am7-Dmとかギターで弾いても気分が出ないがな。

    それで歌詞を見てて気がついたのが、"Want to go and wander in the ticker tape"とtheがついてる。なんか特別な意味があるのかと調べてみたら、「ニューヨーク名物の紙吹雪舞うパレード」のことだった。


    今日は毎年恒例の岡崎の花火大会。これまでは家族と一緒に研究所の開放スペースで過ごしたり、次男を連れて自転車漕いで見に行ったりしたのだが、昨年は海外出張(GRC)、今年は次男はソフトボールチームの合宿で一緒に見ることができていない。

    それで気づいたんだけど、もうすでに(子育ての生活の1ページとして、)子どもたちといっしょに花火を見に行くというのは終了していたのだと。それはなんとも悲しい話だ。残るは、次男がソフトボールチームから卒業するまでの期間で、そしたらこういう生活は唐突に終わるのだ。ついにそう実感した。


    駐車場からちょうど沈む夕日が見えたのでスマホで撮影したけど、こんな色じゃあなくって、もっと禍々しいくらいの存在感だったのだけど、どうしてそういうのって写らないのかな?


    名鉄の中で夢中で本を読んでいて、ふと顔をあげたら周りが田園風景で、いったい自分はどこにいて、どこに向かっているのかわからなくなるような、disorientationの感覚を経験した。これは再現しようと思ってもなかなかできない。

    けっきょくそこは刈谷に向かって東へ走る途中で、こんなところに田んぼがあるなんて思わなかったからなのだけど。

    こういうことは以前もあった。車を運転していつもの見慣れた上地から南下する道を、そのときは北上しているだけだったのだけど、いったい自分がどこにいるのかわからないまま、とにかくまっすぐ進めば知っているところに着くはずとの信念だけで運転してた。


    「Disorientationの感覚」と言えば、そんなの夜に車でナビ無しで山道に向かって走れば再現できるじゃんと思って、緑丘から南へ向かったら、山道を後ろからDQNカーに張り付かれて桑谷山荘辺りまで走ることになって、大後悔した。

    けっきょく名電山中まで出て、国一を帰ってきたが、ふと気がついて、藤川の道の駅は深夜はどんなかんじなのか見てきた。DQNカーが集合しているということもなくて、トラックとかキャンピングカーとかが静かに並んでいた。


    相模原の事件と一橋大の事件とが重なって、さまざまな言説を読んでいろいろなことを考えるけれども、そういうことって世間話ではなししたりしないんだよな。そういうことを話ししてみたいんだけど、けっきょくオリンピックの話とか朝のテレビで見た話に終始してしまう。

    「オリンピックで思い出した水泳部あるある」これを読んでたら「レモンのはちみつ漬け」なんて胸キュンワードが出てきたのでしばし反芻した。(<-人生の勝者)

    「プレイボール」ちばあきおの1-2巻がKindleで期間限定無料になっていたのでさっそくダウンロードして久々に読んでみた。谷口くんの渾身のバックホームのシーンで感涙できたので、俺はまだ大丈夫だと思った。

    「あなたが友だちだと思っている人の半分はあなたを友だちだと思っていない」 泣けるわ〜友だちの定義を操作的かつ広く取ろう。俺と雑談をしたことのある人は全員俺と友だち、俺と食事に行ったことある人は全員俺の心の友(<-ジャイアン的な意味で)


    skype終了。3時間もやると受話器の手が痺れるぜ。(<-同じネタ使い回し)

    例のごとく22時の西友で大幅安売りになったお惣菜を見知らぬデブと争ってゲットしていたら、RideのVapor Trailが流れてきた。以前からここの選曲はUKギターポップぽいなあと思っていたが、疑念は今日確信へと至った。


    岡崎市で好きなY字路といえばここ(本局の奥)ここ(岩津町)。後者は名鉄挙母線の跡地だと理解していたが、こちらの記事によれば勘違いだったことが判明した。

    前者も後者も狭い道で、つまり古い道である可能性が高い。じっさいに昭和6年あたりの地図を見てみると、ちゃんと載っている。これは激萌えスポットと言わざるをえない。


    2017年02月02日

    「サード・プレイス/リョコウバト/アウトロ」(さうして、このごろ2016年7月版)

    ガソリンスタンドに行って給油しながら、「イレギュラー、満タン、現金」ってフレーズが頭に浮かんだ。ちょっとハードボイルド感出てる。

    気持ちは高ぶったままで、これでは眠ることができない。カーステレオのボリューム上げて、アジカンとかサニーデイ・サービスとかかけて、大声で歌いながら深夜の岡崎の街を警備していたら、やっとこさ心の平安を取り戻すことが出来た。

    とある事項についていろいろツイートしてみようとしたが、「誤解を恐れずに言うと」と書かないと無理そうな展開になった。ということは、どんな言い訳を付けてもけっきょくは誤解を産むということだ。そういうわけで書きかけたそのツイートは消すことにした。(<-よくある)

    ひさしぶりに楽しい飲み会だった。アルコール一滴も飲んでないけど、楽しい飲み会だった。

    さっきまで実家の近くのミスドで作業してたが、周りの座席は中国語、韓国語、ポルトガル語が混ざっていて、マヂ異国だった。「コレニホンゴデナントヨミマスカ?」と問われて、どこかの住所の漢字の読み方を説明することに。うーむ、これが「サード・プレイス」か。(<-覚えたばかりの言葉を使いたいだけ)


    そもそも今自分が大学生だったらなにをしていただろうか?いまからPythonを勉強して機械学習をやってとかだったろうか?でもそれって20年前にバイオでポスドクに行く選択と同じレッドオーシャン一直線という気もする。

    給料安くても勤務時間が限られたホワイトな環境で、独身で、ストレスの少ない地方都市で、時間外はDTMやってsoundcloudとかで作品発表してハートが付いたらそれで満足、みたいな人生がいいな。

    鰻が食べられなくなる日って、ある日これでおしまいではなくて、割高で質が悪い鰻ばかりになって庶民は食べなくなって、数年経って忘れたころに物好きが食べる鰻がこれで最後というニュースを他人事として聞くのだ、というふうにイメージが湧いた。リョコウバトのときはどうだったのだろう?


    仕事に没頭してたらいつの間にか周りが真っ暗になっていて(<-部屋の電気を付けないタイプ)、夕立がやってきていることに気がついた。なんとかやり過ごすはずが雨は止まず、しかたなく帰ってきた。これからこういう夕立を何回か体験して、いつの間にか梅雨明け宣言が出されて、夏がくるのだろう。

    帰ってきたらすっかり雨は止んでいて、西の方には青空まで見える。けっきょくもう15分待ってから帰ってくればよかったことが判明した。でもそれまでに既に45分待った後だったのだから、これは合理的な意思決定だったのだ、と自分に言い聞かせる。でも基本的に俺の意思決定めちゃくちゃだなと思う。


    工夫してあるアウトロは好き。「すばらしい日々」のアウトロでギターのリフはイントロと同じなのにコード進行だけ違ってて好き。"Sir Psycho Sexy"でいきなりプログレみたいなコード進行になるところ好き。C†Cの"Crossing"もこの系統だけどやっぱ好き。

    「思い出してる 夢みるように 夢みるように」ってのはあらためて聴いて泣ける。(過去を)思い起こしているのに、(未来を)夢見るようにっていう(<-説明ダサい)。「たとえこの世界が本当だって」っての好き。「たとえこの世界が嘘だって」じゃないの。本当だってことを否応なく知らされるの。


    KORG Gadgetが半額になってた。この日を待ってた。さっそくiTunesから購入してダウンロードしているのだが、やたらと時間がかかってまだ完了しない。そうして、いま日本中がポケモンGoをダウンロードしていることに気がついた(7/22)。

    さっそくKORG Gadgetで短い破片を作ってsoundcloudに上げてみた。メロトロンっぽいフルートと「チルウェイブ」ってタイトルのパッドがあったのでそれを使って。


    耳かきが大好きで、毎日2,3回くらいやってる。つまり耳かきをする動機はもはや耳孔をきれいにする喜びではない。それで今気づいたのだけれど、もしかして私は外耳道の軟骨よりも奥にある頭蓋骨(側頭骨)を引っ掻きたかっただけなのではないかと。ってなにそれ怖い。

    でもひとつ思い当たるフシがある(<-あるのかよ)。小中学生くらいのときに、眉間を鉛筆の後ろ側とかの棒でコツコツとやると、なんというかそのあたりが「ニ〜ン」とした感覚になるので、よく繰り返していた。もしかしたらあれも頭蓋骨に直接刺激を与えたかったのかも。ってなにそれ怖い。


    2016年09月27日

    「公正なる世界戦線」(さうして、このごろ2015年6月版)

    さっき新横浜駅で「いま有楽町なんで、いまから東京駅に向かいます」って携帯で電話しているおっさんを見かけた。いったいどんな大冒険がこれから君を待っているんだい?


    「ライク・ア・ローリング・ストーン」の歌詞で「彼(ナポレオン)のところに行けよ、呼んでるぞ、拒めないだろ」って畳み掛けるところが好き。”Go to him now, he calls you, you can’t refuse”

    しかもよく見ると、heとyouの順序がライティング的によくできていることに気がつく。「ディランに学ぶ英語ライティング」って企画を思いついた。


    「人は33歳までに音楽的嗜好が固まり、新しい音楽への出会いを止める傾向がある」 知ってた。ビートルズとソフト・マシーンが好きです。あとの音楽は全部クソです。こうですか?

    でも実際問題として、いまDeerhunterとかTychoとかYndi HaldaとかWashed Outとかを聴いていても、それは私にとっては、カンタベリーとシューゲイザーとクラウトロックからの発展形として聞いているだけで、私がなにを美しいと思うかの感受性はちっとも拡張していないんではないかと思う。


    「今いくよ」というけれども、已にいったものはいっていないし、未だいってないものはいってないし、今いきつつあるものもいかない。いきつつある者はいかないし、いきつつある者ではない者もいかない。「今くるよ」というけれども、(略) (ナーガルジュナ「中論 今いくよくるよの考察」より)


    「ミルウォーキー・カード・ソーティング・タスク」ってフレーズが降りてきた。だったら「タラハシー・カード・ソーティング・タスク」とかどうよ、とか考えてみた。「ツーソン・カード・ソーティング・タスク」とかは普通にありそうで怖い。結論としては、「どうでもよい」


    西友で3割引きになっていたお弁当を買ってガチャガチャが並ぶベンチで遅い夕食をしていたら、おじいさんが所在なさそうにじっと座っていて、徘徊老人だろうかと思ってこっそり見てみたら、案外若い人だった。マクドナルドはすでに閉店し、消灯し、アイカツの筐体からむなしく音声が流れた。


    世界は俺を追い立て、追い越し、追い抜き、トンネルの先の方にぶつかって詰まってしまった。俺はトンネルの壁を手で伝いながら、夜露に濡れた壁を伝いながら、その部分に探るように前へ進むのだけれども、いつのまにかトンネルは闇に溶けてしまって、世界もそのうちどっかへ行ってしまった。


    俺は自分で自分に賞状を書く。夜道の畑のスイカの甘い匂いとか、山道で不格好に大きくなっているタケノコとか、稲刈りで大量に見つかった小さなカエルとか、降りだした雨で立ち昇るジオスミンの香りとか、そういったものをかき集めて、承認欲求を満たしていこうと思う。


    Grateful Deadの"Morning Dew"で一番好きなバージョンは Europe '72 に入っているやつだけど、もっといいのがあるかもしれない。俺は無限の図書館を、オイルで磨かれた板張りの廊下を、欧州の城を模した廊下の壁画を眺めながら歩いてゆく。


    「公正世界仮説(just-world hypothesis)」という言葉を知った。つか「公正世界」って言葉の響きがカッコええ。「公正なる世界戦線」(just-world front)とか作って戦いぬきたい。いや、べつに戦いたくない。


    「もぐ♥ワイ!」ってのを考えついたんだけど、誰にこの気持ちを伝えたらよいのかわからない。


    海外からの客人を迎えてひさびさにビール3パイントも飲んで酔っ払った。夜の奈良井公園の気持ちいい空気の街灯の下で本を読みながら酔い覚ましをして、それだけでもう幸せだった。この瞬間の気持ちをwebに書き留めて、永遠の記録とする。


    2016年08月06日

    ゲッチンゲン・チュービンゲン滞在記

    (2015年3月、ゲッチンゲン、チュービンゲンに滞在したときのメモ)


    今日は共同研究がいろいろ進んだ。19時過ぎたところで夕食行く?って聞くからスーパーでなんか買ってくよって答えて別れて、Kunsthalleにあるスーパー(Penny Markt)で鱒のスライスとかハムとか棒アイスとか買い込んで最終バス待ってたら、10分たってもバスが来ない。

    ついに案内板から17番バスの案内が消えてしまって、同じくバス停で待ってた人たちもみんな諦めて歩き出した。だれも文句言わないのでよくあることなのだろう。しかたなく昨日車で案内してもらった道を記憶をたどりながら、誰一人歩いていない静かな道をバス停を一つ一つたどりながら下っていった。

    誰も歩いていないのをいいことに吉田式ディナー(歩きながら鱒のスライスを手を汚さずに食べる技法)を実践しながら道を下ってゆくと、Max Planckからの道と合流するSpemannstraßeまで来て、やっと歩いている人も出てきてホッとしたが、今度はゲストハウスの場所がわからない。

    バス停で待っていた学生さんがウロウロしている私を見かねてスマホで地図を調べてくれて(偶然日本語を理解できる人でスマホの画面が日本人イケメン俳優だった)、お陰でなんとかゲストハウスまでたどり着いた。けっきょく戻るまで30分かかった。まったくえらい目にあったが暖かい夜で助かった。

    食い物があったので悲壮感が出なくてよかった。空腹で寒くて異国の地をさまよい歩いたりとかそういうことにならないで、ほんとうによかった。生きてるって、素晴らしい!(<-おおげさ)


    (ソース不明のブログの記事より:)「もうわかっているかと思いますが(もしくはすぐに気づくことになりますが)、チュービンゲンで真夜中に食欲を満たすのは至難の業です。」 知ってた。20時過ぎたら店は閉まってる。水が無いことに気づいて、しかたなく駅構内まで買いに行ってきた。

    解析が終わらん。ネッカー川の向こう側では酒飲んで騒いでいる若者たちがウェイウェイ言ってる。(<-言ってない)

    REWEというスーパーマーケットが土曜でも夜10時までやっていることを発見した。これでなんとかサヴァイヴしていけそう。

    仮眠してた。18時の鐘が鳴り響きだした。いろんな鐘の音が重ね合わされて、いい感じに不協和音がドローンのように響くのに重ねて、まだ足りないかと鐘が打ち鳴らされて、なんだかサイケデリックだった。寝起きの頭で音の行方を追い続けたら、街のアンビエンスノイズにかき消される瞬間を見とどけた。


    2016年05月03日

    吉田サンクチュアリ(さうして、このごろ 20150430)

    「ニューヨーク・シティ・ボーイ」をカラオケで歌いたい。サビのところでみんなにマイク回して「オカザキ・シティ・ボーイ」とか「トットリ・シティ・ボーイ」とか歌ってもらう小ネタまで準備してあるというのに(<-切ない)。

    “100,000,000 miles high”ってタイトルを考えた。highすぎて、太陽まで届いちゃうの。Higher than the Sun。(地球から太陽までの距離 = 149,600,000 km = 92,950,000 マイル)

    今日はなんだか疲れた。感情が動かずに、事実だけ事務的に処理できるようにいられたらいいのに。上がったり、下がったり。ヘルター、スケルター、ローリー、ポーリー。車を飛ばして、幡豆の漁港まで行って、堤防から雨振る海を眺めたら、少しは気が晴れるだろうか?


    二年前の豆まき: 昨日豆まきできなかったから今日豆まき。次男が鬼になりたいって言うからみんなで次男に豆を投げる。なんだかいたたまれなかったので鬼を守った。我が家から鬼は出て行かなかった。— Masatoshi Yoshida (@pooneil) 2012年2月4日

    去年の豆まき: 今日は俺が鬼の役だったので「不動の心、不動会」とか言いながら居間の片隅でポーズを取ってみたら、子どもたちが「無言で」落花生を「勢いつけて」俺に投げつけるというわけのわからないことに。途中で奥さんが指摘して「鬼は外、福は内」がコールされるようになったので節分らしくなった。そんな日。— Masatoshi Yoshida (@pooneil) 2014年2月3日

    今年の豆まき: 次男が風邪で豆まきは延期。次の日も長女も風邪、長男は帰ってこないので、ママから二人でやっておいて、と落花生をもらって次男と二人で豆まき。新聞チラシで即席のツノを作ったパパ鬼を家から追い出すところまででヨロシク、とあらかじめ段取りと個数を決めて、無事実行。そういう顛末にて。


    ラボでの今日の任務終了。家帰ってたまっている仕事を片付ける。「貯まっている」ではなくて「溜まっている」だな、とか文字変換しながら考えた。空には太陽が出ているのに、雪が降ってきて、しかもそれがさっさと融けて、工事中の砂利道に水溜りができている、そんなイメージ。

    「マシン・ラーニング」ってあらためて字面がカッケーな。「ハンマービート!」「デウス・エクス・マキナ!」「キカイノカラダ!」そんなかんじ。(<-徹夜ハイ)


    豊橋駅の名鉄ホームに降り立ったら、屋根の下なのに水しぶきの当たるのを感じて、俺もここまでポエジーが高まっちゃったかと(<-?)思ったのだが、空を見るとかすかに雪が舞っていて、なんだなにも不思議なことはなかったのだと安堵したのだが、上着持ってこないで背広だけだったのでクソ寒かった。

    岡崎に戻り、くらやみの道を更に強くなった雪の中、自転車で戻ろうとすると、車のヘッドライトに照らされた雪が渦を巻くように不思議な流れを作っていて、それに少し見とれ、遠くを見やり、近くの交番に目を向け、でもって家に向かって急いだ。


    車で「雨ざらしなら濡れるがいいさ」を絶唱しながら、いつもは「時が来たなら 終わるもいいさ それが俺の最後の運命だったら」のところで感涙してるのだけれど、その続きの歌詞の意味がはじめて頭に入ってきた。「その時、瞼に吹く風も見えるだろう 静かに揺れるだろう」と言っているのだ。

    つまり「時が来たなら 終わるもいいさ」という言葉が激情にかられて歌われているように聴いていたけど、そうではなくて、その時の心は平安であり、瞼に吹く風を見るような、なんならマインドフルネスといってもいいような心持ちで終わりを受け止めると言っていることに、今になって気がついた!


    太陽が二つあって、それぞれが昼と夜を照らすので夜が無くなり、そしてそれに誰も気がつかない。よくよく見ていれば、夕焼けと朝焼けとが重なるのだからわかるはずなのに、肝心のその時間だけ、だれも竹林に居なくて、謎は暴かれず、川の水が鏡となり、葉の影がすべて三日月となる。

    二歩では飽きたらず、三歩を実現するために、指を使わず掌だけで歩を隠し持つ技を磨き続ける日々。その修業は決して無駄にならずに、エレベーターをボタン操作だけで加速する方法を編み出すことで開花した。

    「ぼくらは太陽まで歩いてゆくんだ」っていいな。飛ぶのでもなければ、走るのでもないの。歩いてんの。辿りつくのかっていう。表現がぼんやりしすぎていて、正しく像を結ばないのだけれども、それはそれでいいんじゃないかと思う。ぼくも歩いて行こうと思う。等高線と螺旋とを辿りながら。

    帰りに遅い昼食をとスーパーに入ったら「魚の塩ダレ焼き」というのがあったので買った。200円でたっぷり食べれてお得。見たかんじカジキっぽいのだが、「魚」。たぶん輸入魚なのだろうけど、「カジキ」でもなく「カレイ」でもなく「魚」という概念を食べることで私の心は宇宙に飛んだ。

    吉田が余生を平穏に過ごすことができるように、桑谷山荘の跡地に「吉田サンクチュアリ」を作ってほしい。でもって、バーベキューに来てハメ外す若者を叱責したり、咲き誇るあじさいの世話をしたりするの。

    「すしざんまい」とか三昧はぜんぶ「サマーディ」に置き換える。「すしサマーディ」。うーん、満足。(<-頭働かない)


    2016年04月20日

    ホワイト、ジャック!

    (原題:さうして、このごろ 20150131)

    「子供の頃、何が欲しかった?」高校生のときは宅録関係だったな。カセットMTRが欲しかったけど買えなかったので、シャープのダブルカセットでピンポン録音してた。ヒスノイズが重なりまくって、出来上がりの曲はシューシューいってたっけ。けっきょく大学4年くらいにfostexのX12買った。

    「子供の頃、何が欲しかった?」あと、ドラムマシンが欲しかったがなかったので、近所のゴミ捨て場でスネアドラムとシンバルを拾ってきて、バスドラ代わりに枕をスティックで叩いて、マイクで音拾ってた。カセットでリミッタがかかる(リンゴ・スターのドラム的な意味で)ので案外音は気に入ってた。

    ゴローがBOSSのドラムマシン (Dr. Rhythm DR-110ってやつ)を持ってて、それを借してもらったことがあって、延々ひとりでジャムってた。Grateful DeadのDark Starのモチーフを延々展開して。


    「Z会(ぜっとかい)」のことを「ツェット会」と発音すると、秘密結社っぽくてよい。

    JR岡崎駅から戸崎町を経由してゆるやかに登る坂道を自転車を漕ぎながら、この国道をエポケーして(<-フッサリアンジョーク)、これが開発される前の50年前の、林の中の誰もいない砂利道を自分は自転車を漕いで登っているのだと、目に見えるものを消して、ただ坂の傾きに意識を集中させる。

    ライカ犬、ライカ犬。「今そこにある危機」と傘を回して見え隠れする魔女。電話で届けられる、予想通りの悪いニュース。思いつく限りの嘘と、廃墟で行われるある種の犯罪。カミキリの幼虫が白日のもとに透視され、白日のもとに凍死される。そうしてついに、海を見つけた。ライカ犬、ライカ犬。

    n=1で「やっぱ俺の言ってたこと正しかった」とか言われると本当に統計わかってんのかって思うけど、そういうときに人々が言いたいのは「n=1の新しいevidenceによって、以前持っていたpriorから仮説が補強される方向にposteriorが変化した」ということだと脳内変換してる。


    小学校3年生くらいのときには自転車でもうどこへでも行けるつもりであちこち行って、でも新大橋がまだ歩道がなくって車道だけで、ここ(隅田川)が自分の行ける範囲の限界なのだと思った覚えがあって、新大橋を走る車と排気ガスのイメージがあるのだけど、なぜかそれは色あせたカラーのイメージで、たぶんテレビの映像の記憶と混ざっている。

    帰郷したときに送り迎えで明治通りを往復して、日曹橋の交差点を通りかかった。日曹橋は橋と名が付いているが橋はない。以前日本曹達の工場があった場所で、運河の埋め立てで橋もなくなり、橋にだけ名前が残る。日曹橋への愛が深い人の記事を見つけた:「いつか日曹橋で」が出来るまで あとこれも詳しい:東京都江東区に「日曹橋」という地名があります

    岡崎の電車通りに「芦池橋 バス停」というのがあるが、ここにも芦池橋はすでにない。しかしこの近辺を歩いてみれば道路に運河の名残らしき段差があるのに気づく。

    岡崎市内(2012.12.28) 「新田橋親柱 電車通りの歩道の脇にあります。図書館の前から電車通り西側にあった江川まで流れていた小川の橋らしいです。ちなみに江川は久後崎から占部川まで続く川で現在は暗渠になっています。」 あとこちらにも記載あり。


    「島村卯月がブレイクしなかった世界で!」を読んだら泣けた。

    「パパも返品ね」っていいなあw いっそのことパパを返品して、返金して、倒壊して、融解して、全てをやり直して、進化からやり直して、進化のランドスケープから違った山を選んで、僕らみんな全く違った形の生き物として生まれ直し、全てをやり直してみればいいんだと思う。

    子どもたちがまだ小さかったころはよく受話器を耳にあてて「もしもしこちらネコちゃん警察署捜査本部、何?事件?」ってダミ声で言うっていうネタ(?)を繰り返していたのだけれども、だれも相手してくれなくなったのでもうしなくなった。それは記憶の片隅に追いやられ、しかし消えずに浮上してきた!

    ツタヤで借りた「それでも町は廻っている」を読んでいる私を見た次男が「(手塚治虫の)ブラック・ジャックを読んでいるのかと思った」と言ったので、まったく頭を使わずに「ホワイト、ジャック!」とウイスキーのCMみたいに渋みたっぷりに返答したら、我ながら気に入った。「ホワイト、ジャック!」


    「世が世なら・・・ADHDは狩猟採集社会では優位性を持っていた。」 元ネタはこれ:BMC Evol Biol. 2008 介入してるわけではないのでこれ自体はそんなに強い議論ではない印象。

    統合失調症が創造性と関わるとか、糖尿病が寒冷期に糖を蓄える際には有利だったとか、そういう説とともに、進化的には意味のある表現系はここ数千年だか数百年だかの環境の違いには順応できないってのはもっともらしい話だ。

    構造で規定されるんだな、みたいな相対化の洗礼を受けたのは大学生の頃だったか。今にして思えばずっとそんなこと考えていた気がするし、ずっとそれをうまく取り込むことが出来ずに、あるときは構造主義だったり、あるときはアフォーダンスだったり、オートポイエーシスだったり、力学系だったりと、近寄ってはぐるぐる回りつづけていただけなような気もする。

    それは中観派の空の思想だったり、現象学の反表象主義だったり、実在の絶対性みたいなものを避けていく選択肢を常に選んできたけど、大元は浪人のときに読んだ岸田秀と「弁証法とはどういう科学か」で太宰治から戻ってこれたという、身も蓋もなく実存的な理由があったことは覚えている。


    2016年04月13日

    疾患と疾患モデル

    .@KWS456123 「表面的な理解/解釈のみで…危険がある」という批判は患者を実際に見ている方でさえ自問自答すべき問題なのだと理解しました。しかし、この批判を転じて、患者を見ている方が動物モデルをやっている人に向けてしまうと、誰にでも言えてしまう、不毛な批判になってしまう。

    じゃあどうすればいいかといったら、ひとつの方法は患者を見ている人と一緒に動物モデルを研究するということになるのだけれども、この批判は際限なく、恣意的に運用することも可能だから(なにしろ患者を見ている人でさえ問題にしなければならないのだから)、動物モデルへの批判自体はそのモデルが実際に役に立てば消えるだろうけど(遺伝的疾患モデルなど)、精神疾患モデルの場合にはそれがうまくいってないことが元凶なのだろう。

    …以上、河島さんのツイートにインスパイアされて、最近考えていたことにつなげて書いてみました。

    .@NaotakaFujii なるほど、いまの話はかなり一般化が可能な論点であるようですね:「主観的観察の観察対象ソースを共有することである程度避けられるかもしれない」

    そうしてみると、神経生理学者が自分でデータを取っていて、データ科学者と一緒に仕事するときにもおんなじ構造が出ていることに気づく。神経生理学データはそのままだといろんな目に見えない情報が欠けている(記録者が未熟だからこのデータの信頼性は低いとか)。それらをどうやってメタデータとしてデータに足してゆくかというのがひとつの課題なのだけれども、そこで神経生理学者としての私は「じっさいにデータを取るところを見ていないと正しいデータ解析はできない」という気持ちは強いし、自分の経験として、「両方をつないでハブとなる人間が居ないとうまくいかない」という信念もある。

    私の視点はどちらかというとハブの人が一人で両方見渡すことが大事という方向性なのだけれども、いま藤井さんが書いていることは、互いに両方見渡すことができる技術を作れないか、ということなんだろうと思う。

    「同じイベントを全員が同じ視点から見て共有し議論する」これが視点交換とかにつながり、ジェンダーバイアス、福島、いろんなところにつながることはわかる。それこそが「なめらかな社会の実現」なんではないだろうか。

    さっきの話をまとめると、[精神科医 - 精神疾患の動物モデルの研究者] という関係と [神経生理学者 - データ科学者] という関係の相似に無自覚だったし、自分はそのどちら側にも立ちうるのだな、というのこと。だから、データ科学者に向けてデータわかってないじゃん、って批判は誰にでも言えてしまう不毛な批判であって、しかも立場に依拠しているため際限なく言うことが可能。

    だからその批判を使う際には「どこまでわかっていればデータを理解したことになるか」を正しく限定する必要があるし、それはデータ科学者に欠けていることではなくて、データを提供する側が行動しないと解決しない。

    .@KWS456123 そうですね、自分ならどうするかな?って感じで捉えていくのが生産的ですよね。


    2016年04月01日

    さうして、このごろ 20141031

    ふなっしーは「ヤケクソ感」が出てるところが好き。「ヤケクソ感」という美を世界に広めてゆきたい(<-ヤケクソ)。

    .@ichipoohmt オカザえもんはエキセントリックだけどヤケクソではない。紳士(ゼントルマン)ですね。


    「あいにく修行中の身だ」っつうのは日常生活のどっかで使ってみたい。松山はよく「春雨じゃ、濡れてまいろう」って言ってたけど、あんなかんじで。ちなみに「この世を忍ぶ仮の姿」ってのはよく使う。

    「吉田が輝く社会」を作りたい。


    綿棒で第2中手骨と第3中手骨の間を穿つ。これが極意。ピアノと月とドブ川に浮かんだゴムボート。道路工事用のライトの周りで、3つの楕円が形を変えながらも中心をピッタリと合わせて回るさまが、まるで枯れ葉のようだった。

    「枯れ枝を踏み進む」って書いて、”re-e”の繰り返しと”f”の音と”su-su”の繰り返しにうっとりとしてみる。


    雨が降ってなかったタイミングを見計らってコンビニまで昼ごはん用の鮭缶とちくわを買いに行ったら、帰りに雨に降られた。風が強いので傘は持って行かなかった。ずぶ濡れになった。ところで雨に「降られた」って表現って面白いなあ。「雨に憑れた ひとが行き交う」を思い起こした。

    雨で練習が無くなって暇になってしまった次男の相手をして、竹で作った刀のおもちゃを改造してやる。先っぽの割れている部分をのこぎりで切って、断面をコンクリートに擦って角を取って、さらにビニールテープを巻いて安全確保。夕食前は二人ポケモンポンジャン。父大負け。1勝4敗。


    「人生ゲーム極辛」を次男とやってるところ。私はスポーツ選手で、次男はフリーター。そしてストレス(カード)の多い私は「ハードコース」へ突入、ストレス(カード)のない次男は「ノーマルコース」へ突入したところ。ああ、人生。

    「人生ゲーム極辛」終了。次男の勝ち。せっかく給料は父のほうが高かったのに、途中の「ハードコース」が尾を引いて、出遅れた。ああ、人生。


    「マイム・マイム」って改めていい曲だなあと、とくにhey hey hey heyで四つ打ちで念押しているところ。あそこの響きってなんか特別だなと思ってコード調べたらふつうにV7だったんで自分の勘違いに笑ったが、なんか特別感あった。

    以前「線路は続くよどこまでも」の「[G7]はるかな まち[C]まで [F]ぼくたち[E7]の」の「の」の部分だけがCメジャー・スケールからAハーモニック・マイナー・スケールになっていることを知って(しかもコード的にはAmに解決しない。この曲にはマイナーコードがない)この曲の良さを再発見したことがあった。

    「缶コーヒーにヘブライ文字」ってフレーズが頭に浮かんだが、端的にさっき「マイム・マイム」の動画を見たからだと気づいたので、心がほっこりしてきた。(<-犯行の動機は「ほっこり」という語を使いたかっただけ)


    自転車で例のバイパスを国道23号線超えて、吉良のホワイトウェーブのところまで行って、西尾市役所まで行って、また戻ってきた。23号線より先は道が狭くなって、マヂで「暗闇を切り裂」いてきた。矢作古川が暗くて怖い。

    吉良のホワイトウェーブへと左折する交差点で一休みしたら、畑につるが生えてて、それを追ってみるとスイカだか瓜だかの細長いのがあって、よく見たらたくさん並んでる。暗闇で見るスイカというのはけっこうびっくりするものだったはずだが、そのときは気にならなかった。かすかに甘い香りがしてた。


    今日は次男の学芸会。出し物は学年全体で「泣いた赤鬼」。赤鬼も青鬼も何人も居て、場面ごとに別々の人が担当するという今どきのパターン。

    うちの子は三人いる青鬼の一人で、三人いるということは3つの場面(悪役になるよと赤鬼に相談、村で暴れて赤鬼に退治される、村を去り手紙を残して朗読)のどれかを担当なわけだけど、次男は最後のパートをやってた。おいおいオイシイな、それ。ともあれ、泣いた赤鬼大好き。何度見ても、ぼくの心のやらかい場所を 今でもまだしめつける。

    10年前に書いた「泣いた赤鬼」と映画「Bruce Almighty」の共通点。でも10年後のいま見返してみれば、人間とはホルモンに左右され泣いたり怒ったりする動物なんだなという醒めた感慨が。人間ってちっぽけだなあ。(<-主語デカすぎ)


    昨日は次男と一緒に公園でキャッチボール。次男がキャッチャーの練習をしたいというので、私は2週間後のソフトボール大会に向けてピッチャーの練習(投げたことないけど)。そして今日は筋肉痛。右の肘がなるのはわかるとして、左の腿の裏がなるのははじめて。左足のステップを活かす方法を習得中。

    その後で竹で作った剣をノコギリで切る仕事の二本目。今回は取っ掛かりだけ作ってやって、あとはぜんぶ次男が切って、コンクリートの床で角をなまらせて、テープ貼って終了。「二刀流!」とか言って遊んでいる。なんだか典型的にチビッコなのが面白い。

    「プレイボール」ちばおきおのワンシーンで、なんか部に問題があって揺れている状況で、合宿場で谷口くんがひたすら夜に打撃練習してて、「コーン」「コーン」って音鳴らし続けるのに部員のみんなが気づくシーン、あそこを読みたいのだけど何巻なのか記憶が無い。

    走ってる方の筋肉痛はもう出なくなってる。いい調子。昨日のピッチャー練習の筋肉痛は出てる。左腿の裏がキテいるのは、ソフトボールの教本に書いてあることから判断するにフォームが悪いということのようだ。基本動作を練習することにする。夜の奈良井公園で、谷口くんみたいに。(<-なりきり中)


    2016年03月23日

    さうして、このごろ 20140930

    今日食べた太刀魚の塩焼きは旨かった。ここに記して永遠の記録とする。

    「トンカツ慕情」を模して言うならば「棒アイスをな、ガリガリ君リッチをいつでも食えるくらいになりなよ。それが、人間えら過ぎもしない貧乏過ぎもしない、ちょうどいいくらいってとこなんだ。」ってところだろうか。ハーゲンダッツではなくて。あぁ僕らの人生って空飛ぶブタくんサーカスみたいだね?


    小学校高学年ぐらいのときに、近くの団地のゴミ捨て場というか古本回収しているところで化学の参考書を見つけて、それに元素の周期表が乗っていて、すべての物質がこれのどれかに対応しているという事実を知って夢中になり、軌道モデルで表を書くのにふけった時期があったことを思い出した。

    時間が飛んで、こんな季節、もう少し10月に近いくらい、清里駅から合宿所に向かって夜遅い時間に真っ暗なゆるい登り坂を歩きながら、草の匂いとか遠くを走る車のライトとかそういうのを感知していたことを思い出した。

    さらに時間が飛んで、M1の秋、戸田のボートの合宿場に行く手前の公衆電話から電話をかけるために小沢健二の「天気読み」を聴いて気分を盛り上げて勇気を振り絞ったことを思い出した。あれもたしか涼しくなってきた時期だったはずだ。


    イヌのSNP解析の図 こういうのにものすごく惹かれるんだけど、子供のときに元素の周期表に超絶惹かれたのと同じことだと気づいた。見渡せる範囲内で、網羅的に、十分な粒度で書かれたものがどうやら私は好きということらしい。

    だから、「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答え = 42」というのには惹かれない。粒度が低すぎるから。もっと網羅的にいかなくっちゃ。


    隆介と大学生くらいのころにゴールデン街とか行って、店の人が恭しく出してくれたボジョレーヌーボーとか恐縮しながらご相伴に預かって退散して、いつかオレは社会人になったらこういうところに来て楽しめる日が来るのだろうかと自分の将来を想像したものだけど、けっきょく再び行く機会は来ていない。


    東岡崎駅から岡崎高校へ向かう登り坂を車を走らせていたら、高校前の信号のところで左にグッと曲がったところで下弦の月がヌッと飛び出てきたのでギョッとしたが、そんなことは予想がついていたはずだった。でもなんだか赤黒い月で、ほんとうに、ギョッとした。


    アパートの駐車場で次男と花火。風が強くてロウソクに火が付かないので、チャッカマンを買いにコンビニまでダッシュしてきた。次男と二人でどっちが保つか競争した。途中から長女も参加。線香花火をやりながらiPodで動画撮ってる。我が家の花火ストックを全部消費した。これで夏は終了。

    奥さんが捕まえてきたコオロギが消灯した部屋で鳴いている。なんかすごくいい音だ。そこから鳴っているとは信じられないようなかんじ。秋なんで、コンビニまでアイス買いに行ってこよう。

    空気が秋すぎて胸がキュンキュンしてくらぁ(<-江戸っ子)

    「レエン・コオト」を着て、大雨の中、アスファルトの道を歩いてみたい。羽根町の交差点みたいな難所を目指して。

    say -v Otoya のOtoyaさんの喋りを聞いてたら、Capsuleの「 壁についているスイッチ」を思い出した。

    熊野古道行ってみたい。名古屋から新宮までは特急でもバスでも3時間以上かかるので遠いなと思っていたけど、近鉄で大和八木駅まで行けば2時間弱で、そこからバスで90分。それだったら、けいはんなに行くときに寄り道する感覚だ。

    つかその前に橿原神宮とかあのへん行くべきだが、前回の機会には心の余裕がなさすぎて不可能だった。心の余裕、大切。


    スコットランドの話題でハイランド、ローランドってのが出てきたので、アズテック・カメラの「ハイ・ランド、ハード・レイン」を思い起こした。ウィキペで「スコットランドのロック・バンド」なんて項目を見つけた。

    グラスゴー出身多いなあ。TFC, JMC, プライマル・スクリーム、ベルセバ、モグワイ。クリエーションレーベル。グラスゴーってめんたいロックの博多みたいな存在か(<-逆)。



    2016年03月22日

    さうして、このごろ 20140831

    わたしが「salt waterって詩語として好きだなあ」と書くときには「そもそも詩語なんてない」「すべての言葉が配置によって詩語となりうる」「だがあえて書く」「詩を描いたことなんてないけど」といった万感の思いを込めて書いていて、そしてそれがだれか一人にでも伝わればいいと思ってる。

    でも「電気刺激によってこむら返りの頻度を下げる」とか書くときにはぜんぜん万感の思いを込めて書いてない。勝手なもんだ。


    google日本語入力で「サッカード」って入力すると「サッケード」が選択肢に出てくるので素晴らしいと思う。でも「サッケード」じゃなくって「サッカード」って発音してるよって思うから「サッカード」って書くようにしている。(<-ゲシュタルト崩壊)

    一方で、「サリエンシー」は発音としては「セイリエンシー」というのが正しいと思うけど、「サリエンシー・マップ」って言葉に馴染みすぎたからいまさら変えようという気がおこらない。(<-恣意的)


    「線路は続くよどこまでも」ってCメジャースケールの明るい曲なんだけど「ぼくたちの」の「の」のところだけE7になっていて、Am-Dm-E7の短調になってる。あそこが好き。歌詞としては「春、金町まで」っていきなり東京ローカルな歌詞になるところも意外性があってよい(<-すっとぼけ)。

    「ポーリュシカ・ポーレ」をサーフ・ロックアレンジで聴いてみたいなあと思って調べたら寺内タケシとブルージーンズを見つけたが、そういうのではなくって、Pixiesみたいに轟音でサーフ・ロックでしかもロシア民謡をカバーというニッチなものを欲していることに気づいた。


    いまじんに向かう上り坂の暗い道を車で走っていたらなんかが横切ったので慌ててブレーキを掛けた。あの胴のひょろ長さはネコではなくてタヌキだと思う。タヌキさん、タヌキさん、銃を抱えてどこ行くの?タヌキさん、タヌキさん、銃を抱えてどこ行くの?(<-Hey Joeのメロディーで)

    駐車場のいつもの場所に停めようと思ったら、なんか隣の車がはみ出している。むりやり車を入れることはできるけど、こんな車の停め方している奴はきっと擦りながら出てゆく可能性も高いだろう。面倒だが遠い別のところに車を停めた。結果的にそれは私の人生最善の選択だった。(<-S.ジョブズ風)

    今日は「オフトゥン」という言葉を知った。「トゥ」のところが好き。こうしたまた前人未到の高みに到達してしまった。


    「"what’s the deal with ~"のフレーズは、ちょっぴり不思議なものや予期せぬものを前にして「知りたいんだけれどもどう質問をすればよいのかハッキリとはわからない」ときに使います。」 これ合点がいった。

    ザッパの200motelsの出だしは司会が「リンゴ・スターがザッパみたいなカッコをしているんだけど、聞いてみましょう。"what's the deal?"」となる。訳すとしたら「いったいなにごと?」もしくは「どうなっちゃったの?」みたいなかんじか。



    2016年03月21日

    さうして、このごろ 20140731

    夜に豊田図書館へ本を返しに行った帰りに、三河上郷のあたりを走っていたら豊田東ジャンクションの夜景が見えて、ちょうど「青い車」を歌いながら走っていたところだったから、なんだかちょっと感動してしまった。平常心を失っているらしい。

    田舎道をひとりでドライブしてそれで幸せなんて、これっていわゆるマイルドヤンキー? でもそれだけで幸せだった。

    竜美小のところからローソンに行くのに、真っ直ぐな下り道へととつい折れ曲がってしまったが、いや俺はここよりもその先のくねくね道が好きなんだと思いだして、なんか人生の選択を仮託するかのようにわざわざストップして、Uターンして、そのくねくね道をエレカシ歌いながら降りて、満足だった。

    この日のことは忘れることはないだろう、あの高速の風景と固く連合させたんだ。

    でもじつは忘れちゃうんだ。だからわざわざ世界に向けて書き記す。

    「なんか雨が激しくなってきた。きっと、梅雨を終わらせるためには、長く、強い雨を降らせないといけないんだね。(<-なんかかっこいいこと言ったふうな顔つきで) 」これ好き。(<-自画自賛)


    Googleの天気予報を見たら「ちぎれ雲」って書いてあったので「おいおい、無駄にリリカルだな」と志鷹さんの口調を真似て呟いてみた。

    「ポンチ絵の世界」ってタイトルを考えた。中身はまだない。

    「スベスベマンジュウガニ!」とシュプレヒコールしている横で、両手の平をこすり合わせながら「すべすべすべすべ」と茶坊主的にステージ上であっち行ったりこっち行ったりする役割、あれをやりたい。「すべすべすべすべ。」

    積み木を重ねてバナナを取る係、あれでもいい。

    「マグデブルグの半球よ、おおレトルトよ! 汝等祝福されてあるべきなり、其の他はすべて分解しければ。」いま思うとなんだかすごくスチームパンクだな!


    夜運転してたら、後ろから追ってくる軽自動車がヘッドランプ真っ暗なんで、信号で停まったときに自分のライトをハイビームにしたりしてアピールしたんだが、気づいてもらえなかった。更に帰りにも別の車がステルスモードで走ってた。おいおい最近こういうの流行ってんの?

    んで、今日は夜に信号待ちしてたら、ジーンズ屋の壁で光がチラチラ動いているのを見つけて、いまどきお店の宣伝でもプロジェクションマッピングかと感心してたら、手前にある街灯に蛾が集まって飛び回っているのが壁に投影されているだけだった。ぎゃふん。


    「白色レグホンじゃあなくって、褐色レグホン。なんか燃えるような夕陽のイメージ。」とここまで書いて、ねんのため「褐色レグホン」でぐぐってみたら実在することを知った。ショックを受けている。指先が震え、皮膚のいちばん面の部分が痺れている感じ。川原の礫石がきれいに積み上げられている。

    ピアノを演奏する手にモーションブラーがかかり、あらゆる色はかき混ぜられ、つまらない灰色になった。クレヨンの落書きは全部捨ててしまおう。登り坂が終わったらそこは里山で、草履とか行李とか蝉とかが並べて売られている。

    「キレッキレ」と「シュッとしてる」を日常生活の中で使ってみたいのだけど、なかなか使える場面がない。

    シカゴの"25 or 6 to 4"って時間のことで、午前4時まであと25分または6分=午前3時35分または3時54分だと思っていたが、そうではなくって"25 or (2)6 to 4"、つまり午前3時34分か35分か、ってそりゃそうだよなと思いつつ、わかるかんなもんとも思った。

    「愁嘆場」という言葉を知った。なんか気に入った。

    "let it go"の訳をメロに合わせるために「ありの ままの」にしたってのはわかってるとして、意味に忠実に、簡潔に表現するとしたらどうなるかって考えたけど「ほっとけ、ほっとけ」ってのを考えた。ダセえw

    帰り道でヘビを見かけた。マカロンが散歩していた空き地の草むらに逃げてしまって見失った。ところでヘビを見たのは良い兆しだろうか、悪い兆しだろうか? どっちでもいいか。そもそもどちらに転がるかも長い目で見ないとわからない。今はただ笑う。


    ストレッチをしながら"The time is out of joint: O cursed spite, That ever I was born to set it right"とか読んでいると、なんだかそれは、カルモチンと間違えてヘノモチンみたいなおかしみがあって気に入った。

    今日は次男と将棋。2戦2勝で完膚なきまでにボコっといてやった。まだ当分負けそうにはないが、そうはいってもあと数年で追い越されることだろう。それでよし。all shall be well and all manner of thing shall be well.

    上機嫌で替え歌歌ってた。Deep Purpleの"Child in Time"のメロディーで「よっしっだー(おっとうちゃんー)、よっしっだー(おっとうちゃんー)」って。

    あと、風の谷のナウシカのメロディーで「かぜのたにの とうちゃん よしだ よしだ まさとし」ってのもよく使う。「よしだ」を二回繰り返すところが気に入っている。

    コンビニの駐車場に車を停めて、車から降りてみたら、なんだかざわざわとした風が吹いていて、遠くではパトカーが走っている音が聞こえた。もしかしていま台風がやってきて、ちょうど台風の目に入ったところなのかもしれないと、そんなわけはないのだけど、そうだったらどうだろうと、幻視してみた。

    「蒲焼き」のことを「カヴァヤキ」と発音してツッコミを待つ。夢の中で。


    八丁味噌の八丁(八帖)ってのは地名で、岡崎城から八丁(~800m)離れたところに味噌工場がある。外国からお客さんが来ると、岡崎城かこの味噌工場に行く。豊田の自動車博物館(長久手にある)に連れてったこともあったっけか。

    日本橋八丁堀とか、広島の八丁堀とかの場合は堀の長さが八丁だから八丁堀なのであって、城との距離の問題では無いようだ。


    2016年03月20日

    さうして、このごろ 20140630

    よし、どうあれ魂を曇らさないように、正しい選択を行うことに注力していけば、それは未来に生きるのではなく、今に生きることになるだろう。(<-なんか読んで気分が盛り上がっていらっしゃる様子)

    安息香酸、ビルの谷間を飛ぶカラス。保育園のオルガン、ヘビとスズメバチ。雨雲とヘリコプター、様々な色文字のマグネット。全てを透徹し、浸透する法則性。段差とダンプカー、チョークの粉。森とモノレールと焚き火と海水。ブレーキを踏んだら、ハンドルにロックが掛かった。

    「つかお茶碗と箸をドラムに見立てて遊ぶのやめてもらえますか?」


    岡崎市民としては、長久手古戦場公園には行っておこうと思う。小牧・長久手の戦いというのは、犬山城にいた秀吉と小牧城にいた家康が対峙しているところで、家康の岡崎城に奇襲にかけに行った秀吉陣営を家康側が追いかけて長久手のあたりで衝突して、家康側が勝ったという話(ということを今知った)。

    三河の人は尾張とは別だという意識が強いので、岡崎の人に「名古屋の人」とか言うといっしょくたにしないでほしいと思われる。それにはこういう歴史的経緯があるからなのだな。

    じゃあ三河と尾張の境目ってどこかって知多市と豊明市の間くらいのイメージあったのだけど、桶狭間の戦いで今川義元がいた沓掛城ってのは豊明にある。まあ、ニワカなんでせいぜいこんなところで。


    英語らしく発音するためには促音を入れないようにってことで、Zakは「ザック」じゃなくって「ザク」だよって話になる。こないだ誰かと話してたときにRoger Lemonのことを「ロッジャ・レモ」って発音している人がいて、なんどか聞き返してやっと聞き取れた。あれはなんでがなあったらうか。

    「アンドロメダの異星人」ネタで思い出したけど、「と学会」的なやり方よりは「幻の名盤解放同盟」的なやり方のほうが好きだったな。


    「ジョニー・マーの最も素晴らしいリフ 10選」ってのを見て、Electronicの2枚目の最後の曲が好きだったっけなと思って調べてみたら、見つかった。"Time Can Tell"だった。哀愁ただようネオアコポップチューン。iTunes探してみたら売ってたのでこの曲だけ買った。

    石川博品作品で「俺はモリッシーふうに花束を抱えて、『あっちはジョニー・マー? こっちは僕?』ってギャグを思いつき、ひとりでニヤニヤしていた」ってくだりを見つけて、ロキノン世代かよ!と「フハッ」と鼻を鳴らしてみた。これを思い浮かべてた。

    ケリューケイオン ってなんかで見たなあと記憶を辿ってみたら、「よくわかる現代魔法」だった。なんだかもう、人生で大切なことはすべてラノベから学んだ。


    2016年02月24日

    サマー オブ ラブとコムニタス

    サマー オブ ラブ(1967)、セカンド サマー オブ ラブ(1988-1989)に加えて、ニコ動、初音ミクの2007年をサード サマー オブ ラブと捉える史観があるというのを知った(『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』柴那典)。

    でも、サードが来るのはむしろこれからだと思う。「インターサブジェクティビティー!」という幻想の同時発生がSummer of Loveの本質であり、次に来るサード サマー オブ ラブでもそのような幻想と幻滅とがなにかのテクノロジーとともに再来するだろう。

    「インターサブジェクティビティー!」というのはサマー オブ ラブの元となったケン・キージーらのアシッドテストのムーブメントで使われたキーワードで、このムーブメントの興没はトム・ウルフの"Electric Kool-aid acid test"にて描写されている。詳細については以前のエントリを参照してほしい。

    (ところでニコ動と初音ミクのムーブメントは、サマー オブ ラブに連なるものというよりは、イギリスのパンクムーブメントや日本のイカ天バンドブームとかの系譜ではないだろうか?)

    サマーオブラブにおける「インターサブジェクティビテイー!」という感覚について調べていたら(<-そんなもん調べるな)、文化人類学者のヴィクター・ターナーによるコムニタスという概念を知った。まさにこれだ!元論文はこれ:"Liminal to Liminoid, in Play, Flow, and Ritual: An Essay in Comparative Symbology"

    Spontaneous communitas is "a direct, immediate and total confrontation of human identities … It has something 'magical' about it.”

    "this moment when compatible people - friends, congeners - obtain a flash of lucid mutual understanding on the existential level"

    "… if only the group which is felt (in the first person) as "essentially us" could sustain its intersubjective illumination."

    これだわ。自発的にほんのいっとき繋がるかんじ。昔書いたこれとかまさにそんなかんじ:「部室でジャムった日のこと。」

    じっさいに、カトリックの巡礼、ヒッピーのムーブメントやレイヴカルチャーとかの場面でこのコムニタスという概念は援用されているようだ。ケン・キージーが「東方への旅」に言及したのも当然のことで、自分のやっていることを分かっていたのだ。

    さらに調べてみたら、「インターネットとコムニタス」という記事も見つけて、面白いなあと思ったら風野春樹氏の記事だった。


    2015年04月29日

    MathJaxテスト

    ネットを見ていたら、数式がTeX記法でしかも画像でなくてコピペできるようになっているのを見つけた。 http://blog.gepuro.net/archives/123

    調べてみたら、MathJaxというそうな。さっそく試してみた。

    $y'' + x^2 y' + 4y = e^x$

    \begin{align*} \hat{\beta_n} = \left[\sum_{t=1}^n x_t x_t ' \right]^{-1} \left[ \sum_{t=1}^n x_t ' y_t \right] \end{align*}

    ちゃんとコピペできる。上の式だとこうなる:

    βn^=[∑t=1nxtx′t]−1[∑t=1nx′tyt]
    

    htmlのヘッダはいじらないで、本文中にscriptを書いてやれば動く。だからレンタルサーバーでの運用でなくて、ふつうの無料ブログとかでも使える。こりゃあいい。


    2015年01月17日

    さうして、このごろ 20140531

    金平糖がポルトガル語のコンフェイト (confeito)から来てる、って記載のあまりのそれっぽさに、ウィキペなのに民明書房刊かと思った。

    しゃっくりをしたら、しまい忘れた電気ストーブの熱反射をする部分が音を反響した。なんだか新しいワビサビを発見してしまった。

    「ノーベル棒」ってのを考えついた。ノーベル賞じゃないの。代わりに棒が付いてる。棒が付いているからいろいろ便利なの。背中掻いたりとか。それだけ。それより先のことは考えてない。


    奥さんの友人の一歳児を預かった。私の本棚から本を取り出して「読んで?」と主張した。でもそれは「くらやみの速さはどのくらい」だったので「それは絵がないからこっちにしよ?」と言って「マンガはじめましてファインマン先生」を見せた。でもどのぺーじも「おじさん」「くるま」だった。

    見かねた奥さんがどうぶつ絵本を出してきてくれたんで、それを読んであげた。「これは?」「きりん!」「これは?」「がおー!(ライオン)」「これは?」「ちーた!(トラ)」とかなりイケてた。


    「奥が深い症候群」というのはプログラムなどがさまざまな歴史的要因でバッドノウハウを抱え込んでしまうものに対して、そのバッドな部分をありがたがることへの批判なのだが、脳と心がまさにそういう意味でバッドノウハウだらけで、messyなのであった。

    Larry Wallの言葉で"Perl is messy because the world is messy."というのがあるらしい。(ググると元ネタは見つからないのだが。)

    世界がmessyでそれに対処するためにバッドノウハウで対処するというのはまさに「脳はあり合わせの材料から生まれた」というかんじでおもしろい。そしてハッドノウハウであることと「ハックする」ことってのはやってることは同じで、あとからどう評価するかだけの違いなのだ。つまり間に合わせでうまく行ったハックをその適応範囲を超えて使い続けようとすると、それは「バッドノウハウ」になるだろう。


    VSSの飛行機で読みかけだった「ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを」を読了した。よかった。プロットとしては、えっ、そこで終わるの?ってかんじで、「猫のゆりかご」や「スローターハウス5」みたいなドラマチックな展開はないのだけれども、エリオットもストーリー自身も、ハムレットのように反転して意味を固定させないところが好み。というか、意味を固定して説教くさくなっちゃうようなものを受け付けることが出来なくなってしまっているくらいの域(?)に達しているもんで。

    さっそく感想漁ってみようとぐぐってみたら関連キーワードに「富士山の恵みミネラルウォーター」が出てきたので、機械学習ならではの発想(?)に感心した。


    The Musicのヒット曲"The People"のサビの部分はスキャット的に歌詞にならないなにかを叫んでいるのかと思っていたが、"out all alone and out on her own"と歌っていることが判明。いつもながら、まったく聴き取れていないことにショック。

    ウィリアム・ブレイクの「無心のまえぶれ」(Auguries of Innocence)を読んでいたら、slip inside the houseのメロディーでこれを歌えることに気づいた。(詩の基本的形式だからみんなそうなのだろうけど)


    「なぜ一流の男の腹は出ていないのか?」とか「なぜ東大生のノートは美しいのか」とか、正しくない言明があたかも成立しているかのように「なぜ」を付けて煽る技法についてなんか名前をつけたい。「早まった一般化」「合成の誤謬」論法、よりもspecificな感じで。

    長女が英語の発音の聞き取り問題を出してほしいというので、Macのterminalのsayコマンドで発音だしたった。

    雨の中を家まで帰ってきたが、傘が小さくて左肩がびしょ濡れ。我々の生活の質向上に寄与するのは傘をもっといいものにすることじゃあねえのか? "We re-invented umbrella"とか言ってkick starterで資金集めるの。具体的なアイデアは無し。

    帰りの名鉄は人身事故のせいで混雑してた。近くにいた男子学生が同じクラブと思しき女子に「お前そんな格好してオレのこと男だと思ってないでしょ」みたいな、付き合い始める手前っぽい甘酸っぱい会話をしていたので、読んでる論文が頭に入らなくて困った。


    家に帰って、長女と一言二言話をして、寝っ転がりながら「^ぶ\た-く_ーん」と太陽にほえろ!の黄昏れたインストバージョン(オルガンかなんかが主旋律のやつ)のメロディーで歌ったりする。べつに子どもに向かって歌っているわけでもないが、かといって一人でいたら歌ったりはしないだろう。

    つまりこの15年くらい私は「^ぶ\た-く_ーん」とか歌いつづけてきたんだ。子どもたちが大きくなって、家を出て行ってしまったなら、いったい私はどうするというのだろう?


    2015年01月10日

    VSS2014訪問記

    20140514: 明日は飛行機で12時間なので、QC15のイヤーパッドがほつれているのを治すために針仕事。

    ギリギリのタイミングでVSSのiOSアプリが更新された。前のバージョンは要旨が途中でぶつ切りされていたけど、これが解決した。機上で読む。


    いま空港でこれから出発。眠いが、離陸時に寝ると2時間ぐらいで目が覚める。航空機で爆睡できたらいいのだけれど。

    共同研究ミーティング用の資料はできあがった。空港バスでラップトップいじるとか余裕なさ過ぎ。

    ぼっち、車無し、観光地、ということで生きていけるかどうか心配になってgoogle mapでストリートビューを見てみた。セブンイレブンとハワードジョンソンがあるのを見つけたので、とりあえずサバイブできそう。


    デトロイト着いた!いつもながら入管とか、安全検査とかがひどい。手荷物をベルトコンベアで送る部分と身体検査をするところとが離れていて、ベルトコンベアの荷物が溜まったまま放置されてるところに自分のラップトップがあるのを遠目に見たりとか。

    いつも通り、離陸後の1時間くらい寝て、あとは完徹。でもドラフトコメント書きとVSSプログラムのチェックが出来た。Tampa行きの中で爆睡する予定。

    Tampa行きの航空機で爆睡していたら、着陸態勢で気圧が上がるときにうまく耳抜きが出来なくて左耳、歯、頭まで全部痛くなった。もともと意識してあくびとかして直さないとこうなるのだけど、こんなにきついのははじめて。つまり、着陸時に赤ちゃんが泣くのと同じ理由なのだが、これがあるために、ダイビングでも耳抜きが出来なくてしんどかった。どっかに針で穴でもあけてやりたい。


    ホテル到着した!メインのではなくてGuy Harveyの方。なんか部屋の空きの都合で、スイートルームにアップグレードしてもらった。なんかこれ新婚用なのですけど。レンジ、コンロ、鍋、冷蔵庫が揃っているので、なんか作るか。

    いつものパターンからすると、このまま寝ると午前3時に目覚めるだろう。エアポートシャトルで来る途中でWalgreensとか店がいろいろあるところを見つけたので、そこに行ってこようと思う。

    Walgreensまで行かずにもっと手前にCVS pharmacyとPublixっていうスーパーがあった。Publixでほかの日本からの方に出くわした。どうやらここは定番だったらしい。せっかくアメリカでスーパー行くなら肉だな!ということでrib back買ってきた。明日焼く。

    あと、おなじみのカナダの先生にも会った。明日のシンポジウムでまた話そう!と快活に分かれていった。


    CRSのサテライト8:00-12:00に参加中。色の話とディスプレーの話のどちらかを選ぶように書いてあったからこのトピックで4時間ってすごいな!と思って参加してみたのだが、行ってみたら一つの部屋でそれぞれ質問込みで2時間だったのでぜんぜん浅かった。

    「ここでは技術的詳細には立ち入りませんが」を連発された。DKLについても俺のブログ記事のほうがよっぽど詳しい。ただ良かったのは、DKLはbackgroundの値によって決まる相対的な値であることを強調していたこと。

    でも、質問で個人差に合わせてどうcalibrationしてゆくかの問題が出たらまた「ここでは技術的詳細には立ち入りませんが」だった。L,M,S Coneの比率は個人差がものすごくあるのだから、そこをやらないと意味が無いじゃん。以前この論文のfig.4を見て、あまりの個人差に驚いた覚えがある。

    いまはディスプレーの話をしてる。いまはどのくらいCRTの輝度が安定するか、スイッチオンしてから3時間までの輝度変化の図を出してる。理屈的には知ってたが(「り りろんはしってる」)、データを見たのは初めてだった。

    つぎはspatial uniformityの問題。これはたしかCRTよりもLCDのほうが問題なはず。将来的には、広い画面での視覚刺激を考えているのだけど、その意味ではプロジェクターとかのほうがよいのかもしれない。PROPixxとか。

    「将来のために買ってキープしてあるモニターがphospherのdecayが遅くなっているようなんだけど、使わなくても劣化するものなの?」って質問には劣化しますって答えてた。CRSは三菱の新品CRT未使用品をキープしてて売ってるんだけど、やっぱ完全に新品とおなじではないようだ。

    LCDでの時間応答特性を上げるために使われる"overdrive technology"について。これがあるのでスペック値はものすごく速く見えるが、微妙な輝度が表現できているわけではない。だから0->255とかの時間ではなくて、gray-to-grayの時間が重要なのだが、そのへんまで話をするかどうか見ているところ。

    そこには行かずにOLED displayの話に移行した。このへんはキャッチアップしてないので知りたかった。いまになってOLEDとOELDとを混同していることに気がついた。ググりながら調べているところ。OLEDのほうがCRTとかと比べてCRT空間の緑側の部分をより広いところまで表示することができる。

    JOVに出た、OLEDを視覚研究に使うことについての論文ふたつ

    .@kohske OLEDはOLEDでいまのところ60Hzまでしかだせないし、なんか長持ちしない(short life expectancy)みたいなことを話してました。

    活発に質問している奴の顔がなんか見たことあるなあと思ったら、PsychoPyのJonathan Peirceだった。PsychoPyのデモでグルグル回る顔はこの人だ。


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    ブライアンのトーク終了。質問者が私とアリ(Ali Borji)って関係者ばかりだった(もうひとりは不明。シニアな人だったけど)。

    竹村さんのトークの前に、ホテルに戻って遅い昼食。 これで昼は5ドル以下をキープしていけそう。

    長い一日だった。アリ(Ali Borji)と会って話が出来たのが収穫だった。私がUSCに滞在していたときにちょうどポスドクとしてIttiラボに入ってきたのがアリで、トップダウン注意をどうモデル化するかみたいな話を延々したものだった。

    ジアドにも会えたし、今日最小限しておくべきことはぜんぶ済んだ。スーパー行ってみたらまた日本の先生に会って、帰ってきたら22時過ぎてて、今から走ると遅くなってしまうので今日の朝に走ろうと思う。(<-今日は走らない作文完了)。


    朝ジョギング 6.16km in 45min@St. Pete。平均ペース7'19"/km。浜辺をジョギング。波打ち際のちょい手前を走ると足場がしっかりしているので気持ちよく走れる。ROVO聴きながら水平線見ながらで宇宙感覚で走った。老夫婦がウォーキングしているのと何度かすれ違った。なるほどフロリダだなと思った。

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    昼はRib back焼いて食った。 二つで4ドルで大満足。ステーキ屋行く必要ないや。ただ、ホテルに備え付けのにくき利用のぎざぎざの付いたナイフが壊滅的に切れなくて、しかたなく骨にかぶりついた。

    ジョギングして、トーク聞いて、肉食って、もはや一日が終わりそうな勢いだが、今日の本番はこれから。午後にふたつサッカード関連のセッションがある。

    コーヒー飲んだら元気が出てきた。そうか、コーヒーが足りなかったんだ!

    共同研究者とのディカッション終了!かなり進展あった。これで安心して海に入れる。海パンは持ってきた。


    朝ジョギング 8.51km in 60min。平均ペース7'04"/km。だんだん調子出てきた。もうすこしでまた7分/kmを切れそう。はじめはゆっくり、ほとんどウォーキングで、15分くらい経過したらだんだん上げてゆくということで正解だったらしい。もうすこし(あと1kmちょっと)でビーチの南端まで辿り着けそうなので、帰国する前に10km走に挑んでみようと思う。

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    肉焼いて食った。これで6ドル。大変満足。VSS来てからまだ一回も外食してない(初日のレセプションを除けば)。ここまできたら自炊で全部済ますのを目指すか。

    焼き加減としては肉汁が出だしたくらいがちょうどいいのだろうけど、そうすると中のほうが真っ赤だ。お店で食べるならミディアムレアくらいで頼むけど、自分で焼いたもんで赤いの食うのは怖いので火が通るまで焼いたら硬くなってしまった。難しい。

    VSSのデモナイトが大混雑だったので早々に退出して、浜辺で陽が落ちるところをビデオに撮ってた。

    帰りのシャトルを予約した。帰るんだなあって実感が湧いてきた。あと42時間で出発だ。

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    「ステーキの焼き方」をぐぐってみたところ「あらかじめ冷蔵庫から出して室温に戻しておかないと中まで火が通らなくて赤いままになってしまう」というミスを犯していたことが判明。つか初歩中の初歩だった。今日は冷蔵庫から出して再チャレンジ。

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    強火で30秒、弱火で2分、裏返して強火で30秒、弱火で2分のトータル5分でいいかんじにできた。

    6ドルで大満足。ただ、コンロの真上にある火災報知器が鳴って困った。じき止まったが。そしてホテルの人はだれも来なかった。


    朝ジョギング10.03km in 70min。平均ペース7'00"/km。予定通り10km走してきた。南端まではもうちょっとだったが、5kmに到達したところで折り返してきた。70min切りたいところだったが、それには届かなかった。でもだんだん調子が戻ってきてる。

    VSS終了。どんどんホテルから客が出てゆくのを見ていると、いつもながら不思議と悲しい気持ちになる。おみやげは全部買った。シャトルの確保もした。帰国する前にメール色々書いて、帰ったらいろいろやらなければならないことに手を付けて、さっさと頭を切り替えていくことにしよう。

    VSSの発表についてもまとめておきたかったが、どれもhighly relevantすぎてちょっと書きにくい。ともあれいろいろ収穫があってよかった。NCMとVSSどちらに行くべきか逡巡していたのだが、VSSに来ておいてよかった。

    サランラップと塩コショウとオリーブオイルが余った。置いてゆく。サランラップはすごく重宝した。作り置きして半分ラップして冷蔵庫というオペレーションが可能になった。本当は牛脂とかが欲しかったのだがなかったのでオリーブオイルで。でもベーコンで間に合うということを学んだ。


    起きた。もうすぐ出発。

    タンパ空港には2時間前に到着したけどガラ空きですぐにチェックインできた。チェックインでハマるのを恐れていつも早めに行くようにしているけど、考えてみればここ最近困ったことはないな。1996年のLAXで螺旋階段みたいなところで2時間並んだ記憶がある。たぶんあれを引きずっている。

    長男へのお土産のチョイスに気の利いたものが見つからなくて毎度難儀するのだが、今回はESPN(スポーツ専門チャンネル)の雑誌の表紙が田中将大だったので、これにした。


    中部国際空港到着した!たぶん眠れないだろうと思って、飛行機の中では2週間後のJCのスライド作ってた。ほぼ完成。でもまだ駒場講義もあるし、前倒しでやっておかないと時間が取れない。機内では4時間くらいは眠れただろうか。いまのところけっこう元気。


    2014年12月17日

    eye tribeで試行錯誤中(2014年4月版)

    なかなかeye tribeのMac用APIがリリースされないので、パラレルズ上のWindows 8.1から動かしてみた。仮想OSからUSB3を認識して動作した。ハードウェアはけっこう熱くなるので、ラップトップの上に置くには気になる。画面キャプチャー動画も上げておいた。

    マウス・カーサー・コントロールもちゃんと効いた。Tobii X2-60も使っているけど、そちらと比べると頭の動きの許容範囲は半分くらいだろうか。

    あとはアイトラッキングのデータをprocessingから読めるかどうかなのだが、残念ながらまだだれもそういうライブラリーは作ってないみたい。Leap Motionとかだとすでにあるのだけれど。

    SDKのドキュメントを読んでみたら「TCP Socketsを開けることができて、JSONをパースすることができるプログラム言語だったら、理論的には接続可能」と書いてある。つまりprocessing.netとJSONObjectを使えばよいのだな。

    The Eye TribeでのアイトラッキングデータをJSONで出力したものをProcessingで描画してみた。

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    あとはこれをリアルタイムでdataIn = myClient.read(); とかやればよい。


    2014年12月11日

    さうして、このごろ 20140430

    いぬのおまわりさんが「困ってしまってわんわんわわーん、わんわんわわーん」ってもう少しなんとかしろよ、使えないにも程があるだろこいつ、とか思った。

    走りながらセバドーの「磁石のコイル」を聴いていたら、"soon our little brain is gonna boil"って歌詞が出てきたので、これって「頭がフットーしそうだよおっっ」じゃんとか思ってフイた。

    ジョギングからの帰り道、ローソンの向こうにギリギリの三日月が見えて、月の暗い部分が薄暗く見えて、光っている部分が本当に端っこだけで、まるで月食が始まる直前で時が止まったかのようだった。

    ことわざを日本式に直しておいた;「米のとぎ汁を捨てるときに米粒まで流すな」…つか本当にある気がしてきた。

    「チャーリー・ブラウン・イズ・デッド」っていう痺れるタイトルを思いついたが、どう見ても「ジェイムス・ブラウン・イズ・デッド」のパクリだった。


    今日は新年会兼送別会。なんというか、自分の身に引き寄せて考えてみた。どの道だって、「幸せ」になれるかどうかはわからないけれども、その道を「正しく」歩くことはできるんではないだろうか、事実かどうかというより祈りのような気持ちだった。

    シロツメクサで花冠を作るんだ。たくさん作って、無造作に並べて、雲も風もなくて、空は平坦に絵の具で塗られていて、遠近感は失われて、それでも生命の感覚は残り、灰色は世界から追放されてゆくんだ。熱と鼓動が中から外から、いくらでも押し寄せてくるんだ。


    ポプラ通りを統合バイオセンターに向かって車を走らせていると、T字路の手前で「この先通り抜け出来ません」の看板があるのだが、後半が生け垣に隠れているために「この先通り抜け出来」という東スポ技法がなされているのがすごく気になる。

    「溯源」とかそんな言葉しらネーヨ!とか思って調べてたら知恵袋の記事を見つけて興味を惹いた。「逆上る/遡る」「爪突く/躓く」「紐解く/繙く」「色取る/彩る」「散り嵌める/鏤める」「片寄る/偏る」「型取る/象る」なんか、カッケー! 後者は中二病感あるぞ。

    研究所のエレベーターホールにポスター掲示用のパネルが設置されて、マグネット類が貼り付けられているのだけれども、誰かは知らないがそのマグネットを使ってさまざまな絵が描かれている。しかも日替わり。各フロアで違った作品が掲示されていて、私は密かに「せいりけんギャラリー」と命名した。

    「ドグマ」って言葉の語感の力強さはなかなかに素晴らしいと思う。今気づいたけど、もしかしてsulpirideの商品名の「ドグマチール」って「ドグマ」+「散る」ってことか?

    Precuneus (プレクネウス)には、ヘラクレス的な、ロゴセティス的な、ギリシア感を強く感じる。(<-ドヤ顔)


    2014年11月28日

    さうして、このごろ 20140316

    なるほど、「勝利の方程式」という言葉をよくよくみると、方程式解いてないじゃんって思う。逐語的に考えるならば、複数の拘束条件から(ナッシュ均衡的な)最適解を得るみたいなイメージが湧く。

    しかし(たとえば)名監督の名采配ということであれば、毎回違う状況から流れに合わせて最適な手を打つことが必要になる。それならば「勝利の微分方程式」でどうだろう? もしくは、いつもの必勝パターンに持ち込むということだから、アトラクターに落とし込むということであって(<-かぶれすぎ)


    無謬性なんかどうでもいいだろ。敗北主義で良いじゃんか。ぼやぼやと歩いて信号赤で警笛鳴らされたりしながら、泥と雪と魚の臭いと、騒音の向こうから聞こえる鐘の音と、そういうものでできたトンネルの中を、ポケットに手を突っ込んでかすかな熱を探りながら、正しくない選択をとり続けるんだ。

    暗い寝室に戻って、黄色い防寒着を探してみたら、暗い部屋の中でその黄色は暗い灰色のようになっていて、なるほど黄色は白に近いから暗ければ灰色だななどと理屈に合わないことを考えた。そんな考えが、切れ味の悪い刃物のように、滑った鋼の棒のように、私の腹の中へと差し込まれるのを想像した。


    オカザえもんが生理研に来訪。一挙に非日常モードへ。私は見逃したが。もしオカザえもんに質問できる日が来たら、Stereolabのジャケとかこの辺りのデザインからの影響の有無について聞いてみたい。


    .@okazakiemon 「トマトケチャップ皇帝」いいですよね!


    「虐殺器官」の4章を読んでたら、CEEP(Child Enemy Encount Possibility)という造語が出てきた。戦場で武器を持つ子どもたちというモチーフが、最近読んでた「虐殺器官」「スローターハウス5」「カタルーニャ賛歌」ついでに「カラマーゾフ」も入れてもいいかもしれないけど、なんだか連続して出てきたので、なんだか驚いた。

    平行してkindleで再読していた「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない」でも、語り手のなぎさは「実弾」を手に入れるために中卒で自衛隊に入ろうとする。いろいろあって結果としてそれは断念されることになるのだけれども、もしかしたらそこにも「子ども十字軍」のイメージはあったのかもしれない。


    空へと続く階段? 「ブーツストラップ」? カモメとビスケット? なにもかもが明白すぎて、でもなにもかもおろそかにすることはできなかった。それでも疑問が浮かんでしまう。ぶら下がっている紐? 紙飛行機? 懐中電灯とスコップとセメントの袋? ぜんぶ引き寄せてフレームの中に押し込んだ。

    世界が回る、地球が回る。血が巡り、水が回る。なんという偶然だろう? ほんとうに、水が回り、血が巡った。歌は終わり、火は止められた。ほんとうに、水が回り、血が巡った。


    2014年10月08日

    tonnetz(三和音のトーラス構造)についていろいろやってみた(2)

    前回の続き。以前考えたように、tonnetzをちょっといじるとダイアトニックコードは図のように並べることが出来る。


    つまり、赤の部分を繋ぐとメビウスの輪になる。じゃあっていうんで、ほんとうにメビウスの輪の上に乗っけてみた。

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    2周(4pi)を7等分してやるとたしかにそれぞれの音が置くことができるのだけれども、点の間の距離がばらばらになってしまう。


    正三角形の形は崩さずにメビウスの輪のように繋げないのだろうか。折り紙で自作していたのだけれども、どうにもうまくいかない。ふと家にジオマグがあることに気がついた。やってみた。

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    するとどうやっても繋がらないことが判明。右端のD音と左上のD音が繋がれば完成なのだが、どうやってもうまくいかない。そもそもうまくいく保証はなかったのだけれど。


    ここまできたら無理矢理繋げばいいんではないかと思い立った。B-Fだけ音幅が違うので、そこだけ長い。

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    なんか対称性が出てきて良くなったんではないだろうか。でもそこまで考えるんだったら、そもそもC-E-Gを半音の数で3-4-5の直角三角形と捉えた方がいいかもと思った。

    隣接している三角形で出来ている菱形はmaj7コードを構成する(e.g., C-E-G-B)のだけど、閉じられていない菱形が気になる。E-A-B-DとかC-D-F-Gとか。でもいいかげん飽きた。

    でもってそのまま次男とジオマグで遊んだり、ジェンガで遊んだりというそういう一日となった。長女とiPod Touch買いに行って設定してやったりとか。


    2014年10月02日

    tonnetz(三和音のトーラス構造)についていろいろやってみた(1)

    以前tonnetz(三和音のトーラス構造)についていろいろ考えてブログに書いたことがあるんだけど、ふと思い立って、三和音を三次元の一点で表現するようにして24個の和音を並べたらなんか構造でも見えてくるのだろうかと思って図を作ってみた。

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    24和音を低い方から並べて、たとえばCmajorだったらc,e,g音をc=0を基準に半音の数を数えるとc=0,e=4,g=7となるので、3次元空間の(0,4,7)にplotする。この調子でぜんぶplotするとx軸は0-4, y軸は3-8, z軸は7-11に全てのコードが並ぶ。

    んで眺めてみたけれども、たとえば高さ9のところにはa音を含むコードが集まるので、xy平面上でD-Dm-A-Am-F-F#mという六角形が見える。縦方向に見てやると、Dmの縦線(黄色)の流れが上に進むとマゼンダの縦線の流れに繋がる。こっこにはなんか構造が見える。色で言うとmajのg-c-rとminのm-b-yの二つの系列。

    とはいえ、c音から積み上げていくというところが無意味なので、もっと幅広くplotしてみたらなんか違ったものが見えただろうか?

    けっきょくcircularであることを無視するとよくないので、Cmajorだったら輪っかでc-e-gに印をつけて、あとはおなじように24個作って、二音共有しているコード、一音共有しているコードって感じで近接度からグラフ構造を作る。そうすると…ってそれがtonnetsじゃん。ギャフン。


    今度の10月の一般公開の出しものについて考えていたのだけれど、せっかくアイトラッカーがあるのだからそれを活用したい。とりあえずはサッカードの反応時間を測ってランキングをつければ小中学生はめちゃ頑張るはず。これまでも伊佐研では「マッスルセンサー」(簡易筋電計測装置)を活用してたし。

    それはそれとして、もうすこしなんかインタラクティブなことしたい。今考えているのは、アイトラッカーから視点計測して、視線の位置を使ってsupercolliderでなんか音を出させる。tonnetz上での視線の位置によって出る音を決める。

    位置によって出る和音がカテゴリカルに変わるだけだとつまんないので、Chordataで見た図みたいに、使う音に重みをかけてやる。たとえばc-g-eの三角形のど真ん中だとCメジャーコードだけど、c-g-eとc-a-eの三角形の間だとAm7になる。

    画面描画はprocessingにやらせる。そうするとeye tribeからマウス代わりの入力を取って、それをprocessingで描画して、oscで通信してスパコラで音鳴らす。手間はかかるがプログラミングを覚えれば可能だろう。

    じゃあc-e-gとc-ds-gの間だとどうなるのだろう?CメジャーとCマイナーがなると不協和音なのでそれを避けるとしたら、tonnetzを斜めに切り取ってCメジャーダイアトニックコードだけにしたバージョン、つまりこれのfig2cか。

    C-Amの中間系だけでは面白くなくって、C-Fの中間系(=Cmaj7)とかAm-Dmの中間系(=Dm9)とかも作れると面白い。ではそのときはどのようにこの三角形を貼りあわせたらよいのだろう?3次元にすればいいのか。

    だからそっち方面から詰めてゆくと、アイトラッカーよりはKinectかLeapMotion使ったほうがよいということになってしまう。じゃあアイトラッキングだったらなにが効果的な出力かという方向から考えたほうがよさそうだ。使える情報は位置だけではなくてサッカードの向き、速度もある。

    課題の最初の画面の中心では7音全部が鳴ってるんだけれど、音のフィードバックだけを頼りにして探索していくといい和音のところが出てくる。これをウォーリーを探せ課題をやっているときに重ねてやって、音で強化して視覚探索をコントロールしてやる。(<-もはや一般公開と関係ないし)

    サッカードの特徴から考える。じっと留まるのではなくて、アチラコチラに動くのがサッカード。そしていつ目が動いているかはほとんど意識しない。動いている瞬間はサッカード抑制で視覚が使われない。だからサッカードのタイミングで画像を変えるとchange blindnessが誘導できる。

    そういうわけで、Processing + SuperColliderでTonnetz上の平面をクリックしたら音が鳴る、というのをじっさいに作ってみた。

    ここまでならSCなくてもできるが、もうちょっと音を工夫してみようと思う。

    あとはEye TribeがMacに対応するのを待って、アイトラッカーからの入力で音を出せるようにする。今日はここまで。


    2014年09月26日

    さうして、このごろ 20140216

    今日は次男と一緒に将棋して、それから次男と一緒に凧あげした。すごく寒い、風の強い日で、凧はよく上がったが、風に持ってかれて凧はぶっ壊れた。長男が小さい頃からずっと使ってきたポケモン凧。来年になっても次男は凧揚げなんてしたがるだろうか?新しい凧を買うべきだろうか?そういう一日。


    アパマンショップの歌を舞の海が歌うCMで、「アッパマン ショップでえ?」みたいにイントネーションが上がる部分、あそこが好き。とここまで書いてからぐぐってみたら自分のブログが出てきたので、どんだけアパマンショップの歌が好きよ俺と思った。

    「思ってた? 恐れてた? だけど あれ? なんか 違うかも」ってくだりを聴くと「ガッデームって俺って何も言ってねーっ」をなぜか思い出す。


    ひとつも 含みを持たないように 腕時計はずすように 道端に紙を敷いた / それから 腕まくりの洗面器 氷水とキュウリ 振り向くとなにか消えた / だれもが 角のとれた電池 花粉症の薬 ハサミムシ逃げ出した

    無責任な野次飛ばしてみたり、ポリカーボネートの棒磨いてみたり、途切れそうな会話をむりやり繋いでみたり、毛布の毛玉を全部もぎ取ってみたり、私は宇宙の法則を探るために、あらゆる方法で世界に働きかけた。鶏をかたどった錆びた風車が軋み、コーヒーカップが電子レンジの中で泡を溢れさせた。

    「行くも地獄、引くも地獄、だったら俺は引くぜ」…って引くな。

    crossingって語は、鉄道用語だと交差する部分であってけっして乗り換えができない。だからこの語は、いっとき交差するのだけれども、それはけっして互いに影響を与えないような偶然の邂逅である、みたいな醒めた視点を含意している。もちろんこれは深読みです。深読み大好き。

    「いいからそこの学食の端っこの方で石鹸でもかじってろよ」#今日の罵詈雑言

    恐竜なんて、滅びればいいのに。#すでに起きている事象をまるで自分の願望が成し遂げたことのように言うためのレトリック


    寒すぎて足首攣った。ベンチに座って伸ばして凌ぐ。(<-ライム?)

    ひと仕事終了した! 札幌駅のホームに降り立って「のんのんびより」のOPを爆音で聴きながらホームの時計を見上げたら、「どうあれ俺は俺であり、変わりようがない」という当たり前なのにずいぶん大げさな啓示がやってきて、なんだかそれはカラマーゾフのミーチャの改心の瞬間のようだった。

    「どうあれ俺は俺であり、変わりようがない」と昨日は思ったが「時が来たなら終わるもいいさ / それが俺の最後の運命だったら」とも思った。


    節分。今日は俺が鬼の役だったので「不動の心、不動会」とか言いながら居間の片隅でポーズを取ってみたら、子どもたちが「無言で」落花生を「勢いつけて」俺に投げつけるというわけのわからないことに。途中で奥さんが指摘して「鬼は外、福は内」がコールされるようになったので節分らしくなった。そんな日。


    「夜は短し歩けよ乙女」をkindleで再読してた。前回読んでたのは2008年4月。思えば遠くへ来たもんだ、と言いたいところだがそうでもない。あのときは「太陽の塔」を読む前だったのでうまく出来たエンターテイメントとして読んだのだけど、「太陽の塔」を読んだあとでこれを再読すると、なんだかすべてが悲しい願望から再構築されたもののように読めて、それはそれですごく良かった。


    人間ならだれだって、夜中に「ハンター!!!」と叫んで家族を全員起こしてみたいものだろうと思うのだが、わざわざそのようなことをけっしてすることはない。この、「わざわざそのようなことをけっしてすることはない」という感覚って催眠的だよなあと思う。

    術者の言うことに反抗することもできるけどでもわざわざ抗しようという気も起こらずに従ってしまう。われわれはつねに、社会やらなんやらに条件づけられて行動していることに後付けで理由をつけて、催眠的に生きてるんだな。(<-凡庸の極み)


    2014年08月06日

    さうして、このごろ 20131231

    「さむわんすぺっしょ(すぺっしょ)」(<-長女が隣でクリスマス用CD聴きだした)

    「テコ入れ」ってファニーで、なんか好きな詩語の一つだけど、「シワ寄せ」ってのもかなりイケてるんではないかと思ってる。

    次男が食パンを自分で切ると言うので、「出来るの?」って聞いたら出来るって言う。「じゃあ、やったことあるの?」って聞いたらあるって言う。じゃあって見てるところでやってもらったら上手に出来てた。我ながら「悪しき前例主義」に陥っているな、とか思った。


    大学院生の方が来て、インタビューというかアンケートというかそういうのに答えて、生まれ変わったら高等遊民になりたいとか、一番行きたいところは心のなかでもなければ宇宙でもなく、士林市場でマンゴーかき氷食べたいとか、バカ丸出しの発言してきた。

    お薦めの本は?という質問事項があって、とくにひねりもなく「スローターハウス5」と答えておいたが、「くものすおやぶん とりものちょう」と答えた方が正しかったのではないかという気がしてきた。なにをもって「正しい」とするかはまったくわからないが。

    (2014/5) インタビュー企画公開されました:生理研には総合研究大学院大学というのが併設されていて、私もそちらの教員を兼任しているのだけど、その総合研究大学院大学の企画として「研究者時計」(元ネタは「美人時計」)というのをやってる。(主に)オッサンがにっこり笑って時間をお知らせする。「研究者時計」の私のページ


    MêléeのBuilt to Last、古風な曲だが大好きで今でもよく歌うのだけれども、歌詞がド直球のラブソングで、なんかイッケメ〜ンが女子口説いているシーンがイメージされて、俄然萎えた。だって「あの花火とろうそくの灯火の夜」っすよ。それでも大好き。(<-どっちだYO!)

    家の中からドリアン臭、家の中からドリアン臭、きっとだれかがふざけて、ドリアンチップスを水に浸したまま放置しているだけなんだろ (<-「氷の世界」のメロディーで)

    ずっと昔にテレビで見た映画で、防波堤の先?途中?にある公衆電話から誰かが電話をかけるシーンがあって、なんかそのありえなさ、異様さがトラウマ的に記憶に残っていたのだけれども、調べてみたら寺山修司監督、清水健太郎主演の「ボクサー」だったらしい。


    この記事の最後のあたりに"politically correct"の語源というか元の意味が書いてあって、恥ずかしながら全く知らなかった。「もともとは左翼の人々が…自分たちのドグマ的態度を自嘲するために使っていた言葉」つかwikipediaにも書いてあるな。"Political correctness"


    我が家の大掃除で行き場所がなくなった地球儀が、なぜか私の衣装ケース兼本棚兼DTM関連の棚のうえに鎮座することになった。地球儀って、いいよね。(<-FMラジオのDJっぽく)

    ラボからの帰りの車で上機嫌で、「オナラ ブッブッブー ブッブッブブー ブッブッブー ブッブー」とスモーク・オン・ザ・ウォーターのリフで歌っていた。そのバックでは、ロバート・ワイアットっぽい手数の多いドラムを叩きながら。

    図書館で「おかざえもん展」のチラシを見つけたが、開催は今日までだった。じゃあ行きたかったのかと言われれば、とくに行きたかったわけでもないと答えざるをえないのが多いに不本意だ。(<-ガストロンジャー)


    今年のクリスマスイブは、家族でケーキを回し食べして、クリスマスソング歌おうということになって、なぜか「赤鼻のトナカイ」をみんなで歌うことに。そこは「きよしこの夜」ではないだろうか。ともあれ、冬空の明治通りを自転車こいだ年やヒピ男君と語った年と比べれば総じて良かったと言える。

    人生の何処かのタイミングで「止まった時計でも一日に二回は正しい時刻を刻むんだぜ」というフレーズを使ってみたいと考えているのだが、どこで使えばいいかはよくわからない。

    「クレヨンのロザリオをきつく握った手に」ってところは好き。


    2014年05月05日

    さうして、このごろ 20131131

    起きたが眠い。昨晩は近くで酔っぱらいの若者がなんかによじ登ったかなんかで警察に「危ないから降りなさい」とかマイクで注意されてた。サンセットブルヴァードかっていう。

    長女が「薔薇がいっぱい入った風呂に入りたい」とか言ってたので「セレブか!」と突っ込んでおいた。

    「よし!ロペス!」野球見てる次男の反応と@ichipoohmtさんのツイートがシンクロしてる。


    子供の頃は私は父親のことを「とーちゃん」と呼んでいた。大人になったどっかのタイミングで「おやじ」と呼ぶようにクラスチェンジするというのが正しいあり方だったと思うのだけれども、大学院生活、ポスドク生活が続いてタイミングを逸してしまった。一方で弟は大学に入ったあたりで「おやじ」と呼ぶようになった。

    ともあれ自分の方はタイミングを逸していたのだけれども、私の子どもが生まれ、彼らが父親のことを「じーちゃん」と呼ぶようになってからは自然と私も父親のことを「じーちゃん」と呼ぶようになった。たとえ孫がいなくても。

    私にとっての父親は、子どもたちにとってのじーちゃんなんだなとなんか合点がいった感じがした。そんなわけでなんだか変な方法で、この問題は解決した。


    朝から機構のソフトボール大会だった。結果は準優勝。とはいっても全部で6チームだが。以前は16チームくらいあったものだが。

    ともあれ、私は2試合分くらい出場して、4打数3安打。レフト越え三塁打、レフト越え二塁打、三塁強襲ヒット。スイートスポットはひとつしかないが当たればよく飛ぶ。

    そんなわけで個人成績としてはこれまで最高ではなかろうか。満足した。

    打ち上げには不参加。そのあと長女をミュージカル教室に迎えに行って、長女を新体操に送って、渋滞に超ハマって、長女を迎えに行って、長男を図書館に迎えに行って、車のガソリン入れて、次男を野外教室からのバスの迎えに行って、それでやっと帰ってきた。長い一日だった。まだ終わってないけど。


    次男を空手に迎えに行って、上機嫌で「家に帰ったら何が起こっているかな? カニが千匹生まれてるかな? カニが百匹生まれてるかな? カニが千匹? カニが百匹? カニが千匹? カニが百匹?」と歌っていたらいつの間にかメロディーがユニコーンの「大迷惑」になっていたという驚きを伝えたくて。

    僕らは砂であり、山であるけれども、砂山ではない。僕らはロバであり、藁であるけれども、その境界に背骨はない。僕らの上空には今にも零れ落ちそうな蜜があり、森であるけれども、木箱には仕掛けもなく、運転手もいない。地層が割れて現れた眼が、全てを一つの光景にまとめ、丸呑みする。


    今日はラボからの帰りの車の中で歌い出してみたら、それは「およげたいやきくん」だった。これあらためていい曲だな。こう、横ノリでシンプルなリズム隊をイメージしつつ、ちょっと裏に食い気味な感じでソウルフルに歌うの。あと、子門真人の声が太いから気づかなかったけど、けっこう音が高い。

    しばらくカラオケ行ってないので行こうと思う。ひとりカラオケ、以前はよく行ってた。上地(うえぢ)のシダックス。ラボでのひとりすき焼きも済ませたし、三八でひとり焼き肉は当たり前だし、サンディエゴではひとり動物園も済ませた。残るはひとりディズニーランドくらいではないだろうか。

    ウインドブレーカーのポケットに豆腐入れたままロッカーに放置してしまった! (<-ブルースマンの歌う素朴な歌詞風)


    ふと気づいたが、明日(2013年11月29日)でブログ書き出してから10年目だ。niftyでやってたホームページから、はてなダイアリーへと移ったのが2003年11月29日だった。10周年だからと特になにかするつもりもないが、とにかく思い出せてよかった。

    はじめて書いたエントリがこれ:「Eight miles highのイントロではベースの音でドラムがビリついているのが聞こえる。それだけ。」なんか今書いてるツイートと変わってネーわ!


    2014年04月06日

    Python関連で試行錯誤 (2013年11月バージョン)

    Mac上で動かしているPsychoPyがスタンダローンバージョンだといろいろプラグインを使うときに不便。(TobiiやらEyeLinkやらNIのUSBやら。)そこでこの機会にEnthought canopy入れてpython環境整えてみる。

    もともとはMacPortかHomebrewで環境を構築しようと思っていたけど、プラグインとかで、もともと入っているPythonとの関係がなんだか不安だ。Enthought canopy入れればscipyとか各種全部入るようだし、もう少し調べてみる。

    ちなみにすでにScipy Superpackを入れてあるので、Macに入っているPythonでscipyとかを使うことはできる。PsychoPyではEnthoughtを使うのを推奨してる。

    そういえばScipy Superpackを入れてあったのだ、と思い出したのでiPython動くかどうか調べてみたら、動かなくなっている。そういえばMavericksにしてからいじってなかった。Superpackのアップデートをしておく。

    Scipy Superpackのコード見たところ、easy installコマンドを使っているわけで、まずはライブラリと本体のpythonとの関係とかそのへんを理解しておこうと思う。いままでこのへんずっと回避してきた。

    PsychoPyはいまだに64bit対応していない。これはかつてはpygletが32bitだったのが理由だが、pygletは1.2で64bit化された。しかしPsychoPyがpyglet1.2に対応していないため、今年4月段階ではまだ64bit対応がなされていない。つまりMacでは使えないということ。

    Python(x,y)とSpyderを知った。なるほどこりゃほとんど見た目Matlabだ。Enthought canopyとかと競合するようだが。

    Scipy Superpackよくよく読んでみたら、64-bit buildsをインストールする、って書いてあった。ということはここでpsychopyをインストールしても動かない。やっぱenthought canopyか。

    Scipy Superpack入れるとStatsmodels, Scikit-Learn, PyMCが入るので、Rの代わりにもなるし、機械学習もできるし、MCMCもできる。素人なりにtutorialとかいじっていると楽しいのだが時間がどんどん飛ぶので、我慢している。

    Pythonにはggplot2みたいなものもあるのか:Bokeh しかもネーミングは日本語語源だった。"Photographers use the Japanese word “bokeh” to describe the blurring ..."とのこと。


    追記:PsychoPyの設定の件、けっきょくこれまでの実験系をぶっ壊さないように、外付けSSDにMarvericksインストールして、そこにcanopy 32bit入れて、easy_install psychopyにて動作確認した。参考: psychopy-users

    あとはここから、standaloneバージョンには入っていないようなplug-inを入れてってちゃんと動作するかどうかとか検証してゆく。


    追記2:PsychoPyで刺激を出して、フォトダイオードで提示時間測って、ばらつきがどのくらいあるかを評価。最終的には、刺激の提示と、Labjack U3での計測とTTL出力と、EyeLinkのデータを同期させるのをMacで正しく行う。

    LabJackPythonを使うためには、USBのドライバ(Exodriver)をインストールする必要があるが、Marvericks上でインストールしたら "import u3”でモジュールを読み込めない。エラーをよく見たらこれはパーミッションの問題で、chmodしたら解決した。

    とさらっと書いたが、じつは土曜日に解決できなくて週末越えて月曜になって解決。遅々として進まず。ちなみにMountain Lionのときにはパーミッションの問題には遭遇しなかった。なんか変わったんだろう。

    LabJackはStream Modeにしないとイカンかと思っていたが、ふつうにports.readRegister(FIO4)を繰り返すだけで0.8msecごとに読めることが判明したので、これで充分だった。


    2014年03月23日

    さうして、このごろ 20131031

    今日も長女の新体操のお迎え。今日は車内で長女が「冬の寒い時期におしゃれを取るか暖かさを取るか」という話題を持ち出しつつ、小学校の校舎がいかに寒いかという話へ展開した。

    "grit your teeth"(歯ぎしりする)の「グリット」ってホント歯ぎしり感高くて、擬音語としてかなりいい線いっていると思う。

    「百万遍」とか地名にしては中二病すぎるだろ、常識的に考えて、とか思ってウィキペ調べてみたら、知恩寺の通称が百万遍で、その名の謂れは念仏を百万遍唱えて疫病を収めたからというこれまたまさに中二病的エピソードがあることを知った。

    「借金」の話かと思ったら「しゃきっとしてない」ってだけの話だった。すっかり手持ち無沙汰になった私は、「爪楊枝」のポーズをとった。

    目隠しをし、片手に剣、片手に天秤。


    激しい雨の降る中を傘を差して家まで帰った。竜美ヶ丘の三菱社宅の緩やかな坂を下りながら、日没後の暗い空と雲を眺めながら帰った。心のなかで長時間露光をして、空の光を蓄積してみた。すると、暗い空のように見えたのはじつは真っ黒な雨雲であり、それが欠けた部分に白い雲があることに気づいた。そのとき図と地が逆転し、灰色の雨雲が雨を降らせるために一面を覆っていることは、はじめからそうであったように、当然のことだったように見えてきた。私の表象は変わり、私の知覚経験は変わった。


    家で布団に寝っ転がってだらだらとしている。Dark room problemってあるじゃん? 自由エネルギー最小が脳の原理だったらみんな暗い部屋でじっとしてるだろよwwwってやつ。でもオレ今暗い部屋でずっとじっとしていたいわ。なんでみんなこんな大雨の中、わざわざ外で出てゆくんだ?

    だが腹が減ってきたので雨の中豆腐とモヤシを書いにコンビニまで行く。暗い部屋問題、完全解決!


    ザッカーバーグの“Having two identities for yourself is an example of a lack of integrity”ってのはある種の革命を目指している。たとえば教育者が公では理解と和解を口にしながら家族に対しては暴君である、みたいな"lack of integrity"をぶっ壊すことを目指している。

    それじたいは良いことのように聞こえる。しかしこの理屈ですべてを塗り込めてしまってよいのだろうか? すべてについて裏表無くできる人間なんているだろうか? できたとしてもそれは強者の論理じゃあないだろうか? なんて風にこの言葉を聞いたときは思った。

    この理念(Only one identitiy)をどう扱うかという問題はこれまでは技術的に不可能だったので考えることが不要だった。しかし、FBが遅かれ速かれ衰退するとしても、今後は繰り返し出てくる論点なのではないだろうか。


    SF的発想で間主観性の問題を私的な内面を完全に共有することで一つの主観にしちゃうようなのってあるけど、そもそも自分に私的な内面がなければ、行動がすべてであり、行動ですべてが伝わっているのであって、行動から意図を忖度する必要はないのであって、問題は解決しているようにも思える。

    つまりそもそも、行動から相手の意図を忖度しなければいけないという事実自体が、内面を持っていることの証拠になるんではないだろうかってこと。じゃあ、忖度しない場合は内面を持っていないのか? こっちはよくわからん。


    当事者研究関係の本を借りるために豊田市中央図書館まで行ってきた。豊田市中央図書館に行くのは久しぶりだ。いまは岡崎市中央図書館が改装して大きくなったので当分行ってなかった。5年ぶりくらいだろうか。かつては専門書は豊田に行かないとなかったので月2ペースで行ってた。

    以前と比べるとすごく静かになっていた。以前は試験勉強とかしている高校生がずっとおしゃべりしていて、図書館側が放置しているのでひどいありさまだった。館長が変わったか方針が変わったか。以前これは環境のせいではないかということを考察したことがある。

    岡崎の方では図書館のすぐ外にオープンスペースがあって、そこでおしゃべりできるようになっているので、館内はとても静かになっている。これがいわゆる環境的管理(マクドナルドの椅子が硬い理由、とか)かあとかわかったような口をきいたものだが、豊田でも静かに出来ていたということは普通に対策取ればできることだったのだな。

    以前豊田図書館に来ていた頃は、長男がまだ小学校低学年くらいのころで、このエスカレーターを降りるときに長男は階段を先に降りてたっけとか、この階段でお昼代わりにミスド食ってたっけとか(ミスド閉店してた)、なんかものすごく場所ごとに記憶が埋め込まれていることに気がついてなんか泣けた。

    いや、泣いてないけど。


    次男が、クリスマスツリー買って家にたくさん友達を呼んでパーティーしたい、とリア充な発言をするのでなんかスゲー笑った。ぜひこのまま大きく育ってほしいと思った。


    2014年03月02日

    さうして、このごろ 20130831

    「ハンドルネームはひらがなにしろ!」 気持ち分かるわー。だれも「プーニールさん」って呼んでくれないからブログのfaviconにわざわざ「ぷーにーる」って入れた。といいつついざ初対面でプーニールさんって呼ばれたら引くな。(<-自分勝手)

    なるほど、生理研には社会脳研究用に2つ並んだMR装置があるけど、じつはあれは転送装置だったんだな。(おれがあいつであいつがおれで、的なあれ。)

    朝っぱらからこんだけたくさん蝉が鳴いているわけだが、まさか30年後には食料としての利用というイノベーションによってこれ全部が絶滅するなんてことにはお釈迦様でも気がつくめえ、なのであった。(<-50億羽のリョコウバト絶滅ネタ)

    次男の足し算問題100問が一分を切るようになってきて、滑舌がよくなったことを自慢していたので、「人間発電所」のライム(「寺のボーズのようスネアードラムス木魚 お経のBUDDHA STYLE ライムフロー」)を一発決めて、真似できるか?と聞いたら、「無理」とさっくり流された。

    "Slow in, fast out"は好き。"first in, first out"はとくにどうという気持ちもない。"garbage in, garbage out"はなんか嫌い。

    A:「ちょっと待て!」 B:「ちょっと待った!」 A:「ありがとう」っていう吉本新喜劇っぽいシーケンスが頭をよぎったが、実生活で使うことはありそうもない。


    研究所の耐震改修工事が済んで、エレベーターも新しくなったのだけど、そうしたらエレベーターが閉まるまでの時間が長いし、ドアの近くにいると赤外線かなんかで感知して閉まらないようになっている。研究所なんて急いでいる人しかいないのだからもっとさっさと閉まってほしいと思っていた。

    でもあるとき気づいたのだけれども、これって「バリアフリー」の一環なのだろうか? 車椅子の人でも、パーキンソン病などで歩行が機敏でない人でも、この研究所では受け入れることができますよというメッセージなのだろうか? 考え過ぎかもしれないがバリアフリーという意図なら文句は言うまい。


    20130815

    「アンドレアス・グルスキー展」 行ってきた。すごい良かった。緻密化で圧倒的で不思議な遠近感に圧倒された。自分で持ってきた音楽聴きながら2時間以上かけてじっくり見た。MBVとかSeaside Voice Guitarとかかけて見てた。

    不思議とザッパが合う。アンクル・ミート辺り。まあまさに、緻密で圧倒的で不思議なかんじだから納得がいく。ドブ川に写った光と影を写した「バンコク」とか衛星写真を貼りあわせて作った「オーシャン」とかすごく良かったけど、写真の面がテカっていて、観客とかライトとかが反射してしまう。

    だから、でのせっかくの川面の深い色(「バンコク」)とか、衛星写真の海の深い色(「オーシャン」)とかがちゃんと見えない。これはけっして今回の会場だけの問題ではないのだけれども、なんとかならないものだろうか。暗い部屋に作品だけ光を当てて影を作らないようにするとかそんなかんじで。

    学会でも顕微鏡写真のスライドの時とか会場の照明を暗くしたりするけど、あれみたいな感じで。


    新宿までブックオフ巡りをしてきた。新宿駅西口と東口の両方に大型店がある。そこで真説ザ・ワールド・イズ・マイン(新井 英樹)をコンプリートしようという算段。西口から東口に移動する際にAflacのデカい壁宣伝ポスターがあるのを見かけた。

    それは、将来に対して投げやりで雑な黒いアヒルが「病気なんて起きてから考えればいいだろ」みたいに言うやつで、ブラックスワンじゃなくてブラックダックか、ツイッターのネタになるかもとか考えながら通り過ぎた。

    そして東口店には真説ザ・ワールド・イズ・マインの3,4巻がないのを見届けると、西口店にまた戻ることにした。タレブの「ブラック・スワン」の上巻が200円だったので買った。でもそのとき、Aflacの看板のことは完全に失念していた。

    そしてまたさっきのaflacの看板を通るところで看板のことを思い出して、「ブラック・スワン」の上巻を買ったことがこの看板に影響されたっぽいことに気づいた。さらに看板をよく見ると、この黒い奴はアヒルではなくて本当にブラック・スワンだった!

    西口店で真説ザ・ワールド・イズ・マインの3,4巻を買って、なんかの縁を感じて「ブラック・スワン」の下巻も1000円だったが買った。そして家に帰り、ネットを探し、aflacのは最近始まった宣伝であることを知った。テレビはほとんど見てないのでTV CMもあることは知らなかった。そんな一日。


    2014年02月21日

    さうして、このごろ 20130930

    水曜に理研BSIに行ったときになんかデカイ塔みたいなのを見つけて写真撮ってたら、鳥の群れがやってきた。

    そのあとで「群れは意識をもつ 個の自由と集団の秩序」 郡司ぺギオ幸夫 を買ったのはプライミング効果だったのかもしれない。

    ***

    予定どおり刈谷市の児童館「はばたき」に行ってきた。「貴様も羽ばたきたいか!」(仮面ライダーの解説の声で)

    卓球の勝負の方は30分3回のあいだに11点先取で勝利として7勝4敗。けっこう負けが込んできた。余裕こいてスマッシュとかしてたらあっという間に点差が縮まった。

    次男はかなり勝負にこだわっていて、練習のときは無謀なこともやりつつ、試合では確実かつコーナーを突いたプレーを選択。普段なら4試合ほどすれば満足していたところを、どうしても勝ち越したいらしくラストは練習なしでずっと試合。こっちは汗だく。いい運動になった。

    ***

    飲み屋で隣の席の人が、「俺なんかね、こう、鉄球で、やっちゃうわけですよ、バーーンっと」と言いながら手のひらに反対の手で拳作ってバーーンとかやりながら、古い店構えで、田舎の親戚のうちに行ったときのような匂いで、煙草臭くて、そんな風景をでっち上げて妄想してみた。

    ***

    研究所のトイレに向かう廊下から夕日が差し込んでいるのに気づいた。廊下は東西に走っているので春分、秋分の日には真っ直ぐ夕日が差し込んでくる。こうしていつものあの季節が来たなと思うのだった。

    耐震工事後に残念なことのひとつなのだが、いたるところにドアが付いて廊下が分断されているので、長い廊下の先にある夕日を見ることはできなくなった。

    ***

    「夏休みは終わらない」って、歌本でギター弾き語りで把握していたので、ひさびさに原曲聴いてみたらけっこう予想を裏切られた。私のイメージでは「海を抱きしめた西向きの部屋」から始まるところがワウワウを効かせたギターで浮遊感出す感じなのだけど、もちろん原曲は80年代アレンジなのであった。

    80年代シリーズつづき。ユニコーン「大迷惑」聴いてた。もう歌詞が他人事に思えなかった。ラストの「お金なんかはちょっとでいいのさ」ってところで感涙した。この歌詞を、こんなふうに感じる日が来るなんて予想だにしなかった。

    ***

    セントレアまでやってきた。今日もいろいろあったがなぜか悲しい気持ちに。空港に向かって西へ走るバスの中で、沈む夕日を見ながらMBV聴いてた。もう全てのことは成就しているのであり悔いはないなとか、森も向こうから見えては隠れる夕日を見ながらぼんやり思った。

    ***

    「自分の背骨をしっかり持ってないからいけない」なぜか武道家に腕組みで説教されるイメージで。


    2014年02月05日

    「シューゲ感」

    "vapour trail"というタイトルにはシューゲ感があるが、「ひこうき雲」というタイトルにはシューゲ感がない。"seagull"というタイトルにはシューゲ感があるが、「かもめ」というタイトルにはシューゲ感がない。つかカタカナでないとシューゲ感って出てこない。「スロウ」とかシューゲだけど、「ゆっくり」だとダメ。

    シューゲってのはたんに音の鳴らし方の形態の一つでしかないのだけど、歌詞にもどこか共通したものを感じていたのだが、よくよく"Vapour Trail"の歌詞とか読んでみるとシンプルなラブソングだったりする。マイブラもそうだ。

    どちらかというと、シンプルな言葉づかいで、なんか届かないかんじとかを伝えるというのが特色なのかも。ブローティガンの詩とかにはシューゲを感じたことがある。

    ヘルダーリン詩集のアマゾンレビューを見てたら「天上的なハーモニーと至福の美、そしてその中に潜む歪み、それはまさにmy bloody valentineの音楽に通じるものがある。」なんて記述を見つけた。チュービンゲンがらみだし、読んでおこうかと思う。

    あと、音と同じように、歌詞ももごもごしている。あんま明確かつエモーショナルな歌詞はシューゲ的でない。これをシューゲの定義とするならば、音がシューゲでも歌詞がJ-Pop的だったらそれはシューゲではない。含羞がなければシューゲではない。80年代的スタジアム・ロックみたいなもののアンチ。

    とここまで書いたうえで言わずもがなの断り書きを入れるならば、シューゲとはこうあるべきだとかそういう考え自体がクソ。(<-ちゃぶ台返し)


    2014年01月27日

    ヴォネガット関連雑記


    ヴォネガットのCat's cradleのkindle版を買って、日本語訳と原文の対応とか見てる。いくつかの点でわかりにくいところがあったので、たぶんそれは翻訳のためだろうと推測して。

    102章の「自由の敵」のところで、ハリボテの標的にスターリンやヒトラーと並べて「それからなんとかいう日本人」とあるが、これは東条英機か昭和天皇あたりを訳で回避したのかと思ったが、原文も"some old Jap"だった。

    116章の最後「空では、何匹もの虫がのたうっていた。虫は竜巻だった。」後ろのほうまで読むと竜巻のことを「虫」と読んでいることはわかるのだが、「虫」と言われてハチの大群みたいなものを想像していた。でも原文はworm。つまり、一本一本の竜巻をイモムシ(やミミズ)に喩えているのだった。

    あと116章の印象的なシーン、「つかのま、わたしは夢を見た…ツバメ式飛び込み」ここは"swan dive"、つまりこんなん: SwanDiveActive.jpeg 一瞬時が止まって、スローモーションでの光景が浮かぶ。

    正直なところ、ギャツビーのあれを思い出した。たったひとり、owl-eyed眼鏡の男だけが遅れて現れてこう言う、"the poor son-of-a-bitch"と。


    「人生なんて、そんなものさ―カート・ヴォネガットの生涯」を図書館で見つけたので借りてきた。真ん中へん、つまり売れない作家時代からスローターハウス5でブレークするあたりを読んでて、すごく面白い。

    無名時代にアイオワ大学でライティングの講師をしているときに再評価がなされ、旧作が再販され、スローターハウス5と続く2作分の前払金を受け取ったとき、ヴォネガットは45歳になっていた。すっげー沁みる。

    村上春樹の「35歳問題」ってのがあるけど、そしてその意義とかすごく考えたことがあるのだけれど、でほんとのところ身に沁みたことがなかった。私のヒーローは夭折した早熟の才能者(ランボウとか中原中也)だったし、太宰や芥川が死んだ歳に自分は一体何をしたというのだろうという感覚だった。

    つまりわたしは35歳問題に真摯に向き合おうとせず、いまだに人生に奇跡と一発逆転はあるんじゃあないかというさもしい妄想を捨てきれず、フワフワとフラフラとしている。馬鹿馬鹿しい表現をしてしまえば、私は今からでもロックンロールスターになれると内心思っているのだ。ほんとだよ。


    2014年01月07日

    さうして、このごろ 20130731

    「あなたの脳を3Dプリントする方法」 段ボールを切り抜いて貼り合わせれば小学校の夏休みの課題にぴったりだ。次男の課題に「お父さんの脳みそ」という題での提出を勧めてみることにしよう。


    「醤油差しと馬刺しどちらを選ぶ? 俺なら両方だ!」そう言ってわたしは自分の胸に西洋風の剣を刺し当てた。

    「コーンフレークでいい?」コーンフレークにオレンジジュースかけたやつ出してきやがった!

    「馬好き?」聞かれて思った。はたして私は馬と牛どちらが好きなのだろうか? そもそも質問は競馬好きかという意味だったのだろうか? じつのところ、そのような自問自答に至る前に私には「う・ま・す・き」という四文字が怪しく脳髄に響き、その意味に届く前にサイケデリックな気持ちになっていた。

    「ヌー!」(<-両手で天に向けてサムズアップ)

    双六でサイコロを振ったら、幻の番号9999が出たので、9999歩進めるのに時間がかかって他のことが何もできない。

    戦いの幕は切って落とされた! …のはずなのだが遅刻したので戦場がどこだかわからない。誰もいない一階の教室をくまなく探して回ったあと、私は階段を登ったり降りたりしながら、無駄な時間を過ごしていた。


    井上陽水の「ロンドン急行」をギターを弾きながら歌っていて、そういえばロンドン発ブライトン行きってまさに「ロンドン急行」だなということに気がついたが、一年遅かった。

    研究所の一階の廊下にでっかい蜘蛛がいた。タランチュラか! よくよく見たら、足が長いだけでそんなに大物でもない。どうしても水を買いたかったので、失礼ながら脇を走りぬけさせてもらった。

    AICS出張から帰ってきた。AICSは近隣の芸大とコラボして廊下がギャラリーみたいになっていてとても素敵だった。絵柄がオタク系というかpixiv系なのがけっこうあった。私は違和感ないけど、普通の人が見たら面食らうのではないだろうか? オタクとサブカル(芸大系含む)の垣根が消失していることを実感した。


    鰻、絶滅しちゃうね… わたしがはじめて食べた鰻は、中学受験の後のお祝いで父が連れて行ってくれた亀戸の駅ビルでの鰻重だった。(中略) そんなこんなで、もし来年鰻重が消滅していたとしても構わないし、もし来年世界が消滅していたとしても構わない。

    子どもたちにはぜひ、昔は鰻というとてもうまい食べ物があったんだということを語り継いでほしい。そういえば絶滅したリョコウバトは旨かったらしい。食えなかったのが残念。

    Last dinosaurの替え歌でthe last eelって曲を作ってほしい。

    "The last pigeon / swan song" とかスラッシュ入れて雰囲気出してみたり。最後の一匹となったハトが、死の間際になっていきなり人間語を使って喋り出す。「もうあんな空を飛びたくない」と。(<-井上陽水と混ざってる)

    朝っぱらからこんだけたくさん蝉が鳴いているわけだが、まさか30年後には食料としての利用というイノベーションによってこれ全部が絶滅するなんてことにはお釈迦様でも気がつくめえ、なのであった。(<-50億羽のリョコウバト絶滅ネタ)


    もしいつか遠い将来の万が一に私の送別会が開かれるような日が来たとしたら、大岡越前のテーマ (山下 毅雄)をアレンジして家族で演奏してみたい。きっとお別れのテーマにうってつけだと思うのだ。


    「ステークホルダー」って腰のところでカラビナかなんかで財布とかナイフとか連結する道具っぽい音感。

    「カムチャッカ」ってどう考えても、ギターでカッティングしながらワウペダルを操作して、しかも深めにリヴァーブかけてるかんじだよなあ。


    今日は次男とプール(吉良のホワイトウェーブ21)へ。半屋外式でそんなに日焼けもせずにすんで気持ちよく泳いできた。滞在時間4時間で正味3時間で、次男は滑り台が怖いのでほとんど流れるプールにいた。拳銃で打たれるごっことか背中に乗せて潜水で運んであげるとか水の噴出口の勢いに対抗とか。

    次男がなんでホワイトウェーブ21て名前なのか?、なんで21なのか、って聞いてきたので、今が21世紀であること、「世紀」という概念の説明、二十世紀梨についてまでこってりと講釈しておいた。

    そしたら、22世紀になったらホワイトウェーブ22になるね、とか、22世紀になったら96歳だね、みたいな話になったので、そのころになったらまたホワイトウェーブ行くかな?みたいな話をした。俺はホワイトウェーブは無理であるにしても、次の関東の皆既日食は見届けたい。

    もちろん、見届けられなくても構わない。


    送り迎えの合間に「Boy's Surface 円城塔」を買う。つか図書館にあるのを知っていたのだけど、立ち読みしてて急激に今読みたくなった。最初の短編を読み終えたところ。盲視についての言及があるのはなんかで聞いてたので読もう読もうとは思っていたのだけど、それとはべつに面白かった。

    こことか好き「ここにつけこむ余地があり、実際につけこまれており、つけこむことが可能である。」あと、なんかするするっとしてる。ドルトンの話から二人の会話へ移行するところとか。なんか自在なかんじ。

    思ったより波長が合う気がした。独特な読書経験だった。「屍者の帝国」読むかどうか思案してたけど、これなら行けそうだなと思った。


    2013年12月25日

    さうして、このごろ 20130430

    今日は奥さん医者に連れてって、子守して、ラボの花見に参加して、夕食作って、みたいな日。花見会場の伊賀川で水切りに耽る次男の後ろ姿。

    乙川沿いは花見の客がいっぱいで、雨もなんとか持ちこたえてよい日だったのだろう。午後から強い雨が降り、花びらが落ちだした。夜は強烈に味噌の香りがした。この臭いを懐かしく思い出す日が来るのだろうか?

    奥さんが帰郷した際に、実家にあった「生徒諸君!」庄司陽子を持ち帰って、我が家では「生徒諸君!」ブームに。読んだの大昔だからストーリーは覚えてないけど、けっこうショッキングな展開があったように思うんだが、小学二年生がそんなの読んで平気か。

    「もしキミが鳥で、空高いところにいるとしたら、キミはやってくる風に身を任せることだろう、キミを連れ去る風に向かってキミはこう言うんだ、『今日はそっちに行きたかったんだなあ』(<-前田馬之介っぽい口調で)」

    「ウィー アー ザ トーチャンズ マイ フレンズ」と歌っていると、胸の奥に熱いものが迸ってきて、涙が流れそうになる。

    「スナップえんどうとスナックえんどうってなにが違うんだろう?」って思ってググってみたら、そのまんまの疑問と答えがあったので、なぜかがっかりした。


    "I Am The Resurrection"はなんらかウザい奴をディスる曲なんだろうと思っていたのだが、songmeaningsのとあるコメントを見て、もっとまっすぐアンチクライストな意味に読めるということを知って、愕然とした。

    つまり「喋りすぎるお前」「死んだ方がよいお前」と悪し様にイエスのことを罵るヴァースがあって、コーラスの「わたしは復活であり、命である」(ヨハネによる福音書からの引用)の部分だけがイエスの言葉だというのだ。すべて比喩だと理解していた私は、虚を突かれたような気持ちになった。


    英語の論文での表現で、"One could argue that …"って言い方があるけど、これって「著者自身が主張するわけじゃないけど、こういう言い方も出来るよね」って使い方であって、いわゆる「東大話法」だよね。あちらにも東大あったんだね。知らんかったわー

    "accidental XX"って表現があるけど("Accidental Technologist", "Accidental CIO", …)、「なんかの間違いでXXに」みたいなかんじでどうでしょう。

    次男がお菓子の入ってた箱に輪ゴムを張って、ギターみたいにして弾いている。けっこういい音がする。眠くてしかたない。シーツを洗濯して干した。隣の部屋からホルンを練習している音が聞こえる。ラップトップがうなりを上げている。そして、ここに書いたことの時系列順はすべて完全に間違っている。

    復讐は断念させられ、犯行計画は暴露され、なにもかもが中途半端で、雨の日に埋葬され、石が目印として置かれ、世界の因果を逆行させるための秘術を探り、化学薬品を買いあさり、自動車にはさまざまな荷物が積み込まれた。

    「ひょっとこ」を「ひょっとっこ」と読んでみれば、「トッポッギ」みたいでエキゾチック。

    今度の土曜日はアパートの草刈りの日。だがその日は南山大学に行くことにしたので草刈りには参加できない。くさかりまさお!


    2013年12月16日

    さうして、このごろ 20130630

    時にはアリスのセイウチのように、自己嫌悪と自己憐憫に浸りながら、牡蠣を一つ残らず食べ尽くしてしまいたい。

    カンタベリー派な研究者になりたい。でも研究にとってのカンタベリー派ってのがどういうものかは見当が付かない。

    トニー谷、いいな。ウィキペのこの辺りとかとてもいい:「無礼な芸風の芸人については「しかし舞台裏では礼儀正しかった」というようなエピソードが語られることが多いが、トニーは舞台裏でも一貫して無礼だった。」

    「伝えなきゃ……みんなデネットに騙されてる!」っていうネタスライドのアイデアが浮かんだが、オタクネタは強く自分に戒めているので、ボツにした。


    今年初のGとの遭遇。いわゆるencountering。なんかバタバタした奴が来たので蛾でもキタかと思ったらあれだった。いったんなにか分からない状態から戦闘モードに入る時間があったので、ビビる暇もなく適切かつ冷静に処理することが出来た。またもや成功体験を積み重ねてしまったwww

    だがそうやって押さえ込んだ恐怖はじわりと私の行動に影響を与え、たとえばこれから私は機構図書館に仕事しに行こうと思うけど、もう窓を開けることは出来ないだろう。

    そして風呂場を開けると排水口の黒い楕円を見てぎょっとする。意識はしていなかったけれども、Gフィーチャーに対するサリエンシーディテクターがenhanceしていたのだということに気付かされる。


    朝ゴミを捨てに行くと、ゴミ捨て場には地域のご老人が持ちまわりで見張りをしているんだけど、ひとり気難しいかんじのおじいさんがいて、こちらが挨拶をしても返事もしてくれないので感じが悪いなあと思っていた。

    あるときこのご老人に対してどこかの奥さんが挨拶したら快活に返事をしているのを見て、なんて露骨な人なんだ、歳取るとこうなっちゃうもんかねとか思ってた。

    でもふと気づいて、ある朝このご老人の「耳元で」挨拶してみたら、快活に返事をしてくれた。そうだった、まったくもって私が間違っていた。なにもないところに悪意を見出すなっていうあれだった。(<-新聞の投書風)


    吉田ヘンドリックス、帰宅!(<-夜更かしhigh)

    プリザベーション、ナンバー5千万!

    「つか、でっかいオデキ!」と発声した時の志向的態度。

    ホテルのパソコンデスクの前が大きな鏡なので全然集中できない。しかたないのでキメ顔してみたりする。

    bluetoothヘッドホンの方は、東京行った時にイヤーパッド買ってみたのだけど、けっきょくどれも現状のものよりはよくない。しかたないのでテニス用品売り場でヘアバンド買ってそれで耳を押さえることにした。フーwwwカックイーwwww


    2013年11月28日

    さうして、このごろ 20130531

    「ハンターー!」 レコード屋さんがテレビCM出してたってあらためてすごいことだったような気がする。

    自転車での帰り道、「キャンプだホイ」を白ふんどし姿の屈強な男たちが歌うという設定でねばっこく歌いながら坂を下った。

    「矩形波!矩形波!矩形波!」(<-鳥の物真似をしながら)

    「才気走る」ってフレーズいいなあ。なにがいいって、音的に"psyche"が読み込まれているあたり。「再帰」が入っているところもいい。

    今日のグループミーティングではしゃっくりネタを披露してみたが、トンチャイにイグノーベル賞目指してがんばれ、と励まされた。

    ライジング・サンとセッティング・サン、どっちが好き? おれはどうでもいいや。


    血中温度、血中速度、血中騒動、血中疑獄。

    水中結露、水中高度、水中騒音、水中硬度。

    間違った占い、迷信に基づいた治療法、「祟り」という因果律。

    証拠のない裁判、観客のいない決勝戦、反証された思考実験。


    「レッチリ「アンダー・ザ・ブリッジ」はどこの橋か?」 以前LAに滞在してた頃にそういうこと書いた:

    ~~~

    今は恨詰めてるところなので遠出したりとかしないのだけど、自転車であちこち行ってる。で、気付いたのが、川がないのな。いや、井上陽水じゃないんだけど。Culver cityの方に行ったときにBallona Creekというのがあった。川じゃなくて運河なのだろうけど。

    護岸工事がされていて、完全にコンクリートで固められていて、厳重に立ち入り禁止になっている。たぶん、ジュリアーニ流の市内浄化政策みたいなもんなんだろう。

    そうしてみたら思い出したのが、レッチリのアンダーザブリッジな。あれはLAについての歌("the city of angel")なんだけど、"under the bridge downtown is where I drew some bood"って歌詞がある。

    でも、僕ら日本人がイメージするような「橋の下」つまりドブ川にかかる橋の堤防の内側みたいなところはここにはないんだな。

    ってここまで書いたところでLos Angeles Riverがあることを思い出した。……えー……すべての論理が破綻しましたので、以上の発表についてはwithdrawさせていただきたいと思います……

    ~~~

    ただ、今にして思えば、「橋の下」とはけっして川ということではないな。ハイウェイの下とか、道路の立体橋の下とか、ホームレスがたむろしてそうな場所、それこそが「橋の下」だったんじゃないだろうかって思う。


    (茨木への出張にて)

    朝早めに起きて太陽の塔を見に行けばよかったんじゃ?ということに気づいたが後の祭りなのである。(<-である、じゃねえ)

    このささやかな人生において、太陽の塔を見に行くチャンスはこれが最後だったのかもしれないのだが後の祭りなのである。(<-である、じゃねえ)

    じゃあ、そんなに太陽の塔を見に行きたかったのか?と問われると、べつにそんなことないということも事実なのである(<-である、じゃねえ)

    けっきょく太陽の塔行ってきた!(<-そんなに行きたかったんだ…)


    まさか入場料取るとは思わなかったぜ…



    2013年11月16日

    さうして、このごろ 20130331

    「太陽風って、厨二病っぽいよね」僕はキメ顔でそう言った。

    3月3日じゃん。ひなまつりじゃん。ボン・ボリーニ!

    「花粉症とか甘えだよね〜wwww」ってフレーズを見て、さすがにネタだろと思ったが、ちょっと冷や汗出てしまったことは認めざるを得ない。

    アンカーリング? 鎖(くさり)? 錨(いかり)? 坑(あな)を塞(ふさ)ぎ? 腕を預け、地中海風に。刻んだ、3万2千種類の色彩が、強制的に集められ、そしてそのまま流され、それでも


    リンゴ・スターほんとは叩いてない伝説ってのが昔あった。ストロベリー・フィールズは複雑すぎて叩けないってのを読んだことがあって、んなもんドコドコいってるフロアタムはオーバーダブしてるにきまってんだろと思ったもんだけど、I feel fineだけはどうしたら叩けるか分からなかった。

    そしたら、回転下げてドラムだけ別に録音しているという記載を見つけて、試しにスピード下げて再生してみたらまったくその通りで、自分の愚かさを笑った。元の音聴くとドラムのピッチが高いもんな。この頃にはすでに4トラック使っているのだった。


    「ハンマー・ビート」って概念が正直よく分からない。クラウトロックはAmon duul IIとかCanとかは好きだけどNeu!とかクラフトワークとかはあんま聴いてない。後者をハンマー・ビートと呼ぶなら分かるが、Canが該当するというのが分からない。独特なのだが、けっこうハネてるし


    日本の郊外新興住宅街について「サヴァービア」という言葉を使うのは違和感がある。「ファスト風土」ならまあわかる。たとえば岡崎市はイオンモールが街の中心になるようなファスト風土化した街だが、サヴァービア的風景は以前の上地だったり北斗台だったりと限定的で規模も小さいように思う。


    ダイナソー・ジュニアのJ-マスシスはグランジでルーザーでドラッグやり過ぎで不健康みたいなイメージだが、ふつうに金持ちでゴルフ好きで生活をエンジョイしているのをインタビュー記事で知ってずっこけたが、ニール・ヤングと同じで金持ちであることを隠さないという意味で自然体なんだなと思った。


    自分のブログをあらためて見てみると、告知とツイッターの編集というかんじで、なんだかぜんぜん「銀河通信」じゃないな。特別なにか変えるつもりもないけど、もうちょっと遠くまで届くように投げよう。

    less social and more reflectiveに。エレベーターホール前の乾きたてのコンクリートを踏んでしまったときの触感とか、今日の大粒の雨の生暖かさとか、今日重ねた敗北の記憶とか、そういうのを綴ることにしよう。


    ピッグデータ! (<-Twitterクライアントでは文字が小さくて見逃すであろうことを見越した犯行)


    ニール・ヤングの「サザーン・マン」を聴きながら車で竜美ヶ丘公園に向かう坂道を登っていたら、カーブを回りきったところで桜並木の間から三日月が正面に現れたので、「運命の刻は満ちた」というような鮮烈かつ厨二病な啓示を受けたのだが、自分で言ってていったいなんの運命だかさっぱり分からない。


    XTCの"Skylarking"の"Summer's Cauldron"、蒸し暑い夏の美しい時間の曲だが、もしかしたら日本の夏の感覚を安易に投影しすぎた理解かもと思って、Cauldron(釜)について画像検索してみたら、魔女が毒薬作るような大釜ばかり出てきてなんか吹いた。


    「おのれ何奴?」(<-懐の刀を抜きながら障子の向こうの影に)

    「そうだ、メッセージなど何一つ残さずに」

    「リリシズムと凛々しいってなんか似てるよね」そのまんまだと思ったが、野暮なことは言わずにテーブルの上にある煎餅に手を伸ばした

    「モ、」 「モ?」 「モンドリアーン!」 「感服しました!」


    さいきんのコンビニのスパゲッティーカルボナーラとかおにぎりとかで見かける業務用温泉タマゴ(外も中もペースト状のもの)を見るとなんだか怒りが、悲しみが、苦しみが、憤りが沸いてきて、その日丸一日が、もう役立たずになる。(<-なこたぁない)

    つかあれの商品名いったいなんなんだろう? "卵 黄身 ペースト 業務用 コンビニ"くらいでググってみたが不明。ある時期からどっと出てきたから、なんか製法が確立したか、もしくは法律が変わって使いやすくなったか、なんらかのことが起こったらしい。

    判明した。これか: 「ロングエッグ」 いやいやいやいや、ロングエッグはゆで卵なので、あの半熟タマゴとは違う。


    昔私は旅行に行ってもカメラで写真を撮ることはなかった。きっと俺はこの光景を忘れるまいと、そういう光景だけを心に刻めばいいのだと思っていた。だが時は経ち、歳を取り、すべては忘れ去られ、記憶は歪み、過去の自分との連続性さえおぼつかない。そしていまはバカみたいに写真を撮るようになった。


    「夢見すぎ」このフレーズイイネ! 神経科学に夢見すぎ。意識研究に夢見すぎ。現象学に夢見すぎ。大学教員に夢見すぎ。研究計画に夢見すぎ。あらゆるものに冷や水をかけ、すべての情熱を静めて、フラットな心で冷静に正しく物事を取り扱うことにしよう。実のところブッダの悟りとはそういうものなのだ「来世に夢見すぎ」

    弱くありつづけるタフさ、みたいなことをずっと考えてる。追求しているとまでは言えないが。太宰を読んだ中学生のときから、私の芯のようなものになっていて、自分を見つめ直すとき常にそこに、立ち戻る。


    キンクスのアルバム「アーサー」に入っている"Mr. Churchill Says"では、WWII中のイベントをいろいろ織り込んでいるんだけど、そのなかで"Vera LynnがWe'll meet again somedayと歌う"という歌詞が出てくる。

    この曲がキューブリックの「博士の異常な愛情」で流れるのを見て、何となくその再会するところとは天国だか死後の世界を指しているのだろうと思っていたのだけれども、それは日本での「靖国で会おう」に影響を受けた理解であることに気づいた。ウィキペで知ったけど、元はミュージカルの曲だったんだ。


    「シューゲイザー名盤 TOP100」このリストのうち12/30は聴いてた。でもいちばん好きなのはライド。その時代を共に生きたという感覚がある。SlowdiveとかSwervedriverはじつはちゃんと聴いてない。なんか違うんだわ。

    Magnetic Putty Time Lapse これはヤヴァかった。サイケデリック。


    2013年09月01日

    ダイエット試行錯誤(2013年9月版)

    運動だけでは体重減少が2ヶ月止まってしまったので(体脂肪率は低下してたけど)、90キロ台で停滞するわけにはいかないと、食事の方も対策しだして一ヶ月経った。そしたら停滞していた体重減少がまた始まって、先週計測した時点で88.1kg。いきなり3キロ近く落ちた。やっぱ食い過ぎだったか。

    お昼だけカロリー減らさずにローカーボ気味に。普段はラボでレンジでシリコンスチーマーでいろいろやってれば楽しいのだが(他称ヨシダズキッチン)、いざ学会などで外食を利用しなければならないとなるとなかなかこれを維持するのは難しい。

    まず気づいたのが、外食で売っているようなものというのはほとんどが炭水化物だということだ。パン、うどん、パスタ、ドーナツ、それからあらゆるスイーツ類。けっきょく学会中は隣のスーパーで時間差で安くなったお惣菜三点500円セットで持ちこたえた。

    それからあと、炭水化物は中毒の対象なんだなとも思った。いったん量を減らしたら、あまり飢餓感を感じなくなった。自分の血中のグルコース濃度とかインシュリン濃度とか時間変動を計測してみたいと思った。(開示:糖尿病の気はありません)

    ただし、コンビニやスーパーのお惣菜類を多用するのは塩分多いからよろしくない。ちなみに自分は高血圧もない。糖尿もなければ痛風もないし、中性脂肪なども異常値が出たことがない。だから太ってていいってわけでもないんだろうけど、どういうことなんあろうかと思う。

    だから自分の場合、ダイエットをする動機は健康のためとかではなくて、他人からの「なんだこのキモデブ」という意識的無意識的な処遇を受けて社会的生活において不利に働かないようにという点が大きい。

    自分の体に興味があるけど、けっきょくのところ、宮川さんのトークにもあったように、我々個人は皆たくさんのSNPsを持っていて、「正常」なんてものが実のところありえないくらいにばらつき、不完全なのだろう。

    ローカーボ関係はいろいろ調べて読んでいるけど、進化的に云々とかあのへんは眉唾だと思う。けっきょく体はホメオスタティックに働いている。そのなかで一つポイントとなるのは、血中グルコースはインスリンで脂肪として取り込まれるけど、ケトン体は回収できない、ここだろうか。

    あと、アメリカのそれ系の本は炭水化物お悪者にする代わりに脂肪を許容するので、肉とかチーズとかたくさん食べたいアメリカ人の欲望に併合しているようにも見える。だからそこは信じない。ということで比較的タンパク質多めにしてる。鳥のささ身とか豆腐とか納豆とか。

    ともあれ発見だったのは、炭水化物は中毒の対象だということで、これまでは、頭脳労働だしこまめに摘んだりして脳内グルコース濃度下げないようにしているつもりだったのだけど、もしかしたらかえってインスリン反応性の低血糖とかになってしまっていたのかもしれない。やっぱ計測してみたい。

    一時期調べたことがあって、「血糖自己測定器」ってのは糖尿病の人用に一万位かとかでオムロンとかにプロとかのがamazonで買えるようになっている。でも、毎回針で血出すあの作業が怖いのでそこまでしたくない。赤外とかでモニターできないもんかね。もしくはMRでBOLD(<-大げさすぎ)。

    「お弁当におすすめ! 20分以内にできるストックレシピ集」 そっか、鶏そぼろとか作って冷凍して常備しておけばよいのか。

    お盆に東京に行ったときに「野郎ラーメン」の前を通ったがガラガラだった。以前通ったときはすごい並んでたので諦めたのだが、そのときはあまりにガラガラすぎてなんかあったのかと思ってやっぱりスルーした。そして今は当分食べたくない感じ。80キロ切るくらいまでは。さらば「野郎ラーメン」。


    2013年08月12日

    さうして、このごろ 20130228

    中の橋珠算教室の先生をやっていた老夫婦の二人のことを急に思い出した。怒ると「バカスケ!」って言うの。あと、昔の人だから、トイレのことを「ご不浄」て呼ぶ。生徒の子どもたちはみんな意味が分からないから「牧場? へんなの」とか言ってた。そういう記憶が走馬燈のように俺の脳髄を駆け巡った。

    走馬燈のように、フラッシュバックのように、電撃的に、俺の脳髄を駆け巡り、嵐を引き起こし、そしてまた遠くへと去ってゆくのを、私は失禁し、座り込んで、または這いつくばって、ただただやりすごそうと眺めながら、でも時間は全然経過しないままで、太い縄がほどけるように、ゆっくり弛緩していた。

    「雲母を剥がすか 生爪剥がすか」「ローリーポーリー ローリーポーリー」「薬局坂道 いつもの流れ」「ローリーポーリー ローリーポーリー」「ハトを生き埋め ボクは深爪」「ローリーポーリー ローリーポーリー」「赤血球の流れに逆らい 遅配誤配要求撤回」「ローリーポーリー ローリーポーリー


    延滞していた岡崎図書館の本を返しに行って、空を見てみたらまだ8時なのにオリオン座が西の空にあって、冬ももう後半なんだということに気づかされた。

    "closer" (クローザー)だとシューゲっぽいが、"closer" (クローサー)だとR&Bっぽい。異論は受け付ける。


    原発ってお湯沸かしてるだけなわけで、ぜんぜん原子力うまく使えてないよね(現状いちばん効率がよいことは知ってる)。なんかもっと、直接電力として利用するとかそういうんでないと「原子の力」を制御してる気がしない。工学的解決は別にして、科学にはもうちょっとがんばってほしいって雑談をした。


    たまに東京の実家で車運転すると感覚が全然違うのでびびる。狭い路地で車の近くギリギリを自転車が通り抜けてきたりとか。いっぽうで岡崎では制限時速30km/hのところでみんな50キロギリギリで走ってる。

    それが日本的建前の世界であることをチュービンゲンに行って知った。あそこでは市内の30キロの道はガチで制限が30キロで、25キロぐらいで走ってた。でもって、アウトバーンで、制限のないところでは160キロとか出してる。あいつらメリハリありすぎ。

    私は安全運転してるけど。車は人間の制御能力を超えた凶器であり、運転者はだれもが不慮の事故で人を殺す可能性というキモいクジを毎日引いている。自転車で車の接触事故の被害者になったことがある。あのときどうして道に飛び出したのか分からない。だからいま意識の研究をしている。(<-後付け)


    今日は次男と刈谷の児童館まで行ってきて、卓球をしてきた。前回は11/25で、その前は8/4。twilog見るといつ行ったかが分かって便利。次男はなかなか鋭角で鋭い球を返してくるので勝負が