[カテゴリー別保管庫] 半側空間無視(Spatial hemineglect)

右頭頂葉の障害によって左半分の視野の無視が起こる半側性空間無視の原因部位は下頭頂回であるとされてきたが、側頭葉と頭頂葉の境界であるtemporoparietal junctionであるとする論文が出て論争となっている。

2014年07月05日

多次元脳トレーニング&レクチャーで「大脳の主要な神経束と神経心理的知見」の講師をしてきました

多次元脳トレーニング&レクチャー「ヒト、サル、ラットの脳解剖学から学習・認知の理解へ」で講師をやってきました。2年ぶり3回め。

この講義は毎年生理研の多次元共同脳科学推進センターで開催される実習とレクチャーの一週間コースの一部です。ラット、サル、ヒトの解剖学や神経生理学の基礎について、若手研究者(大学院生を含む)のうち特に学部でこれらの科目を学習する機会のなかった方を主なターゲットとして開催されてきました。以下はその時の準備のメモです。


多次元脳トレーニング&レクチャーの準備してる。2年前に使ったスライドがあるんだけど、見直してみたらいろいろ工夫したくなってきた。

前回は神経疾患として視覚失認、盲視、半側空間無視を説明して、後半にサルの連合神経束について整理するという構造だった。

今回は、さまざまな神経束とその離断による神経疾患(optic ataxia、視覚失認、盲視、半側空間無視)を縦糸に、ヒトとサルの相同を横糸にすることで解剖学の羅列にしないようにしてみようと再構成している。

Corbetta & Shulman Annu Rev Neurosci. 2011を読んできたので(以前のブログ記事参照)、前回よりかは半側空間無視における背側、腹側の話が明確になったように思う。(かえって謎が深まったとも言える。)

けっきょく、Thiebaut de Schotten M Science. 2005で見たようなawake craniotomyでのSLFIIへの微小電気刺激がbisection taskに影響を与えるというのは、無視症状の発現自体は背側経路ということで、一方で原因部位は腹側経路なのは腹側経路こそ左右のバランスが崩れる源だからで、背側経路の損傷自体ではそのような不均衡が起こらない。つまり、原因部位と症状の発現部位が違うというのがCorbetta & Shulmanの考えなのだ。

VanduffelのJNS (前回のブログ記事参照)を見て、nhpでもVANに左右差が出てきたりしないだろうかと興味が沸いてきた。

この機会にミラーニューロンシステムと言語システムの関係も調べてみたが、けっきょくKelly et.al. Eur J Neurosci. 2010を見た限り、nhpでのF5-PFはヒトでのTPJ-BA44と比べると一段短いというか背側寄りで、別もんと考えた方がよさそう。SLFIIIのうち短いサブセットということになるだろう。

では右側の対応物はなにになるか。HO KarnathのThe cognitive neurosciences IVの章を見て、左が言語、右が空間というのはけっこう説得された。


多次元レクチャーの方を考える。以前のブログ記事「視覚と注意と言語の3*2の背側腹側経路」で書いたことを元ネタにして話すのだけれども、ちょうど酒井邦嘉さんが前日に講義をされるので、言語についてはそちらを参照、ということで済むだろう。

酒井さんの後半のタイトルは「言語: 人間の最高次の脳機能」とのこと。ちょうどBrain論文2014が出たところなので、たぶんそのあたりの話になるのではないだろうか。プレスリリースはこちら

プレスリリースおよび本文を見たところ、背側(Arcuate Fasciculus)と腹側(Extreme Capsule, Uncinate Fascicuus)というような分類よりもさらに細かく、ネットワーク1,2,3という分け方になっている(Fig.8)。うーむ、これと整合性を付けて話をすることが必要そう。

Science 2005のレビューではウェルニッケ-ブローカ44, AG-ブローカ45と下中心前回、というような図(fig.2)は出てくるが、けっしてパラレルな図式とはなっていない。


2014年06月29日

Resting-state fMRIでマカクにもVANが見つかった

こんどの日本神経科学大会では「注意の脳内ネットワーク」と題してシンポジウムを開催することになってる(9/13(土曜)午後5時-7時)。これはわたし吉田とチュービンゲン大学のZiad Hafed博士とで行っている国際研究協力の一環となるものだ。(JST 戦略的国際科学技術協力推進事業 「日本-ドイツ研究交流」 )

このシンポジウムの講演者は四人で、吉田、Ziad Hafed、東大の坂井克之さん、ベルギーのWim Vanduffelというメンバーとなった。そういうわけでWim Vanduffelには今度の9月に日本に来てもらうので、それの予習を兼ねてジャーナルクラブで論文を読んでみた。

JNS2013 "Evolutionarily Novel Functional Networks in the Human Brain?"

Resting state (というかfixation task)でもfMRIにICAをかけてるとBOLD活動がいくつかのクラスターに分かれて、それをヒトとマカクで対応づける。V1, M1などはよく対応するとして、dorsal attention network (DAN)も対応がつく。DANはヒトでもマカクでも両側にある。

マカクでもventral attention network (VAN)に対応したものが見つかって、posterior STSのあたりとmedial prefrontalのネットワークが見つかる。IFGに対応したものは無いけど。面白いのはこれがlateralizeしていることで、VANは右にしか見つからない。いっぽうで、左側にlateralizeしたネットワークも同定されて、これはヒトでのlanguage networkに対応していて、しかもposterior STGとA44-45あたりが出てくる。

マカクでVANが右にしかなくて、左には言語ネットワークがあるというのは、HO KarnathのperiSylvian networkが左右でVANと言語をやっているというのによく合致していて、とても面白い。

あと面白いなと思ったのは、ヒト-マカクの対応がついていない、ヒトだけのネットワーク、マカクだけのネットワークが見つかるのだけれども、ヒトだけのネットワークはVANでもなければ言語でもなくて、insula-ACC、つまりサリエンシー・ネットワークだった!

これをみたとき、やっぱりマカクでの統合失調症動物モデルは無理、とまでは言わないまでもサリエンシー・ネットワークの結合は強くはなくって、なんらか原始的な対応物を見つける、という方向で考えたほうが良いのなかなと思った。

解析方法にはいくつか恣意的なところが見つかるのでそのまま信じるのはよろしくないが、これを元にしてどんどん「直接的な」検証をしていけばよいのだから、そのためにはかなり使えると思う。

「解析方法にはいくつか恣意的なところ」というのは、ヒト-マカクでの対応を付けるためにfMRIシグナルの時間相関を計算してdendrogramを作るのだけれども、どこで閾値を設定するかが「ヒト-マカクの対が最大になるように」決めてた。というわけでここはデータ駆動型になってない。


2014年05月24日

Corbetta and Shulmanの「空間無視と注意ネットワーク」

Corbetta and ShulmanのAnnual Review of Neuroscience 2011 "Spatial Neglect and Attention Networks"は半側空間無視の脳内メカニズムについて注意の背側経路、腹側経路という面から、症状発現や機能イメージングなどの知見について整合的に説明しようとした最新の総説だ。そういうわけでとても重要なのだけど、これまでの論文からの差分で読んでたので、改めて精読していた。

Corbetta & Shulmanによる半側空間無視のメカニズムの説をまとめると「右の腹側注意システム(TPJ-STG-VFG)が損傷 -> non-spatialな要素(arousal)が右半球で落ちる -> 右の背側注意システム(IPS-FEF)の活動が低下 -> 左右の背側注意システムのバランス悪化 -> spatialな要素(眼球運動、注意、サリエンス)が右に偏る -> これが半側空間無視のコアの症状」という話だった。これによってなんで損傷部位は腹側システムなのに出てくる症状は背側システム的なのかということを説明している。

左に腹側システムはなくてそこは言語システムになっているという考え方。しかしKarnathのBrain 2011だと、左の腹側システム(STG)の損傷で失語症も半側空間無視も出る、というのを例の損傷の密度マップで出している。

このあいだから考えている、視覚、注意、言語の背側(action)・腹側(perception)経路説(ブログ20140119)について考えながら読んでいたのだけれど、視覚も言語もactionの要素とpereptionの要素がある。(言語だったら復唱と意味理解で分ける。) では注意にその二つはあるだろうか?

たぶん注意を半側空間無視だけで考えるのが正しくないのだろう。半側空間無視で出てくる抹消課題的なエゴセントリックなバイアスはアクションの側面を見ていると思うのだけれども、もっとパーセプションの側面(awarenessとして世界が半分ない、representationalな無視)とかを考えるだけでなくって、線分抹消課題が検出能は高くて良いのだけれどもperception的な部分とaction的な部分を独立して評価できていないのではないか。

独立して評価できるようなことを考える、までもなくてそういうことをしている人はたくさんいるだろうから、そのあたりをみたうえで、optic ataxiaとかあのへんと並べたうえで注意の背側、腹側とaction/perception説についてうまくつながらないか考えてみたらいいんではないだろうか。


このような議論の中で、脳の左右差はnonhuman animalのarousal系の左右差から始まっているかも、って話が出てきて、これは面白いと思った。ラットのノルアドレナリン系とか、チックでのemotional arousalとか。調べてみるか。

とりあえずマカクでVBMでasymmetry検出したものがないか調べてみたけど、見つからなかった。以前マカクの利き腕のことを調べたことを思い出した。「サルには利き腕ってあるの?」

この話が面白いと思ったのは、よく言われる「言語野の発達によって右が空間優位になって半側空間無視は右損傷によるものが多い」という説に対してもしかしたらもっと古いところから左右差が出てきているかもよ、ってことになるから。(収斂進化の可能性もと明記されている)

Cereb Cortex. 2011 Brain hemispheric structural efficiency and interconnectivity rightward asymmetry in human and nonhuman primates


2012年10月10日

駒場講義レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意

東大駒場の池上さんに誘われて、6月20日に教養学部広域科学科の学部講義で90分*2喋ってきました。(教養学部広域科学科、生命・認知科学科「システム科学特別講義II」)

これはいろんな人が毎週喋るオムニバス講義というもので、こんなリスト:

  • 5月9日 藤井 直敬  社会的脳機能を考える
  • 5月16日 茂木 健一郎 システム認知脳科学
  • 5月30日 國吉 康夫  身体性に基づく認知の創発と発達
  • 6月6日 多賀 厳太郎 発達脳科学
  • 6月13日 三輪 敬之  コミュニカビリティと共創表現
  • 6月20日 吉田 正俊  意識と注意の脳内メカニズム

ちょっと私が出てって大丈夫だろうかとビビりつつ、受講生の数は25人くらいということで聞いていたのでまあ気楽に、と行ってみた。そしたら、満員になって40人くらい(<-数えてやがる)となっていて、「意識研究」への興味が高いことをひしひしと感じました。

学部外から潜っている人がけっこういて、薬学部の後輩とか、あとなぜか藤井さんとかいたりして、なにやってんのと思いつつ悪い気はしない。

レジメを使ってブログのエントリを作ろうと思いつつずっと放置していたので、ここで思い立って作成してみました。これだけ読んでもあまり役に立たないかんじだけど、スライドを載せようとするといろんな図を使っているので許可取るのが手間なんでこのへんが労力的に最大限、ということで。まずは前半部から。


意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意

[意識と注意ってなんだろう?]

実例から始めてみよう。

  • Motion-induced blindness
  • Change blindness

非常に目立つ(salient)ものが消える。=> ちょっと見逃した、とかそういうレベルではない

  • 網膜に映っているものすべてを私たちは「見て」いるわけではない。
  • それにもかかわらず、私たちの視野には「穴」が開かない。
  • Attentionとconsciousnessとは密接に関係している。

[What is attention?]

William Jamesによる定義 (Principles of Psychology (1890))

It is the taking possession by the mind in clear and vivid form, of one out of what seem several simultaneously possible objects... It implies withdrawal from some things in order to deal effectively with others...

[注意の分類]

  • Selective attention: ability to focus on positions or objects (空間的)
  • Sustained attention: alertness, ability to concentrate (時間的)
  • Bottom-up: stimulus-driven (pre-attentive, pop-out)
  • Top-down: goal-directed

[Bottom-up vs. top-down attention]

ポズナー課題中の脳活動 (Corbetta)

  • Cueによってトップダウン注意を操作すると、視覚背側経路、視覚腹側経路の両方が活動する。
  • 脳の機能を理解するためには脳をネットワークとして捉えることが重要。

[半側空間無視]

半側空間無視とは?

  • 脳損傷と反対側の空間の感覚刺激(視覚、聴覚、触覚など) に対する反応が欠如・低下。
  • 感覚障害 (同名半盲)や運動障害 (片麻痺)によっては説明できない認知的障害。
  • 「自分の体とその周りの世界が半分なくなる。」
  • 「環境世界の中に位置する自己」の認知の障害。

原因部位はどこ?

  • 歴史的経緯: TPJ -> STG -> SLFII
  • 半側空間無視は脳内ネットワークの障害

半側空間無視の動物モデル

  • どうして動物モデルの作成が必要か?
  • SLFIIの損傷によって半側空間無視の症状を再現することができる。

[注意の計算論モデル]

Feature Integration Theory (Ann Triesman)から始まる

What is saliency map?

  • An explicit two-dimensional map that encodes the saliency or conspicuity of objects in the visual environment.
  • A purely computational hypothesis

サリエンシーマップの活用法

  • 視覚探索の成績を再現
  • MIBを評価する
  • ヒートマップの代替
  • サルの眼の動きを予測する

トップダウン注意はどうモデル化する?

[Bayesian surprise]

「サリエンシー」は二次元画像の中でどこが「目立つか」を「空間的配置」の中で評価する。

では、「時間的変動」の中でどこが「目立つか」を評価するにはどうすればよいだろう? => 「サプライズ」

(Itti and Baldiの説明。レジメでは省略。)

[Bayesian surprise and predictive coding]

ニューロンは特徴検出器(フィルタ,template)であるという考え (H. Barlow / Lettvin / Hubel and Wiesel)

でもニューロンの応答はすぐadaptする。=> サプライズ検出器なんじゃないか?

V1 response can be modeled by surprise (Itti and Baldi)

「予想脳」仮説

  • ヘルムホルツ的視覚観
  • サプライズ = ボトムアップ注意
  • 脳内のモデル = Conscious perception

2012年06月15日

半側空間無視でのimplicit perception

Blindsight and insight in visuo-spatial neglect Nature 1988 タイトル見てギョッとして、なんか見逃していたかと思ったけど、ここでのblindsightはimplicit perceptionのこと。

つまり、hemineglectでawarenessがなくても視覚情報自体はちゃんと処理されているということを示した先駆けの論文で、二つの家の絵を上下に出して同じかどうか聞くと同じと答える。でもじつは上の絵の家の左の部分は火事になっている。そこでどっちに住みたいか聴くと下を選ぶ、というもの。

盲視と半側空間無視を比較するということを考えているわけだけど、もしかしたら、同名半盲による盲視と半側空間無視による盲視を比較する、ってのがいちばん形式的に揃っていて有意義かもしんない。金井さんの論文 (Consciousness and Cognition 2010)みたいにawarenessが無いときの二分類にうまく分かれるたりとかしないだろうか。

半側空間無視でのimplicit perceptionについては、Driver and MattingleyのNature Neuroscience 1998 に詳しく書かれている。盲視との違いで目を引くのはこの残存視覚がobject identification (腹側系)である点だ。

ちなみに前述のMarshall and Halligan 1988はこのレビューでは言及されていない。あと、Driverはこのレビューや後のcognition 2001などでも盲視との対比を議論している。(盲視は腹側系の情報を失い、半側空間無視は背側系の情報を失うという図式)

まあ、とにかくネタ帳に入れておく。要は、どのような対比にすればdouble dissociationが作れるかってこと。perceptionとattentionとをシリアルに置くような議論だと二重乖離にならないので、なんかパラレルになるところを見つけるのが肝要。


落ち穂拾い:Blindsightとimplicit perceptionとはべつものなので、implicit perceptionのことを示すのにblindsightって言葉を使うのはabuseだと思う。

Implicit perceptionでは間接法(刺激そのものに対する応答を使わない)で見えない刺激の情報による影響を調べる。たとえば見えない刺激を出したら、それによって同時に提示した見える刺激への応答潜時が変わったとかそういうやつ。

Blindsightでは、見えない刺激に対する影響を直接法 (刺激そのものに対する応答を使う)で調べる。たとえば2afcによる刺激の弁別とか。

Blindsightの能力自体は間接法でも見つけることが出来る。とくに、hemidecorticated subjectでのblindsightの場合では、間接法でしか出てこない。(affected fieldに刺激を出すと、同時に出したintact fieldへの刺激への応答潜時が短くなる。)

ちゃんと整理している人を見たことはないのだけれども、概念をはっきりさせるとこんな感じだろうか:

  • 一般に、間接法で見つかるものはimplicit perceptionと呼ぶべきで、盲視と呼ぶべきではない。
  • 盲視の能力のうちで、直接法で出てくるものをimplicit perceptionとは呼ばない。
  • 盲視の能力のうちで、間接法で出てくるものはimplicit perceptionと呼べる。
  • 直接法でその効果が見えるのが盲視の特長であり、implicit perception一般とは異なる部分。
  • ただし、hemidecorticated subjectでのblindsightの場合では、implicit perception一般と区別できるところはない。

このへんは将来的にレビューを書いたりする際には入れておくとよさそうだ。


2012年04月19日

半側空間無視の患者数ってどのくらいだ?

日本にいま何人半側空間無視の患者がいるかって数字を探しているのだけれども、これが意外と見つからない。Prevalenceに関してはアメリカの研究で、右strokeの患者で直後が43%、3ヶ月後が17%っていう数字を見つけた。Neurology 2004 "Frequency, risk factors, anatomy, and course of unilateral neglect in an acute stroke cohort"

Brain Cogn. 2008 "Gender differences in unilateral spatial neglect within 24 hours of ischemic stroke" こちらでもstrokeから24時間後で45%くらいでneglectが起きている。性差、利き腕による差はなし。でもそれが知りたかったわけではなくて、いかに半側空間無視の患者さんが多いかっていうことを数字で出したかっただけなのだけど。

おそらく無視症状の方が同名半盲よりは多いはず。同名半盲のなかで盲視があるのはどのくらいなのかとも併せて、ちゃんとこういう数字を持っておくと講演とかするときにいろいろ捗るのだけれど。厚労省とかで数字持ってないのだろうか? 探す。

平成20年(2008)患者調査の概況 これか。でもあんまり細かいこと書いてない。こんなもんなの? しかもこれ全数調査じゃなくて、無作為抽出からの推定値だし。

しょうがないのでいつもどおり概算すると、日本で脳卒中の患者数が130万人いて、直後ではその半分で、慢性的には左右平均して10%とかで半側空間無視が起こっているとすると、まあ数十万人はいると考えられる。以前似たような概算をしたとき同名半盲は数万人オーダーだったおぼえがある。同名半盲より一桁多いってのは妥当だろうか?


2012年02月08日

半側空間無視関連いくつかフォローアップ

しばらく半側空間無視の論文をフォローするのをサボってた。Urbanski et al Exp Brain Res. 2011 "DTI-MR tractography of white matter damage in stroke patients with neglect" SLFII離断説のBartolomeoの続報だけど、strokeでは内包前脚とかarcuate fasciculusとかに成績と相関が出る。やっぱ簡単な話ではないのだな。

あと Verdon et al Brain. 2010 "Neuroanatomy of hemispatial neglect and its functional components: a study using voxel-based lesion-symptom mapping" こっちではいろんなテストをやって因子解析して、それぞれの因子が別々の損傷部位によって担われている、みたいな議論をしている。ついでながらfig.6には同名半盲のlesion mapもあっていろいろと捗る。

PLoS ONE 2011: "Testing for Spatial Neglect with Line Bisection and Target Cancellation" これではangular gyrus。

Corbetta and Shulman Annual Review of Neuroscience 2011 "Spatial Neglect and Attention Networks"では、ventral側の損傷によってdorsal側のネットワークが影響を受けるというストーリーになっている。

あれ? 以前のHe et.al. Neuron 2007 "Breakdown of Functional Connectivity in Frontoparietal Networks Underlies Behavioral Deficits in Spatial Neglect"ではdorsal側の損傷によってventral側のネットワークが影響を受ける(functional connectivityが落ちる)っていう主張だったと思ったんだけど。

というわけでなにげにふたたびventral説が優勢になっている模様。


Committeri et. al. Brain 2007 "Neural bases of personal and extrapersonal neglect in humans" personal neglectの原因部位はdorsal側のsomatosensoryとかとの結合が強くて、extrapersonalはもっとventral側。

これとconsistentなデータとして、Rizzolatti et al 1985ではnhpでextrapersonalはFEF、personalは7b(!)というデータを出している。Attention and performance XIなので取り寄せる。

さらにそのあとでF4がperipersonal spaceをcodingって話があるから、F4-PFのミラーニューロンシステムってのがpersonal neglectと関わっているという話になってもよさそうだ。

前述のCommitteri et al. (2007) ではpersonal neglectはsupramarginal gyrusで、extrapersonal neglectはSTG and the inferior frontal gyrus。

これが最新の話か。 Personal neglect(身体無視): Mochi's-Multitasking-Blog そんなにすっぱりいくわけでもないらしい。原因部位はTPJとその下の白質。


半側空間無視の論文を読んでいくと(W. Russell) BrainによるBrain 1941 というダジャレみたいな論文が出てくるのだけれども、この世界での古典的な論文なのであった。

Brain誌の"from the archives"というコーナーでこの論文の位置づけが紹介されている。これ以前にもdisorientationの症状についての報告はあったけれども、ある種のagnosiaとして捉えられていたりして、それをneglect of the left half of external spaceと捉えて、しかもextrapersonalおよびpersonal neglectの両方があることを示した、というところだろうか?

もっともBrainはイギリスのジャーナルだし、neurologyの世界はヨーロッパ勢が強いので、これが最初かはよく分からない。以前Anton症候群を調べたときはそんなかんじで、英語圏が遅れて言及しているというかんじだった。

そういえば有名なスタジオ・ミュージシャンでハル・ブレインって人がいたよな(わたしにとってはビーチ・ボーイズの"Pet Sounds"のドラマー)、とか思って綴りを見たら"Hal Blaine"だった。というわけでRとLの区別の付かない日本人、というオチ。


TPJ-VFCを繋ぐ線維のひとつがextreme capsule (EmC)。そういえば以前にCrick/KochがCraustrumが意識に関わるかもみたいな話を書いてたけど、半側空間無視のような意識の「統一性」の場面で考える意義があるかも。

EmCはmacaqueではSTSからvPFCへ投射する線維のあるところ。つまり、shapeの情報が側頭葉から前頭葉の12野辺りに行くところ。そういう意味ではCorbettaの図式にもよく合っていて、背側、腹側視覚路がそれぞれ前頭葉に向かうネットワーク。

ただし、EmCはちょっとventral過ぎる気もする。Arcuate fasciculusとかのほうがもうちょっとTPJっぽいところから出ている雰囲気。(nhpのTPJがどこかなんてわからないけど。) こっちがextrapersonalで、SLFIIがpersonalとかどうよ?

背側側を考えると、SLFIIIがいちばん浅くて、いちばん短い(PF-F5)。SFLIIが一段深くてLIP/V6-FEF/PMdってかんじ。FOFがいちばん深くて、いちばん遠い(V3/V6c-46d)。この3つがRizolattiの言う2つの背側経路の腹側のものか。

とかいうことを"Fiber Pathways of the Brain" Schmahmann and Pandya 2006 読みながら考えた。


Monkey to human comparative anatomy of the frontal lobe association tract(pdf) ヒトとマカクで白質走行の相同をまとめたもの。AFとかSLFIIIとかの妥当性が気になる。

Arcuate fasciculus(AF)は左脳ではウェルニッケとブローカを繋ぐところで、これの損傷で失語症が起こる。右だとこれが半側空間無視のventral networkだとたぶんHO-Karnathとかは考えているんだろう。

The evolution of the arcuate fasciculus revealed with comparative DTI この論文だと、AFはマカクやチンプでは未発達なので、これがヒトの言語発達と関連してるって話になる。


サイエンスミステリー2012 - フジテレビ 家族と家で録画した番組を見ていたら、半側空間無視が取り上げられていたので食い入って見てしまった。子どもたちにいろいろ説明をした。

かなり印象的だったらしくて、あとで次男は「ハンソク・クーカン・ムシ!」とか言いながら寝室に飛び込んできた。なんか俺っぽい。じゃまた来週。


2008年03月17日

大脳皮質の連合繊維の構造

以前のエントリ「半側空間無視の原因部位は?」でとりあげたBartolomeo P, Thiebaut de Schotten M, Doricchi F, "Left Unilateral Neglect as a Disconnection Syndrome"(Cereb. Cortex, 2007)はposterior parietal cortexとprefrontal cortexとを結ぶfiberであるSLF IIの離断がおおきな決定因子ではないかという話だったわけですが、そこで準拠していたのがSchmahmann and Pandyaの"Fiber pathways of the brain" (2006) Oxford University Pressでした。

ちなみにこの本、一昨年のSFNで見つけて購入して当ラボにあるんですが、nhpの大脳でトリチウムラベルされたプロリンの注入でanterogradeラベリングをして、long-rangeのcortico-coritical fiberを追うということを長年にわたって行ってきたPandyaの仕事の集大成です。元々解剖をやっていたものとして、灰白質の方の分類に関してはいろいろ勉強してきたつもりですが(Brodmannの細胞構築による分類とかvon Bonin and Baileyの分類とか)、white matterのfiberをきっちり分類して把握しておくというのはあまりしてこなかったのでいかんなと思っていたところでこの本を見つけて、これは必読だと思ったわけです。

んで、それとは別ラインでDTIのこと勉強してたんですけど、そこで重要論文を発見:

Brain 2007 130(3):630-653 "Association fibre pathways of the brain: parallel observations from diffusion spectrum imaging and autoradiography" Jeremy D. Schmahmann, Deepak N. Pandya, Ruopeng Wang, Guangping Dai, Helen E. D'Arceuil, Alex J. de Crespigny and Van J. Wedeen

これはSchmahmann and PandyaがVan J. Wedeenと組んでdiffusion MRIを使ってnhpのassociation fiber (long distanceなcortico-corticalなfiber)のorganizationを調べたというものでして、上記のanteroの仕事と組み合わせることによって、diffusion MRIで調べたwhite matterの走行がanterograde tracerによるtract-tracingとちゃんと整合性があって、より詳しいこともわかるということを示したものでして、画期的なものではないかと思います。

それだけでなくて、上記の"fiber pathways of the brain"が大著すぎてフォローできなかった部分がまとめてあるので、association fiberについての概観を得る、という目的にも適しているんではないでしょうか。 まずは方法論の方ですが、diffusion MRIのことは詳しくないのでよくわかりません。nhpのbrainをpost mortemで、ガドリニウム(contrast ehnhansing agentとして使われる)に浸けたものを撮影します。ここで使っているのはDTIではなくて、DSIです。ほかにもDWIとかあったりして、私にはもはやさっぱりわかりません。

DSIを最初に報告したWedeenが著者に入っているので、その方法で様々なところを最適化しているようです。たとえば、post mortemの脳ですので、撮像にはいくらでも時間をかけられる。ここでは25時間かけてます。MRマシーンはBrukerの4.7T。DTIとの違いは、fiberがcrossするvoxelのところでちゃんと別方向のfiberを分けることができるという点にあるようです。Figure.2とかを見ると、見てきたんかってくらいもっともらしいfiberの走行が見られます。Figure.3にあるように、いくつか縛りをかけてやって、解剖学でのデータと整合性があるようにしているようです。このへんがミソらしい。そういう意味では、やっぱlong-distanceの長いfiberだから良いのであって、短いやつには向いてないし、あくまで白質でのデータであって、灰白質のどこからfiberが出ているかとかそういうのには向いてなさそうです。その意味では今回の方法論はSchmahmann and Pandyaのこれまでの仕事とベストマッチしていると言えることでしょう。

さて、そうやって出てきたデータのまとめがFigure.4-14です。もうここの図は、壁に貼っておくべきだね(言うだけ)。表にしておきます。ちなみに論文の本文は読んでないので、図を見てピンと来たことだけざっくりとメモっときます:

SLF-I superior longitudinal fasciculus, branch I
PRRとかからPMd,BA9へ。IPSとcingulate suclusとの挟んだところから出てくるから、parietalのmedial側もこれによってつながってるはず。Rizollattiとかが言うところのdorsal streamのうちさらにdorsal側の経路か。
SLF-II superior longitudinal fasciculus, branch II
LIPとか7AとかからFEF、BA46へ。ポイントとしては、白質の走行はけっこう深いところにあって、IPSのfundusからlateral fissureのfundusくらいまで広がってる。だから、PPCとtemporal cortexはそんなに離れていない、とも読める。(7BとかIPGのプロパーはSLF IIIの方なのでじつは離れているのかも!)
SLF-III superior longitudinal fasciculus, branch III
7Bとかinferior parietal gyrusの部分がPMv、BA44, BA46vとつながる。例の、ミラーニューロンの経路と大きく関係してくる。
FOF fronto-occipital fasciculus
DPとかPGってかいてあるけどようするにたぶんV3とかV6とかから直接FEFやPMdに行く経路。これがあるからたぶん、ボトムアップの信号はLIPを通らなくてもFEFに行けるし、FEFの応答潜時が異様に早いのもこういったショートカットがあるからではないですか。これも白質の深いところを走ってる。Long-rangeであればあるほどに深いところを走っている、という一般法則があるかんじ。これはたぶん、fiberの走行が全体の距離を最小にするようにできているとかそういう論文があったと思うけど、それを反映しているのでしょう。
UF uncinate fasciculus
TEから前頭葉に投射するものでして、Gaffanなんかはこれをtransectしたりするのだけれど、じつはTEからUFを介しての投射というのはOFCとかinferior convexityとかそのあたりに限局していて、ventral pathwayからの情報をprefrontal cortexに運んでいる本体ではないということについてはこれまでの解剖学の論文から持論としては持っていたのだけれど、この図を見てそれは正しいと思いました。本体はEmCですね。
EmC extreme capsule
STSのfundusからPFCのBA46のdorsal, ventral両方ともに走っている。この経路が重要であろうことはTomita et.al., NatureとHasegawa et.al., Scienceとからわかっているわけだけど、ま、多くは語りませんが。
AF arcuate fasciculus
これは知らなかった。超重要。TPO/TPtってなにやってんのか、ってそういう問題ですが。Schall-BullierののV4-FEFの結合もここですかね。
MdLF middle longitudinal fasciculus
STGの真下をTPOとかからTAaまでずっと降りてゆくやつ。興味深いのはparietalともつながっていることですね。おそらくはさらにいくつかのfiberのグループに分けられるのだと思うのだけれど。
ILF inferior longitudinal fasciculus
Ventral pathwayのメインのファイバーですね。V4からTE1まで行ってる。TE1というのはTEavやA36まで含む領域ですので、memory systemのほうまで直でつながっているということになるでしょう。あと、この経路のうち、dorsal側とventral側とはおそらくべつのものとしてさらに分類することが出来ることでしょう。
CB cingulum bundle
Retrosplenialとparahippocampalをつなぐ経路。これはRocklandとかもやってたし、泰羅先生のナビゲーションの仕事とかもやっぱこの経路で海馬までつながるんではないでしょうかね。

これはもう、データベースとして公開するべきではないでしょうかね。Van Essenの仕事とかと合わせて、マクロレベルでのconnectomicsとして共有すべきものであるように思うのです。どんなふうに進んでいるのかは知りませんが。ともあれ、tract-tracing techniqueの進むべき方向はこっちだと思ってます。ちなみにSchmahmann et.al.はあくまでanterograde tracerとDSIはべつの脳でやってましたけど、おなじ脳でやればもっとパワフルになるに決まってます。どこかに障壁はありますかね。たとえば、固定したあとで、contrast enhancing agentに最低28日浸ける、なんて書いてあるので、そのへんで抗原性とかが消えさえしなければよいわけですよね。

そういえば、Shuzoさんの「脳とネットワーク/The Swingy Brain」でのヒト脳内ネットワークのトポロジー

"Mapping Human Whole-Brain Structural Networks with Diffusion MRI" Patric Hagmann, Maciej Kurant, Xavier Gigandet, Patrick Thiran, Van J. Wedeen, Reto Meuli, Jean-Philippe Thiran

が言及されていました。ここでの「まずマカクで精度を確認すると」というのに対応するのが今回のSchmahmann et.al.と言えそうです。

ともあれこれは精読しなくては。(「あとで読む」カテゴリーかよ!)

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# Shuzo

勉強になりました。マカクだからこそのすごい研究ですね。

この論文では積極的にshort fibersを取り除いたようですので、技術的にそのあたりの問題を克服できたらさらにすごいですね。それから、右脳・左脳のファイバーマッピングするのも面白いかな、と思いました(Fig.2Bなんか見ると左右差があるようなないような・・・)。fiber lesion的なパラダイムとも絡みそうで将来の期待大ですね。

そうそう、私のブログのエントリーまで紹介していただいてありがとうございました。(自分でそのエントリーを立てたことすら忘れてました。。。)

# pooneil

たぶんlong-distanceのものだけにしたからこれだけきれいなんでしょうね。皮質下との結合(basal gangliaやら上丘やら)はどのくらい見ることができるんでしょうね。
>>fiber lesion的なパラダイムとも絡みそうで
うむ、やはりなにかと組み合わせることが重要でして、この方向性が技術的にどのくらい可能か、私も興味を持ってます。


2008年02月25日

ふたたびToward an animal model of spatial hemineglect

3)Toward an animal model of spatial hemineglectについては
Lynch and McLaren. "Deficits of visual attention and saccadic eye movements after lesions of parietooccipital cortex in monkeys." J Neurophysiol. 1989; 61:74-90.
Gaffan D, Hornak J. "Visual neglect in the monkey. Representation and disconnection." Brain. 1997 Sep;120 ( Pt 9):1647-57.
を採り上げます。Gaffan以前の論文に関してはもっと良いのがあったのかも知れないけど、とりあえずうちは古いneurpsychologiaとかがないので間に合わせというかんじ。
まずJNP 1989のほうは、IPL lesionではhemineglectは起こらなくて、extinctionだけが起こる。IPL+FEFのcombined lesionでneglect様のdeficitが見られるけどすぐに消える、というものです。
Visually guided saccade taskでふつうのsingle targetを著者はneglectのtestとしていて、double targetの条件をextinctionのtestとしています。それ自体は今から言えばいろいろ文句を付けたいところですが、1989年の論文ですので。眼球運動もeye coilではなくてEOGで見てます。
Double target taskではpreopeの段階でバイアスが出来ていて、それを反転させるようにlesionを起こしている。このへんはDuhamelがLIP muscimol injectionのJNSでやったように二つのtargetに時間差を付けてやってbiasをいじったり、どちらのtargetも50%でのみrewardをもらえるようにするとか、そのへんの工夫が今だったら可能でしょう。
ともあれ、IPL+FEFですら、hemineglectにはならないようです。
Brain 1997のほうは、parietal leucotomyでは半側空間無視を起こすが、posterior parietal cortexとprefrontal cortexとのcombined lesionsでは起こらない、というものです。
Optic tractのtransection(視交差のposteriorで)でhemianopiaを起こしてもこの課題では影響しません。
正確な課題はpattern discrimination learningでして、横5x縦3のarrayで刺激パターンを15個提示して、一つがtarget、残りがdistractorです。これを毎日繰り返してtargetを学習します。昔ながらの神経心理学的研究ですので、ケージの前で課題を出して、head-freeでeye movement controlなし。ある意味bisection taskやcancellation taskと同じような状況にしてあるわけです。
Lesion後には横5x縦1のarrayでテストを行います。ひとつがpositive patternで、のこり4つがnegative pattern。つかってるパターンはpreopeで学習したものです。
Parietal leucotomy群では、損傷側と同側にtargetが提示された場合はエラーが多いままでした。
Optic tractのtransectionによってはこのような影響は起こりません。よって、Parietal leucotomyによってoptic radiationが切断されたということではなさそうです。(もっとも、hemineglectはhemianopiaが起こるとより悪化することが知られているわけですが。)
このへんはちゃんとやる場合はLGNの組織標本を見て、optic radiation切断による逆行性のdegenerationが内かどうかをチェックするべきなわけですが。
あとそれから、posterior parietal cortexとprefrontal cortexとのcombined lesionsでもdeficitは起こりません。
今回はここまで。疲れた。


2008年02月21日

半側空間無視の原因部位は?

2)半側空間無視の原因部位は?
にかんしては20040719および20051103でコメントした論文を取り上げます。
Karnath HO, Ferber S, Himmelbach M. "Spatial awareness is a function of the temporal not the posterior parietal lobe." Nature. 2001 Jun 21;411(6840):950-3.
Doricchi F, Tomaiuolo F. "The anatomy of neglect without hemianopia: a key role for parietal-frontal disconnection?" Neuroreport. 2003 Dec 2;14(17):2239-43.
Thiebaut de Schotten M, Urbanski M, Duffau H, Volle E, Levy R, Dubois B, Bartolomeo P. "Direct evidence for a parietal-frontal pathway subserving spatial awareness in humans." Science. 2005 Sep 30;309(5744):2226-8.(この論文については20051103でコメントしました。)
このScienceでの結論は、原因部位は"the second branch of the superior longitudinal fasciculus (SLF II; posterior parietal cortexとprefrontal cortexとを結ぶfiber)"のhuman homologueである、というものです。これはこれまでの論争での矛盾を解消し、nhpとの種差の問題を解消するという意味でかなり説得的なのではないかと思っています。(左右差の問題は残りますが。)
半側空間無視の原因部位はもともとparietal cortexの中にあると考えられていました。たとえば、Jon DriverのNature neuroscience 1998のレビューでは、Vallar 1986をreferして、inferor paeital lobuleの中のsupramarginal gyurs(SMG)を原因部位として図示しています。
これに対して、Karnathが損傷部位のprobability mapを作って評価してみたところ、原因部位の中心はtemporal cortexのなかの、superior temporal gyrusであることを見いだしてこれがnature 2001となりました。私としてはぴんときませんでしたが、Milner and Goodaleたちのように、空間無視をawarenessに関する症状であると考える人にとっては、ventral pathwayの損傷という理解ができることで納得がいったのだと思います。
ただ、これではnhpとの整合性が全くつきません。そういうわけで、当時の私の落としどころは、「humanでの半側空間無視の原因部位に対応する領域はnhpにはないのではないか。実際問題、SMGなどにしても細胞構築的に言えばBrodmannの分類ではnhpにはない領域だし。また、humanでの空間無視で左右差が見られるという事実も、空間無視の原因部位がhumanにしかないような進化的に新しい領域(Brocaみたいに)であることと整合的である。」というものでした。
げんに、nhpでの空間無視のモデルというのはあまり論文がなくて、せいぜいGaffanのBrain 1997があるくらいであるというのも、空間無視のanimal modelを作るのは難しいからではないか、というふうに理解していたのです。
Neuroreport 2003に関しても20040719のときにはどちらかというとacute phaseとchronic phaseとの比較に私は注目していて、fiberの損傷という視点を持っていませんでした。
しかし上記のScience 2005が出ました。そのときはスルー気味だったのですが、そのあとのerrataで原因部位が本文で主張していたsuperior occipitofrontal fasciculusではなくて、SLFIIであり、Neuroreport 2003と整合性があると主張しているのを読んで、その文脈でneuroreport 2003を読んでみると、原因部位はgray matterではなくて、white matterではないか、ということで俄然納得がいったのです。
karnath 2001にしてもそれ以前の論文にしても、gray matterの損傷に目がいっていたけれども、実はそのちょっと深いところにあるwhite matterの損傷こそが効いているとするならば、それは非常に納得がいきます。Attentionのシステムが分散型であろうことはCorbettaらのfMRIの仕事などからしても明らかなわけで、それらの一部の損傷には何とか持ちこたえることができるとしても、white matterの損傷というのは、そこを行き来しているfiberの多くに影響を与えるために、より影響が大きくなるであろうことは予想できます。(このへんに関してはNeuroreport 2003のDoricchiも"Left unilateral neglect as a disconnection syndrome." Cereb Cortex. 2007 Nov;17(11):2479-90で議論しています。ちなみにこの総説に関してはvikingさんが神経路切断症候群としての左半側空間無視でコッテリとレビューしてますのでそちらをどうぞ。)
また、nhpの研究との整合性という点からすれば、GaffanのBrain 1997におけるparietal leucotomyがanimal modelとして有効だったということも納得がいきます。まさしく同じ領域を損傷したといえるわけですから。さて、そういう目でも一度見直してやろう、というのが今回のセミナーのテーマだというわけです。
ただし、今度は左右差の問題が説明できません。いや、もちろん、nhpでは左右差のない部位がhumanになってから左右差があるようになった、というだけでいいっちゃあいいのですが、上記のそもそも相同領野がない、という方がこの点については説得的に思います。
肝心の論文の話はしてませんが、以前言及している(20040719および20051103)のでそちらをどうぞということで。
ところで余談ですが、今回言及した論文(Nature 2001, Neuroreport 2003, Science 2005)がすべて非アメリカからの研究であるということは非常に興味深いことです。Neuropsychologyがヨーロッパ起源であり、現在も盛んであるということを反映しているといえるんではないでしょうか。


2008年02月20日

半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?

さて、前回の続きで、

1) 半側空間無視の定義と診断テスト

に関してです。

まず断り書きですが、私は医師ではないので現場を知りませんので、ホントのところはわかってません。的はずれなことを言ってたら訂正お願いします。

半側空間無視は「主に右大脳皮質の損傷によって起こる、反対側視野への感覚刺激に対する反応が失われたり減弱したりすること」です。ただし、感覚入力や運動出力などのより末梢での機能障害とは区別される必要があります。(上記の定義だと同名半盲でも当てはまる。)

このために行われるclinical testにはいくつかありますが、いちばん有名かつシンプルなものはline bisection taskとline cancellation taskです。

Line bisection taskは紙の上に横棒がひとつあります。患者さんにこの横棒をちょうど二分する位置を示してもらいます。右脳損傷で左の空間無視が起こっている患者さんではこの位置が右にずれます。ちなみに右脳損傷での同名半盲の患者さんでは逆に左にずれます(後述)。

Line cancellation taskでは、紙の上に棒線がたくさん散らばってかかれています。この棒線一つ一つにチェック線を入れるのが課題。右脳損傷で左の空間無視が起こっている患者さんでは左側の線にチェックし忘れます。

この二つの課題ともに、患者さんは目を動かしてよいのです。ですから、同名半盲の患者さんだったら目を動かして、健常な部分の視野を使うことによってこれらの課題を行うことができるわけですが、半側空間無視の患者さんでは課題をうまく行うことができないため、半側空間無視と同名半盲とを区別するのに役立つのです。

これらのテストでは、半側空間無視があるかどうかだけがわかりますので、同名半盲の方は、視野計を用いたperimetryによって確認する必要があります。これは注視しているあいだに視野上の様々な位置に光点を提示して、見えたかどうかを答えてもらうことによって視野上のどの部分が欠損しているかを測定するという方法です。

ここで問題となるのが、半側空間無視が重篤であるときには、perimetryで単一の刺激を出したときにもそれを見えたと報告できないことがあるという点です。たとえば、Mort et.al. 2003 Brainなんかだと、"Visual fields were recorded by te standard clinical method of confrontation. In our experience, this is superior to automated perimetry which frequently confuses negkect for absolute visual field loss"(p.1988)なんて書かれてたりします。

ですので、けっきょくのところ、空間無視のテストとperimetryを組み合わせることによってわかるのは、

空間無視のテストperimetry診断
failno field defectpure neglect
failfield defectneglect+hemianopia
passfield defectpure hemianopia

ということですが、2番目についてはpure neglectが入る可能性を排除できない、ということになります。このへんは、2)の原因部位の議論で実は重要になるはず。というのも、損傷部位を決めるためには[空間無視および同名半盲がある患者さん]と[同名半盲のみがある患者さん]との損傷部位を比較することが重要だからです。

ただし、臨床の場面においてはおそらく空間無視と同名半盲とはもっと区別がつきやすいのではないかと思います。というのも、a)空間無視ではより多くの刺激がある状況で影響を受けやすいということ、b)空間無視で見られる視野欠損は純粋にretinotopicなものではない(このフレーズはJon Driverのnature neuroscience 1998から採用)からです。後者に関しては、昨年の生理研研究会で鈴木匡子さんのトークで空間無視の患者さんでobject-based attentionが影響を受けた例を出されたときに集中した、「眼球運動はどうなっているのですか?」という質問と関係してきます。

つまり、空間無視で見られる視野欠損はretina以外からの情報によって影響を受けます。たとえば、

NEUROLOGY 1989;39:1125 "Hemispatial visual inattention masquerading as hemianopia" C. A. Kooistra, and K. M. Heilman

では、左側に視野欠損があると思われていた患者さんが、注視点を右側にもってきて、おなじretinotopicには同じ位置に視覚刺激を提示するとそれを報告することができました。また、

Brain (1993), 116,383-396 "Decrease of contralateral neglect by neck muscle vibration and spatial orientation of trunk midline" H. O. Karnath, K. Christ and W. Hartje

では、視覚刺激のretinotopicな位置および、注視点の位置を一定にしておいて、胴体の向きだけ左に15度傾けました。すると検出の正答率が上がった、というわけです。

つまり、extraretinalな情報によって影響を受けるから、ここで見られたvisual field defectはabsoluteなものではなくて、relativeなものであり、purely sensoryなものというよりはより高次なもの(おそらくはattentionに関わる)であるといえる、ということになります。

さて、落ち穂拾いですが、こういった患者さんのテストはそんなにコントロールした条件でできないので、注視しながら課題をやってもらうとかそういう話はそんなにはないようですが、眼球運動の同時記録に関してはこの10年くらいで出てきているようです。

たとえば、

Brain (2005), 128, 1386-1406 "Causes of cross-over in unilateral neglect: between-group comparisons, within-patient dissociations and eye movements" F. Doricchi, P. Guariglia, F. Figliozzi, M. Silvetti, G. Bruno and M. Gasparini

Brain (1998), 121, 1117-1131 "Ocular search during line bisection: The effects of hemi-neglect and hemianopia" Jason J. S. Barton, Marlene Behrmann and Sandra Black

ですが、後者はline bisection taskをやっているときの空間無視および同名半盲の患者さんのhorizontal方向の眼球運動を調べたものです。右脳損傷による空間無視の患者さんでは作業をしている間の目の位置がすでに右に偏っていて、ほとんど左側をスキャンしていません。一方で、右脳損傷による同名半盲の患者さんでは、視点を線の左端まで持って行って、健常視野に線が全部入るようにしてから課題を解いているようです。本文を読んでないので推測ですが、たぶんperipheral側は過小評価されるから、それで中間点を決めるときにちょっと左寄りになるんでしょうね。

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# 小松光年

AVM摘出で発症しました。回復期途中まで、両方の症状がありました、現在は同名半盲だけです。論文だいたいあってます。ただ、この二つの症状それぞれ別々に考えるのはどうかと思います。無視だけの症状ならばそれでも良いでしょう。しかし、私の場合無視の原因になっていたのは、同名半盲だと思っています。なぜなら、現在でも唐突にはじめてみる景色が現れると、左側(半盲側)を認識してない場合があるのです。明らかに視覚に入ってくる範囲だけで景色を完結させてしまってる訳ですね。さらにいえば、これらのことが原因で注意障害の症状も現れると思います。回復過程では、自分の見えない範囲を認識してきます(感覚的ではなく、オクトパスやハンフリーを使った検査結果などで)そうすることで、見えない部分に常に意識を向ける習慣が身につきます。視覚の回復は進まなくても、音や熱を感じ取りそれを代償しようとします。

# pooneil

コメントどうもありがとうございます。同名半盲だと、scotomaには外界からの刺激が来ないのでふだんは注意が喚起されないけど(ボトムアップ性注意)、見えないところに注意を向けようと意識する(トップダウン性注意)ことはできるのでしょうね。


2008年02月19日

Toward an animal model of spatial hemineglect

いつもどおり、セミナー準備を流用ですが、タイトル:'Toward an animal model of spatial hemineglect'ということで準備しているネタをこちらに。
構成としては、
1) 半側空間無視の定義と診断テスト
2) 半側空間無視の原因部位
3) Toward an animal model of spatial hemineglect.
というかんじを考えています。
1)ではレビューを援用します。ちょうどいいのが何か探しあぐねているところなのですが、いまのところprogress in neurobiology 2001 Kerkhoffを使ってます。半側空間無視はbisection testやcencellation testを使って診断される。多くの場合で同名半盲も起こっているので、perimetryによって同名半盲があるかどうかを判定する。
2)にかんしては20040719および20051103でコメントした論文を取り上げます。Posterior parietal cortexとprefrontal cortexとを結ぶfiber(SLF IIのhuman analogue)ではないか、という説です。
3)については
Gaffan D, Hornak J. "Visual neglect in the monkey. Representation and disconnection." Brain. 1997 Sep;120 ( Pt 9):1647-57.
を採り上げます。これは、parietal leucotomyでは半側空間無視を起こすが、posterior parietal cortexとprefrontal cortexとのcombined lesionsでは起こらない、というものです。
でもって、1)から始めると、ポイントの一つは「半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?」ということです。次回はこれについて。

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# Shuzo

spatial neglectについては、The Cognitive and Neural Bases of Spatial Neglectという本が出ていましたね。確か、nhpやラットの研究にもページが割かれていたように思います。

# pooneil

どうもありがとうございます。
ちょこまか調べているところですが、臨床側から書かれたものが手元になくて困っているところです。ではまた。


2004年09月24日

Cerebral Cortex

"The Anatomy of Spatial Neglect based on Voxelwise Statistical Analysis: A Study of 140 Patients." Hans-Otto Karnath。Spatial hemineglectの原因部位は頭頂葉ではなくて側頭葉だった、とするNature論文(20040719にて前述)の著者による続報。


2004年07月19日

Spatial hemineglectの原因部位

Spatial hemineglectは主に右半球のparietal cortexの損傷で起こり、左視野を無視するようになります。左半球の損傷の例は少なく、障害の程度も少ないことがわかっています(右脳左脳なんて言いますが、これこそが人間の脳の左右差を示す一番はっきりしたものであると言えます)。一番印象的なのは、時計の絵を患者さんに模写してもらうと右半分だけを書いた絵になる、というものでしょう。
んでもってその原因部位は右半球のparietal cortexのうちのIFG (inferior frontal gyrus)からTPJ(temporoparietal junction)のあたりということでだいたい考えられていたのですが(前述のJon DriverのNature Neuroscienceの図1を参照)、2001年になってUniversity of TübingenのHans-Otto KarnathがNatureに
"Spatial awareness is a function of the temporal not the posterior parietal lobe."
を出しました。Karnathはこれまでの研究ではneglectのある患者さんにはhemianopia (optic radiationの損傷による視野欠損:blindsightの原因になるやつです)も併発している例が多い(ある例では80%)ことに注目し、hemianopiaのない、純粋なneglectの患者さんのデータだけにしぼってその損傷部位を調べると、じつは一番頻繁に損傷が見られたのは前述のIPL、TPJではなくて、そのすぐventral側のSTG(superior temporal gyrus)であることがわかったというものです。しかも確認のため、neglectとhemianopiaの両方の症状がある患者さんの損傷部位を調べると、これまでの報告と同様、IPLとTPJでの損傷が多く見られたのです。損傷していた右のSTGの反対測、左のSTGはいわゆる言語野であって、そのためKarnathはnon-human primateとhumanとに分かれる進化の過程で左STGが言語野としての専門化することによって右STGが注意をつかさどる領域として専門化した、というspeculationをするのです。
一方、これはかなりcontrovercyを惹き起こしたようで、これに対する反論などがCortex誌上で行われたらしいのですが私のところからは読めません。その代わり、私が知るかぎりでは、NeuroReport '03において、
"The anatomy of neglect without hemianopia: a key role for parietal-frontal disconnection?"
という論文が出版されてます。ここで著者らは、KarnathのNature論文での損傷部位は急性期(出血などが起こった直後)のものを見ている点に注目して、慢性期に入った患者さんのうちでKarnath論文と同様、neglectのみがあってhemianopiaがない患者さんの損傷部位を調べました。すると一番頻繁に見られた損傷部位はKarnath論文のようなSTGではなくて、SMG(supramarginal gyrus、IPLの一部)だったのです。というわけで著者らはKarnath論文の結論は一部言い過ぎであり、気をつけて扱うべきである、としています。
一方で、KarnathはCerebral CortexのAOPにおいて、
"The Anatomy of Spatial Neglect based on Voxelwise Statistical Analysis: A Study of 140 Patients." Hans-Otto Karnath
というのを出版しており、140人の患者さんの損傷部位の解析から元のNature論文と同様な結論を導いています。なお、このCerebral Cortex論文はNeuroreport論文をreferしておらず、acute、chronicの問題には触れていなさそうです。


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