[カテゴリー別保管庫] 大学院講義「意識の神経科学」


2014年06月11日

駒場講義2014「意識の神経科学を目指して」配付資料

駒場学部講義2014 総合情報学特論III 「意識の神経科学を目指して」配付資料をアップロードしておきました。

駒場講義2014「意識の神経科学を目指して」配付資料 from Masatoshi Yoshida

2012年、2013年にひきつづき、三年目となった池上高志さんの総合情報学特論IIIでの駒場学部オムニバス講義 90min * 2です。Part 1では両眼視野闘争、二つの視覚経路、盲視と神経科学の知見について話をします。

Part 2では昨年しゃべったフリストン自由エネルギー、デネットのヘテロ現象学、ヴァレラの神経現象学、という話の流れに、科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップでトークをした「神経現象学と当事者研究」をさらに盛り込んでみました。さてうまくいくかどうか。

昨年までの講義と内容は重複していますが、それでもpart 2の後半あたりはかなり変わっていて、その分が昨年まで考えていたことから考えが進んだ分というわけです。いま見直してみると、もっと意識における「自己」の問題が自分にとって大きくなっていて、そのへんを盛り込んでいく必要があるなあと思う。たぶんそのへんで統合情報理論(IIT)および統合失調症についてこの一年間考えて来たことが繋がるはず。まあそのへんについては、もしべつの機会があればということで。

というわけで乞うご期待。


2013年01月11日

駒場集中講義「意識の神経科学」レジメアップしました

駒場集中講義「意識の神経科学」今日は二日目、最終日です。1月11日(金)3・4限(13:00-16:20)、講義室は駒場キャンパス15号館4階409号室。レジメアップしておきました。

広域システム科学特殊講義Ⅴ 「意識の神経科学」ハンドアウト from Masatoshi Yoshida

昨日の感想としては、時間的にはそれなりにうまくいったが、もっと準備かけてわかりやすくすることはできた。あと三連続は疲れる。第3回目は話が雑になっていた。体力重要。

第5回目はかなり意欲的に盛り込んでいるのだけれども、うまくまとまるかどうか。いまからあと5時間でなんとかするところ。ではまた。


2013年01月09日

信号検出理論の解説

駒場集中講義「意識の神経科学」いよいよ明日、明後日となりました。1月10日(木)3・4・5限(13:00-18:00), 1月11日(金)3・4限(13:00-16:20)、講義室は駒場キャンパス15号館4階409号室。

信号検出理論の説明をアップデートしました。要は、信号検出理論とはcriteriaを学習するだけのrecognition modelではなくて、信号の分布をgaussianで近似してそのパラメータ(d', c)を推定するgenerative modelですよ、って話。これをなるたけ説明飛ばさずにステップごとに図を作ってる。枚数多いのはそのため。英語だけどまあ分かるんではないでしょうか。

信号検出理論の解説 (Singla detection theory primer) from Masatoshi Yoshida

ひきつづきレジメなどもアップする予定。明日の朝あたりを目標に。それではまた。


2013年01月04日

大学院講義準備中 / 応答潜時と正答率をモデルするdiffusion model

駒場集中講義「意識の神経科学」吉田正俊(生理研)は1月10日(木)3・4・5限(13:00-18:00), 1月11日(金)3・4限(13:00-16:20)、講義室は駒場キャンパス15号館4階409号室。学務情報:広域システム科学特殊講義Ⅴ

なお、講義は英語で行いますが、途中質問タイム多めにとって(日本語質問可)、脱落しないように話をする所存。あとトピックごとの構成なので部分的に聴講しても意味が分かるようにする予定。(努力目標)


正月明けて、駒場集中講義モードへ。研究所所属の者としては、この講義をいいものにして、「教育歴」として胸を張れるようにしたい。そういうわけできっちり仕上げていくつもり。

以前「次回の駒場の大学院集中講義 90min * 5 「意識の神経科学」の構想を練る」というエントリを書いたけど、それがかなり形が見えてきた。思案していたのは、「盲視」をどのように使うかだったんだけど、第一回の講義から導入する。

構成としては、

  1. 意識とは何か。気づきの神経相関。盲視概説。
  2. 気づきを測る: 信号検出理論、意志決定。
  3. 注意の神経ネットワーク、半側空間無視、サリエンシーモデル、予想コード 。
  4. 二つの視覚システム仮説、盲視詳細。
  5. Enactive view / Active vision。内部モデル。可塑性と意識。

こんなかんじだったんだけど、それぞれのところで、私の盲視の話を織り込む。実際問題、今回の五つのテーマはみな盲視のことを明らかにするために使った道具立てだ。これを軸にして話をするのがいちばん分かっていることを話すことになると思うし、話の統一性が出るだろう。浅くあれもこれもではなく。

たとえば、

  1. ではhit-missの比較を盲視でやっている。
  2. ではyes-no detectionとfored choiceとでのd'の乖離についての議論をする。普段ここまでやるのは難しいが今回は出来る。
  3. ではサリエンシーモデルの応用についてのカラバイの話をする。
  4. ではJNS2008以降の仕事でヒトとサルとの話を整理した上で話をする。いま書いてるBrain and Nerveの原稿での議論を持ってくれば、解剖学についても話をすることが出来るだろう。
  5. をどうするかが難しいところだったのだけれども、Alva Noeの話とかは最後にして、もっとactive vision的なもの、たとえばsaccadic suppressionとかSommer and Wurtzのefferece copyの話とかそっちからempiricalに攻めていくことにしたい。頭頂葉の話SugrueとかHaggardとかそっちも行きたいが、あんま手を伸ばすと浅くなってしまうだろう。このへんはスライド並べてギリギリまで思案することにする。そのうえで、JNS2008で「なんでV1 lesionするとサッカードのコントロールが出来なくなってしまうのか」についてのinternal model仮説まで持ってく。

これで盲視を軸にして視覚と眼球運動を中心にしたストーリーにすることが出来る。たぶんこれでいける。


というわけで講義の準備中。視覚刺激への応答の意志決定過程を説明するdiffusion modelのムービーを作ってみた。

たとえば、画面の上下どちらかの場所に視覚刺激が点灯するのでそれをなるたけ早く選択する。このような二択の状況で応答潜時と正答率とを両方モデルするのがdiffusion model。

横軸が時間(ms)で、evidenceのシグナルはランダムウォークしながら蓄積してゆく。上の閾値(上)に辿りつけば正解(マゼンタ)。でも20試行目のように、たまには下の閾値に辿りつく。これは誤答(緑)。10000回繰り返すと、正答と誤答の応答潜時のヒストグラムが出来る。

ここで出しているのは反応閾値は+-20、slope(上方向への刺激の強度に相当)は0.15の条件。これらの値はランダムウォークのgaussianのSDからの相対値となっている。

このようなモデルを使って盲視サルでの応答潜時と正答率をモデル化して盲視ザルでの意志決定の過程を推定したのがJNS 2008(ブログでの解説はJNS論文「線条皮質の損傷は慎重な意思決定およびサッカードの制御に影響を及ぼす」)だった。



2012年10月13日

次回の駒場の大学院集中講義 90min * 5 「意識の神経科学」の構想を練る


前回前々回と6月20日の駒場広域システム学部講義 90min * 2 「意識と注意の脳内メカニズム」のレジメを作ってアップしてみました。

今度は冬学期に大学院の集中講義 90min * 5をやることになりました。広域システム科学特殊講義Ⅴ 「意識の神経科学」 1/10の3,4,5限 (13:00-18:00)、1/11の3,4限(13:00-16:20)です。 というわけで、構想をツイッターに書いたのをここにまとめてみる。(20120712バージョン)

教科書的に体系的に行くのにしてはそういうものもなかなか無いし(「意識の探求」から何章か選ぶとかはあり)、あんま不得意な部分をやるよりかは、自分の問題圏に沿って体系化するのにこの準備を使う方がよいだろう。

Anil Sethの「意識の神経科学」コースのアウトラインというのがあって、これは参考になる。

とりあえず前回まるまるはしょったのは、「意識と意志決定」の部分。つまり、信号検出理論をまったく出さないことにしたので、subjective thresholdとobjective thresholdとかそのへんの議論をまったくしていないし、ゆえにメタ認知とかの話もしてない。これとevidence accumulation的なアイデアとを合わせて、これで90min一コマまるまる必要。

Noe and Hurleyの議論(consciousness and gpasticity)の議論もけっきょくはしょって、次の日のラボトークに廻した。これは逆さ眼鏡、点字、TVSS、Surのフェレット、Ingleのカエル、それぞれ丁寧に説明したら90min一コマまるまる必要。

あと、Goodale and Milnerのdorsal-ventral説を、進化的側面から説明する。このためにはカエルでのvisionの話とかハトでの新しい経路と古い経路とか、比較解剖学的な説明を加えた上で、Goodale and Milnerにつなげる。G&Mだけでは浅い。

それから、implicit perceptionの話も完全にすっ飛ばしてる。Dehaeneのprimingとかあのあたり。でもこれはdirect measure/indirect measureって話と、exhaustive/exclusiveであるかみたいなMerikleの話とつなげて話した方がよいことでもあって、さっき書いたdecision/metacognitionの回とどう切り分けるか、ということを考える必要がある。

Predictive codingの話はほんのさわりだけだったから、もっと膨らます。Feature detector批判と、RGCとかいくつかの場所でのpredictive codingのempiricalな話をして、HohwyのBRの説明を持ってくるという感じ。

睡眠とかあのあたりはちと無理か。でも概論として、state of consciousness (VS, MCSを含む)くらいについては説明すべきか。でも概論を第一回に持ってゆくというのは退屈なものだから、焦点絞ってストーリー作る方がたぶん後に残るはず。

半側空間無視の話はほんとうは身体性とかagencyとか自由意志とかLibetの仕事とかあのへんとつなげてひとかたまりの話になるだろうけど、そこまで辿りつくかどうか心許ない。でもあんまりvisionに寄りすぎるのも本意ではない。そのへんはミルナー・グッデール回でやるべきか。

ということで、90min * 5が余裕で埋まってしまうことは想像が付いて、どう取捨選択して、どう弱い穴を埋めてゆくか、みたいなことを考えればよさそうだ。時期は1月なので、たまに思い出したときにでも少しずつ形にしていくことにする。

信号検出理論の説明というのはなかなか鬼門なので、それなりに準備してゆく必要がある。以前村上郁也さんが生理研に大学院講義に来たときに覗いたんだけど、なんかでGUIのスクリプト書いて、その場でd'が変わったらROC曲線はどう変わるか、閾値を動かしたらROC曲線のどこを動くか、ってのを実演していて、あれはいいと思った。

あと、ASCONE2007での私のレクチャーのときに現ブラウンの柴田さんがチューターとして、機械学習的な説明(これまでの経験から分布を作った上で、単回の刺激を分類する判別問題)をしてくれて、あれもいいと思った。

というわけで、このへんはパワポ書いておしまいってんではなくて、いろいろ仕掛けを作るべき。

Accumulator model系の話も、いつも論文にあるような図(ノイジーなdecisionシグナルが閾値に達して、分布が出来る)を書いておしまいだけど、あれもランダムウォークする過程を例示して繰り返しながらだんだんSRTの分布が出来るのとか実演したらけっこう印象深いはず。

まあ、だいたいこれまでの経験からすると、こうやって構想描いたことの半分も実現されないんだけど(もっと基本的な説明が必要であることが判明したりとかなんとか)、今回はそれでも直前にちょちょいと準備して終わりって分量ではないので、こうやってネタ帳つけておくこと自体は悪くないだろう。

GUIで実演ってMatlabでやるのがいちばん手っ取りばやいか。GUIDってじつはまったく使ったことがない。

TVSSをanimal modelでやって、plasticityの起こってる場所を追う、みたいなことを考えたことはあるけれど、触覚がどうも気に食わん、というより、Lomoが論文で出してくるニューロン活動が異常すぎて(視覚ニューロンの応答と違いすぎて)、なんか鬼門っぽい気がしてる。

Goodale and MilnerのDFさんの現象をanimal modelで再現する、というアイデアも前から温めているものの一つだけど、bilateral lesionする必要があるというところで躊躇している。二重感染法とかそのへんの方法論にうまく嵌るといいのだけれども。


そんなわけで、いままとめるとこんな感じだろうか(この予定は絶対変更あり):

  1. 意識とは何か、注意とは何か、概論、デモンストレーション。心の哲学、心理学による定義。気づきのneural correlate。
  2. 知覚と気づきを測る -- 信号検出理論、メタ認知、evidence accumulator model
  3. 注意の神経ネットワーク、半側空間無視、サリエンシーモデル、ベイジアンサプライズ、予想コード
  4. Implicit perception。二つの視覚システム仮説。
  5. 盲視。Enactive view of consciousness。可塑性と意識。

うーむ、ここまで全部しゃべれたら最高だが、それにこだわるよりは、かみ砕いてしゃべって、誰一人眠らせない、ということを目指したいと思う。あと三ヶ月か…


2012年10月11日

駒場講義レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(2) 意識

前回の続きで、6月20日の学部講義 (教養学部広域科学科、生命・認知科学科「システム科学特別講義II」) のレジメの後半です。


意識と注意の脳内メカニズム(2) 意識

[What is consciousness?]

Let's start from a common-sense definition, not from an analytic definition. (John Searle)

Example: Water

  • A common-sense definition: water is a clear, colourless, tasteless liquid, it falls from the sky in the form of rain, and it is the liquid which is found in rivers and seas.
  • An analytic definition: H20

A common-sense definition of consciousness:

consciousness refers to those states of sentience or awareness that typically begin when we wake from a dreamless sleep and continue through the day until we fall asleep again, die, go into a coma …

[Two kinds of consciousness]

  • Access-consciousness (= awareness)
    • functional, psychological aspect
    • availability for use in reasoning and rationally guiding speech and action
  • Phenomenal consciousness (= qualia)
    • experience;
    • the phenomenally conscious aspect of a state
    • what it is like to be in that state

このふたつが独立したものであるということを前提しているわけではない。(「同じものの二つの側面」でよい)

「Qualia」という言葉は両者が独立していることを含意している。だから私はこの言葉はなるたけ使わない。

[What is awareness?]

David Chalmers (1996)による定義

  • 「われわれがなんらかの情報にアクセスできて、その情報を行動のコントロールに利用できる状態」
  • 「心理学的な意味での意識」

[Neural correlates of awareness]

An experimental manipulation is required by which a visual input is constant but perception of that visual stimulus varies.

  • Bistalble stimuli + Discrimination
  • Near-threshold stimuli + Detection

[Neural correlates of awareness (1): bistable percept]

デモ:両眼視野闘争

両眼視野闘争では、視覚刺激は同一であるにもかかわらず、「なにが見えたかの報告」=「気づき」(awareness)だけが変化する。

「気づき」の違いに対応したニューロン活動を見つければ、それは”neural correlates of awareness”であると言える。

Activity of IT neurons reflect the monkeys’ perceptual report. This is a strong evidence that IT neurons represents content of subjective experience.

Does it reflect visual awareness?

  • It can reflect a process of selective attention of competing objects.
  • Sheinberg and Logothetis wrote:
the phenomenon of binocular rivalry is also a form of visual selection this selection occurs … even in the absence of explicit instructions to attend to one stimulus or the other.

Attention can be manipulated externally.

  • Visual search – stimulus configuration
  • Posner cueing task – precue

(より正確に言うと、「precueによって応答潜時が早くなったりしたときに、precueにattentionの効果があった」と言うべきで、「precueがattentionを引き起こす」といった言い方はattentionを実体化しているので正しくない。)

On the other hand, Awareness can be modulated as a random variation.

  • Bi-stable stimuli – temporal variation
  • Operationally, they are different entities.

[Neural correlates of awareness (2): Near-threshold stimuli]

In the detection task, subjects are required to answer whether the sensory stimulus is present or absent.

Key comparison is Hit vs. Miss.

Strong modulation between Hit and Miss in early visual cortex (V1, V2, V3). (Ress D and Heeger DJ. 2001)

[Attention and awareness]

  • Bi-stable stimuli + discrimination
    • Always accompany selection of multiple objects
    • Confounded with selective attention
  • Near-threshold stimuli + detection
    • Always accompany trial-by-trial variation
    • Confounded with sustained attention (= arousal)

[What is consciousness?]

Awareness (=「気づき」) ではなくてconsciousness (意識経験)のことを明らかにしたいのだったら、少なくとも視覚情報処理と意識経験とを分離して扱うべき。

  • Implicit perception (閾下知覚) (今回省略)
  • Visual agnosia (視覚失認)
  • Blindsight (盲視)

[Two visual system hypothesis]

視覚の腹側経路と背側経路

Optic ataxia (視覚性運動失調)

  • Bilateral damage in dorsal visual pathway (Balint's syndrome)

Visual form agnosia (視覚失認)

  • Bilateral damage in ventral visual pathway (LO)

スリットの角度がどう見えるかの報告 (=「気づき」)と
スリットの向きにカードを入れる行動 (=「視覚運動変換」)
は脳のべつのところで担われている。

Case report: subject D.F.

  • Hypoxia from CO poisoning at 34 yrs old in 1988
  • Bilateral cortical damage in the ventrolateral occipital region, sparing V1
  • Most salient symptom was visual form agnosia

Perception & visual experience of D.F.

  • Degraded contour perception
  • Retained memory for form
  • She has difficulty describing her visual experience, only saying that objects tend to appear 'blurred' and that separate elements 'run into each other'.

[Blindsight (盲視)]

「盲視」とはなにか?

  • 第一次視覚野(V1)の損傷によって、視覚的意識が失われているにもかかわらず、随意的な視覚誘導性の自発的行動の機能が残存している現象。

進化的に古い脳が機能回復に関与する

  • 盲視は大脳皮質損傷によって原始的な脳(「カエル脳」)が甦える現象なのだ。

「盲視」からわかること

  • 「赤い点が見えるという経験」(「視覚意識」「赤の赤らしさ」「クオリア」)と「赤い点がどこにあるか当てる」(視覚情報を元に行動する)は別物であり、前者には視覚野が関わっている。

心の哲学での「盲視」

  • 「哲学的ゾンビ」の可能性
    • すべての知覚・運動の情報処理の機能はふつうの人間とまったく同じであるにもかかわらず、現象的意識はまったくない

では、本当の盲視とはどんなものだろうか?

Case report: GY

  • G.Y.は22歳の男性(1980年現在)で、8歳のときに交通事故で左半球を損傷して右半視野がblindになった。
  • 事故直後の診断でほとんど完全のhomonymous hemianopiaと診断。
  • 事故後14ヶ月経っても視野にはほぼ変化がなかった。
  • 事故の後は左視野にある物体を検出、認識することができず右視野がまったく見えないと自分では思っていた。

患者G.Y.さんの視覚能力

  • 単純な図形の弁別 (DB)
  • 動きの識別

[Blindsight in monkey]

  • どうして動物モデルの作成が必要か?
    • 限局した損傷を作成することが可能。(<==>ヒト患者)
    • 行動や脳活動を詳細に分析することが可能。 (<==>ヒト患者)
  • 研究の意義
    • 医療への寄与:同名半盲での機能回復の可能性
    • 意識の解明:気づきを他の視覚情報処理と分離する。

ニホンザルでの機能回復トレーニング (Yoshida et.al., JNS 2008)

このサルは盲視じゃなくて、視覚が回復して見えるようになっただけじゃないの?

  • 強制選択条件での位置弁別(discrimination)は上手。
    • 盲視の能力を持っている。
  • 刺激の有無を報告するのが下手。=> 検出(detection)能力の低下
    • ヒト盲視と同様、やっぱり見えてない!

Saliency in blindsight (Yoshida et.al., Curr. Biol. 2012)

  • 生活環境でも盲視は使えるか?
  • 外から指示されなくても視覚情報を利用できるか?
    • 生活環境でも盲視は使える。
    • ある意味で盲視は「哲学的ゾンビ」であると言える。
    • 盲視ではsaliencyが残っている。=>意識経験とサリエンシーはべつもの

[ハード・プロブレムのハードなところに直面する]

盲視 = カエルの意識? (省略)


2012年10月10日

駒場講義レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意

東大駒場の池上さんに誘われて、6月20日に教養学部広域科学科の学部講義で90分*2喋ってきました。(教養学部広域科学科、生命・認知科学科「システム科学特別講義II」)

これはいろんな人が毎週喋るオムニバス講義というもので、こんなリスト:

  • 5月9日 藤井 直敬  社会的脳機能を考える
  • 5月16日 茂木 健一郎 システム認知脳科学
  • 5月30日 國吉 康夫  身体性に基づく認知の創発と発達
  • 6月6日 多賀 厳太郎 発達脳科学
  • 6月13日 三輪 敬之  コミュニカビリティと共創表現
  • 6月20日 吉田 正俊  意識と注意の脳内メカニズム

ちょっと私が出てって大丈夫だろうかとビビりつつ、受講生の数は25人くらいということで聞いていたのでまあ気楽に、と行ってみた。そしたら、満員になって40人くらい(<-数えてやがる)となっていて、「意識研究」への興味が高いことをひしひしと感じました。

学部外から潜っている人がけっこういて、薬学部の後輩とか、あとなぜか藤井さんとかいたりして、なにやってんのと思いつつ悪い気はしない。

レジメを使ってブログのエントリを作ろうと思いつつずっと放置していたので、ここで思い立って作成してみました。これだけ読んでもあまり役に立たないかんじだけど、スライドを載せようとするといろんな図を使っているので許可取るのが手間なんでこのへんが労力的に最大限、ということで。まずは前半部から。


意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意

[意識と注意ってなんだろう?]

実例から始めてみよう。

  • Motion-induced blindness
  • Change blindness

非常に目立つ(salient)ものが消える。=> ちょっと見逃した、とかそういうレベルではない

  • 網膜に映っているものすべてを私たちは「見て」いるわけではない。
  • それにもかかわらず、私たちの視野には「穴」が開かない。
  • Attentionとconsciousnessとは密接に関係している。

[What is attention?]

William Jamesによる定義 (Principles of Psychology (1890))

It is the taking possession by the mind in clear and vivid form, of one out of what seem several simultaneously possible objects... It implies withdrawal from some things in order to deal effectively with others...

[注意の分類]

  • Selective attention: ability to focus on positions or objects (空間的)
  • Sustained attention: alertness, ability to concentrate (時間的)
  • Bottom-up: stimulus-driven (pre-attentive, pop-out)
  • Top-down: goal-directed

[Bottom-up vs. top-down attention]

ポズナー課題中の脳活動 (Corbetta)

  • Cueによってトップダウン注意を操作すると、視覚背側経路、視覚腹側経路の両方が活動する。
  • 脳の機能を理解するためには脳をネットワークとして捉えることが重要。

[半側空間無視]

半側空間無視とは?

  • 脳損傷と反対側の空間の感覚刺激(視覚、聴覚、触覚など) に対する反応が欠如・低下。
  • 感覚障害 (同名半盲)や運動障害 (片麻痺)によっては説明できない認知的障害。
  • 「自分の体とその周りの世界が半分なくなる。」
  • 「環境世界の中に位置する自己」の認知の障害。

原因部位はどこ?

  • 歴史的経緯: TPJ -> STG -> SLFII
  • 半側空間無視は脳内ネットワークの障害

半側空間無視の動物モデル

  • どうして動物モデルの作成が必要か?
  • SLFIIの損傷によって半側空間無視の症状を再現することができる。

[注意の計算論モデル]

Feature Integration Theory (Ann Triesman)から始まる

What is saliency map?

  • An explicit two-dimensional map that encodes the saliency or conspicuity of objects in the visual environment.
  • A purely computational hypothesis

サリエンシーマップの活用法

  • 視覚探索の成績を再現
  • MIBを評価する
  • ヒートマップの代替
  • サルの眼の動きを予測する

トップダウン注意はどうモデル化する?

[Bayesian surprise]

「サリエンシー」は二次元画像の中でどこが「目立つか」を「空間的配置」の中で評価する。

では、「時間的変動」の中でどこが「目立つか」を評価するにはどうすればよいだろう? => 「サプライズ」

(Itti and Baldiの説明。レジメでは省略。)

[Bayesian surprise and predictive coding]

ニューロンは特徴検出器(フィルタ,template)であるという考え (H. Barlow / Lettvin / Hubel and Wiesel)

でもニューロンの応答はすぐadaptする。=> サプライズ検出器なんじゃないか?

V1 response can be modeled by surprise (Itti and Baldi)

「予想脳」仮説

  • ヘルムホルツ的視覚観
  • サプライズ = ボトムアップ注意
  • 脳内のモデル = Conscious perception

2012年06月12日

駒場広域システム講義の準備中。

6/20に駒場広域システムの学部講義(たぶんこれ:61066 システム科学特別講義II)で「意識と注意の脳内メカニズム」と題して講義します。池上さんから依頼を受けて、いいですね!ありがたく引き受けさせていただきます!なんて返答をしたら、90分 * 2コマ連続であることが判明。泣きそう。だがベストを尽くそう。そんなわけで、いろいろアイデア練ってた。


DFさんはtextureとか質感とかは関知できる。Humphrey et al 1994では懐中電灯を見せたときの例(レクチャーのPDFのp.25)がある:「台所用品。赤いパーツが付いてる。赤いところはプラスチックで他は金属。」手渡されると「懐中電灯か」

盲視ではこのような質感はない。だから、同じように腹側経路が損傷しているとはいえ、両者の視覚経験はまったく違っている。V1こそがそのような基礎的な視覚経験に必須であると言えるし、これを「感覚」と「知覚」の区別で言えば、sensation without perceptionと言っていいのかもしれない。

メロポンの入門書を読んでいたら、視覚はゲシュタルト的構成を元に一挙に与えられるのであって、知覚の前の感覚のような段階説は間違っているとするような書き方があって、どういう文脈で言ってるか分からないが、(メロポン的にはセンスデータ説批判ではなくて「行動の構造」以来の、ゲシュタルト心理学の含意の敷延のはずだから)、本人の文章ではどういう言い方をしているのか見てみることにしよう。

ニコラス・ハンフリーはトーマス・リードを引いて、このような感覚と知覚の違いに基づいて議論を進めるのだが、これは哲学者にはとても受けが悪いとこぼす(「赤を見る」)。たぶんこのときはセンスデータ説批判のほうから来ているのだろう。わたしも盲視から発想するので同じような考えに至る。

つまり、sensorimotor contingencyによって決まるような技能としての視覚(背側経路)とpredictive codingしてsurpriseをtop-downのawarenessによって消してく、ヘルムホルツ的視覚(腹側経路)との折衷、ってアイデアになる。

じつはこのようなアイデアはJoel Norman のBBS2002にあって、両者の範囲を正しく限定するという意味でよいと思うのだけど(Noeがcolorについてsensorimotoroの議論を応用しようとかするのは無理だろとか思う)、BBS2002自体の反応見てるとイマイチ。

なにより肝心のGoodale & Milnerが出てこないもんだから、Normanの話の前にGoodale & Milner説自体の妥当性とかの話になったりして。David Ingle (retired)がコメントしてたので期待して読んでみたら、昔話に終始して、使えない奴だった。

まだ全部読んでるわけではないけど、どうやらギブソン的視覚観とマー的視覚観とを統合したい、なんて動機がそもそも共有されていないんではないか、という印象を抱いた。

Goodale & Milnerの中でいちばんきっつい主張(dorsalはunconscious)にも与しない。腹側系は意識のcontentであって、それが配置され、他者と環境を含めた世界として経験されるためには背側系が必要。

進化の過程では、背側系の方が先立つと考えた方がよいのではないだろうか? つまり、Goodale & Milnerにハンフリー的な進化の視点を導入する。視覚への応答がvisuomotor processingそのものであった状態(背側系)から、表象の世界(腹側系)がどうできるか。

こんなことを今度の講義のまとめに持ってくるつもり。Goodale and Milner成分をいくつか付加して、通りいっぺんな説明ではなくてそれなりに血の通った話をして(DFさんの「視覚経験」)、盲視の話への導入とする。ついでにJCでも再利用。

前半は「注意」。サリエンシーマップと半側空間無視の話をして、前者ではpredictive codingまで、後者では空間と身体との関係まで言及する。これが後半の伏線になる。

後半は「意識」。両眼視野闘争とNCCとGoodale & Milnerの話をして、盲視を最後に持ってくる。盲視では質感はないけどサリエンシーはあるのだ、という話をする。脳とかSDTとかテクニカルな話をするか、それとも外在論とかenactionとかの話をするかのバランスを考える。

つまり、ニコラス・ハンフリーの話で出てくる原始的生物の話は、背側系(手で物体を操作し、目で定位する)という過程が先立って、その生態学的な拘束条件によって決まるアフォーダンスそのもの(たとえば手に届くものを届かないもの)が弁別の材料となる。

そのような弁別能力が長期記憶となり、カテゴリー化の源となる、といった腹側系の機能が出来る。このような表象自体が独り立ちして表象間で操作を行うようになると前頭葉が必要になる。ってこういうおとぎ話をえんえんと書く必要はないのだけど、アフォーダンスが表象に先立つ、というのはVarela-Noe系列のenactive viewとしても筋が通っていると思うし、enactive viewの適応範囲を正しく決めるのにも寄与しているんではないだろうか?

「その生態学的な拘束条件によって決まるアフォーダンスそのものが弁別の材料となる。」つまり、この時点では弁別そのものをしているのではなくて、行動として本当に手が届くか届かないかという事実だけがある。そこから行動しなくてもあれは届かない、という判断が出来ればこれは弁別したことになる。

つまり、行動をせずに、あれは届かないと判断するのが弁別であって、弁別は経験からの学習を前提としている。ってそりゃあたりまえだった。Perceptual decisionではこれがもっと具体的に確率密度分布で持つのか、それとも判断基準で持つのかとかそういう問題になったり。


OBEで「痛み」はどちらの「自己」に帰属するのだろうか? たぶん答えがあるはず。調べておこう。どちらに帰属するにせよ、それによって痛みを他人事にしてしまうことはできないのだろうか?

ksk_S @pooneil RHIでラバーハンドの方に痛みを感じるというのはあるようですね。素朴には、痛みのような内受容性の感覚はそれを感じてるところが「こちら側」になって、他人事にならないような気がしますが。

@ksk_S なるほど、rubber hand illusionのほうで考えればよいのですね。まさに「痛みのような内受容性の感覚」と視覚のような外界に投射する感覚とではいったい何が違い、どこに限界があるのか、みたいなことを考えてました。ではまた。

ksk_S @pooneil まさにそれについて僕も考えていました。RHIやOBEで問題にしている身体的自己感覚は外受容性なんですよね。内受容性の感覚は、身体のように帰属させる自己じゃなくて、もっと意識体験のフレームそのものに直接関与してるような気がします。

(4/21のを吉田がリツイート) ksk_S あともう一つ最近の疑問。形式システムと、力学系と、確率論的世界の上下関係。力学系は形式システムを内包してそうだけど、確率の世界は可能性を扱えるので力学系を含んでいるといえるのか? 含んでるけど目が粗くて捉えられないものがあるということなのか?


講義スライド用に今まで持っているマテリアルを並べてみたら、209枚になった。セクション用の見出しとかもあるから実質180枚。これだけあれば3時間の講義には充分だろう。どちらかというと、これを使ってちゃんとストーリーが流れるように構成することに注力するのがよさそうだ。


ブログ更新: 「脳の生物学的理論」からの話の展開: 20111227のtwitterでの池上さんと藤井さんとのやりとり。 pooneilの脳科学論文コメント 20120516

alltbl @pooneil ちなみに吉田さんは、脳や意識についての論文をかなりきちんとフォローされてると思うのですが、脳はどういうシステムだと思ってますか?Alan Turingの考えたチューリングマシーン的なものではないでしょう?

@alltbl むつかしいこと聞きますね。脳を実際に見ているものとして、脳はコネクショニズム的な分散表現を行っているというのが前提なので、古典計算主義的な脳観は持たない。ただし、そしたらニューロンの活動はニューラルネットの中間層みたいなことやっているのかというとそんなことはなくて、じつはスパース表現がなされていることが多い。つまり、おばあさん細胞のようなニューロン活動というものは偶然に出来ているのではなくて、どっかのレベルで最適化の結果であるらしい。そうなってくると、脳で表象をするということがまた違って見えてくる。

@alltbl あくまで仮説ですが、分散表象とかポピュレーションコーディングのような表象が背側系で行動を引き起こすのに使われて、腹側系でのスパース表現というのは表象の操作を含むような認知活動に関わっているかもしれない、とか考えます。

alltbl @pooneil なるほど。コーディングのような表象が背側系で行動を引き起こすのに使われて、腹側系でのスパース表現というのは表象の操作を含むような認知活動に、というのは面白いですね。ただ聞きたかったのは、何をしているかという時に、世界を写しとるというコピーマシーンみたいなもの?

@alltbl ちょっと寄り道しましたが、このようなニューロン活動のあり方というのが、先日の鈴木さんのツイートにもあったような、「形式システム」と「力学系」と「確率論的世界」のすべてに対して寄与しているんではないだろうか、とか考えたりします。

@alltbl ニューロン活動がポピュレーションコーディングで確率論的な振る舞いをすると同時に、スパース表現でばらつきのない確実なニューロン間通信を行う、みたいに考えたら、確率論的な脳と力学系としての脳が同時に説明できないかなとか考えました。

@alltbl 強い表象主義だと外界のコピーを内的に表象することになるけど、それは無いと思う。まず、背側系は技能として視覚を使うのでコピーをしない(昨日書いた、enactiveな脳)。腹側系は外界をinferする表象を作成するけど(昨日書いた、ヘルムホルツ的脳観)

@alltbl 、実のところ注意を向けたところしかinferしてない。これこそがchange blindnessからわかったことで、われわれは注意を向けていない部分についてはコピーを作っていない。(これはpredictive codingの観点から説明するのが良いと思う)

alltbl @pooneil コピーマシーンなんだけど、自分で世界を変えてコピーしやすくしようとする? 必要以上に脳の仕組みが複雑に見えるので、他に何かしてるんじゃないかと。

@alltbl うーん、これは池上さんの言葉が分からない。

alltbl @pooneil すいません。運河を見てましたw Andy の読みましたが、どうなんだろう。ぼくはこのpredictive codingに賛同できないですね。というのも、生命は予測を最適化するならば、暗い部屋にじっとしてるはずだけどそうではないし、遊びこそが大事、だと。

@alltbl predictive coding的にいうなら、コピーを作るんではなくて、予想外だったときのサプライズを脳内に表象を作ることでキャンセルアウトする、というかんじで。(Andy Clarkもなんかこのへんについて言っているけど、まだ読んでない)

@pooneil これまではミクロには力学系で、疎視化すると確率論、とか考えてたけど、こういう可能性もないかという思いつき。

@alltbl predictive codingにしろ、ベイズ脳にしろ、最適化と言いつつ最適化しようのないノイズというか揺らぎがたくさんあるのに抗しているという状態なのだから、最適化と相反する作用とのバランスという図式を描かないと、池上さんの言うとおりになると思います。


predictive codingだと最適化した行動を前提としているとかいうのはニューロンレベルと行動レベルとのカテゴリー錯誤がありそう。predictive codingの重要度はニューロンの表象の意味を一変するところにあり、おばあさん細胞はおばあさんを表象しているのではなくて誰もいないというpriorからおばあさんが現れたサプライズがニューロンの発火として表現されて、それが緩和される過程を我々は観察者としてみているだけだし、脳内では、上流の細胞が下流の細胞のサプライズを消すように活動することが結果として情報をデコードしてことになってるんだと思う。


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