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■ 「無を表象する」ことと「表象がない」ことの違い

2012/10/18-19

なんにも言わずにいるというのは難しいことだ。「無を表象」しているつもりなんだけど、「表象がない」と理解されるだけだからなあ。

つまり、「無を表象」するためには、普段しゃべり続けている人がふと黙り込まないといけない。つまり時間的前後とのコントラストによって表象される。暗い場所でも周りが明るければsalientであるのはこれの空間バージョン。

そこまで考えた上でもう一度見直してみると、でも「無を表象する」のと「有を表象する」のとが非対称であるはずもない。

以前因果推論のあたりを勉強したときに、澤さん経由で逆行性ブロッキングもRWモデルで説明可能であるということを知った。つまり「Tが出ていないということが連合強度を下げる」というやりかたで。でもこれはまさに「無の表象」だ。

あらゆるほかのものが提示されていないのにそれらの連合強度を潜在的に持っているとでもいうのだろうか? なんかフレーム問題みたいなことが起こっているような気がする。

.@kosukesa おっしゃるとおり、RWモデルそのものではありませんでした。

.@kosukesa ブログのときの表記を使うと、トレーニング1で LT->F のあとで トレーニング2で L->F をすると、トレーニング1のときにL-Tの間の連合が活性化されているから、トレーニング2でTの不在がシグナルとなる、こういう理解で正しいですか?

.@kosukesa ありがとうございます。そうなると、不在のものはなんでもかんでも連合強度が負になる、みたいな変なことにはならないわけですね。

するといまの例も「しゃべり続けていた人がふと黙ることで無を表象する」の範疇に入ると言えそうだ。つまり、記憶を持たなくても(統計的性質を表象しなくても)、時間的変化をモニタするだけで可能。

.@kosukesa ありがとうございます。「フレーム問題的な話題」自体はあるのですね。

今日は”learned irrelevance”というキーワードをゲットした。

即行”learned irrelevance”でググって日本語のもの探したら、北口勝也さんによるものが多く見つかったが(たとえば動物心理学研究)、いちばん最初に出てきたのはまたもや村山航さんのレジメだった。


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