[カテゴリー別保管庫] 伝染するあくび

あくびはうつると言うけれどもこれは「共感」などの高次な機能が備わっていることで可能な現象で、小さい子供ではあくびはうつらない。今回、霊長研の松沢先生がチンパンジーのアイちゃんはあくびがうつることを発見した。

2004年07月30日

伝染するあくび("contagious yawning") つづき。

7/27のCorreggioさんへの返答から膨らませてみました。
Cognitive Brain Research '03 "Contagious yawning: the role of self-awareness and mental state attribution."(pdf)についてまとめます。
被験者にヴィデオであくびをしている人の映像を見てもらって、あくびをするかどうか数えます。この数(=あくびが伝染しやすいかどうか)とさまざまな心理テストとの相関を調べてやるわけです。
まず、自己意識の障害についてのテストであるSPQテストのスコア(自己意識に障害があるとこのスコアが上がります)と伝染したあくびの数は反比例します。つまり、自己意識をしっかり持っている人ほどあくびが伝染しやすいのです。
また、自分の顔を見つけ出すテストでも、このスコアが高い(自己意識を持っている)人ほどあくびが伝染しやすい。
それから、「心の理論」研究で使われるお話を聞いてその中に含まれるfalse belief(だれがなにを勘違いしているか)およびsocial faux pas(だれがどんな良くないことをしているか)を報告するテストをすると、social faux pasのほうのみcontagious yawningの数と相関があるというのです。著者はこのことから、他者の立場に立って考える能力がcontagious yawningに関わる、とします。(ここはなんかデータが汚いわけですな。)
ところでこの論文、被験者が普段からどのくらいあくびをするかについては記載がないのではないでしょうか。そうしたら、あくびが伝染しやすいのか、ちょっとしたきっかけですぐにあくびが出やすいのかわからないのだけれど。ほかの論文でも、コントロールとしてヴィデオの中で微笑む人をみて何回微笑むか(当然ゼロ)というのを出しているのを見たことがあるけれど、そうではなくて、コントロールとは、退屈なビデオを見ているうちに何回あくびをするか、ではないでしょうか。このへんどうしてるんだろ。
というわけで7/27のCorreggioさんへの返答につなげると、Imitationとcontagious yawningとはミラーニューロンシステムを共有している一方で、幼児のimitationにはまだ自他の分離(self-awareness)と他者の顔色をうかがうような社会性(心の理論を必要とするようなmental-state attribution)とが欠けていて(Cognitive Brain Research ’03)、それらがあってはじめてcontagious yawningのように高度な認知的行動が起こる、ということのようですね。そしてもちろん、ミラーニューロンシステムとはたぶん、ただのimitationにのみ関わるのではなくて、そのようなimitationを通して心の理論と共感とを獲得していくダイナミックな過程に関わっている、ということになるのでありましょう(Rizzolattiは読んでないけど、こういうことを言っているのではないですか)。

Empathy

せっかくなのでempathy、ミラーニューロンあたりで検索して関連論文漁ってみました。

(追記:リストを独立したエントリーとして独立させました。Correggioさんご指摘の論文を追加しました。)

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# Correggio

心の理論は、大体4−5歳から獲得するという話しですが、自他の分離のついた模倣はもっと早いようですね。の辺は最後にリンクを張ってある論文に詳しいです。従って、ミラーニューロンシステムは、発達にしたがって、ステップアップしていくんでしょうが、心の理論はある時期のその表出を見ているということでしょうか。empathyについては、PNAS03の論文が、顔の表情の模倣をしたときのイメージングで、純粋にemotionの共有といえないのではないかという疑問があります。それに対して、Neuron2003ではRizzolattiたちが、実際に匂いをかいだときとそれをかいだときの表情の観察で、Isulaやcingulateが共通して活動するのを見ています。Frithのところからは、16ペアの恋人同士を被検者にして、その片方を痛めつけた時のもう片方のfMRIをとってます。

# pooneil

Correggioさん、ありがとうございます。関連論文、リストに入れておきました。自他の分離のつかない模倣、自他の分離のついた模倣、心の理論、という順番なのでしょうか。なんにしろ、ご指摘のPhilosophical Transactions、読んでみます。

# メシダ

初めまして。
ryasudaさんのリンクから来ました。

私はこの「あくびが伝染する」という記事を読んだとき、
「年を取ると涙もろくなる」のも、同じメカニズムなんじゃないかと思いました。
どちらも、共感能力が高くないとできない(他人の気持ちのわからない、人生経験の少ない幼児にはできない)ことだからです。
ま~、これは私のただの思い付きです。

# pooneil

どうもはじめまして。お返事遅れました。「年を取ると涙もろくなる」、なんかさいきん実感するようになりました。発達(子どもから大人へ)や老化(大人から老人へ)だけでなく、なんかその中間でもいろいろ変化が起こってるんだろうなあと思います。


2004年07月27日

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# Correggio

Adultやolder infantでは伝染するけれども、young infantでは、あくびはするけれども伝染しないというところがみそのようですね。赤ん坊の舌だしの模倣はかなり早くから起こるのだけれども、それとはちょっと違う。どちらもmirror neuronsystemが絡んでいるけれども、Rizzolattiたちのいうようにimitationにも異なるレベルがあるということになりますか。しかし、あくびの伝染は、抑制が利かない反射的な感じもしますね。この辺imitation behaviorとも似てますが。松沢さんの論文読まなければ。

# Correggio

ちょっと訂正。ヒトではolder infantどころじゃなくて5歳でも伝染しないみたいですね。 

# pooneil

ありがとうございます。Imitationとcontagious yawningとはミラーニューロンシステムを共有している一方で、幼児のimitationにはまだ自他の分離(self-awareness)と他者の顔色をうかがうような社会性(心の理論を必要とするようなmental-state attribution)とが欠けていて(Cognitive Brain Research ’03)、それらがあってはじめてcontagious yawningのように高度な認知的行動が起こる、ということのようですね。そしてもちろん、ミラーニューロンシステムとはたぶん、ただのimitationにのみ関わるのではなくて、そのようなimitationを通して心の理論と共感とを獲得していくダイナミックな過程に関わっている、ということになるのでありましょう(Rizzolattiは読んでないけど、こういうことを言っているのではないですか)。あと、私も松沢先生の論文入手したかったのですが、うちのinstituteでは取っていないどころか、webcatで調べたら日本のどこの図書館もとってなさそうなので、別刷りかPDFを著者に請求した方が早そうです。


2004年07月26日

あくびが伝染するチンパンジー

新聞に載ってた霊長研松沢先生の発表。たとえば
"チンパンジーもあくび“伝染”、人間以外で初めて確認"(Yomiuri Online)
件の論文は"Proceedings of the Royal Society: Biological Sciences, Biology Letters"に掲載された"Contagious yawning in chimpanzees."で、目次はこちら。"Proceedings of the Royal Society: Series B: Biological Sciences"の姉妹誌のようなものらしい。
アイちゃんにあくびが伝染するところを記録したビデオファイル(mpeg)はこちらから落とせます(フリーです)。ほかのチンパンジーのあくびをモニターで見てアイちゃんがあくびしてます。これがたんなるまねっこではなくて、本当にあくびが伝染しているのか、つまり、あくびのまねっこと本当のあくびではあくびの深さが違うわけで、そのへんまで併せて確かな知見のか興味があります。そもそも、人間のあくびが伝染するって確立しているのでしょうか。というわけでPubMedでcontagious yawningで検索するとありました。
Cognitive Brain Research '03 "Contagious yawning: the role of self-awareness and mental state attribution"
んで、そこにあったreferenceの

  • R.R. Provine, Faces as releasers of contagious yawning: an approach to face detection using normal human subjects. Bull. Psychon. Soc. 27 (1989), pp. 211-214.
    Abstract: 360 psychology students were divided into 12 experimental groups and participated in a single experimental session. The yawn-evoking potency of variations in a 5-min series of 30 videotaped repetitions of a yawning face were compared with each other and with a series of 30 videotaped smiles to determine the ethological releasing stimulus for the fixed-action pattern of yawning and to understand the more general process of face detection. Animate video images of yawning faces in several axial orientations evoked yawns in more Subjects than did featureless or smiling faces, and no single feature, such as a gaping mouth, was necessary to evoke yawns. The yawn recognition mechanism is neither axially specific nor triggered by an isolated facial feature.
  • R.R. Provine, Contagious yawning and infant imitation. Bull. Psychon. Soc. 27 (1989), pp. 125-126.
    Abstract: Suggests that the neonate's presumed ability to imitate the facial expressions or gestures of adult models may be the result of ethological fixed-action patterns released by sign stimuli. Contagious yawning (CY) of adults is a precedent for such a facial fixed-action pattern (i.e., a yawn) triggered by a facial stimulus (i.e., an observed yawn). The study of CY can provide insights into both the problem of infant imitation and the more general issues concerning the detection and processing of information about faces. CY also provides a reliable classroom demonstration of released behavior.
  • R.R. Provine, B.C. Tate and L.L. Geldmahcer, Yawning: no effect of 3-5% CO2, 100% O2, an exercise. Behav. Neural Biol. 48 (1987), pp. 382-393.
  • G. Schino and F. Aureli, Do men yawn more than women?. Ethol. Sociobiol. 10 (1989), pp. 375-378.
なあんだ、けっこうあるではないですか。しかもこのR.R. Provineという人がその道の権威っぽい。というわけでこんどはこの名前でググってみると、この人がUniversity of Maryland Baltimore CountyのDepartment of Psychologyの教授であることがわかります。しかも、"contagious yawning"だけでなく、"contagious laghter"、つまり笑いが伝染することについて単行本を出しているようです。おもしろいなあ。
"Contagious yawning and infant imitation"なんてのが扱われているということは、上記の松沢先生の論文でも、imitationなのかcontagious yawningなのか、という問題については扱われていそうです。
んで、松沢先生の論文のfull-textは入手できないんだけれど、アブストみるかぎり、この話はself-awarenessと関係してくるわけですな。自己意識、ミラーテスト、共感。このへんに関しては上記のCognitive Brain Research '03のメインテーマでもあります。
追記:"contagious"のつづりを間違えていたのを修正(ガヤサンクス)。

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# horai

なるほど、なるほど。結構、いろいろと有るもんですね。ご紹介ありがとうございました。


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