[カテゴリー別保管庫] 駒場学部講義2018
2018年06月23日
■ 駒場講義2018「意識の神経科学と自由エネルギー原理」無事終了
駒場でのオムニバス講義「意識の神経科学と自由エネルギー原理」ですが、無事終了しました。講義スライド(画像及び未発表資料の削除をしたもの)をslideshareにアップロードしました。併せて生理研の講義資料ページもアップデートしております。
ここ数年の講義ではだいたい前半に「視覚失認」「盲視」、後半に「自由エネルギー原理」「統合失調症」という構成で行ってきたのだけど、全体に詰め込み気味になって良くないなあと思っていたので、自由エネルギー原理部分の資料が充実してきたのを機に、今回は前半を「統合失調症」、後半を「自由エネルギー原理」と明確に分けて行いました。
執筆中のFEP入門の総説(後半でFEP意識論を展開)で議論が整理できたので、そのあたりは昨年12月の「感覚運動随伴性、予測符号化、そして自由エネルギー原理 」よりは明確になったと思う。あのときは反実仮想と介入がまだごっちゃだったけど、これも明確に分けた。
以下反省事項というか振り返ってのメモだけど、途中質問込みでだいたい狙ったとおりのことをしゃべることができた(part 1のinsulaとpresenceだけスキップ)。時間配分、内容の量的にはこのくらいでよいみたい。自分のライフワークである盲視の話をしないのって奇妙な感じだけど。
前半の統合失調症パートは「意識経験の変容」の部分に重点を置く構成だった。統合失調症のベイズ脳アプローチについてベイズの図を書いたただのお話、みたいなパートが長すぎたので、もっとFletcherとかあのあたりの実験報告のエビデンスを足したほうが説得力が出るだろう。
あと、視覚サリエンスについては深追いせずに通り抜けるつもりだったけどそのあたりの質問が何個かあったので、ちゃんと知覚サリエンスと動機サリエンスの違いを明確に分けて、それぞれサリエンシーマップの概念についての説明、動機サリエンスについては松本さんのDAニューロンによるサリエンスのコーディングについて言及するところまでやると収まりが良さそう。そうすると視覚サリエンスはNMDAとGABAで、動機サリエンスはDAなので、統合失調症のglutamate説、dopomine説、GABA説についても言及できる。このあたりは次回の宿題。
後半の自由エネルギー原理パートについても、國吉研オムニバス講義のときよりは「FEPと意識論」については散漫にならずにちゃんと論理の道筋を作ってしゃべることはできたと思う。ただし、Bogacz 2017を参考にして作成した予測符号化の説明はもっと簡略化できた。あそこで言うべきことは「推測と予測誤差は神経発火、生成モデルとaccuracyはシナプス重み」これに尽きるのに。あと、脳で予測符号化していることのエビデンスを足すことのほうが必要そう。このあたりは次回の宿題。
そのあとは池上さんと池上研の院生の方と夕食。毎年ここで話をするのが楽しみ。今回もいろいろな話が出たが収穫のひとつは「意識は次元縮約であるかどうか」という話題。FEPの基本構造は、VAEのような生成モデルを用いたニューラルネットとほぼ同じ。VAEでは入力画像Xに対してhidden varianble Zとして次元縮約をして、そこから生成モデルで入力画像Xを復元してやる。FEPでの感覚入力sはVAEの入力画像Xに、FEPでの外界の原因xはVAEでのhidden variable Zに対応する。ということは我々の意識経験は多様なようでいて、じつは次元縮約した原因xから生成された感覚入力sであるなら、次元は低いという結論になる。しかし我々の説では意識とは「復元した感覚入力」ではない。カメラのような古典的表象説ではないので。
そうではなくて我々の説では、イマココの志向的対象q(x)と非主題的な前提条件p(x,s)とそれらの相互浸透によってひとかたまりの意識経験となっている。Change blindnessの実験からもわかるように、われわれは視線を向けないと変化に気づくことはできないが、そのような視野の部分も視覚クオリアは欠けていない。たぶんここの部分は盲点のfilling-inの現象と同じように「視覚経験はあるつもりでいるし、見ようと思えばいつでも視線を向けることができる」というようなもので、イマココの推測と生成モデルから「こうなっているはず」で埋められている存在なのだろう。Flash-lagでのpostdictionと同じ。 そうしてみると、われわれの説はかならずしも「意識を次元縮約だと考える」説にコミットしていないし、「意識を次元縮約だと考える」説というのはWM的なアクセス意識の考えではないかと思う。「FEPと現象学に基づく意識論」ではそのように考えないし、それゆえに正しく現象的意識の理論になっているのではないだろうか、こんなふうに議論できるのではないかと考えた。
あと別の話題では、池上さんは空間に定位しないクオリア経験の重要さを強調してた。視覚と眼球運動から考える私には無い視点だが、考えてみれば盲視での「雰囲気で上か下かわかる」とはまさに空間に定位しない意識経験だ(空間の情報なのに!)。そういう意識経験がたくさん折り重なっているというのが正しいのかも。
あと別の話題では、池上さんの他者論では他者の予想不可能性を強調するのだけど、ToM的な社会性の研究ではいかに予測をするかを考える。すると池上さんが言おうとしている他者性とは、ToM的な予測をしつつも予測不可能な部分なのだろう。でも思うのだけど、この他者性においても、同時にその予測不可能性には開けている。どういう意味かと言うと、田口茂さんの本にあった、我々の視覚が予想に基づくものでありつつも予想を裏切られることは織り込み済みであるのと同じ意味で。今回の講義や総説ではそのような知覚の特性がベイズ的であると 言ってはみたけれども、ほんとうのところこの面はベイズでは取り扱えてないと思う。
まだいろいろあるのだけど、こんなところで。
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2018年04月10日
■ 駒場講義2018「意識の神経科学と自由エネルギー原理」準備中
東大駒場の池上高志さん(大学院総合文化研究科 広域システム科学系)から依頼を受けて、例年6月あたりに大学院のオムニバス講義を一回担当しているのだけど、今年度も日程が決まった。
- 人間情報学VI
- 6/20(水) 13:00-16:40
- 駒場15号館1階104講義室
- 吉田正俊「意識の神経科学と自由エネルギー原理」
例年通り準備状況をブログにアップロードしてゆく予定。これまではこんなかんじ:
さて今年度はどんな構成で行こうか。これまで数年の構成は、前半が「視覚失認、盲視、サリエンシー」で、後半が「自由エネルギー原理、統合失調症」だった。
でも自由エネルギー原理パートも統合失調症パートも、二倍の時間をかけてじっくり丁寧に説明するほうが参加者にとって有益なんではないかと考えてる。盲視を外すのは不安だけど。
そういうわけで今年度の講義では、話す内容を統合失調症と自由エネルギー原理に絞ってみようと思う。
前半に統合失調症の前駆期の意識経験(中井久夫)、異常サリエンス仮説(Kapur)、自己の障害、随伴発射、コンパレーター仮説(Frith)まで説明して、後半に自由エネルギー原理について昨年12月に國吉研で行ったオムニバス講義で使った題材を元に説明した上で、統合失調症のベイズ的説明(Adams)で閉じる、という方針で考えてる。
いま書いている総説でsensorimotor contingencyについてはもっと丁寧な説明を作ることができそう。導入部分に関してはいつも逆転スペクトルとaccess / phenomenal consciousnessなので、これは刷新したい。先日の新川拓哉さんの話を参考にして、意識の理論のおおまかな地図作成を作ってみるというのがいいかも。でもこれは時間がかかるから(もしあるなら)来年度以降で。
アウトラインとしては以下のかんじ。
[Part 1]
1-1. 意識を科学的に研究するってどういうこと?
- 「意識は定義できないから科学の対象にならない」というのは正しくないよ!
- 「意識」という言葉で指している対象が共有できていれば充分。
- 「意識のハードプロブレム」という問題群があるよ!
- 意識を科学的に解明するためには「意識を科学的に理解する仕方」そのものを拡張してゆく必要があるよ!
- そのようなアプローチとして意識経験自体の構造とか変容に注目する神経現象学があるよ!
- そこで今日は意識経験自体の構造とか変容に注目して、統合失調症とその理論について紹介するよ!
1-2. 統合失調症(1)
- 統合失調症は発達の段階から前駆期を経て発症に至る過程をたどることがわかってるよ!
- 統合失調症では自己、世界に対する意識経験の変容が起きているよ!
- 統合失調症での妄想、幻覚はサリエンスの経験の変容で説明できるよ!
- 統合失調症での視線の変容は視覚サリエンスの変容で説明できるよ!
- 統合失調症での自己の変容は予測誤差に基づいて説明することができるよ!
- ところで予測誤差の概念は随伴発射という概念で昔から提唱されてきたよ!
- 統合失調症で予測誤差がうまく計算できていないというデータがいろいろあるよ!
- 統合失調症では世界と自己の関係が変容しているという説があるよ!
- 世界と自己の関係は主体性と現実感の予測誤差モデルで説明できるよ!
- 統合失調症での世界と自己の関係の変容はサリエンスネットワークの変容で説明できるよ!
[Part 2]
2-1. アクティブビジョンと自由エネルギー原理
- 意識は受け身の反応ではなくて環境への働きかけで成立するという考え方があるよ!
- 同じ考え方はフッサール現象学にもあるよ!
- 脳が仮説を作ってそれを検証することで知覚を構成するという説(無意識的推論)があるよ!
- 無意識的推論は「予想コーディング」としてモデル化できるよ!
- 予測コーディングを脳でやるならトップダウンとボトムアップの相互作用になるよ!
- 予測コーディングを知覚だけでなく行動に拡張したものがactive inferenceだよ!
- 知覚、行動、注意、価値、みんな自由エネルギー最小化で説明できるって!
- 自由エネルギー原理 (or予測処理)で意識も説明できるって!
2-2. 統合失調症(2)
- 統合失調症で起きていることが自由エネルギー原理で説明できるよ!
- サリエンスという概念は自由エネルギー原理での予測誤差とほぼ同じだよ!
- ということは統合失調症のサリエンス説と自由エネルギー原理説は同じことを言ってるんじゃね?
- 統合失調症の動物モデルもこのような観点から見直すべきでない?
- 自由エネルギー原理を用いて脳を理解するためには充分な解像度の脳活動データと介入が必要でしょ!
- だから行動中の動物での他ニューロンカルシウムイメージングと光遺伝学による介入が必要になるよ!
- いまうちでそういうこと始めているから大学院生募集してるよ!
口調はウザイがだいたい合ってる。これが講義で話したいことのエッセンス。
ひきつづきハンドアウトとスライドもアップロードしてゆく予定なので、乞うご期待。
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- / 投稿日: 2018年04月10日
- / カテゴリー: [視覚的意識 (visual awareness)] [駒場学部講義2018]
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