[カテゴリー別保管庫] 第一次運動野

第一次運動野は何をコードしているか、という基本的なことですら現在でも論争が続いているが、StrickとScottの仕事でほぼ決着はついたといえる。Grazianoの仕事はそれに新しい切り口を付け加えたといえるが、microstimulationの特殊性と限界とを踏まえる必要がある。

2006年03月15日

論文いろいろ PNAS 2/21

Partial tuning of motor cortex neurons to final posture in a free-moving paradigm
Michael S. A. Grazianoによるもの。当然、Charles G. Grossがcommunicateしてます。カテゴリー別過去ログ[第一次運動野は何をコードしているか]でこのグループのmicrostimulationの論文に言及したことがありました。M1をlocalにmicrostimulationすると複雑な運動を引き起こすことが出来て、刺激前の姿勢に依らずに最終的な姿勢をM1はコードしているのだ、という結論で大激論、StrickがNature Neuroscienceで文句付けた、という経緯でした。
今回の論文は、microstimulationではなくてM1ニューロンからunit recordingして、最終的な姿勢に対する選択性がある、としたものなのですが、"Partial tuning"とはまた奥歯に物が挟まった表現ですなあ。
Posterior α activity is not phase-reset by visual stimuli
こっち方面に興味あるんだけれどもたどり着けない。


2004年06月08日

Nature 2/19

"Whisker movements evoked by stimulation of single pyramidal cells in rat motor cortex." BRECHT and SAKMANN @Max Planck Institute for Medical Research。
これがラボのjournal clubで採り上げられました。私が疑問に思って指摘したところについてはここで書いてもいいでしょう。
まず、single neuronへの刺激でそのニューロンにたった二個のspikeを引き起こしただけでヒゲが動いた(fig.4gより、二個のspikeでもゼロ個のスパイクのときよりは有意にヒゲが動いているニューロン刺激の例がある)、ということは非常に印象的であり、まずはこの結果を疑ってみる必要があるでしょう。
まずは刺激電極が刺しているニューロン以外を刺激している可能性はないでしょうか。この点について今回の実験だけからではまだ私は説得されませんが、とりあえずこういう実験をすればよい、というのはあります。つまり、ピペットにQX314を入れてwhole-cellにしているニューロンのspikeが発生しないようにするのです。これによって、刺激されているニューロンでのspike発生以外のアーティファクトの寄与を検証することが出来ます。しかし、著者はやっていないようです。そのうちそういう結果が出てくれば私もこの結果かなり信じられます。
たった二個のspikeからヒゲが動いてしまってよいものか。ニューロンには自発的な活動があるわけでして、そのような二個のスパークのバーストは自然に起こっています。だとしたら、そのニューロンの二個のspikeからなるバーストでもってヒゲの動きをspike-triggered averagingをしてやればそのニューロンのバーストに対応してヒゲが動くのが見られるかもしれません。これを示すことが出来たら、かなり彼らの結果は信頼性があると言えます。もっとも、自発的活動には時空間的構造があるわけで、あるニューロンでバーストが起こっているときにほかのニューロンも同期してバーストしていたりするような、whole-cellで刺激するときとは違った条件になっているかもしれません。この可能性があるので、まったくの保証があるわけでもありません。
以上の点について続報が出てきたあたりでこの論文の結果を信用することにしたいと思っております。
ついでに二つ:
ヒゲがリズミックに動いているかどうか。ヒゲが一回動いたら、ヒゲには弾力があるのだから、たんにヒゲの振れがそれで続いて減衰しているだけかもしれません。もちろんこれについてはヒゲを支配しているmotoneuronからの記録をして決着をつければいいだけです。
自発的なヒゲの動きがないようなデータばかり出していて、後になって(Fig.5c-e)から自発的なヒゲの動きのある場合(しかもこっちの方が多そう)を出してくるのは感じが悪い。
いろいろ文句をつけたけど、面白いのは間違いない。刺激されたニューロンとその周りで結合しているニューロンとがどのように活動してどのようにmotoneuronを活動させるか、イメージが膨らみます。


2004年05月27日

Tirin Moore

で、このへんを読んだ上で話を聞きに行ったし、この辺についての話を聞いてきたのだが、この人にはまだまだ重要な仕事があった。
まず、5/8のところで言及した
Neuron '02 "Complex Movements Evoked by Microstimulation of Precentral Cortex."
なんと、Mooreが入っていた。恥ずかしながら全く知らなかった。この論文は、第一次運動野を微小電気刺激することによって複雑な運動(たとえば肩と肘を回転して手を口に持っていく動作とか)を引き起こせることから、第一次運動野は筋肉の張力や運動の方向といったKakei and Strickがまとめたようなパラメータではなく、もっと複雑なもの(「体の周りの空間的位置のどこに運動が向けられているか」)をコードしている可能性を示している。んで、前にも書いたけれど、微小電気刺激は単一のカラムを刺激するというよりは、その周りへの抑制もあわせた複雑な空間パターンでの影響を及ぼすので、そのことで説明できるのではないだろうか、と私はコメントした。
調べてみると、Strickがこの論文に文句をつけている。それはStrickの立場からしたら当然であろう。
Nature Neuroscience '02 "Stimulating research on motor cortex."
ここでのMoore論文に対するStrickの議論は、まず、M1刺激による複雑な動きの駆動は以前にも報告されていること、微小電気刺激の電流がそれまでの研究者が使っているものより高く、刺激電流が局在せず、白質などを刺激している可能性を指摘している。また、これまでの研究者は微小電気刺激によって引き起こされる運動がどのくらい小さい電流でも起こるかといった閾値を調べてきたのに対して、Moore論文ではそうしていない、などだ。また、そもそも微小電気刺激によって機能を解明するということについての疑念も表明している。終わりの方はこうだ。"Perhaps the authors have discovered the stimulation parameters that unlock the function of the motor cortex." Unlockという言葉のニュアンスがわからないのでこれがどのくらいポジティブな評価なのかわからないが、そんな感じでまとめている。
そしてこれに対するMooreたちの反論:
"Probing cortical function with electrical stimulation."
ここでなにを言っているかというと、かつての研究者たちは微小電気刺激で第一次運動野のlayer 5の錐体ニューロンあたり(錐体路を通って直接脊髄に投射している)を刺激することで、脊髄または第一次運動野内のinterneuronを介した伝達の影響を取り除くと考えていたわけだが、実際には十分取り除けていないことがのちに明らかになった、と言う。つまり、いままでのどんな刺激実験だってStrickの言う批判には耐え切れない、と言いたいのだろう。また、白質を刺激してしまっている可能性についても、第一次運動野のニューロンが結合しあっていれば驚くべきことではなく、本当に部分的に微小電気刺激をすることがそもそも不可能であることを強調する。
つまり、ぶっちゃけ開き直っているといってよいでしょう。こうなるともはや、Moore論文がある機能的最小単位(おそらくはカラム)に限局して微小電気刺激しているものと捉えることは全く不可能であるといえる。ここが微小電気刺激を使ったパラダイムの最大の欠点であり、William NewsomeがMTで微小電気刺激を使って大成功したことなどの結果によって支えられている、という側面がこの方法論にはある。
なお、このMoore論文についてはNetScience Interview Mailでの北澤茂先生@順天堂へのインタビューで北澤先生が言及している。


サルの大脳皮質の一次運動野を0.5秒電気刺激すると、なんと、サルが手を伸ばした。しかも速度波形はベル型の滑らかな運動だった、ということです。(中略)刺激場所を変えると、行く先も変わったというからもっと驚きです。手を伸ばすための「コントローラ」にスイッチが入ったようにも見えます。が、手を伸ばすコントローラがあるのかないのか、それは定かではありません。([19: 随意運動の信号はどこで作り出されているのか、まだ分からない]

ここでは、Moore論文での刺激が作り出すパターンがいろんな随意運動のパターンを模倣している可能性を見出しているようだ。
この辺についてのreviewに
Neuron '02 Review "The Cortical Control of Movement Revisited."
がある。
Mooreはこれで全部かというと、まだそうではない。つづく。
追記:話の流れ的にTirin Mooreが入っていることを強調しましたけど、Grazianoの仕事として捉えるべき仕事です。


2004年05月08日

第一次運動野(M1)は何をコードしているか

森山さんの日記で書かれていることはかなり関係しているところで、楽しく読ませてもらってます。日本のミラーニューロン関連の研究の第一人者であるCorreggioさんとCOEシンポジウムで話したときも話題に出た、というか私が出した。というわけで関連したことを書いてみたいのだが、とりあえず「カラム」かどうかの問題はまた今度として、第一次運動野(M1)がやっていることがなんであるかどうか自体について以前(2/4)に少しとりあげたので、そこから続けてみる。
第一次運動野(M1)がやっていることがなんであるかは実はいまだcontrovercyがあるところだ。70年代の研究で、Fetz and Cheneyは[M1のニューロン(脊髄まで軸策を伸ばしている錐体細胞)の活動]と個々の筋肉の張力とが相関していることを示した。M1のニューロンは個々の筋肉、またはその組み合わせへのダイナミックな指令を出していると考えられていた。一方、Georgopoulosは80年代にM1ニューロンの集団での活動が腕などの運動の方向というもっとキネマティックなものをコードしていることを示した。以前とりあげたAndrew SchwartzはGeorgopoulosの弟子なので、大筋はこちらの位置にある。
GeorgopoulosとやっていたKalaskaはJNS '89 "A comparison of movement direction-related versus load direction-related activity in primate motor cortex, using a two-dimensional reaching task."において、二次元運動中の腕に負荷をかけてやると、M1ニューロンは運動の方向だけでなく、負荷をもコードしていることを見つけた。つまりGeorgopoulos系列はM1が運動方向のようなキネマティックなものも、筋肉への負荷のようなダイナミックなものもコードしていると認めたと言える。
川人先生は「脳の仕組み」川人光男 読売新聞社 '92において、このような二種類のM1ニューロンが層で分かれているとしてモデルを作っている。そのモデルでM1は、浅層(layer2/3)では運動の方向や関節角のようなキネマティックな量をコードしていて、それがtranscortical loopを経て小脳に行く。小脳は逆モデルを生成するところであって、キネマティックな情報から筋肉の張力のようなダイナミックな量を計算する。これがM1の深層(layer5の錐体細胞)へ帰ってきて、フィードフォワードな調節として働く。(たぶんM1カラム内でも浅層から深層への伝達でキネマティクスからダイナミクスへの変換があって、それを小脳から帰ってくるのが調節するということらしい。)そういう話らしい。しかしその後のターゲットは主に小脳であって、M1について解明をしていたかどうかは私はよくわからない。
90年代後半ぐらいになってから新しい展開が見られた。現在東北大の筧 慎治さんとPeter L. Strickとが出したScience '99 "Muscle and movement representations in the primary motor cortex."では、棒を回すタスクで持ち方を変えてみることで、筋肉の張力は同じままに間接角だけ変わる条件を作り出した。この条件でM1ニューロンから記録してわかったのは、あるものは筋肉の活動をコードしているし、またあるものは筋肉の活動とは独立に運動の方向をコードしているということだった。というわけで上記の二つの両方が程度受け入れられるような結論を見たのだった。
また、Kalaskaと一緒に仕事をしていたこともあるSTEPHEN H. SCOTT(このあいだシンポジウムに来ていたが、私よか若そうでショック)はNature '01 "Dissociation between hand motion and population vectors from neural activity in motor cortex."で、M1ニューロンの集団での活動は運動の方向よりは、肩と肘の関節のパワー(関節の角速度とトルクから計算される)によってこそ説明できる、ということを示した。
結局のところ、[運動の方向]-[関節のキネマティックな属性]-[筋肉のダイナミックな属性]という逆モデルの過程で、この三つのどれがM1でやられているか、というのが問題になりつづけていた、というわけだった。どうやら現在のところ、後ろの二つあたりと考えるのがよさそうだ。
ガヤが紹介したNeuron '02 "Complex Movements Evoked by Microstimulation of Precentral Cortex."は以上の中では、M1のあるカラムのニューロン集団が複数の筋肉の組み合わせをコードしていることについて扱っていると思われるが、これはよりカラムの概念に関わってくる話と思う。電気刺激は刺激部位の周辺には強烈な抑制を引き起こすので、あるカラムを限局して刺激したというよりはその周りのカラムへの抑制と組み合わせて考えた方がよいようにも思える。
小脳が何をやっているかといえば、川人先生の話ではまさにそういう[筋肉のダイナミックな属性]を学習した逆モデルそのものであって、運動野からの司令から小脳を通ってフィードフォワードコントロールの信号として運動野に帰ってくる、という話だった。さて、これをロボットでたとえればなんだろう? 逆モデルは外界のモデルであるがゆえに、ある種のシンボルかと言えるのかもしれない。というのが川人先生の岩波「科学」の連載での「シンボルの生成」というやつだったんだと思う。ではなぜ、運動野と独立している必要があるか、これはやっぱり、小脳の解剖学的構造が大脳の解剖学的構造とまったく違っているところに説明を求める問題であると思う。小脳での可塑性と大脳での可塑性の質的違い。それらが何を学習するのにそれぞれ適しているか。

コメントする (3)
# ガヤ

そう、刺激による側方抑制をどう扱うか。。。

# pooneil

うん、microstimulationはやっぱ解釈が難しいので、ニューロンの記録またはimagingを信頼したいと思う。

# pooneil

追記:5/27のところにGraziano and Moore論文についての記載があります。


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