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■ Tirin Moore
で、このへんを読んだ上で話を聞きに行ったし、この辺についての話を聞いてきたのだが、この人にはまだまだ重要な仕事があった。
まず、5/8のところで言及した
Neuron '02 "Complex Movements Evoked by Microstimulation of Precentral Cortex."
なんと、Mooreが入っていた。恥ずかしながら全く知らなかった。この論文は、第一次運動野を微小電気刺激することによって複雑な運動(たとえば肩と肘を回転して手を口に持っていく動作とか)を引き起こせることから、第一次運動野は筋肉の張力や運動の方向といったKakei and Strickがまとめたようなパラメータではなく、もっと複雑なもの(「体の周りの空間的位置のどこに運動が向けられているか」)をコードしている可能性を示している。んで、前にも書いたけれど、微小電気刺激は単一のカラムを刺激するというよりは、その周りへの抑制もあわせた複雑な空間パターンでの影響を及ぼすので、そのことで説明できるのではないだろうか、と私はコメントした。
調べてみると、Strickがこの論文に文句をつけている。それはStrickの立場からしたら当然であろう。
Nature Neuroscience '02 "Stimulating research on motor cortex."
ここでのMoore論文に対するStrickの議論は、まず、M1刺激による複雑な動きの駆動は以前にも報告されていること、微小電気刺激の電流がそれまでの研究者が使っているものより高く、刺激電流が局在せず、白質などを刺激している可能性を指摘している。また、これまでの研究者は微小電気刺激によって引き起こされる運動がどのくらい小さい電流でも起こるかといった閾値を調べてきたのに対して、Moore論文ではそうしていない、などだ。また、そもそも微小電気刺激によって機能を解明するということについての疑念も表明している。終わりの方はこうだ。"Perhaps the authors have discovered the stimulation parameters that unlock the function of the motor cortex." Unlockという言葉のニュアンスがわからないのでこれがどのくらいポジティブな評価なのかわからないが、そんな感じでまとめている。
そしてこれに対するMooreたちの反論:
"Probing cortical function with electrical stimulation."
ここでなにを言っているかというと、かつての研究者たちは微小電気刺激で第一次運動野のlayer 5の錐体ニューロンあたり(錐体路を通って直接脊髄に投射している)を刺激することで、脊髄または第一次運動野内のinterneuronを介した伝達の影響を取り除くと考えていたわけだが、実際には十分取り除けていないことがのちに明らかになった、と言う。つまり、いままでのどんな刺激実験だってStrickの言う批判には耐え切れない、と言いたいのだろう。また、白質を刺激してしまっている可能性についても、第一次運動野のニューロンが結合しあっていれば驚くべきことではなく、本当に部分的に微小電気刺激をすることがそもそも不可能であることを強調する。
つまり、ぶっちゃけ開き直っているといってよいでしょう。こうなるともはや、Moore論文がある機能的最小単位(おそらくはカラム)に限局して微小電気刺激しているものと捉えることは全く不可能であるといえる。ここが微小電気刺激を使ったパラダイムの最大の欠点であり、William NewsomeがMTで微小電気刺激を使って大成功したことなどの結果によって支えられている、という側面がこの方法論にはある。
なお、このMoore論文についてはNetScience Interview Mailでの北澤茂先生@順天堂へのインタビューで北澤先生が言及している。
サルの大脳皮質の一次運動野を0.5秒電気刺激すると、なんと、サルが手を伸ばした。しかも速度波形はベル型の滑らかな運動だった、ということです。(中略)刺激場所を変えると、行く先も変わったというからもっと驚きです。手を伸ばすための「コントローラ」にスイッチが入ったようにも見えます。が、手を伸ばすコントローラがあるのかないのか、それは定かではありません。([19: 随意運動の信号はどこで作り出されているのか、まだ分からない])
ここでは、Moore論文での刺激が作り出すパターンがいろんな随意運動のパターンを模倣している可能性を見出しているようだ。
この辺についてのreviewに
Neuron '02 Review "The Cortical Control of Movement Revisited."
がある。
Mooreはこれで全部かというと、まだそうではない。つづく。
追記:話の流れ的にTirin Mooreが入っていることを強調しましたけど、Grazianoの仕事として捉えるべき仕事です。