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■ 国際研究集会「メタ認知とuncertainty」予習シリーズ:OFCは不確実性ではなくて注意?
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今年から伊佐研に小川正晃さんが加わりました。小川さんは最近Neuron 2013 "Risk-responsive orbitofrontal neurons track acquired salience"を出して、OFCの機能についてこれまでとは違った仮説を提出しています。今度の生理研国際研究集会「メタ認知」で口演していただきます。
まずNeuron 2013の仕事はどういうものかというと、OFCの神経活動が示しているのは、ShultzやKepecsが言うようなRisk(=variability=uncertainty)ではなくて、連合学習理論的な意味でのサリエンスである、というものです。
小川さんはOFC研究で有名なSchoenbaumのところに在籍して、Pearce-Hallの注意モデルをアップデートしたHaselgrove-Esberモデルというものに基づいてラットのOFCの活動を解析している。
cueが確率的にrewardを与える課題においては、rewardが出る確率が0%や100%のときと比べて、uncertainな条件(33%, 66%)では活動が上がる。Kepecsとかではこれをuncertaintyとしてモデル化していた。
そこをOgawa et alではcue-rewardのときだけではなくて、cue-no rewardでも注意を引く(salientである)というふうに考えてモデル化している。行動モデル自体についてはEsber and Haselgrove Proc. R. Soc. B 2012 "Reconciling the influence of predictiveness and uncertainty on stimulus salience: a model of attention in associative learning"などに記載されてる。
そういうわけで、神経経済学的な"value"や"risk"ではなくて、連合学習理論的なsalience (連合強度に上げ下げに伴って変化するものだから"acquired salience"と呼ばれている) のほうがより説明能力高かった、というのがこの論文のインパクト。
連合学習理論的な意味での注意理論(Pearce-Hallモデル)で言うサリエンスというのが正直さっぱりわからなくて、以前「学習心理学における古典的条件づけの理論」を読んだときも、失礼ながら澤さん執筆部分(Pearce-Hallモデル)は飛ばして読んでた。
でもやっと取っ掛かりができて、連合学習理論的な意味での注意理論というものが、視覚的サリエンシーのようなボトムアップ的注意と、ポズナー課題のようなトップダウン的注意との間で比較的立場が曖昧な、経験によって生態学的にサリエントになるもの、たとえばなぜTD人にとって顔がサリエントであり、autismにとっては顔がサリエントにならないのか、といったところに切り込むのに役立つんではないだろうかという感じがしてきた。
Basal gangliaにおいてもprediction errorだけではなくて(incentive / motivational) salienceであるみたいな話があって、以前書いたようなSNc - anterior insula - ACC のようなサリエンス回路の話に繋げられないだろうかとか、知覚的サリエンスと学習されたサリエンスとを統一的に扱えないだろうかとか、いろいろ考えたいことが出てくる。
あと、ここはもうちょっとちゃんと考えないとわからないのだけれども、小村さんのPulvニューロンのuncertaintyはなんらかのサリエンスであって、acquired salience説を使うと、pulvinarが注意に関わっているというこれまでの知見と整合的になるんではないだろうか?
ともあれ、もう一回「学習心理学における古典的条件づけの理論」借りてきて、「MackintoshモデルとPearce-Hallモデル」の部分をちゃんと読んで、ここで言っているサリエンスとはいったいなんなのか、報酬予測との関係から理解しておこうと思う。
Haselgrove & EsberってのはJohn M. Pearceと共著があって、まさに直系なのだろう。
@pooneil 吉田さん、こんばんわ。 こういう場合のモデルっていうのは、説明の具現化であって、モデルをつくって初めて説明できたことってのも、あるんですか? たとえばこの Haselgrove-Esberモデル
— takashi ikegami (@alltbl) August 25, 2013
.@alltbl 連合学習理論というのは説明できないことを見つけるとそれを説明するために逐次モデルを変えていくというかんじで部外者からするとかなり後付けな印象を持ちます。ただそれとはべつにして、パラメーターを変えてみたときの行動予測が出来るという意味での予想能力はあるので、たとえばHaselgrove-Esberモデルの場合だったら、それまでの複数の注意モデルを統合するようなモデルを作ったら、overtrainしたあとの行動選択だけではなくて、学習中の行動選択についても予測することが出来るようになった、ということのようです。
連合学習理論にはたくさんモデルがあるけれども、けっきょくは大元のレスコーラ・ワグナーモデル(もちろんもっと遡れる)での「予測誤差によって試行ごとに連合強度を変える」というのがモデルの骨子で、それ以降のさまざまなモデルはそれだけでは説明できないことについて逐次モデルをアップデートしている(通常科学)という、そういうかんじなのではないかと思う。
@pooneil その理解で合っていると思います。もはや連合理論か怪しいものもありますが。
— Kosuke Sawa (@kosukesa) August 26, 2013
.@alltbl 連合学習理論の「理論、モデルとしての立ち位置」については、澤さん@kosukesa による「連合学習理論は擬鼠主義の産物か -表現論としての連合理論-」 で「中間言語としての連合学習理論」と書いておられます。
@pooneil @alltbl ご紹介ありがとうございます。ただ僕の立場はマイノリティといいますか,独善的かもしれません。
— Kosuke Sawa (@kosukesa) August 26, 2013
@kosukesa @pooneil ありがとうございます! みてみます。
— takashi ikegami (@alltbl) August 26, 2013
関連資料を探していたのだけれど、OUPから出版されている"Attention and Associative Learning: From Brain to Behaviour (2010)"というのを見つけた。さっそく図書館に貸借申し込みした。
博士の教科書に使いました。結構難しい本。 QT @pooneil "Attention and Associative Learning: From Brain to Behaviour (2010)" http://t.co/53jWTk6K8W … というのを見つけた。
— Kosuke Sawa (@kosukesa) August 25, 2013
Haselgroveの、部分強化と全強化で注意がどう変化するかの実験を学部の講義で紹介したところ、受講者の9割が白目になっていて反省したことがある
— Kosuke Sawa (@kosukesa) August 25, 2013
.@kosukesa とりあえず2章(Pearce and Mackintosh)と9章(Philip Quinlan: On the use of the term 'attention')読んでみようかと思います。
中間言語というからにはそれには文法があって推移則があって自律性があって、その記述レベルでの予測可能性があることが必要となる。脳・神経レベルでの記述でもなければ、フォークサイコロジー的な心的現象の記述でもなくてその中間が必要だっていう問題意識には共感する。
池上さんの「サンドイッチ理論」というのも脳のハードウェアとソフトウェアとを繋ぐレベルのものこそが「モデルをつくって初めて説明できたこと」がでてくることが可能となるようなgenerativeな理論となることを構想しているのだと思う。じつは「中間言語」という言葉とよく似ている。
ただし池上さんの場合は物理的なモデルなので、その記述レベルならばソフトウェアやハードウェアベースでの記述よりもずっと正確で曖昧さが無くならないとその名に値しない。つまり、計測が正しい限り、99.9999999%みたいな精度が出るようなかんじ。(連合学習理論の方でも同じか。)
@pooneil 中間の話をすると、中間の中間も出ちゃうし、中間の中間の中間も出てくるからどうするのがいいのかね?っていうのは悩みませんか?サンドイッチの具はハム一枚じゃすまないわけだし。
— Naotaka Fujii (@NaotakaFujii) August 26, 2013
昨日書き漏らしたことだけど、uncertaintyとsalienceの関係というのがずいぶん唐突だなあと思っていたのだけれども、そういえばフリストン理論でもattentionはprecisionの逆数つまりuncertaintyに対応させていた。いまだに理解できてないのだけれど。
視覚的注意の理論では、注意を上げるとはSNを上げることであるみたいな話になるけど、そのへんと近いってことまではわかる。
.@NaotakaFujii そこは池上さんに聞いてほしいけど、もしそういうものが見つかったとしたら、精度の高さから他の可能性が排除されるんではなかろうかと思います。もしDNA説でなくてタンパク説で遺伝理論を作ったら精度の悪いなりに理論が出来るけどそれは排除されるだろうから。
いくつか補足しておくと、ニューロンレベルでの精度はけっして99.9999999%とかにはならないだろうという前提がある。コネクショニズム以降の脳観では、個々のニューロンは中間層なのであって、入力や出力に一対一対応するような表象をしている必要はないし実際していない。だから個々のニューロンは注意だろうが意志決定だろうがいろんなものを持っているし、それは計測技術が上がったら解決されるようなものではない。それにもかかわらずMTニューロンとperceptual decisionの関係とか、ITの顔ニューロンとか、思った以上にスパースな表象がなされている場所がこれまでとくに研究されてきたのだし、スパースであること自体は重要な意味を持つだろうけど、脳全体に適応できるルールではない。
いまデコーディングで行われていることは、そういった分散表象している中間層が持っている情報を読み込めるだけ読み込むための方法であって、脳では「あるニューロンが別なニューロンから情報をread outしている」ということを前提にしてその上限までは情報を読める。
はなしがとっちらかったけど、だから中間が必要だってのはいろんな領域で問題意識としてあって、神経科学ではそれはマー的な計算論だし、連合学習理論をそう捉える人もいるし、カオス遍歴のような層を考える人もいる。というあたりなのではないだろうか。
というわけで、twitterで小川さんの論文のまとめとかしてたらいつもどおり話がいろいろ膨らんでいきましたよっていう。こんなかんじで国際研究集会でもぜひ議論しましょう。カムカムエブリバディー。
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- / 投稿日: 2013年09月27日
- / カテゴリー: [生理研研究会2013「メタ認知の脳内メカニズム」]
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