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■ サイケデリック・ミュージック成立における1966年から1967年

Jefferson AirplaneがSurrealistic Pillowを録音したのが1966年の秋で、After Bathingを録音したのが1967年の夏なので、JAがサイケデリック化したのはこの間の期間のように思えるが、ライブ音源を聞くと1966年秋のフィルモアとかではすでにFat Angelとかやってるのでちゃんとacid testの時期を反映しているといえる。たぶんそれがスタジオ盤として反映するところまでもう1年必要だったのだろう。

これはGrateful Deadについても同じ事情で、Deadがサイケデリック・ロックをスタジオ盤として出すことができたAnthem of the Sunが録音されたのは1967年の秋だった。以前のエントリにも書いたように、ケン・キージーらのムーブメントの時系列を追ってみれば、trip festivalが1966年1月であり、acid test graduationが1966年10月であり、シーンはそこで終わっていたことを考えると、これはずいぶんと遅いように思える。

その意味ではThe 13th Floor Elevatorsがファースト(Psychedelic sound of)を録音したのが1966年だったというのがいかに先を走っていたかということがよく分かる。ただし、13th floorは歌詞はサイケデリックというかアシッドではあったが、音はあくまでガレージの先駆けとして捉えるのが妥当だろう。

もしくはこう整理できるかもしれない。1966年の段階ではどのバンドもサイケデリック・ムーブメントのシーンを長いギターソロとジャム(GDのViola Lee BluesやJAのOther side of this Life)という形でしか表現することができなかった。録音機器の性能の向上によって多重録音を元にした複雑な曲構造ややサウンドコラージュを行うことが可能になったのが、1967年の作品群だったと。たとえばGDのThat's It for the Other OneとかJAの"The Ballad of You and Me and Pooneil"とかがそれに該当する。

そう考えると、Tomorrow Never Knowsが1966年4月に録音されているというのはありえないくらい早かったということもわかる。ビートルズは売れていたから録音機器を使ってサウンドコラージュを試すことがいちはやくできたということなのだろう。

サイケデリック・ミュージックの要素には(1)時間感覚を失ったような長時間のジャム (2)逆再生や非正統的なコード進行などの破調 (3)ぶっとんだ精神 があるとして、自分はシドバレッド時代のPink Floydから入ったので(2)が好きなのだけど、(1)が好きな人はデッドヘッドになり、(3)が好きな人はアシッド・フォークを発掘するのだろう。The 13th floor elevatorも(1)と(3)から構成されているので、その良さを理解できるようになるまでは相当時間がかかった。

あと、こういう理解なので、ガレージ的なものはまったくピンとこない。どうやら自分にはガレージとパンクへの琴線が欠けているらしい。


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