« 国道でsaccadic suppressionについて考えた | 最新のページに戻る | Amazonのカスタマーレビューの「有用性の高い順」ってどうやって決めてる? »

■ この厳然たる事実を祝福しよう

このあいだ農協の企画で次男と稲刈りに行ってきた。三十家族ぐらいが田んぼに入って横並びで鎌を使って稲穂の根元をじょりっと切ってやる。次男は30分で飽きて田んぼのカエルを探してる。ちょうど稲の花が咲いていた。終了して新米と豚汁を食べる。うまい。隣の大家族はお父さんがひとり大声でしゃべっている。「これうめえなあ、おまえももっと食べろ」「稲の花見たか?」いろんな家族があるなと思った。

稲の花はすっごくかすかな白い花で、二時間ぐらいしか咲かない貴重なものだそうだ。これから俺の中では「白い花」とは稲の花を指すことにした。

(ある者は医者になり、ある者は役人になり、ある者は裁判官になり、ある者は大学教員になった。ある者はサラリーマンになり、ある者は会社役員になり、ある者はニートになった。でも驚くべきことに、ほとんどみんな生きている。ほとんど統計的に当たり前なくらいに。)

(これは当たり前なんだろうか? では小学生のときの同級生はどうだろう? 大学生のときの同級生はどうだろう? これは当たり前なんだろうか? 驚いたことに驚いてもいいけど、けっこう驚くべきことなんではないかと思っている。)

(吉田、オメー変わんねーなー、と言われるとなんだか誉められたような気恥ずかしいかんじがしたりする。けっして誉められたわけでもないのに。女性に同じようなこと言われてうまく返せなかったことがある。正しい答えは「XXさんはきれいになりましたね」だ。でもこれがとっさに出てこないんだな。)

(ほとんどみんな、生きている。この厳然たる事実を祝福しよう。)

ぼくらの時間にはほとんど決定的な瞬間など含まれていない。それでも決定的な瞬間はあるし、それはあまりにもさらっと過ぎていってしまう。気にするまいと、目をふさいでしまえばなんどでも過ぎていってしまう。やり直しはきかない。やり直しのつもりでもそれは言い訳してるだけだから。

気心しれた人とあんまりお金かけないで、酒飲みながら語って、あんま人生の厳しい面とか思い起こしたりとかせずに、なんか楽しいことだけ話したり、頭空っぽにしてUNOとか大貧民とかやったりしたい。蚊のいない涼しい森でキャンプファイヤーしたい。

みんなが語っているうちに、知らぬ間に居眠りをしていて、また普通に話に参加したりして、それでもぜんぜん話に着いていくことができて、山盛りのハッピーターンとカントリーマアムつまみながら、あんま人生の厳しい面とか思い起こしたりとかせずに、たのしく酒盛りをしたい。

いつも通り単独行動していたら、みんなもう撤収してしまっていた。次に行くところが置き手紙してあって、俺はそれを頼りにして蒸し暑い夜の街を歩く。(イメージは池袋ロサ会館前)


お勧めエントリ


月別過去ログ