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■ 脳のニューロンの結合関係を網羅的に記述するコネクトーム(connectome)

コネクトーム(connectome)という言葉をはじめて聞いたのはいつだったか忘れてしまいましたが、その存在をはじめて意識したのはShuzoさんのエントリでの
Sporns O, Tononi G, Kötter R (2005) The Human Connectome: A Structural Description of the Human Brain. PLoS Comput Biol 1(4): e42 doi:10.1371/journal.pcbi.0010042
の解説でした。
脳のニューロンの結合関係を網羅的に記述するということで、neuroinformatics的な立場からgenomeプロジェクトの次はこれだ、というかんじで出てきてるわけです。
ようするに全ニューロン間での結合強度の行列を作ってやろうというわけです。(こないだのガヤの生理研での講演もそんな感じの話でした。)
そこまで聞くと、はたしてその結合をどのレベルで記述すりゃいいのか、っていう疑問が出てきます。ミクロからマクロ、それから構造と機能レベルで。じっさい、そのへんについては上記のPLoS Comput Biol論文で扱われていて、Shuzoさんのエントリにもまとめがあります。どうやらconnectomeと言ってる人にもこのへんのレベルがいろいろ違っているようなのですが、どこに労力とお金が注力されるべきかという点で争点となることでしょう。
つまり、よりマクロなレベルだと、ニューロン間ではなくて領野間の結合の行列だったらもうVan Essenとかがnhpの視覚野でやっていて、それを拡張していこうみたいな話があるわけです。上記のHuman connectomeではDTIとかを用いるようなことが書いているのでかなりマクロでの話でしょう。
よりミクロのレベルだと、mouse brainで電顕を使ってシナプス全部追ってやるという話になります。これはすごい。おおごと。こちらのレベルでの解析に重要になるであろう基礎技術に関するまとめがShuzoさんのSFN2007に関するエントリのところにあります。
要はゲノムプロジェクトと同様で、少数の研究者だけでやってたらいつまで経っても達成できないであろうことを、人海戦術と技術的ブレークスルーによる自動化とで乗り越えてしまおうというわけです。
こっちの方向性でわたしの興味が向くのは、構造と機能との関係です。じっさい問題、connectomeは構造レベルでの記述を目指すことになると思いますが、二つのニューロン間には複数のシナプス結合(さらにギャップジャンクションまで)があって、結合関係についてどのように記述すればよいかということを決めること自体が唯一解のある問題ではないわけです。興奮性か抑制性かの違いもあるし。まあ、なんでもいいからとにかく始めてみよう、でもいいんですが。
ガヤのScience論文で見られるようなrepeated sequenceが画面の中のえらく離れたニューロン間でできていることを以前もつっこみましたが(つっこみすぎたのでこないだは蒸し返さず)、要は機能的結合だけ見ていて、構造的結合を見てないからではないか、とか繋げてみたり。しかも機能的結合は比較的短めな記録時間の中でのrepeated sequenceや同期発火を検出することに依っているので、より体系的な検証がほしくなるわけです。(もっと長時間記録してcross correlationとるとか、パッチで二本刺しして片方刺激して相手の応答をとるとか。) そのあとでsliceの顕微鏡の視野内のニューロンの構造的結合を明らかにする、みたいな話になればかなりいけると思うんです。生理学者としては、網羅的にいくよりは狭い部分でいいから機能と構造とひと揃いでデータがあるほうが面白いと思うんですが。やっぱ生理学的発想ですかね。
ちなみにググってたらハーバードでのプロジェクト(Clay Reidが入ってる)というのも見つけたんでメモメモ。
ちゃんと論文読まずに書いているんで書いていることがいつもにましてぬるいのですが、そうでした、今回のエントリの目的はSFN2007でもconnectomeについて講演していたというSebastian Seungの仕事についてまとめるということでした。Sebastian Seungじたいはまだこのプロジェクトに関する論文を出していないようですが、MITのサイトを見ると、Winfried Denkと組んでプロジェクトを進めているようです。Denkがserial block-face imaging(上記のShuzoさんのエントリでreferされてます)を開発して、そこで得られた電顕データからシナプスなどの画像を自動的に抽出するアルゴリズムをSebastian Seungが開発する、という話のようです。このへんについてもう少し調べてみることにします。ではまた。

コメントする (4)
# Ryohei

このまえ、コールドスプリングハーバーのNeuro-imagingミーティングでも、Connectome projectのテクニカルな議題が多かったですね。リード、リヒトマン、デンク、とあちこちで電顕プロジェクトやっていますね。そして電顕からいかに構造情報を早く取り出すかということもComputer scienceの人にはとても面白い問題のようです。リヒトマンがあげていた問題の1つは、シナプスの連結が個体ごとにまるで違うこと。Neuromuscular junctionでは、同じ個体の右と左でさえまるで違うフォーメーションになるとか。まあそれでも、ある程度の基本原理は小さい領域が解けただけでわかる可能性もありますね。数-数十ニューロンからなる小さい計算ユニットみたいなものがみつけられるかもしれないし。もっとも計算ユニット探しは、生理学のほうがはよさそうな気もしますが。日記にあるような長距離の計算ユニットを見つけるには再構成にものすごい精度が必要でしょうからこの方法では難しそうです。でも、私にも、こんなにたくさんの人が膨大なお金をかけてやるべきプロジェクトには、実は思えないんですよねー。

# Shuzo

http://www.nature.com/nmeth/journal/v4/n11/full/nmeth1107-975.html

http://www.nature.com/naturejobs/2007/071101/full/nj7166-130a.html
といった記事は、SFNのPresidential Lectureの裏を知るのに良さそうです。

個人的には、ニューロンのスパイクを調べていると、そのメカニズムがどうしても気になることがあります。その場合、コネクトーム的な研究が進んでくれないと、いつまでも現象を追うだけでフラストレーションがたまります。

おそらく、「この回路のここをmanipulateして、システムの振る舞いがどう変化するか調べよう」という話は、これからどんどん出てくる気がします。そのためには、オームはつけなくても良いですが、もっと局所回路のことがわからないと何から手をつけたら良いのかわからない、という感じがします。

一方で、どこまで詳しく見るべきなのかは正直私はno ideaです。少なくとも「定量的な」結合情報はどうしても必要だと思います。その意味では、シナプスレベルの結合情報まで必要なのかもしれません。

またゲノムプロジェクトのアナロジーで考えれば、とにかく何らかのドラフトを手に入れると、神経科学の仕方が変わるような期待もなくはないです。

# OK

http://hebb.mit.edu/courses/connectomics/
を見ると、だいたいどんな人が関わっているかわかります。参考文献ものっているのでご参考までに。

# pooneil

みなさまコメントありがとうございます。
今週末くらいからSebastian Seungが来日して各所にconnectomeのことをトークして回ってくるのですが、生理研にもやってくるので、
http://www.nips.ac.jp/seminar/2007/abst/20071217.html
ちょっと勉強しておこう、というのが背景でして、Denkの論文とか読んでたところです。
OKさん、どうもありがとうございます。まさにこういうものを求めていました。Sebastian Seungのサイトには関連する論文がないので困っていたのですが、proc IEEE ICCV 2007あたりを読んでおくと良さそうに思いました。Two-photonの人が機能的にやろうとしていることとconnectomeでの解剖学的な解明とがどのように連携していくのかというところにわたしの興味があります。
Ryoheiさん、リード、リヒトマン、デンクとはまさにOKさんご紹介のセミナーの関係者ですね。「こんなにたくさんの人が膨大なお金をかけてやるべきプロジェクトには、実は思えないんですよねー」、ま、率直に言って、私もよくわからんです。やるなら生理学の役に立つようにやってほしいので、どのくらいのミクロ、マクロスケールでやるのか、個体全部でやるのか、なんの種でやるのか、というあたりを見届けておきたいと考えております。日本がどういうふうに関わるのかとかも含めて。
Shuzoさん、"following the wires"のほうはまさに読んでるところでした。私は電顕はまったくの素人なので、Denk方式で切片を切りながら電顕をやる方式だと低電圧にしないといけないから解像度が悪くなるとか裏事情がわかって面白かったです。「コネクトーム的な研究が進んでくれないと、いつまでも現象を追うだけでフラストレーションがたまります。」これがまさにコネクトームの推進のモティベーションとなるものですね。これによってコネクトームでなにがわかればいいのかが決まるんだと思います。
思いっきり生理学に引き寄せて考えれば、たとえば、二本差しでニューロンを記録しているときの他のニューロンの影響をなんらかモデルベースで考慮するために役立つとかしてくれればうれしいですが、そのためにはある個体での構造と投射関係がわかるのがベストですが、そういうわけにはいかないので、個体を越えた統計的性質みたいなものを使うことになるわけです。これってどうなんだろうか。言ってることがさっきからずっと同じですが、要はこのプロジェクトは解剖学者と計算論の人の出番で、その人たちの役に立つのはわかるけど、生理学者はどう寄与できるか、もしくは恩恵を受けられるか、なのかな。そのへんにわたしの疑問が収束してきました。


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