[カテゴリー別保管庫] サッカード中の知覚安定性

時計の秒針に目をやった瞬間、秒針がとまったように見えることがある。これがChronostasisだ。人間は目を動かしている途中には視覚情報が入ってこないように情報をシャットアウトしている。そしてシャットアウトされている期間、人間の脳は目を動かす直前まで時間を巻き戻しているのだ。

2008年07月21日

Saccadic suppression: 藤田昌彦先生からのコメント

以前のChronostasisのエントリ(20040609)に、法政大学教授の藤田昌彦先生からコメントをいただきました。どうもありがとうございます。読者の方の目に触れやすくするために以下に転載させていただきました。これではここから:


"saccadic suppression"の説明ですが,もしこれがVolkmann (1978) に基づくものなら,論文に記載された通りに,彼女の用いた刺激は極めてコントラストの低いものです.この抑制は存在しても極めて弱く,これで日常生活の"saccadic suppression"は説明できません.Saccade最中も視覚像は脳に伝わっており,むしろマスキングに基づくsaccadic omissionという説が確かだと考えます.

F. W. Campbell, and R. H. Wurtz: "Saccadic omission: why we do not see a grey-out during a saccadic eye movement.", Vision Res, 18, 10, pp. 1297-1303 (1978)


以上です。どうもありがとうございます。いま元エントリを再読してみましたが、わたしの"saccadic suppression"という言葉の使い方に混乱があったように思います。

ご紹介いただいたCampbell, and Wurtz (1978)は「サッカード中の網膜上の画像をわれわれが意識しないこと」を説明するメカニズムとして、サッカード中の視覚の閾値を上げるような"saccadic suppression"とサッカード前後の視覚情報でマスクする"saccadic omission"という二つの対立する仮説を取り上げて、"saccadic omission"の優位性を主張しています。また、Rossらによるレビュー(TINS 2001 "Changes in visual perception at the time of saccades")でもサッカード中の視覚の感度をsuppressする過程としてsaccadic suppressionという言葉が使われています。

いっぽうでさいきんでは"saccadic suppression"という言葉が「サッカード中の網膜上の画像をわれわれが意識しないこと」という現象のこと自体を指すようになっているように思います。(心理物理学者ではなくて神経科学者による言葉の濫用という側面はありますが。) たとえば、Science 2002 "Neural Mechanisms of Saccadic Suppression"では、

In normal vision our gaze leaps from detail to detail, resulting in rapid image motion across the retina. Yet we are unaware of such motion, a phenomenon known as saccadic suppression."

としていますし、また、Wurtz本人の最新のレビュー(Vision Research 2008 "Neuronal mechanisms of visual stability" Robert H. Wurtz)でも、

This high speed of the saccade sweeps the image of the visual scene across the retina producing a blur. Yet we are usually unaware of this blur. This lack of vision during saccades is referred to as saccadic suppression or, to emphasize the lack of awareness of sweep, as saccadic omission

と書いています。この意味においては、saccadic suppressionという現象において、「サッカード中の視覚の閾値を上げる」および「とサッカード前後の視覚情報でマスクする」というふたつのメカニズムがあって、それらがどのくらい寄与しているのか、どういう脳内メカニズムによって達成されているのか、という議論と捉えるべきかと思います。どちらの意味においても元エントリの"saccadic suppression"の言葉の使い方は良くなかったようです。ご指摘ありがとうございます。

ちなみに先述のWurtzのレビューではgating説(つまりサッカードの指令のcorollary dischargeがsuppressionに関わっているとする説)の方に関して、そのeffectはmodestとしていて、LGN関連であるとするデータを列挙しています。(Motionやdisplacementに関するdetectionに関してはShioiri and Cavanaghをreferしてます。) ただ、effectの起こっているsiteに関してはdiscussionのところで面白いことを言っていて、

One idea about a possible added source of that suppression, though a novel one, is that it could be provided by the SC superficial layer neurons, which show a CD based suppression, and that could project upward via the pathway from SC through pulvinar to cortex.

ということで上丘の関連を示唆しています。Wurtzの上丘中心主義もここまで来たかというかんじもありますが、これには伊佐研の仕事も関連しています。Ratの上丘sliceでの仕事なのですが、SGIからSGSへ投射するinhibitoryなconnectionを見つけたという論文(PNAS 2007 "Identity of a pathway for saccadic suppression")があります。これを元にしてWurtzのレビューでは、SGIでのsaccadeのシグナルがcorollary dischargeとしてSGS->pulvinar->cortexの回路をゲートするのが、サッケード中の網膜入力のsuppressionに関わるのではないか、というアイデアを提唱しています。(ちなみにPNAS 2007はcommunicated by Wurtzです。)

ちなみに藤田先生のグループからこの問題を直接扱った論文が出ています:信学論誌 「サッカード抑制説と脱落説の同一手法による検討」


2004年06月10日

Chronostasis

つづき。
それでは2の両者に関する論文をまとめましょう。
時間:

空間:
ま、両者は最終的には統合されるべきものであり、この分類に馴染まないものも入ってはいますが、とりあえず。
追記21:51 Succadic suppressionでできた認知の時間的ギャップが前後の時間によってfilling-inされる、という説明は下にも書いたような盲点の空間的ギャップを周りの表象によってfilling-inされてしまう、といった議論から来ています。後者自体はDennettが否定的に扱って、fillin-inしているのではなくてそのギャップを無視しているだけなのだと言います。それをLuiz Pessoa and Alva NoeのBBS論文でさらに否定的に扱います。そのようなfilling-inのneural correlate ("neural filling-in")の実例として小松先生のところから出たV1の盲点を表象する領域でのニューロンの応答に関する報告(JNS)は非常に重要です。


2004年06月09日

Chronostasis

我々は平均して一秒に三回目をきょろきょろさせる動き(サッケード)を行っております。しかしそのサッケードのときに我々の網膜にはかなりすごい速さでの動きが写っているはずなのですが、我々はサッケード時の網膜像の動きで気持ちが悪くなったりはしません。これはいくつかのメカニズムによって脳が達成していることがわかっています。

  1. サッケードが起こっているときの網膜像を脳に送らないようにゲートする、"saccadic suppression"。
  2. サッケード前の知覚像とサッケード後の知覚像とをシームレスにつなぐためにsaccadic suppressionによる空白を時間的、および空間的に"filling-in"(充填)してしまう。(盲点の空白は空間的に充填されてしまっていることを思い起こすとよいでしょう。)
この二つがあります。1のsaccadic suppressionについては今回はとりあげません。
2のうちの時間的なfillin-inがchronostasisというillusionを起こしていると考えられています。これについてはHaggard and Rothwellが研究しつづけています。
一方、2のうちの空間的なfillin-inはMorroneがさかんに研究しつづけています。
2の時間的なillusion(Chronostasis)の説明については森山和道氏の北澤先生へのインタビューページを参照してください。私なりに書いてみますと、時計の秒針が動いているのをどっか別のところをいったん見てから、ぱっと目を動かしてまた時計の秒針を見てみてください。すると、見た瞬間の秒針が一瞬止まったように見えないですか? これはつまり人間の脳の働きでして、秒針に目を動かしたときに入ってきた画像が目を動かすのにかかる時間(50msとか)だけさかのぼって続いていたように脳が解釈しなおしてやる、ということによって起こるillusionなのです。
一方、2の空間的なillusionでは、saccadeしている途中で光点をフラッシュさせると、その光点の位置がsaccadeの行き先に近づくようにずれて知覚する、というものです。つまり、saccadeの途中で一時的に、我々の空間像はそのsaccadeの行き先に向かって縮んだように変化するのです。
また、これらについてのニューロンメカニズムとして、Duhamel and GoldbergのScience '92のLIPでのpresaccadic remapping、および以前も言及したTirin MooreのScience '99でのV4でのアナログがありますが、これからもっといろいろ出てくることでしょう。
それでは2の両者に関する論文をまとめましょう。
続く。

コメントする (2)
# 藤田昌彦

"saccadic suppression"の説明ですが,もしこれがVolkmann (1978) に基づくものなら,論文に記載された通りに,彼女の用いた刺激は極めてコントラストの低いものです.この抑制は存在しても極めて弱く,これで日常生活の"saccadic suppression"は説明できません.Saccade最中も視覚像は脳に伝わっており,むしろマスキングに基づくsaccadic omissionという説が確かだと考えます.
F. W. Campbell, and R. H. Wurtz: “Saccadic omission: why we do not see a grey-out during a saccadic eye movement.”, Vision Res, 18, 10, pp. 1297-1303 (1978)

# pooneil

生理研の吉田です。コメントどうもありがとうございます。最新のエントリ(20080721)に転載させていただきました。そちらでコメントも作成しております。


2003年12月31日

Nature Neuroscience AOP祭り again (2)

"The site of saccadic suppression."
Colin Blakemore @ University of Oxford。
Saccadic suppression: 人間は一秒に約三回サッケード(目をきょろきょろさせる動きのこと)をしてるが、目を動かしている間の映像は意識上に上ってない(もし上ってたら目が回ってしまう)。よってどこかでサッケード中の情報は遮断されている。これがSaccadic suppression。(たぶんサッケード指令の遠心性コピーをinhibitionに使っている。)
で、これがいったい脳のどこでされているかが問題だが、Blakemoreはサッケード中の網膜および初期視覚野にTMSで光点を作り、それがsuppressされるかどうか調べた。網膜刺激による光点の生成はサッケード中に抑制された。一方、初期視覚野刺激による光点の生成はサッケード中に抑制されなかった。よって著者はSaccadic suppressionは網膜と初期視覚野のあいだの情報伝達でおこるとしている。彼らはたぶんLGNであると考えているのだろうけれど、どうだか。

Nature Neuroscience AOP祭り again (3)

"Saccades actively maintain perceptual continuity."
Ma-Wyatt @ The Smith-Kettlewell Eye Research Institute。
それでさらにサッケードの時にはSaccadic suppressionが起こっているだけではなく、そのsuppressされた時間がfilling-inされてサッケード前と後が連続性を持つ。これが著者の言うサッケードのperceptual continuityへの影響(のはず)。ぜんぜんわかってないのだけれど、この論文は上記のHaggardの
Nature '01 "Illusory perceptions of space and time preserve cross-saccadic perceptual continuity."
と関連あるはずだが、referされてない。よくわからん。


お勧めエントリ

  • 細胞外電極はなにを見ているか(1) 20080727 (2) リニューアル版 20081107
  • 総説 長期記憶の脳内メカニズム 20100909
  • 駒場講義2013 「意識の科学的研究 - 盲視を起点に」20130626
  • 駒場講義2012レジメ 意識と注意の脳内メカニズム(1) 注意 20121010 (2) 意識 20121011
  • 視覚、注意、言語で3*2の背側、腹側経路説 20140119
  • 脳科学辞典の項目書いた 「盲視」 20130407
  • 脳科学辞典の項目書いた 「気づき」 20130228
  • 脳科学辞典の項目書いた 「サリエンシー」 20121224
  • 脳科学辞典の項目書いた 「マイクロサッケード」 20121227
  • 盲視でおこる「なにかあるかんじ」 20110126
  • DKL色空間についてまとめ 20090113
  • 科学基礎論学会 秋の研究例会 ワークショップ「意識の神経科学と神経現象学」レジメ 20131102
  • ギャラガー&ザハヴィ『現象学的な心』合評会レジメ 20130628
  • Marrのrepresentationとprocessをベイトソン流に解釈する (1) 20100317 (2) 20100317
  • 半側空間無視と同名半盲とは区別できるか?(1) 20080220 (2) 半側空間無視の原因部位は? 20080221
  • MarrのVisionの最初と最後だけを読む 20071213

月別過去ログ