« Neuroeconomics(神経経済学)サイトまとめ | 最新のページに戻る | amazonへのリンク »

■ Nature

"Recollection-like memory retrieval in rats is dependent on the hippocampus." HOWARD EICHENBAUM。
ウ、ウギャーッ。いろいろ言いたいことがあるぞ(<-興奮してる)。
ま、まず、なにをやっているかだけれど、この論文はAndrew Yonelinas @ UC Davisがずっとやってきたことに準拠しています。このへんの事情については1/31に書きました。もう一度書きましょう。
以前見たことがあるかどうかを答えるtaskではrecognition memory(再認記憶)が必要となりますが、これにはrecollectionとfamiliarityのcomponentがあります。Recollectionは意識を伴った想起、以前あったエピソードを想起する、その時点にあったことを追体験する、"mental time travel"であり、意識の関与が不可欠な成分です。Familiarity (judgement)はいつそのエピソードがあったかを想い起こすことはできないが、見覚えがある、それを見たのははじめてではない、ということを元にした判断です。このふたつのcomponentの存在について、humanのpsychologyでsignal detection theoryによる解析からROCカーブが二つのcomponentからなっていることを示したのもYonelinasですし、このような解析を使って海馬に選択的な障害ではrecollectionが傷害され、海馬周辺領域(entorhinal, perirhinal, parahippocampal cortex)の障害によってはfamiliarityが傷害されるというdouble dissociationを示したというのもYonelinasです(Nature Neuroscience '02 "Effects of extensive temporal lobe damage or mild hypoxia on recollection and familiarity.")。なんにしろ、humanのstudyでは、taskの試行ごとに、そのアイテムをremember(recollection)したのかknow(familiarity)だったのか(=RK judgement)を報告してもらうことができるのが最大のメリットなわけです。
んでもって、Eichenbaumがなにをやったかというと、humanでわかっているようなrecognition memory testのROCカーブのプロファイルと同様なものがratのOdour recognition taskによって得ることができて、海馬の選択的なlesionによってhigh-threshold modelで説明できる成分(=humanでのrecollectionによる成分に相当)がなくなって、old-newのjudgementが対照になった(old-newそれぞれのシグナルの分布が同じ分散を持った正規分布であることによる帰結)humanでのfamiliarityに相当する成分が残った、というものです。だから、ratにも海馬に依存したrecollection-likeなcomponentがあるのだ、というのが彼らの主張です。
わたしの第一声としては、そのlogicは通らんでしょ、というものですが、だんだんうまくできているというか、やられたな、という感じがしてきました。
今回の論文がROC解析からrecognition testのcomponentが複数あることを示した、そこまではよいと思います。しかし、Fig.1e-fを使ってこれらがrecollectionとfamiliarityに一対一対応しているとする証拠がそんなにあるとはいえません。Fig.1eでの海馬依存であることを傍証にするにも、海馬依存であること自体が示したいことなのですから。また、fig.1fはdelayを長くするとfamiliarityの成分がなくなってrecollectionの成分だけになる、というYonelinas and Levy '02の知見を援用してますが、それがdelayを30分から75分に延ばすことで見られた、というのもあまりに定性的です。よって、残るは分布の形ですが、モデルの当てはめの評価については十分な手続きを踏まえているかを検証する必要があります(やたらとt-vaueやF-valueはあるみたいだけれど、複数のモデル間の比較をした統計はなさそうに見受けられます)。Animal consistencyに関しても、こんなグラフ並べられただけで騙されてしまってはいけない。
一方で、うまくやったと思うのも本当です。このようなlogicを作り上げるのに必要な知見に関してはわたしはすでに知っておりました。しかし思いつけなかった。あーくやしい(このlogicが妥当かどうかは別として)。
それでうまくやったな、と思うのは、この論文はまちがいなくYonelinasのところにレビューがまわったでしょうが、Yonelinasは喜ぶに決まってるわけです。自分がやってることのanimal modelを作ってくれたのですから。じっさい、acknowledgementにも入ってますし、かなり地盤を固めてからこの論文が投稿されたのがうかがえます(投稿してから2ヶ月でaccept)。Human psychologyのレビューワーを押さえてしまうことができれば、あとはratの研究者でしょうが、RGM Morrisあたり(共著あり)ともうひとりEichenbaumの弟子あたりの都合がよいところにレビューが回ったというところでしょうか。なんにしろ、レビューワーは3対0で賛成したということがレビュープロセスの時間からうかがえます。Signal detection theoryでの解析についてはたぶんYonelinasさえ通ってしまえば問題ではなかったでしょう。
Episodic-like memoryをやっている人間(Claytonあたりとか)やhumanでneurologyやってるようなSquireとかにまわれば、そんなにあっさりと通さなかったのではないかと予想します。Squireは’04 annual reviewで、recollection vs. familliarityが海馬対海馬周辺領域とは簡単には分けられないと書いていて、実際のneurologyの結果もそんなに簡単な二分法を許すものではありません。もっとも、SquireがどのくらいSDTをわかっているかという問題はあるけれど。
とはいえ、もし私が自分でこれを考え出したとしたら、このぐらいなら通るんじゃないか、と思うであろうこともたしかなわけでして(回りくどい?)、なんか読んでるこっちがすごい掻きたてられるというかむしゃくしゃするというか痒いのです。


お勧めエントリ


月別過去ログ