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■ サール:意識を科学的に研究するには(要約)
"How to study consciousness scientifically" John R. Searle
Phil. Trans. Roy. Soc. London Ser. B (1998) vol.353, 1935-1942
(訳注: この論文は自然科学系一般に関する学術誌の"The conscious brain: normal and abnormal"という特集号に出たもので、この特集自体は1997/12/5-6にあったAmerican Association for Research into Nervous and Mental Diseasesによるmeetingの内容を編集したものです。
同じ号には、Logothesis, Ungerleider, Singer, Llinas, Ramachandran, Damasio, Posner, Zekiなどが書いてます。Searleの書き方は基本的に平易ですが、この文は特に、科学者たちに向けて哲学的問題に深入りせずにわかりやすく書いている、という感じで読みやすいです。)
序論 | 意識を科学の問題として捉えるとは、「どうやって脳の過程が意識を引き 起こすのか、どうやって意識が脳で実現されているか」を説明することである。 この論文ではその進歩の障壁となっている哲学的誤りのうちの9つを採りあげ、 ひとつひとつ取り除く。 |
命題1 | 意識は定義できないので科学的分析に向かない。 | 1の答え | 分析的な定義(ある概念の本質を伝えるもの)と一般常識による定義(今何に ついて話しているかを明らかにするもの)を区別すべきである。意識の科学的研究 で必要なのは一般常識による定義の方だ。その意味では意識とは、目が覚めてか ら再び眠るまで続く、感覚のある主観的状態のことだ。 |
命題2 | 意識は主観的だが科学は客観的である。ゆえに意識の科学はありえない。 | 2の答え | 二つの意味の客観―主観区別を分けて考える必要がある。認識論的な意味 での客観―主観区別とは、その正しさを好みや態度によらずに決めることができ るかどうかだ。一方に存在論的意味での客観―主観区別がある。全ての意識的状 態は私が経験することによってしか存在しないという意味で、存在論的に主観的 である。よって存在論的に主観的な意識について認識論的に客観的な科学分析を することは矛盾していない。 |
命題3 | 客観的現象である神経発火と主観的な意識とを結びつける方法はない。 | 3の答え | 脳の過程が意識を引き起こすことがどうやって可能になるのかを説明する 理論を現在我々は持っていないが、そのことは脳の過程が実際に意識を引き起こ すという可能性を否定しない。心臓が血液を循環させていることはかつては神秘 的であった。脳に関して今のところ欠けているのは、脳が意識を引き起こすこと についての同様な説明だ。 |
命題4 | 意識を主観的要素(クオリア)と客観的要素とに分けることができて、クオ リアについては無視できる。 | 4の答え | 意識的状態とは質的な状態そのものことであり、意識の問題とクオリアの 問題は同一である。意識を何らかの第三者的、存在論的に客観的な現象として扱 い、クオリアをわきに退けるというやり方は単に問題を変えることである。 |
命題5 | 意識は生物の行動に対して因果的には働いていない随伴現象だ。 | 5の答え | 私が腕を上げるとき、意志決定というマクロレベルの説明もあれば、シナ プスと神経伝達物質によるミクロレベルの説明もある。そしてマクロレベルでの 特徴がそれ自身ミクロな要素の動態によって引き起こされるという場合は、マク ロレベルの特徴が随伴現象的なものであることを示してはいない。 |
命題6 | 意識には進化的な機能はない。意識を欠いて行動するゾンビを想像するの はやさしいからだ。 | 6の答え | 翼の進化的機能を検証する際には、翼がなくても飛ぶことができる鳥を想 像できるからといって、翼が無用であるなどと議論することはだれも許されると は思わない。意識がなくても人や動物が同じようにふるまうのを想像できるから といって、意識が無用であると議論することはできない。 |
命題7 | 意識の因果的説明は必然的に二元論であり、ゆえにつじつまが合わない。 | 7の答え | 因果的説明には、因果的に創発する特性によるものもある。分子が格子構 造の中で振動するとき、その物体は固体である。固体性は分子の動きの総和以上 の因果的に創発する特性である。意識も固体性と同様、システムのミクロな要素 の動態による創発的な特性である。このような因果的説明は脳と意識との二元論 を含意しない。 |
命題8 | 意識の科学的説明は意識をニューロン活動に還元する。 | 8の答え | 熱や色の還元ではそれについての主観的経験を削り落としてその概念をそ の経験の原因から定義しなおす。しかし現象が主観的現象それ自身であるときに は、主観的経験を削り落とすことは不可能だ。このような創発的特性の場合には 現象を取り除かずに因果的説明を与えるべきだ。 |
命題9 | 意識の説明は情報処理過程についての説明である。 | 9の答え | 意識とは人間や動物の神経系の内因的な特性である。一方、情報処理は観 察者の心の中にある。コンピューターにある情報はそれを見ている人にあるので あって、それにとって内因的にあるのではない。内因的情報と観察者による情報 とに区別をつけるためには意識の概念を必要とするため、意識の概念を情報処理 の面から説明することは出来ない。 |
結論 | 避けるべき誤りは「意識を捉えそこなって問題を変えてしまうこと」およ び「意識のことを真剣に捉えようとしないこと」だ。 |
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- / 投稿日: 2000年02月15日
- / カテゴリー: [視覚的意識 (visual awareness)]
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