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■ 「時間は存在しない」、エントロピー、ギブスのパラドックス(1/3)

「時間は存在しない」カルロ・ロヴェッリ、読了した。すげー面白かった。まさにこれが今知りたいことだった。エントロピーは相対的な概念(速度が観察者と対象との間の相対的な速度であるのと同じ)ではあるが、あくまで相互作用する系の間で規定されるものであり、心的過程を前提とする必要はない、とスッキリと納得できた。

時間の矢とエントロピー増大の法則を関連付ける、という話は何度か聞いたことはあるけれど、それを時間と空間のない「永遠主義」的な立場から、宇宙の中でたまたまエントロピーの低い系に我々がいて、エントロピーの増大を時の流れとして経験する、というストーリーは、批判的に読まなければならないだろうけど、いままででいちばん意味がある考え方だと思った。

あと別のラインでエントロピーのことがずっと気になってた。FEPやIITについて考えるにあたってずっと気になっていたのは、情報自由エネルギー原理FEPや情報統合理論IITについて考えるにあたってずっと気になっていたのは、情報やエントロピーが環境に実在するように扱われているけれども、観察者に依存しているものではないの?ということだった。

しかもこれはFEPで扱われているような生物の認識の問題で使われる情報理論的なエントロピーの話だけではなくて、物理的な意味でのエントロピーでも関わってくるらしい。

エントロピーはわたしたちが何を識別しないかによって変わってくる。なぜならそれは、私達には区別できない配置の数で決まるからだ。まったく同じミクロな配置のエントロピーが、あるレベルのぼやけでは高くなり、別のレベルのぼやけでは低くなる。だからといって、このぼやけは人間の精神が生み出したものではなく、あくまで実際に存在する物理的な相互作用によって決まる。エントロピーは恣意的でもなければ主観的な量でもなく、速度のような相対的な量なのだ。p.144

速度とは、何かほかのものに対する性質、すなわち相対的な量なのである。エントロピーについても同じことがいえて、BにとってのAのエントロピーとは、AとBの間の物理的な相互作用では区別されないAの状態の数なのだ。p.144-145

ここで言っている配置の数というのは、ボルツマンの原理の話をしている。ボルツマンの原理では

熱力学的なエントロピー と統計力学的な可能な状態での配置の数 とを結びつけているわけだけど、この のこと。

エントロピーが観察者に依存している、もっと正確にはどういう熱力学的状態を問題とするかに依存するという話はJaynesとかいろいろある。これについては今回調べてまとめたのであとで書く。でもそれを「物理的な相互作用」に依存するという言い方をしているのは初めて見た。そしてそれはすごく納得いった。

たとえば、気体Aと気体Bがピストンを押しあうという相互作用においては、圧力と温度というマクロなパラメーターしか効いてこないからこそ個々の分子の位置やエネルギー情報が無視されている。いっぽうで、気体Aと気体Bが半透膜で仕切られていて、分子Aだけが通り抜けられるという状況では、気体Aと気体Bの違いは無視できない。そしてここには観察者は必要がない。

あとここでの「ぼやけ」というのは粗視化のことを言ってる。Wikipediaの粗視化の項にこの件について書かれている。つまり、エントロピー増大の法則というのは、粗視化が必要なときだけ起きる。粗視化とエントロピー増大の法則の関係については、stack exchangeの回答にあったこの図がイメージしやすかった。(ところで「無知であること」と「粗視化」の違いが私にはまだ明確でないのだけど、あくまでもリウヴィル方程式が出てくるような場面でのみ粗視化の概念が必要となると理解している。)

過去と未来の違いはすべて、かつてこの世界のエントロピーが低かったという事実に起因しているらしい。(p.142)

小さな系Sにとっては、熱時間の流れ全体から見たエントロピーは一般に高いまま推移し、せいぜい上下に揺らぐくらいである…ところが、わたしたちがたまたま暮らしている途方も無く広大なこの宇宙にある無数の小さな系Sのなかにはいくつか特別な系があって、そこではエントロピーの変動によって、たまたま熱時間の流れの2つある端の片方におけるエントロピーが低くなっている。これらの系Sにとっては、エントロピーの変動は対象でなく、増大する。そしてわたしたちは、この増大は時の流れとして経験する。つまり特別なのは初期の宇宙の状態ではなく、わたしたちが属している小さな系Sなのだ。(p.154-155)

これめちゃ面白いんだけど、「我々にとって」エントロピーが低いということがどういうことなのかに依存している。上記のように、エントロピーを考えるのに、われわれ主観的な観察者を考える人間原理は不要で、あくまで相互作用の問題なので。

わたしたちとこの世界の残りの部分が特殊な相互作用をしているからこそ宇宙が始まったときのエントロピーが低かった、というのはどういうことなのだろう?(p.146)

ここの説明でトランプの例が紹介されている(p.147)。つまり、12枚のトランプがあって、6枚の赤の束に6枚の黒の束を重ねてシャッフルするとだんだんバラバラになってゆく。つまりエントロピーの低い状態からエントロピーの高い状態になった。一方で、12枚のトランプをすべてガン牌(麻雀用語)できる場合は、はじめの段階でスペード6とかハートAとか12枚すべてを知っているから、シャッフルしても「バラバラ」にならない。つまりエントロピーは変わらない。

この例は「宇宙が始まったときのエントロピーが低かった」ことの説明のところに来ているけど、むしろ上記の、エントロピーとは我々が区別できない配置の数に依存する、の説明の方が向いているように思ったけど。


そんなわけで、もうすこし深掘りしてみることにしよう。ループ量子重力理論じたいを学ぶつもりはないけど、ロヴェッリの論考についてはarXivにプレプリントがあるとのことなので、そのあたりを読んでみようと思う。

まずEdgeの文章"Relative information"が短いので読んでみた。でもこれはあまりに一般的に情報のことしか書いてないので面食らう。

じつのところRelative informationというのはなんのことか、"Meaning = Information + Evolution"を読んでみた。ここでRelative informationを定義しているのだけど、系Aと系Bがあったとして、 それぞれのエントロピーを計算して差をとったものって書いてあるけど、いやそれってふつうに総合情報量の定義 そのものなんじゃないのか?ここでいっきょにわからなくなった。積分はLiouville Measureでとるって書いてあるから、ここに粗視化が出てくるのだろうとは思うのだけど。

今日はここまで。明日に続く

P.S. ちなみに"Meaning = Information + Evolution"の後半に出てくるKolchinsky-Wolpertによるsemantic informationの定義というのは面白い。最終的に出版されたのはInterface Focus. 2018

ここに動画あり:"Observers as Systems that Acquire Information to Stay out of Equilibrium by David Wolpert" スライド(PDF) もあり。スライドの最後のページを見てもらえばわかる。FEPよりもこっちのほうを最大化していると考えたほうがよいかも。こっちもいま読んでいるので、そのうちまとめたい。

P.P.S. David Wolpertってサンタフェ研究所の「ノーフリーランチ定理」の人。この動画はFoundational Questions InstituteのFQXi2016のトークというもので、ジュリオ・トノーニや大泉さんもトークしている。


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