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■ Scientific Reports論文「盲視のサルの信号検出理論的解析」出ました(1/2)

Scientific Reports論文「盲視のサルの信号検出理論的解析」が5/29にオンラインで出版されました。Scientific Reports誌はオープンアクセスですので誰でも論文を入手することができます。

所属している生理学研究所からプレスリリース 「見えてないのに分かってしまう」盲視はヒトでもサルでも同じが出ています。つか私が書いているのですが、簡単な説明に関してはこちらをどうぞ。ブログの方ではもう少し背景とか詳しめなことを書きます。これがそのうち書くであろう日本語総説の原稿にもなる予定。


non-human primatesでの盲視の研究について歴史的経緯で言うと、ニコラス・ハンフリーのNature 1967でV1の両側損傷後にも視覚に対する反応があることを示したことに始まる。つまりWeiskrantzがヒト研究でblindsightという言葉を使った1974年よりも先の話。

でもnhpで「盲視である」ということを証明するのは簡単ではない。なぜなら盲視というのは「意識経験として視覚刺激が見えない」「でも強制選択条件では偶然より正しく視覚刺激の位置を同定できる」という二つのことが起きている現象だから。ハンフリーの論文は後者しか示していない。じつのところnhpではV1損傷後に視覚能力が全体として回復したのかもしれないのだから。

でもそんなことはないというのを示したのがCowey and StoerigのNature 1995だった。ここで彼らがやったのは、この二つの条件をそれぞれ別々の課題で評価してやろうということだった。

cowey_stoerig1995.png

Cowey and Stoerig 1995での行動課題


Forced choice課題では、ディスプレーの中心に白い四角が出て、それをタッチすると黒い四角が4ヶ所のどこかに現れる。それにタッチすると報酬がもらえる。これは正答率90%以上。「強制選択条件では偶然より正しく視覚刺激の位置を同定できる」というのを示した。

Yes-No課題では、ディスプレーの左上にエスケープ領域が提示されている。白い四角が出てそれをタッチすると黒い四角が現れるのはForced choice課題と同じ。違いは「標的なし」という条件がランダムに混ぜられること。標的がないときは左上にあるエスケープ領域にタッチすると報酬がもらえる。行動結果はどうかというと、正常視野に標的が出たときは90%以上の正答率で正しく黒い四角をタッチするのに、損傷視野に標的が出たときはほぼ100%でエスケープ領域にタッチした。つまり、被験者は損傷視野に出た刺激を「標的なし」であると分類したわけで、これは「意識経験として視覚刺激が見えない」ということの証拠だ、と結論づけたのだった。

この論文は言葉を使えない動物に「視覚意識(正確に言うなら視覚的気付きvisual awareness)があるかどうか」をテストしたといえるわけで、意識の研究としては非常に大きなインパクトがあった。

でもちょっと考えてほしいのだけど、いろいろ変なところがある。(1) Yes-No課題ではエスケープ領域があるという意味で画面にあるものがForced choice課題と異なっている。Curr Biol 2012で示したようにサリエンシーの高いところにまず目を向けるというのは非常に自然な行動なわけで、「損傷視野の標的を無視してエスケープ領域をタッチした」という結果は端的にサリエンシーの一番高いところに反応しただけではないだろうか?

(2) さらにもう一点、損傷視野に標的が出る確率が5%しかないというのも問題だ。ここで被験者がやっているのは意識の内観報告ではなくて報酬の最大化なのだから、もし損傷視野の標的が見えていても視力が低くて自信が持てないのであれば、とりあえず「エスケープ領域をタッチする」というのが賢い選択だろう。つまり、この結果は、「損傷視野の標的は見えているのだけれども、機能回復後ははっきりと見えているわけではない」という場合でも説明できてしまう。つまり、Forced choice課題なら自信がなくてもとりあえず一番あやしいところを選べば当たる(実質二択なのだから)が、Yes-No課題では自信がない場合にわざわざ成功率9%(=5/(50+5))の賭けには出ずにエスケープ領域をタッチする、というわけだ。

(3) 前述の項目で出た論点をさらに突き詰めると「ここで起こっている現象は正常視野でも輝度コントラスト下げて閾値ギリギリにしたら起こるんではないの?」という問題になる。彼らはこの可能性を排除していない。つまり、見ている現象がV1損傷に特異的な現象であることを示していない。


じゃあっつうんでこの三点を改良したのが今回の私の論文。ってそれだけ聞くと、日本人らしい、重箱の隅的論文に見えるかもしれない。でもそこで動物ではほとんど行われてこなかった、意思決定バイアスを操作するタイプの信号検出理論的解析(type I SDT)まで加えて、この被験者の感度と意思決定バイアスまで定量化することで現在のヒトでの意識研究で行っているのと同じレベルかそれ以上に正確なデータを得ることができたというところがこの論文の売り。

おっとしかしここで時間が。つづきはまた明日。


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