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■ サルの盲視は生活環境でも使える --- Current Biologyに論文掲載されました!

私が生理学研究所の認知行動発達研究部門で進めていた盲視のサルの研究の成果がCurrent Biologyのオンライン版に出版されました!

Yoshida et.al., "Residual Attention Guidance in Blindsight Monkeys Watching Complex Natural Scenes" Current Biology vol.22 (2012) DOI 10.1016/j.cub.2012.05.046

わかりやすさ重視での説明はプレスリリースを見てもらうとして、このブログではこのブログらしく書くことにしよう。こんなかんじになる:

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  • [ムービークリップ] 盲視のマカクザルにムービークリップを見せて、好きに見てもらっている間の眼の動きを計測する。
    • おサルにとっては、好きに見ているだけ。なにかを探す必要とか無し。報酬無し。強いて言えばムービーが報酬。
  • [特徴マップ] ムービークリップのどこが「目立つか」を計算論的モデルから予測してやる。
    • 目立つってどういうことか。白い背景の中に黒いマルがあれば目立つ。つまり、明るければ目立つのではなくて、周りと違っていれば目立つ。「目立つ」かどうかは空間的配置によって決まる。
    • この予測は個々の動物でみんな同じ。画像だけから計算している。
  • [サリエンシー・マップ] 計算論モデルの結果としてよく目立つ部分(白色)を図示したのがサリエンシー・マップ。サルの視線が向く場所はよく目立つ部分だった。
    • つまり、盲視のサルは見えない視野(「損傷視野」)に向けてテキトーに眼を動かしているのではなくて、「目立つ」(=ボトムアップ性の注意を誘引する)という視覚情報を使っていることが分かった。
  • さらに、特徴マップのうちどの特徴を使っているかを推定することが出来る。つまり、動きの寄与を知りたかったら、「すべての特徴を使った予測」と「動き以外のすべての特徴を使った予測」の差を評価すればよい。
    • たんに「動きだけのモデル」を評価したのではダメ。なぜなら、ムービー上で各特徴の間には相関があるから。たとえば、動いているパックマンは周りと色が違うので、色の面からも目立つ。
  • こうやって評価してみたら、盲視ザルでは「輝度」「色」「動き」で目立つという情報は利用できるが、「傾き」は利用できないことが分かった。
    • 「傾き」という情報はまさに今回損傷したV1で処理されていることが分かっている。よってこれは理にかなってる。
    • ところで「傾き」で目立つってどういうことか。縦縞の背景の中にぽつんと横縞のパッチがあれば目立つ。とりあえずは形を認識する際の要素の一つだと思ってもらえればいい。
  • 盲視ザルでは「色」で目立つという情報は利用できるらしい。直接検証してみた。つまり、灰色の背景に、同じ輝度の色パッチを出して、それに眼を向けたらジュースがもらえるというテストをした。
    • 色は脳内では「赤-緑」と「青-黄」という二つのチャネルで処理されている。これをDKL空間という。以前ブログで「DKL色空間についてまとめ」という記事を書いたけど、それはモニタのRGB値からDKL空間への変換を自力で計算していたから。伏線回収キタコレ!
  • たしかに色を見つける能力があることを確認した。つまり、計算論モデルによる予測を実験で実証した。以上!

自分の話だとつい長くなる。前提として盲視とはなんぞやとかは省略。一点だけ補足しておくと、盲視ってのはふつうは「何も見えないのだけれども、縦棒と横棒のどちらかがあるから当てずっぽうでいいので答えてみて、と言われて答えたらなぜか当たってしまった」というような「強制選択」の条件で起こると信じられてきた。

でも、左右視覚野損傷で全盲の人が障害物を避けて歩く、という報告(deGeleder 2008)のように、強制選択の条件でなくても盲視は使えるって可能性があることが分かってきた。これをムービー刺激で検証しよう、ってのがこの研究のスタートポイントであり、これが検証されたってのがメインの結果の一つ目。

意識研究としての意義で言えば、生活環境下で盲視が使えるとなるとこれは「哲学的ゾンビ」の概念に近い。どういうことよ、って話になる。(この論点は今日は膨らまさない。)

研究の枠組み的な意義として強調したいのは、動物実験 <=> 計算論モデル での双方向でのやりとりがあるという点。実験屋さんがデータを計算屋さんに渡して解析してもらって終わり、ではない。っていうか解析のメインなところにもわたし吉田(実験屋)がかなり関与した。(吉田の寄与については後述)

つまりこういうこと:[ムービーと眼の動き]->[計算論モデルとの対応]->[計算論モデルからの予言(色への感度)]->[色検知課題での実証]

計算論モデルを作成したのはLAにある南カリフォルニア大学(USC)のLaurent Itti。これまでにもこのブログでいろいろ言及してきた。このカテゴリとか見てくれれば分かる。Laurent Ittiはそれまでconceptualな存在だったサリエンシーマップを実際にコンピュータ上で動かして使えるようにした人で、Koch-IttiのNature Reviews neuroscience 2001はこの分野では必ず参照される論文だし、いまでもコンピュータヴィジョンの論文ではIttiのモデルをリファレンスとして、それよりも何倍速く計算できるとかそういう議論がなされる。

そんなかんじの本家の人と一緒に仕事が出来たのは非常にラッキーなことで、それはHFSPでの国際共同研究事業の中で、[日本・生理研・伊佐教授] - [カナダ・クイーンズ大学・Munoz教授] - [米国・南カリフォルニア大学・Itti助教授] - [オランダ・アムステルダム自由大学・Theeuwes教授]というコラボレーションの中で生まれた。

この共同研究でいくつか論文が出たけど、今回の仕事はそのなかではいまのところいちばんいいところまで来ることが出来たと思う。さあ、どんどん次行こう!


計算論の部分における私の寄与としては、もともとのサリエンシーモデルでは色チャネルはRGBだったりYuvだったり、コンピュータ・ヴィジョンの発想でモデル化されていたので、そこにより神経科学的に尤もらしいDKLチャネルを用いてモデル化することを提案した。(コード書くのはLaurentだった。わたしもC++勉強したけど、ぜんぜん無理だった。)

それから、もともとのモデルではそれぞれの特徴は単純に足しあわされるだけだった。そこで私は、特徴量の寄与を計算するために、この特徴量を足し合わせる部分の重みを振って、予想成績を最大化する重みを見つけて、さらにFullモデル - マイナスワンモデル(上述)の差から各特徴の寄与を計算する、という方法を提案した。(cross validationはしてない。そこはサボってる。)

けっきょくコードを書くのはLaurentだったけど、ペアプログラミング的に、コード書いてるLaurentの横で私があーでもないこーでもないとか言ってコードを確認して、自分がイメージしたとおりにimplementされているかどうか責任を持った。(サリエンシーの評価にDL距離がいいか、ROCがいいか、ROCのばあいにはタイの扱いをどうするか、そういう細かいところまで一緒にやった。) Matlabとかについてはわたしもコード書いた。このためにLAに滞在したのだけど、なかなかextensiveな経験だった。


[社会的意義について] (ここから口調変えます) この研究結果から言えることは「ムービー見ているときの眼の動きを記録するだけで、同名半盲の方が盲視を持っているかどうかを調べるのに使うことが出来ます」ということなのですが、これはあくまで動物実験の結果なので、まだ患者さんからの要望にすぐに応えることは出来ません。

研究発表をする度に、患者さんまたはその家族の方から問い合わせの連絡をいただくのですが、毎度「直接お力になることは出来ません」と返答しています。お医者さんとの共同研究による検証がその前に必要です。

患者さんからいただく問い合わせの中でよくあるのが、盲視とは「トレーニングによって見えなかった視野がまた見えるようになる」ことであるという誤解です。そうではないのですが、このことはなかなかご理解していただけないので繰り返し説明しています。そのような意味での機能回復トレーニングに関する研究はあるのですが、効果は無いか、あったとしても非常に小さいことが分かっています。

もし医師の方で興味のある方がいらしたら吉田までご連絡いただければ(アドレスは生理研のサイトにあります)、本研究成果の患者さんへの応用の可能性について議論させていただきたいと考えております。

盲視は同名半盲の患者さんの中で稀に起こる現象と考えられてきましたが、最近ではトレーニングによってこれまで考えられているのよりも多くの患者さんで盲視の能力が現れることが報告されています。たとえばJNS 2009 "Perceptual Relearning of Complex Visual Motion after V1 Damage in Humans"および著者の大学でのプレスリリースそれからその他の報道 Discover Magazine.comthe guardianなど。

JNS2009の場合には具体的には何をしているかというと、ラップトップにトレーニング用のプログラムを入れたものを患者さんに持って帰ってもらって、毎日家で損傷視野での視覚刺激の弁別課題(ランダムドットの方向弁別とか)を行ってもらうと、はじめは成績が偶然当たるレベルなのに、数ヶ月で二択で9割正解くらいまで上がるというのです。

おそらく盲視自体は医師にとってまだ懐疑的に見られているようにも思うので、まずはこの現象に興味を持っていただけたらありがたい、このへんからスタートしようと考えております。盲視という能力が開発できるとしたら、患者さんにとってはいいことなのかもしれないし、でも患者さんにとってはさっぱり意義を実感できないのかもしれない。(気付かぬうちに見えない視野から飛んできたものを避けたとして、それで得したと実感できるだろうか?) まずはいったいなにが起こっているのかをもっと知りたいし、その上で本当に役立つのかを考えたいのです。


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