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■ Saccadic suppression: 藤田昌彦先生からのコメント

以前のChronostasisのエントリ(20040609)に、法政大学教授の藤田昌彦先生からコメントをいただきました。どうもありがとうございます。読者の方の目に触れやすくするために以下に転載させていただきました。これではここから:


"saccadic suppression"の説明ですが,もしこれがVolkmann (1978) に基づくものなら,論文に記載された通りに,彼女の用いた刺激は極めてコントラストの低いものです.この抑制は存在しても極めて弱く,これで日常生活の"saccadic suppression"は説明できません.Saccade最中も視覚像は脳に伝わっており,むしろマスキングに基づくsaccadic omissionという説が確かだと考えます.

F. W. Campbell, and R. H. Wurtz: "Saccadic omission: why we do not see a grey-out during a saccadic eye movement.", Vision Res, 18, 10, pp. 1297-1303 (1978)


以上です。どうもありがとうございます。いま元エントリを再読してみましたが、わたしの"saccadic suppression"という言葉の使い方に混乱があったように思います。

ご紹介いただいたCampbell, and Wurtz (1978)は「サッカード中の網膜上の画像をわれわれが意識しないこと」を説明するメカニズムとして、サッカード中の視覚の閾値を上げるような"saccadic suppression"とサッカード前後の視覚情報でマスクする"saccadic omission"という二つの対立する仮説を取り上げて、"saccadic omission"の優位性を主張しています。また、Rossらによるレビュー(TINS 2001 "Changes in visual perception at the time of saccades")でもサッカード中の視覚の感度をsuppressする過程としてsaccadic suppressionという言葉が使われています。

いっぽうでさいきんでは"saccadic suppression"という言葉が「サッカード中の網膜上の画像をわれわれが意識しないこと」という現象のこと自体を指すようになっているように思います。(心理物理学者ではなくて神経科学者による言葉の濫用という側面はありますが。) たとえば、Science 2002 "Neural Mechanisms of Saccadic Suppression"では、

In normal vision our gaze leaps from detail to detail, resulting in rapid image motion across the retina. Yet we are unaware of such motion, a phenomenon known as saccadic suppression."

としていますし、また、Wurtz本人の最新のレビュー(Vision Research 2008 "Neuronal mechanisms of visual stability" Robert H. Wurtz)でも、

This high speed of the saccade sweeps the image of the visual scene across the retina producing a blur. Yet we are usually unaware of this blur. This lack of vision during saccades is referred to as saccadic suppression or, to emphasize the lack of awareness of sweep, as saccadic omission

と書いています。この意味においては、saccadic suppressionという現象において、「サッカード中の視覚の閾値を上げる」および「とサッカード前後の視覚情報でマスクする」というふたつのメカニズムがあって、それらがどのくらい寄与しているのか、どういう脳内メカニズムによって達成されているのか、という議論と捉えるべきかと思います。どちらの意味においても元エントリの"saccadic suppression"の言葉の使い方は良くなかったようです。ご指摘ありがとうございます。

ちなみに先述のWurtzのレビューではgating説(つまりサッカードの指令のcorollary dischargeがsuppressionに関わっているとする説)の方に関して、そのeffectはmodestとしていて、LGN関連であるとするデータを列挙しています。(Motionやdisplacementに関するdetectionに関してはShioiri and Cavanaghをreferしてます。) ただ、effectの起こっているsiteに関してはdiscussionのところで面白いことを言っていて、

One idea about a possible added source of that suppression, though a novel one, is that it could be provided by the SC superficial layer neurons, which show a CD based suppression, and that could project upward via the pathway from SC through pulvinar to cortex.

ということで上丘の関連を示唆しています。Wurtzの上丘中心主義もここまで来たかというかんじもありますが、これには伊佐研の仕事も関連しています。Ratの上丘sliceでの仕事なのですが、SGIからSGSへ投射するinhibitoryなconnectionを見つけたという論文(PNAS 2007 "Identity of a pathway for saccadic suppression")があります。これを元にしてWurtzのレビューでは、SGIでのsaccadeのシグナルがcorollary dischargeとしてSGS->pulvinar->cortexの回路をゲートするのが、サッケード中の網膜入力のsuppressionに関わるのではないか、というアイデアを提唱しています。(ちなみにPNAS 2007はcommunicated by Wurtzです。)

ちなみに藤田先生のグループからこの問題を直接扱った論文が出ています:信学論誌 「サッカード抑制説と脱落説の同一手法による検討」


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