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■ 意志決定の曖昧さ5

東大先端研の渡邊克巳さんの講演の予習。今回は"deliberation-without-attention effect"について。

Dijksterhuis, A., Bos, M. W., Nordgren, L. F., van Baaren, R. B. (2006). "On making the right choice: The deliberation-without-attention effect." Science, 311, 1005-1007.

「意志決定に対して意識的に熟考することがほんとうに重要なのか」という問題提起がある論文ですので、今回の話の参考資料としてあげられているのでしょう。

論文の内容の方はググると日本語のレジメが見つかりますんでそちらをどうぞ。話としては、「単純な要因での選択においては、意識的思考を行うことはよりよい結果を生む。一方で、複雑な要因が絡む選択においては、無意識的思考に任せておいた方がよい」ということを示した、という話です。このような説について著者らはdeliberation-without-attention説と呼んでいます。実験結果を聞かなくてもすでに話的にはなんかもっともらしい気がします。考えすぎはいけない。直感を大切に、というわけです。将棋の羽生さんの「決断力」なんかでもそういう話がありました。

(ところで理研で発表された、「将棋における直感的思考」の計画ですが、あれ、けっこういいんではないかと思ってます。セカンドライフはどうでもいいんだけど。MalachのScience 2004論文とかであったように、あるイベント(映画見せたり、将棋の対戦したり)のあいだの脳の活動はざっと記録しておいて、あとからそのイベントの中で起こったことで脳の活動をalignして関係するところを見つける、というわけです。ポイントは、棋士はそういう思考のプロなので、ずっと考えているけどいい手が見つからないとか、うまいことひらめいたとか、定跡どおりに打っているだけとか、そういうことを感想戦としてretrospectiveに述べることができる。この情報を使って脳内の活動との相関を見てやることができるわけです。禅僧からfMRIとかも相手はそういうののプロなのだから、現象的に起こったイベントの詳細な記述をretrospectiveに行ってそれの脳の活動を関連づければすこしはneurophenomenologyと言えるようになるのではないかと思うのですけど。) はやくも脱線。

実験は大きく分けて二つあります。まずはじめの方から。ある仮想的な車4種類についての情報(「車Aはトランクが大きい」とか)をいくつか聞いて、いちばんよいと思う車を選ばなくてはいけない。情報の数が少ない(4つの属性)ときは、考える時間を与えたほうがよりよい車を選んだ。情報の数が多い(12つの属性)ときは、考える時間がすくない(妨害課題としてべつの心理テストをやってる)ほうがよりよい車を選んだ。これが結果です。

さて問題はこの「よりよい車」がどう良いかですが、与える文章の段階で決まってます。4種類の車について最大12種類の属性を記述する文が読み上げられます。Supplementary informationにその文章がありますので、それを表にまとめてみました。

車の名前
Hatsdun Kaiwa Dasuka Nabusi
属性 mileage good good poor poor
handling good poor good poor
trunk large large small small
available colors many many very few many
service excellent excellent poor poor
legroom poor plenty little plenty
to shift gears difficult easy easy difficult
cupholders yes no yes no
sunroof yes no yes yes
for the environment relatively good fairly good not very good not very good
sound system poor poor good poor
new very new old new old

良いところには1点、悪いところには0点を付けて各車に点数を付けると、
Hatsdun 9点
Kaiwa 7点
Dasuka 6点
Nabusi 3点
となります。こうするといちばんいい車はHatsdunです。サンルーフがあるかないかと、サービスがいいかどうかは等価にはできないと思いますが、ここではそういうことはあまり気にしてない様子。(ところで車のネーミングがなんか日本車っぽいんですけど。HatsdunなんかDatsunでしょ。)

12個全部の属性を与えたときには、熟考時間があった人は25%くらいしかいちばんいい車を選べなかったけど、熟考時間を減らした方がかえって、半分近くのひとがいちばんいい車を選んでる。4個の属性を与えたときには妨害課題のあるなしによって選択率は変わらず、50%程度。以下のところが気になるけど、ともあれ効果は明白で、面白いです。

結果のalternativeな説明を考えてみましたが、妨害課題によって属性に関する短期記憶が影響されるのだけれど、そのときに影響を受けやすいのが、positveな属性かもしくはnegativeな属性かに偏ってたりするとこんな結果が生まれそうな気がします。属性4個のときには容量が少ないので短期記憶は影響を受けない、だから妨害課題があるかないかの影響をほとんど受けない、これも意味が通ります。

ようするに、熟考時間の問題なのか、短期記憶の問題なのかというのがこの実験の解釈の論点になるんではないかというわけです。どういう根拠でその車を選んだのか、おぼえてる属性とかを使って被験者に説明させておけば、そのデータが利用できたんではないかと思うんだけど。(そうすると、これまでコメントしてきたScience 2005論文とも関係してきますね。)

さて、論文の後半はもう一つの実験です。IKEA(家具とか大物を売ってる)で買い物した人と、Bijenkorf(衣類とか小物を売ってる、アメリカでいうところのメイシーズMacy'sみたいな存在だそうな)で買い物した人とが買い物をして出てきたところで、インタビューをする。なにを買ったか、いくらだったか、どのくらい買うのを決断するまで時間を使ったか。数週間あとでまたインタビューする。買った物に満足していますか。

結果は、IKEAで買い物した人は、購入に際して熟慮した人のほうが満足してない。Bijenkorfで買い物した人は、購入に際して熟慮した人のほうが満足してる、というものです。IKEAかBijenkorfかの違いは、選択をするにあたっての製品の複雑度を反映しており、よって前半の実験と同じことが日常生活の実際的な場面にかなり近いところでも再現された。だから、deliberation-without -attention effectは支持された、というわけです。

さて、社会心理学のおさらいをした私たちにとって、こっちの実験は明白に問題があることに気づくと思います。つまり、前半の実験では「良い製品」とは実験者によって決められたものでした。しかし、後半の実験では「良い製品」とは購入した人による評価で決まるものでした。しかし、認知不協和理論を見てきてわかったように、われわれが自分が行った行動選択に対する評価というものは認知的要因によって影響を受けるのでした。もし、たくさん調べてから物を買った場合と、直感で同じ物を買った場合とで、(仮想的な)客観的な価値が同じだったとしても、あらかじめ労力をかけて選んだことによって、元々の評価よりも高くなければ釣り合わない、というような認知不協和を持つ。そうすれば自分の行った行動の評価を下げることによってこの不協和を解消するということで説明できる。Bijenkorfでの買い物はそんなに高価な出費でないので、そもそもそのような認知不協和がおこらない。

要は、はじめの実験と違って、後半の実験ではそれがよい製品であるかどうかをそれを買った人の満足度で評価しているという点が致命的に問題なのではないか、というわけです。後半の実験はどちらかというと、前半の実験の結果を踏まえて、マスコミ受けを狙っておもしろおかしく紹介できるようにおこなった実験というような趣なんですけど。というわけで後半の実験にかんしてはまったく評価しておりません。勘違いしてたらご指摘お願いします。(勘違いはよくやるんですよ。今年の神経科学大会では一回しか質問しなかったけど、それは課題の勘違いに基づくものでしたorz)

ちなみにFig.3とFig.4の棒グラフは原点が0になってない、いけない棒グラフです。(いわゆる「捏造棒グラフ」問題。) 棒グラフは原点からの長さで印象を決めるから、0を原点にしないと正しく値の比率を反映しなくなるので良くないのです。この条件で棒グラフを使いたいならせめて(あんま良くないけど)比率にして%表示で平均値からの差で表現するか。そもそも棒を原点から延ばす意味がなくて、差を比較したいだけならば、点とエラーバーにしておくべき。前半と後半で書いてる人が違うんではないでしょうかね。

なんつうか、論文が言いたいことは納得なんだけど、実験の手続きがいろいろ引っかかって全体としては納得がいかない、そんな読後感でした。この論文に関してはここまでで。


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