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■ 選択した行動の正解不正解をコードする前頭前野内側部

さてそれでは生理研研究会予習シリーズその1。理研BSIの松元まどかさん。
Nature Neuroscience 2007 "Medial prefrontal cell activity signaling prediction errors of action values" Madoka Matsumoto, Kenji Matsumoto, Hiroshi Abe and Keiji Tanaka
理研BSIからプレスリリース(「正解/不正解から学ぶ脳のメカニズムを発見 - 脳科学の教育への応用に新たな手がかり -」)が出てますんで、それを読めばどういう課題をやってどういうデータが出たかはわかります。
まず、記録した場所はmedial prefrontal cortexです。ここは前報のScience 2003 "Neuronal Correlates of Goal-Based Motor Selection in the Prefrontal Cortex" Kenji Matsumoto, Wataru Suzuki, Keiji Tanakaで記録されたところと同じであるようです。Anterior cingulate cortex(ACC)を含む領域でperformance monitoringと関係がある、と言われてきました。このへんの経緯と記録部位とは議論のネタのひとつとなるでしょう。
課題は二段階に分かれていて、まずvisual blockでは二つの図形A,Bのうち、Aだけが提示されて、fixationしていればwater reward (primary reinforcer)がもらえます。これによって、被験者は図形A,Bのどちらが正解であるかを学びます。3 trial成功したらaction-learning blockに移ります。こんどはfixation pointがgo signalになったら、被験者はレバーで左右のどちらかを選ばなければなりません。そのあとで図形Aが左、Bが右に提示されます。もし被験者が左を選んでいたら正解ですが、water rewardは与えられません。つまり、提示された図形Aがsecondary reinforcerとして働きます。このsecondary reinforncerへの応答をmedial frontal cortexから記録したのがこの論文です。
Action-learning blockに入った1trial目では左右どちらが図形Aかはわかりませんので正答率は50%となりますが、それ以降は図形の出る位置は固定されているのでほぼ間違えません。Action-learning blockで正しく3回レバーを押すことが出来たら、つぎのvisual blockに移ります。そのときは強化される図形がrandomizeされているのでまたlearningは一からやり直しです。
さて、それでニューロンの活動の方ですが、Action-learning blockに入った1trial目でエラーした場合(visual blockで提示された図形でない方を選んだ)に活動するニューロンが見つかりました。これはこれまでanterior cingulateがerrorやconflictをモニターしているという説からすると驚きではありません。いっぽうで、Action-learning blockに入った1trial目で正解したときに活動するニューロンも見つかりました。この活動は3回連続して正解してゆく過程でどんどん弱くなっていきます。
よってこのような活動はaction valueのprediction errorをコードしている、というのがこの論文の結論です。この結論を導くために、行動データからaction valueのprediction errorを計算してやって、これとニューロンの活動か相関していることを示しています。
さてさて、プレスリリースでは教育には正解を教えることと不正解を教えることの両方が必要であって、正解したときに褒めるだけではダメだよ、っていう言い方になるんですが、正しいような、でもそれを今回の論文で示したわけではないでしょうと思ったり。(それ自体は行動データで明らかになることであって、そのような誤差情報が脳にあることを見つけたのが今回の論文であって、さらにそのような誤差情報が使われているかどうかはまたべつのstudyが必要。) このへん、研究成果をどうかみ砕いて説明するかという問題なのですが、なかなか難しい。
課題の説明でも書きましたが、もともとこの仕事はneural correlates of secondary reinforcerをみつけることを目的としていた節があります。SFN 2004のabstでのタイトルは"action evaluation by secondary rewards in the medial prefrontal cortex"でした。また、理研年報の2004年(PDF)では研究のまとめとして「前頭前野内側部が一次報酬ばかりでなくそれ以外の感覚フィードバックによって行為を評価する際にも重要な働きをすることが示唆された。」というふうに書いています。こっちの方向性の議論のほうが面白い(論文の方での議論はどちらかというと歴史的経緯との対比から作り上げられた議論と思える)と思うので、このsecondary rewardの意味づけについても議論したいところです。というのもオペラントでやる限りなんらかのrewardとは結びついているわけで、今回の課題のaction-learning blockも、どちらかというとさっさと正解して終わらせないと次のvisual block (被験者にとってはreward blockといった方がよいでしょう)に辿りついてprimary rewardをもらうことができないからやっているわけでして。ま、ここはprimary reinforcerとsecondary reinforcerの定義から入るべきか。そのへんはまたということで。
他の論点としては、それまでのACCがerrorやconflictのmonitoringと考えられていたところで、Science 2003 Ito et alでpositiveな方向の活動もあったというあたりから役割の捉え直しが進んでいるようです。RushworthのTrends in Cognitive Science 2004とか読みましたけど。このへんについてではないでしょうか。
Stimulus noveltyとの関連などについてはまた次回。

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# 松元健二

生理研研究会「注意と意志決定」予習シリーズ第1弾に、私たちの論文を取り上げて下さってありがとうございます。つっこみどころは多いかとは思いますが、とりあえず、外堀にあたるプレスリリースに関して。プレスリリースの文章は主に私が書いたので、これについては私から。
まず、プレスリリースは今の日本社会、とくに教育関係者に向けた「応用」メッセージです。そのため、論文に記述した、研究者向けの「基礎」メッセージとは異なった強調の仕方をしております。
ご存じのように今の日本社会では、教育再生は国家的課題で、脳科学の教育への応用も注目されています。巷では思った以上に、褒めるだけの教育が過度に蔓延しているようです。この間違いの指摘は、わざわざ脳科学を持ち出すまでもなく、行動分析学の常識だけで本来十分なわけです(もっとも行動分析学の創始者であるスキナーは、「決して叱ってはいけません」と言っていたようです)が、認知主義全盛の今の時代には、行動分析学自体が古い考えと映ってしまうために、先述の現状があるのだと思います。なので、脳科学による行動分析学のサポートには、意味があると考え、それを間接的に強調した次第です。もちろん神経科学的には、正解のフィードバックに対する細胞応答の方が意義があり、これを学習過程で(Ito et al. 2003では、unpredicted free rewardが使われた)、モデルも援用して詳しく解析したところを論文では強調しています。
それともう一つは、「仮説実験授業」の有効性の支持です。予測誤差が前頭前野内側部の神経細胞でコードされているという所見は、「結果を予想してから、その予想が実際に正しいかどうかを検証するという「仮説実験授業」の基本手続きと非常に相性がいいです。「仮説実験授業」自体は、50年近くもの歴史があり、教育学の分野でこそ広がってはいますが、それ以外にはあまり認知されていないように思われます。そこでプレスリリースでは、間接的に「仮説実験授業」の有効性を強調することを試みました。
ちなみに、「NEW教育とコンピュータ」(7月号)という学研の教育者向け雑誌のインタビュー記事では、「仮説実験授業」への支持を直接に表明しましたので、機会がございましたら、ご一読頂ければ幸いです。なお、上のような方向性のメッセージを社会に発信するにあたっては、東工大・学振PDの村山航さんのご意見を大きく参考に致しましたことも、この場で触れて、謝意を表しておきたいと思います。

# pooneil

コメントどうもありがとうございます。この「仮説実験授業」がここで出てくるところは面白いですね。遅くなりましたがレスポンスを作成しました。長くなリましたので新たにエントリを作成しました。ぜひそちらをごらんください。


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