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■ 「社会化した脳」
いよいよ来週が生理研研究会です。要旨集も最終版(ver.4)になりました。あらかじめ印刷して読んできておいていただけるとありがたいです。会場には若干部しか用意しない予定です。
さてさて、今年はぜんぜん予習シリーズが進みませんでしたが、「社会性」に関してお薦めの本がありますので紹介します。
京都大学医学部精神医学教室の村井俊哉准教授の「社会化した脳」です。
重要なところを抜き書きしておきます。たとえば「社会的認知」(social cognition)の定義について:
米国の神経科学者ラルフ・アドルフスは、「社会的認知とは、自分と同種の生物に対する行動を支える情報処理過程」と定義している(Adolphs, 1999)。つまり、人間であれば、人間同士のあいだでの行動のやりとりの際にどんな風に頭を使っているのか、そして実際に適切に行動できるのか、ということが、社会的認知・社会的能力である。(p.27)
それから、情動(emotion)の定義について:
では情動とはいったい何かひとことで言えといわれると、なかなか定義が難しい。それでも思い切って簡単ないい方をすると、「情動」とは、自分の周りの事物・事象が、自分が生きていく上で有益か有害かを速やかに評価することと、そのような評価に基づく身体の反応のことだ。(p.53-54)
それから、社会的能力が「接近か回避か」という行動パターンから、より単純な情動を経て発達したとする説に関して、
幸福、恐怖、怒り、嫌悪、悲しみ、驚きがそのような情動(感情)の代表で、これらは基本情動と呼ばれる。さらに、私たち人間は、複雑な人間関係・社会的状況の下で、賞賛、嫉妬、プライド、恥の感覚、罪の意識といったより繊細に分岐した感情を発達させてきた。これらは社会的情動と呼ばれる。(p.54)
このへんを押さえた上で、ヒトでのfMRIや脳損傷の例が提示されます。
第5章は扁桃体の損傷で恐怖の表情を読み取れなくなったという話。ご自身の研究を引いてますが、大元はAdolphsのこれでしょう:
Adolphs R, Tranel D, Damasio H, Damasio A. "Impaired recognition of emotion in facial expressions following bilateral damage to the human amygdala."(pdf) Nature. 1994 Dec 15;372(6507):669-72.
第6章はそのような患者さんでは「信用できる顔」の判断が甘くなってしまう話:
Adolphs R, Tranel D, Damasio AR. "The human amygdala in social judgment." Nature. 1998 Jun 4;393(6684):470-4.
さらにfMRIで見た扁桃体の活動に偏見が反映するという、
Lieberman MD, Hariri A, Jarcho JM, Eisenberger NI, Bookheimer SY. "An fMRI investigation of race-related amygdala activity in African-American and Caucasian-American individuals." Nat Neurosci. 2005 Jun;8(6):720-2
第7章はfMRIで見たSTSの活動が視線の読み取りを反映するという、
Hoffman EA, Haxby JV. "Distinct representations of eye gaze and identity in the distributed human neural system for face perception." Nat Neurosci. 2000 Jan;3(1):80-4.
第9章はダマジオのアイオワ・ギャンブル課題の話で、ventromedial prefrontal cortexの損傷した患者さんでは、目先の利益に引っ張られてしまうという話:
Bechara A, Damasio AR, Damasio H, Anderson SW. "Insensitivity to future consequences following damage to human prefrontal cortex." Cognition. 1994 Apr-Jun;50(1-3):7-15
第10章では、同じ脳領域が幼少期に損傷したことによって社会的逸脱行動が著しく見られた事例についての報告:
Anderson SW, Bechara A, Damasio H, Tranel D, Damasio AR. "Impairment of social and moral behavior related to early damage in human prefrontal cortex." Nat Neurosci. 1999 Nov;2(11):1032-7.
第11章は「心の理論」の話です。人間を相手にじゃんけんをする、つまり相手の意図を推測する必要があるときにはanterior paracingulate cortexが両側性に活動する:
Gallagher HL, Jack AI, Roepstorff A, Frith CD. "Imaging the intentional stance in a competitive game." Neuroimage. 2002 Jul;16(3 Pt 1):814-21.
第12章は対戦型ゲームであるチキンゲーム中にはanterior paracingulate cortexとSTSが活動するという著者の論文:
Fukui H, Murai T, Shinozaki J, Aso T, Fukuyama H, Hayashi T, Hanakawa T. "The neural basis of social tactics: An fMRI study." Neuroimage. 2006 Aug 15;32(2):913-20
第13章は慈善的寄付行動に関連する脳部位がventromedial prefrontal cortexだったというもの:
Moll J, Krueger F, Zahn R, Pardini M, de Oliveira-Souza R, Grafman J. "Human fronto-mesolimbic networks guide decisions about charitable donation." Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Oct 17;103(42):15623-8
というわけで、大まかに言ってしまえば、第2部(4-8章)がApolphs、第3部(9-10章)がDamasio、第4部(11-13章)がC. Frithというかんじです。
出版が2007年の9月ですので、それまでの最新の論文が引用されているわけですが、どんどん新しい論文が出ているというのが現状でしょう。
このフィールドで研究する人にとってはきっとみんな読むべき論文なのでしょうけど、元の論文を読む時間のない人(私を含む)はこの本を研究会の行きの新幹線か名鉄で読んでおくとよいと思います。おすすめします。
これで研究会前のブログ更新は終了です。それでは岡崎にて。
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- / 投稿日: 2008年09月05日
- / カテゴリー: [生理研研究会2008「動機づけと社会性の脳内メカニズム」]
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