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■ episodic memoryとsemantic memory
今週は土日もいろいろ書きながらまとめてます。
というわけで、いろいろややこしいのだけれど、まずは題材はSquireの論文。
JNS '98 "Retrograde Amnesia for Facts and Events: Findings from Four New Cases." Jonathan M. Reed and Larry R. Squire
SquireはH.M.さんの健忘症の研究を元にして宣言的記憶と手続き的記憶、という区分を非常に重視しています。Episodic memoryとsemantic memoryという区分については、episodicは海馬でsemanticはrhinal cortexである、というような機能局在はないとしています。じっさい、 H.M.さん(両側のhippocampus+rhinal cortex)、R.B.さん(両側のCA1のみ)などの結果ではepisodicもsemanticも同程度に傷害されると結論付けています。
Zola-Morgan JNS '86での患者R.B.
Rempel-Clower N, Zola SM, Squire LR, Amaral DG (1996) Three cases of enduring memory impairment following bilateral damage limited to the hippocampal formation. J Neurosci 16:5233-5255での患者G.D. W.H. L.M.
それで海馬とrhinal cortexとがどのくらい傷害されるかで影響を受けるのはretrograde amnesiaの障害の厳しさ自体だというわけです(海馬CA1だけの障害のR.B.の記憶障害の程度はH.M.さんと比べて軽かった)。
JNS '98 "Retrograde Amnesia for Facts and Events: Findings from Four New Cases."
では新たに四人の患者さんの結果でこの問題を扱っています。
- 両ヘミのhippocampusに限られている例:A.B., L.J.(A.B.さんは酸欠、L.J.さんは原因不明)
- 両ヘミのmedial temporal lobeにlesion(hippocampus含む):E.P., G.T.(二人とも単純ヘルペス脳炎によって側頭葉を障害)
Retrograde amnesiaの記憶試験はコントロールが難しいので、方法論的な難点を持っています(anterograde amnesiaだったら実験者がランダム性を考慮した課題を記銘してもらえばよいのに対して)。NS '98論文で使った記憶試験は以下の通り。
Fact knowledgeについての試験:
(1) New vocabulary: 新しく使われるようになった(1955-1989)語彙("zilch"=zeroの意味)を答えさせる(recall)、できなかったら四択(to destroy;a stain;a filmy residue;zero)の中から答えてもらう(recognition)
(2) public events: 1940-1995のあいだの事件。"Who killed John Lennon?"(recall)で答えられなかったら四択から選ぶ(recognition)。
(3) famous faces: 1940-1995のあいだの有名人の顔。マリリンモンローの写真を見せて、誰か答えてもらう(recall)、出来なければ、これはマリリンモンローですかと聞くか(chance level 50%)、三択で聞く(recognition)。
(4) famous name completion: Alfred Hitch____から"Hitchcock"と言えるかどうか。
(5) famous names recognition: 三択でJoseph Silva, Jimmy Hoffa, Willie Turmanの誰が有名人か答えてもらう(ジミー・ホッファ = 全米トラック運転手組合委員長 (1957-71)で陪審員買収と公金横領で有罪になり、出所 (1971) 後に失踪)。
Autobiographical memoryについての試験:
(6) Autobiographical memory interview (AMI):以下の質問に答えてもらう。
- Describe an incident from the period before you attended school.
- Describe an incident that occurred during the period in which you attended elementary school.
- Describe an incident that occurred during the period in which you attended high school.
Personal semantic knowledgeについての試験:
(8) AMIと同時に、personal semantic knowledgeについての質問もする: what was your home address while attending high school?
結果:fact knowledgeのテストの結果は海馬のみ損傷の患者さんでマイルド、側頭葉損傷の患者さんではかなりきびしい。両者ともにanterograde amnesiaは明確にあり、これもfact knowledgeのretrograde amnesiaの成績と同様に海馬のみ損傷の患者さんのほうがマイルド。Autobiographical memoryおよびPersonal semantic knowledgeは海馬のみ損傷の患者さんではほとんど見られない一方で、側頭葉損傷の患者さんでは非常に傷害されている。E.P.さんの場合は昔のことになればなるほどよく憶えている傾向がある。
というわけでepisodic memory(autobiographical memory)もfact knowledge(semantic memory)も同様に傷害されている、としています。とくに言及はされていないけれども、この論文では"Personal semantic knowledge"をautobiographical memoryとは別の項目でテストしているわけです(結果に差はなかったわけですが)。これは名前の通りsemantic memory(=factのmemory)です。つまり同じテスト(AMI)の中でepisodicに相当するものとsemanticに相当するものの効果を見ることができて、それらへの効果は同様なパターンを示した(障害のtime periodのパターンはE.P.さん、G.T.さんとで違っているけれども、同じパターンがautobiographical memoryとPersonal semantic knowledgeとで見られる)ことが著者の主張を裏付けている、ということになるわけです。
しかしこのAMIというやつがepisodic memoryが保持されているかどうかのテストとしてどのくらい妥当なのか、というあたりがいつも気になります。彼らにとってはsemantic memoryもepisodic memoryもdeclarative memory(言語を使った言明で表すことのできる記憶)のうちでその記憶のコンテント(情報)によってそれがfactであるか、それともeventであるかによってsemanticかepisodicかと分けているわけです。そういうわけで、ここではTulvingがいうようなmental time travel的な概念は強調されません(逆にいえば、Tulvingによるepisodic memoryの最新の定義は宣言的記憶という範疇からはみ出している)。このへんの問題はepisodic-like memoryを動物モデルでやる者にとってはかなり切実なわけですが、ヒトでのneurologyではAutobiographical memory interviewをやれば十分である、ということになっているようなのです(というかこれがretrograde amnesiaをやるがゆえに方法論的な難点というやつです)。Weisskrantzがnonhuman primateでの行動実験のパラダイムを人間に当てはめることによってblindsightを見出したのと同様に、episodic-like memoryを明らかにする過程で使われた実験パラダイムをヒトの患者さんで応用すると言うことには意味があるのではないかと考えるわけですが、そういうのはないのだろうか。
同様なフラストレーションはMishkin陣営の方のVargha-Khadem F, Gadian DG, Watkins KE, Connelly A, Van Paesschen W, Mishkin M. Differential effects of early hippocampal pathology on episodic and semantic memory. Science. 1997 Jul 18;277(5324):376-80 にも感じます。こちらはanterograde amnesiaだから、もうすこし工夫できる余地がある気がするのだけれど。
Tulving側の主張についても耳を傾けるべきでしょう。患者K.C.さんについての知見をまとめてみる予定です。つづいてKapur N. Syndromes of retrograde amnesia: a conceptual and empirical synthesis. Psychol Bull. 1999 Nov;125(6):800-25.およびWheeler MA, McMillan CT. Focal retrograde amnesia and the episodic-semantic distinction. Cogn Affect Behav Neurosci. 2001 Mar;1(1):22-36あたりの知見もまとめてみるつもりです。
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- / 投稿日: 2004年11月27日
- / カテゴリー: [大学院講義「記憶の脳内機構」]
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