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■ semantic dementia

まだまだいきます。episodic memoryとsemantic memoryとを分ける、という話になると、episodic memoryだけが障害された例とは逆にsemantic memoryだけが障害された例を考える必要があります。そこでsemantic dementia(意味性痴呆)について読みましょう。

semantic dementiaとは言葉の意味を選択的に障害された病気です。側頭葉前方部の萎縮によって引き起こされます。海馬はだいたい影響を受けていません。
追記:"Disorders of memory." Michael D. Kopelmanのレビュー Brain '02のsemantic dementiaの定義と解説が適度にコンパクトなので貼っておきましょう。

Semantic dementia is really a 'temporal lobe' variant of fronto-temporal dementia or degeneration. It is characterized by a progressive disorder of semantic knowledge: this involves a profound loss of meaning, encompassing verbal and non-verbal material and resulting in severe impairments in naming and word comprehension. Speech becomes increasingly empty and lacking in substantives, but output is fluent, effortless, grammatically correct and free from phonemic paraphasias. Perceptual and reasoning abilities are intact, and episodic memory is relatively preserved.

Philosophical Transactions '01にまとめてあるA.M.さんのcase reportをまとめます。
1930年生まれのA.M.さんは1994年になって普段あまり使わない言葉を理解できなくなってゆきます。日々あったことに関する記憶(エピソード記憶)はよく保持されているし、今度いつゴルフに行くかとかもよくわかっています。しかししゃべり言葉に内容がなくなっていきます。こんな感じ:

質問者:Can you tell me about a last time you were in hospital?
A.M.: That was January,Februaru,March,April, yes April last year, that was the first time, and oh, on the Monday, for example, they were checking all my whatsit, and that was the first time when my brain was, eh, shown, you know, you know that bit of the brain (indicates left), not that one, the other one was okay, but that was lousy, so they did that, and then like this (indicates scanning by moving his hands over his head) and probably I was a bit better than I am just now.

また、絵を見て何か答えるテストの成績が悪くなります。それから、category fluency test(ネコの種類をいろいろ挙げてもらうとか)の成績も悪くなります。また、surface dyslexiaが出てきます(普通の単語を発声することはできるけれど、スペルがイレギュラーなもの、たとえばislandとかを間違って読んでしまう)。
一方で、Rey-Osterreith figureをコピーした上に45分後にそれを想起して書くことはできるわけですし、絵を使った再認記憶課題もできますのでanterograde amnesiaはありません。
病状が悪化してゆくと、semantic knowledgeの低下が日常生活に影響を及ぼすようになります。物の使い方を間違えるようになります。傘を開かずに頭に上に横にして乗せて雨の中を行ったり、はしごの代わりに芝刈り機を持ってきたり、ワインに砂糖を入れて飲んだり、ということが起こります。しかし一方で毎週ゴルフはしているし、いつ友人が迎えに来てくれるかもわかっています。
ではこのような患者さんのautobiographical memoryはどうか、ということでまたAMI(autobiographical memory interview)をしてみると、昔のことはけっこう忘れているのですが(対照群と比べて、昔のエピソードを想起できていない)、ここ5年くらいのこと(semantic dementiaが出だす前)のエピソードは比較的よく想起できているのです(それでも対照群よりは悪いけど)。これはアルツハイマー病やSquire論文でのE.P.さんのような内側側頭葉の障害がある患者さんとは逆のパターンです(最近のエピソードは忘れているが、子供の頃のエピソードはよく想起できている)。つまりエピソード記憶のretrograde amnesiaはあるわけです。
というわけでsemantic dementiaの症例はepisodic memoryとsemantic memoryをまったく独立に障害することを示すわけではありません(そういう症例にはDe Renzi '87がある)。Graham and Hodgesはautobiographical memoryはsemantic memoryにある程度依存する、と考えています。つまり、episodic memoryとsemantic memoryとの間に階層的な関係があるというよりは相互に影響を及ぼしあうものとして考えているようなのです。
また、重要なことに、AMIなのでautobiographical memoryの想起だけではなくてpersonal semantic knowledge(昔行ってた学校の名前は?とか)もautobiographical memoryの想起と同様なパターンを示すということです。かなり分けわからんけれども、これはsemantic memoryのうちでfact knowledgeのレベルと語義やカテゴリーのレベルとは別物であって、fact knowledgeのレベルはepisodic memoryの障害と同程度に障害されるということを示しているのではないでしょうか。
これまでsemantic memoryのことをfactの記憶、factの知識、と言ってきたわけですが、実際のsemantic dementiaの病態では言葉の意味、カテゴリー、という部分の障害として出てくるわけです。このへんの概念の整理が(episodic memoryの場合と同様に)必要なのでしょう。なんにしろ、semantic memoryはこのように言語と対象とのカテゴリー化のような意味論的な部分を含んでいるため、言葉を持っているかどうかわからない動物でsemantic memoryがあると言えるかどうかは予断を許さないのです。よって、episodic-like memoryの場合と同様に、semantic-like memoryという扱いをすることが必要になります。
おもにperirhinal cortexで見られる連合関係をコードするニューロンは意味ネットワークを支える基本的な要素であるであろうと言えますが、上記の理由によってこれをsemantic memoryのneural correlateである、とまで断言するわけにはいかないわけです。そこで、declarative memoryでの命題的な構造を支える基本的な要素である、として扱うことになります。このへんについてはSquireが1980年初頭にdeclarative memoryとprocedural memoryという言い方で長期記憶を分けたその時点に戻って考える必要があります。ここも書いてみましょう(現在遡れるのは1980年のScienceと1982年のannual reviewですが、これで何とか凌ぎましょう)。
追記:EJN '04について。これはsemantic dementiaの患者さんに側頭葉前方部の萎縮があるとは言うけれど、実際にはどこなのかをMRIの構造画像から調べて、この萎縮が主にperirhinal cortexにあった、とするものです。この話とYonelinasの話をくっつけてしまえばepisodic memoryは海馬に、semantic memoryはperirhinal cortexに、entorhinal cortexは両方に寄与している、ということになりむちゃくちゃ整然としているのですが、そう簡単に決着はつかないことでしょう。傍証として憶えておきます。perirhinal cortex + temporoplolar cortexが左で体積が対照群の30%、右で50%。一方で海馬の体積は70%くらいでアルツハイマー病の患者さんの場合とそんなに変わらない。


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