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■ Francis Crickの脳科学への寄与

Francis Crickが亡くなったことはすでに各地でニュースになっていると思います。Crickは1970年代あたりから脳科学に移行してとくに意識について考えつづけていました。そこで、Crickが脳科学の分野で(おもにChristof Kochといっしょに)発表してきたことについてクリップしておきましょう。

  • PNAS '84 "Function of the thalamic reticular complex: the searchlight hypothesis." by Francis Crick。「注意」の機能が、空間や属性のなにかにfocusを向けるものであることを元に、そのようなサーチライト的な役割をはたせる脳の領域はどこかというと、視床のreticular complexではないか、と提案した論文。大脳皮質と視床の間との相互作用を重視することにはまちがいなく意味があって、Sillitoなどがさかんにやったことでもありますし、以前言及しました(5/12)ように、この仮説はStewart Shippによってreticular complectではなくてpulvinar complexがそのような注意とsalience mapの中継地点としての機能を果たしているものとして発展的に継承されています。
    とはいえ、PNASに自分でcontributeした論文であって、内容自体はノーベルプライザーである大御所の思い付きであると捉えるべきでしょう。もちろん、Crickはそういう仮説を出すことができる(出すことが許される)貴重な存在としての役割を果たしてきたといえます。ともかくCrickはこの空間スケール(脳領域間の相互作用)と機能レベル(注意を向けるものと向けられるもの)での仮説を以降も提出してゆきます。
  • "DNAに魂はあるか―驚異の仮説." DNAに魂はあるか―驚異の仮説 '94 "Astonishing hypothesis: the scientific search for the soul" by Francis Crickの邦訳。二重らせんの発見者としてのクリックの知名度から付けた邦題は科学書ファンを馬鹿にするものだと思うが、出版社はそうすれば売れると思ったのだろうか(いや、「バカの壁」をベストセラーにしたのは科学書ファンではないのだから、それでいいと思っているのだろうなあ)。ってそれはどうでもよいのだが。
    んでこの本はじつは視覚情報処理の基本を抑えるという意味で実によい本です。Crick自身、脳と意識を解明するためには一番研究が進んでいる視覚系に絞ったほうがよいと考えてのことなわけで、これは非常にまっとうだったと思います。そして最後はcingulate cortexが自我の座であることがもうすぐわかるかのようにして閉じるわけです。うーむ、うまい。こういうのはベストセラーを書くためには外せないポイントかもしれない、ほんとうのところがどうかは別として。実際、この本の出版以降、cingulate cortexが脳機能マッピングの最終フロンティアとしてさかんに研究されてきたのはたしかなのです。
    それからもうひとつコメントしなければならないこととして、少なくともこの時点までではCrickの基本思想は、意識のneural correlateを脳部位のどこかに見出そうというものであり、意識のハードプロブレムのハードさを了解しなかったと思うし、この点で私はCrick的アプローチとは最終的には敵対せねばならないと思っています。しかしそれにしてもこの本は、1990年代前半あたりの意識を研究対象にしようという流れ(リストを下のほうに別のエントリとして入れておきます)の一端を担ったものとして重要であることは間違いありません。
つづきは明日貼ります。
追記:Obituaryは以下のとおり。


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