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■ 「時間は存在しない」、エントロピー、ギブスのパラドックス(3/3)

前回からのつづき。

「エントロピーが観察者に依存している、もっと正確にはどういう熱力学的状態を問題とするかに依存するという話はJaynesとかいろいろある。」と書いたけど、その部分についてまとめる。

E. T. Jayesは"Gibbs vs Boltzmann Entropies (1964)"においてこう書いてる。

thermodynamics knows of no such notion as the “entropy of a physical system.” Thermodynamics does have the concept of the entropy of a thermodynamic system; but a given physical system corresponds to many different thermodynamic systems.

From this we see that entropy is an anthropomorphic concept, not only in the well-known statistical sense that it measures the extent of human ignorance as to the microstate. Even at the purely phenomenological level, entropy is an anthropomorphic concept. For it is a property, not of the physical system, but of the particular experiments you or I choose to perform on it.

エントロピーは「ある物理系」について決まるものではなくて、「熱力学的システム」ごとに決まる。

たとえば「ロッシェル塩(酒石酸カリウムナトリウム)の結晶」について実験を行うとき、実験1では温度と圧力が興味の対象なので、エントロピーは となる。実験2ではひずみと分極が興味の対象なので、エントロピーは となる。

つまり、「ロッシェル塩の結晶固有のエントロピー」というものがあるのではなくて、熱力学的状態を定義するパラメーターを規定するとエントロピーも規定される。

For example, I have been asked several times whether, in my opinion, a biological system, say a cat, which converts inanimate food into a highly organized structure and behavior, represents a violation of the second law. The answer I always give is that, until we specify the set of parameters which define the thermodynamic state of the cat, no definite question has been asked!

生物(たとえばネコ)は第二法則をviolateするか?というよくある質問に対しても、「そのネコについての熱力学的状態を定義するパラメーターを規定しないかぎり、それは(意味のある)質問になってない」というのが答えだ。

さきほどの粗視化の問題についてWikipediaで調べてみると、MaxEnt thermodynamicsの項目で出てくる。E. T. JayesはMaxEnt thermodynamicsの創始者だ。あとどうやらこのラインの考え方は、QBism(量子ベイズ)にも繋がるらしい。

QBism批判でも人間原理的な主観確率が問題になっているようだけど、上記のロヴェッリが書いたような、あくまでもローカルな相互作用ごとにエントロピーが決まるということならば、人間原理にならないのではないかと思うのだけど、素人なのでまた勉強しながら考える。


こういう話題でよく出てくるのが、「ギブスのパラドックス」というものだ。これもまとめておく。

(状況1) 気体Aの入った箱と気体Bの入った箱とをくっつけて繋げるとAとBが混ざる。当然エントロピーも増大する。(状況2) 気体Aの入った箱と同じ気体Aの入った別の箱をくっつけて繋げる。状況2ではおなじAとAなのでエントロピーは増大しないはず。でも計算上は状況1と同じだからエントロピーが増大してしまう。

このスライド(PDF)がわかりやすかった。

この問題の解決法としては、量子力学においては同種粒子が互いに区別できないから、配置数 を多く数えすぎているために起こる、と考える。よって分配関数 で割って補正する。

量子力学的説明に訴えなくても、統計力学的なエントロピーに示量性をもたせるように補正することで解決できる。つまり、熱力学的なエントロピー と統計力学的なエントロピー があって、両者の差を決めるambiguity function がある。

を統計力学的なエントロピーに示量性がなりたつように決めてやると、

この の項が、量子力学的説明で粒子を区別できないときに で割る補正をすることと同じ役割を果たしている。(Sterlingのapproximationより )

「熱力学―現代的な視点から」の田崎晴明氏のサイトにギブスのパラドックスについての記載がある。6/15/2000(木) ここでリンクされている「模範解答」の部分。さらに6/19/2000(月)の記事では、上記のJaynes 1965での「異なる熱力学的状態」と同様なことを書いてる:

熱力学の構造というのは、 マクロな視点を指定したときにはじめて「現れて」くるものなのだ。 マクロな視点として、
  • パチンコ玉をいっさい区別しない
  • 「○×会館」の玉か「パチンコランド××」の玉かだけは区別する
  • すべての玉に番号を振ってきっちり区別する

といった幾通りもの視点が可能であり、 それに応じてもっとも便利な熱力学的な構造を選ぶのがよい。


Janyesに加えて、ギブスのパラドックスにおけるエントロピーの意義についてなんどか引用されているのを見かけたのがvan Kampen (1984)で、原文にあたるとこう書いてる。

Thus the paradox is resolved by replacing the Platonic idea of entropy with an operational definition. Quantum mechanics has no bearing on the question.

The question is not whether the particles are identical in eyes of God, but merely in the eyes of the beholder.

N. G. van Kampen, (1984) “The Gibbs paradox,” in Essays in Theoretical Physics, edited by W. E. Parry (Pergamon, Oxford), page 303-312 Google Booksのプレビュー: https://books.google.co.jp/books?id=75Y3BQAAQBAJ&pg=PA303

こちらでも、エントロピーがエネルギーのような物質の特性ではないということが強調されてる。


あともうひとつ、今回調べていて面白かったのが、非平衡統計力学とギブスのパラドックスとの関係について。「微小熱力学系におけるGibbsのパラドックス」 この内容についてはPhys. Rev. Lett. 118, 060601に出版されている。arXiv版もあり。

ギブスのパラドックスのうち、熱力学と統計力学との間での整合性の問題(GP-III)の解決法(示量性に訴える)が微小熱力学系では成り立たないのをどうするか、というのがこの論文の問題。示量性の代わりに非平衡統計力学でのゆらぎの定理と絶対不可逆性から前述の補正項 を決めることができて、

となる、とのこと。情報熱力学を勉強したいと思っていたので、ひとつとっかかりができてよかった。

そういうわけで、最初の疑問からずいぶん遠くまで来たが、途中のギャップを埋めるためには、熱力学、統計力学、情報理論を勉強する必要がある。先は遠いが、まあ永遠に生きるつもりで勉強はしてゆくことにしよう。


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