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■ FEPでないと説明できないような現象はあるのか?

Samuel J. Gershmanの"What does the free energy principle tell us about the brain?"という論文がArxivに出ていることを教わった。

読みおえたのでまとめておく。Gershmanが言いたいことはだいたいこんなかんじだった。

  • FEPはperceptual inferenceに関しては近似的推測q(x)の形を自由に決めることができるときはベイズ脳仮説(事後分布の直接推定)と等価。
  • FEPから予測符号化を導くためには平均場近似やラプラス近似などの仮定が必要なので、両者は等価ではない。
  • Active inferenceでは単純な状況ではベイズによる情報量最大化と等価。
  • Active inferenceで情報量最大化と価値最大化の両方を考えるときはベイズと等価でなくなる。
  • 結論: これらの条件の違いを明確にしよう。

感想としては2段階ある。

  1. ベイズ脳とFEPを併置して実験検証するみたいな扱い方は、原理としてのFEPがわかってないよなと思う。これについては後述する。
  2. いっぽうでそういう読み方自体はFEP信奉者以外の研究者なら当然の反応だよなと思う。

2)に関しては私も先日のI-URIC研究会では同様な質問を受けた。つまり「FEPについて理解する意義はあるのか?つまり、FEPでないと説明できないような現象はあるのか?」と。けっきょくのところ、specificな状況ではそれぞれの分野にspecificな(ベイズ脳的)理論があるので、FEPはそれと等価になる。だから、そのspecificな状況を超えるような状況、たとえば探索でrewardとinformation gainの両方が必要なとき、運動制御で運動と知覚の両方が必要なとき、そういったときにはじめてFEPが具体的に役立つ場面が出てくる。そういうふうに答えた。

だから2)についてはGershmanの言うことはもっともで、今後具体的な検証の論文が出るかどうかでFEPの価値は問われるだろう。

さらに具体例を追加しておこう。Philipp Schwartenbeckの"Sci Reps 2015"では、value-based decisionのときに我々は現在と未来から得られるvalueを最大化するだけでなく、(ある課題条件では)将来の選択肢が増えるように行動選択する、ということを示している。これなんかはValue-based decisionの枠を超えた状況のモデリングと言える。

わたしの今後の研究もここに関わってくる。Free-viewingでサリエンシーの高いところを順番に見てゆくというようなモデルに対して、視線の移動によって情報量(または事後分布の推定)を最大化するといった情報理論的、ベイズ的なモデルが提唱されてきている(Najemnik and Geisler. Nature 2005)。ここでFEPは、固視して情報を集める(exploit)とサッカードをして新しい情報を求める(explore)を組み合わせて現在の状態推定をアップデートする、というより包括的なモデルを作ることができるだろう。

でも正直わたしは1)のほうがより重要な論点であると考えている。つまり、ベイズ脳とFEPを併置して実験検証するみたいな扱い方は、[計算論レベルにベイズ脳]があって[アルゴリズムとして変分ベイズ]という図式をとっていると思う。でもそれでは自由エネルギー「原理」にならない。

これはそもそもフリストン自身が書いてある事に混乱があって、「ベイズ脳->(一つの方策としての)Fの最小化->予測符号化による実装」というように読まれてしまう。でも、前回の記事でも書いたように、原理としてのFEPは「(原理としての)Fの最小化->(ひとつの方策としての)予測符号化->(その結果としての)ベイズ脳」を示唆している。(これは「大腸菌はFEPで駆動しているか?」といった問いに繋がる。)

これはあくまで私自身の解釈でしかないのかもしれない。しかし、この方向での考えによれば、まずはじめにFEPのようなある種の統制原理があって、それがあたかも生物に目的と自己があるように方向づけた。もちろんこれは生物の生存可能性をより上げるものなので、進化の過程で強化されるように働くだろう。そのようにして目的と自己を持った生物はさらにVFEを下げるように方向づけられてゆく。

そしてその統制原理というものの実体は、力学系としての脳と情報とを結ぶようななにか(たとえばそれがIITなのかも)なのかもしれない。それが情報熱力学的な研究でわかってきたりしないかな、と思う。

そんなこんなでいろいろ考えが進んだので、ここにメモしておいた。ではまた。


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