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■ アフォーダンスと脳科学 続き

認知主義的に脱臭したアフォーダンスをニューロン活動で記述するときには、べつにアフォーダンスと言わなくても、なんか別の名前を付ければよいのではないだろうか。たとえば"affordability"とか(ジェームスとパースとの間でのpragmatismとpragmaticismの話をイメージしつつ)、Arbibが使っている"action-oriented perception"とか。
もしくは(こっちのほうが正しい道だと思っているが)、逆向きの拘束条件をつける、アフォーダンスに関してギブソンが含意したことが脳科学に拘束条件を与えるようにしなければならない。たとえば、行動するときにのみアフォーダンスに関わると言えるようなものが立ち現れてくるようでなければおかしいと予言できるし、そのほかにもエコロジカルな視覚というのを成り立たせるための条件が脳科学を拘束するだろう。
不充分な勉強からかなり大胆なことまで言ってしまったことにちょっとビビり気味ではあるが、ギブソンがやったことが、有機体と環境との間で成り立つ知覚についてのある種の現象学的記述であるとしたならば、それと脳科学との関連を考えるのにVarelaのneurophenomenologyを持ち出すことはそんなに間違ってはいないのではないだろうか。

コメントする (5)
# Correggio

Gibsonの心理学の一部が,神経科学に取り入れられたのは,単に偶然たまたまではないのではないか?

# U.T.

単純に、運動系から知覚系へのフィードバックと捉えておりますが…。ダメですか?

# pooneil

U.T.さん、はじめまして。お名前はほかの方の日記への書き込みなどから存じ上げております。SRのときには言及もしましたし。えーと、アフォーダンスについての言及かと思いますが、それでべつに良いのかもしれません。しかし、「運動系から知覚系へのフィードバック」にはいろんな段階のものがありますし、アフォーダンスという言葉を認知科学の枠組みで使うのは注意したほうがよいのではないか、というのがシンポジウムで会ったCorreggioさんとの話で落ち着いたところでした。アフォーダンスについての記述に関していくつかリンクされているのに驚いているのですが、私は素人なので、専門家に聞いたほうがよいかと思います(科学の分業化の弊害を体現してみる)。ちなみに私の興味はたぶん河野 哲也氏の「エコロジカルな心の哲学―ギブソンの実在論から」および現代思想の現象学特集でのギブソンとメルロポンティとの関連を扱った論文辺りにあるようで、かなり哲学寄りです。

# U.T.

SRの件、フォローありがとうございました。アフォーダンスについては、一応フォローしていたつもりで、入出力で考える今時の神経科学に最も似合わないと感じていたのですが、そういう話が出てきているのはちょっと驚きでした。どうにか、フォーマットに載せる上で、単純に考えるのは?ということで、コメントしました。フィードバックといっても、運動で変わる知覚を想定する外在的な形と、運動系から知覚系への逆行性の投射とかを想定する内在的な形が想定できます。実証的という観点では、前者の方が楽だなと感じています。刺激を操作するのは楽なんで。

# pooneil

U.T.さん、ありがとうございます。長くなってきたので返答は3/23に書きました。


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